iMac 液晶ディスプレイの残像についての考察

昔昔、パソコンのディスプレイはCRTディスプレイ、すなわちブラウン管だった。その時代によく言われていたことは同じ画面を長い間表示し続けているとそのパターンが薄くCRT表面に焼き付いてしまうということだった。この焼き付きは一端できてしまうと消す方法はないと言われたので注意はしていたが、よく見るとモニター上部にはメニューバーの焼き付きがよく見られたものだ。


しかし現在の液晶ディスプレイは表示の原理がまったく違うからしてそうした焼き付きは起こらないと聞いていたが、先日気づいてしまったのだ。
iMacの液晶ディスプレイに焼き付きらしき表示があることを!
一瞬4年半ほど使っていたから劣化したのかと思ったが、液晶ディスプレイに焼き付きはおかしいと思い直して調べてみた。
ちなみになぜこれまで気にならなかったのかといえば、私の視力がそれだけ悪かったという理由につきる。先日白内障の手術をしてから初めて眼鏡を新調したこともあってやっと両眼でモニターを見つめることができるようになった…。

さて、そのゴーストともいうべき表示だが、細かな部位までは判読できないものの、どうやら半日以上開いていたウィンドウの画面であることは分かった。無論デスクトップの背景パターンが複雑なものの場合は目立たないが、ブルー一色に近いようなパターンの場合には目立ち、知ってしまうと気になる。

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※ iMacの液晶ディスプレイにゴーストが! ウィンドウらしき矩形がぼんやりと確認出来る【クリックで拡大


面白いのは…Mission Controlで複数のデスクトップを使っている場合、特定のデスクトップだけでなくデスクトップを切り換えても同じゴーストが見えることだ。
しかしよくよく考えてみれば一見別のデスクトップを使っているように見えてもハードウェアとしてのディスプレイはひとつなのだから当然といえば当然なのだ…。

ともあれ確認のためにと調べて見ると、液晶モニタにも焼き付きのような現象は起こりうるが、それはCRTモニターで言われていた表示画面がCRT表面に永久に焼き付いてしまうものとは異なり、表示画面を変えたり、本体の電源を切ることで取り除くことができると知り一安心した。いわば焼き付きというより一時的なゴーストといった方が適切か…。

ディスプレイメーカーのEIZOのサイトには「液晶モニターの残像現象について」というページがあり、この現象についての説明が載っている。それによればイオン性不純物の蓄積によるものでこの現象はディスプレイの不良ではないという。
事実ゴーストの元となったと思われるウィンドウを消してしばらくそのまま使っていたらゴーストも消えた。
またディスプレイのスリーブ時間を短くしたりスクリーンセーバーを上手く使うといった工夫でもゴーストは軽減できるようだ。
まあ液晶ディスプレイのゴーストは消えることが確信できたので一安心した次第。 



Techtool ProによるS.M.A.R.T. 情報確認の顛末

メインマシンの具合を診断しようとTechtool Proの新バージョンを買ったので、あらためてハードディスク自己診断システムのS.M.A.R.T (Self-Monitoring,Analysis and Reporting Technology) を復習してみた。S.M.A.R.T はハードディスクメーカーの連合であるSMART ワーキンググループ(SWG)によって開発され、近年のハードディスクに採用されているものの、OSの標準機能ではないから使うには別途専用ツールが必要となる。


S.M.A.R.Tとはなにか、といえばハードディスクが持っている自己診断システムであり、様々な項目を数値化しハードディスクの状態を視覚化してくれる機能だ。要はハードディスクがまだ安全に使えるか、あるいはそろそろバックアップを取り不測の事態にそなえるべし…等などの判断材料となる。なおATAもしくはSATAドライブのみで利用可能だ。

今回たまたまだったがTechtool Pro 9.5を購入しシステムがインストールしてあるハードディスクを検証したところ、外付Thunderbolt仕様のハードディスクに警告が出た。早速データを別のハードディスクに待避させたがなんと翌日にそのハードディスクはお釈迦となった…。
どうにも話しが出来すぎだが、S.M.A.R.Tによるハードディスクの検証は徐々に劣化していく場合は測定可能だが、突発的なクラッシュに対応できるわけではない。ためにS.M.A.R.Tの確認をやっているから全てが安全というものではないことも承知しておく必要がある。
とはいえクラッシュする前にその前兆がわかる可能性があるとなればやはり定期的に確認は怠らないようにした方が得策だ。

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※Techtool Pro 9.5でメインマシンのHDD診断(S.M.A.R.T)を行った結果【クリックで拡大】


ただしS.M.A.R.Tを計測するには専用のツール、ソフトウェアが必要となる。Techtool Proのように各種診断機能のひとつとしてサポートしている製品もあれば、例えばDriveDxといったハードディスク専用の診断ツールもあるし無償で配布しているツールもある。
S.M.A.R.T診断のパラメータは多義に渡るがTechtool Proでは13項目の結果が成功、欠陥、失敗に視覚化される。そしてテスト結果で失敗となった場合は修復できないドライブの故障が切迫していることを意味するという。

特に診断項目で重要なパラメータはTechtool Proの表記で言うなら「05 再配置セクターカウント」「197 代替処理待ち不良セクタカウント」そして「198 回復不可能なセクターカウント」といったあたりらしい。
ちなみにウィキペディアを参考にして少し詳しく書くと「05 再配置セクターカウント」は、代替処置を施させた不良セクタの数を意味し、「197 代替処理待ち不良セクタカウント」は現在異常があり、代替処理を待つセクタの総数。そして「198 回復不可能なセクターカウント」はオフラインスキャン時に発見された回復不可能なセクタの総数で、この値が増加する場合は磁気ディスクの表面に明確な問題があるとされる。

ちなみに私のメインマシンのハードディスクのS.M.A.R.T情報をTechtool Proで計ってみると 197および198パラメータには異常が出ていない。ただし 01 の読み込みエラー発生率のパラメータが計測成功ではあるがしきい値に少し近づいていること、07 のシークエラー発生率がこれまたしきい値に近づいている。これは、磁気ヘッドが目的のデータの在るトラックへ移動しようとして失敗(シークエラー)した割合を示し、ハードディスクの熱、サーボ機構の損傷などによって発生するという。
また何よりも異常が目立つのが 190 の温度の変化だ。このパラメータの値はしきい値を超えて失敗に近くなっている。

私も難しい事はわからないが、これまでの経験上でパソコンの動作が不安定になるとき多くの場合が温度上昇によるものであることは確かだった。
これから本格的な夏を迎え、室温も高くなる季節だからパソコンの内部温度にも影響が出てくるのも事実だ。Techtool Proによるパラメータ 190 の温度上昇がどれほど致命的なのかはイマイチ分からないが、応急処置として内部温度の確認と温度が高くなった場合には強制的に内蔵ファンを回して冷却することをやってみた。

その前にマシンのセンサーとファンが正常に働いているかの基本をTechtool Proでチェックする。もともと温度センサーが温度上昇を感知すれば内蔵ファンの回転速度を上げて冷やす仕組みがあるわけだから、まずはこの一連の仕組みが正常かどうかを確認してみた。
Techtool Proには「センサーテスト」と「ファンテスト」という項目があるのでそれぞれを実行するだけだが幸い両者とも正常だった。

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※「センサーテスト」と「ファンテスト」実施中。幸い共に結果は正常だった


さて、ご承知の方も多いはずだが本来自動的にセンサー温度を感知しファンを回すという一連の動作を強制的に行うツールがいくつかある。私は「Macs Fan Control」の最新版を使っているのであらためて確認と設定をやってみた。
このツールは右に一覧表示されるパソコン各部位のセンサー名と現在の温度がリアルタイムに表示されている。申し上げるまでもなくCPUもメモリモジュールも、そしてハードディスクユニットも温度上昇には弱い。
ともかく「Macs Fan Control」は自動による運転の他にそれぞれのセンサー別に「この温度になったら何度に落ちるまでファンを回して冷やせ」という設定ができるし日本語化されているのでなじみやすい。

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※「Macs Fan Control」でハードディスクのセンサー温度と強制ファンの関係をセッティング


結果は歴然で、メインマシンはいまのところ安定している。やはりハードディスクは消耗品である限り定期的なS.M.A.R.T情報の確認はパソコンを常用する者にとっては大切なことだが反面過信してはこれまた問題も起こる。
何故ならS.M.A.R.T 情報はハードディスクメーカーによってその情報内容が異なるし計測ツールによってもニュアンスが違う場合もあるし、さらに冒頭で述べたようにハードディスクもS.M.A.R.Tで確認出来るレベルだけではないいきなりのクラッシュもあるからで、やはり基本中の基本はバックアップを常に心がけることに尽きる。



いただいたFon 11ac対応高速Wi-Fiルーター FON2601Eを試す

自宅に安価なWi-Fi環境を作りたいという知人からFonの事を聞かれた。最新の「Fon 11ac対応高速Wi-Fiルーター FON2601E」を二つ頂戴したとかでひとつを私にくれるという。そういえば2008年の年末だったが「FON La Fonera (ラ・フォネラ) 」というルーターを当時お付き合いしていたクライアントから数個貰ったことがあり、ホームページをリニューアルした時期だからとうち2個をプレゼント企画に載せたことがあった。それ以来Fonを手にしたことはなかった。それはやはりセキュリティ面で信頼がおけなかったからだ。


ともあれ、いただいた「Fon 11ac対応高速Wi-Fiルーター FON2601E」を実用として活用するつもりはないが、アクセススピードや接続の容易さを提供してくれた彼に報告しようと仮設置してみた。すでに自宅にはApple AirMac Extremeを使っているから不足はないしあくまで興味本位である。
製品パッケージには「Fonルーター設定ガイド」なる折りたたまれたものが同梱されているのでそれに従ってセットアップだ。


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※「Fon 11ac対応高速Wi-Fiルーター FON2601E」のパッケージと同梱品


「Fon 11ac対応高速Wi-Fiルーター FON2601E」本体は11センチほどの正方形4辺を丸くした可愛らしい形をしている。まずは本体に付属のACアダプターを取り付け、LANケーブルでインターネットに接続されているルーターとつなぐ。しかしFon本体が真っ白で比較的小型なのに対してACアダプタは黒いのはともかくかなり大きめなのが気になる。

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※背面の各接続端子


ともかく接続するとFon上部の地球アイコン部が点滅しすぐにグリーンに点灯すれば良し、もし点滅したままならPPPoEの設定が必要となる。
しかし幸いなことに私ケースではグリーンランプは点灯しセットアップの基本は完了した。確かに簡単だった。

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※本体のセットアップは完了


さてFonは一般的な市販ルーターとはその存在価値が些か違う。ご存じの方も多いと思うが例えば自宅用として設置するとプライベート用Wi-Fi「MyPlace」と他のFonメンバーが利用可能なFonスポット用のWi-Fi「Fon Wi-Fi」が発信される。
そのプライベート用Wi-Fi「MyPlace」は暗号化された自分専用のWi-Fiエリアであり、他のFonユーザーはアクセスできない仕組みだ。ただし「Fon Wi-Fi」という無料Fonスポットは認証されたFonメンバーのみが利用可能であるとしても暗号化はされていない。

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※iPhoneでWi-Fi接続を試みた。プライベート用として「MyPlace」および「MyPlace_5G」と公開用の「Fon WiFi」が使えるようになっている


要はFonとは無線LANのアクセスポイントを共有するシステムでありコミュニティーで、会員数すなわち設置されている数が多いほど会員は外出先でFonスポットの恩恵を無料で受けられるわけで利便性が高まるという理屈。
ただし一般的な公衆無線LANネットワークのアクセスポイントとは異なり、その大半は個人によって設置されたものである点が特徴だ。ために都心部の駅や商業地域ではなく住宅街を中心にスポットが形成されている場合も多い。
また本商品は、Wi-Fi alliance(Wi-Fiの相互接続性を保証する団体)が定める新規格IEEE802.11ac(11ac)での通信が可能でかつ電波干渉が少ない5GHz帯に対応のため最大で866Mbpsの高速転送が可能だという。

ただしFonはこれまでにも問題点を多々指摘されてきた。
それはプロバイダによってはFonの利用は回線の又貸しになるとして禁止を定めているところもあるからだ。反面国内におけるパートナーシップ・プロバイダも存在し自治体や小規模店舗の活用事例もあるが、「Fon Wi-Fi」は暗号化されていないためセキュリティへの不安や通信速度の低下、そしてなによりも悪意を持ったユーザーにとって犯罪の温床になる可能性も指摘されている。

どいうことかといえば、例えばいま私が公開の「Fon Wi-Fi」に悪意の第三者がアクセスし、犯罪行為が行われた場合、真っ先に疑われるのはその回線の契約者・利用者である私ということになる。また「Fon Wi-Fi」は暗号化されていないため、アクセスしたノートパソコンやスマートフォンの個人情報を覗かれる可能性もあるという。まあそもそも無料サービスの公衆無線LAN利用はお勧めできないがFonの「Fon Wi-Fi」も同じである。

結局知人には、「Fon 11ac対応高速Wi-Fiルーター FON2601E」の設置は確かに簡単だった事を報告しつつ、数千円出せば立派な無線ルーターが買える時代だからして安全に長くWi-Fiを使うにはFonは勧めない旨を提言しておいたが、果たして彼はどういう判断をするのだろうか。
私はといえば、Fonを利用するメリットがないので接続設定が問題なく完了した後は外してしまい込んだ。


Adobe Muse CCによるサイトデータをFTPアップロードする際の覚書

ウェブサイトの構築は秀逸なツールの登場により随分とやりやすくなった。しかし、いざ問題が起きればやはり基本的な知識の有る無しが大きな意味を持ってくる。過日より現在使っているxserveのレンタルサーバー内に別のドメインでとある方専用の写真閲覧サイトを作ることにした。


制作ツールはAdobe Muse CCだからデザインも思うままだし一覧表示させる写真のサムネイルをクリック/タップすると実寸の写真を表示するという程度ならあっというまに作ることが出来る。しかし最後の最後、すなわちサイトデザインやデータ構築の設定が終わりプレビューで確認後、いざFTPアップロードしようとした時に問題が発生した。

要はエラーとなってアップロードが出来ないのだ。
大方のFTPツールによるデータアップロード時の設定は決まり切ったことに違いない。すでに私は同じサーバー内にウェブサイトを構築して利用しているのだからなんの難しいこともないだろうとたかをくくっていた。
最初はサブドメインを設定し…とも考えたが今後のことを考慮しかつ構築もシンプルだと思い、新たにドメインを取得しネームサーバーもすでに設定済みで追加のFTPアカウントも設定した。

Muse CCでFTPアップロードの場合「FTPサーバーに接続」と「FTPホストにアップロード」の二つのダイアログにあるフィールド内に正しい情報を設定する必要がある。
まず「FTPサーバーに接続」だが、ドメインを例えば abcde.com だとすればこんな感じだ。

 ・FTPサーバー: xx1234.xserver.jp   <—サーバー名
 ・ユーザー名: xxxxx@abcde.com  <---追加FTPアカウント
 ・パスワード: xxxxxxxxxx

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続いて「FTPホストにアップロード」の設定だがこんな感じになる。

 ・サイトURL: http://abcde.com/  
 ・サーバー上のフォルダー: /home/mactechlab/abcde.com/public_html

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まあこんな感じでやってみたが旨く行かない。問題は明らかで「FTPサーバーに接続」の設定項目は明白でありここは間違いはないはずだ。ということは「FTPホストにアップロード」の設定に問題があるわけだからと以前の記憶を呼び覚ましながらサイトURLにwwwを付けてみたりサーバー上のフォルダー内容を変えてみたりしたものの「フォルダ xxx はサイト yyy を指していません」というエラーメッセージに悩まされる…。

翌日、状況を明記してxserve のサポートへメールで問い合わせることにした。結果数時間後に解答をいただいた。レスポンスが速いのは実に助かる。サポートからのアドバイスは「接続先ディレクトリを/home/mactechlab/abcde.com/public_html にご変更いただき、FTPデータがアップロードできるかお試しください」というものだった。

ちょっと首を傾げつつまずはその通りやってみた。接続先ディレクトリを指定通りに変えてやってみたが同じエラーが出る。
早速サポートへその旨と次の対策を問い合わせた。
今度も迅速に返事をいただいたが、先の担当者とは別の方だったが「アップロードにご利用のアプリ側で接続先のフォルダ設定等を行われている場合、二重の設定となってしまうため、アプリ側でこのような設定をなさっている場合、すべて削除(空白の状態)にて、改めてFTP接続をお試しいただきたく存じます」という解答をいただいた。

この種の事に詳しい方ならこの解答でその意味が分かるのかも知れないが残念ながら私は混乱(笑)。第一、接続先ディレクトリを変えろとは前の担当者の指示だったではないか。
それに「すべて削除(空白の状態)にて、改めてFTP接続をお試しいただきたく存じます」の主語が不明だ…。
この肝心なところでサーバーをぐしゃぐしゃにしたくないと考え、ストレートに「なにをどうするのか」とまたまた問い合わせた。

しかし少し冷静になるとやっとサポートからの指示の意味が分かったように思えた。
接続先ディレクトリを/home/mactechlab/abcde.com/public_html にしている以上、アプリ設定のサーバー上のフォルダーサーバー箇所に同じ /home/mactechlab/abcde.com/public_html を入れたのではサポートの回答通り設定が重複することになる。
ではどうするか…。
「すべて削除(空白の状態)にて」という意味だが、まさか追加FTPアカウントの接続先ディレクトリを消せというはずもない。だとすればアプリ設定のサーバー上のフォルダーサーバー箇所を空白にしろということに違いないと思い当たった。

サポートから具体的な回答がある前だったが、早速やってみた。
嗚呼…アップロードは瞬時に終わった…。

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その数時間後、サポート担当者からは「FTP接続を行うアプリ側の削除であり追加FTPアカウントへの設定変更などは不要」という返事をいただいた。

今回の教訓はアプリ側のフィールドには “空白もあり得る” ということを知ったことだ。
今更だが、FTPアップロード設定のフィールドは不可欠な設定であり、決められた通り正確な記述をしなければならないのは勿論、すべてのフィールドは埋めなければならない…埋める必要があるのだという先入観が問題解決に時間がかかってしまった要因のひとつだった。
問題が解決すればすべてOKなのだが、ともあれ後日の検証のためにもその行き掛かりを覚書として残しておくことにする。



なぜパーソナルコンピュータはIBMやDECから登場しなかったのか?

先日お若い技術者数人とお話しする機会があったが、私のブログをお読みいただいているとかで話題はマイコンとかパソコンが登場した黎明期の出来事となった。なかでも彼らが知りたがっていたことはなぜパソコンは大手企業から登場しなかったのかという一点だった。


「なぜだと思いますか」という私の問いに、コンピュータメーカの大手は「未来を見つめる眼をもっていなかった」「個人用コンピュータの存在意義がわからなかった」「オモチャ同然の製品を作るという発想がなかった」など様々な意見が飛び交った。
事実、個人用コンピュータの魅力を世に知らしめたのはMITS社のAltair8800だったし、それに刺激を受けたスティーブ・ウォズニアックが作ったApple I だったといって良いだろう。

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※Apple I clone (当研究所所有)


特にAltair8800は商業的に成功したといわれているし発売から1ヶ月もしないうちに4,000台ほどの注文が殺到した。しかし実際に出荷できたのはその半分程度だったが。
ともあれ当時熱狂的に受け入れられたAltair8800だとしてもそれは現在我々がiMacやMacBookに抱くイメージとはまったく違う。

まずAltair8800が出荷されたほとんどは組立キットであったこと。したがって説明書はあったにせよ問題なく動作させるようにハンダ付けし組み立てるまでのハードルは高かった。そしてAltair8800本体だけでは具体的なあれこれはできず、メモリの拡張はもとよりテレタイプ端末やビデオターミナルといったものが必要だった。
Apple I にしても程度の違いはともかく活用するにはフルキーボードと電源およびモニター(家庭用TVも可)をユーザー自身が用意し接続しなければならなかったし不用意に外部のものとの接触を防ぐためにケース類も自作する必要があった。
要はこれらの製品は一般大衆を相手にしたプロダクトではなかった。コンピュータやデジタル回路に精通した人たちの夢を叶え刺激を与えるには役立ったがなにも知らないただ新しい物好きの人たちが手にしてもどうなるものでもなかった。

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※MITS社Altair8800


ともあれ1960年代の終わり頃の米国は大学の動乱期だった。ベトナム戦争の影響もあり多くの若者が既成の価値と体系を疑問に思っていたがテクノロジーの面でも同様だった。
大型コンピュータやミニコンと呼ばれたミニコンピュータは体制側、そしてカウンターカルチャーとしての意識付けからマイコンとかパソコンが生まれたと考えられる場合もある。確かに個人用コンピュータを欲した当時の人々の中には、例えばリー・フェルゼンスタインのような反対体勢をあからさまに謳う人物もいたがそうした意識だけでパーソナルコンピュータが誕生したわけではなかった。

1970年には2種類のコンピュータが2種類の会社により販売されていたといえる。ひとつは部屋ほどの大きなサイズのメインフレーム・コンピュータでIBM、コントロール・データ、ハネウェルらにより販売されていた。価格は100万ドルに近くで多くは顧客の注文で1台ずつ製造されていた。
一方、DECとかヒューレット・パッカードといった会社が作っていたミニコンピュータ、通称ミニコンはより大量に生産され企業や多くの研究所らに売られていた。価格は数万ドルでサイズは本棚程度の大きさだった。

したがってもしメインフレームやミニコンメーカーがその気になればコンピュータを一般の人たちにも普及させるに十分な資金・技術・絶好のチャンスを持っていたと言える。そして特に夢想家でなくても近い将来、ミニコンが小型化の道を辿り、机上に乗ったりブリーフケースに納まるコンピュータを思い浮かべることはできたしそれは特別なことではなかったといえよう。

というか、それが時代の流れであり当然の成り行きだと考えられていた。
なにしろコンピュータメーカーの技術者や半導体の設計者ならずとも各部品が年々確実に安く、小型で高速になっていくのを眼のあたりにしていたからだ。
だから十中八九、ミニコンメーカーが小型のパソコンを開発するのは確実に思えた。しかしそうはならなかった...。パソコンはご承知のようにそれまで既成企業の外で働いていた個人あるいは個人企業によって生み出される結果となった。

繰り返すがメインフレームやミニコンメーカーの技術者たちが尊大であったとか未来を見る目がなかったわけではない。事実大手企業のいくつかでは熱心な技術者が詳細な提案をし実際に動作する試作機を作ったり具体的なパソコン開発計画を進めたケースがあるという。
しかし結果として提案はすべて否認され、試作機は棚上げされ、計画は中止となった。

例えばヒューレット・パッカードはメインフレームからポケット型電卓までを生産していた。したがってパソコンを開発する下地は十分にあった。さらに同社の上級技術者らはスティーブ・ウォズニアック自身から独自開発したApple II を生産販売しないかと打診されている。
律儀なウォズニアックは自身が勤務している会社に無断で開発したコンピュータを販売するのを後ろめたく思って持ち込んだが、ヒューレット・パッカードの結論は同社として相応しくないプロダクトだと断る。結局ウォズニアックはスティーブ・ジョブズとアップルを設立しその後の礎を作った。
一説にヒューレット・パッカードの判断の礎はウォズニアックが学位を持ってなかったこと、コンピュータの専門家ではなかったから断ったという話もあるようだ。

またデジタル・イクイップメント(DEC)も結果として新技術を活用し損なった。同社は最初で最大のミニコンメーカーであり、当時として最も小型のコンピュータをいくつか生産していた。例えばPDP-8の一機種は、セールスマンが自動車のトランクに入れて運び、訪問先で設置できるほど小型だった。広い意味でいうなら同機はポータブル・コンピュータだった。
DECの社員だったデビット・アールはコンピュータの個人向け市場に関心を寄せていたし、経営委員会にパーソナルコンピュータ販売計画を提出した。そこには業界で最も賢明な経営者の一人と言われていたケネス・オルセン社長もいたが、家庭でコンピュータを欲しがる理由が認められないと結論づけた。まさしく体制側の発想そのものだった。
デビット・アールは大きな挫折感を味わい、スカウト会社からの話しを受け入れた。アールはウォズニアック、アルブレヒトなどと同じように会社を辞めてパソコン革命の火中に飛び込んでいった。

経営者たちはパーソナルコンピュータの未来に興味はなかった。結局エンジニアとプログラマを雇い、金を払ってサポートを購入してくれる顧客に販売するのと個人へ安価なコンピュータを売り切るには雲泥の差があった。DECなどは個人と商売する気はさらさらなかった...というより企業の利益を危なくすることは何であれ排除するのがセオリーだった。
とはいえ時代は動く。もしメインフレームのメーカーやミニコンメーカーがパソコン革命を起こすのを待っていたらそれは間違いなく起こったに違いないがかなり後になったろう。そしてその価値観も随分と違ったものとなっただろう。しかし革命が起こるのを待っていられない人たちは体制側を見限り自分たちで革命を起こしたのだ。
ちなみに当のDECは1980年代後半になるとパーソナルコンピュータ市場の成長によるマイコン革命の波を真面に被りそのシェアは急速に侵食されていき、結局1998年6月コンパックに買収される。

ともあれマイクロプロセッサの存在はコンピュータを作ることが可能である点については公然の事実だったがMITSのエド・ロバーツ以前にあえて挑戦しようとした人はほとんどいなかった。そして全てのパーツを揃えキット販売して成功した企業はなかった…。
なにしろコンピュータ界の巨人IBMは、非力なオモチャ同然な製品など意味が無いと考えたし、個人がコンピュータを欲しがるというその意味も理解できなかった。それにマイクロプロセッサを開発した当のインテルでさえ、その用途はコンピュータというより各種制御装置の部品として使うべきものだと考えていた時代だった。

ただしハッカーのリー・フェルゼンスタインのようにオモチャ同然の「Altair8800」ではあってもそれは今にも起ころうとしている革命の発端なのだということに気づいた人たちもいた。
「Altair8800」の重要性は製品の有用性やテクノロジーの進歩といった点にあるのではなく、その一番の価値は価格の安さと将来性だった。それにコンピュータを所有すると言うことはその限りにおいて利用者は神にもなり得る力を持つことが期待できるのだ。

MITS社のロバーツはコンピュータをキットの形で販売、それもできるだけ安くすれば年間数百万台の販売も可能だと考えたが、皮肉にも自身が起爆剤となった市場の拡大スピードについていけずにドロップアウトしたものの、結果論として彼が考えていた以上に人々にインパクトを与えた…というより新しい市場を作り出し、未来への明確な橋渡しを果たしたことは間違いない。

なにしろホームコンピュータがほとんど実用的とはいえない時にエド・ロバーツは年商数十億ドルの産業を開拓し個人でコンピュータを持つという夢が叶うという事実を生んだことは勿論、「Altair8800」の存在はそれまでなかったソフトウェア市場というものも生み出したのである。
なぜならハードウェアはソフトウェアなくして意味をなさないからだ。その最も象徴的な会社がビル・ゲイツとポール・アレンにより創業されたマイクロソフト社だった…。そのマイクロソフト社の設立のきっかけは「Altair8800」の登場だったのである。

【主な参考資料】
・「パソコン革命の英雄たち」マグロウヒル刊



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Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。ゆうMUG会員