Apple Store Ginzaへ〜父と初めてのお使い(笑)

身内の話で恐縮だが、88歳の父が新しいMacintoshを買いたいというのでApple Store Ginzaに連れて行った。目標はiMac G5だがメモリ1GBのSuperDrive、そしてStoreオリジナルのワイヤレスセットをEPSONのインクジェット一体型プリンタと共に購入。う、羨ましい...(笑)。 


3月30日の午後一番だというのに相変わらずApple Store Ginzaは混雑していた。父は20年前から私のお下がりのNEC PC-8801mkIIなどというパソコンでBASICの初歩なんかをやっていたが、その後はずっとMacユーザーで最近は数年前に自費で買ったiMacを使っている。 
まあ大したことをやっているわけではないはずだが(笑)、新しいOSを含む環境に興味があるとかで液晶のiMac G5を買いたいと言い出した。 
息子としては母が亡くなった後も幸い健康にも恵まれ、88歳になったいまでも知的好奇心が旺盛な父を頼もしく思っているわけだが、下手をすると私の方が先に惚けてしまいそうだ(笑)。そういえば、最高齢のMacユーザーは何歳なのだろうか(^_^;)。 

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※Apple Store Ginzaの前で父を撮影。父はApple Store Ginzaに行くのは初めてだったが、昔の銀座にはかなり詳しい(笑)。


で、iMac G5の17インチモデルを最初から考えていたが、店内で実物を見せながら基本的な事を説明...。分かったのかどうかは心許ないもののSuperDriveとメモリを1GBにすることは確認。ところが店員さんは予想外のことを説明し始めたのである。 
直営店だから出来るサービスだと強調し、本来は256MBのメモリ実装が基本だが直営店のみ最初から512MBでワイヤレスキーボードとマウスが装備しているモデルがあるのでそちらから増設すれば512MBの追加で済むという。まあ256MB実装モデルから1GBにするにはメモリスロットが2基しかないiMac G5では256MBを無駄にすることになるわけだが問題は金額である...。 
父はワイヤレスをいたく気に入ったようだ。これまでにもマウスのワイヤーが折れてしまう経験をしたとかで是非ワイヤレスにするという。大変物わかりがいいお客様である(爆)。 
続いて店員さんはAppleCareを勧める...。これは常套手段である(笑)。父はそのAppleCareがどのようなシステムであるかは分かっていないと思うが21,000円の追加で3年間、トラブルがあったらパソコンを取りに来てくれて、修理後届けてくれるというのにこれまた心を奪われたらしくあっさりご購入...。3年後は父も満91歳である。大丈夫か...(^_^)。私は思わず、父自身を10年間のAppleCareに加入させてくれないかとジョークを言いそうになったが...止めた(笑)。 

続いてプリンタは私の薦めでiMac G5のカラーに近いエプソンのスキャナやコピー機にもなる一体型PM-A700に決定。後はiWork、Photoshop Elements 3.0、ATOK17といったソフトウェアも揃えて十分予算内にまとめることができた。 
こうして無事に目的を果たした我々は父の好きな?松坂屋地下にあるコーヒーショップで一休みしてからそれぞれ帰途につく。途中、若い頃は銀座で随分とサボったという話を聞く(^_^)。「日中に映画も見たなあ...」と言う父の声を聞きながらマリオンを通り抜けようとするとそこには映画を見る列が出来ていて、見るからにサラリーマン風の人もいる。この人たちもサボり組なのか(笑)。 

問題はこれらのセットアップのすべてを私がやらなければならないことだ。正直少々面倒であるが、これまた先輩Macユーザーの勤めである(^_^)。 
こうして合計144歳の2人は日の当たる銀座を笑顔で後にしたのであった...。メデタイ(何が...笑)。

現代ギター誌に「パソコンエイジの玉手箱」連載開始

以前にもクラシックギター・マガジン「現代ギター」誌ならびに本誌を発行している現代ギター社についてご紹介したことがあるが、本日23日は私にとって記念すべき日となった。それはこの「現代ギター」誌にコンピュータ関連の連載をはじめたからだ...。 


毎月23日は月刊誌「現代ギター」の発売日である。1967年創刊号からの愛読者の一人として毎月書店で本誌を手にしてきたが、そのギター雑誌にコンピュータの関連情報を連載することになろうとは思いもよらないことだった。 
無論いまでは音楽とパソコンは切っても切れない仲であることは承知だし、多くのミュージシャンたちがMacintoshを活用されていることも事実だろう。そしてご時世であるからして音楽雑誌にソフトウェアの活用方法あるいはインターネットなどの話題が登場することはあり得るし、現実に「現代ギター」誌でもそうしたページはこれまでにもある。しかしギター誌にコンピュータのテクノロジーやそのカルチャーの話題が連載されるとなると話は別であろう。それも何と...4ページなのだから (笑)。 

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※「パソコンエイジの玉手箱」の連載を開始した現代ギター誌2005年4月号 


そうしたある意味希有(無謀...笑)な企画を持ち込んでくださった本誌編集長にはあらためてお礼を申し上げたいが、何もここでプログラムの話をするわけではない。できるだけ小難しい話は避け、この「MacTech Lab.」の趣旨にも通じるような、それでいてパソコン雑誌には書かない部類のスタンスをもって望みたいと考えている。 
幸い、いまのアップルにはiPodという音楽向けの話題がある(爆)。したがって...というか第一回はこのiPodをテーマにしてみたが、もし書店の店頭で目についたら是非ご祝儀ということで一冊買っていただければ幸いである(笑)。 表紙も大きくリニューアルされた本号は書店の音楽誌コーナーでも目立つはずだ。 
またクラシックギターのファンであれば本号は福田進一と荘村清志両氏の「大人の情熱を語る」という特集の対談を見逃すわけにはいかない。そして何よりもこのお二人が5月26日(木曜日)にHakuju Hallにおいて夢の競演をするという。これまた楽しみなことだ! 

■株式会社現代ギター社

NIBBLE NOTCH って...知ってますか?

nibbleは「軽く噛む」、notchは「切り目/切れ込み」といった意味。実はこの「NIBBLE NOTCH」は雑な製品だが、Apple IIを活用していた私にとって大切な道具であった。 


とはいえ、以下の写真を見てこれが何だが分からなくても一向に恥ではない(笑)。今ではまったく使わない道具なのだから...。 

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※これがNIBBLE NOTCHだ。子供の電車ゴッコセットに入っている切符切りそのものみたいだった
 

今日は訳あってApple IIを起動したのでそれに関連する昔話をひとつ...。あの天才スティーブ・ウォズニアックが設計したApple II用の5インチフロッピードライブ「DISK II」は、ディスケットを35トラック、16セクタに分割しデータの読み書きをする。 
セクタ内は256バイトのデータが書き込まれるので16セクタ×35トラック×256パイトの計算をすると一枚のフロッピーディスクには143KBのデータを扱うことができることになる(正確には1KBは1,024バイトとして計算するので140KBとなる)。ちなみにくどいようだが単位はMBではなくKBである(笑)。 

それはともかく、このフロッピーディスクは内側を不織布で覆われたカバー (エンベローブ)の中に円盤型の磁気媒体が納まっているものだが基本的に片面仕様であった。そしてフロッピーのラベルを正面にして見ると右上にはコの字型のノッチ(切れ込み)があり、この状態で書き込みを可能とし、このノッチを専用のシールなどで塞ぐとライト・プロテクト...すなわち書き込み防止にすることができた。

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※5インチフロッピーディスケットのノッチ。これを塞ぐと書き込み防止となった
 

さて当時のApple IIユーザーの問題はフロッピーの容量が少ないことではなかった。一番の問題はそのフロッピーディスケットが高価だったのだ。1980年前後の記録を確認すると10枚組で16,000円とある(笑)。現在の16,000円でも高いが何しろ20年前の16,000円なのだからおいそれと10枚組は買えないからと実際には一枚づつのばら売りもあった。 

というわけで我々はこのフロッピーをそれはそれは大切に使ったものだが、そのうち朗報が入った。それはこれらのフロッピーは片面仕様だが確認するまでもなく磁気媒体は両面コーティングされている。メーカーは保証しないというが裏返しにしてドライブに装備するとそのほとんどが使えるということが分かったのだ。ただしその場合は当然の事ながらそのドライブに装着する位置関係上、ライト・プロテクトのノッチを塞いだ形になるから装着はできても書き込みはできない。それなら同じ位置に同じようにコの字型に切り込みすなわちノッチを入れれば良いではないかということになる…。 

事実寸法を測り、内側の磁気媒体の円盤に傷をつけないよう注意してカッターやハサミなどで正確にノッチを切ればほぼ使えることが分かった。何しろ手持ちのフロッピーディスクの枚数が倍になる計算だからこれは大発見である。 
ただしカッターやハサミでは失敗もあり得るし、その結果も綺麗とはいえない。 

ということで登場したのがこの NIBBLE NOTCHなのである。一見...というか事実電車ゴッコセットかなにかに入っているオモチャの切符切りハサミのようであり、その先端をチョイと加工しただけの簡素なものなのだが、これなら位置やその大きさを間違えることなくノッチが切れるのだから安心だ。 

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※NIBBLE NOTCHでフロッピーの反対側にノッチを切るところ(上)と、その結果(下)


私がバンクチェックを米国のメーカーに郵送して注文したのが1983年6月で品物が届いたのが9月3日のことだった。価格は19.45ドルと記録がある。 

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※DISK IIとNIBBLE NOTCHおよび5インチフロッピー


ちなみに私がメーカーへ送る注文書につたない英語で「日本はいま6月の梅雨時である」と書いた。届いた包みにその注文書のコピーが同梱されており、そこには「日本は大変美しい国だと聞いている。是非一度行ってみたいと思っている」と記されていた。 
遠い米国のメーカーの、それも知らない誰かとだが、ほんの少しでも気持ちが通った気がして嬉しかったものだ。 


「MACLIFE」創刊は20ページのアップルグッズカタログが

前回の「Mac専門誌『MACLIFE』創刊前夜〜アップルの広告など...」に続き今回はその「MACLIFE」誌創刊第一号の一端を紹介しよう。確かに日本におけるMac専門誌は「MACワールド日本語版」であったが現実の問題としては「MACLIFE」誌がその後のMac雑誌の模範となり目標となっていく...。 


手元にある「MAC+」1号と「MACLIFE」創刊号を比較してみるとその両方が同じく178ページで構成されている。まあ「MACLIFE」創刊の行きがかりについては当サイトの他のトピックを参照いただくとして同じ編集者が関わったのだから不思議ではない。 
ただし「MACLIFE」はBNN社で新たなスタートをきったこともあり、その広告と誌面の内容が著しくこれまでと違う...というより現在から見ると些か異質なほどの内容を持っている。 

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※1987年8月1日創刊「MACLIFE」誌第1号表紙


まず目立つのが巻頭のアップルコンピュータジャパンの広告だ。何とも豪華に見開き連続6ページに渡るカラー広告を載せている。 
表紙裏からの2ページにはエントリーモデルとしてのMacintosh Plusを、続いての2ページはビジネスの発展型モデルと位置づけたMacintosh SE、そして最後の2ページは32ビットのオープンアーキテクチャーモデルと銘打った最初のカラーモデルMacintosh IIの広告に当てている。 
またキヤノン販売は裏表紙の両面だけでなく、アップルに続く目次の次から2ページ見開きでアップルの全国取扱店のリストを誇らしげに記している。 

この「MACLIFE」創刊号特有の編集として目立つ点は他にもある。私自身もグラフィック関連の記事を担当しているし特集の「Macintosh Familyの詳細」と「Macとパソコン通信」というのも読み応えは十分なのだが記事とも広告とも分からない不思議なページが20ページも連続で存在するのである。 
しかし最後の20ページ目には「お問い合わせは...アップル・コレクションまで」とあることでやっとこのカラーの20ページは広告であったかと思うにいたる。ともかく「THE APPLE COLLECTION」と題された全20ページのすべてをカラーで構成されているいわばアップル・グッズのカタログなのだ。 

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※創刊「MACLIFE」誌には THE APPLE COLLECTION と題する20ページものアップル・グッズカタログページが存在した


いま冷静な目で眺めれば良くも悪くも創刊号の貴重なページをそれも広告だとしても20ページを商品カタログで埋めるのは何とも変...というより尋常ではないと思う。しかし当時の購読者はほとんど素直にこうした企画を喜んだという記憶があるのだから面白い。 
とはいえ本当の意図は分かるはずもないが、当時の創刊に向けてのゴタゴタなどを総合的に考えればこの創刊号の編集に当てられた時間は極めて限られたものであったと考えざるを得ない。そしてグッズを扱う企業がBNN社と深いつながりがある会社であったことを考えるとこの20ページはある意味でページを埋める苦肉の策であった可能性も高いと考えられるのではないだろうか。 
しかし今となっては当時のアップル・グッズを知るよい資料となっているのだからこれまた面白い話ではある。 

ともかく「MACLIFE」誌は当初は季刊誌ではあったものの、その後に登場する幾多のMacintosh専門誌にとっても目標とすべく大変高い評価を得る雑誌へと成長していく。そのある意味で創生期からこの世界に足を突っ込んでいたことは今となっては何物にも代え難い貴重な経験・体験だったと感謝している。 

Mac専門誌「MACLIFE」創刊前夜〜アップルの広告など...

古い資料...特に雑誌類を見ているとまったく記憶にはない新鮮な記事や広告が目に付くことがある。時は1987年...いま思えばバブルだったし雑誌の広告も豊富で金をかけたものが目立った。そしてアップルコンピュータジャパンと名乗っていたアップルの広告もなかなか華やかだった。 


1987年のウィンター号として出版されたピーシーワールドジャパン刊の季刊誌「MAC+」は我が国最初のMacintosh専門誌「MACワールド」が2号目を出版したばかりで改題せざるを得なくなった複雑な状況で発売された一冊であった。なおその「MACワールド」創刊にまつわる裏話は2003年9月5日付けで「最初のMac専門誌『MACワールド日本語版』顛末記」として紹介しているので一読をお勧めしたい。 

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※1987年1月31日発行の「MAC+」誌第1号


さて、この「MAC+」は広告ページが特に多いという状況ではなかったものの、裏表紙の表裏にはキヤノン販売とコンピュータランドのカラー広告が、そして表紙扉の2ページにはアップルコンピュータジャパンのカラー広告が載っていてなかなか華やかであった。 
「MAC+」誌第一号はWINTER号として年末に店頭にならぶためその表紙は新年の雰囲気たっぷりのデザインだったし広告の多くはクリスマス商戦や新年のセールなどをターゲットとした企画で溢れていた。その中でも現アップルコンピュータがまだアップルコンピュータジャパンと名乗っていた当時の広告はやはり一番際だっていて目立った存在だった。 

ところでそのアップルの広告だがクリスマス商戦ということで、例の6色カラーを使った編み込みの靴下の中にMacintosh Plusが入っているというデザインだった。そしてそのコピーは「パパの欲しかったものは、さて、何でしょう。」いうものだったが、靴下には「Dear Santa Marry X’mas」と赤い毛糸で編み込まれている。 
そのコピーを見るとどこかバレンタイン・デーを前にした「チョコレートより喜ばれる贈り物」といった現在のiPod広告に通じるものを感じるのは私だけであろうか...。 
さらにその趣旨は違うものの「iPodソックス」のアイデアに近いものを感じてしまうというより、こじつけて...そして穿った見方をするなら、Apple側の思考の流れがどこか当時から綿々と続いているようにも思えてならない気もする...。 

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※「MAC+」誌第1号のアップルの見開き広告。左右で色味がかなり違う(笑)

さてその当の広告だが見開き左右2ページ続きのものを見ると、その編み込み6色のソックスの色味がページ毎でかなり違うのである(笑)。特にグリーンの色は見比べるまでもなく大きく違い、私がクライアントならOKは出さないと思うほどだ。 
そして何よりも季節を意識した広告であることもあり、他に使い回しが利かないからある意味では大変贅沢な企画であったといえよう。 

こうしたことは当時の大らかさといってしまえばそれまでだが、カラーやそのマッチングに気を遣うべき雑誌の広告がこれだから何をか言わんやである。しかしMacintosh環境としては本誌の登場した1987年にやっとMacintosh IIというカラー版Macが登場するのである。そしてデスクトップ・パブリッシングもカラー化が進み、我々のカラーに対しての意識も強くなってくるが、いま振りかえれば何とも鷹揚な時代だったということになる。 
その1987年夏には早くも「MAC+」誌は廃刊に追い込まれ、あの「MACLIFE」誌がBNN社から創刊となり、日本におけるMacintosh専門誌の本格的な歴史が幕を開けることになる。 
またこの続きは別項で紹介したい。 
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Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員