ラテ飼育格闘日記(8)

本タイトルに「格闘」の2文字が入っているが、洒落ではなく実態である(笑)。しかし犬を飼うことがこれほど大変で、これほど楽しいものかは、実際に飼ってみるまで分からないものだ...。


ペットショップで生後2,3ヶ月の子犬を手に入れるケースと、ラテの場合はいささかその行き掛かりが違う。だから強い気質などは特異なことかと思ってもみたが、犬の飼い主は皆さんそれなりに苦労されているようだ。
朝の散歩時に同じくワンコを連れたお二人に出会った。一級河川脇の遊歩道で、男性3人とワンコ3匹が談笑するというなかなか楽しい出会いである。そのうちの一匹は見るからに大人しそうなビーグル犬だったので、私が「大人しいですね...羨ましい」というと、その飼い主は「いやあ...」と笑いながら「正直当初は大変で、一瞬捨てようかという気持ちになったことがありました。一ヶ月で白髪が増えましたから...」と告白...。
皆さんそれなりに苦労をされているのかと思えば、大変なのは自分だけではないと前向きの姿勢になってくる。
何しろまだまだラテは100%私のことをリーダーとして認めているとは思えない。一ヶ月程度では無理なのか、はてまた私の接し方がまずいのかは分からないが、文字通り毎日が格闘なのである。

先日など、人通りの多い場所を通過するため、リードを極端に短く持ち、ラテの行動を大幅に制限して百数十メートルを歩いた。ラテはそれが気にくわなかったらしい...。
途中で私の背中に飛びつき、歩きながらも体当たりしながら抗議を続けるのである(笑)。
明らかに嬉しいときの飛びつきとは違い、「何するんだよ!」とでも言いたげな強力な体当たりが十数メートル続いた...。人通りのない所なら張り倒すところだが(笑)、何か飼い犬に蹴りを入れられながら歩いているようで、おかしさと恥ずかしさで怒る気も失せた。

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※散歩中のラテ。その振り返った眼差しは何か文句を言いたいみたいだ(笑)


また私は歩きながらリードは左手に、そして右手にはご褒美用というか、訓練用のために小さな餌を持つことにしている。拾い食いを止めさせるとか、ラテの気をこちらに向けさせるといったとき、効果的に使うためだ。しかしラテは私の右手にそれがあることを知っている。だから思いついたときに右手に飛びかかったりするわけ...。無論噛んだりはしないが、歯が当たっただけで痛いのである(笑)。そんなときも通常は無視する。
要求したらおやつを貰えると思われてはまずいからである。
しかし、無視が長く続くとラテは切れる(笑)。例の飛びつきをやったり、それでもこちらが無視して歩き続けていると、今度はジーンズの裾を噛んで歩くのを邪魔する。無論飼い主の威厳を保つため、簡単にワンコに屈してはならないからリードを引き、無視を続ける。それでも言うことをきかない場合には、立ち止まって「ダメ!」と諭したり、ときには手加減しながら張り倒す!

多くのワンコ育児書には「体罰はぜったいにいけない」とあるが、暴力ではなく教育の一環として、やむを得ないときには体罰的なこともワンコには必要ではないかと思う。これまで無闇に体罰を実践したわけではないが、この頃ではいたずらをしたり、興奮して暴れ回るときに「ダメ!」と手をあげるだけでラテは「くう〜ん」と伏せながら腹を出すようになった。
ちなみに「Dr.野村の犬に関する100問100答」という本の中で「野村獣医科V CENTER」の病院長、野村潤一郎氏は「憎くてぶってはいけない」としながらも、「時には体罰は必要だ」と言っている。でも、タイミングを外さずに現行犯のときに人間の手でぶつこと。道具で打ってはいけない。
ワンコに対して無視したり「ダメ!」と怒鳴っただけで問題が解決するなら、こんなに簡単なことはないが、その行動が叱られるべき行動なのだと教えなければならない。

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※メディアファクトリー刊「Dr.野村の犬に関する100問100答」


そんなとき偶然、テレビで昔ソニーのCMで有名になった日本猿の初代チョロ松が死んだというニュースがあり、その関連で昔の映像を綴ったドキュメンタリー番組をやっていた。調教にあたり、猿に調教師の方が上位なのだということを教え込むのが基本とかで、暴れ回る若いチョロ松を調教師が強く押さえ込んでいるシーンがあった。
そのアップになった調教師の村崎五郎さんは...なんと泣いているのである。泣きながらチョロ松を押さえ込んでいる...。感動!
いじめのために打つのではない。人間社会の中で生きていくためにはワンコも行き交う人たちに迷惑をかけないように、共存を認めてもらえるように教育していかなければならない。ワンコはそれに応えることができる知能の高さを持っているという。だから、時には暴力ではなく...死語になったが...愛の鞭も必要ではないだろうか。
そういえば、私なんかも子供の頃は父に殴られたものだ。

さて、散歩の途中に靴紐が解けてしまったので立ち止まり、ラテに「待て」と声をかけてしゃがみ込む。ふと肩を叩く気配に顔を向けるとラテが私の背中に前足を乗せてノビをしながら、肩越しに向こうを眺めている...(笑)。思わず「おい!飼い主を踏み台にするな!」と怒ると、すまなく思ったのか、ラテに向けた私の顔をベロベロ舐めた...。その上、ラテの舌はそのまま私の口に入ってしまう。
舐められるのを嫌だとは言わないが、ディープキスは止めてもらいたい!なぜなら直前に彼女はその舌で自分のお尻を舐めていたはずだ...(爆)。
また、私は普段はメガネを使っていることもあり、ラテの唾液で視界ゼロの状態になってしまうこともしばしばなのである...(笑)。

でもねぇ...いつも真剣できつい目つきのラテが、彼女なりに嬉しそうな顔をして私に飛びつき、顔をペロペロするのを止めろとばかりは言えない。その滅多に見せない笑顔を見るとお父さんはジーンときてしまうのである。
先日、ラテが来てから初めて札幌に一泊するため家を空けた。その間、女房に世話を頼んだが、一日半後に戻ったときのラテの顔は忘れられない。目を細めて口を大きく開け、シッポをブルンブルンしながら飛びついてきた。そして私の顔を唾液でいっぱいにしてくれた。
私の視界が歪むのも、あながちラテの唾液のせいばかりではないのである...。

「iPhone」にも酷評があるようだが...いつものことだ!

AppleがMacworld Expoの基調講演で発表したiPhoneは世界中のメディアが取り上げたが、褒めることを知らない人たちも多々存在するらしく酷評もあるという(笑)。 その最たるものに「iPhoneの技術は目新しいものではない」とする業界関係者がいるという...。バカを言ってはいけない! 


あのiPhoneに関して私自身は大いに賞賛を惜しまない一人だが、アナリストの一部や業界関係者、専門家と称する人たちの中には様々な酷評を唱える人もいるという。 
その最たるものに「iPhoneの技術は目新しいものではない」という物言いがある。また「500ドルもするバカ高い携帯など誰が買うか?」といった意見もある(笑)。しかし2001年にあのiPodが登場したときもアナリストや専門家の多くは「1,000曲も持ち歩く必要性がどこにあるか」とか「単なるMP3プレーヤーとしては高すぎる」といった酷評を宣ったことを忘れてはならない。 

それに「iPhoneの技術は目新しいものではない」といった物言いは、それこそコロンブスの卵であり、後付の物言いだ。 
確かに現時点ではiPhoneに関する機能の細部まで検証できてはいないが、目新しい技術であろうとなかろうと、携帯電話が登場してからこの方、これほどの製品をどのメーカーが発表できたのか...。無論、ありはしない。 
携帯電話が日本で初めて見られたのは、1970年の大阪万博でのことだという。ただし実際の移動が可能な電話機としては1979年にNTTの前進である日本電信電話公社がサービスを開始した自動車電話である。そして現在まで、私たちは小型軽量化とデザインのあれこれは体現してきたが、携帯電話の機能やインターフェースはまるでキャリア各社やメーカーが申し合わせたように画一化し、同じ次元のものでしかない...。現在もそうである。 

私自身、NTTから出た「ムーバー」を1993年前後から使い始めた。したがって早くも携帯電話歴は14,5年ほどになるが、その間に今回のiPhoneほど物欲を刺激する携帯電話機はなかった。これまで、機能を選べばデザインは妥協...あるいはデザイン重視で選ぼうとすれば機能は妥協...という連続だったと言って良い。 
「iPhoneの技術は目新しいものではない」というのなら、なぜA社もB社も、そしてC社からも1970年代からの30年間、iPhoneに匹敵するエキサイティングな製品をただの一度も出せなかったのか。メーカー各社はこれまで何をやっていたのか...少しは反省して欲しいと思う(笑)。 

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※Macworld Conference & Expo 2007のキーノートスピーチで、誇らしげにiPhoneを発表するスティーブ・ジョブズ CEO


テクノロジーは人のためにある。そして人間の成し遂げたい事、欲求あるいは希望は昔から基本的には変わっておらず、テクノロジーの進化は発明ではなく新たな再発見/再発明の部分が多いものだ。当サイトの主張も「テクノロジーに期待と畏敬の念を持ちつつ、どのようなテクノロジーにもルーツが存在し、新製品や新しいアイデアも過去の業績の上に成り立っていることを認識すること」とアバウトページに記しているが、基礎技術を積み重ねてひとつの製品を作り上げると言うことは本来そうした意味を含んでいるものだ。 
「iPhoneの技術は目新しいものではない」と切り捨てるのはやさしいだろうが、そういう物言いしかできない人たちは、スティーブ・ジョブズがあのゼロックス・パロアルト研究所(PARC)を訪れ、Lisa開発のヒントを得たという歴史的現実から何も学んでいない。 

例えiPhoneに採用されているテクノロジーの一部が、過去に存在していたとしても、誰もそうしたものを活かすすべを知らなかったことは事実なのだ。繰り返すが、iPhoneのテクノロジーの多くがこれまで先達たちの努力とインスピレーションの賜であるとしても、iPhoneという具体的な製品を開発した成果は間違いなくAppleの、あるいはスティーブ・ジョブズの「再発明」だと言ってよい。Appleは...いや、スティーブ・ジョブズは、私たちが何を欲し、喜ぶ物を見通しているかのようだ。 

残念ながら日本市場にiPhoneが登場する時期は分からない。しかし米国では6月にリリースとのことなので、市場の反応がどのようなものになるか、大変楽しみである。

ラテ飼育格闘日記(7)

愛犬ラテは放浪していたところを保護された雑種なので、正確な誕生日はわからない。しかし歯などの状況から判断して現在8ヶ月程度という医者の診断だから、冬の寒さはもとより、日々すべてのことが初めての体験だといってよい。 


とにかく彼女は好奇心旺盛である。枯れ葉が舞えば追いかけるし、河川の流れが聞こえると、橋の欄干から顔を突き出す。垣根の向こうに鳥でもいるものなら、後ろ足だけで立ち上がって様子を眺める。子供を見ればリードの引きが一段と強くなるし、見るからに勝ち目のない大型犬にも立ち向かおうとする...。 
落ちている小枝や道ばたの草花を噛んで咥えながら歩く姿はなんとも可愛い。 

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※小枝を咥え、振り回しながら歩くラテ


毎日の散歩は単に歩いているだけではないから大変だし疲れる。回りに注意し、拾い食いをさせないように気を配らなければならない。したがって強くリードを引くこともしばしばだ。事実リードを持つ私の左手は常に軽い疲労感に包まれている...。 
反面、ラテと散歩していると、初対面のオジサンから「いい犬だねえ」とか、知らないオバサンから「あら〜可愛いわね」だなんて声をかけられることもある。そんな時は、飼い主が誉められているようで私も思わず満面の笑みを浮かべてしまう(笑)。 
先日は駅付近で、これまた知らないオジサンからいきなり「この子は甲斐犬かい?」と声をかけられた。「雑種なので分からないんですよ」と私。その直後にラテはオジサンに向かって吠え始めたので「すみません」というと、オジサンは「甲斐犬なら主人にしか懐かないのは当然だよ...いい子だ..よしよし、いい子だ」と、すっかりラテを甲斐犬扱いにして去っていった(笑)。 

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※一段高い場所に上がってご機嫌なラテ


それにしてもラテと毎日を過ごしていると「犬って知能が高いなあ」とあらためて感心することばかりである。 
ラテに限らないと思うが飼い犬は餌と散歩が命である。無論それらは普通、飼い主側の主導で行われるわけだが、ラテは幼児期に3ヶ月程度放浪するという体験がトラウマになっているのか、食べ物には異常とも思える執着ぶりを示す。また同時に散歩も大好きであり、私がいつものジャンバーを着てキャップをかぶると、散歩に行くのだと察して喜び勇んで騒ぎ出す。 
そのラテが、雨の日だと様子が違うのである。 

我が家に来る前の環境では、ウンチは散歩時に済ませていたという。したがっていろいろと試みてはいるが、今のところ室内ではオシッコしかしないのである。このままではまずいのだが、とりあえず雨の日も散歩に出ないとウンチを我慢することになるので、私は大変なのだが本人(本犬)が行きたいのなら散歩に連れ出すことにしている。 
ラテが来た数日後に小雨が降ったが、その際にはいつものように喜んで飛び出した。しかし本格的な雨の日には面白いように態度が違うのだ。 
無論ラテは朝起きて一度も外を眺めていないし外に出てもいない。強いて言うなら雨音と湿度とか気圧で外は天気が悪いことを知るのだろうか...。 
ともかくリードを付けるときも何やら普段とは違い、大人しいラテを玄関まで連れて行き、ドアを開ける...。 
いつもなら我先にと飛び出そうとするのを、物の本に書いてあるように、まずは飼い主が先に外に出なければならないと、ラテを静止させるのにひと苦労するくらいなのだ。しかし雨の日は違う...。 
玄関のタタキ部分でうろうろするばかりで、見るからに雨の中を散歩に行きたくないという風に見える。 
一応ドアの外に出した後で念のため、いま閉めた玄関のドアを開けてみると彼女はいそいそと家の中に戻るではないか(笑)。 
結局その日は夕刻雨が小雨になるまで散歩にはでなかったが、ワンコは雨の日にはよく眠ることを知った。 

「恵みの雨」という言葉があるが、ラテは雨の日の散歩を嫌ってくれるから、私の体力にとっては確かに恵みの雨なのかも知れない(笑)。

ラテ飼育格闘日記(6)

ラテを初めて美容室に連れて行った。無論ペット専門の美容室だ。我が家に来てから早くも一ヶ月経ち、耳や首回りの毛が随分と伸びたからである。本来なら私自身でカットしたいところだが、プロがどのように仕上げてくれるのかを一度は見てみたかった。


ラテは雌犬だが、どうも女らしくない(笑)。元気すぎるからというより、マズルが長いオオカミ的なその面構えが精悍なイメージを与えるし、首回りの伸びた毛の色が面白いことに黒い。だから顔の正面から写真を撮ると、黒いあごひげを蓄えているようにも見えてしまう(笑)。 
ちょうど散歩の途中に「ペット美容室」なる店があったので、思い切って予約を入れ、女房と一緒にラテを連れて行った。 
メニューとしてカットとシャンプーの他に爪切りと耳掃除もやってくれるという。 
「ご要望は?」とのお店の方の質問に、耳回りが少々うっとうしいこと。首回りの伸びた黒い毛を剃ってほしいこと。そしてお尻回りの毛も短くして欲しいことをお願いした後で「全体的に女の子らしくお願いします」と言ったら、笑いながら「承知しました」と言ってくれた(^^)。 

問題はラテにとって初めての経験である他人による本格的なシャンプーとカット・トリミングだから、果たして大人しくしてくれるかが問題だ。もしかしたら大立ち回りをするのではないかと心配しながら作業台の上にラテを乗せた。 
しかし観念したのか、吠えないし暴れたりもしないのが逆に可愛そうに思えてくる。部屋の奥にはゲージに入った犬が2匹いて、我々が入ったときから猛烈に吠え続けているが、ラテはまったく無関心の様子で美容師さんのなすがままに大人しくしている。 
美容師さんに「小一時間の間、そちらで待たれても良いですが、飼い主がいると甘えたりするので、出来たら時間を潰してきてください」と言われたので、それもそうだと思い、コーヒーでも飲みに行こうとペット美容室を後にした。 
一般的にペットがいると夫婦の会話が増えるというが、幸い私たちは普段でも会話の多い夫婦だと思う。しかしその話題の内容はいささか変わりつつある。やはり一番気になるのはラテの健康だ。だからというわけでもないのだが「今日のウンチはどうだった?」「重量感のあるいいウンチが3本だったよ」といった変な会話が増えた(笑)。 

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※美容室から戻ったばかりの美人犬 "ラテ" (笑)


さて、女房は "カフェラテ" を飲みながら(笑)、ラテ初めてのペット美容室でもあり、店の扱いは「優しいだろうか」とか、「大暴れして逃げ出さないか」などと心配し、涙ぐんでいる(爆)。 
「大丈夫だから...」と私も根拠のない慰めを言いながら時間をつぶし、早めに勇んで店に立ち戻った。
ラテは台の上で少々震えているようにも見えたが、大人しく最後のカット調整をされているところだった。私たちの姿を確認して少しはホッとしたのだろうか、落ち着いた感じで座り続けている。 
店に立ち戻る際に女房と「万一おかしなカットだったとしても笑わないようにしよう」と話しながら戻ったが、さすがにプロフェッショナルである。ラテの特徴を壊さず、不要な部分を綺麗にカットしてくれた。おかげで少しは女の子らしくなったか...。 
ラテを連れながらの帰り道、女房と「でも...まだスカート調のワンコ服は合わないよなあ...」と大笑いしたら、ラテが知ってか知らずか、女房のコートに飛びついた。

Apple iPhoneの素直な印象〜写真だけではその凄さは分からない!

Macworld Expoの基調講演で発表されたiPhoneは、Appleユーザーだけでなく一般の人たちにも大きな話題になっている。まだ実機を手に取れるわけではないが、iPhoneは実に素晴らしい。 


まだまだ詳細な部分についてのアナウンスがないので具体的なスケジュールなどは不明だが、日本でiPhoneを使えるようになるには早くて2008年まで待たなければならない。 
米国あるいはヨーロッパ地域とのリリースの時期の差は、様々な条件の違いから生じるものであることは分かるが、ニンジンを眼前にぶら下げられた馬みたいで興奮はしても、いまいちリアリティに欠ける(笑)。 
いや...Macworld ExpoのAppleブースでさえ、ケースに収められた一台しか見ることができないというから、まだまだ準備不足なのかも知れない。 
それはともかく、iPhoneの凄さは一般的なウェブサイトのニュースなどで、その紹介されたスペックを追っても実態は分からないのではないか。幸いAppleのサイトでは基調講演の模様をストリーミングで見られるようなっているから、まだご覧になっていない方は是非スティーブ・ジョブズ氏のプレゼンテーションとそのユーザーインターフェースの妙をご覧になっていただきたい。 
繰り返すが、実機を手にしていない私が申し上げるのも変だが、フォトギャラリーなどを見ただけではiPhoneの凄さは分からない...。 

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iPhoneのオペレーションは指で行うが、その指による操作は決してスタイラスなどの単純な代替えではない。二本指による画像の拡大縮小のやり方などはMacBookなどのトラックパッド操作以上にソフトウェアテクノロジーの可能性が大きいことをあらためて認識させてくれる。事実基調講演でスティーブ・ジョブズ氏自身「Appleはソフトウェアを大切にする会社だからこそ、ソフトウェアで実現した...」といった意味のことを発言していた。 

当サイトでは基調講演の数時間前に、今回発表される新製品を少々茶化しながら「ワイヤレスiPodの可能性アリ」と紹介した。 
ワイヤレスで液晶が大きく、そしてMac OS X LiteのようなOSも搭載されるかも知れないとした。それがiPodなのか携帯電話なのか、あるいは携帯情報端末なのかは分からなかったが、iPhoneはそうした機能をすべて網羅した製品として登場した。 
iPhoneと現在我々が手にしている携帯電話を比べて見ると、スペック以上にその違いがよく分かると同時に、iPhoneの素晴らしさが理解できると思う。そして「なぜ、iPhoneの機能の一部でもいいから、使いやすく魅力的な製品がこれまで出来なかったのか...」を思い、Appleという企業の特殊性と技術力の高さをあらためて痛感した。 

Appleはすでにご紹介したとおり、その社名から"Computer"を廃した。Macintoshというコンピュータもいくつかのプロダクトのひとつのカテゴリーに過ぎなくなったからだというが、総合家電メーカーとして今後は益々柔軟な製品群をリリースしていくのではないだろうか。 
Apple IIでApple Computer社を知り、MacintoshでApple Computer社の凄さと楽しさを痛感し、ユーザーに留まるだけでは飽きたらずにMacintoshのソフトウェア開発をビジネスとした私自身だから、個人的には"コンピュータ"という冠に拘りたい気持ちもある。しかし今般 iPhoneの素晴らしい出来栄えを実感したことで、Appleが作るデジタルカメラといったものだけでなく、例えばAppleが作る冷蔵庫、Appleが作る洗濯機、Appleが作る電子レンジなども見てみたい気がする(笑)。 
そんな気持ちにさせるほど、iPhoneはこれまでの携帯電話や携帯情報端末の範囲を超えた斬新で新しいデバイスだと思う。 
来年の2008年以降、現在のiPodがそうであるように、街中で...電車の中で...人々が集まるとき、iPhoneを使う多くの人たちとすれ違うようになることを夢見つつ、じっくりと情報を集めながら待つことにしようではないか。 

社名変更はAppleの経営戦略の大幅な変更を意味するか?!

Macworld Conference & Expo/San Francisco 2007の基調講演を振り返ると、そのハイライトはApple TVでもiPhoneでもない。創業以来のApple Computer, Inc.という社名を、Apple, Inc.に変えたことが一番のハイライトではないだろうか。


我々の間ではApple Computer社がその社名を変更するであろうことはすでに織り込み済みである。ただそのタイミングが "いつ" になるかが問題だった。
いや...これは後出しのもっともらしい話しではない...。例えば2004年3月に東京国際フォーラムでインタビューした際に名刺交換したAppleのVice PresidentであるRon Okamoto氏や当時Core Media Groupのシニアディレクタ、Frank Casanova II氏などの名刺にはすでに"Apple"としか印刷されていない。Apple Computer, Inc.ではないのである。
勿論この事はお二人だけのことではなく、現在アップルコンピュータ(株)の代表取締役である山元賢治氏の名刺も、その英語表記面は"Apple"としか印刷されていない...。

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※2004年3月にいただいた、AppleのVice Presidentであるロン・オカモト氏の名刺。その企業名は単に"Apple"とあるだけだ


これは本来おかしな事である。口頭での呼び名の場合には、多々固有名詞を省略して呼ぶことは多い。例えば「日本アイ・ビー・エム株式会社」という正式名称で呼び合うのは堅苦しいし面倒だからと「アイ・ビー・エム」と呼ぶことはよくあることだ。しかし、だからといって対外的にオフィシャルなアイテムでもある名刺の表記にそうした略称を記すことはまずあり得ない。
グローバル企業のAppleの名刺だから、そうした表記には何らかの意図があり、公認の表記であることは間違いないだろう。

またご承知のように、すでにiPodのビジネスが大変好調であり、Appleはもはやパソコンメーカーではない...といった話しも以前からささやかれていた。したがって、いつ社名の変更があってもすでに織り込み済み...といった感もあり、驚くことはなかった。しかし、やはり長年親しんできたこともあり、また革新的なパーソナルコンピュータ・メーカーとして創業し、成功を収めたAppleから"Computer"の名が無くなるのは寂しい。
これからもMacintoshの開発を止めることはないだろうし、今回のExpoでMacintosh関連の発表がなかったのは、単にiPhoneへ話題を集中させる意図だったのだろう。
それより驚いたのはiPhoneに搭載されたOS名称がMac OS Xではなく"OS X"と表記あるいはアナウンスされたことだ。
これまた当然のことながら「MacのOSではなく携帯電話のOSだから」単純にOS Xと命名したのかも知れないが、ことはそれだけで終わらないという感じがする。

これまで携帯電話などのデバイスに採用されてきたOSは独自のものだったり、TRONあるいはWindows系が採用されたりしてきた。そしてMac OS Xが携帯電話に搭載されるのは勿論iPhoneが初めてである。
4GBのある意味で小さなフラッシュメモリのiPhoneにMac OS Xが易々とビルトインできるとは思われないかも知れないが、当サイトの最近の記事で紹介した4GBのフラッシュメモリ「FirePen」にMac OS Xをインストールした際、最小限に必要なものだけを選択した上でのインストールを行うと、インストール後の空き容量はまだ1.53GBも残っていた。
したがってこの空きメモリにアプリケーションとユーザー側のワークエリアを確保することはできないことではない。そして当然、iPhoneに搭載されるOS XはiPhone用にチューニングされているのだろうから、さらに効率の良いOSになっているはずだ。

このiPhoneとOS Xの関係、そしてApple Computer社からComputerの冠が取れたということは何を意味するのだろうか。
単純に考えればAppleは今後、家電製品などへの参入がやりやすくなるだろうし、事実これまでにない様々な製品にコミットする可能性もある。ある意味でAppleは今回、総合デジタル家電メーカーとなることを宣言したことになる。
またMac OS XではなくOS Xとした事由として「Macである必要はない」のだから、もしかするとAppleはこれまでのOS戦略を大幅に変更し、例えば他社パソコン製造メーカーへのOSライセンス供給を始める可能性もあるし、すでにそうした観測もあるようだ。
だとすればAppleにとって、2007年は社名の変更以上に大きな変化と、これまでにない成功をもたらす年になるのかも知れない。
前宣伝の"The first 30 years were just the beginning. Welcome to 2007" は確かに大風呂敷ではなかった!

最後に、個人的にはこのExpoでスティーブ・ジョブズの引退や後継者の発表がなくてホッとした。つくづくAppleという企業は良くも悪くもジョブズの会社なのだということを感じた今回の基調講演でもあった。


ラテ飼育格闘日記(5)

面白いと言ってはなんだが、犬を飼ってみて初めて体験する世界があることに気づく。ワンコを通して人間や街並みを観察するのもこれまたいろいろあって興味深いが粗も目立つ。


散歩の途中で様々な犬を連れたひとに出会う。面白いもので飼い主の顔を覚えているというより、ワンコの姿を見て「ああ...あの時の人だ」と関連づける。しかし犬を飼っているからといって人付き合いが良いかというと、そういう人ばかりではない(笑)。 
ワンコ同士がすれ違うわけだから、お互いあるいは一方が吠えたりするのは当然のことだ。そうした時に私は極力「こんにちは」とか「お騒がせします」と飼い主に声をかけることにしている。相手の方もそれに応えて軽く会釈をしてくださる人もいれば、前にも書いたがうち解けて犬談義ができるようになった人もいる。中には本当にワンコが好きだと体中で表現している人もいて、そういう人には面白いものでラテも吠えない...。 
しかし反対に挨拶をしても反応がない人もいて、やはりワンコより人間同士のコミュニケーションが難しい...。 

正月のある日、公園の広場にラテと行くと、先着3人のグループが見事なワンコを2匹連れ、フリスビーを飛ばして遊んでいた。そんな脇をラテが通るとき、「こんにちは」と声をかけるが、一瞥しただけで何のリアクションもなく無視された。どうもこちらの僻みかも知れないが、見るからに血統書付きの立派なワンコを自慢そうに連れ回しているところを見ると、雑種のワンコなど相手にもしたくないというように見える...(笑)。 
いやだねぇこういう奴らは...。 
反対にカフェの野外スペースにいつものとおりにラテを連れていくと、すでにワンコを連れた中年の男性がくつろいでいたが、連れのワンコが一声吠えた。繰り返すが、お互いに盲導犬の訓練を受けたワンコではないから吠えて当然だ。しかしその男性は即座に「スミマセン」と軽く頭を下げてくれた。お互い様であるから、そうした飼い主とは次にお会いしても気持ちの良い対応が出来る。 

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※駅前にある広くて整備された夕暮れの公園でのひととき


話は違うが、ワンコと散歩して気がついたことは路上にいかにゴミが多いかということ。 
まず、犬猫の糞を持っていかない飼い主がいるのは言語道断だ。さらにタバコの吸い殻とパッケージはもとより、ファーストフードの包装紙やコンビニ弁当の器、使ったティッシュ、噛んだ後のガム、空き缶、ビニール袋、菓子の包装紙などなど...まあまあ凄い量のゴミが毎日そこら中に捨てられている。 
これまた毎日掃除をしている地域の人やボランティアもいて、街の美化は何とか保たれているようにも見えるが、過日はどこから持ち出されたのか、遊歩道にブラジャーがあった(爆)。 
これまで、不法なゴミ投棄などの問題は街の美化云々といった視点でしか見ていなかったが、ラテが万一拾い食いをした場合、中には毒になるものもあり得る。したがってラテと歩くときの視線はどうしても路上に向くのでよけいに気になるのだ。 
毎日こうしたありさまを見ていると、この国にはすでにモラルとか他者への迷惑や配慮など消え失せてしまったように思えて薄ら寒くなる。 

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※散歩の途中で何にでも興味を持つラテ。お得意の後ろ足立ちポーズで何を見る?


飼い犬や飼い猫が安全に暮らせない街や国が、人間に暮らしやすい環境であるはずがないとも思う。何とかならないものだろうか...。

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Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員