ラテ飼育格闘日記(38)

ワンコを飼うということはどのような覚悟を必要とするのか...。ラテを貰い受けると決めたとき「犬を飼う人のための十戒」という文章を見つけて感動し、理窟抜きでその十戒を守ろうと決心した。 


多くの人にとってワンコを飼う動機にはどのようなものがあるのだろうか...。単純に可愛いからなのか、自分の思い通りになる相手が欲しいからなのか。しかしワンコはオモチャでもなければ、飽きたからといって捨てて良いものではない。そして飼育には時間も費用もかかるし、適切な環境を整えなければ他人にも迷惑をかける場合がある。 
ワンコは確かに可愛いが、私たちはあまりにもワンコの事を知ってはいない...。 

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※カタログ雑誌をメチャメチャにして遊ぶラテ(笑)


ご紹介する文章は詠み人知らずだそうだが、欧米の愛犬家たちにはよく知られている言葉らしい...。以下適切かどうかは心許ないが訳文と共にご紹介したい。 
ラテは黙して語らないが、オトーサンに物言うことがあるなら、こうした内容になるのではないだろうか...。ある意味で命を預かる重みを感じさせる文章であり、何回読んでも思わずラテの顔を眺めてしまい、涙腺が緩んでしまう内容である。 

1)My life is likely to last ten to fifteen years. Any separation from you will be painful for me. Remember that before you adopt me. 

  私の寿命は10年から15年くらい。理由はどうあれ、あなたと離れるのは辛いことです。あなたが私を飼う前にそのことを覚えておいてください。 

2)Give me time to understand what you want of me. 

  あなたが私に何を欲するか、私にそれを理解する時間をください。 

3)Place your trust in me it's crucial to my well-being. 

  わたしを信頼してくれることが私にとって極めて大切なのです。 

4)Don't be angry to me for long and don't lock me up as punishment. You have your work, your entertainment and your friends. I have only you. 

  いつまでも私に腹を立てたり罰だからと私を閉じ込めたりしないでください。あなたにはあなたの仕事や趣味もあるし友人たちもいるけれど、私にはあなたしかいないのです。 

5)Talk to me sometimes. Even I don't know your words, I do understand your voice when speaking to me. 

  時々は私に話かけてください。私はあなたの言葉を知りませんが、私に話をするあなたの声で私はその意味を理解できます。 

6)Be aware that however you treat me, I'll never forget it. 

  あなたが私をどのように扱うとしても(楽しいことや辛いことも)、私は決してそれを忘れません。

7)Remember before you hit me that I have teeth that could easily crush the bones of your hand but I choose not to bite you. 

  あなたが私を殴る前に、私は簡単にあなたの手の骨を噛み砕くことができる歯を持っていることを思い出してください。しかし私はあなたを噛まないことに決めているのです。 

8)Before you scold me for being uncooperative, obstinate or lazy, ask yourself if something might be bothering me. Perhaps I'm not getting the right food, or I've been out in the sun too long, or my heart is getting old and weak. 

  言うことをきかないだとか、頑固であるとか、あるいは怠け者であると叱る前に、私がそうなった原因があなたにないかを考えてください。もしかしたら、私はきちんと食べ物をもらえなかったか、あまりにも長い間日向に置かれていたとか、あるいは加齢で身体が弱っているのかも知れません。 

9)Take care of me when I get old; you, too, will grow old. 

  どうか私が年老いても、私の面倒を見てください。あなたも同じように歳を取っていくのですから。 

10)Go with me on difficult journeys. Never say, I can't bear to watch it or let it happen in my absence. Everythings is easier for me if your are there. Remember...I Love you. 

  私のつらい旅たち(臨終)のときは一緒にいてください。見るのが辛いからあなたのいないところで...などと言わないでください。あなたが一緒にいてくれるなら私は平気です。そして忘れないでください...私はあなたを愛しています。 

人間の子供以上にワンコはその飼い主の鏡ともいえる。人の寿命と単純比較はできないものの一般的なワンコの寿命である10年とか15年は多分に短く、過ぎ去ってしまえば一瞬かも知れない。それだけに毎日大事に向き合っていかなければならないと思うのだ。 

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※空がブルーからピンクに変わり始める頃、オトーサンとラテは帰路につく


いまラテは、お気に入りのマッサージチェアの上に、これまたお気に入りの化繊のシートを持ち込み、自分でベッドメーキングして寝ている(笑)。その笑顔はオトーサンにとって何ものにも代え難い天使の寝顔なのだ...。 

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※自分でベッドメーキングしたマッサージチェアで一休みするラテ...。お疲れ!

Mac 128KとMac Plus 外観の違いについて

先日知人とオールドマックの話題となり、Mac 128KからMac Plusに至る相違について話していた...。通り一遍の違いについてはすでに知られていることばかりだが、実は些細な事ながら知人が認識していない外観の相違部分が存在する...。 


機会のあるごとに申し上げているが、すでに20数年も前のマシンに興味を向けること自体が希有なことなのかと思う。しかしオールドMacはそれだけの魅力を備えている。 
思うにその魅力とは「20年も前のOSやアプリケーションをそのまま体現できる」ことは勿論、「GUIを備えたパソコン初期の形を確認できること」そして「現在までのハード・ソフトの進化ついて身をもって知ることが出来る」ことなどが挙げられるのではないか...。 
どれもこれも実用面というより知的好奇心を刺激することが好まれる要因だと思う。 
ただし当サイトのコンセプトにも通じるが、古いもの...過去の製品をきちんと評価することは未来の価値ある足がかりになると信じている。 

Mac 128KからMac 512K、そしてMac Plusに至るコンパクトMacの相違点はすでに言い尽くされてきた。ただしMac 512Kについては128Kのメモリが4倍になっただけと見ることができるがMac 128KとMac Plusの違いはメモリだけでなく外観的にも多々存在する。 
そうした点について当サイトでもいくつかご紹介してきたが、繰り返すならケース内部のサインの違い、背面のインターフェースの違い、そしてMac 128Kフロントにはなかった製品名表記がMac Plusには"Macintosh Plus"と記されるようになったこと、さらにMac 512Kまで背面にあったアップルロゴとMacintoshロゴのエンブレムがMac Plusでは無くなっていることが挙げられる。 
無論製作された年代とロットの違いにより本体の色味もベージュからプラチナホワイトまでの製品が作られた。 

さてここでクエスチョンをひとつ! 
小ネタではあるが、上記の他にMac 128KとMac Plusの外観的違いはどのようなものがあるか? 
繰り返すが、本体カラーでもなく、エンブレムの有る無しでもない...。勿論本体の外観に関わる問題だからケース内部のサインとかキーボーが違うといったことではない。 
こうしたクエスチョンに即答できる人は、かなりオールドマックに詳しい方に違いない。事実Mac 128KとPlusを手元に置き、日々眺めていなければどうでも良いこととして見逃されているに違いない(笑)。ただし違いは明白である。 
先の知人もオールドマックのファンの一人だがMac 128Kを所有していないので知らなかったという。 

では早速回答である。それはアイコンやロゴの使い方に大きな違いがあることだ。これは比較すればすぐ分かる...。 
両機種の違いはMac 128Kがロゴやアイコンを表現する方法として、角を丸くした四角形の中に収めていたのをMac Plusでは廃止し、直接アイコンが表示されるようになったことである。 
具体的にそれらを示そう。 
まず筐体フロントに目立つ存在して6色のアップルロゴが貼り付けられているが、Mac 128Kのアップルロゴプレート自体は四角形であり、Mac本体もその四角いプレートを収めるように型取られている。それに対してMac Plusのアップルロゴはリンゴの形状がそのまま本体に埋め込まれているという違いがある。 

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※Macintoshのフロントにあるアップルロゴの作りの違い。左がMac 128Kで右がMac Plus。Mac 128Kのそれは矩形がベースになっている


こうした類の違いは他にも共通して見られる。 
Macintosh本体にはケーブルの差し込みを間違わないように、あるいは操作性を明確にするためにいくつかのアイコンが配されている。 
Mac 128KとMac Plusはインターフェースの違いやペリフェラルの進化に関係して各アイコンに多少の違いも見られるが基本的には同じである。それらは正面ならモニターの輝度調節つまみの下、キーボードケーブル・ポート、そして背面ならバッテリーカバーやインターフェースコネクタ位置の各ポートや盗難防止のロック穴などである。 

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※モニターの輝度調節つまみのアイコン。前例と同様に左がMac 128Kである


これらのアイコンについて、Mac 128Kを見てみると電源コネクタなどの一部を除けばそれぞれのアイコンはやはり矩形の中におさめられているのだ...。このことはあらためて確認するなら、Mac 128Kに付属していたワンボタン・マウスやショートキーボードに刻印されているアップルロゴも同種の手法でデザインされている。これらは当然きちんとした意図があってなされたデザインと見るべきだろう。 

対して同様な箇所についてMac Plusを確認してみよう...。その違いは一目瞭然である。Mac Plusの各アイコンは矩形の中ではなくそれぞれのアイコンデザインがそのまま刻印されている。 
勿論Mac Plusのこの手法はその後のMacintoshに踏襲されていく。 

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※バックのインターフェース部位にあるアイコン。上がMac 128Kで下がMac Plus


ではなぜこの違いが生じたのか...。それは残念ながら今となっては知る由もないが、想像力を逞しくすれば少しは真意に近づくことができるかも知れない。 
Mac 128Kの手法だと回りの矩形が凸で内側が凹面、そして肝心のアイコンが凸となる。対してMac Plusの方法だと回りがないだけアイコンそのものは凹形で彫ったイメージになる。最初のMacintosh、すなわちMac 128K筐体デザインのアイコンは先のアップルロゴと同様にあくまで矩形の中に収まった主張がコンセプトとなっているわけだ。 
もしコストを際限なく使えたなら、スティーブ・ジョブズは各アイコンを6色アップルロゴと同様にエンブレム化して埋め込みたかったのではあるまいか(笑)。 
暑い一夜...そんなことを夢想させるMac 128Kであった。 

ラテ飼育格闘日記(37)

ワンコと人間との共存の歴史はかなり古いという。この魅力的な生き物と毎日生活していると逆に人間という生き物の弱点も見えてくるような気がして面白い。しかし何故人間の祖先はワンコと暮らすようになったのか。今回はちょっとアカデミックだ(笑)。


人が純粋にワンコをペットとして慈しむようになったはごく近年のことだという。それまで犬と暮らすということは何らかの形で犬に期待する仕事、役割があった。それが番犬であれ狩猟の手伝いであれ、あるいは荷物の運搬であれ、犬は期待される役割を持っていた。 
私の少年時代を振り返っても犬をきちんと飼っている家は貧乏人ではなかった(笑)。しかしそのほとんどは外飼いであり、防犯の役割を果たしていたし、必ずといってよいほど家の門や玄関には「猛犬注意」の張り紙があった。 

ワンコの祖先が狼であったことは周知の通りである。しかし最新の学説では人が狼を飼い慣らしたのではなく、人間に近づいた段階で、すでにワンコは狼から枝分かれして犬化していたようである。 
ともかく、太古からワンコという動物が人類が生きていくために果たした役割には大変大きなものがあったとされている。 
人と狼は50万年以上もの間、ほとんど同じ生態環境を共有してきたらしい。50万年前といえば、ホモサピエンスが登場した頃だ。一部の学説ではワンコと共存できたからこそホモサピエンスは生きながらえたという話しもあるくらいだ。 
狼ではなく確実に犬だと判断された最も古い化石は1万4千年前のものが発見されており、1万2千年前と年代推定されたイスラエルの墓地の跡からは、かがんだ姿勢の老人と共に子犬が埋葬されていて、老人の左手は慈しむように子犬の頭蓋骨の上に置かれていたという。 
犬の出現は、広く信じられている以上に古い出来事だったようだ。 

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※オカーサンは甘い...。オトーサンの食事の席にラテを座らせてしまった(泣)


無論さまざまな学説があるが、人が住居する近くまで食べ物を探しに近づいてきた原始犬がいたはずだ。それらは人間という生き物の回りには常に残飯という捨てられた食べ残しがあることを知ったからである...。犬から見ればそれらの生ゴミは人間の魅力そのものだった。 
逆にこの残飯をきれいに平らげてくれる原始犬は、人間の生活環境においても好ましいものだった。それは住居回りが常にきれいに保たれるからであり、そのために移住の度合いが低くなり定住化を促進する。 

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※大好きな仲間のマキちゃん(ワンコの名)と散歩するラテ


こうした接点を繰り返すうちに、人に好意的で好戦的でないワンコの祖先たちが人間と直接接触するようになったに違いない。中には見るからに可愛く母性本能を刺激する子犬を抱きしめて連れ帰る女性などもいたかも知れない。 
そうした中で人類の祖先は犬に食と安全な寝場所を与える見返りに、自分たちが寝ている間や子供たちを守ってもらうという暗黙の約束事が成立していったという専門家たちがいる。 
太古の人たちは道具や火を使うといった知恵は持っていたが、野獣たちからの攻撃を受けて立つ体力や牙も、そして爪もなかった。勿論走るのも遅い。そして夜になり辺りが漆黒の闇になるときもその中に潜む敵の存在を見つける視力も聴力も貧弱だったから、安眠できる夜は少なかったのではないだろうか。たぶん交代制で寝ずの番をする係りがいたのかも知れない。 

人と生活するするようになったワンコの祖先は、自分たちのエリアに近づくよそ者をいち早く察して吼え立て、危険を知らせてくれたし、いざとなれば勇敢に戦ったであろうことは想像できる。そして日中でも人が狩りにでかける時には一緒について行くようになったに違いない。 
私たちの祖先は自分たちとの共存に向くワンコの祖先同士を交配して増やしていく。そうした中でますますワンコの祖先は家犬となり家族の一員となっていった。 
その後、私たちはよく知られているようにさまざまな仕事に向くように多くの犬種を作り出した。しかし近年になってもともとワンコたちに頼っていた多くの作業や役割が、より効率の良い器械に取って代わったり、環境の激変によりワンコたちの大方が職を失うことになる(笑)。 

いまワンコたちの第1番の役割といえば、人を癒すことに違いない。しかし人がワンコに求めるものは時代と共に変わってきたが、ワンコは大昔から現在に至るまでワンコであり、このすれ違いが人と飼い犬とのトラブル...すなわちワンコの問題行動の要因になっているのかも知れない。 
思えば人は自分たちの生活向上や生き延びるため、都合の良いようにワンコを改良してきた。例えばある意味で吼えやすい犬種は人との接触で生まれたという。何故なら狼の時代、狩りのために不用意に声を出すことは自分たちの存在を他に知らせることになるから生存には不利だ。事実狼や野犬は遠吠えや唸ることはあっても「ワンワン」とは吼えないという。 

ともかくワンコが人の世界に入り込めたのは不思議といってよい。それは他の動物である可能性もあったわけだが、ワンコが持つ社会性が人間たちに何か共通の親近感を持たせ、かつ人の母性本能を刺激したに違いない。 
ワンコと人の歴史的関係は、人がワンコを選んだのではなく、ワンコが人と生きることを選択したのだという説もあるくらいだ。そして人はまんまとワンコの思うつぼにはまってしまったのだ(笑)。 
しかしそのワンコは精神的にネオテニー(幼形成熟)な動物だという。つまりは永遠の赤ちゃんである。
人の子はいつの日か、親から離れていくがワンコは違う...。しかしこの永遠の赤ちゃんは飼い主との幸せが未来永劫続くことを信じきって生きている。いつもいつも今日と同じ楽しい日が明日も来ると信じ、いつの日か別れが来るなどとはそれこそ夢にも思っていない。ワンコはそんな可愛い生き物なのだ。 

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※この子は今日もよい一日だったなあ...と思ってくれているのだろうか?


オトーサンはもしラテが喋れたら「ラテ、お前の一番好きなことは?」の質問に「オトーサンとオカーサンと一緒にいること!」と応えてくれるように、今日もラテには厳しくも、優しく接しているのである(笑)。 
どなたですか? 「ヤキが回ったな」と言う方は(爆)。 

【参考資料】 
・「犬の科学」築地書館刊(スティーブン・ブディアンスキー著/渡植貞一郎訳)

ラテ飼育格闘日記(36)

1歳(推定)を超えたラテはさすがに落ち着いてきたようで、闇雲に吼えるようなことは少なくってきた。それでも初対面の...特に男性に対してはガードが堅いようで(笑)、猛烈に吼えることがある。 


通常ラテが吼える原因は怖いからのようだ。人間に対しては好き嫌いもあるのだろうが、初めて見る...あるいはラテにとって異様だと受け取る光景やアイテムに対しては警戒心もあるのだろう、よく吼える。 
したがってラテの吼えは攻撃性のあらわれではなく、その原因は不安と恐怖にあり、その不安や恐怖が取り除ければ吼えなくなる。 
吼えること以外にもラテは案外臆病なところがあり、静かな場所で後ろから足音が聞こえていると落ち着かず、頻繁に振り向いたりもする。また小さな音に飛び上がったりもするが、雷鳴のような音は平気なのだから...よく分からない(笑)。 

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※最近は朝の散歩時にもこうした休憩が頻繁になった。しかも歩道とはいえ真ん中に居座るとは(笑)


我が家に来てからの8ヶ月、見る物の多くがこれまで知らないものばかりだったようだ。だから道ばたに落ちている様々なものに興味を示したり、あるいは怖がったりした。例えば近所の大型オードバイにカバーをかけて置かれていると、その横を通ることが出来ず怯えたこともあったし、カラス避けの目玉が大きく書かれている風船に吼え続けたりもした(笑)。また誰が置いたか捨てたのかは分からないものの、遊歩道の途中にセーターが吊してあったときなど、怖がって前に進まないこともあった。しかし一度安全で危害がないことが分かれば次には気にしながらも近寄る融通さと学習能力は備えている...。 

そうした道ばたのバイクなどを怖がって吼えるのはあまり弊害はないからよいものの、困ってしまうこともある。それはやはり散歩の途中ですれ違う人たちの中にはラテとして奇異に感じる姿があるようなのだ。まあ、ほっかむりでもして見るからに妖しい奴には吼えてもらわないと困るが、ラテの怯えの対象は明らかに姿形にあることがわかってきただけにオトーサンもそういう人が目にはいると事前に注意をする必要がある。 
まず、女性より男性に対して吼える率が格段に多い。その男性の中でも最初の頃は制服を着ている人たち...すなわち消防署員、警察官、警備員などに対して吼えるので困った...。また作業服を着ている人とすれ違うときにもなるべく近づけないようにしている...。 
なにしろラテが警察官に対して吼えている姿は何だか微笑ましいが、飼い主であるオトーサンがまさかニコニコして見ているわけにもいかない(爆)。慌てて「申し訳ありませんと」とそそくさとその場を離れるしかない。 
また、初めのうちは乳母車、補助車輪のついたワゴンを押すお婆さん、杖をついているオジサン、それに申し訳ないことに車椅子が前から来ると怖がりながら吼え続けた。 
ワンコのことだから他意はなく、それらはラテにとって見慣れない対象だから怖いのだ。しかし同伴のオトーサンは...ラテを引きつけて謝るしかない。 

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※これ喧嘩ではなく大好きな仲間と楽しんでいるところ...


しばらく前の話しになるが、いつもの広い公園でラテが急に吼えだした。犬同士で吼えることはままあってもラテが唸りながら吼え続けることは滅多にない。何に対して吼えるのだろうとラテの頭の高さまで屈み、彼女の視線を追うと...どこかのオジサンが芝生に仰向けになり、両足を天に向けて体操をしている姿だった(笑)。しかしラテの視線からみれば広く凹凸のある公園の先に両足だけが上に向き動いているという、まさしく橫溝正史ばりの異様な光景なのだ。ラテにとっては立派に吼えるものに値することになる。 
これまた別の日に同じ公園で吼えだしたラテの視線の先には短パンを履いただけで上半身裸の太めの男性が両腕を振り回しながら歩いてくる姿だった...。このオジサンにも吼えること吼えること(笑)。 

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※遊びが十分だと満足そうな顔をする...


気心が知れた相手だと、すぐにごろりとお腹を見せてしまう愛想のいいラテだし、いわゆる無駄吠えをしないワンコなのだが、そのラテが吼える姿を見ると相手によっては大変申し訳ないこととは承知しながら、うちの娘は番犬としてワンコとして当然の役割を果たしてくれているのだと微笑ましく感じるオトーサンなのである。

Macintosh 128KとPlusにおけるケース内部のサイン事情

別途「初期Macintosh におけるバックパネル内面サインの考察」という記事を書いたが、口さがない友人が「内部サインの紹介なら是非128Kでないと...」と減らず口をたたく(笑)。わかった...わかりましたよ!ということで今回は文字通りの初代Mac128Kケース内のサインを確認検証してみた。 


先の記事はたまたま入手したMacintosh Plusのケースを開ける都合上、ついでにと開発者たちのサインを確認したまでだが、ありがたいことに多くの反応があった。 
まあ今回は正真正銘Macintosh 128Kのケース内部にあるサインを久しぶりに確認したのでご紹介すると共に、先のMacintosh Plusのサインがその後の金型修正時にどんな感じで消去されたのか...比較をしていただければと思う。 

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※ 初期型Macintosh 128K内部のサイン


さて、余計なことはともかくそのサインについては先の記事と重複してもつまらないのでその経緯やエピソードなどは「初期Macintoshにおけるバックパネル内面サインの考察」を参照いただきたい。本編ではそのMacintosh Plusで消えていたサインたちに焦点を当ててみたい。 
無論、特定の意図があって特定のサインを消したわけではないことは明白だ。あくまでMacintosh Plus...一部ではMacintosh SEに至るまでMacintosh 128Kの金型を修正しながら使い続けたわけであり、仕様変更などに伴うやむをえない処置だったと推察される。 
ともかく先のMac Plusに残されたサインと、もともとオリジナルであるMac 128Kに施されているサインとを比較することでMac Plusではどの部位の誰のサインが消えたのかもはっきりするわけだ。 

しかし疑問も残る。何故ならMac 128Kと512KそしてPlusに至る筐体デザインはインターフェースパネル部位の変更はあっても本体内部に大きな変更があったわけではない。512Kでは文字通りメモリが4倍になったに過ぎないしPlusではそのメモリが標準で1MBになり、SCSIインターフェースが搭載されるが一貫して冷却ファンはない。ために、ケースとしてはインターフェースパネル回り以外金型に手を加える必要性がないように思える...。 
これに対してMacintosh SEとなるとかり違う。ハードディスクが内蔵でき拡張PDSスロットが1基付く。そして何よりも電源が強化され、放熱のためにファンを内蔵したことがケースデザインを大きく変える必要に迫られた。 
ファンは背面から見て右上の(128KやPlusの内蔵電池がある箇所)に付けられたが、当然のことながらその熱を逃がすためにスリットがなくてはならない。したがってケースの背面...特にケース内部から見て左側はかなりの金型変更を必要とすることになった。 
Macintosh Plusの登場が1986年、そしてMacintosh SEはMacintosh IIと同時に1987年に登場する。「AppleDesign」によれば、SEはMacintosh IIと共に1985年の暮れにかけてデザインが完成したというから、想像するにPlusとSEのデザイン進行は一部時期が重なっていたのかも知れない。 

Macintosh 128KとPlusのケース背面内部は比較してみるとよく分かるが、コーティング処理も違うし金型の凹凸も少し違う。ただしラフにもの申せばスイッチを含む電源回りとSEになってファンが付いた部分あたりにあったサインが根こそぎ消えているのがわかる。それらにはビル・アトキンソン、アンディ・ハーツフェルド、ジェフ・ラスキン、ジョアンナ・ホフマンらのサインがあった箇所だ。こうしてみると仕方がなかったとはいえ、Macintosh Plusに残しているサインの意味も少々意味が薄れてしまうようにも思える。 

さて、こうしたMacintosh内部のサインをあれこれ調べるために、毎々ケースを開けて...というのも面倒なのでこの機会に分かりやすくまとめてみた。ケースのサイン自体も分かりやすいものではないので、図として一覧にしてみた。 

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※ 初期型Macintosh 128K内部のサインを分かりやすく分類。青いサインがMacintosh Plusになったときに消された。なお緑色のサイン一部も同時に消されている。

ちなみに黒いサインはMacintosh Plusに残っているサインだ。それに青いサインを加えたものが128K内部すべてのサインということになる。これを見ると大体128KからPlusになるとき、どの部分のサインが消されたのかがよく分かる。ちなみにひとつだけグリーン色にしたサインがあるが、このスティーブ・バログという名のサインは後になって付け加えられたものだそうで、「アップル・コンフィデンシャル 2.5J」アスペクト刊に載ってるサイン一覧にも含まれていない。 

初期型Macintosh 128KおよびMacintosh Plusのケース内部に残された開発者たちのサインに関わるお話しはこの辺で幕を閉じたい…。


ラテ飼育格闘日記(35)

Mac関連サイトにも関わらず、ワンコの連載を楽しみにしてくださる方が多ようでオトーサンは喜んでいる。それらの中にはすでにワンコを飼っている方だけでなくこれから飼いたいと思っている方も多いようだ。しかし世の中、ワンコを嫌う人もまた多い...。 


ラテと歩いていると多くの道行く人たちとすれ違う。そうした中には「犬種は何ですか?」とか「可愛いねぇ」と声をかけてくださる方々もいる。また声をかけないまでもラテを見て笑みを浮かべてくださる方々も多い...。 
反面身を引き、見るからにラテを怖がっている人や、あからさまに嫌な顔をして通り過ぎる方も中にはいる。まあ、ワンコに限らずペット類を嫌いな人たちも多いと聞くし、こればかりは良いとか悪いと言った問題ではないので仕方がない。ただし嫌いという人の多くは生理的というよりも怖いからだという話をよく聞くが...。 

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※近所の公園にあるブランコをラテと楽しむ...。しかしワンコ嫌いな人はこんなシーンには眉をしかめるんだろうなあ...(笑)


ワンコを嫌いだという理由はともかく、中には恐怖から嫌悪を通り越して憎しみに代わってしまうケースもあるようだ。 
実は先日近隣の公園のいくつかで毒物がまかれ、何頭かのワンコが犠牲になったという話を聞いた。幸い今のところはラテと毎日立ち寄る公園ではないが、その公園でも過去には同様の事件があり、散歩を終えて帰る途中のワンコが泡を吹いて倒れ、病院に運び込まれたが間に合わなかったらしい。どうやら一口サイズの食べ物に毒物を混入し、ワンコが拾い食いするような場所にばらまいたらしい。 
想像するにワンコあるいはワンコを連れて歩く愛犬家を嫌悪する気持ちが高じ、こうした卑劣な行為に走るのかも知れないがこれは立派な犯罪に通じる。 
ちなみにGoogleで "公園に毒物" というワードを検索してみたら、いくつかの具体例がピックアップされた...。 
埼玉県岩槻市にある岩槻公園では9頭が死亡し、死体の1頭から有機リン系の毒物「エチルチオメトン」が検出されたという。そして大阪府摂津市の公園では鳩やスズメ、野良猫の死骸が見つかり、落ちていた米を食べた犬が死んだらしい...。 

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※雨上がりの草木は雨水が天然の宝石を散りばめたように美しいが、こんな茂みに毒物入りの菓子でも置かれたら防ぎようがない


昨今はワンコどころか人の命を軽んじる時代だからしてこの種のニュースは珍しくもないかも知れないが、我々愛犬家には由々しき問題だし、公園はワンコだけでなく乳幼児を含む子供も多く遊びに来るところだから、人間が犠牲になる可能性だってゼロではないのだ。 
困ったことにこの種の問題を確実に防ぐ手だてが難しいことだ。何よりもワンコがクンクンしている鼻先を100%目視することはできない。そこに魅力ある食べ物が落ちていたら口に入れてしまうことを防ぐことは難しいから、ラテに限らずどんなワンコも犠牲になってしまう可能性は大なのだ。 

こうした行為は、人間が対象なら殺人あるいは殺人未遂罪で重い罰則が求刑されるはずだが、もし犯人が捕まっても相手がワンコだと器物損害や動物愛護法による1年以下の懲役又は100万円以下の罰金程度に処される程度だという。法律の理窟はわかるが、これってあまりにも軽すぎると思うけど...。特に過失ならまだしも、毒物をまき不特定多数の犬猫のみならず、もしかしたら人間まで巻き添えの可能性があるこうした卑劣な確信犯を警察はもっと真剣に捜査してほしいと思う。 
前にも書いたが、ペットと共に安心して生きていけないような国や地域社会はろくなものではない。無論犬猫を嫌いな人の立場も認識尊重しつつ、本当の意味で共存していかなければならない。 

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※ラテは子犬を怖がらせることなく上手に遊ばせる術を心得ている


ということで、ラテとオトーサンはこの度地元の警察署から配られた「わんわんパトロール隊」のベストと腕章をして散歩することになった(笑)。まあこうしたことが何らかの犯罪抑止力として役立つことを願うばかりだが、それと同時にワンコの飼い主である我々自身も当然のことだが、リードを外さないとかフンの始末を徹底するなど、よりマナーを守る意識向上に通じればと思う...。 

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※管轄の警察署から配布された「わんわんパトロール隊」のワンコ用ベスト(上)と飼い主用の腕章(下)


ともかくワンコの好きな人も嫌いな人も共に住みやすく安全な地域を作らなければならない。 
しかし...ラテがベストを着ることを嫌うので「わんわんパトロール隊」はオトーサンの一人舞台となりそうだ(笑)。

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appletechlab

Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員