Newton MessagePadの思い出

久しぶりにNewton MessagePadを触ってみた...。iPod touchをはじめて手にしたとき、どうしてもNewtonの手触りが思い出されて仕方がなかった。今回はそのNewton MessagePadの思い出話である。 


Newton MessagePadはビジネス的には失敗だと評価されている。しかし当時は大きな期待と共に大歓迎されたことは確かだった。当時は一連のMacintosh製品群がマンネリ化していたこともあり、再び1984年にMacintoshが登場した時のようにAppleに注目が集まっていた。 

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※久しぶりのNewton MessagePad H1000に電源を入れてみた


Newtonの登場は我々デベロッパーにも大いなるビジネスチャンスがあると期待されていた。現在のiPhoneやiPod touch向けSDKのようにMacintoshを使ってソフトウェア開発できるというNewton用の開発キットも有料で販売され、私の会社でも当然のことのようにそれらのシステムを手に入れ基本的なテクノロジーなどを調べ始めた。 
個人的にもNewton MessagePadを購入したが、周知のように日本語環境はなく英語の手書き認識の精度もお世辞にも良いとは言えなかった。 

無論見るべき部分も多かった。筐体がPDAとしては大きいという批判もあったが反面コンピュータを掌に乗せたという功績は評価されたし、随所にAppleらしい魅力が存在した。ラフに手書き入力してもきちんとラインにテキストが収まったり、書いた部分を消すのもアニメーション化されて魅力だった。そして各ツール類の連携機能も有意義だったがとにかく日本語環境が整備されない限り日本市場で本格的に売れるはずもなく、この点が私をしてNewton MessagePad用ソフトウェアの開発にパワーを投入できなかった大きな要因だった。
 
MessagePadを毎日鞄に入れて持参していた私もその実用面での魅力が急速に減退していくのを感じたものだ。細かなことはともかく、画期的な情報端末として実用とするには何もかも力不足に思えた。 
勿論結果論ではあるが、当時の私たちにはある種の絶対的なコンパスというか指針が見えていたように思う。なぜならQuickTimeやPowerPC登場時には文字通り他社に先駆けて開発に専念したが、NewtonしかりPippinしかり、そしてOpenDocに関しても本格的にリソースをつぎ込むことを躊躇した。ために大げさにいうなら私の超マイクロ企業は関連プロダクトに関して決定的な損失を避けることができたのである。 

とはいえ、アップルからは相変わらず「他に先んじてNewton用アプリを開発すればビジネスチャンスは大きい」からと具体的な開発依頼が続いたが無論アップルがそのリスクを負ってくれるわけではない。確かに個人的にはアップルユーザーをして喜ばしめた製品だが、冷静に眺めればその筐体は大きくスーツのポケットには入らないし、電車の中などで使うは目立ち過ぎた(笑)。特に企業として開発を進めることを前提に考えると様々な意味でリスクが大きすぎるように思えた。 

そうそう...初期Newton MessagePadのスタイラスペンはなぜあのようにペッタンコなのか個存知だろうか? 
それはやはりサイズの問題に関係する。Newtonプロダクトの概要が決定しプロトタイプを作っていく課程でジョン・スカリーはジャケットのポケットに入るサイズに変更するよう要求したが、開発陣はもともときつい開発スケジュールと相まってパニックを引き起こしたという。すでにサイズを限度まで小さく削ったと考えていた開発陣は苦悩するが、結局製品の角を落とし筐体の肉厚を薄くした。そしてMessagePadは本体右側にスタイラスペンを装着するポケットがあるわけで、全体の幅を縮めなければならない仮定でスタイラスペン自体も薄くせざるをえなかったのである。 

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※Newton MessagePadとiPod touchのサイズ比較


Newton MessagePadはリリース当時すでに「発売を急ぎすぎた」といった声があった。その画期的なテクノロジーに賛美の声があがる一方でNewton開発には何か見通せない不安材料も感じたし、事実Newtonプロジェクトが開始されてからそれが中止されるまでの11年間に膨大な研究開発費が投入されてAppleの経営を圧迫しただけでなく日本人技術者の自殺をはじめ、有望だったはずのCEOや副社長級の人材を退職や破滅に追いやる結果になった。
 
自身がNewtonの失策を責められてCEOの場を失ったジョン・スカリーだが、結果として彼は大きな判断ミスをしただけでなくAppleの舵取りを誤ったことになる。 
無論日本では公表されるニュース以外、当時知る由もない情報が多かったが、1997年にはNewton部門の独立を発表したものの直後にまたAppleに戻すといった茶番もあり、結局1997年にリリースされたMessagePad 2100を最後に翌年1998年Newtonの開発は中止されることになる。 

こうしてMessagePadはその光を失ったが、それを象徴するひとつのエピソードを思い出す。それはいつのことだったか、JDC(ジャパン・デベロッパー・コンファレンス)があった際、なんとMessagePad 100が参加者全員に無償で配られたのだ。お土産としてはまだまだ価値はあったものの、私は回りに散らばるように置かれている多くのNewtonパッケージに哀れを感じた。 

ところでいまだに間違った認識をされている方がいるようだが、Newton MessagePadの”Newton”は商品名ではない。「ニュートンテクノロジーに基づいたメッセージパッドという製品」という意味になる。 
いま私が久しぶりに手にしたMessagePadはモデルナンバーがH1000という最初期のものであり、これは1993年のMACWORLD Expo時に699ドルでリリースされたものだ。しかし翌年1994年3月に新製品MessagePad 110と共にROMを変更したMessagePad H1000はMessagePad 100と改名されて出荷された。 

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※筆者所有のMessagePad背面。モデルナンバーは最初期のプロダクトを示すH1000になっている


NewtonはAppleにとってApple IIIやLisaと同様大きな失敗と位置付けられているが、サイズ問題ひとつをとっても当時Appleが理想としたプロダクトを作るには少々時代が早かったともいえる。しかしMessagePad H1000を手にするとそのディテールにAppleの拘りをひしひしと感じる。本体は一見つや消しのブラックに見えるが実は限りなく黒に近いグリーンであり、かつ触っても指紋が付かないプロテイン塗装といったスウェードのような風合いは見事である。そして確かにその存在感は本体サイズを別にしてもiPod touch以上のものだと思う。 

スティーブ・ジョブズがAppleに復帰した後に葬り去られたNewtonプロジェクトだが、現在にまったく繋がっていないわけではない。例えばCPUに同じARMを使っていることでiPodの誕生はNewtonの後継だったと見ることができるかも知れないし、iPodのOSを開発したPixo社はAppleでNewton開発に関わった技術者が創立した企業だという。 

歴史上において物事は文字通り点ではあり得ない。Appleのお荷物的存在であったNewtonだったが、関係者が意図するしないに関わらずその情熱とコンセプトは時代を超えてAppleのDNAになっているに違いない。 


ラテ飼育格闘日記(69)

一般的にワンコとその知性のイメージを作り上げたのは「名犬ラッシー」だと思われる。ラッシーはただの犬ではなく人間の友であり、主人たちを守る正義の味方だった。しかし私はそれ以前にラジオドラマ「ペスよ尾を振れ」で人間とワンコのあり方を学んだように思う。 


いまワンコを飼っている人たちの間で映画「犬と私の10の約束」が話題になっている。涙腺が緩くなっているオトーサンはアップルのサイトにある予告編を見ただけで...嗚呼...ダメなのでまずは本編など見られるはずもない(笑)。 
最近はペットブームもあってこうした動物をテーマにした映画やテレビ番組も目立つが、オトーサンにとって最初のワンコドラマといえば、それはラジオドラマだった...。 
子供の頃、外で遊び回った後に帰宅すると夕飯前にラジオの前に座ることが日課の時代があった。「赤胴鈴之助」とか「まぼろし探偵」などといった多くの子供向けラジオドラマがあったが、その中でも印象深かったドラマが「ペスよ尾を振れ」だった。 
その主題歌「ペスよ尾を振れワンワン吼えろ 嵐が来たって恐れずに...」は今でも口ずさむことができる(笑)。ペスというのがワンコの名でスピッツブームを巻き起こしたほどの人気ドラマだったが主人公の少女を演じたのが松島トモコだった。 
当時は知らなかったがこの「ペスよ尾を振れ」は昭和30年代前半、少女マンガ雑誌「なかよし」に連載された「ペスよおをふれ」(山田えいじ著)というマンガが原作だったようだ。そしてラジオドラマもその直後、すなわち昭和30年代に全国放送された。 

ストーリーはいわゆるお涙頂戴もので(笑)、船舶事故で母と姉を亡くし、そのショックで父は入院してしまった主人公の少女ユリが、叔母さんを訪ねて飼い犬のペス(スピッツ)と一緒に旅をするというお話しである。 
少女ユリとベスは旅の途中で離別と再会を繰り返しながら全国を放浪する...。子供心にワンコってなんて素晴らしい動物なんだろうと思いながらお腹の空くのも忘れて聞き入ったものである。 
ラジオドラマの中のペスは飼い主思いのお利口さんワンコだったが、ラジオドラマであっても子供だった私の心にはドラマに登場する街並みや、ペスがユリに向かって走ってくる情景はその場にいるように”見えた”ものだ。しかしオトーサンの小学生時代はワンコを飼いたくても飼える環境ではなかったから、これまた夕刻になるとアパートの玄関に餌をもらいに来る野良犬のブラッキーの頭を撫でる程度しかワンコとの接触はなかった。 

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※こんな可愛い表情をされるとオトーサンはつい抱きしめてしまう(笑)


こうして文章に書くと大変大げさに思えるが、オトーサンにとってワンコを飼うことは子供の時から段々と大きくなってきた夢だったのである。ただし振り返ってみると結果論だが、この歳になってからワンコと生活することは悪くない選択だったと思う。よく子供の情操教育としても、また命の大切さを教えるために子供にペットを与えるというケースも見聞きしたが、私見では親がきちんとしたポリシーを持って接していないと子供にとっては勿論、ワンコにとって幸せな結果とならない場合が多いと思う。 
なぜなら子供にとっての毎日はそれこそ世界はすべて自分を中心に回っている感覚だし、楽しいことや知りたいこと、欲しい物ばかりが気になって正直ワンコどころではない。事実ワンコをかまっているより楽しいことが山ほどあるはずだ。そしてまたワンコにとってはオモチャと勘違いされた扱いをされることはストレスの原因にもなる。 

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※散歩の途中にある桜並木の多くはすでに満開だ


ストレスといえば、昨今のワンコは人間同様ストレスの真っ只中にいるという。前記した私の子供時代に飼われていたワンコのほとんどはいわゆる外飼いであり、四六時中家の中で人と生活していたワンコはほとんどいなかった。餌だってペットフードなどなかったから、今なら塩分がどうの...といって敬遠するような味噌汁を余ったご飯にぶっかけた程度のものだった。 
そうした時代と比べるといまの飼い犬たちは幸せのように思えるが、逆に”かまい過ぎ”でワンコはストレスを増しているという。 
先日その書名が気になったので「犬がどんどん飼い主を好きになる本」という一冊を買ってみた。それによると飼い主がよかれと思ってやっていることの8割が、実はワンコにとってストレスだという...。本著の著者は1万頭と接してきたというカリスマ訓練士であり、そういえば私もラテを飼った直後に同じ著者の「愛犬の困った!をカンタンに解決する裏ワザ77」という本を買ったことがある。 

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※「犬がどんどん飼い主を好きになる本」表紙(青春出版社刊)


ただしオトーサンにとってはこれらの著書の内容の多くがラテに引き合わせて考えた場合にどうも納得いかないのである(笑)。確かに一般的概念のワンコを対象とするなら筆者のいうとおりなのかも知れないが、ワンコにも個性があり、そもそもワンコという動物のあれこれに関して現在も様々な学説があるわけで一刀両断にいわれても...なんだかなあと思う。 
飼い主としては著名な訓練士の指導を自分の飼っているワンコに照らし合わせると上手く行かず、かえって迷ってしまう部分があるようにも思える。またワンコの問題行動の多くをストレスと結びつける考え方は、何でもかんでも性衝動と結びつけるあのフロイトを思い出す。ワンコはもとより人間もそんな単純な生き物ではないと思うのだが...。 

一般的に信じられている「犬は狼の子孫である」とか「人と犬との関係は主従関係」といった考え方はワンコに関して勉強すればするほど、上手く言えないものの...どこかピントこないものを感じるのだ。 
あのノーベル賞受賞の動物行動学者コンラート・ローレンツの多くの著作をはじめ、エーベルハルト・トルムラーの「犬の行動学」あるいはスタンレー・コレン一連の著作、スティーブン・ブディアンスキー「犬の科学」、シーザー・ミラン「あなたの犬は幸せですか」などをはじめ日本の多くのワンコやその行動学、あるいは育て方の本を読み日々ラテの行動と照らし合わせて考えている。しかし特にワンコの訓練という立場から書かれた本に違和感を覚えるようになった。それらの論点につき理窟では理解できるものの、目の前にいるラテと対峙するとその多くの”やりかた”は単なる方法論の一例に過ぎず、不確定要素の多い天気予報でも見ているようにしか思えなくなる(笑)。 

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※新調のレインコートを着て少し緊張しているラテ


「犬がどんどん飼い主を好きになる本」の中にも指摘があるようにとても犬は順応性が高い。したがってそれだけ順応性が高いのなら、ワンコが生存を続け生き延びていく上に必要な人間という生き物に対し進化論的に考えても狼とは相容れないほど変化していったはずだ。そして最近の研究では事実狼とはその習性も大きく違うことも知られるようになった。 
ワンコにとって人間とは本来神聖にして冒すべからざる存在であり、飼い主は単なる群れの中のリーダーといったポジションでないように思えるのだが...。ともかく昨今のこうしたノウハウ本の多くは技術指向過ぎると思うのだ。 

例えば多くのワンコ向け育児書に載っていることだが、飼い主が帰るとワンコが飛びついてくるのは止めさせなければいけないらしい。 
勢いよく飛びつかれることで怪我する場合もあるし服も汚れるから...とあるが、他人に対してはリードで制御するのは当然だとしても飼い主に喜んで飛びついてきたら上手に受け止めて力一杯抱きしめてやればいいではないか。育児書には飛びつかれたら「無視しましょう」とか「くるっと背中を向ければ飛び付きを止められる」といった”ノウハウ”が紹介されているが知能の高いワンコにしてみれば裏切られた気がするのではないか。そしてかえって飼い主への不信感に結びつくのではないだろうか。 
ワンコは人の感情を読み取る術にも優れている。飼い主が機嫌が良いのか悪いのかも敏感に察知するほどだ。犬の感受性を低く評価してはそれこそワンコとの絆にヒビが入るだろう。 
ワンコと飼い主との間は単に餌をもらえて散歩に連れ出してくれる関係だけでは意味もないように思える。 

反面あのムツゴロウこと畑正憲は「犬はどこから...そしてここへ」(学研刊)で「私は技術的な調教を否定します。技術がなんですか!子育てに技術がいりますか?魂と魂でぶつかっていかなきゃ」と書いている。正直これまでオトーサンは畑正憲という人物を何かきれい事ばかり言っているように思えて好きではなかったが、自分がラテを飼い始めて日々その生き様を受け止めているとムツゴロウのいうことの方が生理的に受け止めやすいことに気がついたのである。 

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※「犬はどこから...そしてここへ」表紙(学研刊)


繰り返すが、一般的に飼い主はワンコが群れで生活する中でのボスでありリーダーでならなければならない...という。それは飼い主が馬鹿にされたりすればワンコは自分がボスになろうとし、それが飼い主...特に子供を噛むといった問題行動にまで繋がるといわれる。だからオトーサンも強いリーダーになろうと努力をしてきたが、ラテを見ているとそうした考え方がどこか違うように思うのだ。 
もし前記したように「隙あらば自分がボスになりたい」と常に機会を狙っているのがワンコの本能だとすれば、オトーサンが居眠りしているときに襲って息の根を止める...といった行動をとるのが普通のように思える。勿論一般的にワンコは...ラテはそんな気配は微塵も見せない。居眠りしているオトーサンの口元や顔中をペロペロと舐めて起こしにかかる姿はリーダーに対する態度というよりやはり親子の関係に近いものが芽生えているのではないかと直感しているのだが...。まあ、文字通り親ばかの所以である(笑)。

ラテ飼育格闘日記(68)

ワンコを飼いたいと考え始め、それが形となって現実味を帯びたとき私は愛犬とのシーンを3つほど思い描いていた。そのひとつがカフェで愛犬とくつろぐシーン、2つめはソファで本でも読んでいる脇に愛犬が寝そべっているシーン、そして背筋を伸ばして颯爽と歩く足元にピタリとついた愛犬がいる姿だった。 


まあ、たわいのない願望だが実際にそれまでワンコを飼ったことがなかったのでイメージは貧弱にならざるを得なかった(笑)。しかし3つのどのシーンもその根本は愛犬から信頼された自分の姿を目標としたものであったことは間違いない。 

ではラテと暮らしてから1年3ヶ月ほど経過した今はどうなったのか...。 
現在の住居はワンコを飼えることを第一条件として探した。次に交通の便だ...。無論コスト面は上限が決まっているから議論の余地はない(爆)...。 
ネットで色々な物件情報を集めていくつかの候補をピックアップしたが、それらの中にはマンションも戸建ても含まれていた。意外だったのは思った以上にワンコを飼える物件が少なかったことだ。 
戸建てはともかく、新築マンションの中にはワンコを飼うことを最初から考えて設計された物件が出始めている昨今だが、地域や予算といった条件面を考慮するとなかなか思うような物件はなかったのである。最終的にテラスハウス形式である現在の住居ともう一箇所のマンションを候補にし、まずはテラスハウス形式の物件を見てみようと地元の不動産屋に連絡を取り現地に出向いた。 
担当者の運転する車に乗せていただき、現在の物件を見たとき「これだ!」と思った(笑)。具体的には建物の位置的条件や間取りが好みに合致していたからだ。それに家の前には1キロ続く整備された遊歩道があった...。ワンコの散歩に最適ではないか! 
物件を後にする頃、すでに夕闇が迫り外灯が灯る時間になっていたが、心の中ではすでにここに住もうと決心していた...。したがって結局マンションの候補物件は確認も取らず一軒目で物件探しを終えてしまったのである。 

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※遊歩道に面した出窓の狭いたたきで爆睡するラテ(笑)


まあ、最寄りの駅から徒歩15分ほどかかることや、その道なりが長い間住んでいた商店街が連なる場所とは違い、夜間は少々暗いことなどが気になったが100%思い通りの物件などあるわけはない...。しかしワンコと生活をしたいというオトーサンの強い願望は天も味方してくれたように思う。 
なぜならその後あらためて色々と現地を調べてみたが、ワンコと歩き回るには最良の環境であることが次第に分かってきたのである。 
何はともあれワンコが飼える家探しを目指したが、正直回りの環境などには思いいたらなったものの幸い大きな公園はあるし、ワンコ仲間も沢山できた。そしてまだまだ足を伸ばせば魅力的な場所が多々あるというし、何よりも駅前にはワンコ連れができるカフェがあった。 

毎日とはいかないものの、夕方の散歩は上り坂や階段がある1キロメートルほどの道のりを歩き、駅ビルにあるそのカフェに向かう。途中小学校の校門前を通るのもラテにとっては大いなる楽しみとなってする。何故ならワンコ好きの子供たちに可愛がってもらえるからだ。 
さて、カフェのことはこれまで何回も話題にしたが、そのカフェでオトーサンは毎回コーヒーと小さめのデニッシュを注文し、30分ほどラテとゆっくりすることにしている。 
このカフェにいるうちのラテは不思議なほどイイコである。たまたま別のワンコがいたりすると吠え合うこともあるものの通常はまず吠えずに静かにしている。 
そのカフェのテラスに陣取るが、ここはたまにライブ演奏などがある。過日もキーボードを演奏しながらの弾き語りの時間にラテと入ったが、そんなときに吠えだしたのでは洒落にならない。しかしラテは不思議にお利口さんである。 
先日などは気候も暖かかったこともあり、カフェの椅子に座りながらラテの背中を撫でている途中でどうやら居眠りしてしまったらしい。突然ラテの「ウフッ」という声に起こされ目をさましたが、「ワン!」ではなく「ウフッ」というのがなかなか気が利いている...。ことほど左様にラテは大人しい。 
まあオトーサンのデニッシュのおこぼれやら、カプチーノコーヒーのミルクホーマー(泡)をもらえるのでご機嫌なのだが、なにしろカフェの近くまで来ると歩くスピードが速くなるラテなのだ(笑)。 

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※公園回りにある木蓮のつぼみもほころび、すでに咲き始めた木々もある


コーヒーも飲み終わり、トレーを店内に持ち込む際にラテはリードでしっかり手すりにつなぐが、オトーサンがトイレなどを済ませ、数分して戻って見るとラテはきちんとお座りして待っている。 

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※カフェの隅につながれてオトーサンを待つラテ


ある日、ラテとカフェを出ようとしたとき、近くの席にいた年配の女性が微笑みながら「いい子なんだねぇ...」と褒めてくれた。私は「ありがとうございます」と言いながら少々胸を張ってカフェを後にした。 

小松政夫著「のぼせもんやけん2」に見る植木等という男

文化放送に出演していた小松政夫の話を聞き、その著書「のぼせもんやけん2~植木等の付き人時代のこと」(竹書房刊)をAmazonで購入した。植木等といえばバブリーな時代、無責任男の代名詞といったイメージがあるが、本書によれば現代の日本人が忘れている気配りと本当の男の優しさを見る思いがする。 


クレイジーキャッツのメンバー植木等を知らない人は少ないと思うが、後年渋い役者としても光を放っていたことは周知のとおりである。すでに亡くなった植木等や他のクレイジーキャッツのメンバーの人となりはすでに伝説になりつつある。 
小松政夫の書き下ろし「のぼせもんやけん2~植木等の付き人時代のこと」はそのサブタイトルのとおり、車のセールスマンとしてトップセールスを誇っていた小松政夫(本名:松崎正臣)が、役者になりたい夢を抱いて月給が100,000円だった職を捨て、競争率600倍の難関を突破して植木等の運転手兼付け人となる。そして月給は7,000円に成り下がってしまったが師匠の植木等を生涯「親父」と呼ぶことになり、後の活躍はこれまたご存じのとおりだ。 
ただし私は申し訳ないがコメディアンの小松政夫のことを知りたくて本書を買ったのではなく、その師匠だった植木等のエピソードを知りたくて手に入れたのだが、師匠と弟子という関係にもこのような素敵な人間関係があり得たのかということをあらためて知り羨ましいと思った。 

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機会があったらご紹介したい...いや、告白したいと思うが、私には「上司コンプレックス」といったものがある(笑)。最初東証一部上場企業に約8年勤め、その後紆余曲折があって小さな貿易会社に12年も務めたが、結果として上司に恵まれなかった。最初の上司は随分と前に亡くなったが、個人的には大変世話になったものの、その上司は業務上横領が発覚して自殺未遂という結末に...。そして貿易商社の社長は仲人まで頼んだ人物だったが、私が起業するために同社を退職した翌年、突然取引関係者や応援者らを裏切り、借金をするだけして姿を消した。いまだに生きているのか死んでいるのか分からない。当時は私も被害者の一人だった...。 
ともかく、人間的にも社会的にも生涯信頼し頼れる上司には残念なことにこれまで巡り会っていないのだ。 
後に自分が起業し社長になったとき、心密かにこの2人の生き様を反面教師として努力したつもりだが、とにもかくにも理想の上司像に憧れているのである。 
そんなわけだから小松政夫と植木等の師弟関係に関するいくつかのエピソードをラジオで聴いたとき、思わず感激し...胸にこみ上げるものがあった。 

すでに放送済みのエピソードだからひとつご紹介してみようか...。 
付き人になって初期の頃、ゴルフの帰りに2人で蕎麦屋に入ったという。小松は師匠がゴルフをしているとき「好きにしていいぞ」と言われたが、昼飯も食べずに師匠を待っていた。植木はそれを知って車が止められる蕎麦屋に入り、「何がいい?」と聞いた...。弟子である小松はカツ丼とか天丼とは言えずに「かけそばをいただきます」と答える。 
「ああ、かけそばね...俺は天丼とカツ丼ね」と注文...。それを聞いた小松は「ずいぶんと食欲がある人なんだなあ」と思ったそうだが、かけそばがテーブルに置かれたとき、ともかく弟子は早く食べ終わるのが本道だとあっという間に平らげる。一方、植木は天丼を食べながら「松崎、俺2つ食べようと思ったけど、お腹いっぱいになっちゃったよ、これお前食ってくれ」とカツ丼を差し出したという。無論、植木の言い様は小松政夫が遠慮していること、そして腹を空かしていることを見通した上のことだったわけで、弟子とはいえ小松政夫に恥をかかせないよう、そして恩着せがましくならないようにとの配慮だった。 
その後、小松政夫は「一日に一回親父(植木)が喜ぶことをすること」をノルマとして仕え、生涯植木等を「親父さん」と呼び続けた。 
とかく人は目上の人間にはへりくだり、目下の人間には必要以上に高圧的になるものだが、植木等という人物はテレビやスクリーンの印象とは違った男の顔を見せる。このような人物を40年間も上司に...いや師匠にできた小松政夫は幸せ者であるし実に羨ましい。 

勿論本書には小松政夫があの淀川長治の物真似をするきっかけ話や、付き人時代の苦労話が満載である。昭和42年クレージーキャッツが「梅田コマ」で公演した際、小松政夫は「5分間この場をつなげ」と大役を仰せつかるが...どうしても客にうけない。そのぎりぎりの苦肉の策で誕生したのが「ハイ、みなさん。またお会いしましたね!」というあの淀川長治の物真似だったという。 

本書の帯に阿川佐和子が「こんな男と男の関係があったことを、日本人として、決して忘れてはなりませぬ!」と書いている。同感である。 

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「のぼせもんやけん2~植木等の付き人時代のこと」

 2007年12月21日 初版第1刷発行 
 著者:小松政夫 
 発行所:株式会社竹書房 
 コード:ISBN978-4-8124-3273-0 
 価格:1,600円(税別) 
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ゆうMUG 第2回定例会にて講演を!

「ゆうMUG」は、京王・小田急永山駅前にあるショップ、PLUS YU 協力の元で運営されているMacのユーザーズグルーブだが、3月15日の土曜日に第2回定例会が開催されそこで「QuickTime登場秘話」と題して講演をすることになった。 


私はこれまで北は北海道から南は広島まで、実に多くの場所で講演やらプレゼンテーションをやってきた。頻度は少なくなったもののそれは現在でも続いているし、ユーザーズグルーブからの依頼でお話しをさせていただく機会も多々あった。しかし個人的に特定のユーザーズグループの会員になったことはなかった...。 
一昨年にこの地に引越して犬を飼い始め、その散歩の途中でMac専門ショップであるPLUS YUのお店があることを知った。 
そのPLUS YUで先日Mac Proを購入した際、昨年に同社の肝いりでユーザーズグループ「ゆうMUG」が立ち上がったことを知りかつそのモットーに心を揺り動かされた。なぜなら「かつてMacを起動すると表示された、HappyMacのアイコンを心のシンボルに。『よく遊び、よく学べ』をモットーに活動」とあったからだ。まるでMacテクノロジー研究所のコンセプトにしてもよいみたいだ(笑)。そして早速末席に加えていただこうと参加申込をした次第であった。 

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その後、PLUS YUの田中社長にお会いした際、次の「ゆうMUG」定例会で講演を...という依頼をいただき今回の仕儀となったがユーザーズグループでの講演は久しぶりである。会場はPLUS YUの上にあるアクロスビル2階ホールで行われた。 
どのようなテーマでもよろしいとのお話しだったが、この第2回定例会のテーマ自体が「Macでひろがる映像の世界」だったことでもあり「QuickTime登場秘話」と題してQuickTimeが登場する前後の面白い話をご紹介することにした。 

さて、私の講演はともかく、PLUS YUの田中社長のお人柄は勿論、会長の杉山さんらが大変気持ちの良い対応をしてくださったおかげで楽しいひとときを過ごすことができた。 
プログラムは私の講演の後、アップルジャパンの岡本さんから第1回学生デジタルコンテスト作品上映の紹介があり、出席者の皆さんに対しても宿題が提示された(笑)。その後、会員の方からご自身が撮影した映像紹介があり、会長杉山さんから関連情報としてFinal Cut Expressのデモが紹介された。 
特に定例会終了後に場所を移して希望者を募った二次会は愉快だった。私より年齢が上の方から大学三年ですでに就職の内定をもらっているという若い方、そして女性も4人参加されていたし、アップルジャパンの担当者という、バラエティ豊かな出席者たちと共にビールを飲みながらお話しをするという至福なひとときを過ごした。 

日常は、情報交換から買い物までオンラインで済ませてしまうことに慣れっこになった感のある私たちだが、アップルとかMacといった背景を共有すると共に色々な立場の様々な方々とお話しができるこうした機会は実に得がたいものである。あらためて幾つになっても縁を紡ぐ努力を怠ってはいけないと思った。 
二次会の会場を出ると日中は夏のような日差しだった多摩の空気もビールを飲んだ酔いもあってか顔を撫でていく風が心地よかった。近々またPLUS YUに買い物のために立ち寄る予定である。 
その「ゆうMUG」にオフィシャルサイトもできた。サイトはもとよりだが、PLUS YUのお店にも是非お立ち寄りいただきたいと思う。 

iPhone SDK発表に見るスティーブ・ジョブズの深層心理?

先日Appleが発表したiPhone SDKの内容を深読みすれば、Apple...いや、スティーブ・ジョブズが今後どのようなプロダクトマップを考えているかという片鱗をのぞき見することができるような気もするし、意外に早くPower PCのサポートを終えるのではないかという危惧も生じる...。 


先日3月6日にiPhone SDKに関する発表があったばかりだが、早くも12日にはダウンロードが100,000を越えたという。しかしアップルからのSDK発表を確認していて「おいおい...」と思わず口に出してしまったことがある。 
iPhone SDKには Xcode 3.1をはじめ、デバッガ、Cocoa touchフレームワーク、iPhoneシミュレータ等が含まれ、iPhoneが手元になくてもプログラム開発が可能となる。ただし、このSDKは Intel Macでなければ使えないというのだ...。 
これは100%戦略的な決断に違いないが、Power Macを切り捨てるのは早すぎはしないだろうか...。物理的にはPower Mac G5なら開発マシンとして問題はないはずだし、これではLeopardの次期バージョンも Intel Macでないとダメと言われる日が間近になっているのかも..。まあ、2つのプラットフオームをサポートするのはそれだけ手間がかかるのはわかるが、ちょいとあからさまな気がしてしゃくに障る。 

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※Apple, Inc.ホームページより引用のiPhone Software Roadmapイメージ


Apple、いや...スティーブ・ジョブズの真意はともかく、穿った見方をするなら一日も早くPower PCのサポートを止めたいというのが本音なのではないだろうか。 
すでに新製品のラインナップとしてPower MacとかPowerBookといったプロダクトは無くなったし、後Power PCのサポートを止めることができればスティーブ・ジョブズがAppleに返り咲いてからこの方、プロダクトリストのすべてが彼の思惑に沿ったものになる...と見ることができる。何故ならPowerPC採用はもとよりPowerBookという名は彼がAppleに不在だった時代の産物であるからだ。 
ジョブズがAppleを追われたのが1985年であり、復帰し暫定CEOに就任したのが1997年だ。この間、1991年に最初のPowerBookが発表されPowerPCプロジェクトが始動している。 
ジョブズがAppleに戻った後、早速Newtonプロジェクトや互換機ビジネスの息の根を止め、多すぎたプロダクトリストをシンプルにした。その後iMacやiBookは勿論、iPodに至る “i”が付く製品たちはジョブズが陣頭指揮をとったプロダクトなのは周知のとおりである。 
無論彼がAppleに戻ってから発表されたPowerBookの新製品などもあったが、想像するにジョブズにとってはできるだけ早く”自分が留守にしていた時代の産物”はすべて消去したかったに違いない。 
1997年の復帰直後、ジョブズはAppleの社内にあった同社のシンボル的存在である記念的な古いマシン類をスタンフォード大学に寄贈し「昔を振り返るのはここでやめよう...重要なのは明日何が起きるかだ...」と宣言した。こうした行動は確かにポジティブで前向きに捉えられる一方、昔を振り返ると彼にとって都合の悪い歴史が山のようにあることも確かなのだ(笑)。 
PowerBookがMacBookに、Power MacがMac Proに、そしてPower PCがIntel プロセッサに置き換わり、NeXT社時代に自身が手を染めて開発したNeXT Stepを核にしたMac OS Xが認知されたいま、文字通りスティーブ・ジョブズ体制が磐石なものになったと考えられる。文字通り古い時代のイメージは払拭されたのだ。 

この調子では今後早い時期に新しいMac OS Xバージョンはもとより新しいアプリケーションの中には Intel Macでしか使えないというものが登場するかも知れない...。だから、こんなこともあろうかと早めにMac Proが欲しかったのだ...。 

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※この度手に入れたMac Pro 2.8GHz 8コアマシン


そういえば、このニューMac ProはMACWORLD Expo開催間近の1月8日に発表された。標準で8コアになったフラグシップマシンは決してニュース性のない製品ではないが、このMac Proは基本デザインこそ従来のものを踏襲しているものの、ハードウェアは刷新されている。しかしAppleにとっては話題性が低いと考えたか、あるいはExpo基調講演の目玉としては面白味がないと考えられたのかも知れない。確かにMacBook Airと比較すればそうなのだが、もはやスピードアップだけでは話題性が低いのだろうし、いずれにしてもAppleの好調さと自信の表れと考えられる。 

MacBook Airを見る限り、Appleは今後ワイヤレスと薄型軽量そしてマルチタッチインターフェイスを採用した製品が主軸となるように思えるが、この傾向はiMacやCinema Displayなどにも様々な意味で浸透していくに違いない。しかしMac Proはどうなるのだろうか...(笑)。 
それはともかくまだまだPower Mac G5などは現役である。Appleにはきちんとしたサポートを続けて欲しいものだが...さて? 

ラテ飼育格闘日記(67)

飼い主がいうのもなんだが、ラテは人間に対して極めて友好的なワンコである。ワンコ同士はどうしても気の合わない、あるいは嫌いなワンコがいるものの人間...特に子供が大好きなようだ。しかしそんなラテでも猛烈に吼えるときがある。 


ワンコが吼えるにはそれ相応の理由があるはずだが、これがなかなか分からないことがあり、したがってワンコは無闇に吼え立てるというイメージもある。しかしワンコにとって吼えることもコミュニケーションのひとつなのだからそこには何らかの意味があるはずだ。 

さてラテは人間に対して威嚇することはまずないし、無論噛みつくようなこともない。ただしそこはワンコであり誰彼かまわずシッポを振るということはない。 
毎日散歩に出向く公園では馴染みのワンコたちの飼い主さんたちにすりより、男女の区別なくお腹を見せたりとご機嫌伺いするありさまだ。まことに如才がない(笑)。 

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※アポロ(コーギー犬)んちのお姉さんの膝元にうずくまって甘えるラテ


ただしそこに見知らぬ人が通ったりすると吼えることがある。とにかくラテにとってはテリトリーを守るというより見慣れない人や物は怖いようなのだ。 
先日散歩の途中でラテがいやに後ろを気にして振り返る...。どうやら中年の女性らしい人が歩いてくることは分かったがオトーサンは振り向いて確認するまでには至らなかった。そのうちラテは猛烈に吼えだしたのだ。その女性が我々を追い抜くときオトーサンは「すみません」とひと言声をかけたが、ちらっと女性の顔を見た瞬間ラテが吼えるのはやむを得ないと得心した。なぜならその人は花粉や黄砂を防ぐマスクの代用のつもりだったのだろうか、口元を一昔前のウエスタン映画で見る銀行強盗のようにハンカチで覆っていたのだった(笑)。これは怪しい人物の典型的なスタイルではないか。 

またラテは室内にいるときも小さな出窓のたたきに座り、通りや遊歩道を通る人たちやワンコを眺め、唸ったり吼えたりしている。その通りから階段を登ると我が家の玄関に至るわけだが、そこはちょうど出窓の下なのだ。したがってそこを宅配便のおにいさんたちが通ったりすれば当然吼え立てる。遊歩道を嫌いなワンコが通ればもう大変な騒ぎだし、友達のワンコが通ればこれまた大騒ぎだ。 
ということでラテは申しつけたわけではないものの立派な番犬になっているしセキュリティの警報機でもあるのだ。だから単純に「吼えるな」と躾けるわけにもいかない。 

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※美容室でシャンプーとカットをしてもらったラテは一段といい女になった(笑)


ただし飼い主のオトーサンの立場というものもある。この人には吼えてもらいたくないという場合があるが、ラテはお構いなしだ。 
実は毎朝、女房が通勤のために駅まで出かける際にオトーサンはラテを連れて一緒に出かけることにしている。そして駅で女房と別れ、構内を突っ切っていつもの公園に向かう道に入るが、いつしか駅構内でラテに声をかけてくれるようになった女性がいる。 
最初はすれ違う際に微笑んでくれる程度だったが、ある日近づいてきて「何という名前なの?」と聞かれた。それから毎日ではないものの朝の通勤時に出会うと必ず近寄ってきて「ラテ、ラテちゃん...ラテ」と名前を呼んでくれて片手をラテの前に差し出すようになった。しかしラテはとにかく吼える。駅構内なのでその吠え声は響くのだが、お構いなしに吼える(笑)。 

朝の通勤時はどなたも忙しいし、いつもの電車に乗るために皆さん小走りである。そんなときでも女性は「ラテ...ラテ」と声をかけてくれるが、すでに数十回会っていてもラテは非情にも吼えるばかりなのだ。オトーサンとしては身も知らずの人だとしても、そろそろ愛想のひとつも使ってシッポでも振って欲しいと思うわけだ。しかし女性の方もラテに吼えられるのもコミュニケーションのひとつだと考えているのか、本当にワンコが好きなのだろう...懲りずに続けてくれる。オトーサンとしてはありがたいと思うと同時に気の毒で仕方がないのである。 
あるとき、オトーサンは一計を案じて女性に「忙しいときにすみませんがこれをあげてみてください」といつも持参しているラテのオヤツを差し出した。女性は「すみません」と言いながら楽しそうに掌にオヤツを乗せて「はい、ラテちゃん.,..」と差し出してくれた。 
無論ラテも女性に噛みつこうとするわけではなく、いつもは差し出された手に触れるようにして吼えているだけなのだが、餌を差し出されても吼えるのかどうかにオトーサンとしては興味があったし、上手く行けばこれで仲良くなれるかも知れないと思ったわけ...。 
ラテはどうしたか...。 
餌を差し出されたとき、さすがに吼えるのをやめ、静かにそして無言で掌に乗ったオヤツを平らげるとまたまた猛烈に吼えだしたのである(爆)。 

オトーサンの作戦は見事に失敗したのであった...嗚呼。

ラテ飼育格闘日記(66)

先日いつものように文化放送を聞いていたとき、日本ドッグホーム協会の代表という方が電話で出演していた。同協会は高齢者とペットの問題を考え支援をしている団体だというが、人ごとでなく考えさせられてしまった...。 


日本ドッグホーム協会は、高齢者の飼うペットの救済活動を行っている国内唯一のボランティア団体だという。 
愛犬を飼ったなら一生世話することは飼い主として当たり前のことだが、飼い主が高齢の場合には不本意ながらも様々なアクシデントがあり得る。 
病気や入院で、老人施設などへの入所や親族と同居、あるいは死亡するといったことでワンコを世話できなくなることもあり得るわけだ。そんなとき、それまで愛情をそそいでいたワンコも引き取り手がなければ行政施設で殺処分されることになってしまう。これでは死んでも死にきれない...いやホントだ! 
同協会はこうしたやむを得ない事情により、飼育ができなくなった高齢者のペットを無料で引き取り、生涯世話をしてくれるという。 
逆に核家族化、高齢化が進む社会背景の中で家族の一員としてワンコを迎えようと望む人たちはますます多いようである。子供も巣立ち、夫婦2人だけになって会話も少なくなった家庭に再び明かりが灯る(笑)。それにワンコがいることで心身共に健康を保とうという意欲も生じる。また生活に潤いを与えてくれるし孤独を癒してくれるに違いない。しかしである...。 
犬種にもよるが、一般的にワンコは散歩が不可欠でありワンコに十分な運動をさせようと朝晩の散歩を欠かさずに実行するには高齢者の場合、体力的に大変辛いものがある。 

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※友達であるビーグル犬のハリーと並んでオヤツをねだるラテ(笑)


オトーサンは自身が好んでラテを飼い始めたわけだし、そのためにわざわざ引越までした。だから少々辛いからと言ってラテを投げ出すわけにはいかないが(笑)、毎日の散歩はラテのことを考えれば考えるほど大変なのである。 
幸い気力はまだまだ十分あるし、身体も動くと思っているが、毎日最低6キロから8キロほど歩き続けていると健康には良いものの足にくる。最初は筋肉痛程度だったが最近は膝関節が痛くて困るときが出てきた。第一、ハイキングやら登山あるいはスポーツといったことで足腰が痛くなったとしてもその行為はあくまで一過性なものだ。数日体調を整え、休めるときに休めば身体は元に戻るに違いない。しかし散歩は毎日のことであり、足腰が痛いからと休んでいては話にならない。だから疲れや痛さは取れずに重なるばかりなのだ。 
無論疲れるのは足だけではない。ラテはまだまだ完璧ではないがオトーサンの左あるいは右についてきちんと歩けるようになっている。しかし自宅から飛び出してからしばらくは、待ってましたとばかり引きが強くなるし、前方にハトがいたり猫が横切ったりすれば飛びかかろうとする。リードは常に左手首に縛り付けているので容易に外れることはないが、それだけこちらも引っ張るには腕と肩に力がかかる。 
ラテは中型犬とはいえすでに17キロ近くの体重もあり、本気で引かれるとかなりの力だ。しかしオトーサンはほとんどの引きは片手で難なく制御できるが、場合によっては引きの角度が悪く肩を痛めてしまうこともある。 
ことほど左様に散歩は体力的に大変な労力なのである。まあ、サボろうと思えばいくらでもサボれるわけだが、足が痛いとか肩が痛いからと休みクセがついてはダメなことはオトーサン自身がよく分かっているので頑張らなくてはならない。要はつい無理してしまうのだ。無論体力的にはともかく、ラテとの散歩は楽しいから続くのだが...。 

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※時々見せる真面目な表情のラテは何を思うのか...


ところでワンコの寿命は犬種によっても、そして当然のことながら個体差も大きいが、これまでは10年から15年程度だった。しかし人間と同様に生活環境全般がよくなったことから平均寿命が延びているという。しかしワンコは人間とは違い短い間に歳をとってしまうし、いわゆる老人病にも無縁ではない。ワンコも高齢になれば身体がいうことを利かなくなるしボケることもある。 
例えばラテが後15年ほど生きたとしてオトーサンも杖無しで歩けるのだろうか(笑)。いや...人生は何があるか分からないから、そもそも生きているかどうか...。いや、オトーサンとラテが一緒に老人ボケでは洒落にならない(爆)。 
こうした問題を突き詰めると、リタイヤした人たちがワンコを飼うことに躊躇いを感じることになる。自分は愛犬の最後を看取ることができるのだろうかと...。 
日本ドッグホーム協会は、飼い主が高齢かつやむを得ない理由のために愛犬を世話できなくなった場合に無料で愛犬を引き取り、生涯面倒を見てくれる。そしてまた、高齢者に愛犬を貸し出してくれるサービスも実施している。貸出といっても実態は里親と同様な扱いだそうだが、あくまで所有権は協会という立場なので、万一飼い主が病気になったりして飼い続けることができない場合には責任を持って引き取ってくれるという。したがって高齢者は安心してペットを飼えることになる。 

オトーサンはラテを世話していただいたいわゆる里親会の活動については多少は調べて知っていたが、こうした協会があることをまったく知らなかった。ただしラジオでも話していたが、その活動には広いスペースは勿論、費用と時間がかかるわけでその運営は大変だという。同協会のホームページには寄付の協力依頼やペットフードの支援協力などの呼びかけが載っている。オトーサンもラテの寝顔を眺めつつ、微力ではあるが何らかの行動を起こしたいと思う。 

■日本ドックホーム協会


ラテ飼育格闘日記(65)

ラテと毎日一緒に生活していると感覚的にもペットを飼っているというより家族の一員だという意識が強く働く。その一挙一動がなにやら私たち人間と同じように感じられて、つい目尻が下がって甘くなるが、ワンコは何故こんなにも可愛いのか(笑)。 


ラテはすでにオトーサンが喜ぶ術を知っているようだ。哀願するような鳴き声を続ければオヤツをくれるだろうとか、後ろ足で立ちあがって両手を上げて向かえば抱っこしてくれるとか...。 
そうした毎日を過ごしているとラテの思考回路や感情がつい私たち人間のそれと同じであるという感覚を持ってしまう。 

オトーサンとしては毎日一緒に暮らすラテをペットというより家族の一員だと考えているが、市販されている多くの育児書はワンコと人間は別種の生き物であるからして感性も表現方法も、そしてコミュニケーションもまったく違うという考え方から書かれている。そこにはいわゆる擬人化がワンコを不安がらせ、のさばらせて問題行動の原因となるといった解説が多い。 
またこれらとは些か違う書籍もある。それらによればワンコの知能・能力は擬人化するに値する高度なものであり、我々がワンコとのコミュニケーション方法を理解すればワンコたちの考え方や行動の意味をより知ることが出来るというものだ。こうした説を支持する人たちは、ワンコと哲学や宗教を語ったり、最新のヒット曲の良し悪しを話し合うことはできないものの(笑)、彼らの行動を観察すればワンコたちとコミュニケーションが取れると考えている。確かにワンコは悲しいときには悲しい表情をするし、嬉しいときには明らかに嬉しい表情をする。したがってどうしても我々はワンコを擬人化してしまう...。 

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※仲間のワンコたちと遊んでいるときのラテの表情はまことに愛らしい


ともあれワンコは間違いなく我々人間とは違う。成犬は人間の子供の2歳から4歳ほどの知能を有していることも知られているくらい利口な生き物だとしてもその行動は人のそれとは著しく違う。四つ足で歩き走るのはともかく、我々から見れば所かまわず囓ったり、オシッコをしたり、バッチイ物や糞まで食べてしまうこともある...といったように我々には理解しがたい行動をする生き物だ。そして闇雲に吼えたり唸ったりするといったイメージもある。 
しかし...である。考えてもいただきたいが、鋭い歯を持ち、ラテなどは狼みたいな表情をするときがあるし、なかなか思うように意思疎通ができない上に当然のことながらペットフードやらおやつ、あるいは医療費などもかかるワンコを何故好んで飼うのだろうか(笑)。大げさでなくオトーサンはこの一年間そうしたことを自問自答してきたのである。もしその答えが出せるなら、それは自分自身を客観的に眺める材料になるのではないかとも考えた...。 
そんなとき、以前にも参考資料としてご紹介したスティーブン・ブデアンスキー著「THE TRUTH ABOUT DOGS (犬の科学)」(築地書館刊)を読み返して文字通り目から鱗が落ちる思いをした。 

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※スティーブン・ブデアンスキー著「THE TRUTH ABOUT DOGS (犬の科学)」(築地書館刊)表紙


「何故ラテを飼っているのか」という問いの答えは「愛しいから」というのが一番当たっていると思う。人生の同伴者であり正直自分の子供のような感覚もある。しかしラテを何故可愛いと感じるのか、その問いに答えるのは難しい...。 
そもそも我々はか弱きもの、へつらうもの、小さなものを見ると本能的にかばいたくなる。例えば犬猫が嫌いだという人でも子猫や子犬の姿を見れば思わず眼を細めてしまうのではないだろうか。そしてそうした中から癒しを受けることも多々あり得るはずだ。 
また人間も同様だが、幼児が生き抜く最大の武器はその可愛らしさにあると思う。大人に可愛いと思わせなければ保護されない可能性もあり、自力で生きていけない幼児や子供は淘汰されてしまうかも知れない...。でもラテが我が家に来たのは生後6ヶ月ほどになってからであり、確かに今と比較すれば幼い姿だったがコロコロの子犬といった姿ではなかった。それでもオトーサンたちにとっては可愛いのだ。 

人間がワンコと共存し始めたきっかけにはさまざまな説があるが、成功した大きな要因はワンコが持っている社会性にあるという。そしてこのワンコと人間との共存関係は決して人間側からだけのアプローチではなかったらしい...。 
人間が太古の昔に狼を飼い慣らしたというこれまでの定説はそのまま鵜呑みにはできない。なぜなら人の回りに集まって来た段階ですでにワンコは狼ではなく犬であったというのが最近の説のようだが、どうやら人がワンコを可愛いと思い、役に立つと考えて飼い始めたという事実の反面、我々人間がワンコに捕まってしまったのだという考え方もあるのだ(笑)。そもそもワンコの出現は信じられているよりはるかに古く、当時からワンコは狼より人間と親しかったそうだ。 
その「THE TRUTH ABOUT DOGS (犬の科学)」によれば「彼ら(犬)は、人間の回りをうろつくことを選択し、そうすることによって、自分自身の起源となった相手(狼)から、自分の意志で、自らを隔絶した。彼らは、雇われたのでもなく、奴隷でもない。あるいは招かれた客人でもない。彼らは、パーティー会場(人間社会)に押しかけ、もぐりこみ、決して立ち去ることはなかったのである」とは言い得て妙ではないか(括弧内はオトーサン加筆)。 

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※オトーサンの指を噛まず、上手にオヤツを食べるラテ


ではそんな押しかけ女房みたいなワンコと人間はなぜ一緒に暮らすことを選んだのか。実利面はともかく、その大きな要因としてはやはり我々人間がどのようなものに対しても意志や動機があると思いたがる擬人化の心理にあるらしい。我々はワンコは勿論、パソコンであっても身近な物の中に人間と同様な意志があると思いがちな心理を持っている...。ましてや高度な知能を持っているワンコに対し当然そうした心理が働かないわけはない。 
イギリスの動物行動学者、ジョン・S・ケネディは我々はまさに「強迫的擬人観念愛好者」だと言っているそうだが、我々は回りの全てのものの中に人間と同様な意志を探し求め、それらと本能的にコミュニケーションを取りたいと願っている生き物なかも知れない。 
ワンコたちはこの人間たちの抗しきれない弱点を察知し、自然淘汰を生き抜くせための選択肢のひとつとして人間との共存を選んだ。そして繰り返すが狼時代から受け継いだ社会的序列を受け入れる資質を持っていたことが人間社会にとけ込むためには大きくプラスに働いたということらしい...。 

ともかくオトーサンが何故ラテを可愛いと思うのか、それは理窟ではなくオトーサンのDNAに組み込まれているからであり、オトーサンが人間である証拠なのだ(笑)。 
そのラテはといえば、リビングにフリースの敷物を好きな場所に広げ、その上でガムを噛みながら時々オトーサンの方に色目を使う(笑)。そのサインは「遊んで欲しい」とか「おやつ頂戴」に違いないわけだが、問題はその誘いをいつまでオトーサンが無視できるかなのだ(爆)。 

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Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員