ラテ飼育格闘日記(78)

ワンコと飼い主との関係は特別なものだ。飼い主の顔や雰囲気まで愛犬が似てくるとよく言われる。だから初対面のワンコと遭遇するときに重要なのはワンコそのものよりそのリードを引いている飼い主さんを観察することにある。 


我々も初対面の人と対峙するときには多少緊張し襟を正すが、同時に第一印象やらその肩書き、そして数分会話をすることで正直好き嫌いといったことまで分かってしまうことがある。とはいえ私たちは例え意見が合わなくても、また虫が好かなくてもそうした感情をストレートに表に出さないし、ましてやすぐに殴り合いを始めることはない。 
しかしワンコとなると初対面同士はいささか注意をしなければならない。勿論ワンコの性格やらで大きく違うから「うちのワンコは初対面のどんなワンコでもガウガウすることはない」という飼い主さんもいるかも知れない。しかし交通事故同様にこちらが注意をしていても相手がどんなワンコなのかが分からないし、もしかしたらいきなり飛びかかってくる可能性だってあり得るわけだ。 

お互いにワンコ同士のことだとはいえ、諍いで怪我をしたりさせたりは避けたいものだが、この見極めがなかなか難しいのである。 
ラテも最近とみにワンコに対しての好き嫌いがはっきりしてきたように思う。したがってラテが公園デビューした当時は仲良くしていただいたワンコに対してどういうわけか歯をむき出したりすることがあるし、反対にラテが友好的なのに威嚇される場合もある。その良し悪しや原因はともかく、すでにラテが嫌いなワンコ、あるいは怖いと思っているワンコはほぼ分かっているから無理に近づかせたりはしないし、注意をすることができるがそれが初対面やそれ同然のワンコとの遭遇はなかなか気を使うものである。 
初対面のワンコと出会うとき、そのパターンは約3通りある。ひとつはまったく相手を無視して視線も合わさず通り過ぎる場合だ。二つ目は近づき合って鼻と鼻をツンツンしたりお尻の臭いを嗅ぎ合う場合だが、ここまでくればまず大げんかをすることはない...。しかし3番目は最初から喧嘩腰で近づいて吠え合い、お互い飛びかかろうとする場合もあり得る。だから向こうからワンコがくると相手を見極めるまで安心できないのだ。 
危険はワンコ同士だけではない。例えばワンコが好きだからと近づいてきたワンコに「いい犬ですねぇ」などと手を出した途端にガブッとやられる可能性だってゼロではない。 

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※公園の芝生も緑が濃くなってきた。しかしこの時期の朝の散歩は草木の露に濡れて意外にラテは汚れるのだ


問題はこちらにとって危険なワンコをどのように見極めるかだが、野村獣医科病院長の野村潤一郎氏はその著書「犬に関する100問100答」のなかでそれは簡単なことだと書いている。なぜなら「正常な飼い主が連れているワンコは正常だと思っていい」とのこと。 
無論人間は外観と中身が同じというような単純明快な生き物でないから、それこそ飼い主を見極めることは簡単ではないように思う。それでも野村先生のいうことはその通りだと思う。 
ラテにとってなぜ嫌いなワンコと好きなワンコがいるのか...。こればかりはラテが教えてくれない限り分からないのだが、総じてオトーサンが親しみを持っている飼い主さんのワンコとはトラブルが少ないことは確かなのだ。いや、もしかするとオトーサンの好き嫌いがラテに敏感に伝わっているという部分もあるかも知れないがそれでもそんなことばかりで見極めがつくほど単純ではないように思えるのだが...。 
しかし性別や年齢はともかく、ラテが気を許しているワンコたちの飼い主さんは皆さんバランス感覚に優れ、如在のない方たちである。性格や考え方は当然それぞれ違うわけだが、他人を尊重し、自身の飼い犬だけでなく他のワンコをも愛するという気持ちのゆとりをお持ちの方たちだと感じる。僭越ながらそうした生活態度が飼い犬たちにも当然伝わっていくように思える。 

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※この笑顔の先には何があるのでしょうか(笑)


例えば悪気はないのだろうが、気になる人にも巡り会う...。挨拶をしても挨拶を交わさない人もいるし、ワンコ同士の交流を面倒だと思うのか、挨拶以前に知らないふりをする人もいる...。 
そう...特殊な例だがたまたますれ違うワンコ連れの男性は最近挨拶もできない状況にある。何故ならここのところ10回ほどすれ違ったがそのすべて、彼は携帯電話を耳に当てているのだ。 
オトーサンの見るところ、どうやらそれは本当に電話で会話をしているのではなく、すれ違う人とのやりとりがうっとうしいからと...挨拶を避けるための演出だと見ているのだが(笑)。 
思ってもみていただきたい。日にちも曜日もそして時間帯も違うその日その時に8回も10回もすれ違ったのにその全てが電話中だなんて事は確率的にもあり得ないではないか。あるいは音楽でも聴いているのかと思ったが、話をしている素振りなのである。 

また困った飼い主もいる。これはオトーサン自身が会ったのではなく別の飼い主さんから聞いたことだが、初めて会ったワンコがとても綺麗なわんこなので褒め言葉のつもりで「綺麗なワンコですねぇ」と声をかけたそうだ。しかしワンコの飼い主から帰ってきた言葉は「この子はワンコではありません!ちゃんと名前がついているのよ」と言ったらしい。そんなの初対面で知るわけがないではないか...。 
初対面のそれも褒めてくれた相手に対しての返事とは到底思えないし礼を失した物言いである。ともかくワンコを連れていることはまともな人間である証明にはならない...(笑)。 

ただし救われることは、もしこれがビジネスの世界なら好き嫌いも言ってはいられないが、お互いがワンコ連れで行き会うという共通項があるだけであり、もし嫌ならひと言も言葉を交わさなくても別に何の影響も及ぼさないことだ。第一お互いに名前や人柄を知っているわけでもないわけで、例えばラテが怖がったり嫌ったりするワンコに無理やり近づけて仲良くさせるような努力は可哀想だし益もないだろう。したがって付き合いが悪いからとお互い文句をいう筋合いではないわけだ。 
とはいえこちらはすでにいい歳のオヤジであり、すれ違う相手が誰であってもワンコ連れなら「おはようございます」とか「こんばんは」といった挨拶が自然に口から出てしまう...。やはりできることなら挨拶ぐらいはお互い気持ちよくしたいものだ...。 
いつもの公園に出向き、そこに馴染みの飼い主さんたちが散歩をしているとオトーサンも嬉しくなるしラテの表情も生き生きとしてくる。ワンコ共々今日も皆さん元気なんだというひとつの確認にもなる。2,3日馴染みの方をお見かけしないと「あれ...具合でも悪いのかな...」といらぬ心配をしてしまう(笑)。 
これから梅雨時の季節であり、雨の日は皆さん散歩を取りやめたり時間帯をずらしたりとお仲間と会えなくなることが多い。ラテにとって1年で一番嫌な時期に違いない。 

さて、それはともかくオトーサン自身も初対面の方から見れば、少々妖しい人物かも知れない。手を保護する目的とはいえ両手に革製のグローブをつけ、紫外線禁物の眼のためにサングラスをかけ、キャップをかぶっているオヤジというのもなかなか近寄りがたい存在なのかも知れない(笑)。そして「お前は正常な飼い主なのか?」と問われれば「勿論!」と答えるが、そもそもおかしな人間は自分のことを正常と思っているものだというから...怪しいかも知れない(笑)。 
だから...飼い主からワンコの性格を知ることもできるだろうが、自分のことは棚に上げての話しになるものの、逆にワンコの行動から飼い主の性格や生活を想像するのも面白いと思っている昨今である。 
あのシャーロック・ホームズも「這う男(人)」の中でいみじくもこう言っている。「犬というものはその家族の生活の鏡だ。陰気な家に陽気な犬なんかいないし、幸福な家に悲しそうな犬なんかいやしまい。どなりちらしている人間のところには吼えたてる犬が、危険な連中のところには危険な犬、というわけだ」。

ラテ飼育格闘日記(77)

なぜ私たちは犬を飼うのだろうか、そしてなぜワンコはこんなにも可愛いのだろうか。ペットの類もいまでは随分種類が多いが、その代表格は間違いなくワンコであろう。なぜならワンコは最も人間に近い生き物だからかも知れない。 


勿論、人間に近いといっても人とワンコが同類だということではない。しかしある種の社会性を持ったワンコの祖先が人間の生活圏の中に入り込んだという歴史は一説によればクロマニョン人の時代からだともいう...。 
アメリカのプレーンズ・インディアンに伝わる話としてスタンレー・コレン氏はその著書「哲学者になった犬」の中で人間と犬との深い絆に関する逸話を紹介している。それによればその昔、神は世界を作り終えた後、人間界と動物界を分けるときがきたと考え、一同が集まったところで地面に一本線を描いたという。その線のこちら側には人間が、むこう側にはその他の動物たちが置かれ、線を境にして地面が大きく深く割れていった...。 
その割れ目が橋もかけられないほど広がる寸前になんと犬だけがその溝を跳び越えて人間のいる側へ渡ったという...。だから...ワンコは多くの動物の中で人間側に立った生き物なのである。 

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※スタンレー・コレン著「哲学者になった犬」文藝春秋刊表紙


まあ、伝説はともかくラテを前にすると苛立つ心が収まってくるのはなぜなのだろう。 
ワンコと対峙していて一番の慰めは彼女・彼たちが最高の聴き手であるからだと思われる。オトーサンもラテといる時には意識的に話しかけるようにしているし、散歩のときなどは機会のあるごとに声をかけている。ワンコが人の言葉を理解できるかはともかく、自分のワンコだけは飼い主の言葉が分かっていると思う人たちは多いのではないか。そして行き交う人たちもワンコに連れの飼い主が話しかけているのを横目で見ながら、その行動を不審に思う人もいない。 
そういえば、映画「オズの魔法使い」ではドロシー役のジュディ・ガーランドの台詞の半分ほどはトト役のケアーン・テリア、テリーに向けられているという。やはり私たちはワンコを最高の聞き上手と知っているのだ。 

事実自分のことを考えても、もしラテがいなかったら日常は極端に喋る機会が少ない。日中に仕事関連の外出予定がなかったり、あるいは来客がない時にはそれこそ女房が帰宅するまでの間、喋る機会はほとんどないかも知れない...。情報そのものはラジオやテレビで受けることはできるが、会話をする機会は大変少ないことを思い知るに違いない。 
会社を経営していたときにはある意味四六時中喋りっぱなしであった。クライアントとの長時間の打ち合わせから戻ったら声帯を傷つけたらしく突然声が出なくなったこともあったし、舌を傷つけてしまって滑舌が上手くできなくなったことも多々あった。 
出張先での講演やプレゼンテーションはもとよりだが電話口でのサポート、訪問されたクライアントとの折衝、札幌支店スタッフとの電話での打ち合わせ、そして勿論本社での取り決めや雑多な打ち合わせ、会計事務所や顧問弁護士あるいは社会保険労務士の先生方との打ち合わせ、デザイナーとの打ち合わせ等々、喋っていないときは一人で外出する際の移動時でしかないほどだった。 
そうした時代と比べるのも極端だが、一人で仕事をしている現在は本当に喋る機会が少ない。いや、何でもいたずらに喋れば良いというものではないことは承知だが、会話の機会が極端に少ないというのはやはり頭脳の回転に支障がでるように思えるし、精神的にもよろしくない。少なくともオトーサン自身はそう思うのである。 
ラテがいるからこそ、ラテ自身に話しかけることもできるし散歩に出ればお馴染みの飼い主さんたちに会える。その会話が例え天気やワンコの餌などに関わることでも良い刺激になっていることは確かである。 

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※最近公園に二羽の鴨が遊びに来る(上)。ラテは姿勢を低くして忍び寄るものの(下)怖がる気配はなく悠々としている


ともかくこちらを向いてラテはオトーサンの愚痴や話を静かに聞いてくれる。話の腰を折ることもないし「オトーサンは間違っている」と反論することもない。何かすべてを包み込むような笑顔で、「うるさい」とも言わずに聞いてくれる。とはいってもその話というのは決して壁に向かって一人ブツブツ言うのとは絶対に違うのだ。 
時にアイコンタクトしながら意識をこちらに向けてくれるし、手を伸ばせばぬくもりを持った顔や身体に触れることができる。そして彼女はオトーサンにべったりではないものの、オトーサンを信頼していつも一緒にいることを望んでいることは間違いないのである。 
いまどき、このような理想の話し相手は人間ではなかなか見つからないと思う(笑)。 

事実あのジークムント・フロイトは犬には人間の心理を読み取る鋭い感覚を持っていると考え、たくさんの犬を飼っていたという。そしてフロイトは愛犬ジョフィを患者との面接にも付き合わせていた。患者の精神状態を査定するとき、ジョフィの判断に頼ることも多かったという。 
なぜならフロイトは、愛犬ジョフィが診療の間に部屋のどこに寝そべるかで患者のストレスや緊張の度合いを推し量った。そして患者の心理状態が穏やかだと、ジョフィはかなりその側まで近寄ったが、患者が緊張していると部屋の隅に行ってしまうのだった。 
彼はまた、犬がいると患者...特に子供の精神状態が安定することにも気づいていた。 
最近の研究では、このフロイトの指摘が正しいことが証明されている。心理測定によれば、穏やかで人なつっこい犬と一緒にいると、患者のストレスが減少し呼吸も心拍数も正常になる。さらにワンコを飼っている人の方がそうでない人より長生きし、医者にかかる頻度も少ないというデータもあるらしい。 

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※ラテは大きくなっても抱っこが好きだ(笑)


なかにはワンコは人の言葉を理解するのではなく、人の声の調子やボディランゲージに反応するだけだという説もある。しかしワンコを飼っている方ならお分かりだろうが、時にワンコは確実にこちらの言葉を理解した行動を示す。 
先と同じく「哲学者になった犬」によれば、ある日曜日に司祭が教会で礼拝を行っていたときのエピソードが紹介されている。その時代ワンコはペットというだけでなく安価な労働力としても重宝されていた。例えば肉をむら無く焼くため、水平に渡した串をかまどの上で回転させる必要があったが、その労を担っていたのが体重が重く短足のその名もターンスピットという犬種だったという。彼らはハムスターの回転踏み車のようななかで一日何時間も交代で踏み車の上を歩かされていた...。 
さて、ワンコの役目はそればかりでなかった。教会へ拝礼にいく場合にも連れて行かれたが、それは会衆の足元を暖める暖房器具の役割のためだった...。 
そんなある日、司祭はエゼキエル書の第十章からの一節を引用し、会衆に向かって声を張り上げた。 
「...そのときエゼキエルは、回る車(車輪)を見た」と...。 
ターンスピットにとっておぞましい仕事を意味する”車”という言葉が聞こえた途端、犬たちは尻尾を股の間に巻き込んで、そろって教会から逃げ出したという。 

またワンコは飼い主の鏡でもある。ラテもオトーサンの心理状態を察して、こちらが機嫌の悪いときや体調の悪いときには心配そうに遠くから見つめていたり、時には近寄って「大丈夫?」とでもいうように口元をペロッとしてくれる。反対にオトーサンの機嫌がよいときにはラテ自身も笑顔が多い。そんな飼い主を気遣ってくれる生き物はそうそういないだろう。 
だから今日もオトーサンは足に湿布をし、関節炎などに効くというコンドロイチン配合の錠剤と栄養剤を飲み、勇んで散歩に出かけるのであった。 

【参考資料】 
スタンレー・コレン氏著「哲学者になった犬」/木村博江[訳]文藝春秋刊 ISBN4-16-354160-8

個人情報保護スタンプ「ケシポン」を知ってますか?

個人情報保護法が施行されて久しいが、のど元過ぎればなんとかで次第に危機感も薄れていないだろうか。企業内の情報保護は当然だが、家庭でも自分の住所や電話番号がプリントされたものがぞくぞくと届くのでその始末も面倒で仕方がない。 


日常多くの郵便物やDMあるいは宅配便などが届く。そして気になるのがその処置である。処置とは無論のこと、自分の住所氏名や名前、場合によっては電話番号が記してあるのだからそれらは立派な個人情報であり、そのまま捨てることは憚れる。 
我が研究所にもシュレッダーがあるから、例えばビジネス上の機密情報や第三者に見られたくない情報が記してある文書はすべてこのシュレッダーで処分している。しかし問題はシュレッダーにかけられない、かけにくいアイテムもあるしシュレッダーのない場所での作業は結構面倒である。 
そのシュレッダーも種類によるだろうが、厚い紙や接着剤が残っているようなものはシュレッダーを傷めてしまうので使えない。それにも増して困るのは廃棄するのではなく保管保存しておくべき書類やそのコピーを他人に提示したいケースだってあるわけで、その見られたくない箇所だけを塗りつぶしたり切り抜いたりしなければならない場合もある。 

今回手に入れたのはそうしたときに便利な一種のアイデア事務用品...ステーショナリーである。 
見かけはいわゆるスタンプ台の入らないスタンプそのもので、その名もズバリ「ケシポン」。まんまである(笑)。

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※プラスの「ケシポン」スタンプ


なぜなら本来スタンプの捺印部分が新開発特殊印面パターンになっており、見せたくない部分にポンと押せば当該部分にパターンがオーバーラップして判読しにくくするわけだ。この種のパターンは中身が透けて見えるのを防ぐ封筒の裏面印刷などにも採用されているが、それをスタンプにしたわけである。 

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※「ケシポン」による印面を拡大した図


「ケシポン」の新開発特殊パターンはダイレクトメールの宛名や印刷物に使われることの多いゴシック字体・明朝字体を見えにくくするものだそうだが無論すべての印刷面を完全に隠蔽することを約束するものではない。インクが黒一色だから、文字がカラーだったり大きな字体だったりすれば判読が可能な場合もあり得る。しかし実際に手元にある宅配便の伝票やらダイレクトメールの住所箇所に「ケシポン」を押してみると...なるほど、ほとんどの文字は見事に判読できなくなる。 

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※「ケシポン」で宅配伝票の住所覧を判読不能にした例


ところで「ケシポン」の印面サイズは幅42×高さ13mmであり、決して大きくはないが、もし一回のスタンプで消せない領域があったら何度でも押せばいいのだから単純明快である。 
ただし気になるのは、光りに透かしたり何かで擦ったり、あるいは裏面から見ることで文字が判別できるのではないかという点が危惧されたが、宅配便の送り状などで試した範囲ではインクは耐水、耐光、耐薬品性に優れて隠ぺい力の強い顔料系油性インクを採用しているためか一旦乾けば簡単には消せない...。ただし裏面がカーボーン仕様のものは表面を消したところで裏面から読める可能性があり、これは「ケシポン」の対象外である。また用紙によっては適切な印面ができないものもあるが一般的なものであれば十分に活用可能だろう。逆に取れにくいから間違ってインクを服などに付けないように注意をしなければならない。 

「ケシポン」は高価なものでもないのでシュレッダーと共にひとつ手元に置いておくと便利だと思う。私は今回「ケシポン」本体と一緒に専用インクも購入しておいた。 

プラス ステーショナリー株式会社

ラテ飼育格闘日記(76)

ワンコの性格は我々人間同様にそれぞれ一匹ずつ違う。来月で推定2歳になるラテはまだまだ遊びたい盛りだが、他のワンコたちとの性格の違いを感じるこの頃である。 


散歩に出かけたとき、いつもの公園で毎日多くのワンコたちと出会う。馴染みのワンコたちともできるだけコミュニケーションを取っているオトーサンだが、つくづくそれぞれ性格が違うものだと関心してしまう。 
ラテの性格をあらためて分析しその特徴を挙げてみると、まず子供好きである点が強調できると思う。一般的にワンコにとって子供はかなり危険で鬱陶しい存在である場合も多く、子供より大人の方を好むケースが多いらしい。しかしラテは初めての大人に対しては警戒して吠える場合があるものの、子供...特に小学生ならびにそれ以下の幼児たちには大変優しいというか好きなのだ。初対面の子供が近づいてくると尻尾をブルンブルンいわせて低い姿勢をとりながら接近してごろりとお腹を出す。 

しかしワンコに対しては好き嫌いが大きいようで、相手が子犬であってもワンコによってはどう扱って良いかが分からない感じで腰が引けることもある。思うにラテはかなり臆病で慎重な性格だと思う。それも未体験のことに関しては慣れるまで緊張を解かない...。 
雷鳴をはじめ、ワンコが嫌うという掃除機やドライヤーの音などに関してはまったく怖がらないのに草むらがガサッとすると飛び退いたりする。そして面白いと言っては何だが、歩いている後ろからの足音が大変気になるらしいのだ。まるでゴルゴ13みたいだ(笑)。 

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※小雨の中、後ろを振り返るラテ


街中の雑踏ではそんなことはないが、人通りが少ない散歩道などで真後ろ数メートル離れて人が歩いてくるとしきりに振り返って確認しながら歩く。その上に妖しい人物には見るからに警戒心をあらわにする。 
この妖しい人物というのには些か説明が必要だと思うが、まず外見がラテにとってこれまで見る機会が無かったと思われるような人物は怖いらしいのだ。また全てとはいわないまでもオトーサンの見立て感覚とそんなにずれていないのが興味深いところで、例えばホームレスなのか見るからに泥まみれで髪くしゃくしゃといった人、極端に腰が曲がったお婆さん、あるいは強面のオジサンやオニーサンもダメ。そして歩きながら一人でブツブツと声を出しているような人や不自然な態度とか動きをする人に意識が集中するようだ。ただしこれらの人たちが本当の意味で妖しいわけではないことは勿論である(笑)。 
一説にはリードを通じて飼い主の思いや感情がワンコに微妙に伝わるのではないかという。確かにオトーサンが「妖しい」とか「危ないかな...」と感じたことがラテにも伝わることもあるかも知れない。しかしそうとばかりも言えない例も多々あるのだ。 

ある日の夕方、いつものようにラテを連れて遊歩道を歩いていたが、ラテは頻繁に後ろを振り返る。最初は人影も見えなかったがしばらく歩くうちにどうやらバックパックを背負っている男性が歩いてくるのが木陰の隙間から見えた。オトーサンとしては特にどうということもないとラテのリードを短めにして歩き続けようとするがラテが立ち止まり振り返る頻度が高くなる...。オトーサン自身があまり振り返るのも失礼だからと平静を装いながらも神経を集中しているとオトーサンにも男性が声を出していることがかすかに分かった。鼻歌を歌っているのか...といったことまでは分からなかったが、ラテは意を決したように猛烈に吠えだしたのである。 
しばらくしてオトーサンにも事情がのみこめてきた。男性は30から40歳くらいだろうか、キャップをかぶった頭を少し振りつつ意味不明なうなり声を出しながら傘を提げて近づいてくる。と、思ったら傘を放り投げてそこで立ちションを始めたのだ。 
明らかに精神疾患の患者のようだから、放尿をとがめるのもちょっとはばかれる...。オトーサンは直視しないように吠え続けるラテを引っ張りなるべく男から離れようとラテのリードを引いたとき、さらに後ろから老齢の男性が現れその男になにやら話しかけた。 
次第に事情が分かりかけてきたが、老齢の男性は先の男の父親らしいのだ。なにやらたしなめながら優しく男の背中を押している。オトーサンはラテを足元に寄せながら再び歩きを進めた。どうやら2人は散歩をしていたようで、オトーサンの不快な思いはだんだん親子への同情に変わっていった...。 

それはともかくラテはいち早く自分にとって尋常ではない雰囲気を感じ取って吠え始めたことは確かだった。その根底には臆病な気質を持っているのだろうがその感覚の鋭さには感心してしまった。 
また臆病というだけでなくラテは...何と言ったらよいか、大変慎重なところもある。 
例えば家の中でリードを見せれば散歩の時間だとワンコは理解して喜ぶのが普通だろう。ラテも基本的にはそうなのだが、些かその喜ぶまでが慎重なのである。 
我が家の一階はキッチンとリビングがあるが、ラテは奥のリビング側の一番広い部分を専有している(笑)。そして危険防止のためキッチンとリビングの間にはラテが出入り出来ないように専用の柵を設置しているのである。したがって我々が柵を開けない限りラテはリビングからキッチン側へ来ることはできない。 
オトーサンは散歩の際に自分の身支度を終えてからリードを持ち、キッチンに入りリビングとの境界にあるその柵を開けて「ラテ!散歩だよ」と声をかけるのが常である。面白いのはリードを見せながら柵に近づいた段階で散歩は確実なはずなのだが、ラテは柵の前にお座りをするものの、喜んで飛び上がったり吠えたりすることはほとんどないのである。 
オトーサンが柵に手をかけて開けようとすると突然嬉しさを全身で表すのだ。 
どうやらオトーサンがリードを持ったとしても、柵を開けるまでは自分には関係無いかも知れない...。したがってぬか喜びは禁物だ...などと思っているような素振りである。いや、誤解があってはまずいがこれまでオトーサンはリード見せたものの散歩に行かないう意地悪をしたことは一度もないのだが...(笑)。 

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※女房の靴下を奪って嬉々としているラテ(笑)


もうひとつラテの気質で目立つのは「寂しがり屋の一人好き」といった態度である。甘え上手ではあるものの独立心というかオトーサンに進んで甘えるという行動はほとんどしない。散歩のとき、怖いワンコが来たりすると抱っこを要求したり、オトーサンが居眠りをしているとペロペロと顔を嘗めて起こしにくるが、膝に乗りに来たりオトーサンのいる脇に寄り添うようなことはほとんどしないのである。 
散歩ですれ違うゴールデン・レトリーバーのワンコなどは、公園のベンチに飼い主さんが座ったその膝枕で一休みしている。オトーサンとしても羨ましいし同じようにしてみたいのだが、しばらくはダメのようだ...。 
ただし変にベッタリで分離不安を抱えるワンコよりはずっと良いと思うので、それはそれとしてだ...オトーサンから積極的にラテに寄り添うようにしているのである(爆)。

ラテ飼育格闘日記(75)

今年も4月になって保健所と行きつけの動物病院から狂犬病予防注射の通知がきた。昨年も同時期に早々と予防注射と健康診断をやったので、今年も予約を入れ、4月26日(土曜日)にラテを病院に連れて行った。 


今年も狂犬病予防注射の季節となった。昨年は予防注射をすると共にフィラリア検査および健康診断をした。その際、実際問題としては心配することはないだろうとの医者の判断だったが、幼児期に野良犬をやっていたからか(笑)、CPKとALPの値がかなり高くオトーサンたちを心配させた。ともかくワンコの成長は人間の4倍も早く、万一の場合は病気の進行も早いケースもあるので年一回の健康診断は重要なのである。 

土曜日当日、朝の散歩の後で再び家を出て動物病院に向かった。このパターンはこれまでにも数回あったからラテは薄々どこに行くかを感じている様子でリードの引きが強く寄り道も多い(笑)。 
動物病院のドアは抵抗なく入ったものの、一旦中に入ってからラテは少し慌てている(笑)。前日に朝一番の予約を入れたので早速診察室に入り、院長の診断を受けることができた。まず体重の計測と体温を測るが、昨年の同じ時期の体重が11.96Kgで今年が16.82Kgだから、1年で約5Kg増えたことになる。 
体重についてはこれまでにも計り続けてきたし、見るからに大きくそして少し太り気味なのは分かっていた。だから体重の増加にはびっくりしないが、それによる何らかの影響...例えば血糖値やコレステロール値などが高くなっているのではないかと心配していたわけだ...。 
診察室と待合室にいる間、ワンコは勿論だが、猫やウサギなどが次々と来院して病院は大繁盛である。ラテは他のワンコなどが来ると近寄ろうとするので制御が大変だったが、吠えたりもせずにまずまず大人しかった。 

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※朝の公園で仲間のハリー(ビーグル犬)が駈けてくるのを待ち受けるラテ


健康診断は簡単な問診もあるが後ろ足から採血して調べる血液検査である。検査は結果が出るのに数日かかる安価な方法と即検査結果がわかるフルオプションとがあるが昨年同様フルオブションの検査をお願いした。ラテは採血時に暴れることなくワンとも言わなかったが、まず体温は平熱で問題なかった。 
待合室で30分ほど待った後、再び診察室に呼ばれ院長より血液検査結果の説明となったが、何だか自分の人間ドック結果を知るよりずっと緊張した気持ちになる。 
結果だが嬉しいことに昨年問題となっていたCPKとALPの値が完全に正常値に戻っていた。そしてその他の項目に関しても特に問題はないとのことで正直胸をなで下ろした...。 
その後、狂犬病予防注射をしてフィラリアの薬とフロントラインプラスというノミ・ダニ予防薬をもらって病院を後にしたが、ご承知のように予防注射をした後一日は激しい運動は避けるよう医者から注意があった。あと、シャンプーなどもしないようにするわけだが、これらは人間の予防注射時と一緒だ。場合によっては微熱が出たり体調を壊すときもあるから一日はいつも以上に注意をしてあげなければならない。 

昨年はそうでもなかったが、ラテは何となくけだるい感じで大人しくしている。食欲が落ちるということではないので安心していたが、夕方の散歩時間になってもいつものように要求吠えがない。リードを見せてもまったく乗ってこないのだ。 
オトーサンは「ラッキー!」と声を出してラテに頬ずりをした。そして無論夕方の散歩は中止となった。オトーサンが行きたくないのではなくラテが嫌だというのだから、それは尊重しなければなるまい(笑)。 

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※最近は日が長くなったとはいえ、夕方の散歩は帰る頃になるとさすがに薄暗くなってくる


ところで今回の健康診断で心配したのは前記したCPKとALPの値だけではなく体重が大きく増えたことだ。我が家に来た推定6ヶ月のときの体重が9.3Kgだったが、そのとき医者に「足がしっかりしているからこの子はまだまだ大きくなりますよ」と言われただけでなく、胸部分を触るとあばら骨が目立つから、餌を少し多い目にするようにも指導された。しかし昨年9月にはすでに15.34Kgになり、今年の1月には15.9Kgと増え続けたのである。 
公園で会う多くの飼い主さんたちからは「うちの○○は○Kg減りました」といった嬉しそうな声が耳に入る(笑)。やはりどのワンコも体重管理には気苦労されているようで、「○○メーカーの餌は良い」とか「野菜中心の食事に変えた」といった話が飛び交っている。しかしラテは体重管理用の餌に変えてからも増え続け16Kg後半までになった。仲間の多くのワンコたちが減量に成功している中、ラテは一人...いや一匹だけ流行に取り残されたような心境である(笑)。 
オトーサンは「この夏はセパレートの水着は着れないなあ...」と冗談をいいつつ、太り気味なのはともかくそれが内臓疾患やら病気の元になってはいけないと気になっていたわけだ。 

しかしである。そもそもラテは太っているのだろうか? 
ラテは確かに痩せてはいないが、身体を触ると余分な肉がぶよぶよと付いているわけでもないのである。まず肋骨すなわち胸回りがとても太くなったし首も太くなった。第一襟元から尻尾の根元までの長さも1年前と比較にならないくらい大きくなり、測ってみると64cmほどになっている。そしてお尻も大きくなったし足も一段と太くなった。大きくなれば当然体重も増えるだろう...。 
欲目なのだろうが、上から見てもまだウエストのくびれはあるし、横から見るとなかなかのナイスバディである(笑)。だからこの体重あたりをキープする努力をすれば「ま、いいか...」と思っている。何よりも健康診断の結果が問題なかったのは嬉しかった。思わず帰宅してから重いラテを抱っこしてしまったほどだ。 

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※5月3日撮影のラテ。どうです...ナイスバディでしょ(笑)


翌日いつもの公園に出向くと「ラテちゃん健康診断どうだった?」という声をいただいた。 
オトーサンは「お陰様で問題はありませんでした。健康なデブでした!」というと、ひととき笑い声が響いた。ラテは知ってか知らずか、芝生の草を咥えていた頭をこちらに向けた...。笑顔だった。

1985年のスーパーボウルで配布されたAppleシートクッション

いま私の手元に大きな6色アップルロゴがプリントされたクッションがある。クッションとしては安っぽい代物だが、これこそ1985年1月20日のスーパーボウル開催にあたり、Appleが広告宣伝を目的としてスタンフォードスタジアムすべての観客席に置いた伝説のクッションなのである。 


スーパーボウルと聞いて1984年のAppleコマーシャルを思い出すことのできる人はアップル通に違いない。 
1984年1月22日にタンパスタジアムでAppleはあの”1984”を放映して大絶賛された。この時の60秒のコマーシャルは全米9,600万人の視聴者に向けられたもので、いまでもAppleの最高傑作のCMとして様々な場で紹介されているあのコマーシャルである。 



このコマーシャルについてはすでに伝説化され、事実とはいささか違った受け取られ方をしているようだが、その製作のいきさつについてはオーウェン・W・リンツメイヤー+林信行著「アップル・コンフィデンシャル 2.5J」(アスペクト刊)の上巻に詳しいので興味のある方は参考にされたい。ともかくこのコマーシャルは大成功を収め、多くの賞を受賞しただけでなくAppleとMacintoshという名を知らしめるためにその役割を期待以上に果たしたのである。 

翌年これに気をよくしたAppleはMacintosh Officeのキャンペーンにあたり、前作同様にリドリー・スコット監督を起用すべく働いたがスケジュールの都合が付かずに兄弟のトニー・スコットに製作を依頼してできあがったのが「レミングス」というコマーシャルだった。Appleは昨年同様膨大な広告費をかけ、スタンフォードスタジアムに巨大スクリーンを設置しただけでなく、座り心地が悪いことで知られていた85,500もの座席すべてにAppleロゴをプリントしたシートクッションを配置した。 

勿論試合の当日スティーブ・ジョブズとジョン・スカリーは最前列で観戦したが、Appleの期待に反してコマーシャルは不評でありキャンペーンは失敗と評価された。確かに「レミングス」は暗い印象ばかりが目立つもので、「1984」のように未来に対して期待を持たせるあるいは開放感という印象は薄いものだった。 

実はいま私の手元にあるこのシートクッションは、その1985年1月20日にスタンフォードスタジアムで配られた内の一枚なのである。さすがに些か変色や一部にはシミも見られるが、まだまだ綺麗である。 

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クッションカバー材質はポリエステル製で中のクッションはポリウレタンだが共に不燃処理されているようだ。サイズは330mm×330mmで厚さは約40mmある。それ自体は大したものではないが、問題は片面に大きな6色のAppleロゴがプリントされており、もう片面には「Super Bowl XIX/Stanford Stadium・Stanford, California・January 20, 1985」の記載と「1984 NFL」というCopyrightがプリントされている。またAppleロゴの面には「27」とナンバーが記されているシールが付いているが、これがシートナンバーなのだろう。 
そしてシートに固定するために約60cmのマジックテープ付きストラップとロゴ正面から見て上部には取っ手がついている。 

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23年前のスーパーボウル開幕にあたり、スタンフォードスタジアムの”27”番シートに座ったのはさてどのような人なのだろうか。無論現在までこのクッションが無傷で残っていたのはそこにAppleロゴが配されていたからに他ならない。他の企業のものなら申し上げるまでもなく当日に廃棄されたことに違いない。 
私はフットボールに関心がないため、1985年にどのような試合があったかはまったく知らないでいた。しかしちょっと調べてみると1985年1月20日の試合は第19回のスーパーボウルでSan Francisco 49ersがMiami Dolphinsを38対16で破っている。そしてABC放送により試合はテレビ中継されたということがわかった。 
なお、フリー百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)」によれば、スーパーボウルのチケットはほとんど入手困難であり、経済効果も莫大なだけに毎年チケット取得をめぐって様々な話題を提供しているようだが、テレビ中継されるそのコマーシャル枠の価格は世界で最も高価で、大手企業が大金を惜しみなくつぎ込むことでも知られているようだ。そしてその契機になったのはあのAppleの”1984”だっというから愉快ではないか。

ラテ飼育格闘日記(74)

毎日ラテとの散歩で多くのワンコとすれ違う。近隣にある一番大きな公園には時に新入りの公園デビュー犬もいるので楽しみなのだ。しかし目にするワンコたちの中には過酷な運命に見舞われたワンコもいる。 


先日はこれまで見たことがなかった生後6ヶ月だというアラスカン・マラミュートが飼い主のご夫婦に連れられてきた。6ヶ月だというのにすでにラテより一回りも大きいが、その行動はまさしく子犬のそれであり大変可愛いのである。そこにいた幾多のワンコやその飼い主たちに囲まれていささか興奮気味だったが、早くも先輩格のワンコに脅かされたりしてお腹を見せている姿は他人のワンコであっても何とも愛おしい。 
ともかく、そこに集まるワンコたちはそれぞれ相性があったりして喧嘩もするが皆幸せなワンコたちである。何故なら申し上げるまでもないが、飼い主自ら手間をかけ時間をかけて散歩に連れ出すわけであり、一目で愛されてることが分かるワンコたちだからだ。 
体調を壊してワゴンに乗ったまま公園に来るワンコもいるし、加齢のために足腰が弱ってよたよたしながらも飼い主に大切にされているワンコたちを見るとこちらも幸せな気分になってくる。 

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※お預けをくった大好きな縫いぐるみを見つめるラテ


飼い主のいうことを聞かないからと立木に繋がれているワンコ、お座りをしながらお母さんに叱られているワンコ、小さな子供を追いかけて泣かしてしまったので抱っこされて怒られているワンコ...などなど。しかしどのワンコも飼い主や周りの仲間たちに間違いなく愛され可愛がられていて微笑ましい。 
ラテも仲間のワンコと遊びながらもそつなくお馴染みの飼い主さんたちに迫り愛想を振りまき、時にはオヤツをいただいたりする。自分を可愛がってくれる人たちはしっかりと覚えているからだろうが、そうした人たちの足元に滑り込み、ちゃっかりと撫でてもらっている。何かその様はまるで愛情に飢えているかのようだが(笑)、可愛がっていただけることは本当にありがたいことである。 
そして人との付き合いと同じく、相手を認めることの最初は名前を覚えることだ。ラテは雑種だということもあり外見もオンリーワンであり、似たようなワンコは近隣で会ったことがない。したがってありがたいことに直接遊ばないワンコの飼い主さんたちにも「ラテちゃん」と名前を呼んでいただくことも多い。無論オトーサンも他のワンコたちの名前を覚えようと努力をしているが、ダックスフンドとかテリア系のワンコたちはとても外見が似ていることもあり見分けがつかない...。そして集まる数も多いので判別は難しく名前を間違えたりと失礼することも多い。 

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※真面目な表情をすると随分と大人びた感じがする


さて、先日もお馴染みのワンコたちが集まっていた夕刻、黒いラブラドール・レトリーバーを連れた飼い主さんが公園に入ってきた。ふとラテをはじめ数匹のワンコがそちらに注目し、短い吠え声を上げるワンコもいた。見るとラブラドール・レトリーバーとは別に小さな、実に小さなワンコがリードに引きずられながら歩いてくる。 
オトーサンは犬種の見立てに自信はないのでよく分からなかったが、どうやらペットカットされたヨークシャー・テリアのようである。集まっているワンコたちも新顔のワンコが来るとそれまでの遊びを止めてそのワンコのところに集まるものだし我々飼い主も興味を持って挨拶するのを常としているが、まあまあまるで電池で動く縫いぐるみのオモチャみたいに小さい。黒ラブちゃんは初めてではないが、その小さなワンコは間違いなく初お目見えであった。 

リードに引かれたワンコは一見元気一杯のようにも見えたが、大きなワンコたちに囲まれて些か怖がっているようで尻尾も下がっているし、人慣れもしていないようで吠え続けている。また少し震えているようにも思えた。しかしお話しを聞いた瞬間こちらの心が震える思いをした。なぜなら連れてこられた方の済むマンションに捨てられていたというからだ。聞けばこの子は5歳くらいにはなっているらしい...。 
そのマンションは去年完成した新築マンションで、ワンコと一緒に住むことをはじめから考えて設計されたマンションだった。それを知って誰かが拾って育ててくれるだろうと思ったのだろうか、別途もう一匹12歳ほどのテリアも一緒に置かれていたらしい。 

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※捨てられていた2匹のワンコ。手前のワンコが5歳でより小さな奥のワンコが12歳だという。共に近づく人間やワンコに対して吠え続ける


捨てた人にとっては事情があったのだろうが、何とか飼い主の責任をまっとうする他の方法を採れなかったのかと怒りがこみ上げてくる。もらってくれる人を探すことからはじめられないのだろうか...。 
ワンコの犬種や性格、そしてそれまでの経緯で随分と違ってくるとは思うが、飼い犬にとって飼い主は神以上の存在であるという。その飼い主から裏切られ放棄されたワンコがどのような気持ちでいるのかを考えると一愛犬家として震えが来る...。 
最愛の飼い主と別れた後、ワンコの中には人格ならぬ犬格ががらりと変わり、穏和だったのが凶暴になり餌もろくに食べなくなるのもいるようだ。事実その2匹のワンコを見ていると人間不信の固まりみたいで人にも他のワンコにも吠え続けてすぐには心を開く感じではない。 
保護されたご夫婦いわく、どうやら虐待されていたようでもあり、そもそも散歩に連れ出してもらったことがないようだ。何故なら近くの公園を少し歩くだけで肉球から出血したという。 
その小さな2匹のワンコを見ていると2匹は一緒の飼い主のところにいたように思えてくる。ともかく捨て犬だからと保健所に持ち込めばまずほとんどが早々に殺されてしまう。それを知っているからとはいえ何とか2匹のワンコが生きていけるようにとあれこれ努力をされている若いご夫婦に頭が下がる。 

そばにいたある飼い主さんは「犬って捨てられるくらいなら殺してもらいたいと思うほど飼い主絶対だというからねぇ...」とため息をつかれた。 
生後2ヶ月とか3ヶ月で捨てられ、あるいは親犬とはぐれたのか...野良犬になっていたところを保護されたラテの里親として、オトーサンはなんとも言えない重い気持ちになった。推定5歳のワンコと12歳のワンコはこの先なんとか穏やかな日々を過ごして欲しいと影ながら祈るばかりだ。 
可愛いというだけでワンコを飼ってはいけない。そして飼ったら絶対...決して捨ててはいけない...。 

我々のただならぬ様子を感じ、心配そうに寄り添ってきたラテをオトーサンはそっと抱きしめた。

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Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員