ラテ飼育格闘日記(99)

どちらかというとワンコ付き合いのよい方ではない...かも知れない...ラテもありがたいことにいつもの公園に行けば馴染みの友達たちに会える。お互いに気分屋なのでいつも駆けずり回るわけではないが、身体を動かした後はやはり満足そうだし、なによりもよく眠る。 


今日の夕方の散歩もなかなか賑やかだった...というよりラテも含めてワンコ同士のちょっとしたいざこざもあるし、日が落ちて見通しが利かなくなるとワンコも吠える機会が多くなるようだ。 
ラテは人間に対しては驚くほど友好的である。無論知らない人がいきなり手をかざすような場合は吠えまくるが、基本的に人好きなワンコだと思う。 
特に子供は大好きで下校の小学生たちと出会うと嬉しくて仕方がないという態度で近づく。ただし皆が皆ワンコを好きだと言うわけでもないから「怖~い」とか「オオカミだぁ」などと逃げられると本当に悲しそうに「クーン」と鳴いたり、場合によってはばつの悪そうな表情をする。 
ただしこれがワンコ同士となるとなかなか難しい(笑)。 

公園でよくお会いするワンコたちを紹介してみると、まずはラテ最愛のMIX犬マキちゃんとビーグル犬のハリーちゃん、そしてコーギー犬のアポロちゃんとコーちゃんならびにシンちゃん、そしてプリンちゃんなどがいる。 
また柴犬としてはクロちゃん、ハチちゃん、ポン吉ちゃんらが、そしてボーダコリーのボーちゃんとレオンちゃん、ダックスフンドのダリちゃんとロッキーちゃん、パピヨンの小太郎ちゃん、ボストン・テリアのボビーちゃん、ジャーマン・シェパードのマリアちゃんとサラちゃん、さらに最近はなかなか会えないがゴールデンレトリーバーのソレちゃんとヒナたちゃんたちである。 
無論その他にも沢山のワンコたちが一堂に会すこともあるものの、相性や小型犬と中型犬以上といったことを考慮し、自然に広い公園の場所を変えて集まっている。 
しかし...よくもまあこれだけ名前を覚えたものだ...ふ~っ(笑)。 

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※雨上がりの朝、橋の欄干から河川に群がる鳥たちを眺めるラテ


これらのワンコたちの中でラテが一目おいているワンコはごく少数である。 
マキちゃん、ハリーちゃん、アポロちゃん、プリンちゃんぐらいだ...。このうちコーギーのプリンちゃんはラテが公園デビューしたときからの大先輩格なので一対一で遊んだこともなく、プリンちゃんが直進してくるような場合、ラテは道を空ける(笑)。 
ワンコとして大好きなのはマキちゃんで、まとわりつき機会があればその口元に鼻先を突き入れようとするが一緒に駆けたり取っ組み合って遊ぶことはほとんどない。ただただ一緒にいたいといった感じなのだ。 
その時々にもよるが取っ組み合って遊ぶワンコはビーグルのハリーちゃん、コーギーのアポロちゃんとコーちゃん、ボーダーコリーのボーちゃん、次に柴のクロちゃんとダックスフンドのダリちゃん、そしてゴールデンレトリーバーのヒナちゃんくらいなものだろうか。 
特に激しい格闘をするのはハリーちゃんとであり、思わずラテは声を上げながら格闘することもある。 
コーギーのアポロちゃんともよく駆けたり組んずほぐれつの遊びをするが、ラテはアポロちゃんに対してはすべてを譲る姿勢を示す。オヤツで威嚇することもないし、ラテがペットボトルから水を飲んでいるときにアポロちゃんが割り込むと大人しくその席を譲るのだ。ハリーちゃんとかマキちゃんたちでさえ同じ場面だと一緒に水を飲むラテだがアポロちゃんの場合は「どうぞお先に」ということらしい。 
しかし別にアポロちゃんから威嚇されたわけでもなし、こうした順位がどうしてできあがるのか分からないが、なるべくトラブルを起こさないようにとのワンコたちの術なのだろう。だからオトーサンはアポロちゃんを「公園の王子様」と呼んでいる(笑)。 

ともかくハリーちゃんとかアポロちゃんあるいはコーちゃんらと激しい取っ組み合いができるのは相性がよいことが一番だとしても飼い主さんたちがワンコをよく理解しそれを許しているからだといえる。 
こうした激しい遊びは一見本気で喧嘩し、噛み合っているように見えるほどだから多くの飼い主さんたちは愛犬が心配ですぐに止めさせてしまうことが多い。しかしたとえラテがハリーちゃんの後ろ足を噛んで引っ張っているように見えても、反対にハリーちゃんがラテの首に噛みついてぶら下がっていたとしても彼ら彼女らは本気で喧嘩をしているわけではないのだ。 
お互いにもし本当に痛ければ鳴き声を上げるだろうし、そもそも大概はワンコ同士それなりに犬社会のルールを守っているわけだ。 

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※室内のボール遊びもわざわざ狭い場所を選んで通り抜けようとする。ラテにとって椅子も遊具のひとつなのかも...


ラテもこうした仲間がいることは幸せである。しかし一通り好き嫌いのワンコを確認してみると面白いことに気がつく。 
それは雌犬のラテが喧嘩の心配がなく遊べるワンコ、すなわちマキちゃん、ハリーちゃん、アポロちゃん、クロちゃん、ポン吉ちゃん、コーちゃん、そしてボーちゃんは雄犬なのだ。いや...前記の中だけに限ればゴールデンレトリーバーのヒナちゃんだけは雌だが後は皆雄なのだ。 
こうした性別による相性はよくある話と聞いているが、難しいのが人間世界と同様に初対面のときである(笑)。 
例えば2匹のワンコが近づいたとき、ラテが「ワンワンワン」と吠えたとする。しかし吠えたからといって「これは相性が悪い」と簡単に引き離してしまうと友達になる可能性を飼い主が奪ってしまうことにもなりかねない。なぜなら吠えたから即嫌い...喧嘩してやるぞ...とは限らないからだ。興味があるので近づきたいという意味合いの「ワンワン!」もあるからだ。

前記のワンコたちの中で例えばコーギーのコーちゃんは比較的最近友達になったワンコである。とにかくもの凄いパワーと物怖じしない性格だからどのワンコのところに入り込み遊びたいことを身体全体で表す。だから王子様のアポロちゃんでさえタジタジになるときもある。 
そのコーちゃんが公園デビューしたときラテは威嚇しコーちゃんを近づけなかった。しかしコーちゃんの方は威嚇されても脅かされても機会があると近づいてくるがラテはその度に吠えたり唸ったりを繰り返したのでオトーサンは「これはダメかな」と思ったほどだ。 
コーちゃんは同じコーギーのアポロちゃんとよく遊び、アポロちゃんに一目おいているラテとしてはどうしてもコーちゃんと近づく機会が多くなる...。 
アポロちゃんとコーちゃんが取っ組み合っているときに、ラテはアポロちゃん目当てに突っ込んでいく日が続いたが、そのうちコーちゃんの存在が気にならなくなったように思えたある日、鼻先をくっつけ合ってペロペロと舐め合うようになったいた...。 
それがどうだ...。いまではそのコーちゃんに遊びとはいえ追いかけられて逃げ惑い、疲れてオトーサンに抱っこを要求するラテである(笑)。 
だから、1度や2度のいさかいでワンコ同士を遠ざけてしまってはお互いが不幸だと思うが、そこはどうしても嫌なワンコ、合わないワンコもいるわけで申し訳ないがこればかりはオトーサンの力はまったく及ばない(笑)。 

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※公園に照明が点く頃、空は茜色に染まっていく。「ラテ、そろそろ帰ろうか!」


先日も朝の散歩で初めての柴犬と遭遇した。相手によってはいきなり飛びかかろうとする場合もあるからオトーサンはワンコが近づくとリードを短く持って注意をすると同時にラテの様子を観察する。といっても過去にも静かに近づいたから安心かな...と思った瞬間「ガウ!」と威嚇した時もあるから気を抜けない。無論ラテだけの問題でなく相手のワンコの性格も分からないわけだから大げさだが緊張の一瞬である。 
しかしオトーサンは相手のワンコと共にそのリードを持っている飼い主さんの言動を観察することで相手のワンコの様子もほぼ分かるような気がする昨今である。 
怒りっぽく切れやすい飼い主に穏和なワンコはいないと思うし、無愛想な飼い主のワンコに愛想の良いワンコは育たないと思うからだ(笑)。 
その柴犬のリードを持っている方は旦那さんを駅まで送りにきた中年の奥さんだったがお互い「おはようございます」と挨拶した後でワンコ同士を対面させた。 
ラテも軽くシッポを振っているしマズルに皺を寄せたりしていない。そして何よりも飼い主さんが笑顔でいるので安心し、いつでもリードを引けるようにしながらもラテを近づける。 
どうやら相手も遊びたい様子だしよく観察すると雄犬のようなのでリードを少し緩めた...。お互い威嚇するででもなく前足を上げて遊びたい様子を示す。 
そんな注意をしながらワンコの年齢を聞くと1歳とちょっととのこと。遊びたい盛りである。 
ほんの短い間だが、こうしてコミュニケーションを済ませたワンコは次回会った場合には少し安心していられるのだ。まあそのワンコが以前に会ったことがあるかどうかをオトーサンが記憶していればの話だが(笑)。 

そのうち、ラテ交遊の相関図でも作ってみようかと考えているオトーサンである。

これが3Dキャラクタツールの元祖だ〜Poser ver.1.0 を入手

お気に入りのソフトウェアのひとつが3Dキャラクタツール「Poser」だということは度々表明している。その最新バージョンでは写真と見紛うばかりのリアルな人物描写ができるまでになった。しかしこのPoser最初のバージョンを知る人はすでに少なくなった。今般「Poser 日本語版」ver.1.0.1を入手できたので再確認してみた。


私がPoser ver.1.0と出会ったのはサンフランシスコのMacworld Expoだった。そのユニークな仕様に興味を持ちためらわずにパッケージを購入したことを覚えているが、正直そのアプリケーションを十分に楽しんだ記憶はない。 
そうした理由からか、現在古い時代の多くのソフトウェアを保存してあり、Poserもバージョン2や3は手元にあるものの、今となっては肝心のバーション1.0を紛失してしまったらしく確認のしようもなかった...。 
そんな矢先に先般ヤフーオークションで「Poser日本語版」ver.1.0.1が出品されていたので入札したところ無事に落札することができた。 
なお、本製品はFRACTAL DESIGN社がパブリッシャーとなって1995年リリースされたものだが、日本市場ではレトラセットジャパン社から販売された。著作権表示は開発者のLarry Weinberg氏と明記されているがPoserはその後Curious Labs社、e-frontier社と権利が移り、2007年11月にSmmith Micro Software社が権利を買い現在に至っている。 

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※FRACTAL DESIGN社から1995年にリリースされたPoser 日本語版(ver.1.0.1)


あらためて1995年リリース当時の「Poser ver.1.0」を眺めてみるとソフトウェアの進化というものの凄さとテクノロジーの進歩に唸らざるを得ない。 
そうそう...まずは「Poser ver.1.0」を起動できるマシンを用意するのが正直面倒だった(笑)。 
パッケージはフロッピーディスクが3枚組となっている。そしてアプリケーションはPowerMacでも動作するはずなのでまずは手近のシェル型iBook(Mac OS 9)にインストールしてみたがシステムが新しすぎてアプリは起動しない。仕方がないので棚の奥にあるColor Classicを取り出してみたが、こういう時に限ってマシンが起動しないのである...。 


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※Poser 日本語版(ver.1.0.1)のアバウト画面


やむを得ず、一番奥にあるMacintosh IIfxとApple純正13インチカラーモニタまで取り出さなければならないはめになった。このMacintosh IIfxには漢字Talk 7.1がインストールしてあるはずなのでソフトウェアの要求に適合するわけだが問題はこれまたマシンが起動するか心配。しかし一発で起動し幸い 
「Poser ver.1.0」も問題なく起動できた。 


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※今回Poser 日本語版(ver.1.0.1)の起動に使用したMacintosh IIfx


さて、「Poser ver.1.0」の仕様は現在のPoser 7などから想像することができないほどシンプルというよりチープで「これで何をしようとするか?」と思うほどのものだ。 
何とか画面上に人間の形状(男性と女性)を置き、ポーズを付けライティングとカメラワークを決めてレンダリングするといったステップにPoserらしさを感じるものの13年の月日とその間のテクノロジーの進化を思わずにはいられない。 


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※Poser 日本語版(ver.1.0.1)の基本画面(上)とレンダリング後のイメージ(下)


しかし、もともとこのPoserはその命名のとおり「ポーズを的確に捉えるためのツール」として開発されたものであり、最初から現在のような超リアルなキャラクタやオブジェクトを交えたシーンを創り出すことを考えていたわけではないのである。 
「Poser 6」のマニュアル冒頭に開発者のLarry Weinberg氏は、木製のマネキン人形の代わりにとPoserを考え出したと書いている。 
Larry Weinberg氏はイラストレーターとなり巨匠たちのような絵を描きたいと思っていたが、複雑なポーズを思い浮かべることができなかったからだという。そしてどのようなアーティストでもすぐに使え、簡単にポーズをとらせることができるような簡単なビジュアライゼーションツールを望んだのが開発のきっかけとなった。 


したがって最初のPoserはあくまで正確なポーズを描くために開発されたためであり、まさしく木製ポーズ人形のデジタル版であったわけで、なにしろ人間の姿をきちんと描写することは易しいことではないからこれはこれであたらしいことが好きなユーザーの心を捉えたことは間違いない。 
とはいえキャラクタには髪の毛もなければ衣装を付けることもサポートされていなかった。勿論アニメーション機能などは思いもよらなかった。 
そもそも3Dキャラクタを作るというより人体の簡易モデリングツールであったことが伺える。 
パッケージの記されているコンセプトの中に「...手描き風の作品のための下絵として...」と紹介されていることでも当時このソフトウェアに求められたあれこれが想像できるだろう。 
無論テクスチャマップを工夫してレンダリングし、それをPhotoshopで写真に合成してレタッチの上で髪や服装を描けば遠景でうごめく多くの人間たちを表現することくらいはできたわけだ。 

私自身、アップデートする度にPoserを手に入れてきたものの本格的に使う気になったのはPoser 6になってからだ。しかしその後Poser自身は最新版のPoser 7に至るまで目立つほど大きな変化はしていない。逆にキャラクタ側のオブジェクト自身、アニメーションへの利用を含んでかその筋肉の動きがより自然になったり、髙精細なテクスチャのおかげもあって写真のような表現力を持つまでになった。 
Poserが今後、よりよい形で生き残り進化を続けていくとすれば、そのヒントの一旦はバージョン1.0から現在までの移り変わりに隠されているように思う。そして今後は何よりもユーザーのニーズを的確に捉えバージョンアップが続けられることを期待したいが、さて次のバージョンがあるにしても日本語化の問題はどうなるのか...をはじめ、コンセプトの方向性などなど一抹の不安が拭えない。


ラテ飼育格闘日記(98)

ラテにとって今年も混合ワクチン接種の時期になった。昨年の接種は9月末だったので連休を利用し土曜日にラテを病院に連れて行った。しかし天気は生憎の雨模様となったが、ラテは早くもどこに連れて行かれるかを察知したようでリードを引く力が強くなる。 


狂犬病の予防接種は法律で義務づけられているが、ワクチン接種はそうではない。しかしワクチンを接種することで予防できるのなら万一でも愛犬に辛い思いをさせ、最悪の場合は命を失うことになってしまうことは避けなければならない。 
まあ、そうした点については素人判断は危険だから病院の指示に従うことにしているわけだ。 

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※どんな種なのか不明だが、毎年この時期からちらほらと桜の木々に花が咲き始める


公園などで会うお仲間の人たちの話しに耳を傾けるとこの混合型予防ワクチンにも「5種混合」とか「8種混合」といったいくつか種類があるらしく、動物病院によって指示が違うことがわかった。 
しかしなぜ病院によって違うのか、その理由がよく分からなかったが今回ある程度納得いく知識が得られた...。 
例えば「5種混合」が予防する病気は「犬ジステンパー」「犬伝染性肝炎」「犬アデノウィルス(2型)感染症」「犬パラインフルエンザ」そして「犬パルボウィルス感染症」という5種類の病気を予防するためのワクチンで「6種混合」だとこれに「犬コロナウィルス感染症」が加わり、「8種混合」だとさらに「犬レプトスピラ病/黄疸出血型」と「犬レプトスピラ病/カニコーラ型」予防が加わることになる。 
そういえば「ジステンパー」といった病気が話題に上ることも少なくなったが、もし発病したら死亡率が90%以上という大変怖い病気らしい。このジステンパーウィルスにやられると数日の潜伏期間の後、鼻水や目やにが目立ってきて肺炎などの二次感染を引き起こす...。ウィルスが脳神経細胞とか脊髄などに侵入し、チックとよばれる手足や顔の筋肉が小刻みに動く発作が出て立つことも出来なくなってしまうという。 
ともかく発症したら犬ジステンパーそのものを退治する有効な治療法がないだけに、ワクチンによる予防が重要なのだ。それにワクチンとて感染を100%予防するものではないらしい...。実に恐ろしい病気なのだ。

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※リビングにオトーサンが顔を出すとお腹を出して甘えるラテ


さて、ラテが通っている病院はこれまでの印象だと総じてきちんとした対応をしてくれるしいわゆるボッタクリの病院ではない。会計も明朗だし説明もきちんとしてくれる。 
今回朝一番の時間帯を予約して病院に連れて行ったわけだが、対応してくれた若い男性の医師は「関西方面にワンちゃんと一緒に旅行されますか?」という質問を機会に何故5種混合なのかを説明してくれた...。 
それによれば関東から北に済むワンコであれば5種混合ワクチンでよいとのことなのだ。なぜなら5種以外の6種とか8種といったワクチンが予防する病気は関東までなら発症しないからだという。ただし例えば西日本に旅行などでワンコを連れて行き、そこで感染したネズミの糞などを食べたり...といったことで感染するケースや、西日本にいたワンコが飼い主の転勤などで関東や東北に引っ越してくるときすでにそうした病気に感染していた場合はえらいことになるらしい。 
残念ながら旅行の予定はまったくないことを告げると、そうであれば5種で十分だとの説明。そして混合の種類が多くなるともともと劇薬の部類に入る強い薬品だそうだから、混合種が多くなるとワンコの身体にも負担が大きくなるらしい。だからできるだけ5種で済むならそれで良いといった説明があった。 

しかし以前に他の飼い主さんたちとこの話しになったとき、こうした明快な理由を知った上で愛犬に6種とか8種混合ワクチンを接種した方は少ない印象があった...。 
「なぜ病院によって違うのか」を疑問に思っていたわけだが、ひとつには前記したようにワンコと共に旅行するとか実家が西日本にあり連れて行く可能性のあるワンコには6種とか場合によっては8種といったワクチンが必要になるわけで、疑問が解消した。 
ただし、そうした理由を飼い主さんたちが認識していないとすれば、中には5種で済むところを8種混合ワクチンを打ち、費用もそれだけ高く取られるといった不届きな動物病院もあるのかも知れないと思った。 

さて、人間の予防接種もそうだが微熱があったり具合が悪いときには打ってはいけない。ワンコも同じなので体重を量った後に体温と聴診器による問診、そして耳や目を診察してくれた上での接種となった。 
ラテは家を出た当初から「これは普通の散歩ではない」ことを察知したようで、所々で足を踏ん張ったり来た道を戻ろうとしたりと明らかに行きたくない意志を示し始める。 
何とか動物病院に入るが、そわそわと落ち着かない。だから担当医が「ラテちゃん、お顔をみせてください」といっても視線を合わせようとせず、その大きな身体でオトーサンにしがみついてくる。ただし吠えたり唸ったりはしないから対応は比較的楽なのだが...。 

ところでワクチンは無事に接種したが、問題はラテの体重がまた少し増えていたことだ。医師からこれ以上太らせないように...という指示もあった。 
「後2キロほど減量するといいですね」と...。 
若い医師はラテの脇腹を触りながら「こうしてあばら骨が触れるようになってください」などという。 
オトーサンは自分の子供のような若い医師にせめられているようで...ラテの体重が過重になっていることを知っているだけにその物言いが面白くない(笑)。 
「そんなこと、わかってるわい!」と心の中で呟きながら抱きついてくるラテの重みを受け止めていたオトーサンであった。 
今のところは健康なデブで済んでいるが、これ以上太ると足腰にも負担がかかるとのこと。オトーサンは「デブのラテ」「ラテ、おまえデブだってさ...」などと呟きながら岐路についた...。 

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※オヤツを見せると指示していないのにお手を繰り出す(笑)


問題は肥満の原因である。ひとつには避妊手術をしているため、ホルモン云々の影響で太りやすい体質になっているらしい。そして最大の原因は朝晩の主食はかなりカロリーを押さえたメニューになってはいるものの、我々人間用の食材を与えてしまうことだろう...。 
まあ、言い訳でしかないが狭い部屋に一緒に住んでいるわけで、我々が焼き鳥やアイスクリームを食べればラテが欲しがるのは当然である。 
とはいえラテは飛びついてきたり、吠えたりして欲しいことをあからさまには要求しないのである。 
最高の笑顔を作り「オトーサンたちがそれをアタシにくれないはずはない」という信頼と確信を持った瞳で見つめることが最大の武器なのだ(笑)。これには抗いきれず、ついつい上げてしまうのだ。 
それは例え量的に少なくても、ラテはオトーサンたちと一緒の物を食べたという満足感なのだろうか、幸せそうな表情をするから甘くなってしまう...。 
これらを押さえれば減量の効果は出てくるものと思うので努力をしなければならない。無論努力するのはラテではなくオトーサンなのだ! 

数日後、夏でもないのにラテが朝食を食べない...。特にメニューが変わったわけではないし体調が悪いようにも思えないのに...。 
オトーサンが「デブのラテ!」なんてはやしたてたから年頃のラテとしては気にしたのかも知れない(笑)。 
難しい年頃なのである...。

ラテ飼育格闘日記(97)

オトーサンはワンコを飼うという経験はラテが初めてである。したがって他のワンコとの比較をしたくても毎日公園などで会う仲間のワンコたちや多くの書籍などで読む事例から推察するしかない。しかし我が家に来て2年近くになるが幸いなことに...彼女の育て方はまずまず成功したのではないかと思っている。 


大型書店にいき、犬の飼い方といった類の本を眺めれば多くの飼い主の方々がその存在を愛しながらも困っていることが多いことに気づく。 
どんなことに悩んでいるかをちょっと列記すれば、強いリードの引き、拾い食い、噛み癖、吠え声、トイレの問題、エサの好み、分離不安、音に対する脅えなどなど枚挙にいとまもないくらい沢山出てくる。 
それはそれだけ悩んでいる人たちが多いことを示す良い証拠ともいえる。 
その上、病気はもとより今後は我々人間と同様に高齢化の問題も無視するわけにはいかない。 

こうした様々な問題を理由に飼育放棄に至るケースは残念なことに大変多いという。そして安易とも思えるペット=ファッションといった感覚でワンコを飼う人たちも多いことがその根底にあるらしい。 
「こんなはずではなかった」ということで一緒に生活していたワンコを保健所に持ち込んだり、捨てたりする飼い主は後を絶たない。まあ、もしかしたらラテもそうした被害者の一匹だったかも知れないのだが...。 
いま、空前のペットブームだと聞くが、単に可愛いからとか縫いぐるみ感覚でワンコを飼うという無責任なことはやるべきではない。それこそワンコにとって生き死にの問題であり、動物の命だからといって決して軽んじてはならない。 
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※朝日の降り注ぐ中をラテと歩くのは素晴らしい体験だ


私自身も今振り返ればほとんど予備知識無しでラテを向かい入れた。無論相手は生き物であり後戻りはできないという覚悟はあったが、正直ワンコとの生活がこれほど楽しくもまた体力的問題や時間を取られることなどは考えていた以上だった。 
だからラテが我が家に来てこの年末で丸2年を迎えるが、当初は「これはえらいことを選択してしまった」と思ったものの現状を冷静に振り返って見てると、その育て方はまずまず成功したのではないかと思っている。 

とにかく相手はロボットや縫いぐるみではないからこちらの思うようにはいかないのである。そして当初は何を考え何を欲しているのかもなかなか分からないから意思疎通の喜びも味わえない...。さらに育て方が間違ったからといって簡単にリセットしたりやり直すことはできないからプレッシャーがかかってくる...。 
本当のところ、ワンコたちは喋れないだけで日々...いや、寝ているとき以外は飼い主の言動を観察して私たちの性格や行動パターンを恐ろしいほどに学習しいることに気づかされるのはしばらく経ってからとなる...。 
それに比べて我々飼い主たちはいかに愛犬のことを知ることができないでいるか...というギャップが前記したいろいろなトラブルの要因になっていくように思われる。 
オトーサンも2年近くもの歳月、大げさでなく彼女の生き様を体現しながら毎日を過ごしていると思い知らされることが本当に多いことに気づく...。 
言い方を変えるなら、この歳になってわんこ一匹上手に飼うことがいかに難しいかを実感させられると共に、ラテの言動はまさしく私の心理状態を映し出す合わせ鏡のように思えて驚きを感じることがある。 

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※お気に入りのボールを狙う嬉しそうな顔のラテ


さて、仕方のないこととはいえ我々は人間の理窟、感性でワンコと対峙してしまいがちだが、ワンコは無論人間ではない。 
ではワンコは人類ではないしその思考回路もまったく違うかというとそんなことはない。そこがワンコが人類に好まれペットの代表格になった理由があるのだろうが、実に人間的な感覚を持っていることに驚かされる。 
なにしろ知能がかなり高いことは明白だし喜怒哀楽はかなりストレートに表現するから、嬉しいときの表情は勿論だが眠そうな顔とつまらなそうな顔などなどは人間と同じように認識できる。しかし言葉を発してくれないから、何を考え何を言おうとしているのかを大体でも理解できるまでには時間がかかるし、かなりの努力を必要とする。それに人間側の理窟のみで勝手な判断をしては本当の意味で意思の疎通は難しくなる...。

例えば吠え方にもいろいろあるが、それだけでラテが何を言おうとしているのかを理解するのは正直難しいかも知れない。しかしその吠えている場所とワンコのボディランゲージ、すなわち顔の向ける方向や動作・態度で何を訴えているかは分かるようになってくるものだ。 
具体的にオトーサンはオシッコをしたことを知らせる、飲み水が無くなった、ボール遊びがしたい、オヤツが欲しい、散歩に行きたい、遊んで欲しい、抱っこして欲しいなどなどのメッセージはほぼ理解できるようになったと思っている。 
それらを知りながら無視を続けるとラテは吠えるだけではなく実力行使に入るのだから面白い。 
一例を挙げると、オトーサンがマッサージチェアに座ってタオルケットをかけ、仮眠しているとする。オトーサンにかまって欲しくなったラテは吠えはじめるがオトーサンは寝たふりを続ける...。 
しばらく吠え続けたラテはこのままだとらちがあかないと判断したのかタオルケットを引っ張って剥いでしまうのだ。 
それでもオトーサンが知らん顔して寝たふりをしていると今度は靴下を脱がしにかかるのだ(笑)。いやはや、その上手なこと...。 
靴下はルーズに履いているわけではないが、ラテはオトーサンの指先を噛まないように注意をしながら前歯で少しずつ靴下の先端を引っ張って延ばし、しっかりと咥えられるようになるとそのまま勢いよく引っ張るのである。 
その力はかなり強いとはいえ引っ張る角度によっては靴下が踵にひっかかってなかなか脱げない場合があり、それを続けると靴下は確実に破れる...。したがってオトーサンはラテの満足度を高め、靴下を守るために少し足の角度を変え、脱ぎやすくしてやるとラテはしてやったりとオトーサンの靴下でしばし遊び唾液でびしょびしょにしてしまう。 
ここまでされるとさすがに知らんぷりを続けることができなくなる。 
オトーサンはラテに向かい靴下を指さしながら「ラテ、それ頂戴!」と声をかけるとラテは嬉しそうに靴下を咥えて持ってくる。ラテにとっては有意義な遊びの一種なのだろう。 
2歳を過ぎてかなり落ち着いたこともあり、夜間に無駄吠えするでもなく、トイレもすでに場所を失敗することもない。そして当初あれほど苦労した拾い食いや噛み癖もほとんど心配しなくてよいまでになった。 
夕飯時も我々がキッチンで食事をしているとき、リビングにいるラテはオトーサンが呼ぶまでこちらに入ってこない。いつそんなことを教えたのか記憶もないのだが、事ほど左様に良い子に育った。 

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※朝の公園でボーダーコリーとオトーサンに挟まれ、逃げ腰のラテ


しかし全体的にラテは「寂しがり屋のひとり好き」といった性格を持っているようだ。これは考えようによっては飼い犬として理想的な性格なのかも知れない...。 
なぜなら飼い主を信頼しつつ遊びたいときには一緒にはしゃぐが、日常の多くは頻繁にあれこれとかまわれることはあまり好きではない...といった感じ。 
ということは放っておけばよいのだから...楽に違いない(笑)。無論「放っておく」は冗談だが、飼い主の後をベタベタと追いかけ回し、その姿が見えないからと吠え続けるといった分離不安に繋がるような心配はラテにはない。 

「ワンコの“ラテ”飼育格闘日記(88)」にコンラート・ローレンツの言葉として紹介したことがあるが、それによればワンコにはオオカミ系とジャッカル系があるとし、特にオオカミ系の血の濃いワンコは飼い主に対するその並外れた忠実さと愛着の深さにも関わらず、100%従順ではないと説明している。 
オオカミ系の血の濃いワンコは死ぬまで主人の友であるが決して奴隷にはならない。彼女・彼は主人なくして生きていけないが、確固たる自分なりの生活態度とポリシーを持っているということらしい。 
まさしくラテはこうしたワンコの類に入るように思え、基本的にはあまり手のかからないワンコといってよいのかも...。 
このことはすでにラテは精神的に自立していると見て良いのかも知れない。 
相変わらず外面はよく、散歩に出かけた公園などで他の飼い主さんたちに愛想を振りまきお腹を出したりチューをしたりするが、オトーサンに同様な甘え方をすることはほとんどないのだ。このことは少々寂しい気もするが、よくよく考えればこれがワンコとの理想的生活の姿なのかも知れない。 

ともかくオトーサンが漠然と頭に描いていたワンコの姿そのままに育ったという気がして嬉しい...。 
冒頭に「...おおむね彼女の育て方は成功した」と偉そうに記したがなんということはない。ラテの生まれ持った性格が良い形で出てきたわけで、決してオトーサンの飼育がどうのこうのという問題ではないのかも知れない。 
さあ、そろそろ夕方の散歩の時間だ。足腰は痛いが、ラテと一緒の時間を楽しんでこよう!

静かなブームとなっている「聴診器ブック」を手に入れた

書店で平積みされている面白いものが目についた。それは本物の聴診器がセットになっている「聴診器ブック」だったがいま静かなブームになっているという。そういえば内科に行けば必ずといってよいほど聴診器をあてられるが、これまで一度も本物の聴診器の音を聴いたことがない...。


聴診器を知らない人はまずいないだろうが、医者でもない限りこれを使ったことのある人は少ないはずだ。その聴診器もよくよく観察すると私らの子供の時とはデザインがかなり違っているものの、構造は相変わらずシンプルである。 
まさしく聴診器は医者のシンボルであり、これが一般の人に使われるということはまずなかった。 
この「聴診器ブック」の著者は医学博士の桐生迪介氏であり、昨年(2007年3月)の初版以来すでに7刷りと版を重ねている。 

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※日本実業出版社刊「聴診器ブック」


「聴診器ブック」には80ページほどのブックレットと共に厚生労働省から認可された一般医療機器すなわち現役の医者や看護師が使っている聴診器がセットになっている。そういえば書店には少し安価だが別途医療器具でないものも列んでいたが、「聴診器ブック」が先駆けである。 
無論この聴診器はお医者さんごっこをするためのものではない(笑)。まあ、それも楽しいかもしれないが本意は「自分で家族で健康チェック!」を目指したものなのである。 


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※「聴診器ブック」のパッケージには80ページほどの解説書が付属している


これだけ医療機器が進化した現在も聴診器というシンプルな道具が医療の最先端で使われていることは考えてみれば面白いことだ。それだけ聴診器は便利で実用的なツールなのだろう。 
それだけ便利な道具ならドクターやナースたちにだけ使わせておくのはもったいない。我々も聴診器を手に入れて自分や家族の健康管理に役立てよう...というのが本書のコンセプトなのである。 
勿論聴診器を使うのに免許はいらない。 

ところでこのシンプルな聴診器も始めから現在のような形であったわけではない。最初期のものは単耳型といい、ラッパのような形をした木製のものだったという。 
これは1816年、フランスの医師ルネ・ラエネクが子供が木の棒に耳を当てて遊んでいたのをヒントに考え出したというのが定説になっている。そして1850年代になって現在のように音を拾う箇所にチューブをつないで両耳で聴くようなスタイルが考え出された。 
この音を拾う先端箇所をチェストピースというが、そういえば私が子供の頃のチェストピースはベル型だったから、現在に至るまで改良が続いてきたわけだ。なぜならベル型そのままだと低音域が目立ってしまうからだそうで、呼吸音、心音、心雑音、血管雑音などを聴きやすくするため100Hz以下の低周波数をカットする膜をつけた膜型聴診器が考案された。 
本書に付属のものもその膜型聴診器で振動板はガラスエポキシでできている。 

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※「聴診器ブック」に同梱されている本物(医療機器)の聴診器


なにはともあれ、この聴診器で自分の心臓の鼓動を聞けば「聴診器って結構よく聞こえる...」と驚くに違いない。 
しかし、私は若い頃不整脈だと言われた時期があったが、いま自身の心音などが正常であるかどうかは素人ゆえにはなかなか分からない。分からないが正常時の心音や呼吸の音を聞き慣れていれば異常があったときには分かりやすいはずだ。 
まあ、何か不安があったらまずは病院に出向くべきだが...。 
そう、前後してしまったが聴診器を胸などにあてるとき、まずは清潔にしておかなければならないし、冷たいままではなく手で暖めてからあてるのがマナーだとか...。そして聴診器を耳にあてたまま、チェストピースをぶつけたり強い音を拾わないようにしないと耳を痛めることがあるそうだ。 

さて、この聴診器を首にぶらさげると何だか医者になったような気分になるが、医者でもない我々はこの聴診器を胸や腹ばかりに押しつけていては面白くない(笑)。前記したように大きな音を拾わないように注意をしながらも、Macintoshのボディやハードディスクに押し当ててみるのも面白いだろう。 
実際にこの聴診器という代物は機械類の故障箇所を見つけるためなどでも使われるからだ。 
私はといえば、早速愛犬の胸にこの聴診器をあててみた。無論その良し悪しは分からないものの彼女はまだ若いからか、少なくとも私の心音よりははっきり、そしてしっかりしていたことは確かであった(笑)。 

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 自分で家族で健康チェック!「聴診器ブック」 

 2007年3月20日 初版発行 
 著者:桐生迪介(医学博士、医療法人社団桐生医院理事長)
 監修:相澤好治(北里大学医学部 医学部長) 
 発行所:株式会社日本実業出版社 
 コード:ISBN 978-4-534-04206-4 
 価格:2,300円(税別) 
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ラテ飼育格闘日記(96)

愛犬ラテとの散歩は日々新しいことに気づかせてくれる。ラテの成長ぶりは勿論だが一緒に歩く街並みの変化や人々の暮らし、そして季節の変動や天気の移り変わりなどなど、決して1人の散歩では味わえないことを身体全体で感じながら歩いている...。


猛暑と言われた夏も終わり、愛犬との散歩には大変適した時期ではあるが雨は困る...。 
何故なら、散歩には欠かせないアイテム一式を収めた「散歩バッグ」を肩にかけ、手にはラテのリードを握って歩くだけでも重労働だというのに傘をささなければならないのは...特に腱鞘炎の手には辛い...。 
その上、ラテがウンチをしようものならその処理をするためにバッグから処理袋を取り出してかがみ込むといういつもの作業をするわけで、その間も人通りがある場所ではラテの行動を制御しなければならず神経を使うだけでなく、土砂降りの中では到底傘などさしてはいられなくなりオトーサンはびしょ濡れとなる。 

そもそも雨の日の散歩はラテにとっても楽しいものではないはずだ。オトーサンと一緒に歩くそれ自体を楽しむのは間違いないだろうが、雨が本降りならレインコートを着させられるからである。 
とにかくオトーサンがレインコートを着せようとラテの前に立つと彼女は急いでトイレシートへ逃げ込む。まさに雪隠詰めである。 
面白いのはオトーサンが大好きな、ラテの表情豊かな普段の顔とはまったく違う顔になることだ。 
普段これほどラテが不快を表す表情をすることはめったにないのである...。その表情は耳が後ろに倒れ、尻尾は垂れ、顔は無表情となり身体が硬直する。 
それでも我が家に来た最初の頃はレインコートを着せるのに抵抗したものだが、最近は不快さを身体全身で表すもののオトーサンがレインコートを背中に掛け、両前足を通して腹の部分のジッパーを...とやっている作業をまったく邪魔することなくさせるがままにしているのだから逆に可哀想になってくる。 

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※レインコートを着せるとこんな険しい表情になる(笑)


とはいえ一端外に出れば耳と尻尾は普段通りに立ち、粛々と歩き始めるが、レインコートを着ない場合とはリードの引きがまったく違う。 
やはり着衣が気になるのだろうが、普段あちらこちらと臭いを嗅いだり道ばたの草花を囓ったりといったことをやらなくなるのだ。ただひたすら良い子でオトーサンの左右に付いてヒタヒタと歩く。 
正直オトーサンにとってこれは理想的な状態だから、晴天でもレインコートを着させようか...と冗談を言いたくなるが、ラテは面白くないと思っているに違いない。 
そんなに嫌なレインコートだから、小雨程度の場合は極力着させないで出かけるようにしている。しかしオトーサン自身が雨に濡れるよりラテの身体が気になり、つい大ぶりの傘をラテの上に向けてしまう。 
先日もそんな感じで岐路についたとき、すれ違った方が「あらあら、ワンちゃんの方に傘さしているのねぇ...」と気の毒そうに言ってくれたが、少々おかしな光景のように思えたのかも知れない。しかしそれが親心というものだ(笑)。 

それから雨の日はどうしても散歩に出るワンコたちが極端に少なくなるわけで、いつもの公園にいつもの時間に行っても広い公園にはラテとオトーサンだけということもあり得る。これはラテにとっては大変残念で寂しいことに違いない。したがってどうしても雨の日の散歩はウンチをさせるための散歩になってしまい、時間も短くなりがちでラテにとっては不本意な時間となる。 
だからかも知れないが、ラテは夕方の散歩時にレインコートを着せて外に出ると雨の具合によってはソソクサと玄関のドアに鼻面を押しつけて行きたくない...部屋に戻りたいという意志を示すときがある。 
オトーサンとしては散歩を一回抜かしできるわけで体力的にはありがたいことだからラテの好意を甘んじて受けるが、2度続けては可哀想なので大雨でも出かけることになるわけだ。 

レインコートのおかけでかなりの雨でもボディそのものはほとんど濡れずに済み、戻ってからの身体拭きには大変ありがたいのだが、頭をはじめ足元やお尻周りとシッポなどはびしょびしょとなるから身体を綺麗にする時間はいつもの倍以上もかかる...。 
それだけでなく当然のことながらオトーサンの足元はびしょ濡れであり、多くの場合は靴の中まで雨がしみ込みジーンズの裾は絞ると水がしたたるほど...。 
だから雨の日の散歩はラテならずとも嫌なのだ! 
しかし雨であろうと雪が降ろうと散歩は多くの体験を生む。他の飼い主さんたちと出会うのは勿論、ワンコでも連れていなければ足を向けない場所に行ったり、見知らぬ建物、ユニークな大木、これまで見たこともない奇妙な虫たちにも出会う...。中には名画の1シーンになるような息をのむ美しい場面に出会うときもある。そして名も知らぬ草花に感動し、野鳥の歌声に心が洗われ、たまには奇妙なものにも出会う。 

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※秋らしい空の下をラテと歩くのは楽しい(上)。そんな道ばたに栗がいくつか落ちていたが、この後鼻でつついたラテは飛び上がることに...爆(下)


ある小雨の朝に人通りが少ない舗道を歩いているとラテが足を止めるのと同時にオトーサンは何か視線を感じたのである。 
ふと道路脇に転がっている欠けた石に目を向けたのだが、私にはその角度から見ると石にはなにか悲しそうというかつまらなそうな表情が刻まれているのを感じた...。それはラテがレインコートを着させられるときの表情みたいで思わずニヤッとしてしまった。 
見る人が見れば「人面石」とでもいうかも知れないが(笑)、その日その日のオトーサン自身の心のあり方で森羅万象の見え方感じ方が変わってくるような気がしてラテと一緒に歩くのは楽しいのである。 

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※道ばたの欠けた石に視線を感じてラテともに見据えると、そこにはラテがレインコートを着せられた時のような表情が浮かんでいた


そういえば朝の散歩時にたまたま出会うオジサンがいる。年回りは私と同じ程度だと思うがジャージを着てクビにはタオルを巻きもくもくと歩いているのだが、印象的なのはその表情だ。 
なぜなら彼の表情はいかにも「嫌だけど健康のため医者に勧められたから...」といった想像ができるほど面白くないというかふて腐れた顔で歩いているのだ(笑)。 
別にニヤニヤする必要はないが、アレではただ単に歩くだけで気持ちは晴れないのではないかと人ごとながら気の毒になる。 
いつもいつも面白くなさそうに歩いている姿を見ると「ワンコでも飼ってみたらいかが」とアドバイスしてやりたくなる。 
まあ、飼いたくても飼えない事情もあるだろうし、そもそもワンコを嫌いかも知れないが、せっかく健康のために歩くのだからメンタルな面も大切だと思うのだ。 
そういうオトーサンもラテに話しかけながらニコニコしながら歩いているわけだから、危ないオヤジと見えるのかも知れない(爆)。 

「良い上司に恵まれなかった...」衝撃の物語~その2

知人たちと雑談の中で話題となった理想の上司像だが、私には「上司コンプレックス」みたいなものがある。何故ならサラリーマン時代に出会った2人の上司が2人ともクセモノだったからだ。物語は前回の続きである。


さて、実は貿易商社に入社したこの1977年に私は結婚する約束をしていたが、前編で記したように元上司と決別したため、数ヶ月プータローに甘んじていた。したがって彼女(現女房)の両親にはひどく心配をかけたらしい。 

女房は彼女の父(すでに亡くなったが)と結婚式の前日まで...明日バージンロードを腕を組んで歩く...歩かないと口げんかをしていたという...。 
ともかく社長ひとりしかいない超マイクロ企業とはいえ就職できた私は最大限努力するしかなかった。したがって大の苦手だったはずの英文による貿易実務と英文タイプライターの習得に血眼になった...。
しかしそのおかげで後に巡り会ったパソコンキーボードの入力もいまだにそのスピードは速い。
幸いなことに約束通り1977年11月20日には社長に仲人をお願いし、青学会館にてささやかな結婚式を挙げることができた。 

社長と私だけという会社は数年後には5人ほどになっていたが、私は日々の貿易業務の傍ら輸出許可申請のための役所や商工会議所通いはもとより、運輸会社や乙仲(通関ならびに通関手続きを代行する業者)、銀行の外為係、倉庫会社などとの折衝をも任された。 

それだけでなく日常の金の出し入れから決算業務に至るまでをも任され、会社はおろか社長個人の実印までをも託されるというプレッシャーの大きい立場となった。 
さらに新しい人材の募集から面接、そして採用にいたるまでをも私がやった。小さな会社だったから他に人はいなかったわけだが、それにしてもこの会社にいた約12年間は私にとってこれまた多くのことを学ぶことができた密度の濃い時代となった。 

その後おかしな事に当時の事務所が少々広かったこともあって社長の先輩格という人物が半分のスペースを使うことになった。そして何と...その会社の経理をも任される身とになり、私は公に2つの会社から給料と賞与をいただける立場になった。 

懐は確かに暖かくなったものの、私は両社長との板挟みで気苦労が多い毎日が続いたが、まあ...それも両社長が喧嘩別れするまでの短い間だったのだが...(笑)。 
したがって2つ目の会社からの報酬は自身あぶく銭だと認識していたから、そのほとんどをApple IIやMacintoshならびにその周辺機器やソフトウェア購入に当て、きれい事を申し上げるなら未来の自分に投資することにした。だから、後年雑誌に書かれたように日本一かはともかく、小さなマンションを買える額ほど多額の投資をしたのは事実である。 
そうそう、その投資が成功したのか失敗したのかについてはまだ結論が出ていないのだが(笑)。 

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※貿易会社勤務時代(1985年)の数少ない写真。筆者の脇には自身で持ち込んだNEC PC-100とプリンタがある


ところが1986年から1988年頃になると為替差損も大きく、貿易会社の業績が思わしくなくなった反面、私がまったくの個人的な趣味からはじめたパーソナルコンピュータに関わる仕事が徐々に多くなってきた。 
いま思えば幼稚なものだが、プレゼン用のアニメーション制作依頼や書籍の執筆依頼が多々舞い込んできたのである。

それらの中で特筆すべきはジャストシステム社の「花子」がリリースされるのに合わせて技術評論社から出版した単行本が3ヶ月間ベストセラーを続け、会社に一千万円を超える印税をもたらしたことだろう。 
ともかく停滞気味の貿易会社勤務は冷静に考えるまでもなく後が見えていたので仕事を変えようという思いが強くなってきた。
 
折しもコンピュータ雑誌の編集長から紹介を受けた大手広告代理店より一年間はそれに没頭できる規模のソフトウェア開発ならびにコンサルティングの依頼をいただいた。 
結局起業を決意し1988年秋には貿易会社を退職し翌年1989年3月に(株)コーシングラフィックシステムズは船出をしたのであった。そして新宿の曙橋に小さなマンションを借り仕事を始めたわけだが、1989年の秋口だっただろうか、これまた驚愕の事件に巻き込まれ直接間接的にも大きな影響を受けることになる。 

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※貿易会社の応接室に導入したMacintosh SEと最初のApple LaserWriter(1988年撮影)


それは以前勤務していた貿易商社の社長が事務所をロックアウトの上で失踪したというのだ! 
その朝普段どおりに出勤した社員らは会社に入れず会社はそのまま事実上なくなった...。しかし問題はそのことではない。 
いわゆる債権者らの情報を総合してみると社長は考えうる取引関係者すべてから多額の借金をし、それらを踏み倒したまま行方をくらましたのだ。そして奥さんとはすでに離婚までしていたという。 

中にはゴルフ会員権を売却して貸した者や有名な乳業メーカーを退職したその退職金をそのまま貸したままになった人もいた。そして保証人になったばかりに苦慮することになった同業の社長もいた...。
後で分かったことだが社長は出入の会計事務所の先生にまで借金をしたままだったし、他人事ではなく私自身も成り行きで仕方なく在職中に社長個人に貸した額もそのままとなった。 

いまでも手元に社長直筆の借用書があるが、残念ながらすでに時効が成立している。そしていまだに彼の所在は明らかになっていない...。 
なぜ信頼して多額の資金援助をしてくれた人たちをまるまる裏切るようなそんな悪に徹することができる人間になってしまったのか...。 

いわゆる取り立てが厳しい街金への返済を優先させるために、それまでの支援者たちを利用し裏切るはめになったらしい。そしてどうやらもともとの原因は女とギャンブルだったというが...。ともかく金が人を変えるという恐ろしい現実をこの眼で見た。 

その後たまたま彼の生まれ故郷へ仕事に行った際もどこかで顔を合わせるのではないかと思わず周りを見回してしまうこともあったが、これまで手紙や電話はおろか一度も会うこともできていない。生きているのか死んでいるのかさえも分からない...。 

こうして私が出会った2人の上司は人として絶対にやってはいけないことをやり、自身の人生をめちゃめちゃにしたばかりか家族や関係者の多くにも多大な迷惑をかけ、彼らの人生をも狂わせてしまった憎むべき輩である。 
しかしそこに至るまでの彼らは決して悪人であったわけではないように思う...。 

別にかばうつもりはないが、ひとりの男として父親として、そして社会人として生活する中で最初から悪事の限りを画策し、人を欺こうとして生きてきたわけではないと思う。 
それがいつの日か、自分の弱さに負けてしまいついには確信犯として大切な人たちを裏切ったり悲しませる行動をとった...。 

私自身もこの歳になるまで苦労もなく生きてきたわけではないし、泥水も飲まされたし裏切りや失望といった憂き目も体験する中で絶望感にとらわれたこともあった。そして例えば金銭が人生を変えていくだけでなく人間そのものを変えてしまう怖さも幾度となく目にしてきた。 

だから...きれい事になるが、私が起業した際にはその小さな会社の経営に際して、こうした上司らを反面教師として努力をしたつもりだった。 
例えば代表取締役だとしても会社の金は社長個人の金ではないという意識で徹底した経営をした。そうした潔白感が度を超したのか、会計事務所の先生から「そこまでしなくても...」と言われるほどだった。そして税金は節税すべきだとしても脱税は絶対にしない...などなどに注意を向けた。 
したがって会計事務所の先生からは「珍しくクリーンな企業だ」と言われていたものである。 

というわけで、私はいまだにこの歳になっても理想の「上司像」に飢えているのである。 
理想の上司の指揮の下で十分に力を出し切って働きたいと考えてきたが、その後自身が代表取締役という立場になってしまった。 
社員たちから後ろ指を指されないようにとの気持ちで毎日を過ごしたつもりだが、果たして彼ら彼女から見た私はどんな上司だったのだろうか(笑)。 

無論自身にとっての上司は年齢とは関係ないし、今後...もしかしたら...その理想の上司に巡り会えるかも知れない(笑)。 
しかし不思議なことにこのどうしようもない2人の上司がいなければ、自身が起業することもなかったかも知れないし、第一女房と巡り会ってはいないはずだ...。 

ともあれ「人間万事塞翁が馬」とはよくいったものだが、この歳になって初めてその真意を体験できたような気がする。 
くどいようだが...理想の上司募集中である(爆)。

「良い上司に恵まれなかった...」衝撃の物語〜その1

先日知人たち数人と雑談の中で理想の上司像が話題になった。私のサラリーマン時代には考えられないことだが、最近は部下による上司の逆査定を採用している企業が増えているそうだ。実は私にとって「上司」という言葉はかなり苦い体験を含んだものなのである。 今回は久しぶりにサラリーマン時代の衝撃の体験と愚痴を聞いていただこう。 


先日数人の方たちと談笑する機会があったが、その折に話題は「理想の上司像」といった話しになった。 
そんな話をあれこれとしたからだろう、その夜すでに30年近くも昔の上司が夢に出てきた..。 

実は私がサラリーマン時代を過ごした時代に巡り会った、たった2人の直属の上司は結果として...悪い意味で大変な人物であった。 
私は自身で起業する前に東証一部上場企業と小さな貿易商社を併せて約20年の間サラリーマン生活を送った。そしていま考えれば「サラリーマンは~気楽な稼業と~きたもんだ!」という植木等の歌ではないが、当時は今とは違い気楽な世情でもあった。 
そのサラリーマン時代を通して様々なことを学び多くの体験をしてきたが、振り返ってみると大変残念なことに「上司に恵まれなかった」ことが心に残る...。 

最初に就職した大手メーカーでは直属の上司...当時の係長(後に課長)には大変可愛がってもらったしよく面倒をみてもらった。 
世の中が勢いのある時代だったから仕事もよくやったものの、一週間のうちの大半は仕事が終わるとキャバレーやクラブに入り浸りであった(笑)。 
無論私らの給料で通える場所ではなくすべてこの係長のおごりであった。否応なく付き合わされたわけで仕事上の付き合いという奴である。 
最初の頃、彼は帰宅が深夜になることに気を使い当時まだ親元にいた私の実家に電話を入れ、電話口に出た母に「息子さんをお預かりします」と断って華やかな女性たちが沢山いる...そして名だたるビッグバンドや有名歌手などが出入りするグランドキャバレーなどへ連れて行ってくれた。 
すでに亡くなった母も母である。なにしろ「宜しくお願いします」といったそうだ(爆)。 
しかし酒が飲めない私...そして当然のことながら上司同席の場所で自由に振る舞えないこともあり、だんだん嫌気がさしてくるものの断るわけにもいかず誘われるままに数年が過ぎた。 
思えば贅沢な話である。しかし飲んだ明くる日は是が非でも休んだり遅刻は厳禁。逆に遊んだ日の翌日はいつもより早めに出社しろと教育を受けた。だから早く出社する癖がついた(笑)。 

彼はキャバレーの女たちに札びらを切るだけでなく、私らにも帰りに高級な折り詰めの寿司を持たせた上でタクシーに乗せ、料金も払ってくれるという上司だった。 
最初は普段喰い慣れない高級な寿司を持って帰るのだから家族は喜んだ。しかしその家族もワンパターンが続くと明け方には固くなってしまう寿司に見向きもしなくなる(笑)。 
それではもったいないからと...乗車したときタクシーの運転手さんに食べてもらうこともあったし、罰当たりなことにそのまま駅のゴミ箱に捨てたこともあった...嗚呼。 
一介の係長がなぜこんなにも金回りがよいのかを不思議に思ったこともあったが、父親の遺産が入ったこと、そして自宅の隣にアパートを持っており、その家賃収入も大変な額というふれこみだった。まあそれはそれで事実だったようだが...。 
ともかく私が会社を辞めるまではこの調子で大変よい上司だったのである。しかしその大企業を辞めるきっかけを作ったのもその上司であった...。 

ある日「自分で会社を設立するので手伝ってくれないか」という話があった。 
まだまだ若造で世間も知らず意欲だけ一人前の私は二つ返事でその話に乗り会社に辞表を出した。ありがたいことに部長から強く慰留されたものの私の気持ちはすでに決まっていた。若気の至りというやつである。 
私は高校時代の友人をも誘い、上司の求めに応じて会社の設立に奔走した。 
大手町の合同庁舎にもよく通った。経費を切り詰める意味も含めなるべく専門家の手を借りず、いちから株式会社設立の手続きを自分でやった。 
上司は確かに資本金を出してくれ、自身で代表取締役に収まったが現在の仕事の整理に半年くらいかかるから、自分が実際に退職して一緒に仕事をするのはしばらく後になるという話だった。私にとってそうしたことは不都合なことではなかった。そして浅草雷門近くに小さな事務所を借りた...。 
しかし毎月の給料は出たものの半年経っても一年経っても彼が現在の会社を辞して私たちの元に来ることはなかったのである。 
さすがに我々もこれはおかしいと思い始め、様々な話し合いをした上で結局彼と決別しその会社を辞めた。そしていろいろと就職活動をした上で事務の女性が辞めたばかりで社長ひとりしかいないという小さな貿易会社に就職したのである。 
1977年初頭のことだった。 

数年後、私は古巣の会社から...それも在職当時は話もできない雲の上の存在である常務取締役から思いもかけない電話があり、久しぶりに大会社のエントランスをくぐった。 
これまで入ったこともない役員室に通され緊張したが、役員等の対応は丁寧で親切だった。しかしその場の話は驚くべき内容だった 

手短にいえば昔の上司(当時は課長になっていた)は10年以上もの間、取引先を巻き込んで不正な金を受け取っていたとかで、その総額は膨大な額になっていたという。いわゆる業務上横領である。そしてそれが発覚した直後に自殺を企て失敗したそうだ...(私が呼ばれたときには入院中だったがその数年後に亡くなった)。 
私が呼ばれたのは在職中彼の恩恵を受けていた一人として、しかし今では外部の人間として忌憚のない話を聞けるだろうという思惑からだったらしい。 
特に社外での行動や金の使い方などに質問が集中したことを記憶している...。 
無論その部署の全員には大変厳しい内部調査が入ったと聞く...。そして取引先の何人かの首が飛び、小さな会社数社が倒産したというまことしやかな話まで聞こえてきた。すでに30年近くにもなる昔の話だが会社による必死の口止めが功をそうしたからか、新聞沙汰にはならなかった。 

確かに彼は尋常ではない金の使い方をしていた。そして後から思えばあれこれと思い当たるような事もあったが、当時はまったく疑うということを知らなかった...。 
第一会社ならびに部署自体がそうした不正を長い間見抜けなかったのだから何をか況やであろう。 
公私ともにこの上司には大変世話になったことは確かだが、私自身大企業を辞めるというその後の人生を大きく左右するきっかけを作った当事者でもあったわけで、私のショックはこれまた大変大きなものだったことはご想像いただけるものと思う。 

バブルな時代だったからだろうか、私はこの上司の他にも二部上場企業の取引先担当が同じく業務上横領で免職されたケースにも出くわしたことがあり、その後は人を見る目が変わったと共に人物を見る眼を養うきっかけともなった。 
良いところのお坊ちゃんという触れ込みだったその人物は取引関係者の1人として私を芸能人まで出演した盛大な結婚式に呼んでくれたが、その数ヶ月後に事が発覚して免職になったという。 
確かに勢いがある人物だったもののその言動は一貫しておらず胡散臭さを感じる人物であった。 
したがってその後自身が起業したとき、自分で言うのも変だがいわゆる"危ない" 会社や “あやしい”人物をセンサーのように判断する術には長けていたように思う(笑)。 

つづく
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プロフィール

appletechlab

Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員