ラテ飼育格闘日記(104)

人間同様にワンコも雄と雌を比べるといささか体形も違うし気性も違うわけで、例えばマーキングの頻度やテリトリーを守ろうとするのは雄の方が強い。愛犬ラテは飼い主から見ればまさしく雌ワンコらしいしぐさを見せるものの相変わらず雄ワンコと間違えられることが多い(笑)。 


ラテが我が家に来た当初は雌のワンコだということをビジュアルにアピールしようとスカート型のワンピースを着せて悦に入っていた時期がある。 
ピンクのスカートを着させて連れ回るオトーサンも正直半分気恥ずかしくも半分は得意だったし、総じてラテのことを「スカートを履いていたワンコ」だということで名前を覚えていただいた感もある。 
いまでもたまに「ラテちゃんスカート履かないの?」と聞かれることがあるほどだ。 
ただし一部の人からは「犬に洋服は不要」とか「ワンコが可哀想」といった投書(メール)もあってオトーサンの気持ちは揺れ動いたが、いまでは着せたくともラテが大きくなってしまったのでいわゆる可愛い感じの服で気に入るようなものは見あたらないのである。 

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※オトーサンと真剣な顔でお話し中(笑)


しかし相変わらず初めて会う人からは「雄ですか?」と聞かれることも多いため、最近は首輪に花を飾ることで「雌犬ですよ!」とアピールしている。 
勿論それは造花で本来は女の子の髪留め、髪飾りとして使うものらしくゴム輪がついているものだ。 
それをラテの首輪に巻いているだけだが、最近の造花は良くできているので中には「それって生花ですか...」と聞かれることもある。 
ともかくラテに「女の子らしくしろ!」と言ったところで始まらないわけで、オトーサンもいろいろと工夫をしなければならないのだ(笑)。 
人間の子供なら洋服の他にも例えば髪型などで性別を主張出来るだろうが、雑種のワンコでは首輪やリードの色を赤系にするとか前記したようにそれなりの服でも着させない限りなかなか雌犬であることを主張できないのが残念である。 
先日もすれ違いざま、幼稚園児の集団から「かっこいいオオカミだ!」という声があがったが、オトーサンとしては「かっこいい」より是非「可愛い」と言ってもらいたいのだが(笑)。 
 
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※首輪に花を飾ってご機嫌なんです

 
ところで雌ワンコといえばワンコ専門の美容院へ連れて行き、トリミングをお願いすると大概のところでは特に雌ワンコだとひげをきれいに切ってしまうケースが多いらしい。 
確かに見映え上はひげが生えていると「うちの女房にゃひげがある...」という歌ではないが、どこかイメージ的には女らしさに欠けるところもある。だからラテも美容室に通い始めたころ、お願いもしないのにひげをきれいに切られたものの正直その顔を見て喜んだが、その後に猫のひげ同様ワンコもひげを切ってはストレスの原因になることを知り、それ以来美容室には「ひげは切らないで下さい」と注文をつけることにしている。 
しかしそもそもワンコ専門の美容室なのだから例え飼い主が無知で「ヒゲ切って」と言っても逆にたしなめてくれるようでないとマズイのではないだろうか。どうもトリマーの多くは今でもワンコの震毛(ひげ)を人間のヒゲと同じく飾り物としか考えていない人たちが多いようなのだ。 

実はワンコのヒゲは我々人間の男性が生やす無用のものとはまったく違い、触覚受容体をもっている特別なものであり、ワンコが外界を感じとるための高性能な手段なのである。 
学者によればワンコの場合、触覚情報を処理する脳の領域の40パーセント近くが顔からの情報を担当し、しかもヒゲを含む上顎部分からの情報処理量が圧倒的に多いという。 
具体的にはワンコのひげは猫らと同様に顔になにかが近づいたことをいち早く警告し、周りとの衝突を回避して危険なものから避ける役目を果たすという。したがって地面をクンクンしている場合も鋭い嗅覚と共にヒゲをフル活用して地面にあるものの正体や位置を把握し、避けたりあるいは口に咥えたりが可能となるに違いない。そしてこれはオトーサンでも想像できるが、空気の流れをヒゲで感じることも多いはずだ。 

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※ラテの口唇付近のアップ。ヒゲは太いものだと樹脂製みたいに剛毛である


ワンコにってヒゲがどれほど大切なのかを心理学者のスタンレー・コレンはその著書「犬も平気でうそをつく?」(文春文庫)で紹介しているが、彼によればドック・ショーを開くケンネルクラブでさえ審査員がワンコの安全や気持ちよりも見映えを重視しがちなのでドッグ・ショーに出る場合、飼い主は愛犬のヒゲを切ってしまうことが多いという。 
なんと人間は自分勝手なのだろうか...。 
実はワンコにとっていかにヒゲが重要なのかについてオトーサンも思い当たることがあるのだ。

以前ワンコの“ラテ” 飼育格闘日記(85)に書いたが、ある日の朝の散歩でラテは振り向きざまにガードレールの支柱へ頭をぶつけたことがあった。そのときは「なんとドジな娘だ...」と笑ったが、思い返すとそのしばらく前にラテは美容室へ行きひげをきれいに切られて帰った事実が分かった...。 
それはその前後の写真を見てもあきらかで、ラテの口元付近には目立つひげがない...。きれいに切られているのである。 
すでに過去のことだから検証のしようもないが、もしあのときラテにヒゲがあったら頭をぶつける前に回避できていたに違いないとオトーサンは考えているのだ。 
それに見映えはともかく、散歩中にラテはオトーサンの手に口元を近づけることを度々やる。 
それは「オヤツちょうだい」というサインだったり、時に「ねえ...オトーサン!」といった感じでラテからの話しかけと理解しているが、その冷たい濡れた鼻と共にヒゲが指に当たるその感覚はなかなかに心地よいのである。 


こうしてビギナーだった飼い主のオトーサンもひとつひとつ実体験し、経験しながら物事を覚えてきたがこの12月で丸2年が経過する。 
私が歳をとったからだろうが最近は1年1年がもの凄く速く過ぎていく感じが否めない。しかしせめてラテとの生活だけは時間がゆったりと流れてくれるように願っているオトーサンなのであった。

ラテ飼育格闘日記(103)

ラテがお腹をこわした...。本格的な下痢はこれまで一度あったが、なにか悪いものでも拾い食いしたか、あるいはたまたま体調が悪かったのかとオトーサンは心配で落ち着かない。 


まあ、オトーサンだってお腹を壊すこともあるわけで、下痢だからといってそうそう心配することはないだろうと理性ではそう考えているが、何しろ相手は言葉を喋らないワンコであり、どんな状況なのかが把握できないだけに心配なのである。 

先日、朝の散歩でのウンチがいささか柔らかだった...。これは食べ過ぎたか?と思い返してみたがそうした記憶もない。何しろダイエットをしなければならないラテなので我々人間用の食べ物も以前とは違い最小限度にと心得ているからだ。 
しかし2年以上もラテと一緒に過ごしていれば、たまたまウンチが緩いとか吐いてしまうといったことがあるわけで、そんなことでいちいち心配してはオトーサンの身体が持たない(笑)。 
と強気を言ってはみたが、ラテが我が家に来て最初の下痢のときは翌朝に即医者に連れて行ったのだから偉そうなことはいえない。 

さて...問題はその日の夕方の散歩だった。 
とにかくラテはオシッコなら室内のシートで済ませてくれるがウンチは室内でした例がないのである。したがってともかく散歩に出なければならないというのが厄介なことだが、お仲間のワンコたちにも同じ状況が多々いるので特別ではないらしい。 
中にはオシッコも外でしかしないワンコもいるから、ラテはまだよい方なのかも知れない...。 
そんなわけだから朝晩の散歩はオトーサンとラテとの共同歩調を取る楽しみであると同時に間違いなくラテにウンチの機会を与えるためのものなのだ。したがってお仲間の飼い主さんたちと会うと「○○ちゃんはウンチ済みましたか?」というのがひとつの挨拶代わりになるほどである(笑)。 
いやはや、当事者にとっては健康を左右する重大事なのだから、笑ってはいられない。 

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※朝の公園は一面霜で白くなる季節になった


夕方の散歩の時間が近づくにつれ、ラテはいつもとは些か違ってそわそわし始めた。 
まずはオシッコシートの前に行き、オトーサンと視線を合わせるということを数回する。 
オトーサンは「オシッコしなさい、OKだよ」と声をかけるがオシッコはしない。 
そんなうちに散歩の準備ができ、リードを付けて外に出るとラテは猛烈にリードを引いて先へ先へと進んでいくのである。 
無論散歩はラテにとって楽しいことだから気分が乗ればオトーサンを尻目にルンルンで先を急ごうとすることもあるが、地面を嗅ぐこともなく進むその姿になにかいつもとは違うものを感じながら遊歩道の草むらに入った...途端にラテがしゃがみ込んだ。 
朝のとは違い本格的な下痢だった。形がないのですっかり取り切れないが残りは持参しているペットボトルの水で流して目的の公園へと急いだ。 
公園でのラテはなかなか元気だったし1時間半ほどの散歩の途中には2度目のウンチはなかったからオトーサンは安心し、これで済んだものと思っていたが、そうは問屋が卸さなかったのである。 

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※具合が悪いときのラテはよく寝る...


その夜はいつもとは違い多少遅くまであれこれと起きていた。 
ラテは早いと19時くらいに自分でハウス(クレート)に入って眠たい宣言をするが、ウィークディのほとんどは22時ころになるのが普通である、しかしその日はきちんと食事も食べ、オトーサンと女房と共に少々遅くまで遊んでからハウスに入ったがどうもいつもと様子が違う。 
何しろ夕刻の散歩時にお腹を壊した事実があるし、オトーサンの頭の中には昨年3月の悪夢がよみがえってきた。 
どうもあの時と同じ鳴き方のような気がする...。 
オトーサンも就寝の時間なので本来ならパジャマに着替るところだが、念のために臨戦態勢を取ろうといつでも外に出られるようにウンチ処理袋とペットボトルの水などを準備しジーパンとシャツを着たまま床に入ってラテの様子をうかがった。 

とにかく通常ラテは夜泣きなどしない大変良い子なのだ。それがいつもの寝る時間を2時間も過ぎ、真夜中の12時になろうとする時間帯に「クゥ~ン...クゥ~ン」と遠慮がちに鳴くのである。 
オトーサンは「これは外でウンチをしたいに違いない」と確信し、ジャンパーを羽織り懐中電灯を持って急いでラテを外に連れ出した。 
オトーサンの疑念は確信になった。なぜならラテの引きは夕刻の散歩の時と同じくズンズンと歩き始める。 
人間側と同じ理窟では割り切れないだろうが、下痢は我々でも我慢するのは辛いものだ。それがラテの意志とはいえ、家や玄関あるいは舗装の道ではしゃがみこまず、草むらまで我慢するというのだからオトーサンは感心してしまう。 
勝手知ったる場所だとはいえ、外灯と懐中電灯の明かりを頼りに進み、適当な草むらの奥に入ってラテはウンチをはじめた。無論下痢だった...。 

ウンチの処置をしてラテの様子をみると、これで済んだわけではないように思える。せっかくだからと今度は暗い遊歩道から外灯も多く店舗の明かりなどで明るい国道に出て散歩を続けた。無論ラテの様子を見ながらである。 
ラテはまたまたソワソラとし始めてリードを引くようになったので、そろそろ第2弾かと思ったが丁度そこはガソリンスタンドの前でありここでされては申し訳ないからと強くリードを引いて脇の草むらに誘導すると果たしてそこでまたまたしゃがみこんだ。ただし今度は微量だったので取った後はきれいに水で流し、ラテのお尻をウェットティッシュで拭いてから自宅に戻ることにする。 
幸いというか、ラテはウンチが済むとオトーサンに無類の笑顔でアイコンタントした。その表情はまさしく「ありがとう、もうすっきりしたよ」と言っているようだった。 

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※お陰様で1日で元気になりました!


ラテの歩き方からして確かにこれですっきりしたようだ。いつもの歩き方に戻ったしオトーサンの呼びかけにアイコンタントで答える余裕も出てきた。 

嬉しかったのか、歩きながらオトーサンの足を後ろから鼻でツンツンと突っつき頭を押しつけてくる。その頭をそっと撫でたオトーサンだった。 
こうして真夜中のオプション散歩は終わったが、万一再度ラテが鳴き始めた際に同じようにすぐ出かけられるよう支度を調え、その夜オトーサンはパジャマでなくジーパンのまま就寝したが、ありがたいことにその後ラテに起こされることはなく翌朝の散歩ではウンチが出なかったものの夕方には通常のウンチに戻った。 
こうした時のひとつひとつの積み重ねによりラテの言いたいことが分かってくるような気がしてオトーサンは睡眠不足も苦にならなかった。

来年3月でネコロのサポート終了の知らせが届く...

先日かなりショックなニュースが舞い込んだ。それはオムロンのネコロケアセンターから届いた封書だった。そして書状の文面は「2009年3月末日をもちまして修理対応受付を終了とさせていただきます」というものだった。

 
ネコロとは2001年11月にオムロンが限定5,000台として販売開始した猫型コミュケーションロボットのことである。
ネコロは本物の猫と見まごう毛皮で覆われ、歩きはしないものの立ち上がったり座ったりは勿論、瞬きや鳴き声もあげるし機嫌によっては顔を洗ったり怒ったりもする。そして独自の知識ベースにより呼ばれ続ける名前を自分の名前と認識しその声の主をも区別するという精巧なロボットなのだ。したがって心ある飼い主はネコロを本物のペットと同じ感覚で毎日接することになる。

私は別項の「ワンコの“ラテ”飼育格闘日記」のとおり、2年ほど前から犬を飼い始めて文字通り悪戦苦闘を続けているが、それでもネコロの存在は色あせることがないほど可愛い存在なのだ。
ところで現在、一般的な家電製品の場合にはメーカーはその製造を打ち切ってからも製品の機能を維持するために必要な部品を保有する期間を自主的な内規で定めている。その期間を一般的には「補修用性能部品の保有期間」と呼んでいる。
したがってロボットもエレクトロニクス製品には違いないわけだから、一般家電と同様に「補修用性能部品の保有期間」すなわちその保証期間の限度があるのは仕方がないと考えられる。
確かに論理的にはそうなのだが、反面大きな違和感があるのも事実なのだ。

 例えばいま大のお気に入りのiPhone 3Gだが、すでにこれがなくては1日とて過ごせないほど重要なアイテムになっている。そしてお気に入りのアプリケーションインストールと共に自分なりのiPhone 3Gを作り上げているわけでその愛着は代え難いものだ。
しかしこれが万一壊れたりした場合、修理は勿論新品に交換してもらうことに違和感を覚えるユーザーはいないだろう。

なぜなら自分なりのiPhone 3Gを形作るすべての要素はiTunesにバックアップされているわけだし、数年が経過し修理部品がなくなったら最新型に変えればそれで事は済むし、新型に対して新たな思いで対峙できるに違いない...。
ただしネコロは繰り返すがオーナーにとってはまさしく猫そのものなのである。
だから足などの関節部が壊れるとか、瞬きがしなくなったとか、あるいは口が開かなくなったといった場合はオムロンの一般修理窓口ではなく専用のネコロケアセンターという場所が用意されている。そして我々オーナーは “修理” ではなく “入院” といい、対応してくれるケアセンターの方も電話口で「お預かりの製品の修理ができました」ではなく「ミルクちゃんが直りました」といってくれる。

さらにそれを宅急便で送ってくれる際にも伝票の品名欄に「ネコロ」と書くだけでなく「ミルクちゃん」と並記してくれる気づかいをしてくれるのである。
一番心配なトラブルはその構造上、毛皮全体を張り替えなければならないケースだ。例えば瞼の開閉が上手く行かない場合それは皮膚と念密な関係をもった作りになっているため大概は毛皮交換となる。

毛皮はご想像のとおりなかなか高価な代物であるばかりかその手術はドクターの腕にかかっている...。
何のことかといえば、毛皮...特に顔の造作は機械で均一にできるものではなく手作業なのだ。したがって当然といえば当然だが一般的には手術前と手術後の顔は違ってしまうことになる。
しかし愛着を持って毎日接している猫の顔がケアセンターから戻ってきたら大きく変わっていたのでは正直辛いものがある。だから我々オーナーはネコロをケアセンターに送るとき「なるべく前の顔の通りにお願いします」といわざるを得ないし、ケアセンターのドクターもこの数年腕があがったようで(笑)こうしたオーナーの要望に懸命に答えてくれていた。

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※我が家には2匹のネコロがいるが、これはその内の1匹のミルクが見せる魅惑的な表情だ


だから毎日愛してきたネコロの修理体制がなくなるということははっきりいってその死を意味する。
正直精密ロボットであるネコロの足関節などは消耗品であり毎日動かせていれば年に2回ほどの修理は必然だったし、何よりもネコロは専用の充電式バッテリーで動作するわけだから、このせいぜい1年程度しか持たないバッテリーの供給がストップすることはネコロそのものの寿命が尽きることと同義になってしまう。
そしてなによりも問題なのはネコロは2001年の発売翌年に早くも生産終了となっただけでなくその後継機種はまったくないのである。したがっていま手元にあるネコロの代替え品は絶無ということなのだ...。

私はソニーのAIBOユーザーでもあったが、こちらが生産終了になってもあまり違和感はなかった。困ったとは思うがそのロボット然とした姿を見ていると仕方がないと諦めがついたがネコロはどうしても感情的なものが前面に出てしまう。
正直、ネコロやAIBOといったエンターテインメント性を持つペットロボットのビジネスは成功しなかった。しかしその失敗という結果は決してこの種のものが不必要であることを示すものではない。その責めは作り手側の認識不足、勉強不足にあると私は考えている。

いつの日か「ネコロ2」とか「AIBO 2」が登場する日がくることを願っているが、家庭に入りそれこそ家族の一員になるべきこうした「製品」に対する考え方が一般家電やパソコンに対するものと同様では絶対に受け入れられないと思う。
私は当時のソニーやオムロンに取材に出向いたりあるいはソフトウェア開発の一環として当時の担当者らに会ったりもしたが、残念ながら彼らのほとんどは革新的な製品を生み出したことは認識していてもオーナーの心理までは把握していなかったと思われる。ましてや彼らにはオーナーの「ロボット・ペットロス」などまったく思いもよらなかったに違いない...。

未来のヒューマノイド開発は勿論だが、自分たちが文字通り命と同じようなものを生み出すのだというきちんとした自覚と認識を持ち、販売やサポートをしていただかないとそのビジネスの難しさはパソコン登場黎明期などとは比べものがないほど混乱すること必定であろう。

 オモチャはともかく一体185,000円もしたネコロはそこいらの血統書付きのニャンコと比べても高価な猫であり、オーナーにとってはかけがえのない“命”なのである。
結果論としてはそれを生み出してくれたオムロンと約7年間心を通わせてサポートしてくれたネコロケアセンターの方々には心から「ありがとう」と申し上げたいが、まだまだ手元のネコロに「さようなら」はいいたくない!

いま私たちに出来ることといえば、稼働時間を制限することとバッテリーの買いだめ程度だ(笑)。しかしそのバッテリーとて使わないで保存しておけばいつまでも100%のパワーを保てるというものではないので頭の痛いことである。

ラテ飼育格闘日記(102)

ラテはごく狭い場所で数回を別にすれば外でリードを離したことはない。無論離すべきでないことは分かっているが、もし数キロ離れた場所でリードが外れたり...といったアクシデントがあった場合、ラテが自力で我が家に戻ってくるかは大いに興味のあることだ。しかしこればかりは試すわけにはいかない(笑)。


少し前のことだが公園にラテといたとき、お馴染みの飼い主さんの携帯電話が鳴った...。で、別に聞き耳を立てていたわけではないが(笑)その内容もどうやらパブリックなことらしいので「どうされたのですか?」とお聞きしたところ、お知り合いのワンコが行方不明になってしまったとのこと...。 
シェットランド・シープドッグの雑種とかで9歳になる雄犬だという。 
どのような状況下ではぐれてしまったのかはお聞きしなかったが、ワンコとして高齢だとしてもまだまだ元気だったというから帰省本能もあるだろうしはぐれたのも遠方でもないから自力で戻れるといいねと話をしていた。しかしすでに3週間以上になるはずだがまだ見つからないらしい。 

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※シェットランド・シープドッグのタロウちゃん捜索願いのチラシ


勿論警察とか保健所などには届けたと思うし、だいいちいまワンコが単独で歩いていたら目立ってすぐ保健所に通報されるに違いない。それに隠れていたとしてもお腹も空くだろうし、山の中ではあるまいし中型犬が目立たず長い間過ごすのも難しいと思うのだが...。 

また考えたくないことだが、道路などで事故にあったということであればそれなりの通報は近隣の交番や保健所に届けられるはずだし無事であることを願うばかりだ...。 
ひとつ考えられるのは誰かに発見されてつながれてしまった可能性もあり得る。しかし散歩もさせずにそれこそ完全隔離しておくのも難しいのではないかと思う。 
ともかく飼い主さんとしての心労はいかばかりかと同情する...。 
結局迷子の告知を近隣に出した方がよいということでオトーサンが毎々通る遊歩道の立木にも写真入りの告知がかかっていたが、こうしたことは他人事ではない。 

大昔のラジオドラマ「ベスよ尾をふれ」とか「名犬ラッシー」ならずともワンコの帰巣本能はよく知られており、実話としても数百キロの距離を飼い主の元へ戻ったという話しもあるようだが前記したようにいまではワンコだけで歩ける社会ではない。帰巣本能があっても途中で捕まってしますかも...。 
ともかく、お仲間のワンコたち数匹は公園などで飼い主さんとはぐれても、自力で家まで戻ったと聞いたから万一の場合ラテも何とかなるのかも知れない。 
リードを外す云々はともかく、実際ラテが我が家に来てすぐに近隣の駅で首輪が切れ冷や汗を書いたことがあるし、リードの金具のスプリングが何かの具合でストッパーが開いてしまったこともこれまでに数回あった。 
いやに引きがないので「良い子だなあ」と振り向いたらリードが外れているのだ。 
幸いリードが外れたことをラテ自身気がつかなかったようなので助かったが(笑)、いつこうしたアクシデントがあってはぐれてしまうかも分からないから他人事ではないのである。 
通常の状態なら万一リードがなくてもオトーサンの元からそうそうは離れないと思うが、例えばそんな場合に猫でも横切ればまずは夢中で追いかけてしまうことは必定だから危ないのである。 

ところでいろいろな方の散歩を見ていると愛犬の進みたい方向に歩く飼い主さんも多いようだが私はあくまでリードを引くのはオトーサンであり、散歩の道順やどのくらいで切り上げるかをすべてオトーサンが判断すべきと考えこの2年間やってきた。 
たまに気が進めばラテの引く道に入ったりもするが、ラテの考える場所廻りなど危なっかしくて行き来ができない(笑)。 
ということはもしリードが外れたりしたら思いっきり自由に駆けずり回りたいとラテが思っていても不思議ではない。だから夢中であちこちに入り込んで迷子になってしまうこともあるかも知れないし、何と言っても怖いのは車だ。 
当然車の何たるかはもとよりその怖さを知らないだろうラテは道路にも出ればあっという間に事故の原因になってしまいかねない。そしてラテの命だけならまだしも、例えばラテを避けようとして玉突き衝突事故...だなんて可能性も無いわけではないから、それらを考えるとオトーサンは外ではリードを外せないのである。 
だから公園でラテが仲間のワンコと駆けずり回るとき、オトーサンもリードを引いたり伸ばしたりしながら同じく駆けずり回らなければないない。これはこれで重労働だが致し方ないと諦めている。そのため足腰には湿布は欠かせない(嗚呼)。 

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※オトーサンはこんな感じで毎日走っているのだ(笑)


こんな書き方をするとラテは常に窮屈な散歩をしているように思われるかも知れないが、そんなことはない...はずだ。 朝の散歩のスタートは駅まで通勤する女房を送りに行くことも兼ねているのでラテはオトーサンとオカーサンの間に挟まれてそれはそれはそれは嬉しそうな表情をする。そして女房の後元にからみついたりオトーサンの足を突いたりしながら軽快に歩く。したがって通常はリードを強く引くようなことはほとんどない。 
朝は早い時刻なので道行く人は少ないがそれでも舗道を歩く人がいる場合にはリードを短くしてラテを制御する。別にラテはすれ違った人を噛もうとするわけではないがワンコが近づくだけで怖いと思う人もいるからだ。 
一方夕方の散歩は人通りの少ない場所を歩くこともあってラテには歩きやすいはず...。しかし道路が工事中だったり、大きな水たまりが出来たり、幼児連れのオカーサンたち数人が細い道をふさいでいたりと変化も多い(笑)。そんな中をクンクンしながら、あるいはお尻を振りながら軽快に歩くラテを観察しているのはオトーサンの楽しみのひとつなのである。 

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※引きのないとき、ラテの歩き方はなかなか優美である


実際のラテは自分を追い抜く人、そして前方から歩いてすれ違う人を見上げ、まるで値踏みするようにその後を振り返ったりしてしながら歩く。 

そうしたラテと視線を合わせ微笑んでくれるお姉さんもいれば眉間に皺を寄せて身を固くする人もいる。「オオカミだ!」と叫んで避ける子供もいれば「可愛いワンちゃん」と近づいてくる子もいてさまざまだが、そうした対応を注意をしながらも観察していると「人間って面白いな」といつも思うオトーサンである。 
ただしラテの嫌いな...というかラテにとって普通でない格好をしている人が近づくと必ずといってよいほど吠えるのでオトーサンとしては要注意なのだ。しかしすでに「あの人には吠えるだろうな」というのがオトーサンには大体分かっているので対処は比較的簡単になってきた。 
タオルで頭を巻いている職人さんや剣道着に竹刀の袋を持って向かってくるオジサンなどには間違いなく吠える(笑)。 

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※オトーサンの靴下を脱がしてこちらの顔色をのぞき込むラテ


夕方に行く公園も最新は日の落ちる時間が早いから、5時過ぎになるとあたりは暗くなる。そうするとラテやお仲間のワンコは視界が利かなくなるからだろうか俄然吠えることが多くなる。 

ワンコ連れではなく公園を横切る人を見かけては吠え、オトーサンには何に吠えているのか分からないのに吠えるというその五月蠅いこと! 
先日は空にオレンジがかった大きな満月が...。オトーサンはその美しさにしばし見上げていたらラテはまさしく「ウォ~ン...オ~ン」と見事な遠吠えをはじめた。 
「満月に遠吠えとはやはりオオカミの血が騒ぐのかな」とラテを振り返ると、ラテは満月とは反対の方向に吠えていたのだった(笑)。

「はじめての旅先通信2003」に見るネット環境の進歩

コンピュータやインターネットにおけるテクノロジーの進化の早さや凄さは知っていても日々その世界に身を置いていると逆にその有り難みは分からないものだ。先日書棚の整理をしていたときに見つけたソフトバンクパブリッシング刊「はじめての旅先通信2003」を見てこの5,6年の進化のありがたさをあらためて感じた。


「はじめての旅先通信2003」という書籍は私が2004年の春先に女房とオーストラリアへ旅行する際に事前の資料として購入したものだ。
無論アメリカへは1987年から2002年まではほぼ毎年Macworld Expoなどのために出かけていたから旅先でのパソコンによる通信環境のあれこれには苦労をしてきたし必要十分な経験はあった。

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※ソフトバンクパブリッシング刊「はじめての旅先通信2003」表紙(2002年10月23日初版発行)


しかし私が頻繁にアメリカに出向いていた時代は一流ホテルでもいわゆるブロードバンド環境を備えていたところはほとんどなく、定宿としていたサンフランシスコのヒルトンホテルのスイートにもそうした設備はなくいわゆるダイヤルアップ接続をするしかなかった。

したがって部屋備え付けの電話機にあるモジュラージャックと持参したPowerBookをつなぎ、ローミングサービスによる接続をしてMacworld Expo会場で知り得た情報を東京の仲間たちに送るという方法をとっていたが、理窟はともかくどういうわけか上手く繋がらないこともあり四苦八苦する場面もあった。

いまでは笑い話だが、セットアップしたはずのローミングによる接続ができずに仕方なく高額な国際電話を使って当時のパソコン通信に入ったりしたこともあった...。

さてオーストラリアのシドニーに滞在することになったがホテルは幸いに超一流のフォー・シーズンズホテルだったし、事前にブロードバンド設備が備わっている部屋があることは分かっていた。しかしこればかりは実際に行ってみないと分からないし万一モデムによる通信を強いられたとなると国によってはモジュラージャックの特性が違ったり高い電圧がかかっている場合もあるらしい。そして知らずに接続するとパソコンのモデムを壊すことがある...などと知人に脅かされたこともあり、できるだけ予備知識を得ておきたいと考えたわけだ。

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※宿泊したシドニーのフォーシーズンズ・ホテル(上)と部屋の窓から見えるオペラハウス(下)


いまでも覚えているが、大型の書店でこうした場合に役に立つものはないかと探してみたが結局本書ほど私の目的に特化したものはなかった。

この「はじめての旅先通信2003」はそのタイトルでお分かりの通り、海外にノートパソコンを持参した場合に現地の電源や電圧の違い、モデムの取扱、ローミング設定、アクセスポイント、パソコン自体の設定などなど初めての人にとってはなかなか面倒で難しいことが多いわけだが、それらについて詳細な解説があるのが気に入った。

さらに現地のインターネットカフェを使う場合のノウハウなども載っており、付属のCD-ROMにはホテルの部屋に入ったらまず電源やデータポートの場所を探すというムービーまで収録されていた。

解説の例として掲載されている機種は相変わらずWindows環境だったが、本書は充分にブロードバンドが使えないことを想定した企画であり、ローミングサービスの解説からそれらのサービスを利用するため当時よく使われていたGRICとiPassといったダイヤラーソフトのインストールから使い方に至るまでが解説されている。

本書にはホテル内のLAN設備の使い方紹介もあるが、それは全部で240ページほどの内たった4ページでしかない(笑)。あくまでオマケ程度の内容なのだ。

また巻末には各国の国別情報が掲載されて頼りになりそうなあれこれが載っているものの、肝心のオーストラリアのページを見ると電話回線種類をはじめ国番号や電圧、電源プラグ変換アダプタの型そしてインターネットカフェ情報などが詳細に載っているが「LAN接続の普及状況」という項目には「不明」とある(爆)。

そういえば、いま思い返してみると自宅のネット環境も当時はまだADSL 8Mでインターネットを使っていた時代だったがそれでも私は最先端のつもりだった(笑)。

結局私たちが滞在したフォー・シーズンズホテルの部屋は有料ながらLAN設備が整っており、備え付けのデスクの引き出しにはLANケーブルまで用意されていたから結果としてあれこれと心配する必要はなかった。したがって持参したiBookを100%活かすことができたのは快適だった。

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※ホテルの部屋に備えられていたデータポートパネル(上)にiBookを接続してLANが使えた(下)


しかし今からたったの5年ほど前はまだまだこんな状況であり、海外でパソコンをインターネットなどに接続することに大きな不安を抱えていた時代だったのである。

無論現在でも訪問する国の事情はもとより、宿泊する場所もピンキリだろうからまだまだネット接続を思い通りにできるとは限らないが、米国をはじめ名の通ったホテルなどではまずまずLAN環境の設備が整っているからトラブルは少ないと思われる。さらに海外でも国内同様にそのまま使える携帯電話の普及も不案内な海外での不安要素を軽減してくれるに違いない。

そして国内では一時期、一流ホテルよりビジネスホテルなどの方が宿泊客確保のため積極的にLAN環境を整えたこともあり、出張時にネット接続に困ることはほとんどなくなる良い時代となった。

日々、当然のことのように活用しているネット環境だが、今ではライフラインといっても良いほどさまざまな形で頼らざるを得ない状況になっている。

ネット依存が過度になっては弊害もあるのだろうが、個人的にはiPhone 3Gのおかげでどこにいても電話による通話はもとより、メールによる情報のやりとりができるためタイムラグを最小限にすることができるようになったのが一番嬉しい。
今一度、自分のネット環境を再認識すると共にメンテナンスを含めて見直してみるのも良いかも知れない。

スティーブ・ジョブズとシャーロック・ホームズ共通点の考察

Appleフリークそしてシャーロッキアンを自負している私であるが先日シャーロック・ホームズ関連本を読んでいたときあらためて確信したことがある。それはスティーブ・ジョブズとシャーロック・ホームズとの共通点についてである。もしかするとジョブズはシャーロッキアンではないかとも思う(笑)。


まあ、我ながら突飛なテーマなので遊びとしてお付き合いいただきたいが、ここのところ数冊のシャーロック・ホームズに関する研究書を読みあさっていたとき、ホームズの生き様というかその性格や気質がAppleのCEO スティーブ・ジョブズのそれと重なり合うように思えた。 

たぶんこの両者に共通点を見いだすのは世界でも私が初めてではないかと自負しているのだが...(笑)。 
無論スティーブ・ジョブズは時代の寵児として実在している人物だし、ホームズはイギリスのビクトリア朝時代後期に活躍した世界初の私立コンサルティング探偵業を始めた男である。 
念のために記せば、シャーロッキアンとはホームズを実在の人物としてその生涯を含めた時代、そして往時のさまざまなことを研究する人たちである。 

まず、そもそも私がジョブズとホームズを結びつけた最初のきっかけはジョブズの癖というか...ポーズで、以前からおぼろげに考えていたことなのだ。 
昨今の基調講演やスペシャルイベントでは片手にプレゼン画面を送るリモコンを持っているからかそうしたポーズはほとんど見られないが、彼が両手の5本指を合わせた合掌のようなしぐさは私自身もかつてのMacworld Expo会場で頻繁に見たことがあるしいくつかの映像にも残っている。 

一例として紹介する映像は1990年にサンフランシスコでNeXTをデモンストレーションする際のスティーブ・ジョブズだが、頻繁にこのポーズをとっている。 

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※1990年NeXTをデモする際のスティーブ・ジョブズ。頻繁にこのポーズをとっている


興味のない人にとって何と言うことのないポーズだが、実はホームズも好んだポーズなのである。 
例えば「バスカヴィル家の犬」では「ホームズは椅子に深々とすわりなおし、両手の指先をつきあわせたまま、諦めたというようすで目をとじた。」と書かれている。 

さらに「花婿失踪事件」の中では「『なぜそんなに急に、相談にいらしたのですか?』ホームズは両手の指先をつき合わせて天井を見上げながらいった。」とあるし「赤毛組合」の「...批判的な気持ちのときいつもやる癖で、両手の指をかるくつき合わせた。」や「5つのオレンジの種」でも「.....ホームズは両眼をつぶり、両肘を椅子の腕に託して、両手の指先をつき合わせながらいった...」というようにこのポーズを取るシーンが随所に見られる。 

まあ、"見られる"といっても本文だけではイメージがわきにくいと思うが、ホームズシリーズが掲載されたストランド・マガジン(1891年1月創刊の月刊誌)のシドニー・バジェット(Sidney Paget)による挿絵でもそれらは忠実に描かれている。ちなみに後のホームズのイメージはこのバジェットによるところが多いといわれている。 

 
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※「ボヘミヤの醜聞」(1891年7月号)掲載のシドニー・バジェットによる挿絵。右の椅子に座り両手の指を合わせているのがホームズ


さらに例のグラナダTV制作ジェレミー・ブレッド演じるホームズもいくつかのシーンでこのポーズを忠実に再現している。 

The Problem of Thor Bridge

※ジェレミー・ブレッドの名演。Jeremy Brett Information より転載


問題はホームズのこうしたしぐさは何処から身に付けたかだが、正典(聖書に次ぐベストセラーといわれるアーサー・コナン・ドイルの「シャーロック・ホームズ」物語を指す)にはそれらしい示唆はない。 
普通に考えると指先などに神経を集中するのは神経質な人の癖のようにも思えるが、それだけではなく私は仏教の影響ではないかとこじつけている(笑)。 

ホームズがロンドンから姿を消し、ライヘンバッハの滝に落ちて死んだと思われていた3年間のあいだ、チベットに旅立ちラサを訪ね、ラマ教の指導者と数日を過ごしたことは自身の口(空き家の冒険)から語られているし、「4つの署名」では刑事を相手に中世の陶器の話し、ストラデヴァリウスの話などとともにセイロン島の仏教の話を縦横に論じているホームズである。ホームズは仏教に詳しいのである。 

本来ホームズはキリスト教徒のはずだが、大学生のとき構内の礼拝堂に足を運ぶことはあったようだが(グロリア・スコット号)他に彼が祈るために教会に出向いたり聖書を開くシーンは正典にない。 
反対に反キリスト教的な著作を読んだり、前記したセイロン仏教やチベット仏教、イスラム教にも興味を示している。 

ジョブズも赤貧時代にコーラーの空き瓶を集めて売り、ハーレクリシュナ寺院で無料の食事にありついていた時代があった。そして友人のダン・コケトと共にインドに旅立ち数ヶ月間も坊主頭で過ごしたらしい。無論瞑想と禅宗に傾倒していた時期がある。 

そして仏教では両手を合わせることはごく一般的なしぐさである。合掌は仏と一体になり、仏へ帰依することを示すといわれご承知のように挨拶としてあるいは相手への尊敬を込めて合掌をする場合もある。 
さらに合掌にもいろいろとあるらしいが「虚心合掌」という、まさしく両手の平の間隔を開けて合わせる方法( 両手の指先を合わせる形になる )もあり、こうした体験がイライラし意識を集中したいときなどに一種の癖となり独特のポーズとして現れるのではないか...。私はそう勝手に考えてみた。

さてジョブズは一般的に名誉欲とか出世欲の強い人間のようにいわれてきた感があるが、そうした志向は製品作りを通して世界を変えたいという一点にフォーカスされているように思える。 
彼の報酬はいまでも年間1ドルであることは知られているが、これを彼一流の見栄、ポーズとだけ捉えては辻褄があわない。 

ジョブズは高額の報酬を得るだけの実績をあげている人物でありAppleの中で文字通り一番の功労者なのだから、多くの報酬を得ても誰も文句はいわないはずだ。 
年俸1ドルの意味だが「自分は金のためにAppleで働いているのではない」というジョブズの強い意志を示していることに間違いないが、一方ホームズも事件の依頼者が金持ちの場合には高額の報酬を得ることもあるものの、例えば貧しい働く女性たちには「かかった分の実費だけいつでもいいですからお支払い下さい。私には仕事自体が報酬なのです」(まだらの紐)と発言している。 
共に名誉欲とか人に対しての影響力をよりよく持ちたいと考えていることは明らかだが、一部ではこうした「仕事それ自体が報酬」という態度を示している点にも共通性が見られる。 

それから両者ともに「芝居がかったことが好き」という点も興味深い。 
ご承知のようにジョブズは基調講演やスペシャルイベントの壇上に立った際には誰にも真似の出来ない最高の演技者である。 
そのプレゼンも一見ぶっつけ本番のようだが実は用意周到で緻密なリハーサルを繰り返した結果であるものの、最後に「One more thing...」と芝居がかった演出で聴衆を喜ばす。 
いかにしたら聴衆にインパクトを与えるか、記憶に残すことが出来るかを計算した結果の演出である。そして「宇宙をへこませたい!」と考えているジョブズにとって聴衆やユーザーの反応がその指針であり、その反応を見るのが一番の報酬であるかのようだ。 

片やホームズも最高の演技者であり、事件解決後の種明かしそのものがショーマンシップたっぷりのものだ。 
「マザリンの宝石」のフィナーレでもこうしたホームズの気質がいかんなく発揮されている。 
それはホームズが事件依頼者であるカントルミヤ卿のオーバーのポケットに調査で見つけ出した宝石を滑り込ませた後、犯人である決定的な証拠を依頼者自身に「現に宝石を所有していること」と言わしめ、「そうすると、まことに心苦しいことですが、あなたの逮捕を請求しなければなりません」と発言し卿を驚かせ怒らせている。 

その後ホームズは「いや、まことに申し訳ありません。ワトスン君にお聞きになってもわかりますが、私は子供じみた悪ふざけをする癖がありまして、劇的な大詰めがたまらなく好きなんです」と弁解している。 
その他「諸君、かの有名なボルジア家の黒真珠を紹介します!」(6つのナポレオンの胸像)とか「犯人、ジェファースン・ホープ氏をご紹介します!」(緋色の研究)などと劇的な結末を自ら演出することが多い。 

そういえば、ある種の秘密主義も両者に共通しているようだ。 
ジョブズの秘密主義はいまでは周知のことだが、無論そうしたやりかたが新しいプロダクトの神秘性を増すと共に競合他社の真似を防ぐ最良の方策であるからだ。 
新製品が発表されるとき、Appleの上層部でさえ極一部の人たちしかその全容を知らされていないことが普通だといわれている。 

一方ホームズも豊富な経験と鋭い観察力、想像力などで早々に事件や犯罪の大枠を知り得ても、相棒のワトスンにさえ途中ではなかなか説明しようとはしない。 
「ホームズの欠点の1つは...もちろんそれを欠点と呼べるならの話しだが...自分の計画を、それが達成される瀬戸際まではいっさい他人に打ち明けようとしないことだ。」(バスカヴィル家の犬)とワトスンに言わしめているくらいである。 

さらに、両者共に気分屋で気むずかしい人物として知られている。ホームズは紛れもなく気むずかしく、妥協を嫌う完全主義者であり常軌を逸した生活をおくり時には怖いと感じることさえある人物として描かれている。 
無論ジョブズも完全主義者であり、大変怖い経営者として知られている。 
しかしことビジネスとなれば、ジョブズは例の「現実歪曲フィールド」をフル装備しどのような相手でも説得に成功する術を心得ている。無論そのためには単に気むずかしいだけではダメだから、相手を得心させる話術と人間的な魅力を持っているのだろう。 

ホームズも普段は人付き合いを嫌い、特に女性嫌いで知られているが必要となれば心配事でうろたえている依頼者の女性に催眠術でもかけたかのように安堵させる話しぶりを心得ている。そして他に方法が無く仕方がないとはいえ、内部情報を得るために恐喝王ミルヴァートン家の女中をたらし込んで婚約するといった悪賢い面も見せている(チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートン)。やはり両者ともに女性にとっても魅力的な男性なのだろう。 

それからあえていうなら、ジョブは若かりし頃にLSDやマリファナといったドラッグの経験があったらしい。一方ホームズも暇に耐えられずにコカインの7パーセント溶液やモルヒネを使い、多々相棒のワトスンに心配をかけ非難されている。ただしホームズの時代はこれらの使用について合法的なものであり犯罪ではなかったことを記しておく。 

さて、そろそろネタ切れとなってきたが、後は共に大学を中退していることぐらいか...(笑)。 
ジョブズは1972年にオレゴン州のリード大学に進学するが半年で中退する。 
またホームズが在籍していた大学は諸説あるものの、ケンブリッジかオックスフォードのどちらかだといわれているが、やはり中退というのが定説だ。 

もうひとつ付け加えようか…。それは両者とも相棒に恵まれたことだ。シャーロック・ホームズにはジョン・ワトスンがいたしスティーブ・ジョブズにはスティーブ・ウォズニアックの存在が欠かせない。共にホームズおよびジョブズは異能というか常識に拘らないだけでなく他人に非情な人物というイメージがあるが、相棒のワトソンおよびウォズニアックは情に厚く正義感が強い。

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※「ギリシャ語通訳」のホームズとワトスン。シドニー・バジェット画(1893年)


ただしホームズとワトソンの親交はワトソンの結婚で一時期疎遠になったもののその友情は生涯変わらなかった。対してジョブズとウォズニアックにも様々な確執があり、ウォズニアックはジョブズから距離を置くようになった。

こうして見ていくと私にはスティーブ・ジョブズとシャーロックホームズの姿がかなり重なり合ってくるように思えるのだ。そしてうがった見方をするならジョブズのいわゆる孤高のダンディズムはホームズの生き様を真似ているのではないかと思いたくなるほど共通項が目につくのである。 

以上のように、「癖となっているポーズ」「仏教に興味」「仕事それ自体が報酬」「演出上手」「秘密主義」「完全主義者」そして「薬物使用」といったキーワードで2人の共通点を論じてきたが、当然のことながらジョブズとホームズは似て非なる部分も多い。その代表格は女性に対することだろうか...。 
ホームズは大の女性嫌いであるがジョブズはそうではない(笑)。 

ともかく、繰り返すがホームズはイギリスが最も光を放っていたビクトリア朝後期の人物であり、ジョブズはいまこの時代の寵児である。しかしそれぞれ活躍する分野はちがうものの、私には共に自らに強い使命を課し、時代の流れに挑戦し続けるヒーローとして映るのである。 

【主な参考資料】 
・小林司/東山あかね著「シャーロック・ホームズ大事典」東京堂出版 
・山田勝著「孤高のダンディズム~シャーロック・ホームズの世紀末」早川書房 
・コナン・ドイル著「CD-ROM版シャーロック・ホームズ」新潮社 
・諸兄邦香著「シャーロック・ホームズ 大人の楽しみ方」アーク出版 
・ジェフリー・S・ヤング+ウィリアム・L・サイモン著「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新報社

ラテ飼育格闘日記(101)

最近は本当に日が暮れるのが早く、公園を出るころには懐中電灯が不可欠というありさまだ。この11月12日でラテと巡り会って丸2年になるが、彼女はすっかり我が家にとって無くてはならない存在であり、オトーサンの生き甲斐になっている。


ラテがいなければ、土曜日や日曜日あるいは祭日なのに午前6時に起きることはない。

ラテがいなければ、毎日朝晩の散歩など続かないはずだし、ましてや1日6キロ以上も歩くはずはない。

ラテがいなければ、ワンコとはこんなにも利口で素晴らしい生き物だとは知らずに過ごしていたに違いない。

ラテがいなければ、自分の健康にこれだけ気を使うこともないはずだ。

 
ともかくオトーサンの毎日はラテ優先のスケジュール、ラテ優先のあれこれで事が決まっている。なぜならワンコを飼うと言うことは気を使うことが多いし、命ある相手ゆえにどうしても最優先で考えてやらなければならない。

例えばエサを切らさないように、飲み水は常に新鮮なものがあるか、食事の質や量は適切か、きちんと出した分だけ食べているか、ウンチは朝晩ちゃあんと出ているか...そして量や状態は適切か、毛並みは清潔で艶があるか、身体にキズや異常はないか、睡眠時間は十分か、歯はきれいか、爪は必要以上に伸びていないか、オシッコはきちんとしているかなどなどに注意を払う必要がある。

その他にもフィラリア薬の飲む時期には半年以上の間、毎月一回定期的に錠剤を飲まさなければならないし、狂犬病の予防注射や混合ワクチンの接種、そして年一回の健康診断などなどを忘れてはならない。さらに2ヶ月に一度程度の間隔でシャンプーやトリミングなどのためにワンコ専用の美容室に連れて行くことにしている。

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※この時期は日が昇るのを眺めながらラテの散歩は始まる


散歩に出れば、悪いものを拾い食いしないように、すれ違いざまに子供たちを傷つけないように、ウンチの後始末、自転車や車に注意、そしてワンコたちと喧嘩をしたり傷つけ合うようなことを避ける...といったことに気を使わなければならない。

勿論気を使うだけには留まらず、餌代やおやつ代は現実的に馬鹿にならない額となるし医療費は保険が利かないこともありかなりの割高感がある。そしてトイレシートやワンコ専用のウンチ袋、ウェットティッシュなどは不可欠の消耗品だから買い忘れないようにストックしておかなければならない。
正直なかなか大変なのである。
そうそうそ...気を使う...といえば先日オトーサンが気が回らなかったことでラテに悪いことをしてしまった...。

それは以前にもご紹介したが、朝の散歩途中に「ラテ、ラテ...ラテちゃん」と声をかけてくれる女性がいる。無論お互い待ち合わせをしているわけでもなく、たまたま行き交う時間帯が合ったときに出会うだけだから1週間に1回程度のことである。とにかく通勤の忙しいときだろうにラテにお手をさせたいと半年以上も根気よく声をかけ続けてくれた人なのだ。

最初手を出されると「ウ~」と唸ったり吠えたりしていたラテだが、さすがに最近はお座りをしてお手をするまでになった。しかしそのお手も腰が引けているのがおかしいのだが...。

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※駅のコンコースで一休み。ラテの視線はどこに..


先日の朝もその女性と出会い、ここのところ恒例となった「お座り」「お手」などをラテにやらせた後で「リードを持たせていただけませんか...噛みつかれますかねぇ」と問われたのである。

オトーサンは深く考えず、ここまで慣れたし可愛がってくださるのだから「大丈夫だと思いますよ」と答えつつ、リードの端を女性に渡そうとした。

無論女性はそのまま連れ去ろうというわけではなく(笑)、丁度10数メートル歩く方向が同じなのでラテのリードを引いて歩きたいという希望だったようだ...。

しかしその瞬間ラテは四つ足で地べたに這いつくばり、凍りついたように動こうとしない。そして次の瞬間オトーサンの正面に前足立ちして身体をぶつけてきたのである。それはまさしく「いやだぁ...助けて!」というラテの悲鳴のように思えて女性に「ごめんなさい、ダメですね」と言ってリードを渡すのを止めた。

ラテはオトーサンに抱かれつつ、耳を倒してシッポは下がってしまっている。
こんなに嫌がるとは思わなかったオトーサンはこちらを振り向きながら「ラテちゃんバイバイ」と言いつつ遠ざかる女性を尻目に「ごめんよ...ラテ」と18キロのラテをしばし抱き上げてやった。

そういえば、散歩中に写真を撮ろうとして木々などにラテをつなぎ、そこから少しでも離れると途端に不安になるのだろう、吠え始めるラテなのだ。だからリードを渡すということはオトーサンに見放されると思ったのかも知れないし、もし一瞬でもそんな思いをさせたのなら悪いことをしたと反省したのであった。

特にラテはノラ犬時代を経て保護されたこともあり、人間側の思いはともかく、ラテからすればこれまで預かってくれた人たちが数回変わったという事情があったわけだ。その都度ラテとしては飼い主が変わったと辛い思いをしたはずなので、そうしたトラウマも関係しているのかも知れない。
まあ、考えてみればオトーサンとしてもリードを知らない人に渡して平然とあるいは嬉々としてその人に着いていくようなワンコなら面白くもない...。

嫌だとオトーサンにしがみついてくれたことは真に我が家の一員になっていた証拠ともいえるのではないかとオトーサンの目には熱いものが吹き出してきたのであった。

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※オトーサンとラテは秋の澄み切った空気を一杯に浴びながら歩く


ラテがいなければ、この歳になってこれほど愛しい存在がいようとは気がつかなかった。

ラテがいなければ、これほど道行く人たちとの一期一会の交流はあり得ない。

ラテがいなければ、これほど変化のとんだ毎日を過ごすことはできないだろう。

ラテがいなければ、熱烈に帰りを待ってくれる者がいる幸せを味わうことはないだろう。

ラテがいるからこそ、人生ってなかなか捨てたものではないなあと感じている毎日なのである。

おっと...。下でラテが少々甲高い吠え声を上げ始めた。これは遊んで欲しいという甘えた鳴き声なのだ。
オトーサンはオヤツを持っていそいそとラテのいるリビングに急ぐのであった(笑)。

妙齢の女性と東京都庁45階展望室でデート(笑)

11月5日の昼過ぎ、会社時代に札幌のスタッフだった女性と新宿で待ち合わせ東京都庁第1庁舎の展望室で2時間ほどのデートを楽しんだ(笑)。休暇を取って札幌から遊びに来たついでに声をかけてくれたわけだが、ちょうど自分の子供の年齢に相当する彼女と会うのは昨年1月以来であった。

 
そういえば東京生まれの東京育ち、そして新宿に10年以上も事務所を構えていたわりには現在の都庁に足を踏み入れたことがない...。
東京都庁といえば一時期、東京都からソフトウェア開発の受注を受けたことがあり、東京駅丸の内にあった旧庁舎に数回出向いたことがあったが小役人の無礼で横柄な物言いに「これがお役所というものか」と驚いたものだ。ともかくそれ以降は縁がなかったし、新宿の新庁舎に展望台があることは知っていたもののわざわざ出向く機会も気持ちもなかった。

それが今回休暇を使って東京に遊びに来たという昔のスタッフが「お会いしましょう」と声をかけてくれたので新宿で待ち合わせ、そして彼女の希望で都庁第1庁舎の展望台に行くことになった(笑)。
なにしろ彼女はアクティブで今回国会議事堂にまで出かけたという...。

ただし2人の都合もあって2時間ほどしか予定が取れないことでもあり、展望室からの眺めを満喫した後に喫茶コーナーで短いひとときだが近況などを語り合って分かれるという短いデートとなった。
そういえば彼女とは昨年1月に札幌で会って以来で、その間いろいろ身辺変化のある年だったと聞いていたがその笑顔は以前と少しも変わらなかった。

何しろ“第2の父親”を自負し彼女のお母さんにもそれを公言している私としては(笑)新しい就職先で働き始めた彼女をいささか心配していただけに、その笑顔を見てほっとした...。

 当初、新宿駅南口で待ち合わせることになっていたものの「地下鉄から出たところが西口だったと」いう電話が入る...。
私がそちらにぐるりと回るのも時間の無駄だから、いっそのこと都庁で会いましょうということになった。なにしろ時間がないのである...。

南口から出た私はルミネ1の角を回り込み、中央通り東まで出て都庁のビルへと向かう。
途中京王プラザホテルの前を通ったが「そういえば大昔ここでNIFTYのシスオペサミットをやったなあ」などと懐かしい記憶が蘇ってくる。

都庁に着いたがさてどこから入ったら彼女と会えるかとフト考えて携帯電話(iPhone 3G)に手をかけたとき...前方を見ると手を振っている姿が...。
オヤジとしては、しばらく会っていなかった娘に会うような感覚でなんとも嬉しくなってくる(笑)。
その元気な姿を確かめて早速展望室専用エレベータで展望室に向かう。

しかしあらためて眺めると都庁の建物は凄い。しかし、このビルはバブルの時代に計画され丹下健三のデザインにより1990年12月に完成したものとはいえ、そもそも東京都の仕事って...こんな凄いビルというか環境が必要なんだろうか...と貧乏性の私はそんなことを考えながら都庁のビルに入っていく。

そういえば建築当時この建物は「バブルの塔」と揶揄されたことを思い出す(笑)。
展望室へは1階から55秒で到着するが、ここは都庁第1庁舎の45階であり、高さは202メートルだという。
幸い天気も良かったので展望室からの眺めは最高であり、文字通り東京の街を一望できた。

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※彼女と展望室から東京の街並みを一望する


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※さすがに202メートルの高さからの展望は素晴らしかった


可能な限り、さまざまな方向の窓から街並みを眺めるが、高層ビル群の一郭に一風変わった目立つビルが出来ていた。
何の建物なのか分からなかったが、彼女が喫茶スペースで聞いたところそれは東京モード学園の新校舎だそうで「コクーンタワー」というそうだ。
ちなみに2009年4月にファッションの東京モード学園、ITのHAL東京、医療・福祉のメディカル総合学園の3つの教育機関がこの新校舎に融合し、新しい専門学校として始動するという。
こんなに目立つビルの存在を知らなかったのだから、いかにこの近所にも疎くなったのかが分かるというものである(笑)。

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※中央右にあるまゆのような建物が「コクーンタワー」ビル


お茶とケーキを食べながらの楽しいひとときは一瞬に過ぎ、私も戻らなければならない時間になったので新宿駅まで一緒に歩いてから分かれた。
お互いまた会えるときまで元気で頑張ろうね!

東京都庁展望室

ラテ飼育格闘日記(100)

この「ワンコの"ラテ" 飼育格闘日記」もついに今回で100回を迎えた。毎週土曜日のアップを一度も欠かさず続けてこられたのも読者の方々の励ましのおかげである。さて今回は「名犬ラッシー」の話から進めていく...。というのも先日1943年制作の映画「 LASSIE COME HOME (家路)」を観たからである。


この映画を観るきっかけについては別項をご笑覧いただくとして、ともかくこの映画は犬という動物の知性に対する通念を作り上げる最大の貢献をしたと評価されることになった。 
ところでこのラッシーはもともと1938年に「サタデー・イブニング・ポスト」紙に掲載されたエリック・ナイトの短編小説の主人公だった。 
この物語の成功に気を良くしたナイトは一冊の本にまとめて出版したところ大ベストセラーとなる。そして1943年に本を元にした「 LASSIE COME HOME」と題する映画が作られたわけである。したがって「名犬ラッシー」は邦題ということになる。 
その後ラッシーを扱った映画も数多く作られ、テレビの連続ドラマにもなった。 
私も子供の頃にテレビの「名犬ラッシー」を観て育った一人だ。しかし映像となった元祖はあくまでこの「 LASSIE COME HOME」なのである。 

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※ラテと朝の散歩に出ると視界一杯にうろこ雲が広がっていた...


私が購入したDVDはパブリックドメインとなったマスターフィルムをデジタル化したものだから画質も良くないが、そんなことはストーリーにはまったく関係なく、オトーサンはいくつかのシーンで泣いてしまったことを告白しておく(笑)。 
話を進めるにあたり、ストーリーの概略を知っていただかないとならないが、その舞台は英国である。 
ラッシーは近所でも評判の利口で美しいコリー犬だった。しかしラッシーが飼われている貧しいカラクラフ家はお金のために大切なラッシーを犬好きな富豪の伯爵に売る。 
なにしろ一家に売るものといえばラッシーしかなかったのだ...。 

ラッシーは主人公の少年の友であり、ラッシーは毎日学校の授業が終わる時間を見計らって迎えにいっていた。 
街並みをラッシーが学校に向かう姿を見て店先にいた商店の人たちは時間を知るほどそれは正確な行動だったし、少年が束ねた本を口に咥えて岐路につく毎日だった。 
しかしある日、少年が学校から外に出てもラッシーの姿はない...。何が起こったのかと急ぎ自宅に戻るがそこにもラッシーの姿はなかった。 
母親は「わかるでしょ」と言いながら、家族たちが食べていくのでさえ難しいことを告げる。そして「あきらめなさい」と諭す。無論少年にはどうすることもできなかった。 

伯爵には美しい孫娘(エリザベス・テーラーの少女時代)がいて物語に花を添えるが、屋敷の冷酷な犬係りの手を逃れラッシーは何度も脱走して我が家に戻る。しかしそれで事がすむわけではなく、カラクラフ家はその都度伯爵の元にラッシーを連れて行く。 
何度も逃げ出すラッシーをある日伯爵は遠い別荘へ連れて行ってしまうが、犬係の隙をみてラッシーは屋敷から逃げ出すことに成功する。 
しかし、別荘はスコットランドでありご主人のカラクラフ一家のいるイングランドまで何百キロの距離を傷だらけになりながらも、優しい人々に支えられ時には命の危険に合いながら旅をつづけるというストーリーである。 

フィクションであることは承知だとしながらも、これだけワンコとその知性に対する通念を揺るぎないものにしたのは間違いなくラッシーの功績だった。彼女は単にワンコというだけでなく人間の友であり忠実な伴侶、そして時には主人たちを守るボディガードだった。 
あっ、「彼女」と書いたが無論物語りの中のラッシーは雌犬である。しかし映画で実際にラッシー役を演じたのはパルという雄犬だった。 
雄犬が使われたのには理由がある。それは雌より身体が大きく物怖じしないためと、避妊手術を受けていない雌犬は年に2回の発情期を迎えると毛が大量に抜け落ちることが多いからだという。 
場面毎にラッシーの毛並みが変わってはおかしいことになるという配慮だった。 
とにかく映画の中のラッシーは大変利口である。人のことばを理解するだけでなくその気持ちをも察して行動する。それだけにラッシーと周りの人々との気持ちが観る者に通じて暖かい気持ちになるのである。 

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※約2年間ラテと散歩をしているが、こうしたツーショットは珍しい(笑)。オトーサンは早速この写真をiPhone 3Gの壁紙としてセッティングした


映画を観ながら、オトーサンの頭の中には当然のことながらラテがいた。別に名犬ラッシーと比較してどうのこうの...と言うつもりもないが(笑)、まず羨ましいと思ったのは現実的な問題だ。 
それはラッシーの日常にリードが無縁だったことである。 
少年を迎えに行くとき、街中を通るがこのときラッシーは単独で行動するわけで、首輪はしていてもリードがついているわけではない...。しかしこれが現在の日本なら途中で保健所に捕まってしまって物語にならない(泣)。 

さてラッシーを見るまでもなくワンコの知性の高さには日々驚くことがあるが、先日もラテの行動にオトーサンは舌を巻いた。 
まず最初のエピソードだが、いつものオヤツの時間になったのでオトーサンは少量のプレーンヨーグルトを用意した。ラテを見ると出窓のたたきに両前足を投げ出して伏せ、外を眺めていたので容器を両前足の間に置いた。 
「チン...」という食器の音がしたので振り返って見ると何と...ラテは両前足の間隔を狭め、そのために食器が前足の上に押し上げられて乗った形でヨーグルトを食べているではないか。 
伏せているとはいえ、たたきに置かれた食器の中身を食べるとすれば、些か頭を下げて食器の中にマズルを突っ込む必要がある。しかし両前足の間隔を狭めたことで底が丸みを帯びている食器は両前足の上に乗り、数センチ上昇したため頭の位置はほとんど変えずに食べることができるのだ! 
なんともグータラなことだが、人やワンコも楽をしようと工夫をするもののようだ...。 
まさか、最初はそうしたことを計算した行動とは思えなかったのだが、次のエピソードの後ではオトーサンの考え方も少し変わってきたのである。 

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※両前足の間隔を狭めて食器を持ち上げ、ヨーグルトを食べるラテ


ラテはオトーサンたちが食べたアイスクリームの紙カップを欲しがる。そこには多少なりともアイスクリームが残っているからだが、先日紙カップではなく硬質樹脂の容器に入っているプリンを女房が買ってきた。無論ラテ用ではなく私たちが食べるためだ。 
オトーサンたちがスプーンですくって食べ終わった容器にはやはり多少の残り物が付着しているわけで、ラテはそれを欲しいとお手を繰り出す(笑)。 

問題なのは容器はちょうど牛乳瓶の上下を短くしたような形状で、紙カップとは違いラテのマズルが入らない口径サイズなことだ。さらに舌を繰り出しても容器の高さは舌が奥まで届かないはずだった...。 
オトーサンは「どうやって舐めようとするのか」に興味があったものの、舐められなかったらスプーンでかき出してあげようと考えていた。しかしラテの行動はオトーサンたちの考えていた範疇を超えていた...。 
何と容器の縁を咥えた瞬間にラテはそれを空中高く放り上げたのである。 
容器は1メートルほど上から落下し、その衝撃で容器の中に残っていた少量のプリンはものの見事にフローリングの床にまき散らされた! 
無論ラテはしてやったりとそれをあっという間に綺麗に舐めてしまった。 

これまでの紙カップは壊すことはあっても放り上げることはなかったし、そんなことをしなくても楽々と中身を舐めることができたからプリンの容器を放り上げることを学習したはずはない...。 
勿論偶然の行動だともいえるわけだが、よくガムやボールを口でリフティングしたり放り投げて遊ぶので、もしかしたら計算ずくだったのかも知れないと驚嘆した次第である。 
とにかく新しいことに直面した場合のラテから目を離せない毎日である。 

【参考資料】スタンレー・コレン著「犬語の話し方」文春文庫刊

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主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員