ラテ飼育格闘日記(160)

早いものでこの「ラテ日記」も本年最後の回となった。ところでラテとの生活はそれはそれで毎日単調なようでも様々な出来事や多くの人たちと出会うことでもあり刺激的な日々が続く。しかしそれは飼い主のオトーサン側の言いぐさであって、はたしてラテ自身が現状に満足しているのかを考えると少々心許ないとも思う。

 

オトーサンの1日はラテに始まりラテに終わる。これは言葉の綾ではなく現実なのだ...。そしてそれが丸3年も続いたことになるがオトーサンのラテに対する気持ちは益々深く広くなっていくようで自分でもこれでよいのか...と思うことしきりである(笑)。
朝は小一時間、夕方は季節によるものの1時間半ほどの散歩をラテと共に過ごす。

さて、一時代昔のワンコは番犬ということも含めて何らかの役割、仕事を持っていた。ワンコを飼うということは単なるステータスとか愛玩のためだけというケースは大変少なかったように思う。
牧羊犬とか牧畜犬なら放牧している羊や牛といった動物を追いまとめつつ、これらを狙いにやってくる動物を追い払う役割を持っていた。あるいは猟犬なら獲物の臭いを追い居場所を示し、猟師がしとめた獲物を回収するという仕事があった。
無論現代でもご承知のように警察犬とか盲導犬などよく知られているような人にとって大切な役割を果たすべき訓練を受けたワンコもいる。しかしペットブームとして認識されている多くのワンコたちの役割はただひとつ、家族を癒すということが最大の仕事となっているに違いない。無論それが悪いわけではないし、そのために改良し生み出された小型犬種も存在するわけだ。
しかしラテのような中型犬がオトーサンたちを癒すだけが生き甲斐...というのではラテが可哀想だ(笑)。

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※ラテのご機嫌ショット二題。上はハリーちゃんと久しぶりに会ったので勇んでご挨拶。下はマキちゃんとチューとベロベロを続けるラテ(笑)


日常は朝晩の散歩以外オトーサンが階下に降り、キッチンで食事をするなどの時間帯を別にすればラテはひとりで静かに寝ている。無論熟睡しているかは不明だし時には出窓のたたきに乗り、外を行き来する人たちやワンコに吠えたりもするが大概は大人しく過ごしている。だからこそ散歩の時間はオトーサンと共同で作る大きなイベントのはずなのだが、ただ単に道を歩き、地べたをクンクンするだけではいかにも単調だと思うのだ。
だから夕食後には少しの時間でもラテと室内でいろいろな遊びをすることにしたが、いまでは食事が一段落するとラテはオトーサンに向かい熱い視線を送ると共に「ウー...ウァン!」と遊びたいという意思を示すようになった。
それはそれで可愛いし良いのだが問題はどんな遊びをするかだ...。

これまで様々な遊びを試してみたがやはり一番はボールを使ったもののようだ。ただしそのボールも野外でオトーサンが投げた物を咥えて持ってくる...といったことならともかく室内ではいろいろと制約もあるしボールの大きさや堅さに好き嫌いがあることも分かった。
テニスボールほどの大きさだとやはりラテには少々大きすぎて咥えるのに苦労するからか飽きやすいのだ。またそうした堅いボールより弾力があるボールの方が好みなのはわかっている。とはいえ単純にプラスチック製の柔らかいものだと目を離した隙に囓って飲み込んでしまった前科もあるからと今は直径5センチほどで簡単には食いちぎれない天然ゴム製のボールを使っている。

このボールを使った遊びにはいくつかのバリエーションがあるが、その第一は何といってもボール投げ...。とはいえ狭いリビングで野外みたいなことはできないからとオトーサンが考案したのがボールを壁付近の床に向かって角度を考えて投げ、それを壁に跳ね返させて手元に戻ってくるような投げ方をすることだ。
このとき、壁に跳ね返ったボールをラテがダイレクトキャッチしたら小さなオヤツをあげるというわけである。これがいまのところラテ一番のお気に入り室内遊びなのだ。



※ラテとオトーサンの室内ボールキャッチング!iPhone 3GSによる撮影


大変短い距離だがワンコの動体視力はなかなかのもので、かなり強く跳ね返ったボールも上手にキャッチする。それを咥えてオトーサンの掌にきちんと戻すとご褒美が出るわけ...。
気分屋のラテはスタート直後は大変よい成績を示すが、そのうちにオトーサンがボールを投げてラテがキャッチするといったコンピネーションプレーを無視し、ひとり遊びに専念する(笑)。
ボールを咥えては頭を振り、その反動でボールを投げたり1度咥えたボールを床にドリブルして咥え直したり、あるいは前足とか鼻面で強く押してボールを転がしてから追いかけるといった仕草を続ける。そして疲れると床に腹ばいになったままボールを口に咥えてフガフガと遊ぶといった具合だ。

余談ながらオトーサンは強く思うのだがラテには “ネコ文化” なるものが伝わっているのかも知れない...。
このボールを自分で転がして追いかける仕草はネコそのものだし、両手前足あるいは片足で顔を洗うような仕草もまるでネコだ。
ラテとニャンコの因縁?については「ワンコの”ラテ” 飼育格闘日記(19)」にご紹介したが、生後3ヶ月程度の多感なときネコが7匹も行き来する環境で育ち、お婆ちゃんネコたちにちょっかいを出して猫パンチを食らっていたラテだというからネコの仕草や生活様式を見よう見まねで受け入れたと考えてもあまり不自然ではないように思うのだが...。

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※砂場でオトーサンと遊ぶラテ。それにしてもその目の真剣なこと!


その他、ボールを床に敷いた布の下に隠して探させたり、投げるふりをしてオトーサンの脇の下などにボールを隠して探させたりとバリエーションは工夫しているつもりだが正直ネタも切れた(笑)。最近では投げたふりをしてもそのボールが何処にあるかを知っているからダイレクトにオトーサンの脇の下あたりを探りに来る(爆)。
しかしオトーサンが工夫すればするほどラテの好奇心や知能はまだまだ進展・発達するように思えるからもっと新しい遊びを考え出さなければならないと痛感しているこの頃なのである。
ラテを単なる愛玩犬で終わらせないためにもオトーサンの奮闘は来年も続くのであった...。

では皆さん...よいお年を!
そして来年も「ワンコの"ラテ" 飼育格闘日記」をよろしくお願いいたします。

ラテ飼育格闘日記(159)

先週12月10日はオトーサンたちにとって記念すべき日であった。それはちょうど3年前のこの日、引越の荷物もまだまだ片付いていない我が家に生後6ヶ月というラテが来た日だからである。あれから3年、文字通り怒濤のような日々が続いたが手前味噌ながらラテはよいワンコに育ったように思う。

 

あの日、車に酔って途中で吐いたというラテだったが我が家に連れてこられたとき、口を大きく開けて少々身をよじりながらオトーサンたちに近寄った。その姿はオトーサンにはいささか照れているようにも思えた。
オトーサンたちも初めての体験でいささか緊張していたはずだが、ラテも茨城県から車で運ばれたこともあって環境が変わったことから緊張気味だったはずだ。

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※2006年12月10日、我が家に到着したばかりのラテ


オトーサンは早速その当日、まだ明るいうちにこれまた初めての散歩を体験した。
まさしく「これが愛犬との散歩か!?」という感激と共に、ラテの行動のすべてが新鮮だったことを思い出す。
とはいえその小1ヶ月前より数冊の飼育書を買い込み、飼い主としてリーダーとしての心構えは勿論、散歩時のリードの扱い方や拾い食い防止の方法あるいは甘噛みへの対処などなどの基本を頭にたたき込み意気込んでいたのも事実だった。しかし今から思えばそうしたマニュアル本的なノウハウの多くは役に立たず、オトーサンを悩ませることになる。
オトーサンの対処がまずいのか、あるいはこのワンコが特別な奴なのか?と悩んだこともあった(笑)。

なにしろワンコを飼ったことはこれまでまったくなく、ある意味「ワンコは全部ワンコ」として同類項であり犬種の違いはあるにせよ1匹ずつ性格が違うといったことに気が回らなかったのである。したがって飼育本のようにはいかずにオトーサンも悩んだが、ラテも環境ががらりと違っただけでなくビギナーな飼い主に大きな戸惑いを覚えたに違いない。
それからあっというまに3年が経った...。今から思えばあのとき「ああすればよかった」とか「対処が間違っていたかも...」と思う点もあるものの幸いなことにラテはオトーサンたちにとって良い子に育ったといえる。

くどいようだがラテ以外の経験がないので他のワンコと比較がままならないものの100%室内飼いしている愛犬としては随分と手間がかからなくなった。
まずはいわゆる「無駄吠え」をしないことだ。勿論「無駄」というのは人間側の言いぐさでありワンコにとっては何らかの吠える原因・意味があるからこその行為なのだが、飼い主から見れば何故吠えているかが分からないからこそ「無駄吠え」と捕らえてしまう。
ラテは出窓のたたきに乗りガラス越しに向こうを通る人たちを観察しつつ気になる人や動物が通ると警戒心なのか...吠える。
その対象は嫌いなワンコだったり、気になる猫やカラスだったりするし、窓のすぐ下が我が家の玄関に続く階段があることでもあり、ここを通る人に対しては「無断で通るな」とばかり、まず吠える。

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※出窓のたたきに陣取って外を眺めるラテ


無論常に出窓のたたきにいるわけではないが、これはこれで正直優秀な番犬である。それに面白いといっては語弊があるものの、通り過ぎる人に対して常に吠えるわけではない。ラテの判断で「怪しい」「怖い」「危険」など警戒心を持つ相手に吠えると思われるが、そのラテが吠える相手をオトーサンが2階から観察すると「なるほど...」と思うことが多いのである。
例えば腰が曲がっている老人、長身で猫背の男性、同じ場所を行ったり来たりと挙動不審の人、荷物を不自然に多く持っているとか、あるいは服装が特別であるとか何らかの要因でラテにとっては不審感をいだいたからに他ならない。
例えば運動のためのなのか、遊歩道を後ろ向きに歩いている男には絶対に吠える(笑)。

最初は杖をついている人、車椅子、カートを引いている老人、警備員など制服を着ている人、作業着の人などにも吠えたがラテにとってそれらは未知の対象だったに違いない。それは人ばかりでなく石垣、積雪、落ち葉、木の枝、ビニール袋、枯れ枝、タバコの吸い殻などなど1度は触れ、困ったことだが口に入れて確かめ、何が安全で何が食べられるかを学習していったに違いない。
例えばカバーをかけて置いてあった自転車やバイクを恐がり、その脇を通ることを嫌がったラテだったが1度それは安全なものであり危害は加えないとわかると次には鼻でつついて行くといった具合に...。

こうしたケースを別にするとラテは室内で吠え続けるといったことはほとんどない。
オトーサンたちにいわゆる要求吠え、例えば「ボール遊びしたい」とか「オヤツ頂戴」といった場合に独特の「ウァン、オーン!」といった声を出すが鳴きやまないといった吠え方はしないし夜も体調が悪い時を別にすれば静かにひとりで寝てくれる。これは本当にありがたい。
逆にたまたま2階にあるオトーサンたちの寝室にラテを呼ぶことがあっても一時期オカーサンの布団の上で喜びながら遊んでいてもどういうわけか一時が過ぎると階下の自分の部屋...リビングに降りていくのだから面白い(苦笑)。

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※リビングのマッサージチェアはラテのベッドでもある。前記の写真もそうだが、ラテは左前足で右前足を抱え込むのが癖のようだ


また遊びとしてオカーサンの履いているソックスやスリッパを狙って振り回すことはあるが、幼犬時代のように何でもかまわず囓ったりすることはなくなった。したがって飲み込む可能性があるとか尖ったものなど危険なものはリビングに置いていないものの日常は安心して遊ばせておけるし出窓のたたき、床、マッサージチェアそしてハウス(クレート)とその時の体調やら気分によってだろうが寝場所を変えながら1日中静かにしているのだから良い子である。
そしてあれほど苦労した拾い食いも完全になくなったとは言いがたいが、何でも口に入れようとはしなくなったので散歩が大分楽になった。

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※散歩中にオトーサンの膝を鼻先でツンと突いて気を引く(笑)


いま注意をしていることといえば、すれ違う他のワンコに対してフレンドリーではない場合が多いということか(笑)。
無論友達ワンコやこれまで鼻面を付き合わせて遊ぼうのポーズをとったことのあるワンコには吠えたりすることはないものの、未知のワンコには自分から唸り吠えかかることがあるので安心はできない。
ただし人間に対しては攻撃性を持っているわけではないが、誰にでも尻尾を振って寄っていく...といったタイプのワンコではない。したがって初対面の人間が手を出そうとでもすれば当然唸る。
性格が多少臆病なのだろうか、ラテの脇を通り過ぎる人間に対してその人の顔を見上げ値踏みでもするように観察するのが常なのだ。そのとき通り過ぎる人がラテに関心がなく無視すれば吠えることはないが、例えば好意であってもラテと視線を合わせて「あら、かわいい」とかなんとか声をかけたり手を出そうとすると必ずといってもよいくらいに唸ったり吠えたりする(笑)。しかしそれが子供の場合、初対面でも尻尾とお尻を振りながら耳を倒し、低姿勢になって自分から近づこうとするのだからその違いは興味深い...。

したがって相性が悪いワンコや初対面のワンコと対峙するときに十分注意すれば散歩を楽しむことができるようになった。
毎日の教育やら訓練といったことも重要だが、時間が解決してくれるといった面も多いことをつくづくと感じている。
いま最大の問題があるとすれば、それはオトーサンの体力である。
なにしろ最近では左足の膝が痛んで困る。それでも「今日の散歩は休み」というわけにもいかず、オトーサンは湿布をした上にサポータを巻いて出かけるのである。
本音は一週間くらい温泉にでも浸かってゆっくりしたいところだが...嗚呼...ラテが階下で散歩に行こうと吠えている(笑)。

WWDC '97で実現したスティーブ・ジョブズ 魅惑の特別セッション

1996年12月20日、AppleがNext Software社を買収し、かつスティーブ・ジョブズを顧問としてAppleに在職させることが発表されたときから瀕死の状態だったAppleに光が差し始めた...。


結果としてスティーブ・ジョブズは自身のApplへの復帰に力を尽くした当時のCEO ギルバート・アメリオまで退任に追い込んだし、NewtonプロジェクトやOpenDocを抹殺したことで非難もされた。しかしその後の歴史が示しているようにAppleはスティーブ・ジョブズの舵取りでその後の進路を得たことは間違いない。
ところで皆さんも先のSpecial Eventに退院復帰後のジョブズが壇上へ現れたとき、会場に居並ぶ多くの人たちのスタンディングオベーションが凄く、しばらくの間彼が「サンキュー」を繰り返すしかなかった完動のシーンを覚えているに違いない。
実は1997年5月のWWDC '97においてこの時と同じようなシーンが見られたことはあまり知られていない。

私の手元に "WWDC '97 - Worldwide Developers Conference Presentations CD Pack" と題する5枚組のパッケージがあるが感動の映像はそれに収録されている。
それはタイトルの通り1997年5月に開催されたWWDCにおけるキーノートの他、幾多のセッションが行われたその映像を記録したもので、後に当時のデベロッパたちに配布されたものだ。

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※"WWDC '97 - Worldwide Developers Conference Presentations CD Pack" パッケージ


現在ならDVDで配布されるべきボリュームだが、ここでは大変小さなサイズの動画でそれぞれのセッションを見ることができるものの拡大してしまえば画質はかなり荒れてしまい鑑賞に絶えられるものではない。しかしここには画質うんぬんを超えた魅力...すなわちAppleに復帰直後のスティーブ・ジョブズの姿が見られるのだ。
WWDCのいわゆるキーノートそのものはギルバート・アメリオ CEOが行ったが、いまでは考えられないものの5月16日、Appleに復帰したスティーブ・ジョブズが開発者等の問いに答えるという特別セッションが開催されたのである。

さて、あまり知られていなかったのはそれが一般ユーザー向けではなく開発者たちの集まりであるWWDCの特別セッションだったという位置付けだからに違いないが、まさしくWWDCの場に集まった世界中の開発者らの安堵と期待が伝わってくるようだ。
余談ながらこの興味深いセッションの概要を日本語で知ることができる最新の情報は「MACPOWER 2009 Vol.2 (アスキームック)」であろうか...。
"モダンOS進化の系譜"と題された特集の中に見開き2ページながら「スティーブ・ジョブズと気軽なおしゃべり」というのがそれだ。ただし本誌は1時間以上にもわたるセッションのすべてが記録されているわけではなくあくまで概要といったものだが他にこのときの情報があまりないので私にとっては目立つ情報源のひとつなのだ...。

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※アスキー・メディアワークス刊「MACPOWER」2009 Vol.2


それはともかく、多くの人たちが知っているスティーブ・ジョブズはMACWORLD ExpoやAppleが主催するスペシャルイベントで壇上に立ち見事なプレゼンテーションを行う彼の姿に違いない。
それはすでに伝説にもなろうとするほど見事なプレゼンテーションであるが一方通行の催事である。そしてこれらのイベントではゲストや別の役員がヘルプとして登壇することはあるものの基本的には最初から最後までジョブズの独壇場といったケースが多い。だからこそこのセッションは珍しいのである。

進行は来場者の挙手をジョブズ自身が指名し、質問者の話を聞いたうえでその質問に答えるといった形だ。
たぶん実際にはあらかじめ混乱をさけるため質問者はApple側で選別されていたと思うが冒頭から「OpenDoc開発の中止に関してあなたの意見は?」といったきつい質問が出たのも面白い。
スティーブ・ジョブズは「自身もOpenDocを開発中止に追い込んだ当事者の1人として心が痛むし申し訳ないことだ」と問題を真摯に受け止めながら、優先順位の高いものへフォーカスせざるを得ないことを説明している。

以下画質はよくないが、いくつかのシーンをご紹介しよう。

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その他、「アップルに対してのネガティブな報道をどう思うか?」「Appleが今後進むべき方向性は?」「デベロッパに残された開発チャンスは何か?」「Newtonはどうなる?」「今後Appleの経営に深く関与していくのか?」といった当時のユーザー、デベロッパあるいはディストリビュータたちすべてが危惧し知りたいと思っていることが取り上げられている。そしてジョブズの答えもときに考え込みながら真面目に対応している姿は好感が持てるものだ。

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というわけで内容的にも時代背景を考える上でも興味深いものだが、何と言っても近年体調を壊し痩せこけたスティーブ・ジョブズしか知らない人たちにこのときの生き生きとした彼の姿を見ていただきたいとも思う。
頭髪はすでに薄くなっていたものの少々太り気味と思えるほど生き生きとしたジョブズが大きな身振り手振りでスピーチするその姿は現在の彼とはいささか違った側面を見せてくれるものとして興味深い。
Appleの歴史を学ぶ1人としてこのCDパッケージはお宝のひとつなのである。

フラメンコギターの天才パコもMacユーザー!

フラメンコ界屈指の天才ギタリスト「パコ・デ・ルシア」の素顔と人間像、そしてコンサート風景を紹介する2枚組DVD「FRANCISCO SANCHEZ - PACO DE LUCIA」を久しぶりに観た。その彼が曲作りに使っていたのがPowerBook G3なのだ。

 
フラメンコあるいはフラメンコギターを志す者にとってパコ・デ・ルシアの名を知らないひとはいないはずだ。これまで狭い民族音楽といった感のあるフラメンコギターをコンサートに耐えうる芸術に押し上げた先駆者にはカルロス・モントーヤとかサビーカスなどの先達がいた。しかし国や音楽嗜好を問わず、ジャンルの壁を越えて多くのファンを得たのはパコ・デ・ルシアの功績だといっても過言ではなく、だからこそ彼に与えられた「フラメンコの革命児」という栄誉は伊達ではない。

私もパコ・デ・ルシアのCDはほとんど持っているし日本公演時には女房と一緒に聴きに行ったこともある一ファンである。しかし彼の天才ぶりはよく分かるもののそのバックグランドなどについてこれまで多くを語られることはなかった。
本DVD「FRANCISCO SANCHEZ - PACO DE LUCIA」はそのDVD 1枚目に彼の生い立ちからこれまでの活動を振り返ることはもとより、彼自身の口から父や母、そしてフラメンコのことなどを語るというファンにとっては大変貴重な映像が収録されている。
たぶん彼も年齢と共に(パコは私より一歳年上だ)心境が変わってきたのだと思うが、実はDVDのタイトルにある「FRANCISCO SANCHEZ」とは彼の本名なのである。

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※DVD 2枚組「FRANCISCO SANCHEZ - PACO DE LUCIA」


映像にある海に潜って魚を捕り、植木をいじり、市場に出で買い物をする...あるいは子供と戯れるのは「パコ・デ・ルシア」ではなくフランシスコ・サンチェス・ゴメスなのだ。そして若いときとは違い、なるべくフランシスコ・サンチェス・ゴメスでいたいという心情がよく分かる...。
「義務では弾きたくない」といい、また「金のために弾くことは容易い。しかし腹はすぐに膨れるが精神はそういうわけにはいない。もっとどん欲なものだから巧くなろうとすることは苦しく辛いことだ」といった芸術家特有の発言もそれが天才の名を恣にしているパコ・デ・ルシア自身の口から語られると説得力がある。

純粋なフラメンコのツアーだけでなく彼は80年代にはジョン・マクラフリン、アル・ディメオラとのスーパー・ギタートリオを組んだり、81年にはジャズ・ピアニストのチック・コリアとも競演するなど他のジャンルと積極的に交わってきた。そうした中からこれまでフラメンコにはなかったハーモニーの重要性をも感じてきたという。
さらに本来楽譜には縁のないフラメンコ・ギタリストとしてロドリーゴ作曲「アランフェス協奏曲」を演奏するといった試みも実践して成功させているがそのためにソルフュージュを学びなおしたというから凄い。
そして素人の私たちからは天賦の才が有り余る文字通りの天才の口から「一日12時間もギターを練習した...」といった発言を聞くとその努力の部分が普段は見えないからこそ驚いてしまう。

余談になるがイギリスの作家コナン・ドイルもシャーロック・ホームズ物語の初編となった「緋色の研究」の中でホームズに「天才とは、無限に苦痛に耐えうる能力をいうそうだ」と言わしめている。
その出典はどうやらカーライルの「フレデリック大王の生涯」にある「天才とは何よりもまず、無限に努力する能力である」ではないかと言われているが凡人には耳の痛い話だ(笑)。
そしてパコ・デ・ルシアは自身が録音しリリースされた自分の音楽は絶対聴かないというある意味では病的と思えるほどの完全主義者の顔も見せる。
ひとつのエピソードとして自身が語るには、街中で「上手い!」と思った演奏に出会ったがよくよく聞いてみるとそれは自分の演奏であった。その後その音は大嫌いになったという(笑)。
彼以外の口から出た言葉なら大いに嫌みを感じるだろう(爆)。

彼のこれまでの活動やらを記していたのではきりがないが、実はこのDVDを観ていたらノートパソコンで曲作りをしている場面があった。そのパソコンはよくよく見るまでもなくPowerBook G3で、使っているソフトウェアがLogicであることがわかりまたまた惚れ直す機会になってしまった。

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※パコ自らPowerBook G3を操作している...


パコのひげ面、そして浴衣(愛用しているみたいだ)一枚でPowerBook G3に向かっているその姿はなんとも嬉しくなってくる。
なおこの映像がリリースされたのが2003年だったから、たぶんパコ・デ・ルシアも現在では最新のMacBook Proを使っているのではないかと想像している。
そういえば私のフラメンコギターの師匠、大沢憲三先生もPowerBookユーザーだったっけ...!

その他、DVD2枚組のうちドキュメンタリーの方ではパコ自身の若かりし頃の映像はもとよりだが1975年2月18日にスペイン王立劇場でやったコンサート、カマロンとの共演やカルロス・サンタナ、チック・コリアとの共演など貴重な映像が見られる。さらにニーニョ・リカルドの映像 ビセンテ・アミーゴやトマティート、マノロ・サンルーカルやラファエル・リケーニ、ファン・マヌエル・カニサレスといった当代きってのギタリストたちのインタビューも見ることが出来て興味深い。




Apple「Alice〜Through the Looking Glass」 再び!

Apple純正ゲームとして貴重な存在である「Alice〜Through the Looking Glass」についてこれまで2度記事を書いた。最初は2004年5月だったがその際に使ったパッケージは引越の際にどこかにまぎれて紛失してしまったが今般やっと未開封のパッケージを手に入れる事ができたのである...。

 
この「Alice〜Through the Looking Glass」については過去に「Apple純正ゲーム「Alice〜Through the Looking Glass」とは」で詳しく触れたのでゲームの内容について重複は避けよう...。
ただし「Alice〜Through the Looking Glass」はAppleの歴史上最初の純正ゲームとしてリリースされた製品で、現在iPodやiPhone用のApple純正ゲームが登場するまで長い間Apple唯一のゲームとして知られていた。

「Alice〜Through the Looking Glass」が貴重なのはそればかりではない。その第一印象は大変美しいパッケージだいうことだ。
当時は今のようにダウンロード販売といった形態はなかったから基本的にどのようなソフトウェアも何らかのパッケージに包まれていたが、そうした中でも「Alice〜Through the Looking Glass」は特別だった。
そして作者がかつてAppleでLisaやMacのFinder、Newton OS開発などに貢献した著名なプログラマ、スティーブ・キャップスであるという点も注目された。

この辺のいきさつについては前記の記事を是非お読みいただきたいが、どうしたタイミングか大切に保存していたはずの「Alice〜Through the Looking Glass」が3年前くらいから見つからなくなってしまったのである。
どうも引越時になにかに紛れて処分してしまったのかも知れないがこの種の紛失で悔やむアイテムがいくつかあるものの、こればかりは自身のだらしなさからきたことなので諦めるしかない(笑)。

ともかく機会があったら再び手に入れたいと考えていたが、今般未開封の「Alice〜Through the Looking Glass」を手にすることが出来たのである。
とはいえ格好をつけるわけではないが、私は未開封そのまま棚に飾る趣味はなく、ソフトウェアは"動かしてなんぼ"の物だと考えているから勿論開封して中身を確かめてみることにした...。

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※古書を模したデザインはソフトウェアパッケージとして比類のない美しいものだ


というわけで今回は「Alice〜Through the Looking Glass」のパッケージそのものについて以前より詳しくご紹介したいと思う。
まずパッケージは約130×178×21mmほどの大きさで書籍を模したデザインになっている。
その布貼りと表紙に描かれた中世の木版画のようなデザインがどこか曰わく因縁のある古書のような雰囲気をかもし出している。そしてその下にはこれまた古めかしいフォントで "Through the Looking Glass" および "by Steve Capps" と書かれている。
さらに表示の左上にはアップルロゴがあり裏表紙下にはクレジット表記と共に "1984 Apple Computer 914-0183-A" とあり、1984年製であることがわかる。

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※表紙の木版調デザイン拡大図(上)と裏表紙の下部にあるクレジットおよびリリース年代等表記(下)


無論 "Through the Looking Glass" はルイス・キャロルの「鏡の国のアリス」の原題であり "by Steve Capps" というのは前記したようにこのゲームを作ったプログラマの名である。

さてパッケージとしては表紙が本のように開き、その赤いビロードのようなポケットにこれまた可愛らしいディスクラベルが貼られた3.5インチ・フロッピーディスケットが納まっているという憎い演出である。
表紙の裏には本ゲームの簡単な解説が書かれているが、転写を防ぐためだろう薄い紙が1枚丁寧に挟まれている。

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※表紙を開けると表紙裏に簡単な解説がありパッケージ本体には3.5インチフロッピーディスクが収められている


当時何らかのパッケージ形態を備えて販売されていたソフトウェアだったがその多くは紙箱による一般的な形だったものの反面袋のようなものに入っているだけといったとてもラフで簡素なものもあった時代だったからこの「Alice〜Through the Looking Glass」のパッケージは比類のない美しさで当時手にした我々を喜ばしたのである...。

あのアンディ・ハーツフェルドによれば当初は「Alice」という名でリリースするはずだったがすでに他の製品で同名のものがあったため「Through the Looking Glass」となったらしい。また開発者のスティーブ・キャップスお気に入りのバンド、Dead Kennedys のロゴが前記した木版画調デザインの中に隠されているという。

ところで今回の未開封パッケージのシリンクの上には例のピカソデザインのMacintoshと共に "THIS SOFTWARE RUNS ON・MACINTOSH AND LISA" と記された円いシールが貼られている。

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※パッケージのシリンク上に貼られていたシール。さすがに変色している


この「Alice〜Through the Looking Glass」はMacintoshと同じ1984年1月24日に発表されたがその後数ヶ月販売がされなかったしAppleが積極的な広告宣伝をしなかった経緯は以前にご紹介した。

この「MacintoshとLIsaで動作する」と明記されている "Lisa" だが、「Through the Looking Glass」は3.5インチ・フロッピーディスクで供給されており無論 Lisa 1でそのまま走るはずはなく1985年1月にLisa 2/10をMacintosh XLと変更し「MacWorks」というエミュレーションプログラムによりMacintosh用のアプリをLisa 2上で動くようにしたその事を意味するに違いない。
だとすれば今回手に入れた "THIS SOFTWARE RUNS ON・MACINTOSH AND LISA" というシール着き未開封パッケージは1985年1月以降に出荷された理窟になる。

ただし、そもそも私がこの「Alice〜Through the Looking Glass」を購入した時期もぼんやりとした記憶をたどれば1985年に入ってからのことだったようである。なぜならこれを入手したイーエスディラボラトリ社刊「APPLEマガジン」の1985年最初の刊 (3月/4月号 Number 1)にはじめて価格10,000円として登場しているからだ。

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※「Alice〜Through the Looking Glass」のプライスリストが載った「APPLEマガジン」。ちなみに表紙は筆者が作成


ともかく個人的なことではあるものの、私がなぜこの「Alice〜Through the Looking Glass」のパッケージに拘るかだが、パーソナルコンピュータのアプリケーションパッケージを本当の意味で初めて意識した製品だったからだ。
コンピュータのソフトウェアも予算と手間をかければこのように美しいパッケージができるんだという事を認識させてくれた最初の製品だったわけである。

ラテ飼育格闘日記(158)

オトーサンはラテと生活したいが為にこの土地に引っ越してきた。緑が多く近隣にはいくつかの公園があるからだ。ラテも3年前に公園デビューを果たしありがたいことに十数匹の友達ワンコもできた。しかし最近とみに風向きはワンコの飼い主には逆風のような気がして気が重い。確かに「動物の愛護及び管理に関する法律」という法律はあるものの、もう少し日常生活に密着した人権ならぬ“ワン権”を確立できないものだろうか。

 

こんなことを書くきっかけは毎日通っている地元の公園に「禁止 犬の放し飼い ノーリード」という立て看板が設置されたことにある。
オトーサンはそうした看板を設置するなというわけではないし、その公園の回りのいくつかにはその種のプレートがすでに立っている。そしてワンコの散歩時には公共の場所においてリードを付けなければならないと決まっているのも承知しているが、だからといってこの看板は...実にアホらしい。
まず第一に広い公園のド真ん中にコンクリートを流し立てられていることだが、真ん中はないだろう...真ん中は!
これでは美観も損なうし、サッカーやボール遊びで走り回る子供たちにとっても邪魔に違いないし危険である。
同じ事をするにしてもやりかた、センスというものがあるだろうにと思うわけだ..。
第2にそれがあまりにも雑で無骨すぎることだ。まさしく美的感覚の欠片さえない奴らのすることだと切り捨てるしかない醜さではないか。

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※こんな無骨な看板を広い公園の真ん中に立てるセンスが許せないのだが...


この種の警告は効力があれば何でも良いと思っているなら、その行為こそ役所が公園を私物化しているようなものだ。
繰り返すが物事にはやり方というものがあろうではないか...。
市民が何らかの安らぎを求めて集まってくるその公園のど真ん中に醜い立て看板は無粋と言うよりこれは市民に対する罪だと思う。

こうした馬鹿なものが立った背景は無論想像できる。
公園は市民皆のものであり、犬好きはもちろん犬が嫌いな人たちも多々集まる。そして子供もいるだろうしワンコだって絶対に噛まないという保証はないし、噛まないまでもワンコを怖いと思う人だっている。そして近づかれただけで蕁麻疹を起こす人だっているかも知れない。
その上にすでに公園の回りに「ノーリード禁止」の告知があるにもかかわらずそれを無視するかのように飼い主たちが大手を振ってワンコを遊ばせている...とでも言うのだろう。
まあ、ワンコとノーリードうんぬんの問題はもっともっと議論をしたいところだがはっきりいってこの国ではワンコの飼い主側に勝ち目はない。しかしこの調子で市にあるすべての公園のど真ん中にこの種の立て看板を取り付ける気なのだろうか(笑)。

オトーサンの基本的な考えは「ワンコの”ラテ” 飼育格闘日記(93)」に書いたから繰り返さないが、できることなら曖昧なことではなく飼い主がマナーを守るのは当然としても遠慮なくワンコをノーリードで遊ばせることが出来るよう早朝とか夕方遅くなど、人通りがない時間帯をワンコと飼い主に開放してくれるよう願いたいものだ。
ドイツなど海外では同伴犬訓練試験制度に合格したワンコは公園でノーリードにより遊ばせることが出来るという。ドッグランなど専用の施設はその場所が不便だったりすれば本末転倒で無駄になることが多い。やはり近隣の公園を有効に使う手を考えて欲しいものだ。

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※ラテはどこでもリードを付けているので安心だが、問題はラテが走るときオトーサンも走らなければならないことだ(笑)


オトーサンはといえば道路であっても公園であってもラテに100%リードをつけているし、人通りが多い場所や未知のワンコ連れの方とすれ違う場合はラテを内側にし、リードを極端に短くしてラテの動きを制御しながら通り過ぎるようにしている。したがってこんな看板が立ったところで屁でもないが、邪魔であるばかりかあまりにも馬鹿げていると思うのだ。
確かにオトーサンは「ラテはイイコだから絶対に人を噛まない」とはまったく思っていない(笑)。
実の娘のように可愛いラテではあるが、ワンコはワンコであるし相応の教育というか躾に努力をしてきたつもりでもラテ自身が恐怖を感じたり何らかの原因で怒る場合もあり得るし...相手が人であっても噛まないという保証はない。
ワンコだって自己防衛本能があるわけだし...というか、それが生きものとして当然なことだからである。無論これまで人を噛んだことはないし子供たちにフレンドリーなラテである.。
とはいえリードの存在の第一はラテ自身を守ることにある。バイクや自動車と接触しないようにとの配慮は勿論、すれ違いざまに他のワンコに噛まれたり噛んだりしないようにとの気遣いだ。そして万一人を噛み大怪我でもさせたら場合によってはラテの命が絶たれるかもしれないからでもある。

こんな話をいくらしたからといってワンコの飼い主たちにとっての状況が有利になるわけではないのは承知の上だ。
繰り返すがいくら愚痴をいってもダメなものはダメといわれれば現状では致し方ない。しかしどなたか「ワンコ党」を作って市長選に立候補しないだろうか...。一票入れたいと思うが(笑)。
ワンコを飼うということは個人の勝手な行為には違いないものの、それは精神的に豊かで文化的な日常を過ごす大切な選択でもある。また良くも悪くもこれだけペットブームになっている時代なのだからもう少し柔軟な行政を目指してもらいたいと思う。
ただしワンコの飼い主の中には公道をノーリードで、それも複数のワンコを連れ回すような馬鹿がいるからオトーサンたちまで肩身の狭い思いをしなければならないのだが...。どうもワンコを嫌う人たちの声は大きくなりがちだが、飼い主たちの声...主張はかき消されがちのように思えて残念である。

ともかくラテにとっての大問題はこの3年間、共に遊んだ仲間たちと気楽に会えなくなるかも知れないことだ。いや、事実この数日いつもの時間に行き会う仲間がほとんどいないのである。
ノーリードがどうの...といった問題はともかく、誰だってこんな嫌みったらしい馬鹿みたいな立て看板の回りでワンコを遊ばせたくないに違いない。だからこの場所に来なくなるワンコたちも多々いるのではないだろうか。まあ、こんな看板を作るに至った当事者たちはそれが狙いなのかも知れないが...。

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※これまで立ち寄ったことのない場所にラテを連れて行ったが、新鮮なのかラテの表情は輝いていた


しかしオトーサンとしてはやはり気のあったワンコたちとラテを触れ合わせてやりたいと思う。そしてそもそもワンコを飼うためにこの地に引っ越してきたオトーサンなのだが、現実にはなかなか理想郷はないようである。
オトーサンも公園だけに頼らず、一層工夫してラテとの毎日をより安全で楽しいものになるよう考えなければならないようだ。

「写真家へ」に見る、果たして写真とは何ものなのか?

写真とは本当にまか不思議なものだ。基本的に写真は誰にでも撮れる時代になった。それこそシャッターを押せば間違いなく写真は撮れる。子供でも老人でもカメラを対象に向けてシャッターを押せば写真は撮れる...。だとすれば、子供の撮った写真とプロの撮った写真との違いとはいったい何なんだろうか...。

 
コンピュータと共に写真が好きで紆余曲折はあったものの、何らかの形でカメラを手放すことなく35年以上が過ぎた。また特に最近はビデオより写真が気になってならない...。
私らが子供の時代はカメラは大変高価な代物で、例えば小学校5年の時の遠足で、いわゆるクラス一番の金持ちの女の子ひとりがカメラを首からぶら下げていた程度しか普及していなかった。
高校生のときだったか、修学旅行かなにかでカメラを欲しいといったとき母は私を近所の商店街にあった写真屋につれていってくれ月賦(古い言い方だ...笑)でリコーオートハーフを買ってくれたことを昨日のように思い出す。
そうした羨望、反動だろうか。社会に出てから自分の金で最初に買った高価なアイテムのひとつが一眼レフカメラだった。

それ以来スナップだけではなく、なにか残せる作品作りをしたいとずっと考えてきた。しかし私は絵も描くが、写真は絵とは違う取っ付きやすさ...簡便さに反し自身で納得する写真が撮れたためしはない。
さて、写真もひとつの自己表現の道具だというのが通説ではあるが、これまた大変曖昧である。例えば絵画なら水彩にしても油絵にしても描き手の技量や技法、あるいは作風といったものが目に見えて表現される。
意図的な贋作を別にすれば、マチスとゴッホの作を間違うことはないしデッサンの域から同じ対象を描いたとしてもそこにはディティールを含めた大きな違いが生じるはずで、同じ風景、同じモデルを描いても私の絵と貴方の絵は確実に違う。

しかし、写真はどうだろう...。写真も技法・技量・作風といったものがないわけではないが、例えば、同じ場所から同じモデルを狙った写真の違いは私と貴方の写真でも絵画ほどの違いはないはずだ。ヘタをすると後からどちらが撮ったか分からなくなる可能性すらある。

ただしここでいう写真とは商品撮影やポートレートの撮影を申し上げているわけではない。これらの写真を魅力的に撮るには確実に技術を必要とし、上手い下手は歴然である。この項ではあくまで芸術性を前面に出した作品の場合を考えているわけだ。
「いや、プロならそもそもアプローチが違うよ」という声が聞こえてきそうだが、それは構図の違いだったり、露出のコントロールだったりするだろう。あるいはプリント時の印画紙や技術的表現手法の違いによるものかも知れない。しかし乱暴ないい方をするなら、シャッターを押せば写真は撮れるのだ。だから多くの場合に写真から作家の顔が見えてこないケースが多い。
こんなもの言いをするとプロの写真家や写真を勉強中の方々のお叱りを受けるかも知れないが、昔から作品にとって被写体とは何なのだろうか...というもやもやしたものを持ち続けてきた私の正直な感想なのである...。

あえて挑戦的な書き方をしてみたが、書店のカメラコーナーに立てばいわゆる上手な写真の撮り方に関する本が沢山ならんでいる。しかし「写真を上手に撮る」ことが「良い写真を撮る」ことと受け取られかねないようなアプローチの本が多いように思うのだ。
続けて暴論を吐けば、そもそも絵画もそうだが、写真だって基本というか根本的な部分は人から教わるものではないように思える。
教わって上手になり、良い写真が...凄い作品ができるなら巷には凄い作家が溢れかえっているはずだ。
そりゃあプリントの方法などは確かに技術が存在し、上手な他者に教えてもらった方が習得は早いだろうが、写真を撮ることに関しては感性・姿勢・生き方の問題でしかないと私は思う。絵を描くのと同様に...。

これまでを振り返ると、私自身絵画に対して感動を受けることは多々あっても、写真に対してそれと同様な感動を受けた記憶はゼロではないが大変に少ない。
もっと簡単に言えば、その市場価値という一番魅力ある部分をあえて別にしても「自分の部屋に飾りたい一点の絵」は世の中に多々存在するが、同じ意味で「飾りたい一点の写真」というのはめったにない...。ほとんどない。これは何故なのか?
勿論写真は芸術性のみ認められるものではなく、報道や資料の記録といった面でも重要視されるが、こと芸術性を追い求めるには大変難しいものだと思える。
そして白状するなら個人的にはロバート・フランクの写真も土門拳の写真も私は自室に飾りたいとは思わない。というか欲しくない。
以前「飯沢耕太郎著「Photographers」(1996年刊)によせて」にも書いたが、私はどうも多くのファンを持ち高く評価されている土門拳の写真が好きではなかった。しかし写真仲間にこんなことを言えば単なる「へそ曲がり」だと思われるのも癪だから黙っていたが...(笑)。
そんなことを自身への自戒を込めて考えていたところ、2002年に出版されこれまでとは違ったアプローチから写真を、写真家を論じている著書と巡り会った。それが安友志乃著「写真家へ」(窓社刊)である。

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※安友志乃著「写真家へ」(窓社刊)表紙


本書にはこれまで私が頭の中にあって言語化ができなかったことが扱われており、目から鱗の箇所が沢山あった。そして様々な意味で辛口ではあるが、写真を志す人に対しての真の愛情が貫かれているように思えて心地よい。
それに安友氏が本書の中ではっきりと「土門拳の写真はわからない」と言っているのに出会い、膝を叩く思いだった。
詳しくは本書をご覧いただくとして安友氏は「被写体というのは作品にとって重要な要素の一つですが、それは、あくまで自分の確信を表現するために、有効な要素として選ばれるものだと思うし、作品にとって(被写体は)重要な要素ではあるけれど、絶対ではない」と言い切っているのも興味深い。

また安友氏は「作家に会って、最初に何を見るんですか?」という問いに対し「(作者の)顔です」といつも答えるという。
なにやら曖昧で不真面目な受け答えのようだが私にはその感覚はよく分かる...。
何を写したのか、どこで写したのか、いつ写されたのか、どんな印画紙を使っているか、機材は何かといった作品の表層を巡るさまざまな質問は会話を進めるうえでの道具立てに過ぎず、何を見ているというか、見たいのかといえば作家の確信を見ているのだという。

無論こうした意見には反論もあるだろうが、私が長い間写真とその作品という代物に対してもやもやとした疑問と言語化できないある種の不安を持ち続け来たその答えのひとつが「写真家へ」という一冊に明確に示されていたのである。
絵画でも写真でもいわゆる本物はもの凄いオーラーを持っているものだ。
私は若い頃に「いまさらゴッホでもないでしょう...」などと生意気にも口にしていた時期があったが、確かニューヨークの近代美術館で巡り会ったゴッホの「星月夜-糸杉と村」の前に偶然立ったとき、正直動けなくなってしまった。
自分でも何故だが分からなかったが、そのときまさしく私は「ゴッホ光線」を浴びてしまったのだ(笑)。そう...ピカソの「ホワイトウーマン」の前でも動けなかった。

絵画と同様に素晴らしい写真も時間を忘れさせるものだ。ただしこれまた絵画と同じく画集ではダメで、写真展の会場に足を運びオリジナルのプリントを眺める必要がある。
本物の迫力はサイズだけの問題ではなく、写真集ではうかがい知ることができないほど迫ってくるものがまったく違うのだ。それらは被写体が何であれ強烈に作者の確信と人生を感じさせるに違いない。

一生に一度でも、誰かにそうした思いをさせる写真を撮るにはさてどうしたらよいものか...。答えはまったく見えないしそもそも私などには無理な話なのだが、考え続け、実践し続けるしかない。そして分からないからこそ魅力なのかも知れないが、私にとっての「写真とは何ものなのか」という命題が解ける日は果たしてくるのだろうか...。




iMac旋風に一役買った日本のデベロッパたちのビデオ紹介

いまiMacが売れているという。最大で27インチの液晶ディスプレイを持ち、そのパワーはMac Proをも凌ぐにもかかわらず低価格であるからだ。しかしここで言うところのiMacとは1998年5月に発表された初代iMacのことである。何しろこのマシンはすべてが新しかった...。

 
アップルに復帰したスティーブ・ジョブズが中心になりAppleの業績回復を狙い、秘密裏に開発されたというiMacはさまざまな意味に於いて斬新であり我々に大きなインパクトを与えたことはまだ記憶に新しい。
シドニーにあるビーチの名から付けたというボンダイブルーのトランスルーセントボディ、そして円形マウスは勿論のこと、何とフロッピーディスクドライブの採用を止めUSBを採用したというのもショッキングなことだった。そしてそのトランスルーセント...半透明なカラーリングは家電から文具、オモチャにいたるまで真似られ大流行した。

そしてMacユーザーとしての興味はその “iMac” の“i” がインターネットを意味するといわれ、その “i” はiPod、iPhoneなどその後のAppleを彩る製品名にも使われるようになったことも印象深い。
当時アップルのデベロッパだったひとりとして体感したiMac登場のあれこれは「初代ボンダイブルーのiMacを再考する」に詳しいので参考にしていただきたいが、今回はiMacの発表から早くも3ヶ月後に日本のデベロッパ10数社が初台のアップルジャパンに呼ばれ、1本のプロモーションVTR作成に一役買ったというお話しをしたい。

それまで多くのMacintoshが登場しては消えていったが私が1989年にMac専門のソフトウェア開発会社を起業し、2003年に解散する14年間に初代iMac登場のときのような熱狂はほとんどなかったと記憶している。
まあMacintoshはその登場から高価なパソコンであったしデザイナーとか音楽家といったある意味特別なユーザーが使うパーソナルコンピュータだといった評価もあった。そして事実そのシェアも小さなものだったから新製品の発表もそんなに大騒ぎをする必然性はなかったに違いない。

しかし1998年5月のWWDCの場で突然発表されたiMacはまさしく一般コンシューマのための製品だと位置付けられ価格も安価に設定されていた。したがって日本でもMacintoshのシェアを一気に伸ばす好機だと考えられたのも無理はない。

そして前記した「初代ボンダイブルーのiMacを再考する」でご紹介した通り、これまで製品発表があったとしてもデベロッパさえその発売日前に購入できるケースは少なかったわけだが、iMacはデベロッパに対する説明会の席で「何台必要か申し込んで下さい」とアップルが発言した最初のマシンでもあったのである。それだけ周到な準備を重ねて開発から出荷にいたるあれこれを秘密裏に進めていたAppleの強い意志もあったのだ。

ともかく製品の仕様も新しいものだったがアップルジャパンの我々デベロッパに対するアプローチもこれまでにない感触だった...。
そのひとつの証拠が私の手元にある「iMac Launch Event [Developer VTR / 3’ 27“]Aug, 29, 1998」と題する1本のプロモーションVTRである。

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※「iMac Launch Event [Developer VTR / 3’ 27“]Aug, 29, 1998」と題されたビデオテープ


薄れた記憶に寄れば...1998年の8月のある日、アップルから電話が入った。
「アップルと親密なデベロッパの方たちのご協力を得て新製品 iMacのプロモーションビデオを撮影したいので参加願いたい」という主旨の話だった。
iMacが露出する多くの場でこの映像が流されるはずで、そこに私の会社の主要プロダクトも登場するとなれば断る理由もないしと指定の日時に初台のアップルジャパンのオフィスに向かった。

そこには見知った10数社のデベロッパの顔があり、いくつかのブロックに分けて10数秒程度の撮影が行われることになっていた。無論詳しいことはその場でプロデューサの方と急ぎ打ち合わせるといった即席なあれこれだったが、私の会社では「キューティマスコット」というインタラクティブなデスクトップ・アニメーション作成ソフトをアピールすることにした。なぜならiMacユーザーに最も合致するアプリケーションだとアップルからも評価されていたからである。




私はこの種の撮影に慣れてはいたものの、ほとんどのデベロッパの方たちはビデオカメラの前で打ち合わせした通りの台詞とアクションをスムーズにこなすことに慣れていなかったこともあってか私の出番になるまでかなり待たされた記憶がある(笑)。
それぞれのデベロッパはアップルの事務所のフロア内のどこで撮るか、何を喋るかなどなどを打ち合わせしつつ、インパクトを考慮した演出もあっただろうし、時間的制約もあるからしてプロデューサの指示で最終決定されたと記憶している。

したがってここに収録されているあれこれはデベロッパ自身が考えた台詞ばかりではなく、急遽プロデューサ側から提示されたスピーチに変更...といったケースもあった。だからだろうか...それぞれの演出や台詞は当事者が見てもいささかクサイ...(爆)。
しかしこのとき、アップルから選ばれたこの10数社はまさしく当時のコンシューマ市場において輝いていたデベロッパたちだったのである。

2分12秒あたりからの私自身の映像もいま見るとまさしく赤面物だが、台詞の語尾にインパクトが欲しいからと「Go!」と付けましょう等と撮影スタッフに言われた記憶がある...(笑)。
このVTRは編集完成後、出演した当事者たちに1本づつ配布されたものだが、実際どの程度のシーンで使われたのかについてはあまり記憶がない。しかしその場にいたデベロッパの方々の意欲に燃えた輝かしい顔、顔、顔はいまでも強く印象に残っている。それだけ皆このiMacへの期待が大きかったのだ。

さて、それから早くも11年が過ぎたいま、これまた魅力的な液晶iMacの登場がニュースになってはいるが、初代iMac登場当時のようなデベロッパの喜びの顔が見えてこないのは残念なことである。


ラテ飼育格闘日記(157)

ラテの風邪はなんとか治ったようだが、人間界にインフルエンザが猛威を奮っているようにワンコの世界にも風邪が流行りつつあるような予感がする。なぜならラテの回りでも体調を崩したワンコが続いたからだが、こんなことは昨年および一昨年はなかったように記憶しているのだが...。

 

「犬も風邪をひく」と言われれば「そりゃそうだ...」と納得はするものの、実際に目の前でラテに咳とかクシャミをされると慌てるものだ。
自分自身はもとより、回りの人間たちの咳とかクシャミは経験した事実も多くて実際それらの症状が重いのか軽いのかは素人でもそこそこ分かるものだ。そして我々人間は自分の症状を言葉で説明できるからどの程度なのかも把握できるし「今日一日は万全を期して寝ていた方がいいよ」などとアドバイスもできる。しかしラテが頻繁に咳をしはじめ、見るからに苦しそうに肩を揺らしているとき、どんな程度なのかを聞くこともできずオトーサンは彼女の背中を摩ってあげることしかできない。したがってなかなか冷静に見てはいられないのである。
咳だけで体調的には大したことが無いのか、それとも体力的にも辛いのかをワンコは語ってくれないだけに余計心配してしまう。

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※散歩で歩く一部の樹木ではすでに見事な紅葉が始まっている


ところでラテは咳そのものがほぼ出なくなるまでに約10日間ほどかかったが、ここのところ公園でお会いするお馴染みの飼い主さんたちにお聞きするとその数匹のワンちゃんたちがそれぞれ症状は違うものの、風邪という大きな括りの中で辛い思いをしていることがわかった。
ラテ自身は嘔吐のような咳き込みから始まって次第に咳そのものに移っていったし、喘息のようなゼイゼイすることも当初はあったものの文字通り吐くということはなかった。しかしビーグル犬のハリーちゃんは嘔吐が続いたために2日間入院を余儀なくされたという。
ハリーちゃんの場合、医者の診断ではウィルス性の風邪だという。またコーギー犬のシンちゃんは咽に炎症を起こしたようでやはり医者に診てもらったようだ。さらにしばらくぶりに会ったボーダー・コリーのボーちゃんも飼い主さんから気管支炎だったとお聞きした...。
我々人間界はインフルエンザが猛威を奮っているが、何だかワンコたちにも風邪が流行りつつあるような気がする昨今である。
思えば昨年とか一昨年はこの同じ時期でもそうした話題は出なかったと記憶しているので、やはり今年特有の問題なのではないだろうか。
しかしオトーサンたちは予防注射は無論のこと、外出時にはマウスを着用し...といったある程度の予防もできるが、まさかラテにマスクをさせて散歩に連れ出すわけにもいかない(笑)。もともと寒さそのものには強いワンコたちだから気温が低いから風邪をひくという単純な図式ではないわけだが、こればかりは予防のしようもないので困っている。やはりよく食べ、よく遊び、よく寝ることが一番なのだろうか...(爆)。

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※ラテはオトーサンの脱いだパジャマをかけ、オカーサンの布団の上でリラックスしている(笑)


とはいえよく遊びたくても最近は友達のワンコたちに会う機会も少なくなっているが、それでもタイミングが合うとそんな友達ワンコたちが一堂に会するときがある...。
とある日曜日の朝のこと、ラテを連れて朝6時半前に散歩に出た。
目指すはいつもの公園だが、この時間帯にその場にいるワンコは残念ながらほとんどいないという実績?がある(笑)。
それなら時間的にもう少し後にした方がいろいろなワンコたちが散歩に出てくる可能性もあるし...と思われるかも知れない。しかし例えばオシッコひとつ考えてみてもなかなか悠長なことは言っていられないのである。
朝の6時だとしても前夜の散歩の時間帯を考えるとすでに12時間は経過しているわけで、オシッコを我慢しているラテをそのままにしているのはこちらも辛いし膀胱炎にでもなったら大変だと思うからだ。無論室内にトイレシートを常時置いてあるが、どうしたわけか1年ほど前からオシッコも室内ではしてくれなくなってしまったのである。
事実外に出ると数十メートルも歩かないうちにオシッコを大量にするラテなのである。それにどのようなワンコでも会えば良いというものではなく、ラテの好きなワンコたちがいなければ何にもならないのも事実だし...。

ただしウィークディーの散歩の時間はオトーサンもそうだが皆さんほぼ同じな事が多い。それは仕事や家事といったサイクルがそれぞれの日常の中で決まっているからかも知れない。したがって約束されたことではないものの「何時頃に公園に行けば○○ちゃんがいる」といった予想はつくのも事実なのだ。
とはいえ皆さん忙しい毎日を過ごしているだけでなく急に最優先せざるを得ないことが発生するかも知れないし、それこそ土日や祭日は家族を含めた様々な予定があるだろうからいつものように散歩に出られないことだってあるはずだ。
そんなわけだからいつもの公園、それも早朝はもとより夕方の真っ暗になった広い公園にラテとオトーサンがポツンといるという寂しいケースも必然的に多くなるのである。それでも通常だと柴犬のハチちゃん、ぽん吉ちゃん、クロちゃん、コーギー犬のアポロちゃんやシンちゃんたちと会える可能性が高いのでオトーサンは公園の回りを小一時間歩き回ったりするのだ...。

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※散歩の途中でベンチで一休みのシーンだが、ラテは何を気にしているのか...


ともかくその朝、遠くの公園に出向いても誰とも会えなかったオトーサンたちは一路いつもの公園へと戻ることにした。その途中でふと前方にボーダーコリーのボーちゃんがオトーサンに連れられて歩いて行く姿を見つけた。と思った瞬間ラテも気がついたようで小走りに駆け出すではないか...。仕方がないのでオトーサンもそれに合わせて走り出しボーちゃんに追いついたとき、ラテが急にウンチをし始める(笑)。
まったく忙しい娘だがこればかりは最優先なのでボーちゃんに先に公園に行ってもらうことにしてウンチの処理にあたった。

さて公園に入ってみるとボーちゃん、他にもう一匹のボーダーコリーのレオンちゃんがいただけでなく、なんとラテが大好きなマキちゃんやビーグル犬のハリーちゃんまでが一堂に会したのである。
最近こんなことは滅多にないことなのでラテとしては盆と正月が一緒に来たような喜びようで走る、走る...。なんだかパニクっているみたいに飛び回っている。
ワンコに対して好き嫌いの激しいラテもこれらのワンコたちには一目置いているようなので激しい遊び方はするもののまずまず安心していられるのだ。

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※左からボーちゃん、ハリーちゃん、ラテ、そしてマキちゃん


ラテは公園で友達ワンコに会えないときも、小学生の女の子たちに可愛がってもらえる場合が多い。そんなときには恍惚とした表情をするもののワンコとしての本分はやはりワンコ同士で触れ合い遊ぶことにあるとオトーサンは考えている。
ワンコとして人とのコミュニケーションも穏やかに図れるようにならないと困るわけだが、気の合うワンコたちと走り回った後の表情はなんともいえない満足感に溢れているラテなのだった...。

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Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員