ラテ飼育格闘日記(165)

オトーサンの膝が痛い...。やはり毎日の散歩で足関節に負荷がかかり過ぎたのだろう。膝関節が痛くてスムーズに歩けなくなってしまった。とはいえ数日楽にしていれば直るものと思うがラテとの散歩を止めるわけにもいかずオトーサンは湿布とサポーターをし、些か足を引きずりながら歩いている。

 

この小1ヶ月、オトーサンの左足の膝に痛みがあり不自由このうえない。少しでも重心がずれるようなことがあると結構な痛みを感じるのだ。
こんなとき、温泉地にでも行き一週間程度休めば必ずや楽になるに違いないと思うがラテとの散歩は休むわけにもいかないから困る 。
無論関節を痛めたのは歩きすぎであり、その上にリードをしたままラテが走ればオトーサンも走らなければならないということで疲れが溜まってしまったのだろう。
確かに風呂に入り、湿布をして一晩寝ればかなり楽になるときがある。したがってこのまま数日静かにしていれば回復するものと思うが、嗚呼...朝晩の散歩は程度問題休むわけにはいかないのである。

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※ラテとの散歩は楽しいが足に大きな負担がかかっている。写真下はある夕方の散歩時にiPhone 3GSの歩数計アプリケーションを使って計測してみると一度の散歩でかなり歩いていることがわかる


なにしろ先日初めて向かった公園は単純な往復でも5キロほど歩くことになった...。
確かに池があって噴水がとてもよい雰囲気だし、朝早く行くと様々な鴨やカワセミなどに出会う事ができる場所だ。
土曜日の朝ともなれば池の周りには超望遠レンズと三脚を装備したカメラマン達が集まり、様々な人たちが散歩を楽しんでいる。そして初対面の私たちにも「犬はいいよねぇ!」「僕も歳を取ると人間より動物の方が好きだな」などと声をかけてくださるオジサン、オバサンたちがいたりする...。

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※片道2.5キロほどのところにある公園はカワセミも飛んでくる


ラテもそうした新しい場所に向かうことがお気に入りなのでどうしてもオトーサンは無理してしまうのだ。
その結果、帰り道は足を引きずりながら歩くことになり、お馴染みの飼い主さんに会うと「どうされたんですか?」と聞かれるほどの歩き方になってしまう。
それでもオトーサンは歩く、歩く。ラテはリードを強く引くこともあるが概してオトーサンのゆっくり歩くスピードにも合わせてくれるものの階段や坂道が多い環境はビジュアル的に楽しいものの実際に歩き回るにはきついのだ。

その辛さを何とか軽減しようといくつかのサポーターを入手して試している。
膝を筒型の布で包むというシンプルなものから、ベルクロ3カ所で膝を中心に上下を固定するようなものまでいろいろと試しているが楽にはなるもののこれで問題が100%解決するわけではないのも当然である。
しかし先日面白いことに気がついた。
良く歩くから靴底もこれまで経験したことがないほど早く減ってしまうわけだが、オトーサンははき慣れた靴が一番だと古い靴をはき続けていた。それを女房が見るに見かねて同一メーカーの新しい靴を買ってきてくれたのである。

最近のウォーキングシューズは昔のものとは違い、材質とデザインといい最初から足にフィットするものが多いもののやはり多少ははき慣れないことには違和感を感じるものだ。だからとオトーサンはしばらく古い靴のまま散歩に出ていたが、ある日の散歩に新しい靴を調製して履いたところ意外なことに痛めている膝にも楽なことに気がついたのである。
その秘密は靴底の減り具合にあった...。

これまで履いてきた靴底は左足に限定しても外側に向かって極端に減っている。角度にしたらどの程度かわからないが確実に左足底部位は角度を付けて地面に接しているわけであり、問題の膝関節はどうしてもO脚気味に力が加わっていたものと思われる。
この状態で長い間歩き、走りを続けていたためそれでなくとも弱っていた膝が悲鳴をあげたものと思われ、いわゆる変形性膝関節症を起こしたのだろう。
ウェブなどで調べた結果、痛みが関節の内側にある場合が多いということも私の症状に合っている...。

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※ラテも散歩から戻ったときには些か疲れ気味...。これでよく寝られるだろう


最近購入したサポーターは膝関節を中心に上下をしっかりとサポートするようにできているので楽なのだが、それでも関節をひねったり角度を付けて力が加わると痛い...。したがって膝への力を上下垂直になるように歩くわけだがそんな歩き方が完璧に出来るわけではないので要所要所でガクッとなり痛みが走る。
そんなとき前記した新品の靴を履いてみた思いかげず膝への負担が軽減されているのを実感できたので驚いた次第...。
どういうことかといえば膝関節に不均等に力が加わるひとつの要因が靴底の減り具合にあったのだ。なぜなら私の場合(多くの人も同様だと思うが)外側に向かうほど減ってくる。したがって前記したようにある角度を付けて足はO脚気味になっているからこ関節に負担が大きくなっていたと思う。それが新しい靴底は当然のことながら真っ平らなため膝関節に加わる力が垂直になったということらしい。だから楽に感じるわけだ。

勿論、こうした症状は靴だけの問題で生じたわけではなく、加齢による関節部位の消耗や過度の運動による障害といった意味合いが強いのだろう。しかし靴の大切さをあらためて実感したオトーサンなのであった。
とはいえなるべく足への負担は軽い方が良く、それにはまず調子が戻るまで歩く距離を減らそうと思っているが、さてさて...ラテは納得してくれるだろうか(笑)。

iPadはまさしくアラン・ケイの夢見たDynabookの実現か?

Appleのスペシャルイベント(米国1月27日)で噂通りのタブレットマシンが発表された。その名も「iPad」。正直その名前には違和感を覚えるがあらためてアラン・ケイが1972年に "A Personal Computer for Children of All Ages" で提唱したあのDynabookのコンセプトに到達したように思える。

 
ケイの論文によれば、Dynabook (ダイナブック) は形も大きさもノートと同じポータブルな入れ物に収まるものと定義されている。そしてこのマシンは人間の視覚、聴覚にまさる機能を持ち、何千ページもの参考資料、詩、手紙、レシピ、記録、絵、アニメーション、楽譜、音の波形、動的なシミュレーションなどをはじめ、記憶させることは勿論、編集可能。そして後でいつでも再表示できるものとされている。

ビジュアルな出力は少なくとも新聞の紙面より質が高くなければならず、オーディオ出力も同じ意味で基準をクリアしている必要がある。
そしてケイは例えばフルートのような「楽器を吹いてから音が聞こえるまでに1秒もかかったら、お話しにならない」という例を挙げ、処理スピードがリアルタイムでなければならないことを強調している。

詳細なことは是非ケイの論文を読むことをお勧めするが、前記 "A Personal Computer for Children of All Ages" は英文のため一般的ではないかも知れない。ただしその概要は1977年に公開された“Personal Dynamic Media” がアスキー出版局刊「アラン・ケイ」にて日本語訳されているのでまずはこちらがお勧めである。
ともかくDynabookの実現は、医者、作曲家、家庭、ビジネスマン、教育者などなどにとってどれほど大きな恩恵を受けることになるか...世界が変わるかを力説している。
また誰にでも使えるように、普通のユーザーが必要なツールを簡単に記述し使えるようにレディメイドのプログラム(アプリケーション)を大量に供給する必要があることも説いている。

こうした事を踏まえ、iPadがDynabookのスペック要件をクリアしているかをあらためて確認してみよう。
まずは「Portability (ポータビリティ)」だが、前記したようにDynabookはもともと本かノートといったサイズを想定しているのでiPadのサイズならびに約680gという重量はまさしく合格だ。
次に「Pointing (ポインティング)」。
すなわちDynabookは効果的で使いやすいポインティング機能が搭載されていることを前提にしているがiPadのマルチタッチインターフェースはその仮想キーボードと共に文句ない出来に違いない。
続けて「Grapgics (グラフィックス)」。
いまでは当然のことだがDynabookは解像度も高くテキストと画像が同一画面に表示できることが求められたがiPadの優れたグラフィック能力は当時のアラン・ケイが想定した仕様をはるかに超えている。
そして「Naturalness (ナチュラルネス)」。
すなわちディスプレイに表示されるものは日常生活において存在するものと同等に扱えることを意味し、人間の感覚機能に迫る量の情報を出し入れできること...。
例えばiPadで電子ブックを見ることを考えると、ページめくりひとつをとっても大変自然にアナログのそれをシミュレートしていることがわかる。そしてフォント変更が可能ことも含めて見やすさも問題ないだろう。無論情報の量はインターネットのインフラが整いすでに我々のキャパシティを遙かに超えた量が行き交っている。
そう...「Power (パワー)」も重要で高い演算能力を持つと共に良質のソフトウェアを備えていることも不可欠だがこれこそiTunes StoreやApp Storeなどが整備されているiPadの独壇場だ。
さらに8歳程度の子供でも使えること、そして個人が容易に買える価格であることもケイは重要視しているがそうした点においても iPadは合格に間違いないと思うのだが...。

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※AppleスペシャルイベントでiPadを誇らしげにかざすスティーブ・ジョブズ氏


一部ではiPadをジョン・スカリーが提唱したナレッジ・ナビゲータ(Knowledge Navigator)に比較しているケースもあるがこちらはスペックの根幹がエージェントとよばれるAI (人工知能)をベースにユーザーの知的作業を補佐する機能を実現しなければならないので並べて論ずるのは無理がある。
しかしこうしてiPadのコンセプトやスペックを見てみるとアラン・ケイが夢見たDynabookが33年後の今年、iPadとして実現できたような感慨を覚えるのは私だけではないだろう。

無論アラン・ケイがDynabookを夢見た時代の呪縛は完全には解かれていない。例えばiPadには現状でSmalltalkのような利用者側がプログラミングを含めて自由度を可能にする環境は兼ね備えていない。しかし極普通の利用者にとって高度な処理を最小のステップでかつ難しいことなく実践できることが求められているとすればプログラミングという行為による自由度はすべてのユーザーに開放される必要もなく、その能力あるいはそうした思考を好むユーザーが可能であれば良いのではないだろうか...。

そして批判することは簡単だし理想という前にはiPadとて完全ではあり得ない。しかし事は四の五の言っている以前に現時点で最良のものを作り出すことが重要だ。それさえも簡単ではないことは幾多のメーカーからリリースされたサブノートとかネットブックが成功しなかったことで証明できるだろう。ともかくiPadはDynabookそのものではないが、それに極力近づいた最初の製品なのではないか。

私自身もiPadの正式発表に至るまで様々なリーク情報と思われるものやガセネタの情報を多々見てきたこともあり、実際に発表されたiPadに大きな意外性を感じなかった。それはどこか「1,000曲を持ち運べるだけのMP3プレーヤー」と揶揄された初代 iPodに似た感覚という気もする。
しかしそれはAppleがまたしても優れた機能を何気ないあたりまえのような形で見せたからであり、このiPadが家庭や教育の現場は勿論、特に子供達の手に普及したときまたまた大きなパラダイムシフトを起こす要因になり得ると思っている。

【主な参考文献】
・アスキー出版局刊「アラン・ケイ
・翔泳社刊「林檎百科 - マッキントッシュクロニクル」

白昼夢 〜 忘れられない茶封筒の想い出

私のような年齢になると突然降って湧いたように子供の頃の1シーンを思い出すことがある。30代や40代には思いもよらないことだがこれも一歩一歩終着地点に向かっているということなのだろうか...(笑)。ただしその記憶が正しいのかあるいは再構築されたものなのかは自身でも疑問だが、私にとっては懐かしい真実なのである。

 

先日、近所の駅ビルにテナントとして入っている文具店に買い物に行った。仕事で使う数種の封筒を購入するためだ。
めったにこの文具店には来ないので勝手が分からず店内を一回りして封筒類が置いてあるコーナーを見つけた。
ふと一連の棚を見ると様々なサイズやデザインの製品と共に今ではあまり使うことがなくなった薄い紙質の茶封筒の束が並んでいた...。
文具店に茶封筒があっても別に何の不思議もないわけだが、それを見て私は一瞬白昼夢のように少年の頃のある出来事を思い出し、しばし立ち尽くした。

それは私がまだ8歳そこそこのころだったと思う。もちろん母も若かった(笑)。
私は子供心に割烹着を身につけた母が気に入っていたのだ。そして少ししわがれたその声を今でも現前にいるかのように思い出す...。
夏の暑いある日、その母が私を呼びつけて言った。「じゅん、この手紙を○○のおばちゃんに渡してきてくれる?」
無言でうなづく私に母は「気をつけてね」と送り出した。
外は炎天下だったが、子供心に手紙は早く届けた方がいいだろうと私は走った。アブラゼミの鳴き声が響き、道路の照り返しがまぶしかった。

○○のおばちゃんちはいつも学校へ通う道の少し先にあった。
大汗をかきながらオート三輪や自転車が行き交う一本道を私は一生懸命走った。
「おばちゃん!こんにちは、じゅんいちです」と小さな門を入り大きな声を出す。
玄関の戸を開けたおばちゃんもやはり割烹着だった。思わず「あっ、おかあちゃんと同じだ...」と声が出た。
おばちゃんは笑いながら「おかあさんからの手紙を持ってきたんでしょ」という。
なぜ知っているのか私には不思議だった。
「はいこれっ!」と手紙を渡すとおばちゃんは「じゅんちゃん、少しここで待っててちょうだいな...。いまお母さんにご返事を書くからね」と奥に入っていった。

おばちゃんの家は私たちが住んでいるアパートと違って庭がある一軒家だった。太い松の木や私の背丈まであるような石があった。
庭にある大きな葉っぱが照り返す光に目を奪われていたとき、「お待たせしてごめんね」といいながらおばちゃんが玄関に戻ってきた。
おばちゃんは「じゅんちゃん、これお母さんに『ご返事です』といって渡して頂戴」と封がされた茶封筒を僕の手に握らせた。
何だかおばちゃんの返事が入っている封筒は母の手紙より少し厚いように感じた...。
私は「はいっ、さよなら...」と手を振りながらまた道路に飛び出し再び走り始めた。
郵便局、学校、神社の鳥居そして駄菓子屋が私の視界から次々に消えていく。

アパートに着くとそこには母が「ご苦労様」と少し心配顔で待っていた。
「おばちゃんからご返事もらってきた?」と聞かれた私はまたまた「なぜ返事があることを知ってるのか」と不思議に思った。
「うん、これおばちゃんがご返事だって...」と茶封筒を渡した。
瞬間母は笑顔になって「ありがとうもういいよ、遊んできな」と僕の背中を押した。
その日の夕食は私の好きな食べ物が待っていた。

月日は廻り就職した会社のカウンターに山積みされていた薄手の茶封筒を見たとき、それまで考えもしなかったことが目から鱗が落ちるように理解出来たように思った。
おばちゃんが「これご返事」と渡してくれた茶封筒の中身は間違いなく数枚のお札だったに違いないと...。
私が持っていった手紙は借金の無心だったのだ。
おばちゃんも私が手紙と称する封筒を渡したときからその意図を知って対処してくれたに違いない。
思えば黒電話さえも家にはなかった時代である。したがって急を要する場合には直接出向くしかなかったのだ。そして母自身で頼みに行くことに何らかの躊躇があったので私にその役目をさせたのではないかと思うに至ったのである。

昭和30年代の初頭、皆貧しかった。アパートの住人同士でも米や味噌醤油の貸し借りは日常だった。お互い返す当てもなかったに違いないが皆が肩を寄せ合い、助け合って生きていた時代だったが少なくとも表向き皆明るかった。そして努力さえすれば未来は約束されていると思えていた時代だったのである。
それはともかくあのときの借金は返済できたのだろうか(笑)。
すでに母もこの世になく確かめる術はないが、少なくとも私は再び封筒を持っておばちゃんの家に行くことはなかったのである...。

ラテ飼育格闘日記(164)

人間同様ワンコも日々様々な新しいことを学びながら成長する。新しい道を歩き、出会ったことのないオブジェに怖じ気づき、近づいた猫に反撃されそれでも遊びたくて金網の下をくぐろうとする(笑)。やはり可能な範囲で新しいことに挑戦するのも成長に不可欠なことなのかも知れない。

 

事実オトーサンはラテの知能の高さに日々驚き感心しているわけだが、例えば学習したという記憶もないが遊歩道にある自転車などが入れないようにとの防御柵を通るときなどその最たることだと思っている。
それは親ばか丸出しでいうなら、ラテは空間認識に優れているように思えることだ。
散歩時にはオトーサンが先に歩いている場合とラテが少し前に出ている場合とがある。いずれにしてもここに写真でご紹介する防御柵を通るとき、ラテはオトーサンが持つリードを絡ませるようなことは一切しないのだ。

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※こうした場所を通るとき、ラテは決して勝手に動かずリードを絡ませたりしない


同じ場所を行き交うワンコを観察していると中央の柵をワンコが勝手に通過してしまうため、飼い主はリードを持ち替えている場合も多い。そして飼い主の横に付いて歩いているワンコは文字通り飼い主の後を歩くのではなく柵の向こう側を通ってしまうためにこれまたリードを持ち替えなければならない場合がある。

思い出してみてもラテは最初からこの防御柵で戸惑ったという経験がないのだが、なぜなのだろうかと不思議に思ってきた。
オトーサンが先に柵に入ったとき、ラテは必ずその後をトレースする。自分の目の前に空間があるからと柵の間を通ってリードを絡ませることはない。またラテが先に柵を通るときも柵の左右どちらかを通り決して伏せたコの字型の中を通ることはないのである。
また垂直の棒状のものがある場合も勝手にオトーサンの進路を無視して棒状の向こうを通ることはしない。必ずオトーサン側に戻って後を追う...。
単純なことだが、本来驚くべきことなのではないだろうか...。何故ならこれらの対処が出来ているということは自分がオトーサンとの間でリードで繋がれていることを認識していなければならないし、かつ勝手な歩き方は不自由な結果になることを知っているということになる。

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※好きな遊びをしているとき、ラテの表情は輝いている


驚いたといえば先日3ヶ月ぶりにラテを美容室に連れて行ったとき経験した。
途中からどこに向かっているのかを察知したラテは行きたくないと方向転換してリードを引いたり、道端に「嫌だ!」とばかりに伏せてしまったりと抵抗を示すがオトーサンもその程度で意思を変えるほど柔ではない(笑)。
ともかく美容室に預けて2時間半ほどたったころiPhone 3GSに電話が入り「済みました」とのこと。早速引取に出かけるが、何しろ片道30分ほどの道は坂道あり階段ありで足関節にガタがきているオトーサンには辛いものがある。ともかく息を切らして美容室に行き料金を支払うと奥からラテが若い女性に連れられて出てくるが、オトーサンの存在を目にして満面の笑顔を見せる。そのシャンプーの香りがプンプンのラテと共に帰宅の道を歩きはじめるオトーサンは疲れも吹っ飛ぶのだ...。
しばらく歩いたとき、左側にラテがリードを引っ張る。
オトーサンは猫でもいるのかとリードを保持して見回すがその気配はないのでまたリードを緩めると何とラテはそのまま向こうに設置してあった自動販売機の前までオトーサンを引っ張り舌なめずりをしているのであった。無論それは「咽が渇いた、水飲みたい」という意思に間違いはない。
オトーサンは早速140円でペットボトルの水を買い、自分で半分ほど飲んだ後ラテの口元に当てると美味しそうに咽を鳴らしながら飲み始めた。
たぶん自宅を出てから此の方、美容室でカットやシャンプーなどをやってもらっている間、水を飲んでいなかったものと思われる。

それにしても毎日の散歩で通る道にある自動販売機ならともかく、普段立ち寄らない場所に設置されている自販機をいつもの自販機と同じものであり、そこで水を飲めることを認識しているとすればなかなか凄いことではないだろうか。
そもそも最初の頃、オトーサンが自販機で飲み物を買ったとき、ボトルが落ちてくる音を怖がってその後自販機に近づくのを怖がったラテなのだ。だからこそこの進歩にオトーサンは感激しているのである。

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※砂場の公園でオトーサンを遊びに誘うラテ。それにしてもお尻の大きいこと(笑)


だからというわけではないが、日々の散歩の中でも危険なことは別にしてなるべく新しいことを体験させたいと考えているオトーサンなのだ。したがってラテとブランコに乗り、滑り台で遊び、小山を駆け上り...といったあれこれを楽しんでいる。
そう、滑り台といえば先日ちょっとした...いや、オトーサンにとっては大きなアクシデントがあった。
YouTubeの画像で見たことがあるが、一般的にワンコは滑り台といったものを嫌がるというか怖がる。
まず滑り台の頂点に上がるために上る階段は板状に重ねた簡易型であり向こうが見通せるのが普通だ。そうした階段状の場を登っていくこと自体ワンコは怖いらしい。そして登ったとしてもワンコはまさかお尻を滑り台に置いて人間のように滑ることはできないから四つ足で下に向かって移動するわけで、これはなかなか難しいというより恐ろしいようで途中滑り台の脇から飛び降りてしまうこともあるらしい。

ラテも最初は滑り台に登ることを嫌がっていたが昨年のある日、滑り台をオトーサンと一緒に滑り降りることに成功した。
その滑り台は一般的なものより幅が2倍ほどあるやつで、たぶん親子が一緒に滑ることができるように設置されたものではないかと思う。そこにオトーサンは腰を下ろしラテのリードを最短にして横に付け「ラテ、GO!」と声をかけて滑ったらラテも四つ足のままへっぴり腰で滑り降りたのである。
滑り落ちた後のラテの表情からは「やったね」といった表情が読み取れたとオトーサンは思っている。だからその後も二度ほどラテと滑り台を楽しんだ...。

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※幅の広い滑り台をラテと共に滑るオトーサン。この時は問題なかったのだが


そんなわけで先日の朝もしばらくぶりにその滑り台を前にしてオトーサンの血が騒いだ(笑)。またまたラテと一緒に滑り台を滑るから「いい写真撮って!」と女房に告げオトーサンとラテは難なく滑り台の上に登った。
そこまでは良かったが想定外のことが起こった...というより考えが淺かった...。それはこの日はこの冬一番の冷え込みだったからである。
滑り台の床はステンレス製だがこれまでオトーサンはジーンズのお尻をその先端に下ろし、両前足を伸ばすと靴の踵部分がブレーキとなりまずまず安全に滑ることができていたから今回も同じだと思い込んでいた。無論オトーサンのやり方や衣服が変わったわけではないが、問題はステンレス前面が朝露に濡れていただけでなく寒さで凍っていたことを知らなかったのである。

ラテのリードを短くして引き寄せ、オトーサンは静かに滑り台のステンレス部分に腰を下ろした瞬間何のブレーキを利かせる余裕もなくあっというまに滑り落ち、勢いでこれまた霜柱が立っていた砂場に尾てい骨共々お尻を嫌というほど打ちつけてしまったのである。
幸いラテは無事に滑り降りたので良かったがオトーサンはしばらく立ち上がれず女房の「救急車呼ぼうか?」という声に我に返ったオトーサンであった。
新しい事への挑戦も思いもよらないところに落とし穴があるものだ。そしてそれから一週間以上も経つがオトーサンの動作は些かへっぴり腰である(笑)。

クリストファー・リー主演のホームズ物語を観たが...

シャーロッキアンを自負する1人として可能な限りテレビドラマや映画として残っている関連作品を探して楽しんでいる。過日はあのクリストファー・リーがシャーロック・ホームズに扮した「新シャーロック・ホームズの冒険」と題されたTVドラマシリーズから「ホームズとプリマドンナ」と「ヴィクトリア瀑布の冒険」2作品を観た。

 
このシリーズについて以前観たビリー・ワイルダー監督の「シャーロック・ホームズの冒険ー特別編ー」にマイクロフト・ホームズ役で出演していたクリストファー・リーが特別インタピューに応じ「新シャーロック・ホームズの冒険」を評して「結果として作品はひどいものだ」と断言していたので気になっていた。
「(内容は)面白いし作品の質も高い、しかしテレビ用に分割されたためにお陰で話の筋がめちゃくちゃだ」というのが原因らしい。それやこれやを思い出したのを良い機会にと鑑賞した次第である。

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※ビリー・ワイルダー監督の「シャーロック・ホームズの冒険ー特別編ー」DVDパッケージ。この中で「ホームズとプリマドンナ」と「ヴィクトリア瀑布の冒険」2作品について主演したクリストファー・リー自身が酷評している


確かにいまでは考えられないほどスケールが大きいし金がかかっている(笑)。そしてクリストファー・リーを鑑賞するにはうってつけの作品だし面白いといえば面白い...。
リモコン式の起爆装置を発明した科学者がイギリス政府にその設計図と共に装置を売り渡す。しかしそれを受け取った直後にイギリスの大使はそれらを入れた鞄をひったくられ盗まれてしまう。
犯人を追って科学者はオペラ座の劇場まで追跡するものの結局殺されてしまう...。
イギリス政府はシャーロック・ホームズの兄、マイクロフト・ホームズを通じて事件の解決を依頼し、ホームズとワトソンはウィーンへ乗り込む。しかし当の劇場のプリマドンナがあの「ボヘミアの醜聞」で行き会い、ホームズにとっては「あの人」と呼ぶに至る特別な女性、アイリーン・アドラーだったというのが見所である。

最初の印象だが、はっきり言ってホームズとワトソンは爺さんすぎる(笑)。
このストーリーは1910年という設定なので1854年生まれというのが定説になっているホームズはこのとき56歳、そして2歳年上という設定のドクター・ワトソンは58歳のはずだ。しかし役者のクリストファー・リーはこの撮影時68歳ほどのはずでホームズが探偵という仕事を引退しようと考えていたにしてももっときびきびしていなければならないはずだが印象は普通の爺さんといった感じで切れ味といったものは見受けられない。

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※「新シャーロック・ホームズの冒険」の「ホームズとプリマドンナ」よりホームズ役のクリストファー・リー(右)とワトソン役のパトリック・マクニー(左)


どこかはっきりせず、ウジウジとしたホームズと年上で足に傷を持っているワトソンが活躍すればするほどユーモアという以前に滑稽でありイメージと合わない。そしてアイリーン・アドラーはどう考えても若すぎるではないか。
前記した「ボヘミアの醜聞」の事件が起きたのは原作ではっきり1888年ということになっているしアイリーン・アドラーはそのとき30歳のはず。そして「新シャーロック・ホームズの冒険」の年代設定である1910年ならすでに「ボヘミアの醜聞」事件から22年経過していることになるからアイリーンは52歳でなければならない。しかしモーガン・フェアチャイルド演じるアイリーンはせいぜい30歳前後にしか見えない。

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※「新シャーロック・ホームズの冒険」の「ホームズとプリマドンナ」よりモーガン・フェアチャイルド演じるアイリーン・アドラーだがとても52歳には見えない(笑)


モーガン・フェアチャイルド自身1950年の生まれだから作品公開時には40歳ほどだったはずだが、美しく大変若く見えるからホームズ達との年齢差がありすぎて違和感がある。これではホームズにとってアイリーンは子供のようだ(笑)。

しかし最大の問題は「ホームズとプリマドンナ」と「ヴィクトリア瀑布の冒険」共々それぞれ前編後編合わせて3時間にもなる作品であることだろう。これはいかにも長すぎる...。
これこそクリストファー・リー自身が言っていたようにもともとは映画用として撮影が進められたものを後にテレビ用ということで時間枠に合わせるためか本来カットされるようなシーンまでつぎはぎして伸ばしたとしか思えない。したがってストーリー展開もぐだぐだとして切れがない。そして例えば「ヴィクトリア瀑布の冒険」で顕著だが、ダイヤモンドをめぐりホームズとワトソンが活躍するものの、頼みのホームズの推理が冴えないから物語の終焉まで多くの人が死ななければならない(笑)。これではまるで横溝正史の金田一耕助のようだ(失礼)。
また念のため申し上げればコナン・ドイルの原作に「ホームズとプリマドンナ」ならびに「ヴィクトリア瀑布の冒険」という事件はなくこれはドラマとしての創作である。

とにかく作品全体のスケールは大きいし映像はなかなか美しいからホームズ物が好きな方は見逃しては損だとも思う。しかしこうした作品を観ていると何故にあのグラナダTV製作、ジェレミー・ブレッド主演「シャーロック・ホームズの冒険」が最高傑作であり決定版だと言われるその意味があらためて強く印象づけられる...。

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※グラナダTV製作、ジェレミー・ブレッド主演「シャーロック・ホームズの冒険」より筆者所有のプロモーション向けブロマイド(部分)。ベーカー街221Bの前で左からホームズ、ハドソン夫人、ワトソンの3人


遅ればせながらTwitter始めました!

Twitterとは何か...など今更解説することもないだろうが説明するとなるとなかなか厄介...。以前にサインアップだけは実施したもののそのままになっていたので新年早々の作業としてやっとホーム(ページ)を立ち上げた次第。新しいことをやるのは正直面倒だし果たして自分にとって価値あるものなのかを判断するのも難しいが、知らないままではその判断もできない。

 
TwitterはTwitter社運営のコミュニケーションサービスで2008年春から日本語版のサービスが始まったらしいが私の回りでTwitterの話題が多くなったのは昨年になってからだ。それに多くの著名人たちや芸能人たちの名がTwitter上で飛び交い、鳩山首相もユーザーだということで急速な広がりを見せている。そして今では企業の広報活動にまで活用され始めていることでも話題だ。
“Twitter”とは一般的に「鳥のさえずり」といった意味だが、現在では「つぶやき」と意訳され使われている。
そんなTwitterだが回りを見回すとやっている人は無論多いがまだ手を出していない人たちもかなりいる。
「新しいテクノロジーを単純に嫌ってみたり、食わず嫌いになっては自分の可能性をも否定してしまう」というのは容易だが、正直ことはそんなに簡単ではないのだ。
確かに新しいものに手を染めるのは魅力的だが、それは自分にとって何らかの形で有益でなければ続かないし他人が面白いといったところで自分もそう思うかどうかは別のことだ。そしてなによりも未体験のことをゼロから始めるのは時間を取られるしかなりのパワーを必要とするわけで決して容易なことではないと思う。

私はいわゆるコンピュータによる情報通信(古いねぇ...笑)を体験したのは1985年からだったから申し上げるまでもなくキャリアだけは長い。そして現@niftyがサービスを始めたときからのシステムオペレータとしてフォーラムを運営した。無論それらの初期はアナログモデムの世界だったが、ISDNを利用してインターネットの活用を図ったのも早い方である。
したがってパーソナルコンピュータはもとよりだが、様々な通信ガジェットを体験したり常に新しいソフトウェアも使うように心がけてきた。
デジタルカメラひとつにしても同様で、銀塩はともかくアナログ記録のスチルカメラといわれた時代からこの種の多くの製品を使ってきたからこそものの良し悪しが理解出来ると考えている。

さて問題のTwitterだが、それがどのようなサービスなのかといった知識だけは集めていた。しかし自分にとってどういった利点があるのかは実際に使ってみなければわからない。
ということで昨年秋頃だったかサインアップだけは済ませてみたが時間が無く最優先事項とはならずに足踏み状態だった次第。それが正月前後に回りを見ると誰もかしこも「ツィター...Twitter」と喧しい(笑)。
ただし何といっても始めたは良いとしても興味を持って継続できるか、そして自分にとって役に立つものなのかが問題だ。
これまた随分と前になるが古い友人からmixiへと誘っていただき勇んで参加してみたが、現在は覗くことはあっても書き込みはほとんどできないままでいる...。

なぜなら私にとって当該サイト「Macテクノロジー研究所」が公私ともに最優先事項であり、これにどっぷりと時間を取られているため手一杯でなかなか難しいのである。
本心は時間がないことを言い訳としてはならないと考えているものの現役バリバリの時代ならともかくTwitterで呟くようなネタもそうそうない(笑)。といって他人はともかく私自身はホームページの内容と重複するものばかりつぶやいては面白くもないと思うし...。というより積極的に行動するというか、アクティブに動き回っていないとフォーローしてくれた人たちとのコミュニケーションも発展がないようにも思えるがどんなもんでしょ...?

というわけで、まだまだTwitterの全てを把握しているわけではなく、本格的な活用を目指すために様々な外部ツールとの連携も試みてみたいが勉強不足の面は否めない。しかし変に義務感を持たず、肩に力を入れずにゆるく続けてみたいと思っている。
大切な事は例え挫折したとしても行動を起こさないよりはマシだ。また知らずして批評・批判もできないわけだし、今更「Twitterって何?」というのも嫌だし...(笑)。

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※やっと形だけは整えたTwitterのホーム


Twitterが今後どのように発展するのか、より面白く役に立つようなものになるのかは分からないものの形から入る傾向にある私はまず背景をオリジナルなものにし、サイドバーのカラーなどをちょいと変更して悦に入っている。
Twitterユーザーの方はちょっと覗いてやってくださいな(笑)。

twitter.com/mactechlab

ラテ飼育格闘日記(163)

3年も一緒に過ごしているとオトーサンがラテのクセや性格のあれこれを知ったつもりになっているのと同様、ラテもオトーサンたちの気心というものをかなり把握していると思われる。それにしてもラテは毎日どんなことを考えながら生活しているのかを知りたいと思うと同時に間違いなくオトーサンたちの生活に溶け込んでいることを嬉しく感じている。

 

ワンコの情報をあれこれと探っていると飼い主の様々な悩みが見えてくる。吠える、噛むは勿論だがいうことを聞かないといった問題で日々飼い主が悩み苦労していることが目立つように思える。
散歩の途中で行き会ったワンコの中にも2年ほど飼っているにもかかわらず食事中に手を出すと飼い主の手を噛むというワンコもいた。程度の差はともかくこの種の問題行動で苦労している方々も実際に多いようである。

結果論になってしまうがオトーサンはラテに対し育児書などでワンコが嫌うことを積極的にやってきた(笑)。無論それは悪戯ではなく、オトーサンたちとの関係をよりよくしようと考えた上での行動である。
尻尾を握ったり股に手を入れたり、マズルを握ったり、耳の穴に指を軽く入れたりもする。積極的に体全体に触れるようにし、抱っこもするし肉球を掴んだり口を開けてみたり、そして食事中もわざと食器に手を入れ、いくつかのドッグフードを取り出したり、逆に別の餌を追加したりもやった。
さらに最初は歯が強く当たることもあったがこれまた積極的にオトーサンの指先からオヤツを食べさせるようにしてきた。

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※珍しくカメラ目線のご機嫌なラテ


ワンコの中には掌に乗せた場合はともかく、親指と人差し指でオヤツを挟んで差し出すのをためらうのもいる。それはワンコたちに悪気はないものの早く食べたい一心で指先に食いつくからどうしても歯が当たってしまい噛むことにつながってしまう。ただし本来ワンコはなかなか器用な動物のようだ。
自分の肉球などを前歯でカリカリやってメンテナンスしているし、同様の要領なのだろうか...興が乗るとオトーサンたちの履いている靴下を上手に脱がす。
当然のこと、いきなり足の指先にガブリとやられてはたまらないが、ラテは前歯で靴下の布1枚に当たりを付け、弛ませてから上手に引っ張るのだ。

こうしたワンコが嫌いなこと、苦手なことを毎日いろいろと工夫して行ってきたことが功をそうしたのか、あるいはもともとラテの性格なのかは分からないが少なくともオトーサンとの間にトラブルの原因となることはなくなった。したがって本当に小さな餌でも指でつまんでラテの口に持っていくことができるしラテは決してオトーサンの指を噛むことはない。
さらにオヤツを食べているその横にオトーサンが陣取り、体を抱くように顔を寄せてみてもラテは怒らないし無論オトーサンを五月蠅いなどと攻撃したりしない。

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※細かな食べ物も安心して口元に持っていくことができる


そういえば育児書の中にワンコは行動を束縛されるのが大の苦手であると説明されている。具体的にいうなら強く抱いたり覆い被さると恐がり暴れたりし、場合によっては噛まれたりすることもあるらしい。
へそ曲がりのオトーサンはその覆い被さることもラテが幼犬のときから積極的にやってきたし、これまでいくつかの写真で見ていただいたように人間の子供のように両手をオトーサンの両肩に置き腹を合わせた抱っこができるようになった。
問題の覆い被せる行為も最初は嫌がりオトーサンの体から逃げだそうとしていたが、いまではオトーサンに悪意はないのを知ったからだろうか(笑)大人しくされるがままにしてオトーサンの腕に顎を乗せて目を瞑るまでになった。

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※オトーサンは頻繁にラテへ覆い被さってお話しをする。でもラテの表情は少し迷惑そうか...(笑)


繰り返すがワンコの性格にも関わってくるのだろうが、幼犬のときから嫌がられても続けることでワンコに免疫を付けることができるのではないかと思っている。無論成犬になってからでも進捗は遅いかも知れないが少しずつ、気長にそうした対応を続けていくことで問題はかなり改善するのではないかと思うのだが...。

そんなラテだが、最初からすべてが理想通りのワンコであったわけではない。
このワンコの”ラテ” 飼育格闘日記の(2)に早くも「どなたか、あま噛みを止めさせる効果のある方法があったらご教授いただきたい。」と泣きが入っている(笑)。
やはりしつこい程に粘り強く対応していくことが大切なのだと考えている。そしてある日「おやっ?」と思うほど問題は解決しているはずだ。

こんなふうに書くとラテにはまったく問題がないように思うかも知れないが残念ながらこれまでの話は家族内での話である。
朝の散歩にでかけるとき、玄関先でたまたま出会うワンコには何故か猛烈に吠えかかるし、これまた朝の散歩時にトレーニングなのだろうか行き会う男性がいるが、これまたすれ違うような場合に唸りはじめるのだ。
前記のワンコに対する行為の原因は明白だと思っている。ラテ自身がオシッコをしたりする道端で出会い頭に例のワンコが登場するようになったとき、自分のテリトリーを侵犯されているように思うのではないだろうか。しかし相手のワンコが大人しいだけにオトーサンたちは肩身が狭いのである。
また行き会う男性も申し訳ないがラテの身になってみると見るからに怪しいのだ(笑)。
細身で長身の身をかなり屈めて歩き、あちらこちらでストレッチのつもりなのだろう...団地の柵で屈伸したり歩きながら腕を回したり...。その上最近は寒いからフードを目深に被っている。
さらに多分その男性はワンコ嫌いなのかも知れない。気になるからだろう、ラテの方を真剣な表情で見るから視線を合わせることになる。ラテとしては警戒する対象となるから近づくと吠えることになる。しかし眼を合わせたとはいえ何にもしない人物に対して吠えるのは好ましいことではない。
こうしたことは他の人にはほとんどないのだが、ラテも感情を持っている生き物であるがゆえに彼女なりの心の動きがあるのだろう。だからこそオトーサンの持つリードには力が入り、肩・腰・足に湿布は欠かせないのである(爆)。

ホテルの一室でApple本社スタッフに囲まれたプレゼンの目的とは?

過日幾人かの方たちと集まったとき、プレゼンテーションの話になった。Keynoteの使い方から話術の話となり、やはり十分な準備が出来ていない場合はミスも多く緊張する...といった会話が続いた後「これまでで一番緊張したプレゼンはどんなシチュエーションだったか...」という話題になった。

 
クライアントに対しては勿論、講演やイベントなどで多くのプレゼンテーションをこなしていた時代は自分でいうのもおこがましいが、緊張するといった意識はほとんどなかった。
それは自社製品をターゲットにしたものであれ、Macintoshの存在意義や近未来におけるソフトウェアの展望といったテーマにしろ、常々自身が考えビジネスとして関わっていたことだから自信があった。それに自社製品のデモをやらせていただく機会があれば嬉しくて仕方がなかった…。

したがって最低50人の参加者を集めるからと呼ばれたイベントの席にたった4人しかいなくても、逆に数百人の聴衆の前でも私は楽しんでお話しをしてきたつもりである。そして10分間で喋れといわれれば丁度10分で、90分間喋ってくれといわれば係の方が驚いてくれたほどピッタリ90分で話を完結する。それがプロフェッショナルだと自負しているからでもある。
ただし私は自信家ではない。したがって重要なプレゼンの前には夜遅くまで一人練習を続けたことも事実である。そのために本番前に舌を傷つけて苦しいプレゼンとなったこともあったがそれもこれも話をさせていただく機会に感謝しつつ楽しんできたつもりだから緊張とは無縁だったといってよい。

そういえば起業して数年たった頃だったか、テレビの深夜番組に出演することになり録画のために借りたという洒落たお店に勇んで向かったことがある。
メジャーなテレビ番組に出ることは初めてだったが、そこで自社開発ソフトウェアを中心にMacintoshでいかに面白いことができるか...最先端のパソコンの世界はどのようなものなのかを解説する役目を仰せつかったのである。
私は自社スタッフをひとり連れて撮影現場に望んだが気負いはまったくなかった。ただし後で聞いたことだがその放映を知った友人達は私以上に楽しみにしていたことがあったという。

それは私がいかに本番でドギマギし、緊張し、しどろもどろになり、アタフタするであろうその姿を...である(笑)。
皆それぞれテレビカメラの前ではいかに緊張せざるを得ないかを知っているからであり、初めてのテレビ出演ともなれば平常心で臨むことは難しいことを心していたからである。

しかし残念ながら私は彼ら彼女らの期待を完全に裏切ってしまった(笑)。
これまた自分でいうのも変だが、終始リラックスして司会者との質疑にも対応できたし、ソフトウェアのデモもそつなくこなすことが出来た。
友人の一人は「なぜ終始あのようにニコニコしていられたのか...」と訝しそうに言ったが、私にとってその場は文字通り楽しかったのである。それに話題はMacintoshのことであり自社を含めたソフトウェアの話である。どう間違っても...すべるはずはないではないか...。

さて本題だが、そんな私でも緊張したプレゼンの思い出がないわけではない。
それは1999年1月7日、サンフランシスコのマリオットホテル一室で行った自社開発製品「CutieMascot (キューティマスコット)」をプレゼンしたときのことだった。無論その時期にサンフランシスコにいたのはMacworld Expo視察のためである。そしてこの時期毎年現地にスタッフ等と出かけていたことを知っていた当時のアップルコンピュータ(株)デベロッパー・リレーションズの担当課長H氏から米国へ出発前に「現地でCutieMascotのデモをやっていただきたいので準備を」という依頼があった。

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※朝日に輝くマリオット・サンフランシスコホテル。筆者撮影


話によれば相手はApple本社の連中だというので英文カタログの準備を怠らないようにしたが、H氏は私が英語不得手なのをご存じでもあり「大丈夫、私たちがきちんと通訳しますから」といってくれていたのでそれこそ深く考えずに「承知しました」と請け負った...。

とはいえ詳しい日にちや時間、場所などは現地で連絡を取り合うことになっていた。
当時の私は現地で使える携帯電話を日本でリースしてサンフランシスコに持ち込んでいたこともあって気楽に考えていたフシがある。
ただしひとつ不透明なこと...理解できないことがあった。それはこの時期になぜApple本社の人間に「CutieMascot」のデモをしなければならないのかということだ。

本ソフトウェアはお陰様で多くのMacintoshユーザーに愛していただいていたし、Performaへのバンドルも含めて認知度は高かった。しかし英語版のアプリケーションは用意してあったものの我々の人的パワーが貧弱なために積極的に海外へ売り込むこともできないでいた。
その「CutieMascot」を何故このタイミングでプレゼンテーションする必然性があるのか...それもApple本社の人たちに...といったことが気になり頭から離れなかった。

結局1999年1月7日、Macworld Expo会場に隣接するマリオットホテルの一室に呼ばれた私はそこで「CutieMascot」の特徴と概要をプレゼンすることになったのである。
このとき私の誤算があったことは米国Apple本社のスタッフが1人2人ではなく何と7人も集まったことだ。

当時の記録と名刺を付き合わせてみると、そのとき同席したのは日本からアップルジャパンのHを含む2人、そしてApple本社からは前年1998年のExpo/Tokyoでお会いしたこのとあるSenior Manager, International/Worldwide Developer RelationsのStefan Schaefer氏をはじめ、Manager, Consumer & Games/Worldwide Developer RelationsのNancy Underwood氏、Partnership Manager/Worldwide Developer RelationsのMark Gavini氏、Manager, Worldwide Developer Relations/Asia PacificのEshwar Vangala氏、Senior Derector/Consumer MarketingのPeter Tamte氏らと後2人ほどいたと思う。
なおStefan Schaefer氏以外は皆さん初対面であった。

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※その日、ホテルの一室に集まってくれたAppleのスタッフ達の名刺(一部)


思っていた以上の人数に囲まれた私は珍しくその場の雰囲気に飲まれて少々緊張していた。それは繰り返すが今回のプレゼンの目的がはっきりしていなかったことが原因でもあった...。
すでに数え切れないほど様々な場面でデモをしてきた自社製品のプレゼンなどいまさら緊張するはずもないのだが、私の座った回りから息がかかるほど覗き込まれるような環境と彼ら、彼女らのどこかリラックスしていない様子が気になり最初はやりにくかった…。

それにプレゼンはそもそもがその目的...すなわち相手が何者で何のためにここにいるかを知っていなければデモのポイントや山場の演出がやりにくいのだ。
彼らの入室前にH氏に今回の主旨をたたみ込むように聞いてみたが、なにかはぐらかされた感じもして納得できる回答はもらえず、「日本のデベロッパー代表としてこうした優れたアプリケーションも存在するんだぞ」といったことをApple本社側にアピールする意図ではないか...などと思わざるを得なかった。

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※プレゼン前夜、ヒルトンホテルにて持参した英文カタログやデモCDなどを確認しつつ準備をしているところ


時間にして3, 40分程度だったのだろうか、私が持参したPowerBook2400c1台によるプレゼンは決して見やすい物ではなかったと思うが、私はいかに簡単にいわゆるインタラクティブなアニメーションが作れるか、そして参加者すべてがAppleの人間だということを意識し「CutieMascot」ひとつにQuickTimeは勿論Speech Manager、English-Speech Recognition、AppleEventなどなどAppleの提供している多くのテクノロジーを数多くサポートしていることを強調した。まさしくAppleテクノロジーのオンパレードのようなアプリケーションなのだからそれは真実なのだ。

さらに重要なことはこの種のことを実現するため、一般的には機能拡張やある種のトリッキーなコードを書くはめになるのだが「CutieMascot」は一切そうした危ない要素はなく、Appleの開発セオリーに則ったアプリケーションであることも強調した。

プレゼンが終わりいくつかの質疑を受けたが彼ら彼女らは意外にあっさりと部屋を出て行った。
私の言いたいことがそのまま彼ら彼女らに伝わったかについては少々心許なかったが珍しく緊張していたのだろう...マウスを握っていた掌が湿っていた(笑)。

不明だったなぜあの時期に「CutieMascot」のプレゼンだったのか...についてはその年の5月になって初めて思い知ることになる。
ご承知の方も多いと思うが1999年5月のWWDCの場で「CutieMascot Jr.」が日本のデベロッパーとしては初の “Apple Design Award の最優秀技術賞” を受賞したからであった。

無論Appleには締め切りぎりぎりだったものの別途既定に則りApple Design Awardへエントリーするため資料を一式郵送したわけだが、お膳立てをしてくれたアップルジャパンの担当者らを含め、「何とか日本のデベロッパーの中からApple Design Award受賞を実現しよう」という場があのプレゼンテーションの機会だったのではなかったかと私は思い当たり、その場の雰囲気や彼ら彼女らの質疑の意味がやっと理解出来たのである。
そしてMacworld Expoの機会にサンフランシスコに入る私に「CutieMascot」のデモをさせるための機会を作っていただいたものと思われる。

さらにそのExpoから帰国した翌月、私はMACWORLD Expo/Tokyo '99の際にアップル主催のパーティーにおいてA&A社の新庄社長から紹介されたApple本社 Worldwide Developer Relationsのコンシューマー&エデュケーションディクターのTony Lee氏に手紙を書き、自社開発製品の中でも最もアップルらしいアプリケーションと評価をいただいていた CutieMascot Jr. (キューティ・マスコット)のサンプルをお送りした。無論それはCutieMascot Jr. を米国本社に知ってもらうための工作だった。

Letter to Apple

※1999年2月、私はApple本社 Worldwide Developer RelationsのTony Lee氏に長い手紙を書いた。1月の米国でのプレゼンを踏まえ CutieMascot Jr. をより米国本社に知ってもらうための工作だった(掲載の手紙は1ページ目)


自身の力を過大評価するつもりはないしApple Design Awardを受賞した「CutieMascot Jr.」は間違いなくそれだけの価値・意義を持った優れたアプリケーションだと今でも確信しているが、物事は事前の根回しやらも重要であり、優れたものが単純に賞を取れるほど世の中は甘くはない。それに残念ながらApple本社の関係者たちはそれまで「CutieMascot」の存在はもとより、そのソフトウェアのコンセプトなどまず知らなかったはずだ。

当時の私はこの時のプレゼンや様々な工作とApple Design Award受賞の関係を自社スタッフらにも話したことはない。したがって開発者はもとよりスタッフらも純粋にソフトウェアが優秀故の受賞と考えていたかも知れないが、あのときサンフランシスコ/マリオットホテルの一室でのプレゼンテーションはもとよりその後のフォローや工作なくしてApple Design Awardの受賞はなかったと密かに自負している。



人生何度目かの「五輪書」を読む

本好きの私は文字通りその時その時に巡り会ったあれこれを連想のキーとして様々な本を探して読んでいる。過日腰を痛めたその柔軟体操のつもりでこの十数年楽しんでいる居合の型をやってみたが腰が悪いとなかなか思うようには行かない。その居合いに刺激されたこともあり「五輪書」を再読してみようと思い立った...。

 
「五輪書(ごりんのしょ)」をご存じない方は少ないと思う。無論これは剣豪宮本武蔵が死の直前に書き上げたという自流、兵法二天一流の極意を記したといわれる兵法書である。
武蔵は江戸初期 (1584?~1645年)に実在した剣豪だが、一般に我々が持っているイメージは吉川英治などの小説あるいはそれらを元にした多くの映画やテレビドラマによるもので史実にはほど遠いものがあるという。またこの「五輪書」自体も武蔵直筆が残っていないこともあり、一部では弟子による創作ではないかという説もあるが現在大方の専門家によれば武蔵の著作というのが通説になっているらしい。

なぜ「五輪書」と命名したかについては各巻が仏教で説く宇宙の五大要素である地・水・火・風・空に倣ったからだ。したがって「五輪書」は五巻の巻物であったとされるが、地の巻きでは兵法の道に関する概要を説き、水の巻きは二天一流の剣の技を、火の巻きは勝負について、風の巻きは他流と自流との比較を、そして空の巻きでは兵法の極致ともいうべき事柄について記されている。
さて私自身、若い頃からこの「五輪書」は何度か手にして一応目を通してきた。無論現代語訳版だが、これまでは単に文章を読んだということであり残念ながらその言わんとする真意をくみ取れたとは思っていない。だからこそ毎回編者が違う「五輪書」を手にしてきたがその解説はどこか精神論とか哲学論的な話になってしまうことが不満であったし「五輪書」というものの持っている本当の価値を感じることはできないでいた。

ただし「五輪書」は日本のみならず海外でも翻訳され好評を博し多くの方々に読まれているという。無論それは兵法を究めるためではなく私たちの現実社会におけるビジネスや人生の生き方に対するひとつの指針・参考になると考えられているからだ。
私も若い頃に「五輪書」に取り込んだときにはそうした何らかの実益を得られるのではないか、悩みの解決に一役かってくれるのではないか...というある種の期待を持って読んだ。しかし能力がなかったと言われれば返す言葉もないが、前記したように何度か読んでもビジネスや実生活に活かすことなど出来得ない...どこか別世界のもの言いであると思うようになっていた。

この十数年、楽しみで居合いの真似事を始めそれまで刀といえば知識のうえでしか理解していなかったが実物と同じサイズ、同じ重さのいわゆる模造刀を手にした時、ほんの少しだが何かが分かったような気がした...。
分かったというより、これまで知識として知っていたつもりの刀を実際に腰に差してみると何にも知らなかったのだということが分かった(笑)。
それは居合いの型に則って大刀をすばやく抜ききる(抜刀)だけでもどれほど難しい事かを知ったからである。無論実戦の場なら、抜刀の早さが勝ち負けを分ける場合も多いし現代の私たちはなかなかわかり得ないことだがこの場合の負けは死ぬことなのだ。

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※筆者愛用の居合刀


そもそも命のやりとりをする兵法書を厳しい時代とは言えビジネスに応用できるものなのか...という疑問がひとつある。そしてもしそれが可能ならいわゆる現代訳というものは単に平たく原本の文字面の意味を解説するだけではかえって意味がないのではないかとも考えてきた。
例えば水の巻に「太刀の持ちようのこと」という項がある。無論これは刀の持ち方を論じているものだが「敵を斬るための武器」だと言うことを意識せよとあり、続いて「居付く」ことのないように...とある。
「居付く」とは動きづらいく固まること、すなわち緊張も含めてガチガチになってしまうことの意だ。まあ、斬り合いに限らずこれまた言葉尻だけ読んで納得したところで実戦で平常心でいられるには訓練と鍛錬が必要なことは申し上げるまでもないことだ。
しかし例えばある「五輪書」のこの項の解説に「人も企業も国家も現状に満足していつき、変化や成長を止めれば、そこにあるのは死である。」とある。
私見ながらこの手の解説が続くこれまでの「五輪書」は分かったようで凡夫の自分にとって何の役にも立たないということにイライラしていたのである。
我々現代人は失敗したところで命までは取られないものの「現状に満足していること」が良いことではないことぐらい誰でも知っている。問題は...知りたいのはどうしたら現状打破できるのか、その具体的な心構えあるいは方策ではないか。
また「足つかひの事」として「ことによりて大小遅速はありとも、常に歩むがごとし。足に飛び足、浮足、ふみゆする足とて、是三ツきらふ足なり」とある。
意味はそのままだが、前書の解説で「無駄のないバランスのとれた歩き方のできる人間は、思考のバランスも仕事の手際もよい。普段から、すべての基本となる足、腰を鍛えておくことが大事である。」と解説されているが何か「五輪書」と現実とがかえって遠くなるような気がして釈然としない。

よくよく考えてみると多くの「五輪書」の解説書は学者や研究者らによるものだ。またある種の武道家の手になる本もあるものの、これまで剣を「敵を斬るための武器」「相手を斬り殺すための道具」として捉え筆者自身が剣法家であったものには巡り会っていなかったのである。
適切なもの言いではないかも知れないが、例えばサッカーの極意をバレーボールの選手が解説するのではやはりピンとこないだろうし確信に触れることは難しいと思うのだ。
そんなことを考えていたとき宮田和宏著「新編・真訳 五輪書 - 兵法二天一流真諦」という「五輪書」を手にする機会があった。

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※宮田和宏著「新編・真訳 五輪書 - 兵法二天一流真諦」文芸社刊表紙


筆者について門外漢の私はまったく予備知識がないが、プロフィールによれば細川家伝統兵法二天一流第11代継承者であり宮本武蔵研究家であるという。
早速むさぼり読む感じで読み始めたが、剣の持ち方ひとつにしても学者や小説家が描くのとは違い真剣を構えて相手を斬り殺そうとする気迫が感じられて好ましい...。無論殺し合いが好ましいというのではなく、これまでの「五輪書」にはない武蔵のリアリティに少しだが近づけたような気がするわけだ。

この「新編・真訳 五輪書 - 兵法二天一流真諦」では前記の水の巻にある「太刀の持ちようのこと」はさすがに実践的な解説になっている。
例えば剣をただ単にしっかり握ればよいというレベルではないことを強調し、そもそも二天一流は二刀流であるからして片手で一刀を用いる難しさを説いている。
また「足つかひの事」についても重い日本刀を両手に持って操作しながら歩くことがいかに至難の技であるか想像に難くないとし、「常に歩むがごとし」も武術の鍛錬によってはじめて培われる歩みであり、安直に真似るだけではかえって脛を固めてそれこそ居付いた歩みを技化してしまうと諫めている。
武蔵はいちいち言及していないとしても「五輪書」は六十余年にわたる生涯のほとんどを命のやり取り、生死をくぐり抜けながら実戦の中で会得した心構えとノウハウが書かれているわけで単なるマニュアル本...エクササイズではないことを再認識すべきではないだろうか。そうでないと本当の意味で「五輪書」が「人生における指針の書」とはならないように思えるのだが...。

とはいえ、本書は筆者自身が書いているように大胆な意訳を含んでいることでもあり、どうしても筆者の思いが前へ前へと出て正直少々鼻につく部分もある。特に門外漢の私は筆者の人物たるを知らないから、果たして彼の主張する二天一流兵法が史実の武蔵が考えたものに合致するのかしないのか...は分かるべくもない。そして剣法家としての筆者がどれほどの達人なのかもまったく知らない。
とかく古武道に限らないが家伝を重んじるような奥義と呼ばれるものの中には型に拘りいたずらに精神論に入ってしまう傾向にありがちだし本来門外漢には分かりづらいものなのだ。結局は剣技に限らないものの物事の奥義は自得するしかないのだから他者への評価は難しい。
しかし少なくとも本書「五輪書」は私にとってこれまでのものとは違う側面を見せてくれたことは確かであり、いくつかのことに関し胸のつかえがおりたことも事実である。
他にも良い「五輪書」の解説書は多々あるのだろうが、まずは本書にきちんと向かい合ってみようと思っている。




ラテ飼育格闘日記(162)

ラテと毎日生活を共にしていると新しい発見というか驚きも多い。無論多くのワンコを飼った経験があるわけではないので他との比較は難しいものの「これがワンコなのか?」と思うほど意思の疎通ができたり聞き分けが良かったりと...変な擬人化をするつもりはないが何だかワンコにしておくには勿体ないと思うほど可愛いのだ(爆)。

 

一般的にワンコは散歩に連れ出すのがご主人の場合と奥さんや子供の場合とその態度がまるで違うという。
残念ながらオトーサン自身は女房ひとりでラテを散歩させているとき、後を付けて覗いたことがないのでその変貌ぶりは分からないが、事実ラテの友達ワンコではそうした例が多い。
オカーサンに連れられているときは快活で飛び回り、そこに普段オヤツをくれる人が現れたりすれば飛びつくように寄ってくるワンコでもリードを引いているのがオトーサンだと別ワンコと思うほど大人しく知っている人とすれ違っても良い子を決め込むと...いう感じだ。
そうした相手により...区別というか態度を変えられるということはワンコの知能はかなり高いと信じても良いのではないだろうか。
そんなワンコを観ているとへたに空気を読めない人間よりよほど向かい合う人間というものを知っているように思えてくる(笑)。

ラテに限ってもワンコとしてなかなかだと思うことは多い。“なかなか“ とは気を使っているといった意味だ。
例えばウィークディの散歩はオトーサンの役目であり、朝も駅まで女房を送っていきその後の散歩はラテとオトーサンだけとなる。そして夕刻の散歩は100%オトーサンとラテの世界である。したがってそこには良くも悪くも1対1の付き合いしかないが、これが休日の散歩で女房も一緒だとラテの気の使い方は別物となる。

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※大の仲良しのオカーサンと一緒(笑)。しかし大きくなった...


女房はオトーサンよりラテに優しく、歩いているときでもちょいと鼻で足や手の指先でも突けばオヤツをくれるものだと思っているフシがある(笑)。したがってオトーサンより女房にまとわりつく傾向にあるのは確かだ。したがってラテの関心事のひとつは女房の存在であることは間違いない。
ともかくオトーサンと女房そしてラテの2人ブラス一匹で散歩しているとどうしてもラテのリードの引きがあったりを含めてオトーサンとラテが先に歩くことになってしまう場合が多い。そんなときラテはしばしば後ろを振り返り、女房がちゃあんとついてくるかを確認するのである。
振り返り、すぐ後ろにいるときには「いたね!」とばかり安心して歩きはじめるが、木立に隠れて見えなかったりカーブでその姿が見えないと座り込んで待つのである。
それはラテ自身が早く歩きたい...公園に行きたいと明らかに急いでいるときでもそうなのだ。
その姿を見ていると何だが女房とラテの立場は逆転し、ラテの方が女房の一挙一同を気にして歩く母親であるかのような錯覚に陥る(笑)。

ある日の夕方、もう少しでいつもの公園に入るという直前にその近所に新しくできたスーパーで買い物をしてくるからと女房ひとりが遊歩道の階段を下りていった。
オトーサンは女房と一緒に行こうとするラテを制御しつつ「すぐ戻ってくるよ」といいながら公園に入ろうとするがラテはリードを強く引いて女房と別れたところまでオトーサンを引いて行く...。
オトーサンもめったに無いことだしラテの行動に興味があったのでしばらくラテが引くままにしていると先ほど女房が降りた遊歩道の階段のところに座り込んだのである。明らかに「ここで待つ」という姿勢なのだ。
とはいえ寒空の下、1カ所で3,40分も待っているわけにもいかないからとオトーサンは無理矢理ラテを引きずるようにして公園を回り始めるが度々後ろを振り返るのには閉口した...。
結局しばらく時間つぶしをした後にその階段を下りてスーパーに向かうとラテの引きは俄然強くなる...。幸いにスーパーの店先に着く前、暗くなった歩道の向こうから女房の姿を見つけるとラテは躍り上がった。
他愛もない日常の一シーンだが、オトーサンには感動の場面なのである。

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※「おや...何だろう?」とラテは何にでも興味を持つ


さて、話はまったく別になるが、ワンコといえば常にお腹を空かせているといったイメージを持っている人が多いのではないか。
確かにワンコの習性として食べられるときに食べておかないと次いつ食べ物にありつけるかが分からないというDNAを持っていると思われる。
自然界では現在もそれが普通だが、飼い犬は定時になればきちんと餌をもらえる。しかし毎日のそれは決して腹一杯といったものにはほど遠い量に違いない。
体重を減らそうとして少なめの餌をあげている...といったこともあるだろうが、そもそもワンコに毎回毎回生理的に満足する量を与えていてはすぐに病気になってしまうだろう。だからこそドッグフードもワンコの体重や年齢により「1日これだけですよ」と分量が決まっているわけだ。

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※オトーサンに抱っこされてご機嫌なラテ


そんなわけだからほとんどのワンコは食事が終わっても人間でいうところの「腹一杯」といったことにはならないものと思われる。それに人間から見るといつでも食べられるものが目の前にあれば食らいつく...やはり動物なんだといったイメージもあるがラテを見ていると些か違った感じを受けるのだ。
その一例がオトーサンたちの食事のシーンである。
例えばラテの夕食も可能な限り我々の夕食のタイミングに合わせて用意することを心がけているがラテの食事は何しろ早く、あっという間にメインのフードと別の容器に入れたプレーンヨーグルトを平らげてオトーサンたちのテーブルにやってくる。無論それは多少でもおこぼれをもらいたいからだし事実鼻の先で自分が食べたのとは違う美味しそうな臭いがしているのだから無視できないだろう。

オトーサンたちも本当は人間の食べ物をあげてはいけないことを承知しているもののジッと下から見つめられる視線には弱いのである。したがってネギ類や極端に塩辛いものなどワンコにとって毒となるものは別だが差し障りがないと思うものを少々あげることになる...。
無論ラテは喜んで食べるし一口食べればもう一口欲しいと要求するわけだが、これが意外と諦めがよいのだ...。
オトーサンのイメージではワンコといった動物には食べ物に関わることは生き死にの重大問題であり、その要求には際限がないと思っていた。しかしラテはオトーサンたちの座っているテーブルを見上げる形で食べ物をねだるが「この辺で終わり」「これ以上は貰えないな...」と判断し、我々はまだ食事中なのにいそいそとその場を離れて先ほどまで遊んでいたガムなどを咥えてきては大人しく遊ぶ...。
まあラテは時間的にお腹を空かせることはあっても定時に間違いなく食べ物をもらえることを学習しているから安心しているのだろうし、これ以上居座ってもオトーサンたちは食べ物をくれないだろう...ということも学習しているものと思われる。しかしこれほど聞き分けが良いのもワンコらしくないではないか(笑)。
女房と食事をしているその足元で愛犬が我々の食べ物を要求もせず(すでに少し食べたのだが)健気に遊んでいるのを見るとオトーサンはまた何かあげたくなってしまうのであった...。

あなたは80歳の美女に会ったことがありますか?

去年の1月25日に父が91歳で亡くなってから早いものでそろそろ一年になろうとしている。ところで、父が5ヶ月間過ごした高齢者介護施設で印象的なことがあった事を思い出した。そのきっかけは年末に再再々...読した陳舜臣著「空海求法伝~曼陀羅の人」を読んだことだったが、あなたは80歳の美女に会ったことがあるだろうか?

 
小説のネタをバラすつもりはないが、それを説明しないと私の話が続かないので少し説明を...。
陳舜臣著「空海求法伝~曼陀羅の人」では主人公の空海が唐の都で恵果阿闍梨と巡り会い、密教本流のすべてを託され灌頂を受け、密教界の最高位につく。これは小説とは言え歴史的な事実だが、小説の終盤になり命が尽きんとしている恵果が自分の眼を持って出家後1度も帰ったことのない生まれ故郷に行くように、そして隣の媼に会ってくるようにと空海に命じるシーンがある。

恵果が少年の時、実家の隣に住んでいたというその老女に会ったとき、空海は息をのむ。75歳になるはずの老女だが、なによりも空海の心をうったのは老女の気品であった...。そして彼は自制しきれずに「お美しい」と声をもらす。
この小説のくだりは恵果阿闍梨が出家した原因にかかわっていることなので何度読んでも印象的な場面だが、正直私は単に小説なのだから...と思っていた。

男は初対面の女を見るとき、その美醜を先に心に入れる。したがってその外見から判断してしまうわけで、老いた女性より若い女性の方に美を感じる生き物だ。しかし一昨年に父が高齢者介護施設に入ることに際し、施設内の設備などを案内していただいたわけだが、その過程ですでにそこで生活している女性の部屋をある種のサンプルとしてなのだろう...見せてくれた。

無論入居しているご本人の了解を得てのことなのだが、結局父はその女性の隣の部屋が空いていたことでもあり広めのその部屋に入居することになった。

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※2008年8月20日、高齢者介護施設の一室に引っ越したときの部屋と父。奥にiMacとプリンタがある


その女性...勿論高齢者介護施設におられるのだから若いはずもなく、確か年齢は80歳に近かったと記憶している。
ともかくその方とご挨拶するため最初にお会いしたとき、私は前記した陳舜臣著「空海求法伝~曼陀羅の人」のシーン...そう、空海が老女に会うシーンを思い出したのである。
その方は “お婆さん” と呼ぶのをためらうほど美しかった...。

髪は一部紫色に染め、小柄の人だったが腰はやや曲がっていたものの大変しっかりした足取りで歩いていたし、その第一印象はただただ「美しい!」ということに尽きた...。
無論テレビに登場する女優陣の中には老いても気品を失わず、若かりし頃の面影を色濃く持ち続けている美女たちもいる。したがって年齢を重ねたからといって美しさと無縁であるとは思わないものの、それまで私は70歳とか80歳の女性を眼前にして「美しい」と感嘆した覚えが残念ながらなかった。

そう思えるようになったひとつには自身も歳をとったからかも知れない(笑)。しかし例えば数百年も昔に作られた仏像を「美しい」と思ったことはあるが(笑)、生身の女性に対して美は若さと同義語といった先入観を持っていたからだろう、これまで老齢の女性を目にして「美しい」と思ったことはなかった。

その美しさは80歳の老女から...例えば20歳代、30歳代の容姿を想像して感じる美しさではない。80歳の女性そのままが美しいのである。
繰り返すがこのとき「空海求法伝~曼陀羅の人」に出てくるシーンがリアリティ溢れるものとして心に浸みた...。

さてその高齢者介護施設でお会いした女性に対する印象が私のまったく個人的な体験であったならそれはあまり説得力のない話かも知れない。
「もしかしたら視力が弱っていたのでは」などといわれるかも知れない(笑)。しかし挨拶を終え施設の担当者らと具体的な入居にかかわる手続きを聞こうと集まったロビーで普段女性に対しての印象など口にしたこともない弟が担当者に向かい「綺麗なおばあさんですね」と言ったのである。したがってこのことは私ひとりの印象でなかったことは間違いない。

私たちのような年齢になると特に女性は「綺麗に歳をとりたい」といったようなことを口にする。それは健康であることは勿論だとしても肌の艶を保ち皺も少なく...といったニュアンスを伴っているわけだが、かの女性は年齢そのままに美しかったのだ。

後に施設の担当者から聞いた話だと、もともとは世田谷に住居していた資産家の奥様らしいが事情は分からないものの自身でこの施設に入居されることを決められたとのこと...。
そうした話を勝手に膨らませれば、多分に良家のお嬢さんだったのではないだろうか。

若いときの美は我々にも伝わりやすいが、老いてもなお美しさを感じさせるその前提には...空海ではないが形だけでなく気品がなければならない。
特に派手な服を着ていたわけでもなかったから、私が感じた印象の多くは顔立ちと表情、そして立ち振る舞いとその話し方だったに違いない。

私も見習って相応な年寄りになりたいと思うが、外見云々はともかく気品というものは一朝一夕に備わるものではあり得ない。やはり日々の生活の積み重ね、心がけ次第ということになるのだろうが、これは大変難しい...。
そう...生前聞き忘れたが、隣に5ヶ月間暮らしていた父はどう思っていたのだろうか。
父母の位牌の前で線香をあげながら...私はそんなことを考えていたのだった(笑)。




ロシア版「バスカヴィル家の犬」はなかなか原作に忠実な作品だった

正月休みを利用して数本のDVDを観たがそのうちの1本がロシア版「バスカヴィル家の犬」だった。昨年の「シャーロック・ホームズとワトソン博士」に続き、待ちに待った2作目が正式に入手できるようになったからだ。


昨年8月にソ連時代の1979年から1986年にかけレニングラード、現在のサンクト・ペテルブルグでテレビ放映用として制作された作品から「シャーロック・ホームズとワトソン博士」をご紹介した。そして作年末には待望の「バスカヴィル家の犬」が発売された。
無論「シャーロック・ホームズとワトソン博士の冒険〜バスカヴィル家の犬」は「シャーロック・ホームズとワトソン博士」と同じくワシーリー・リヴァーノフとヴィターリー・ソローミンが好演している。

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※1981年作ロシア版「バスカヴィル家の犬」DVD


本作品は1981年にソ連のテレビ放映用として発表されたものだが、おそらくホームズ物のオリジナルの中で最も映像化されたであろう「バスカヴィル家の犬」にあって原作に忠実な作品としてこれからもっと注目を浴びるに違いない。
「バスカヴィル家の犬」はコナン・ドイルのホームズ物として長編のひとつだが、ダートムアという荒涼とした舞台、炎に包まれた魔犬が登場するといった魅力的なストーリー展開のためかこれまでにテレビは勿論映画も多数作られてきた。

私はといえばやはりグラナダTV制作「シャーロックホームズの冒険」の「バスカヴィル家の犬」が映像として頭にこびり付いているし作品の格調の高さやホームズ役ジェレミー・ブレットは勿論、個人的にエドワード・ハードウィックのワトソンが好きなので何度観たことか...。

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※グラナダTV制作「シャーロックホームズの冒険」より「バスカヴィル家の犬」収録のDVD


無論映画...映像化に際して原作とまったく同じに作るという必要もないがそこはシャーロッキアンたちに聖典ともいわれる原作だからして映像化のひとつの興味はいかに原作の香りを損なわないかにある。
そうした面からもグラナダTV制作「シャーロックホームズの冒険」はいまだにホームズ物の映像化として最も優れているのは確かだろう。
ただしその「バスカヴィル家の犬」でも原作そのままにとはいかなかった。

例えば最終章にロンドンから呼ばれて登場するレストレード警部は役者のスケジュールが合わなかったらしく登場せず、代わりに事件を持ち込んできたモーチマ医師に同伴を請うている。
また1983年公開のホームズ役がイアン・リチャードソンによる作品でも最後に魔犬と立ち向かうときにレストレード警部はいないばかりか、最後に魔犬と格闘するのは他ならぬホームズ自身となっている。

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※1983年公開イアン・リチャードソンのホームズによる「バスカヴィル家の犬」VHSパッケージ


しかしロシア版「バスカヴィル家の犬」は最後の場面にレストレイド警部をきちんと登場させている。さらに原作では魔犬にリボルバーの銃弾5発を食らわせるのはホームズのはずだがここではレストレイド警部にその役を追わせているのは面白い。
なにしろレストレイドは警察官であり拳銃の扱いについても当然プロフェッショナルなのだから妥当な設定ともいえようか...。
ただしこれまたリアリティを増す演出なのかも知れないが、犯人と銃撃戦になる場面は原作にはない。
また沼地を捜査するとき、長い木の枝を地面に差しながら歩く姿はさもありなんと思うが、その点グラナダTV制作もイアン・リチャードソン主役の「バスカヴィル家の犬」もそうした配慮は怠っている。

さてロシア版各主人公の描写だがなかなか特徴的な部分も多く興味深い。
まずカナダから来たというバスカヴィル家相続者のヘンリー・バスカヴィル卿は紳士というより粗野で少々戯け物といった性格で描かれているしモーテマ医師は些かなよなよし過ぎに思える(笑)。
まあ、決してヘンリー・バスカヴィル卿を悪く描いているわけではないものの当時のロシア人にとってアメリカ大陸から来た人物...それも金持ちの印象はこんなものだったのかも知れない。

ともかく本作品はロシア版とはいえ、監督自身の編集で短編版を本場イギリスBBCで放映したほどロシア版ホームズ連作中の白眉だというだけあって大きな違和感はなく全体的に端正な出来だと思う。今後はより評価が高まるのではないだろうか。



ラテ飼育格闘日記(161)

新年明けましておめでとうございます。本年もこのラテ飼育格闘日記をよろしくお願いいたします。
ということで早くも2010年がスタートした。ところでオトーサンたちは喪中のため年賀状を出すことができなかったので少々寂しい新年だったが今年も元日の日の出を拝むためにいつもの公園に出向いた。

 

昨年一年間オトーサンにも楽しいことそして悲しいこともあった。ラテも一時体調を壊したこともあったものの幸い概して健康な1年を過ごすことが出来た。そして「足が痛い」「腰が痛い」などと泣き言が多い一年だったがインフルエンザにもかからず、寝込むことなく過ごすことができたのだからまずまずの一年だったとすべきだろう。

以前、父母が健在だったころ正月ともなれば必ずといってよいほど京都のホテルで過ごす時期もあった。しかしラテと一緒に暮らすようになってから女房と共に旅行にいくこともなくなった。
無論それは少々寂しいことではあるものの、ラテを飼う決心をしたとき、そうしたあれこれは封印したつもりなのでそれは致し方ないことだと諦めている。しかし何よりも毎日ラテの笑顔に接すことが一番の楽しみであり、事実この1年間の成長をデジタルカメラに収めたファイル容量はDVD 4枚分にもなっていた...。

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※朝日は昇る...ラテのお尻は大きい(笑)


さて元旦の早朝、恒例になった日の出を拝みにいつもの公園へと向かった。時刻は6時ちょっと過ぎなのでまだ暗く木立の間を抜けるには懐中電灯の明かりがないと足元が見えない。
朝の気温をiPhone 3GSで確認すると地元はなんとマイナス4度だという...。ほんとか!
防寒対策としてダウンジャケットは勿論だがネックウォーマーをつけた。そしてこの冬のオトーサンのジーパンには少々秘密がある。
ジーパン好きのオトーサンでもさすがにジーンズだけでは足腰が冷える。といってジーンズの下にごてごてと厚着はしたくないのでどうしたものかと考えていたところオカーサンが良い物を探してくれた。
それは裏地がフリース仕様になっているジーンズだった。
見かけは一般のジーンズと変わりないがゴテゴテもせず事実なかなか暖かいのでオトーサンは気に入っている。おかげでこの冬はこのジーンズで過ごすことが出来そうである。

また手袋も必須なのだが問題はオトーサンの両手はリードを持っているだけでは済まない。オヤツを出したりウンチの処理をしたりと意外と細かな作業をしなければならず一般的な手袋とか軍手ではいちいち取り外さなければならないために不便なのだ。したがって防寒という意味では少々妥協せざるを得ないが指先だけ出て、掌や手の甲はカバーするという手袋を両手にはめている。
こうした準備の上、最後にキャップをかぶれば出来上がりだがその支度が始まるとラテは散歩に出かけられるとイソイソし始める。

ところで照明...いわゆる懐中電灯のアイテムはこれまでいくつか買ってみたがどれも気にいらないものばかりだった。
いろいろと荷物が増えるので出来るならなるべく小型のものが良いと考えて探したわけだが、一般的に小型の製品は明るさが足りないし使い勝手がよくないだけでなくすぐに接触不良を起こしてダメになった。とはいえ大きな製品は携帯しづらいだけでなく重いし扱いにくい...。
散歩3年目にして巡り会ったのがAmazonで購入した LED LENSER P6 という製品である。オトーサンが使っている物は現在販売されている製品よりひとつ前の仕様のようだが長さが最長17cmほどで単三電池2本を使う。
これを持ち歩いているとほとんどの方が「それは明るいですね!」と声をかけてくれるほど実用的なものである。そして製品にはストラップとベルトに付けられるポーチが付いているのも使い勝手は良い。
このLED LENSER P6に充電式のエネループバッテリーを使って毎日散歩に携帯しているが、前記したように暗い道を照らす目的が第一ではあるものの真っ暗な中でオトーサンとラテの存在を回りに知らしめるというこれまた重要な役割も果たしている。
なにしろオトーサンたちが歩く道はほとんどバイクや車は通らない。しかし自転車は多く、場合によってはこの自転車が大変危ないのである。

困ったことに夜道に無灯火の自転車もいるし、勾配が多い地域のため場所によってはどうしてもスピードを出してしまうことが多いだけでなくカーブのいくつかは植え込みで見通しが利かないらしく事故も多い。
例え見通しが利く直線でも暗い場所だと勢いがついた自転車は大変危ない。
十分注意しラテのリードを引きつつ歩いているつもりだが、自転車に乗っている人物から見て人間の身長は認識しやすいとしても低い位置にいるワンコの存在はわかりにくいのだ。したがってオトーサンはなるべくラテを内側にして散歩をすることにしているがそこはワンコだからしてネコが横切ったり気になる何かがあると飛び出そうとして危ないときがある。
だから夜道は常に明るいライトを付け「ここにいるぞ」ということをアピールして歩いた方が安全なのである。

とはいえ正月の早朝だからだろう、今朝は車の姿は本当に少ない。途中の駐車場にも車はほとんどないということは皆さん帰郷や旅行に行っているのだろうか...。
そんなことを考えながら歩くがすでに足元は冷たく指先の感覚がなくなっていく。
そしてまだまだ薄暗い公園にたどり着いたものの残念ながらお仲間はいないが朝日を拝もうという人たちが少しずつ集まってくる。そうした人たちの中にはワンコ連れもいるわけで俄然ラテが吠え始めるのにはまいった。なにしろラテ一匹が五月蠅い(笑)。

そんなとき向こうからハリーちゃんを連れたご夫婦がやってきた。

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※新年のご挨拶もそこそこにラテとハリーちゃんはお遊びモード


新年のご挨拶を済ませつつもハリーちゃんの後ろ足に待ってましたとばかりラテが絡みつく。ただし短毛のビーグル犬ハリーちゃんは寒いようでオトーサンに抱かれても震えている...。それだけ今朝は寒いのだ。

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※ハリーちゃんはオトーサンに抱かれても寒さに震えていた...


ラテとハリーちゃんが遊んでいるうちに朝日はあっという間に昇ってきた。
昨年は確かクロちゃん、マキちゃんたちも一緒だったが今年は残念ながらその元旦には会えなかったものの皆さんそれぞれよい新年を迎えていることだろう。
帰り道、ハリーちゃんのオカーサンから頂戴した手作りのお菓子をラテが狙って飛びつこうとして困る...(笑)。
「後で少しあげるから待て」とオトーサンたちはラテを制御しつつ明るくなった公園を後にした。

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Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員