ジョブズとウォズが知り会ったきっかけは?

スティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックが出会ったことがAppleという企業を誕生させ、現在誰もが知る世界有数のメーカーとなったことは周知のことである。ではそもそもジョブズとウォズニアックはどのようなきっかけで知り合い友好を深めていったのか?


無論アップルフリークの方々は断片的にも知っている情報だと思うが、先日お若い方に質問されたのであらためていくつか確認の上で今回はそんな話しをしてみたい。
一言で「縁」といってしまえばそれまでだが、ジョブズとウォズニアックが出会っていなければAppleという会社は存在しなかったに違いない。そしてパーソナルコンピュータそのものはAppleの有る無しにかかわらず進化したであろうが、その姿は現在のものとは些か違ったものになったとも考えられる。

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※Apple I の基板を前にした若かりし頃のジョブズとウォズニアック


ダイヤモンド社刊「アップルを創った怪物」の中でウォズニアック自身、自分はジョブズより4つ年上だったから学校で一緒になることはなかったという。しかしマグロウヒル社刊「パソコン革命の英雄たち」によれば5歳違いだという...。ちなみにジョブズの生まれたのは1955年2月24日、ウォズニアックは1950年8月11日である。したがってこの食い違いは学年と年齢の違いによるものと考えられる。
ともかくウォズニアックをジョブズに会わせたのはウォズニアックの高校の友人であるビル・フェルナンデスだったことは間違いないらしい。
学友たちが芸能人やロック歌手たちの尻を追いかけているとき、ウォズニアックはデータ・ゼネラル社から貰ったNOVAというミニコンのパンフレットを寝室の壁に飾って眺めていた。そしていつか自分のコンピュータを持つんだと決意し、それが彼の人生における最大目標となった。しかしその夢はとても非現実的だった。なぜなら1969年当時の人々はコンピュータを個人で所有するという考えなど持ってはいなかったし、NOVAやDEC社のPDP-8といったミニコンでさえ研究所向けの製品であり大変高価だったからだ。

そのウォズニアックは1971年の夏、大学を辞め小さなコンピュータ会社に就職し前記した友人ビル・フェルナンデスと共に外見が悪いからと不良品扱いされた部品を集めて最初のコンピュータを作った。
2人はクリーム・ソーダを飲みながら夜半までハンダ付けし続けしたことから出来上がったコンピュータに2人は「クリーム・ソーダコンピュータ」と名付けたという。
そのビル・フェルナンデスがクリーム・ソーダコンピュータ製作を手伝いながらも2年下で中学時代の友人をウォズニアックに引き合わせた。
「君に会わせたい奴がいるんだ。スティーブというんだが、君と同じように悪戯好きだし、エレクトロニクス関係でいろいろと作るのも好きなんだ」と...。そのスティーブこそがスティーブ・ジョブズだったのである。
ウォズニアックは即ジョブズを気に入った。ビートルズとボブ・ディランが大好きなことも同じだったが一番は自分の設計を説明しようとすると苦労することが多かったが、ジョブズはすぐにわかってくれたからだという。すなわちウォズニアックにとって自分の才能を認めてくれるだけでなく一番の理解者がジョブズだった...。

ジョブズも電子工学に興味を持っていたが養父は工場労働者であり一部の同級生たちのように財政的に余裕もなかった。したがって高校では電気部品を売り買いし、あるいは修理などで金を儲けたりしていた。なぜなら彼はマウンテンビューにあった電子部品や基板の旧型品や不良品が山積みされていたジャンク店で週末働いていたからだ。この時期にジョブズは電子部品の良し悪しや価格に対する嗅覚のようなものを自然に身につけつつあった。

ジョブズはまたはにかみ屋だったが大変落ち着いた大胆な面も持っていた。例えば電子回路の作成中に部品が不足したときヒューレット・パッカード社の共同設立者であるウィリアム・ヒューレットを電話で呼び出して助けを求めるといった行為をやったという。
驚いたことにウィリアム・ヒューレットはジョブズに必要な部品を与え、その夏には流れ作業現場での仕事まで与えたという。ジョブズにはこの頃から人を魅惑する天性のものを持っていたと思われる。

そうして出会ったジョブズとウォズニアックだが2人の関係を深めたのは電子工学ではなくもっぱら悪戯だった。ただしウォズニアックの目標は自身のコンピュータを作ること...という明確なビジョンがあったがジョブズは自分の人生をどうしたいのか...自身でも分からず悶々としていた。
その後ウォズニアックは工学をより勉強するためカリフォルニア大学のバークレー校に復学したが学年末の大半の時間をスティーブ・ジョブズと不正にタダで電話をかけることができるブルー・ボックスを作ったりして過ごす。
2人の悪戯は時には度を超し、ブルー・ボックスを使いキッシンジャーと名乗ってローマ法王を眠りから覚まそうとしたこともあったという。

しかしこの遊びを金儲けに繋げたのはやはりというべきか...ジョブズだった。2人はこの非合法の装置をどっさり売ったらしい...。
その後、リード大学に入学したジョブズは東洋の宗教に夢中になり、友人のダニエル・G・コッケと多くの哲学書や宗教書をむさぼり読む。ウォズニアックはそうした非科学的な探求には興味はなかったが2人の友情は変わらなかった。
ウォズニアックは週末になるとよくジョブズを訪ねてオレゴンまでドライブした。ちなみにジョブズにとってリード大学は特別の存在だったらしく後にローレン・パウエルと結婚し男の子に恵まれた際、その子にリードという名を付けたほどである。

1973年の夏にウォズニアックはビル・フェルナンデスと共にヒューレット・パッカード社に就職する。同社の計算部門で勉強を続けることにして大学の方は遅らせることにした。
対してジョブズはリード大学を6ヶ月で退学したものの寄宿舎には居残ることができた。そのリード大学での1年が終わると設立されたばかりのビデオ・ゲーム会社のアタリ社に職を得て金を貯めることに専念する。そしてその貯金で出発時期は少々違ったものの1974年にはダニエル・G・コッケと共に念願のインド旅行に旅立ったのである。
結局ジョブズは2,3ヶ月の間放浪した後、カリフォルニアに戻りアタリ社に復職しウォズニアックと連絡を取った。
この頃からウォズニアックは頻繁に夜勤をしていたジョブズの誘いもあり、金のかかるゲームセンターではなくジョブズの勤めていたアタリ社の工場に入り込んでゲームを楽しんでいた。このことはウォズニアックだけに利があったわけではなくジョブズにとっても多々実益が生じた。なぜならアタリ社が新しいゲームを設計するその仕事の一端をジョブズが請け負い、実際は自分にとって難しいところをウォズニアックにやってもらうという実益である。無論アタリ社には自分1人で問題を解決したと報告する。

この時ジョブズが手にしたという700ドルをウォズニアックと折半するが、実はジョブズが受け取った報酬は2,000~3,000ドルだったことをウォズニアックは後に知る。しかし彼は「人それぞれだから」とジョブズを責めることはなかった。
ともかくジョブズとウォズニアックはこの頃から2人が協力すれば期日の差し迫った問題でもうまくいくということを学んだのだった。
機は熟しつつあったのである...。

【主な参考資料】
・スティーブ・ウォズニアック著「アップルを創った怪物」ダイヤモンド社刊
・P・フライバーガー/M・スワイン著「パソコン革命の英雄たち」マグロウヒル社刊
・ジェフリー・S・ヤング/ウィリアム・L・サイモン著「スティーブ・ジョブズ 偶像復活」東洋経済新報社刊

ラテ飼育格闘日記(199)

さすがの猛暑もそろそろ秋にシフトしつつあるからか公園に行くと子供たちの動きが活発になってきた。炎天下では走り回るわけにもいかなかったのだろうが、最近は男女混合で三角ベースの野球を楽しんでいるシーンによく出くわす。問題なのはその試合のまっただ中にラテが入りたがることだ(笑)。

 

ラテと共にいつもの公園にいくと黄色い声が飛び交っている。15人ほどの男女合わせた子供たちが二手に分かれて野球の試合をしているのである。ボールはどうやらテニスボールみたいだが、金属バットに当たると「カキーン」といい音がする。しかし全員グローブはなくて素手である。
そのうちの女の子たちの多くはラテを可愛がってくれる小学生たちなので「キャッキャ」騒いでいる彼女らに近づきたくてラテはリードを引く...。
オトーサンは邪魔にならない範囲で、そしてボールが直接飛んでこないと思われる距離まで近づいてラテをなだめるが遠慮のないラテは一緒に遊びたくて仕方がないのだ(笑)。

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※子供たちが野球をしているのを大人しく眺めているラテ


そのときゲームに加わっていない1人の男の子が近づいてきた。外野を守っていた女の子が「○○君、邪魔しちゃダメよ!」と声をかける。オトーサンも近づきすぎたかな...と思いラテのリードを引いて少し移動を始めると「ああ、ラテちゃ~ん。ラテちゃんはいいんだよ」と気を遣ってくれる。
ラテはもうメロメロでその女の子の後ろから近づき、すらりと伸びた足をペロペロと舐め始めた(笑)。女の子は「キャッハハ...」とこれまた嬉しそう。

しかし外野側ではやはり邪魔だからとホームペースの裏当たりに移動する。この周りにはゲームに参加していない低学年の女の子や「野球やらない」という子供たちがいてラテを歓迎してくれた。その子供たちは芝生に座り込んでいるからか、蚊に刺されて大変な様子。オトーサンはバッグから先ほど自分も使った虫さされ防止のスプレーを取り出して女の子たちに「これ使う?」と渡す。女の子たちは素直に「ありがとうございます」といいつつ順番に手足にスプレーをかけた。
その後、初対面の子供も交じってラテに抱きついたり、頬ずりしたり、跨ったり、尻尾を握ったり、あるいは後ろからラテに乗るように抱きついたりもするがラテは怖がったり怒ったりしないでリラックスしているようだ。

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※ゲームに加わっていない女の子たちはラテをオモチャにして遊ぶ


それだけでなく女の子が3人、ラテの前に陣取るとラテは交互に1人ずつ口元をぺろっと舐め続けている。その公平さにオトーサンは感心してしまうほどだ。
ただし興味はどうしても「キャーキャー」と声のする方にいってしまうようで「ラテちゃん、こっち向いてよ」などと苦情を言われている(笑)。

その子供たちが離れていくとラテはジッと野球をやっている子供たちの動きを追っている。もしリードを離すことが出来たら皆の周りを駆け回り、もしかしたら打球を咥えて持ってくるかも知れない...などと考えていたら、馴染みの女の子2人がラテの前に手を繋いで立ちふさがった。

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※金属バットがラテに当たらないようにとガードしてくれる子供たち


何事かと思ったら1人の女の子がラテの頭を撫でながら「あの子、打った後バットを放り投げるクセがあるから危ないんだよ。だから私たちが守ってあげるね」という...。
案の定、ボールをバットに当てた男の子はバットを三塁側に放り投げて一塁ベースへと走った。
幸いバットはラテの方には向かってこなかったが、女の子は「ねぇっ、危ないでしょ!」とラテを振り返る。
遊びながらもこうした気遣いをしてくれる子供たちは素晴らしい。きっと彼女らは素敵な大人になるだろうとオトーサンは心の中で思いながら「ありがとう!」とお礼をいった。

なかなかバッターボックスの姿が様になっている女の子がランニングホームランを打ち、三角ベースを回ってホームペースに戻ってきた。笑顔で「ラテちゃん!私素敵だったでしょ」とラテの首にすがりつく。ラテも口を大きく開け「ハアハア」と息づかいが荒く何だか喜んでいるみたいだ。
「これ凄い運動量だね」というと周りにいた別の子は「ゲームで楽しんで痩せられるね」と女の子らしい発言をする。するとまた別の子は「でもさ、お腹が空くし食べたら一緒だよ」と大人びた物言いをして一同で「ギャハハハ」と笑い合う。
見ていると当然のことながら男女ともに学年が違うし、上手な子もいる反面、ボールもろくに取れない子供もいるが誰1人として「お前下手だな」といった蔑みの言葉を聞かないのは素晴らしい。というか、そもそもが厳粛なルールに則ってゲームをしているわけではないようなのは雰囲気でわかる。
誰かが投げ、それを交代で打ち、ボールを追いかけて走り回る。一応ゲームになってはいるが、どちらが何点取ろうがあまり気になってはいない様子。
皆でワイワイとやっているその事自体を楽しんでいるのだ。その割には喧嘩やトラブルが起こらないのも不思議だが皆の笑顔が輝いている。

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※入り替わり立ち替わり、ラテの側に来てくれる女の子たちにラテも嬉しそう


ラテにとってこれまたお馴染みの六年生の女の子がホームベースに走り込み、そのまま仰向けに寝転んで「ラテちゃ~ん!」とラテを呼ぶ。
ラテは嬉しそうにひっくり返っている女の子に近づきその顔を舐めあげたりしている。
ありがたいことにその日は子供たちの野球の試合に入り込んでくるワンコが他にいなかったこともあり、ラテはモテモテだった。

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※ラテの子供たちへの視線は熱い(笑)


そういえば、この夕方の散歩時にラテは公園で他のワンコと交流は一切無く、小一時間ずっと女の子たちに囲まれて過ごしたことになる。
特に走り回ったりしたわけではなかったが気持ち的に満足したのかオトーサンの「ラテ、帰ろう!」という呼びかけにも素直に応じた。
そしていつものように戻る途中、お馴染みの自動販売機でペットボトルの水を買おうとしたら何と水が無くなっている。売り切れではなく扱っていないのだ。
ラテはオトーサンがペットボトルを持ってこないのを不思議そうな顔をして待っている。
自動販売機も夏から秋へと販売内容を模様替えしたようだ。
オトーサンたちは仕方なく、回り込んだ先にある別の自動販売機で冷たい水を飲み、一路自宅へと向かった。ふと夕闇迫る空を見上げると鰯雲が秋の到来を語っていた。

ラテ飼育格闘日記(198)

5月以来だから足かけ4ヶ月ぶりになってしまったがラテを美容室へ連れて行った。片道30分程度の道のりだが、この時期は日中気温も高く路面も高温になるのでできるだけラテを出したくないと考えていたから遅くなってしまったのである。しかし意を決して日曜日の午後2時に予約をとり、女房と家族水入らずで出かけることにした(笑)。

 

体毛の伸びが気にならない犬種もあるのだろうがラテは首回りやお尻周りをはじめ四つ足の先などの伸びが早い。
足先などはあまりに伸びが目立つと小さなバリカンで短くもするが見栄え良くそして全体的なバランスを考えてのトリミングは難しいので定期的に美容室に行くのは恒例になっている。それに本格的なシャンプーはもとよりだが爪切り、肛門線絞りといったことも一緒にお願いできるのでラテには必要なのである。
本来ならもう少し早く行きたかったが夏真っ盛りのこの時期、日中にラテを連れ出すことははばかられるからと様子を見ていたわけだ。しかしあまりにも体毛が伸びたことでもあり意を決して予約を取ったが、その時間は太陽がほぼ真上にある午後2時だった...。

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※見返り美人(笑)


オトーサンたちはペットボトルに冷蔵庫で冷やした冷水を注ぎ、別途ジェルの保冷剤をビニールでくるんでバッグに持参した。無論ラテを熱中症から守るためである。
予約時間の約40分ほど前に自宅を出たが幸いなことに気温は高いものの曇り空のため日差しが直接路かかっていないので多少は楽だった。しかし念のためにアスファルトを手で触るとかなり熱い。したがってなるべくコンクリートの路面を避けて目的地に行こうと考えたがそれも限界があり難しい。
ラテは舌をハアハア言わせながらも元気で歩いているが何度もご紹介したとおり、もうひとつの問題はラテがその美容室に行くのを喜ばないことだ。

駅のコンコースまで歩き多少の時間的余裕があるからとコーヒーショップのテラスでオトーサンたちは冷たい飲み物を飲み、ラテには水を与える。伏せたラテの首筋に持参した保冷剤を冷たくなりすぎないようにとタオル地のハンカチにくるんで当ててやると気持ちがよいのか脱力して目をつむる...。
ほんの一休みした我々は一路美容室へと向かうが、すでにラテはどこに連れられていくのかを察しているに違いない。しかしどうしたことかいつもはこの当たりから強力にリードを引き、抵抗を始めるはずがリードも引かずに素直についてくる。

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※気の合うワンコと体をぶつけ合って遊ぶ表情は楽しそうだ


坂道を下り、目的地まであと300メートルほどになったときラテの歩みが変わったかと思ったら急に座り込んだ。ウンチである(笑)。
前回の5月のときは驚いたが今回はラテが緊張のあまり脱糞するであろう事を予測していたから女房は手慣れた手つきで処理をし、オトーサンはペットボトルの水をアスファルトに少しかけて掃除する。
ラテは尻尾が完全に下がり緊張している様子は一目で分かるがこればかりは強行するしかない。
女房と笑いながらもラテを引いて道を急ぐがラテの抵抗も心なしか今日は弱い。しかし毎回のことだが最後の角を曲がり美容室の看板が見えるところまで来るとラテは後ろ足立ちになってオトーサンにしがみつこうとする。
心得ているオトーサンは体重20Kgにもなるラテを抱き上げて歩くが正直ラテの体温と速めになっている鼓動を楽しみながらお店のドアを開けた。

ラテを美容室に預けた我々はその足で駅ビルに入っているスーパーで買い物をして自宅に戻るが、当然のことながらラテの姿のないガランとしたリビングは何とも寂しい...。しかし迎えに行くのは夕方5時近くになるだろうから、それまでオトーサンたちは体を休めることに専念する...。何しろ歩くのは30分ほどだとしても美容室への道のりは階段が多くて大変なのだ。
結局予想より多少早くオトーサンのiPhone 4に「終わりました」との知らせが入ったので早速女房共々ラテを迎えに行くために再び家を出た。

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※日が短くなり夕方の散歩には懐中電灯が必要な季節になってきた


太陽は雲に隠れていることもあり先ほどよりは日差しは弱いがやはり大変蒸し暑い。それにオトーサンの左膝はサポーターを巻いているにもかかわらず悲鳴を上げ始めている。ともかくラテの顔を見たい一心でオトーサンたちはまたまた美容室のドアをくぐることに...。
女房が支払を済ませていると奥からオネーサンに連れられてラテが出てきた。さっぱりしたのは勿論だが耳を倒し、口を開け、お尻ごと尻尾を振ってオトーサンに飛びついてきた。無論オトーサンは正面からラテを受け止めたが必然的にそれはまたまたダッコになってしまい、女房の支払が済み店の外に出るまでラテはオトーサンにしがみついていた。オトーサン至福のひとときでもある(笑)。

シャンプーの香りをプンプン漂わせ嬉しそうに坂道を登るラテを見ていると膝の痛みも半減する。
途中の自動販売機でペットボトルの水を買ってオトーサンたちが飲んだ後、ラテにも飲ませるがお店で飲ませてもらったのかあまり飲まない。そして日は傾きかけたがまだまだ蒸し暑い。オトーサンたちは再度コーヒーショップのテラスで一息入れたいと思ったが日曜日のこの日、午後はコーヒーショップのテラスでジャズの生演奏をやっていたので遠慮することに...。
何しろ以前同様にジャズ演奏をやっていたときラテを同伴したらベースの音に合わせて「ウォーン、ワンワン!」と吠え始め、演奏を邪魔した実績があるからだ(笑)。
仕方なく、店に入りたがるラテを制止してオトーサンたちは一路自宅へと向かう。

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※美容室から戻ったラテは早速ウトウトし始めた...


その後ラテは夕飯まで爆睡(笑)。確かに熱い日中に歩いたわけだが疲れは体力的なことより精神的な部分へのウエイトが多かったに違いない。
その寝顔を眺めながらオトーサンはまたまた体重の増えたラテのダイエットをどうするか、悩むのであった...。

ラテ飼育格闘日記(197)

前回「哲学者とオオカミ―愛・死・幸福についてのレッスン」という本に触れた。気鋭の哲学者がブレニンと名付けた仔オオカミと出会い、共に生活しその死を看取るまでの驚異の報告といった本だが本書は決してオオカミの育児書ではなく人間についての洞察を深める思想の本だ。しかしブレニンとの死別の章では号泣してしまったオトーサンなのである。

 

オトーサンはいわゆる物事を深く考えることや哲学的思索は好むが哲学という学問そのものはあまり好きではない。ニーチェ、ハイデッガー、カントなどの言葉をいくら並べて飾ろうがオトーサンの心が穏やかになることは経験上ないからだ(笑)。
心穏やかにする妙薬の一番はラテの顔を覗き込むことだ。ラテと一緒に遊ぶことだ...。
ただし「哲学者とオオカミ―愛・死・幸福についてのレッスン」を書いたマーク・ローランズがなぜブレニンを通して本書のような著作を書いたのか...についてはとても分かるような気がするのである。

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※マーク・ローランズ著「哲学者とオオカミ」白水社刊表紙


本書には「他者についての記憶を通してだけ、自分自身をも思い出す」とあるが、オトーサンが自分の一番輝かしい時と考えているシーンや一番楽しかった面白かったと記憶しているときの自分を思い出すとき奇妙なことだがそれは自分の視野にあった友人たちや女房だったりするものの自身の姿はまず蘇ってこない。面白いことに自分を見つめるため、自分の存在確認には効果的な媒体...すなわち他者を必要とするようだ。
マーク・ローランズにとってそれがブレニンであったということなのだろう。
オトーサンにとって本書の核となるべき哲学的思考やその考察は正直煩雑だしこの場で詳しく語るには相応しくないので遠慮するが、本書ではオオカミという生き物と対極にある人間をある傾向のメタファーとして「内なるサル」と考え人間観を克明に検証していく。そして人間がオオカミやワンコなどの動物よりも優れていると自明のように考える人間の傲慢さを戒める...。
そうした点は実によく理解できるが哲学的思考に慣れていない頭では文字面...知識としての理解はできてもそれらが血肉として...自分のこととしての認識が難しい。

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※「おい、ラテ...オトーサンにこの階段登れというの?」


本書の第一章にある「もっとも大切なあなたというのは、自分の幸運に乗っているときのあなたではなく、幸運が尽きてしまったときに残されたあなただ」および最後の章にある「人生で一番大切なのは、希望が失われてしまったあとに残る自分である」という印象的な言葉の真の意味が分かるまでにはまだ時間がかかりそうだ...。
ただしマーク・ローランズとブレニンというオオカミとの日常やそれらに伴う様々な苦労と楽しみの経過はその深層心理まで分かるような気がするのだから面白い。

本書を読み進む中でオトーサンとしてはどうしてもオオカミのブレインと雑種のワンコであるラテを比較してしまう。
とはいえ一番の違いはその大きさだ。オトーサンはオオカミの実物を見たことがないので最初は大きめのワンコ、すなわちシェパードくらいかと考えていたがブレインは桁違いの大型である。
本書とびらの写真によればブレニンはマラミュートのような外観をしているものの背後にいる飼い主のローランズの顔の大きさと比較すると想像以上にデカイ。なんだか小振りの牛か馬みたいな大きさに思える。事実成長したとき、肩までの高さは88.5cm、体重は68kgになっていたそうだ。ということは体重だとブレニンはラテの三倍もある...。

ラテを連れ散歩に出て子供たちの集団とすれ違ったりすると、必ずといってよいほど...特に男の子たちから「でっけえ」「オオカミだ!」といった声がかかる(笑)。無論彼ら彼女たちはオオカミを知らないから仕方がないし最近飼い犬が多くなったとはいえその多くはダックスやチワワといった小型犬が多い。また中型犬のコーギーやシバ犬も多いもののそれらはオオカミの雰囲気は持ち合わせていない。
その点ラテは体毛の伸び具合にもよるがブレインと同様に琥珀色の目を持ち、唸りながら歯をむくその姿は迫力満点だ。これで両耳でもピンと立っていれば言うことないだろうがラテの片耳は成犬になっても垂れているから少々迫力に欠ける(笑)。しかしそこがまた可愛い(爆)。

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※穏やかな表情をしているラテは片耳が折れていることもあり子供たちにも取っつきやすいようだ


ともかく著者とブレニンの共同生活は過酷な部分もあるもののうらやましい。広い庭がなければマーク・ローランズとブレニンの生活は成り立たなかっただろうしローランズが大学の教授という職業だったからこそ許される部分もある。
一番うらやましいと思ったのは、ブレニンはローランズの行くところ、どこにでも一緒だったというがそれもノーリードで...なのだ。散歩やランニングはもとよりだが大学の授業にもついてきて教室の隅でじっとしているブレニン。授業が退屈だと学生の代弁をするかのように遠吠えをするブレニン(笑)。

本書ではワンコとオオカミの違いについて書かれていることもあるが、まるでワンコのようにローランズに接するブレニンは我々のオオカミ感を根底から覆してしまうだろう。しかし一般的にワンコが喜ぶ遊び、そう...木の枝やボールを飼い主が投げると嬉々としたワンコがそれに向かって走り咥えて持って帰るというあの遊びはブレニンはしないという。
ローランズが投げてもブレニンは一向にそれを意識せず動こうともしない。その態度は「持って帰らなければならないほど大切な物なら最初から投げるなよ」と言ってるようだという(笑)。
実はラテもワンコとしてはボール投げ遊びに夢中にならない覚めたワンコだ。友達ワンコのシバ犬やゴールデン・レトリーバーたちが嬉しそうにそして永遠に続くかのように繰り返してボールを追いかける姿はまことに微笑ましいがラテはボールを取り出すと喜ぶが一二度投げると後は「ふーん」といった感じで無関心となる。何だかこちらが遊んでもらったという感じである。

マーク・ローランズが電話中に彼の食事をブレインが平らげてしまい、ローランズが戻ったときブレインは「ヒャア!」「見つかっちゃった!」という照れ隠しの表情をするらしいが、照れ隠しとかこちらの表情を伺う...といったことならラテも日常茶飯事でもある。
そんなラテの日常を見ていると上手く表現できないがワンコとオトーサンは同じ世界にいながら、体を寄せ合いお互いの感触を感じながらもそれぞれの時間の流れが違うことを感じずにはいられない。哲学者であるローランズはさすがにそのことについて明快な考察をしている。
ぶっちゃけ要約するなら私たちの持っている...感じている時間は過去から未来に一直線に続く時間であり、今という瞬間はその過去と未来を意識することでしか認識できないということらしい。しかしワンコの持っている時間概念は回り続ける輪だという。
朝起き、散歩し、食事をして...という毎日同じ事象がサークルのように続くだけで過去と未来はなくワンコにとっては今という瞬間があるだけだというわけだ。過去を悔いたり未来に思い煩うことはなく、ただただ今を楽しんでいるわけで無論生死感もないという。

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※公園で友達ワンコのハリーちゃん、ボーちゃんとひと暴れ休憩中の3匹


オトーサンも常々「ラテは日常なにを考えているのか?」を知りたいと思っているがローランズの物言いは説得力があるものの全面的には賛成できない。なぜならラテを観察している範囲ではワンコにも未来を意識することがあると考えているからだ。
例えば夕方の散歩から帰って次の朝の散歩まで、場合によっては12時間近い時間がある。その間ラテは室内でオシッコはしないのだ。
排泄用のシートは幼犬時代から同じ場所に設置してあるがあるときから室内でしなくなってしまったのである。まあ、それはともかくエアコンを使っているとはいえこの暑い季節にもかかわらず朝起きて、散歩にいくまでラテは水を飲まない。それは明らかにオシッコを我慢しているからだと思う。
それを知っているオトーサンは朝の散歩に出かけるとき、リードを見せ「散歩にいくから水飲んでいいよ」と水の入った容器を指さすと待ってましたとばかりラテは水を飲み、外に出ると待ちかねたように大量のオシッコをする...。

未来というと大層な物言いだが、ラテにとって散歩のために...オシッコをするため...外に出られる数分先は立派な未来なのではないだろうか。その未来を意識するからこそ、未来を推測するからこそ水を飲むのを我慢したりオトーサンに言われ安心して水に口をつけるのではないかと思うのだ。
だからオトーサンは程度の違いはあってもワンコにも未来の認識はあるのではないかと考えているのだが、さてどんなものであろうか...。

そう、ブレニンだがマーク・ローランズと一緒に生活し始めてから10年後癌に冒される。昼も夜も2時間おきに行う傷の洗浄の度にブレニンは弱々しい鳴き声や高デシベルの悲鳴を上げる。
ローランズは考える...。治したい為とは言えこの行為は自分を愛してくれていると思っていた男から拷問を受けることであり自分の愛を失ったと感じるのではないかと...。
結局ローランズはブレニンの安楽死を選択し、賢い大型の犬として愛されたオオカミは死ぬ...。

ローランズはブレニンを埋めた場所に石を積み、2リットルのジャックダニエルを浴びながら号泣し、神に対して「××××野郎!見せてくれよ。俺たちが死後も生き続けるっていうなら、今すぐ見せてくれよ、ええっ、××××野郎!」と罵詈雑言をわめき立てる。そのときたき火の向こうを見やると石で積んだその形がブレニンの横顔になって自分を見つめていることに驚く...。


その後マーク・ローランズは素晴らしい女性と結婚し男の子に恵まれるが、その子供に付けた名前は...ブレニンだった。

今さらではあるが「刑事コロンボ」にはまる!

「刑事コロンボ」と聞いて知らない人は少ないと思うがいかがだろうか...。ピーター・フォーク主演のテレビドラマで日本では金曜ロードショー枠で放映されていた大ヒット番組はリアルタイムで見ていた。よれよれのレインコートに安葉巻をくわえて眠そうに事件現場に現れるあの刑事コロンボだが、最近あらためてはまっているのだ...。

 
ロサンゼルス市警察署・殺人課勤務のコロンボ警部 (正しくは警部補)という人物についてのあれこれをあらためてご紹介する必要はないと思うが、この数ヶ月間シリーズ前に単発として1968年制作され日本で1972年に放送された「殺人処方箋」から第7シーズンと呼ばれている旧シリーズ最後の一編「謀略の結末」まですべてを観ようと少しずつ時間を取っている。
これらの主なソースはTUTAYA DISCASからのDVDレンタルを利用しているが、レンタルがない新シリーズで入手可能な「新・刑事コロンボ DVD-SET」は別途購入してみた。

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※5つのミステリーがDVD3枚に収められている「新・刑事コロンボ」DVDセットのパッケージ


今回あらためて「刑事コロンボ」のシリーズを順に観ていると若いときに観た印象と随分と違うことに気づく。まずはピーター・フォーク演じるコロンボという人物は決して敵に回したくない男という思いが強い(笑)。
例え犯罪を犯したとしてもコロンボのような執拗な刑事には追いかけ回されたくないと思う(笑)。
度々閉めたドアを再度開き「あともうひとつだけ...」などとやられては神経が参ってしまうに違いない。そうしたことは毎回ドラマで殺人犯が味わうことになるわけだが、犯人が心理的に追い込まれていく様はとても見応えがある。

このコロンボシリーズの特徴は視聴者が犯行とその犯人を最初から知っていることだ。したがってドラマの妙は見栄えのしない、そして無害そうなコロンボが執拗な聞き込みや捜査の中から犯人を探り当て、低姿勢に接触しながらも心理戦ともいうべき巧妙な話術で逮捕に追い込むその課程である。またコロンボが相手にする犯人たちは政治家、弁護士、会社社長、医者といった権力と富を得ている人たちであるというのも一貫したテーマになっていて面白い。
そして30数編ほどの作品をあらためて観つつ「刑事コロンボ」が何故こうも魅力的なのかに思い当たった。それは主演のピーター・フォークや犯人役の俳優たちの名演技は勿論だが何といっても脚本が昨今の粗製濫造のものとは違い、素晴らしくよく出来ているということなのだ。

今般、可能な限りの資料を眺めてみたが制作関係者らの熱意はただならぬものでありピーター・フォーク自身が撮影に妥協を許さなかったこともあって制作予算は常にオーバーし局側を悩ませたという。そして彼自身が監督を兼任した「パイルD-3の壁」では必要なエキストラを雇う予算が局側から出ず、ピーター・フォーク自身が自腹を切ったという。
いまのところすべての作品を観たわけではないが、個人的に好きな作品をあげて見ると「パイルD-3の壁」「二枚のドガの絵」「別れのワイン」「歌声の消えた海」そして「忘れられたスター」などが思い浮かぶ。

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※風雅書房刊「刑事コロンボの秘密」(1995年)表紙。各作品のストーリーから様々なエピソードまで詳しく紹介されている


しかし、ふと思い返せば私たちがロサンゼルス市警察署・殺人課勤務のコロンボ自身のことで知っていることは意外に少ない...。
確かによれよれのレインコート、ぼさぼさの髪、安葉巻をくわえ廃車寸前に思えるクラシック・プジョーが愛車だということ。そしてバセットハウンド犬を飼っていることなどが作品から分かる。
拳銃は持ち歩かないだけでなく射撃は下手だとコロンボは自分で言っている。また「うちのかみさんがねぇ...」などというお馴染みの台詞から夫婦仲は良いようだし親戚も多々いるようだ。しかしそうした台詞がどこまで真実なのかは誰も分からないし、コロンボの女房や家庭が映像として表れたことは一度もない。なにしろコロンボ警部のファーストネームも公式には明らかになっていないというありさまだ。
そうしたいくつかのミステリーがあるからこそ私たちの興味を一層煽ることになるのわけだが、ひとついえることとしてコロンボ警部は仲間や上司の信頼が厚いということだ。
殺しの現場にヨタヨタと現れ「マッチない?」とか、ゆで卵を持ちながら「コーヒーないかなあ」などと場違いなことをいっても誰もとがめないし、犯人側から捜査に圧力を加えようと警察の上部に直訴されるケースにもコロンボが実際に罷免されたことはない。
「ロンドンの傘」という作品ではイギリスのスコットランドヤードに出張させられたコロンボに対するスコットランドヤード側の対応を見ても、少々疎ましいとは思われただろうが厚遇されていることは明白で、私たちがドラマで出会う印象より彼には実力ならびに実績があることを伺わせる。

とにかく極一部の作品を除けば、性的描写や惨い殺人シーンは登場しないし激しいアクションもない。コロンボ警部が自分でも言うとおり極々細かな点の辻褄を考えながら矛盾点を追い、インテリたちの犯人逮捕へと導くその様が魅力なのだ。その上にユーモアやペーソス溢れるストーリーは観ていて心地よい。
コロンボ自身は好きな刑事の仕事をこなすだけで裁くのは別の人間だと認識しているようだが極悪卑劣な犯人には怒り、声を荒立たせることもある。しかし例えば「別れのワイン」の殺人犯に同情を覚えるエンディングはコロンボの人柄が伺えて観ている者の心を打つ。

役者冥利という言葉があるが「刑事コロンボ」におけるピーター・フォークほどこの言葉がピッタリとくる役者も珍しい。なにしろ彼はコロンボそのものであり他の役者がコロンボを演じているところなど想像も出来ないほど本人そのものになりきってしまったのだから...。
しかし現実は厳しくも空しい。
2008年、ピーター・フォークはアルツハイマー症であることを公表したが昨年のニュースではすでに自身が「刑事コロンボ」を演じたことも覚えていないほどに病状が進行してしまったらしい。ファンの1人としては何とも悲しいが、DVD「刑事コロンボ」として入手できる50編にもなる作品にはいつものコロンボがいる。
私はこれからも折に触れ「刑事コロンボ」を楽しむだろうことは確かである。何しろ振り返りながら彼が言う「あともうひとつだけ...」という声が耳から離れないのである(笑)。

ラテ飼育格闘日記(196)

最近オトーサンの周りを見ているとワンコを飼い始める人たちが増えているように思える。無論オトーサン自身もラテを飼うためにこの地に引っ越ししてきたくらいに環境がよい場所だからワンコの飼い主が多くても当然だ。しかし多くの人たちはなぜ...どうしてワンコを飼うのだろうか?

 

一昔前、ワンコを飼う人たちはいわゆるお金持ちというイメージがあった。なぜってオトーサンの子供時代は我々人間、家族が食べるだけで大変な時代だったから、例えその残り物だとしても食い扶持が増えるわけだし現在のように室内で飼うのではなくほとんどが外飼いだったから犬小屋を置くスペースも必要だった。したがってアパートや長屋の住人がワンコを飼うというケースはほとんど見かけなかった。
だから必然的に飼い犬の役割も決まっていたというべきか...。お屋敷のセキュリティのため、いわゆる番犬として飼われているワンコがほとんどだったといえる。

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※ラテもなかなか良い面構え(ベッピン)になってきた(笑)


子供心にワンコが鎖に繋がれている家は立派なお屋敷だったイメージがあるし、そうしたワンコは近づくだけで吠えかかるのでワンコ好きのオトーサンもそうしたワンコと友達になるケースは少なかった。ワンコの友達といえばもっぱら野良犬たちでしかなかった...。
ともかくソリを引くとか猟犬といった特別な使命を持ったワンコたちを別にすればオトーサンたちの周りで飼われていたワンコたちのほとんどは番犬として期待されていたわけだ。

しかし現在の我々が飼い犬に期待することは何なのだろうか?
一言で言えば「愛玩動物、ペット」ということになるのかも知れないが、そもそもオトーサンはラテをペットとして飼いたいと思ったわけではないのである。最近の新しい言い方をするなら「コンパニオンアニマル」ということになるのかも...。
これまでペットは飼い主の所有物であり、ただただ飼い主の癒しのため。楽しみのために飼われていたわけだが「コンパニオンアニマル」はそのニュアンスが大きく違う。
今回はそんなお話をしてみたいと思う。

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※夕暮れの一時をご機嫌なラテと一緒にコーヒーショップで過ごす。オトーサンが望んでいたシーンだ


ペットの第一目的はといえば「癒し」ということだろうか...。可愛い小動物が側にいることで日々の生活に潤いを与えてくれるに違いない。しかしそれなら何故ワンコを選んだのか...。ペットとしてならハムスターでもいいし無論猫や小鳥でも良いかもしれない。
これまでにもご紹介した通り、オトーサンは子供の頃からワンコと暮らす生活を夢見ていた。子供の頃から...である。
理屈ぽい話になるがそれは決してペットとして可愛がるのが目的といった気持ちからではなかったし、そもそも子供にはそんな気持ちの余裕というか有り様はなかったといってよい。
オトーサンにとってワンコとは人の次に意志が通い合える身近な動物として認知していた感がある。それらは前記したように近所の子供たちと遊ぶとき、必ずといってよいほどそこには野良犬もいたからだ。
まさしく大昔のモノクロテレビ番組「ちびっこギャング」に登場する目の周りに輪が描かれたようなビートという名のワンコに相当する好奇心旺盛で何をされても怒らないワンコが身近にいたのである。

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※帰り道、これまたご機嫌でフレンドリーなニャンコに出会う(笑)


子供時代のワンコとの付き合いを薄らいでいる記憶をたどってみると決して愛玩動物という対象ではなかった。いわば種は違えども野良ワンコは子分であり、あるときは仲間、友人であり、時には兄弟だったという気がする。
なにしろもし本気で喧嘩したところで例えばブラッキーと名付けた大型犬の野良に敵うはずもないから子供たちはワンコを虐めることはなかったし実に自然で対等な付き合い方をしていたように思う。
したがってオトーサンにとってワンコはペットといった可愛い相手だけでなく日々の生活を一緒に過ごす仲間であり友人として意識していたといえる。とはいえオトーサンの年齢になれば仲間や友人といった対象だけでなく自分の子供とか孫といったスタンスもあり得る...。
確かにオトーサン自身の意識を振り返ればラテを擬人化し、子供扱いして目を細めてしまうこともあるが、そもそも独立心旺盛な...コンラート・ローレンツ博士の物言いを借りれば...ジャッカル系というよりオオカミ系のワンコが好みだったから偶然とはいえラテとの巡り合わせは結果的にオトーサンの好みにドンピャだった。

そして人間社会で安全に暮らすため最低限のトレーニングは必要だとしても、競技会などに出すつもりもないからと人間側が押しつけるだけの訓練は極力やらないようにしてきた。だから「お手!」などは出来なくてもよいと考えていたしコマンドも「来い」「待て」「お座り」「伏せ」そして「ダメ」が分かれば上等だと考えてきた。
極端をいえば、オトーサンと女房に対して順応であることが第一条件だが、後は少しぐらい我が儘でも、吠えてもそれがワンコなんだと思っているし可能な限り一緒にいてラテが一匹のワンコとして我が家に来て良かったと思ってくれる人生(犬生)を過ごしてくれるようにと考えているわけだ...。だから最初からトレーナーに預けて型どおりのトレーニングをお願いするつもりはなく、すべてオトーサン自身で日々ラテと渡り合うことで足かけ4年を過ごしてきた。それはまさしく比喩ではなくこの項のタイトル通り「格闘」だった...。

そんなオトーサンはすべて自己流のワンコ教育を試行錯誤で実践してきたわけだが、先日久しぶりに我が意を得たりと膝を叩きたくたるような本に出会った。それが「哲学者とオオカミ―愛・死・幸福についてのレッスン」という一冊である。

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※気鋭の哲学者、マーク・ローランズ著「哲学者とオオカミ」表紙


本書はワンコの飼育書ではなく、気鋭の哲学者が仔オオカミと出会い、共に生活しその死を看取るまでの驚異の報告であり、野生に触発されて著者が思考を深め、人間についての見方を一変させる思想を結実させるといった内容である。
本書はワンコの飼育書ではないが、ブレニンと名付けられたこのオオカミの訓練法は我々ワンコの飼い主にとっても多いに参考になるに違いないし、オオカミに対しては勿論、ワンコへの認識を新たにするであろう感動の一冊である。
次の機会にはこの「哲学者とオオカミ―愛・死・幸福についてのレッスン」をネタにオトーサンのワンコ論を書いてみようと思う。

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Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員