TBS 日曜劇場 JIN -仁-が完結...しかし大いに不満!

テレビを観ない私が毎週日曜夜九時を楽しみにしていたTBSドラマ「 JIN -仁- 」がとうとう完結してしまった。大変クオリティが高い作品であり視聴率の高いことも十分に頷けるものだった。ただしそのストーリー展開には様々な意見があるだろうが私はどうにも納得がしかねる...。以下にはストーリーのネタばらし的な部分も含んでいるのであしからず...。                                                                                

普段テレビは観ないし映画館にも足を向けないのでこのドラマで大沢たかおや綾瀬はるかの演技をはじめて観た。そして綾瀬はるか演じる橘咲という女性のファンになった(笑)。
歴史好き、幕末好き、そしてタイムスリップに興味があるのだから「 JIN -仁- 」にはまらない方が不思議だろう。ともかく出演者達の演技の素晴らしさや大道具、小道具にも力を入れたその絵作りは見事というしかない。

原作はご承知のように「スーパージャンプ」(集英社)に連載され、圧倒的な人気を誇った村上もとか作のコミックである。
話は幕末の江戸へタイムスリップしてしまった脳外科医・南方仁が、満足な医療器具も薬もない環境で人々の命を救っていき、その医術を通して坂本龍馬・勝海舟・緒方洪庵ら幕末の英雄たちと交流を深め、いつしか自らも歴史の渦の中に巻き込まれていくという、壮大なストーリー。
そして歴史を変えてしまうのではないか…それは神をも恐れぬ行為ではないか…と苦悩しながらも力強く生きていく...。
なお原作のコミックはすでに完結になっており、私の手元には「ジャンプ・コミックス デラックス」全20巻としていまでも時折ページをめくっているお気に入りの作品である。

テレビドラマも2009年にスタートした第一作目から欠かさず観ていたしそのDVDも購入し第2作がスタートした直後に出版された「オフィシャルガイドブック」も買った熱烈な「 JIN -仁- 」ファンである。

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※TBS 日曜劇場 「JIN -仁-」オフィシャルガイドブック表紙


このドラマを見ていると自分も江戸の街を闊歩し、坂本龍馬や勝海舟そして仁友堂の一員として立ち働いているように気になってくる。それだけ思い入れが強い作品なのだ。
そして視聴率の高さがその完成度の高さを物語っているわけだし、TBSのオフィシャルサイトにはそれこそ膨大な感激...感謝の書き込みが絶えない。

しかし私はこの第2作目は...というか元を正せばドラマのストーリー、すなわち脚本には大きな不満を持っている一人なのである。まあドラマの話し、フィクションの話しで言い合いをするつもりもないが(笑)、ともかく私の話を聞いていただきたい。
まず申し上げたいことは、私が不満なのは原作という揺るぎないものを前提にしてのことだ。
最初に感じたことはドラマの「南方仁」はどうにも女々しい...(笑)。それは原作にはない現世の恋人「友永未来」がいること、そして彼女の姿がタイムスリップした江戸吉原の花魁である「野風」とうり二つだったという設定、かつあの映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」ではないが、タイムスリップしたとき持っていた彼女とのツーショットの写真が消えたり変わったりする...といったオリジナルにない設定からきたものと思われる。
なぜなら原作では婚約指輪を返されてしまいショックを受けた仁先生が最初に描かれているしその彼女は別に野風と似ている云々といった設定もない。
そうした設定のためかドラマの第1作目から仁は写真の入っている桐箱を開けてため息をつくシーンが多いのである。

さらに幕末の歴史に詳しくないとはいえ最高学府を出て医者となった男としてドラマの中の仁はいささか不甲斐ない。だから余計橘咲の健気さが目立つのだが、それにしても医療知識や手術の腕前を別にすればどうにも「おいおい、この先生に命預けて大丈夫か?」と思ってしまう気の弱い面が目立つし、すでに数年も江戸に住んでいるというのに武家の作法あるいは物の言い方などに相変わらず疎いといったことで誤解を招いたり損をすることになる。
原作の仁はその点、当然のこと江戸で生きそして死ぬことを覚悟しているだけあって肝が据わっている。無論歴史を変えてしまうことになるのではないか...といった不安や元の世界に戻りたいという葛藤はあるわけだが、医者としての威厳も備わっている。しかしドラマの仁はいかにも頼りない(笑)。

勿論原作のストーリーそのものがタイムスリップの謎を含めて100%納得できるものだとは言ってはいない。疑問点は多々あるし矛盾点も見受けられるがパラレルワールドの利点?を活かし仁は幕末の江戸で最愛の橘咲と共に、そして仁友堂のスタッフらとともに医療技術の研鑽に励み歴史を大きく変え今日仁友堂は大学を含む大病院として存在することになっている。そして仁は2000年の現在にも幕末の記憶を留めながら生き、そして野風の末裔とロマンスの可能性を漂わせながら物語は終わる。
しかし前記したようにプロット自体に違いを持たせてしまったTVドラマはより人間関係が複雑になり謎も多くなる。当然視聴者としてはその謎がどのように収まり解決するのかに興味が集中すると共に仁は野風と咲とどのような関わり合いで終わるのかに固唾をのむことになる。

私のドラマ終焉に向かっての興味はやはり橘咲と南方仁との関係にある。いくら何でも坂本龍馬が暗殺されずに生き残る...といったことにはならないと思うし二人の関係が素晴らしい形で終わって欲しいと願うばかりだったが、ドラマは原作とは違い「歴史の習性力」とかいう便利な言葉を振りかざして仁友堂の皆は勿論、咲の記憶からも南方仁の存在を消してしまう事を創作した。
いやはや、仁への尊敬と恋心を持ったまま仁に去られるより記憶が無くなった方が咲にとっては優しい結末ではないかといった話しをする方もいるが、いってしまえば原作とて荒唐無稽のフィクションである。なにもタイムスリップに伴う矛盾点を物理学的に解明しつくす必要もないしそれは実際できない相談だ。であるならいたずらに歴史の修正力などといったパワーを振りかざすのではなく原作に沿った完結であっても何の不自然もないはずであろう。そして仁と咲は原作のように例えパラレルワールドの別世界であろうとも結ばれなくてはならないと思う。是非是非そうあって欲しいとすべての視聴者は望んでいたに違いない。それに視聴者を泣かせばよいというものではないだろう(笑)。事実ドラマ作りでも笑わすより泣かす方が簡単だという...。だから多くの視聴者の「涙が止まらなかった」という反応は決して褒め言葉と受け取ってはいけないと思う。

こうした話しをはじめると映像の作り手から必ず出る物言いがある。それは「小説(漫画も)と映画・映像は別の創作物であり原作のままの映像化は決して良い結果にならない」といった類の言いぐさだ。
確かにその意見に一理あることは認めるが、その腹の底には映像化する側の勝手な都合が見え隠れするのも事実ではないだろうか。
なぜ原作にはない「友永未来」なる人物を創作したのか。それは当然野風をも演じる女優である中谷美紀の出演シーンを多く作り出したいという意図・都合もあったからだと勘ぐりたくなる。そして特に第2作の複雑さは原作とは違い、限られた登場人物で急激なストーリー展開をしなければならないという制約もあっただろうが、私は多分に制作側の悪い意味における思い入れ過多と必要以上に物語に整合性・説明性を求めた結果だという気がしてならないのだ。

なぜ仁と咲との関係のみならず原作を大きく変えるストーリーになったのか。それは表向きは「原作と映像化は別の手段だから」といったことなのだろうが、あえて申し上げるなら一歩間違えればそれは映像の作り手の驕りになってしまう。
どうやら「 JIN -仁- 」を担当した名物プロデューサはドラマに登場する男女をハッピーエンドで終わらせることが好みではないといった情報もあるが(笑)、原作通りでは自分たちの仕事の価値が薄まるとでも思っているのではないだろうか。あるいは原作を越えるストーリーを自分たちで作り上げたいとでも考えたのかも知れない...。別の言葉でいうなら自分たちの仕事に自分たちの爪あとを残したいという願望なのか...。

話題が逸れるが、イギリスのグラナダTVが制作した「シャーロック・ホームズの冒険」という大変優れたドラマがある。すでに亡くなったがジェレミー・ブレッドがホームズに扮する一連の物語は原作に忠実であるばかりか、当時の新聞に載った挿絵と同じ角度、同じシーンを演出するなどして多くのシャーロッキアンを唸らせた。しかしその一連のドラマでさえシリーズの後半には原作を大きく逸脱したストーリー展開の物語が数編も続くことになった。これはTV局側が対抗番組に匹敵する長編を撮れという強い要望がありプロデューサのジューン・ウィンダム・デービズは苦悩した結果だという。なぜならそれ向きの素材はすでに原作になかったからだが、結局彼女が下した結論は与えられた素材を時間分だけ膨らませることしかできなかった。結果「サセックスの吸血鬼」「未婚の貴族」「犯人は2人」の3編は原作改編(改悪)の代表作となり特にサセックスの吸血鬼」「未婚の貴族」の2作は原作と別物になってしまった。

「 JIN -仁- 」は第一作が予想以上に視聴率もよく多くの賞も受けただけに関係者は第2作へのプレッシャーも大変なものだったと思われる。そうしたプレッシャーがいたずらにストーリーを刺激的な展開にしてより視聴率を稼ごう...といった方向に向けてしまったのだろうか...。まあ第2作の完結編最終回の最高視聴率は26.1%、瞬間最高視聴率は31.7%をたたきだしたのだから結果は成功なのかも知れないし、私のように考える視聴者は極々少数派なのだろう...。
ともかく繰り返すが「 JIN -仁- 」は原作が大変よくできている。そこに描かれているシーンは実により調べられており、例えば神田駿河台のシーンなど昔その近所をうろついていた者にはすぐにわかるし、いい加減な描写がないのである。

もし聞かせてもらえるならお聞きしたい。なぜ素直に原作に沿ったストーリー展開をしなかったのか...と。まさか原作では説明不足だからとか原作ではインパクトが不十分だからとは言わせない(笑)。
結局原作を十分に楽しんだ私にはドラマの「 JIN -仁- 」は後味が悪いものとなった。
そういえばドラマの「 JIN -仁- 」のキャッチコピーに「神は乗り越えられる試練しか与えない」というのがあり、度々仁や咲がその言葉を口にする。しかしこのドラマの結末では記憶が無くなってしまうだから乗り越える...乗り越えないに関係ない悲しい試練で終わってしまったことになる。このキャッチコピーは無論原作にはないのだから一体何だったのか?

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※ジャンプ・コミックスデラックス版の20巻完結編表紙


ところで私は原作を全20巻読み終わり、勝手に想像していたことがある。
「 JIN -仁- 」は完結編が終わったのだからドラマの続きは決してないのだろう。それはそれで仕方がないが、原作者の村上もとか氏に是非是非「明治の仁友堂」といった物語を描いて欲しいという思いが強くなったのだ。
原作では南方仁は橘家の養子になったのだろう...橘仁を名乗り、咲と結婚する。しかし子供には恵まれなかったので養子として迎えた喜市たちと仁友堂を盛り上げていくことになっている。であるなら徳川の世が終わり、明治の世に活躍する仁先生や咲、そして仁友堂のスタッフらに思いをはせることも痛快ではないか...と考えたわけだ。
老いた勝海舟と昔話をするのもよし、明治天皇に謁見する場面などなど明治という時代もなかなかドラマの時代背景として面白いと思う。
しかし今回のドラマの結末ではそれも叶わない。まったくこの不満、イライラはどこにぶつければよいのだろうか(笑)。

そうそう、最後に一言...。TBSには「 JIN -仁- 」のオフィシャルサイトがあり、そこにはファンメッセージのページがある。ここを覗くと多くの方々の賞賛の声が聞こえてくるが、私も完結編の前編と後編を見た後でメッセージを3編書き込んだ。その1編は「咲さんを不幸にする結末ならDVDは買わない!」といった些か過激な批判であったが、ああ...そのメッセージは載せてもらえなかった(笑)。
関係者らはやはり賛美だけを集めたいのだろうか。もう少し真摯な態度で視聴者のサポートもするべきだろう。だから私は第2作のDVDは勿論、6月29日に発売されるという「完全シナリオ&ドキュメントブック」も買わない!
ともかく「 JIN -仁- 」が終わった今、TBSテレビはもっとも見ないチャンネルのひとつに戻った...。

日曜劇場「 JIN -仁- 」オフィシャルサイト

アップルを支えた猛者たちの物語「もうひとつのMacintosh物語」

いまスティーブ・ジョブズ氏をターゲットにした書籍が次々に出版され注目を浴びている。それはそれで結構なことだが、僭越ながら国内でAppleやMacintoshに夢をかけ悪戦苦闘してきた一人として「もうひとつのMacintosh物語」という一冊は是非お勧めしたいが個人的にはページを開く度にいささか胸が痛むのである。                                                                                     

ご承知の方も多いと思うがそもそも「もうひとつのMacintosh物語」は毎日コミュニケーションズ刊「Mac Fan」で1998年10月より始まった連載を一冊の書籍にしたものだ。
本連載はとびらにも紹介があるように、企業人として、技術者として、あるいは表現者としてMacintoshに深く関わった人たちの知られざる話しを紹介した連載だった。登場する人たちの中にはジェームス比嘉氏、手嶋雅夫氏、福島正也氏といったアップルの歴史に触れたことのあるユーザーならご承知の方々も登場するし、恩田フランシス英樹氏、矢野孝一氏、田中憲氏、荻野正昭氏といったいまも本書に登場した当時のまま事業を継続されている方々、そして幾多の別の道へと進まれた方々などが多々登場するがAppleやMacintoshにどのように関わったかはそれぞれだとしても皆ひとつの時代を担い成功を夢見て時代を変えようとした人たちの物語がそこにあるのだ...。

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※毎日コミュニケーションズ刊「もうひとつのMacintosh物語」表紙


まず最初にお断りしておきたいが、本書の発行は2002年3月13日であるがその後もMac Fan誌による「もうひとつのMacintosh物語」連載は続いた。そして2003年の3月号では遅ればせながら当時の私の会社コーシングラフィックシステムズも登場し私も取材を受けた。
初版の「もうひとつのMacintosh物語」は1998年から2001年にMac Fan誌に載ったものなのだが、もし書籍となった本書が増刷を重ねていればその第2弾として「もうひとつのMacintosh物語 Part.2」といった感じで私の会社の記事も書籍に載ったと思われる。しかし残念ながら本書の第2弾は出なかった...。

さてMac Fan誌での連載はその順序などはまったくのランダムだったようだが本書では「企業編」「ハードウェア編」「ショップ編」「ソフトウェア編」「コミュニティ編」そして「Expo/Tokyo編」と6つのカテゴリに分けた編集となっている。そして無論日本市場におけるアップル、あるいはMacintoshとの関わり合いの全てが分かるわけではないものの、例えばイーエスディラボラトリ社の水島敏雄氏と共にApple IIを日本にはじめて持ち込んだ曽田敦彦氏(当時東レ勤務)、初代アップルジャパン社長となった福島正也氏、日本初のPowerBook専門店をスタートさせた田中憲氏(企画室ゆう社長)・下栄次氏、Mac書道で知られている演算星組の井上弘文氏、Macworld Expo/Tokyoをを成功させた玉井節朗氏(IDGジャパン社長)といった方々自身の語りに触れることが出来る貴重な一冊なのである。

本書の取材をされたのはライターの安孫子竜也氏だが、すでに二次三次情報として伝わることが多い日本市場におけるMac黎明期の事実がご本人達から語られることは貴重である。
例えばすでに鬼籍に入られてしまったが、初代アップルジャパン社長の福島正也氏はアップルジャパン(株)が設立され赤坂ツインタワーに新たなオフィスを持ったとき、その社長室にはローズウッドの高価な家具をずらりとならべたがそれは虚勢であったと振り返っている点などは興味深い。なぜならほんの少し前まではたった四人のメンバーしかおらず、会社の体を成していなかった組織が業界内外へ効果的なアピールをし、イニシアティブをとっていかなければならなかったからだ。それには必要以上にAppleは成長しているという姿を関係者に見せなければならなかったのだ。

ただし私が申し上げるのも僭越だが、当事者本人が語っているからそれが真実であるか...といった点は多少バイアスをかけて読まなければならないと思っている。それは別に嘘を言っているというのではなく取材当時に当該企業や部署を離れていたとしても人間関係やら取引先あるいは業界内の付き合いはそれぞれあるわけで、特にトラブルや後ろ向きの話題において文字通りあった事実をそのまま話すことにはブレーキがかかっているに違いないからだ。

他人事でなく、前記した2003年初頭に取材を受けた私は本音を申し上げると大変微妙な立場にあった。なぜなら仲間だった三人のプログラマはすでに独立しコーシングラフィックシステムズを物理的には離れていたし正社員のスタッフとして残っていたのはたった二人の女性だけだった。そして当時プログラマとしてビジネスの矢面に立ってくれたのは外部の契約プログラマだったという非常に苦しい状況下にあったのだ。無論そうした結果を引き起こした責任は代表者であった私にあるわけだが、そこに至る様々な確執は心ある方々ならご推察いただけるものと思う。
人は集まるとき、頭を下げニコニコ顔の揉み手で集まって来るものだが去るときには良い思いをした事など忘れたかのように脱兎の如く離れていく人間もいるのである...。ま、人生...そんなものなのだろう。

そうした状況にあった私だからして当時安孫子竜也氏の取材に100%本音で語れたとは思っていない。まさか内輪のごたごた話しなどみっともなくてできようもないではないか(笑)。だからMac Fanのページは限られたスペースでもあるからして...まあ...はっきり言ってきれい事ばかりである(笑)。出来ることなら私の眼の黒いうちに「実録・コーシングラフィックシステムズ」といった電子ブックでも出版できたらいいなあと企んでいるのだが...。
というわけで、そうした類のことは本書に登場する多くの方々にも当然あったばすだ。出会いと別れ、成功と挫折などなど我々は素直に語れない複雑な人生を生きているのである。

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※私が取材を受けた記事が「Mac Fan」2003年3月号に見開きページで載った


したがって本書に登場する幾多の方々もその栄枯盛衰の歴史の中で語られたことはほんの一部であり僅かなことに違いない。しかし私は同じ時代、同じ業界で生きてきた一人としてそれぞれの方の語る行間に思いをはせそのご苦労に思わず頭を下げてしまうのである。

というわけで本書に私や私の会社は登場しないが、2カ所で間接的に名が記されている。
ひとつは(株)スリースカンパニーの社長、金子哲也氏の項でエプソンのイメージスキャナをMacで使う「ColorMagician」というソフトウェアに触れ、その販売はもともと客の持ち込みがきっかけだったとし、続けて「その客・小池氏は翌1989年に設立された(株)コーシングラフィックシステムズで働くようになる。」と紹介されている。
2つ目はニフティフォーラム設立に尽力された山川隆氏および松木英一氏の項で「そこで松木氏はアップルコンの中心メンバーを始めとして、7〜8名の人物を山川氏に紹介した。その中には(株)エルゴソフトの浅見雄一氏、(株)演算星組の井上弘文氏、エーアンドエー(株)の新庄宗昭氏、(株)コーシングラフィックシステムズの松田純一氏など、錚々たる面々が揃っていた。」という記述においてである。

申し上げるまでもないが現在のAppleあるいはアップルの躍進は一日で成ったわけではなく、多くの方々の夢に向かった努力そして挫折と成功の積み重ねの上に存在するのである。スティーブ・ジョブズ氏の伝記や動向に注目されるのも良いが、是非是非日本市場における先駆者達の努力の歴史にも目を向けていただければ幸いである。
本書はすでに絶版であり古書としてしか入手はできないと思うがまだAmazonなどでは入手可能なので機会があればご一読されることをお勧めしたい。

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もうひとつのMacintosh物語

2002年3月13日 初版第1刷発行

取材・文:安孫子竜也
編集  :Mac Fan編集部
発行所:株式会社毎日コミュニケーションズ
コード:ISBN4-8399-0694-7
価格:1,780円(税別)
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ラテ飼育格闘日記(238)

6月22日は夏至だった。なんだか一年中で一番昼が長い日はもっと先のような気もするものの、これからは毎日少しずつ昼が短くなっていくわけだが夏本番はこれからである。そして夏はオトーサンにとってもラテにとっても嫌いな季節なのだ。                                                                                        

若い頃、何故にあんなにも夏が好きだったのだろうか。毎週末になると自分の勤務先や友人の勤務先の施設である海の家に行き友人達と麻雀をしたりして時間を潰していたがあの時代の一日は長かったような気もする。
泳げないくせに海に行く...。砂浜でビーチパラソルの下、親友四人で雀卓を囲む。馬鹿なことを言い合いながら勝ち負けが楽しいわけでもなく時間をつぶすのがなんであんなに楽しかったのだろう...。

しかし昨今は仕事は仕方がないとして、電車に乗って出かけることさえ億劫なばかりか外出するとラテのことが気になって仕方がない。
そのラテは前回お話しした夏バテ行動が早くも顕著になりオトーサンを困らせている。無論オトーサンだってこの暑いのに好んで散歩に行きたくはないが、散歩は単なる排泄のためでなくワンコの社会生活を充実させるために大切なものだと思うから痛い足にサポーターを巻いてまで出ているのにこの娘はまったく「親の心子知らず」で自分勝手100%である。

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※久しぶりに自力で直立する姿を激写!なかなか背筋も伸びて姿勢がよい(笑)


今日の夕方は気温が33度から下がらないので出かけるのを少々遅らせたほど暑かった。それでもオトーサンはペットボトルに冷たい水を入れ、ラテのオヤツを充填して身支度の上出かけることにしたがリードを持ってラテを呼ぶが彼女は「仕方がないから付き合うか...」といった気のない歩き方でオトーサンに近寄ってくる。
散歩だと分かると目をランランにして飛び跳ねるワンコもいると聞くが、この違いはなんなんだろうか(笑)。
それでもオトーサンはリードをつけてラテと共に外に出るが空気は湿度を含んでかつかなり暖かく、ドアの外に出た途端に汗が噴き出る感じがするほどだった。
ラテは最初からやる気がない。自宅に戻ろうとするのをリードを強く引きながら遊歩道に誘導し何とか散歩モードに気持ちをスイッチさせる。

しかしいつも思うがなぜオトーサンはこの我が儘で牙を持ち、マズルが長い娘を可愛いと思うのだろうか...。人間の幼児を可愛いと思うのは当然だろうし例えば猫の顔は丸っこくて誰が見ても保護したくなるように思うに違いないが、この図体のでかくて態度もでかいワンコがなぜこんなにも可愛いのか...オトーサン自身にもよく分からない。
どうも我々の深層心理というかDNAにはワンコの姿や愛玩するような目つきに抵抗できない何らかのプログラミングが成されているとしか思えない...。

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※典型的な「遊ぼう」モード。この姿を見るとオトーサンはメロメロだ


そもそも私たちはイギリスの動物行動学者、ジョン・S・ケネディによれば「強迫的擬人観念愛好者」であるという。身の回りのあらゆる物の中に、人間社会の信号を見出してしまう...見出そうとする意志があるらしい。だから時に人間は無生物に対しても衝動的な親近感を感じてしまうらしい。
人間が人間以外の物にも意志や動機があると思いたがるのは、我々人類が他人から攻撃され裏切られないようにとする自己保護のため発達した心理なのだろう。他人の心を読めれば事前にトラブルに対処できるに違いないし事実私たちは他人の思いを共有できていると思っている。

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※対してこちらは大嫌いなレインコートを着せられ体を硬直させて沈み込むラテ


もともとワンコの祖先は我々人間たちが生み出す食べ残しを含む生ゴミに魅力を感じて人間社会に入り込んだと考えられている。当然それは生ゴミがなくなることで人間たちは利点を見出すが反面ゴミを漁る不浄の生き物としてワンコを嫌う傾向も出てくる。さらに病気をもたらすであろう野良犬たちは嫌われたに違いないが時にどうしようもなく抗しがたい親近感をも感じたはずだ。
例えばオトーサンがラテを叱るとき、この娘はうずくまり竦んだような態度をとる。本当に「悪かった」と感じているのではないのだろうが、オトーサンはその姿を見ると、どこかで罪悪感が頭をもたげるのだ。こんなにも反省しているのだからこれ以上怒るのは可哀想だ...と。
またワンコたちがテーブルの下に座り込み、じっと飼い主の顔を覗き込んで食べ物をおねだりする行為に抗うことができる人は少ないのではないだろうか...。

ともかくオトーサンたちの飼い犬であり、オトーサンたちの生活をより豊かで楽しいものにするために向かい入れたラテだったはずが心理的にはオトーサンが従属させられるような場面が出てきて自分でも唖然とする(笑)。
そのラテはここのところ相変わらず動かない...。特に暑くて雨模様の日など、玄関を出た途端に閉めたドアの隙間に鼻先を押しつけ、家に入りたいとだだをこねる。
前記したようにそのラテを宥めて遊歩道まで連れて行くが、十数メートルごとに座り込んだり腹ばいになってご休憩モードに入ってしまう。これでは散歩にならない。

やっと公園に入るが相変わらず腹ばいになったきりで動こうともしない。友達ワンコのアポロちゃんとオカーサンが近寄ってきてくれたけど、それでもガンとして動かない。これでは台車が必要だと笑うしかないが今度は帰るのが大変である。
結局この日も広い公園の端から向こうまでラテを抱っこして歩く始末...。後ろから「お嬢様、バイバイ」と声がかかる(笑)。ああ、何のため...誰のための散歩なのか。

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※はいはい、分かりましたよお嬢様!と20キロのラテを抱き上げるオトーサン


それでも抱っこしているラテに汗で火照ったほっぺたをひと舐めペロリとされたオトーサンは「ま、いいか」と上機嫌で公園を後にするのだった...。

MacDays in GWイベント iWeekのチョットした苦い思い出

これまで様々なイベントに関して思い出などを綴ってきたが、そういえばまだご紹介していなかったイベントがいくつかある。そのうちのひとつが大阪で開催された iWeek である。 iWeekをこれまで取り上げなかったことに特別な理由はないが、そういえば初回時には随分と不安があったことを思い出した。                                                                         

iWeekというイベントは確か1999年が初回だったはずだ...。私の会社にも出展のお誘いをいただき初回から2001年までの3回大阪に足を運ぶことになった。
iWeekは大阪のユーザグループならびに魚井宏高先生(大阪電機通信大学教授)主導で企画運営されたイベントで、当時のアップルや毎日コミニケーションズのバックアップもあった本格的なイベントだった。
我々の会社は札幌や東京では様々なイベントに参加し知名度も高かったが関西圏にはいまいち弱い部分もあった。だからMacFan Expoなどには無理して参加した経緯もあるが、ブースを構えるイベントはそもそも準備が大変なだけでなく正直採算面では我々のような超マイクロ企業にとって大きな持ち出しでもあったのである。そしてひとつの問題はiWeekはゴールデンウィーク中の開催が売りだったことだ。
私はともかくスタッフには日常多くの負担をかけていることでもあり、最低でも暦通り休暇をとらせてやりたいと常々考えていたから随分と迷った。しかしMac Fan編集部の強いお勧めもあって参加を決めた経緯がある。

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※会場エントランスに置かれた第2回開催 iWeek 2000の立て看板


当時、お世話になった方々からはお叱りを受けるかも知れないが、まあ10年以上も昔の話しになったので愚痴を申し上げるのをお許しいただこう...。
なぜなら初回のiWeekには参加企業としてあまり良い印象を受けなかったからだ。それは確かにお客様は予想以上に入ったし関西でなければなかなかお会いできない旧知の方々にもお会いできた。そしてなによりも我々の製品デモを楽しみに待っていて下さった方々が多かったからそれは大変嬉しかったものの現地に入るまでイベント運営そのものに対しては大きな不安と不満を抱いていたのである。
iWeekへの企業参加は安価ながらも一応有料だった。それは簡易的とは言えブースを設営していただくのだから当然だが、問題は運営のあれこれに関して知りたい情報が得られなかったのだ...。

なぜなら展示用の機材や店頭販売するためのソフトウェアパッケージなどを札幌から設営に間に合うように送らなければならない。無論これまで前記したMac Fan ExpoやMacworl Expo/Tokyoに代表する幾多のイベントに参加してきたからそのノウハウは持っていたものの失礼ながらiWeek側の窓口担当者の電話による対応に大きな不安を持ち、結局魚井先生に直接泣きついた記憶がある(笑)。
それは機材など一式を送る送り先はもとよりだが、様々なデータと共に確認しておかなければならないことがある。機材や荷物は余裕を持って会場に送りたいと考えたが、我々が会場に入るまでの間、誰の責任でどのような場所にどんな形で安全保管されるのかという問い合わせひとつにも明快な答えが返って来なかったからだ。

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※iWeek 2000のブース。小さなブースに大勢のお客様が立ち寄ってくださった。ソニーのエンターテインメントロボット「AIBO」用のソフトウェアも展示し好評を博した


そのうち「我々はボランティアによる運営なので...」と逃げ口上とも思える言葉が発せられるにいたっては「おいおい、それはないでしょう...」と思った(笑)。勿論Macworld Exoo/Tokyoなどでも出展に際して主催のIDG社との間でケンケンガクガクのやりとりもあったが、それはお互いがビジネスだという前提での話し合いや交渉なので問題点がなんであってもやりやすい。しかしボランティアを盾にされ、こちらの知りたい情報が得られないのでは矛先をどちらに向けたらよいのか困ってしまう。

確かにiWeekはMac Fan ExpoやMacworld Expo/Tokyoのようにプロのイベント企業が取り仕切って運営するものではなくユーザーグループ雄志の方々が文字通りボランティアで企画から運営にいたるまでご苦労されるイベントであることは十分承知しているし、裏方で尽力されている多くのスタッフの方々には本当に頭が下がる。しかし我々ならずとも企業の参加は例え心はボランティアだとしてもその実は決して遊びではないし物見遊山ではないのである。だからたまたま担当者が不案内な人だったのかも知れないし、そもそもがプロでないのだから全てを完璧にこなすのは難しいだろう。ただしそうであれば申し訳ないが出店側の不安を取り除くために「後ほど調べてお知らせします」で済むではないか...。それがボランティアでやっているのでセキュリティなどにも限度があり確約できない...というような物言いをされると何のためのイベントなのかと思ってしまう。
これでは本当の意味で企画から運営まで地道な努力をされてきた仲間の苦労が活かせないではないか...。

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※iWeek 2000にて魚井先生と


それに私事ながら我々は少なからず予算をかけ、人材を確保し、展示のための準備はもとよりお客様に楽しんでいただけるように企画を整えなければならないのだ。ましてやそれらを実現するために不可欠の機材にもしものことがあったら...万事休すだし第一楽しみにして下さっているお客様に申し訳ない。それにこちらの都合とはいえ例えばソニーのエンターテインメントロボットのAIBOなども荷物の中に入っていたわけで、万一行方不明にでもなったら代替え品が無いアイテムだからしてよけい心配になったのである。
特に勝手がわからない大阪でのイベント、それも初回のイベントの準備に神経質になっていた私は電話口の担当者の物言いがあまりにアバウトに思えて眉を顰めたのだった。したがって余裕もなかったのか1999年5月1日から4日まで開催されたiWeekの写真はほとんど残っていない(笑)。
しかし実際に現地に行ってみると我々の送った荷物は広い場所に整然と管理されており、あの物言いは何だったのだろうかと考えてしまった。

翌年2000年と2001年のiWeekは勝手もわかったしiWeek側のスタッフの皆さんも対応は適切だったので安心して出展参加することができた。
2回目のiWeekは5月4日から6日の間、大阪OAPプラザで開催されたが心の余裕もあったし私自身ブースとは別にステージで自社製品のデモだけでなくトークショーみたいなことにも参加させていただき自身も楽しむことが出来た。
会場スペースには我々参加企業の他にアップルのブースや立野康一さんのMacintoshコレクションなどの展示もあり来場者は1回目より大幅に増えていたように思う。
まあ、こうしたことを記すと「なんて小うるさい奴だ」と嫌われること必定だと思うが、当時の私は催事ひとつに対してもそれほど真剣に取り組んでいたのである。

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※iWeek 2000でステージで自社製品の音声認識機能についてスピーチする筆者


とかく世の中、自分たちのお仲間クラブの活動をボランティアと称している方々も見受けられるが私はそうした意味においてのボランティアという言葉は大嫌いである(笑)。真のボランティア活動にはそれなりの責任と覚悟が必要であり生半可のことでは逆に関係者に迷惑をかけることになるだろう。酷な言い方になるがそもそもボランティアとは誰のためなのか、何のためなのかを忘れてはならない。
そういえば1989年の創業以来、私自身全国を講演やイベントのために飛び回ったがそうしたエバンジェリストの活動は仕事というより実損や心の痛みを伴うまさしくボランティア活動であった。しかし自分的にはボランティアだから云々...ということを言い訳や逃げの盾にした覚えは1度もない。
だから無論のことボランティア活動を否定するものではないが、私にとってiWeekというイベントは多くの人たちが関わる活動におけるボランティアのあり方についてあらためて考えさせられたイベントでもあったのである。

ラテ飼育格闘日記(237)

そろそろ蒸し暑い季節になってきた。雨と暑さに弱いラテとしてはこれから数ヶ月間は1年で最も嫌な季節なのだがオトーサンもいろいろと気を遣うことが多くなる季節でもある。とにかく食事を食べない...残す、散歩中頻繁に動かなくなるなどなど気苦労が多くなるのだ。                                                                                                              
5歳になったラテだが、だからといって日常に変化があるわけではないものの季節変動は確実にラテの行動に大きな変化をもたらす。特に湿度と気温が高くなると動くのが億劫なのか大げさでなく散歩もままならないのである。
オシッコやウンチといった生理的欲求もあるだろうし朝晩2回の散歩は本来ラテの大きな楽しみのひとつに違いない。しかしその楽しみより「動きたくない」という意志の方が強くなるのがこの夏場なのだ。

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※「あ〜暇だなあ」と大あくび(笑)


散歩は本来良い意味でオトーサンとあちらこちらを歩き回り、時にはボール遊びや友達ワンコとかけずり回る...というのが本来あるべき姿に違いない。そして行き交う人たちやワンコたちと交流するのが何よりの刺激であり楽しみなはずだ。それが億劫だというのだから尋常ではない。
無論病気だということではないし単にあれこれと動きたくないということらしいのだ。

実は今年も既にそのモードに入っている(笑)。
もともと雨が嫌いなラテは夕方の散歩時に空模様が危なかったりすでに雨が降っていると20分ほどで着く公園に行きたがらない。ひとつには雨の日にその公園に行ったところで友達ワンコは勿論、大好きな女子たちも来ないことを学習しているものと思われる。
というわけで自宅から途中まではいつも通りだがある時点で急遽リードを強く引きまったく違う方向へオトーサンを導くのである。その行き先は駅ビル4階にあるコーヒーショップのオープンテラスであることは間違いないのだが、なぜ雨の日にそちらに向かうことを覚えたのか、実はオトーサンにもよく分からないのだ。

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※あたし、ここから動きたくないもん!と抵抗するラテ


確かにコーヒーショップに行き、オトーサンが注文したカプチーノのミルクフォーマやデニッシュのおこぼれを貰えるからというのはわかる。しかし意図的に雨の日に限ってコーヒーショップへラテを連れて行ったことはないし、そもそもオープンテラスのほとんどのスペースにあるテーブルや椅子は雨だと片付けられてしまう...。だから雨の日は外壁側の一列、すなわち廂がある一列しか席がないのだ。
確かに、そのコーヒーショップは店内に喫煙スペースもあるから雨の降る日にわざわざオープンテラスに出るという客はそうそういない。だからオトーサンとラテが行っても晴天の日より雨の日は席数は少なくとも座れる確率は高い...。それは事実だが、雨の日だからコーヒーショップに行く...という発想はオトーサン自身持っていないし、いつからこんなパターンになったのかはいくら考えても分からない。
ともかく雨の日はコーヒーショップというある種のパターンが出来上がったとはいえそれではこの梅雨時は毎日通わなければならない(笑)。無論そんなことを考えるオトーサンではないのでリードを強く引き、ラテの動きを制して公園に向かうというそのパワーが大変なのである。
ラテもオトーサンがコーヒーショップに行かないと分かるとすぐさま自宅に戻る算段をする。まことに難しい娘だ。

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※土砂降りの朝の散歩から帰ってきた直後の顔。びしょ濡れです


暑い日もダメだ...。公園にたどり着いたとしても歩こうともせず草むらに寝そべったまま瞑想にふけっている(笑)。そしてベンチを見つけると必ず近寄って飛び乗り、大きな体をそこに横たえてしまう。
いやはや、ワンコはそれでいいのかも知れないがオトーサンはどうしたら良いのか。公園の真ん中で20分も30分もジッとしているわけにはいかない。それにこの時期は蚊も多く、事実ラテの顔周りに集まったりする。

オトーサンは決して散歩は排便や排尿のためだけとは考えていないが、やはりウンチは済ませておかないと心配である。そのためにも公園の周りを歩くことは重要なのだ。しかしラテはリードを少し引いた程度では動こうとしない。まるで20kgの文鎮みたいだ(笑)。
こういうとき、物の本には綱引き的な引きは効果がないから一端緩めて「パシッ」と引くと良いなどと解説しているが、そんな程度でラテの体はびくともしない。
動かす最良の方法はリードを上に持ち上げることだ。オトーサンだってまだまだ片手で20kg程度のものを持ち上げることくらいはできるがラテが抵抗を示せばその全体重は首というか喉にかかるわけでそれでは首つりになってしまう。事実「げっ」とやっているときもある...。

ともかく公園の芝生の外に出すことが先決で、公園外に出れば仕方がないと思うのだろう...歩き始めるからだが抱き上げるのも簡単ではないしリードを持ち上げると恨めしそうな目でオトーサンを睨むラテなのだ。
何とかなだめ、脅しながらラテを公園の外に連れ出してもスムーズに歩いてはくれない。
数十メートル歩くと歩道橋の上、歩道などなど...どこだろうとかまわず伏せて動かなくなる。そうした時にはラテの立場も考慮し(笑)1,2分そのままにしてからリードを引くと今度は素直についてくる。こうしたことが自宅に戻るまで数度繰り返されるのだからオトーサンはたまらない...。
先日はあまりに言うことを聞かないので遊歩道を歩いていたとき思いっきりリードを引っ張ったら首輪ごと抜けてしまい、オトーサンは慌ててしまった。

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お気に入りの女子に会えてご満悦!


こんなことが続くと朝起きると両肩が張って痛いのである。そのくせ公園にエンスト中、お気に入りの女子が「ラテ!」と近寄ってくるとシャキーンと腰を上げる娘なのである。
どうもオトーサンはだいぶ甘く見られているに違いない...。しかし今からこの調子では真夏はどうなるのだろうか。

「Apple テクノロジー研究所」が 始動!

煽るようなタイトルだが大した内容ではないので気楽に読んでいただきたい(笑)。ご承知のように当該サイトのタイトルには “Mac” という冠がついているが昨今は些か居心地が悪い...。それは巷に溢れる多くの情報はiPhoneだったりiPadだったりし、そのOSであるiOS 5云々といったものが幅を利かしている。それだけでなく今般Mac OS Xの名称からもMacが外された現実もあるからだ。


Appleがこれまで手がけてきたプロダクトは勿論Macintosh(Mac)だけではない。スティーブ・ジョブズが復帰する前にはMac本体だけでなくプリンタやスキャナ、デジタルカメラ、CDドライブといった幾多の周辺機器もあったしご承知のようにNewtonやPippinという製品もあった。しかし当時の主役はどこから見てもMacであり、特にiMacの成功はAppleが作る製品はMacだというイメージが良くも悪くも定着していたといえる。
ただしパソコンの市場に置いてはマイナーな存在であったAppleでありMacだったがiPodやiPhoneといった製品でまたたく間に世界から注目される企業となり、現在では文字どおり世界一のメーカーと称されるようになった。

したがって今更ではないものの日々Appleに関連する情報を集めてサイトに掲載することを続けている一人としてもMacに関わることよりiPhoneやiPadといった類の情報が多くなることに少々居心地の悪い思いをすることがあった...。
そうはいってもこれまたスティーブ・ジョブズが明言してきたようにMacはデジタルハブの中心に位置する製品であり、言ってしまえばiPhoneやiPadはMacがあったればこそ生きてくるデバイスという認識があった。しかし先日のWWDCキーノートでスティーブ・ジョブズはiCloudの発表と共にMacにとってデジタルハブという役割はなくなりiPhoneやiPadと同列のデバイスとなる...という主旨の話しをするに至った。

さらにMac OS X Lionの表記も一般的な運用としてそのブランド名からMacという表記が除かれ「OS X Lion」となってしまった...。
一説によればこの新OSはパッケージ版を無くしてMac App Storeで販売されることからMac用と念を押すことが必要ないからだという話しもある。確かにそうした意図なのかも知れないがそもそもブランド名...製品名そのものは固有名詞であり、略すことでメリットが生まれることはほとんどないはずだ。
別にMac App Storeで販売するからといってもそれがMac用であればMac OS X Lionで良いではないかと思うのだが(笑)。

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※Mac OS X LionからMacという冠が無くなった...


まあAppleの真意は不明だが、”OS X” はMac用であり”iOS” はiPhoneやiPad向けのOSだとするならこれまたMacという名称をAppleが必要としなくなってきたことは明白である。
無論これらのことはブランド名からMacが無くなるわけではないが以前載せた「”Macintosh” という製品名は無くなるのか?」というトピックにも書いたとおり、Macintoshという名称はスティーブ・ジョブズ自身が考えたものではないのだ。
なにしろジョブズは当時盛んにMacintoshを知的自転車であると公言し一時期にはMacintoshという名称を「Bicycle (自転車)」に変えようとした当人なのだ。したがってそもそもMacという名称にあまり拘りはないのかも知れない。

というわけで当「Macテクノロジー研究所」の冠もそうした時代の変遷を無視するわけにもいかない...。
実はそうした違和感はいま始まったばかりではなく現在使用しているドメイン “mactechlab.jp” とは別にApple Technology Lab.を意味する “appletechlab.com” というドメインも取得済みなのだ。したがって1993年から続けてきた「Macテクノロジー研究所」は少しずつ「Appleテクノロジー研究所」に変えていこうか...と考えている昨今である。
その具体的な一環としてこの度 http://www.appletechlab.com/ というアドレスも活かして http://www.mactechlab.jp/ にリダイレクト転送の設定を行った次第である。

何しろ昨今のユーザーの中には “Mac” は知っているが “Macintosh” は知らないという奇妙な人たちが誕生し始めている...(笑)。とはいえ早々にサイトタイトルを変えるつもりはなくあくまで長期戦の準備の一環にすぎない。
当研究所の看板はあくまで「Macテクノロジー研究所」であり私の中ではいまだに”Mac”は “Macintosh”であり、それは紛う事なき”Apple”と同義語なのだから...。
しかし考えてみれば1982年にApple II入手がAppleユーザーになったきっかけだった訳だから、Appleに始まりAppleに戻ると考えればこれまた自然なのかも知れない。

ラテ飼育格闘日記(236)

この6月10日はラテ5歳の誕生日である。生後6ヶ月(推定)のときに我が家に来たので一緒に暮らし初めて4年半になるのだから驚きでもある。この間オトーサンも当然のことながら同じ年月を重ねたわけだから最初の頃と比べれば体力も落ちたし、痛くないところを探した方が早いほどあちらこちらにガタもきている。                                                                                        
誕生日とはいってもそもそも拾われて保護された経緯があるラテだからして何年の何月何日に誕生したという明確な証拠などあるわけがない。
ではなぜ6月10日が誕生日なのかといえば、まあ多少の根拠とこじつけでオトーサンたちがこの日と決めたわけだ。
実はある雨の日、茨城県土浦市でのことだが、とある家の軒下にずぶ濡れで雨宿りしていたワンコがその家の人に保護されたという。ただしその家には先住犬がいるしそれ以上ワンコを増やすつもりもなく、たまたま面識があり近所に捨てられたワンコたちを保護して里親を捜すボランティア活動をされていたKさんに相談したらしい。

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※あたし...5歳になりました!


Kさんは早速自宅に連れ帰り体を洗い取り急ぎ里親が決まるまで預かろうと考えたそうだ...。
里親を決めるまでには健康診断やワクチンの接種などを済ませておく必要があるからと馴染みの動物病院に連れて行ったところ、そこの医者が歯などの発育状態から推察して生後3ヶ月くらいのワンコだという診断をしたらしい。
Kさんが連れて帰ったその日は9月だったというから生後3ヶ月であるならこの子は6月生まれということになる。
ラテが6月生まれという根拠はここにあるわけだ。

では10日である根拠はどこにあるのか...。残念ながらそれは単なるこじつけでしかない(笑)。
それはラテが我が家に連れてこられたのが2006年12月10日だったのである。その日はオトーサンたちがラテを飼うために16年間住み慣れた埼玉県から引っ越ししてきた日から3日目の事だった。だから各部屋にはまだ片付けが済んでいないダンボール箱が多々あったわけだが、そんなときにラテは茨城県から車で連れられてきた...。
オトーサンは一応ラテの誕生日を決めるとき、もうひとつ候補を考えていた。それは同年11月12日の日曜日に横浜のとある動物病院で開催された里親会に出席しそこで初めてラテと出会ったのだった。そのとき彼女に付いていた仮の名は無論ラテではなかったが、オトーサンはこの日、すなわち6月12日の誕生日というのもありかなあ...と考えたもののやはり我が家にやってきた日を優先しようと6月10日に決めたのである。

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※横顔はベッピンワンコと言われます(親ばか)


ともかく我が家に連れてこられた当日、長距離の車の移動にはまだ慣れていなかったのか途中で車酔いして吐いたりしたらしいが、リビングに放たれたときには口を大きく開けながらオトーサンたちに近づいてきた。
1ヶ月前前記した横浜の動物病院で2時間ばかりの面接時間を過ごしたから多少の記憶はあったのだろうが、見知らぬ場所に来てさぞや心細かったに違いない。
オトーサンにはその口を大きく開けて心なしか跳ねながら近づいてくるその姿は精一杯の親愛の情を示すラテの心配りのような気がしたものだ。
言葉は喋れないものの、そして頭を下げたわけではないがラテの態度は「どうぞよろしくお願いします」と体全体でアピールしているようにオトーサンには思えたのだ。

Kさんご夫婦との談笑中にラテの為に飲み水を用意したり、鑑札を付けた首輪を用意したりしながらラテを観察していたがKさんの言われた「この子は表現がオーバーです」「水の飲み方が下手」という言葉が強い印象として記憶に残っている。なぜならそれらが良いか悪いかといったことではなく、ワンコにも表現がオーバーとか水の飲み方が下手だというほどの個体差があるものだということに少々驚いたのだ。
これまでオトーサンの人生においてさまざまな出会いがあった。しかしワンコとの出会いというか、自分の意志でワンコを飼おうとしたことは初めての経験だったから何もかもが新鮮に思えたし何もかもが不安でもあった。

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※散歩中にオカーサンにチューを迫るラテ


いまでもその初日の思い出は忘れられない...。最初の食事をものの数秒で平らげたこと、最初の散歩時に垂れていた両耳をひらひらと揺らしながら嬉しそうに外に出た姿、そして心配していたオトーサンたちを尻目に疲れたのだろうか、マッサージチェアを占領して夜泣きもせずに寝てしまったこと...などなどを...。

しかしまあ...今考えてもあのとき、よくもまあワンコを飼おうという決心をしたものだ。それも引っ越しまでして...。
それから早くも四年半たち、ラテは前記したとおり推定とは言え5歳の誕生日を迎えた。
その間には様々な出来事があり、悲観したり、心配したり、怒ったり、悲しんだりしたものの...振り返ればつきなみだがその4年半はほんの一瞬のようにも思える。
体重も我が家に来たとき9.3kgだったものが、現在では20.05kgとなったし当然のことながら体も驚くほど大きくなった。当初垂れていた両耳は片方だけ立ち耳になったし顔つきも精悍さが増し相変わらず雄に間違えられる(笑)。

しかし変わったのは外見だけではなく一歳頃までは誰彼かまわず愛想を振りまき、お腹を出したりあるいは匍匐前進で先輩ワンコに近づくラテだったが成犬になってからは自己主張が強く好き嫌いが激しいのが気がかりといったところか。
家の中ではいわゆる無駄吠えはしないが面白いのは行き交う人に対して吠える(声を出す)ことだ。周りのワンコたちを見ていると人間達に対して吠えるワンコはほとんど見受けられない...。
無論ワンコが出す声すべてを我々は「吠える」と十把一絡げにするが文字通り警戒や威嚇のために吠えることもあるが、よくよく観察していると我々人間的な解釈をするなら「挨拶」「声がけ」「景気づけ」「独り言」といった多くのバリエーションを持っていることに気づく。

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※誕生祝いのケーキを狙うラテ(笑)。ガブッとしないところはなかなかお淑やかです(嘘)


ただしすれ違い様に見知らぬ人に向かって吠えるのは良い事ではないというより、例えそれがラテにとって挨拶であっても相手にとっては「犬に吠えられた」と思うに違いないわけで、止めさせたいが問題は誰にでも吠えるというわけでもないので制御が難しい...。
ただ...オトーサンは思うのだ。ラテ5歳の誕生後の日、オカーサンが買ってきた大きなチーズケーキに突進するラテを見ながら、意思表示をはっきりするワンコ、声を出して自分の存在を主張するワンコがいてもいいではないかと...可愛いではないか...と(笑)。

ラテ飼育格闘日記(235)

毎日愛犬と散歩に出なければならないオトーサンにとって梅雨時ほど嫌な季節はない。雨に濡れるのも勿論嫌だが、傘をささなければならないこと、そしてラテにレインコートを着せなければならないこと、そして戻ったときにはラテを綺麗にし完全に乾かすには時間と手間がかかるからだ。                                                                                                        
朝晩の散歩は欠かせないから文字通り雨が降ろうが風が吹こうが時間を見計らいながらもラテを散歩に連れ出す。しかしラテ自身も雨が大嫌いなようで出来ることなら雨の日の散歩はしたくないようだが生理的欲求もあるから仕方なしにオトーサンについてくる(笑)。
通常朝は小一時間、夕方は1時間半ほど散歩に時間を費やするが雨の日は様子がまったく違う...。
オトーサンも濡れるか濡れないか...といった雨ならレインコートなど着せたくはないが、ラテはそのレインコートが大嫌いなのだ。しかし土砂降りと分かっているのにレインコートなしではいかにも後始末が大変だからと持ち出せばラテは敏感に察知してリビングの隅やキッチンのテーブルの下に隠れてしまう。
オトーサンはなんとかラテにレインコートを着せようとするが、ラテはいつもとは違い体全体を硬直させ、嫌悪感をあらわにする。確かにレインコートなど煩わしいとは思うが、首や足腰を硬直させるまで嫌うこともないとオトーサンは思うが、こればかりは我が家に来てからまったく直らないのだから仕方がない。

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※ラテはオトーサンの脇にきちんと付いて歩くようになりました


本格的な雨の日の散歩はルートも違う。
朝は通勤する女房と一緒に駅まで歩き、そこからいくつかのコースを経て我が家に戻るが雨の日は歩くのが嫌なのだろう、まったく反対の方角にある小さな公園に向かい、石段を上がってこれまた小さな草むらでオシッコをしてそそくさと我が家に戻ろうとする。
オトーサンはこのショートカット散歩を「チイ散歩」と呼んでいるのだが、我が家を出てから戻るまで、すなわちドアツードアでたった5分という早業のときもあったくらいなのだ。したがって足元も悪いからか、そうしたときにはウンチはせず夕方の散歩時に期待することになるし事実夕方が雨でもウンチをしてくれるのが普通なのだ。

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※ここはラテお気に入りのサラダバーのようで通るとき必ず葉を数枚食べる


しかし先日は本格的な雨模様が続き、朝も夕方も強い雨という日が続いた。
オトーサンはインターネットで雨雲の動きを確認しながらも、あまり早い時間帯に散歩が終わってしまうのは翌朝まで時間がありすぎてオシッコを我慢させることになるからと考え、反対に遅くなりすぎればあたりは当然暗くなり、傘の他に懐中電灯も持たなければならないので避けたい...などと考えながら頃合いを見計らっているわけだ。
そんな気遣いを知るよしもないラテはオトーサンが着せようとするレインコートを見て「ウ~」と唸ったりする。まあそんなことでたじろぐオトーサンではないし、ラテもいざレインコートを体にかけると前記したように全身が硬直し身動きしなくなるので着せやすくなるのだ(笑)。

ともかくその日の時刻は17時、かなり土砂降りの中、オトーサンは渋るラテと共に夕方の散歩に出ることに...。
この雨ではいくらレインコートを着たからといってもカバーできるのはボディの背中あたりだけで、頭は勿論お尻と尻尾はびしょ濡れとなるし、四つ足の脛や腹は跳ねが上がりこれまた汚れるのは必然である。
その日は朝の散歩時にウンチをしなかったことでもあり、どうしてもオシッコは勿論のことウンチもさせなければならないとオトーサンは小一時間の散歩を覚悟し、あちらに向かった方がよいか、あるいはこっちの方が早めに済みそうか...等と考えながらラテと歩き始めた。

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※砂場に来たけど友達ワンコも友達女子もいないので寂しい...


さて、まったく予測をしていなかったわけではないもののラテは意外な行動に出る。
自宅からまず小さな公園まで行こうとしていたのに数メートル歩くと崖上の原っぱに通じる石段をダイレクトに上り始めたのである。
確かにそのルートは近道なのだが、それでは散歩にもならないと思いながら一緒に上がってみると早速長めのオシッコを済ませてくれた。
「ラテ、いいこだなあ」と声をかけながらオトーサンはウンチをしそうな方向へ向かおうとするとラテは強烈にリードを引いて嫌がる。
そうか、反対側に行きたいのかとリードを引くと何ということかたったいま登ってきた石段を小走りに下り始めたではないか...。
あっというまに雨しぶきで石段全体視界が利かないほどの中をすたすたと通り過ぎ、我が家の玄関に座り込んでブルブルと体を震わせオトーサンへ笑顔を向けたのである。この間7分ほどであった(嗚呼)。

そういえば朝夕共にウンチをしなかったのはこの4年半ほどの間でたった2回しかなかったからその日で3回目である。困ったが、こればかりは無理矢理させるわけにもいかず、仕方がないので玄関に入りいつもの通りラテを綺麗にする。
取り急ぎ足を洗い体を拭きドライヤーで乾かし時計を見るとまだ17時25分...。実はこの日は休日前だったので明日の朝はいつもより少し起きるのが遅い日だ。したがってそれまでオシッコは室内でやらなければ我慢させるしかない。そのオシッコより気がかりなのは朝晩共にウンチをしていないことだ。
真夜中に「オトーサン、オシッコ!」と言われてもさすがにオトーサンも気力がないしそれは避けたい。

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※水を飲みながらも周囲に注意を向ける


その後、オトーサンたちも夕食を終えさらにパソコンの前で一仕事してフト時計を見ると早くも21時になっていた。ブラインドの隙間から外を眺めると雨脚は全然弱くなっていない。しかし気になるのはやはりラテのウンチである...。
何だかラテが我慢する云々というよりオトーサンが気になって仕方がないわけで、ラテの為と言うよりオトーサンが安心して寝られるようにと意を決して雨の中をウンチ散歩を決行することにした。
嫌がるラテにレインコートを着せ、暗く雨が降る中を飛び出した...。

公園の上の原っぱですぐにオシッコをしたラテだが、そこでどうもウンチはしたくない様子。オトーサンは多少の時間がかかるのは覚悟していたものの長時間傘と共に懐中電灯を保持するのは些かキツイ...。
昨今の節電のために夜間、街灯は点いているが公園といった場所の照明は消えているので所によると真っ暗な場所がありウンチを拾うだけでなく安全確保のためにも照明が不可欠なのである。
ともかくラテの行きたい方向へとリードを保持し、普段は向かわない場所に方向転回したその途端にしゃがみ込んだ。オトーサン待望のウンチである(笑)。
まあ...朝晩しなかったことだけはあり大量のウンチを始末しながらオトーサンはこれで一安心とラテを振り返る。ラテも正直すっきりし、ほっとしたのだろうか、びしょ濡れの笑顔で応えてくれたのだった。

光文社新書「傷はぜったい消毒するな」はメチャ面白い

夏井睦著「傷はぜったい消毒するな 〜 生態系としての皮膚の科学」という本の存在は以前から知っていた。しかしトンデモ本の一種かも知れないと手にするのが遅れていたが、先般弟に勧められて読んでみたらこれがメチャ面白いではないか!                                                                                                

トンデモ本の類も嫌いではないのだが夏井睦著「傷はぜったい消毒するな」は購入リストから外れてしまったためかこれまで読むチャンスがなかった。しかしそのタイトル「傷はぜったい消毒するな」ということ自体、なんだか怪しいというか危ない本みたいで後回しになっていた。
しかし読み進むにつれ先入観は簡単に剥がれ落ちるほど面白いだけでなく、私などが申し上げるのも僭越だがその書き方は素晴らしく分かりやすいのだ。こうしたノンフィクションとか科学物の本も多々読んでいるが専門家の多くは文章の専門家ではないことでもあり非常に読みづらいものも多い。しかし本書は医学とか医療という専門家としては異例とも言える分かりやすい例えと書き方は読者をぐいぐいと惹きつける。

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ともかく本書のタイトルならびに筆者の勧める怪我にたいする対処はこれまで私たちが当然と考え、再考の余地などないと思っていた「怪我をしたらまずは消毒して乾かす」という常識をくつがえすものである。消毒はいわば傷口に熱湯をかけるような行為であり、いたずらに痛みを増すことになるだけでなく治りを遅くするらしい...。
どこの家庭にも「○○軟膏」とか「マキ○ン」といった切り傷や擦り傷、あるいは小規模の火傷に対処するため常備薬があるに違いない。しかし本書によれば、傷は土などが付いていた場合に水で洗い流した後、消毒薬などを使わず患部を乾かさない「湿潤治療」を行えばよいという。

詳しくは本書を読んでいただくとしてこの「湿潤治療」の特徴は「すぐに傷が治る」「痛みもなくなる」「擦りむき傷も深い創も熱傷(火傷)も同じ方法で治療できる」「消毒薬も軟膏も不要」「最低限、水とラップと絆創膏があれば治療でき、極めて安価」「治療材料が軽くてかさばらない」そして「治療方法が簡単、簡便」という大きな特徴を持っている。

筆者は「湿潤治療」を確立した形成外科医である。その医療の専門家が指摘する現実の医療現場は大きな矛盾を秘めている。
とにかく外傷を負ったとき、我々は外科医などに縫って貰ったりという治療を受け一安心する。何しろ医者は医者であり専門家だからして最良の治療を施してくれるはずだと思っている。しかし筆者によればそうした認識は間違っているようだ。
まず傷の縫合をした医師が外科系の医師でない確率が高いこと。例え外科系の医師だったとしても現在の医学部での教育では「切り傷や擦りむき傷の治療」がすっぽりと抜け落ちているからだという。だから外傷の治療をよく知っているとは限らないのだ...。

一番遅れているのが大学病院というのも多少の経験からうすうす感じていたことで頷ける(笑)。確かに医療設備は最新鋭の物がそろっているかも知れないが相変わらず大学病院の多くは傷や火傷を悪化させ、治りを遅らせ、患者に痛みと後遺症を強いる旧来の治療が行われている。いわば大学病院の外科医にとって怪我の患者は「招かれざる客」なのだという。
なぜ、医学において生物学や科学の新しい成果は取り入れられないのか...筆者は興味深く解説する。
その解説は我々読者に医学の問題だけにとどまらず、例えば昨今原子力研究の専門家などへの不信感が高まっているが、そうした最高学府の長たる専門家たちの言動が何故実情に合わないのか...といった理由にも思い当たることが多く興味深い。
是非1度目を通していただきたい一冊である。なお筆者はインターネットサイト「新しい創傷治療」を開設しているのでこちらもお勧めである。なお「湿潤治療」は現在、人間だけでなく動物病院でも採用し始めているという。犬の飼い主の1人としてこちらも調べておこうと考えている。
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傷はぜったい消毒するな 〜 生態系としての皮膚の科学
2009年6月20日 初版1刷発行

著者:夏井 睦
発行所:株式会社光文社
コード:ISBN978-4-334-03513-6
価格:840円(税別)
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appletechlab

Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員