山浦玄嗣講演会「走れ、イエス」DVDに寄せて

先般「聖書のケセン語訳書をご存じですか?」というアーティクルをご紹介したが、個人的な事ながらこのケセン語訳の聖書解釈に目から鱗が続き、完全にまいってしまった…。                                                                                                                                                       
というわけでこの偉業をもっと知りたいと「走れ、イエス」と題して山浦氏ご自身の講演が収録されているDVDと具体的に四福音書をケセン語に訳す際にぶち当たったさまざまな難問をどのように解いていったかを解説した同名の電子ブック(CD)を購入した。

「山浦玄嗣講演会 走れ、イエス」のDVDはケセン語新訳聖書販売一万部達成を記念して企画されたものだという。そして映像は平成18年6月4日、宮城県松島町にあるホテル松島大観荘で「ワイズメンズクラブ国際協会第9回東日本区大会」という催事で録画されたとある。

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※イー・ピックス出版「山浦玄嗣講演会 走れ、イエス」のDVDパッケージ


ともあれ届いた2つのパッケージには「この商品は、東日本大震災において大津波の洗礼を受けた商品です~」うんぬんのシールが貼られているが、確かに電子ブックのパッケージ裏面は綺麗ではあるものの明らかに水で濡れた形跡がうかがえて呆然とする…。

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※CD パッケージ裏には津波を受けた跡がはっきりと残っていた


さて言い訳めくが私はキリスト教の信者ではないものの史実としてのイエスに興味を持ち続けてきた一人である。
私の書棚に多々あるキリスト教関連書を見て来訪者に「信者ですか?」と聞かれるときもあるが、私は「隠れキリシタンです」と受け答えすることにしている(笑)。まあ聖書の隣には正統なキリスト教徒から見れば禁断の書とも言われる「ユダの福音書」「マグダラのマリアによる福音書」などもあるし、その横には道元や空海の著なるものがあったりしてもうメチャクチャではあるが…。

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※中学時代、デッサンの練習ために母親に買ってもらった石膏のマリア像。今でも大切にしている


したがってキリスト教を知るためにといわゆる聖書なるものを読む努力は若い頃から続けてきたが、この聖書というものはキリスト教を阻害するため、嫌いにするためのものではないか…という気がしてならなかった。とにかく意味が分からないし無理難題ばかりのような気がする。
確かに2000年も前の文化や風習あるいは教義といったものを…それもまったく予備知識のない我々一般人に分かるように翻訳するのは並大抵ではないと思うが、それを何とかするのが専門家であり学者たちでしょう?といいたい。

私が山浦玄嗣氏(以後山浦先生)訳のケセン語聖書(四福音書)にざっと目を通して感動したのは “日本語として意味が分かる” からだ。
いわゆる標準語として書かれた新共同訳の聖書より岩手県気仙地方の言葉で書かれた聖書の方が意味がわかるというのも面白いというか可笑しな話しだが、その感想はケセン語聖書を手にした多くの方々共通の思いに違いない。

無論山浦先生がふるさとの言葉であるケセン語で聖書を訳すと決心してもそれには多くの困難が待ち受けていた。
為に山浦先生はなんと聖書が書かれた古代ギリシャ語を習得し、ギリシャ語原本からケセン語に訳すという快挙を実現したのである。
面白いと言っては語弊があるかもしれないが、先生の訳した聖書には「天国」とか「愛」という言葉がない…というより意図的に追放したという。そもそもこうした日本語に訳したことこそがキリスト教の真意をねじ曲げ、誤解を生む要因となってきたようだ。

例えば、聖書に「あなたの敵を愛しなさい」という有名な言葉がある。だからこそキリスト教は「愛の宗教だ」といわれるが、山浦先生は「むしずが走る」と言い切っている(笑)。ご自身で生まれついてのカトリック教徒だと自負している先生が…である。
そもそも我々は敵を愛せるものなのだろうか。敵とはこの世からいなくなれば良い、あるいは殺してやりたいと思うほど憎い対象の筈だ。それなのに宿敵を愛せなければキリスト教徒になれないのか…。
そうではなく、これは日本語訳の罪作りな誤訳というのが山浦先生の説なのだ。ギリシャ語の原典にいう「アガパオー」を「愛する」と訳したが故の誤解なのだと…。

山浦先生は「アガパオー」を「大切にする」…ケセン語的には「大事にする」と訳している。要するに「敵だったとしても大事にしろ」ということなら「おお、敵に塩を送った上杉謙信の精神だな」と我々にも少しは理解はできるだろう。
ギリシャ語の「アガパオー」を「愛する」と訳したことから「神を愛する」としなければならなくなった。
「冗談ではない、こんな失礼なことはない」と山浦先生は声を大にしていう。「神様をお慕い申し上げる」ならわかるが「愛する」はないでしょう…と。そして「ペットじゃあるまいし」と一刀両断に切り捨てている(笑)。痛快である。

そうした山浦先生の文字通り画期的な偉業(本職は医者)の背景とそれに至る苦労などをご自身のことばで語っているのが本DVDなのである。そしてそれと同種な内容を電子書籍として読むことが出来るのが同名のCDなのだ。
ただしこのCDはWindows専用となっているがPDFとしてならMacでも読めるので私はそれで満足している…。

特に講演のDVDは何度観ても実に面白く楽しい。それは山浦先生の語りが僭越ながら聞く者の心を捕らえて放さないからだ。全編これユーモアの宝庫である。そして非常に解りやすい…。
以下に販売元のサイトでこの極一部のサンプル映像を見ることが出来るので是非ご覧になっていただきたい。サンプルは映像も小さく極極短いがDVDは1時間18分の収録がある。

最後に余談ながらこの山浦先生の講演を繰り返し聞いていると昨今…特に我々の業界は…プレゼンの極意を故スティーブ・ジョブズ氏に託すような情報ばかり目立つが、人の心に響く話しはジョブズ氏の専売特許ではないということにあらためて気がつく。そしてスタイルはもとより、人生の目標や住む世界、価値観もまったく違うものの、山浦先生とスティーブ・ジョブズ氏に共通するものが見えてくる。
それは「揺るぎない自信と確信」を持っているということではないだろうか。自分の切り開いてきた道に関して誰にも負けないという自負とそれを多くの人たちに伝えたいという強い信念からもたらされた確信が自信となり、人の心を打つスピーチになっていることを感じるのだ。
それにしてもケセン語訳の聖書、私の座右の書になりそうだ。

イー・ピックス出版

ラテ飼育格闘日記(273)

ラテはオトーサンたちの心配をよそに元気でよく歩く。ともかく自分で噛み跡のある痛々しい足でよく歩くし興が乗ればよく走る。しかしなぜいつの間にかワンコより人間の方が好きなワンコになってしまったのか…。まあ今年でラテも6歳になるが、ワンコにとって6年という歳月は短くないわけで随分と日々の様子も変わってきた。                                                                                                                  
ラテの腹と足に出来たシコリが悪性のものではないことがわかり、オトーサンたちは心から安堵した。しかしそんな我々の心配を知ってか知らずか…ラテは散歩に出ると実によく歩き走る。
ただし問題は毎日、毎度の散歩がラテにとって充実し満足できるものなのかは難しい問題であるが…。

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※朝の散歩で大好きなマキちゃんに出会い仲良く公園を目指すラテ


朝の散歩は早い時間だし、コースが駅前あたりを回るから知り合いのワンコたちに出会うことはほとんどない。周囲は通勤のため駅に急ぐ人たちばかりであり、そんな中でオトーサンたちは一見ノンビリ歩いているように思われるかも知れない。時々目が合う人たちの中には「朝からワンコの散歩か…楽でいいなあ」と言っているような視線に曝されることがあるが、どうしてどうしてこれはこれでなかなか疲れるし大変なのだ(笑)。
やはり足元に危ない物は落ちてないか、妖しいものを拾い食いしないかに注意を向けて歩いているし、周りに行き交う人たちの邪魔にならないようにとも気を遣っている。そんな時にはリードを短くするが、公園や前後に人がいないときには1.5メートルほどあるリードを最長に伸ばしているもののラテは総じてオトーサンの左右近くを離れず歩く。

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※オトーサンとツーショット!


しかし面白いことに例えばオトーサンの右側をラテが歩いているとき、左にある電柱の臭いを嗅ぎたいといった意味で左側に移動する場合、ラテはオトーサンの前を決して横切らないのだ。かならずオトーサンの後ろを回って左側に移動する…。無論オトーサンの左を歩いていて右に曲がりたいといった際も同じだ。
ここの所、意識してオトーサンの前を横切るようなシチュエーションを作り出しているが、感心なことにラテはオトーサンの前は決して横切らないのである。
考えてみれば「オトーサンの前を横切ってはならない」と教えたわけではないが、ラテとしてはオトーサンを立てた行為なのかも知れない。そう思えば飼い主として少しは優越感に浸れるが、もしかしたらもっと実利があっての行為かも知れないと観察を続けている。
オトーサンの前を横切るということは蹴飛ばされたり脚を踏まれたりする可能性もあるからか…と考えてもいるが、実はそれに対処するのが結構面倒なのだ。

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※雪が残っている斜面を全速力で走り回るラテ


ラテが右側を歩くからとオトーサンはリードを持つ手を右手に変える。これは1.5mほどのリードを左手で持つとオトーサンの右を歩く際に余裕がなくなると思うからだ。
しかしその右手でリードを保持したまま、ラテがオトーサンの後ろを回って左側に移動して歩くとオトーサンの右手は必然的に背中側に引っ張られるし、リードが両足裏にぶつかったりして邪魔でスムーズに歩けない。したがってオトーサンはそうしたとき、早々にリードを持ち変えるか、身体を一回りさせてリードを身体の前にするという動作をしなければならない。
たまたまであれば良いが、この車線変更ならぬワンコ方向転換を度々にあるいは連続してやられると「この野郎!」と思う(笑)。

しかし今年6歳になるラテを見ながら、この娘を我が家に迎えて少し経ったとき、近所の河川で出会ったワンコの飼い主さんの言葉をしみじみ噛みしめている。
それは当時思った以上に甘噛みも酷くワンコを飼うことが大変で疲れ気味のオトーサンが「大変です…」という弱音を吐いたとき、その飼い主さんは「あと3,4年するときっと今が懐かしくなりますよ。ワンコも年ごとに変わりますから今を楽しまないと…」と言って慰めてくれたのだった。
その意味は成犬、ましてやシニア犬になれば確かに落ち着いてくるし安心していられるが、幼犬の時のハチャメチャな行動は見られなくなるからして逆に寂しくなるよ...といったことだった。

その感覚が最近多少だが分かるようになってきた。
ラテの行動全般が基本的に大変落ち着いてきたからだ。いや、何かに対処する際になると女房が「ラテはラテン系のワンコだね」と複雑なことを言うとおり(笑)、表現がオーバーというか意思表示が強烈なものの普段はとても穏やかに過ごしている。
当初、オトーサンが近所のコンビニに出かける場合も分離不安といったことではないが吠え、そして出窓に顔をこすりつけるようにして心配し、戻ってくるまで待っていたラテだが、最近は鳴くことはないし寝ている姿勢をいささかも崩さない(笑)。「はいはい、勝手に行ってらっしゃい!」といった感じでオトーサンはちょっと寂しい(笑)。

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※オトーサン、アタシはもう大人なんだからね!


またワンコは基本的に音に敏感だ。オトーサンが餌の袋をガサガサとやるだけでラテは耳を側立て飛んでくる。
いつもはリビングの電気マッサージチェアを独占し、そこで寝ているラテだが例えばオトーサンがコーヒーを飲もうとエスプレッソマシンをセットしスイッチを入れるとコーヒー豆を惹くかなり大きな音がする。
そんなとき、当然だがラテは何事が起こったのかと頭をもたげてこちらを注視していたものだが、最近ではその音は別に安全を脅かすものではないと知ったのか、瞼を開けもしない(笑)。

あるいはラテが狭いキッチンの床に寝そべっているとき、オトーサンは踏まないようにと最大の注意をしながら足運びをするが、以前は少しでもラテを跨ごうとすると飛び起きたものだ。それが本能的に自分の生命を守ろうとする動物の反応なのだろうが、オトーサンの両足に挟まれるのも怖がったラテだったが、最近は跨ごうが多少スリッパがぶつかろうが微動だにしない(笑)。
まさしくふてぶてしい態度だ…。
しかしこれが家族というものだろうし、歳を重ねるということなのかも知れない。
成長したと言うことは勿論嬉しいことだが、あの細身の身体にスカート型の服を着せて散歩したことや酷い甘噛みと格闘した日々は戻らないと思うとちょっと寂しいオトーサンなのだ。

「マッキントッシュ物語」の原書「Insanely Great」を手にして

過日「スティーブン・レビー著『マッキントッシュ物語』の勧め」というアーティクルを紹介したが、なかなかの反響をいただいたものの当該書籍が絶版になっていることでもあり、お勧めしても手軽に入手できないといった状況は大変残念だ。ともかく個人的に気になっていた箇所があったので今般原著を取り寄せてみた。


本書「マッキントッシュ物語」の魅力はスティープ・ジョブズの人間性に迫るといったものでもなくAppleという企業の成功や失敗の秘密を解き明かすといったものでもない。ただひたすらMacintoshというそれまでに類を見ない革新的なパーソナルコンピュータの誕生とその存在意義を追った内容だということでもある。
なぜMacintoshは革命的であり「めちゃくちゃすごい」コンピュータなのか。いまではあたりまえ過ぎてそのGUIも色あせた感もあるもののMacintoshという存在がなければ私達の生活やビジネスは現在とかなり違ったものになっていたに違いないのだ。

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※翔泳社刊、スティーブン・レビー著「マッキントッシュ物語」武舎広幸訳の表紙


さて、私はといえば本書「マッキントッシュ物語」のページを開き、読み始めたその最初で実は違和感を持ったのである。
第一章「出会い」の一行目にはこう書かれている…。

「まず目に焼き付いたのは『ライト』だった。」と。

これは1983年11月、厄介な交渉の末、スティーブン・レビーはAppleの一室に招かれ、そこで秘密裏にMacintoshを見せられた際の第一印象である。
それはMacintoshを市場に送り出すに際して宣伝は必要欠くべからざる要素であり、ためにAppleはMacintoshの開発チームをアピールしたいと考え、大手雑誌社に表紙にそれらの開発者たちの写真を掲載するよう圧力をかけていた時期でもあった。
Apple側はジャーナリストとしてのスティーブン・レビーにそうした期待をかけたわけだ。ちなみに彼はこの1983年末までにあの名著「ハッカーズ」の原稿をほぼ書き終えていたという。それはApple IIを使って書いたものだという…。

ともかく本文1行目の「まず目に焼き付いたのは『ライト』だった。」だが、Macユーザーであるならその意図する意味は解るかもしれないものの実に変な日本語だ。
これはMacintoshの物語であり照明器具の本ではない(笑)。とはいえ私は当初素直にこの「ライト」というのは前後の文脈を考慮してMacintoshの9インチ・モノクロディスプレイが「ライトのように明るかった」のだと読んだ。
しかしそうであれば「まず目に焼き付いたのはその画面の明るさだった」と訳せばよいではないか…。「ライト」という語はその後にも登場する。
「コンピュータを『ライト』のように明るくするには…とか「『ライト』のようなコンピュータ画面を…」そして「あの『ライト』が広まるには…」といった具合に。やはり違和感を感じる日本語である。

たぷん、意味としての理解には間違いないと思ったが、僭越ながら日本語としては自然な記述ではない。したがってずっと心にこの箇所がひっかかっていたのである。なにしろ期待を持って読み始めた最初の一行なのだから。
先のアーティクルを書いたときそれを思い出し、良い機会だからと英語版の原著を手に入れた。原著の書名は「Insanely Great」だが、これは当時ジョブズがMacintoshを称して多々発言していた言葉で「めちゃくちゃ凄い」という意味だ。

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※「マッキントッシュ物語」の原著表紙


届いたばかりの原書を開き早速最初の一行を確認してみることにした。

そこには "What I first remember was the light." とあった…。

文字通り素直に訳せば「私が最初に思い出すのは光だった」ではないだろうか。"remember" には「記憶している、覚えている」といった意味もあるが、この一文は著者が当時のことを思い出して書いた出だしなのだから。しかしなぜ訳者は "light" を「光」と訳さず「ライト」としたのだろうか。
ともかくスティーブン・レビーは起動直後のMacintoshを初めて見て、その画面の明るさ…まるで照明のように白く明るい画面に驚いたのだ。

なぜならスティーブン・レビー本人が記しているとおり、それまでのパソコンのモニターは真っ黒い画面にテキストが白くあるいはグリーンに発光するのが普通だったからだ。無論アプリケーションやゲームを起動すれば画面はモノクロにせよカラー仕様にしても絵のような画面表示はできたものの、起動はMS-DOS (マイクロソフトのディスクオペレーションシステム)でなされ、ワードプロセッサや表計算ソフトもモニター画面は黒いというのが一般的だったのである。

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※1983年11月14日、NEC PC-100によるMS-DOS起動画面(上)と1985年、NEC PC-9801で私自身が日本語ワープロ「一太郎」を使っているシーン(下)。共にディスプレイ背景は真っ黒だった


余談ながらスティーブン・レビーがAppleで発表前のMacintoshを見たのは前記したように1983年11月(日付は記していない)とされている。そして上に掲載したように、私がこのときMS-DOSを起動した記録が残っている画面の日付が1983年11月14日だ。奇しくもこの前後の時期にスティーブン・レビーはAppleに招かれていたと思うと不思議な気持ちになってくる...。
そんなことを考えていたとき、私にはスティーブン・レビーの意図が見て取れたように思った!
無論確証はないが、米国人の書く文章であるからしてカルチャーの根本が我々とは違うと考えなければならない。もしかしたら最初の章の…それも一行目をどのように書き出そうかと考えていたとき、彼は旧約聖書やヨハネによる福音書の出だしを思い出したと考えても無理はないと思うのだ。
物書きは最初の一行が勝負なのだ…。印象的にそして劇的な書き始めにしたいとスティーブン・レビーが苦悩していたとき閃いたのかも知れない。

突飛かも知れないが、旧約聖書の創世記出だしに「神は『光あれ』と言われた。すると光があった」とあり、ヨハネによる福音書の出だしには「始めにことばがあった」と記されている。まあ聖書の和訳に関する問題は別途「聖書のケセン語訳書をご存じですか?」で触れたがここでそれには立ち入らない。
ともかく、さらにヨハネによる福音書の冒頭には「And the light shineth in the darkness; and the darkness apprehended it not.」すなわち「光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった」(新共同訳)とある。

したがってスティーブン・レビーは起動時から衝撃を受けたMacintoshの印象を書き出しの1行目でいわゆる「はじめに光りありき」的なイメージで自身の気持ちを表したかったのではないだろうか…。
であるなら、深読みすればヨハネによる福音書の冒頭の意図を含ませたのではないか。
何しろ当時のパソコンのモニターは繰り返すが文字通り闇だった。Macintoshという革新的なパソコンは (その前にLisaが存在したが一般的ではなかった) 起動時に眩いばかりの明るい光と共にスタートし、ワープロソフトも白く明るい画面になり、テキストは黒という紙とペンと同じことを実現したわけで、Macintoshはまさしく未来を照らす光のコンピュータであり、それまでのMS-DOSパソコンは闇の世界の産物...すなわち光と闇といった対比を表現したかったのではないか…。

どうにも最初の一行に拘り、時間を費やしている私だが、本書には多々原著を当たった方が良い箇所も見受けられる。ただし私は「マッキントッシュ物語」の出版とその日本語訳の労を否定しているわけではない。一冊の書籍を実際に出版し我々の手に届けてくれた功績はなによりも得がたいものだ。しかし大変中身が濃く、お勧めの一冊だけに残念な箇所が目立つのである。
現在絶版の「マッキントッシュ物語」だが、新しい訳で再版できないものだろうか…。


聖書のケセン語訳書をご存じですか?

聖書の「ケセン語訳」と聞いて、最初は死海文書ではないがまたまた古代の言葉で書かれた古い文書でも見つかったのかと思った。しかしケセン語とは岩手県気仙地方の言葉を指すもので当地の医師が1人で聖書をこのふるさとの言葉で訳したものだと知り驚愕した…。                                                                                                                              
早くも来月3月11日は東日本大震災から1年だ…。故郷が徹底的に破壊された被害地の医師、山浦玄嗣氏がふるさとの言葉で聖書を訳していた事実を遅ればせながら知り、いくつかの書籍を取り寄せてみた。
正直、最初は冗談だとも思ったが、ページを読み進むうちに驚愕に変わりそして自然に涙がこぼれ落ちた…。

「頼りなぐ、望みなぐ、心細い人ァ幸せだ。神さまの懐に抱がさんのァその人達だ。」
「野辺の葬送に泣いでる人ァ幸せだ。その人達ァ慰めらィる。」

何のことかと言えばこれはマタイによる「山上の垂訓」の一節なのである。これをお馴染みの聖書新共同訳で記せば以下のようになる。

「心の貧しい人々は、幸せである。天の国はその人たちのものである。」
「悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる。」


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※1999年山口県のザビエル記念聖堂で手に入れたメダイ


そもそも聖書は大変分かりづらいものだ。その最大の原因は2000年も前の言葉や風習を現代の我々の言葉で伝えるという難しさがあげられよう。そして本来時代も文化もまったく違う当時のあれこれを知らずしてイエスらが何を見てどう感じたか、何をどのように伝えたかったのか…など、なかなか理解できるものではないと思う。
思えばその時代、ガリラヤという小さな村の大工(イエスも大工だった)や漁師たちが現在我々が手にしている聖書に記されているような意味で整然とした言葉を話していたはずはない。
ましてや現在のようにテレビやラジオがあったわけではなく、いわゆる標準語といった概念もなかったから、それぞれの地方や職種あるいは階級でかなり話し言葉は違っていたはずだ。

山浦玄嗣訳「ガリラヤのイェシュー」と題された新訳聖書四福音書によれば、本書の訳ではリアリティを出すために登場人物たちに様々な方言が割り当てられている。
例えばイェシュー(イエス)とその弟子たちやガリラヤ人たちの大部分はケセン語すなわち岩手県気仙地方の方言。サマリア人、シカルの村人たちは鶴岡弁(山形県鶴岡市)を、代官ピラトたちを含むローマ人は鹿児島弁といった具合だ…。

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※山浦玄嗣訳「ガリラヤのイェシュー」イー・ピックス出版刊の表紙


これらは訳者がお遊びやふざけて取り上げたものではない。訳者自身、これらはひとつの試みであるとしているがその目的はこれまで一般の日本人にとってかなり難解であり続けてきた福音書を楽しく、親しみやすく、解りやすいものとして伝えることだという。
「福音書」は文字通り、これを読む人にとって「よきたより」でなければならず、その為には言わんとしていることが読者の心に抵抗なく受け入れられ、共感と感動をもって理解される必要があり、訳者の試みはこの一点を目指したものだという。

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※山浦玄嗣著「イエスの言葉〜ケセン語訳」文春新書刊表紙


ただ山浦玄嗣氏は言葉を方言に置き換えただけではない。無論そのためには福音書の言わんとする真意を我々日本人が理解できる言葉に訳さなければならない。
「愛する」を「大事にする」、「永遠の命」を「いつまでも明るく活き活き幸せに生きること」、「精霊」を「神さまの息」といった具合に…。
さらに訳者は古代ギリシャ語原典からあらためてその意味を探り、新しい発想で我々に聖書の物語を解き明かしてくれる。
例えばヨハネによる福音の中に「湖の上を歩く」という箇所がある。その新共同訳では次のように訳されている。

夕方になったので、弟子たちは湖畔へ下りていった。そして、舟に乗り、湖の向こう岸のカファルナウムに行こうとした。既に暗くなっていたが、イエスはまだ彼らのところには来ておられなかった。強い風が吹いて、湖は荒れ始めた。二十五ないし三十スタディオンばかり漕ぎ出したところ、イエスが湖の上を歩いて船に近づいて来られるのを見て、彼らは恐れた。イエスは言われた。「わたしだ。恐れることはない」そこで、彼らはイエスを舟に迎え入れようとした。すると間もなく、舟は目指す地に着いた。

私もこの一節を読み、何故イエスが湖の上を歩いているのを見て弟子たちが恐れるのかがピンとこなかった…。それこそ「先生はスゲ〜」と驚愕し喜ぶのが普通かな…と思った。
しかしケセン語訳では「湖の上を歩く」を「湖の縁を歩く」として次のように訳している。

夕方になって、弟子たちは湖の畔に下がって行った。そうして、小舟に乗って、そこからかなり遠いずっと向こう岸にあるカファルナウムを目指した。既に暗くなっていたけれども、イェシューさまはまだ弟子たちのところに来ていなかった。そのうち、大風が吹いて、湖が荒れ始めた。一里と半分くらい漕ぎ出した時、弟子たちはイェシューさまが湖の縁を歩いて来て、ザブザブと小舟に近づいて来るのを見て「何とまァ、危ねァぞ!」と心配した。イェシューさまは弟子たちに声をかけなさった。「俺だ!心配するな!」弟子たちは喜んで、イェシューさまを小舟に引っ張り上げた。やがて間もなく舟は目指す船着き場に着いた。

要は「恐れた」という意味は弟子たちがザフザブと小舟に近づくイエスを危ないからと心配した場面だったということになる。
ただしこれは単純にイエスが湖水の上を歩いたとする奇跡を否定したものではない。詳しくは本書をお読みいただきたいが、訳者は原典を紐解き単語の意味を探り、イエスや弟子たちの時系列の行動や土地感を十分に考察した結果、この時イエスは湖畔を走ったのだと結論づけている。
しかし中には本書の存在は聖書を冒涜しているように感じる人やトンデモ本の一種かと思う人もいるかも知れないが、それは早計である。なにしろ山浦玄嗣氏と仲間たちは2004年、聖書の理解に役立ったとしてバチカンに招かれ、教皇ヨハネ・パウロ二世に「ケセン語訳新約聖書・四福音書」を直接献呈して祝福を受けたという。

無論この短いアーティクルでケセン語訳の福音書の意味などお伝えすることは力不足で敵わないことだが、聖書に興味のある方は先入観を持たず、まずは一読されることをお勧めしたい。
きっと心に響く言葉に沢山出会うと共にイエスが本当に何を伝えたかったのかがこれまでより理解できるに違いない。
このケセン語訳による聖書、今後も引き続き親しんでみようと考えている。

ガリラヤのイェシュー―日本語訳新約聖書四福音書
イエスの言葉 ケセン語訳 (文春新書)

ラテ飼育格闘日記(272)

先々週の飼育格闘日記(NO.270)冒頭にも書いたとおり、ラテはお陰様で元気である。事実肉球を傷つけること以外元気であることは間違いないが、実はこの3週間あまりオトーサンたちは大きな心配を抱えて過ごしていたのだった。そしてその間、心配事の様子を見ていたものの状況が変わったので意を決し先週の土曜日に動物病院に行った…。


オトーサンは朝晩の散歩から戻るとラテの四つ足を綺麗に洗い、タオルや場合によってはドライヤーなどで乾かし、身体も拭いた後でブラッシングをしている。そして目脂のチェックや耳掃除なども気がつくとやるわけだが、その過程で身体全体を触り、痛がるところはないか、傷などはないかと気を付けてきた。したがってそのおかげで尻尾を握ろうがお尻から股に手を突っ込もうがラテは怒ったりはしなくなった。

さて3週間ほど前になるだろうか、朝の散歩から戻りいつものようにラテに話しかけながら身体を綺麗にしていた。
「ちょうだい!」というとラテは綺麗にするために前足をオトーサンに差し出す。オトーサンはそんなとき機嫌が良いとダジャレのオンパレードとなる。なに…ラテは聞いても笑わないし他には誰もいないからオトーサンの独壇場である。
「チョウダイ…ちょうだい…そう、ラテ…ちょうだい仁義って歌知ってるか」などと馬鹿なことを言いながら「親の血をひく〜ちょうだい(兄弟)より〜い~も♪」と歌い出したりする(笑)

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※オトーサン、アタシ心配かけてるの...?


ラテはオトーサンがそんなダジャレが多いときは機嫌がよい事を知っているからか笑顔で大人しくしている。
その朝もそんな感じで鼻歌まじりのオトーサンだったが、習慣になっているラテの身体全体を仕上げのつもりで拭きながら触っていたとき大げさでなく心臓がドキッとして指が止まった…。
なぜならラテの腹を触っていたオトーサンの指に明らかに小さなシコリが感じられたからだ。
指での感覚ではシャツのボタン程度の大きさに思われたが、注意して確認してみるとそれはちょうどオッパイのひとつにあるのだ。これはいわゆる乳腺腫というものなのに違いない。何度も確認したが間違いなくその場所にあるのはシコリでありちょっとコリコリした感じなのだ。ただし触ったり押した程度ではラテは痛がる様子はない。

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※ラテの視線の先には何があるのか...


早速インターネットなどで調べて見たが心配は増大するばかりである。なぜなら乳腺腫瘍は、雌のワンコがかかりやすい病気であるとしてもワンコの場合は良性と悪性の比率は50%であり、さらに悪性のうち早期発見時点で臓器などにがん細胞が転移しているものが半数あるという。
ただしラテは我が家に来た生後6ヶ月直前に避妊手術を受けている。ワンコの乳腺腫瘍は女性ホルモンとの関連性が極めて高く、発情前に避妊手術を受ければ悪性の乳腺腫瘍にかかる確率は格段に低くなるという。しかし確率は低くても悪性のものではないという保証があるわけではないし乳腺腫瘍の中には女性ホルモンとは無関係の悪性腫瘍もありうるので安心はできないわけだ。

オトーサンは一瞬で自分の身体が冷たくなっていくような気がしたが、素人判断ながらシコリがまだ小さな事とシコリがクリクリと動き、筋肉などに密着しているようでもないことからまずは落ち着いて少し様子をみようと覚悟した。もし少しでも大きくなるようなら動物病院に飛び込もうと考えた。それに体重も一時より多少増えたように思うし食欲も落ちていないのが多少の気休めだ…。
ともかく覚悟はしたもののもし悪性ならラテに痛い思いをさせることになるし費用も嵩むだろう。そして何よりも最悪は命に即関わってくるに違いない。
その日からオトーサンは毎日折あるごとにラテの患部に触れていたし大げさでなくその度に胸が締め付けられる思いが続いていた。そのオトーサンの心配を増長する第2幕の出来事が1週間ほど前に発覚したのである…。

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※オカーサンのリードさばきに大人しく従っているラテ


散歩から帰り身体を拭いていたとき、これまたいつものように全身チェックをしていたら左後ろ足の膝上あたりの内側に大きめなコロコロとしたシコリを見つけてしまったのである。嗚呼…。
いつ頃出来たものなのかは分からないが、それまで気がつかなかったのが不思議なくらいで出っ張りは小さいものの範囲は約15mmほどで弾力ある感じなのだ。ただしこれまたオトーサンが触った範囲ではラテが痛がる様子はない。

これは様子を見ている段階ではない…ということで日曜日の朝一番にいつもの動物病院に駆け込んだのだった。
この日は予約もせず飛び込みで駆けつけたことでもあり病院に入ったのは一番だったがあらかじめ予約者が3組いたので診療は4番目だった。まあまあそれは仕方がないがその待っている間、嫌に時間が長く感じられること…。
担当医は馴染みの若い医師だが診断後、両方ともシコリりが身体の組織と一体になっていないように思うのでこの段階で最悪のものではないと思うとしながらも、とにかく病理検査をしなければ確実なことがわからないので注射針で患部の組織を抽出し検査することになった。
医師は「発情前に避妊手術をすると悪性の乳腺腫瘍になる確率は1/100に下がるんですよ」と言ってくれるが正式な診断がわかるまでは安心できない。
念のためラテにエリザベスカラーを着け、オトーサンとオカーサン2人がかりでラテを押さえ、そして気を散らす努力をしている間に医師は患部に注射針を刺すことになった。

足の方はシコリりも大き目だし素人考えでもやりやすいと思うものの、腹への注射針は痛そうだし怖い。大きくラテが暴れたりすれば針が深く入ってしまう可能性だって考えられるだろうしとオトーサンは気が気ではないがこればかりはやるっきゃない。
幸いラテはオトーサンに抱えられたまま一言も吠えたり唸ったりせず注射針による組織抽出を無事終えることができた。
医師はその抽出した極少量の成分をプレパラートに付着し見せてくれたが我々にはそこに小さな汚れがあるようにしか見えない…。

問題はその結果だがそれを報告できるのは明日夕刻になるという話しだった。オトーサンは、「あれ明日は定休日ではありませんか?」と確認したところ、担当医は「自分は明日当直で病院にいるし、飼い主さんにとっても結果は1日でも早い方が良いでしょうから」という。実にありがたく良心的な医師である。
丁重にお礼を言ってその日は病院を後にしたが、正直オトーサンはその晩は不安が最高潮だったのか嫌な夢を見まくった(笑)。

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※動物病院の帰りに立ち寄ったケーキ屋さんのテラスにて


翌日の夕方6時過ぎ、ドキドキしながら約束通り病院に電話をした結果…悪性ではなかった!!
いわゆる脂肪腫という類のものらしく5歳程度以上になると症例が多くなるという。そして「ありがとうございました!」とお礼を言った後でオトーサンは忘れずに「これからの対処は?」という質問をした。何か手術でも必要かと考えたからだ。
しかし医師の答えは大きくなり歩行の邪魔になったり別の場所に増えたりしなければ当面そのままで良いとのこと。現時点で痛い思いをさせる必要はないという...。良心的な医師である。ただし栄養過多が引き金になっている可能性があるのでゆっくりで良いからダイエットを続けるようにとのアドバイスだった。
電話を切ったオトーサンはラテを見ながら女房と心から喜び安堵したのは申し上げるまでもない。その後オトーサンはラテを抱きしめ、頬ずりしたがラテの髭が妙に痛かった(笑)。まったくもって...心配させる娘である。

iBooks Authorでインテリアデザインを使うなら「Live Interior 3D」

過日はiBooks Authorへ3DコンテンツのCOLLADAフォーマットを持ち込むためのツールとして「DAZStudio Pro 4」をご紹介した。ただしユーザーが求める3Dコンテンツにも様々なものがあるわけでそれを扱うツールも適切なものを選ばないといらぬところで苦労することになる。                                                                                                           
「DAZStudio Pro 4」とiBooks Authorの相性が良いことはわかったものの「DAZStudio Pro 4」でオールマイティな3Dコンテンツを扱うことができるとは思っていない。
確かに「DAZStudio Pro 4」はPoser用の3Dオブジェクトを扱えるから、それこそ人物モデルはもとより建築物や乗り物、あるいは家具から食べ物にいたるまで実に様々なコンテンツが販売されてもいる。したがってそれらを有効に活用して目的のiBooks Authorへインポートできれば良いわけだが、小物のオブジェクトひとつならともかく例えばユーザーの目的に沿ったインテリアを配した室内をiBooks Authorで紹介したいと考えるとなかなか難しいものがある。

私事ながら先般簡単な室内の様子を3Dで構成し、それをiBooks Authorで電子ブック化するという試みがありそのプロジェクトに参加したものの問題はインテリアを含み、どのような室内デザインを必要とするかにある。無論コンテンツは3Dだけで済むわけではなく、例えばユーザーに室内をウォークスルー体験もさせたいとも考えその実現方法と適切なツールの選択に時間を費やした…。

まあ、実ビジネスと直接結びつけるかどうかはともかくとしてもコンセプトに合った室内を3DでデザインしそれをiBooks AuthorへインポートするのはDAZStudio Pro 4ではなかなか面倒である。
そんなわけでCOLLADAフォーマットをサポートしていることを条件にソフトウェアを探してみた結果、個人的な好みも含めてひとつの決着がついた。それが「Live Interior 3D Standard」というアプリケーションである。

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※CADライクな操作で2D図面(上)が簡単に3D化でき(下)、付属オブジェクトを配置しテクスチャーを指定可能


この製品には別途高機能な上位版「Live Interior 3D Pro」があるものの、価格面からまずは安価な「Live Interior 3D Standard」で色々と試したがiBooks Authorとの連動ならこのスタンダード版で事足りると判断したものの機会があればPro版を使いたいと考えているくらいよく出来たソフトウェアである。
本来は「Live Interior 3D Standard」そのものの紹介を詳しくやってみたいところだが、現在の視点はあくまでiBooks Authorでいかに活用できるか…にあるので「Live Interior 3D Standard」に関しての詳細は省くことにするのでご了承いただきたい。別の機会に「Live Interior 3D」の魅力をお伝えしたいと考えている。

さてその「Live Interior 3D Standard」だが、好みの寸法、好みの間取りの空間や家をCAD風な操作で図面設計し、それを3D化するアプリケーションである。そして室内をQuickTime VRに出力したりウォークスルーすることもできるが重要なのはそうした操作が基本的に簡単なことだ。



※Live Interior 3D Standardで作成した室内をウォークスルの動画で出力することも可能


間取りを作り、その床や壁のテクスチャをインスペクタのオブジェクト・マテリアルから選択し、これまた数多くのバリエーションが用意されている家具や照明、あるいは飾り小物などを配置して好みの室内を構成していくことができる。
その全体あるいはオブジェクトの一部をCOLLADAフォーマットでエクスポートすればiBooks Authorで確実に使えるのだからそうした点だけにおいてはスタンダード版で済む…。
ただし「Live Interior 3D Standard」からエクスポートする際のパラメータには多少留意する必要があるが…。

まずやってみたのは飾り小物や家具類など室内インテリアを構成するために用意されている豊富な3Dオブジェクトを単体でiBooks Authorに持ってくることだが当然のことながらエクスポート時にCOLLADAフォーマットにすることで問題なく可能だった。

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※Live Interior 3D Standardに収録されている3Dオブジェクト(椅子)をCOLLADAでエクスポートしiBooks Authorに問題なくインポートできた


次に簡単な室内を設計し、その全体をiBooks Authorにインポートしてみたが基本的に問題なく活用できることが分かった。

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※Live Interior 3D Standardで簡単な室内を作り(上)それをiBooks Authorに持ち込んだ(下)


無論iBooks Authorのキャパシティーを超えるようなファイル容量は無理だが…。したがって「Live Interior 3D Standard」は室内だけでなく建物の外観も設計できるから家全体をiBooks Authorで見せることも可能ということだ…。



※iBooks Authorでレイアウトが出来たらiPadでプレビューしてみる...


またiBooks Authorで効果的なコンテンツを考える場合、決して3Dオブジェクトだけが有用ということではない。場合によっては動画の利用も考えたいところだが「Live Interior 3D Standard」は前記したように室内360度ぐるりと見渡すパノラマムービーや2Dの間取り図を使い、どこからどのように歩くかを指定した上でその過程を動画にする機能もあるのだ。
これらは基本的にQuickTimeなのでiBooks Authorで使えるようサイズなどに留意すれば3Dオブジェクト同様大変分かりやすい教材やプレゼン資料などの作成も可能だろうと思う。

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※前記したウォークスルー動画をiBooks Authorで扱うことも可能


なお「Live Interior 3D」でよりフォトリアルなレンダリングを得たい場合には別途Render Boostというプラグインツール(有償)を活用することも出来る。
「Live Interior 3D」はiBooks Authorとの相性うんぬんを別にしても長くお気に入りのソフトウェアになりそうだ。

Live Interior 3D Standard Edition - Belight Software, ltd

スティーブン・レビー著「マッキントッシュ物語」の勧め

過日はスティーブン・レビー著「ハッカーズ」という書籍をお勧めするアーティクルを書いた。同書はパーソナルコンピュータが登場する時代背景をハッカーという血の通った人間たちを通して克明に描いたものでありお勧めに値する名著である。実は同じ筆者による「マッキントッシュ物語〜僕らを変えたコンピュータ」武舎広幸訳(翔泳社刊)という本も是非目を通していただきたい一冊である。                                                                                                                

「ハッカーズ」は1950年代からハッカーと称された魅力的で好奇心と反骨精神および優れた技術を身につけた人たちが時代の渦の中でどのように新しいものを生みだし、あるいはそれらを咀嚼していったかを克明に紹介した一冊なら「マッキントッシュ物語」はその名の通り、Apple Computer社のMacintoshというパーソナルコンピュータの開発経緯に的を絞った書籍であり、Macintoshがどのような背景で生まれたかをスティーブ・ジョブズ自身はもとより多くの人たちへの取材を元に書いたものだ。また同書はMacintoshが誕生してから丁度10年たった1994年に出版されたことも、現在からの視点で振り返って見ると大変興味深い。

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※スティーブン・レビー著「マッキントッシュ物語〜僕らを変えたコンピュータ」武舎広幸訳(翔泳社刊)表紙


ここで取り上げられているテーマはMacintoshというパソコンがどのような時代背景、どのようなきっかけ、どのような人たちによって誕生したのかということだ。単にジョブズたちがゼロックス社パロアルト研究所(PARC)でAltoのデモに触発された…といったことだけでなくバニーバー・ブッシュと彼の夢の機械メメックス、ダグラス・C・エンゲルバート、サザーランドのスケッチパッド、テッドネルソンそしてPARCにおけるアラン・ケイの役割などをきちんと押さえているのはさすがである。
ちなみにもしMacintoshの誕生に関する情報やらその時代的な意義を問うなら前記した人物たちのことをまず知らなければ本当にMacintoshを知ったことにはならないだろう。

それにMacintoshの歴史を語る書籍の中にはページの制約もあるのかも知れないが、いきなりGUIを持ったMacintoshが登場するような印象を与えるものも多い。しかしさすがにスティーブン・レビーは第4章で「リサ誕生」とLisaがどのようにして開発され、それがMacintoshに繋がったのかを紹介しているし第5章では「ラスキンの夢」としてMacintoshプロジェクトを始め、その命名者であったジェフ・ラスキンの役割についてもページを割いている。
本書はスタートからユニークだ。なぜなら筆者のスティーブン・レビーはMacintoshの発表前、1983年11月にApple社において秘密裏にMacintoshの実機を見せられたところから始まるのだ…。

本書が出版された1994年といえばその前年にジョン・スカリーがCEOを退任し、マイケル・スピンドラーがCEOに就任していた時代でありAppleはいわばどん底の状態向かっていた時代だ。まだ幾分勢いが残っていたとはいえこの時代以降はWindows 95の登場もあってマックユーザーがWindowsに転向するケースも多かったしスピンドラーが辞任する頃はいつAppleが無くなってもおかしくないと思われる時代であった。いわば一般大衆にとってMacintoshというパソコンの魅力が失われつつその存在意義を見いだせなくなってきたその時代にMacintoshの存在を高らかに歌い上げた本書は忘れてはならない一冊だと思う。いや、そもそもMacはマイナーな存在だったのである...。
したがってMacintoshの歴史を語るには是非目を通しておかなければならない本でもある。ただし残念なことにすでに絶版になっているが古書なら入手できる可能性もあるので機会があれば手にしていただきたい。しかしAmazonでは時折法外な高値が付いているときもあるのでご注意を...。

なお筆者のスティーブン・レビー(Steven Levy)は本書「マッキントッシュ物語〜僕らを変えたコンピュータ」にはスティーブン・レヴィと記されているが本稿では現在使われている"レビー"で統一した。
スティーブン・レビーの筆になる記事に惹かれるのはやはり彼自身がジョブズと同様にボブ・ディランに傾倒し、大学ではローリング・ストーンに関するレポートで単位を取るという反体制志向を持ったいわゆるヒッピー同然だった時代を過ごしていたからかも知れない。私はそのスティーブン・レビーにスティーブ・ジョブズらと同じ時代の臭いを感じるのだ。

したがって個人的にはスティーブン・レビーは多くの著作から判断し、信頼に足りる数少ない ITジャーナリストの一人だと評価しているが、その彼も完全ではないこともまた事実である。
例えばスティーブ・ジョブズの追悼の意味で2011年11月10日付にてWIREDへ寄稿した記事にはいくつか間違いが含まれている。
分かりやすく和文の掲載からご紹介してみるが、一例は「(ジョブズが)高校の友人であるスティーブ・ウォズニアックに出会ったときに」という箇所だ。同様なことは「マッキントッシュ物語」にも書かれている。
しかし実際ジョブズとウォズニアックは学年で5歳年が離れていたので同じ時期に学校で出会うことはなかった。共通の友人、ビル・フェルナンデスの紹介で二人は出会ったというのが事実である。
また「1979年、より高度なマシンである「Lisa(リサ)」を開発する際に、ジョブズはエンジニアを引き連れてゼロックスのパロアルト研究所に赴いた。後に『啓示』と形容したが、ジョブズはすぐにゼロックス・スター――マウスによるナビゲーション、ウィンドウ、ファイルそしてフォルダ――をリサにも採用することを宣言した。」とあるがこれはいかにも誤解を生じる物言いだ。
何故ならゼロックス・スターは1981年にリリースされたマシンであり、ジョブズは1980年秋にはすでにLisa開発プロジェクトの開発責任者を解任されていたからだ。したがってジョブズがスター云々を引き合いにLisaの仕様を語るタイミングはないはずなのだ…。
さらに「1985年5月31日、ジョブズは解雇された」とあるがこの日、すべての経営権を剥奪されたものの名目だけの会長職は残されたので解任ならともかく解雇という表現は適切でない。...といった具合だ。
まあ、スティーブン・レビーほどの人でも完璧を期すのが難しいことを知ると私などは妙に安堵してしまう(笑)。

「マッキントッシュ物語」にしても時間ができたら原著と照合してみたい箇所も多々あるが、それは後のお楽しみとして取っておこうと思っている。
ちなみに本書の原題は「Insanely Great : The Life and Times of Macintosh, The Computer That Changed Everything.」だが "Insanely Great" とは当時スティーブ・ジョブズがMacintoshを称して盛んに発言していた物言いで「めちゃくちゃすごい」という意味だ。そしてこの時点ではまだまだ実感がなかったかも知れないが "The Computer That Changed Everything" すなわち「すべてを変えたコンピュータ」という評価が本書の性格を物語っていると思うし低迷してメディアからも見放された感があったAppleにこうしてエールを送ったスティーブン・レビーはやはりただ者では無い。

マッキントッシュ物語―僕らを変えたコンピュータ


ラテ飼育格闘日記(271)

ワンコは良く寝る。夜は勿論だが、昼間も基本的には朝の散歩から戻ると夕方の散歩時までラテの自由時間であるからしてそのほとんどを寝て過ごしている。無論オトーサンが昼飯を食べたりするとおこぼれ欲しさに起きてくるし時々はボールや縫いぐるみで遊んでやるが実に良く寝る。その寝姿はまさしく天使である(笑)。


オトーサンの仕事部屋は2階にある。とある土曜日に面白いことがあった。その時、女房の後ろについて来てラテが2階に上がってきたのだった。
2階にはオトーサンの仕事部屋の他に和室もあり、そこは寝室でもある。事実その部屋の端にはラテの寝場所も用意されている。
したがって夜は勿論日中でもオトーサンが許せばラテを2階に上げ、その場所で寝かすこともあるしオトーサンもその隣で昼寝をすることもある…。だから基本的には実に手がかからない良い子なのだ。

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※時にはオトーサンに抱っこをねだるラテなのです


とある土曜日、オトーサンがパソコンの前に座っているとき、ドアが開く気配がしたので振り返ると少し開いたドアの隙間からラテが顔をのぞかせていた…。親バカ丸出しではあるがその姿の実に可愛いこと(笑)。

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※ドアから顔を覗きオトーサンの様子を伺うラテ


ただしどうしたわけかいつもと違って部屋には入ってこない。ドアの隙間から頭だけ出し、声も立てずにオトーサンと視線を合わせている。
オトーサンは「どうしたの...ラテ?」と声を掛けるがむろん返事は無い(笑)。
ラテの後ろにいた女房がラテの心情を十分理解した上で言ったわけではないはずだが「オトーサンと昼寝したいのかも...」という。
とはいえまさかラテが昼寝の添い寝の催促に来るなど思ってもみないオトーサンだし、これまでにも寝たいときには自由に寝ているラテなのだ。そもそもラテは飼い主のオトーサンに対しても肌を触れ合って寝ようとしたことはないのだから…。

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※自分の寝床で横になるラテ。瞼が重くてウツラウツラ...


まあオトーサンにしても昼食は済んだし、パソコンでの仕事も一区切りついたのでラテをかまってやろうと遊びのつもりで「そうかぁ、オトーサンと昼寝したいのか!」と言いながら和室に入りラテの寝場所の隣に布団を敷いて寝転んでみた。
驚いたことにラテは口を大きめに開け、喜びの表情をしながら隣にある自分の寝床まで行き、敷いてある布を掘り返すようにしわくちゃにし、オトーサンの脇で横になったと思ったら顔をこちらに向けて目を閉じたのである。
まさしくオトーサンと寝たかったために呼びに来たという感じなのだ。オトーサン感激の一瞬である!
こういった意思の疎通みたいな出来事が多々あるからワンコは可愛いし感情移入してしまうのだろう。

そういえば寝ている姿というのは人間の子供もワンコやニャンコも実に可愛い…。寝顔は力が抜けているから素が出るのかも知れないし、寝ている時は悪さをしないし…。
ただしラテの寝姿を観察していると人間と同様にいわゆる寝返りも打つし、寝言も言えばいびきもかく。そしておならもする。そのいびきは時にかなり五月蠅い。ある時など、オトーサンが気がつき目を覚ますと女房とラテがいびきの共演をしているという夜もあった(笑)。
しかしオトーサンは子供の頃、父親の酷い往復いびきの中で育ったこともあってラテのいびきくらい気にもならないが、場合によっては寝苦しいのではないか、あるいはどこか具合がわるいのではないかと心配し、つい起こしてしまうのだ…。

また寝言とはいってもワンコのことだからまさかオトーサンが理解できるような喋りをするわけではないが、明らかに軽く吠えたり唸ったりしながら四つ足を軽くバタバタしている寝姿を見れば、友達ワンコらと駆けている夢だろうと推測はできる。
また舌なめずりしながらムニャムニャとしている姿を見ると美味しいものでも前にしている夢なのかと想像してしまうオトーサンだ。
それにやはり印象的なのは寝言というよりうなされている場合だ。

うなされる夢は当然だが決して楽しい夢ではなく怖い夢を見ているに違いない。お腹を大きくひくつかせて「ウウウウッ」「ウフッ…ヒッ」といった悲しい声を上げる。
そんなとき、ラテにとって怖いこととは何だろうとオトーサンは考えてみるが我々人間的な発想からすれば嫌いなワンコに攻撃されている夢とか、子犬時代に人間たちに虐められた夢なのだろうか…。なにかトラウマがあり、それがうなされる原因となっているなら可哀想だと思うが、もしかしたらオトーサンに叱られている夢でうなされているとすればちょっと悲しい(笑)。

ともかくそのうなされている姿は可哀想で放置できないからオトーサンは気がつけばまず「ラテ、どうした?」「大丈夫だよ」と声を掛けてから身体を揺すって起こす。
ラテはキョトンといった表情でオトーサンを見上げるが、オトーサンが撫でてやると安心したのかまたまた頭を床につけて目を閉じる。いやはや実に可愛い。とはいえ寝るといってもラテにも都合があるらしく、オトーサンたちに干渉してほしくない場合もあるようだ。

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※この姿勢だと四つ足はあちらに向けている。一人の世界に浸っている寝かただ(笑)


そうしたときラテはオトーサンたちの方に背中やお尻を向けて寝る(笑)。
マッサージチェアなどで丸くなるときにも完全に向こうを向いて寝ている時はオトーサンが部屋に入ってもほとんど振り向かない。自分の世界にどっぷりと浸かっている感じ。
面白いのは寝床で寝るとき、そこに敷いてあったり置いてある布類をあるときにはかき回し、口で引っ張り自分なりにベッドメイキングして横になることだ。そして厚く高くなった場所を枕のように利用し頭を乗せる様にオトーサンは感心してしまう。あるいは横になっても例えば女房が横でテレビを見ていたりと部屋が明るい場合、「眩しいなあ」とでもいうように丸まった布の中に頭を突っ込み目を覆い隠してウトウトとするのだから驚く。

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※部屋が明るいのかフリースのジャンパーに頭を突っ込んで目を隠して寝るラテ


オトーサンも四六時中、ラテの側にいるわけではないがこの娘の一挙一動に笑い、心配し、そして朝晩の散歩は体力的に辛いのも事実だが活力を貰っていることは確かである。
ラテにはうなされるのではなく少しでも楽しい夢を見てもらえるよう、オトーサンたちは日々一層の格闘・奮闘・努力を続けなければならないと考えている。

iBooks Authorへの3D活用にSketchUpの勧め

相変わらず賛否両論飛び交ってはいるが、過日Appleが発表し即日リリースしたiBooks Authorは話題となっていることは間違いない。特に教育関係に関わっている方々の関心と期待は尋常ではないと思うが、ここではiBooks Authorに最適な3Dツールを考察してみた。                                                                                                                             
iBooks Authorは写真だけでなく様々なデータを活用できるがやはりユーザーへの認識を容易にし、興味を持ってもらう工夫として3Dオブジェクトの活用は大切だ。
分子構造とか昆虫などに限らないものの、3DならiPad上のビジュアルをマルチタッチでグリグリと角度を変えて全方位からオブジェクトを見せることができるそのインパクトは大きなものがある。

さてiBooks Authorがサポートしている3DフォーマットはColladaで拡張子は .dae となる。
問題はiBooks Authorでどのように3Dオブジェクトを使うか、利用したいかにも関係するが、適切な3Dオブジェクトを作成しあるいは取得しiBooks Authorへ渡すためには3Dアプリケーション側にColladaフォーマットでのエクスポート機能がなければならない。

私自身、愛用している3Dアプリにも限りがあるしその他の市販されている多くの製品情報には疎いことをお断りした上で話しを進めるが、例えば3Dフィギュア作成ツールの「Poser 8J」はエクスポートにColladaの記述があるので試してみたものの現時点でiBooks Authorへデータを渡すことには成功していない。

まあ、現実には何か解決に至る方法があるのかも知れないがiBooks Authorで活用するという一点に限って考えると私はGoogle 「SketchUp」が最適ではないかと思う。

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※「SketchUp」日本語最新版のアバウト画面


その理由の1つは「SketchUp」には無料版とPro版が存在するが、一般的な利用には無料版で十分なこと。そして2つには「SketchUp」で「Google 3Dギャラリー」を活用すれば世界中のユーザーが制作した優れた数多くの建築物、自動車を始めとした乗り物、樹木、人物、各種機材、雑貨などなど膨大な3Dオブジェクトをダウンロード利用することができるからだ。無論「ScketchUp」でユーザーが任意の3Dオブジェクトを作ることも可能なことは申し上げるまでもないだろう。
注意する点としては「Google 3Dギャラリー」の利用規約を遵守することだが、教育関係利用ならその目的が成果物を有料販売すること以外は問題ないと思う。またiBooks Authorへの3Dデータインポートはそのポリゴン数に制約があるのでなるべく軽いデータ作り、軽いデータ選択を心がける必要がある。

テストに使った「SketchUp」バージョンは日本語版の最新バージョン 8.0.11751だが、この「SketchUP」から軽めの3Dオブジェクトをダウンロードし、それを「エクスポート」−>「3D モデル」「COLLADAファイル(*.dae)」形式で保存したファイルをiBooks Authorのページへドロップしてみたが問題なく読み込みができた。

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※「SketchUp」にダウンロードした3DモデルをColladaフォーマットでエクスポートする一連の手順


ちなみに「SketchUp」からエクスポートすると、例えば test.dea というファイルとtestというフォルダ(マッピングデータとしてのJPEGファイルが収録)が形成されるが、iBooks Authorへは .dae ファイルをドロップする。

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※iBooks Authorのエリアに「SketchUp」からエクスポートした当該.dae ファイルをドロップした例


こうしてiBooks Authorに読み込み表示させた3DビジュアルはiBooks Authorの「プレビュー」機能を実行し、Macに接続されているiPadのiBooksから文字通りプレビューが可能となる。

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※iBooks Authorの「プレビュー」を実行しiPadのiBooksを起動後に当該3Dモデル表示(上)。そしてマルチジェスチャーで3Dモデルを全方向から見ることが出来る(下)


iPadでオープンした当該オブジェクトはマルチタッチでグリグリと回転させることができる。
今後はより有効で使い易いツールの登場や活用法といった情報に出会うことができるだろうが、現時点で「SketchUp」は3Dソフトとしても取っつきやすいしiBooks Authorとの相性もよく、実用面を考えれば無視できないツールではないだろうか。

【関連情報】
iBooks Author:3D モデルを使うための最良の方法
Sketchup Vue Exporter Plugin を試す

ラテ飼育格闘日記(270)

ラテはお陰様で元気である。肉球を傷つけることは相変わらずだが、この寒い季節に朝晩の散歩を身体全体で楽しんでいる。そして室内における行動や行為も油断は禁物ではあるものの一時のようにオトーサンたちが神経をピリビリしていなくてはならないということはなくなった。


オトーサンの飼育方法が理想的であったとは決して思っていないが、ラテはまずまず良いワンコに成長したのではないかと自負している。
頑固だし我が儘、そして飼い主にさえ媚びないというその性格は時に「こいつめ!」と思うときもあるがラテはオトーサンの弱みをしっかりと掴んでいることもあり仲直りも早い(笑)。

ラテは…他のワンコも同じだろうが一日の大半を寝て過ごす。熟睡しているかどうかは分からないがマッサージチェアに丸くなったり、リビングに敷いたマットの上に横になったり、あるいは出窓の狭いエリアに腹ばいになったりして過ごしている。まあまあよく眠る。
オトーサンがそのリビングに続くキッチンに入っても一瞥もしないときもあれば、いそいそとマッサージチェアから降りてくることもあるが総じて静かに寝ているのが常だ。

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※このラテの笑顔はなにものにも代え難い


しかし夕方の散歩時になると体内時計がそうさせるのか、リビングとキッチンの間にある柵をガリガリと前足でこすったり「ウォ~ン」と鳴いて散歩を催促する。オシッコも我慢しているのかも知れない…。
オトーサンが柵を開けてやると決まって伸びをしてからキッチンに伏せて静かにしているが、遊びたいのかオヤツが欲しいのかオトーサンに向かってやたらと吠えるときもある。こうした時、オトーサンがポーズでもラテを追いかける仕草をすると喜んで逃げ回るのが面白い。
狭いキッチンのテーブル下に隠れて逃げ回り、オトーサンに追い詰められて雪隠詰めになったりするとワンコ特有の遊びのポーズ、すなわち両前足を床に付けて頭を下げ、同時にお尻を高く上げるというポーズを取る。

その目はきらきらして口を開け「オトーサン、これって遊びだからね!本気出したらダメよ」といっているように思えて、その表情を見るとオトーサンも力が抜けてしまう。
やはりかまってあげるほど喜ぶのがワンコなのだが、こちらの都合というものもあるからなかなか思うようにはいかないのだ。

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※散歩の途中、オカーサンを見つめるラテ


ところで先週の始め、女房の母が85歳で亡くなった。最初、危篤の連絡があり急遽病院に駆けつけた女房はその日は病院に泊まることになった。そして残念ながらそのまま亡くなったことで一時は監察医の診断が必要だったりと気が抜けない時間が続いた。そして葬儀の打ち合わせもやらなければならないこともあって女房は実に大変だった。
それでもオトーサンたちはなるべくラテを長い間放っておかないようにと気を配ったが、告別式の際にはオトーサンも斎場に出向く関係上いつもより長い時間リビングに閉じ込めたままとなった。
オトーサンが告別式から戻ったのは16時過ぎとなってしまったが、ラテはやはり寂しかったのか柵を開けたら珍しく飛びついてきた。

実はその日の午前中、斎場に出かける際に喪服を着用し、数年使わなかった黒い靴を下駄箱から引っ張り出して履いて出かけたが、最寄り駅に向かう途中でその靴に異変が起こったのである。

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※雪の塊と格闘して遊ぶラテ


まず左足首が軽く「カクッ」としたので「何だろう?」と足元を見たら、靴の踵の角が壊れてちぎれそうになっているではないか…。
オトーサンは当初状況が飲み込めず、何かの拍子に欠けたのだろうし一部なら大きな問題は無いだろうとそのまま歩き続けた途端に音を立てるようにというと大げさながら踵全体が「ボロボロ」っと崩れ落ちたのだ。
昔、革靴の踵がコンクリートの溝にはまって取れたという話しは聞いたことがあるが、オトーサンの靴の踵は取れたのではなく崩れたのである。
地面にはまるでウソのように踵の屑が数メートルに渡って散乱している始末。

仕方がないのでそのカケラを右足で歩道脇に片付けようとしたとき、驚いたことにその右足の靴の踵まで同じようにポロボロに細かくなって落ちてしまったのだ。オトーサンはしばし呆然(笑)。
幸い前後に人の気配がなかったので多少安堵したが、さすがにこのままでは葬儀に行けないことは明らかだった。なにしろ両方の踵がないのだ(笑)。
オトーサンは意を決して両足の踵がない靴を引きずりながら駅ビル2階にある靴屋に飛び込んだ。

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※雪が残る帰り道、最後は抱っこでした(笑)


振り返ると開店したばかりでピカピカに磨かれている店内の床に、オトーサンの崩れた踵の黒い粉が所々に散乱している。オトーサンは事情を説明し、床を汚したお詫びをしながらも時間が無いので急いで黒い靴を買った。
わずかな待ち時間だったが店長だろうか、年配の男性がモップで床を掃除をしながらオトーサンに向かって「長い間使わなかった靴でしょう?」という。オトーサンは「4年ほどは使っていなかったかも…」と答えると「ウレタン底は長い間手入れをしないで放置すると加水分解による劣化が起こるんですよ」と説明してくれた。

ともかく新調の靴を履いて告別式に臨んだオトーサンだったが、慣れない靴のために足は一部に痛みを感じるがこればかりは我慢するしかなかった。
やっと痛い足をかばうようにして帰宅したオトーサンだったがラテにはそんな問題は分かるはずもない。ただただオトーサンが戻ってきたからと喜び、散歩に行きたいと息巻いているのだから困ったことである。
喜び飛びついてきたラテを身体全体で受け止めたオトーサンは意を決し「この喪中犬め!」と意味不明なことをつぶやき、足を引きずりながらも散歩に出かけたのだった。
ラテの表情は輝き、玄関を出た途端に走り始めた。無論オトーサンがリードを持っているわけだからオトーサンも走らなければラテが走れない。仕方なく足の痛さも忘れオトーサンは200メートルほどラテと共に走った。ラテは嬉しそうだった!


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Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員