ラテ飼育格闘日記(282)

ラテとの散歩は毎日ほぼ同じ時間に自宅を出ているが、昨日会った友達ワンコにまた会えるとは限らないし、ましてや雨の日にはいつもの公園に行こうともしないラテである。嫌がるレインコートを着せて玄関を出たところで早速「行きたくないもん!」と抵抗が始まったりするし、雨の日はおおよそが公園に向かわず、駅ビル上にあるカフェに向かうラテなのだ(笑)。                                                                                                        
オトーサンとしても土砂降りの中をいたずらに歩き回りたくはないから、雨の日にラテがカフェを目標に歩き出すのをまあまあ仕方がないと諦めている。オトーサンの足で普通に歩けば10分もかからない距離だが、そこはワンコ連れだからしてあっちにクンクン、こっちでクンクンしながらだ。第1最短距離を歩こうといういう合理性はラテにはまったくない(笑)。したがって場合によっては駅に隣接している公園を通って遠回りする場合もあるから、散歩としてはまずまずの距離になるし時間を潰すにはそれなりに有効なのだ。

ただしそのカフェで10数分くつろいで戻るにしてもその過程で知り合いのワンコに出会うことはまずない…。まあ、友達ワンコには出会わないもののその付近には大会社の研修施設などがあるからスーツ姿のOLらが忙しげに行き来するし、途中に小学校があるので場合によっては下校の子供たちとすれ違うこともある。

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※雨の日のカフェでの一コマ。レインコートを着たまま行き交う人たちを飽きることもなく眺めている(上)。そして「オトーサン、呼んだ?」と振り向くラテ(下)


オトーサンは子供にしろ大人にしろすれ違う場合はリードを極力短くして万一にもラテが悪さをしないように注意をしている。それでもすれ違い様に子供たちに囃し立てられたり、犬好きだというお婆さんに声をかけられたりして吠えたてることもある。ただラテも現金なもので、若い女性たちだとフレンドリーなのだが年寄りは一般的に嫌いなようで、視線を合わしたり声をかけてくれる人たちには容赦なく吠える。
「こりゃあ、いい番犬だねぇ」と言ってくれる人はまだいいが、頭のひとつも撫でようと近づいた人は驚いて飛び退く…。
仕方がないからオトーサンは「愛想が無くてスミマセン」と頭を下げるしかない。

先日なども近づいてきて「いい犬だねぇ」と声をかけてきたお婆さんに吠えるだけ吠えた後、駅から研修所に向かうスーツ姿の三人のOLとすれ違ったら態度ががらり違うのだ。
OLさんたちが「あら、可愛いわねぇ」と言ってくれた途端に鼻面を彼女たちのスカートに擦りつけんばかりに近づき、喜びを表している。
たぶんにワンコ好きの女性なのだろう、右手をラテの鼻面に差しだして「こんにちは」といってくれる。オトーサンがリードを引いてなければ喜びの余りスカートに飛びつきそうな勢いである。
すれ違い様だからものの数秒間だが、ラテにとっては嬉しい一時だろうし、オトーサンにとっても「ありがとうございます」とお礼を言って別れるだけにしても若い女性との会話は貴重である(笑)。

別の日のこと、いつもの公園で誰にも会えずに帰ろうとしたとき「ラテちゃん…」と女の子が小さなワンコを連れて近づいてきた。オトーサンは反射的にラテのリードを引き、制御するがラテは尻尾をブルンブルンと振っている。
最近はめったに公園で会う機会が少なくなったが、ランドセルを背負い、学校帰りにその公園を通るとき、わざわざラテの近くに立ち寄ってくれる女の子なのだ。それが今日は珍しく飼っているワンコと散歩するため公園に来たという。たぶん近隣に住んでいる子供なのだろう…。
その女の子は3年前くらいからラテと仲良くしてくれるようになったが、最初は無口で「今日は帰りが遅いねぇ」とオトーサンが声をかけても「はい」とだけしか答えないという女の子だった。もしかしたら知らない大人と話してはいけないと言われていたのかも知れないが…。それが六年生になったこともあるのだろうし、最近は多少心を許してくれるようになったのか、向こうから話しかけてくれるようになった。ラテならずともオトーサンにとってもそれは実に嬉しい。

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※久しぶりに出会った大好きなマキちゃんと共に走り、身体をぶつけ合う


それこそオトーサンが一人で散歩といった場合なら行きずりのOLさんはもとより、女の子と話をするなどという機会は絶無だろう。オトーサンから声をかけたのでは危ないおっさんだとすぐに通報されるに違いない(笑)。
オトーサンは女の子に「オカーサンに、散歩に連れて行ってねと言われたの?」と聞くと「違うの。私が連れてきたくて散歩にきたの」と嬉しそうに話してくれる。その間ラテは相手の腕にワンコがいるのでいつものように顔を舐めることができずにモゾモゾするだけだったが、それを察した女の子はワンコを降ろしてラテを撫でてくれる…。
気がつくとあたりはさすがに薄暗くなってきた。オトーサンは「明るいうちに帰った方がいいよ」と声をかけると「はい。そうします。さようなら!」といいながらワンコと公園の向こうに走っていった。

まあ、なかなかラテにとって充実した散歩の日は少ないわけだが、土日の朝の散歩だと時々ハリーちゃんとオカーサン、マキちゃんとオカーサンに会える場合がある。そうしたとき本来ラテは友達ワンコのマキちゃんとかハリーちゃんが大好きなのだが、それ以上に飼い主のオカーサンたちが好きなのは面白い。しゃがみ込んでくれたオカーサンたちの膝や背中によじ登り、顔を舐めまわしたり足元でお腹を出して甘え、至福のひとときを過ごす。

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※ハリーちゃんのオカーサンにチューを迫るラテ(笑)


先日の日曜日の朝は約2ヶ月ぶりくらいになるだろうか、オカーサンに連れられたマキちゃんと出会えた!
一緒に近隣の公園までいき、そこで他のワンコたちと合流して楽しい一時を過ごしたラテだが、そのときの顔を眺めていると、ワンコがこれほど豊かで多様な表情をするのかと今更ながら関心するほど、普段は滅多に見せない歓喜の表情をするが、喜びでその目が輝いている。
マキのオカーサンの膝元にうずくまりお腹を出しているその横でボーダーコリーのボーちゃんが遊びのポーズをしながらラテに向かって吠えている。まさしく「おい、ラテ!いつまでもオカーサンに甘えてないで僕と遊ぼうよ!」と言っているに違いない(笑)。

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※マキちゃんのオカーサンの膝元にうずくまり甘えるラテ


しかしラテはマキちゃんのオカーサンとの接触が一秒でも長くありたいと…そしてボーちゃんの誘いが熱烈であればあるほど、見せびらかすようにさらにオカーサンにしがみつく…。
至福は独り占めにするまったく意地の悪いラテなのでした(笑)。

Macの開発チームのひとり、ビュレル・スミスについての考察

ビュレル・スミス(Burrell Smith)はMacintosh開発チームの一員として主にロジックボードの設計を担当した人物である。彼はスティーブ・ウォズニアックのApple IIの設計を崇拝し、Macのロジックボード設計においてウォズニアックのスタイルをさらに突きつめ、独自の設計スタイルを編み出した...。


アンディ・ハーツフェルド著「REVOLUTION in The Valley」の表紙で前列左側、キーボードを抱えて左手で頬杖ついているのがビュレル・スミスである。
同著でアンディ・ハーツフェルドはビュレル・スミスについて…スティーブ・ウォズニアックに触発されてAppleに入社し、MacをはじめLaserWriterのロジックボードなどを製作した技術者として紹介している。またビュレルはAppleを退社後はRadius社の共同設立者として成功し、1988年に業界から足を洗ったとある。

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※アンディ・ハーツフェルド著「REVOLUTION in The Valley」表紙。前列左がビュレル・スミス


「REVOLUTION in The Valley」にはこのビュレル・スミスとのエピソードが多いが、事実アンディ・ハーツフェルドは2004年にWIREDのインタビューの中で「 (ビュレル・スミスとの友情が) この本の核心だ。マックの主な貢献者の中でも、ビュレルはおそらく最も世に知られていない人物だ。ビュレルの偉大さを世界に伝えることもこの本の目的だった。」といっているくらいビュレル・スミスの能力を買っていた。
反面「(ビュレルは)現在、興味の赴くままさまざまなことをやっている。今でもパロアルトに住んでいるが、人前には出てこない。実のところ、この本を気に入らないのではないかと少し心配している」と語っているだけでなく「ビュレルとの間には、公の場でも個人的にも気楽に話せないような出来事があった…」と発言をしている点が訝しく、私には二人の間に何があったのかとずっと心に引っかかっていた。

その謎がウォルター・アイザックソン著「スティーブ・ジョブズ」で解けた…。
ウォルター・アイザックソン著「スティーブ・ジョブズ」の日本語版第一巻、第20章「レギュラー・ガイ 凡夫を取り巻く人間模様」を読んでいて愕然となった。
そこにビュレル・スミスはアンディ・ハーツフェルドの相棒だったもじゃもじゃ頭の丸ぽちゃのソフトウェアエンジニアとして登場するが、精神疾患を患い裸で外をうろついたり、車や教会の窓を壊して歩いたりするようになったと書かれていたからである。

彼の病は強い薬でもコントロールできず、夜にスティーブ・ジョブズの家まで出かけては石を投げて窓ガラスを割ったり、とりとめのない手紙を残したり、かんしゃく玉を投げ込んで逮捕されたこともあったという。
そして2011年の時点でもパロアルトの街を徘徊し、親友だったアンディ・ハーツフェルドとも口を聞かないという。
ビュレル・スミスが自分の名前を名乗れず留置所に入れられたとき、ハーツフェルドはビュレルを釈放するためスティーブ・ジョブズの力を借りたこともあった..とも。

その章を開いたとき、それまで心に引っかかっていたアンディ・ハーツフェルドの言動の意味が理解できた。ただし私自身こうした文章を書きながらも一抹のわだかまりがある。それはアンディ・ハーツフェルドが気を遣って自著の中でも隠していたビュレル・スミスの悲しい現状をウォルター・アイザックソンが暴露してしまったことだ。
もしかしたら現地ではよく知られている事実なのかも知れないが、不明な点が理解できた反面、事が事だけにそっとしておくべきなのではないかとも思ったものの、ベストセラー本の「スティーブ・ジョブズ」で明らかにされたことでもあるからと今回こうして紹介することにした次第である…。なお以前ご紹介した「1983年製作のMac販促ビデオ『The Macintosh Story』再考」にはインタービューに応じている若きビュレル・スミスの姿を見ることが出来る。

ちなみにオーウェン・W・リンツメイヤー著「アップル・コンフィデンシャル」という本にはMacintoshのケース内部にサインを残している開発者たちのその後(21世紀初頭時点)が簡素に書かれている。それを見るとApple退社後ベンチャー投資家になった者もいれば、中には所在が不明という人もいて人生の悲哀を感じさせる。
ところでこうした事情に詳しい方はすでにお気づきかも知れないが、先のウォルター・アイザックソン著「スティーブ・ジョブズ」の記載だが、ビュレル・スミスについて間違っている点がある。それはアイザックソンはバレル・スミスを「ソフトウェアエンジニア」と書いていることだ。
念のため英語版原書も確認してみたがやはり "Macintosh Software engineer"と記されているし、人物紹介ページにも「1990年初頭から統合失調症に苦しんでいる元Macチームのプログラマ」と紹介されている。才能のある人だからプログラミングもこなしたのかも知れないものの実際のところ、ビュレル・スミスはデジタル基板設計の天才的技術者として評価されていたわけでハードウェア設計者ありソフトウェアエンジニアではなかった。こうした点においても伝記作家ウォルター・アイザックソンという人物の力量の限界が垣間見えるような気がするのだが…。

Macintoshが登場してからすでに28年間が過ぎた。したがってその開発に携わった人たちにとっても変化があってしかるべき長い年月に違いない。アンディ・ハーツフェルドの名は現在でも見聞きする機会があるものの、例えば写真家に転向したビル・アトキンソンの噂も最近はほとんど入ってこない。
そのMacintosh開発の立役者であったスティーブ・ジョブズ自身も鬼籍にはいってしまったし、時代は確実に進展し変化していく。それは仕方のないことではあるものの出来ることならビュレル・スミスの病気が一日も早く完治して欲しいし、多くのMac開発関係者の近況も知りたいと願っているのだが…。

「TypeDesigner」を手にして池田友也さんを偲ぶ

先日のこと、一通のお問い合わせメールをいただいた。一応こうしたサイトを公開していると日々さまざまなメールをいただくが、それらは仕事の依頼から取材の依頼あるいは機材貸し出し依頼といったものからアップしたアーティクルの誤字脱字のご指摘まで様々だ(笑)。ただし多くは広告まがいなもの、スパムと思われるものも多いので個別にご返事を出すことは少ない…。ともかくそうした中の一通に目が止まった…。それは「Macテクノロジー研究所のタイトルに使われているフォントはなにか?」といった質問だった。 

                                                                                  
そういえばこれまでこの種の質問を受けたことはなかったが、私自身このタイプフェースをとても気に入っているからこそサイト開設以来背景デザインは変えてもタイプフェースはそのままにして現在に至っている。
実はこのタイプフェースは1998年にPalm Soft Inc.からリリースされた「TypeDesigner」というソフトウェアで作ったものなのだ…。

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※「TypeDesigner」はサンプルリストがカラーで紹介された豪華なマニュアルとCD-ROMの組み合わせだった


「TypeDesigner」は、ダウンロードが主になっている現在の視点から見れば誠に贅沢な作りだが、銀色に光った立派な表紙を持ち270ページほどもあるまさしく一冊の本といった作りだ。そしてその全ページカラーというマニュアルにはCD-ROMが一枚同梱されているという体裁である。
CD-ROMに収録されている「TypeDesigner」はタイトルやロゴなどに使用する斬新でお洒落なタイプフェースが1,000種も用意されているもので、テキスト入力しタイプフェースを選びサイズと文字間隔の調整だけで目的を達することが出来る…。無論ここでいうタイプフェースとはPostScriptやTrueType などのフォントではなくいわば、フォントのクリップアートといったものなのだ。

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※「TypeDesigner」によるタイプフェース例


実はこの「TypeDesigner」には個人的にいろいろな思いが詰まっている…。
薄れた記憶をたどってみると、確か1997年暮れか1998年初頭の頃だったと思うが私は自社製品の売り込みのためにソフトバンクを訪れた。
いつものように受付で訪問を伝え、広いロビーで担当者を待っていると「あっ、松田さん!」と声をかけられた。
それは日本の大手メーカーを退職しカリフォルニアで起業したIさんだった。私はMacの黎明期、このIさんの肝いりで対談の席に駆り出されたり、書籍作りのためにインタビューに応じたりしただけでなく独立後は私の会社のソフトウェアを米国で売りたいという話をいただき良きパートナーを得たと喜んだ。したがって友人とMacworldExpoのためにサンフランシスコへ出向いた際にはIさんの車でAppleのキャンパスを訪れたり、その帰りに彼の事務所にも立ち寄らせていただいたことがある。
ただし残念ながらビジネスは続かず次にIさんの消息を知ったのはとあるカメラサイトにチーフプロデューサーとしてその名を見つけたときだった…。

ともかくソフトバンクのロビーで私に声をかけたIさんは「新しいプロダクトはあの池田さんとのコラボなんですよ」といった後でそれがどのようなアプリケーションなのかを説明してくれた。彼は私のフォント好き、グラフィック好きを分かっていたはずだ…。そしてそれからどれほど時間が経ったのかは記憶にないが、私はその製品…「TypeDesigner」を嬉々として購入した。

「TypeDesigner」を使うにはPowerMacの漢字Talk 7.5以降の環境を必要とする。したがって残念ながらMac OS Xでは動作しないからすでに過去の産物には違いない。しかしフォントを立体的に…といった風にデザインするツールはあっても「TypeDesigner」のようなクリップアート感覚のものはほとんどないため、私はいまだに時々起動させてみたくなる。
無論今となっては商用印刷には向かないものの、ウェブのデザインなどにはまだまだ活用できる魅力を持っている。そして当サイトのタイトルにある “MacTechnology Lab.”というタイプフェースはまぎれもなくこの「TypeDesigner」で作ったものなのだ。

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※「TypeDesigner」の操作画面


「TypeDesigner」はそれ自体、私の趣味趣向にドンピシャ合致する製品だが、実はこの「TypeDesigner」を企画しチーフデザイナーを務めたのが前記した池田さん…池田友也さんというイラストレーターなのだ。ただし彼は残念なことに彼は「TypeDesigner」がリリースされた同年(1998年)の10月31日に若くして亡くなられた…。

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※池田友也さんの名刺。この頃カルフォルニアのバークレーで活動されていた


私は池田さんと十分な交流を持ったことはなかったが、演算星組が「Mac書道」を開発していた時期にサラリーマンだった私は多いとき、週に2度ほども会社の帰りに演算星組に立ち寄ったものだが、その時々に池田友也さんというお人柄に触れただけでなく「電脳絵巻」といったMac用クリップアートのデザイナーとしての能力を眩しく拝見していた。

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※「電脳絵巻〜地の巻」より池田友也さんの作品例をMacPaintで再現


したがってそうしたご縁で「Mac書道」のマニュアル一部を書かせていただき、巻末の「スタッフ紹介」やアプリケーションのアバウトに私の名が明記され良い思い出となった。池田友也さんといえばその他にも1988年にElectronic Arts社からリリースされたモノクログラフィックソフト兼アニメーションソフトの「Studio 1」において彼がアニメーションデータを描いたと耳にし、これまた早速手に入れた記憶がある。

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※「Mac書道」マニュアル巻末のスタッフ紹介(一部)。中央に私のプロフィール紹介があるが、左下が池田友也さんのプロフィールだ


池田さんが活躍された時代のパソコンによるイラストレーションはいわゆるドットつぶしとでも言ったらよいのか…モノクロの点ひとつひとつを上手にON・OFFの上でコントロールしなければならない根気のいる作業を含んでいた。いわば「TypeDesigner」もその延長線上にあったわけだが、類を見ない彼の才能を間近に感じることが出来たその感動がいまだに私をして「TypeDesigner」のタイプフェースに惹きつけられているのである。

ラテ飼育格闘日記(281)

あれだけ楽しませてくれた桜も葉桜となり、多くは散りつつある。反面桜が植えられている路はまるでレッドカーペットならぬピンクカーペットとでも言いたくなるような桜の花びらで敷き詰められていてこれまた美しい。その美しい桜通りをラテのリードを引きつつ、美容室へ連れて行ったのだが、いやはや抵抗すること…。


ラテを美容室へ連れて行くのは約3ヶ月ぶりとなる。犬種によるようだが、ラテの体毛は特にお尻周りと四つ足、そして肉球に至るまで毛が伸び見るからに邪魔そうになる。特にお尻周りは毛が伸びるとウンチをする際に問題が起きやすくなるし、肉球の間の毛が伸びるとフローリングを歩く際に滑る(笑)。
無論ワンコのメンテナンスは体毛のカットやトリミングだけではない。シャンプーはもとよりだが爪切り、肛門腺絞り、歯磨きそして耳掃除にも気を遣わなければならないが、毎回お願いしている美容室はこれらがセットになっている…。
とはいえ費用も馬鹿にならず毎月というわけにもいかないが、問題はラテが病院と美容室が嫌いということだ。

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※路面は散った桜の花びらで敷き詰められ、まるでピンクカーペット状態だ


病院が嫌いなのはよくわかる。少なからず痛いことをされるからだが、美容室が嫌いな理由はオトーサンたちにもよく分からないのである。
想像するにそもそもラテはシャンプーを含めて水に濡れることが嫌いだ。だからかも知れないが、ラテがどのような扱いを受けているのか、見ていたことはないので不明なものの、そうそう手荒なことはしないと思っているオトーサンなのだが、馴染みのない人に身体を触られることが嫌なのかも知れない。
なにしろ美容室の店内に入るには毎回オトーサンが抱っこして入る(笑)。ラテが店の前で怖がり、オトーサンに抱きついてくるからだ。19kgほどにもなる中型犬のワンコを抱きしめながらの入店はいかがなものかと思うが、可哀想にラテはオトーサンの胸に抱かれながら震えているのだ…。

そんなわけだから、自宅から歩いて30分ほど先にある美容室に連れて行くのはなかなか難しいのである。とにかく自宅を出てから近隣の駅まではラテが好きなカフェがあるのでよく通る道なのだが、美容室に連れて行く時間帯はいつもの散歩の時間帯ではないことをラテは敏感に感じ取る。したがって自宅を出てしばらくするとこの娘の頭の中は「カフェか? 美容室あるいは病院?」というランプが交互に点灯し、平常心を失うらしい。
とにかくどちらかになるかは分からない時点でオヤツを鼻先に差しだしても、ラテは気もそぞろで食べようとしないのである。その姿を見ていると可哀想だが、見栄えばかりでなく健康のためにも2,3ヶ月に1度の美容室は大切だと思うのでオトーサンは心を鬼にしてラテを引き出す。

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※どうです...一段とベッピンになったでしょ!


とにかくラテが本気でオトーサンの引くリードに抵抗するとこれはかなり強い力であることは間違いない。幸いオトーサンは老いたとは言えラテが全身で抵抗するその強烈な引きを片手で引き戻すパワーは持っている。しかし問題はその力はリードが繋がっている首輪にかかり、当然のことながら嫌がるラテを引けばラテの首を絞めることになるわけだ。
無論綱引きのような引っ張り合いは極力裂け、リードを「ピシッピシッ!」といった具合に引き、ラテが言うことを聞くうちはよいのだが、駅のコンコースを通り過ぎると向かう先はカフェではなく間違いなく美容室だということが明らかだ。その頃になるとラテの抵抗は本気度を増す…。
とにかく首が絞まり「ゲッ」と言いつつまだ抵抗を続けるのだからオトーサンの方が心配になるものの、まさか数十分の距離を抱っこして歩くわけにはいかない。
ということでリードを強く引かなければならないからとその日はハーネスを付けてお出かけすることにした。

ハーネスならリードを取り付ける場所が首輪ではないから、ラテへの負担はほとんどなくなる。しかしだからそこラテの抵抗はそれこそ本気になってくる…。ともかくオトーサンとしてはミッションを遂行しなければならない。
それからラテの抵抗を別にしても美容室へ行くにはオトーサンにとってもうひとつの難題がある。
それは片道約30分ほどの道のりが平坦でシンプルなものではないということだ。起伏の激しい場所なので階段が、それも長い階段があり、当然のことながらそこを2往復しなければならない。
ラテを預けて一端自宅に戻り、済んだという連絡を受けて引き取りに行くという2回である。

とにかく健康なときでも大変なのに最近は足の具合が最悪だからして階段でラテに強く引かれたらオトーサンも危ないかも知れないと思いながら注意深く、確実に歩幅を進めるがその頃になるとラテの抵抗も本格的になる。
オトーサンが強くリードを引き、ラテの身体が浮き上がったりするとしばらくは諦めて前進するが、またまた「嫌だ!」と道ばたにへたり込み、四つ足を踏ん張って逆方向に向かおうとする…。凄い力だ。

その力とまともに対抗し続けるのも辛いものがあるからして、オトーサンはなだめ・すかし・泣き落とし・お願いをしながらラテを引きずっていく(笑)。
そのうちラテはいきなり道の真ん中でしゃがみ込んだ。緊張の余りの脱糞である…。
それは初めてではないので覚悟はしていたからそんなに慌てはしないものの、人通りがあるので素早く処理したオトーサンだったが冷や汗ものである。

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※美容室からの帰り道にいつものカフェで一休み。ラテは満面の笑顔だ


やっと美容室の看板が見える角まで来たらこれまたいつもの通り、抱っこしろという要求。両前足をオトーサンに預けてくる。怖いのである。そしてオトーサンはラテを抱き上げて抱きしめてやるとその太めの身体は微妙に震えているのである…。
まったくいつもは強気のラテではあるが、オトーサンの胸で震えられては不憫だがそのまま美容室へ入店(笑)。ただし受付のオネーサンにリードを渡すとき、嫌がるが唸ったり攻撃せず大人しく向こうの部屋に入っていく…。その姿を眺め、後ろ髪を引かれるような気持ちでオトーサンは美容室を後にするのであった。
まあ、引き取りにいくと満面の笑顔で飛びついてくるラテなのだが、とにかく連れて行くまでがメチャ大変なのだ。引き取りに行き、勘定を払っている間、ラテは少しでも早く外に出ようとこれまたリードを引く。まったく世話の焼ける娘なのである。

iPadアプリ「熈代勝覧」を開発したハンズメモリーの方々と対談【4】

iPadアプリ「お江戸タイムトラベル 200年前の日本橋 ~絵巻『熈代勝覧』の世界~」を開発したハンズメモリーのメンバー3人の方に開発のきっかけやそのご苦労話、皆さんで一緒に仕事をはじめるきっかけなどなどをお伺いした。今回はその最終回。対談はビジネスコンセプトに関することにまで至った...。                                                                                                     
時 : 2012年3月15日
場所 : 新宿野村ビル49階 土佐料理 祢保希(ねぼけ)
出席 : 山口賢造さん、佐々木圭さん、飛田優介さん
インタビューアー : 松田純一


松田 そうした意味においても電子書籍ってどうなんでしょうかねぇ...。面白いと思われますか?いや、少なくとも現時点の電子書籍ですけど。

佐々木 ともかく、取得するための手段...みたいな。

松田 まあ、カタログとか資料とか...会議の資料などがデジタル化するのは大いに結構ですけど、電子書籍も...有料なら中身だけでなくある種の所有欲をそそるようなものであるといいんですけど...。

山口 ふうむ...

松田 例えばピカソの作品だとしても人知れずにサインがなかったようなものがあるとすれば残念ながら評価...価値が低いですよね。我々は...消費者はやはりブランドというか、誰が作ったのかという事実も重要でそれが価値を高める条件でもあるわけですから...御社のプロダクトもいかにその価値観を出すかでしょうか...。ところで、差し支えなければですが、いま新しいことに取り組まれているんですか?

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※ハンズメモリーの方々。右から山口賢造さん、飛田優介さん、佐々木圭さん


山口 そうですね、いま大体3つぐらい新しいことをやってまして、で...まずそろそろ申請して出すアプリが...やはりiPadアプリなんですけど、今度は幼児というか親子で楽しむようなアプリケーションという形で...

佐々木 幼児というか...子供...

山口 子供...小学生低学年から中学年...かな。

松田 失礼ですけど、その新しい3つのアプリは「お江戸トラベル」でのアリギリスさんのようにクライアントさんがいらっしゃるんですか、それとも御社独自にお考えになったコンテンツなんですか?

山口 クライアントがいらっしゃいます。

松田 なるほど、なるほど。

山口 そこの会社さんと、作らせていただいたものがそろそろ申請...と。で、それは「お江戸トラベル」も結構...英語版を出そうと考えているんですが、次回のアプリは5カ国語に対応してますので...

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※iPad用「お江戸タイムトラベル 200年前の日本橋 ~絵巻『熈代勝覧』の世界~」起動直後の画面


松田 ほほう...

山口 日本だけでなく...

松田 ふ〜む。「お江戸トラベル」も海外のユーザーで好きな方もいらっしゃるでしょうからねぇ。

山口 そこを期待しているところなんです...

松田 なるほど...。そう、お仕事ですからえり好みばっかしはできないでしょうが、どんな方向...というかどんなお仕事をやって行きたいと思っているんですか?

山口 そうですねぇ...。やっぱり、道具っていう形で、そのソフトのことは...考え方の中心なんですが、まあ現在はApp Storeに出すことだけが目的といったことがあるんです...。ただしフランスのメーカーにあるような体重計とiPhoneが連動するというような...ああいうプロダクトとの連動の形があると思うんですけど、あそこら辺に...ちょっと、僕たちとすればやりたいことがあるんだなあと...考えているんですが...

松田 ハードウェアとの連携ですね。

山口 そうですね。まあ、僕のお袋なんかもそうですけど、Macをあれだけ勧めたのに振り向かなかった人が田舎に帰ったときにiPadを自分で...こうやってブロック崩しやっててビックリしたんですね。やっぱりお袋にとってはこういうのは全然抵抗がないんだな...って、で...あれぐらい結構皆パラダイムシフトが起きてて、もっと一般の生活の中にこういうものが入っていくんだろうなあと。なんかそうした生活の中で使われる場面を考えたソフトウェアというのは僕たちの中で一番やりたいことなんだなあと...考えているんです。

佐々木 なんかWii(ウィー)にはまってるとか...

山口 ああ、ウィーフィットとか...体重計のやつとか...

松田 はいはい。

山口 ああいう...お袋は抵抗なくああいうことやってるんですけど、あれに近いようなことがゆくゆくこういうiPhoneとかiPadがペースになったことで出来る可能性がかなり皆考えているんじゃあないかなと。例えば企業とお仕事するときもですね、基本は...僕たちやらないことを決めてまして、それは例えば企業用の社内ツールといった...ああいうのはもう...お仕事は全部お断りしているんです。

松田 ほう...

山口 それはやっぱり、皆が一般的に使うコンシューマーに対して提供するソフトを作りたいと思うわけでして...

松田 なるほど。

山口 一部の...社内の人たちだけに使われるものを考えるよりは、もっと皆に使われるようなものを考えた方が...結局企業にとっても便利だろうという考え...思っているし...かつ、この人数でやってますから企業向けの案件をひとつやってしまうと...もう...

佐々木 それで1年付きっきり...といったことになりかねないんで...。もっとスピードを速めたいなあと...

山口 そうそう...。案件的にはiPadが出てから結構入ってくるんですね。社内ツールとしてこういうの作りたいんだけど...といった感じで。非常にありがたいお話しなんですけど、ただしまあ...人数もそうなんですけど、先々見ていくとメンテナンスだけに走る方向に行くんではないかなあと...考えてしまうと、それよりはコンシューマー向けだと...

佐々木 ユーザーのフィードバックも、コンシューマ向けだと結構厳しいこともあるんですけど、その分デザインとか...その...プロダクトのスキルという意味でも鍛えられていくんじゃあないかなと...

松田 これは素朴な質問なんですけど、App Store...App Storeに出されるときにはクライアントの名でリリースされるわけですよね。例えば今回の場合はアリギリスさんだと...。ご苦労されて開発したハンズメモリーさんの名は直接出ないわけですけど御社の名はどうアピールされていくのですか?

山口 ああ...

松田 一般ユーザーは「熈代勝覧」ってのはアリギリスさんの開発だと思うわけでしょう...

山口 ええ。

松田 まあ、たぶんこうしてオープンなお話しをいただいているんだからご契約上御社の名前は伏せなくてはならないということではないのでしょうが、アピール面でもったいないようにも思うんですが...。

山口 私達としてもそこはアピールしたいですが、で...実際クレジットの中には私達の名前が入っているわけで契約の時にそうしたお話しをしていますし、まあ恥ずかしながらちょっと、紺屋の白袴状態でいまのウェブページが完全にはできていないので、本当はあそこにプロダクトというのがあって...アリギリスさんの「お江戸タイムトラベル」は僕たちが開発したと...ちょっとそこが遅れてるんです(苦笑)。で、そこはどんどんアピールしていきたいなあと...。
よく下請けを...受託を面白くないと考える方もいらっしゃいますけど僕たちはそこは全然違ってですね、受託であっても僕たちの提案をはっきりさせて、かつ僕たちの名前を出していこうと。で、やることにおいては色々な業種の方とお仕事が出来るので勉強することが多いし、かつ大きい企業であってもターゲットがコンシューマ...一般であればいろいろな会社さんとお仕事しようと...

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※「お江戸タイムトラベル 200年前の日本橋 ~絵巻『熈代勝覧』の世界~」のクレジットページ


松田 なるほどね。

佐々木 そうですね、あと...作った物を通して直接使っている人と会話できるようなプロダクトを作ろうというのを...一応ルールとしているんです。

山口 そう...先ほど松田さんが言われたように進化していくプロダクトというのは僕たちも同じなんですね。基本的に...大げさかも知れませんがユーザーと僕たちの間で信頼関係が構築されていくような、やっぱり手法というかやり方を本願としておきたいな...と。まあ、いろいろな方法があると思いますけど、そこをプロダクト毎にどういう風にやっていくか...

松田 やはり私らの時とは時代が違いますが、代表者として当時一番苦心したことは...無論仕事を取ることですよね(笑)。で、仕事をいただくためには会社の名前を含めて「ここにこういう会社があります」という告知をしなくてはいけない...知っていただかなければ始まらない。しかし当時はインターネットもなかったし予算を膨大にかければともかくその手法がなかなかないわけですよ...。

山口 はい。

松田 で、どこの馬の骨か分からないような連中に、その数百万...数千万といった仕事をボンとくれる上場企業がどれだけいるか...と 危惧しましたが...。しかし逆に利用されて終わりと思われるような仕事は沢山来るんですよ。まったく見聞きしたことのないところからの話で...それは今の言い方だとブラック企業ですかね。

山口 ふ〜む。

松田 そういう相手を選別...より分けるのも私の仕事でしたが、面白いもので決してお金をかけたり実力以上の企業に見せようとしたことは一度もないんですけど、少人数でやって...非常に...その存在価値を認めてもらうのはやり方次第だと思いましたね。大風呂敷で法螺を吹いたわけでは決してありませんが、良い意味でイメージが先行していくれたんでしょうか、行く先々で少なくともコーシングラフィックシステムズは5,6十人の規模だと思ってくださる方が多かったですね。
まあ、景気がよい時代でもあったからExpo/Tokyoなどには無理をして可能な限り良い展示を心がけましたけど、やはりお客様にこの会社が作ったものは他社のものとはちょっと違うんだぞ...と。それがブランド力になっていくんですね。
ですからハンズメモリーさんも良いお仕事を...えり好みしてですね(笑)。とはいえ良いお仕事の話が来るというのが重要なことではありますし作ったものは売れないと...。したがって微力ではありますが、この対談もきちんとアピールしましょう。そしてアピールしたから終わりというのではなく...そう例えば「お江戸タイムトラベル」も半年たったらまた別なアピールを考えるというか、勿論バージョンアップの機会を使ってできたらもっといいかも知れませんね。

山口 はい。

松田 そして長くよいお仕事をしていただきたいと思いますが、まあピークを継続することは難しいですけどね。

山口 .....

松田 会社だけではないんですけど、自分たちのピークをリアルタイムに見極めるのは難しいですね。過ぎ去った後から振り返れば「ああ、あの時がピークだった」と分かるんですけどね(笑)。そのピークで辞めておけばよかったと(爆)。

一同 (笑)

松田 皆様方には釈迦に説法でしょうけど、例えピークを長く保つことができたとしても僭越ですが10年もの長きにわたり、やっていることやポリシーを変えないというのは危険だと反省していますけどね...。同じ組織でやっていたとしても意図的に新しいこと、新しい方向に転換する...意図的に変えることが大切のように思いますね。

山口 なるほど。

松田 例えば現在のiPadに対する思い入れのまま...7インチのiPadに向かおうとすると...

一同 (爆笑)

松田 冗談はともかく、時代の変化は本当に早いですからね。やはりソフトウェアというプロダクトも時代を反映したものでなければ売れようもないでしょうしねぇ...。それを読むのは容易いことではありませんが、同時に技術担当の方は常に新しいことを会得していかなければなりませんしね。

山口 ほんとですね...

松田 ところでやはりホームポジションというか事務所的なものはお作りになりたいですか。

山口 そうですね。一応...やっぱりカフェに行ったりして話し合いをするんですが、まあなんだかんだといってもひとつの場所があった方が...そこに定時にいくとか...ではなく別の形でも場所というのを考えたいなあと...思ってます。

松田 コミュニケーションは基本中の基本ですからねぇ。

山口 そうですよねぇ...。結構これまでにも一緒にやってきた人たちもそうですけど...

佐々木 かなり短い経験ですけど(笑)。

山口 やっぱり、どちらかというとプログラマの方はそういうの(コミュニケーション)嫌いな方が多い...。話し合ったりするのが...。で、そのコンセンサスを取るのにとても時間がかかったり...どうしてこんなに話し合いがむずかしいのかと言うぐらいに...非常に理解して貰えなかったですね。そして自分が興味を持てることだと「やるよ」というけど、興味がなくなると...

佐々木 もうパッと...(笑)

山口 そういう意味では飛田さんは神さまみたいな存在だと(笑)

佐々木 (笑)

松田 そういえば...今回の iPadアプリ「熈代勝覧」は...堅い話ですが...売り上げの目標値というのがあるんですか? 実数値はオフレコで結構ですけど(笑)。

山口 ...一応思っていたとおりの数字が...

松田 そうですか、それはそれは...

山口 お陰様で。今回非常に面白かったのは...松田さんに書いていただいことは大変ありがたかったですが...

松田 いえいえ...

山口 あと、APPLE LINKAGEさん...と松田さんとこだけが取り上げてくれたんですね...。で、他の有名なレビューサイトというのはまったく取り上げてくれなかったんですよ。で、面白いことにリリースした時には結構30位くらいまでパア〜っと上がって調子いいなあと思いましたが、やはりコンテンツものなんで落ちるのも早かったと。そして松田さんに取り上げていただいてからまたバアっと...。そして取り上げていただいた翌日に「ニュースリリースと注目作品」としてApp Storeに置いていただけたので...10番くらいまでにズ〜っと上がりまして、やっばりiTunesを皆見てるんだなということが良く分かりました。

松田 そうですか。ある意味で先のお話しの通り、連続でピークが作れたということなんでしょうか...。

山口 そうですね。そこが一番、まずは助かったということですね。やはりiTunesのランキングはかなり影響すると...

松田 私のサイトも、たまたまアクセス内容を分析してみるとiOSからのアクセスがすでに上位3番目ほどになっているんですね。

山口 ほお...凄い。

松田 余談ですけど、私のサイトで...いまだとアクセス数が多くなるのはSiriの話題と...スティーブ・ジョブズに関しての話題ですね(笑)。

山口 (笑)

松田 私もアップルジャパンにはデベロッパーとしてお世話になりましたが反面、ひどい会社だなあと思う数々のトラブルにも遭遇しました。山口さんは一時期アップルジャパンにいらしたとのことですから、言いにくいですが...(笑)。
いろいろとビジネス面では苦労もしましたが、まだまだ問題点はあるにしろユーザー直結の...ある意味では...無論了承された後だとしても一応App Storeで公に評価されるというのは良い時代になったということなんでしょうね。

一同 ええ...。

松田 ...今回はこんなところでお開きにしましょうか。また機会があったら宜しくお願いします。これからも応援しています。ありがとうございました。

山口、佐々木、飛田 ありがとうございました。

[完]

お江戸タイムトラベル 200年前の日本橋 ~絵巻『熈代勝覧』の世界~ - Arigillis Inc.

ラテ飼育格闘日記(280)

満開の桜の下をオトーサンはワクワクしながらラテと散歩を続けている。この時期が1年で一番良い季節なのだろうが、無論我が娘は文字通りの花より団子の方だから、もっぱら地面をクンクンしながら歩いている。上を見ながらのオトーサンと下を見ているラテが時々ふと、アイコンタクトし合うのがこれまた楽しいのだが…。



オトーサンの住んでいる周りには公園も多いし、必然的に木々が多々植えられている。まことにワンコを散歩させるにはこれ以上の環境はないのではないか…と思うほどだが、春には桜、そして秋には紅葉とビジュアル的にも美しい時期が多く、これではわざわざ桜を眺めるために遠出する必要などまったく感じない。
とはいえ「桜通り」という名にふさわしく満開の桜の木々が続く景色は美しいものの、そこは我々が住む世界でもあるからしてこれまた沢山の電線やケーブル、電信柱に景観は損なわれてしまうのが残念だ…。

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※今週は近隣の桜が満開だった


その桜の花が咲き乱れる中、ラテとの散歩は実に楽しいが、そのラテも実によく歩きたがる…。それもオトーサンが嫌がる方向に行きたがるだけでなく、坂道や階段が何故か好きなのだ。
散歩の途中にある…オトーサン曰く「ダミー階段」の側を通るとラテは何故か顔をパッと明るくして登りたがる…。なぜ「ダミー」なのかは、その階段…本来は中学校のグランドに続くかなり高い階段なのだが、現在は使われていないために上がったところで鉄柵が閉まっていてそれ以上は進めず、後はまた下りるしかないという階段だからである。

オトーサンもラテが喜ぶならと体調が良いとき一緒に登ったことに味をしめたのか、ある時など2回も上下しやがった(笑)。
ただし最近のオトーサンは足の具合が良くないので無駄な階段など登りたくはないのだが、その前を通ると「ねぇねぇ、オトーサン…一緒に登ろうってばあ…」とでもいうように魅力的な視線を送ってくるラテに負け「1回だけだぞ」と言いつつ、オトーサンはラテと共にその石段を登るのだが、あるときオトーサンも要領がいいことを思いつき、ラテが嬉しそうに登る際に巻き取り式のリードを伸ばしてラテだけ登らせようとした…。

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※ダミー階段の途中でオトーサンとツーショット


しかし我が娘は親思いなのか、親不孝なのかは分からないが、途中で自分だけで登っていることに気がつき、そこで止まってオトーサンが登って行くのを待っているのだ(笑)。
オトーサンもしばらくそのまま待てばラテは諦めて下りてくるかと考えたが、ずっと途中で座り込んだまま動かない…。オトーサンの作戦負けである。
まさか、階段の下から伸ばしたリードを強く引いたりすればラテは最悪落ちてしまうかも知れない。オトーサンは仕方なく長い階段をゆっくりと登り詰めるとラテは「やったね!」といった顔つきで迎えてくれた…。

ラテの我が儘は予測が付かないだけに問題だ。ある日の朝など、いつもはクンクンやりながらも通り過ぎるだけの駅上コンコースをどうしたわけか10数メートル進んでは後戻りしてしまう。それでは戻った方向から帰りたいのかとオトーサンがそちらに進もうとするとラテは意を決したかのように来た方向にへと反転する。
「はいはい、何か友達の臭いでも付いているのか?」とオトーサンもラテの向かう方向に踵を返す。
朝の駅回りはまだ時間が少し早いとは言え通勤の人たちが増え始める時間であり、ラテのリードを短く保持して人の流れと逆方向に進むがまたまた10数メートル進んだところでくるりと反転していま来た道を戻り始める…。

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※桜の花が一輪、歩いているラテの背中に落ちた...


別に通勤があるわけでもないオトーサンは10分や20分、帰りが遅くなっても一向にかまわないし、この桜の季節だからして桜のアーチの下を通りながら写真を撮ったりもする。ラテがいつもと違う方向に行きたいとリードを引けば、それが帰宅方向と真逆だったり、戻る道筋がかなりの遠回りになるのでなければできるだけ一緒に行ってやりたいと思っているが、同じ場所の行ったり来たりは面白くないだけでなくオトーサン的にはイライラする(笑)。
そして折り返すそのとき、いかにもオトーサンの顔色を覗き込むようにアイコンタクトする我が娘はオトーサンがイライラするのを分かってやっているようにも思えてくる。

ともかくきちんと統計を取ったわけではないので不確かではあるが、同じ散歩でも友達ワンコと身体をぶつけ合って走り回ったり、長い距離を歩いたり、階段を多く上り下りした日はラテだって心地よい疲れを感じるのだろう…。夜はよく眠り、足を噛んで血を滲ませるようなことも心持ち少なくなるように思われる。
足や肉球を噛む原因がアレルギーそのものなのか、あるいはストレスなのか、はてまたすでに癖になってしまったのかは分からないが、やはりよく動いた後はそうした不都合が少ないように思えるのでオトーサンとしてもついつい無理をしてしまうのである。

勿論、オトーサンにも体力的な問題だけでなく都合もある。宅配便がくる予定だったり電話で連絡をする約束があったりする日は予定通りに戻らなければならない。そんな日は仕方なく、ラテの意向を無視してリードを強く引き「ダメ!」を連発しながら引きずるように帰宅せざるを得ないが、そんなときに限って我が娘は足を囓ってしまう…。
そのラテも後2ヶ月ほどで…この6月10日で満6歳の誕生日を迎えることになる。
つきなみだが、その長いようで短い年月を振り返ればラテは間違いなく成長し、サイズだけでなく顔つきも変わったしオトーサンたちへの接し方も随分と小利口になった(笑)。
そういうば、この間のことだが、女房が夕食後にふとキッチンを離れたそのスキに、ラテは片付ける前だった女房の夕飯の残りを平らげてしまったのである…。

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※今年の6月に6歳になるラテだが、益々小利口というか悪知恵が働くようになった(笑)


「キャ〜!」「ダメダメ!」といった声が階下から聞こえたオトーサンは何事かと階段を駆け下りた。見れば床にはチャーハンの米粒やらが散乱しているではないか。
なにがあったかは明白だが、事はすでに終わってしまったようでラテは舌なめずりをしながらケロリとしているものの女房は取り乱して泣き顔だ…。
ラテが我が家に来てからこの方、食卓にある我々の食べ物を盗み食いしたのは実はこれが初めてなのである。
食卓の端に、ラテに食べさせようとしてこれ見よがしに置いたものには鼻面で突き、手を出すこともあるが、オトーサンたちの食べ物を狙ったことはこれまでなかったから女房も油断したに違いない。
幸い食後のことで残っていたのは僅かな量だったに違いないから、ワンコにとって食べてはいけないものやアレルギーの原因になるかも知れないものがあっても大きな問題はないだろうと判断したし、事実お腹を壊すこともなかったが、相手はワンコであり言い聞かせを100%守る相手ではないことはあらためて肝に命じなければならない。
なにしろ我が娘は日増しに小利口になっているのだから…(笑)。

iPadアプリ「熈代勝覧」を開発したハンズメモリーの方々と対談【3】

iPadアプリ「お江戸タイムトラベル 200年前の日本橋 ~絵巻『熈代勝覧』の世界~」を開発したハンズメモリーのメンバー3人の方に開発のきっかけやそのご苦労話、皆さんで一緒に仕事をはじめるきっかけなどなどをお伺いした。今回はその第3回目、対談は佳境に入る。                                                                                                                    時 : 2012年3月15日
場所 : 新宿野村ビル49階 土佐料理 祢保希(ねぼけ)
出席 : 山口賢造さん、佐々木圭さん、飛田優介さん
インタビューアー : 松田純一


松田 今後はiOSも...今回リリースされたSiriの日本語版であるとか、iSightカメラも良くなって...これでページをめくるといったアイデアも登場しましたね。ですからいわゆるインターフェースも手法が変わってくると思いますけど、それらに伴い「熈代勝覧」ですけど、Mac版も作るというのは考えられないですか?

山口 なるほど...iPhoneは考えましたが、Mac版は...言われてみればそうだよねぇ。

佐々木 画面が大きいし。

松田 何だか時代に逆行するんですけど、私自身は古いタイプのユーザーなのかパソコンが好きなんですね。勿論iPadの魅力や利点を否定するわけではまったくないんですけど、やはり指一本でアクセスできるものは良いとしても何かを効率的に生み出すのはやはりパソコンの方がまだまだ有利だと...。PhotoshopのiPad版も出来ましたけどあれを使う気にはならない...(笑)。

一同 (笑)。

松田 次のMountain LionからMac OS Xも”Mac”の名称が取れるようですから、より統合して例えばSiriもMacでこそ使いたいし機能を載せて欲しいと思うんですよ。

山口 うんうん...

松田 そうすればもう少し強力な使い方もできるでしょうし膨大な調べ物がSpotlight以上に楽しく効率的に...ナレッジナビゲータではないですけど...できるかも知れませんよね。

山口 はい。

松田 そうすれば「熈代勝覧」だけでなく国宝級の美術品なども効率よく検索して閲覧できるようになると思うし、であればまだまだパソコン...Macの存在価値もあるように思うんですけどね。ただプログラマとして難しいのは、もしMac版の「熈代勝覧」はiPad版をそのまま移植しました...では売れないでしょうから...。

佐々木 そうですね、そこが難しいとこですね。

松田 ですから価格なども含めてゼロから考える必要があるんでしょうね...。そう、今回のiPad版は実装が2ヶ月くらいでできたようですね。

山口 だいたい実装期間はそのくらいです。

松田 それは大したものですね。

山口 飛田君が結構...パワーを上げて...

佐々木 僕も結構無茶いうんですね(笑)。前の会社もその前にいた会社でも皆から「ひどいこと言うね」と...(笑)

一同  (大笑)

山口 でもあの...やっぱりメモリのね、管理の完璧さには俺結構驚いたよ。パフォーマンスがよくて落ちないっていう実装はやはり飛田さんならではだと...

佐々木 初期の頃のプロトタイプとはまったく違う感じなんです...。そこからどんどんブラッシュアップしていって...

山口 そうそう。

松田 私も様々なプログラマー...と仕事をしていたわけですけど、笑ったことは...考えて考えてひとつのプログラムを作る訳じゃあないですか...。そうするとまあ...今の若いプログラマの方たちは物事をよく理解されていますが、古いタイプのプログラマの中には「俺が...自分が作った」と主張するタイプが多いんですよ。

山口 なるほど。

松田 そりゃあ、確かにコーディングしたのは当人ですが、そのう...仕様を決めインターフェースを考え、バグの検証をし、ましてやサンプルデータやパッケージ、マニュアル作りにいたって初めてひとつのプロダクトとなるわけで、様々な人たちの手が加わっているはずなんですね。ですからそうした自己主張...私は大嫌いなんですが...逆に羨ましいのは仕事を重ねるごとにプログラマ自身にノウハウは蓄積していくけど企業にはソースコードという形だけのものしか残らないんですね。ですから例えばいくら私が社長ですと言っても技術的な蓄積といった充実感は得られないんですよ。まあ他人の書いたソースコードを見るのも面白いものではないしね...

一同 (笑)。

松田 プログラマ当人はソースコードとは別次元で、ひとつひとつ技術的な壁を乗り越えていくごとに知識と能力がパワーアップしていくわけですよ。それは羨ましいですよ(笑)。どうですか、飛田さん?

一同 (笑)。

飛田 ああ、最終的に手を下せるというところは...勿論...面白いんですけど。

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※ハンズメモリーの飛田優介さん(右)とインタビューアーの松田純一


松田 そうでしょうね。

山口 松田さんのおっしゃる、プログラマが「俺がやった...」というのは僕は逆にね...今の方が酷くなってると...(笑)。これは結構皆で話すことなんですけど、実はこのメンバーに至るまでには何回かエンジニアの方と...いろいろとメンバーがいたんですね。

松田 ええ...

山口 で、そういうところが強いんですね。で、結局気に入らないともう「プイッ」という感じの...そういう感じは意外に今の方が多いんではないかなと...

松田 こういうと語弊があるかも知れませんが、我々の時代およびそれ以前のプログラマはいわゆる職業プログラマーという意識はもともと薄かったように思うんですよ。無論人によりますけど。プログラマーという職業を目指して系統立てて勉強...訓練したというより、気がついたら他の仕事よりプログラムが性に合っていた...といった具合ですか...。
そもそも...子供たちに「将来どんな仕事をやりたい?」と聞いたとして、「僕は消防士、サッカー選手、私はお花屋さん...」などなど可愛い答えが多々あるでしょうが「僕、プログラマー!」というのはないでしょう(笑)。

山口 いないねぇ。

松田 そうした意味ではプログラマーという職業はまだまだ認知されていない仕事の類かも知れませんし魅力を感じられない仕事のうちだったかもしれませんよね...これまでは。ですから私らの知っているプログラマの中にはサラリーマンをやったことがない人も結構いましたね。勿論サラリーマンが偉いわけでもありませんが(笑)、よい意味で組織の中でルールに従って...様々な人とコラボしていくというか...働くことになれていないというか、嫌いなタイプも多くて...

山口 ああ...分かります。

松田 そう、ご存じのApple創立者の一人だったスティーブ・ウォズニアックがいますよね。で、世間ではAppleの中で常に悪役はジョブズでウォズは善人だと...。

山口 ははははは...

松田 ジョブズは山分けの金はちょろまかすは、功績だけは自分のものとするし...反対にウォズは常に良い人だと。

山口 うふふふ...

松田 ストックオプションを貰えない社員たちにウォズプランでしたか、株を配ったりね...。しかしそのウォズを企業の枠組みの中で働かせようとした当時の人たち...マイク・マークラやジョブズも含めてですが、めちゃ大変だったようですね。

山口 はあ...

松田 とにかく気に入らないと働かない。もともと彼はそれまでの勤めを辞めてまでAppleという会社を設立するのには反対していたわけです...。確かにウォズは天才ですが、一般企業の中でやるべき事とその納期が決まってそれまでに...となるとウォズのようなスタッフは能力の問題以前に当てにならずダメなんですね。ま、天才とはそうしたものなんでしょうが...。そうした意味で現在はプログラマーという職業も良い意味で一皮むけて...世間からも理解されているように思えますけど。
で、どうですか...ご自分たちのお仕事ですから難しいでしょうが、出来としては...考えていたとおりに開発できたわけですか。もっとああしたかった、こうしたかったという事もおありなんでしょうか(笑)。

佐々木 はい...。

松田 クライアントさんと意見が合わなかったとか。

佐々木 それはですね、幸いに今回はなかったです。

松田 時間的な制約とか...

佐々木 (やはり)時間的な制約ですね。あと、実際にリリースして...あのリリースしてから気づいたこともありまして...

松田 はい。

佐々木 もっと、こうしたら巻物が楽しくなるよ...とか...

松田 それは...またバージョンアップの楽しみになるかも知れませんね(笑)。ただしこのクラスのiOSアプリのバージョンアップってなかなかお金とれないでしょ?

山口 そうなんですよ。そこがすごく大変ですよね。

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※「お江戸タイムトラベル 200年前の日本橋 ~絵巻『熈代勝覧』の世界~」の「ちょこっと図鑑」表示例


松田 私は「熈代勝覧」を知人に見せたときに冗談で言ったんですけど、無料版はあちらこちらを虫食い状態にして...(笑)。

一同 (笑)。

松田 肝心なところを...

山口 なるほどね(笑)。有料版はちゃあんと見えると...

松田 ちゃんと見える。ただ「熈代勝覧」...巻物を歴史物と捉えるとすると、ユーザーの範囲を狭めてしまうことになりませんか?

山口 そうですね。宿命といったことがそこにありますね。今回も歴史物ということでかなり、え〜まあ、クライアントのアリギリスさん曰く、「熈代勝覧」は年齢が高めの人たちに買っていただけるんじゃないか...という意見があったんですけど、そこをできるだけ若い人たちを含めて見てもらえるようなティストにしたいなあというのはあったんですけど。まあなかなかそこは、プロモーションも含めて難しいなあという気がしますね。

松田 映画...というよりTVドラマがそうですけど話題の新番組などはホームページを充実させているように思えますね。

山口 なるほど...

松田 どうしてかというと、例えばお江戸タイムトラベルの「熈代勝覧」をリリースしました...。それで終わりじゃなくて、そこと何か...もうひとつ深いところというか広がりというか...

佐々木 そうですね...

松田 連携させていかないと製品が売れ続けてくれないと...ね。

山口 いま、だからFacebookページが...あの...アリギリスさんがお江戸的なネタを不定期ではあるんですが提供してくれますので、そこでの拡散を狙ってはいるんですけども。まあ、まだちょっと末広がりにはなっていないですが...

佐々木 おっしゃるとおり、あの...ドラマでも映画でも今はウェブサイトとコンテンツと連動して新しい何か、ウェブサイトを見て初めて分かるところとか、多いですね。

松田 そうすると、ウェブサイトにユーザーの書き込みが増えたり...私の好きだったTBSでしたか、TVドラマの「JIN 仁」では時代考証家の方が当時の豆知識的なコンテンツを提供したりしてそれで視聴者は随分と楽しみ、喜んでいましたね。
それから言うのは簡単なんですけど...実現はなかなか難しいですけど、ああいう「お江戸トラベル」といった巻物...コンテンツを見せる手法ですが、それが時間と共に成長していくような、変化していくようなね...工夫...

佐々木 ああ...

松田 そういったアイディアはないかなあと...。

山口 うんうん。

松田 要するに、当然のことですがソフトウェアをダウンロードし購入する。それを見ました。で、2日3日使いました。まあ普通の方ならそれまででしょう...。

山口 ああ。

松田 日本橋まで見てしまって...行ってしまって(笑)、説明という説明、解説という解説を全部チェックして...

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※絵巻「熈代勝覧」の最後はこの日本橋のシーン


佐々木 はい(笑)。

松田 なるほど、ここまでか...ということですよね。その後、家族や友人たちに「こういうのがあるぞ」と見せることはあっても、自分自身のために繰り返し見て楽しむということは書籍の再読と違って消費されてしまう度合いが高いと思うんですね。

山口 なるほど。

松田 特に、これまではなかなか出来得なかったことなんですが、iOSのアプリケーションはですね、上手な言い方を思いつきませんが...成長していく、常に同じでない。コンテンツとして再度見るときには前回とどこか違うというか、新しい発見を促すアイデアというものが欲しいと思っているんですよ。そうであればユーザーの手元であっという間に消費され忘れ去られるということは免れるかも知れないな...と。

山口 はい。

松田 昔、我々も...例えばテキストエディターを開発するとき、それは無料で配布しそれで使うデジタルペーパーを100枚いくら...で売ろうかと(笑)。デジタルペーパーを使い切ったらアプリは使えないわけですから消耗品を買っていただけるのではないかといった意地悪なこともアイデアとして考えたんですが...。まあ開発側としても大変な努力ですし、850円程度ではやってられませんかね(笑)。

一同 (笑)。

松田 ともかく、でないと...アプリケーションという概念そのものが Cloudなどの台頭を含めて薄くなっていくんではないかと危惧してるんです。アプリ好きの一人として。やはり...所詮、こうしてテーブルの上にあって手で触って握れる「物」の強さというか...デジタルはデジタルの魅力や利点は勿論あるわけですが、どこか儚さを感じてしまうんですね。

山口 うんうん...

[最終回に続く]

お江戸タイムトラベル 200年前の日本橋 ~絵巻『熈代勝覧』の世界~ - Arigillis Inc.

シャーロッキアン垂涎「コナン・ドイル書簡集」を購入

「コナン・ドイル書簡集」はあのシャーロック・ホームズを生んだコナン・ドイルの本邦初公開になる膨大な手紙と当時を物語る貴重な写真・図版を駆使してダニエル・スタシャワーをはじめコナン・ドイルの妹の孫であチャールズ・フォーリーらにより編纂され、ドイル創作の背後に潜むこの稀代な作家の深い内省を鮮やかにした書籍である。


シャーロッキアンの一人として楽しみにしていた本年度の日本シャーロック・ホームズ・クラブの会員証が送られてきた。本年度のグラフィックは「美しき自転車乗り」とか「ひとりぼっちの自転車乗り」等と訳された一篇のシドニー・バジェットによる挿絵である。

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※本年度の日本シャーロック・ホームズ・クラブの会員証


さてシャーロッキアンの楽しみと言えば無論、ホームズとワトスンを実在の人物として考え、彼らの残した物語を隅から隅まで調べ、時代的背景や政治情勢までをも検証しながらその活躍を堪能することにつきる…。
しかしそれはそれとして、もうひとつの大きな興味は無論その物語を生み出した本人、アーサー・コナン・ドイルその人の生涯を研究し、その人生がホームズ物語にどのように反映されているのかを知ることでもある。

だからこそ聖典ともいわれるホームズ物語は勿論だが、例えばストーリーはフィクションとは言えドイルの医学の師であったベル博士と共に難事件と対決する「コナン・ドイルの事件簿」といったドラマを観るのも楽しいし、2010年に発刊された「コナン・ドイル伝」という伝記も隅から隅まで読むはめになる…。

その「コナン・ドイル伝」もかなり厚い本だが、それを書いたのが作家でベイカー・ストリート・イレギュラーズ会員でもあるダニエル・スタシャワーであり、日本語訳が日暮雅通氏であった。そして今回ご紹介する「コナン・ドイル書簡集」もそれらのコンビで世に出されたものだ。とはいえ「コナン・ドイル書簡集」は「コナン・ドイル伝」よりさらに分厚い本であり、残念ながら簡単に「読了した」と宣言できる一冊ではない…。少しずつ、他の資料と読み合わせながらそして大いに楽しみながらドイルの生涯と彼の考え方といったものを自分なりに掴んでみたいと思っている。

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※「コナン・ドイル書簡集」東洋書林刊


そもそもどのような人間であってもその人を深く突きつめればその人生は一篇の物語となるに違いないが、コナン・ドイルは特に一筋縄では語れない文字通り波瀾万丈の生涯を送った人物である。
その一生はホームズ物をはじめ小説を書くだけに費やされたわけではなかった。ドイルは医師であり、軍医、スポーツマンであり、自動車レースを楽しみ、選挙で敗北し、ナイトの爵を授けられ、犯罪と社会正義に関する運動家であり、従軍記者、戦史家であり、後年はスピリチュアリズム…心霊現象や降霊術に傾倒し世間から嘲笑された...。さらに母を愛する息子であり、生活のために苦労する家長であり、ある時期は2人の妻を等しく愛した夫、そして子を失い悲しむ父親であった。

特にドイルは母親を大いに崇拝しており、八歳で家を出て寄宿学校へ入ってから54年後に母親が亡くなるまで手紙を書き続けた。現在残っているものだけで約千通もあるという。その他、新聞社や仕事関係者にも何百通となく手紙を書いたと言われ、彼ほど豊かで活き活きとした書簡を残した作家は珍しい…。
これまでは遺族が承諾しなかったことから手紙のほとんどは公開できないでいたが、最終的に末っ子が亡くなる前の1997年に合意し、大英博物館に寄贈された。
本書はその他、父親や弟、妹たちや関わりのあった人たちへの手紙を補足して編纂、注釈を付し、書簡で綴った伝記としたものである。

「コナン・ドイル書簡集」は730ページほどの大著であり、容易に目を通すことができる量ではないが、前記した「コナン・ドイル伝」と合わせて一級の資料でありシャーロッキアンのみならず、当時の世相をも知る有益な手立てにもなるであろう。
というわけで一気に読了というわけにはいかないが、毎日少しずつ楽しみながらドイルの手紙と共に彼の人生を追って行こうと考えている。

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コナン・ドイル書簡集

2012年1月31日 第1刷発行

編者:ダニエル・スタシャワー、ジョン・レレンバーグ、チャールズ・フォーリー
訳者:日暮雅通
発行所:株式会社東洋書林
コード:ISBN978-4-88721-796-6 C0098
定価:6,000円(税別)
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Time Machine 用のストレージ「drobo SG」を導入【トラブル篇】

droboに関するアーティクルは約1週間のご無沙汰となったが無論その間何もしていなかったわけではない。数回drobo SGをリセットし、ハードディスクを組み替え、新たにフォーマットしてTime Machine用のストレージとして設定をし直したもののまったく改善しなかった。そして結論を最初に申し上げればAmazonに返品処理を行った…。                                                                                                          
個人的にこれまでAmazonから買い物をした数はもの凄い点数になる…。金額も数百円の文庫本から十数万円のデジタルカメラあるいはコンピュータ周辺機器など様々な買い物をしてきたし、それらの中には正直購入を後悔したものもある。しかしこれまで返品処理を実施したことは一度もなかったが、今回の「drobo SG」に関してはどうにも精神衛生上良くないし納得できなかったため初めての返品となった。

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※「drobo SG」の本体。スペックを気に入って購入したのだが…


本来、個人的には返品処理が済み返金がなされればそれで良いのだが、同じような事を考えている方々もいるに違いないし事実先般【準備篇】をご紹介した責任上、その顛末をお知らせしなければならない…。
さて、製品が届いてから「drobo SG」と同居して気がついたことがある。それはTime Machineへのバックアップ…というよりバックアップ作成中に至るその準備や索引作りに極端に時間がかかることだ。最初のバックアップはともかく、差分の数十メガのバックアップに1時間以上もかかるだけでなくバックアップの失敗がある点も含めて挙動がおかしい。
ただしDrobo Dashboardからのモニターによれば「drobo SG」自体は問題なく動作していることになっている。

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※Drobo Dashboardでは正常に動作しているというメッセージが…


ともかく具体的な対処を考える前に何らかの情報があるかも知れないと国内代理店に電話をかけて聞いてみることにした。
しかしまあ、この種の製品サポートは簡単ではないことは十分理解できるが対応は実に心許ない。状況を説明し何か同類の問題が生じたケースや対処方法の情報があるかを聞いてみたが、別途FW800のケーブルを所持しているならケーブルを交換して見るように…といった事と1度「drobo SG」をリセットしてみるようにというアドバイスしかもらえなかった(笑)。

それでは「drobo SG」を安全にシャットダウンさせようと付属マニュアルの日本語ページを読むが、説明に使われているDrobo Dashboardのバージョンが古いために、現実のGUIと取扱説明書の説明が違っていて分からないこともありイライラする。例えばリセットする際、確認のため入力するように…という指示が出る英単語の文字列を入れても肝心の確認ボタンがONにならない。仕方なく日本代理店のホームページをあれこれと探索したらここは日本語で「消去」と入れるのだという…(笑)。
日本語マニュアルを揃え、正規な代理店をもうけるならもう少し実情に合った正確な情報をユーザーに届ける努力をしなければならないと思う。なにしろ本製品はこの種の知識に詳しくない一般ユーザーが使えるというのが売りなのだから。
ともかく「drobo SG」をリセットし、フォーマットもやり直したがTime Machineのドライブ設定にすると挙動がおかしくなるのは治らない…。

元々Time Machineはかなりデリケートでこれまでにも随分と手こずったことがあるが、今回はこれまで使っていたメインマシンをそのまま使い、単にTime Machineのハードディスク指定を交換しただけなのだが上手くいかない…。
それではと、まずはケーブルを別のものに取り替え、FireWire800のポートも別のポートを使い、さらに定番の対処としてアンチウイルスソフトをOFFにし、Spotlightの検索対象を再吟味して絞り、かつTime Machineのバックアップから大容量のはずの事典・辞書類などを外して多少でも高速化を図ってみる。
結果バックアップは取れたが、次の差分バックアップ時に「準備中…」というメッセージで大変待たされる。
なにしろバックアップできても、前記したように数十MBの差分データのバックアップに1時間以上かかり、次のバックアップの予定時間までに終わらないためタイムアウトとなり、結果2時間毎のバックアップになってしまう(笑)。それはともかくこうした経過だからしてほとんどといって良いほど一日中「drobo SG」はアクセスしっぱなしというのも問題だ…。

当初「drobo SG」の冷却ファンの音がうるさいのではないかと危惧したが、ファンの音は気にならなかったもののアクセス音がまるでヒートポンプかなにかでお湯を沸かしているようなボコボコという音が筐体に響いてかなり五月蠅い。仕方がないので防振ゴムを買って「drobo SG」本体の下に敷いてみたが振動は和らぐもののアクセス音は相変わらずだ。
問題はそのアクセス音の大きさというより、結果ほとんど四六時中「drobo SG」内蔵のハードディスクが動作していることだ。Time Machineのバックアップ時は勿論だが、複数ドライブ上の安全管理やデータのレイアウトの最適化を行っていると思われるがこれが気になって仕方がない。

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※Time Machineへのバックアップが失敗あるいはタイムアウトになるため、結果ドライブはアクセスし続けとなる


ちなみに当初Time Machineとして使えなくても大切なデータを保存しておくストレージとして使えればいいかなあ…との甘い考えを持っていた。したがって数回目のリセット前に検証の意味でバックアップが取れたデータを別ストレージにコピーしてみたが、なんと2時間以上もかかった(笑)。それではと「drobo SG」のボリュームにある当該データをゴミ箱に捨て「ゴミ箱を空にする…」を実行したところこれまた数時間もかかりその間マシンは負荷が高くて使い物にならなかった。
やはりこれはおかしいと代理店へ2度目の電話をかける…。
今度は1度目とはいささか違った対応で、Drobo Dashboardからログフィルをはき出してそれを送って欲しいとのこと。その暗号化されているログファイルを特殊なツールで解析することで「drobo SG」側の問題かどうかが分かるらしい…。であるなら当初からそうした対応をして欲しかった。

ともかく指示があったようにログファイルを取ってメールに添付し代理店に送ったものの、3日経っても「受け取った」とも「しばらくお待ちください」といった知らせもない。
その間も「ああでもない、こうでもない」とシステム側をシームレスにしたり、かつ検証し直したり、またまた「drobo SG」をリセットしたりと付きっきりで色々とやってみたがまるで使い物にならないのである。しまいには次回のバックアップの時間になっても自動的にTime Machineが動作しなくなってしまった…。

実は先般アップしたアーティクル「Time Machine 用のストレージ「drobo SG」を導入【準備篇】」をお読みになった方からメールをいただいたが、その方のトラブル状況も私とまったく同じだっただけでなく、やはりログファイルを送りハードウェアの交換を行ったものの状況は好転しなかったという…。ということは私の手元で起こっている現象は希有なものではないのかも知れない…。
結局検証とやり直しが続く数日間はまともにシステムのバックアップが取れなかったわけで少々不安になった私はこれまたMac側のシステム、すなわちTime Machineそのものが何らかの不調であるのかないのかを試すため「drobo SG」をシャットダウンして取り外し、それまで使っていた内蔵ハードディスクをTime Machineのドライブとして設定し直した。
結果何の問題もなくTime Machineが動作しているわけで、こうなれば確実に「drobo SG」側の問題と考えても良いだろう。

「drobo SG」の売りであるデータの安全性を高めるBeyond RAIDゆえにアクセスが多少遅いというのは頷けるが、手元の状況ではまったく仕事にならないし、ましてやTime Machine用のストレージとして安心して使えないと判断しAmazonからの購入アイテムとしては初めて返品手続きをお願いした次第である。
無論 「drobo」すべてに問題があるとは思っていないが、本来RAIDとかストレージの知識がないユーザーも安心して使える筈の製品がこうしたトラブルに遭遇した場合に重要な情報開示やサポートに不安材料が大きいのは困る。
まことに…期待していただけに残念な顛末となってしまった…。


ラテ飼育格闘日記(279)

生き物を飼うということは素晴らしい体験ができる反面、心配やら苦労やらも背負うことになる。特に病気になったり怪我をしたり、そして特に亡くなったりすればペットロスと一言で済ませられない心に大きな傷手を負うに違いない。最近知ったことだが、以前飼われていたワンコが亡くなった飼い主さんお二人が、新しいワンコを飼われたということを聞き、他人事ではあるがとても嬉しく思った。                                                                                         
おひとりの方はオトーサンが最初にお会いした時期にはコーギー犬を飼われていた。しかし確か2年ほど前だったろうか、胃捻転という急性の病気で愛犬を亡くされた…。その直後にラテと散歩をする際に何度か道ばたでお会いしたが、その度に目に涙を浮かべられ、次のワンコを飼う気になれるのはいつ頃になるか自分でもわからないと落胆されていた。その方が最近同じくコーギー犬の男の子を連れているのを見てお声をかけた。
あくまでそうした公園で行き交うだけではあるが「前のワンコと違ってやんちゃで大変…」といいながらも笑顔が戻られたのでオトーサンも嬉しくなってくる。

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※朝日を受けてオトーサンとラテの長い陰ができる...


また先日の日曜日の朝、いつもの公園にラテを連れて行った折に、これまた少し前に愛犬を亡くされた高齢の女性がお一人でやってきた。ラテも早速近づいてちゃっかりとオヤツをもらっている(笑)。
その女性は娘さんと一緒に生活されているようだが「3ヶ月のマルチーズが来たんですよ」と嬉しそうに言われる。まだ2回目のワクチンが済んでいないので外に連れだせないとのことだが、杖をつきがらもその表情は明るく嬉しそうだった。やはり生活に張りが出るに違いない。

とはいえオトーサンは以前にも書いたが、後何年ラテと生活できるかは不明なもののオトーサンの方が長生きしたとしても体力的に次のワンコは考えられない。したがってラテは文字通りオトーサンたちにとって生涯でたった一匹の縁なのだ…。
そんなことを考えながら強風が吹き、ガタガタとシャッターが音を立てるのを怖がるラテをなだめながら一緒に昼寝をし、ラテの寝顔を眺めていると愛しくてたまらない。
どうしてこんなにマズルが長く鋭い牙を持ったワンコが可愛いのか、オトーサンは自分でもよくわからないのだが(笑)。友人は「それがヤキが回ったということなんだよ」と知ったようなことを言う…(爆)。

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※ソメイヨシノの大木も蕾が膨らみ開花も間近になった...


そういえばこの日、オトーサンは買い物に出た際、久しぶりにラテにプレゼントを買ってきた。
それはふかふかの縫いぐるみだが、遊び用というよりラテの抱き枕に丁度良いと考え、安売りしていたので買い求めたものだ。何故ならラテの寝床は当然のことながらクッション的にはまずまずだがフラットであり、オトーサンたちのように枕はない(笑)。
しかしラテの寝方を見ているとその上に敷いている布やらを自分で丸め込み、少し厚くなった場所に頭を乗せていることが多いのだ。やはり頭を置く部分は適度に高い方が寝やすいのかも知れないと思ったオトーサンだったから枕の代わりになればいいな…と考えたわけだ。

遊び用として買った縫いぐるみならすぐにラテに見せるのだが、それでは必ず振り回して唾液だらけにしてしまうだろうからと2階の寝室にあるラテの寝床に置き、昼過ぎにラテをそこに呼び寄せてみた…。
その反応はなかなかに楽しかった…。そこにあるものが何だかを知ったラテはやはりというか頭から突進し、口でくわえて大きめの縫いぐるみを振り回したがどいうわけかオトーサンの思惑通り、それを左手で巻き込んでまさしく抱きながら頭を乗せて目をつむったではないか!

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※最初は縫いぐるみの感触を味わっていたが(上)気に入ったようで左前足で抱え込んで眠りに入った


その姿は親バカ丸出しだが、まことに可愛い。そのまま小一時間ラテと昼寝をしてしまったが、オトーサンが起き出すとラテは寝返りを打ち、今度は縫いぐるみの頭に自分の顎を乗せてオトーサンの動きを観察している。
どうやらラテはその縫いぐるみを気に入ったようでそのまましばらくじっとしていたが、またまたふかふかの胴体に顔を突っ込んで眠りに入った。

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※目を覚ました後も、こんな感じでオトーサンの動向を観察していた(笑)


ここのところ、夜寝る際にオトーサンはラテの寝床の隣に添い寝のように寝ているのだ。無論それはオトーサンの単純な趣味趣向のためではない。
ラテが寝ながらも四つ足を噛み、出血することが多かったので「ガサガサ」始めるとオトーサンが止めるためだ。ラテの四つ足の状態は残念ながら一長一短に良くは鳴らず相変わらずだが、少なくともここのところは包帯を巻くことも少なくなった。それもこうした努力の賜だと思っている。
無論ラテにとっては迷惑な話だろうし、オトーサンが脇で寝ていることを決して歓迎してわけではあるまい。なぜならオトーサンと顔を合わせないように工夫をしているようにも思える(笑)。
寝始めたときの姿勢は頭がオトーサンと一緒の方向で顔もこちらに向けているとしても、オトーサンと目が合うと必ずといってよいほど寝返りを打って向こうを向いてしまう娘である。
オトーサンが夜中に目を覚ますと、これまたほとんどラテのお尻がオトーサンの顔の前にあるという有様…。やはりラテにとってオトーサンはウザいのだろうが、地震などがあればオトーサンに身体を寄せてくるのだから面白い。

ともあれ、隣でラテが心地よさそうにイビキをかいていたり、時にはうなされて泣いていたりといった様子を眺めているとオトーサンは自然に笑みが浮かんでくるのだ。
その薄紫色の縫いぐるみを抱えて、ラテはいま眠りに入っている。
オトーサンもそろそろパソコンの前から離れて、寝ることにしようか…。

iPadアプリ「熈代勝覧」を開発したハンズメモリーの方々と対談【2】

iPadアプリ「お江戸タイムトラベル 200年前の日本橋 ~絵巻『熈代勝覧』の世界~」を開発したハンズメモリーのメンバー3人の方に開発のきっかけやそのご苦労話、皆さんで一緒に仕事をはじめるきっかけなどなどをお伺いした。今回はその第2回目、お話しは開発の肝心な内容に入っていく。                                                                                                   
時 : 2012年3月15日
場所 : 新宿野村ビル49階 土佐料理 祢保希(ねぼけ)
出席 : 山口賢造さん、佐々木圭さん、飛田優介さん
インタビューアー : 松田純一
                                                                                    
松田 そう、まずは今回「熈代勝覧」のお話しが持ち込まれたとき、やってみよう、気に入った...ということで実際に開発に向けてスタートしたきっかけはどんなことだったんですか。

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※iPadアプリ「お江戸タイムトラベル 200年前の日本橋 ~絵巻『熈代勝覧』の世界~」における「熈代勝覧」解説


山口 まあ、最初はですね、こういうコンテンツがあると...

松田 最初からiPad用という意図だったんですか?

山口 最初はそんな感じても無かったですね。あの、クライアントさん (アリギリス )がもともと出版社の方々で、そこから自分たちでやろうと独立された方々なんですね。で、iPad登場後、電子書籍を中心に出していくと決められたと...

松田 ほう。

山口 そこで実は前職のとき、歴史物アプリであるとか...そういったものを作らせていただいて、そこから彼女たちとしてはiPad...を中心にそうしたもの...コンテンツを提供していきたいと。で、その私ら独立しますという話をしたとき、いま凄くやりたいコンテンツがあるんでどうですか...と、最初はそんな感じでした。
彼女たちは今風の言葉で言えば歴女というんですか、歴史に詳しい女の人たちなんですね。そこが非常に特徴的なお二人で、ものすごく楽しそうに歴史物のお話しをされる。
僕たちも最初、聞きに行ったときにその楽しい雰囲気をアプリの中に入れられたらいいなあと感じたのがもともと最初だったわけです。
どうしても大上段に構えた歴史物というよりは...特にコンテンツがああいう民衆たちの内容なんでもう少し皆が...なんでしょうか、馴染みやすいようなテイストにしてかつこのアリギリスさんの女性たちの話っぷりというか、そういったものをアプリの中にいれられないかなあというのが最初のきっかけなんですね。

佐々木 ちょっと補足させていただいていいいですか...。自分たちも歴史は好きなんですが、こんなに詳しいことは知らないという程度の歴史好きなんです。

松田 はい。

佐々木 それで、「熈代勝覧」を最初に見たときにもバックグラウンドの知識がないものですから、どこから見たら良いのだろうと入り込むまでに時間がかかってしまって。それをアリギリスさんのお話し...お二人の女性の方なんですが、そのお話を聞いていると非常に身近で、いわゆるカジュアルな感じで、じゃあ「これはなんなんだろう」「あれはなんなんだろう」と自分から聞いたりすることができるっていうのがあって、ソフトウェア...例えばコンピュータがどんどん進化していくと自分から探していくのに適したインターフェースデザインになっていくんだろうなあというのがおぼろげながらあったので、そのアリギリスさんのお話しを聞き、自分から探し出す...聞いていくということをアプリにしてみたいなあというのが基本です。

山口 そこから何となくおぼろげながらコンセプトが決まって。で、いつもそうなんですがコンセプトが決まると佐々木君がラフスケッチで沢山...こうアイデアを...画面のインターフェースのアイデアを出してくれて、ね...。アリギリスさんに見せて。そこでまたさらに詰めていくということで、それが結構2ヶ月くらいかかったのかな...。

松田 やはりiPad上で絵巻物を魅力的に使わせることを考えると、今回の「熈代勝覧」のように自動で少しずつスクロールするとか、タップなどで解説が見られるとかの効果的なアイデアが必要になりますね。で、プログラミングを含めて今回の開発で難しいところはありましたか。インターフェースも含めてですけど...。

山口 はい...

松田 とにかく今回のお仕事は始めにコンテンツありきじゃあないですか。その存在を逸脱するわけにもいかないですしね。

佐々木 まずその...進めていくときに、大きな方向転換をしたステップがありまして、そこがデザインの上では結構大変だったなあと。というのは、巻物自体はそれを見せればいいという話ではあるんですが、アリギリスさんが解説されるコンテンツというか説明のテンションと言いますか、その詳細度もまちまちでして、例えばそれを吹き出しにするかとか、大きな文章にしてまとめ上げるのか、それとも景色を見ながら説明を見てそれを一緒に見ていくのか…。ではどうしたらいいんだろうということを最初は従来の電子書籍的なアプローチでやっていたわけです。ともかく巻物自体は全部ひとつなぎで見せればいいというのは分かったんですが...

松田 広げると12メートルもあるそうですね。

佐々木 はい。その説明を今、ちょこっと図鑑という...あの少し画面をガシャッと下ろして出てくる文章を横に並べたようなインターフェースがありますよね。すべての解説をああいうタイプでやってみようと考えたんです。
でもそうするとやっぱり、ある人の会話とかですね、これはそんなに詳しくいいたくないんだけども少しここに注目して欲しいというコンテンツもあったり、そういったアリギリスさんが考えてらっしゃる感情のテンションを考慮すると、説明を並べていくという仰々しいものは合わないのではないかと途中で気づきまして...。

松田 というと、あの大きな吹き出し、小さな吹き出しにするといったことはクライアントさんが決めたことなんですか?

佐々木 いや、その場所はクライアントさんが何を言うかということを含めて決めたんですが、ただしそれに対してまずここまで言いたいという文章があってそれをどう演出しようかなあと。

松田 はい...

佐々木 なので、あのう...あの中にグランドツアーとかミステリーツアーってありますよね、あれはもともとちょこっと図鑑と同じような図解だったんですね。でもそれだと町の様子が身近に感じられないんじゃないか...というような...で、途中から方針を変えて背景を表示したままで説明が見えるようにと...

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※「お江戸タイムトラベル 200年前の日本橋 ~絵巻『熈代勝覧』の世界~」のグランドツアー解説例


松田 ほう...

佐々木 そしてまたまた方向転換があってですね、あの...細かい話になるんですけど、いまグランドツアーの文章が全部ひとつにつながっていますが、最初はひとつひとつ分けていたんです。それをクリックして、順繰りに見ていくというように。読み物というストーリーがひとつずつになっているのに画面をブツブツと切らせるのは良くないんじゃないかなあと...いうのを途中で考えて、クリックしてページ毎に見せるというところまで作ってもらってたんですけど、やっぱしこうした方がいいと無理言って一続きにしてもらったんです。

松田 なるほど。

佐々木 そういう感じで...

松田 あのう...どうなんですかね、飛田さんはMacの開発経験もおありなんですよね。Mac向けアプリといわゆるiOS向けアプリの開発...どちらがやりやすいんですか?

飛田 (笑)...最近はiOSの方に傾いてきてるんで、iOSの方がやりやすいというのもありますね。

佐々木 (飛田さんに)大きく違うといったことはあるんですかね。

飛田 やっぱ、iOSの方がAPIが洗練されてきているというか、使い易い...

松田 ある種の...メモリなどの制約を別にすれば楽かも知れませんよね。

山口 特にメモリなんかの管理に関してはMacの方は全然心配しなくていいとこあるよね。

佐々木 そうですね。

山口 ああ...iPhoneとかiPadだとかなり搭載メモリの容量が少ないんで、Macと同じ感覚でやっちゃうと頻繁に落ちたりとか、そういう部分がありますね。

松田 今回、新しいiPadがリリースされディスプレイの解像度が大きく変わりましだか、「熈代勝覧」もある種のアップデートをする形になるんですよね。

山口 はい。一応Retina対応ということで...進めたいと。

松田 当然、初代iPadも使えないといけないわけですよね。

山口 そうですね。

松田 そうなると、この期に及んで7インチのiPadなど、出で欲しくないですね(笑)

一同 (爆笑)

佐々木 それは恐ろしいです(笑)

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※ハンズメモリーの佐々木さん(右)とインタビューアーの松田


山口 まったくそうだよね。

佐々木 まだ単純に2倍とかになってくれるんならいいんですけど、中途半端な大きさだとグラフィックを書き直すのが大変で...

松田 そうすると飛田さんとしては、佐々木さんらが「こうありたい」という要望を実装するのに大きなご苦労はなかったんですか。

一同 (顔を見合わせて笑う)

松田 朝飯前だったのかな(笑)

飛田 それはなんとかがんばった部分もありますし、デザインの方でカバーしてもらった部分も...

佐々木 例えばすごく大変だったところって...

飛田 やはり、今回のアプリで大変だったのは巻物だという...

佐々木 12メートル全部繋がっているという...パフォーマンス良く作ろうというところでしょうね。結構最初の方なんですけど、巻物としてプロトタイプを作ってもらったんですけど、そのときこうして送っていくとですね...画面の中に表示のタイムラグから黒いものがチラチラ、チラチラと見えるっていう...

松田 うん、うん...

佐々木 で、まあご存じかも知れませんが「暮らしの暦」っていうiPadアプリケーションがありまして、季節毎に季語を紹介していく...美しいイラストと一緒に紹介していくアプリケーションがあるんですが、すごく綺麗なんですけどもワイプして入ってきたとき真っ白の画面からイラストがふわふわ出てくるようなタイムラグが...で、これはちょっと興ざめではないかなと。これをどんなにスクロールしてもちゃんと...

松田 表示が追いつくと...

佐々木 追いつく...ようにしてくださいと(笑)

一同 (笑)

佐々木 ただ、RetinaのiPadが出て来たら、また苦戦するでしょうけど...

松田 なるほどなるほど、しかしそれは重要なことですねぇ...

【第3回に続く】

お江戸タイムトラベル 200年前の日本橋 ~絵巻『熈代勝覧』の世界~ - Arigillis Inc.

Time Machine 用のストレージ「drobo SG」を導入【準備篇】

長い間Macを使ってきたが、思えばどれほどシステムトラブルで泣かされたものか…。もしそれに費やした時間を計算し時間あたりの賃金に換算すればかなり多額になるのではないか…などと考えてしまう(笑)。無論Mac OS Xになってからはシステムトラブルは軽減したもののやはり原因不明や熱トラブルあるいはビデオボードの不調でシステムの再構築を余儀なくされたことも多々あった…。


トラブルにも様々な原因、いろいろなケースがあるが、システムが起動しないあるいは安定しないためにOSをインストールし直す必要に迫られるのが一番リスキーだ。しかし長い間の経験で時間はかかるにしてもTime Machineの存在が問題解決に直接役に立ってくれることは実感しているが、困ったことにTime Machine用のハードディスクが飛んだり不調になることもあった…。

ともかくTime Machineが確実に稼働しバックアップを取り続けてくれるのなら手間や時間がかかるとしても自分が長い間構築し続けてきたシステムは万一の場合でも元通り復旧できることは間違いない。したがって大げさな物言いだが現在のシステムを安心して使うために一番重要な設備はTime Macineだということになる…。ただし前記したようにTime Machine用のハードディスクがトラブっては元も子もない、ではどうするか…。

ということで長い間考え続けていたことではあるが、Time Machineをストレージロボット「drobo」で稼働させる…ということをやっと実現してみた次第。この最大12TBもの巨大なストレージ空間を作ることができる「drobo」システムをTime Machineとして使うのは少々勿体ない気もするがMacを安心して使うためには重要なことと考えて決断…。
それにしても「drobo」という名称は素直に日本語読みすると「ドロボー」と読めるからふざけた名前のように思えるが、実のところはメーカー名のData Robotics, Inc.から命名された名のようでスペックはなかなかのものなのだ。
私の手に入れた「drobo SG (Second Generation)」という機種は一番安価な製品だが、3.5インチのSATAハードディスクを4台までセットできデータを安全に管理するためミラーリングを自動で行ってくれる。

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※drobo SGの本体フロント(上)とリア(下)パネルの様子


何しろ基本的にはハードディスクを差し込み、「drobo SG」本体を電源およびFireWire800/USB 2.0へ繋げば良く、一般的なRAID構築作業は不要だ。
それにハードディスクも3.5インチのSATA I/II であればメーカーは勿論容量も違う製品を混在使用でき、専用ガイドなども必要ない。そして万一ハードディスクが故障した場合はホットスワップで当該ハードディスクを新しいものに入れ替えるだけで自動的にバックアップデータを再構築してくれるという優れものである。

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※フロントパネルはマグネットで付いているので簡単に外すことができる


私はまずはリザーブ領域を押さえるために1TBのハードディスクを2台と500GBのを1台という計3台でセットアップしようと考えているが…。勿論最初から4台を挿入する必要は無く、例えば当初は2台のハードディスクで後から追加もできるし、容量が不足した場合はより大容量のハードディスクに交換も可能だ。
なお基本的にソフトウェア類のインストールは不要だが、付属のDrobo Dashboardというユーティリティをインストールすればパーティション作成などもGUIで設定できるしシステム管理や空き容量、使用済み容量などDroboの状況を知ることができる。

なお「drobo SG」とMacを繋ぐインターフェースはUSB 2.0とFW 800に対応しているがメインマシンであるMac ProのTime Machine用として使うので当然FW 800を使う…。
さて実際に稼働させる前に「drobo SG」本体をよく観察してみよう。
サイズは152×160×271mmで重量は3.04kg、消費電力は5Wだ。そしてMacの場合はMac OS 10.5/10.6/10.7に対応しているという。
実際に送られてきた梱包を解いてみるとなかなか立派で興味をそそるパッケージが出てきた。パッケージの内側は黒く処理され本体は黒い不織布で覆われている。そして別の箱には電源アダプタとコード、FW800ならびにUSBケーブルそしてかんたんスタートアップガイド、日本語を含むマニュアル、ソフトウェアが収録されているCD-ROMなどが同梱されているが、アップル製品と同じような白い”drobo"のロゴをデザインしたシールまで入っている。

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※drobo本体(上)と付属品のパッケージ(下)


マニュアルをざっと読むと、まずはDrobo Dashboardをインストールし、それを起動した後でハードウェアのセットすなわちハードディスクを挿入してFW800のケーブルと電源ケーブルを接続すればシステムが認識され各種設定ができるようになるという。
ともかく何でも初めてのときは不安なものだが、さて実際のセットアップの顛末は次回にご紹介させていただくが、次回の予告を申し上げれば「drobo SG」のセットアップは何の問題もなく終わったものの、いざTime Machineのドライブに設定しバックアップを始めると…あらら、どうにもおかしいのだ。
私の不安は的中し、考え得るさまざまな対処を試すはめになる…。

Drobo SG (Second Generation) KMX-DRO-SG


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appletechlab

Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員