ラテ飼育格闘日記(417)

気温が低くなり、ラテは絶好調のようでこれまで歩かなかった方面に積極的に行きたがって困っている。その最たる場所はどうやら一年前まで住んでいた旧宅らしく、ラテの進むままに歩くとそちらの方にズンズンと進んでしまう。どうやら旧宅はまだ借り手がなく空いているらしいが、いたずらにラテを連れて行くわけにもいかず、攻防戦が続いている。


ワンコの記憶力は大したものだという。いわゆるエピソード記憶は我々と同等といってもよいかもしれず数日前の出来事だけでなく数年…いや十数年前の出来事も覚えているらしい。
昔、盲導犬の活躍を追ったテレビ番組で老いた盲導犬が役目を終えて一歳まで預かりをしてくれたパピーウォーカーの家庭に10年ぶりに引き取られることになったシーンでオトーサンは号泣したことがある。いや、今でも思い出すだけで涙腺が緩む(笑)。

Latte417_01.jpg

※見事な紅葉をバックに朝日を浴びてご機嫌なラテ


10年前に育ててくれたパピーウォーカーの家庭で余生を過ごすことになったワンコが車で連れられてくる…。なにしろ10年前のことだからして世話をしてくれた家族の人たちのことも覚えていないだろうと皆が考えていたらしい。車はわざとそのお宅より離れたところで止めてワンコを連れ出すと、ワンコは前方に玄関で待つパピーウォーカー(女性)を見つけて走り出したのだ!
ワンコは覚えていた。一歳になるまで暖かく世話をしてくれた飼い主たちを覚えていて飛びかかるように喜んでいる姿は涙無くして見ていられなかった。

Latte417_03.jpg

※登校途中の小学生2人に声をかけられ喜ぶラテ。早速女子たちの生足を舐めだした(笑)


それだけではなく自宅に上げると、なんといつもいた場所を覚えていて、そこでくつろぐだけでなく幼犬時代にオモチャとして遊んだ手袋も覚えていてそれにじゃれつく…。盲導犬というワンコにとって過酷なミッションを終え一匹の普通の家庭犬に戻った一瞬だった。
オトーサンは素直に「凄いな!」と思った。そしてワンコと暮らしたいという思いがより大きく膨らんだ…。

ラテの話しに戻るが、生後6ヶ月のとき我が家に来てその旧宅で約7年間過ごしたわけで、ラテにとっては子供時代から大人になる過程を過ごした場所といえる。
「猫は家につき、ワンコは人につく」といえども現在の場所での暮らしがやっと一年たったばかりなのだから、ラテにとっていかに旧宅での記憶が大きく強いかは想像にかたくない。
しかし思い出深いからといっていたずらに旧宅周りを歩いたところでラテにとって益はなく、飼い主の都合による引っ越しの意味など分かるはずもないからしてかえって混乱を招くだけだろうし可哀想だ…。だからオトーサンとしては近隣に行くのはともかく旧宅の前を通ったりましてや近づいたりすることは避けてきたし、これからもその事を守るつもりでいる。

Latte417_02.jpg

※「オトーサン、こっちへ行っていいよね...」と笑顔のラテ


とはいえ、それはそれとしてラテが旧宅方面に足を向けたがるのを押しとどめるのも意外と大変である。まあ、自宅の周りはともかく日々通っていた遊歩道や広い公園に続く道にはラテにとって懐かしい臭いが多々残っているに違いない。
いつもより丹念にあちらこちらとクンクンしながら歩みが遅いラテを見ていると、この娘の頭にはいまどのようなことが宿っているのかとオトーサンは考えてしまう。

雨の日も雪の日も、そして嵐の日や大地震の日もこの遊歩道をラテと歩いて来た。天敵のように吠え合うワンコや反対に近づきたくて「ク〜ン」と鳴き声をあげる幾多のワンコに出会い、子供たちに頭を撫でられたり近隣のゴミを拾い集めてくれるオジサンには乾いた吠え声を上げてきた。
自宅にいるときの大半も狭い出窓に寝そべって窓の外の遊歩道を通る人やワンコに注目していたラテだから、確かに多くの記憶が宿っている場所なのだ。

だから…もし、散歩の途中でリードが外れたりしてラテと離ればなれになったとすれば、ラテは現在の住居よりこちらの旧宅付近に帰るのではないかと思っているほどだ。そんなとき、人気のない家というのも…あるいはまったく知らない人たちが出入りしているのを見たときラテがどんな思いをするのかと、余計な事まで考えてしまう。

Latte417_05.jpg

※今日もラテとの散歩は続く...


オトーサンはそんなあれこれを考えつつ、ラテが「こっちへ行っていいよね?」とでも言いたげに嬉しそうにアイコンタクトしながら歩くのを見ながらリードを引いている。しかし反面、オトーサンはラテのことだからと少々考えすぎで、旧宅の前を通ろうが家の中に入れるわけでもないし、ラテが側まで行きたいのであればそれはそれで良いのではないか…という気持ちもどこかにあって複雑なのである。
秋も深まり真っ赤に紅葉した木々が作り出す自然のアーチをくぐりながら、オトーサンは相変わらずラテと一緒に散歩を楽しんでいる。



バード電子、究極の5連ウッドスタンド考

バード電子からちょっと面白い製品がリリースされた。秋田産のくるみ材を使ったiPhone・iPadスタンドだが1センチの溝が5個列んでいることから同時に5つのデバイスを立て掛けることができるという代物だ。一人で複数個持っていなくても家族全員のiPhoneやiPadを寝る前に充電したいというときもあるだろう…。


iPhoneやiPadのスタンドという製品は多々あるが、このウッドスタンドは木製であることを含めて実にシンプルで秘密も秘話もない(笑)。ただただiPhoneやiPadを安全に立て掛けるというだけのために作られた製品であり、工場で使うプリント基板スタンドから思いついたという実用一点張りのものだ。ともかく複数台がぶつからずに立てられるだけの台で複数代所有者のために作られたという。

woodstand_01.jpg

※バード電子製のウッドスタンド ST-Pad5


5個ある溝の幅はすべて1センチなので、例えば iPhoneに一般的なカバーを付けた状態でも使用できるが厚いケースを使った場合は使えない。
ウッドスタンドのサイズは約85×110×18 mmで傾斜もないがiPhoneはもとよりiPadを立て掛けてもバランスはよい。そしてシンプルなだけに「どのように」そして「何の為に」使うかはまったくユーザーの自由だ。

woodstand_03.jpg

※幅が1センチまでのiPhoneやiPadなどを5台同時に立て掛けられる


例えば万一「溝が5個では足りない」という方がいれば2つ買っていただき、市販の木工用ボンドで繋げばよい…。また自宅やオフィスでiPhoneを置いた場所を忘れて慌てることがあればこのウッドスタンドは専用の置き台としても良いし、複数台のデバイスを高速充電機器の横に置いて充電する場合は自由に並べてiPhoneやiPadを立て掛ければ安全だ。無論綺麗に仕上げられたウッドドスタンドだからして立て掛けたデバイスに傷を付けたり汚したりはしない。

woodstand_04.jpg

※例えばANKERの高速充電器の横に置いて使っても便利



またこのウッドスタンド、iPhoneやiPadといったガジェット用として作られたものだが、前記したようにどのように活用するかは自由だ。
例えばいま使っている細かな文具や後で整理しようと考えている名刺、机上のどこに置いたか分からなくなって探すことになりがちな付箋やUSBメモリあるいは小さなリモコン等々…。幅1センチの溝に置けるものであれば何でもよい理屈。

woodstand_05.jpg

※散らかりやすい小物やすぐに整理しなければならない名刺などの一時置き場としてもよい


これからの年賀状作りでも、デジタルではなく手書きをしたり、版画で仕上げようとする場合にも短時間このウッドスタンドに立て掛けてインクを乾かすということもアリだ。
さてこのウッドスタンド、貴方はどのように活用されるのだろうか…。

ウッドスタンド 5連 ST-Pad5



脇英世著「スティーブ・ジョブズ 青春の光と影」を読了

巷にスティーブ・ジョブズに関する本は多々あるが、先月10月に新刊本が刊行された。すでにジョブズ本なら何でも読むということを封じた私だが、本書はこれまでの関連本とは一線を画するものだけによき資料となるように思う。


本書の筆者、脇英世氏はジャーナリストではなく現職は東京電機大学工学部情報通信工学科教授であり工学博士である。またこれまで幾冊もの著作があるが私は「シリコンバレー / スティーブ・ジョブズの揺りかご」のみ読んだ経緯がある。
本書への個人的な興味は情報通信ネットワークを始めとするコンピュータ世界に精通している技術者、専門家によるスティーブ・ジョブズ本という点だが、内容はそのサブタイトルのようにスティーブ・ジョブズの出目からApple Computer社の株式上場に至るまで、いわゆるジョブズが25歳くらいまでの時代を緻密に追ったものである。

TDUPress_01.jpg

※脇英世著「スティーブ・ジョブズ 青春の光と影」


ところでいまさらではあるが多くのジョブズ本ではスティーブ・ジョブズが "いつ" "どこで" "なにをした" といった点についての記述はあっても、彼は "なぜ" そうしたのか...については突きつめていないものが多い。
本書は幾多の資料や関連書籍を紹介・参考としながらそうしたジョブズの心情を理解しようとしている点がユニークだと思うし、ために時代背景の解説に多くのページを割き、ジョブズが興味を持ったボブ・ディランとかジョン・バエズの音楽やサイケデリックの導師といわれるティモシー・リアリーやヒッピー文化あるいはLSDにいたるまでが筆者なりの緻密で詳しい考察が続く...。

一言で本書の印象を言うならTwitterのフォローのお一人でもあるトブさん曰く「濃いです。濃すぎます」とのご指摘のとおり、ジョブズの伝記だろうと気楽にページをめくるだけでは480ページほどもある本書は途中で挫折するのでは...と思うほど内容が濃い本である(笑)。

濃いという意味は一読されればお分かりだと思う。例えば筆者がエレクトロニクスに詳しいことから、他の書籍には見られないApple 1やApple II の設計思想の話しから使用したチップの詳細、あるいは動作原理といった解説が随所に見られるのは嬉しい。

例えば、ウォズニアックが設計したApple 1の電源周りは教科書通りの設計だとしながらも使われているレギュレータやコンデンサの説明だけでなく「これでは少し力不足の電源である」という...。そこまで突っ込んだジョブズ本はほとんどなかったに違いない。

TDUPress_03.jpg

※当研究所所有のApple 1 (レプリカ)


また1976年4月1日、Apple 1を販売するためApple Computer Companyを設立したときスティーブ・ジョブズ、スティーブ・ウォズニアックそしてロン・ウエインの3人がどのような取り決めをしたのか...といったことなど他の翻訳本などではほとんど望めない内容も興味深く書かれている。

ただしそもそも本書によるスティーブ・ジョブズ像やジョブズの行動などは史実なのか...という点については他の書籍と同様にそのまま鵜呑みにすることは性急であろう。
いや、本書は著者が文字通り膨大な資料を参照した上で書かれたものであり、時に筆者自身「これについては○○の方が信憑性があるだろう」といった明解な比較の上での解説もあり、説得力もある。とはいえジョブズに確認を取ったとされるアイザックソンの伝記でさえ多くの事実と異なる点があるとされるからして結論づけるのは難しい。

例えばMITS社がAltair8800のプロトタイプをポピュラー・エレクトロニクス誌の表紙用にと編集部に送ったものの輸送途中で行方不明になり、撮影は適当な金属の箱にそれらしいスイッチとLEDをはめ込んだダミーを載せるしかなかった...というエピソードがある。

TDUPress_02.jpg

※1975年1月号のポピュラー・エレクトロニクス誌(当研究所所有)。表紙にはダミーのAltai8800が載っている


その際にMITS社は航空便で送ったとする書籍と鉄道の速達運送便で送ったとする書籍があり、決定的な判別が難しい。
個人的には1974年の年末であった事を考慮すると鉄道のストライキに巻き込まれたという話しを聞いたこともあるので鉄道便が正しいのではないかという気がする。そして代わりのダミーを急遽編集部に送ったわけだがこちらは特に急を要するので航空便にしたのではないか...と思っているが無論確証はない。

ひとつひとつは些細なエピソードだが、この手の本を読むときの一番の楽しみはこれまで知らなかったことがいかに多く記述されているかにある。無論それが間違いだったり作り話では論外だが、そうした点において本書は近年にないエキサイティングな1冊だといえよう。少なくとも私にとって...。

1977年9月にApple II の金型が壊れ、Appleは3ヶ月ほどApple IIの出荷ができず資金が底を突いて苦境に陥った話し。前記したが1976年の起業時の契約内容。ロン・ウエインがAppleを抜けてもしばらくは仕事を手伝ったこと。ジョブズの禅の師匠であった知野好文は2002年に事故で死去するが、晩年はスティーブ・ジョブズのセカンドハウスで生活していたこと。ジョブズがリード大学をドロップアウトしたのは両親への経済的負担をかけたくないという理由だとスタンフォード大学の卒業式で述べたが、どうも本心ではなかった...などなど、これから別途調べて見ようと思わせる初耳の話が多々あって大変貴重な1冊である。

したがって本書の内容は濃いが読みにくい本か?と問われれば、そんなことはないとお答えする。最近の訳本もそうだが近年は英文の固有名詞もすべてカタカナで表記する例が多くなり、読みやすいといえば読みやすい。ただし訳者や著者によりカナ表記が微妙に違う場合もあり、複数の資料や書籍を読んでいると最初は分かりにくい場合もあると思う。
本書も例えば、アルテアとオルテア、クロメンコとクロメムコ、スティーブ・ドンビアをスティーブ・ドンビエーなどなどの違いが目立つ。無論どちらが正しいか、発音に近い表記はどちらか...という問題になると事が深くて面倒になるのでここでは問わないし精通すれば何ということはないが最初はとまどうかも知れない...。さらに本書の267ページには "スティーブ" のはずが "ティーブ" となっていたり、291ページでは "ホームブリュー・コンピュータ・クラブ" の項に1箇所 "ホームブルー・コンピュータ・クラブ" とあったりする。まあ書籍の第一版第一刷はこうしたこともありがちなことだ...。

とはいえ少々不思議な記述も目に付いた。例えば "サードパーティー" という言葉はご承知のように第三者団体(企業、機関等)のことを意味する。とはいえコンピュータ関係者や業界では普通 "サードパーティー" のままで通用しているし、「ソフトウェアはサードパーティー各社に依存していた...」といった風にほとんどの場合にわざわざ "第三者団体" という日本語は使わない。
しかし本書は397ページの「拡張スロット」の項で文脈からして "第三者団体" の事なのだろうが "第3パーティ" と記してある箇所があり、通読中には一瞬「?」と思ってしまった。これまた変換ミスなのだろうか...。

とにかく少し読み始めれば分かると思うが、ひとつひとつ一次資料や関連資料にあたりながらの執筆は僭越ながら大変な労力と集中力を必要としたに違いないし、月並みではあるが労作である。しかし間違っているかも知れないが筆者の脇英世氏ご自身がかなり楽しまれながらの執筆だったことが伝わってくるような気もするのだが...。

ということで正直、本書は万人へ気楽にお勧めできる本ではないが、他に類を見ない活きたスティーブ・ジョブズや創業当時のAppleの姿が浮かび上がってくる...私には久方ぶりで読み応えのある1冊だった。そしていつものことだが気に入った本は後に良き資料にもなるので再読し、勉強させていただきながら検証を続けたいと思っている。





Mac Proを横置きで設置するデスクトップスタンド発売

フォーカルポイント株式会社は11月25日、Appleのハイエンドデスクトップパソコン「Mac Pro」を横置きで設置できる特別なデスクトップスタンド「Twelve South BookArc for Mac Pro」を全で本日より販売を開始した。


【Twelve South BookArc for Mac Pro について】
Twelve South BookArc for Mac Pro(トゥエルブサウス ブックアーク フォー マックプロ 以下、本製品)は、Appleのハイエンドデスクトップパソコン「Mac Pro」を横置きで設置できる特別なデスクトップスタンド。Mac Proの光沢のあるアルミニウム製筐体に合うよう、特別にメタル素材に鏡面塗装を施している。

BookArc.jpg

[製品の主な特徴]
1.Mac Proを横置きできる画期的製品
  本製品は、あなたのMac Proを横向きに設置するための専用デスクトップスタンド。従来の設置方法とは全く違った印象となる横置きのMac Proは、ジェットエンジンのような雰囲気さえ感じさせる。

2.「Mac Proを横向きで使うガイドライン」に沿った設計
  Appleは、サポートページでMac Proを横置きで使うためのガイドラインを公開している。Mac Proは縦横に関わらずコンピュータを冷却できるファンシステムが搭載されており、本製品は本ガイドラインに沿った設計を採用している。

3.省スペースにも効果的なMac Proの横置き
  Mac Proを横置きすると、従来の設置方法と比較して約50%の高さで設置することができる。本製品を使用することで、システムラックやスタジオラックなど、これまで置くことが困難だった高さの足りないスペースにMac Proを安定して設置可能なので、省スペース化につながりMac Proの利用シーンも広がる。

4.特別な製品のための特別なデザイン
  Mac Proの光沢のあるアルミニウム製本体にマッチするよう、本製品では、メタル素材の筐体に鏡面塗装を施した特別なデザインに仕上げている。BookArc for Mac Proは、特別なMacのユーザーのための特別な製品になるよう開発された。設置部分にはシリコン製インサートパッドが組み込まれているため、Mac Pro本体を傷つける心配はない。

[対応モデル]
・Mac Pro (Late 2013)

Twelve South BookArc for Mac Pro 製品ページ




Apple、(RED)世界エイズデー2014キャンペーンを発表

Appleは11月24日、世界エイズデー2014に合わせ、Appleと主要なアプリケーションデベロッパがエイズのない世代をという目標の達成に向けて、お客様に(RED)への支援を呼びかけている。


Apple_AIDS.jpg

本日より2週間、Apps for (RED)というApp Store上の特設ページを設け、このキャンペーンのために特別に新しいコンテンツを用意した25のアプリケーションが提供され、すべての収益金がエイズ撲滅に向けたグローバルファンドに寄付される。
さらにAppleは、年間で最も多く買い物が行われる2日間、11月28日(金)と12月1日(月)の世界中のApple直営店とオンラインストアの売上金の一部を寄付する。
今後2週間の間にAppleとApp Storeのデベロッパは(RED)に対し、この活動で得られた資金をいくつかの方法で寄付する。

・11月24日(月)から12月7日(日)まで、App StoreのApps for (RED)キャンペーンでは、特別なコンテンツを用意した、25のファンお気に入りのアプリケーションを特集。お客様が(PRODUCT)REDに参加しているアプリケーションまたはこの機会にしか手に入らない特別なApp内課金アイテムを購入するたびに、すべての収益金がグローバルファンドに寄付される。

・11月28日(金)、米国のAppleのお客様は、特定のApple製品を購入するとスペシャルエディションの(RED) iTunesギフトカードがプレゼントされる。プレゼントされたギフトカード1枚ごとにAppleも一定の割合をグローバルファンドに寄付する。

・12月1日(月)の世界エイズデーでは、AppleはApple直営店とオンラインストアの売上金の一部をエイズ撲滅に向けたグローバルファンドに寄付する。

Apple Press Info



バード電子、iPhoneの取っ手「TOTTE」レポート

iPhoneを落とさないようにするアイデア商品は結構あるが、今般バード電子からユニークな製品がリリースされた。その名も「TOTTE (取っ手)」。なお、このiPhone用ハンドル “TOTTE” を考案したのは、“文具王”として名高い高畑正幸氏である。


TOTTEは iPhoneのケース背面に両面テープで貼り、文字通り取っ手として活用しようとする新製品だ。材質もイタリア製高級ヌメ革ブッテーロ(牛革)使用のものと安価なPUレザーを使ったものとの2種類がある。
私は今回イタリア製高級ヌメ革ブッテーロの製品を購入したが、これをiPhone 6 Plusに使っているクリアケースの背面に貼って使うことにする。

TOTTE_BB.jpg

※バード電子製「TOTTE」パッケージ


個人的な好みではあるが、iPhone自体はベルトクリップ式のケースに収納して使っている。大変気に入っているが一番注意しなければならないことは取り出す際、あるいは収納する際に落としやすいことだ...。ためにこれまではケースに付属していたストラップをそのまま付けていたが、落下防止としては役に立つが正直ベルトクリップケースに入れたときには邪魔である。

TOTTE_01.jpg

※TOTTEのデザインは、タンスの取っ手のような“D形”の形状が特長


しかし収納時はともかく、片手でiPhoneを取り出せるのがこのタイプのケースの利点なのだが、注意をしていても本体だけでは滑りやすいし不安はつのる...。
ということで今般は「TOTTE」を試して見ようと考えた。勿論スナップを填めてピッタリとした状態のときには私の場合、そのままベルトクリップケースに収納できるからこその選択でもある。

TOTTE_02.jpg

TOTTE_03.jpg

※TOTTEは背面に付いている両面テープでiPhoneケースに貼り付ける


こうしたアイテムはリング条の製品などもあるが、TOTTEは厚みを極力感じさせない革製だしスナップを外せば文字通り輪になり指をかけたり通すことが出来るから iPhone 6 Plusをホールドする場合に安心感がまったく違う。また革製なので肌触りも柔らかくて自然だ。さらにTOTTEのデザインは、タンスの取っ手のような“D形”の形状が特長でもある。その入念な設計により、指をすっと差し込みやすく、かつ外れにくい程よい締め付け感を実現している。

TOTTE_04.jpg

TOTTE_05.jpg

※TOTTEを付けたまま、トリニティ社の “Belt Clip Case for iPhone 6 Plus(5.5inch)” に収納(上)とTOTTEを開けばスタンドとしても利用できる(下)


問題はiPhoneの背面につけたクリアケースのどの位置にTOTTEを付けるかだが、これはユーザーが右手で持つのか左手なのか、あるいは好みのバランスなどを考慮して好きな位置にTOTTEに付いている両面テープで貼り付ければよい。ただし取り付け直しは粘着力を著しく損なうから事前に十分考えてから取り付けるべきだろう。

TOTTE_06.jpg

※これでサイズが大きく滑りやすいiPhone 6 Plusのホールドも安心できる


なおケースの背面が印刷やデザインのために凹凸があるとこれまたしっかりと接着しないので注意も必要だ。またTOTTEのスナップを外して少し開いたままで机上などに立てればiPhoneで動画などを観るときに簡易スタンドにもなるし、イヤホンケーブルを巻き付けておくことも可能だ。そうした点も考慮して貼り付け位置を決めるべきだ...。

ともあれ、TOTTEを付けたままでトリニティ社の “Belt Clip Case for iPhone 6 Plus(5.5inch)” に収納でき、片手で取り出す際にも安全性が高まったので嬉しい!

株式会社 バード電子/TOTTE



ラテ飼育格闘日記(416)

夏場にはあれほど歩かなくて困ったラテだが、ここの所は真逆なのでまたまた困っている...。まあまあ、良く歩くこと(笑)。1時間ほどの散歩から戻ってマンションのエントランスを通過しようとするといきなり座り込み、まだ帰りたくないとダダをこねる。歩いても、歩かなくてもオトーサンを困らせる悪い娘である。


雨の日や特別オトーサンの具合が悪い時になどを別にすれば、朝夕の散歩はそれぞれ1時間程度と考えて実践してきた。無論一度外に出たからには予定通りにいかないことも多いが、そうした時間を頭に入れてオトーサンはラテのリードを引いている。しかしラテはそんなことはお構いなしだ(笑)。

Latte415_01.jpg

※オトーサンと遊びながらご機嫌に歩くラテ


オトーサンがラテを散歩に連れ出し、歩き出す場合は当然のことながら帰り道やどの程度時間がかかるか等々を頭に入れながら進む。この季節は夕方5時前にはすでに暗くなってくるし、あの方向はいま道路工事をやっている、その道は高層住宅の修繕でいま塗料の臭いがきついから避けようといった具合に知ってる限りの情報を考慮しながら向かう場所を決めたいと思っているが、我が娘は傍若無人である(笑)。

快調に前進しているからヨシヨシと思っていると脇道からワンコが出てきたりすれば、そのワンコを追いかけようと方向転換したり、向こうの歩道に猫の姿を発見すれば車道を渡ろうとする。無論オトーサンは基本的にラテの行きたいようには歩かせない。娘の思う方向に進んでいたのでは帰ることができなくなるかも知れないからだ(笑)。それでも夏場はラテ自身が歩くのを嫌がっていたのでそうそう遠くには向かわなかったが、いやはやここのところは困るほど元気なのだ...。

ある土曜日の朝、外出する女房と一緒に散歩に出た。こうなるとまずは女房の後を追って駅まで行くことを覚悟しなければならない。問題は駅の改札で女房と別れてからどこに向かうかだ。
一応オトーサンの推薦メニューは改札前を直進して駅の反対側に回り込んで戻ってくるのが時間的にもそして通る場所も危険ではないので良いと考えている。ラテもそれをよく知っているからこれまではまずまず大人しく従ってきた。あからさまに来た道を戻るとなると抵抗するラテも一応回り道をし、時に住宅街を抜けながら戻るのは散歩としても刺激があって悪くはないはずだ。

Latte415_02.jpg

※オヤツが欲しいとか水を飲みたいときなどは歩きながらオトーサンの足を鼻ずらでツンツンと突っつく


しかしその日はどういうわけか反対方面となる駅前公園にリードを引くラテだった。まあ土曜日だし時間がないわけではないからとオトーサンも妥協してラテの希望を問題ない範囲で叶えてやろうと足を進めた。しばらく進むかと思うとUターンしたり、クンクンしながらあっちかと思えばこっちと歩いていたが、フト気がつくとジワジワと元住んでいた住居方面に向かっていることに気がついた。
引っ越しして1年が経過したが、これまでラテに里心でもつくと困るからとあえてそちらには足を向けなかった。それをどういう気の迷いか...というより昔通った小道をあちらこちらと寄り道しながら進む様を見てオトーサンは「お前は策士よのう...」と声をかけた(笑)。

とはいえオトーサンの思い過ごしかも知れないともう少しラテの思うように歩かせ観察しているとやはり間違いなく約7年過ごした旧宅へ向かっていることは明らかだった。これはまずいとオトーサンは少々抵抗するラテを軌道修正させて戻ることにした。
なんとか騙しだましして帰路についたが約1時間半の散歩となった。まあしかし、たまにはいいか...とも思ったが翌日の日曜日はもっと大変なことになった(笑)。

日曜日の朝も女房と駅までつかず離れずといった感じで一緒に歩いたが、改札までいかずに駅ビル上のコンコースからいきなり旧宅方面に向かう歩道橋にリードを引いた。オトーサンも昨日の今日だから多少の覚悟はしていたし、旧宅の前を通ることは避けるとしてもそのまま馴染みだった公園に進めば、知り合いのワンコや飼い主さんと会えるかも知れないとそのまま進んだ。
ラテは嬉しそうだ...。時々「このまま進んでいいよね?」とでもいいたいのか、オトーサンに笑顔のアイコンタクトしながら歩く。その姿を見ているとオトーサンも嬉しくなってくる。

どうやらラテは懲りずに旧宅を目指しているらしい...。それを知ったオトーサンは馴染みだった遊歩道に沿って公園側に向かった。ラテは一瞬対抗したが、オトーサンは譲らずそのまま大きな公園脇を通り、土曜・日曜日には数匹のワンコが集う小ぶりな公園に向かった。カツラの落ち葉がまるで綿飴のような甘い香りを漂わせ、紅葉が進んでいる公園に入ったが、今回も時間が少々早いのか誰もいない...。ラテも諦めたのかリードを引くので公園を出ることにしたが、この後は素直に歩いても自宅まで40分はかかる道のりだ。

Latte415_06.jpg

※たどり着いた公園は紅葉がだいぶ進んでいた


ラテに持参の冷たい水を飲ませて一息ついてから先を急ぐ。オトーサンは疲れが出て少々足が辛くなってきたが、前方からスマホを持ちながら歩いて来た綺麗なオネーサンがすれ違い様にラテを見てニッコリしてくれたので少し元気が出る(笑)。

Latte415_03.jpg

※素敵な女性がすれ違い様にラテと視線を合わせてニッコリしてくれたので元気が出た(笑)


大きな公園にさしかかり、公園に沿った道をラテと黙々と歩く。後は帰るしかないわけだしラテも少し疲れ気味か、表情が硬い。しかしフト公園内を見ると、おおっ...ビーグル犬のハリーちゃんとオカーサンではないか!

Latte415_04.jpg

※ハリーちゃん、おはよう!


オトーサンたちに気がつかれたハリーちゃんとオカーサンは早速駆けつけて下さった。勝手な言いぐさだがラテの喜びようを見ていると無理して歩いて良かったなあと思う。しゃがんで下さったハリーちゃんのオカーサンの膝を汚しながらラテはオカーサンの口元をペロペロ舐めている。耳を倒し、両眼を見開き何ともいえない...そう慈愛に満ちた目付きといったらよいのだろうか...。ラテの考えていることをそのまま理解できるわけではないが、単に喜んでいるということを超えた感覚を味わっているようにオトーサンには思えた。

Latte415_05.jpg

※大好きなハリーちゃんのオカーサンにペロペロ攻撃だ(笑)


数分立ち話をさせていただき、ハリーちゃんと分かれたオトーサンたちは後30分くらいはかかるであろう自宅に向けて歩きに歩いた。しかしお陰様でラテの足取りは意外に軽く抱っこの要求もないままに無事戻ることが出来た。しかしこの朝の散歩はウェアラブルカメラのバッテリーが途中で切れてしまったほど長く、女房と家を出てから2時間を有に超えたこれまでで最長記録の散歩となった...。



トリニティ、ガラス全面を守るiPhone 6/6 Plus用強化ガラスフィルムを発売

トリニティ株式会社は11月21日、iPhoneのガラス全面を守るフレームデザインの強化ガラスプロテクター「Frame Glass Protector」をコンピューター周辺機器取扱店、および全国の家電量販店を通じて11月28日より販売すると発表。なお本製品はTrinity Online Storeでも取り扱いする。


Frame Glass Protector

Frame Glass Protector(端まで覆うフレームガラス)は、フルカバータイプの強化ガラスプロテクター。iPhone 6/iPhone 6 Plusはフチが曲面となっている。通常のプロテクターでは曲面に貼り付けても端が浮いてきてしまうため、フチを避けたディスプレイ部分のみを保護する小さなサイズになっており、周囲まで保護することができなかった。
Frame Glass Protectorは曲面となっているフチまで覆うことができるため、ガラス面全体を守り、安心して使用することができる。

[ Frame Glass Protector for iPhone 6 ]
[ Frame Glass Protector for iPhone 6 Plus ]

・端の浮きがわからない構造
・曲面となっているフチまでカバー
・64gの鉄球を45cmの高さから垂直に落とす耐久テストをクリア
・従来ハードコートプロテクターの4倍以上の表面硬度(9H)
・画面の輝度を保つ光沢仕様
・指紋が残りにくく、拭き取りやすい防指紋加工
・万が一割れた場合にも安心の飛散防止加工
・高品質な日本製素材(旭硝子)使用
・iPhone本体のカラーにマッチさせたブラックとホワイト
・クリーニングクロス、埃取りテープ同梱

価格はオープンだが、市場予想価格はiPhone 6用が3,400円、iPhone 6 Plus用が3,800円。共に(税別)。

iPhone 6用 iPhone 6 Plus用 製品ページURL






Altair8800 Cloneに思いを寄せて〜 Altair8800 って、どんなコンピュータなのか?

先日、久しぶりに大きな荷物が届いた。それは米国、テキサス州のダラス国際空港からUPSで送られたもので中身は1975年1月にリリースされマニアたちに個人用コンピュータ旋風を巻き起こしたあの伝説のミニ・コンピュータ... “Altair8800” である。


とはいえ最初にお断りしておくが、これは "Altair8800 Clone" と名付けられたもので当時の実物ではない...。一時はeBayなどで実物を探し続けたが、完動する状態が良いものは大変高価なこと、そして動作品だとしても故障が心配なマシンだということで入手を諦めていた。

Altair8800C_02.jpg

※Altair8800 Cloneの雄姿


なにしろ1975年1月にリリースされた当時も各パーツの検査が十分でなく正確に組み立てても動かなかったり、完成品も故障が多かったという代物なのだ。パーツを交換することも含めてハードウェアに詳しくないと修理もできず、ただ単なる骨董品のオブジェに数十万も出すことになってしまう…。とはいえ諦めたわけではなく、実物と同じルックスで互換性に優れたものが手に入ることを知り、正直リスキーとは思ったが長年の願望でもあったので購入することにした。
ま、良い子は真似しないように(笑)。しかしなぜ今更Altair8800なのか…。

Altair8800andiPhone6plus.jpg

※iPhone 6 Plusとサイズ比較


Altair8800について当ブログはこれまで「ホームコンピュータの元祖「Altair 8800」物語(1)~(5)」をはじめ、「パソコン世界を創造した傑物たち」などでご紹介してきた。Appleの製品や歴史を扱うブログにしてなぜAltair8800なのかと問う方もいるかも知れないが、個人用のコンピュータの歴史を語るには...すなわちAppleが登場する直前の世情を知るには不可欠のプロダクトと考えるからだ。そしてAltair8800のような初期のホビー・コンピュータを知れば知るほど後に登場したApple 1やApple IIがいかに優秀で使いやすいコンピュータだったかが理解できるというものだ...。

昨年末に念願のApple 1のレプリカキットを手に入れ自身で組み立てたのも、スティーブ・ウォズニアックによる仕様・設計の妙を実際に感じたいと思ったと共に、いくら文章や写真あるいは言葉で説明してもそれらに思いを馳せて理解してもらうのは至難の業だということを長い間考えていたからだ。

同じような意味で古い時代のコンピュータがどのようなものであったかをこの10年あまり、ウェブやブログあるいは機会のある毎に教育機関を訪ねて主に子供たちへ解説してきたつもりだが、これまた実機のないマシンの説明を理解してもらおうと考えること自体に無理があると痛感してきた。ましてや私自身が触ったこともない製品に関して二次資料、三次資料といった又聞きの話しをしてもリアリティに欠けるし私自身も面白くない…。

「わかりましたか?」という私の問いに「はい、わかりました!」という子供たちのほとんどが実際には分かっていないことも分かった...(笑)。そうした返事をしてくれるのはこちらへの気遣いなのだとも気がついた。

Apple 1の話しにしても、どの程度の大きさ重さなのか? どんなパーツを使ってるのか? などなど、やはり実物を目の前に置き、触ってもらうのが一番である。とはいえ本物を望むのは無理な話でもありApple 1のレプリカを手に入れたわけだが、実は今回のAltair8800のクローンも同様な意味において個人的に必要性を痛感していたからだ。
とはいえ、もしAltair8800とかIMSAI 8080といった時代のプログラミングを勉強したい、振り返りたいというなら株式会社技術少年出版から発売されている互換機、Legacy8080をお勧めする。Legacy8080なら最新テクノロジーで開発した製品だからして安心して使えるしサポートも完備している。それにコンピューターがどのように動作するかというイメージを掴むためには、この手のマシンを2進数でプログラミングすることを知ることが一番だと思うが、私のような当時のあり方に拘る必要がある場合、やはりオリジナルの “形” に目を向けることにならざるを得ない。

今般私が入手したAltair8800 Cloneだが外観はまさしくオリジナルに忠実に作られている。しかしその機器構成は最新のテクノロジーで再構築されたもので、ソフトウェアの互換性はあるし安心して使えるという代物だ。ただし互換性はあるもののオリジナルのS-100バスはサポートしていない。この辺は前記したLegacy8080とコンセプトは似ているがLegacy8080よりずっと単純な構成だ。

したがってオリジナルマシンが発するノイズをラジオが拾ってメロディを奏でさせたスティーブ・ドンビアのようなことはできない...。なぜなら現在のテクノロジーを持って作られたAltair8800 Cloneはプログラムを走らせてもラジオに影響を与えるようなノイズは発生しないからだ。なんだか良いような寂しいような...(笑)。

さて、気を取り直して...あらためてAltair8800とはどんなコンピュータだったのかを見てみよう…。詳しい方には噴飯ものの内容かと思うが、ほとんどの方はAltair8800の実機など見た事も触ったこともないはずだからしてなるべく分かりやすく解説してみたい…。
まずはAltair8800の前に座ったとしても現在のパソコンしか使った事のない人にはどうにも使いようがないに違いない。なにしろ金属製の四角い本体の他にキーボードもモニターもそして無論マウスも付いていない...。
ちなみにその箱...ケースのサイズだが、突起を別にして約横幅421mm × 高さ173× 432mm奥行きほどだから実際に眼前に置くとイメージしていたよりずっと大きい。

CPUは PIC 24FJ128 という16bit CPUとフラッシュROMやRAM、I/Oを内蔵している機器組み込み用ワンチップCPUで、このCPUで2MHzで動くi8080Aをエミュレーションしている。メモリは64KByte搭載で256バイト毎のメモリプロテクト。ソフトアウェアはエミュレータで周辺機器とも互換もあるが前記したように物理的にS-100バスは搭載していない。また本体の後面パネルに取り付けられているDB-25コネクタの上で、2つのRS-232シリアルポートが提供されている。その他ラインプリンタ、あるいはAltair 88-DCDD Floppy Drive Systemもエミュレーションされるようだ...。

Altair8800C_03.jpg

※背面の様子


私はオプションのオーディオカセットインターフェースのみ一緒に送ってもらったので背面のコネクタが3つになっている。ともあれその姿は紛れもなく1975年に個人用コンピュータキットとしてマニアたちを旋風に巻き込み、あのマイクロソフト社の設立のきっかけをも作ったAltair8800なのである。

現在のパソコンとは比較にならない非力なマシンではあるが、パーソナルコンピュータの発展の源流といってもよいAltair8800の姿はコンピュータとはどのようにして動くのか? といった原点に立ち帰って歴史を確認したくなる不思議な魅力に溢れている。
さて、取り急ぎ分かる範囲で簡単な説明を続けよう…。

Altair8800のデザインは現在のパーソナルコンピュータとはまったく次元の違う時代の産物だった。なぜなら筐体は当時のミニコンの本体を彷彿とさせる金属製の箱形でフロントパネルには横に2列に配置されたこれまた金属製のトグルスイッチとスイッチに準じて配置された赤色LEDがあるだけである。

オペレータはそのトグルスイッチを上下させ、Altair8800へプログラムを入力したり命令を実行させたりする...。プログラムを入れRUNさせればAltair8800は確かに指示どおりの手順をなぞってプログラムを実行する。なおプログラムはマシン語と呼ぶいわゆる0と1の2進数で入力することになる。

Altair8800C_06.jpg

※フロントパネルはトグルスイッチとLEDのみの構成だ


例えば10進数で12という値を入力する場合...(その前提となるRESET/CLRとかアキュムレータへのロード命令を実行するなどプログラミングのあれこれは省く)...トグルスイッチのD0~D7を使い 00 001 100 (12の2進数表記)を指定し、下段トグルスイッチのDEPOSITを行うといった具合だ。無論プログラムを走らせ何らかの計算結果が出たとしてそれはこの場合、D0~D7のLEDに2進数表記で表されるだけで実に味気ないし分かりづらい...。

そもそもAltair8800は、そのままでは限りなくできることは限られていた。なぜならAltair8800に搭載されたメモリは256 Byteしかなかった。単位は K(キロ)でもなくM(メガ)でもない(笑)。ちなみに拡張バス(S-100バス)にメモリ拡張ボードを差すことでメモリが増設できたが、これまたトラブルのないボードはなかなか登場しなかった。

当時なぜこれほど少ないメモリしか搭載していなかったのか...といえば高価だったからに他ならない。メモリだけでなくコンピュータと呼べる文字通り最低限の環境を提供し「後はユーザー自身で増設するなり改造するなりしてね」と言われているような代物だったのである。

ともかく少ないメモリであっただけでなく入力したプログラムを保存する記憶装置も付いておらず、一端電源をOFFにすればそれまでの全ての情報は消え、次に同じ事をやるにしても最初から繰り返し実行しなければならない。そうした無駄を極力回避したいがためにAltair8800 Cloneと同時に専用のカセット・オーディオ・インターフェースも購入した。これがあれば入力したプログラムをカセットテープに保存でき、それをLOADすることで再入力の手間を省けるからだ。とはいえまだその使い方も会得してはいないが(笑)。

勿論ターミナルやテレタイプといった機器や後に登場するフロッピーディスクドライブなどを活用しBASICやCP/Mを走らせるという方法もあったが、それらの実現にはメモリ増設はもとより高価な周辺機器を手に入れてオペレーションするすべを知らなければならなかった。現在のようにUSB端子をコネクタに差し込めばそれでハードウェア同士の接続が完了するといったことは夢のまた夢の時代であり、Altair8800にそうした装置を繋げて使う人たちはごく限られていた。

Altair8800C_01.jpg

※正面上から全体を眺める


ということで今回はタイトルの通り、入手したAltair8800 Cloneに思いを寄せ、そのAltair8800 って、どんなコンピュータなのか?の極々概要をご報告した。
正直私自身、若い頃に勉強したマシン語などとうの昔に忘れているからマシン語でよどみなくプログラムを入力し、その実行を確認するスキルは持っていない。したがって時間がかかりそうだが、少しずつ再学習し、ひとつずつ知りたいことを勉強しながらまたその過程で興味深い事を見つけてご報告したいと考えている。

当面の目的はApple 1(レプリカ)同様、個人用コンピュータの歴史を知っていただく過程で機会がある毎に子供たちに(無論大人たちにも)触ってもらいながら、テクノロジーの進歩・進化を学ぶ教材にするつもりだ。
次回はフロントパネルの構成について述べてみたい…。

Apple、WatchKitソフトウェアツールをデベロッパ向けに提供開始

Apple Japanは11月19日、同社のこれまでの製品の中で最もパーソナルなデバイスであるApple Watchのための特別な体験を簡単に開発できるソフトウェアのツールセット、WatchKitの提供開始を発表したと発表。


AplWatch1120.jpg

Appleは世界で最も活気あふれるかつ革新的なデベロッパコミュニティを擁しているが、この度こうしたデベロッパがApple Watchの発売前に専用のWatchKitアプリケーションの開発に着手できるようになった。Apple Watchを見るだけで素早く簡単にアクセスできるタイムリーな情報のために、デベロッパは革新的なWatchKitアプリケーションや、アクション通知、グランスを作り出すことができる。

WatchKitが含まれるiOS 8.2 SDKベータは、iOS Developer Programメンバーに対して、developer.apple.com/watchkit を通じて直ちに提供されている。WatchKitのウェブサイトにはプログラミングガイド、ヒューマンインターフェイスガイドライン、テンプレートなどが用意されている。また、来年後半からは、Apple Watch向けの完全ネイティブアプリケーションが作成できるようになる予定。

Apple Press Info



iPhone 6 & 6 Plus用の本革製ラヂオケースの予約注文開始

株式会社バード電子は11月19日、iPhone 6 & 6 Plus用の本革製ラヂオケースの予約注文を開始した。発送予定は合成タンニンの黒が11月29日より、タンニン「マレンマ」の茶が12月10日よりの予定。


ラヂオケースシリーズは、昭和30年のトランジスタラジオのケースをイメージしてデザインしたもので、最初はiPod用として製作したものをベルトフックタイプに変更し、iPhone用となり現在のモデルまでラヂオ風な雰囲気を引き継いできた。iPhone 6 & 6 Plus用も従来のデザインをそのまま引き継ぎ、材質と縫製を改良している。

Tr-6_6 Plus

iPhone 6 & 6 Plus用の本革製ラヂオケースは、 iPhoneを各社のケースに入れた状態でもスムーズに出し入れできるサイズにている。なおバード電子のiPhoneハンドル "TOTTE" を付けた状態でも収納可能。

【MODEL】

△ iPhone 6用
 ・Tr-6B 黒  本革・合成タンニン       9,000円      
 ・Tr-6X 赤茶 本革・タンニン「マレンマ」  13,000円
  
△ iPhone 6Plus用
 ・Tr-6PlusB 黒  本革・合成タンニン    10,000円      
 ・Tr-6PlusX 赤茶 本革・タンニン「マレンマ」14,000円  

 ※価格はすべて税別※

iPhone 6 & 6 Plus用の本革製ラヂオケース



Bluetooth LE・ANT+両対応の3軸加速度センサー内蔵チェストベルト心拍計発売

フォーカルポイント株式会社は11月19日、米Wahoo Fitness社のスマートフォン不要でワークアウトデータを記録できるメモリ機能を搭載したBluetooth LE・ANT+両対応の3軸加速度センサー内蔵チェストベルト心拍計「Wahoo Fitness TICKR X モーションセンサー・メモリ内蔵心拍計」を全国の家電量販店、スポーツ用品店などを通じて発売すると発表。なお同社の運営するオンラインストアでも13,000円(税抜)で予約受付中。


tickr_x_500.jpg

【Wahoo Fitness TICKR X モーションセンサー・メモリ内蔵心拍計 について】

Wahoo Fitness TICKR X モーションセンサー・メモリ内蔵心拍計(ワフーフィットネス ティッカー エックス 以下、本製品)は、心拍計単体でワークアウトデータを記録できるメモリ機能を搭載した、3軸加速度センサー内蔵でランニングフォームを測定できるBluetooth LE(BLE)・ANT+両対応のチェストベルト心拍計。ワークアウト終了後は、記録された心拍数などの各種データをスマートフォンに自動で同期させることができる。

Wahoo Fitness TICKR X モーションセンサー・メモリ内蔵心拍計



simplism iPhone 6 Plus用ベルトクリップケースを入手

iPhone 6 Plusは絶好調だが、皆さんはどのように持ち歩いているのだろうか。何らかの保護カバーを使い鞄やバックに入れているのだろうか...。私はといえば常に自分のベルトに着けたケースに収納し寝るとき以外は常に携帯する派だが、これまで本命のベルトケースがなかった。しかしやっとトリニティ社からベルトクリップケースが登場したので早速手に入れてみた。


iPhone 6 Plus購入直後からベルトに装着するケースとして市販の小型シザーケースを使ってきた。無論iPhone 6 Plusのために作られたものではないから使えることは当然としてもどうにも使いづらくしっくりこない。ということで数週間前からサンワダイレクトのDMで知った「iPhone・スマートフォンベルトケース(iPhone 6 Plus対応・本革製)」という製品を取り急ぎ間に合わせと考え使ってきたが、やっとトリニティ社から期待の新製品が登場した。それが “Belt Clip Case for iPhone 6 Plus(5.5inch)”である。

simplism1111pm_01.jpg

※トリニティ社製 “Belt Clip Case for iPhone 6 Plus(5.5inch)” パッケージ


今後も期待しているお馴染みのメーカーさん数社からベルトクリップ・ケースが登場するという情報も得ているので楽しみにしているが、本製品はそのうちのひとつだったので早速使い始めた...。
ちなみに本製品はPU素材でできており、フリップ表面にアクセントとして天然素材(竹)でできたエンブレムがついている。なおカラーバリエーションはホワイト、ブラック、ブラウンそしてネイビーの4種類だが、私は今回ネイビーを選んでみた。

simplism1111pm_03.jpg

※ “Belt Clip Case for iPhone 6 Plus(5.5inch)”のフリップ側


このベルトクリップケースはその名の通り裏面にあるクリップをベルトに差し込み固定して使う...。これまで使ってきたサンワダイレクト製のものは完全にベルトを通す輪になっていたが、クリップ式なら取り外しも取り付けもベルトを抜かなくてできるので簡便だ。ただし容易にクリップが外れては使い物にならないが、実際に使ってみるとしっかりとベルトを挟むので通常の使い方ではまず外れる心配はないだろう。

simplism1111pm_04.jpg

※背面にはしっかりしたベルトクリップが付いている


なおフリップ(蓋)の開閉は内蔵されたマグネットによる。適度な引きは心地よいがマグネットだからしてiPhoneと一緒に磁気カード類を入れるのは厳禁だ。
私はiPhone 6 Plus用を購入したが、気になっていた点は何らかのケースを着けたまま収納できるか...にあった。しかしトリニティ社のウェブに「薄型ケースとの併用が可能」と説明されていたので安心して購入することが出来たが、同社の0.7mm 極薄ケースのクリアなカバーを着けたまま余裕で収納ができた。ちなみにベルトクリップケースの両サイドは伸縮性ゴムが使われているため、収納できる厚さに多少の余裕もできる。

simplism1111pm_05.jpg

※ケースの両サイドは伸縮性ゴムが使われている


例えばこれまたトリニティ社のグリップバンド付シリコンケース「Silicone Case with Card Pocket & Grip Band for iPhone 6 Plus」でも何とか入るといった具合だ。とはいえこれは少々窮屈なのでお勧めは出来ないが(笑)。

simplism1111pm_06.jpg

※トリニティ社のグリップバンド付シリコンケース「Silicone Case with Card Pocket & Grip Band for iPhone 6 Plus」でも何とか入る


ともあれシンプルで薄めの一般的なケースであれば着けたまま本ベルトクリップケースに入れることができるだろう。またケースの下部は大きめにカットされたデザインになっており、片手で収納されているiPhoneを押し上げ、そのまま手に取ることが容易に可能だ。ただしくれぐれもその際に落とすことのないようにしたい。ために私は多少煩わしいものの前記したクリアケースに付属していたストラップを付けている。そして取り出す際にはそのストラップに指を通す習慣を怠らないようにしているが、これなら万一でも安全だ。

simplism1111pm_02.jpg

※ケースは片手でiPhoneを容易に取り出せる


さて、本ケースはiPhoneを横にして収納するタイプだ。縦型のケースと横型とは好きずきはともかくどちらが良いかは難しいところだ。特にiPhone 6 Plusのように大型なガジェット収納の場合、縦型ならジャケットなどを着た場合にもシルエットを壊さないで済むが、デザインによっては椅子に座る際に肘掛けに引っかかったりすることもある。逆に横型の場合は収まりは良いがジャケット類の裾がケースで膨らみシルエットが崩れやすいという人もいるだろう。

ともあれベルトクリップケースをベルトに取り付け、iPhone 6 Plusを収納して数日経ったが具合はとてもよい。iPhone収納中でもイヤフォン・コードを通すことも問題ない。そして縫製も丁寧で綺麗だ。この手のケースは今後も様々なメーカーがいろいろな製品を開発しているに違いないが、本ベルトクリップケースは使い勝手の良さと持つ喜びを感じさせるという基本を押さえた逸品だ...。なお同じデザイン・仕様で iPhone 6用の製品もある。

Belt Clip Case for iPhone 6 Plus(5.5inch)



パソコン世界を創造した傑物たち【第6話】〜 スティーブ・ウォズニアック

パーソナルコンピュータの開発あるいはその市場の創造に大きく貢献したユニークな人々の人生を取り上げてみたいとこれまで「パソコン世界を創造した傑物たち」と題して5人の人物を紹介してきたが、肝心な1人...そうApple IIの開発者でありAppleのもう1人の創業者、スティーブ・ウォズニアックを加えなければ完結しない...。


スティーブ・ウォズニアックという人物は現在でも時々ネットを賑わす言動があるから比較的最近Apple製品のユーザーになった方々もご存じに違いない。ただしウォズニアックという人間にあらためてフォーカスし、彼なりの人物像を浮かび上がらせたいと思うと意外に難しい人物でもある。

Woz_00b.jpg

※スティーブ・ウォズニアック


まず最初に申し上げておくが、本編はウォズニアックを単純に「天才」で「よい人」というような見方はしていない。しかし決してウォズニアックという人物やその輝かしい業績を否定し、彼の経歴に泥を塗るつもりはない。とはいえこれまでウォズニアックはジョブズと常に比較され、ジョブズは悪人だがウォズニアックは善人という単純な比較およびレッテルを貼られてきたが、ウォズニアックも生身の人間で長所も短所もあるという事実を知っておきたいと多方面から調べた結果の一部をご紹介したいと思う。ウォズニアックを崇めている方たちにとっては少々むかつく内容かも知れないが、ここでは些か視点を変えたウォズニアック像に光を当ててみたい。

早速だが、相棒のスティーブ・ジョブズが気むずかしくもカリスマ性が強く人を惹きつけるという多面性を持っている反面、スティーブ・ウォズニアックはどうなのか...。皆に好かれる常識人であればそうそう変わった人間ではないのだろうと調べれば調べるほど...これまた実に変わった人物なのだ...(笑)。
いや、世間はウォズニアックのことを天才という。特に技術系の方々にとっては神様みたいな人物といってもよいかも知れない。なにしろApple 1はもとよりApple II を1人で設計した人物であり、あのApple II用のフロッピーディスク装置 Disk II をも開発した技術者だと...。そのApple II の設計思想は天才でしかなし得ない成果だともいわれている。

繰り返すが、彼の素顔についてもよくジョブズと比較され、ずる賢く人当たりが悪いジョブズに対してウォズニアックは善意の人物であり、暖かく虚言を有しない真っ直ぐな男といったイメージのようだ。金にも綺麗で自分の持ち株をストックオプションの恩恵に与れなかった社員たちに分け与えたり、ロックコンサートに多額の資金をつぎ込んだりと多くの人たちから親しまれ崇められるにふさわしい人物として知られている。
それらの情報が間違っているというわけではないが、人間という生き物は必ず表と裏があり、良くも悪くもそうそう単純な生き物ではない。

スティーブ・ウォズニアックは1950年8月11日、カリフォルニア州サンノゼに生まれた。ジョブズより学年では5歳年上である。ちなみにウォズニアックのことを "ウォズ" と親しみを込めて呼ぶ場合があるが、これは「オズの魔法使い」に引っかけた愛称であり、彼が魔法使いのような天才技術者だという認識による。本人もサインには “Woz” と綴っている。

Woz_02.jpg

※当研究所所有、ウォズニアックの直筆サイン入り写真。1977年第1回ウエストコースト・コンピュータ・フェアにて


さて、その本人が語るのを信じれば小学校6年生の頃、知能指数が200を超えていたという。それが正しいかはともかく、幾多の子供時代のエピソードからは確かに天才児としての姿が浮かび上がってくる。
脇英世は著書「スティーブ・ジョブズ 青春の光と影」の中でウォズニアックを天才児ではあるがと断りつつ「多少おめでたいところがあり、世間の一般的な常識に欠けている、頭が弱いのではないかとさえ思えることもあり、内気と言いながら常軌を脱した途方もないいたずら好きな男」と称しているのは興味深い。

"いたずら" といえば “友人たちを楽しませる害のない遊び” というニュアンスにも受け取れるが、ウォズニアック(たち)が手を染めたいたずらの中には多いに他人に迷惑をかけただけでなく犯罪そのものに発展する可能性大の事例もあった。犯罪者にならなかったのは運が良かったとしかいいようがない。
高校3年生のときにはメトロノームを時限装置に見立てたいたずらで学校長たちを振り回し、結局ウォズニアックは一晩少年院に留置された。

そう...電話を無料でかけられる「ブルーボックス」をジョブズと一緒に作って友人たちに売ったという逸話が知られているが、無料で電話交換機に入り込み電話回線を利用するのはこれまた犯罪に違いない。ウォズニアックとジョブズはこのブルーボックスでバチカンにヘンリー・キッシンジャーと偽り電話をしてローマ法王を眠りから起こそうとしたこともあったという。まあ直接関係ない我々は昔話の英雄談として笑っていられるが、いくらなんでもガキでもない年齢なのに危ない橋を渡っていたことは事実なのだ。

ジョブズと2人で車に乗りブルーボックスを売っていたとき警察官に尋問され、ウォズニアックのポケットに入れていたブルーボックスを「これは何だ?」と問われたことがあった。どうやら電話会社からの通報で駆けつけたらしい...。
その際「シンセサイザーだ」と答えて逃げ切ったとウォズニアックは自慢げに言っている。警察官はブルーボックスを手にしながら「ムーグって奴の方が凄いぞ!」とそれ以上追求しなかったので助かったという。
ウォズニアックは自著「アップルを創った怪物」で「警察官がシンセサイザーだと信じてくれた」から助かったとか「警官に一杯食わせることができた」などとお目出度いことを言っているが、ロバート・モーグ(ムーグ)を知っていたほどの警官だ、これは警察官を誤魔化せたというより微罪と大目に見てくれたと考えた方がいいだろう。

そういえば “車” で思い出したが、ウォズニアックは何度か車の運転中に事故を起こしている。また事故と言えば自家用飛行機で大事故を起こして5週間ほど記憶喪失になったという話しもよく知られているが、時に驚くほどの集中力を見せると思えば、注意力散漫な人にもなるという不思議な人物である。事故の中には居眠り運転もあったというが...。

要するに気持ちが移ろいやすいということか...。あのレオナルド・ダ・ビンチは次々に新しいアイデアや極めたいあれこれが眼前にちらつき、取りかかった依頼事をきちんと完成させることは苦手だった。作品点数が少ないだけでなく今日残っている作品でも未完のものがある。それと同じとまでは言わないがスティーブ・ウォズニアックも気が移ろいやすく、自身の興味のあることに関しては突きつめるもののやり遂げる間にまた別のことに興味が移ってしまいがちだった。
ウォズニアック自身が言っている。「僕は、たとえば1年に10種類くらいのことを次から次へとやりたいと思う」と...(アスキー出版局刊「実録!天才発明家」)。

以前「Apple1誕生物語」に記したが、ウォズニアックは共同経営者として企業に関わったのはAppleが最初ではなかった。アレックス・カムラットという人物から誘われ、ヒューレット・パッカード社に勤務したままでよいからとタイムシェアリングに接続するためのビデオターミナル開発を依頼され共同経営者になったことがあった。

カムラットとの条件や契約がどのようなものであったかは不明だが、カムラットにとって不幸だったのはウォズニアックが真にやりたかった仕事はコンピュータの設計・開発だったことだ。パートナーとしてのウォズニアックはしばらくすると非協力的な立場を取り始め、尻つぼみとなってしまう。それにウォズニアックの天才ぶりが裏目に出ることもあった。なぜならウォズニアックに課せられたビデオターミナル開発はいかに部品数を少なくして回路を設計できるかに才能を発揮したが、それはあまりに技巧的でウォズニアックしか理解できず、問題が生じた場合に他人が直すことが難しい代物だった。

後年スティーブ・ジョブズもウォズニアックの仕事に対する取り組み方に苦慮したらしい。ウォズニアックは自分の気に入った仕事には常人に真似できない集中力を持って素晴らしいアイデアを出し得るが、彼を企業の目標とか計画に沿って働かせることは難しいことだった...。
無論ウォズニアック側から言わせればApple II の売上げで企業(Apple)が成り立っているのに経営陣たちの目は別の新しい方向へと向き、自分やApple II 開発スタッフらを蔑ろにしていると映ったようだ。

そのApple IIもウォズニアックが直接手を染めたのはApple II Plusあたりまでであり、開発担当者らと親密な関係を維持していたものの、Apple IIcあるいはApple IIIの開発には直接手を染めることはなかった。その理由としてウォズニアックは「マッキントッシュ伝説」(アスキー出版刊)の中でAppleも自分も有名になり、マスコミへの対応でエンジニアとして働く時間がなかったという意味のことを述べている。しかしそれはどうにも言い訳としか聞こえてこない。

マスコミへのサービスで苦慮しつつも巧く利用しようと考えたスティーブ・ジョブズにしてもマスコミへの対応を理由に仕事ができなかったなどとは言っていない。やはりウォズニアック自身、自分が目標としていたApple II コンピュータが完成し、それをより活用するに必要なフロッピーディスクドライブの開発が終わった後は目標を失い、新しいコンピュータの開発への意欲が失われたのではないか。それに時代はひとりの天才が一からコンピュータを開発する時代ではなくなっていたことも事実だ...。
したがって本来、ウォズニアックの力量からすれば後のAppleにおいても新製品開発にその名を連ねて当然だと思うが、少なくとも彼の表向きの実績はApple 1は勿論、Apple II とDISK II の開発そして彼がGameBasicと名付けApple IIのROMに書き込んだ整数BASICなどに留まるわけで残念に思う。

ウォズニアックは小学生時代に何度もサイエンス・フェアに自作の作品を出品しいずれもが絶賛されたという。小学6年のときにはブール代数を使った3目並べのマシンを作ったというが、残念なことに提出前に火を噴いて消失してしまった...。
火を噴くといえば、後に友人のビル・フェルナンデスと共に作ったクリームソーダー・コンピュータも火を噴き完成させることはできなかった。このクリームソーダー・コンピュータが出来上がる頃、ウォズニアックの母親がメディアに電話して取材が決まった。記者が取材時に電源コードを踏んだからだという話もあるが、やはり電源の設計に問題があったと考えるべきだろう。なお散々な取材だったが、この時の取材は新聞に載ったとウォズニアックは発言しているが相棒のビル・フェルナンデスは新聞には載らなかったと言う。どうもウォズニアックの話しは100%鵜呑みにできないように思える(笑)。

この電源周りの問題についてはごく最近も小さなニュースが記憶に残った。それはApple 1の所有者で "The Apple 1 Registry" というサイトやブログを公開しているMike W. 氏によれば、電源の気まぐれがシステムメモリーを時折「不安定」にするという欠陥に気づきウォズニアックにメールを送ったという。そのウォズニアックの興味ある返事がここで読むことができる。

Woz_01.jpg

※当研究所所有のApple 1(レプリカ) システム全景


鵜呑みに出来ないといえばウォズニアックは「アップルを創った怪物」で1975年6月29日、Apple 1の開発の肝となる6502を搭載したプロトタイプでキーボードから文字を入力し、TV受像器にそれを表示することにはじめて成功したという意味の発言をしている。
無論それは記念すべき日だと言いたいところだが、脇英世は「スティーブ・ジョブズ 青春の光と影」の中でそうだとすればそれはマイクロプロセッサー 6502であるはずがなくMC6800ではないかと考察している。なぜならウォズニアックが示した月日は6502が入手できる3ヶ月も前だからという。勿論ウォズニアックはApple 1で使うマイクロプロセッサーを6502ではなくMC6800を使うつもりだったことは知られている。事実Apple 1のマザーボードには “6800 Only” とプリントされている部位が2箇所あり、一部の回路変更で6800でも動作するようになっていたらしいが、Apple 1の完成にまつわる話であればやはり6502によるものでなければならず、ウォズニアックの話しは混沌としている。

Woz_04.jpg

Woz_05.jpg

※Apple 1のマザーボードには "6800 ONLY" と印刷されている箇所が2箇所ある


ついでにもう少し核心に踏み込めば、Apple 1の完成に至る苦労は「アップルを創った怪物」で本人が述べているものの、果たして苦労は苦労としてApple 1は素直に動作したのだろうか...。ウォズニアックが文字通り自分1人で回路設計をやったことは間違いないが誰の手も借りずに「自分1人でApple 1コンピュータを作り上げ完成に導いた」のだろうか?

「スティーブ・ジョブズ 青春の光と影」によると、6502を設計したコモドール社のチャック・ペドルは「コモドール ア・カンパニー・オン・ザ・エッジ」という本の中で証言しているという。それによれば、彼ら(ウォズニアックとジョブズ)のシステムは動作しなかったのでチャック・ペドルたちは開発システムを持参してガレージの中でシステムを立ち上げられるよう午後の間中、手伝ったと書いているという。どうやらそれは1976年2月より前のことだったらしいが、結局Apple 1は1976年7月、ホームブリュー・コンピュータ・クラブで披露された後に発売となった。

誰にでも自己顕示欲というものがあるわけだから、目くじらを立てて重箱の隅を突かなくても良いのかも知れない。しかし正直で裏表がないウォズニアックと言われている本人の弁としては肝心の点で少々謙虚さが見られないようにも思える...。少なくとも厳密にいえばウォズニアック1人で何から何まで開発したというのはApple 1に限らず不自然だし無理があることは明らかだろう。前記したブルーボックスでさえ、完成前にはキャプテン・クランチことジョン・T・ドレーパーに国際通話のやり方を指南してもらったおかげで無事正常動作するようになった。

どうやらウォズニアックは天才ならではのアプローチで新しいものを作ることには秀でていたが、ある意味技術的な弱点も抱えていた。それはアマチュアの限界でもあり、あれもこれも高い技術力の裏付けがあったはずもないのである。
例えばApple II はウォズニアックが発明したものであり、彼の技術力と天才的な閃きなくしてはなし得ない成果だということに異存はないし、それを自分や友人らが使うのなら何の問題もない。しかし大量生産し世界中に販売するとなれば話しはそうそう単純では済まない。

前記した電源の設計に関わることだが、Apple IIの試作段階でスティーブ・ジョブズはウォズニアックによる設計の大きな弱点は電源回路にあることを認識していたという。だからこそApple II の電源はきちんとした基礎技術と知識を持った専門家に作らせなければならないと考え、新しい仲間になったロッド・ホルトに依頼する。
すでに経験豊かだったホルトは信頼性が高く軽量そして発熱が少ない電源装置を作るため従来のリニア型ではなくスイッチング電源装置を採用することにした。
Apple II 成功の要因はいくつかあるが、ホルトの設計したこの電源は多いに貢献したに違いない。放熱ファンのないApple II だったこともあり電源のトラブルが多発すればビジネスとしても致命的な問題となったはずだ。

Woz_06.jpg

※Apple II のスイッチングレギュレータ。当研究所所有


ウォズニアックは飛行機事故の直後にAppleを離れ、1年ほどでコンピュータ科学の学位を得たが、Apple 1やApple II を開発していた時期は天才とはいえ電子工学に詳しい1人のアマチュアの範囲を超えることはできなかったに違いない。第1回ウエストコースト・コンピュータ・フェア(WCCF)に出展するため急遽作った数台のApple II も静電気に弱くトラブル続きだったという。要はウォズニアックの閃きは天才そのものだとしても安全性とか商品化に際しての完成度は決して高くはなかったといえよう。

事実ビル・フェルナンデスの発言は軽視できない...。彼はApple II を世に出すのは決して簡単なことではなかったといい、これまたダニエル・コトケも「1976 年の Apple II (試作)は動きさえしなかった」という。ウォズのプロトタイプは確かに動いたが、(ウォズの指示通りに)回路基板にすると動かなかった。「これにはウォズ自身どうしようもなかった」という。要するにApple IIの完全な設計はウォズニアックの頭の中にだけあって量産するために必要な配線図すらなかったのだ。

Apple II を製造するためには、必要なすべての部品の技術情報が不可欠だった。そこで電源を設計したロッド・ホルトはフェルナンデスにその仕事を依頼したという。
結果フェルナンデスのおかげでApple II 最初の完璧な配線図が出来上がった。ウォズニアックがグラフ方眼紙に描いた数ページのメモのコピーを頼りに作業した結果Apple IIが製造できるようになったのだ。

1977年、WCCF (ウェストコースト・コンピュータ・フェア)に出品されたApple II に関してマイケル・モーリッツ著「スティーブ・ジョブズの王国」で筆者はいう...。
「このコンピュータは1人の人間のつくった機械ではなく、デジタル理論設計、アナログ技術、美的訴求性などの点でさまざまな人びとの協力の賜物だった。キーボードとカセットレコーダへの接続用素子の操作、ROMチップ〜実際にはマザーボード〜に記憶されるBASIC言語などは、ウォズニアックの貢献の賜物だった。ホルトはきわめて重要な電源装置の考案で、ジェリー・マノックはケースのデザインで、それぞれ貢献した。(中略) しかし、これらすべての背景で、みんなの音頭をとり、みんなを励まし、あと押ししたのは、ジョブズであり、不撓不屈のエネルギーを発揮して、ことの是非をてきぱきと判断して事業を推進した中心人物も、ジョブズだった。」

少々長く退屈かも知れないが、重要なことなのでマイケル・モーリッツにもう少し耳を傾けてみよう...。
彼は続けて「ウォズニアックは、なにごとにつけても最後の仕上げの点で、(社内において)けっして高い評価を得てはいなかった。すべてを設計仕様どおりにすべきだと主張したのはロッド・ホルトである。マイクロプロセッサから、メモリ・チップやカセットレコーダに流れる信号をチェックするため、コンピュータにオシロスコープを取り付けたのもホルトだった。ウォズが新しいアイデアを思いつくと、すぐさまその新しい着想をきちんと説明し、立証し、図に描いて示すよう、うるさく主張するのもまた、彼の仕事だった。ホルトにいわせれば「ウォズの判断はほとんど信用できなかったからだ...」と。
これでも「Apple II は僕ひとりで作った」とウォズは主張できるのだろうか?

しかしApple IIは自分1人で開発したとウォズニアックはいう。無論その完全な試案は確かにウォズニアックの頭の中にあったにせよビル・フェルナンデスやロッド・ホルトなくして...いやジョブズも含めて様々な人たちの努力なくしてはApple IIは製品化できなかったに違いない。そしてAppleの歴史は存在しなかったかも知れないのだ。
こうして考えると個人的に「私が...自分だけで」と主張するウォズニアックをどうしても好きになれないのである。

製品としてのApple II を完成させるまでには他にもAppleロゴの製作、マイク・マークラなどの支援者を引き入れ、企業としての役割を整える力がなければ成功しなかったと思う。そうした様々な人たちの思惑、あるいは努力でApple II という世界初のパーソナルコンピュータといわれる製品は生まれたのであり、もし「自分のためのコンピュータ」というだけの機会しかなかったとすれば1人の無名のアマチュアが作ったホビー作品として他にも多くあったであろう事例と同様、歴史の闇に埋もれたに違いない。

ウォズニアックが設計したApple 1はテレビとキーボードを繋げばプログラミングができる画期的なマシンだったし、Apple IIはさらにグラフィックス機能をはじめカラーが使え洒落たケースに納まっていた。すべてが新しく斬新でウォズニアックらの発想に天才を感じるが、類例がなかったわけではない。
例えばロックウェル・インターナショナルが1976年に発売した高機能のワンボードマイコン AIM-65 もCPUにはR6502 を搭載していたし20桁の英数字LEDおよびキーボードやサーマルプリンタが揃い別売でケースもあった。無論設計思想はまったく違うが、業界の新製品に敏感だったはずのウォズニアックがこのAIM-65の存在を知らなかったとすれば不自然だ。事実ホームブリュー・コンピュータ・クラブにロックウェルの技術者たちも出入りしていたはずだからして接点がなかったとは思えないしウォズニアックが参考とする情報はあったに違いない...。

Woz_07.jpg

※ロックウェル・インターナショナル製AIM-65 (写真提供:株式会社技術少年出版)


ウォズニアックは整数BASICプログラムの開発は紙と鉛筆でやったという主旨のことを発言しているが本当なのだろうか。動作確認やデバッグはどうしたのか...。凡人が天才の技に疑問を呈したところで説得力がないが、例えばAltair8800用のBASICを作ったビル・ゲイツはAltair8800の実機が手元にないので大学のミニコン、PDP-10でシミュレートするプログラムを書き活用したという。
しかし、「スティーブ・ジョブズ 青春の光と影」によれば1978年3月、DISK IIで使うDOS の開発が求められていたが、さすがのウォズニアックもDOS開発の知識と経験はなく結局シェパードソン・マイクロシステムズのポール・ロートンという人物に開発を依頼することになった。このとき、Appleからロートンに渡された機密文書によれば、ウォズニアックは開発をすべて手作業でやっておりアセンブラー...すなわちコンピュータを使っていないそうだ。天才故のことだと驚くと同時になにか悲壮感も感じる...。

ところで1987年と1988年、アスキー出版からインタビューシリーズ本として「実録!天才プログラマー」「実録!天才発明家」という書籍が出た。本稿の主人公であるスティーブ・ウォズニアックも登場しているが、興味深い事に彼のインタビューは「実録!天才プログラマー」ではなく「実録!天才発明家」の方に収録されている...。
スティーブ・ウォズニアックは他に類を見ない、正に魔術師の妙をもってApple II やDISK IIの設計をした。しかしウォズニアックはそれまで誰もがなし得なかった回路設計を成し遂げ、それを周りが評価してくれることを一番喜んだ。彼はそれを商品化するとか製造にかかわる問題解決には興味がなかったようだ。要はスティーブ・ウォズニアックという男の正体は天才技術者という以前に “天才発明家” なのだ!
1985年、革新的で重要な技術の開発に多大な貢献をした発明家に対してアメリカ合衆国大統領から授与される「アメリカ国家技術賞」の最初の受賞者にスティーブ・ジョブズと共に選ばれている。無論パーソナルコンピュータの開発に対してである。

...そろそろ本稿を終える頃合いだが、僭越ではあるもののウォズニアックは自分の置かれた立場をよく理解している点においては聡明な人物だと思う。斎藤由多加著「マッキントッシュ伝説」のインタビュー最後に「...今後コンピュータ産業に関わるつもりはないか」と聞かれ、かつての分野や方法で貢献するのは難しくなっているとし、かつてそれが可能だったのは取り組む十分な時間があったからだという。もうそんな時間はないし、かつてのように長けているわけでもない...なぜなら現在の技術にも追いつけないと話している。そして「もう二度とできないと思います」と結んでいる。
謙遜があるにしてもスティーブ・ウォズニアックの才気が天才ぶりを発揮したのは1970年代という特別な時代背景を抜きにしては考えられない事だったに違いない。

ともあれウォズニアックが自分の為とはいえApple 1を、そしてApple IIを開発したからこそAppleという企業が生まれ紆余曲折はあったものの現在のAppleが存在することは確かだ。そのApple IIをリアルタイムに使ってきた一人として当時を振り返れば何ともエキサイティングなパソコンだった。またApple IIで本格的なプログラミングを勉強し、コンピュータのアーキテクチャを学びソフトウェアの重要性と面白さに驚喜し続けた一人としてはウォズニアックに心から感謝している。

ウォズニアックは言う...。「人生で一番大事なのは幸せであり、どれだけ笑って過ごせるかだと思うんだ。頭がちょっといかれたようなヤツのほうが幸せなんだ。僕はそういう人間だし、そうなりたいとずっと思ってきた」と。

【主な参考資料】
・ダイヤモンド社刊「アップルを創った怪物〜もうひとりの創業者、ウォズニアック自伝」
・東京電機大学出版局刊「スティーブ・ジョブズ 青春の光と影」
・アスキー出版局刊「実録!天才発明家」
・アスキー出版局刊「マッキントッシュ伝説」



ラテ飼育格闘日記(415)

今年も11月12日が来た...。この日はオトーサンたちにとって忘れ得ない特別の記念日なのだ。それは8年前(2006年)のこの日、横浜のとある動物病院で開催されたワンコの里親会で初めてラテと出会った日だからである。無論その時についていた仮りの名前は "ラテ" ではなかったが、生後5ヶ月ほどの雌だと教えられた...。


8年前のこの日は日曜日だった。ためにオトーサンは女房と共に横浜の動物病院に向かった。勿論初めて行く場所であり、そもそもが動物病院は当然としてもこれまでワンコの里親会なる催しに出たこともなかった。ワンコを探していたところネットで知り合った方が、そうした会があるので参加してみたら...と紹介いただいたことがきっかけだった。

Latte415_B_05.jpg

※季節は秋...ラテは元気です!


いや、昨日の夕飯は何を食べたか...でさえなかなか思い出せない時があるというのに初めてラテに会ったときのことはどういうわけか鮮明に覚えているのだ。里親会に出向いたとはいえオトーサンたちに具体的な希望があるわけでもなかった。ワンコなど犬種が違ってもそうそう大きな差はないだろうといった程度のいい加減な思いで出かけたし、キャバリエでもダックスでも気があえばどのようなワンコでも良いと思っていた。ただしオトーサンはできることなら雌のワンコが良いと考えてもいた。

そのワンコは雌がよい...といった希望はオトーサンの勝手な思い込みだけではないのである。 例えば1973年にノーベル賞を受賞した動物行動学の世界的権威であるコンラート・ローレンツ博士は名著「人 イヌにあう」でいみじくも次のように言っている。
「よく心得たイヌの飼い主はみな、雌イヌがその性格のいくつかの点で雄イヌより好ましいという私の意見に同意されるだろうと思う」とした後で「雌イヌは雄イヌより忠実だし、その心の仕組みはより美しく、豊かで、複雑であり、その知力は一般にすぐれている。私は非常に多くのイヌを知っており、そのうえで確信をもっていうことができる。あらゆる生き物のうち、ものごとをわきまえる点ですぐれていること、および真の友情を分かちあえる能力において人間にもっとも近いのは雌イヌである」と...。
オトーサンもそう思いたいし、そうであって欲しいと願うが、ローレンツも男性であることを差し引かなければならないかも知れない...(笑)。

ともあれ度を超した擬人化は避けるべきなのだろうが、「娘と一緒に」といったシチュエーションに拘りたかったのだ(笑)。
とはいえ実際に里親会にどのようなワンコが集まるのかも知らなかったし予備知識もゼロだった。ただただネットの写真で見るだけでなく実際のワンコと対面しなければ相性も含めて分からないことだらけだからと参加した次第だった。

動物病院のエントランスから本来は待合室のスペースに我々と同様ワンコを探しに来た人たちが所狭しと集まっていたし、ワンコも様々な犬種に見えたが十匹程度はいたのではないかと思う。ただしダックスとかキャバリエといった犬種に見えても厳密には雑種のワンコがほとんどだったようだ。そして考えさせられたが、純血種ではなくてもキャバリアとかダックスらしい外見をしているワンコは申込み者が多いことだった。

そんな訳だからオトーサンたちが「あのワンコがいいかなあ」と考えたにしろ、そのほとんどは既に里親が決まったり、数組の家族が申込みをしたことから抽選になる...といった有様だった。反面見るからに雑種然としたワンコはなかなか里親がきまらないでいた。オトーサンたちはその場に約2時間ほどいたと記憶しているが、複数のワンコが喧嘩をしないように、あるいは個別に相対することができるようにとまだ決まっていない参加者たちに数匹のワンコのリードが預けられ、混乱しないようにとお手伝いすることになっていた。

オトーサンたちも「この子をお願いします」と大型犬の太いリードに繋がれた子犬が渡された...。それがラテだった...。係の人に聞いてみるとまだ里親は決まっていないらしく「元気だけは保証します」といった程度の説明しかなかったがいま思うと実に不思議なワンコだった。
生後5ヶ月ほどの時期だったからだろう、見るからに頭でっかちで両耳は垂れていた。周りのワンコは動き回ったり吠えたり、中には粗相をしたりと騒がしかったが、オトーサンの手に委ねられた子犬は実に大人しかった。

Latte415_B_02.jpg

※2006年11月12日(日曜日)、横浜の動物病院で開催された里親会でラテを選んだ後に女房と記念撮影した1枚


他のワンコをも見回しながら、隣にいる子犬の背に手を置いたり、頭を撫でたりしていたオトーサンだったが、ラテは被っていたキャップが気に入ったのか甘噛みし気がついたら唾液でベトベトにしていた。そして顔を近づけると躊躇なくオトーサンの顔も舐めた。
試しにと口開けて指を入れても噛むようなこともなくフレンドリーだった。
周りの人たちは次々に里親となるワンコが決まっていく中でオトーサンたちの選択肢は限られたものとなっていく。勿論この場で決めなければならないはずもなく、次の機会にまた参加してワンコを選ぶことも考えたがオトーサンとしては来月引っ越しを決めていたことでもあり、なるべく早く決めたかった...。

女房はラテを撫でながら「ワンコらしくて、いいんじゃない」という。その一言でラテは我が家の家族ときまった。そして翌月12月の10日に仮預かりしてくださっていたボランティアのご夫婦が茨城からラテを連れてきて下さった。
車酔いして途中吐いたというラテは1ヶ月前に里親会で会ったときより体毛も伸び、少しだけ大人びていたが未知の場所に連れてこられてさぞや不安なことだったに違いない。

Latte415_B_03.jpg

※茨城から車で連れてこられたラテは酔って吐いたそうだが、すぐ元気になった。2006年12月10日に我が家で撮影


そのとき、オトーサンは初めて気がついた...。
里親会のとき、ラテは綺麗にトリミングされ毛並みも整えられ、お洒落してその場に臨んだということに...。仮預かりをしてくださっていた方々の気遣いとご苦労を思いつつ、もしかしたらラテ自身も本能的に里親会の場は生きるために重要な場である事を感じ取っていたのではないかとも思った。

Latte415_B_04.jpg

※我が家に連れてこられたラテは初日の夜も夜泣きなどせず、マッサージチェアの座で爆睡した(2006年12月10日撮影)


一言も吠えず、ひたすら素直にオトーサンたちの側で大人しくしていたラテ。尻尾を少し引っ張っても、お尻や腹を撫でたり口を開けても初対面の我々にうなり声も上げずにされるままにしていたラテ。オトーサンと目が合うと顔を舐めていたラテ。子犬だからフレンドリーだったのかも知れないが、その少しはれぼったく見えた茶色の目はオトーサンの視線を外そうとはしなかった...。
後日ボランティアの方は「ラテは感情豊かで演技派だから、術中にはまらないように」とアドバイスを下さった。ワンコが演技派とは思いもしなかったが、確かにその日のラテは犬のくせに猫をかぶっていたのかも知れない(笑)。

その娘と暮らし始めて早くも丸8年になろうとしている。ラテにとってこの8年間は我々の4倍5倍の時間を意味するとすれば、どのような人生...いや犬生だったかとその寝顔を眺めながらオトーサンはラテに頬ずりするのだった。



撮影小物として木製ハンドモデルを手に入れた...

撮影小物として木製ハンドモデルを手に入れた…。本来この種のアイテムはデッサンの練習やウィンドウ・ディスプレイなどに使われるようだが、今般ちょっとした仕事に活かそうとはじめて手にした…。調べてみると樹脂製のよりリアルなものやアクリル製のものもあったが、指が動きポーズを作れることや生々しさを消すためもあってあえて木製にした。


大昔のこと…。学生の頃にこの種のアイテムを欲しくて画材を扱っている店を数件訪ねたことがあるが、当時は置いてなかっただけでなく取り寄せだとしてもかなり高価だったという記憶がある。まあ、憧れの ”木製ハンドモデル” というのも変だが安物だから惜しげもない(笑)。しかしこれがなかなか面白いのだ…。

Model of the hand_01

※木製のハンドモデル。男性のサイズで両手



主な目的はお話しできる内容ではないが、早速好奇心から様々なことに応用・活用してみようと試みを実践している。
そういえば以前とある企画を練っているとき、手の写真が必要だった際に自分の手というわけにもいかずモデルをお願いする予算も機会もないからと当時盛んに使っていた3Dで済ませたことがあった。このときにはリアルな人間の手がビジュアルとして必要だったわけだが…。

この木製ハンドモデルも例えば男性・女性の違いがあったり、片手だけの販売や両手、あるいは男女片方ずつの組み合わせ販売などいろいろとあったが、私は今回男性用の両手を手に入れた。特に不満はないが木製であること、そして安価な製品だからだろうか、各指及び手首は程度問題きちんと曲げることができるので様々なポーズをとらせることが可能だが指の間を広げるということはできないのは残念だ。

Model of the hand_04

※指は折り曲げられるが左右に広げることはできない


それからもうひとつ気に入らない点がある。この木製ハンドモデルはご覧のように手首まで作られていて、いわゆる切断面を机上などに立ててディスプレイすることができる。前記したように時計やブレスレット、あるいは指輪といったアイテムを飾るにも良いかもしれない。

Model of the hand_b03

Model of the hand_b05

※木製ハンドモデルにApple Watch(ハリボテ)を…(上)と初代 iPhoneを持たせてみた(下)


しかし手首の切断面にフェルトが貼ってあり、置いた箇所に傷を付けず振動やらにも音が生じない工夫なのだろうが、そのフェルトが真っ赤というのはいかがなものか(笑)。なんだか “切断” と “血” のイメージを浮かべてしまうのは私だけではないと思うのだが。ここはブルーとかグリーンの方がよいと思う。

Model of the hand_02

※どうにも赤いフェルトが気になる(笑)


ともあれ正直いまさらデッサンをするつもりはないし、利用頻度は高くはないが今後も多々アイデア次第で活用できることがありそうな気がする…。ちらと思いついたのは来年早々に登場するというApple Watchのディスプレイにはよろしいかと思うし(笑)、手の表情が必要な場合は活用できるとも思う。そういえば、ふと思いついたことがあったので早速実行してみた。

Model of the hand_08

Model of the hand_09

Model of the hand_10

※木製ハンドモデルを使って様々な表情を考えてみた…


それは先日海外のオークションであのApple 1が90万5000ドル(約9700万円)という高値で落札されたというニュースが飛び込んできた。高値の理由はいろいろとあるようだ…。完動品であることは勿論、どうやら1976年にバイトショップの注文を受け、故スティーブ・ジョブズ氏の自宅ガレージで組み立てた最初の50台のうちの1つらしい。
落札したのは、個人ではなくフォード財団で、ミシガン州ディアボーンにあるヘンリー・フォード博物館に展示される予定らしい…。ネットのニュースにはその際、白い手袋をした両手に支えられたApple 1の写真が紹介されていた。

無論オークション関係者がメディアに向けて撮影させたものなのだろう。それを見て私の手元にあるApple 1 (レプリカ)で同じような写真を撮ってみようという悪戯心がわいてきた(笑)。
まあ、たとえばの話し…女房に手伝ってもらい、白手袋でポーズをとってもらえば至極簡単なわけだが、タイミング良く?これまた手元に木製のハンドモデルがある…。これに白手袋を被せて工夫すれば、他を煩わすことなくそれで同じような写真が撮れるだろうと埒もないことを考えついたので…やってみた。

木製ハンドモデルは前記したように男性の手をイメージして作られたものだからして指は長めだが私の手のサイズとそんなに変わりはない。したがって昔買っておいた白手袋は問題なく使える筈だ。
本来の写真は人の手に保持され、何らかの背景の前で撮影されたに違いないが、私の悪戯の場合は木製ハンドモデルを空中に浮かすわけにもいかないので床に置いてあたかも壁際で撮ったように見せようと考えた。

Model of the hand_06

※木製ハンドモデルに白手袋を被せてApple 1(レプリカ)を支えてみた【クリックで拡大】


別に何ら難しい事はなくそれらしい1枚が出来上がったが、白手袋で保持された当研究所所有のApple 1 (レプリカ)は急に価値が上がったような印象を受ける(笑)。
というわけで、この木製ハンドモデル、当初のミッションをこなした後でも様々なシーンに専属モデルとして活躍して貰おうと考えている。



私にとっての "最後のコンピュータ" とは?

すでに半年以上も前になるが maclalala2サイトに「最後のコンピュータ」という些か刺激的な、そして考えさせられる記事が載った。アップルギークの MG Siegler氏が Mac 30周年を前に書いていた記事だという。頷きながら内容を追ったが、さて自分にとって最後のコンピュータはどういったものなのかを考えるとアップルギークの MG Siegler氏とは些か違った印象が頭を持ち上げてくる。


"パーソナルコンピュータ" という語はすでに死語に近いといわれているようだし、事実一般的にデスクトップのマシンは益々買い換え需要から外されつつあるようだ。まあ先日リリースされたRetine K5のiMacは別だが(笑)。
ともあれパソコンは設置スペースも小さくて済み、持ち運びができるMacBook ProやAirといったノート型で十分だというユーザーはもとより、そもそもがiPadで何でも出来るというユーザーが増えているという。

The last computer_05

※私にとっての最後のコンピュータはやはりiMacとなりそうだ


記事の中でMG Siegler氏はRetina MacBook Airがリリースされれば間違いなくそのひとつを買うだろうとしながらもそれが自分の買う最後のコンピュータになるだろうともいう…。その一番の理由は頭打ちとなったパソコンのパフォーマンスにあるとのことだ。
要するに「…3年たった iMac とリリース直後の新製品である MacBook Air のスピードの差は分からないし、いくつかのMac Pro のレビューをみてもほとんど変わらない。」からだという。

こうした点は大体において私も同意見だ。長い間使ってきた…それもメモリをフルに装備し、高級なビデオカードを入れたMac Proより女房が買ったiMacの方が速くて使いやすいことを知り愕然としたことがあったが、すでによりよいパフォーマンスを求め、昔みたいに毎年新製品を追い続ける意味は確実に薄れたことは事実であろう。
「コンピュータはスピードとメモリの大きさが命だ」とは以前から言われ続けてきたが、そうした認識も終焉を迎えつつあるのかも知れない。

なぜなら確かに20年ほど前を振り返って見れば1年毎に登場する新製品のマシンはそれ以前のマシンを完全に凌駕していた。だからこそ、常に最新の機種を手にすることはアクティブなユーザーにとって意味があったのだ…。具体的にいえばモニター画面大の3Dレンダリングに半日かかっていたものが、新機種のMacでなら3時間で終わるならそれは大変重要なことだ…。
ただし近年は些か様子が違ってきている。無論新しい機種やコスト高のマシンは高性能でありスペックを比較すれば間違いなくパフォーマンスが高いことは事実だ。とはいえ問題はそのマシンで我々はなにをしようとしているのかが問題である。

多くのパソコン利用者にとって重要なのは3Dとか4K 映像の編集といったものではなく、インターネットに接続するためのブラウザと電子メールをやり取りするメーラー、あるいは文章入力のワープロソフト、そしてお気に入りのゲームといった程度だとすれば、現状のマシンはかなり以前の段階でオーバースペックになっていることは間違いない。後はせいぜいデジタルカメラで撮影したRAWデータを編集あるいは加工する程度か…というかその程度であれば現行のすべてのMacで大きく不自由を感じるものではない。
繰り返すが最新・最速のマシンが必要なのは高度なレンダリングを必要とする3Dあるいは高品位なデジタル映像の製作・編集といったニーズに違いないし、それなら少しでも早いマシンは多いに意味があるわけだが、皆が皆そうした目的でパソコンを扱うわけではない…。

そういえば1984年に登場したばかりのMacintosh 128Kを購入して以来、これまでに何台Macと名が付くマシンを買ったのだろうか。前記のMG Siegler氏は「1ダース以上だ。それとも2ダースだったか。」と記しているが、一時期自身の財布から会社で使うマシンも買っていた時代があったから個人ユーザー時代そして起業した時代、さらに現在に至るまでに購入したMacの正確な台数は不明ながら、50台は下らないはずだ。正確にいうならそれ以前にApple IIや IIe、NEC PC-9801、PC-100、IBM5550などなども手にしたわけで、それらの全てを数えるなら…ああ数え切れない(笑)。

ところでいま手元にあるSIGMA DP3 Merrillというデジタルカメラで撮ったRAWデータは1枚で50MBほどにもなる。この容量は1987年にリリースされたMacintoshファミリー最初のカラーモデル Macintosh II に搭載された内蔵ハードディスクの容量…40MBを凌駕するサイズだ。当該マシンにはメモリ容量も最大で8MBという時代だった(漢字Talk 7以降は最大20MB)し、当時これでもスーパーパソコンといわれた製品だった。

>The last computer_01

※Macintosh II とSuperMAC社の19インチ・カラーディスプレイ(1989年撮影)


ここしばらくの傾向を見ていると、マシンパワーが向上するとそれに見合う成果を考慮したアプリケーションが登場したり、これまでのアプリも機能強化のために重くなり、より多くのメモリとスピードを必要とする。ある意味その繰り返しでパソコン市場は進化してきたわけだが、その傾向が今後も続くとしても鈍化はやむを得ないと思う。

AppleがMacを開発し続けるとすれば、私にとって最後のMacは私の命が終わった際に使っていたマシンということになるしその時期は現実問題としてかなり見えてきた(笑)。そしてこれまた個人的なことではあるが、私はいまだにノート型ではなくデスクトップ型を主として使っている。MG Siegler氏はすでに机の前では仕事をしなくなったと言っているが、私はといえば数ヶ月前にアップデートされたMacBook Air 11” を手に入れたものの、相変わらず主として使っているのは iMacの27インチである。

以前使っていたMac Pro はビデオカードを強化しつつ足かけ5年使ったが、現行のiMacはApple Careに加入したことでもあり3年間はきっちりと使うつもりだ。したがって今後は基本的に3年のスパン毎に新機種を手にすることになると考えているが、だとするなら、たとえば…私が日本における男性の平均寿命である 80.21歳までなんとか惚けずにMacの前に座っていられるとすれば、多分後4回…あるいは5回ほどデスクトップ機を買い換えるチャンスがあると考えられる…。
後たったの5回か?と嘆く気持ちもないわけでもないが、まだ5回もあると考えれば嬉しくなる(笑)。ということで、少なくとも私はMG Siegler氏とは違い、最後までデスクトップのMacを買い続けるだろうし愛用するつもりだ。

私は1980年代初頭にApple II でパソコンの面白さを知ると共に未来への窓を開けるキーを手にしたと考えてきた。しかし当時Appleのシェアはとても低く長い間 MS-DOSマシンやWindowsマシンに水をあけられていたし、もしかしたら未来永劫そのパワーバランスは変わらないかも知れないと考えた時期もあった。そして最悪Appleが、あるいはMacが消滅する日が来るかも知れないと思った時期もあった。それがどうしたことか、現在ではMicrosoft、HP、そしてGoogle全部を合わせたよりAppleは大きな存在となった…。

The last computer_02

※Apple II のエンブレムとキーボード部分


したがってこれで相当な失策を重ねたところでAppleは私の寿命が尽きるまでの間、消滅することはないに違いない。そう思うとコンピュータと...Appleとずっと歩んできた30数年間が俄然無駄ではなかったと自負する気持ちが強くなりさらなる活力となってくる。

私にとって本当の意味で最初のパーソナルコンピュータはワンボード・マイコンやコモドールPETを別にすればApple II であったが、最後のコンピュータもAppleのパソコンでありたいと願っているものの、それはRetinaの大型モニターiMacでも使っているのだろうか…。その美しい大型モニターを眺めながら「嗚呼、楽しい一生だった」と息を引き取るというのが私にとっての大往生だと思うが、さてこればかりは…人生思い通りにはならないに違いなく、この不確実の時代に何が起こるか予測は不可能だ。意外とすぐにお迎えがやってくるかも知れないし、逆に父親と同じく90歳を超えるまで生きてしまうかも知れない(笑)。

故スティーブ・ジョブズは自身の運命を知った後、"Life is fragile." すなわち「人生は儚(はかな)い」といった。辞書によれば「儚い」とは「あっけない。あっけなくむなしい。」ということと同時に「果敢無い」すなわち「仕上げようと予定した作業の目標量...それが手に入れられない」という所期の結実のない意もあるという。
波瀾万丈ではあったが、あれだけ成功したジョブズが「人生は儚い」とは些か意外でもあるが、まだ56歳だったし成功者ほど生への欲がでるものなのかも知れない。私はといえば「人生は泡沫のごとく一瞬」とは身にしみて感じるが空しいとか儚いとは思っていない。

ジョブズとは違い、宇宙に痕跡を残すような偉業はなし得ていないものの、パソコンと出会い、人生の半ばでそれを仕事としたおかげで普通では体験できないことを体験し、味わうことができないあれこれも味わうことが出来た。勿論良い事尽くめであったわけではないが、私にとってはコンピュータ様々であり、あらためて振り返って見るとパソコンなくして自分の人生はなかったと思うほどだ。

それにしても同年配の知人たちと「最後のコンピュータ」を論じていると機種がどうのこうのという話しから死に直面したとき、これまでのコンテンツをどう処理・処分するのか...できるか...という話しになる。
自分が病気になったり死んだ後にパソコンのハードディスク内やCloud内にあるデータ類はどうするのか、どうしたらよいのかが気になってくる。さらにそれまでアクティブだったサイトやブログ、そしてドメインやらも目の黒いうちに自分なりの処置をすべきなのか?
こちらの方が最後のコンビュータを選択するより難しく面倒なことになりそうだ…。



インスタグラム、キャプションの編集機能を追加、コンテンツの発見も簡単に

写真・動画のソーシャルネットワーキングサービス、インスタグラムは、2014年11月10日(米国時間)、新たにキャプションの編集機能を追加し、コンテンツの検索機能を更新したと発表。これらのアップデートにより、これまでできなかった写真・動画の投稿後のキャプション編集を気軽に楽しめるようになると同時に、ユーザーがフォローしたいアカウントを簡単に発見できるようになる。


Instagram1111.jpg

キャプションを編集したい場合には、投稿済みの写真・動画の右下に表示されている「...」ボタンをタップし、「編集」を選択。その後、テキストや位置情報の編集を自由に行うことができ、編集を加えたキャプションには、右上に「編集済み」と表示される。このキャプションの編集機能は、コミュニティから最もリクエストが多かった機能のひとつで、テキストの打ち間違いなども、投稿後に修正できるようになった。

「発見」ページ(ページ下部の虫眼鏡のアイコンをタップ)では、ユーザー名やハッシュタグを検索する機能に加え、プロフィールのオプションに設定されていた「Instagramのおすすめ」機能が、新たに「ピープル」タブとして加わり、ユーザーにおすすめのアカウントが表示される。そのため、ユーザーがフォローしたいアカウントをより簡単に発見することができるようになった。また、新たに予測変換機能が加わり、少ないキー操作でスムーズな入力が可能。

現在、全世界でインスタグラムにおけるユーザーの滞在時間は、1日に平均21分間と増加傾向にあり、インスタグラムのコミュニティは、ますます拡大している。インスタグラムは、今後特に中長期的に検索機能を充実させ、コミュニティの声を反映しながらアップデートを重ね、撮影の初心者からプロまであらゆる利用者に、写真・動画を通じた楽しく快適なコミュニケーションを実現していく。

インスタグラム・日本語版公式アカウント(日本語)

■Instagramのダウンロードはこちらから
 ・iOS版アプリ
 ・Android版アプリ




Yosemiteへのアップデートで生じたトラブルの覚書

メインマシンとして使っている iMac 27” (Late 2012)を先日Mac OS X 10.10 Yosemiteにアップデートした。それ以前のOSはMountain Lionで、OS X Mavericks をパスしてのYosemiteへの移行だった。アップデートは一見巧く行ったかに見えたがご多分に漏れずすぐに異変を生じ、丸2日間ほど検証と修復に費やされたがその概要を覚書として記してみたい。


思えばMac OSの時代から新しいOSバージョンにアップデートする毎に軽度か重度かはともかく何らかのトラブルに巻き込まれてきたような気がする。
正確に記録を残してきたわけではないのであやふやな記憶も混じるが、ユーザーにとって新OSへの移行は期待と楽しみは当然としてもかなりのリスクを伴う作業なのは昔も今も変わらない...。

さて今回のトラブルだが、Mountain Lion...すなわちMac OS X 10.8 がインストールされている iMac 27” を最新OSであるMac OS X 10.10 Yosemiteへアップデートしようとする試みで遭遇した。いろいろと私なりに調べた結果、今回はアップデートに値すると判断しての実行であった。

幾多の例で今回も何らかのトラブルに見舞われるであろうことを予測して(笑)、まずは現行のOS環境すべてを外付けのSSDボリュームにクローンとしてバックアップを作成した。それとは別にこれまでTime Machineもトラブルなくそれなりのバックアップは取っている。ただし万一の場合、OSのバージョンはともかく内蔵ハードディスクからの起動ができない場合に外付けのハードディスクからの起動は問題解決に不可欠だと肌で感じているのでまずは万全を期しての準備である。

バックアップの準備が整ったところでアップデートを開始した。無論1番簡便な方法、すなわちOSの上書きである。現行のコンテンツや環境はそのままにOSのみMountain LionをYosemiteにするという方法だ。
やり方も難しい事はなくMac App Storeにある無料のYosemiteをダウンロードし、アプリケーションフォルダ内にダウンロードされたアイコンを起動するだけだ。後は指示にしたがうだけでアップデートは完了する...。というはずだが、今回も簡単にアップデートを許してくれなかった。

yosemitetrouble_01.jpg

※Yosemiteのインストールを実行するとエラーメッセージが出て先に進めない


アップデートをスタートするとしばらくして「インストールの準備中にエラーが起きました。このアプリケーションをもう一度実行してください。」というメッセージが出て先に進めない。指示に従い再度Yosemiteのインストーラーを起動するも変化はなかった。
この時点で念のためと「ディスク・ユーティリティー」でドライブの修復やアクセス権の修復を試みたがやはりダメだった。
内蔵ハードディスクを消去しクリーンインスールしなければダメかな...という最後の手段がちらつくが、ここで事を複雑にする前にApple Careのサポートに電話してみた。

電話口に出た担当者は状況を聞いた上で気の毒そうに...ではあるがクリーンインストールを勧める。確かにそのアドバイスは間違いではないがそれは最後の手段でありたいし他に何か簡便な可能性はないかと食い下がるとスペシャリストに確認してみるからという。数分待った後に巧く行くかは不明だが...と断った上でセーフブートした上でインストールを試みて欲しいというアドバイスをもらった。なるほど、それはやってみる価値があると思いサポートへの電話を切った上で実行してみた。

セーブブートとは起動音がした直後にShiftキーを押し続ける起動方法だ。アップルロゴとプログレスバーが表示されたら、Shift キーを離してよい。これでディレクトリの問題の修復を試み、かつフォントキャッシュなどが捨てられ、必要最低限のシステムで起動する。要するにユーザーが入れた多くのトラブルの元になり得る要素を使わないでマシンを起動するわけだ。
さて肝心のMacだが、セーブブート後に再度Yosemiteのインストールを試みたところ、何と巧くいったようで時間はかかったものの無事に起動した!

yosemitetrouble_05.jpg

※セーフブート後にYosemiteのインストールは可能になった!


これで、これまでの環境はそのままでOSのみ新しいYosemiteにしたわけで、インターフェースは些か違うにしても戸惑うほどではなく早速3時間ほど実際に使ってみたが快調だった。しかしそれはより深刻なトラブルを引き起こす前の喜びでしかなかった...(笑)。なぜならその後、何だったか...ウィンドウを閉じた瞬間にレインボーマークが回り始めた。すべてのオペレーションができず、強制終了をキーボードから指示しようとするがそれもダメ...。少し時間を置けば直るかと念のため20分程放っておいたがレインボーマークは回っている。仕方なく電源を切るしかなくなった。
問題はその後、マシンが起動しなくなってしまったことだった...。プログレスバーが少し進んだかに見えるがそこから一歩も進まなくなった。

再度セーフブートを実行してみたが今度はセーブブートでも起動しない。これはもう安心して使うにはクリーンインストールするしかないと覚悟を決めた。しかしその前にひとつだけやってみるべきことがあるのを思い出す。それは数時間の間、Yosemiteの環境でTime Machineバックアップを取っていたことでもあり、そのTime Machineからの復元をやってみようと思った。

ところでFusion Drive の復旧はそれまでのものとは些か違う。まずはMacの電源が入っている場合は電源を切り、電源ボタンをもう一度押し起動音が聞こえたら「command + option + R」キーを押し続ける。そして地球儀アイコンとプログレスバーが表示されたらキーを離す。

yosemitetrouble_02.jpg

※リカバリーモードで起動


無事に OS Xユーティリティの起動が済んだら「Time Machine バックアップから復元」を実行することになる。勿論Time Machineとして使っていた外付けハードディスクを接続し認識したら作業を実行するだけだ。

yosemitetrouble_06.jpg

※OS Xユーティリティの起動。「Time Machine バックアップから復元」を実行


本来はこうしたリカバリーのためのTime Machineなのだが、結論を急げばどうやら状況はより深刻になったようで巧く行かず、再起動するとモニタにはこれまで見たことのない駐車禁止のアイコンが表示されているではないか...嗚呼。

これはやはり思い切ってハードディスクを一端消去し、OSをクリーンインストールの上でTime Machineからアプリケーションやデータならびに環境を復元するしかないと決断...。
再び「command + option + R」でインターネット復元モードにするが、まずは前記したOS Xユーティリティ起動後に「ディスクユーティリティ」を起動してハードディスクを消去する。その後にOS Xユーティリティ画面に戻って「OS Xを再インストール」を実行する。ただし私のiMacはLate 2012のマシンであり、ここでいきなり最新OSのYosemiteをインストールすることはできない。まずはMountain Lionをインストールした上で、最新OSのYosemiteにアップデートするという段階を追わないとならない。実に時間がかかり面倒だがこればかりは仕方がない。

結果はYosemiteへのアップデート、そしてTime Machineからの情報の転送に至るまでが無事に終了し、Yosemiteでの起動後にメールデータの読み込みを行うだけで従来の環境、すなわちSafariのブックマーク情報やメーラーのアカウント情報などをそのまま継承することができた。また常用していたアプリケーションのほとんども一部アップデートを実行したものの利用可能だった。

yosemitetrouble_04.jpg

※Yosemiteへのアップデートが完了後、Time Machineからアプリや情報を転送


今回のトラブルはかなり深刻な状況だったが、落ち着いて対処できたのにはいくつかの背景があった。ひとつはApple Careに加入しているので最悪でも無償で頼ることができること、そして外付けのSSDに直前のシステム全部をクローンとして作り起動を確認しておいたことだ。ちなみにこのクローンの作成にはTechTool Pro 7を使った。
さらにThunderbolt 仕様の外付けハードディスクにTime Machineバックアップを取っていたことで転送時間も比較的スムーズだったしこれまでのデータを完全に失うことはないと確信していたからでもある。それに幸いトラブルの発症が金曜日の夜半であり、修復に土日を使えたことも不幸中の幸いだった。

yosemitetrouble_00.jpg

※無事 iMac 27インチ Late 2012をYosemiteへアップデート完了!


その後は今のところ...基本的に快調である。ただしWI-FIが時に切れる、ネットワークが遅くなるといった周知の問題にも遭遇しているが、最終的にOSはクリーンインストールとなったために問題は少ないことを願う。まあ、ひとつひとつ問題を潰していく過程で知り得ることもあるからイライラしないで先に進みたいと思っている。



ラテ飼育格闘日記(414)

先日、気温も低くなりラテがよく歩くようになったのでラテのリードを引くままに夕方の散歩時に以前通っていたお馴染みの公園まで足を伸ばすことにした。そこに行けばもしかしたら馴染みの飼い主さんやワンコに会える可能性もあるわけだが、片道スムーズに歩いても30分はかかる距離でもあり、頻繁には行けない場所となった。


その公園はラテが我が家に来てから約7年間、毎日といってよいほど通っていた場所であり多くの思い出が詰まっているところでもある。一時は土日の夕方など、十数匹のワンコたちと飼い主さんたちが集まり、ワンコの大半は広い公園を文字通り駆けずり回っていたものだし、馴染みの子供たちがラテと共に ”ダルマさんが転んだ” を遊んだりこれまた一緒に駆けっこをしていた。しかし年を経るにしたがって集まって来るワンコたちは減ってきたし、近年はほんの一握りの方たちしかお見受けしなくなってしまった。

Latte414_01.jpg

※ご機嫌なラテはオトーサンにちょっかいを出しながらステップを踏み...歩く


そんなあれこれを考えながらラテのリードを引き、もう少しで公園入り口に至る大きな歩道橋にさしかかろうとしたとき、十数メートル前の十字路を右から走ってきた1台の自転車がブレーキをかけた…。瞬間それまで普通に歩いていたラテの動きが止まった…と思ったら駆け出す準備みたいにピョンとステップを踏んだ。
オトーサンたちもその方がラテが大好きなワンコ…マキちゃんのオカーサン(飼い主さん)だと分かった。オカーサンはわざわざ自転車を降りてこちらに向かってくださったが、ラテはオトーサンが持っていたリードを強く引いて駆けだした...。

もともとマキちゃんのオカーサンとはラテが公園デビューした当時からのワンコ仲間だったが、ビーグル犬のハリーちゃんのオカーサンたちと共にラテを可愛がってくださったからだろう、ラテはお会いする度に大げさと思うほど歓喜の言動を表す…。「ウァオ~ン」と声を上げながらワンコ独特の遊びのポーズをしたり、太めの身体をひねるようにしてステップを踏み喜ぶ。そしてリードで引かれなければ飛びつき、許されれば膝に乗り顔や口元を舐め回すという行為をするが、ラテのような中型犬でオトーサンの周りではこれだけ大げさとも思える喜びを表すワンコはほとんど見たことがない。第一オトーサンに対してだってほとんどしないのだから(笑)。

Latte414_02.jpg

Latte414_03.jpg

※一年ぶりで出会ったマキちゃんのオカーサンに大喜びするラテ


マキちゃんのオカーサンは自転車から降りてラテを抱えるように腰を屈めて下さったのを良い事にラテは早速抱きついている(笑)。こうした抱きつき行為は止めさせるべきだと書いてあるトレーナー本もあるが、ワンコ仲間の方々だからこそ大目に見てくださるのでつい甘えてしまう。

オトーサンたちがその公園に向かうとき、マキちゃんはもとよりハリーちゃんやクロちゃん、またはボビーちゃんたちに会えるといいね…と話しながら歩いて来たことは確かなのだが、それはこちらの勝手な願望であり皆さんお勤めに出ているしそれぞれお忙しい毎日のはずだ。そして昔ほどワンコを散歩させる時間帯も一致していないようだし、そもそも待ち合わせをしたり散歩のルートなどを取り決めているわけではないのだから、お会いできることは滅多にないことなのだ。

そのマキちゃんのオカーサンにお会いするのも一年ぶりである。自宅に戻り確認してみたらやはり昨年この地に引っ越しした直後、ラテと共に同じ公園を訪れたときマキちゃん共々お会いしたとき以来だった…。
しばらくの間、近況など立ち話をさせていただきお別れして我々は公園内に入った。広い公園には中学生か、部活なのかフリスビーなどの練習や走り込みをしている子供たちが目立ったがワンコはまったくいなかった。愚痴をいってもはじまらないのだが、沢山のワンコが遊んでいた記憶がオーバーラップしてちょっと悲しくなってくる…。

ともあれラテは排泄もしてくれたし暗くならないうちに帰路につこうと少々ぐずるラテを引っ張って戻ることにした。そして先ほど通ってきた歩道橋を渡りかけたとき女房が前方を指さして「あれ?マキちゃんじゃないの?」と声を上げた。確かに先ほど分かれたオカーサンとマキちゃんに違いない...。我々がまだ公園にいるだろうとわざわざ帰宅したばかりなのにマキちゃんを連れてきて下さったようだ!

Latte414_04b.jpg

※女房が指さす歩道橋の向こうにはマキちゃんとオカーサンの姿が!


しかし、ワンコは凄い…素晴らしい。これまた久しぶりなのにマキちゃんはまっしぐらにオトーサンたちの方へ走ってくる。走ってラテと鼻面をつき合わせ、形だけの挨拶が終わったら早速女房の前に座り込みオヤツ頂戴ポーズだ(笑)。ラテもそうだけどワンコというと嗅覚で物事を判断するというイメージが強いが、我々同様視覚による判断も優れていることがわかる。何故って数十メートル離れている我々が何者であるかを知ったからそこ勇んで走ってくるのだから…。

Latte414_05.jpg

※久しぶりのマキちゃんは営業活動に忙しい(笑)


その後嬉しいことにマキちゃんと共に途中までご一緒に散歩することができた。ラテは嬉しさのあまりマキちゃんと列んで歩きながら「ワン!オ~ン!」と数度雄叫びをあげている。

Latte414_06.jpg

※マキちゃんと一緒に歩き始めるとラテは雄叫びを上げ始めた...


ラテが大喜びしたとはいえ、マキちゃんのオカーサンにはお疲れの所申し訳ないと感謝しつつ、マキちゃんのオヤツ催促の鼻面を手に感じながらオトーサンたちは落葉激しい桜並木の一本道を歩いた。

Latte414_07_201411041416457ec.jpg

※すでに帰路は夕闇に包まれ、月が綺麗だっ


とある歩道橋のところでマキちゃんたちとお別れし、我々も本格的な帰路についたが、あたりは既に闇に包まれ始めていたものの、心なしか見慣れた街灯の明かりが美しく...暖かく感じたラテファミリーだった。



“文具王” 考案、iPhoneの取っ手 TOTTE 発売

バード電子は11月7日、市販のiPhone用クリアケースに取り付けることができる“取っ手 (TOTTE)”を販売するとち発表。本製品は“文具王”として名高い高畑正幸氏の考案を同社が実用製品として企画化したもの。


TOTTE.jpg

※iPhoneおよびケースは付属しません

今までにない大きなサイズのiPhone 6 Plusなど、次第に大型化するiPhoneは、そのまま手に持つと落とす不安が過り、その活用にブレーキがかかる方も多い。特に手の小さい方や女性は、余計心配のようだ。
TOTTEは、起きた姿勢での通常の使用時はもちろん、ソファでくつろいだり寝床で寝転んだりしているときにも手を滑らせて取り落とす心配がなく、安心してiPhoneを使うことが出来る。

また、持ちやすいだけでなく、イヤフォンを使用しないときに巻き付けてすっきり収納したり、デスクに伏せて置いた状態から持ち上げやすい、取っ手を折り畳んでからポケットに入れると落としにくい(TOTTEがストッパー代わりになる)という利点もある。

iPhone用ハンドルTOTTEを考案したのは、“文具王”として名高い高畑正幸氏。身の周りの道具の利便性を追求して止まない高畑氏の発想を、バード電子が実用製品として企画化。その企画を、用途や機能、使い勝手を美しいデザインに昇華させることで知られる革小物メーカーrethink。

TOTTEのデザインは、タンスの取っ手のような“D形”の形状が特長。入念な設計により、指をすっと差し込みやすく、かつ外れにくい程よい締め付け感を実現している。
TOTTE-BBの素材には、イタリア・トスカーナの名門タンナー、ワルビエ社の高級ヌメ革(牛革)ブッテーロを採用。ブッテーロは繊維密度が高くコシの強い肩革を使用しているため、耐久性に優れており、また使い込むほどに艶と透明感が増すなど、自分だけの道具として長く愛用できる。

なおTOTTEは、市販のiPhone用クリアケースに、付属の両面テープ(定番として知られる日東No.500)で貼付けて使用する。

2014/11/10発売  TOTTE-BB ブッテーロ(ブラック)  ¥3,300 
2014/11/20発売  TOTTE-PB PUレザー(ブラック)  ¥1,800
           TOTTE-PC PUレザー(ブラウン) ¥1,800
           TOTTE-PH PUレザー(グレー) ¥1,800  

価格は全て税別価格。

TOTTE




FileMaker カンファレンス2014 が開催

ファイルメーカー株式会社は11月7日、今年も日本最大の「FileMaker カンファレンス2014」を11/26(水)〜28(金)、JPタワーホール&カンファレンス(KITTE 4/5階)にて開催すると発表。


FileMaker カンファレンスは、ファイルメーカーが主催する日本最大のカンファレンス。最先端のソリューションを体感したり、注目の技術に触れたり、FileMakerソリューションのエキスパートと実際に会ってビジネスシーンのつながりを深める機会を得られる。

FMC2014.jpg

“ビジネスの世界を果てしなく拡げる”をテーマとした本カンファレンスでは、FileMakerプラットフォームで構築される最先端のiPad/iPhoneのビジネスソリューション、最新技術やビジネスアップデートのほか、カスタム・ビジネスソリューションの作成・導入方法などを紹介したセッションを数多く見ることが出来る。
iPad/iPhoneを活用したビジネスソリューションをより効率的に設計・構築・展開する方法や最新のベストプラクティスを幅広く紹介している。

会場:JPタワーホール&カンファレンス (千代田区丸の内二丁目7番2号JPタワー・KITTE 4/5階)
最寄:東京駅、二重橋前駅、大手町駅など 
地図: https://goo.gl/maps/kpB6m

開催日:
11/26(水) 10:30-19:30 オープニング セッションなど
11/27(木) 10:00-18:10 iPhone & iPadトラックなど
11/28(金) 10:00-20:00 メディカルトラック、クロージング セッションなど

参加は無料だが事前登録制。

FileMakerカンファレンス2014




Apple 1、9700万円で落札というニュースに接して...

Apple 1がオークションで9700万円で落札されたというニュースに驚いた。どうやらそれはスティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックがバイトショップに納品するため最初に作ったApple 1、50台のうちの1台で完動品だという。それにしてもホビーコンピュータの基盤価値としては破格の扱いだ…。


確かに希少価値という点において貴重なものとなっていることは確かだしこれまでにも3000万円程度での落札は耳にしてきた...。それもこれも世界中に現存しているApple 1はすでに30台前後しかないともいわれているからだし、さらに動作するものはほんの数台という。
そもそもApple 1の存在が少ないのは誕生から38年間ほど経っていることもあるが、当時のAppleはまだ法人化されておらず、売り方も現在とはまったく違う形で世に出たからだ。

Apple1_ouction_01.jpg

※当研究所所有のApple 1 (レプリカ)


念のためにおさらいすると1976年にスティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアック、そしてロン・ウェインの3人はウォズニアックが開発しApple 1と名付けたボード・コンピュータを販売する会社...Apple Computer社を作った。しかし売れるのか、売れないのか、販売価格はどの程度にしたら支持されるのか...などなど明確な判断ができぬまま、彼らはホームブリュー・コンピュータ・クラブに持ち込んで反応を確かめ、意見を聞いたりもした。

スティーブ・ウォズニアックに言わせれば、会社を興すためにApple 1を作ったわけでもなく、ただ自分の為のコンピュータを実現したいがための開発行為だった。それを友人のスティーブ・ジョブズが「これはビジネスになる」とウォズニアックを説得した結果の起業だったわけだが、ウォズはアタリ社を辞めるつもりもなかった。したがってあくまでサイドビジネスのつもりだったらしい。
また当初は完成品を販売するのではなく、ジョブズがフォルクス・ワーゲン、ウォズが HPの関数電卓を売って作った僅かな資金でプリント基板を作り、それが売れたら車や電卓を買い戻そうという程度の考えだったともいう。

しかし、たまたまホームブリュー・コンピュータ・クラブに出入りしていたバイトショップのポール・テレルという人物が1ヶ月以内に完成品の50台を納入できるなら納入時に全額を現金で支払うという申し出をしたことからAppleがビジネスらしい活動ができるようになった。テレルはMITS社のAltair8800などを積極的に扱い始めた時期でもあり、パソコンショップの目玉のひとつにApple 1を加えることを考えたようだ。
結局スティーブ・ジョブズの自宅で基板に部品を実装する日々が続き、納期ぎりぎりにやっと納品することができたが、完成品というにはほど遠くキーボードもトランスも付属しなかったもののテレルは約束通り現金を支払った。

その後もバイトショップには第2ロットを納品すると同時に、1976年8月にはニュージャージ州アトランティックシティで開催された「PC ‘76 Computer Show」に小さなブースを出して宣伝に努めたが、スティーブ・ウォズニアックいわく、全部で175台製作したApple 1は他のショップや友人たちを含めて150台売ったものの後は売れなかったという。したがって会社は作ったものの将来に不安を感じたロン・ウェインが早々に会社を離れていったことでも当時の不安定な状況をうかがい知ることができる...。

ただしウォズらの頭にはすでに次のコンピュータ、Apple II の開発があり、その過程でマイク・マークラの資金援助といった巡り合わせがあって1977年1月、Appleは法人化することができた…。その年の4月にAppleは第1回ウエストコースト・コンピュータ・フェアにブースをかまえて華々しくApple IIを展示し好評を得、瞬く間に売上げを延ばし株式公開に至る。そしてApple II を販売する際にApple 1 を下取りサービスすることにしたことから150台しか売れなかったApple 1の大半はAppleに戻されて廃棄処分となってしまった。現存しているApple 1の数が極端に少ないのはこうした理由による...。

いまでこそApple 1は伝説のマシンであるがこうした事実を振り返れば、当時当事者たち...すなわちスティーブ・ジョブズや開発者のスティーブ・ウォズニアックらがApple 1をどのように評価していたかをうかがい知ることが出来る。
どういうことかといえば、Apple 1はApple II 登場の前座であり、パーソナルなコンピュータというコンセプトからも現実的な使いやすさや機能といった面から見てApple 1はすべてがApple II に劣るという認識があったはずだ。なにしろグラフィック機能はなくテキストオンリーのマシンだったしケースもなくユーザーは自身でモニターと電源そしてキーボードなどを調達しなければならなかった。それに初期のApple IIでさえトラブルが多かったことを考えれば、それ以前...すべて手作りのApple 1は製品として検査や検証も不十分だったと思われる。

そしてApple IIの評価が高かっただけにジョブズやウォズにとってApple IIこそがAppleという企業のスタートラインの製品だという認識があったに違いない。なにしろApple 1という製品は法人化前の...会社名が "Apple Computer, Inc." ではなく "Apple Computer Company" と称していた時代の産物だからして、彼らにしてみれば当然のこと後で博物館で展示されるようなものになるとは夢想だにしなかっただろうし、できるだけ速く回収して破棄すべき対象だったのだ。

Apple1_ouction_02.jpg

※Apple 1のマニュアル(複製)。ただしサインはスティーブ・ウォズニアックの直筆。会社名は法人登記前なので Apple Computer Companyと記されている


ただしAppleの3人目の創業者、ロン・ウエインが書いた本によれば3人でパートナーシップ契約を結んだとき、一番問題となったのは当然のことながらウォズニアックが開発したApple 1の権利だったという。ウォズニアックは権利を放棄することに抵抗したものの最後は折れ話しがまとまったという...。もしこれが正しいのであれば後にウォズが「すべて自分のものだ」という物言いは間違っていることになる。

とはいえApple 1の回路図からROMの中身までウォズニアックはすべて無性で公開してしまったことでもあり、当時のジョブズとウォズニアックの力関係をも考察すれば契約をたてにしたところでウォズニアックの機嫌を損ねれば話しが前に進まないはずだ。またこのApple 1という代物のサポートにしてもウォズニアックでしかできなかったというから、この辺の事情がAppleがApple 1の存在に執着しようとしない1番の理由なのだろう...。

視点を変えればApple 1の価値に気がついたのはジョブズやウォズではなくユーザーたちだった。そもそも新しく優れた製品が登場すればそれ以前のものは躊躇なく破棄されるのが普通だ。それが38年も経った今も動く動かないはともかく、数十台が現存している事実はそれを証明しているものと思われる。それも当時このApple 1を手にした人たちは筋金入りのコンピュータマニアやホビーストだったに違いなく、それが幸いしたと思われる。

とはいえ大変僭越ながら、コンピュータのむき出し基板に9,700万円という価格がついたことは尋常ではない...。いや別に欲しい人がいて価格に糸目は付けないというならオークションの仕組みとして一億でも二億でもありうる理屈だが、その異様にも思える高い評価の原動力は前記した希少価値だけではなくやはりAppleが現在世界一の企業として存在し、常に世界中の人たちの耳目を引いているからに違いない。

ただ今回の落札者は個人ではなくヘンリー・フォード博物館であり、ミシガン州ディアボーンにある同博物館に展示されるというのが救いのような気もする。個人ならその後はなかなか表に出てこなくなるだろう。
「Apple 1は革新的だっただけでなく、デジタル革命の基礎をなす重要な文化遺産でもある」とはヘンリー・フォード側の弁だそうだが、売れなかった商品が重要な文化遺産という点にはどこかひっかかるが、まあこれはひねくれ者の私のひがみだろうか(笑)。

いわばApple II は大量生産品には違いないもののApple 1はそれ以前の最初のプロダクトであり、かつ手作りの逸品という意味合いで価値の次元が違っているのだろう。電子部品を集めたコンピュータ基板というより、天才ウォズニアックが手作りしたコンピュータの歴史にとってかけがえのない芸術品だととらえれば 9,700万円という落札価格も意味のある評価に思えてくる。

いや、どこかしっくりこないと感じるのはApple 1に責任があるはずもない。前記したことと重なるが...文化遺産だと称されるApple 1ならApple自身が買い取り、それこそ現在建設中だという新社屋にオフィシャルなApple博物館でも設立すべきだと感じるからだ。スティーブ・ジョブズは過去には拘らないときれい事を言い、Apple復帰後にそれまでAppleが所持していた過去の製品群をスタンフォード大学に寄贈した。したがって製作した側が考えている以上に製品が一人歩きしている現実が違和感を感じさせるのだろうか...。

ともあれ当時のホビー・コンピュータでレプリカとかクローンといった複製品が作られるのはこのApple 1とAltair8800くらいのものかも知れない。それらの歴史を追っている私などはそのレプリカとかクローンで納得するしかないわけだ。

それにしてもこの超高額な落札のニュースが流れてから数日後、当研究所所有のApple 1(レプリカ)にも貸出依頼があったのには閉口した。間近で写真でも撮りたかったようだが結局はお断りした。なにしろ相手の素性も分からず、いきなり「宅急便で送って欲しい」とはいくらレプリカとて失礼だ...。まったく迷惑な話であった(笑)。

【主な参考資料】
・ダイヤモンド社刊「アップルを創った怪物~もうひとりの創業者、ウォズニアック自伝」
・東京電機大学出版局刊「スティーブ・ジョブズ 青春の光と影」
・アスキー出版局刊「実録!天才発明家」
・アスキー出版局刊「マッキントッシュ伝説」



MacBook Pro 13/15/17 2011 Bluetooth 4.0 アップグレードキット発売

米国Vintage Computerは11月6日、OS X Yosemiteの新機能 Handoffに対応していないMacBook Pro 13/15/17インチ 2011モデルを対応可能にする「MacBook Pro 13/15/17 2011 Bluetooth 4.0 アップグレードキット」を発売したと発表。


MacBook Pro Early 2011, Late 2011のワイヤレスカードは、Wi-Fi 802.11n, Bluetooth 2.1 + EDRの仕様。本キットにより、Wi-Fi 802.11nはそのまま、Bluetooth 4.0にアップグレードできる。なお、取り付けに最低限必要なツールは、精密ドライバー + 0番のみ。交換には、中級程度の技量が必要。

Vintage Computer1106

OS X Yosemite の新機能Handoff を利用するには、Bluetooth 4.0のアップグレードが必要になる。更に、交換以外にkextの改変も必要になるが、Continuity Activation Tool がダウンロード可能。これにより、Handooffが利用可能になる。ただし、ベータ版的なアプリで、全ての環境で正常動作するとは限らない。また、アプリではなく手動での設定方法も公開されている。
本キットは、あくまでBlutooth 4.0へのアップグレードキットで、上記アプリや手動設定の利用は、自己責任となる。価格は12,800円。

△ キット内容
  ワイヤレスカード:BCM94331PCIEBT4CAX, 熱伝導パッド付き(2012モデル用カード) 、取り付けマニュアル。

Vintage Computer Inc.



Lightningケーブルが付属する、USBシガーソケット充電アダプタ発売

フォーカルポイント株式会社は11月5日、Lightningケーブルが付属する、12V/24V両対応で幅広い車種で利用可能な2ポート合計4.2Aの同時充電対応のUSBシガーソケット充電アダプタ「Just Mobile Highway Max (Lightningケーブル同梱版)」を全国の家電量販店および雑貨店舗などを通じて発売すると発表。なお同社の運営するオンラインストアでも4,980円(税抜)で予約受付中。


【Just Mobile Highway Max (Lightningケーブル同梱版) について】
Just Mobile Highway Max(ジャストモバイル ハイウェイ マックス 以下、本製品)は、2ポート合計4.2Aの高出力USBを搭載した、12V/24Vの入力電圧に両対応のUSBシガーソケット充電アダプタ。本体素材には軽量かつ耐久性の高いアルミニウムを採用し、外周部分は着脱時にしっかりと掴むことができるように立体的なダイヤモンドパターンが施されている。本製品には、高品質シルバーアルミニウムを使用したLightningケーブルが同梱されている。

Highway Max

[製品の主な特徴]
1.高出力2.1AのUSBポートを2つ搭載
  iPadなどのタブレット端末を急速充電できる2.1A高出力USBポートを2つ搭載しているので、最大4.2AでiPadやiPhone、スマートフォンなどを2台同時に充電することができる。

2.コイル型のLightningケーブルが付属
  高級感ある高品質シルバーアルミニウムをフィニッシュに使用した、アップル社が定める性能基準を満たしていることを保証する「MFi」取得のLightningケーブル「AluCable Twist Lightningケーブル」が付属しているので、箱から取り出してすぐにLightning端子に対応するiPhoneやiPadなどを充電することができる。ケーブルには、自動車の内装にマッチするつや消しブラックを採用。

3.12V/24V両対応のカーチャージャー
  本製品は12Vと24Vの入力電圧に両対応しているので、一般的な車種はもちろんトラックなどの大型車や一部の外国車でも安心して使用可能。

4.軽量で安全なコンパクトデザイン
  約68mmと非常にコンパクトにデザインされ、重量もわずか約28gと軽量なのも特徴。カラーリングもアルミニウムのシルバーとブラックのツートーンでまとめられている。本体内部には過電流を防止するヒューズが内蔵されているほか、本体前面にはシガーソケットからの給電状態を表す緑色のLEDランプを搭載す。

[対応モデル]
・iPad
・iPhone
・iPod touch
・スマートフォン
・タブレット端末など

[製品仕様]
本体サイズ:約29(W) × 68(H) × 29(D)mm
   重量:約28g (ケーブル除く)

 USB入力:12V-24V DC
 USB出力:2.1A (USB A) ×2ポート

       定価:オープンプライス
オンライン直販価格:4,980円(税抜)
     発売時期:11月上旬発売
       型番:JTM-IP-000005

Just Mobile Highway Max (Lightningケーブル同梱版) 製品ページ




ベルトに装着して容易な出し入れを可能にするiPhoneケース発売

トリニティ株式会社は11月5日、ベルトに装着して使用するiPhoneケース「Belt Clip Case」をコンピューター周辺機器取扱店、および全国の家電量販店を通じて11月11日より販売すると発表。なお、本製品はTrinity Online Storeでも取り扱いする。


△ ベルトクリップケース

BCC6.jpg

Simplism Belt Clip Case(ベルトクリップケース)は、ベルトに装着して使用するiPhoneケース。
手の届きやすいベルトにiPhoneを固定し、片手での容易な出し入れを可能にする。メールやウェブブラウズなど、機能の多くを画面で操作するiPhoneに最適なスタイル。

[ Belt Clip Case for iPhone 6 ]

・価格/市場予想価格
 オープン/市場予想価格:3,500円(税抜)

・タイプ/型番/JANコード
 Black / TR-BCIP144-BK / 4582269471464
 Brown / TR-BCIP144-BR / 4582269471471
 White / TR-BCIP144-WT / 4582269471488
 Navy / TR-BCIP144-NV / 4582269471495

製品ページURL



[ Belt Clip Case for iPhone 6 Plus ]

・価格/市場予想価格
 オープン/市場予想価格:3,700円(税抜)

・タイプ/型番/JANコード
 Black / TR-BCIP145-BK / 4582269472225
 Brown / TR-BCIP145-BR / 4582269472232
 White / TR-BCIP145-WT / 4582269472249
 Navy / TR-BCIP145-NV / 4582269472256

製品ページURL





今年の冬は「パル・サーモ」で乗り切ろうか…

そろそろ冬場の準備が必要な時期だ...。ここのところ、朝晩は涼しいと言うより寒さを感じる季節になってきた。暑いより寒い方が性に合っていると豪語している私でもその対策をするからこその快適さであるが、今年の冬を想定して早々と遠赤外線デスクパネルヒーター「パル・サーモ」という製品を買ってみた。


夏場の仕事部屋は躊躇なくエアコンをつける。暑いのが大の苦手というだけでなく熱中症などにならないよう予防も兼ねて適温まで冷房をフル活用するようにしている。しかし冬場はかなりの省エネモードとなる。なぜならエアコンも含めていろいろな暖房器具があるものの、仕事部屋ではエアコンはもとより一般的な暖房器具は用いないようになったからだ。
無論そのための装備というと大げさだが、対策はしている。まず服装から工夫しているが、ジーンズは内側がフリース仕様のものを履く。上は室内でも薄めのダウンジャケットを着て足元には足温器、そして寒さがピーク時は電気膝掛けを用いてすでに数年が過ぎた。

この形になったのは無論省エネを考えてのことでもある。足温器も電気膝掛けも40Wとか50Wだし、そもそも室内をエアコンなどで暖めると空気が乾燥して健康にもよくない。また眠くなって仕事にならなくなるからだ。それから愛犬に対しても夏場の冷房は必須だが室内なら冬場に暖房はいらない…。

この体制でここ8年ほど過ごしてきたが、外気温にもよるものの加齢が原因でもあるのだろうか若い時には感じなかったものの足の冷えが気になってくる。当然前記した電気膝掛けで腰までぐるりと巻き付けるようにすると暖房効果は抜群だが、まるでコタツに潜り込んだようで動きたくなくなるのが難点だ(笑)。

1番冷えを感じるのは足先と膝上だ。足先は足温器でまったく問題はないが、頻繁に椅子から立ち上がったり座ったりを繰り返すときに電気膝掛けは面倒なので何かよいものはないかと探していた…。
そこで昨年から気になっていた「パル・サーモ (DPH-50A)」という遠赤外線デスクパネルヒーターという製品を知り買ってみたので、まだ使用時期には至っていないが概要をご紹介したい。

DPH50A_01.jpg

※遠赤外線デスクパネルヒーター「パル・サーモ」パッケージ


「パル・サーモ」は縦横約38 × 33センチ、厚みが約4センチの耐熱ABS樹脂製のボード状で、中央が面状カーボンヒーターとなっている。裏板は鋼板製で4隅には強力なマグネットが付いている。 そのマグネットでオフィスなど金属製の机の引き出し裏などに取り付けることで暖を取ろうとする暖房器具である。

DPH50A_02.jpg

DPH50A_04.jpg

※「パル・サーモ」のヒーター部(上)と裏面4隅には強力なマグネットが付いている(下)


例えばデスクの裏面に取り付ければ、カバーのないコタツみたいな感じになる。ただし木製の机などにはそのままでは取り付けられないがサンワサプライ社製の別売アダプタもあるようだ。

ともあれ私の机は30数年も前に特注したスチール製で、幅110センチの机上下に補助板が左右2枚手前に引き出せるという設計なのでその補助版裏のひとつに「パル・サーモ」をはり付けた。勿論補助版もスチール製だ。
これで椅子を少々左に寄せて座ると両膝7から8センチほどの距離にヒーター部が位置することになる。早速コンセントをつなぎ、電源を入れてみたが、問題はどれほどの暖かさを期待できるかだ。
Amazonの評価など確認すると「意外と暖かい」「全く暖まりません」と真逆の情報がある(笑)。

DPH50A_05.jpg

※机上裏面にマグネットで設置した例


そもそも当製品は52Wの消費電力だしハロゲンヒーターみたいに強い熱を放射する仕様ではない。電源スイッチを入れた後ヒーターに手を触れると確かに暖かくなっているが、実際に感じる暖かさは足との距離は勿論、室温や空気の流れなどに大きく左右されることが考えられる。あくまで輻射熱を利用する製品であり補助暖房器具と割り切る必要もあるだろう…。

なお使用上の注意としては、例えば机の引き出し裏に「パル・サーモ」を取り付けた際、引き出しに磁気に弱いメディアや精密機器などを入れないことだろうか。強力なマグネットの影響でそれらの媒体に問題が起こるかも知れないからだ。無論ヒーター部に触れるような使い方は御法度である。それから、使用直後は独特の臭いが気になる人もいるかも知れないが、使っているうちに気にならなくなった。

そうしたことを考慮しながら実際に「パル・サーモ」の下に両足を入れてみたが、真冬の室内ではないこともあるのだろうが熱いという程ではないが確かに暖かい。念のため、電源入れて15分程経過後に非接触温度計でヒーター部を数カ所を計測してみたら最高温度は77.2℃だった。何回か計測した範囲では50℃弱から80℃近くまでの温度を保っているものと思われる。

DPH50A_07.jpg

※ヒーター面を非接触温度計で測ってみたら77.2℃を示した


ただし本製品は温度調節機能はなく、サーモスタットの働きで一定の温度を保つ仕組みだから前記したように使用環境や個人差で感じ方は違ってくるものと思うが、私の環境では十分に役立つものと思っている。ただし真冬にどれ程役に立つかはその時期を過ごしてみないと分からないが...。
ともかく「パル・サーモ」はなによりも安全設計であること、空気を汚さないこと、そして1時間あたりの電気代が約一円とローコストという点は魅力である。これと前記した足温器とを併用して寒い季節を乗り切ろうと考えている。





エコレザーを使用した、MacBook AirとMacBook Pro Retina用スリーブ発売

トリニティ株式会社は11月4日、リアルな質感と香りのエコレザーを使用したMacBook Air用スリーブ「Eco Leather Book Sleeve Air」とMacBook Pro Retina用スリーブ「Eco Leather Book Sleeve Pro Retina」をコンピューター周辺機器取扱店、および全国の家電量販店を通じて11月11日より販売すると発表。なお、本製品はTrinity Online Storeでも取り扱いする。


Simplism Eco Leather Book Sleeve(エコレザースリーブ)は、リアルな質感と香りのエコレザーを使用した、MacBookを傷から守る便利なポケット付きスリーブケース。

△ MacBook Air用 エコレザースリーブ

Sleeve Air

[ Eco Leather Book Sleeve Air 11inch ]

Black / TR-BSA11E-BK / 4582269472294
Brown / TR-BSA11E-BR / 4582269472300
Green / TR-BSA11E-GR / 4582269472317
Red / TR-BSA11E-RD / 4582269472324

価格はオープンだが、市場予想価格は6,000円(税抜)。

[ Eco Leather Book Sleeve Air 13inch ]

Black / TR-BSA13E-BK / 4582269472331
Brown / TR-BSA13E-BR / 4582269472348
Green / TR-BSA13E-GR / 4582269472355
Red / TR-BSA13E-RD / 4582269472362

価格はオープンだが、市場予想価格は7,000円(税抜)。

製品ページURL


△ MacBook Pro Retina用 エコレザースリーブ

Sleeve Pro

[ Eco Leather Book Sleeve Pro 13inch Retina ]

Black / TR-BSR13E-BK / 4582269472409
Green / TR-BSR13E-GR / 4582269472416
Red / TR-BSR13E-RD / 4582269472423

価格はオープンだが、市場予想価格は9,000円(税抜)。

[ Eco Leather Book Sleeve Pro 15inch Retina ]

Black / TR-BSR15E-BK / 4582269472461
Green / TR-BSR15E-GR / 4582269472478
Red / TR-BSR15E-RD / 4582269472485

価格はオープンだが、市場予想価格は10,000円(税抜)。

製品ページURL




写真画質を問う、ScanSnap iX100 vs. ScanSnap SV600

当研究所では一枚物の写真やカタログにしてもそのデジタル化にはScanSnap SV600を使っている。この非接触のスキャナの使い勝手は最高で、印刷物だけでなくコンピュータ基板やチップにいたるまでのイメージをデジタル化するのに役立ってくれ、その画質も驚異的なものであることを常に立証してきた。ただし今般新たにScanSnap iX100が入ったので興味本位ながら昔撮ったアナログ写真のプリントを題材にしてスキャニングのクオリティ比較をやってみた。


ScanSnap SV600の存在は私の日常業務において大きな位置を占めている。いまやScanSnap SV600なくしてはビジュアルな作業は先に進まないと思われるほどだ。これまでいくつかのレポートをご紹介したとおり、一般的な印刷物はもとより額装した絵画やプリント基板など、通常のイメージスキャナではデジタル化が難しいアイテムを驚異的な高画質でスキャニングできることを証明してきた。

sv600_Schneewittchen_02.jpg

※当研究所の日常業務に不可欠となったScanSnap SV600


その非接触なスキャニングは対象物を痛めることなくデジタル化を可能にする点も誇れるものだし、立体物ではなく印刷物でも古文書や紙質が極端に薄いものや痛みが激しく一般的なドキュメントスキャナに通すのは危険と思われるものまで問題なくデジタル化を手助けしてくれた。さらにデジタルカメラで撮影するより歪みもなく、そして照明の心配もないことも特筆すべきだろう。

iX100_Schneewittchen_02.jpg

※新たに使い始めた超小型で無線LANおよびバッテリー駆動のドキュメント・スキャナ ScanSnap IX100


そうしたSV600の功績を念頭に入れての話ではあるがSV600とiX100を比較したとき、あくまで用途を限った場合にiX100の方が利点が大きなケースが考えられる…。それを一言でいうならSV600が1枚の写真や印刷物を30センチほど離れて捉えるのに対し、iX100は対象物に近接したCCDでイメージをスキャンするというその差である。
常識で考えても、ことこうした例に限ってはイメージに限りなく近い位置のCCDでスキャニングする方が離れた場所からイメージを捉える場合より画質によい影響を与えるであろうことは明白だ…。それをせっかくだから確認しておきたいというのが今回のテストである。したがって今回のテストはあくまで紙焼き写真を素材としたものであり、文書のPDF化といった目的に際しての差の有無についてはまた機会を見て確認したいと考えている。

まずは可能な限り両機器の利用条件を合わせる必要がある。ScanSnap Managerで画質の選択を双方共に「エクセレント(カラー/グレー:600dpi、白黒:1200dpi相当)」に設定。さらにカラーモードの選択は双方共に「カラー自動判別」とし、ファイルサイズ、すなわち圧縮率も同程度(中間)に、そして保存のファイル形式も共に「JPEG」にしてスキャニングしてみた…。なおテストに使った原稿はかなり昔に銀塩カメラで撮りサービース版に紙焼きしたなんの変哲もないスナップ写真で、いささか退色気味の1枚である。

早速 SV600の電源をONにし、少し離れたところに無線LANで設置してある iX100の電源も入れる。まずはSV600から実行してみたがご承知のように原稿のサイズやらにスキャンスピードは影響を受けずにいつものような軽快さで取込が終わった。
続けて同じ紙焼き写真をiX100でスキャニングしてみる…。こちらは普段だと画質を300 dpiに設定しているが、今回はSV600共々最高画質でテストしようと前記した通り600 dpiにしたことでスキャニングが些か遅くなった…。

さてデジタル化した2つのデータだが、結果SV600のサイズは3010 × 1994 ピクセル(600 ppi)で iX100が2943 × 1972 ピクセル(600 ppi)になっていたが、その差は今回の比較においては誤差として良いだろう。
問題の違いだが、両者のイメージを縮小気味にして見ればSV600の方が些かコントラストが強いと感じる。それだけ一見クリアというかシャープに見えるが、イメージを拡大して細部を比較するとその画質の違いは明らかだった。

iX100_Schneewittchen.jpg

SV600_Schneewittchen.jpg

※エクセレントモードでサービス版の写真をスキャニングした例。上が iX100で下が SV600。それぞれ【クリックで原寸に拡大】


まず写真の白雪姫の顔部分を比較…それも倍程度に拡大してみると、iX100がやわらかで自然なイメージであるのに対しSV600の方はディテールが明らかに潰れているのがわかる。
また白雪姫の背景にある文字を見ても違いは明らかだが、SV600では上下の文字間にある凸型のディテールラインがほとんど見えていない。したがって立体的な文字も黒い背景に白く平面的に描かれたようにも見えてしまう。

iX100_Schneewittchen_03.jpg

sv600_Schneewittchen_03.jpg

※白雪姫の顔部位を拡大してみた。上が iX100で下が SV600だ


この種の違いはイメージ全体的にいえることで、男性の腰を覆っている衣装の模様もSV600では iX100と比較するとかなり潰れているのがわかる。

iX100_Schneewittchen_05.jpg

※左が iX100で右が SV600【クリックで拡大】


同じように男性頭上背景にある黄金色?のローブひとつをとってみても iX100の方がそのディテールははっきりと再現されている。ただしiX100のCCDに埃でもついていたのか、拡大しないと分からないが写真原稿にはない線が1箇所右側に入っていた。無論 SV600では無い...。

Schneewittchen_06.jpg

※左が iX100で右が SV600


ともかくこの違いが非接触スキャナと一般的なドキュメントスキャナの違いなことは明らかだ。ただし逆に考えれば30センチも離れた原稿をこれだけの解像度でスキャニングできるSV600の能力は素晴らしいともいえよう。要は用途によって両者の特質を活かす使い方をすべきであり、当研究所にSV600とiX100が設置してある事実もその点を考慮してのことだ。

勿論こうした差は原稿や用途によってはほとんど考えないで済むケースがほとんどだと思うが、よりよい結果・成果を得る必要のある場合にはそれぞれの特性を十分理解した上で活用したいものである。






ラテ飼育格闘日記(413)

毎日オトーサンはラテと知恵比べ、根比べ、体力比べのつもりで頑張っている。アトピーも一時みたいな大事には至っていないので喜んでいるが体重が1kgほど増え、動物病院からも美容室からも体重減を勧められ機嫌が悪いオトーサンでもある。体重がこれ以上増えては健康や足腰に問題が起きるであろうことは承知しているつもりだが、減量は大変難しい…。


散歩の途中、行き交う人から「あら、ワンちゃん栄養満点ね。何キロあるんですか?」などと無遠慮に聞かれると蹴っ飛ばしたくなる(笑)。大きなお世話だと思いながらも無視するわけにもいかず「20 kgあるんですよ」と答えざるを得ない…。無論それはこのままではまずいことを承知しているからこそだが、嗚呼…ため息が出る…。

ともあれ朝晩少々寒いと感じる季節になり、ラテは元気いっぱいだ。なにしろ1時間も歩き、やっとマンションのエントランスまで戻り、さてエレベーターに…という段階で「まだ歩きたい!」とばかり座り込んで抵抗する有様。困ったちゃんだ…。

Latte413_01.jpg

※お陰様でラテは…太り気味だけど元気です


理想は散歩がいかに充実し、心身共に心地よい疲れと満足感が得られるかにかかっている。十分に駆けずり回るとかができればベストなんだろうが毎回毎回そうそう思った通りにはいかない。あるいは大好きな飼い主さんとか馴染みの女子などに会えればその後の歩き方も違うが、これまたオトーサンたちの思うように行くはずはない。

しかし先日は別の意味でラテは自宅に戻り、オトーサンに身体を拭いて貰った後、バタンキューという感じで寝てしまうほど気疲れしたことがあった。
夕方の散歩もそろそろ戻るタイミングを見計らっていた頃に歩道橋の上で夕焼けを眺めていると「触りたい!」という声が…。オトーサンがふと我に返ると未就学児童の女の子3人が近づいて来た。無論ラテも大歓迎だ…。

Latte413_03.jpg

※「ワンちゃん好き〜」とラテを囲む3人の女の子


初対面の子供たちだったがラテの周りに座り込み、最初は「可愛い」「お手!」などと言いながら楽しんでいる。そのうち慣れてきたのか撫でるだけでなくラテのボディを抱きしめて「あっ、いい臭いだ!」と気勢をあげる。どうやら毎日ブラッシングする際にスプレーする香りに気がついたらしい。「ほんと?私も」と代わり番こにラテに抱きつくだけでなくその背にまたがったりとやりたい放題だ(笑)。

Latte413_04.jpg

※ラテに抱きついている(笑)


ラテも最初のうちは正面に座り込んでくれた女子の顔を舐めたりしていたが次第に尻尾が下がってくる。とはいえ怒ったり唸ったりはしないが、ラテもストレスを感じるほど女の子たちが撫でたり頬ずりしたりを続けているからだろう。
オトーサンも「ほら、暗くなるからそろそろ帰ろうね。ワンちゃんも帰るよ」と立ち去ろうとするが女子たちは「近いから大丈夫よ」「そうよ…そうよ」と動じる気配がない(笑)。

なんとか一区切りがついたころ、「ではまた遊んでね」とラテのリードを引いたが、ラテもホッとしたような表情でアイコンタクトしてくる。オトーサンは思わず「お疲れ様!」とラテに声をかけてしまった。
3人の女子は「さようなら!」と歩道橋の上から駆け足で去って行く…。やれやれ、ラテは大変だったなあと思いながらも歩き始めたが、ラテも刺激にはなったようで些か足取りも軽くなった感じだ。

ラテと住宅街を抜けて信号を渡り、いつもの近道に入ったら…あらら、あの3人組がステップ踏みながら追いかけてきて「また逢ったね!」とラテに抱きつく(笑)。
1人の子供がオトーサンの顔横に付いているウェアブルカメラを指さして「それ何なの?」と聞く。うん、なかなか目ざといし良い質問だと思いながらオトーサンは「散歩中のワンちゃんを撮っているんだよ」と当たり障りのない返事をした。「そうかあ…」と納得したような返事の後で続けて驚くような発言が…。

「ワンちゃん死んだとき写真がないと可哀想だもんね」という。どこからそういう発想になるのか。きっと大人たちの話しを聞いて影響を受けたのだと思うが、オトーサンは「そうだよね」としか答えようがない(笑)。
無論3人は屈託なくキャーキャー騒ぎながらラテを囲むようにして歩く。ラテも感心に顔を上げて女子たちに笑顔を送っている。

Latte413_05.jpg

※ご機嫌の笑顔でアイコンタクトするラテ


どうやらその子供たちの帰り道はオトーサンたちと一緒のようで10数分の間、オジサン1人、女の子3人そしてワンコ一匹はワイワイガヤガヤと賑やかな散歩が続いた。
小さな歩道橋を渡り団地内に入ると建物を修繕している業者の車が数台止まっていたが、時間はそろそろ作業が一段落する頃なのか、2人の若い作業員が車の前で立ち話をしていた。3人の女の子たちはその車に近づき、若いオニーサンを仰ぎ見ながら「あっ、イケメンのオニーサンだ!」と声を上げた…。オトーサンも思わず振り返ったが、当のオニーサンたちはどう反応して良いか分からなかったのだろう、見るからに照れていた(笑)。

吹き出しそうになりながらもオトーサンは踵を返してラテと自宅に向かったが、ラテは気疲れしたようで玄関で身体や足を綺麗にした後に堅いフローリングに横になって爆睡し始めた…。思わずオトーサンは再度「お疲れ様」と寝顔に頬ずりしたのだった。




メイン広告
ネットショップ先行販売
ブログ内検索
New web site
[小説]未来を垣間見たカリスマ  スティーブ・ジョブズ
ジョブズ学入門
WATCH 講座
大塚国際美術館ひとり旅
ラテ飼育格闘日記
最新記事
お勧めの新旧記事
カテゴリ
リンク
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

appletechlab

Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員