ラテ飼育格闘日記(430)

オカーサンのインフルエンザは予防注射を打っていたからか、幸い長引かずに熱が下がった。しかし狭い空間で一緒に過ごしているオトーサンに移らないか…が心配だったものの今のところは大丈夫なようで、意外にラテのオトーサンはしぶといようだ…(笑)。


オカーサンが寝込んでいる間もラテとの散歩は続けなければならない…。そして散歩が充実したものになるのか、あるいは何の刺激もなく終わるのかは…時の運でしかない。
とはいえオトーサンとしてはなるべくラテが充実した一時を過ごせるようにと散歩のルートを考えながら家を出るものの、ラテはラテで勝手な方向へリードを引くという気のあわないスタートもある(笑)。

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※ご機嫌なときの笑顔は輝いている


まあ、ラテにとって充実した散歩とは言うまでもなくワンコであれ人であれ、一時でも嬉しい時間を共有できるかどうかにかかっているわけだが、それはリードを引いているオトーサンも同じである。
オトーサンの仕事だって考えれば便利な時代と言えようが、人とのやり取りのほとんどはリアルではなくFaceTimeや電話で済んでしまう。したがってリアルに面と向かって人と話しをする機会はラテとの散歩途中で出会う旧知の人たちの方が多いのだ…。

その多くは子供たちだが、ワンコの飼い主同士として知り合った方々に思いがけないところで声をかけていただくこともある。そうした場合はオトーサンとラテが共通の知り合いということになるのが面白い。
先日、医者から外出OKの許可が出たオカーサンと共に散歩中に買い物を思い出し、久しく通っていない道を歩くことになったが途中で「ラテちゃん!」と後ろから声がかかり、自転車を止めた女性が近寄ってきた。

オトーサンたちは一瞬何事かと思ったが、ラテはその方が誰なのかはすぐに分かったようでスキップを踏みながら満面の笑顔で近づこうとしている。
その女性はオトーサンたちが以前住んでいた住居近くでやはりワンコを飼っている方なのだが、3人の娘さんが一時期我々とすれ違う度にラテを可愛がって下さったのでラテはそのご家族がとても好きなのだ。

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※ラテの表情がその喜びを表している!


何しろある夏の日、小さなトンネルの中でラテは歩きたくないとストライキを始めたとき、向こうからそのオカーサンと娘さんたちが「あら、ラテちゃんどうしたの?」と声をかけてくれた瞬間ラテは飛び上がり、お嬢さんの足を舐めながら途中までルンルンで歩いた実績?が2度ほどもあった(笑)。

そういえば昨年の9月にお会いして以来だったが、お孫さんが誕生したことをお聞きしたことがありご家族全員、ワンコも含めてお元気なようで何よりである…。
お互い買い物に行く途中なのでほんの数分の立ち話だが、ラテにとってはポイントの高い散歩となったに違いない。

オトーサンたちもラテの笑顔を見続けたいものだが、我が娘は本当に喜怒哀楽が激しいというか楽しいときと面白くないときの表情がまったく違うのには吹き出してしまう…。

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※とある公園に入ったが、知り合いがまったくいない。地面に伏せて仏頂面している(笑)


そうそう…これまたオカーサンが寝込んでいたときの夕方の散歩でラテの視力がなかなかのものだという検証にもなった出会いがあった。

オトーサンとラテは横断歩道を向こうに渡ろうと信号が青になるのを待っていた。そのとき道路の向こう側でやはりこちらに渡るために信号待ちで止まった自転車が2台と男の子が3人いることに気づいた。
道路はバスが行き来することでもありそれなりの幅があるからして、オトーサンたちと男の子らの距離は8メートル以上はあったはずだ。そのとき男の子の1人がこちらに手を振り始めた…。その子たちのうち2人はラテに会うと遊んでくれる子供たちであり、ラテに気づいて手を振ってくれたのだ。

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※信号待ちの向こうで手を振ってくれる男子たち(上)とその男子に抱きつくラテ(下)


その瞬間ラテは高い声で吠え始めた。周りにいる人たちは何事かと思っただろうが,ラテは手を振っている子供がだれであるかを早くも察知したのだ…。無論まだ信号は赤のままだから距離は縮まってはいない。

オトーサンはこちらも横断ほどを渡ってしまってはすれ違いになるからとその場所で男子たちを待つことにしたが、近づき座り込んでくれた男子にラテは抱きつくようにして口元を舐める。こうしたシーンはこれまでにも幾度となく繰り返してきたが親バカとは承知の上で、何度見ても子供とワンコが抱き合っているシーンは思わず頬が緩んでくるものだ。
その後、しばらくの間ラテのご機嫌はすこぶる良かったことは言うまでもなかった(笑)。



Appleが3月9日にSpecial Event開催

Apple Japanは2月27日、同社ウェブサイトで米国本社が日本時間3月10日午前2時からApple Special Eventを開始しその様子をライブで公開すると発表。


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スペシャルイベントは日本時間3月10日午前2時( 米国時間で3月9日午前10時)から、サンフランシスコのYerba Buena Center for the Arts Theaterで開催される。
すでに報道関係者他には招待状が発送されているようで、Apple Watchのリリース時期やその詳細についての発表が期待されている。イベントは apple.com/live にてライブストリーミングを行う予定。

Apple Japan



葉室麟「銀漢の賦」に見る男にとっての友とは...

NHKの木曜時代劇「風の峠〜銀漢の賦〜」をたまたま観た。特に最終回は感動したので原作、葉室麟の小説「銀漢の賦」を買って読んでみた。この作品は2007年に第14回松本清張賞に輝いている作品だからして多くの方々が見知っているのだろうが、私はこれまで葉室麟の作品には縁がなかった...。


本を多々読む1人としては変な話だが、この数年時代劇をテレビで見た後で原作(小説/漫画)を読むという癖というか習慣が身についてしまったように思える。村上もとか「JIN」しかり佐伯泰英「居眠り磐音 江戸双紙」「酔いどれ小籐次」などなどだ...。

決して誉められたアプローチではないのだろうが、この順序で作品に接すると小説を読んでいてもそこに登場する人物たちはドラマで観た役者たちであり、ビジュアルが頭にあるからしてまるで以前から見知っていた人たちのように生き生きと動くのが面白いのである。
また順序はともかくドラマと原作の両方を知ることで、ドラマの脚本の優劣なども自分なりに分かって興味深い...。

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※葉室麟著「銀漢の賦」文春文庫


ところでこれまで触れる機会がなかった葉室麟の作品のドラマ化「風の峠〜銀漢の賦〜」を観る気にさせたのは中村雅俊と柴田恭兵という2人の役者が主人公と知ったからだ。特にご贔屓ということではなかったものの、若い時代にはまさしく青春ドラマには欠かせない役者であり、どのような役柄においても熱い魂を持った男として描かれることが多く、それは同じ男として少々羨ましくも眩しい存在と映っていたからでもある。

ともあれ「銀漢の賦」の原作ならびにドラマにおける見所は男の友情、友という存在への深い思いにあるといえよう。
勿論...というのも変な物言いだが、私にも親友と呼ぶに相応しい男たちがいるし、いた...と胸を張れるが、残念ながら僅かな人数となってしまった。
長い間生きていると様々な出会いと別れがあり、多くの経験や体験もあり、それが「銀漢の賦」の男たちに重なって必要以上に美しく見えてしまうのかも知れない。しかし物語と同様にそれらは決して楽しくも輝いていた事ばかりではないのが辛い...。

小説「銀漢の賦」への感想を自身の人生と重ねて論じてみようと思ったが、国文学者で文藝評論家の島内景二氏が文庫の巻末に解説として載せている一文を読み...止めることにした...。それが、僭越ながらまことに当を得た高尚な解説だったからだ。普段は嫌みの1つも言いたくなる性分の私だが、この格調の高い解説はそれ自体一読の価値があると思う。

ともかく原作を読んでNHKのドラマがことのほかよく出来ていたことをあらためて感じた。結末も原作と違和感なく穏やかで暖かみを感じるものだったことは記しておこう。
このドラマが素敵なのは脚本が基本的に原作に忠実に作られていたことと同時にドラマなりの見せ場を作っていることが原作との比較でわかった...。無論限られた時間内で起承転結を進めなければならないテレビドラマだからしてまったく原作をトレースした作りだというはずもない。

例えば原作では柴田恭兵演じる月ケ瀬藩の名家老、松浦将監(しょうげん)が主役だが、ドラマの主人公は中村雅俊演じる将監の幼友達だった居合と鉄砲の名手、日下部源五だ。とある事件がもとでこの2人は共通の友人を失ったときから絶交、疎遠になっていた…。また後半、将監の江戸入りで月ケ瀬藩の国替え騒動は収まるが、小説では側用人が引責辞職するだけだがドラマでは藩主も嫡男に家督を譲り隠居するといった違いがある。

物語は過去と現在を行き来しながら進んでいく。そして男の友情のひとつの形、理想形を見せつけられ、目頭が熱くなってくる。またなによりもドラマは原作の格調高さを保持しながらも時にコミカルな演出が常に死に向き合う男たちの物語に暖かさを与えてくれる。
さらに日下部源五は死んだ友(十蔵)の娘、7歳だった蕗(ふき)を預かって一緒に暮らすことになる。そして成長した蕗はドラマでは源五を慕う下女として花を添えているが、原作よりドラマの方が養父同然の源五との関係が暖かく描かれ、収まりが良いように思える。

中村雅俊は「風の峠~銀漢の賦~」で日下部源五を演じるにあたり、かつてヒットした青春ドラマ「俺たちの旅」を意識したというが、これはまさしく頭に白いものが混じり、人生の終わりを迎えることになる男たちの "青春ドラマ" でもあるのかも知れない。
私はといえば、今となっては数少ない友にあらためて感謝すると共に、若くして亡くなった2人の親友を思い出して涙ぐんだ...。

NHK 木曜時代劇「風の峠〜銀漢の賦〜」




Apple、欧州のデータセンターに17億ユーロを投資

Apple Japanは2015年2月24日、米国報道発表資料抄訳としてAppleが欧州に2つのデータセンターを建設・運用する17億ユーロ規模の計画を発表した。それぞれのセンターの電力供給は、いずれも100パーセント再生可能エネルギーでまかなわれるという。


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施設はアイルランドのゴールウェイ州、デンマークのユトランド半島の中央部に置かれ、欧州全域の顧客に提供されるiTunes Store、App Store、iMessage、マップ、Siriを含むAppleのオンラインサービスを運用する予定という。

2つのデータセンターはどちらも166,000平方メートル規模で、2017年の操業開始を予定しているが、地域コミュニティに付加的な恩恵をもたらす設計にもなっている。アイルランドのアーセンリー地区におけるプロジェクトでは、Appleは以前に原生以外の樹木の育成と伐採に使われた土地を回復させ、原生の樹木を育ててDerrydonnell Forestを復旧することを予定している。このプロジェクトはまた、地元の学校に野外教育のスペースを、地域コミュニティには遊歩道を提供する。

またAppleは、デンマークのヴィボー地区でデンマーク最大の変電所のひとつに隣接する形でデータセンターを設置することにより、発電機を追加する必要性を省いている。この施設はまた、施設内部の設備から生じる余熱をとらえ、それを引き回して地区の暖房システムに渡すことで、近隣コミュニティの家庭を暖めるように設計されている。

Apple Press Info



ジョブズ学入門講座「成功の秘密」【9】〜時代に先んじる心意気

スティーブ・ジョブズ成功の秘密に迫ろうとしているが、スティーブ・ジョブズ成功の秘訣は "これだ!" と掌に乗せて見せることができるような単純なものではないし誤解を承知でいうなら運が良かったという面も大きいと思う。とはいえスティーブ・ジョブズはエレクトロニクスという子供時代から好きで興味のあった分野の延長線上で生涯の仕事を見つけたことが幸運に繋がったといえよう。


ジョブズはなぜ友人ウォズニアックの作ったコンピュータをビジネスに乗せようとしたのだろうか。「これは売れる!」と思ったのだろうか…。しかし当時の状況を見回しても彼らのやろうとしていたことはApple 1のプリント基板を作り1枚原価が20ドルのものを40ドルで売ろうとしていた程度の話しだった。
そのためジョブズは車、ウォズニアックは電卓2台を売って資金を作ったことはよく知られている。このとき、ロン・ウェインを入れた3人で会社を作ったがまだ法人組織ではなかった。そして目標どおり売れたら手放した車と電卓を取り戻そうと考えていたようだ。

肝心のApple 1だが当初完成品を売るという予定はなく、ウォズニアックらは友人知人らのために無償で組み立て支援をしていた程度だった。なにしろ完成品を作るには部品を仕入れる必要があったものの彼らにはその資金はなかった。

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※Apple 1を持つ若かりし頃のスティーブ・ジョブズ ( Legend Toys Limited “The Young Steve Jobs” 1/6 フィギュア) 〜当研究所所有


しかし少なくとも組織を作り、程度はともかく3人で契約を取り交わしたことを考えれば…少なくともジョブズはApple 1を足がかりに継続的なビジネスを念頭においていたと考えるのが自然だ。ところが予想もしなかったことだがバイト・ショップからApple 1の完成品を1ヶ月以内に納品できるなら50台(100台という説もある)の注文分を現金で支払うという話しが舞い込んだ。
創業仲間のロン・ウェインはその受注額にビビり、リスクが大きすぎると早速離脱する。なにしろ卸値を500ドルとしたから50台なら2万5千ドルの受注となるからだ…。

これだけの部品代を確保するには1万5千ドルほどの資金が必要だったが彼らにはその資金がなかった。したがってウェインの心配は単純な杞憂ではなく現実のことだったのである。しかしジョブズは怯まなかった。一部を友人たちから借金し、さらにバイト・ショップからのオーダーを担保に部品の仕入れ先に1ヶ月間の支払猶予をしてもらうことで部品調達を実現する。
ということはジョブズはともかく他の2人は小遣い銭程度の収入が得られればそれでよいと考えていたようにも思えるしそもそも大きく儲けようという気はなかったようだ。

ジョブズたちがApple Computerという会社を作るに至る話しは「ジョブズとウォズがApple Computer社を作った経緯は?」に詳しいから繰り返さない。しかしApple 1の原型を見たジョブズは機会到来とウォズニアックに会社設立を勧める。ジョブズは「お金は損するかもしれないけど、自分の会社が持てるよ。一生に一度のチャンスだ」とウォズニアックを説得する。

話しの通りだとするならジョブズは自分の思うようにできる…夢を叶えるための会社が欲しかったのだと受け取れる...。そのスタートがApple 1のプリント基板だったわけだが、その他近未来に具体的なビジョンがあったわけではなかったと考えるのが自然だろう。
Apple 1のプリント基板を販売しようとしたとき、ジョブズらが会社を作ろうとしたとき、Apple II の計画がすでに具体的になっていたとは思えない。ウォズの頭の中にはApple 1の設計を踏まえてもっと良いコンピュータを作ろうという気持ちが膨らんできたとしてもそれを念頭に入れた計画だったはずもない。

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※Apple 1のプリント基板 (Replica)。当研究所所有


なにしろウォズニアックは趣味を金儲けにすることには気が進まなかったものの取り急ぎ勤務していたヒューレット・パッカード社を辞める必要もなさそうだと判断しジョブズに薦められるままに会社を作ることに同意する。こうして1976年4月1日にApple Computerはスタートした。だからジョブズはともかくウォズニアックはあくまで片手間仕事のつもりだったのだ。

せいぜいApple 1を少しずつ組み立て、ホームブリューコンピュータクラブの仲間たちに売ろうと考えていたジョブズに前記したようにバイトショップから完成品の受注が舞い込んだために本格的なビジネスの始まりとなった。このバイトショップからの受注は彼らにとっても青天の霹靂だったようだ。ウォズニアックは自著「アップルを創った怪物」でそのときのことを「アップル、最初で最高の成功だった」といっている…。

ウォズニアックはともかくスティーブ・ジョブズは会社を作り、世間に対してなにがしかの挑戦をしたかった。そのきっかけがApple 1だったのだ。しかしバイト・ショップを別にすれば一般にパーソナルコンピュータを販売することは現在では考えられないほど難しかった。
無論ジョブズはApple 1を積極的にアピールし、販売する意欲は持っていた。その証拠といってはなんだが、1976年8月28と29日の両日、ニュージャージ州アトランティックシティで開催された「PC '76 Computer Show」にはApple 1のデモのためブースで説明するスティーブ・ジョブズの姿があった…。

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※1976年8月28と29日の両日、ニュージャージ州アトランティックシティで開催された "PC '76 Computer Show" でブースに立つスティーブ・ジョブズ


またアシュトン・カッチャー主演映画「スティーブ・ジョブズ」でも出てくるが、コンピュータを売ろうとし、それが何のための製品なのか、どのような製品なのかを電話で説明し苦労しているスティーブ・ジョブズの姿がある。事実ウォズニアックも「(Apple 1は)思ったほど売れなかった」といっている。

当然その頃はパーソナルコンピュータの市場自体存在しなかった。パーソナルコンピュータという代物が存在しなかったからだ。Altair8800をはじめいくつかのホビーコンピュータが登場しはじめたが IBMやインテルでさえ、個人がパソコンを持つ意味と意義が理解できなかったからこそ参入しなかった。だからパソコンとは何ものか、何ができるのか、何の為に買うのか、買う意味があるのか、売る意味があるのか、使うことで何が変わるのか…変わらないのかをゼロから説明する必要があった。こうした初期段階の困難や苦労からジョブズはApple 1やApple II を売るために自社商品を深く掘り下げて考える習慣がついたのかも知れない。

後年Macintoshをリリースした直後、PLAYBOY誌のインタビューでジョブズはコンピュータが個人や家庭に及ぼす影響について懐疑的な質問をされたとき「コンピューターは人間をつまらない仕事から解放してくれると同時に、人間がクリエイティブになるのを支援してくれる道具」と評し「教育におけるコンピューターは、批判なしで無限に対話してくれる存在としては書籍以来初めてのものになる」と発言している。
続けて消費者がコンピュータを買う理由として「コミュケーションネットワークに繋げられること」と話すがこれは1984年のことだから驚くではないか。

インターネット・プロトコル・スイート (TCP/IP) が標準化され、TCP/IPを採用したネットワーク群を世界規模で相互接続するインターネットという概念が提唱されたのが1982年といわれている。しかし1984年にMacintoshが登場した時期はまだまだ一般のパソコンユーザーが使える状況では無かった時代であることを忘れてはならない。

ではスティーブ・ジョブズは時代の先を見る…未来を読み解く力があったのだろうか。結果としてそうなったわけだが彼は占い師でもなければ市場予測の専門家でもない。しかし表には出て来ないがよく本を読み勉強したことが窺える。そして人の意見には耳を貸さないイメージが強いが、表面では反発しても自身が納得する情報は貪欲に自分のものにしていった。

スティーブ・ジョブズは1997年に「Think Different」キャンペーンについて語った動画がYouTubeにあるが、そのブランドについての話しは大変印象的だ。その中でジョブズは複雑で多くのノイズがある市場でいかにしたら(アップルが)記憶に留めて貰うことができるかについて語っている。
例えのひとつとしてナイキの製品は日用品であり靴に過ぎないが、ナイキは製品のあれこれを語るのではなく(それを使う)偉大な選手、アスリートたちについて言及している...と話している。

ジョブズが示したこのスピーチはその後におけるアップルの広告のあり方を示唆している点でも興味深い。すなわちスティーブ・ジョブズは時代に先んじるために何が重要かを精査し、それを実現するためには他社(者)の優れた点もきちんと見つめ、自社運営に取り入れていることがわかる...。

ジョブズはこれまでにない新しい製品を生み出し、新しい市場を作ることで世の中を変えることができるということをApple 1やApple II で実体験した。
これがもし既存の製品…というか、例えば車とか家電を商売のネタにしてもこれだけ世間の注目を浴びての成功はおぼつかなかったに違いないしその事をジョブズは十分承知していただろう。そして時代の最先端をいくコンピュータという目新しい製品を世に問う面白さと難しさは目立ちたがり屋の彼の自尊心を大いに満足させたに違いない。
私はスティーブ・ジョブズという男の不屈の原動力は顧客の満足度うんぬん以前に “自尊心の充実感” を得る点こそにあったのではないかと考えている…。

確かにコンピュータもミュージックプレーヤーも携帯電話もジョブズがMacintosh、iPod、iPhoneを世に問うたとき、世の中にそうした類の製品はあったとはいえ、ジョブズはそれらに満足せず世の中を変えうるであろう最高のプロダクト作りを目指し “再発明” の心意気で取り組んだ。他に先んじることができれば世界の注目を浴び、世界を変えることができると考えていたのだろう。

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※初代Macintoshを背景に初代iPodおよび初代iPhone (当研究所所有)


結局今日我々が感じている “Appleらしさ” というすべてはスティーブ・ジョブズが生んだものだ。「Appleのビジョン」あるいはブランドという目に見えないものを形作り、社員たちはもとより我々ユーザーにまでそれらを感染させたのは間違いなくスティーブ・ジョブズその人だった。

そもそもApple II が誕生した時代...得体の知れないパソコンをあたかもライフスタイルや購入者自身の生活向上に関与するといったイメージで売り込んだのはスティーブ・ジョブズだった。我々に「Macintoshは知的自転車だ」といった魅力的でインパクトのあるイメージを放ち「先進的なGUIを搭載したMacを買いたい」と思わせたのはスティーブ・ジョブズだった。
Apple II やMacintoshのインパクトはそれが「表計算やワープロとして使えるから便利だ」という合理的な意味合い以前の問題だった。それは精神の働きを拡大する新しいドラッグか新しい宗教のように当時の我々を包み込んだのである。
ではなぜ我々はApple IIやMacintosh、今で言うならiPhoneを欲しいと思うのだろうか...。それはそれらが "ありふれた" 製品ではなく "時代に先んじた" 少し未来を覗かせてくれるプロダクトだからではないだろうか。

ところで先んじるといえばスティーブ・ジョブズの決断はときに反発を感じるほど思い切ったものも多かった。例えばパソコンとしてMacintoshで初めて3.5インチフロッピーディスク(ソニー製)を採用したジョブズは iMacでフロッピードライブをいち早く廃止したことでも知られている。USBの採用、FireWireの採用も市場を変えたし内蔵のCD/DVDドライブを廃止したのもジョブズだった。
思い切った...といえば、Appleへの復帰後、不倶戴天のライバルといわれていたマイクロソフトとの提携を実現したのもジョブズならではのことに違いない。

iPodでは登場したばかりの1.8インチハードディスク(5GB)を採用しiPhoneではスタイラスペンを嫌いユーザーの指で直接液晶画面をタップするインターフェースを実現した。真似ではないと力説しつつ、二番煎じを追うどこかのメーカーとはスタンスがまったく違うのだ。
そして重要なことだが、ジョブズはオモチャ同然の製品には手を出さず常に本物のツールを開発し続けたことが世の中に受け入れられた要因に違いない。

後年「リサーチは意味が無い。これまで市場にない製品のあれこれを消費者に聞いたところで意味のある情報が得られるはずはない」というのがジョブズの考え方だった。新しい市場は自分たちで作り出す気概が必要だと肝に命じる苦労と努力があったに違いない。そうした意味でApple II はもとよりだが LisaやMacintosh、NeXTやPIXARに関しても一貫した気概の延長線上でスティーブ・ジョブズは物事を見据えていたのだ。

Lisaのインスピレーションがゼロックスのパロアルト研究所で得た例に象徴されるとおり、スティーブ・ジョブズは時代を読むというより時代に先んじる心意気が宇宙を凹ませ、世界を変える成功に繋がると信じていたに違いない。

【主な参考資料】
・スティーブ・ウォズニアック著「アップルを創った怪物」ダイヤモンド社刊
・ウォルター・アイザックソン著「スティーブ・ジョブズ」講談社刊
・ロバート・X・クリンジリー著「コンピュータ帝国の興亡」アスキー出版局刊



針なしで穴をあけずに紙を綴じるステープラー「ハリナックス プレス」を使う

書類のデジタル化が進んだこともあって一昔よりは糊、セロファンテープ、クリップそしてステープラー(ホッチキス)類の使用頻度は少なくなった。しかし不要になったわけではなくいまでもステープラーは私の机上には欠かせないアイテムのひとつだ。


今般、針なしにも関わらず穴をあけずに紙を綴じることができるコクヨ製のステープラー「ハリナックス プレス」という製品を手に入れたが、そもそもホッチキスの類は数種常備している。
一般的に家庭や職場にある片手で手軽に使うやつや、かなりの厚いものまで対応できるやつなどなど…。また綴じたときに針が出っ張らない製品もある。そして針がいらないステープラーも買ったことがあるものの、用紙に穴が空くこと、そして綴じた結果も思ったより取れやすくて使わなくなった…。

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※コクヨ製ステープラー「ハリナックス プレス」パッケージ


最近になって「ハリナックス プレス」という新しい針なしステープラーがあるということを知り興味本位で購入してみた。これは昨年10月に発売されたものらしい。
この「ハリナックス プレス」は一見どこにでもあるようなステープラーと一緒のように見えるが、手にしてみると意外に重いのが第一印象だった。計ってみると約180gあった。
ただし問題というか、知っておかなければならない点として、まずは当然だが針式のステープラーと同等な保持力はないこと、そして用紙はコピー用紙5枚までという制約があることだ。

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※「ハリナックス プレス」の外観は一般的なステープラーと変わらない


しかし実際にコピー用紙を5枚重ねて綴じてみたが思ったよりしっかりと綴じられている。したがって制約はあるものの、「ハリナックス プレス」の利点は多く使用に値する…。
まずは用紙に穴が空かないから見栄えがよいこと。そして針という消耗品が不要という点も大きなメリットだ。また綴じた部位をボールペンなどの滑らかな部位で擦り、平坦にすれば綺麗に外せること。針を使ってないので不要になったらそのままシュレッダーにかけられることなどだ。

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※プレスの跡を拡大。実際にコピー用紙5枚を止めてみると思ったより丈夫だった


「ハリナックス プレス」による綴じの頑強さは用紙のめくる方向にも左右されるが、よりしっかりした綴じを期待したい場合には…例えば数カ所を綴じるという方法で効果を期待できる場合もある。

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※数カ所止めれば実用的な強度はあるように思う


ともあれコクヨ製品ではこれまでの穴が空くタイプの製品なら12枚綴じの製品もあるようだから、是非この穴をあけないタイプでももう少し枚数を重ねて使える製品を出して欲しいが、難しいのかも知れない。なお、カラーリングは今回私が購入したホワイトの他、ブルー、グリーン、ピンクがあるので机上や机の引き出しにひとつあるときっと重宝するに違いない!





ラテ飼育格闘日記(429)

オカーサンが十数年ぶりにA型インフルエンザにかかり寝込んだ。病院で薬を処方してもらい寝込んでいる間もラテの散歩は続けなければならない。問題はこれでオトーサンにうつるようなことがあればラテの散歩はどうなるのか…。ということでオカーサンはもとよりオトーサンも家の中でマスクを着用することにした。


そういえばインフルエンザ、ラテにはうつらないのか(笑)。幸いなことに人のかかるインフルエンザはワンコには感染しないそうなので安心だが、ラテがオカーサンの口元でも舐めてすぐにオトーサンとチューでもすれば感染の可能性もあるわけだ。しかしまさかラテにマスクをさせるわけにもいかない(笑)。

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※テーブルの上にあるオヤツを狙っているラテ(笑)


オカーサンが寝ているとはいえ、家にいるのになぜ一緒に散歩しないのか…という理由がわからないのか、ラテのノリがイマイチなのだ。夏場でもないのに歩道の真ん中に腹ばいになってしまうし、相変わらずヨタヨタといった感じの歩きが多いが、猫が横切ったり子供たちが駈けてきたりすれば急に走り出したりするという変幻ぶりでオトーサンを困らせている。

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※歩道のど真ん中でストライキ!その表情はいかにもつまらなそうだ(笑)


オトーサンとしても日々の散歩は単に歩くだけ…というのではなく可能な限りラテが興味を持つように、あるいは運動になるようにと心がけてはいる。
砂場の公園に入れば膝や腰がギシギシなのを忘れてラテとひととき駆けっこをする。まあ昔ほどオトーサン自身が距離を走るというのではなく絡まないようにリードをさばく事とラテを煽ったり追いかける役目だ。声をかけながらラテを追うように動くとラテは夢中で走り回る…。

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※砂場を全速力で走り回るラテ


まあ、お約束の遊びだが、方向転換やらでオトーサンの膝には負担がかかるから長い時間は続けられないもののラテが太い身体を揺らしながら全速力で走り回る様を見ていると、ついつい頑張ってしまうのである。
また気分の問題のようだが、公園にある滑り台で遊ぶこともある。ただし安全を考えてどのような滑り台でも良いというわけではないのが難しいところだ。

スロープがオトーサンとラテが列んで一緒に滑ることができるのがベストだが、幅の広いスロープを持った滑り台はめったにないのが難点…。なぜ列んで一緒にといえば、滑り下りる途中まではリードをしっかりと保持していないと万一脇に落ちたりすれば大変なことになるからだ。列んでいればリードをオトーサン側に引き、調節ができるから…。そしてなによりも一緒に滑るというのはオトーサンにとっても楽しいのだ(笑)。

先日入った公園の滑り台はスロープが2人一緒に使えるタイプの作りだったので久しぶりにラテと一緒に滑ることにした。ラテも興が乗ったのか軽快に段を上り早速滑ろうとする。それをオトーサンが「待て!」と制止しオトーサンが腰を下ろしてから一緒に滑ることに。

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※ラテと列んで滑り台で遊ぶ!


オトーサンはお尻で滑るがラテは四つ脚で立ったまま滑る。そして滑り下りると楽しいのかオトーサンに向かって「あそぼう」のポーズをやってくれたので「よし、ラテもう一度だ」と再び同じ滑り台をラテと楽しんだが、近くに幼児と一緒にいた二組の若いオカーサンたちはあきれ顔だった(笑)。

そんな中、オトーサンは持参しているペットボトルの水をラテに飲ませた後で燃えるような夕焼け空を仰ぎながら帰路についたが心なしかラテの足取りも軽かった。
しかしオトーサンと走ったり、滑り台といった変わった遊びを体験するのもよいが、ラテにとって一番嬉しいことはやはり人との触れ合いのようだ。

先週は2度、そうした触れ合いがあった。1度目は朝の散歩だったが、市営の競技場前を通ったときラテは1人の女の子と眼が合ったみたいで尻尾を振りながら近づいていく。ワンコが苦手の子ならリードを引こうとしていたとき女子はラテの前に進んで笑顔を見せてくれた。
ラテは「これは脈がある」とでも思ったのか(笑)、飛びかからんばかりだが、オトーサンはリードを引きながら挨拶を交わしてからラテを近づけた。
ラテは一瞬オトーサンの方を振り向き「大丈夫だよね?」とでもいいたげな笑顔を見せた。

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笑顔を送ってくれた女子に近づくラテ


またその翌日の夕方のことだ…。これまた帰り道に自転車に乗った小学4年生だという女子2人に声をかけられた。どうやらそのうちの1人は家でワンコを飼っているらしく扱いに慣れているというかラテが無遠慮に顔を舐め回しているのを喜んでいる。

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※子供とワンコは絵になるものだ!


「大きいワンコっていいなあ」といいながらラテの横に座り込んで「ほら、こう座ると同じくらいの大きさだよね」と楽しんでいる。無論ラテも喜びで一杯の様を見せている。

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※ラテの横に座り込んで背丈の高さを比べる...


ほんの5分程度の出来事だったが、その後のラテの足取りは笑ってしまうほどに軽快だった! それにしても子供とワンコが一緒にいるシーンは絵になるものだが、ラテにとって両日共に楽しい一日だったに違いない。



絶滅品種か?カナ漢字変換キーボード利用者の私...

日本語をキーボードから入力する方法としては、親指シフト入力などを別にすれば大半は「ローマ字入力」と「カナ入力」に分けられる。しかし、昨今の体勢は「ローマ字入力」であり「カナ入力」利用者は激減の一歩をたどっているようだ。 


歴史というものは過酷なものだ。そしてよくいわれることだが、歴史とは勝者の記録であり、敗者の事実は多くの場合にゆがめられたり歴史から抹殺される...。 
と、まあ...それは大げさだが(笑)、昨今はキーボードのキートップにある「カナ」が鬱陶しく、美的見地からいっても美しくないからと、わざわざUSモードタイプに変更するユーザーも多いと聞く。 貴方は...どちらだろうか。 

私はといえば、通常はカナ入力利用者である。というか、もともと英文タイプライターを仕事で使ってきた一人なので、キーボードの配列はいわゆるローマ字入力、すなわちQWERTYのキー配列に慣れていた。それをパーソナルコンピュータが登場し、日本語入力が普及し始めたとき「入力スピードを考えてカナ入力を是非にも勧める」といった識者やメーカーの宣伝が強くあり、それならばとわざわざカナ入力を一生懸命に訓練した一人なのだ。だから今でも多少スピードは落ちるがローマ字入力を使うこともできる。 

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※愛用のApple Keyboard JIS仕様


ではなぜ、昨今ローマ字入力を使う人が多くなったのかという理由だが、それはパーソナルコンピュータの普及に伴い「覚えやすいから」という一言につきると思う。 
ローマ字入力のメリットは基本的にはアルファベット26文字の位置を覚えれば済む。それに対してカナ入力の場合は、47文字 (“ゑ”とか”ゐ”は使わないが)の位置を覚えなければならないからだ。 

ただし、よく知られているようにカナ入力のメリットは絶対的なタイピングの速さである。 
例えば「こんにちは」と入力するために、カナ入力ならそのとおりに5回打鍵すれば済むが、ローマ字入力だと「KONNNICHIHA」あるいは「KONNNITIHA」といった感じで11回または10回の打鍵を必要とする。まあ最近のシステムでは先読み変換機能もあるが、基本的には倍も違うわけだ...。 
私はそのカナ入力のためか、キー入力スピードはかなり速いと確信しているが一般的にいえばローマ字入力の人でもかなりのスピードで入力できる人もいるし、反対にカナ入力だからすべての人が速いとは限らない。 

早い話が日本語入力時にどちらを使おうがそれは問題ではない。自分の納得のいく方を使えばよいし、それを極めて活用できれば良いのである。 
私が最近思うことは、そうした「どちらを使う?」ということではなく、なぜかわざわざ苦労して覚えたカナ入力利用者が肩身の狭い思いをしなければならないのか...だ(被害妄想か)...笑。 

それに、気に入らないのは、ローマ字入力利用者の中には「なぜ今頃カナ入力なんてあるのか」「キーボードの美観的見地から、カナ表記を取れ」などという人がいることなのだ。加えて「これからは英語がますます大切だから、ローマ字入力を覚えた方が活用度が高い」などとイイヤガル。嫌がらせとしか思えない...(笑)。 
フン...キーボードの入力を覚えられることと英語ができることの間に相関関係があるわけはない。私がそのよい見本だ(爆)。 
しかし、そんな物言いが主流になることこそ怖いことだと思っている。 

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※ATOK 2014にも現行ではカナ入力がサポートされているが...


主流ができればことの是非はともかく、一方は亜流と見なされ消滅するか、そこまでいかなくてもキーボードの選択肢が狭くなったりと不便を強いられることになる可能性もあるし事実その傾向が強くなっている。 ましてやかっこいい新製品キーボードにカナ入力仕様がないというのは言語道断である!
これでは「ローマ字入力か、カナ入力か」といった話題になるとき、なんだか絶滅寸前の保護動物の気分を味わうような気持ちになって悲しいのだ...。 
βとVHS競争ではないが、生き残るものにはそれなりの理由があるものだ。しかしその理由は決して「優れているから」という理由だけではないこともまた事実なのである。 

もともと現在の英字キー配列であるQWERTYが効率やら合理性を考えた上でのものでないことは知られていることである。QWERTYキーが標準になった理由は単に「標準のキーボードが必要だったこと」に過ぎない。この辺の事情についてはマウスの発明者として知られているダグラス・エンゲルバートの研究人生を描いた本「ブートストラップ」(コンピュータエージ社刊)にも詳しいが、QWERTYが標準になったのは、それに何か技術革新としての本来的な優位性があったためではなく「標準になったが故に標準になった」のだ。繰り返すが何かが標準になる必要があっただけのことなのだ。 

というわけで、これからも現在のまま、「カナ入力」も「ローマ字入力」と共存して欲しいしキーボードメーカーはもとより、日本語変換システムにおいてもカナ入力ユーザーを切り捨てることのないよう願いたいものだ。少なくとも私が生きているうちは…(笑)。



Appleらしさの権化? Macintosh Portableを分解してみる…

過日、Macintosh 30 Years Meeting Tokyoというイベントから戻ってきたMac Portableを仕舞い込む前に分解してみることにした…。しかし "Macintosh" と名がつく製品は多々あれど、これほど人によって評価が分かれるプロダクトも珍しいのではないだろうか...。というわけで実物をご覧になった方も少ないと思うのでご一緒に見ていただこう...。


このMacintosh Portableについては過去に「18年前の魅力的な代物「Macintosh Portable」再考(1/2)」「18年前の魅力的な代物「Macintosh Portable」再考(2/2)」と題して紹介をしているので興味のある方はご一読いただければ幸いである。

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※Macintosh Portableと専用キャリーバッグ


さてこのマシンはMacintosh IIci やSystem 6.0.4と一緒の1989年9月に発表された。セールスポイントは申し上げるまでもなくApple初のバッテリーで駆動するポータブルマシンということだった。単に持ち運びのし易さだけならApple IIcがあったものの、こちらは本体がコンパクトであっても馬鹿でかいACアダプタも含めてバッテリーによる使用はできなかった。

そもそも当時のMacintoshは現在では想像できないほど高価であり高級品だったが、このMacintosh Portableは見るからに高級品めいた印象を与えていた。その価格はハードディスク搭載タイプで116万8千円もしたしAppleのCMを見ても明らかにそのターゲットユーザーは「デスクトップのMacintoshを持つビジネスエグゼクティブ」だった。そして付属の黒い専用バッグはホワイトの筐体と強烈な対照をアピールしその魅力を増していた。

ただし重さが7.2Kgもあるし設置面積もMacintosh Plusより大きいことなどを考えれば気軽にポータブルだと言えないし、その点は発売当初から一番の批判となっていた。しかしAppleの反論としては、例えポータブルマシンだと言っても他社製品とは違い一切使い勝手を悪くするような妥協はしない結果だと主張…。
確かにその時代、バッテリー駆動のノートパソコンやラップトップマシンは小型化の代償としてどうしても犠牲となる仕様が多かった。キーボードが小さい、画面の解像度が低い、バッテリーが持たない、メモリやハードディスク容量が少ない、拡張性のなさなどでサブマシンという位置づけが精々だった。

それらと比較してMacintosh Portableは確かにそのキーボードのピッチも当時のデスクトップMacintoshのそれと遜色ないしバッテリーも重い代償になってはいるものの自動車用の酸化鉛電池の採用で12時間の連続使用が可能だった。またハードディスクも内蔵できるしポータブル故にマウスは付属していないもののトラックボールが採用された。多分パソコンとしてトラックボールを採用した製品はこのMacintosh Portableが最初ではなかったか...。

そのトラックボールはキーボードの右側に装備されているが、左利きのユーザーが望めばキーボードの左側にセットし直すこともできたしオプションでトラックボールの代わりにテンキーも用意された。

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※Macintosh Portableは、デスクトップのMacintoshを持つビジネスエグゼクティブ向けと考えられた


ディスプレイも大問題だった。Macintoshと同様640×480ピクセルは譲れないとし、モノクロながらアクティブマトリックス液晶でなければカーソルを早く動かすと見失うことがあるからとその採用を決めたが、高価だったことも含めてまだまだ技術的に歩留まりが悪い製品でドット欠けは当たり前の時代だった。

そもそもポータブルのMacintoshを実現することはスティーブ・ジョブズの夢であった。彼はデスクトップのMacintoshはあくまで暫定的なものに過ぎないとまで明言していたくらいだった。
ジョブズの命でフロッグデザインは何百時間も費やしてポータブルマシンのデザインを模索していた。そしてスティーブ・ジョブズは1985年4月に発明されたばかりの平面ディスプレイを採用しバッテリー駆動のマシンを1986年に生産開始する案を役員会に図ったが却下された。

技術的な問題はもとよりだが、この頃はスティーブ・ジョブズとジョン・スカリーの確執が表面化した時期でありそうしたことも影響したものと思われる。
ただしスティーブ・ジョブズがAppleを飛び出た後、そのコンセプトを復活させたのがジャン=ルイ・ガッセーだった。これまた完全主義者の彼の主導でMacintosh Portableの設計はより妥協のない、大型重量化していった。

さて、あらためてMacintosh Portableを見ると本体の周りには一見一本のネジも見えない見事な設計(唯一ハンドルを上げると左右にネジが見える)となっている。したがってこれを分解するのは相応の仕組みを理解していないと筐体を壊してしまうことになる。

ともかく分解に関して注視していただきたいことは以下にご紹介するようにハードディスクやフロッピーディスク、そしてバッテリーを外し、フロントのキーボードとトラックボードを外して液晶面に繋がっているシャシーを底面ケースから取り外す。そしてロジックボードを外す…というすべての行程でネジやビスといったものは一本も関係しない事実をである。

すべてがそれぞれのパーツにある爪や突起を実に巧みに組み合わせて各ユニットが組み立てられていることがよく分かり、こんなところにもAppleの拘りが感じられて今更ながら唸ってしまった。

【1】キーボードカバーを外す
   分解の順序は間違えると途中でやり直しをせざるを得なくなることもあるが、あまり難しく考えずにまずは実戦してみたい。まずはキーボードとトラックボール周りのカバーを外すことにしよう。なお前記した通りこのMacintosh Portableをロジックボードを取り出すまで分解してみたがネジやビスといった類は一本もなかったのはさすがにAppleである。その代わりに分解するにしてもどこから手を付けたら良いかが分かりにくい。

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※ここではまずキーボードとトラックボール周りのカバーを外すことに...


キーボードカバーの左右手前には液晶面を蓋に見立て、ロックするための爪が入る穴が空いている。そこにドライバーといった道具を入れて持ち上げれば簡単に外れるかと思ったが意外にきつい…。実際にはキーボード手前側の裏面に小さなゴム足が3つあるが、その向かって右を取り外し、その中央の穴に細い棒状の道具を差し込んでゆっくりとカバーの端を持ち上げながら隙間を作り開けていくのが安全なようだ。

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※裏面に小さなゴム足のひとつを外し(上・中)、その小さな穴に細い棒状のツールを入れてパネルを押し上げ、隙間を丁寧にこじ開ける(下)


カバーを取り外すと左にキーボードユニット、右にトラックボールユニットがあるわけだが、まずはそれぞれロジックボードからつながっているコネクタを外す。

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※キーボードカバーが外れた


そして向こう側の爪を外せば簡単にユニットごと外れるようになっている。なおご承知の方も多いと思うがMacintosh Portableは左利きユーザーのためにトラックボールを左側に入れ替えることができるのも売りのひとつだったが、いまご覧になっている方法でそれが可能になるわけだ…。

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※キーボードとトラックボールユニットに接続されているコネクタを外し(上)、両ユニットを取り出す(下)


その手順も実に簡単だ。トラックボールとキーボードユニットの境にあるプラスチック製の仕切りを取り外し、左側にある同等な部位に差し込み、左にトラックボールユニット、右にキーボードユニットを設置して先に外したコネクタを差し込めばよい理屈だ。なおコネクタの仕様は共通なので間違うことはない。

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※プラスチック製の仕切りを左側の定位置に移してトラックボールとキーボードを入れ替えることができる


【2】コネクタ類をロジックボードより取り外す
   キーボードユニットを外せば狭いながらも背面側にあるハードディスクやフロッピーディスクを繋いでいるコネクタ類がロジックボードから取り外せるようになる。またスピーカーのケーブルなども取り外しておく。

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※マザーボードからのハードディスクやフロッピードライブなどへのコネクタをすべて外しておく


【3】背面カバー
   続いて背面のカバーを開ける。この一帯にはバッテリーをはじめハードディスクとフロッピードライブといった重いパーツが集中している。ここでもネジなどはひとつもなく絶妙な形で組み合わさっている凹凸をまるで箱根細工のからくり箱を扱うかのようにしてハードディスクとその下にあるフロッピードライブ、そして反対側のバッテリーを取り出していく。

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※カバーを開け、バッテリーユニット、ハードディスク、そして下にあるフロッピードライブを取り出す


なお所有しているMacintosh Portableはハードディスクとバッテリーの間に位置している拡張スロットに増設メモリカードが刺さっているのでこれも抜いておく。

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※増設メモリカード


【4】上部の液晶ならびにシャシー全体を底ケースより外す
   いよいよ佳境に入ってきた(笑)。ここでは液晶部がつながったままロジックボードを含むシャシー全体を底ケースより取り外すことになるが、仕組みが分かっていないとなかなか外しづらいし思いつきで金属製の道具を使うと壊したり傷をつけたりするので注意が必要だ。基本的には両手の指だけで外れるが、これまた無理すると指を傷つける可能性もあるのでゆっくりとやってみよう…。

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※シャシー全体を底ケースから分離する


まずはシールド部位を留めている部位を十分に確認する。前面だけでなく左右に1箇所ずつある爪を外しながら持ち上げることになる。なお取り外したシャシー下にはロジックボードがあるので乱暴に扱わないことが大切だ。

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※底ケースから取り外したシャシー全体。下部にはロジックボードがある


【5】シャシーからロジックボードを外す
   ロジックボードは1枚に集約されているので難しい事はないが、これまたシャシー側の爪を外せば簡単に取り出せる。動作しているマシンであればこの季節は特に静電気に注意した扱いをすべきだろう。

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※Macintosh Portableのロジックボード


このロジックボードを見渡せばMacintosh Portableの設計の全容がわかる。ちなみに当該ボード端には1991年のプリントがあるところを見ると本マシンは後期型のようだ。

【6】底ケース内のサイン群の確認
   初期の一体型Macintosh、すなわちMacintosh 128Kや512K、そしてMacintosh Plusには内部ケースに開発に関わった人たちのサインが刻印されていることはよく知られている。しかしこのMacintosh Portableにも同じようにサインが金型に刻み込まれている事をご存じだろうか…。

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※底ケース内面には約60名ほどの開発者のサインが刻印されている


その事実は知ってはいたが、初期型の開発に関わったスティーブ・ジョブズは勿論、ビル・アトキンソンやアンディ・ハーツフェルドなどなどといったお馴染みの人たちとは違い、ほとんど表に出て来ない人たちのサインでもあるのでこれまできちんと確認したことはなかった。

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※開発者たちのサインの一部を拡大してみた


今回はじめてしっかりとそれらのサインと対峙したが、60名ほどのサインが好き勝手な場所に置かれている。どういう理屈か不明だが、密集している箇所と広く空間が空いている箇所があり統一感はない。またはっきり読めるサインもあるが刻印が薄かったり小さかったりで判別しにくいものもある。また開発者たちの手書きのサインとは別に活字体でプロダクト・デザイン・チームの名がしっかりと入っているのも印象的だ。

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※プロダクト・デザイン・チームの名前も列記されている


本来ならこれらのサインを初期型のそれ同様にきちんと把握しておきたいところだが、前記したように人物像が浮かんでこない未知の人たちがほとんどなので興味が湧かない(笑)。詳しい考察はまた別の機会に譲りたいと思う。
なおサイン全体を拡大して見るには こちら を参照いただきたい。

■エピローグ
Macintosh Portableを今回のレベルまで分解したのは初めてだったが、なかなか楽しかった。本製品がリリースされた時すでにスティーブ・ジョブズはAppleにいなかったしジョブズが開発の指揮を取ったならまったく別の製品になっていたに違いない。

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※分解した各パーツを元通りに組み立てた後、確認の為に起動してみた


ともあれとかく機器の分解は組み立て時に苦労するケースが多いものだが、このMacintosh Portableは至極簡単だったし正確に組み立てられているかの検証のために起動してみたが無事に起動できた事をご報告しておきたい。



ディレクトリ検証・修復ソフト「DiskWarrir5」がUSBメモリでリリース

DiskWarrior は2006年から使い始めたから今年で9年ほど愛用していることになる。MacのメンテナンスソフトとしてはこれまでNorton UtilityをはじめTechTool Pro、Drive 10、ドライブジーニアスなどなどを使ってきたが、個人的に一番信頼しているのがこのDiskWarriorだ…。この度長らく待たされたが、新バージョン “DiskWarrior5” がUSBメモリでリリースされたので早速使っている。


コンピュータのハードディスクは一般的にいえば、使用時間に比例して具合が悪くなるものだし意外に頑健かと思えば一瞬で壊れるものだ。常にメンテナンスが必要な消耗品という認識がないといざという時に被害は甚大になってしまう。やはり理想は大きな問題となる前に対処を怠らないことにある。
さてハードディスクのトラブルといっても多々あるが一番多いケースはディレクトリエラーではないだろうか。 ここでいうディレクトリとはOS Xの利用における地図のようなもので、ディスク上の全保存情報のありかを管理している領域を意味する。

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※USBメモリで供給された “DiskWarrior5”


すなわち当該ディスク上にあるファイルやフォルダの数や名前、容量や場所情報といったディレクトリの情報を元にディスクは読み書きが行われている…。 そしてMacは作業高速化のため一時的にデータをメモリ内に保持する仕組み...いわゆるキャッシュを有効に使っているが、例えばクラッシュやカーネルパニックはもとよりアプリケーションのバグなどのため、誤動作したり動作途中でリセットボタンを押さなければならないケースが生じると当然のことにメモリにあった情報は失われ、ディレクトリ情報が正しく更新されなかったり一部の情報がきちんと保存されないといったケースが生じることになる。

本来それらのほとんどは微少な問題だが、トラブルも重なってくると問題が表面化し、ファイルへのアクセス不能、ボリュームがマウントしなくなったり、最悪マシン自体が起動しないという自体も起こりうる。
というわけでこれまで自分なりに調べそして実際に体験してきた結果、このディレクトリのメンテならびに万一の場合の修復にはDiskWarrior(ディスクウォーリア)が最良であると考え使い続けてきた。

DiskWarriorはディスクの検証と修復に特化したツールであり、他のディスク修復プログラムとは違いディスクに起こりうる多くの問題すべてを解決しようとするツールではない。あくまでディレクトリエラーを除去・修正することを主としているツールなのだ。とはいえディレクトリ以外にも、被害を受けたブート・ブロック、システムフォルダを必要な場合に修復してくれる強い味方となってくれる。

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※ “DiskWarrior5” のアバウト画面


DiskWarrior はディレクトリを無傷の状態にまで戻し、エラーをひき起こしたトラブルの原因を除去し、損失ファイルを復元して、ディスクディレクトリを再構築する。
しかしアプリの名は控えるが、必要に迫られメンテや修復のためにと使ったソフトウェアが原因でMacがより深刻な状態となって起動しなくなったという例は珍しくない...。なぜならそうしたツールでは、ディレクトリの部分に継ぎはぎの部分(パッチ)と削除された部分の両方を作ってしまい、結果ディレクトリデータの消失を招き、ファイルにアクセスできなくなってしまう結果となりうるからだ。

対して DiskWarriorではディレクトリデータを失う危険はなく、ファイルへのアクセスに支障をきたす危険性もない。何故なら独自なアルゴリズムによりディスクに書き込まれる前に完全にエラーがなくなった置き換えディレクトリを検証し元のディレクトリと比較ができ、結果エラーがなくなったディレクトリで再構築するため問題が解消する理屈だ。さらに停電を含め、あらゆる中断の場合にも備えた安全設計となっていることも重要だろう。

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※筆者のメインマシンの起動ボリュームを再構築中


そんなわけで随分と DiskWarriorには助けられたが、起動ボリュームを確実に検証・修復するためにはこれまでDVDで供給されたDiskWarriorから(あるいは別ボリュームにあるシステムを使って)起動させなければならないが、この数年最新のOS Xバージョンに適合する製品が更新されず、もしかしたらこのまま消滅するのではないかと危惧していた...。
また供給メディアがCDからDVDに至るとバージョンアップの度にシステムのサイズが大きくなり結果DVDからの起動にかなりの時間を費やす結果になり、仕方がないとはいえ使い勝手に影響を与えていた…。

この度リリースされた “DiskWarrior5” はインターフェースも変わったが一番のメリットは供給メディアがUSBメモリとなったことだ。これで起動はかなりスムーズになった…。
ただし注意する点もある。DiskWarrior USBメモリから起動すると、DiskWarrior は自動的に起動する。そしてDiskWarrior USBメモリは、OS X 10.4、10.5、10.6 が購入時にプリインストールされていたどのような Intel Mac でも起動できるよう出荷されている。しかし10.7 以降のOS X がインストールされている Intel Mac の場合はそのままでは起動できず、一旦 OS X 復元ディスクから起動してDiskWarrior を使うか、付属の DiskWarrior Recovery Maker を使ってDiskWarrior USB メモリを新しい Mac でも起動可能なようにアップデートする必要がある。
さらにFusion Drive を再構築する場合には10.8.2 以降のOS Xから起動する必要があるとマニュアルに書かれている。

それではそもそもDiskWarrior Recovery Maker とはなにか…。
DiskWarriorでディレクトリを再構築するにはまずコンピュータを起動する必要がある。しかし昨今はコンピュータやOSが変わったり、サポートメディアが廃止されたりすることが多くその度に、DiskWarrior の使い方を更新する必要が出てくるようになった。このためメーカーのAlsoft社は DiskWarrior Recovery Maker をリリースした…。

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※DiskWarrior Recovery Makerのアプリケーションアイコン


DiskWarrior Recovery Maker は、コンピュータから起動して DiskWarrior の機能にアクセスする DiskWarrior 復元ディスクを作成するためのインターフェース・アプリケーションなのだ。
このユーティリティは、OS X 復元ディスクの内容とパーソナライズされた DiskWarrior アプリケーションをユーザーが別途用意した USBメモリにコピーして、使用するマシンに適合するDiskWarrior 復元メディアを作成することができるものだ。作成後はそのDiskWarrior 復元メデイアからコンピュータを起動しDiskWarrior を使うことができ、メンテナンスはもとより緊急時には無くてはならないものとなる。

私も取り急ぎマニュアル通り実行し、まずは起動システムのハードディスクのディレクトリを検証・修復した後に手持ちのUSBメモリにDiskWarrior Recovery Makerを使ってアップデートしたDiskWarriorの復元用システムを構築した。

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※DiskWarrior Recovery MakerでOS X Yosemite 10.10.2で起動可能な復元用システムを手持ちのUSBメモリに構築した


ちなみにDiskWarrior5には選択したディレクトリの最適化指数を表示してくれる機能がついた。これによりそのハードディスクのフラグメンテーションの度合いを確認でき、最適化の指針とすることができる。
無論ディレクトリの損傷だけがデータへの脅威ということではない。物理的なハードウェアが故障した場合、ドライブのデータは失われ、データを回復させるには専門の業者に修復を依頼するしかない…。その点 DiskWarrior5は自動あるいは手動でドライブをチェックし、ドライブが故障する前にデータをバックアップする機会を与えてくれる。

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※ハードドライブそのものの損傷を手動・自動で検証する機能もある


なお、前記したディレクトリ最適化指数確認の他にもDiskWarrior5には多くの利点、見るべき機能があるがその主なものをいくつか列記してみよう...。

• 大容量ディスクの処理を可能にする DiskWarrior 5 の 64 ビットアーキテクチャ
• 新しいディレクトリ最適化指数表示
• タイムマシン(Time Machine)バックアップディスクの修復
• パーティションテーブル損傷の修復  
• 処理スピードの劇的な改善  
• FileVault 2 暗号化ディスクのサポート    
• OS X 復元ディスクから起動

なお旧バージョンからのアップグレード(有償)であっても供給メディアがDVDからUSBメモリに変わったこともあってシリアルナンバーは新しくなっている。
そう…勿論いくらDiskWarrior5をお勧めするといっても一介のユーザーがその安全性や優秀さを保証できるはずもなく(笑)、あくまで利用者が自身のシステムを注視しながら活用していただきたいと思う。

ともあれ私は嘗てそうだったように1ヶ月に1度程度はメインマシンの起動ボリュームをこのDiskWarrior5で検証・修復し大きなトラブルになる前に対処するつもりでいる。
信頼できるツールが強力にアップデートし戻ってきたことを喜びたい!

亘香通商株式会社ディスクウォーリア5



ラテ飼育格闘日記(428)

ここのところ、ラテの歩き方が遅いと文句を言っていたオトーサンだが、そのオトーサンの足腰が痛むので弱っている。若い頃なら数日楽にしていれば直る程度のことなのだろうが加齢はもとより、なによりも朝夕の散歩は休めないのが辛い。しかしその散歩自体は実にエキサイティングでもある…。


歩く速度はともかくラテはこの寒い時期は本当によく歩く…。オトーサンたちは寒いといくら防寒対策して外に出るにしても姿勢は悪くなるし思わず肩を縮めてしまうものだがラテはルンルンだ。
ともかく自宅を出た途端に走り出すときもあるから飼い主は大変である(笑)。別に100%ラテと同調できるはずもないが、なるべくラテが走りたいときには走らせ、電柱などにクンクンしたいときにはその意志をできるだけ尊重したいとは考えている。

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※どういう心境なのか「ニヤッ」とした表情のラテ(笑)


しかしそれらにも限度がある…。オトーサンの体力だってラテを飼い始めた時と比較しても確実に低下しているしこの歳で毎日程度問題はともかく、よく歩きよく走っていると自分でも感心している…。それも体調がよければラテとの道行きは基本的に楽しいものだ。
この些か変わった娘と顔を会わせながら歩くのは実に面白い。具体的になにを考え、なにを思って歩いているかは分かりようもないと思われがちだが意外に分かり合えている気もする…。

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※残雪の上を笑顔で走り回る


ラテと歩いているとき、向こうから下校途中の女子が数名こちらに歩いてくるとする。近距離ともなれば子供たちの態度でワンコが怖い…あるいは苦手なのか、あるいは好きなのかは大体分かってくる。怖いとか嫌いなら距離を取ろうとするし、極端な場合は友達の影に隠れたり、あからさまに怖いという表情を浮かべることもある。

無論そうしたことをオトーサンが察知した場合はラテのリードを極力短く持ち、間違っても近づかせないようにする。反対にラテを認識して笑顔を見せてくれるときには注意をしながらもそのまま前進して成り行きに任す。勿論いたずらにラテに自由度を与えるということではないが、ラテは近づく子供たちの表情を読み取り態度を変えるから面白い。
時にすれ違う数メートル前でラテは座り込み、子供たちに声をかけてもらうのを待つこともある(笑)。耳を倒し顔を上げ口を開いて満面の笑顔をしたつもりなのだろうが、そのワンコの表情と気持ちを理解してくれる子供は残念ながら多くはない…。

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※お馴染みの中学生女子を見つけて飛び跳ねるラテ


「なに、この犬?」と思われて無視されることの方が多いが、そんな時のラテは見るからにガッカリした表情をしてオトーサンにアイコンタクトする。その顔は照れているようにも半泣きしているようにも思えて思わずオトーサンはしゃがみ込んでラテの顔を両手で挟んだりして「残念だったね」と慰める。しかし数十回に1,2度はラテにとって嬉しい出会いもあり得るのだ。

先日、ラテは別のことに気を取られていたようでバス停近くにたたずんでいた4人の女子中学生の脇を通り過ぎようとしていた。そのとき、1人の女子が「あら、この犬可愛い!」と呟いた途端にラテは気づいて立ち止まり、振り向いてその子の前に座り込むのだからオトーサンは苦笑してしまう。とはいえオトーサンはリードをきちんと引いているからラテは思い通りに女子たちに近づけないが、女子たちは座り込んでラテを取り囲み手を出してくれたことでもありオトーサンはリードを少し緩めた。

「犬、近づけて大丈夫ですか」と聞くオトーサンに「大丈夫です」「ワンコ大好きです」という声が帰ってくると同時に1人の子は早くもラテの前に座り込み抱きかかえるようにしている。
ラテはここぞとばかりその女子の口元を舐めようとするが、親バカなれどラテはこうしたときに囲んでくれた全員をきちんと認識して1人ずつ顔を舐めたり、それができない場合は足や手を舐めるようにする。3人いれば3人、5人いれば5人に偏らずに愛想を使う様はオトーサンから見ても感心するほどだ。

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※初対面の女子中学生4人にもみくちゃにされる(笑)


ワンコといえば、何事にも食欲を優先し、人間にまとわりつくのは食べ物が欲しいから…貰えるからだという人も多いがワンコはそれほど単純な生き物ではないのだ。
ラテが文字通り大好きなお馴染みの飼い主さんたちのほとんどはオトーサンたちみたいに散歩中にオヤツなどは持ち歩かない。それでもその方々の姿を見つけるとステップを踏んだりワンコ特有の遊びのポーズを繰り返したりしながら喜びを表して近づき、許されるなら抱きつこうとする。純粋にそうした方々が好きだし一瞬でも撫でてもらうことが無上の喜びなのだ。

それは見ず知らずの子供たちに対しても同じだ。会ったこともない子供であっても好意を示してくれる場合にはオトーサンから見て痛々しいほどの喜びようを見せる…。そんな姿を見ていると何だか普段愛情に飢えているような感じがして考えてしまうこともあった。しかしそれはラテの流儀なのだ。
我が家に引き取る際に仮預かりをしてくれていたボランティアの方から最初に言われたことだが「ラテは感情が豊かで大げさだから、術中にはまらないように」とのアドバイスだった…(笑)。
実に外面がよい娘だが、ラテはラテなりに精一杯毎日を楽しく生きようと努力しているに違いない。

しかし子供たちとの接触はラテだけでなくオトーサンにとっても刺激的だ。そして子供は何にでも興味を持つし想像を超えた言動もする...。
先日夕方の散歩で出会った馴染みの小学生男子2人にはまいった…。ラテと一時遊んでくれた後で「いくつなの?」と聞くので「今年の6月で9歳になるよ」というと1人の子供が「いや、そうじゃなくてオジサンがいくつなのかと…」という。

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※お馴染みとなった小学生男子2人に出会ったが...。向こう側はオカーサンだ


「オジサンの歳は○○だよ」と正直に答えるとその子は「なんだ、もうすぐ死ぬんだ!」という(笑)。
オトーサンが大笑いしていると続けて女房にも「いくつ?」と聞く。さすがにもう1人の子供が「女の人に歳を聞いてはいけないんだぞ」とフォローしてくれる…。
まあまあ子供だからこそ許されるあれこれではあるが、ラテならずともオトーサンたちにとっても子供たちとの交流は刺激的で楽しみなのだ。



アップルビジネス昔話し〜米国特許に抵触という危機に身震い

別項の「ビジネス回顧録~他社が開発を失敗したネットツールの開発顛末記」の文末にもいかにきちんとした契約書に基づいたビジネスが大切かを記した。それで思い出したが、会社を設立してから数年後のこと、契約書のひとつの文言で会社消滅の危機を回避した体験をしたことがあった。もし契約書を疎かにしていたなら私の会社は創業4年ほどで無くなっていたに違いない。


私がかつて経営していた会社は時代の後押しもあって1990年以降日本を代表する多くのオーディオやビデオ機器、カメラメーカーや家電メーカーといった大企業と直接取引をし開発のお手伝いをさせていただいた。
即思い出す会社だけでもアップルは勿論パイオニア、ビクター、シャープ、キヤノン、ソニー、富士写真フイルム、リコー、セイコーエプソン、ミノルタなどなど...といった具合で誠に誇らしくも忙しい時代であった。

そんな中でも私自身が好きなメーカーだったX社 (アルファベットは便宜上で頭文字ではない)と取引がはじまったときには本当に嬉しかった。日本を代表するメーカーのX社からの依頼でMacintosh用アプリを開発するといった話しは文字通り夢のような出来事だったのである。

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X社とお付き合いするようになったのは私たちがQuickTimeをサポートした動画系アプリケーションをいくつか開発した時期だから、1991年ころだったと思われる。
手元の資料を確認したところ、実際1991年11月1日にX社のハードウェア仕様に基づき、対応するMacintosh用ソフトウェアを開発するという最初の契約書を取り交わしている。その開発費は8桁の額になっていることから当時の我々にとっては大きな契約の1つだったに違いない。

ところでいまでもX社の法務部から渡された契約書のドラフトを見たときの印象を覚えている。なぜなら世界に誇る日本の大企業にもかかわらず、その契約書案の文面は他社によく見られるような自社のみの都合に偏った一方的なものでなく、我々に対しても配慮を見せたバランスの取れたものだったからである...。
そうした経緯からその後我々が開催するプライベートイベントやMacworld Expoなどにはその大会社から応援として人材を派遣してくれるような付き合いとなった。

X社との付き合いは同社製品に我々のアプリケーションをバンドルするといったビジネスにまで発展していったが、そんな中で新たな話しが舞い込んだ。
それは我々のアプリケーションを米国市場に販売したいという話だった。
もともと私たちも自社開発ソフトウェアの海外進出を考えなかったわけではないが、人的リソース不足は目に見えており、よほど現地に心を許せる代理店などが生まれない限り本格的な進出は無理だと考えていた。
しかしX社という間違いのない大企業が我々の製品を米国で販売してくれるというのだからこんな良い話しはない。諸手をあげて実現に向けミーティングを重ねたが、私の役目として厄介なのは正式契約に至る契約書を含む法的手続きの諸問題を解決する実務であった。

確かその翌年あたりには景気も良かったこと、また縁もあって社団法人日本パーソナルコンピュータソフトウェア協会(現:社団法人コンピュータ・ソフトウェア協会)理事長からの紹介で顧問弁護士を得ることになったが、本件の時点では私の細々とした法的知識を根拠にビジネスをまとめるしかなかったのである。

勿論長い実務経験で最低限の知識は持っていたつもりだが、この種の法的文書の一字一句をきちんと納得する形で咀嚼するだけでも時間がかかるし頭が痛くなる(笑)。それでも後から「こうすればよかった!」と悔いのないように整えなければならないからと頭が冴えている早朝の時間を利用して契約書のドラフトとにらめっこをしたものだ。

X社の契約書のドラフトは前記したように一方的に責任をこちらに押しつけるようなものではなくバランスの取れた内容だったがその「保証」の項だけは文面の変更を要求することにした。
なぜなら契約書の一般的な例としてクライアント側(X社)は開発を依頼する側(我々)に対し、本件ソフトウェア開発が第三者の権利を侵害していないことを保証させる文面を必ず付加する。それは製品をいざ市場に投入する段になり、第三者から特許は勿論、著作権や工業所有権の侵害を理由に販売の差し止めや損害賠償などを要求される可能性もあるからで、万一そうした問題が生じたとしてもクライアント側は一切の責任を負わないことを明記するのが普通である。

本件の契約書にも当然同様な一文が記されているがそれはそれで問題ない。しかし我々にとってこれまでと違う点はソフトウェア製品を販売するのが国内ではなく米国市場であるという点だった。
どういうことかといえば、我々が開発に際して利用するテクノロジーや狭い意味でのソースコードなどがいわゆる国内における第三者の権利に抵触するかどうかは調べるまでもなく問題ないことを確信している。しかしこれが海外となればその法律や解釈も違ってくる。そして我々のような超マイクロ企業が海外における第三者の権利の有無について...それも専門家の手を借りずに完全な調査を行うことなどは無理な相談である。無論専門家にゆだねれば相応の時間と費用がかかることになるしそれでも完璧な調べができるかどうかは難しいのがこの手の情報なのだ。

したがってリスクが大きすぎるし何よりも私自身の能力およびパワーが及ばない部分に責任を持つことなどできるわけはない...。
そうした点を考慮し私はX社に対し国内ならドラフト通りで良いが、今回は米国市場がターゲットであるからしてX社自身の責任において調査ならびに知的権利の防衛ならびに万一トラブルが生じた場合にも責任を負っていただくことを明記してもらいたいと要望を出した。

X社なら言うまでもなく海外に拠点も多くあるし無論法務部門もある。そしてそれぞれ適切な場面で顧問弁護士も活躍しているはずだ。したがってこの程度の調査や責任のあり方を事前に知り得ることはお手の物であるはずだ。後は交渉の問題だが、事前調査にコストがかかるというのであればX社への販売価格を初年度のみ相応に下げてもよいと考えた。そしてもしこの点について私の主張が通らなければ今回の話しは白紙に戻すしかないと決意した。しかし幸いX社は私の要請はもっともだと判断してくれ、ここに正式な契約書を取り交わすことになった。

さて、結論を急ぐわけではないがその一項を変更したことが私の会社を救うことになったのである。
それは製品をパッケージ化しX社が米国市場で販売を開始した直後のことだった。X社の主任から電話連絡で至急会いたいという依頼があり、そこで驚愕な話しを聞いたのである。

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彼によれば米国内のとある企業からアプリケーションの一部に特許侵害があるという知らせが届いたというのである。
状況をよく聞くと現在でも当然のように多くのソフトウェアで使っているユーザーインターフェースの一種がとある会社の特許に抵触するというのだ...。

素人が思うにどう考えても我々がMacのアプリケーションとして実装したデジタルのユーザーインターフェースと物理的な機器構成を念頭に入れた当該特許とはまったく別のものだとしか思えない。しかしX社の主任曰く...海外、特に米国では多々例があるそうだが...この企業の実質のビジネスは訴訟を起こし損害賠償金で食っている専門組織のようであること。そしてこうした特許の扱いを ”フィーチャー特許” というらしいが、問題は金の取れそうな、訴訟問題を提起するにやりがいのあるX社の名が表にあるからして待ってましたとばかり提訴に踏みき切ったのだろうとの説明だった…。

一番の問題は訴訟を起こした企業の言い分が法的に効力のあるものなのかどうか...だ。主任いわく現時点で同社法務部門の判断では提訴の法的根拠は100%無視できるものではなく何らかの和解案を模索する方向になるだろうとのことだった。
まあ、何度聞いても...考えても納得はいかないものの司法の専門家の判断なのだから仕方がない。同種のユーザーインターフェースは当時はもとより現在も多くのアプリケーションに実装されているのだが…。
一応疑問点などに関して聞けるだけのことをお聞きしたがX社の主任は米国市場における販売を取り急ぎ止めること、後は自社の法務部門に任せるのであしからず…という説明だった。

無論X社との契約上は前記したとおりであり、こうした問題が起きた場合はX社自身の責任で問題を解決するという一文を追加してあったから私の会社としては製品の販売ができなくなったことは損失であったが、訴訟そのものに関しては勿論、それに関わる費用や万一の場合の特許使用料あるいは和解金といった問題に一切頭を悩ませる必要がなかったのである。

結局この訴訟がどのような展開および収束に至ったかについてはその後お聞きする立場にはなかったので分からない。しかし申し上げるまでもなく米国内におけるこの種の訴訟の解決には…文字通り何らかの和解金が必要だったとすれば…訴訟費用は勿論、多額な費用がかかるのが一般的だし、もし訴訟に対して反論するため戦うとしても我々の能力では現実的なことではなかった...。

万一当該契約に際して相手が大企業だからとX社のドラフトのままに、あるいは物事を深く考えずに「忙しいから」「面倒だし」といった勢いだけで契約書を取り交わしていたらトラブルの責任は100%我々が負わなければならなくなったはずだ。
無論資本金も微々たる額でスタートした超マイクロ企業が持ちこたえられる問題ではなく、早々に事業そのものを放棄せざるを得ない羽目になっていたと思われ、X社の主任が帰られた後、ホッとしたと同時に体の奥底から恐怖といった感情がわき起こり身震いしたことを覚えている。

したがって当然のことながら、もしこのとき会社が消滅したなら後のアプリケーション開発はできるはずもないし日本のデベロッパーとして初めてのApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞の機会もなかったことになる...。

ただし周りを見回すと多くのプログラマやデザイナーあるいはクリエーターの方々が一方的な契約書を突きつけられ、あるいは契約書そのものを取り交わさず、クライアントに言われるままに仕事を請け負っている。それはそれなりに理由があるのは分かっているが、一方的な契約や口約束の依頼はその内容自体に重きを置いていない証拠とも受け取れる…。それらは仕様変更、値下げの要求、支払条件変更あるいは不払いなどに直結することが目に見えている。
繰り返すが、きちんとした契約書の取り交わしおよびその内容はビジネスの正当な活動および未来を保証するために一番重要なことなのだ。



マネーツリー、ベーシックプラン1年分を無料でプレゼントするキャンペーン開催

マネーツリー株式会社は2月10日、先般Moneytreeが業界ナンバー1シェアを誇る弥生株式会社のクラウド会計ソフト、「やよいの青色申告 オンライン」「やよいの白色申告 オンライン」と連携を開始したことを記念して、抽選で30名にベーシックプラン1年分を無料でプレゼントするキャンペーンを開催したと発表。


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現在、両製品のセルフプランは初年度1年間無料なため、今すぐMoneytreeと連携して確定申告を簡単に処理することができる。なおキャンペーンは2月16日までで、セルフプラン(初年度1年間無料)へ新規登録の方に限る。

【キャンペーン詳細】
△ キャンペーン期間
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△ 応募方法
  下記URLよりセルフプラン(初年度1年間無料)へご登録
  ※新規でご登録の方に限ります
△ 賞品
  ベーシックプラン1年分(30名)
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マネーツリー株式会社



磁性ワークマット「Magnetic Project Mat Pro」とは?

面白そうなアイテムを買ってみた。役に立つのか、あるいは好奇心だけで終わってしまうのかはこれからの問題だが、是非手にしてみたくなった...。それは「Magnetic Project Mat Pro」という製品だが、精密機器の分解や修理などのとき、ネジなど細かいパーツの紛失を防ぐワークマットである。


私自身 iPhoneやiPadを開けることはほとんどないが、古いMacはもとより時計や様々なガジェット類の修理あるいは修繕のためApple製品に限らずドライバーや専用工具を握る機会が結構ある。
その際に注意しなければならなことは小さなネジ一本でも紛失すると元に戻らなくなってしまうことだ。しっかりと把握していたはずなのに何かが足りなくなっている…ということは多々経験してきたから最近では小さなプラスチックの箱を数個おき、その中にグループ別にネジや細かなパーツを入れておくよう工夫をしてきた。

ただしそれほど注意したつもりでも問題は組み立て時に分解した手順が分からなくなったり、どこから外したパーツなのかを失念してしまうことがあり得る。本製品「Magnetic Project Mat Pro」はガジェットの分解ツールで有名な iFixit社製だが、そうしたトラプルをカバーするためのアイデア商品なのだ…。

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※「Magnetic Project Mat Pro」のパッケージ。これを見れば使い方は一目瞭然だ


「Magnetic Project Mat Pro」はサイズが約 200 x 254mmで厚さが約3mmの板状の製品だが、表面は升目が描かれたホワイトボード状になっている。そして表面全体に磁性があるため細かな金属(鉄製)のパーツがマットにくっつき四散を予防するというわけだ。また升目を利用して作業工程毎に分類すれば分解手順やパーツの位置などが分かりやすくなる。さらに付属しているドイツ製ステッドラー社製のペンでメモ書きすることができ、組み立て時の手順や分解作業の流れをマットに書き込むことで、その後の組み立て作業の効率化が図れるわけだ。

勿論マットに書いたものはペンの反対側のイレーサーで消すことが出来、繰り返しの使用が可能だ。ただし磁性というとパソコン周りの機器を扱う者にとってはハードディスクや精密機器に悪影響を与え、書き込んだデータを失うのではないかと危惧するが、磁性面は安全性が高くハードドライブや精密機器に影響は与えないとパッケージに明記されている。具体的にどのような理由で安全なのか…は不明だが、まあ注意をしながら活用することを考えておけば間違いはないだろう...。

実際手元にあったネジや工具を並べて見たが、置き方次第ではあるものの結構磁性も強く試しにマットを垂直に立ててドライバーやハサミといった道具を置いて見たが落ちずに貼り付いている。当然通常の使用ではマットは水平に置いて使うものだが、これだけ磁性が強ければ小さなネジなどの四散は間違いなく防ぐことができるだろう。

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※マットを垂直に立ててハサミとドライバーを置いた例。磁力は結構強い


ともあれ「Magnetic Project Mat Pro」は精密機器の分解や修理をおやりになる方にはひとつあると便利である事は間違いない。無論実際の使い方はユーザーのアイデア次第なことは申し上げるまでもないことだ。パーツを並べる時以外でも日常のあれこれや家族との連絡事項を書き込んでおくホワイトボードとして活用するなど応用は多々あるに違いない。

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※実際にスマートウォッチの修理過程に使ってみたが、このように極小パーツが多い分解作業にはありがたいアイテムだ


そう…一点購入直後に注意すべきことがある。当該マットの表面は薄い透明フィルムが貼ってある。一見これは未使用表面を保護するフィルムに見えるため実利用の際に剥がしたくなるが、剥がしてはいけない。なぜなら万一剥がすと磁性には影響ないものの粘着性が残り、その状態で付属のペンで書くとイレーサーで消せなくなるので念のため…。

秋葉館Magnetic Project Mat Pro



ラテ飼育格闘日記(427)

前回では年齢のせいでラテの歩き方が些か遅くなったのではないか…と記したが、先月末に降った雪の中では信じられないほどの元気ぶりを見せてくれた(笑)。では普段のあのヨタ歩きは何なのか、ということになるが、気が乗るか乗らないかは我々同様その行動に大きな差をもたらすものらしい。


大雪になるかも知れないと報道されていたことでもあり、昨年の大雪を思い出して靴を見直すなど足元対策などを早めに考えておいてよかった…。
オトーサンは仕事で頻繁に札幌へ出かけていた時代には現地の靴屋で凍結した路面でも安全に歩くことができるという靴を買って愛用していた。しかしさすがに使い続けたので滑り止め効果も薄れた感じがするし、効果はともかく靴自体が少々窮屈だったこともあり別途対策を考えることにした。

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※先週末は今年最初の大雪となった


さて東京で雪が降ると交通機関を始めとして混乱するのは毎度のことだが、そうした機会は1年に多々あるものではない。それに現在使っている靴はこれまで経験したことのないほど足にフィットし、ラテとの散歩で痛めやすい足を保護してくれていることもあって気に入っている。ということで簡易型だが試しに脱着式の滑り止めスパイクというのをオカーサン用を含めて買ってみた…。

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※脱着式の滑り止めスパイク


これなら足に馴染んでいる靴に必要な時に装着し、不要になったら取り外しができるので都合が良い。問題は実際凍結路面や積雪時に効果があるのか…という点だったが、慣れないと当初はスパイクの影響で少々歩きづらい面もあったが効果は大きいようだ。勿論歩くにも十分に注意をはらったが、この地域は起伏が激しく階段が多いし坂道も多いから路面が凍結すると本当に危ない。

オトーサンたちのそんな思惑をよそに、我が娘は積雪を見た途端にあのグタグタ歩きがどこにいったのか、スピードを付けて歩き出した(笑)。
毎度のことだが、見ているオトーサンたちが「冷たくはないか、大丈夫か?」と思うほど独特な行動をする。
二足歩行のオトーサンたちは歩きづらいところ、滑りやすそうな箇所を避けて通りたいが、四足歩行で安定性が保たれているラテは積雪のあるところに近づき頭を突っ込んでいる。

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※マズルを積雪に突っ込んで突き進むラテ(上)。その後ろには足跡とマズルの後が...(下)


面白いのは積雪が続くところを歩く際にはスピードが速くなるだけでなく、まるでブルドーザーや除雪車のようにマズルを積雪に突っ込んで突き進むのだ。その結果、ラテの通った後には梅鉢のような肉球の足跡と共に一筋のマズル後が残っていく。雪の感触を味わうと共に雪で隠された臭いを探そうとするのだろうか…。

雪が降る中、当然寒いし、馴染みの散歩コースを通って早めに戻りたいオトーサンたちを尻目にラテは進むほど次第に元気を増してくるのだから始末が悪い(笑)。
大いに濡れるだろうとラテの嫌いなレインコートを着せて出たが、いくら体毛が長いとはいえ足元や顔は冷たさで痺れないのかと心配になる。

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※雪まみれになりながらも笑顔のラテだ


しかし天気の良い日なら散歩途中のいくつかの場所で同じく散歩中のワンコたちと出会うものだが、その日はさすがに一匹のワンコもいない…。
幸いラテはウンチをしてくれたのでオトーサンたちはシメタとばかりに踵を返すがラテはまだまだパワーが余っている。それでもお馴染みの飼い主さんやワンコたちにも会えずに些かつまらないのか、オトーサンの引くリードに強い抵抗もしないでついてきた。

帰り道を黙々と歩いていたラテの歩調が微妙に変わり、尻尾が短く左右に振られはじめた。オトーサンは注視していた地面から顔を上げて前方を見ると小学生の男の子が学校帰りなのか二人こちらに歩いてくる。そのうちの一人の子が会釈をしてくれたので思い出したが小1ヶ月前にやはりこのあたりで出会い、ラテと遊んでくれた子供だった。

ラテは覚えていたらしく飛びかからんばかりの勢いだ。ワンコが大好きだという男子は心得たもので雪の中なのに腰を落としてラテを抱えようとしてくれる。ラテはラテでここぞとばかり男子の正面に陣取ってその口元を舐め始めた。

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※雪が降る中、下校途中の男子とチューをするラテ


一時期ラテにとって女子を中心に十数人の子供たちは大切な友達だった。一緒に走り、ひとつのお菓子の両端からラテと女子が食べはじめてチューをするゲームもやったし、ダルマさんが転んだ遊びにも「ラテちゃん一緒にやろう!」と誘ってくれた(笑)。

そんな子供たちだったから、抱きしめられても背中に乗られても耳を引っ張られても怒ったことはなく喜んでいたラテだが、子供たちは小学生から中学生、そして高校生となり、出会う機会がなくなってしまった。
さらにオトーサンたちの引越もあって友達ワンコはもとより一緒に遊んだ子供たちとも出会う機会が少なくなったから、この数ヶ月で新しく知り合えた数人の子供たちはラテにとって貴重な友達である。
とはいえラテは幸せなワンコだ…。少ないとはいえ出会えばほんの一時でも笑顔を交わしてくれる人間の友達がいるのだから…。


アップルビジネス昔話し〜プロが再び自信を持てる時代は来るか?

グラフィックデザインしかり、ページレイアウトあるいはデジタルビデオや音楽しかり...。機材とソフトウェアがあれば誰でもがデザイナーあるいはクリエータになれるといった錯覚はいまだ存在するようだ。そしてその悪い影響でプロフェッショナルの仕事がやりにくい場合も多々生じる。今回は大昔…1991年に体験したコンペチターとの戦いと、わが国有数の大企業の立派な選択のお話しである..。


ビジネスには契約ならびに契約書は大変重要なものだ。そしてそれに至る見積あるいは見積書というのも神経の疲れるアイテムである。なぜならいうまでもなく、その見積額や条件によりそのビジネスが受注できるかどうかの一端が決まるからだ。そして当然ながら、あらゆる受注に際して通常は必ずといってよいほど競争相手がいる。しかしそれが正当な競争なら良いが、なにやら訳の分からないコンペチターとやり合うこともあり、時にはドラマチックな展開を見せる事もある。

時は1991年の5月、わが国有数の大メーカーから電話をいただいた。別に機密事項ではないが、話題が話題なので企業名やプロダクト名は伏せさせていただくのでご勘弁願いたい...。
大きな応接室に迎えられた私は、なかなか興味あるお話しを伺うことになった。その企業では新たな製品を発売するにあたり、米国のMacWorldExpo出展などをターゲットにしたプロモーション映像をデジタルで作りたいとのことだった。

勿論我々に話が来たということは、いわゆるMacintosh版を指向したものである。と同時に私自身が当時のMac雑誌にグラフィックツールやアニメーションの話題を頻繁に連載していたことでもあり、そうした事情に詳しいからとのお声がけであった。そして私の会社の本職はMac用のソフトウェア開発だったが、こうした依頼もときに舞い込んだのである。

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※写真はイメージです


条件は英語版、長さは最長でも5分間ということで事実上、当時のデジタルアニメーションを意図したMacroMind Directorを使うという指示のもとで相談があり、見積依頼となった。とにかく米国市場向けということでもあり、いうまでもなく子供だましみたいな作品では役に立たないばかりか、それでは制作側の我々が笑われる。いかに新製品の特徴と魅力をアピールするか、そしてそのためにはどのような表現を考えるべきかが腕の見せ所となった。

クライアント側の求める基本的な絵コンテが出来上がるにつれて、単なるスライドショーでは面白くないことは明白で、大きなインパクトを与える"何か"が欲しいと思った。
私が考えた企画のひとつは、優秀なデザイナーを製作スタッフに加えること、ふたつ目はデジタルビデオ…動画を採用することだった。デザイナーはお付き合いいただいていた方がすぐに頭に浮かんだが、問題は動画である。

いまではテクノロジーの発展やQuickTimeのおかげで、ビデオ撮影した映像は苦もなくさまざまなメディアに活用されている。しかし、この話は1991年5月であることを忘れてもらっては困る(笑)。なぜなら我々の前にはまだQuickTimeは存在しなかったのだ。したがっていわゆる手描きのアニメーションは可能ではあったがビデオ撮影したリアルな画像をビデオのように扱うことは容易にできない時代であった。
ただ我々には自社開発のVideoMagician IIというデジタルビデオツールがすでに存在していた。少々手間はかかるが、これを利用すればビデオで撮影した映像をMacroMind Director上に実写アニメーションとして採用できることを確信した…。

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※QuickTime登場以前に自社開発したデジタルビデオシステム のVideoMagician II


さて、そうした内容の見積をクライアントに提出したが、私の見積額は400万円を超えたものになった...。その半額はデザイン料という試算だった。
一週間ほど経った頃だろうか。担当者から呼び出しを受けて再び私はその大きなビルのエントランスをくぐった。開口一番、担当者は「松田さん、困ったことがありまして、一般論としてご意見を伺いたいとお呼びだてしました」と頭をかいた。

大企業であるからして、事は公平に運ばなければならない一大前提があるという。腐れ縁や担当者の私情で特定の企業に対して発注したと受け取られてはまずいということらしいが、他のビジネス同様に今回の話しも別の所へ相見積を依頼したという。それはもっともな話だ...。
しかし、対等な競争であれば、その企画や提案の優劣から明らかに我々に分があるという結論だったそうだが、問題はその競争相手の見積額は我々の提示した金額より○がひとつ少ないというのだ...(笑)。安すぎるのだ。…というか、反対側から見れば我々が高すぎるのだ(^_^;)。

「そんな額で、まともな作品が作れるものでしょうか」と聞かれた私は「それは私共が聞きたい台詞ですよ」と苦笑いした。確かにビジネスはその場だけの利益を考えてはいけないという側面も持っている。したがって実績を作りたいがため、損得を度外視して契約を取るといったこともあり得ることだ。そしてどうやら相手は個人のクリエーターらしくこれまでクライアントとの実績はなかったらしい。

ともかく私は精一杯のことをやった自負があった。他社ではでき得ない技術を導入したコンテンツ作りといい、プロフェッショナルのデザインワークを含むそのコンセプトには自信があった。しかし相手が内容でなく、価格だけで攻め、そして万一クライアントもその気になるなら打つ手はない...。問題はクライアントの判断力というか、どちらがなぜに優れているか、それが対価に値するするものであるかを判断する選択眼がなければ仕事をさせていただく我々は安心して良い仕事ができない。
私は平静を装いながら、当社のコンセプトからは先日提示した見積は妥当なものであり、価格の競争で質を落としたくはないこと、そして後は御社ご自身でお決めになることだとお話しして帰路についた。

それから二十数年も経つのに、その時の喜びは忘れられない...。やはり、日本有数の大企業の選択は単なる価格だけで決まることはなかった。クライアントの担当者から「上司ならびに米国担当者とも十分相談した結果、御社にお願いすることになった」との話しを受けたときは当該金額の何倍もの大きな契約を取ったときより嬉しかった。僭越ながらさすがに○○○○社だと思った。そして二ヶ月後に無事作品を納入し、関係者からはお褒めの言葉をいただいた。

しかし、いま同じような企画が持ち上がり、同じような状況下にあるとすれば多くの企業の選択は「安い価格で同じようなものが作れるなら」とその決定は目に見えていると思う。本来高度な仕事が安価でできるわけもないのだが、世相は安易にそちらの方向に流れている。
それも機材を整え、ソフトウェアを揃えてそれらを何とか使えるオペレータを雇えば、誰でも同じようなものが作れるという錯覚が満ちあふれているのもひとつの原因だ。そして大変残念なことに、プロフェッショナルたちご自身がこうした傾向に押し流されて自身の能力を安売りせざるを得ないハメになっているケースも多いと聞く。
時代が違うといわれれば、確かにそうだ。しかし作り手が自信を失い、良い仕事に十分な対価・報酬を支払うことを忘れた企業ばかりになってしまったとすれば…わが国に未来はない...。


simplism、iPhone 6 Plusの曲面フチまでカバーする強化ガラスプロテクターを使う

遅ればせながらトリニティ社製の液晶面だけでなくiPhone 6 Plus全面をプロテクトしてくれる強化ガラス "Frame Glass Protector Anti-glare" のホワイトを買ってみた。背面も同社のシンプルなケースを使っているのでそのまま使えると判断...。


日本国内でiPhoneが販売されたときからずっとiPhoneを使っているが、幸いこれまで致命的な傷を付けたり液晶面を壊したりしたことはない。それだけ気を遣い、一時は落としたり車で踏んでも壊れないという特殊なハードカバーも使ったものの iPhone 5sからはなるべく製品の質感を隠さないようにと過剰な保護はしなくなった。

とはいえボディの傷はともかく液晶面に大きな損傷を受けたまま、動作するからとそのまま使っているのを見たことがあるが、当然なことに液晶面が見にくくて私には耐えられない(笑)。したがって液晶部分だけは最低限の保護をするように心がけてきた。

さて愛用のiPhone 6 Plusだが、本体が手元に届く前に数種の液晶保護フィルムを手にした。その中でクオリティとタップのしやすさなどから選んだのは強化ガラス製のプロテクターだった。しかし初物だったからかiPhone 6 Plus本体のラウンドエッジデザインが仇となりこれまでのようにフロント全体をカバーできず、液晶面を中心にして平らな範囲だけをカバーする製品しかなかった。

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※これまで使ってきた強化ガラスプロテクターはiPhone 6のラウンドエッジに対応できずに保護範囲が中途半端だった


勿論そのままで実用上何の問題もないし幸いなことに綺麗に貼れたことでもありこれまで使い続けてきた。それに他人様にiPhoneを見せて自慢する時代ではないし(笑)。フチまでカバーしていないということのデメリットも事実上ほとんどない...。
しかしフチまでカバーする製品が登場したのにフチまでカバーできていないことで納得している自分が少々情けないと思い直し(笑)、今般トリニティ社製の液晶面だけでなくiPhone 6 Plus全面をプロテクトしてくれる強化ガラス "Frame Glass Protector Anti-glare" のホワイトを購入してみた。あくまで自己満足の世界である(爆)。

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※トリニティ社製 iPhone 6 Plus用強化ガラス "Frame Glass Protector Anti-glare" のホワイト版パッケージとガラスフィルム本体


ただし "Frame Glass Protector Anti-glare" の特長はフチまでカバーというだけではない。例えばこれまでのガラス製プロテクターは液晶面を中心にした水平な部位をカバーするように作られていたこともあって、例えばホームボタンの箇所は完全な円形に抜かれていたわけではなかったし、フロント上部のセンサー部位などもホームボタン同様完全に縁取ったカバーはなされていない簡易形だった。しかし "Frame Glass Protector Anti-glare" はホームボタンやセンサー部位もきちんと円形カットされている。

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※ "Frame Glass Protector Anti-glare" のホワイトはホームボタンやセンサー部もきちんとカバーし、一見素のままのように見える


また表面硬度はハードコートフィルムの4倍である9Hの硬度があり、指紋もつきにくいし万一破損した場合でも飛散防止仕様が施されている。そして見栄えとして気泡が入ってしまうことがこの種の製品の弱点ともいわれていたがトリニティ社独自のバブルレス仕様はその気泡が残りにくくなっている。

手元に届いた "Frame Glass Protector Anti-glare" を早速愛用のiPhone 6 Plusに貼ってみた。これまでこの種のことを何十回も行ってきたはずだが、やはりいつも緊張する...。ただし一般的なフィルムとは違い硬質なので捲れるようなことはないため水平を保ったままで全ての位置合わせが可能だからやりやすい。ために従来品のように位置がズレてしまうということはほとんどなく文字通りのドンピシャに貼ることができた。
また完全を期したつもりだったが液晶面には数個の気泡が残ったものの可能な限り押し出して後はしばらく放置しておいたらほぼ完全に蒸散し綺麗になっている。そしてサラサラで指紋後もつきにくく質感の高いつや消しマット仕様も大変具合がよろしい...。

ただし注意する点があるとすれば背面に何らかのハードカーバーを使っている場合は相性を事前に確認しておく必要がある。なぜなら "Frame Glass Protector Anti-glare" はiPhoneの端までカバーする仕様のため、ハードケースによってはフロント側に干渉するデザインの場合はプロテクターの端がピッタリと納まらずに浮いてしまう可能性もあるからだ。
"Frame Glass Protector Anti-glare" の化粧ケースに明記されているが、Simplismのケースであれば干渉はないそうだし、事実私の場合もハードケースは同社の0.7mm極薄クリアケースを使っているが何の問題もない。

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※そのアンチグレア仕様も具合が良いしタップもスムーズだ。なお背面のハードケースは同じくトリニティ社の0.7mm極薄クリアケースを使っている


さて、すでにお気づきかと思うが "Frame Glass Protector Anti-glare" はラウンドエッジ仕様のiPhoneを文字通りに完全にカバーするものではない。トリニティ社のWebログなどでも解説されているとおり同社としてもこの方法は完璧なソリューションではないと明言している。
ガラスフレームに色(ホワイトかブラック)がついていることで浮いているのが隠され、ために気にならないという仕組みだ。本来 iPhoneのラウンドエッジに合わせて成型が可能であれば理想に違いない。ただしすでに実用として愛用しているがそうした点もまったく気にならない。

すでにライフラインを凝縮したようなツールとなったiPhoneを心地よく整えることで精神衛生上も宜しいのではないか...。ということでこの "Frame Glass Protector Anti-glare" は液晶面保護プロテクタとして現時点で最良の選択だったと考えている。




最高級の防水・防塵・耐衝撃性を備えたiPhone 6用ケース「Catalyst Case for iPhone 6」

トリニティ株式会社は2月2日、防水・防塵の国際規格「IP68」を取得、他社を凌駕する水深5mと、2mの耐衝撃性能を兼ね備えたiPhone 6用ケース「Catalyst Case for iPhone 6」を全国の家電量販店、および一部雑貨店を通じて2月6日より販売すると発表。なお同製品はTrinity Online Storeでも取り扱いする。


Catalyst Case for iPhone 6
[ カタリスト iPhone 6 完全防水ケース ]

Catalyst Case

カタリスト iPhone 6 完全防水ケースは、防水と防塵の国際規格であるIP試験で最高の等級を表す「IP68」を取得、最大5mまで水中での使用が可能。
海やプール、お風呂などでもiPhoneを楽しむことができ、さらにアウトドアやスポーツなどさまざまな環境で安心してiPhoneを使用することができる。

・水深5m完全防水
・2mの耐衝撃プロテクション
・最高レベルの耐塵性
・JIS規格 最上級「IP68」取得
・アメリカ国防総省 軍事規格「MIL-STD-810」準拠
・容易な着脱
・奥行き11.4mmの超薄型設計
・特許取得マナーモード切替ダイヤル
・ハードコート光学カメラレンズ
・クリアなスピーカー音再生
・ケース使用時にすべてのボタンと機能が使用可能
・タッチスクリーン対応
・指紋認証技術「Touch ID」対応
・ストラップ同梱

価格はオープン、市場予想価格は9,500円(税抜)

製品ページURL




Macintosh Plusの筐体を開けてみよう!

先日の1月24日(1984年)はMacintoshの発表があった記念日だ。そんな話しを知人としていたら彼が一体型Macintosh、例えばMacintosh 128KやPlusの中を見たいという。そもそもボディそのものも眼前に見たことがないそうだが、中を覗きたいし開ける過程も見たいという。確かに昨今はそんな機会もないと思うので今回は久しぶりにMacintosh Plusのケースを開けてみよう…。


Macintosh 128Kから512KおよびPlusに至る筐体デザインの基本は同一である。一部Plusでインターフェースが変わったことを踏まえて背面が変更されたりフロントのアップルロゴの埋め込み方が違ったりしているが本体の基本デザインは変更されていない。

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※今回はこのMacintosh Plusのケースを開けてみよう!


このデザインへの拘りは申し上げるまでもなくスティーブ・ジョブズの真骨頂だった。まずこの複雑なケースを前後2つの金型で成型するということ自体が大変難しくまた金がかかったという。ポール・クンケル著「アップルデザイン」によればインダストリアルでデザインを担当したのはジェリー・マノックとテリー・オオヤマそしてスティーブ・ジョブズだという。

Macintosh 128Kは設置面積を小さくすることを考慮してそれまでのコンピュータにはない縦型になったしジョブズの拘りで冷却ファンも採用しなかった。そして筐体はベージュカラーの樹脂製だっただけでなく容易にユーザーが中を開けてアクセスできないように特殊なネジも採用した。というわけでこうしたクローズなコンセプトはスティーブ・ジョブズの真骨頂といえる。

ジョブズがアップルに復帰して開発されたiPodは勿論、iPhoneやiPadもユーザーがケースを開けて中にアクセスできるようには設計されていない。したがってMacintoshのケース内部に彫られている開発者たちのサインもユーザーに見せるためではなくあくまでジョブズをはじめ開発者たちの心意気を示す...そう、芸術品に作者が自分たちの名を刻むことと同じ考え方だった。

とはいえユーザーとしてはより本格的にMacintoshを活用しようと考えれば考えるほどケースを開けて基板にアクセスする必要性を感じた。メモリの増設や漢字ROMの取り付け、無理矢理ケース内にハードディスクを入れる製品が登場したり、内部に風を巻き起こして冷却するアイテムを取り付けたり、外部に大型モニターなどを接続するためにケーブルを引き入れる…などなどだ。さらにモニターの表示位置や縦横比を微調整するにもケースを開けなければならなかった。

ということで頻繁というほどではないが当時のパワーユーザーは自己責任の上でこの一体型Macintoshのケースを開けて中にアクセスすることは珍しいことではなくなっていた。ただしそのためには一般家庭にあるドライバーなどでは開けることはできず専用の道具を必要とした。

さて、それでは早速Macintosh Plusのケースを開ける過程をご覧頂こう...。必要なものといえば “MacOpener” という名で当時販売されていたケースを開けるための専用ツールだ。そしてMacintoshを傷つけないようにクッションを床に置いてはじめてみよう。

 

※Macintosh Plusのケースを開けてロジックボードを取り出すところまでを動画でご紹介する


■ステップ1
まず最初に注意することとして当然のことながらもし電源コードがコンセントに差し込まれていたら電源を切り電源ケーブルをコンセントから抜くことだ。そして使用直後の場合は数時間放置してからでないと内部のアナログ回路を不用意に触ると感電の恐れがあるから十分注意する。
続いてキーボードやマウスなどすべてのものを本体から外すことだ。また、もしインタラプトスイッチがついているならそれも外しておくこと。

 MacOpen_06

※インタラプトスイッチがついているならそれも外しておく


■ステップ2
Macintoshのテレビモニターを割ったり傷つけたりしないよう注意し、クッションなどを敷いた安全な床に背面を上に置く。そして背面側とフロント側ケースを留めている5つのネジを “MacOpener” で外す。

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※ケースを開けるには専用ツール “MacOpener” を使う


そのネジの位置だが取っ手の下奥に2つ、そしてインターフェースコネクタ部位の左右に2つあるが最後のひとつは分かりにくい。それは背面向かって右側にあるバッテリーボックスの蓋を取るとネジがひとつ留まっている...。
外したネジはなくさないようにきちんとまとめておくこと。

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※ “MacOpener” で背面にある5つのネジを外す。ネジは背面下側に2個、取っ手の奥に2個、そしてバッテリーケース内に1個ある


■ステップ3
ネジをすべて外したらいよいよケースを開ける作業に入る。Macintoshのケースは繰り返すがフロント側とバック側の2つで構成され組み合わされている。その境界はマシンを上からあるいは横から見ればお分かりの通り側面のフロント側に一連の溝がありそれを適切な道具を使って緩めていく。ただし金属のドライバなどでこじ開けようとすれば樹脂製のケースは簡単に傷がつき壊れるので厳禁だ。
当時のヘビーユーザーは “MacOpener” などの代わりに割り箸を適宜削って代用とするなど工夫をしてきたが専用ツールの安心感にはかなわない。

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※ケースの合わせ目を“MacOpener” で少しずつ開いていく(上)。ほとんどケースの合わせ目が緩んだ状態(下)


“MacOpener” にしても1箇所に力をいれるのではなく少しずつ左右上下の合わせ目を緩ませることが大切だ。ある程度まで緩めば後は容易にケースは開けられる。すべてにおいて丁寧にゆっくりと外すこと。

■ステップ4
ロジックボードやアナログ基板、そしてモニターやフロッピーディスクドライブなどはすべてフロント側のケースにシャシーと共に組み合わされている。ためにボディの大半を占める形のケースは綺麗に取り外せる。

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※開けたケース(上)とその内部(下)。内部には開発者たちのサインがある


なおMacintosh Plusはもとより128Kや512KのMacケース内部はシールド効果を高めるために銀色に塗られているがその奥にはよく知られているようにスティーブ・ジョブズを始めとするMacintosh開発に携わった人たちのサインが模りされているのでこの機会に確認しておくとよい。なおケース内部の開発者サインに関して詳しいことは以下のアーティクルを参考にしていただきたい。

初期Macintosh におけるバックパネル内面サインの考察
Macintosh 128KとPlusにおけるケース内部のサイン事情

ちなみにケースが外れたらインターフェースコネクタ領域に被せられているシールドカバーも取り外しておこう。

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※背面のコネクタ部にかかっているシールドカバーも外す


■ステップ5
今回は修理といった具体的な目的があるわけではないので特にアナログ周辺のコード類などを引いたり不用意に回路部位に触らないように注意する。そしてMacintoshのロジックボードを丁寧にガイドレールに沿って引き出し取り外してみるが、その前にロジックボードに差してあるコネクタ2つを外す。

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> MacOpen_11

※ロジックボードに接続されている2つのコネクタケーブルを外す


そして本体の背面を上にしてロジックボードをゆっくり上に引き上げれば外すことが出来る。なお外した基板は静電気に注意し、チップや回路に手を触れたりせず早めにアルミホイルや静電気防止シートなどに乗せておく。

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※モニター側を下にしてロジックボードを引き上げる(上)。Macintosh Plusのロジックボード(下)


いかがだろうか…。確かに初回は緊張するが慣れれば時間も大してかからないし難しいことはない。ただし繰り返すが直前まで使っていたマシンの内部にアクセスする際には家庭用TV同様に内部に触れれば感電する恐れがあるし、アナログ回路に詳しい人以外はあれこれといじくり回すことは避けるべきだ。ましてやすでに30年も経過した回路や部品は傷んだり壊れやすくなっている可能性も高い。

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※ロジックボードを外したMacintosh Plusの内部(上)とビデオ回路基板の裏側(下)


ちなみに元に戻すにはこれまで見てきた逆を行えば良いが、ケースが絶妙な具合で組み合わさっていることがお分かりになるに違いない。
Macintosh Plusが登場してからすでに29年になるわけだが、その頃のMacintoshはいまも楽しませてくれる!


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Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員