パソコン・キーボードの源流、タイプライターの歴史とその機能再考

先日数人の若い方と話しをする機会があった。折しもアップルが新しいキーボードやマウスを発表した時だったので話題は自然にキーボードの今昔となった。ただし一人は30代、二人は20代の方々なので当然なのだろうが、タイプライターを見た事がないという...。


キーボードの歴史を追っているとどうしても避けて通れないのがタイプライターの存在だ。これまでにも断片的にキーボードやタイプライターそしてQWERTY配列に関することなどの概要をレポートしたが、今回はそのタイプライターの "歴史" を振り返ってみたい。なお一部そうしたアーティクルの内容と重複するかも知れないがご容赦願いたい。

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※1937年製レミントン・スタンダード Model 16 タイプライター(当研究所所有)【クリックで拡大】


まず、タイプライターとは何か?あるいはどのような機械なのかは知っていてもすでに手動式のタイプライターの実機を見たり、ましてや使った事のある人はごく限られているに違いない。
パソコンが普及する以前には規模が大きな会社だと必ずといってよいほどタイピストという女性たちのプロ集団がいて社内文書作成に貢献していた。また欧米の映画などでよく見るシーンとしてヘミングウェイといった小説家がタバコを薫らしながらタイプライターで作品を綴っている場面が多々登場する…。ちなみにヘミングウェイが好んで使ったタイプライターのひとつはCORONA #3という製品だったという。

余談ながら2012年のフランス映画「タイピスト」をご存じだろうか...。時は1950年代のフランス、「あるドジな田舎娘がタイプライターひとつで世界に挑んだ戦いの記録である」というナレーションで始まる実話を元にした映画だそうだ。どこか「マイ・フェア・レディ」を彷彿とさせるとても素敵な映画なのでお勧めしたいが、肝心なのは欧米で女性が社会へ進出し始めたこの時代、憧れの職業は電話の交換手、そして秘書とタイピストだった...。

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※2012年のフランス映画「タイピスト」


ということで、今回は当研究所が所有しているレミントン社製タイプライターと先般ご紹介したスミス&コロナ社製のタイプライターを俯瞰しながらワードプロセッサやパソコンが登場する以前、ビジネスの花形だったタイプライターをご紹介し、どんなマシンだったのかを眺めてみよう…。

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※1937年製レミントン・スタンダード Model 16 タイプライターを側面から見る【クリックで拡大】


さて、最初のタイプライターは?と問いたいところだが、そのタイプライターも他の発明品同様一人が単独で発明開発したわけではない。1700年代から様々な人たちが文字を印字する機械を考え出し、1829年以降1870年あたりまでタイピング印刷機械に関して多くの特許が出願されたものの、商業的な生産には結びつかなかった。

商業的に成功を収めた最初のタイプライターは、1867年にクリストファー・レイサム・ショールズ(1819年2月14日~1890年2月17日)らによって発明された。
新聞の編集者でもあったショールズは知人らの力を借りながら「活字書字機械」の開発に勤しんでいた。これは何らかのキーを押すとそれに対応する文字が用紙に印刷されるというものだ。

当時、例えばウェスタン・ユニオン・テレグラフ社ではモールス信号を知らなくてもABCに対応するピアノ鍵盤型キーを打てば遠隔地にある機械がそれをプリントする「印刷電信機」の導入が始められていた。何故なら電信需要の増大にモールス信号のオペレーター教育が間に合わなかったからだ…。

この送信機と受信機は本来遠隔地同士を繋ぐものだが、この2つを組み合わせればショールズの考える「活字書字機械」が実用化することになる理屈だった。しかし「印刷電信機」は大量の電気を必要とし、大がかりなバッテリーで動作したため、一般の会社や家庭に簡単に設置できるものではなかった。
さらに「印刷電信機」の印字速度は人がしゃべる速度に到底追いつかないものだったから、速度を上げられればビジネスチャンスの余地があると考えて「活字書字機械」の試作と改良を続けていたわけだ。

1868年3月、ジェームズ・デンスモアの協力を得て開発を一歩すすめることができた。まず試作中の機械に「タイプ・ライター」という名を付け特許を取ることにする。
紆余曲折の上、最終的にキーを11個まで少なくして動作を安定させた試作機を作り特許事務所への提出用モデルとした。そして新聞に「THE AMERICAN TYPE WRITER」という広告を出す。

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※クリストファー・レイサム・ショールズらが1868年6月23日に特許を取得した「タイプ・ライター」と名付けられた活字印刷機械のプロトタイプ。Herkimer County Historical Society の承諾を得て掲載【転載不可】


その「タイプ・ライター」の試作を見れば一目瞭然だが、キーはピアノ鍵盤式であり、鍵盤で言う黒鍵と白鍵にアルファベットを関連づけている。ただしピアノ鍵盤ではアルファベットすべてを2段に並べても左右が広すぎて効率が悪かった。そこでキートップを小さくし、かつそれを3段とか4段に並べることが考案されていく。
その後、幾多の紆余曲折の後、その特許に基づいて1873年、当時ミシンの製造会社だった E・レミントン・アンド・サンズ社が製造を担当し翌年 "Sholes and Glidden Type-Writer" として発売した。

我々コンピュータに関わる者にとって興味深いのはこのピアノ鍵盤式のキー入力に刺激されたひとりにマウスの発明者としても知られているダグラス・C・エンゲルバートがいたことだ。その彼が提唱したのがゼロックス社のパロアルト研究所で開発されたAltoにも使われた「コードキーセット」である。

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※Altoのキーボード右手前にあるのが5鍵キーセット(筆者撮影)


これはピアノの白鍵が5つ列んでいるといった感じのデバイスであり、彼はこれでアルファベット26文字の入力を模索した。なぜキーが5つなのかは、5つあればアルファベットを二進数符号でエンコードするために必要な最小の数だからだ( 2の5乗 = 32)。それによりエンゲルバートはこの5キー二進数キーボードを操作する身体的なスキルを発達させることを提案した…。

このキーセットの使い方は前記のタイプ・ライターとは違い、ひとつひとつのキーを順に押すことで情報を伝達するのではなく、ちょうどピアノの和音を弾くようにキーを組み合わせて押すことを意図した。ただし歴史が証明するようにキーセットによる文字入力は普及しなかった。
しかし早い時期にそれは時代遅れの技術だと批判する人たちも登場する。エンゲルバートのスポンサーの一人でもあったハロルド・ウースターらである。

エンゲルバートはキーセットによるコード化はモールス信号よりも早いとも主張したが、「仕事は機械にやらせるべき」と考えるウースターは、キーを押すことで文字をコーディング出来るとするなら、なぜそれをオペレータにコードを覚えさせなければならないのか、単純に対応のキーを押せばよいではないかと反論した。
しかしキーセットが忘れ去られる原因は速度の利点ではなかった。電信の世界でもQWERTYキーボードに事が有利に運び、ピアノに似たキーボードや5鍵のキーセットは消え去った。その大きな理由の1つがタッチタイピングの発生と普及にあったという。

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※レミントン・タイプライター・カンパニー時代の広告。MUNSEY MAGAZINE 1909年2月掲載


さてさて…そのレミントン社のタイプライター生産は1873年3月とも9月とも言われている。ただし商用機として納められた製品は1874年4月だったようである。
またキー配列はそれまでの試行錯誤の結果現在も使われているQWERTYであり、この配列は他のメーカーもそのまま採用したことが普及の原動力になったのは確かだろう。
こうした黎明期の歴史についてより詳しくお知りになりたい方は、本編の参考にさせていただいた安岡孝一+安岡素子著「キーボード配列 QWERTY(クワティー)の謎」(NTT出版)をお勧めしたい。

その後タイプライターは様々なメーカーの工夫により改良され、手動式だったものが軽いキータッチで印字できる電動式となり、その後に電子式を経て文章の編集機能も備えたワープロ専用機、そしてご存じパソコン上のワープロソフトへと移っていった...。
ちなみにこのモデルは1931年から製造されたが本機はシリアルナンバーから推察して1937年製のようだ。

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※当研究所所有、レミントン・スタンダード Model 16 のシリアルナンバー


まずサイズだが約横幅39cm × 高さ27cm × 奥行き39cmほどで重量は17Kgもある。まるで鉄の塊みたいなマシンだ。別途CORONA #4 Portableのような簡易的な作りのポータプルなタイプライターも製造されるが、それが今で言うノート的なマシンなら Model 16はまさしくオフィス専用マシンであり、Mac Proや iMacといったデスクトップマシンといったところか...。

ともかくキーボードを見ていただきたいが、最上段が数字キー、続いてアルファベットおよびいくつかの記号を含めた文字が三段と計4段に並んでいる。そして一番手前がスペースバーだ。
その配列はQWERTY配列であり、現在のパソコン・キーボードとその列びは同じである事がわかる。なお「数字キーの "1" が無いぞ、壊れて取れたか?」 と思われる方もいるかも知れないが、これで正常なのだ。何故なら当時 "1" はアルファベットの "L" の小文字で代用するのが通例だったからだ。

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※レミントン・スタンダード Model 16 のキーボード【クリックで拡大】


勿論大文字小文字の切替はシフトキーで行うし、この機種ではすでにシフトロック・キーも備わっているが、黎明期には大文字だけの製品もあったし、大文字と小文字のキーを別々に配列した6段ものキーを備えたダブルキーボードの製品もあった。
要はこれだけテクノロジーの進化・進歩が激しい時代に1930年代に作られたタイプライターのキーボードと現在のパーソナルコンピュータのキーボードの基本的な仕組みが変わっていないことに驚かされるではないか。

そういえばこのタイプライターの製造会社のレミントンランド (Remington Rand) は、アメリカのコンピュータメーカーでもあり、UNIVAC I の製造でも知られているが、その後ユニシス社の一部となっている。まさしくタイプライターとコンピュータがシームレスに結び付いた会社がレミントン社と言えるのかも知れない。
パソコン…というか、個人用のコンピュータの歴史を見ても、例えばAltair8800を実用化することを考えるなら何らかのターミナルを必要としたし、当時のテレタイプを接続して活用する場合も多かった。

キーボードがタイプライター時代からその役割と仕組みは変わらないとはいえ手動タイプライターと電動タイプライター以降とはそれを使う壁が随分と低くなった。
どういうことかといえば、タイプライターの仕組みはご存じだろうが、キーを叩くと先端に活字が付いているタイプバーが跳ね上がり、インクが染み込んでいる巻取式のリボンの上からゴム製ローラーに装着しているタイプ用紙へ打ち付けることで一文字が印字される仕組みだ。

このとき、ピアノの鍵盤を強く弾けば大きな音、弱く弾けば小さな音が出るのと同じ理屈で、例えばタイプライターのキーを叩くのが弱いとタイプバーがリボン経由で用紙に当たる力が小さく、印字が薄かったり印字されないことがある。
この手動式のタイプライターで綺麗な印字結果を出すのはすべてのキーをある程度均一な力で叩かなければならないわけだ。押してはダメで叩かなければならないからそれには力が必要なのだ。

パソコンのキーは電子式のスイッチだから力は不要で軽く押せば済むが、手動タイプライターはそれなりの物理的な力が必要だということがお分かりだと思う。しかし現実はそれがなかなかに難しい。
なぜなら人指し指とか中指による打鍵は問題ないとしてもタッチタイピングする場合に両手の小指でキーを強く叩くのは訓練しないとまず無理だ。そして打鍵には音が出る。したがって現代の人たちがこのタイピングの音の中で仕事をするとなれば、かなり五月蠅いと感じるのではないか...。

ともかくそうした困難を練習と訓練で乗り越え、初めて手動タイプライターで仕事ができるようになる。ただし現在のパソコンによるワープロと比較するとビックリするほど幼稚な機構だから問題も多々出てくる。
まず一行打ち終えても(通常ベルが鳴る)次の行の先頭に印字位置は自動で移動しない。使い手がキャリッジリターンレバーを右位置に戻す操作をして印字位置を最初に戻すとそこでブラテン(ゴム製ローラー)が用紙を一行分上に送ってくれる。

また冒頭にご紹介した「タイピスト」という映画にも出てくるが、打鍵が速すぎたり隣のキーを同時に押したりすれば最初のタイプバーが戻らないうちに次のタイプバーが飛び出し、複数のタイプバーが同時に印字ポジションに集まって結果数本のタイプバーが重なり固まってしまうことがある。これを "ジャム" と呼んでいるが "詰まる" という意味だ。そしてインクリボンの交換時にはしばしば手を汚すことも多かった。

実際に苦労した一人として一番厄介なのはミスタイプしたときだ。例えば "E" を打つときに誤って "R" を打ってしまったときを例にすると...打った瞬間にそれが分かったならバックスペースキーで一文字位置を戻し、修正用のホワイトリボンを挟み "R" を打つことで一旦用紙に打った "R" を白リボンで2重打ちで消し、再度一文字戻して "E" を打つことになる。また修正液で塗りつぶしたり砂消しゴムて消すのもありだ...。

ところで同じ文書を複数作りたいときはどうするか…。いわゆるゼロックスコピーといった普通紙のコピー機はまだ普及していなかったから現在のように手軽に何十枚も同じ文書を作ることはできず、それはガリ版の役割だった。したがって2,3枚であれば用紙を重ねてタイプすることは日常だった。

例えば2枚のタイプライター用紙の間に片面カーボン紙を挟みプラテンに重ねてセットして打てば良い理屈だ。ただし2枚とか3枚といった場合にタイプ用紙の厚さにも関係するが、後ろの用紙にもはっきりと印字するには前記した打鍵の力がより必要になる。指の力が弱いと一枚目は印字できても2枚目あるいは3枚目はカーボンへの圧が弱く印字されないか薄くて見難いものとなるからだ。

このカーボン紙を使う複製方法は現在の電子メールの "Cc" すなわち "カーボンコピー" の語源である。さらにいえばカーボーンコピーを使う際の文書の間違い修正はより面倒なことになる。用紙をプラテンに挟んだまま巻き戻しそれぞれの用紙の背面に厚紙を置き、砂消しゴム等で印字を消す。このとき用紙に穴が空いたら最初からやり直しだ...。

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※レミントン・ランド社のタイプライター広告。1946年3月18号のTIME誌から


2枚あるいは3枚の間違った箇所を消したら用紙を再度重ねて印字ラインに戻すが、この場合のほとんどが最初の打鍵位置とは微妙にずれる。したがってずれたままで印字を続ければ特に上下のラインが揃わずオフィシャルな文書としては使い物にならなくなるわけだ。
現在のようにコピー機などなかった時代だからオリジナル1枚作って後はコピー...というわけにはいかなかったのである。さらにいわゆるゼロックスコピ機が登場してからもしばらくの間、例えば輸出申請書類などはカーボーンコピーが正式であり、ゼロックスコピーの複写は受理されない期間があった。

さらにいえば、こうした手動タイプライター(電動タイプライターも)を高速で打鍵するにはいわゆるタッチタイピングがポイントだが、それは打鍵に力を必要とすることと同時にキーのストロークが深いこともあり、両手首はピアノ演奏のように机上から離れてキーの上に浮かせていなければならない。したがってパームレストといった類の使用は思いもしなかった。

こうした手動・機械式のタイプライターは現在のパソコン・キーボード以上に個人の好みに関係し他人のタイプライターは使いづらいといった結果となる。
映画「タイピスト」のネタバレになるが、タイプの早打ちコンテストで最後の最後にスポンサーのタイプライターではなく使い慣れたタイプライターを使ってヒロインが優勝するのは然もありなんと思った。タイプライターに限らないがアナログの機械や道具は慣れたやつが一番なのだ。

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※レミントン・スタンダード Model 16 のプラテン部位【クリックで拡大】


またキーの重さや長い間使い込んだある種の変型や癖は使用者にとって心地よいものであり、例え新品と比較しても慣れ親しんだタイプライターの方が使い易いものだ。したがって愛用のタイプライターは微妙に個性を主張するようになり、例えば探偵小説などでも特定の活字の一部が減っていることが証拠となって脅迫状をタイプで打った人物を特定する…といったストーリーも出て来たほどだ。

そしてタイプライターも打鍵に力がいらない電動式が登場し、ジャムることがないボールタイプの製品も登場した。しかしご存じの通り、印刷以前に文書全体が把握でき、編集や修正が容易に可能なだけでなく1度入力した文章を保存でき、何度でも使えるワープロ専用機やコンピュータのワープロソフトの台頭でタイプライターは消えて行った…。

【主な参考資料】
・安岡孝一+安岡素子著「キーボード配列 QWERTY(クワティー)の謎」NTT出版刊
・Thierry Bardini著/森田 哲訳「ブーストラップ(Bootstrapping)」コンピュータエージ社刊



ラテ飼育格闘日記(469)

朝晩は冷えるほどの気温になってきた。したがって雨でもなければラテは元気に歩き回るようになったものの毎日の散歩がいかに充実したものになるかが問題だ。ただただオトーサンと歩き回っていればそれで良いというわけでもないのが難しいところだが、まずは安全にというのが一番の気遣いだ。


朝夕の散歩に懐中電灯が欠かせない季節となった。散歩用のフル装備をしてオトーサンは出かけるが、肩から斜めがけしている散歩用バッグが結構重くて肩こりの原因のひとつになっている。

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※季節もよくなったことでもあり、ラテは散歩に意欲が出てきた


バッグの自重の他に一番重いのが飲料水だ。出がけにペットボトルに冷たい水を満タンにしてでかけるが、これはラテの飲み水と共に用足しした後始末に使うことになる。そして5メートル伸びる巻取式のリード、急な雨の際にと折り畳み傘、懐中電灯などが収まっている。その他、ウンチの始末用アイテム、ティッシュペーパーなどなどを用意してある。

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※昨晩からの雨で落葉の絨毯もびしょびしょだ...


ただし天気の日は直接手にするのはラテのリードと暗くなってからの懐中電灯だけだが、雨でも降れば傘をさすことになり、2本しかない手ではなかなかにきつい。
しかしラテはそんなオトーサンの思惑など知る由もないが、あっちへフラフラ…こっちへクンクンと思うがままに歩く。オトーサンが短気を起こしリードを強く引けば「何すんのよ!」とばかり恨めしそうな視線を送ってきたり、オトーサンの脹ら脛あたりをマズルで突っつく(笑)。気の強い娘なのだ…。

そういえば「女心と秋の空」ではないが、ラテにとっても些か気持ちの変化があるようだ。なぜならたまに会う柴犬の雌のワンコに久しぶりに会ったとき、これまで特に吠えたりはしなかったものの友好的でもなかったのにいきなり遊びのポーズを取り合って鼻面を付き合わせたのだ。

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※ベンチで一休み。オトーサンと談笑のひととき


この地に来て2年が過ぎたが、ご近所でそうした遊びのポーズをとるワンコはこれまた柴犬のアンリちゃんだけだったが、どうした変化なのかは分からないものの珍しいことではある。ともかくそうした友達ワンコがとても少ないこともあり、喜ばしいのだが、長続きしてくれると良いのだが…。

こうしてあれこれ行動すれば子供たちとの出会いもまた多くなり、ラテの散歩はより充実したものになる。
先日、ラテは土盛りしてある土手のような場所に足を向けた。オカーサンの出勤に合わせて散歩に出たときには必ず通る場所だが、歩道より2メートルほど高いこともあり、かつ一部は土が露出しているのでラテはそこに駆け上り、両前足で穴を掘ったりほんの一時、駆けずり回るのが好きな場所なのだ。

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※少々高い場所に登って降りるのが怖くなったためオトーサンにヘルプです(笑)


その土手に登ろうとしたらその先に7人ほどの小学生たちが下校の帰りなのだろうランドセルを背負ったまま遊んでいた。オトーサンはどうしようかと一瞬迷ったが、ラテがリードを強く引くのでゆっくりと上がっていくと1人の女の子が「あら、可愛い!」と声を出してこちらに近づいてきた。

ラテは「可愛い」という言葉は自分の為にあると思っているので(笑)早速お尻ごと尻尾を大きく振り、姿勢を低くして歓迎の意を示している。オトーサンは念のため「ワンちゃん怖くないかな?」と聞くと周りを取り囲んだ子供たちは「大好きです!」と笑顔。
ラテを撫でながら「名前はなんていうの?」「犬種は?」と矢継ぎ早の質問責め(笑)。
しばらくラテは至福の時を過ごしたが、子供たちの遊びを中断させたことでもありオトーサンは「ありがとうございます」とラテを引き離して坂道を登った。ラテも満足したのか逆らわずにオトーサンにアイコンタクトする。その笑顔を見ればラテも満足だったことは一目瞭然だ。

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※下校途中の小学生たちに声をかけられ喜ぶラテ


坂道を登り切ったラテは横断歩道を左に渡り、今来た歩道の反対側を今度は下がって行く…。オトーサンも「ま、いいか」とラテに同調して歩くと車道を挟んだ向こう側の歩道には先ほどの子供たちがまだ集まっていた。子供たちはオトーサンたちを認めて「ラテちゃん!」と呼んでくれた。
そういえば子供が「ラテちゃん!」と名前で呼びかけてくれる機会は近年ほとんど無くなったことでもあり、ラテも新鮮だったのか「ウォ~オオオン」と喜びの雄叫びを上げて近寄っていった。




Transcend 高画質フルHD ウェアラブルカメラ DrivePro Body10の取付位置考察

Transcend 高画質フルHD ウェアラブルカメラ DrivePro Body10を本格的に使い始めている。愛犬との朝夕の散歩でパナソニックのHX-A500と共に3週間ほど使ってみた感想を記してみたい。正直あまり期待していなかったし、まれに画像の色が変わるという難もあるが画像が綺麗なのは嬉しい。


まずDrivePro Body10を使う場合に一番注意というか、考えなければならないのはその装着場所だと思う。HX-A500をヘッドマウントに着けて顔の左側に位置させているが、これなら顔を向けたエリアが撮れることになるので目視したシーンとそうそう違和感のない場面が録画できる。

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※Transcend 高画質フルHD ウェアラブルカメラ DrivePro Body10


しかしDrivePro Body10はヘッドとか顔の周りに装着するような形ではないし仕様でもない。背面にあるクリップを活用して上着の胸ポケットやバッグ類の肩掛けベルトなどに装着するのが普通だろう。だとすればまず自分が見ているエリアとDrivePro Body10のレンズが向いている方向とはかなり違うことになる。

さらにくどいようだがHX-A500にも視差が生じるものの、それでも見ている "物" や "人" はほぼ問題なく撮影できているがDrivePro Body10ではそうはいかないわけだ。とはいってもDrivePro Body10は監視カメラではなくウェアブルカメラである限り撮りたい方向を明確にしなければ現実問題として役には立たないことになる。

より具体的にいうなら、愛犬との散歩途中、私の視線はほぼ進行方法2メートル前後の地面に向いている。そしてしばしば前後の確認ということになるが、これはガラスの破片やゴミ類が放置されている場合が多いからだ。そうした場合にHX-A500では下を向けば録画も地面が映る。しかしDrivePro Body10は頭の動き程度では撮影範囲はあまり変わらない...。ましてや一緒に歩いている愛犬の姿はほとんど映らない。

ただし現在のようにHX-A500と併用している場合には欠点にはならず逆に利点と考えている。なぜならそもそもドライブレコーダー的な目的からして例えばT字路で横を向いて気を取られている際に前方で何かトラブルあるいはその要因となるようなことがあった場合、HX-A500では撮影できないがDrivePro Body10では録画されているということになるからだ。2つを併用することで録画の視野が大きく広がったことになる。

そのDrivePro Body10を手にした初回の撮影では肩に斜め掛したバッグのベルトの首に近い位置に取り付けて使用してみた。これはなるべくHX-A500に近い高さで録画してみようと考えたからだが、よい場所ではなかった...。なぜならまずDrivePro Body10の広角が災いしてジャンパーの立ち襟の端が画角に入ってしまうことがあっただけでなくキャップのつば...バイザーの先端までが時に映ってしまった。

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※キャップのバイザー先端が映り込んだ例(上)とジャンパーの襟先端が映り込んだ例(下)


バイザーが映る原因は私自身が下を向いたときだが、かといってDrivePro Body10の取付け位置がパンツのベルト位置では低すぎるからやはりジャケットやシャツの胸ポケットあたりがベストの位置となるようだ。

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※取付場所としては上着の胸ポケットが最適だった


私の身長は171センチだが、3週間ほど使った範囲ではジャケットなどの胸ポケットにDrivePro Body10を取付けるのが一番現実的だと認識した。この高さであれば画角は自然な感じに撮れ、例えば行き交う人の顔も映る。ただしDrivePro Body10を取り付けるポケットがシャツ類のような薄い生地の場合は歩きにつれてDrivePro Body10が必要以上に揺れてしまい、大変見難い録画となってしまうことがわかった。

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※カメラの位置が上過ぎると上記2例のように画角の大半が空ということになるだけでなく、露出が絞り込まれ地面側は暗くなってしまう


まあ、この季節だからシャツ1枚で外出することもないが、これはジャケットだとしても同じ事で、しっかりした厚手の生地のポケットなら良いもののDrivePro Body10を挟んで揺れがあるような場合にはポケットの中に何か適当な板状のものでも入れ、揺れるのを防ぐる工夫をした方がよい。

ということで私の身長程度ではジャケットの胸ポケットに挟み込み、不必要に揺れず、かつ気持ち下に向くといった感じがベストだった。

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※上記2例のように録画ができれば映像もバランスがよく露出も全体的に適正となる


DrivePro Body10はケーブル類がないので基本的にはどこにでも装着できるが、私のようなドライブレコーダーならぬ散歩レコーダー用途には少なくとも相対した人間の姿と顔が映る位置でありたいので上下の位置と取付け方は十分に考えなければならない。

勿論胸ポケット等に装着するばかりがDrivePro Body10の使い方ではない。時に撮りたい対象があれば装着場所から外して手持ち撮影するのも面白い。
こうしたいくつかの注意を頭に入れながらDrivePro Body10の癖に慣れれば一部色味が異常になるケースはともかく、画質を含めて私の考える用途には十分なスペックだといえる。
検証は続く...。


話者の胸元でクリアな音声で収録、モバイル機器対応 ラベリアマイク「iRig Mic Lav」発売

フォーカルポイント株式会社は11月25日、IK Multimedia Production srl(本社:イタリア モデナ 以下IK Multimedia)のiPhone、iPad、iPod touch、Andoridスマートフォン、タブレットなど、モバイル機器用にデザインされたラベリアマイク「IK Multimedia iRig Mic Lav」を全国の家電量販店などを通じて発売すると発表。同社の運営するオンラインストアでも予約受付中。


  iRig Mic Lav

【IK Multimedia iRig Mic Lav】
iRig Mic Lav(アイリグ マイク ラブ)は、インタビュー、報道レポート、プレゼンテーションなど、話者の襟や胸元に留めるだけでクリアな音声収録が可能なラベリアマイク。標準カメラアプリでのビデオ撮影時に使えるほか、ヘッドフォンアウトも装備されているので、リアルタイムモニターに対応したアプリを使えば、収音中の音をモニターすることができる。iRig Mic Lavは2つまでカスケード接続可能なので、2人同時に収録することもできる。

[製品の主な特徴]
1)報道プロの使用にこたえる、モバイルマイク。
  iRig Mic Lavは、指先ほどの小さな筐体に、報道プロの使用にこたえるクオリティが実装されている。高品位な無指向性コンデンサーカプセルは30Hz-16kHzの収音に対応し、驚くほどクリアな音声の収録が可能。息や風によるノイズを防止するポップシールドフォームも同梱。付属のクリップを使えば、簡単にスーツの襟、シャツの胸元、Tシャツの首周りなど、口元の近くに留めることができる。150cmと余裕のあるケーブルが実装されているので、インタビュービデオの撮影にもスマートに対応可能。

2)2本までカスケード接続可能。
  iRig Mic Lavは、単体で使えるほか、2本までカスケード接続して使用可能。ヘッドフォンアウトのスイッチを「Input」側にして、そこに2本目のiRig Mic Lavを接続するだけで、2人の話者を同時に収音可能。2本目のヘッドフォンアウトのスイッチを「Monitor」側にすれば、単体使用時同様、ヘッドフォンでリアルタイムモニターを行うことができる。ビデオレポートで2人のコメントが同時に収録できるほか、インタビュー、ポッドキャストなど対談の収録に最適な仕様。

3)多くのモバイル機器にも対応。
  音声の入出力には、iPhone付属のイヤフォンマイクでお馴染みの4極ミニ端子(1/8” TRRS)が採用されている。iPhone、iPad、iPod touchはもちろん、Androidスマートフォン、タブレットなど、iPhoneと同じ配列(CTIA/AHJ規格)の4極イヤフォンマイク端子が採用された機器で使用できる。

4)標準カメラアプリから純正アプリまで、幅広く対応。
  標準カメラアプリによるビデオ撮影、ストリーミングアプリによるライブブロードキャスティングから、IK Multimediaの純正アプリ「iRig Recorder」でのレコーディングまで、幅広いアプリケーションで使用可能。iRig Recorderはリアルタイムモニターに対応し、iRig Mic Lavに接続したヘッドフォンアウトで収録中の音声を確認できるので、失敗が許されない取材でも安心。iRig Recorderの録音データは、録音日時、位置情報、タグ付きで保存されるので、整理も簡単。iRig Recorderには無償版も用意されているので、iRig Mic Lavを
購入したその日から録音を楽しむことができる。

5)ポータブルなプレゼンテーションシステムも。
  iPhoneやiPadに接続して、リアルタイムモニターに対応したアプリの出力をIKのポータブルながら40Wのパワーを備えたスピーカー「iLoud」に接続して再生すれば、ポータブルなプレゼンテーションシステムも構築可能。IKの純正アプリ「VocaLive」や「EZ-Voice」を使えば、イコライザー、コンプレッサーにて、聞き取りやすく、通りの良い声に調整することもできるので、プレゼンテーションも一層魅力的に響くことになる。

[同梱品]
・iRig Mic Lav 本体
・ウインドシールド
・マウントクリップ
・キャリングケース

[対応機種]
iOSデバイス (iOS 4.3以降)
・iPhone 6s / 6s Plus
・iPhone 6 / 6 Plus
・iPhone 5s / 5c / 5
・iPhone 4s / 4
・iPhone 3GS
・iPad Pro
・iPad Air 2 / Air
・iPad mini 4 / 3 / 2 / 第1世代
・iPad 第1世代〜第4世代
・iPod touch 第3世代〜第6世代

Androidデバイス ※
・CTIA/AHJ規格の4極イヤフォンマイク端子採用の機器
※ Samsung、LG、HTC、Huawei、Sonyなど多くのメーカーが採用

[製品仕様]
      マイクサイズ: 約7.5(W)×24(H)×7.5(D)mm
インラインコネクタサイズ: 約24(W)×24(H)×14(D)mm
          重量: 約22g
       ケーブル長: 約150cm

定価はオープンプライスだが、オンライン直販価格は7,000円 (税抜)。
発売時期は 11月末発売予定。

IK Multimedia iRig Mic Lav 製品ページ







eBayのGlobal Shipping Program利用による荷物トラッキング始末記

eBayで買い物をした際に初めての体験をしたので覚書のつもりで経緯を記しておきたい。まずは購入アイテム覧のShippingの項に "International Priority Shipping to Japan via the Global Shipping Program" と書かれていたもののよく調べもせずに日本に配送可能ということだけは間違いないようだからと購入を決めた。


即決済を済ましたら10月31日に出荷の案内があった。発送条件は "International Priority Shipping" ということだったし米国からの配送予定は "Wednesday, Nov 11, 2015 - Saturday, Nov 28, 2015" と大きく幅があったから気長に待つしかないと考えた。

しかし11月7日になってeBayから「Global Shipping Centerへ送られたので配送のステータスがアップデートされた」という案内が届いた。早速確認すると米国の初期発送はFedExだったことがわかったのでインターネットでトラッキングを実行してみた。その際には事前に知らされていた "UPAAB000000xxxxxxxxx" という Global tracking ナンバーではトラッキング出来ず Domestic tracking とあった12桁の数字を入力したらFedExのトラッキングが出来た。しかしその結果を見て一瞬ドキッとする...。

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※かなり重量がある荷物だったが約半月で米国から届いた。なおダンボールと中身は関係ない...


なぜならそこには「配送完了」とあったからだ。もしかしたらご配送か?と思ったがそれにしては早すぎる。念のためFedExジャパンに電話をして確認するとFedExによる配送は送り主から米国内のGlobal Shipping Centerという場所までであり後は分からないという。要はFedExのトラッキングはここまでなので「配送完了」となるわけだ。ちなみに "Shipping carrier" は確かにMultiple carriers とされているので複数のキャリアの手を経るようなのだ…。

ではそもそもGlobal Shipping Programとは何なのか...について遅ればせながら調べて見るとeBayサイトに説明があった。それは比較的最近始まったサービスのひとつで、販売者がインターナショナル向けの発送を面倒だからといった理由などでやりたくない場合、販売者はグローバル配送プログラムを選択すれば米国ケンタッキー州の出荷センターに配送するだけで事は済み、後はeBay側で世界中の購入者宛に発送するというシステムだという。
先の "UPAAB000000xxxxxxxxx" という Global tracking ナンバーはこのプログラムを利用した場合のトラッキングナンバーということらしい。

なるほど、それは理解できた。あくまで先の「配送完了」とはGlobal Shipping Centerに渡したということなのだと...。それではその後、私の荷物はどう処理されるのか。
それから3日後の10月10日にeBayからまた ”We are writing to inform you that your recent GSP item has cleared customs and is now out for delivery with the carrier. You should receive additional automated updates regarding delivery status." というメールが入った。いよいよ通関手続きに入ったらしい。しかし再度デリバリーのステイタスは変更になるという...。

間違いなく日本に向けて発送の手続きをしているようだが、再度出荷データを確認するとキャリアは i-parcel だという。 i-parcel というのもこれまで知らなかったものの最後の転送先No.が "LPKEN000000xxxxxxxxx" となっていた。とにかく当該ナンバーのリンク先をたどると i-parcel はUPSのサービスだった。そしてインディアナポリス国際空港から仕向地(日本)に送られたとあった。

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※USP i-parcel のトラッキング結果は無事日本へ出荷とあった...


一安心ではあったが、最後の難関は果たして日本国内ではどこのキャリアが運んでくれるのか...ということだ。これまたネットで調べて見ると i-parcel から送られた荷物は佐川グループのSGHグローバル・ジャパンが配送してくれることが分かった。ただし前記の i-parcel から提示の転送先No. "LPKEN000000xxxxxxxxx" では追跡できない…。
ここで行き詰まった感があったものの諦めずにネットをググってみたら i-parcel に当該ナンバーを提示し、日本国内の追跡番号を聞くことができるらしいことが分かった…。

早速つたない英文でサイトの "Contact Us" から質問のメールを出してみた。
いやはや驚いたが、メールを出した8分後に回答が寄せられ、日本国内のキャリアは佐川であること、そしてそのトラッキングNO.が "WM000xxxxxxJP" であるという連絡だった。

まだトラッキングはできないかも...と思いつつ念のために佐川グローバルロジスティック社のサイトで確認して見るとこの時点では「現地へ輸送中」だったが後日にトラッキングを続けた結果、13日に日本に到着し通関中とのこと…。そして翌14日に荷物は国内配送扱いとなり届いたのは11月15日だった。
結局発送から半月で届いたことになる。一時は勝手がわからないので随分と心配したが終わりよければ全て良しということか...。

安岡孝一+安岡素子著「キーボード配列 QWERTY(クワティー)の謎」を読み解く

キーボードの歴史やエピソードを調べようといろいろな資料や書籍を集めたが、それらの中で一番面白く有益だったのは安岡孝一+安岡素子著「キーボード配列 QWERTY(クワティー)の謎」(NTT出版刊)という本だった。タイプライターからコンピュータのキーボードに至る140年の謎を解き明かしてくれる1冊だった...。


ここのところの興味はキーボードだ。といっても楽器の鍵盤ではなく通信機器やタイプライターに始まるあのキーボードのことである。特に現在標準として使われているQWERTY(クワティー)配列とはなぜそうなったのか、あるいはなぜこうも普及したのか...といった疑問を解明したいと考えてのことだ。

昔からキーボードの歴史といったことに感心があったものの、見聞きする情報は妖しげなものが多く納得出来るような資料とはなかなか行き会わなかった。しかし最近になってよい本に出会った。それが今回お話しのベースとなる安岡孝一+安岡素子著「キーボード配列 QWERTYの謎」NTT出版刊である。

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※安岡孝一+安岡素子著「キーボード配列 QWERTY(クワティー)の謎」NTT出版刊


ちなみに念のためだがQWERTY配列とはキーボードの英文字の並び方のことで、現在のキーボードでいうなら数字キー下の配列が左から Q W E R T Y ...と列んでいることを称してこの並び方を “QWERTY(クワティー)配列” と呼んでいるわけだ。

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※典型的なQWERTY配列のキーを持つ手動タイプライター


そもそもキーボード、特にそのQWERTY配列には幾多の伝説がまとわりついている。というかはっきりしないことが多く、キーボードの配列はなぜQWERTY配列になったのか、それが約140年もの間にどのような理由で標準といわれるようになったのか?

そしてQWERTY配列という話になると必ずといってよいほど「この意味の無い配列は打鍵スピードをわざと遅くするために作られたんだ」という都市伝説みたいなエピソードがついて回る。
その理由はといえば、活字が先端に付いているタイプライターのタイプバーは打鍵すると1箇所の印字位置に集まるよう設計されており、タイピングのスピードが上がると直前のタイプバーが戻りきる前に次のタイプバーが上がって絡み合い詰まって(ジャムって)打鍵ができなくなるから...という話しだ。

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※タイプライターがジャムるとは、こんな感じで複数のタイプバーが印字位置に重なり固まってしまうこと


実際にタイプライターを使ったことのある人ほど、いわゆるジャムった経験は多々あるはずでどこか真実味があるものの、「わざと遅く打鍵させるための配列」といったような画策を作り手がやるのか...といった疑問も湧いてくる。
そうした関連図書や情報を手にするとき、後述のように著名な大学教授たちまでがこのエピソードを紹介している様を見れば事実なのだろう...とも思い、もやもやしたものを抱えていた...。しかし果たしてこんな説を言い出したのは一体誰なんだろうか?

またアルファベットの出現頻度に基づいて考案され、QWERTYよりも優れているとされたDVORAK配列が普及しなかったのは何故なのか? そうした疑問に答えてくれるのが本書「キーボード配列 QWERTYの謎」のようだと知りむさぼるように読んだ...。

タイプライターといった機器も他の発明同様、ひとりの天才がなにもないところからいきなり発明したというものではない。手書きではなく何らかのキー、鍵盤を押すことで特定の文字が紙に印字されるという文字印刷機は18世紀あたりから様々な人々が試行錯誤してきたが実用品となるまでには至らなかった。

そうした中でクリストファー・レイサム・ショールズ(1819年2月14日~1890年2月17日)という人物が頭角を現した。タイプライターの父ともいわれるショールズ(ら)の考案した仕様を制作すべく1872年6月にミルウォーキー運河沿いに店を開き拠点とした。そして8月にはサイエンティフィック・アメリカン誌にそのタイプ・ライターの記事がでかでかと載った。
そのキーボードはQWERTYに近いものだったがキー配列はショールズたち自身もまだ確定できず、試作品によって微妙に違っていたという。

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※1872年当時のキー配列はこんな感じだったようだ。空白は記号キーが入っ


本書は最初ピアノ鍵盤のようなキーをABC順に並べていたものがどのような変遷をたどりQWERTY配列になっていったのか、そのQWERTYがなぜ標準とまでなったのかを主にタイプライターの歴史を追いながら検証していく。同時にタッチタイピングの登場、DVORAK配列とアンチQWERTY説や前記したような都市伝説みたいなことをそもそも誰が言い始めたのか...といったところまで深追いする。そしてコンピュータのキーボードがQWERTY配列となった背景もあぶり出す...。

繰り返すが「どうしてキーボードは、こんな不思議な順番に列んでいるのか」という質問には決まって「元々ABC順だったがタイピストのスピードが上がるにつれて性能が追いつかず、アーム同士が絡まるトラブルが増えたため、アームの衝突を防ぐためタイピストがなるべく打ちにくいようなキー配列をデザインしたんだ。それがQWERTY配列なんだ」という回答がセットになっている。これは本書でも詳しく解説しているがまったくのガセネタだという。そしてまたこうした都市伝説を流した "真犯人" は言われてみれば納得のいく話しである。

さらに本書によれば、海外の学者たちの論はもとよりだが日本でも東京大学の坂村健氏、一橋大学の今井兼一氏、そして東京大学の石田晴久氏らといった影響力の強い著名な人たちが海外の説をそのまま引用したことで日本中に定説として広まってしまったのだという。

ただし本書著者の説すべてが真実であるかどうかはこれまたわからないし反論もあるに違いない。しかし都市伝説に関しては開発者側の心理としてQWERTYが何の脈絡もなく配列されたとは思えないし、事実ショールズの配列は少しずつ試作を繰り返す段階で変わっていった結果でもあり、前記したように当初ピアノ鍵盤型のABC順キー配列がここまで来るには多くの試行錯誤の末だと考えるのが自然ではないだろうか…。

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※最初の試作はピアノ鍵盤のような2段にABCを順に割り振ったものだった...


またどのような原因でジャムりやすいかはともかく、これまた開発者自らわざわざ "打ちづらくするため" に発明品のレスポンスを落とす…といったことは通常考えられないと思う。なにしろ当時のタイプライターは速記なども含め口述筆記や電信で受けた内容を素早く紙に写すことが求められており、ライバルも多くいかに使いやすくそして速く打てるかは重要なセールスポイントだったはずなのだから…。

ともあれ本書の124点余りの図版を駆使してキーボードの歴史全体を俯瞰する試みは私にとって大変興味深く納得のいくことが多かった。





ラテ飼育格闘日記(468)

日が短くなった…。最近は朝の6時でも外は懐中電灯が必要なほど暗いし夕方も日の入りは16時30分台だ。なるべく明るい内に散歩を済まそうと画策するオトーサンだが、我が娘はそんな気遣いはまったくしないばかりか好き放題だ。それでもオトーサンは毎日の散歩が少しでもラテの喜びになるよう努力しているのだが…。


ラテとの散歩は体力的にはなかなか大変だが、さまざまな出会いがあって面白いことも事実だ。子供たちとの出会いはオトーサンたちの意図通りには運ばないから天気の良い日はラテがお気に入りの公園で走ったり土盛りしてある場所で穴を掘ったりさせるようにも考えている。

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※遊ぶ意欲も健康のバロメータだ...


ラテも9歳と5ヶ月になったことでもあり体力や健康にもより注視しなければならないが、食欲は勿論オトーサンたちと駆けずり回る気力があることは健康のバロメーターと考えている。

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※興が乗れば広い公園で駆けずり回りながら前足で土を掘り、やりたい放題だ(笑)


さて、近所には大きな保育園があり、特に朝の散歩にそちらの方向へ足を向けると子供を預けに保育園に向かう自転車が多々我々を追い越していく。
自転車を漕いでいるのはほとんどが母親だが、中には子供の手を引いて徒歩で向かう親子も見かけるが子供たちはすれ違うラテを見てほとんどが「大きいワンちゃん!」と声をあげる。

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※近所に保育園や幼稚園があるので時間帯が合えば子供たちに囲まれるはめになる


中には「オオカミだぁ〜」といって母親にたしなめられる子供もいるが、そうした沢山の親子を見ていると母親とは大変で偉大なのだという感をあらためて強くしている。何故なら明るく振る舞っている子供たちの母親は総じて明るくて優しく子供に接しているように思えるが、反対に暗い表情をしていたり泣きわめいている子供の母親は総じて暗い顔をしていることが多いように思うからだ…。

それはともかく確かに未就学児童たちにとってラテはやはり大きく映るのだろう。また昨今は行き交うワンコたちを見ていると小型犬が圧倒的に多い。だから余計ラテが大きく見えるのだろうし、大きいということより「太っているねぇ」と笑ってすれ違うお婆さんもいる。そんなとき「大きなお世話だ…」とオトーサンは心の中で叫ぶ(笑)。

お婆さんといえば先日散歩中に出会ったお年寄りは面白かった…。
我々が歩いていると「あら、いいワンちゃんだねぇ」と近寄ってきた。ラテは年寄りが嫌いで必ず吠えるのでリードを引き、「ありがとうございます」とオトーサンの足元に近づけた。そのお婆さんはラテに近づこうとするがオトーサンは「スミマセン、吠えますので…」と断るとまったく怯むことなく「わたし、大きな犬が好きなのよ!」と話しかけてきた。

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※お婆さんが「大きな犬が大好きなの」と話しかけてきた


そしてこんな具合の会話が歩きながら展開された…。

お婆さん「私、大きな犬が好きなのよ」
オトーサン「そうですか」
お婆さん「最近、ほらなんて言ったか…小さな犬が多いでしょ」
オトーサン「そうですね、プードルとかチワワとかですね」
お婆さん「私の若い時にはスピッツが多かったのよ、あの白くてよく吠える…」
オトーサン「よく見かけましたよね」
お婆さん「…この子は男の子?」
オトーサン「いや、雌です」
お婆さん「あたし…若い時には7匹飼ってたのよ…犬が好きでねぇ」
オトーサン「そりゃあ凄いですね」
お婆さん「この子は何犬なの?」
オトーサン「雑種です」
お婆さん「そうなの…。男の子かい?」
オトーサン「女の子です」
お婆さん「大きな犬っていいよねぇ」
オトーサン「ええ」
お婆さん「男の子かな?」
オトーサン「……」

やはりラテの第一印象は雄のように思えるのかも知れないが、失礼ながら老齢で惚けが入っているように思えるお婆さんに腹を立てても仕方がない(笑)。

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※オカーサンとチュー!


一緒に歩調を合わせて歩いた数分の間、リードを短く保持してオトーサンの左足元に付けるように歩いたが、横にいた女房はラテとお婆さんの間に入ってそれ以上近づかないように配慮する。そのおかげで一緒に歩くお婆さんにラテは不思議と吠えなかった。ただし分かれるとき、お婆さんと「では…」と挨拶したときラテも「ワンワン!」と初めて吠えた。




セルフィースティックや三脚として使用可能な、Bluetoothシャッター同梱「iKlip Grip」発売

フォーカルポイント株式会社は11月20日、IK Multimedia Production srl(本社:イタリア モデナ 以下IK Multimedia)のiPhone、スマートフォン、デジタルカメラ対応のセルフィースティックや三脚として使える「IK Multimedia iKlip Grip」を全国の家電量販店などを通じて発売すると発表。同社の運営するオンラインストアでも本日より販売を開始した。


  iKlip Grip

【IK Multimedia iKlip Grip】
iKlip Grip(アイクリップ グリップ)は、多目的なスマートフォン/デジタルカメラ用ビデオスタンド。写真、ビデオの撮影や、オーディオの野外録音など、幅広い用途に使うことが出来る。iKlip Gripは、デスクトップ三脚として、移動しながらの撮影を安定させるためのグリップハンドルとして、そして一般的には「自撮り棒」などの愛称で呼ばれる一脚として、また一般的な一脚/三脚にスマートフォンを取り付けることが可能なアダプターとしての、4種類の使い方が可能。

[製品の主な特徴]
1)3.5〜6インチ画面のスマートフォンに対応。
  スマートフォン取付クリップは、iPhone、iPod touch、3.5インチのスマートフォンから、iPhone 6 Plus、6インチ画面の大型デバイスまで、幅広いサイズの機種で使用可能。伸縮式ブラケットは54mmから91mmまで開くので、ほとんどのケースを付けたまま取付可能。

2)垂直から水平まで角度調整可能な、卓上スタンド。
  iKlip Gripの三脚を開くと、便利な卓上スタンドになる。スタンドとクリップ部分の接続にはボール式ジョイントが採用されているので、縦方向に90度、横方向は360度回転可能。ライブ演奏の録音、撮影時は垂直に設置してカメラを前面に向ける。夜空のタイムラプス撮影時は水平に設置して、カメラを上に向ける。レシートや名刺のスキャン時には、やはり水平に設置してカメラを下に向ける。上下35度程度しか傾けることのできないスタンドに比べ、その活用範囲はずっと広くなる。

3)人混みの中でも安心な、グリップハンドル。
  iKlip Gripの三脚を閉じると、手持ち撮影用のグリップハンドルになる。人混みの中、起伏の激しい自然環境、動きのある映像の撮影時、スマートフォンを落とさないように指で支えるのは困難が伴うが、iKlip Gripのグリップハンドルを握れば、片手でも安心してビデオの被写体を狙い続けることができる。グリップの長さはジョイント部分を含めても約17cmと手のひら程度なので、人や対象物を傷つける心配をせずに撮影に専念することができる。

4)最長45cmまで延長可能なスティック付き。
  iKlip Gripには、最長45cmまで延長可能なスティックが同梱されています。グリップハンドルと合わせて25cmから55cmの位置にカメラを構えることができるので、高い位置からビデオが撮影できるほか、広角で自然な背景とともに自分を写すセルフィースティック(自撮り棒)としても利用可能。

5)自撮りに便利なBluetoothリモコンを同梱。
  セルフィースティック(自撮り棒)として使用する際は、付属のBluetoothリモートシャッターを使用すると便利。iPhoneやAndroidスマートフォンにリモコンを同期することで、手元でボタンを押すだけで簡単にシャッターを切ることができる。リモコンにはiOS用とAndroid用の2つのシャッターボタンが搭載されている。

6)市販の三脚、カメラと互換性のあるUNC標準規格を採用。
  iKlip Gripとスマートフォン用クリップを接続するボール式ジョイントには、UNC標準規格のネジが採用されている。スマートフォン用クリップを外せば、スタンド/グリップにGoProなどのデジタルカメラを取り付けて使うことができる。スマートフォン用クリップにはUNC標準規格のネジ穴があるので、市販のカメラ用三脚にiPhoneやスマートフォンを設置するアダプタとして活用することも可能。

[同梱品]
・iKlip Grip 本体
・スマートフォン取付クリップ
・延長用スティック
・Bluetoothリモートシャッター
・ストラップ

[対応機種]
・iPhone
・iPod touch
・3.5インチから6インチまでのスマートフォン
・デジタルカメラ (三脚穴使用)

※ Bluetooth搭載スマートフォンはリモートシャッターに対応

定価はオープンプライスだが、オンライン直販価格は8,000円 (税抜)。

IK Multimedia iKlip Grip 製品ページ





KATHARINE HAMNETT LONDONとのコラボモデル iPhone 6sケース2種発売

トリニティ株式会社は11月20日、KATHARINE HAMNETT LONDONとのコラボモデルとなる「Fabric Case for iPhone 6s」と「Flip Note Card Case for iPhone 6s」をコンピューター周辺機器取扱店、および全国の家電量販店を通じて本日より販売すると発表。 なお、本製品はTrinity Online Storeでも取り扱いする。


【KATHARINE HAMNETT LONDON × Simplism】

「KATHARINE HAMNETT LONDON × Simplism」は、キャサリンハムネットの人々に訴えるメッセージ性からエコや平和、愛などのピースを切り取り、Simplismのシンプルさや利便性、プライス感を融合させたコラボレーションライン。
オーガニックコットンやエコレザー、日本製オーガニックデニムと、こだわりの素材を用い、また、パッケージにもエコというテーマをもっている。

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01)iPhone 6s ファブリックケース
[ Fabric Case for iPhone 6s ]

  Fabric Case

・KATHARINE HAMNETT LONDON × Simplism コラボモデル
・デザイナー、キャサリンハムネットのスローガン入りデザイン
・3年以上無農薬で栽培されたオーガニックコットン使用
・デニムは日本製オーガニック素材を使用
・ケース内側にカードポケットを装備
・ストラップホール装備
・イヤフォンケーブルをまとめる、ケーブルマネージャー付属
・しっかりホールド、ハンドストラップ付属
・ICカードとiPhoneとの電波干渉を防ぐ、防磁シート付属

▼ 価格/市場予想価格
 オープン/3,000円(税抜)

▽ タイプ/型番/JANコード
 Denim / TR-KHIP154-DM / 4582269476278
 People Power / TR-KHIP154-PP / 4582269476285
 Genius / TR-KHIP154-GN / 4582269476292
 Save the Future / TR-KHIP154-STF / 4582269476308

製品ページURL


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02)iPhone 6s フリップノートカードケース
[ Flip Note Card Case for iPhone 6s ]

  Flip Note Card Case

・KATHARINE HAMNETT LONDON × Simplismコラボモデル
・横開き3つ折りノート型のフリップスタイル
・簡易紙幣ホルダー
・全体をしっかりと包み込む、高度な保護能力
・本革に近い風合いと香りを再現したエコレザー素材
・ストラップホール装備(右側)
・大容量、7つのカードホルダー
・シックなツートーンカラー
・イヤフォンケーブルをまとめる、ケーブルマネージャー付属
・しっかりホールド、ハンドストラップ付属

▼ 価格/市場予想価格
オープン/6,400円(税抜)

▽ タイプ/型番/JANコード
 Black / TR-KHFNCIP154-BK / 4582269476315
 Brown / TR-KHFNCIP154-BR / 4582269476322
 Red / TR-KHFNCIP154-RD / 4582269476339
 Green / TR-KHFNCIP154-GR / 4582269476346

製品ページURL






高画質フルHD ウェアラブルカメラ DrivePro Body10の赤外線撮影考察

Transcend ウェアラブルカメラ DrivePro Body10の特色のひとつに赤外線 LEDにより、夜間や低光量の場所でも鮮明な録画ができるという機能がある。その場合には白黒の記録となるが、愛犬との散歩で夜間に出歩く場合もあるので期待をしていたが、今回はその赤外線撮影モードのレポートである。


ファーストインプレッションにも記したが、DrivePro Body10は撮影環境の光量を判断し、光量不足と判断した場合は自動的に赤外線LEDを点灯しモノクロの赤外線撮影モードになる。そして光量が基準値に達すればまた通常のカラー録画となり、これを自動でやってくれる。しかし「この場面は赤外線撮影したい」と考えても切替は自動なのでユーザーによる任意の切替はできない。

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※使い始めたTranscend ウェアラブルカメラ DrivePro Body10


さてPDFのユーザーズマニュアルをダウンロードして内容を確認したが「夜間の録画もできますか?」という問いには「はい。DrivePro Body10は夜間や光量が少ない状況でも自動的に赤外線LEDが作動します...」という回答になっている。そしてそもそも撮影環境の光量を正しく認識するには撮影対象との距離は50センチ以上空ける必要があるという。
ただし残念ながらこの回答はそのまま鵜呑みにはできないし誤解を生じる回答だ...。

このやり取りのニュアンスは撮影環境が通常の撮影モードでは暗くて正常な撮影ができないとき、自動的に赤外線LEDが点灯し暗い場所でも鮮明な撮影が出来るという意味に取りがちではないだろうか。しかし実際には制約がありそのままの受け取り方は正しくない...。

例えば夜間に街灯の明かり程度しか照明のない場所を通過するような録画を確認すると、確かに暗い場所ではモノクロの映像になっている。これは赤外線撮影された結果である。DrivePro Body10がどの程度の光量以下で赤外線撮影モードになるかということは不明だが、そうして記録した画像はなかなかよく撮れてはいるもののカラー映像と比べて赤外線撮影モードだからモノクロだとしても日中に撮影したように明るく撮れるわけではないのである。

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※夜間の撮影中に赤外線撮影モードで録画した例。街灯の明かりで濡れた路面がわずかに映っているだけだ【クリックで拡大】


そのときの撮影画像はカラーで撮影した場合とそんなに違わないことをいくつかの例で確認した。ただしこれは屋外での例なので念のため...。何故ならDrivePro Body10の赤外線LEDの届く範囲と距離は大したものではないから屋外の遠景ではあまり効果は得られないのだ。
しかし狭い室内でテストしてみると、確かに大きな効果があることもわかった。

自宅の洗面所の一郭に人形を置き、狭い室内の照明を切ればほぼ真っ暗になる。この状態でパナソニックのウェアラブルカメラ HX-A500で撮影してみると真っ黒で何も映っていない状況だ。当然である...。

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※狭いエリアに人形を置いてテスト。まずはHX-A500で撮影中(上)に照明を消して真っ暗にすると当然ながら録画の結果も真っ暗だ(下)


同じ環境で今度はDrivePro Body10で真っ暗な状態のまま撮影するとスペックどおりモノクロではあるが、そこに何があるかが十分わかる程度に映っている。要は赤外線LEDの照射範囲内だったからだ。

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※次に同じ環境下でDrivePro Body10を使って録画開始(上)。距離を50センチほど放して照明を消すと自動的に赤外線LEDが働きモノクロで映像が記録されていた(下)


したがって屋外の暗闇全体をはっきりと録画できるわけではないが、例えば眼前に立った人物の顔や姿は録画できる理屈だから赤外線撮影モードに意味があることは間違いない。要はその長所短所と限界を知って活用することがポイントに違いない。

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※夜間かなり暗い場所での録画例。上はHX-A500だが眼前の人物の姿はほとんど分からない。下はDrivePro Body10の赤外線撮影モードによるほぼ同一の場面だが、こちらは姿形がよくわかる






タイプライター界の eMate300、CORONA #4 Portable 紹介

キーボードの歴史、そしてそのキー配列と成り立ちなどを調べているとタイプライターの考察は不可欠なものとなる。個人的には1977年貿易会社に就職した際に英文タイプを習得し、手動タイプライターを日々使うはめになったからタイプライターに関しては熟知しているつもりだが、いま私の周りにいる人たちの多くはタイプライターを触ったことがないという...。「あなたは、手動タイプライター打てますか?」


ということでパソコンのキーボードの源流でもあるタイプライター、それも手動タイプライターとはどのような機器なのかを簡単にご紹介してみたい。なおタイトルの「タイプライター界の eMate300」とは勿論私の勝手な言いぐさである(笑)。

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※典型的な手動タイプライターCORONA #4 Portable(上)。Newton eMate300と列んで...(下)


タイプライターそのものの歴史はまた別の機会にご紹介したいと考えているが、今回の主役のポータブル手動タイプライターは当研究所収蔵品としては新参者だが「CORONA #4 Portable」と呼ばれている製品で1924年に前機種「CORONA #3」に変わってリリースされ大ヒットしたタイプライターなのだ。なお「CORONA #3」も世界中で大ヒットした名機で愛用者は多く、あのヘミングウェイのお気に入りのタイプライターだったという。

特長としては持ち運びができる専用ケースがあることでも分かるが、ポータブルな機種であることは勿論、ご覧のように本体のカラーが事務機の定番である黒ではなく鮮やかなグリーンに塗られていること...。実はこのCORONA #4 Portableはこのグリーン(spruce green)の他にlavender, light maroon, channel blue, mountain ash scarlet, creamと全6色のカラーバリエーションでも人気を博し、企業だけでなく一般家庭用としても好まれる機種となった。

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※専用のケースが付属している


1924年といえば大正13年。寿屋(現=サントリー)が京都の山崎で日本初のウィスキー工場を竣工し国産ウィスキー製造を開始した年であり、東京市営乗合自動車が巣鴨-東京駅、中渋谷-東京駅間の2系統の営業を開始した年だ。そういえば「子供の科学」の創刊もこの年だという。
ちなみにこの年に誕生した著名人を幾人かあげると、ジョージ・ブッシュ、ジミー・カーター、高峰秀子、吉本隆明、吉行淳之介、越路吹雪、相田みつを、力道山らがいる。

さてCORONA #4 Portableが人気だったのはカラーバリエーションだけではない。大きな改良点としてはそれまで...例えばCORONA #3 は3段シフト28キーのタイプライターだったが、CORONA #4は数字キーを個別に加えて4段のキー配列(QWERTY)となったことだ。これは現在のキーボードの基本にもなっている。

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※CORONA #4 Portableのキー全容【クリックで拡大】


ところでCORONA #4 Portableのフロントボディに "CORONA" とはっきり記されているが、これはもともとモデル名だったものが社名にもなったそもそもの由来である。
このシリーズが販売された時期の会社名は「コロナ・タイプライター・カンパニー」だったが、ご多分に漏れずメーカーは複雑な経緯をたどっている。

現在も会社「SMITH CORONA CORPORATION」は存続しているが、タイプライター事業からは全面的に撤退し、タイプライター用インクリボンと熱転写の技術をもってして、熱転写用ラベル生産事業に転換している。
そもそもスミス・コロナ社の由来は1886年まで遡れるらしいが、幾たびか社名を変え1914年に発売したコロナモデル(Corona)の成功を機会にさらにコロナ・タイプライター・カンパニー(Corona Typewriter Company)へと改称する。

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※向かって左側から見たCORONA #4 Portable


そしてオフィス用タイプライターのメーカー、L・C・スミス・アンド・ブラザーズ・タイプライター・カンパニーと1926年に合併し、ここにスミス・コロナ社が誕生した。
ちなみに本機のサイズは本体の横幅が約25センチ、奥行きが約27センチとこの時代の製品としてはコンパクトである。ただし写真では分かりにくいがグリーンに塗られた本体はプラスチックではなくフレームは鑄物製で金属部品の塊みたいなものだからして重量は4キロ少しと見た目よりずっと重い。

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※CORONA #4 Portableを裏側から見たところ。金属のメカとスプリングの塊だ


幸い手元にある「CORONA #4 Portable」はビンテージ物としては大変綺麗だが実用にはならない。ただし手動タイプライターがどのようなものなのかその機構を知るには十分なものだ。

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※タイプバー先端の活字の様子(一部)


また本機のシリアルナンバーを確認すると "G6A04357" だったので製造年を調べてみた。どうやら先頭の "G" はグリーンバージョンを意味するらしく、製造年は1930年らしい。ともあれ「CORONA #4 Portable」は1924年から製造が始まり1940年で製造終了となったようだから製造開始後6年目の製造ということで古い物であることは間違いない。

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※シリアルナンバーは "G6A04357" だった...


これまた教材のつもりで手に入れておいたものだが、手動タイプライターはワープロ専用機やパソコンが登場するまで電動タイプライターと共に世界中の政府機関、団体、企業、学校そして家庭でなくてはならない重要な道具だったのである。

SMITH CORONA CORPORATION




トリニティ、Blueloungeの単三形電池用 USB充電器「Aaden」発売

トリニティ株式会社は11月16日、Blueloungeの単三形電池用 USB充電器「Aaden」を全国の家電量販店、デザインインテリア雑貨店を通じて本日より販売すると発表。なお、本製品はTrinity Online Storeでも取り扱いする。


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エイデン・単三形電池用USB充電器
[ Aaden ]

Aaden(エイデン)は、手の届く場所でいつでもエネループなどの充電式乾電池を充電できる単三形電池用USB充電器。一般的な充電器はコンセントで充電しないといけないが、本製品はデスクの上で充電可能。USB接続により、キーボードやマウスのそばで電池を充電できるので、デスクから離れて電池を探しに行く煩わしさから解放される。

・手の届く場所でいつでも充電
・USB2.0接続
・充電中の電池を隠すエレガントで控えめなデザイン
・裏フタがないため電池にすぐにアクセス可能
・単三電池2本を同時に充電
・LEDランプが充電ステータスを表示
・ソフトタッチブラック

価格はオープンプライスだが、市場予想価格は3,700円(税抜)。

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当研究所に専属モデルが配属...Macテクノロジー研究所もファッション業界進出か?!

私はプロのカメラマンではないが、デジタルカメラが登場した最初期の時代からそれらを活用するアプリケーション開発の過程で直接・間接にそのデジカメを評価する仕事をやってきた。そうした昔のよしみということもあって、現在も試作品をも含めてデジタルカメラやビデオカメラの評価を依頼されることがある。ただしその都度困るのがその検証のための撮影対象である。


屋外での撮影はともかく屋内での撮影の基本は女性にモデルとなってもらうのが一番だと考えている。何故ならその服装や髪の艶は勿論、肌の写り具合といったものはカメラの能力と性能を引き出し比較するのに適しているからだ。またこちらの意気込みも違ってくるというものだ...。
とはいえ大がかりな仕事ならいざ知らず、簡易的な頼まれ事やプライベートなテスティングに本職のモデルさんをお願いできる身分ではない...。

これまで試作品や新製品のデジカメを評価する際、いわゆる撮影小物といったいくつかのアイテム、例えば花束や果物などを被写体として仕事をしてきたが、今般 "人の顔" を必要とすることになったので思い切って?専属モデルを雇うことにした...。

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※当研究所の専属モデル嬢【クリックで拡大】


とまあ、そのまま受け取っていただいては困るが(笑)。ちょっとしたきっかけもあって女性のマネキン、それもヘッドだけのものを入手してみた次第…。
これまでまったくこの手のアイテムに予備知識がなかったから、結構な予算を必要とするのだろうと思っていたものの、ピンキリはあるが思っていたより安価なのには正直驚いた...。

しかし私にとって重要なのは程度問題ではあるもののそのリアルさである。オモチャ同然の造作では興味が半減するし絵としても美しくない。といってもフルボディのマネキンやドールを手に入れたいとも思わないし、第一邪魔だ。あくまで...せいぜいバストショットくらいな絵作りができれば十分と考えた。

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※マネキン本体は髪は付いていないので別途手に入れる必要がある


ただし選んだヘッドマネキンはそのままではスキンヘッドだった(笑)。したがって取り急ぎショートヘアと軽くカールしたロングヘアのウィッグを手に入れたが、これまた手にするのは初めてなので勝手が分からず最初は手間取った...。

こうしたことに詳しいであろう友人に聞いてみると、マネキンの顔は人間同様化粧して使うこともできるという。その為の専用マネキンもあるというし、そうでなければ化粧効果が出せるようになるべく薄化粧のものがよいというアドバイスをもらった。しかし化粧などに関わったことなどあるはずもなくウィッグと共に眼前に並べると何だか気持ちが高ぶってくる(笑)。

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※金髪ショートヘア姿のマネキン【クリックで拡大】


ときに髪型を変え、スカーフや帽子といった小物はもちろん、撮影角度を変化させるとマネキンの表情も違って見えるから面白い。なるほど、こうした趣味にはまる人の気持ちも少しは分かるような気がする...。

ともあれ我が研究所の専属モデルは人件費もかからず休みも必要ない。こちらの要求どおり真夜中であろうが盆暮れであろうがいつでも手伝ってくれるし、疲れたとかお腹が減ったなどと文句もいわない(笑)。

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※こちらはショートヘアとロングヘアにブラウスを着せた最終系の例。後はベーシックな装身具を使おうか...【クリックで拡大】


この専属モデル(名前をつけないと...笑)を簡易スタジオにセットしあれこれとセッティングの上でカメラ写りを演出するのは果物や花束と格闘するよりなかなかに面白いし...難しい。
そういえば昔、妹が真珠で有名なミキモトのデザイナーからスタイリストに転職した時代には随分と苦労話を聞かされたことを思い出す...。

まず契約したモデルや女優を撮影時間内、気持ちよく働いてもらうことに気を配らなければならないのが大変だったという。当時売れっ子だったある歌い手は「私、こんなお洋服着るのは気が乗らない!」とふて腐れたり、椅子から立ち上がってもらうだけでも「疲れているのに…」と文句を連発するので大変だったと聞かされた。そして身につける物や撮影小物はお店やブランドの名を公示するという条件で名のあるショップを駆けずり回って借り、撮影が終わったら当然のことながら手土産を持参し返しに回るといった苦労話を思い出した。

ちなみにこのマネキン、とてもしっかりした作りだし美形だ。その表情は憂いを帯びて好みである(笑)。目を合わせていると惚れてしまいそうだ...(爆)。
重さは約4Kgだが扱いにくくはない。また材質はなにかと確認したら強化ガラス繊維だという。今更だが昔のマネキンは石膏みたいな材質で長く使っているとはげて白い部位が目立ったものだが、これは全体というか肌が美しいしなかなか精度も高い。

当初は雑な作りなのではないかと危惧したが、梱包もしっかりしていたし肝心の顔部位は発泡スチロール製の仮面型プロテクターで保護されているなど思っていたよりずっとよい商品だった。

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※マネキンの目元。とてもよく出来ている【クリックで拡大】


さて、ヘッドマネキン嬢のサイズだが、全体の高さが48cm、顔部位の高さは約17cmほどで頭部の周囲は54cmだから、小顔ながら女性の顔の実寸と考えても良く、なかなかの存在感である。だからこそ人向けのウィッグもほとんど調整せずそのまま合うわけだ。

というわけで、まだまだ扱いが慣れずにぎこちないもののお気に入りのモデルが見つかって喜んでいる。ただひとつだけ残念なのはこのモデル嬢…微笑んでくれないことだ(笑)。



ラテ飼育格闘日記(467)

先週はラテにとってはまずまず刺激の多い1週間だったのではないかと思う。刺激といっても子供たちとの出会いがあった…という程度のことだが、ラテにとってそうした出会いがあるのとないのとでは大きな違いがあるのだ。子供たちと分かれた直後の表情は何とも嬉しそうなのだから…。


散歩途中に子供たちに出会う…それもワンコ好きの子供たちと出会う確率など実に低いはずだ。しかしゼロではないことはこれまでの日々が実証しているものの、要は歩き回らなければチャンスは巡ってこない。
夏場のようにものの10分位で自宅に戻ってしまうのでは子供たちだけでなく、どのようなチャンスにも恵まれないはずだ。

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※出歩かなければ出会いのチャンスはないよ...ラテ


恵まれる…といえば、あまりありがたくない出会いということもあった…。
先週の夜半に寝かす前にとラテを近くの公園まで連れ出して用足しさせ、自宅の近くまで戻ってきたときラテが妙な声を出した。それはネコに出会ったときの歓迎…遊びたいときの「ク〜ン」といった甘え声なのだが、それに誘われ前方の草むらを見ると確かに何かが丸くなっているように見えた。ただし夜だったし草むらの陰で街灯の明かりは届いていない場所だったからどんなネコなのかはオトーサンには確認できなかった。

ラテがリードを引きながらもう一声鳴いたとき、そのネコのような生き物が道路に飛びだして向こう側に走った…。オトーサンたちは数度の体験があったのでそれがネコではなく “ハクビシン” であることがすぐに分かった。きっとラテも距離が離れていたこともあってニャンコと見間違ったのかも知れない。

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※車道を渡るハクビシン


そういえば最近近所でお仲間のワンコたちがこのハクビシンと出会い、襲われたという話しを聞いていたが、それは数百メートル離れた雑林がある場所だと認識していたもののこんなに近くまで縄張りが広がっているとは知らなかったし、自宅マンション付近で目撃したのは無論初めてだった。

近所のワンコは草むら付近を散歩しているときにお尻を噛まれたか引っ掻かれたかしたらしい。また笑い話のようだが小型犬を3匹飼っているお宅がこれまた近所にあるが、その飼い主さんが夜に3匹の散歩を終えて自宅の駐車場まで戻ってきたとき、ふとワンコたちを見たところ、あれ? 4匹になっていることに驚いたという(笑)。
実はその内の1匹はハクビシンだったらしく、少なからずトラブルがあったようで念のためとワンコたちを動物病院に連れて行ったという話しもお聞きした。

冬場に入り、餌不足で人通りの多い場所まで出稼ぎしなければならなかったのかも知れないが、ハクビシンは気性も荒いというし、傷でも付けられると病気になったりすることもあるというからうかうかしてはいられない。こればかりは注意するしかないが、特に夜では判別などできようもないからなるべくそれなりにボリュームのある植え込みや草むらには近づかないようにするしかない…。

さてハクビシンにも出会ったが、その後の2日間連続でラテは子供たちに囲まれるという至福のひとときを体験することになった。
最初は近所の小さな公園に入ったとき未就学児童なのだろうか、女の子が「噛みませんか?」と声をかけてきた(笑)。オトーサンは「虐めなければ噛まないよ」と答えると女の子は嬉しそうに近づいて来て早速ラテを撫で始めたが、その鼻には丸めたティッシュがあった。

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※女の子はラテに跨がったりもしたが、ラテは友好的だった


どうやら遊んでいるうちに鼻血を出したらしいが、少し離れて父親らしき大人がいたので特に問題はないのだろうとオトーサンはラテのリードを引きつつ女の子がラテに抱きつくのを注視していた。
まあまあ怖いもの知らずなのか、先ほど「噛みませんか?」と聞いた慎重さとは裏腹にラテの後ろからまたがるように抱え込んで頬ずりし始めた。無論オトーサンはラテが嫌がる兆候を見せたらいつでもリードを引けるようにしていたが、ラテは初対面の女子が背中に乗るように被さってきたその顔をペロリと舐めた…。

その翌日、ラテは何を思ったか片道30分以上もかかる古巣の広い公園に足を向けた。問題は「行きはよいよい帰りは怖い」ではないが、帰り道に歩きたくないと愚図られることがあるので心配したが、天気はまずまずだし気温も低めなのでラテも意欲が出たのだろうとオトーサンも決心して歩き始めた。

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※機嫌のよいときのラテはアイコンタクトも多くなる


道のりの半分と少し歩いたあたりにある歩道橋を渡ろうとしたとき、前方から自転車に乗った子供が近づいて来て「撫でてもいいですか?」と聞く。すでにラテは歓迎の姿勢なのが可笑しい(笑)。
オトーサンは「大丈夫だよ」と答えると、その子供の友達が2人追ってきて3人でラテの周りを囲んだ。いつも感じる事だが親バカながらこうした時のラテは実に公平なのが面白い。届く範囲に複数人いる場合には1人に集中せず1人1人に向かって口元を舐めようとしたり、相手が立っているような場合は手足を舐める。

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※子供たち3人に囲まれた(上)。名残惜しそうな女子に抱きしめられるラテ(下)


この時もそんな感じで大人しく対応していたが、特別ワンコ好きだという女子がラテを抱え込んでしまうのにはオトーサンも困ったが、ラテは歓迎ムードだ。時間にして数分だったが、ひとりが「時間だよ、早く行こうよ」と声をかけるとラテに触れていた女子は名残惜しそうにラテの首根っこを抱きしめて頬ずりしてから離れた…。

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※子供たちと分かれた直後のラテ。嬉しそうだった!


ラテもあまりにしつこくされると尻尾が下がってしまうことがあるものの、この時はご機嫌だった。昨日も含めてここ数ヶ月、なかなかこうしたチャンスが少なかったのでラテも嬉しい様子だった。
それは女子たちが「さよなら!」と去って行った直後のラテの表情を見れば一目瞭然だった。その顔は「オトーサン、やったね!」と言っていた(笑)。




(株)技術少年出版、クラウドファウンディングで「夢の図書館」プロジェクト目標額達成!

株式会社 技術少年出版がクラウドファウンディング READYFOR? によりスポンサー募集終了まで後31日を残して「夢の図書館」プロジェクトが目標金額を達成した。それに伴いプレオープン準備として「夢の図書館」公式サイトをオープンした。

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同社代表の吉崎 武氏は READYFOR?の新着情報として以下のようなメッセージを掲載した。

「皆様のお力のおかげで、本日(11月13日)支援総額が目標金額を越えました。 ご支援いただき本当にありがとうございました。 一般的なクラウドファウンディングとは異なり技術雑誌専門図書館を実現するという難しいテーマでしたが、多くの方にご支援をいただくことができました。目標達成は、技術雑誌の重要さを共有できる多くの方々がSNS等で応援活動を行っていただいた成果と思います。
『夢の図書館』プロジェクトが目標金額を達成した瞬間を迎えて、支援者様からの期待の大きさと責任の重大さを改めて認識しているところです。
皆様からの「夢の図書館」プロジェクトへの期待と、技術雑誌への熱い思いを込めたメッセージを1通1通拝読して、技術雑誌専門図書館が皆様から必要とされる存在であると再確認いたしました。
なるべく早く「夢の図書館」がプレオープンできるよう準備を進めます。」

なおプレオープン準備として「夢の図書館」プロジェクトの目標金額が達成された本日「夢の図書館」の公式サイトがオープンされた。

夢の図書館@DREAM LIBRARY



MFi認証取得のiPhone 6s/6用薄型大容量 バッテリー内蔵ケースをオンラインストア限定発売

フォーカルポイント株式会社は11月13日、Appleの「MFi」認証を取得した、iPhone 6s/6用の薄型大容量バッテリー内蔵ケース「TUNEWEAR TUNEMAX ENERGY JACKET バッテリー内蔵ケース for iPhone 6s/6」を同社の運営するオンラインストアにて各3,980円(税抜)で本日より発売すると発表。


   ENERGY JACKET

TUNEMAX ENERGY JACKET バッテリー内蔵ケース for iPhone 6s/6 (チューンマックス エナジージャケット フォー アイフォーン 6エス/6)は、Apple社認定ライセンスプログラム「MFi」を取得した、iPhone 6s/6用の薄型大容量バッテリー内蔵ケース。ケースとバッテリーが1つになり、これ1台で充電だけでなくiPhoneの保護も行える。

[製品の主な特徴]
1) iPhoneの為にデザインされた「MFi」認定製品
  本製品はApple社が定める性能基準を満たしていることを保証する「Made for iPhone」認定の製品。本プログラム認定製品は、装着時の電波干渉や装着テストなど、厳しい検査項目に合格したことを意味している。製品には、Apple社から供給された純正のLightningコネクタを製品に使用している。一部の製品が使用している不正なコネクタと異なり、iPhoneのソフトウェアアップデートにより使用できなくなる心配は不要。

2)容量3,000mAhで通話・再生・待受時間をパワフルに延長
  本製品は、本体内部に3,000mAhのバッテリーを搭載。通話時間なら最大19.5時間、データ通信なら最大14時間、音楽再生なら最大70時間、ビデオ再生なら最大15時間、iPhoneの使用時間を延長することができる。

3)着信音や音楽の邪魔をしない設計
  電話の着信時や音楽の再生時に、スピーカーからの音を塞がないようにサウンドループ構造が採用されている。iPhoneを覆うようなデザインでありながら、しっかりとスピーカーの音が聞こえる。カメラホールも大きめにデザインされているので、フラッシュを使用した撮影も問題ない。

4)L型プラグイヤホンでも接続できるパススルーケーブル付属
  L型プラグやジャック部分が太めのイヤホンでも使用できるように、パススルーケーブルが付属。リモートコントローラとマイクに対応しているので、サードパーティ製のリモコン付きイヤホンでも使用することができる。

5)ブラックとホワイトの2色展開
  iPhone 6の各カラーにマッチするブラックとホワイトの2色のラインナップを用意。ブラックには手に馴染むラバーコーティング、ホワイトには美しい艶のあるUVコーティングをそれぞれ施している。

[同梱品]
・TUNEMAX ENERGY JACKET バッテリー内蔵ケース for iPhone 6s/6 本体
・USB充電ケーブル
・パススルーオーディオケーブル

[製品仕様]
本体サイズ: 約71(W)×151(H)×15.3(D)mm
   重さ: 約94g
   容量: 3,000mAh

[対応機種]
・iPhone 6s
・iPhone 6

オンライン直販価格: 各3,980円(税抜)
       型番: TUN-PH-000355 (ブラック)
          TUN-PH-000356 (ホワイト)
     発売時期: 発売中

フォーカルポイント: 製品ページ





パソコン・キーボードは永遠か?!

1976年にApple 1が1977年にApple II が登場という事実から考えても、パソコン登場から今日まで40年ほどの歳月が過ぎている。その間、コンピュータの性能や能力は計り知れないほど向上しマウスといった新しいポインティングデバイスも登場した。しかし40年間基本的に変わらないものがある...。それがキーボードだ!


勿論キーボードという文字入力、コマンド入力デバイスがまったく変わっていないわけではない。薄型軽量の製品、持ち運びが可能な製品、ワイヤレスの製品といった様々なキーボードも登場した。さらにiPhoneなどでは物理的なキーボードではなくソフトウェアキーボード(仮想キーボード)が実用になっている。ただし、QWERTY(クワティー)配列が標準であることはもとより、キーボードの使命とその重要性は些かも変わっていない。

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※Apple II スタンダードのキーボード(部分)


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※iOSでも使えるMicrosoft社製折り畳み式 Bluetoothキーボード


別項の「ピアノ演奏のようにパソコンキーボードを打鍵するにはパームレストは不要!?」でも述べたようにコンピュータ用のキーボードはコンピュータの発明発展と共に生まれたのではなくタイプライターやそれ以前の通信機器の発展に依存している。

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※典型的な手動式タイプライター「CORONA #4 Portable」当研究所所有


コンピュータに何らかの指令を与えるために英数字を入力するとなればそれまで通信技術や一般のビジネスで使われてきたキーボードを転用しようと考えるのは至極自然なことに違いない。しかしテクノロジーの進歩・進化が目まぐるしいほど早いこの世界において半世紀に近い間、基本的に変化のないキーボードというデバイスはある意味で驚異ではないだろうか。

ところで "キーボード (keyboard)" といえば今ひとつの物を連想する。それは申し上げるまでもないだろうがピアノ・オルガンなどの楽器鍵盤である。
面白い事に、何かを押すとそれがアルファベットの一文字と結び付くように配慮した初期のタイプ印字電信機や最初期のタイプライターの試作にはピアノ鍵盤型キーセットを使ったものも多々作られたという。

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※クリストファー・レイサム・ショールズらが1868年6月23日に特許を取得した「タイプ・ライター」と名付けられた活字印刷機械のプロトタイプ。Herkimer County Historical Society の承諾を得て掲載【転載不可】


それもそのはずで、タイプライターのアクションは幾多の試行錯誤と失敗の後で基本的にピアノ鍵盤のアクションと同じような発想に至る。ピアノは鍵盤を押し下げると梃子の原理でハンマーが持ち上がり勢いを付けてピアノ線を打って音を出す。タイプライターもこのピアノアクションを参考にすることで完成度を高めたのだ。したがって初期試作の文字印刷機のキーはピアノの鍵盤と同じものを採用したケースはある意味自然だったのである。

ただしタイピングの機械を開発する長い歴史の中で1873年、レミントン社が現在のタイプライターキーの源流となるQWERTYキーボードを採用したことがタッチタイピングに有利と見なされたという話しもあるようだが(商用機生産は1874年)、そもそもタッチタイピングとQWERTYキーボードとの間にいかなる自然な関係はなかったし1900年頃までは、ほとんどのタイピストはキーボードを見ながらキーを打っていたという。それに "タッチタイピング" という言葉は20世紀に入ってから使われた言葉だそうである。

私見ながら鍵盤キーではなく現在のタイプライター式キーボードが何故生き残ったのかといえば、アルファベット全体が比較的狭い範囲に一望でき、誰にでも分かりやすかったからではないか...。ただし利点を評価されてそれが標準になったということではないこともまた事実のようだ。

なぜならQWERTYの配列に何か意味があるのか、なぜこのような配列になったのか、という論争は昔から多々あった。例えば「早くキーを打つとタイプバーがジャムるため、(打鍵を遅くするため)わざと打ちにくい配列にした」というまことしやかな話しもあったが現在では否定されている。
あるいはレミントン社のセールスマンが自社のブランド名 "TYPEWRITER" という10文字を素早く打鍵するデモンストレーションをやりやすいようにとこれらの文字をすべてひとつの列に並べたという説もあるが、当時の正式な商標は "Sholes and Glidden Type-Writer" であり、 "Sholes and Glidden" はともかくとしても "Type-Writer" を記すに必要なハイフンは同列に配置されていないこともあって、これまた噂話の域を出ないようだ。

ではこの合理的とは到底思えないQWERTY配列のタイプライターがなぜ標準になったのか...。タイピストを養成する学校などでQWERTY配列のタイプライタが使われ始めたのをきっかけにデファクト・スタンダードとなったことは事実だが、Thierry Bardiniは著書「Bootstrapping」でいう...。
「QWERTYが標準になったのは、それに何か技術革新としての本来的な優位性があったためではなく(中略)それは標準になったが故に標準になったのである。何かが標準になる必要があったのだ」と...。

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※Thierry Bardini著「Bootstrapping」


事実アルファベットの出現頻度に基づいて考案され、QWERTYよりも優れているとされたDVORAK配列が普及しないのもすでにQWERTY配列という標準が行き渡ってしまったからだが、広く知られていく過程には意図的にQWERTY配列を推す力や存在もあったに違いない...。
このQWERTY配列に関してその起源や採用の理由といったことに関してさらに調べているので別途ご報告できたらと考えている。

ともあれパソコンはGUIと共にポインティングデバイスとしてのマウスが加わった。そして現在ではトラックパッドやペン型デバイスなどがあるものの、キーボードの存在は否定される気配はないし、音声認識を別にするなら取って代わるデバイスが登場する気配もない。キーボードはこれからも残っていくのだろうか...。

ちなみに2013年公開 スパイク・ジョーンズ監督・脚本によるアメリカSF恋愛映画「her/世界でひとつの彼女」は人工知能との恋愛がテーマで近未来が舞台だが、デスクトップにモニターはあっても我々が使っているようなキーボードは出て来ない。

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※スパイク・ジョーンズ監督・脚本によるアメリカSF恋愛映画「her/世界でひとつの彼女」


一部のシーンで小型のキーセットのようなものが映るが、想像するに基本的なインプットは音声認識で済む時代であり、何らか...例えばフリーズしたような場合に使うコマンドセットなのかも知れない。
パソコンの未来においてもQWERTY配列のキーボードは存在し続けるのだろうか...。

【主な参考資料】
・Thierry Bardini著「Bootstrapping」STANFORD UNIVERSITY PRESS刊
・Thierry Bardini著/森田 哲訳「ブーストラップ(Bootstrapping)」コンピュータエージ社刊





トランセンド高画質フルHDウェアラブルカメラ DrivePro Body10 を手にして

パナソニックのウェアプルカメラ HX-A500を日々愛用しているが、それの買い換えではなく補填用...兼用して使ってみようとTranscend 高画質フルHD ウェアラブルカメラ DrivePro Body10 という製品を買ってみた。


そもそもDrivePro Body10がフルHDをサポートしているからといって最初から4Kの撮影ができるHX-A500と互角の画質など期待していない。せいぜいHX-100程度の画質であれば十分だと考えた…。
ではなぜDrivePro Body10 なのかといえば、ひとつはケーブルなしの本体単体で使え、背面の360°回転するクリップで胸ポケットや斜めがけしている散歩用バッグベルト等に取付けるだけで使えることだ。

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※Transcend 高画質フルHD ウェアラブルカメラ DrivePro Body10のパッケージ


2つ目は1530mAhのリチウムポリマーバッテリーを採用しており、フル充電時なら最大3.5時間の録画が可能という点だ。HX-A500だけでは時に散歩途中でバッテリーが無くなってしまうことがあるのでその対策用でもある。勿論マイクも内蔵している。

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※同梱品の32GBのmicroSDHCカードおよびACアダプタ−、USBケーブル、取説。この他保証書が付いてくる


画質の差を別にしてだが、32GBのmicroSDHCカードで1920x1080/ 30FPSの動画撮影を例にして比較するとHX-A500が4時間40分程、DrivePro Body10が4時間とHX-A500の方が長く撮影できる理屈だが、残念ながら単純に喜んではいられない。
なぜならHX-A500の内蔵バッテリーはフル充電で連続撮影可能時間が約2時間10分しか持たないのだ。対してDrivePro Body10は約3.5時間と大幅に長い時間の撮影ができる。

3つ目は赤外線LEDを利用した撮影ができること。夜間街灯の明かりなどが十分な場所では HX-A500でもまずまずよく撮れるがこれから暫くは季節柄、日の出前に散歩に出たり日の入りが早いこともあって暗い道を散歩する機会が多くなるのでドライブレコーダーの替わりとしてこの種のカメラを使っている私としてはより暗い場所でも映りが良いことを期待しての話しだ。なお、赤外線LED使用時はモノクロ撮影になる。

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※DrivePro Body10のフロント(上)とバック(下)。バックには360度回転可能なクリップが付いている


4つ目は IPX4相当の生活防水性能をもっていること、そして優れた耐衝撃性があるということなのでHX-A500同様悪天候時にも安心して使えると考えてのことだ。
さらに録画中にワンタッチでスナップショットが撮れるボタンが使えるのも便利...。

まあ、最初はHX-A500をもう1台購入してみようかと考えたが、優秀なことは間違いないがそれではいかにも新鮮味がない。また同じパナソニックで筒状のカメラ本体だけの新製品A1H もいいかな...と考えたがこれまた画質はHX-A100並だし面白味に欠けると思いDrivePro Body10にして見た次第。

さてそのDrivePro Body10だが、本体サイズは88.4mm x 52.2mm x 19.6mmで重さは108gだ。HX-A500の本体ボディと同じようなサイズだし重さも服や鞄のベルトに着けるつもりなので何の問題もない。
Transcendのサイトにある製品紹介ムービーでは警察官や警備員といった業種をターゲットにしているようで、デザインは無骨だが、逆に目立つ仕様でないのは良いのかも知れない。

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※HX-A500(左)とのサイズ比較


肝心のレンズ等のスペックだが、開口絞りがF/2.8、160°ワイドアングルというのは数値だけではHX-A500と同じだし1920x1080/ 30FPSでの撮影が可能なのも一緒だ。ただしHX-A500の映像素子の有効画素数は動画時で約903万画素であり、実際その画質の良い事は日々愛用しているのでよく理解しているものの、DrivePro Body10の有効画素数の記載がないのは一抹の不安だった。また画質は光学系の材質や出来、そして画像処理エンジンの性能などで大きく変わるので繰り返すがあまり期待はしていなかった。

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※DrivePro Body10のレンズ部位。周りに4つ赤外線LEDが装備している


なおDrivePro Body10には最初からTranscend製32GB microSDHCカードが同梱されているのも利点のひとつだし、バッテリーを充電すれば即利用できる。
ということでまずは使い勝手と画質を見極めるため愛犬との散歩時にHX-A500と共に持ち出してみた。

まず背面にあるクリップの圧がなかなかしっかりしているので、バッグのベルトやジャケットの胸ポケットなどにしっかりと取り付けられる。ただしこれまで使ってきたHX-A500はヘッドマウントに装着していたので肉眼との視差はあるものの基本的に顔を向けて目視した範囲が撮影できる。しかしDrivePro Body10は肩に斜めがけしたベルトに着けたが両者の撮影範囲はかなり違うことになることを認識しつつ、まずは撮ってみた。

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※本体の底の蓋を開けるとmicroSDHCカードスロットとmicroUSBポートがある


動画の撮影はフロント中央の大きなボタンを一秒以上押すことで開始される。撮影中はレンズに向かって左のLEDが赤く点滅する。さらにボタンを長押しすれば撮影がOFFとなる。またその下のボタンは静止画(写真)撮影ボタンだ。押した瞬間を記録してくれるが後述する赤外線撮影モード時にはモノクロ写真となる。
ということで以下簡単なファーストインプッションを記してみた…。

1)画質について
  1920x1080/ 30FPSによる動画は思っていたよりずっと綺麗だった。露出が合えばHX-A100よりずっと綺麗だったことは嬉しい誤算だったが、良いことばかりではなかった。

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※DrivePro Body10による動画からキャプチャした例【クリックで拡大


推察するに赤外線撮影をサポートしていることからファームウェアの何らかのバグかも知れないが、緑色と赤色に難が出るときがある。個人的にはこの撮影結果を基に何らかのコンテンツ制作の素材にするといったことは考えていないので致命的な問題とは感じないが、やはり異常は異常なので直って欲しい。

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※時にカラーの一部に異常が生じることがある【クリックで拡大】


2)赤外線撮影について
  DrivePro Body10は周囲が暗いことをレンズの周りにある4つの赤外線LEDが感知し、自動的に赤外線撮影となる。したがってマニュアルで赤外線撮影のON・OFFはできない。また赤外線撮影時の映像は動画は勿論、静止画撮影もモノクロである。

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※暗いと自動的に赤外線撮影モードとなりモノクロ撮影になる。オートなので瞬時にカラーに戻ったり再度モノクロになったりもする【クリックで拡大】


実際に夜の交差点付近を歩いてみた結果だが、モノクロ映像でもなかなか綺麗に映っているものの瞬間カラーになったりまたモノクロに戻ったりすることもあって…面白い。ただし赤外線LEDが届く範囲は知れているので室内などではいざ知らず、屋外で赤外線モードになったからといってエリア全体がはっきりと映るわけではないことは知っておくべきか。

3)録画ファイルについて
  HX-A500はmicroSDHCカードには20分毎にファイル分割され記録されるが、DrivePro Body10で撮ったデータは付属のUSBケーブルでMacにマウントさせてハードディスクにコピーしてみると同時に使ったHX-A500では20分毎に書込が分割されるのでこのときはファイルが3つだったが、DrivePro Body10では何と18個のファイルに分割されていた。これはDrivePro Body10の場合、録画3分毎に動画ファイルがひとつ記録される仕様なのだ。仕方がないが少々煩わしい。なおハードディスクにコピー後はファイルをゴミ箱に捨て「ゴミ箱を空にする...」を実行し次の撮影に備える。

4)その他
  保存されたコーディックは H.264で拡張子は .MOV だった。その動画を開くと左下に “Transcend DPB10” というテキストと共に撮影年月日および時間が表示される。ただし時間は合っておらず、時刻合わせはもとよりだがメディアのUSB転送やフォーマット等、この種の各種設定は別途指定サイトからダウンロードして使う “DrivePro Body Toolbox” というソフトウェアで行うようだ。しかし問題はWindows版しか用意されておらず、OS Xしか環境のないユーザーにとっては不親切でしかない。

というわけで個人的には現在Windowsを使える環境は揃ってないので不本意ながらこのまましばらく使ってみるつもりだ。ただし繰り返すが色が変になるのは困りものだが、画質は考えていた以上に綺麗だったのでその点に関しては満足している。
引き続き検証を続けて逐次ご報告したいと考えている。



iPad Pro、水曜日にオンラインで販売開始、今週後半には店頭販売も開始

Appleは11月9日、iPad Proが11月11日(水曜日)よりApple.comでオンラインの販売が始まり、Apple直営店、特定の通信事業者、そしてApple製品取扱販売店でも今週後半から店頭販売を開始することを発表した。Apple PencilそしてAppleの新しいSmart Keyboardもまた、水曜日にオンラインで販売開始となり、iPad Proにかつてない精度と実用性をもたらす。


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新しいより大きいiPad Proは、iOSデバイスの中ではこれまでで最大の560万ピクセルの美しい12.9インチのRetinaディスプレイ、そして新しい64ビットのA9Xチップによる、ほとんどのポータブルパソコンに匹敵する画期的なパフォーマンスを特長としている。薄型、軽量にもかかわらず、ユーザがiPadに期待している10時間のバッテリー駆動時間を提供し、一日中使うことができる。

iPad Pro用に開発されたApple Pencilは描画やスケッチを驚くほど滑らかに自然に行うことができ、美術作品としてのイラストレーションや緻密な3Dデザインのような作業を信じられないような精度で行うことができる。さらに、内蔵されたLightningコネクタによりペアリングと充電も高速で簡単に行うことができる。Appleの新しいSmart KeyboardはiPad Proの実用性を高め、薄型で耐久性の高いデザインの中にフルサイズキーボードを実現したもので、どこにでも持っていくことができる。Smart KeyboardはiPad Proの革新的なSmart Connectorポートに接続するため、別途バッテリーを用意する必要もなく、オンオフのスイッチやBluetoothのペアリングも必要ない。

iPad Proはすでに、次世代の先進的なアプリケーションデベロッパにインスピレーションを与えており、それらのアプリケーションには、プロダクティビティから、デザイン、イラストレーション、エンジニアリングそして医療から教育、さらにはゲームやエンターテイメントまであらゆるものが含まれる。

【価格と販売について】
iPad Proの価格は、32GB、Wi-Fiモデルの94,800円から、Wi-Fi + Cellular 128GBモデルの128,800円までとなっており、ゴージャスなメタリック仕上げが施されたシルバー、ゴールドそしてスペースグレーの3色が用意されている。Apple.com、直営店のApple Store、特定の通信事業者そして特定のApple製品取扱販売店で購入可能。

Apple Pencilは11,800円で、Smart Keyboardはチャコールグレイで19,800円で販売される。また新しい、Appleのデザインによるポリウレタン製のiPad Pro Smart Coverは、チャコールグレイとホワイトの2色が用意され、7,800円で販売される。新しいiPad Pro Silicone Caseはチャコールグレイとホワイトが用意され、9,800円で販売。

Apple Press Info






ピアノ演奏のようにパソコンキーボードを打鍵するにはパームレストは不要!?

過日友人たちと新しいMagic Keyboardの話題で盛り上がり、その入力スタイルまで話は広がった...。ただ「キーボードをピアノ演奏のように華麗に打鍵するにはパームレストは不要」との私の物言いが一部の人には気に入らなかったらしい(笑)。


皆さんはキーボード入力するとき、パームレストをお使いだろうか。パームレスト(palm rest)とは、ご承知のようにキーボードの手前に置いて使う、手のひらや手首を乗せるためのパッドやクッションあるいはそのスペースを意味する。その効能は手首を水平に保ち、固定・安定させることで長時間の打鍵による疲労あるいは腱鞘炎などの障害の原因を緩和させることができるというものだ。本当だろうか?(笑)。

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※1990年代初頭のMacworldExpo/SF で購入した硬質ゴム製のパームレスト。すでに変色している...

確かにタイプライターが発明され、幾多の仕組みを持つ製品がしのぎを削っていた1800年代後半には大文字と小文字を別キーとした1列12キー6段のキーを持つタイプライターも作られその前面にはいまでいうパームレストと思われる台が備わった製品(例えばアメリカン・ライティング・マシン社の"Caligraph No.2" 等)もあったもののすぐに駆逐された...。

Macに限らないが、最近はキーボードも薄型になったことでもありパームレストを使わないまでも両手の手首部分を机上に置いてキーを叩く人は多い。またMacBookをお使いの方ならキーボード手前の、すなわちパームレスト部分に手首を置いて入力することに違和感を持っている人は少ないと思う。しかし私は例えMacBookでもテキスト入力中はパームレスト部分に手首はほとんど乗せない。

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※Apple初代のノート型PowerBook 100のパームレスト部分


現在のほとんどのユーザー諸氏は「手首を置いて入力する方が楽だし肩も凝らず効率が良い」と思っているのではないだろうか。そして日常、デスクトップ機においてもパームレストを使っている方も多いと聞く。
しかし喧嘩を売るわけでは決してないが、よりキー入力の効率を上げたいと考えるならパームレストの利用はそれに反するのだ...と私は教えられて現在に至る。

ほとんどのパーソナルコンピュータのユーザーは、いわゆるパソコンが登場してから初めてキーボードというものを使い始めた人たちである。そしてこの方たちがパームレストを使う傾向が多い。
しかし私自身は勿論、周りを振り返ってみると時代的な違いといえば良いのだろうか、パーソナルコンピュータに至るまでの背景が違うために、その状況は些か変わってくる。

例えば Macintosh以前のApple製パーソナルコンピュータの名器としてApple II が名高いが、そのキーボード部分のデザインならびに形状をあらためて見ていただきたい。そもそもパーソナルコンピュータのキーボード部分はそれまでにあったタイプライターのそれを模したものだ。

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※Apple II のキーボード部位を横から見たところ


だから、この種の黎明期のパソコンは机上面からキートップまでの高さを測ってみると、かなり距離があるのが分かる。実際に手元にあるApple II を実測してみると、スペース・バーまでの距離は約7センチほどもある。

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※Apple IIは机上からスペースキーのキートップまで7センチほどもある


これはなにもApple II が特殊だったわけではなく、同時代に登場したコモドール社製パソコンPET2001も同じでApple II 同様パームレストを置くことなど想定した高さではないことが分かるだろう。

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※コモドール社製PET2001パソコン。これまた同様にパームレストがどうの...という寸法ではない(1980年撮影)


私は1977年に貿易商社に入社し、マイコンとかパソコンのフルキーボードを体験する以前に英文タイプライターを練習するはめになった。また海外との通信には今のように電子メールやFAXはなかったから、テレックスという一種のテレタイプを使って海外との情報交換をしていたが、それらは皆手首を置く場所は皆無だった。 さらに手動タイプライターを使うにはキーを押すのではなく叩く必要がある。したがって力も必要であり手首を固定していては事実上使えないのだ...。

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※手動タイプライターを使う姿勢の例。米国レミントン社のタイプライター広告(1909年)より


ご存じのようにこの種のキーボードで入力スピードを上げるにはタッチタイピングを学習する必要がある。タッチタイピングは古くは和製英語のブラインドタッチと呼ばれていた時代もあったが、要は入力時に手元のキートップを見ないで入力する方法だ。結果決められた指で決められたキーを打つことでもあり、両手の動きは最小となるしその分スピードが速くなると言う寸法だ。そして手元でなく画面を常に見つめていられることから入力間違いもフィードバックしやすい。

勿論タッチタイピングが出来なければならないという決まりがあるはずもない。事実いまだに両手の一本指でパソコンを使っている人を知っているが、本人は不自由とは思っていないしタイピングの検定を受ける訳でもないのだから一向に問題はないのだ。ただし繰り返すが本格的にタッチタイピングを訓練し身につけた人と比べればそのスピードと効率の違いは歴然と違ってくる。

繰り返すが、キー入力時にパームレストに手首側の掌を置くことは両手の可動範囲だけでなく両手の指の動きを狭めてしまうことになる。
だから、タイプライターで訓練をした私たち時代のユーザーは、いまだに手首を固定しない。なぜなら前後はもとより、左右に万遍なく両手と指を自由に動かすためには手首は浮かせておかなければならない訳なのだ。特に電動タイプライタが出現する前の手動タイプライタは打鍵に指の力がかなり必要であり、正確に打鍵するには手首を固定しては力が入らず無理だった...。

この事はピアノ演奏を例にすればより分かりやすいだろう。打鍵する幅がまったく違うものの、ピアノを弾くのにパームレストはあってはならない(笑)。
したがって「キー入力のときパームレストが無いと手が疲れませんか?」という問いに、いつも「私はピアノを弾くようにキーボードを叩くから...疲れない」と答えている。

事実、キーボードに対して理想的な腕の高さと姿勢を確保すれば、ピアノ演奏と同様に長時間のキーボード入力も疲れないものである。とはいえ正確にそして疲れず入力できるのならどのようなスタイルでも勝手だからして...「ピアノを弾くようにキーボードを叩く...」はちょっとキザでアナクロニズムな物言いだったのかも知れない(笑)。




ラテ飼育格闘日記(466)

ここのところ、ラテは散歩に出ても不満気味である。気温は下がってきたから体力的にはよく歩き、時に走るようになったが刺激が少ないのだ。ラテにとっての刺激とは友達ワンコに出会うこともそうだが、それ以上に大好きなワンコの飼い主さんや馴染みの子供たちと出会いたいわけだが、残念ながら最近はそうした機会がない…。


日没が早くなり、17時前に日の入りとなってしまう季節だ。そうなるとオトーサンも真夏とは違い、外気温も低いし出来ることなら明るいうちに夕方の散歩を終えたいと早めに自宅を出るようになる。これはいま始まったことではなくラテを飼い始めてからずっと同じである。

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※最近ラテは少々不満顔が多い?


まあ、真夏のように自宅の周りを5分とか10分で戻ってしまうのでは出会いのチャンスなどあり得ないが、ラテもそれを知ってか、気温が下がったし最近片道30分ほどはかかる昔なじみの公園に足を向けた。途中オトーサンは帰りに愚図られては困るからと数度意図的にUターンしようとリードを引いたが、ラテはその度に「真っ直ぐ行く!」意志を示して直進するので仕方なくオトーサンも同意してその広い公園に向かった。

しかし馴染みの公園だとしても友達ワンコが多々遊んでいたのはラテが公園デビューしてから3年ほどまでであり、最近はワンコの姿自体もあまり見られなくなった。さらに公園の近くにあった小学校は生徒が少なくなったことで他の場所にある学校と併合となり、その小学校は廃校となってしまったから子供たちの姿もほとんど見かけなくなった。

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※2007年、日曜日の夕方の公園はこんなに賑やかだった!


それでもその公園を友達ワンコと駆けずり回って大きくなったラテとしては思い出の場所なのだろうし記憶にある臭いもそこら中に点在しているのかも知れない。久しぶりに公園の中に入ると昔のように公園の入り口方向を向いてお座りし、誰か友達ワンコがこないかと待ちのポーズでじっとしている。

オトーサンとしては公園の真ん中でずっと立ちっぱなしというのも辛いので早く立ち去って戻るか、先に行くかを選択したいがラテのどこか真剣な表情を見ているとしばらくはこのままにしてやろうと仏心が起きてくる。無論10分、15分待ったから一昔前のように友達ワンコが遊びにくることもまずないだろうし、子供たちが「ラテち〜ゃん」と叫びながら走ってくることもないのだが、それでもラテはじっと待っている(笑)。

その様子はもしオトーサンがリードを引かなければ一晩でもじっとしているように思えるほど真剣なのでこちらが辛くなってくるほどなのだ。とはいっても現実は長い時間そこにいるわけにもいかないから、嫌がるラテを強く引き、あるいは抱っこして強制的に公園の外まで連れ出すことになる…。

勿論そうした遠方でなく、地元にも子供たちが遊んでいる公園があるし、自宅前の道路は方向が違う2つの小学校とひとつの中学校に向かう通学路でもあるから時間帯によっては子供たちと一緒に歩いたり、ドッジボールなどしている小学生の女子たちに出会うこともあるものの、わざわざラテに意識を向けてくれたり遊んでくれる子供などそうそういる筈もない…。

しかしラテはそうした子供たちを見つけるとお尻ごと尻尾を振り、姿勢を低くし耳を倒し、口を開けながら近づいて「可愛い!」などと声をかけてくれるのを待つのが習性なのだ(笑)。オトーサンたちにはそのポーズがへりくだった精一杯の笑顔の挨拶だと知っているが、ワンコが嫌いとか怖いと思っている子供たちにはどこか獲物でも狙って近づく姿に映るのか…逃げていくことも多い。

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※散歩途中、ベンチで一休みです


そんなときラテは見るからに残念で寂しそうな「クウ〜ン」といった声を出してオトーサンにアイコンタクトする。またときには「オトーサン、逃げられてしまったね」とばつの悪そうな表情を見せるときもある。
オトーサンが何とかできるのであれば何とかしたいが、こればかりはどうしようもないし、そうしたチャンスをなるべく無駄にしないように心がけるしか術はないのが悲しい。

そんな日々が続いていたある日の朝、いつもと同じ道を歩いていた。時間はちょうど8時だったか…。
ウィークディなので保育園に子供を預けにいく母親の漕ぐ自転車が多々通るのを注視しながら歩いているとラテの歩みが違ったことに気づいた。と思ったら「ウォォォォォ〜ン」とまるで遠吠えのような声を出した。見ると前方からサッカーのユニホームを着てランドセルを背負った男の子が「おはようございます」と言いつつニコニコしながら近づいて来た。

その男子とはこれまで5,6回出会っただろうか…。とにかくワンコ好きなようで初対面からラテの前にしゃがみ込みラテを抱えるように可愛がってくれた子供だった。しかしここのところ4,5ヶ月は出会ってなかったが、ラテは10数メートルの距離で早くもその男子であることに気がついたのだ。

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※久しぶりに出会った男子に体中で喜びを表すラテ


勿論遠吠えのような声は喜びの雄叫びだが、いくら子供好きなラテでも初対面の子供にそんな吠え声をあげたら逃げられてしまうし、事実そうした態度は取らない。あくまで自分が知っている男子であることに素直に喜びを表したに違いない。

それからの数分間、ラテは興奮状態だった(笑)。男子は「おはよう」といいながらラテの前にしゃがみ込んでくれたが、ラテはといえば太めの体を捻るようにして男子の前でひとはしゃぎし、さらに男子に飛びついてその口元を舐めにいく。それが数回続いた(笑)。

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※男子に喜びの雄叫びをあげるラテ(上)。そして男子にすがりつくラテ(下)


無論オトーサンはそうしたラテの行為をその男子が喜ぶことがあっても嫌がる子供ではないことをこれまでの出会いで知っているから適度にリードを引きながらも映画の一場面でも観るような感覚で眺めていた。
男子もさすがにラテの喜びようにはタジタジだったが、ラテが口元を舐めにいったときも仰け反りながらその右手はしっかりとラテの背中を抱いてくれていた。

ものの数分間の出来事だったが、ラテにとっては久しぶり…本当に久しぶりに好きな子供に出会え、そして例え一時でも遊んでもらえたことは大きな喜びだったに違いない。
オトーサンたちは男子に心から「ありがとうございました」とお礼をいいながら分かれたが、「ラテ、また会えるといいね!」




トリニティ、ポートハンドル付きスリーブケースなど、iPad Pro対応のアクセサリー8種を発売

トリニティ株式会社は11月6日、Apple社のiPad Proに対応したアクセサリーを全国の家電量販店、および一部雑貨店を通じて11月11日より順次販売すると発表。なお、本製品はTrinity Online Storeでも取り扱いする。


[PadSleeve] サポートハンドル付きスリーブケースなど、iPad Pro対応のアクセサリー8種を発売 。

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iPad Pro 対応製品一覧
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【保護フィルム】

01)液晶保護フィルム(光沢)
02)液晶保護フィルム(反射防止)
03)瞬間傷修復 液晶保護フィルム(光沢)
04)衝撃吸収 液晶保護フィルム(光沢)
05)衝撃吸収&ブルーライト低減 液晶保護フィルム(光沢)
06)耐スクラッチ液晶保護フィルム(光沢)

【ケース】

07)[FlipNote] フリップノートケース
08)[PadSleeve] スリーブケース

Trinity Web site






ハードシェルアーマーバックパック「Solid Gray Mark II」のマットブラックモデル発売

fu-bi(フウビ)は11月6日、アルマジロの甲羅をイメージしたデザインの近未来型ハードシェルアーマーバックパック「Solid Gray Mark II」の「マットブラック」モデルを発売したと発表。ショルダーストラップは別売りでボディ価格は27,800円(税込)。


   Solid Gray Mark 2

【Solid Gray Mark II マットブラックモデルについて】
マットブラックは、従来の光沢タイプのボディからマットタイプの質感に変更されておりさらに高級感を増したハイエンドモデル。また、ボディ前面にはレザー刻印されたシリアルナンバー入りのステンレス鋼製エンブレムが付いている。

【Solid Gray Mark IIについて】
Solid Gray Mark IIは、オランダのデザインスタジオ「Lijmbach, Leeuw & Vormgeving」により設計された近未来型ハードシェルアーマーバックパック「Solid Gray」の新型モデル。アルマジロの甲羅をイメージしたデザインが特徴で、ボディ素材には非常に軽量でありながら高い強度を兼ね備えたポリプロピレンブロック共重合体を使用。

ポリプロピレンブロック共重合体は、何百万回折り曲げても壊れたり引き裂かれることのないほど強固で堅牢な特殊素材で工業用として使用されているものをコンシューマ向けに採用した。超軽量で高強度の特殊ボディ素材と鎧のようなユニークなデザインにより大切なコンテンツを傷や汚れ、衝撃から守る。

メインコンパートメントには、MacBook Proなど15インチまでのノートPCやiPadなどのタブレットを収納することができる。コンパートメント底部にはクッション性の高いEPDM(エチレンプロピレンゴム)が備えられており、大切なデバイスを衝撃から保護。また、長さ調節可能なラップトップコードは、ノートPCをしっかり固定し内部での揺れやガタつきを防ぐ。
コンパートメントの開閉は、スマートスナップ方式のロック機構を採用しており簡単に内部にアクセス可能。

バッグ内側には2つのスモールコンパートメントが付いており、iPhoneなどの携帯電話、キーホルダー、眼鏡、サングラスなどの小物もスマートに収納できる。またA5サイズノートやメモ、名刺などを固定するドキュメント
クリップも付いている。

Solid Gray Mark IIでは、新たにバックパック上部にキャリングハンドルが追加された。通常時はハンドルがボディに収納されており、引き出すと手持ちでキャリングすることができる。
また、取り外しが可能な「Switch System」のスマートショルダーストラップを新たに採用した。スマートショルダーストラップは、ワンタッチで着脱できるため、ファッションや用途に合わせて好きなカラーのストラップに変更が可能。

■ 製品特徴 ■
・アルマジロの甲羅をイメージにしたハードシェルアーマーバックパック
・超軽量、高強度のポリプロピレンブロック共重合体をボディ素材に採用
・MacBook Proなど15.6インチまでのノートPC、タブレットを収納可能
・デバイスを衝撃から保護するEPDM特殊クッション採用
・大切なノートPCを固定するラップトップコード(長さ調節可能)
・iPhone、キーホルダー、眼鏡などの小物が入るスモールコンパートメント
・A5サイズノート、メモ、名刺などを固定できるドキュメントクリップ
・スナップ式ロック機構により簡単にコンポーネントにアクセス可能
・スマートショルダーストラップは長さ調節が可能
・雨などの水滴や汚れから守るレインカバー付属
・「ホワイト」、「グレー」、「マットブラック」の3つのボディカラーモデル

 サイズ:幅約32×高さ50×奥行き20cm
  重さ:約1275g
  容量:約15リットル

Solid Gray Mark II シリーズ




ドキュメンタリー映画「マルタ・アルゲリッチ 私こそ、音楽!」を観て

ドキュメンタリー映画「アルゲリッチ 私こそ、音楽!」を観た。無論アルゲリッチとは現在もクラシック界の“女神”として君臨し続けている今世紀最高のピアニストと称されるマルタ・アルゲリッチだ。取材拒否、直前の演奏会キャンセル、そして結婚と離婚を2回繰り返し、スキャンダラスな一面を持つ彼女はすでに伝説となりつつある...。


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※マルタ・アルゲリッチのドキュメンタリー映画「マルタ・アルゲリッチ 私こそ、音楽!」


"マルタ・アルゲリッチ" というピアニストを知ったのは1965年ワルシャワで開催された第七回ショパン国際ピアノコンクールで優勝したライブをレコードで聴いたときだった。したがって1970年代前半のことだったに違いない。当時24歳の彼女は演奏だけでなくその美貌でも注目を浴びたがそのウィトールド・ロヴィツキ指揮 ワルシャワ国立フィルハーモニー交響楽団による「ピアノ協奏曲第1番 ホ短調 作品11」には正直度肝を抜かれた...。

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※アルゲリッチ 「ショパン・コンクール・ライヴ 1965」 CD。1965年ワルシャワで開催された第七回ショパン国際ピアノコンクールで1位とマズルカ賞を手にした時の実際の演奏を収録したものだ。当初はレコードだったが現在は当該CDで楽しんでいる


クラシックギターを熱心に勉強していた時代だったがピアノの音は大好きだった。ために30代半ばだったか...1年半ほど近所のピアノ教室に通ったこともあった。特に当時はショパンが好きで様々な演奏家のレコードやCDを集めていたが一番のお気に入りはアルトゥール・ルービンシュタイン(1887年1月28日 ~ 1982年12月20日) のショパンだった。

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※アルトゥール・ルービンシュタイン「ショパン全集」CD 10枚組


ルービンシュタインのショパンは端正でそして煌びやかだったが、アルゲリッチの演奏はライブだったということでもあり、周りのノイズが入っていたりと粗が点在するという評論もあるが、クリスタルのように透明でかつ火を噴くような情熱と完璧の中にもどこか危うげで、2度とこの弾き方はできないのではないかと思わせる壮絶さも垣間見られた。
「ピアノ協奏曲第1番 ホ短調 作品11」を聞き終えた私の両眼はなぜか涙が溢れそうだったことを思い出す…。

こうして彼女のショパンはその美貌と共に私の記憶に焼き付かれ以降十数枚のレコードやCDを聴いたものの前記したライブ以上に感激した演奏には出会っていない。
1941年、アルゼンチン・ブエノスアイレスに生まれたマルタ・アルゲリッチは、子供の頃から類稀な才能を発揮し1955年にペロン大統領による奨学金を受け一家でウィーンに移住。念願のフリードリヒ・グルダ(1930年5月16日 ~- 2000年1月27日)に師事することに...。グルダは20世紀を代表する巨匠ピアニストの一人だ。

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※フリードリヒ・グルダ。グルダが弾く「J.S.バッハ 平均律クラヴィーア曲集 第1巻」のCDジャケット


初めてその演奏を聴いたグルダをして神童といわしめたのがマルタ・アルゲリッチだった。
その後の活躍をあれこれと記すのは蛇足以外のなにものでもないと思うので遠慮するが、アルゲリッチのテンポが速めの演奏は力強くリズム感が抜きんでていた...。

さてドキュメンタリー映画「アルゲリッチ 私こそ、音楽!」はそのアルゲリッチの音楽...演奏のドキュメントではない。それは結婚と離婚を2回繰り返し、父親違いの3人の娘を出産した女性、ピアニスト、母そして妻であるべき特異な過去を実の娘...三女のステファニー・アルゲリッチが撮影した映像とプロデューサーにピエール・オリヴィエ・バルデを迎えて音楽ドキュメントに仕立て上げた作品なのだ。

ステファニーはもとより長女リダ、次女アニーという父親違いの3人の娘たちの視点から天才音楽家で恋多き1人の女性であり、かつ母親の真の姿を映し出している。なによりも実の娘による撮影でなければ取材嫌いのアルゲリッチがこれだけ胸襟を開いてカメラの前に素顔をあらわすことはなかっただろう。
そのアルゲリッチは日本にも馴染みが深い。1998年に別府アルゲリッチ音楽祭の総監督に就任、2005年には「第17回高松宮殿下記念世界文化賞」および「旭日小綬章」を受賞している。その「別府アルゲリッチ音楽祭」でのアルゲリッチも収録されている。

マルタ・アルゲリッチほどのプロフェッショナルが演奏会場の控え室で舞台に出る直前まで「弾きたくない」「気分が悪い」と駄々をこねながらスポットライトの中に出ていく姿は我々凡人をほっとさせる...。天才には天才故の孤独や重圧、苦しみといったものが間違いなく存在し、家庭人とは相容れない心情が根強いのだとは納得するが、それでも「マルタ・アルゲリッチ 私こそ、音楽!」を観るに、まかり間違ってもアルゲリッチのような母親は持ちたくないし、惚れてしまったら人生を棒に振るに違いないと思う(笑)。

そのマルタ・アルゲリッチも今年74歳になるという。他人事ではないが、老いというのは残酷なものだ。本人の責任でもなんでもないが、特に若い時に美が目立った人の老いは時に愕然としてしまう。アルゲリッチも文句のないお婆ちゃんだが主義なのか長い髪は染めていないこともあり白髪が目立ち若い時のイメージしかなかったこともあってその姿に愕然とした...。

演奏に老いが微妙に影響するであろうことはアルゲリッチ自身も触れているが、本来ならかなり深刻で複雑なアルゲリッチの生涯に実の娘ならではのウィットに富んだアプローチで母親であり有名なピアニストの素顔に迫ろうとしているのは実にスリリングだ。

長い間、彼女の演奏に興味を持ち楽しんできたファンの1人ではあるが、実にミステリアスで放埒な芸術家の姿をあらためて知り、その音楽の聴き方が些か変わるのではないかと思うほど強いインパクトを受けたドキュメントだった。

Performaへのソフトウェア バンドル物語

僅かであるが会社時代の遺物が残っている。そのうちのひとつが契約書類だが、先般私の会社のアプリケーションをApple Performaにバンドルするための「ソフトウェア販売契約」の書面が出てきたので今回はバンドルのお話しをさせていただこう...。


Mac用アプリケーションと一言でいっても様々なジャンルがあるが、私の会社では当時QuickTimeをサポートした映像系の製品といわゆるエンターテインメント系の製品が稼ぎ頭だった。
それらのパッケージソフトは現在のようにインターネットを通じてダウンロード販売といったビジネスが出来得ない時代だったから、大手の流通会社に売り込んで全国のショップ店頭に並べてもらい、ユーザー諸氏の手に渡るよう努力を続けていた。

一方、1990年の半ばにもなるといくつかの自社開発ソフトウェアのバンドル依頼が舞い込むようになった。自分たちを卑下するわけではないが、極小企業の我々が開発した製品をソニーのハードウェアにバンドルすることが決まったときには正直しばらくドキドキ感が収まらなかった。

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※ソニーのパンフレット(1995年7月)。同社のVISCA製品に私の会社のMac版ソフト「QTJOY」と「QTアルバム」がパンドルされた。裏面はソフトウェアの紹介となっている(下)


「バンドル」の意味をあらためて説明する必要はないと思うが、念ために記すと「ある製品に別の製品を付属して販売すること」であり、通常バンドルされるものはソフトウェアが多いわけだ...。またバンドルする意味は当該ハードウェアを活用する際にバンドル製品を使うことでユーザーにより有用な体験を提供することを意図するのが普通である。
ただし我々の場合だけではないが、すでに流通している製品そのものをバンドルするといったことだけでなく、その対象製品や予算といった条件面によっては一部機能を制限したものをあらたに作って対処する場合もあった。

我々にとってバンドルに関わるビジネスの利点はいくつかあった。まず大きいのはソニーとかキヤノンといった大手製品にバンドルされることは超マイクロ企業にとっては正直誇れることだった。世界的に知られている企業から我々の技術力が認められたことを意味するし、結果として自社努力だけではなし得ない広範囲に対象製品を広めることができる可能性を秘めていた。

2つ目は契約内容にもよるが、まとまった数の販売が最小の努力で可能になる点だ。パッケージをひとつ販売するのもなかなか大変であり、その販売促進のために秋葉原のラオックス店頭で製品デモを続けたりといった地道な活動を日々必要としたが、バンドルは通常ロット毎にまとまった数の出荷が見込まれたから売上げに即効性が期待できた。

勿論バンドルビジネスに欠点もあった。これまた契約条項にもよるもののユーザーサポートが単純に増えた場合のリスクはそれにかかるコストと共に十分考察しておく必要があったし、いたずらにバンドルでソフトウェアを配布すれば正規の販売自体に悪影響を及ぼすとも考えられた。

さて、本題になるが1994年に忘れ得ない話しがアップルジャパンからもたらされた。詳細な日時は記憶にないが面談をしたいという電話を受けて私は渋谷区千駄ヶ谷にあるアップルジャパンを訪ねた。話しはいつも世話になっていたデベロッパーリレーションではなくコンシューマー事業部に呼ばれたのだった。

初対面の男性は多少日本語がたどたどしかったものの、彼の話しが進むうちに私の驚きと期待は大きく膨らんでいった...。その概要はアップルが1992年からコンシューマー市場向けに投入したPerforma(パフォーマ)シリーズに私の会社のソフトウェアをバンドルしたいという話しだったのである。

Performaは当時のアップルが、それまでのルートで販売していたMacintoshのローエンド機として用意したパソコンのシリーズ名である。なおこのPerformaが登場する背景などについては別途「コミック版Performaで始めるMacintosh」に見る1994年」に詳しいので参照していただきたい。

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※手描きアニメーションソフト「ムービーペイント」もアップルジャパンからバンドル依頼された製品のひとつだった


要は国産のパソコンは数十ものソフトアウェアをバンドルして販売する事が一般的だったこともあり、アップルとしてもソフトウェアのバンドルは無視出来ないことだった。問題はどのようなソフトウェアをバンドルすべきなのか...だが、クラリスワークスとかキッドピクスといった定番アプリケーションの他に国産のソフトを選択したいという主旨でもあった。ちなみに私の会社の製品には他社にないエンターテイメント系製品が揃っていた。「キューティマスコット」「ムービーペイント」というアニメーション作成ソフトだ。
アップルジャパンはまずはこの2つをバンドルしたいというのが当日の依頼だった。

これに後半「キューティアルバム」という画像や写真を素材にデジタルアルバムが作れるソフトが加わり、Performaへのバンドルが終了する1997年まで私の会社の3製品がバンドルされることになった。同業者の中には「不公平だ。ひとつの会社から3つものバンドル製品を出すのは...」とクレームもあったそうだが、申し上げるまでもなく当時Performaにバンドルするに相応しい国産のアプリケーションなど他にほとんど無かったのだから仕方がないではないか(笑)。

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※アップルジャパンと取り交わしたソフトウェア販売契約書の一部。一ページの冒頭(上部)と11ページの書名ページ(下部)


それにこのバンドル要請は100%アップルからのものであり、無条件で喜んだわけではないことも知っていただきたい。なぜならPerformaの売れる台数だけバンドルした製品も売れることは間違いないし、Performaの売上げはいくら国産のパソコンより劣勢にあったとしても相当な数になることは想像できた。しかしである...。

前記のソニーといったメーカーへのバンドルとは違いアップルへのバンドルはいくつかの点において覚悟が必要だった。
ひとつはアップルに対する単価が常識的な販売単価と比べて著しく安価なことだ。具体的な契約額は伏せさせていただくが、例えば市場価格が23,000円のソフトウェアだとしても一般的な卸値は通用せず、アップル側の提示額は○○○円程度なことだった。そして金額については交渉の余地はなかった。

2つ目はそれだけ安価にそして大量に配布した製品のサポートは一般製品なみに実行しなければならない。そしてそれだけ大量にばらまかれたとすれば、ショップで正規のパッケージを買ってくれるユーザーは必然的に減少するに違いない...。

ただしここ3年ほどの売上げを見るにアプリケーション販売ビジネスはその当時がひとつのピークではないかという思いもあった。近未来にまで生き残るのに十分なビジネスができるという保証はないとすれば目の前にぶら下がったチャンスを逃すという事は後に悔いを残すと考え、思案の末にアップルの求めに応じることにした。

それに作業自体は大層なことではないのも背中を後押しする。バンドルのためにあらためて大層な仕事量をこなさなければならないとすればコストも含めて大変だが、契約書の取り交わしを別にするなら我々のやることはソフトウェアのマスターディスクとマニュアルの版下(PDF)をアップルに渡すだけでよかった。後はすべてアップル側でやってくれる...。

こうしてアップルとのバンドル契約は締結したが、売上げの支払いは四半期毎とされた。要は3ヶ月毎に指定口座に振り込みされるということで別途詳細な販売明細の提示があるとも聞かされた。
ただし日々どれほどPerformaが出荷されているのかなど知る由もないし、途中経過は一切公示しないということだったから私の思案の中でPerformaへのバンドルに関しては一件落着であり懸案事項ではなくなった。なぜなら後はなにもすることはなく結果を待つだけなのだから…。

さてそれから3ヶ月後のとある月末に一生忘れないだろう強烈な出来事を体験する…。
当時はインターネットによる電子メールを仕事上で使うに至っていない時代だった。電話の他、文書などで急ぐ場合はFAXを使うのが一般的だった。したがって現在、朝起きてパソコンの前に座る、あるいはiPhoneを手にするといった際に最初に確認するのがメールやメッセージであるのと同様、その当時は朝会社に行くとまずはFAXを覗き、なにか通知が来ているかどうかの確認が習慣となっていた。

その日もいつもの通り朝早めに事務所に入った。勿論社員たちはまだ誰も出社していないから私1人だった。上着を脱ぎながらいつものようにFAXを見ると受信があるのが分かったので用紙を掴んで確認するとそれはアップルジャパンからだった。
Performaバンドルのことを忘れたわけではなかったが初めての経験でもあり、どのタイミングでどのように報告があるのかは不明だったから「何の連絡なのか?」と思いながら受信した用紙を見た瞬間、何といったらよいのだろうか、宝くじの高額当選に接したらこんな気持ちなのか…と思うほど心臓がバクバクし顔が熱くなった。

それはアップルからバンドル契約後3ヶ月間経った最初の売上げ報告および我々が受け取る金額が記されていた。私は馬鹿みたいに用紙の最後に記されている数字を「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん...」と確認していたが、それは○千万円もの思いもしない高額だったのだ。それも「同金額を今月末にご指定口座に振り込みます」と記してあった...。
いや、確かに3ヶ月間の売上げだから数百万ほどにはなるかなあ...と漠然と期待していたが、心の準備がなかっただけに誰もいない事務所のFAXの前で私は数回飛び上がったはずだ(笑)。

この成果は大きな手間をかけたわけではないしある種の不労所得といった感覚もあったので余計に嬉しかった。しかし営業マン兼社長の私としては新しいアプリがβ版になると必ずアップルジャパンのデベロッパーリレーションズ担当者に連絡し、関連部署の人たちを集めてもらい、新製品のコンセプトからその特長までをもアップルのブリーフィングルームでデモンストレーションすることを欠かさなかった成果でもあったのだ...。

ということで、結果数年間の累積で例えばムービーペイントという手描きアニメーション作成ソフトはPerformaのバンドルが好調で40万本は出荷したことになる。しかしある程度予測したことだが一部熱心なユーザーが生まれたものの多くのPerformaユーザーの反応は乏しかった。

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※1994年当時、アップルジャパンのPerforma販促チラシの一例【クリックで拡大】


後日Macworld Expo/Tpkyoに出展し、ムービーペイントをデモっていたとき、1人のユーザーが感激してくれてこの場で購入すると財布を取り出した。私は習慣で「機種はなにをお使いですか?」と聞いた。場合によっては古い機種では動作しないといったこともあるし1994年にMacはCPUをPowerPCに移行したこともあったからだが、その男性の答えは「Performa XXXXです」だという...。

実はPerformaの全機種に同じソフトウェアがバンドルされているわけでもなかったが、男性のいうPerformaはムービーペイントがバンドルされている製品だったのである。
どうやらユーザーの感覚としてバンドルされている製品は無料で手に入れた "おまけ" であり、したがってそれらは大したものではないと最初から思い込んでいたらしく購入後バンドルのパッケージ類はほとんど見たことがないという話しだった。

結局Performaは1997年まで製造されたが、ビジネスとしては芳しくなく消えて行くことになる。無論同時にバンドルも消滅し、現在はご承知のようにアップル純正のアプリケーションがいくつかプリインストールされているだけとなる。

…ということでアップルのバンドルビジネスおよびPerforma自体の販売は一定の存在感は示したものの国産のパソコン陣営の一郭に風穴を開けるには至らずビジネスとして成功したとはいえなかった。
ともあれあの朝日が差し込む早朝、まだ誰もいないオフィスでアップルから届いたFAXを見た瞬間の感激はある意味で一生の思い出となった(笑)。





1983年12月に開催された「第3回Apple Fest 東京」の思い出

古い話題をほじくり返すのが我がMacテクノロジー研究所のコンセプトでもある(笑)。ということで今回はこれまで「私製アップルロゴ入り『レターヘッド』物語」などで背景としてご紹介したことがある「第3回 Apple Fest 東京」というイベントを思い出してみたい。


「第3回 Apple Fest 東京」は(株)イーエスディ ラボラトリの主催、アップルコンピュータジャパン(株)の後援で1983年12月10日と11日の両日、後楽園展示場で開催された。イーエスディ ラボラトリ(以後はESD)はAppleの日本総代理店を勤めてきた企業であり、サードパーティ20社の参加も得て当時としてApple関連の催事としては最大級のものだった。

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※「第3回 Apple Fest 東京」のチラシ(上)と招待券(下)


ただし後から振り返ればこの2日間にわたるイベントはある意味で日本のアップル市場が大きく変化する前触れであり、ESDが最後に放った輝かしい光だったといえる。なぜならそのイベントの少し後、年末の挨拶を兼ねた酒宴の席でアップルジャパン社長の福島氏とESDの水島社長は決定的な溝を作ってしまい、総代理店契約の解消に至ることとなったからだ。

1983年といえばキヤノン販売は6月に念願の1部上場を果たしたばかりだったが、翌月にアップルジャパンの福島社長がキヤノン販売の滝川社長を訪れ日本の総販売元としての打診をし、基本合意となった年だった。さらに10月6日付けの朝日新聞朝刊一面に「アップル社がキヤノンと提携」と発表され、同月11日にホテルオークラで合同記者会見が行われた。問題はそれまで日本市場で販売はもとよりサポートや啓蒙活動を行ってきたESDに無断だったことで明らかにアップルジャパン側の契約違反だったという。

さて、アップルやキヤノン販売の思惑は別にして私個人としてもこのイベントは忘れられない特別なものとなったのである。
なぜならいま振り返っても得意な時代であり、得がたい体験をさせてもらったとしみじみ思うし、単なるアマチュアの私が当該イベントにブースを持ちサードパーティ側として過ごした2日間だったからだ。しかしなぜそんなことになったのか...。

その2,3ヶ月前だと思うが相変わらず本郷のESDのショールームに出入りしていた私に、社長の手塚さんから意外な誘いがあった。それが「Apple Festという展示会にブースを持ってみない?」というものだった...。
当時の私は小さな貿易商社に勤務するサラリーマンだったし、Apple II の熱心なユーザーだったが、それらを仕事としていたわけではなかった。

「ビデオデジタイザを専門に展示して欲しいのよ! 勿論ブースの出展料は取らないからさ...」との話。思わず私は膝を乗り出しOKしてしまったのである(笑)。
振り返れば出展各社は当時として錚々たるものだった...。書き出してみると、(株)アシスト、(株)イケショップ、(株)石橋楽器店、(株)イワタ、今井コンサルタント、喜島科学、Gibuson Laboratories、(株)協和商会、啓学出版(株)、(株)東レリサーチセンター、東京ニーズ、日本デジタルイクイップメント(株)、日本ビジネスオートメーション(株)、(株)富士音響、ブラザー工業(株)、マミヤ機器販売(株)、(株)メディァセールスジャパン、アップルユーザーズサロン、TPO、コンピュータ ラブ、そして私のブース(JUN I.G.C.)といったメンバーだった。

それぞれのブースの概要はESD発行の季刊誌「APPLEマガジン」1984年 Vol.2 Nomber 1 に詳しいが、ブース出展は単なるアマチュアだった私にとって1大決心のいる出来事だったし小さくてもブースを持ち来場者に接するという経験はこれまた始めてのことだった。

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※「第3回Apple Fest 東京」が特集として掲載されている「APPLEマガジン」1984年 Vol.2 Nomber 1 号


私に声をかけていただいたのはそれまでApple II 用のビデオデジタイザをいち早く購入し「APPLEマガジン」へレポートを書いていたしESDのショールームには入り浸りの客の1人だったわけだが、最新テクノロジーのひとつだったビデオデジタイザを展示するブースは他になかったからに違いない。

出展の依頼を受けたはいいが、繰り返すもののそうした経験はなかったし準備は多忙を極めた。出展のための機材は基本的に自前だ。そして何らかの魅力的なデモンストレーションのビジュアルも作りたいしブースに特化したなにがしかの作戦も立ててみたいと文字どおり寝る時間を惜しんだ毎日が続いた。

結局小さなブースではあったが、時間を決めて1日に数回希望の来場者の顔をビデオデジタイザで取り込み、フロッピーディスクに記録しプリントアウトするなどしてお渡しするサービスを考えた。

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※ビデオデジタイザのデモはとても人気があった


またデジタイザ関連やいくつかの映像関連ツールの日本語マニュアルを作り販売することも考えた。なにしろ輸入製品のほとんどは和文のマニュアルなど付いていない時代だったのだ。さらに6色アップルロゴを印刷したオリジナル・レターヘッドまで用意して販売するという熱の入れようだった。まあ最初から大赤字明白なイベントだった(笑)。

さてそれらが用意できたとしても実現には最大の問題が控えていた。車の運転ができない私はかなりのボリュームとなった機材や物販品を後楽園の会場にどのようにして持ち込むかということだ。それにいくらなんでも2日間、ブースに詰めるのが私1人というのでは現実的でない。食事の時間も必要だしトイレにいくその間、誰もいなくなるとすれば事故も起きるだろう。

そんなあれこれを当時の勤務先の同僚(女性)に話したら面白そうだから手伝ってくれるという。結局同僚とその親友2人でブースに立ってくれるだけでなく車を私の自宅まで回して搬出入もやってくれるというありがたい話となった。幸運がめぐってくるときにはすべてがこんな風に順風満帆となる(笑)。ただし手伝ってくれるという彼女たちはアップルもApple II もパソコンもぜんぜ〜ん、まったく知らないのだが、まあそんなことは些細なことに違いない(笑)。

てんやわんやの末に当日が来た。約束の時間に同僚の友達が運転する車が自宅の前に到着。早速機材を運び込んで後楽園を目指したが、その運転の危なっかしいこと...。ウィンカーを出さずに路線変更し後ろからクラクションを鳴らされると彼女は窓から顔を出し「すみません」と笑顔。これで許してもらえたが「松田さん、姿勢を低くして」といわれる。何故かと聞く私に彼女は「やはりさあ、男が乗っていると分かれば世間は厳しいじゃない!?」と(笑)。

こうして奥行き1.8メートル間口3.6メートル、壁高2.1メールという一小間のブースで2日間の催事が始まったのであった。
一番の心配は来場者がどれほどかという点だが、主催者側はすでに過去2回の実績があった。告知のためにアップルユーザーやディーラー、関係する教育機関や企業に9千通のダイレクトメールを出し、全国のマイコンショップやマイコンクラブや学校に1,500部のポスターを配布。さらにLOGIN誌とBASICマガジンに広告を掲載し、各マイコン雑誌に案内記事を掲載すると言った告知を行っていた。

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※一時は大変な込みようだった


会場は後楽園展示場の5階と6階のツーフロアーを貸し切っての催事だったが、私のブースは5階だった。左にはメディアセールスジャパンのブースが、そして正面の広いブースはイケショップだったしその隣は富士音響のブースが列んでいた。

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※後楽園展示場の5階(上)と6階(下)のフロアプラン【クリックで拡大】


個人的にはイケショップや富士音響へはしばしば足を向けていたから例えばイケショップの名物専務とは顔見知りだったしメディアセールスジャパンの社長もひとりの客として存じ上げていたから気が楽だし嬉しかった。一介のアマチュアがこうした世に知られている企業とブースを並べられるのだから...。

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※私が担当したブースの隣はメディアセールスジャパン(上)、正面はイケショップ(下)だった。イケショップの名物専務も若かった...


いやはや来場者は考えていたよりずっと多く、一時は対応できないほどだった。この催事はLisaの展示もあったし各所には来場者プレゼントとして用意された卓上カレンター、Appleマークタイピン、Lisaタイタックがそれぞれ1000個、マグカップが500個そしてアップルの飴が60Kg用意されていたがあっと言う間になくなったという。

当然だが私にはそれまでこうした経験はまったくなかったし来場者からの様々な質問にどのように答えるべきかを考えたこともなかった。しかしこの2日間の経験はその後、Macのソフトウェア開発を目的にソフトハウスを起業し、様々なプライベートショーやMacworld Expoなど多くのイベントへの出展企画をする際に大いに参考となった。

またこの体験を通して単なる顧客だったESDへとのお付き合いは少しずつ形を変えていった。結果翌年にはMacintoshの購入をきっかけに「APPLEマガジン」の編集長を仰せつかったり、アスキー刊 LOGIN誌が企画した「アダルトソフトウェアコンテスト」に入賞したApple II用のゲームを商品化しESDで販売させていただいたりもした。

ただし残念だったことは冒頭に記したとおり、「第3回 Apple Fest 東京」の後でESDとアップルジャパンは決定的な溝ができてしまい日本市場はキヤノン販売が牛耳っていくことになってしまった…。
こうしてそれまで日本におけるAppleの総本山だったESDはその座をキヤノン販売ならびにアップルジャパンに譲らざるを得なくなったし、当然のことApple Fest 東京はその後開催されることはなかった。




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Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員