富士通、ニフティをノジマに譲渡と発表

富士通株式会社は1月31日、ニフティ株式会社のISPを中心とするコンシューマ向け事業を、2017年4月1日を効力発生日として吸収分割の手法により、富士通が新設する100%子会社に継承させる。これによりニフティを、クラウドを中心とするエンタープライズ向け事業会社(以下、クラウド事業会社)と、ISPを中心とするコンシューマ向け事業会社(以下、コンシューマ事業会社)に再編すると発表。


富士通は、新たな経営方針の下、つながるサービスへのシフトを進めながら、持続的成長に向けたビジネスモデル変革に取り組んでいる。今回の再編を機に、富士通、およびクラウド事業会社の連携を強化することで、両社がもつ顧客基盤やノウハウを共有し、グループ一丸となって、つながるサービスの中核となるクラウド事業を強化していく。
一方、コンシューマ事業会社については、ニフティが培ってきたノウハウや資産を有効活用しつつ、企業価値をさらに高めるため、2017年4月1日に富士通が持つ同社の全株式を株式会社ノジマ(本社:神奈川県横浜市、代表執行役社長:野島 廣司)に譲渡する。

プレスリリース




[小説]未来を垣間見たカリスマ 〜 スティーブ・ジョブズ 第26話 魔の水曜日

スティーブ・ジョブズは稀代のビジョナリーであり、未来のテクノロジーを時代の最前列で考え見つめてきたといわれている。しかしその陰には2016年12月6日、アップル銀座のエントランスから40年前のカリフォルニア、ロス・アルトスにあるスティーブ・ジョブズ家のガレージ前にタイムワープしたひとりの男の存在があった。
ー 優れたビジョナリーといわれたスティーブ・ジョブズ。その若かりし時代の秘密に迫る!ー
※本編はフィクションです。

■第26話 魔の水曜日
ウォズが飛行機事故を起こし、まだ完治していない3週間後Appleにまたまた激震が走った。
Appleは業績は良かったものの、CEOのマイク・スコット(スコッティ)から見れば “Apple船” は少しばかり沈みかけていた。それは財務的というよりAppleという希有な企業の社風が壊れつつあったし、その原因はさまざまな人間が増えた結果、無能な社員が重荷になったからと感じたようだ。荷が重ければそれらを捨てないと船は沈んでしまう。スコッティはApple III の失敗に鑑み、一大決心をした。

事実Appleの自由を重んじる企業文化や会社が社員らに示していた善意と寛容さをもってしても社員各自の能力差を無視することは出来なくなったというのが大きな理由だった。
確かにそうした緩んだ空気がApple III の失敗につながったというのも説得力のある意見だった。
すでに気心が知れ友人となっていたロッド・ホルトがいみじくも私に言ったことがある。
「仕事ができないうえに、まともに働かないエンジニアが大きなヘマをしたら普通の会社なら首だよ。しかしAppleはそいつらを管理職のポストにして摩擦を避けている。この会社じゃ人を首にしないんだよ、トモ。それでは無能な管理職だらけになってしまう」

その頃、スティーブのオフィスに度々スコッティとマイク・マークラが集まり静かではあったが激論が繰り返されていた。そもそも私はCIOになって専用のオフィスを宛がわれていたがスティーブが社内にいるとき、ほとんど彼と一緒だったし重要な会議のその場にいた。

「いいかいスティーブ、俺は物わかりが悪い単なるシブチン社長ではないぜ」
スコッティは感情をおさえつつ口火を切った。
「俺は常に社内を歩き回り、良しにつけ悪しきにつけて仕事の進捗状況をこの目で確認し彼ら彼女らと話し合ってきた。彼ら彼女らがなにを考え、いまどんな状況にあるかを社内で一番知っているのはこの俺だ。なあ、マイク…そうだろう」
同意を求められたマイク・マークラは無言で頷いた。

「皆の志気を高めるため、承知のように会社の負担で全員をハワイ旅行させたこともある。スコッティは派手好きだという批難もあったが、それもこれも仕事によい結果を求めてのことだ」
スコッティはスティーブ、マイクそして私へと順番に視線を送りながら続けた。
「それがどうだ。いがみ合いが増え、責任のなすり合いばかりだ。Appleらしさとかよき時代の社風などどこにもないよ」

スティーブが口を挟んだ。
「だから何度も取締役会や改善委員会で皆で話し合ったよ。それだけの理由で君の言う41名もの解雇が本当に必要なのか説明してくれよ」
その言葉を吟味するようにスコッテは (君らしくもない物言いだな) といいながら話しを続けた。
「スティーブ。創業者の君に意見することではないが、社風というものは取締役会や委員会で定めるものではないし、求めてはいけないんだ」
「そしてこの決定は常々君の言う、B級の人間を増やさないための策なんだよスティーブ」

小一時間もの話し合いの末、スティーブの目にはうっすらと涙が浮かんでいたし、マイクも沈んだ気持ちを隠そうともしなかった。
スコッティがたたみ込んだ。
「誰かが悪者にならなくてはならないなら、俺が悪者になるよ。収まりが付かなくなったらこの俺を首にすればいい」
「ともかく、偽善とイエスマンと無謀で無責任な計画にはもううんざりだよ」
スコッティは吐き捨てスティーブのオフィスを出て行った。
後に残ったマイク・マークラは苦虫を噛みしめたような顔で、
「まあ、仕方がないなスティーブ」
といいながらドアを開けた。

こうして41名の社員の解雇が決まり、ひとりずつ対象者がスコッティのオフィスに呼ばれた。Appleという会社に “首” などあり得ないと思っていた社員らは次は自分が呼ばれるのではないかと恐れた。彼らにとってこれまで無邪気に信じ合ってきた時代の終わりであり、会社に対する忠誠心の終わりでもあるように思えた。
この最初の大量解雇はブラック・ウェンズディー(魔の水曜日)などと呼ばれたが、波紋は会社側が考えていた以上に大きくなっていった。それにスコッティは暗に (これは最初の一歩だ) と臭わすなど社内の反感を買っていった。

マイクとスティーブにも当然のことのように社員らの陳情やクレームが多々舞い込んだが、2人はまるで知らなかったかのような態度で社員らに接していた。ためにスコッティは次第に孤立し窮地に立たされていく...。
その数日後、受付カウンターを通ったとき、シェリー・リビングストンに呼び止められた。
「トモ、ちょっと話し相手になってよ。もう皆がギスギスしていて私も気が滅入るのよ」
「それは私も同じさ、どうにもスコッティだけに責任を押しつけて問題を終息させようという感じだからね」
我が意を得たりといった表情でシェリーは、
「あなたは創業時からAppleにいるんでしょう。そして今は CIO と偉くなったわよね。ならガレージで好き勝手に営業していたAppleという会社を株式公開し事業部制を置き、年商3億ドルに達する多国籍企業に育てたのは誰のおかげかおわかりでしょ、トモ」

「無論承知しているよ。それに君はスコッティが好きだからなあ」
少し伏し目がちになったシェリーは怒りをどう収めようか自分と格闘していた。
「皆はスコッティのことを気分屋だというけど、ここだけの話…気分屋というならマイクだってスティーブだってその上を行ってるわよ」
珍しくシェリーの口から経営陣への不満が出た。

結局事態の収拾を計らなければならなくなったマイクとスティーブは3月、ハワイから戻ったばかりのスコッティの社長解任を決めた。当のスコッティは社長解任が発表されたとき、飼い殺しのような待遇には絶えられないとAppleを去ることを決断する。
ロッド・ホルトは大きなため息をつきながら私に呟いた。
「スコッティは自分の全人生をAppleに捧げてきたからな。彼はいつも働きづめだったし飲酒したり二日酔いになる余裕もなかったはずさ。それに彼は他に就職しようなどという気はないだろうから今後が気がかりだよな」
事実スコッティは自宅のブラインドを閉めたまま一歩も外に出ず、電話にも出なかった。

この事態は予想以上にスティーブのメンタルな部分に大きな影響を与えたようだ。
あるときスティーブは小声で私に打ち明けた。
「トモ、皆がどう言ってるかはともかく俺はスコッティのことが気になって最近よく眠れないんだ」
「社長解任を後悔してるのかい」
私の問いには答えず、
「どうにも気持ちがざわついてさ、スコッティが自殺したという電話がかかってくる夢を見るんだ」
スティーブはスティーブで魔の水曜日の責任をすべてスコッティに押しつけたことへの罪の意識に苛まれていたようだ。

そういえばAppleを去るとき、スコッティはエントランスまで送っていった私の肩に左手を置きながら右手でシェリーと握手しつつ、
「長い間、世話になった」
「君とはもっと一緒に仕事をしたかったよ」
と笑顔をみせながら呟いた。
「Appleは私が育てた子供なんだよ、トモ」
そう呟いてマイク・スコットは背中を見せた。
Apple III の失敗、ウォズの記憶喪失、魔の水曜日そしてスコッティの辞職にもかかわらず、スコッティの育てたAppleは繁栄を続けた。それを支えたのは相変わらずApple II の売上げだった。

(続く)

【主な参考資料】
・「パソコン革命の英雄たち~ハッカーズ25年の功績」マグロウヒル社
・「スティーブ・ジョブズの王国」プレジデント社
・「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新報社
・「アップル・コンフィデンシャル 2.5J」アスペクト社


ラテ飼育格闘日記(530)

冬だから寒いのは当然だが、ラテが元気に歩きたがるのは些か困りものだ。先日はマイナス4度の朝、オトーサンは完全武装にもかかわらず冷たい北風に煽られて一分でも早く帰りたいのにラテはいたって元気でせっかく自宅マンション前に戻ったと思ったらそのまま強くリードを引いて通過してしまった…。


そういえば新年早々、お馴染みのファミリーからケーキと肉まんをいただいた。いや、オトーサンたちにではなくなんとワンコ用…ラテ用にとわざわざ買い求めてくださったとのこと。オトーサンたちもワンコ用のケーキが販売されていることは承知していたがこれまで一度も買ったことはなかった。

Latte530_01.jpg

※ラテはこの新年、はじめてワンコ用ケーキと肉まんを食しました


3日前にファミリーの母親とお会いしたばかりだというのにその日のラテは母親の膝に飛び乗り顔中を嬉々として舐め回していた。

Latte530_02.jpg

※ファミリーの母親に飛びついて舐め回すラテ


オトーサンは恐縮しながらもケーキだという包みをありがたく頂戴したが、ケーキは食べる数時間前に冷蔵庫から出して常温でしばらく置くとよいとのこと。そして肉まんは人間用のものと同様、電子レンジでチンできるというので当日の夕食時にまずは肉まんからいただくことにした。いつもの主食の量を減らし、人間用のものより小ぶりな肉まんを温めてから4つほどに割り少し冷ました後にラテに与えた。

Latte530_03.jpg

※ファミリーのオカーサンからいただいたワンコ用ケーキと肉まん


はじめてだったからか一瞬臭いを嗅いだ後、あっと言う間に平らげて食器を洗ったみたいに舐め回した。ありがたいことに大変美味しかったようだ。その翌日にはケーキをいただき、ふたつ入りだった肉まんも3日目に完食となった。ラテには文字通り新年のおせち料理だったに違いない。感謝!

そういえば寒さには強いラテだが、オトーサンたちと同じ部屋で寝ているとき夏場と違い丸くなっていることが多い。また当然ラテ専用の大型クッションが寝床として用意してあるが、オトーサンの掛け布団の上で寝始めることが多くなった。やはり寝るときには程度はともかく暖かい方がよいのかも知れない。
まあ、人間様の羽布団の感触の方が心地よいのだろうが、オトーサンが布団に入るまではそのまま寝かせてあげることにしている。なんたって寝顔は一番可愛いのだ(笑)。

Latte530_05.jpg

※オトーサンの掛け布団の上で爆睡。寝顔はなんとも可愛い


そしてオトーサンが布団に入ろうとするとスゴスゴと自分の寝床に移動するというのがいつものことだが、この前はオトーサンが掛け布団をめくり足を入れても動こうとしない…。よほど心地よかったのだろうがそのままではオトーサンが寝られないので強制退去させてもらった。そして掛け布団に足を入れたオトーサンは思わず「暖か〜い!」と声をだしてしまった。

ラテの体温が掛け布団を伝わりわずかではあるものの敷き布団にも伝わり、この時期特有の冷たさを感じないで済んだのだ。したがって大人しくオトーサンの掛け布団に寝るのはよいのだが、我が娘は布団の上で穴掘りというか心地よい位置を探ろうとするのか、前足で布団を掻きむしりベッドメイキングする。これでは布団カバーがあっというまに擦り切れてしまう。

そうして翌朝、オトーサンたちが起きだしてもラテはまだ床を離れないことが多くなった。起きがけに惰眠をむさぼる心地よさといったところなのかも知れないが、点灯した照明が明るいからか頭の向きを変えてじっとしている。オトーサンは思いつきで脱いでまだ温もりが残ってているパジャマの上着をラテの背にかけてやる。
本来ならラテは身になにか纏うのはレインコートは勿論、ハーネスも大嫌いなはずだがやはり暖かくて気持ちが良いのか、朝食の用意を始めるまで微動だにしないことも…。

Latte530_06.jpg

※ファミリーの小学生女子に遊びを要求


オカーサンが飲み水を取り替え、オトーサンが用意した朝食を出しながら「ラテ、ご飯だよ!」と声をかけるとのっそりと起き上がり伸びをしてから食器にマズルを突っ込む。
我が家ではラテが一番早く食事を取るし当然とはいえ我が娘は上げ膳据え膳だ(笑)。ラテが食べ終わり舌なめずりしながらオトーサンがいるキッチンに顔を出すころ、我々の朝食の準備が佳境に入るといった毎日である。
今日もまた楽しい出会いがあるといいね、ラテ!


フォーカルポイント、iFrogzブランドBluetoothイヤホン2製品の販売を開始

フォーカルポイント株式会社は1月27日、米国Zagg社と代理店契約を締結、同社が展開するiFrogzブランドのBluetoothイヤホン 2製品の販売開始し、オンライン直販において数量限定の発売記念価格で販売を開始した。


iFrogz0127.jpg

【iFrogz summit wireless Bluetooth イヤホン】
iFrogz summit wireless(アイフロッグズ サミット ワイヤレス)は、Bluetoothによるワイヤレス接続で音楽を楽しめるイヤホン。

1)Bluetooth ワイヤレス
  本製品は、Bluetoothによるワイヤレスにより、iPhoneやスマートフォン、携帯オーディオプレーヤーなどで音楽をストレスなく楽しむことができる。

2)8mmダイナミックドライバ搭載
  本製品は、大口径の8mmダイナミックドライバを搭載。コンパクトな製品デザインでありながら、心地の良いサウンドを実現。

3)マグネティッククリップ型リモコン
  本製品には、音楽の再生・一時停止、ボリューム操作や選曲操作が行えるリモコンを搭載。リモコン部分は、磁石を搭載したマグネティッククリップにより、洋服の襟やカバンのストラップなどに簡単に取り付けることが可能。

4)セキュアフィットイヤー
  本製品には、シリコン製のセキュアフィットイヤーを搭載し、激しい運動でもイヤホンが耳から外れにくく安定して使用できる。ジョギングなどのアクティブなシーンでも使用できる。

5)安心して使用できるIPX2防滴仕様
  IPX2の防滴仕様により、汗や水滴などにも強い設計のため、セキュアフィットイヤーと同じくアクティブなシーンでも安心して使用できる。

6)選べる2つのカラーラインナップ
  本製品は、どんなファッションにもマッチするブラックモデルと個性的でアクティブな印象のレッドモデルの2色のラインナップ。ファッションやアクティビティに合わせて選択することができる。

[製品仕様]
バッテリー駆動時間:5時間
     充電時間:60分
     ドライバ:8mm ダイナミックドライバ
     最大入力:100mW
       感度:102dB +/- 3dB
  インピーダンス:16Ω
    周波数特性:20Hz - 25,000Hz
     リモコン:3ボタン搭載マイク付きリモコン
    ケーブル長:35cm

[同梱品]
・iFrogz summit wireless Bluetooth イヤホン本体
・micro USBケーブル
・イヤーチップ S/M/L サイズ 各1ペア
・セキュアフィットイヤー S/M/L サイズ 各1ペア

[対応モデル]
・iPhone
・iPad
・スマートフォン
・Bluetoothを搭載した携帯オーディオプレーヤー

発売記念限定価格:各2,980円(税込み)※数量限定 Amazonのみ

   通常定価:各3,980円(税抜き)
発売時期/型番:MOP-EP-000001 ブラック 2月上旬発売
        MOP-EP-000002 レッド  2月上旬発売

iFrogz summit wireless Bluetoothイヤホン



NTTコミュニケーションズ、050 plusのMacPC用/Windows Modern UIアプリサポート終了

NTTコミュニケーションズは1月27日、050 plusのMacPC用/Windows Modern UI用アプリケーションのサポートを、2017年5月31日をもって終了すると発表。


MacPC用/Windows Modern UI用アプリケーションは2014年4月に提供開始したが、当初予定していた利用者数に至っておらず、今後、品質を維持することが困難となる見込みであることから、今般サポートを終了することらなったという。
2017年6月1日以降はMac App Store及びWindowsストアよりMacPC用/Windows Modern UI用アプリケーションをダウンロードすることができなくなる。
また、MacPC用/Windows Modern UI用アプリケーションについて、既にユーザーの端末にインストール済アプリケーションは2017年6月1日以降、同社通信設備等において通話等の規制は行わないものの、万が一不具合が生じてもサポートをおこなうことができないという。
今後の利用については動作確認済みの端末にて利用するよう案内している。

なお最新の050 plus動作確認済み機種につきましては、以下を確認のこと。

050 plus動作確認済み機種一覧



トリニティ、衝撃吸収ガードセットなど、iPhone 7/7 Plusに対応したアクセサリー発売

トリニティ株式会社は1月27日、衝撃吸収ガードセットなど、iPhone 7/7 Plusに対応した製品を全国の家電量販店、一部雑貨店を通じて本日より販売すると発表。また、本製品はTrinity Online Storeでも取り扱いする。


【iPhone 7】

△アルミノシリケートガラス
(光沢/反射防止)
・『極薄極堅』薄くて硬いアルミノシリケートガラス
・極薄ガラス0.2mm、超軽量
・フレキシブルで割れにくい最薄仕様

△Dragontrail X アルミノシリケートガラス
(光沢/反射防止)
・日本製の素材、旭硝子『Dragontrail X』採用
・『極薄極堅』薄くて硬いアルミノシリケートガラス
・極薄ガラス、超軽量

△[NUNO] バックカバーケース
・すぐに使える防磁シート付き
・iPhone背面をしっかりと包み込む、バックカバースタイル
・ケース内側にカードポケットを装備

△[Turtle Hard] 高硬度クリアケース
・背面のPC素材と、側面のブラスト加工で密着痕が付かない
・薄くクリアに守るハードプラスチック
・背面は傷が付きにくい、日本製特殊素材を採用

△[Aegis+] 衝撃吸収ガードセット 衝撃吸収フィルム
(光沢/反射防止)+ TPU ケース
・側面/背面のカバー率、驚異の98.8%
・電源/ボリュームボタンを保護
・割れない、柔軟素材

【iPhone 7 Plus】

△[Fablex] 衝撃吸収ケース
・4角のバンパーとケース内側の高度なリブシステムで衝撃を吸収
・日本のメーカー「クラレ」の技術により実現した特殊素材を使用
・すぐに使える防磁シート付き

Trinity Online Store




強力な写真編集ソフト「Smart photo editor」第三回、カラーシミュレーション

写真のフォトレタッチを目的とするソフトウェア「Smart photo editor」紹介の第三回目は、EffectsツールにあるSelect Area機能についてだ。このエフェクトを有効に使うと1枚の写真から多様な色彩の写真が生まれる。何にも増してオペレーションは基本的に簡単なことが素敵だ。


これまで「Smart photo editor」では前景と背景2枚の写真を合成する、あるいは一枚の写真にさまざまなエフェクトを加えて全体の色調を変えることは勿論、雨や雪を降らせたりといった加工ができることをご紹介した。
第三回目の今回は一枚の写真からそれこそ多様なカラーシミュレーションを生む例をSelect Area機能を使ってお見せしたい。

写真合成というと初回でお見せしたように背景を変える...といった使い方が多いが、今回はある意味で至極実用的な機能でもある。
まずここに女性のポートレイトをお見せする。濃い目のイエローのジャケットを着てカラフルなマフラーを巻いている。しかしこの女性のポートレイトで色調を多々変えてみたいという要求は結構ありうるのではないか。

SPE_3_01.jpg

※まずは女性のポートレイトを例にしてみよう【クリックで拡大】


強引な例かも知れないが、本来はピンク系あるいはグリーン系のジャケットを着せたいと思ったが同じデザインでそうしたバリエーションがなかったり、予算の関係上あるいは時間的制約の中で黄色しか手に入らなかった...ということもありうる。

同じ事はマフラーのカラーリングについてもいえるし、細かなことになるがマフラーやジャケットの色を違えると今度は口紅の色も変えたくなるかも知れない。無論色味だけ変えればよいはずもなく、ジャケットやマフラーあるいは唇の質感は損なってはならない。

そうした際に「Smart photo editor」のSelect Area機能は強い味方となる。
具体的には編修加工する写真を読み込みまずはSelect Areaをクリックする。すると「What area do you want to select?」すなわち「どんな領域を選択しますか?」というウィンドウが出るのでここでは「The Subject」を選んでみるが続いて表示する確認のウィンドウはOKをクリックして先に進む。

SPE_3_02.jpg

※領域選択の種類を聞いてくるがここでは「The Subject」を選んでみる


これで必要なオペレーションをするためのツールが左側に表示する。よく見ればお分かりのとおり、最初に背景を合成する際に使ったインターフェースと同じものが表示する。要はブラシのサイズと効果範囲を決めて編集する場所を塗りつぶすことが必要となる。

まずはジャケットの範囲を処理してみよう。丁寧にジャケット部分のみを塗りつぶすが、細密な部分では写真をズームしてみるのもよい結果を生むだろう。「Smart photo editor」のブラシはサイズおよび効果範囲の組合せを間違えなければ目的の領域を塗りやすいからあまり苦労はしないはずだ。勿論塗り間違えたら修正機能で簡単に元に戻すことが出来るのは合成の時の説明と同様だ。

SPE_3_04.jpg

※ジャケット部位をブラシで塗りつぶしたところ【クリックで拡大】


塗り終わったらツールエリア下の「Confirm Selection And Browse Effexts」ボタンをクリックする。少し待たされるかも知れないがこれでいわゆるジャケット部位のバリエーションが数百種もギャラリーとして表示されるはずだ。

SPE_3_05.jpg

※ジャケット部分のバリエーションがギャラリーとして並ぶ【クリックで拡大】


無論中には役に立たないパターンが上塗りされるような例もあるが、濃い目の黄色だったジャケットが質感はそのままにブルー、オレンジ、赤、黒、グリーン、ピンク、ホワイト、グレー、パープルなどなどといったバリエーションが表示しサムネイル画像での比較もできる。

SPE_3_06.jpg

※ギャラリーから印象的なものをいくつかピックアップした例【クリックで拡大】


勿論そのひとつを選択した後でもカラーはEffect Controlsのスライドバーで微細な色調を可変できるのも素晴らしい。
納得出来たカラーができれば「OK」ボタンで固定するわけだが、同じ要領でマフラーはもとよりモデルの口紅の色までカラーシミュレーションできる。

SPE_3_10.jpg

※マフラーのカラーシミュレーション【クリックで拡大】


SPE_3_12.jpg

※口紅のカラーを変えてみた例【クリックで拡大】


したがって例えば一枚の写真でカラーが違う服の写真を必要とする場合がよくあるが、実物を多々用意するのではなくSmart photo editorでモデルの姿勢は勿論、当該アイテムの質感を変えずに様々な色合いのバリエーションを持つ写真を簡単に作ることが可能なのだ。
そして最後はオマケだが、同じ要領・理屈でこれまたこんなことも可能だ。

SPE_3_14.jpg

※iPhoneのカラーリングシミュレーション例【クリックで拡大】


SPE_3_15.jpg

※Apple Watchのバンドカラーのシミュレーション例【クリックで拡大】


「Smart photo editor」は操作が容易で奥が深い、実に味わいがあるアプリケーションである。



「FileMakerカスタム App利用状況調査2017」でシチズンデベロッパーの姿が明らかに

ファイルメーカー株式会社は1月25日 、「FileMakerカスタム App利用状況調査2017」を発表した。この報告書は、カスタム Appを作成することで直面しているビジネス課題を解決し、仕事に対する満足感を高めているシチズンデベロッパー (一般人開発者) の実態を調査した結果をまとめたもの。北米、日本、および欧州において、FileMakerユーザのシチズンデベロッパー数百名を対象とした調査に基づいている。


この報告書から、シチズンデベロッパーがより優れた成果を引き出すためにカスタム Appをどのように使用しているかを伺い知ることができる。調査対象者は自身をITプロフェッショナルとは考えておらず、専任のカスタム App開発者ではないと回答している。

調査報告書のダウンロードはこちら: FileMakerカスタム App利用状況調査2017

▲主な調査結果:

<シチズンデベロッパーは積極的な問題解決者>
83%がより効率的に作業ができる環境を整えたかったと回答
48%が職場での満足感の向上を実感

<カスタム Appは短期間で開発でき、多様なビジネス課題を解決することができる>
82%が非効率的なタスクの軽減を実感
46%のカスタム Appが4週間未満で稼動開始

<カスタム Appはあらゆる規模の企業で作成され、活用されている>
25%が大企業 (従業員1000名以上)
23%が中企業 (従業員100~999名)
52%が小企業 (従業員5~99名)

ファイルメーカー株式会社





[小説]未来を垣間見たカリスマ 〜 スティーブ・ジョブズ 第25話 セミナー開催

スティーブ・ジョブズは稀代のビジョナリーであり、未来のテクノロジーを時代の最前列で考え見つめてきたといわれている。しかしその陰には2016年12月6日、アップル銀座のエントランスから40年前のカリフォルニア、ロス・アルトスにあるスティーブ・ジョブズ家のガレージ前にタイムワープしたひとりの男の存在があった。
ー 優れたビジョナリーといわれたスティーブ・ジョブズ。その若かりし時代の秘密に迫る!ー
※本編はフィクションです※

■第25話 セミナー開催
株式公開の騒ぎも一段落し、ウォズも去った1981年春先のある日、Apple本社の一番大きなフロアーで「パーソナルコンピュータの未来」と題するセミナーが開かれた。講師は私こと加賀谷友彦だ。スティーブ・ジョブズのたっての要望で開催された勉強会のひとつだったが、出席は任意というふれこみだったものの意外なことに予想以上のスタッフが集まった。

セミナー冒頭にスティーブの挨拶があった。
「これからトモがどんな話しをするのか詳しい内容については俺も知らないが、近未来のコンピュータ、パーソナルコンピュータに関わる内容のようだ。ただしひとつだけ君たち全員に注意しておくことがある。我々は仕事上これからパーソナルコンピュータがどのような進化を遂げるかをもし知ることが出来るなら目標も明確になるに違いないし社員全員の共通認識も持ちやすくなるだろう」

スティーブは全員を見回した後、
「ただしトモの話しはもしかすると君たちには荒唐無稽、単なる夢物語に聞こえるかも知れない。いや、戯言だという奴もいるかも知れない。しかし俺はここで断言しておく。トモの話しを笑いものにする奴がいたら俺が許さない。今回のセミナーは俺やマイク・マークラらが無理に頼んで実現したものだ」
一息いれたスティーブは少し微笑みながら、
「俺はトモと仕事は勿論それこそ衣食住を一緒に4年過ごしてきた。トモは承知のように多弁ではないが彼と話をした奴は分かるだろう。彼の話すビジョンはときに突飛なことに思えるかも知れないが後で振り返ってみるとその通りになっていることがほとんどだった」

「俺自身驚かされたことが幾たびもあった」
スティーブは思い出すように天井を見上げながら、
「トモと始めて、そう1976年12月に会ったときのことだ。マイクらの支援で俺たちは来年早々法人化することに決めていたが、トモはその日を ”1月3日ですね” といった。俺たちはまだ手続きがどのように運ぶかも分からなかったしマイクと打ち合わせをする前だった。だから瞬間マイクが勝手に決めたのかと怒鳴ったくらいだ」
会場内に笑いが起こった。

「その種のことは創業からのメンバーだった…ここにいるマイクやロッドをはじめクリス、ビル・フェルナンデス、ダン・コトケらには頷くことが大いに違いない」
出席しているスタッフらは近くにいるマイク・マークラやロッド・ホルトあるいはダン・コトケらに顔を向けたがスティーブが名指しで呼んだ人たちがこぞって静かに頷く姿に皆は息をのんだ。

「しかしトモは占い師ではないし予言者でもない。正直彼がどのような理屈でそうした結論に達するのかは俺にも分からないが断言するけどトモは本物のビジョナリーなんだ。彼は技術者ではないが、コンピュータはどうあるべきかを良く知っている、俺たちよりよく知っている。もし彼の思いを俺たちが共有できるのならその実現にはここにいる君たちの力が是非にも必要なんだ。真摯な態度で聞いて欲しい」
スティーブは深呼吸し、
「ではトモ、始めてくれ」
といいながら壇上から降り自分の席についた。

私は緊張しながらもスティーブのいた壇上にあがり、全体を見回した。いやはや錚々たるメンバーたちだ。マイク・スコットやマイク・マークラらAppleの役員らはもとよりだが、ジェフ・ラスキン、ビル・アトキンソンそしてPARCからきたばかりのラリー・テスラーやラスキンのMacintoshプロジェクトに参加したばかりのジョアンナ・ホフマン、バレル・スミス、そしてアンディ・ハーツフェルドらの顔も見えた。

私は現役時代、数十人のセミナーから500人近くも聴衆がいる前でスピーチしてきたから大勢の前で話すことに躊躇はなかった。例えば1993年だったか、私は機会学会の “ScentificVisualization研究会” の講師として招かれ、QuickTimeのテクノロジーに関して講演をしたことがあった。
後でお聞きしたところによれば、そこに参列されていた方々は東大や慶応、東工大の教授や先生方だった。しかし当時アップルのデベロッパーでもあり、かつコンシューマ向けとしては最初のデジタルビデオ・ソフトウェア開発にたずさわりQuickTimeに関しては最先端の情報を得ていた自負もあったから臆することもなかった。
しかしそんな私でも天才、伝説の人たちと語られる大勢の人たちの前に立つのは実に場違いに思えたが、ここまできたらやるっきゃない。

「先般、CIOの職責を命じられたトモヒコ・カガヤです。今日は皆さんそれぞれ大変お忙しい時間を調整し出席いただけたことにまず感謝いたします」
私はそう述べた後、すぐに本題に入った。ただし1時間ほどにもなった話しの全てをここで再現するのは長すぎるし退屈だろうから要点のみを記してみる。

まず今日の話のテーマはパーソナルコンピュータが今後35年ほどの間にどれほどの進化を遂げるかについての考察だと明言した。なぜ40年とか30年という切りの良い数値でなく35年という半端な未来を示すのかについては説明しなかったが、無論それは2016年からタイムワープした私の持つ知識の限界だったからだ。
そしてスティーブも言ってくれたようにこれは占いでもなければ私の個人的な夢や希望ではなく “事実” だと告げ、なぜならそれが歴史というか進化・進歩の必然性だからだと述べた。

「皆さんには釈迦に説法ですが米インテル社の創業者のひとりであるゴードン・ムーアが1965年論文上に示したムーアーの法則が知られています。大規模集積回路の集積度の進化はまずこの通りに進むものと思われます」
断言した私の言葉が終わらない内に小さなざわめきが起こったがすぐに静かになった。
「我がAppleは申し上げるまでもなくパーソナルコンピュータメーカーの雄です。Apple II でこの世界を切り開きホビーにしろビジネスにしろいままでには考えられなかった世界を実現してきました。しかし我々が単に機能が豊富で優秀、そして安価な製品を作るだけのメーカーに甘んじるならあと数年でこの業界から消えてなくなるでしょう」
さきほどより大きなざわめきが起こった。

「Appleは単なるメーカーであってはならないと思っています。確かにコンピュータという最も進化したテクノロジー製品を製造することがビジネスの根幹ですが忘れてはならない1番大切な事があります」
少し遅れて席に着いた受付のチーフ、シェリー・リビングストンが胸の前で軽く手を振ってくれた。
「Appleの使命はハードウェアを開発するだけでなく、それらのプロダクトやサービスでいままでにないユーザー体験を提供することが大切です。ただ珍しいものというだけなら皆さんも経験がおありのように早々埃を被って倉庫の奥にしまい込まれるでしょう」

続いて私はパーソナルコンピュータは人類初の無目的な製品なのだといった。冷蔵庫にはテレビにはあるいは洗濯機にはその目的があるし冷蔵庫に洗濯をさせようとする人はいない。しかしパーソナルコンピュータは計算機としてだけでなく絵を描き音楽を奏で、様々なゲームを楽しむことができる。近い将来には写真の美しさをそのままパソコンの画面で確認するだけでなくその編集までできるようになるし、離れている人たちと気楽に電子メールで情報交換ができるだけでなく相手の顔を見ながら会話することもできるようになる...。
しかしそれだけに目的意識のない人にパーソナルコンピュータを与えても彼・彼女はなにをしてよいのかが分からないし、ましてや何が出来るかも知らない。何が出来るのか、どのような可能性を秘めているのか、ユーザーはどう変われるのかを製品に添えて提供できることがポイントとなる。それにApple II は使いやすく分かりやすい製品であり、ために教育の場でも注目を浴びつつあるが、現行のコンピュータは覚えなくてはならないことが多すぎて決して普通の人が遊び半分で扱えるものではないと論じた。

「ここにいらっしゃる皆さんは世辞ではなく異能な人たちばかりです。したがってご自分をユーザーと見立てた製品設計、製品企画をやってはなりません。このことは人として優秀であるとか無能という違いがあると申し上げているのではないのです。私たちにはそれぞれ役割があり得手不得手もあり、望む世界が違うのです。理想的にはその世界の全ての人たちが目を光らせ嬉々として手にとってくれるような製品を作らなければなりません」

私は座っている人たちの反応をみようと再び100人以上もいるであろう参加者をゆっくりと見回した。
「したがって我々はApple IIあるいは将来の新製品で普通の人たちが何ができ、日常の生活やビジネスにおいてどのような可能性と変化が期待できるかを明確に示す必要があるんです」
話しのスピードを少しあげて、
「ハードウェア・テクノロジーは先のムーアーの法則をベースにICの集積度が飛躍的に向上します。ということは3つの改革が期待できることになります。ひとつはコンピュータの小型化、2つ目は処理スピードの向上、3つ目にコストダウンですね」

続いて私たちはApple II でこれまで大型コンピュータしか知らなかった人たちに机上に乗る小型のコンピュータで多くのことができることを知らしめたこと。しかし35年後の未来を考察するならコンピュータはアラン・ケイ氏が提唱しているダイナブックのサイズを通り越し掌に乗るサイズになること。いや、SFの世界を申し上げるのではないが腕時計がコミュニケーションツールになるのだといった。
しかしそれを実現するためには集積度のさらなる向上、ディスプレイの進化、バッテリーの小型高性能化が是非とも求められることは申し上げるまでもないことだとも…。

会場内にはいくつかため息が漏れ始めた。
私は少しリラックスしてきたこともあり、再び会場内の人たちと視線を合わせながらゆっくりと見回しながら続けた。

「デバイスは小型化するだけではありません。そのタバコの箱より一回り大きなサイズの中に大別して4つの機能が包括されるでしょう。ひとつは無線を使う携帯電話、ミュージックプレーヤー、ネットワークインフラを使う電子メール等の情報端末機能、そして超小型のパーソナルコンピュータとしてアプリケーションやゲームソフトの実行です。さらにこの小型の端末はより新しい世界を作り出す可能性を秘めています。その第一はクレジットカードの情報をこのデバイス内に記憶させ、ショップのレジ近くに設置してある読み取り機にかざすだけで安全にスマートに買い物が出来る “財布のいらない” 時代が来ます。さらに電車やバスは勿論、ドライブインなどでもそうしたデバイスを読み取り機にかざすだけで通過できるようになるのです」

私は手元に用意された水を一口飲んで喉を潤した。
続けてすべてをいま想像するのは無理かも知れないが、こうしたデバイスがAppleからリリースされたら世の中は、いや世界はどのようにかわるのだろうかを真剣に考えるべきだといった。そしてこれまた重要なのは「何かができること」だけではない。いかに直感的に分かりやすく目的の機能を呼び出して実行できるか操作を極力シンプルにしなければならないとも…。分厚い取扱説明書を端から端まで何度も読まなければわからないようなユーザーインターフェースでは誰も使おうとはしないだろうと。我々がこれから相対する顧客のほとんどは技術者ではなく一般的な人たちであり、主婦であったり学生あるいは子供たちなのだから。

「例えば未来の極小・極薄のモニターは当然カラーでプリントされた写真を見るのと同等の精緻な表示が可能になります。そのデバイス自体には物理的なボタンはほとんどなく操作はディスプレイ上の仮想ポイントをユーザー自身の指で触れればそれだけで目的を達することが出来るようになります」
私は強調した…。

続けて、画面上のボタンはデザイン的にもサイズや機能的あるいはその位置もソフトウェアによるものだから自由度が高いことになる。そして単に触れるという行為だけが操作ではないと行った後に、
「いまこの会場の中には Lisa のGUI開発で苦労されている方々もいらっしゃいますが、貴方たちなら理解してもらえると思います。LisaはGUIを持ちその操作の多くはマウスと呼ぶ小型のデバイスを使うことを目指しています。
さて、そのマウスボタンの数をいくつにすれば良いかで苦悩していると聞いてます。数を増やせば一見便利そうですがオペレーションの瞬間にどのボタンを押すべきかでユーザーは迷うことにもなりがちです。
例えばマウスのボタンがひとつだけと仮定してみましょうか。普通に考えればボタンは押すことで目的を果たすわけですからひとつでは役に立たないと思う人もいるかも知れません。ひとつのボタンでは機能というか働きが限られてしまうと考えるのが普通でしょう。そうするとボタンは2つ必要だ、いや3つはあった方がいい…という議論になります」

マウスボタンの数について研究していたラリー・テスラーが思わず我が意を得たりと手を叩いた。
それにつられて周りが和み始めた。

「だとしても我々は固定観念に凝り固まってはなりません。例えひとつだけのボタンだとしてもその操作は押す、長押しする、押したままマウスを移動させる、2回続けて押すといったバリエーションをソフトウェアで認知させそれぞれの機能にわりふることもできることを知っています。いや押さずにある領域にマウスポインタ、すなわちカーソルを置くということも一種のコマンドになり得ます」
ラリー・テスラー、ジョン・カウチそれにビル・アトキンソンら数人が大きく頷いているのが見えた。

それとこうした携帯可能なデバイスを実現するのにはバッテリー駆動が肝心となること。それもフル充電すれば最低12時間程度連続使用が可能な超小型のパッテリーが必要だと話した。

「しかし残念ながら…申し上げるまでもないが現在のテクノロジーではこれらを実現するのは無理です。しかし無理だから関係ないと切り捨ててはAppleに未来はありません。できることからいわゆるデスクトップ機にこうした能力・機能を実現しようとする意志、心がけが肝心だと思います」
この世界にタイムワープして4年にもなるというのに相変わらずつたない英語ではあったが、ゆっくりと話した。

繰り返すが近未来のパーソナルコンピュータは現在のDOS(ディスク・オペレーション・システム)のようにユーザーが暗号のようなコマンドを入力しなければならない操作系では普及に限界が生じるだろうこと。Apple II は大変使いやすいと評価されているが、それでも一般ユーザが理解できることはほんの一握りのことに違いない。
スティーブらと一緒に一昨年の末にゼロックスのPARCへ見学に行ったが、そこで見たことが我々の当面の目標に違いない。無論Altoの真似をすればすむことではないはず。Appleならではの新機軸を多々取り入れて市場の、業界の度肝を抜く製品作りをしようではないかと説いた。
パラパラと小さな拍手が湧き起こり、それが次第に大きくなった。

最後に私は2016年12月6日にタイムワープした際、持参していたiPhone 6s Plusをポケットから取りだした。すでにバッテリーは完全に切れているので起動する心配はなかったし事前にスティーブ・ジョブズの了解を得、私が独自のネットワークを使って製作した未来を予測する “モックアップ” だと称して見せることにしたのだ。

拍手が収まったところで私はそのiPhoneを右手に持ち、壇上から皆に見せながらいった。
「これまでの私の話は通り一変の夢ものがたり、SF、悪い冗談と聞いた人もいるかも知れない。しかし情報の出所は教えられないが正確性を重視した話しだと理解して欲しい。とはいえ話しだけでは面白くもないだろうからここではじめて皆さんに私が話した未来のプロダクト、掌に乗る情報端末とも呼べる製品のモックアップをお見せしたい」
そういうと会場が大きくざわついた。口笛が飛び交い奇声を上げる者もいた。

「遠くてよく見えないかも知れないが、興味のある方はセミナーが終わった後で時間の許す限り手にとって見て欲しい。無論モックアップだから動作するはずもないが、未来のAppleがこうしたプロダクトの実現に努力することこそ世界の覇者になれる道だと信じています。そしてそれが世界中のユーザーの手にポケットにバッグ内に入ることを目標にしようではありませんか」

そう告げた後、続けてこの場では触れるだけに留めるものの、後30年ほど経ったとき、ひとつの重大なキーワードをいかに制することができるかがAppleを含めたIT企業の運命を左右するだろうと話し、それはAI すなわち人工知能だと付け加えたが、これにはほとんど反応がなかった。

「ただし、いまお話しした一連の進化はセグメント毎に…年代順にくぎれるものではなくシームレスにそして一部が重複し繋がっているものです。だからこそ我々も日々の基礎研究を怠ってはならないと思います」
と締めくくった。
「スティーブ、これで私の話を終えるがなにか付け加えることがありますか」
私は満足そうに最前列に座っているスティーブ・ジョブズに話しを向けた。

スティーブは座ったまま首を横に振り、特に話すことはないと無言で意思表示した。
「長い間、静かに聞いていただきありがとう」
私はお辞儀をしながら両手を軽く合わせて合掌した。そして壇からから降りようとしたがその瞬間、壇上に数十人のスタッフらが駆け寄ってきた。無論モックアップとして提示したiPhoneを身近に見るためだ。

ビル・アトキンソン、ラリー・テスラー、バレル・スミスらは明らかに顔色が変わっていた。ジョアンナ・ホフマンは周りに押されたのか羽織っていたカーディガンが片方肩から外れかかっていた。
後にハードウェアの天才と呼ばれるバレル・スミスが我先にiPhoneを手に取って私の顔を見ながら「これって本当にモックアップなの」と聞いた。
頷くしかない私だったが、ハードウェアに詳しい彼から見て精度の高さだけ見ても尋常な作りではないことを察知したようだ。無論iPhoneの背面にはあのアップルロゴが燦然と輝いていたから皆それにも目を見張った。

それはともかくモックアップとして見せたiPhoneの説得力は絶大だった。これを見せなければ何といわれようと彼ら彼女たちの多くは私の話を一種の戯言としか捉えなかったように思う。
後年、Appleのデザインチームは数多くのモックアップを制作して実機への期待度を高め、設計段階だけでは分からない操作性の確認などを行うのが好例となっていくがそれはこの時の教訓を生かしたものだといわれている。ともあれ私はしばらくの間、そのモックアップと称した未来の超小型デバイスについて様々な説明を求められることになり、整合性のある合理的な言い訳に苦労することになった。

(続く)

【主な参考資料】
・「パソコン革命の英雄たち~ハッカーズ25年の功績」マグロウヒル社
・「スティーブ・ジョブズの王国」プレジデント社
・「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新報社
・「アップル・コンフィデンシャル 2.5J」アスペクト社


自在にアニメーション/After Effects用スクリプトShapeMonkey

株式会社フラッシュバックジャパンは1月24日、シェイプレイヤーを自動で生成して自在にアニメーションさせるAfter Effects用スクリプト「ShapeMonkey」の販売を開始致したと発表。


   ShapeMonkey.jpg

ShapeMonkey は、シェイプレイヤーを自動で生成して自在にアニメーションさせる After Effects用スクリプト。
TypeMonkey や LayerMonkey、CircusMonkey などモンキースクリプトと同様、スクリプトパネルで設定を施したら Do It! これでだけでコンポジション上にアニメーションが自動生成される。もちろん今までのモンキースクリプト同様、キーフレーム不要でアニメーションが可能。
アニメーション作成後、タイムライン上のマーカー位置を調整することで、自在にコントロールすることができる。

また、今回のスクリプトは、30種類のアニメーションプリセットを収録。パネル上の PRESETS内の Animation からプリセットを選択し、Do It! をクリックすると瞬時にアニメーションが完成。もちろん微調整にも対応。アニメーション作成後、エフェクトコントロールからパラメーター調整を行うことができる。

……………………………………………………………………………………
 ■ ShapeMonkey 製品仕様
────────────────────────────────
 ・製品名  :ShapeMonkey
 ・製品名ヨミ:シェイプモンキー
 ・効果   :アニメーション
 ・種類   :After Effects スクリプト
 ・販売価格 :12,740円(税込)

 ・動作環境 :対応アプリケーション:
        - Adobe After Effects CS6 / CC / CC2014 / CC2015
                   CC2015.3 / CC2017
        対応OS/ハードウェア
        - 対応アプリケーションが動作する環境

 ・製品詳細ページ :
 ・販売形態 :ダウンロード
 ・開発元  :aescripts + aeplugins
 ・販売元  :株式会社フラッシュバックジャパン



初代Macintosh型 Apple Watch用スタンド「elago W3 STAND」レポート

elago製 Apple Watch Series1/2対応充電スタンド「W3 Stand」を手に入れた。今更の充電スタンドでは買う気もしないが、本製品は初代Macintosh 128Kのデザインなのだ。その可愛らしさに惹かれ充電スタンドはすでにいくつもあるのに買ってしまった...。


本体はシリコン製でサイズは約 6.6cm × 4.56cm × 6.3cm、重さが約90gと当然ながら実に小さい。他の充電スタンド同様にApple純正品の充電ケーブルをセットした上で上部の切り込みからApple Watchを差し入れると充電モードになるという具合だ。

W3Stand_01.jpg

※Macintosh 128K実機とサイズ比較(笑)


その切り込みにApple Watchを横にして装着するとApple WatchのディスプレイがMacintoshのモニター然となっていわゆるナイトモードとしても使える。

W3Stand_02.jpg

※elago W3 Stand


Macintosh型スタンドは正面から見るとフロッピーディスクの挿入口や強制的にフロッピーを取り出すための穴もリアルに出来ていて嬉しくなってくるが、無論アップルロゴは付いていないしキーボードとかマウスもない。

W3Stand_03.jpg

※Apple純正充電ケーブルをセットしたelago W3 Stand


また細かなことを言えば本物のMacintoshのディスプレイモニターサイズとApple Watchのディスプレイの縦横比が違うために文字通り本物そっくりの比率で作られているわけではないことは承知しておかなければならない。
まあそんなことを気にするのはそれこそ本物のMacintosh 128Kを使ったことがある人たちだけだろうが...。

W3Stand_05.jpg

※Apple Watchに本物のMacPaint画面の写真を橫にして転送表示してみた


また充電スタンドはシリコン製のためApple Watchを装着する際に傷を付ける心配もないので安心して使えるし、充電ケーブルの取り回しの設計もよく使い勝手はよい。
そんな「W3 Stand」だから普通にApple Watchを置き、ナイトモード云々だけでは面白くない。ふと思いついてApple Watchに本物のMacPaint画面の写真を橫にしてから転送し充電スタンドにセットしてみた。ナイトモードはともかく、表示もすぐに消えるもののせっかくのデザインだからこうして飾って見るのも愉快ではないか。





ラテ飼育格闘日記(529)

正月気分もあっと言う間に終わってしまったが、朝晩は寒い。暑いよりは寒い方がいいと豪語しているオトーサンも一時間も零度の、それも北風が吹くなかを歩き回るのはやはり辛い。しかしラテはマイナス2℃の朝でも路面に腹ばいになって一休みするし、まあまあよく歩く。歩けるのは元気な印でもあるから歓迎すべき事なのだが限度というものがある…。


そんなある日の夕方、オトーサンとラテはいつものように馴染みの公園に足を向けた。知り合いの子供がいるといいけどなあ…と考えながら公園入り口のスロープに入った途端に聞き慣れた声が響いた。
「ラテのオトーサン、ひとつ凄いお願いがあります!」と馴染みの女の子が公園フェンス外側斜面から声をかけた。

Latte529_01.jpg

※ラテは劇寒の中も元気いっぱいだ



凄いお願い…っていうのが気になったが(笑)、「なんでしょうか!」と応じると後ろの茂みの上を指さして「あそこにボールが引っかかったのを取って欲しいの」という。どうやら「凄いお願い」というのは「重要なお願い」ということなのだろう。
どこだろうかとフェンス外側下から見上げるが逆光でボールが止まっている場所が分からない。再度女の子の指先を回り込みながらボールの場所を特定しようとフェンス近くまで、すなわち木々が植わっている場所に登ろうと決心する。しかしラテを連れて斜面を登るわけにも行かない。

一応公園に入り、頑丈なフェンスにラテをつなぎ、散歩用バッグを肩から外してラテの脇に置き身軽になって女の子に「ラテ見ていてくれるかな」とお願いしボールのある場所に戻った。
ボールが乗ってしまった木は大木といったものではないが、根元から揺らせるほど柔なものではなく、これはともかく木に登らないと問題の枝を揺することもできないことを知る。

そういえば木に登るなどという行為はここ何十年とやったことはない。いや何十年というよりオトーサンが少年の頃を別にすれば木登りなどその目的がどうであれやったことはなかった。
しかしいつもラテが世話になっている女子の頼みとあらば無下にことわるわけにはいかないし、ここはやはりラテのオトーサンとして時には役に立つというところを見せておきたいと思う(笑)。

幸いというか該当の木は斜面に生えているため斜面の上からだと最初の枝分かれの位置に比較的簡単に足をかけることができそうだしオトーサンの体重では折れる心配のない太さだった。

Latte529_03.jpg

※まずは足がかりとなる位置に乗る


その最初の足がかりに乗るとアドレナリンが出てきたのか、なんだか楽しくなってくる。無論落ちて怪我でもすれば厄介なことになる年齢でもあるので無理をしないように気を付けろと自分を励ます。

そしてツーステップ目もしっかりした足がかりがあったのでそこまで登ると木登りらしくなってきた。ただしまだまだボールまでの距離は2メートル以上離れている。もうワンステップ登らないとボールが乗っている枝を揺することはできないことも分かったので体を安定させるために左手で太めの枝を握りながら右手で枝に手を伸ばす。

Latte529_04.jpg

※まだまだ登らないとボールが乗っている枝に手が届かない


どうやら揺らすことができそうな太さの枝まで右手が伸びたので揺すってみるがやはりまだ太いからか思ったより揺れない。それにボールは子供が遊ぶサッカーボールだったが、見事というかピッタリと枝枝の間に収まっていて少々揺らしたぐらいでは落ちてこない。
長い棒でも持っていれば突き上げることができる距離だが無論そんなものはないからこことはもう数十センチ登らないとらちがあかない。ふと下を見ると公園側から女の子が心配そうにオトーサンの挙動を見ている。

Latte529_05.jpg

※ボールが見えた。もう少しだ!


安全だと思われる足がかりを探って片足を乗せたまま右手を問題の枝に置くと大分揺さぶることができそうだった。ここで決めたいとオトーサンは足元を確かめつつボールが乗っている枝を大きく揺すってみた。
何度か揺すった結果、幸いボールが枝から外れ、公園側に転がったのを確認してオトーサンは木から下り少し息を切らしながらラテのところに戻った。ラテは何が起こったのかわからないからか真ん丸な目をして心配そうな表情だった。

Latte529_08.jpg

※ラテは心配そうな顔で待っていた



さてミッションはなんとか終わったのでオトーサンはラテに「散歩を続けようね」と声をかけてフェンスに縛ったリードを外していると女の子は向こうでそのサッカーボールを蹴り出した同年配の男の子2人に近づき「ねぇねぇ、ありがとうございましたといわないと」と言ってる。
どうやらボールはその男の子たちのボールだったらしい。

Latte529_06.jpg

※ボールの持ち主ら男の子2人がお礼を言いに来てくれた


男の子2人がオトーサンのところまで来て「ありがとうございました」と丁寧に頭を下げてくれた。皆良い子たちだ!
ともかく子供たちの期待を裏切らなくて済んだオトーサンは気持ちを新たに北風の中、ラテと散歩を続けたが何故か爽やかな気持ちだった。しばらく歩くと夕日でシルエットになった富士山が「ご苦労さん」と言ってくれているように思えた。

Latte529_07.jpg

※ラテとの帰り道、夕焼けをバックにした富士山が美しかった




KATHARINE HAMNETT LONDON × Simplismのコラボケース4種発売

トリニティ株式会社は1月20日、KATHARINE HAMNETT LONDON(キャサリンハムネット・ロンドン)とのコラボモデルとなる、iPhone 7/6s/6用「ファブリックケース(バックケース/背面バンド/ツートーン)」と「フリップノートケース」の4種をコンピューター周辺機器取扱店、および全国の家電量販店を通じて本日より販売すると発表。また、本製品はTrinity Online Storeでも取り扱いする。


▼ラインナップ▼
1)ファブリックケース(バックケース/背面バンド/ツートーン)

   Simplism201701_01.jpg

 ・日本製オーガニックデニム素材を使用(バックケース/背面バンド)
 ・片手操作も安心な背面バンドタイプ(背面バンド)
 ・Suica、PASMOなどのICカードを入れられるカードポケット
 ・ハンドストラップ、防磁シート、ケーブルマネージャー付属

オーガニック素材やKATHARINE HAMNETT LONDONのシーズンカラーに連動したパターングラフィックを採用したファッショナブルなデザインのハードケース。

2)フリップノートケース

   Simplism201701_02.jpg

 ・SimplismオリジナルPUレザー『Premium Skin』を使用
 ・閉じるだけで固定できる簡単マグネットロック機構
 ・表に大型ポケット、内側にもカードポケット搭載
 ・フタを閉じたまま通話ができるスピーカーホール
 ・動画視聴に最適なスタンド機構
 ・ハンドストラップ、ケーブルマネージャー付属

新幹線の切符や映画のチケットなどを収納できる大型ポケットと内側にもカードスロットを搭載したマグネットタイプの横開きフリップスタイルのケース。シーズンカラー連動のパターングラフィックをポイントとして使用している。


Vintage Computer、Macノート用純正バッテリーの取り扱いを拡充

Vintage Computerは、Macノート用の純正バッテリーの取り扱いを拡充している。Retinaモデル以外のLate 2008以降全機種用を取り揃えて現在販売中。


純正バッテリ/MacBook 13インチ Late 2008用、純正バッテリ/MacBook Pro 15インチ Late 2008 - Early 2009用、純正バッテリ/MacBook シロ 13インチ初代 - Mid 2009、純正バッテリ/MacBook 13インチ Late 2009/Mid 2010用、純正バッテリ/MacBook Air 11インチ Late 2010など各9,800円。ただし純正バッテリ/MacBook Pro 17インチ Early 2011 Late 2011用は12,800円。

Vintage Computer, Inc.



強力な写真編集ソフト「Smart photo editor」第二回、Effects Gallery 機能とは

写真のフォトレタッチを目的とするソフトウェア「Smart photo editor」紹介の第二回目は、Effects Gallery 機能についてだ。ギャラリーといえば美術品を展示する場所や画廊を意味するが、「Smart photo editor」のそれは読み込んだ写真を元にした数多くのエフェクト付加のビジュアルがずらりと並ぶ。


余談ながら、例えば本当に自分が気に入っている美味しい店もそうだが、効果的なアプリケーションも他人には教えたくない場合がある。正直「Smart photo editor」は私にとってそうした部類に入るソフトウェアだといえるほどお気に入りなのだ。

さてアプリに何の変哲もない写真を一枚ドラッグ&ドロップし、右サイドにある Effectsツールの一番上にあるEffects Galleryをクリックしてみよう。しばらく待たされた後、メインウィンドウにウィンドウサイズに基づいて縦横ずらりとイメージが並ぶはずだ。

SPEDIF008.jpg

※1枚の写真を登録後、Effects Galleryをクリック。この場合は626種ものエフェクト例がずらりと並ぶ【クリックで拡大】


それらのイメージはそれぞれが何らかのEffect処理されたイメージである。ただし初期設定ではすべてのEffectsが表示されるものの目的別のメニューやそのポップアップから例えば「絵画のゴッホ的なもの」といった選択肢を指定することも出来る。

それにしてもまず最初に圧倒されるのはその数の多さだ。これはユーザーらがコミュニティにアップロードしたエフェクトをネット経由でロードできるので次第に増えていくが、この時点では一枚の元写真から600種以上ものエフェクトイメージが形成されていることがわかる。

SPEDIF015.jpg

※エフェクトの種類も圧倒的な数とバリエーションが期待できる


それらのエフェクトは写真の色合いや明暗を変えたり、フレームを加えたり、雨や雪といった現象を合成させたり、あるいは写真を水彩画風にしたりアンディ・ウォーホルやゴッホ風にしたりとバリエーションも豊富である。そして任意のイメージを選んだからといってそれで完成・終わりというわけではない。
Effects Galleryで示されるエフェクトはそれぞれのパラメーターをユーザーが可変できるようになっている。したがって程度や風合い、位置といったあれこれを思うがままに編集した後に思った一枚を作りだすことができるのだ。

SPEDIF009.jpg

※選択したエフェクトの多くはさらに詳細なパラメーターを使い編集効果を確認しながら詳細な変化を楽しめる【クリックで拡大】


こうした説明をすると「いくら数が多くても出来合のエフェクトでは限界があるだろう」という声も聞こえそうだ。申し上げたいことはなにもEffects Galleryだけで目的のイメージを作り出そうというのではない。このEffects Galleryの一番貴重なことはユーザーのクリエイティプな感性に閃きを与えることだと考える。

我々の多くは残念ながら天才であるはずもなく、作り出そうとする最終イメージがいまいち浮かばないことも多いに違いない。そうしたときにEffects Galleryを起動してみることで自身のやりたいこと、考えていたイメージの一端を見いだせるかも知れないということなのだ。要はアイデアツールとして活用すべきだと思う。ともあれ以下は少々変わったエフェクト例の一部である。

SPEDIF012.jpg

SPEDIF010.jpg

SPEDIF011.jpg

SPEDIF013.jpg


無論目的が明確になっている場合ならEffects Galleryはより強力でイージーなフォトレタッチツールとなる。ここでは早朝に撮った写真に自然現象の類のエフェクトを加味した数例を見ていただきたい。こうしたことなら実に簡単で強力なツールになる。

SPEDIF.gif

※クリックし拡大の上、GIF画像をご覧いただきたい。最初の画像にEffects Galleryから選んだ数種の効果を加えた例をご覧になれます


また自分が選んだエフェクトは "Favourites Resent Shortlists" に加えられるので再度最初から探す必要はない。
なおこのギャラリーの機能は膨大なエフェクトを次から次へと見せてくれるが、ユーザーが写真編集の方向性を明確に持っている場合はもっとストレートにSmart photo editorの妙を活用する方法もあるが、それはまた別の機会にご報告することにしよう。

参考:強力な写真編集ソフト「Smart photo editor」の合成機能

自在にアニメーションさせるAfter Effectsスクリプト「Cloners+Effectors」

株式会社フラッシュバックジャパンは、2017年1月19日(木)、レイヤーのクローンを作成して自在にアニメーションさせるAfter Effectsスクリプト「Cloners+Effectors」の販売を開始したと発表。


   ClonersEffectors.jpg

Cloners+Effectors は、テキストやシェイプなどのクローンを生成し、アニメーションを実現する After Effects用のスクリプト。
収録するツールは、クローンの生成とアニメーション機能を担うCloners+Effectors、シェイプのアンカーポイントを設定するClonersShapeSplit、テキストのアンカーポイントを調整するClonersTextSplit の計3種類。Cloners+Effectors を利用する場合、まずクローンのもととなるレイヤーのアンカーポイントを設定し、その後Cloners+Effectors でクローンを生成、アニメーションのワークフローになる。

アニメーションは、Cloners+Effectors の Falloff機能を利用して行う。ポジションやスケール、回転、方向、アンカーポイント、不透明度、色、タイムリマップなどをアクティブ化し、パラメーターを調整のうえ Falloffを動かすことでアニメーションさせる。また、複数のレイヤーを持つイラストレーターファイルを読み込み、CloneShapeSplit を利用してレイヤーごとに分解、アンカーポイントを調整して Cloner+Effectors でアニメーションさせることもできる。対象となるすべてのレイヤーを一つずつ調整するのではなく、Falloff を利用して一括でアニメーションさせるため、少ないキーフレーム数とパラメーター調整だけでアニメーションが可能。

…………………………………………………………………………………………
 ■ Cloners+Effectors 製品仕様
──────────────────────────────────
 ・製品名  :Cloners+Effectors
 ・製品名ヨミ:クローナー+エフェクター
 ・販売価格 :通常価格 12,520円(税込)

 ・動作環境 : 対応アプリケーション:
        - Adobe After Effects CS6 / CC / CC2014 / CC2015
                   CC2015.3 / CC2017

        対応OS/ハードウェア
        - 対応アプリケーションが動作する環境

 ・販売形態 :ダウンロード
 ・開発元  :aescripts + aeplugins
 ・販売元  :株式会社フラッシュバックジャパン

 ■Cloners+Effectors 製品詳細ページ




 

インスタグラム ストーリーズのライブ動画が日本でも利用可能に

インスタグラムは2017年1月17日(米国時間)、日本国内の利用者に向けて「インスタグラム ストーリーズ(Instagram Stories)」のライブ動画を導入開始したことを発表した。現在、毎日1.5億人以上がインスタグラム ストーリーズを利用しており(2017年1月時点)、昨年11月に機能追加を発表したライブ動画によって、より気軽に友人やコミュニティとリアルタイムでつながることが可能になる。


   instagram20170118.jpg

ライブ動画を配信するには、ストーリーズ専用カメラを選択したのち、撮影画面からライブモードを選んで「ライブ配信を開始」をタップする。ライブ動画は終了後に自動的に消去されるため、利用者はいつでも気軽にライブ動画をシェアすることができる。
また、Exploreページには、そのとき配信されているライブ動画の中から人気のアカウントが「おすすめのライブ動画」として表示される。
ライブ動画は本日から日本国内で導入され、今後世界各国でも徐々に展開される予定。

インスタグラム 日本語版公式アカウント(日本語)



[小説]未来を垣間見たカリスマ 〜 スティーブ・ジョブズ 第24話 Lisa誕生前夜

スティーブ・ジョブズは稀代のビジョナリーであり、未来のテクノロジーを時代の最前列で考え見つめてきたといわれている。しかしその陰には2016年12月6日、アップル銀座のエントランスから40年前のカリフォルニア、ロス・アルトスにあるスティーブ・ジョブズ家のガレージ前にタイムワープしたひとりの男の存在があった。
ー 優れたビジョナリーといわれたスティーブ・ジョブズ。その若かりし時代の秘密に迫る!ー
※本編はフィクションです※

■第24話 Lisa誕生前夜
一般的にLisaという画期的なプロダクトはスティーブ・ジョブズらがゼロックス社のパロアルト研究所(PARC)を訪れ、そこで見た暫定ダイナブック...すなわちAlto上で走るSmalltalkのデモを見て触発され開発がスタートしたという話しが知られているが、これは文字通りには正しくない。
何故ならそもそもPARC訪問は1979年末だったが、Lisaという開発コード名でプロジェクトがスタートしたのは同年初頭のことだからだ。

またLisaという名に落ち着くまでには Apple III、Apple 400あるいはLisa 400といった案も根強かったが結局シンプルなLisaに落ち着いた。
それはApple II に縛られないまったく新しいコンピュータを作りたいというスティーブ・ジョブズの考えに基づいた計画だったが、当初は標準的なインターフェースを持った...GUIもなければマウスもない伝統的なコンピュータとして考えられていた。

そのLisaプロジェクトがゼロックス社パロアルト研究所(PARC)訪問後にGUIを持つコンピュータ開発に変わっていったのは自然なことだったに違いない。何しろスティーブ・ジョブズはAltoを見て「人生で最良の物を見た気がするし理性のある人なら、すべてのコンピュータがやがてこうなることがわかるはずだ」と言い放ったからだ。
それらに伴いAppleも新しい人材が必要だった。そしてLisaを完成させるために "宇宙をへこませるために" 個性豊かで異能の持ち主たちがAppleに集まりつつあった。

その頃、スティーブの口から出る言葉には "Lisa" というワードが入らないことがないくらいだったが、私を含めて周囲の人間たちは "Lisa" という名はスティーブが頑なに父親であることを拒んできたクリスアン・ブレナンが生んだ娘の名だと知っていただけになんとも奇妙で口に出しづらかった。しかし当のスティーブは平気だった。

社内でも意見や思いは複雑に交錯していた。無論スティーブ・ジョブズはブレナンが生んだ娘の名であることを認めたわけでもなかった。そしてあのウォズも奇妙なことに同意見だった。
「Lisaがジョブズの私生児の名から取った命名というのは事実ではないんだ。あれは別のキーパーソン、そうケン・ロスミュラーの娘の名から取ったんだよ」
ウォズがなぜこんなガセを信じたのか、あるいは意図的にスティーブをかばおうとしたのかは分からないが、頑なにそう主張していたのは確かだった。
しかし当のロスミュラーは、
「ばからしい話しさ。スティーブほど自尊心の強い男が大切な新プロダクトの名に他人の娘の名をつけるはずはないだろう」
苦笑いしながら私に説明してくれた。その後、ロスミュラーは協力的でないことを理由に解雇されるはめになったが一部ではLisaの名を巡る確執が原因なのではないかとも噂された。そういえばLisaプロジェクトのリーダー、ジョン・カウチの娘の名だといった噂もあったりして混乱していた。

実際ロスミュラーの娘の名はLisaではなかったし、ともあれAppleとしては他の命名をとコンサルタントに依頼もしたが、すでにLisaという名はマスコミに広く行き渡っていたからレジス・マッケンナ・エージェンシーの案で「Local Integrated Software Architecture」の略だと報道されていた。無論それを信じるものなどApple社内ではひとりもいなかったが。

そのLisaプロジェクト開発はPARCでスティーブ・ジョブズらにAltoの紹介をしたラリー・テスラーと同僚たちなどがAppleに入社したことで加速したが、ここでもスティーブの言動がプロジェクトの進行にマイナスの影響を与えると考えたスコッティによりスティーブは早々Lisaプロジェクトから外され、かわりにジョン・カウチがリーダーに任命されたのだった。
この一件でもスティーブとスコッティはバトルを繰り返すことになる。

スティーブは私と二人っきりになると愚痴が多くなった。
「Lisaは発案からコンセプトをまとめるまですべて俺の努力の賜だぜ、トモ。そうだろう」
両手を振り回しながらスティーブは悔しそうに喋りまくった。
「スコッティの野郎は、俺にAppleのスポークスマンに徹しろといいやがる。このままではLisaもApple III の二の舞になるぜ」
私はそもそもスコッティがApple III の二の舞を恐れてスティーブをLisaプロジェクトから外したことを知ってるだけに笑いを押さえるのに苦労した。

ただし現場の雰囲気はスティーブが考えているものとはかなり違っていた。ラリー・テスラーやジョン・カウチなど学位を持った技術者から見てスティーブ・ジョブズの存在はAppleの創業者、企業家として尊敬するにしても製品開発に関しては耳を傾けるべき意見ではないと受け流された。中には技術者でもない奴が (なにほざいてるんだ) とストレートに批難する人もいてそれがまたスティーブを苛立たせた。要はビジョンを共有できなかったのだ。

さて、私はラリー・テスラーがAppleに入社したのを聞き早速彼のオフィスへ挨拶に向かった。
ドアは開いており、足音で振り向いたラリーは一瞬驚いたような表情をしたもののすぐに笑顔で入るように促した。
「ご挨拶が遅れました。トモヒコ・カガヤです。以前PARCではお世話になりました」
私は軽く会釈しながら右手を差し出した。
「新米のラリー・テスラーです。トモヒコさんよろしく」
ラリー・テスラーは私の右手を握り返しながらいった。
「まだ資料などの整理が終わってないんだ。散らかってるけど座れる椅子に腰掛けてください」
ラリーの勧めで私は空いていた背もたれがない椅子に腰掛けたが、
「いや、僕の方からカガヤさんのところへ挨拶に行こうと思っていたんですが、先を越されました。ラリーと呼んでください」
といった。
私も (トモって呼んで下さい) といいながらオフィス内を眺めた。彼の持参したものは膨大な資料のようだがそのほとんどは書籍とファイリングされた印刷物のように思えた。

「凄い量ですね」
私の問いにラリーは苦笑いしながら、
「まだまだ整理には時間がかかるが、ちょうど一休みしようと思ったところです。コーヒーでも一緒にどう」
と気楽に対応してくれた。このときテスラーは35歳だったが、生まれた年は私より3年前の1945年のはずだ。しかし私が2016年からワープしたこともあって変な感じだが彼は私の年齢の半分程度だった。

オフィスの隅にあったコーヒーサーバーからカップを2つ持ち、
「何の変哲もないコーヒーだが、何もないよりはましさ」
ラリーは笑いながら私にコーヒーを勧めた。

私は (ありがとう) とコーヒーカップを受け取りながらながらまずは聞いてみた。
「テスラーさん、いやラリー、早速たたみ込むようで悪いけど貴方はなぜAppleに来る決心をしたんですか」
ラリーは微笑をたたえながらこれまた椅子に座り、私の問いが意図していたことのようによどみなく話し始めた。
「それはあなたたちがPARCを訪問したのがきっかけなんです」
一呼吸入れたラリーは、
「これは相棒のアラン・ケイとも意見が合ったんだけど、僕らの研究を一番正当に評価してくれたのがあなたたち...Appleだということに気づいたからといったらいいのかな」
私は無言で先を促した。
「僕は1973年にPARCに入ったんだが、沢山の人たちにAltoとSmalltalkのデモを見せました。それも僕たちの大切な仕事だったからです。アラン・ケイの言い方でいうならダイナブック構想を現在出来うる最良の形で実現したマシンがAltoだと僕たちは自負していたし可能な限り興味のある方に見せて感心を引きたかったんですがそもそもゼロックスの反応は冷たいものでした」
「無論あなたたちの目標はAltoの製品化だったわけですね」
頷きながらラリーは、
「面白いように、というと語弊があるけどAltoをビジネスに繋げようと考える人は絶無でした」
「でもスティーブをはじめ、我々が驚き (これだ!) と思ったのだから、誰か同じように考えた人はいなかったんですか」
私はずっと気になっていたことを聞いてみた。
「いや、見学に来る人たちは様々だったことは確かですよ。一流といわれる学者から研究者たち、無論企業からも見学者は多々いたけど、ほんとに僕たちもいらいらするくらい (これが欲しかった) といってくれる人はいなかったんです」

ラリーはコーヒーカップを積んであるダンボール箱の上に置きながら、
「あなたたちの反応を見て僕が働く場所はAppleしかないと本当に思ったんです。やはり仕事というものはきちんと評価してくれるところでやりたいものです。僕の年齢を考えてもいまが一番働き盛りだと思うし」
(当然でしょう)というように微笑んだ。

突然ラリーは、
「僕の方からも質問があるんだけどいいですか」
申し訳ないような顔でいった。
私は (なんなりとどうぞ) というしかない...。
「失礼な質問だとは承知していますが」
ラリーは断りながら、
「Appleの中でトモ、あなたの存在は異質に思えるんですよ。これはアラン・ケイも同意見でした…。ケイはなんか思うことがあるらしく僕にも話してくれなかったが、ともあれあなたは創業時代からの社員なんですか」
私は頷きながら苦笑するしかなかったが、
「それは私がAppleの中で浮いた存在だということかな」
そういうとラリーは慌てて、
「いやそういうことではないんですよ。しかし口火を切ったのでいわせて貰うけど、Appleは出来たばかりの企業...数年前までガレージカンパニーでしたね。新しい時代の新しい会社ですから皆若い人たちばかりと思っていました」

なるほど、そういう話しかと私は少し安堵した。
「いや、本人の口から言うと実に嫌みに聞こえるかも知れないけど、確かに私のような高齢者は特例のようです」
それは成り行きなのだから仕方がなかったがタイムワープの事実を話すわけにはいかない。
私は1976年12月にスティーブ・ジョブズに出会い一緒に仕事を始めたこと。確かに彼らとは大きく年が離れているがそれゆえに異能な存在として扱われていることなどを話した。

口を挟まず最後までラリー・テスラーは私の話を聞いていたが、
「なるほど、実は僕もここに来てトモ、あなたのことを様々な人たちにあれこれ聞いてみたんです」
彼は空になったコーヒーカップに再び一杯コーヒーを注ぎながら続けた。
ラリーいわく、Appleの社員たちは口を揃えて実に私は不思議な存在だというらしい。スティーブ・ジョブズの直轄でもあるが敵がいない、素性や経歴を誰も知らない、分かっているのは日本人であることと年齢くらいだと笑う。そして技術者でもなく事務方でもない独自なポジションをAppleの中で勝ち得たただひとりの人という評価らしい。
なによりもあの五月蠅いスティーブ・ジョブズに全幅の信頼を勝ち得ている人間というよりスティーブ・ジョブズが一目置いている不思議な人物だと言われているという。
(なるほど、こうしたこともあってスティーブは私にセミナーをさせ、一種のガス抜きをしようと考えたのか) と納得した。

「少し前にスティーブ・ジョブズから命を受け私は “Chief Information Officer” という役職についたばかりなんですよ」
私の説明をラリーはあまり納得していない様子だった。
「なるほど、しかし失礼ながらあなたの待遇としては遅きに逸した感じがするなあ」
とラリーは悪戯っぽく笑った。

ラリーは2杯目のコーヒーを飲み干しながら聞いた。
「そういえばあなたがPARCを去るとき私に言った言葉を覚えていますか」
私は (なんといったのかな) と記憶をたどった。
「あなたは (今度会うときは一緒に仕事をしよう) といったんですよ。妙に耳の底にその言葉が残っているんですね。それがAppleに来る引き金になったんです」

「それに」
ラリーは一呼吸おいてから、
「その言葉と関係あるのかも知れないが、あなたは未来が見える特殊能力があるという人も複数いました」
ラリーの目は笑っていなかったが、私がどう答えるかを楽しんでいるようにも思えた。
「これまた変人と見られているいう証拠かな。スティーブがそんなことを言いふらしているようですね。しかしラリーあなたがAppleに来たのはあなたご自身の決断であり意志に間違いないわけです」
そう誤魔化すしかなかった。
「う~ん、トモあなたにはきっと私らにはわからない情報収集能力とそのソースをお持ちなんでしょうね」
ラリーは科学者らしいいいかたでその場は和やかに過ぎていった…。

確かに私の存在は十数人のガレージ時代にはスティーブの一言でそれこそ特別な存在として認知されたがすでにAppleの従業員は千人をはるかに超えていた。その中で特別というより異質な人間が存在すること自体おかしなことに違いない。そろそろ今までのように成り行きでAppleに在籍するのには無理があるのかも知れないしスティーブから先日受けたセミナーの依頼もそれらを気にしてくれた結果に違いない。

ところでLisaの開発陣は苦悩していた。それでもラリー・テスラーはビル・アトキンソンと共にLisaのユーザーインターフェースに関わる基本原則を定義し始めた。
多くの天才や鬼才がAppleに集まり始めたことにスティーブは、
「Appleはエリス島のような会社なんだよ、トモ。つまりだ、他の会社から移ってきた人たちによって成り立っているんだ。それぞれ個人的には皆超一流の頭脳を持っているんだが、それゆえ他の会社ではトラブルの元になるような連中なのさ」
と、どこか他人事のようにいった。

しかしスティーブの懸念はある意味では的を得ていた。ジョブズがLisaプロジェクトから離れざるを得なくなった1980年以降Appleは大きく変化していった。ましてやジョン・カウチの元で天才たちがそれぞれの能力を十分発揮し協力体制が確立できたかどうかは疑問であり、その開発の進め方は良くも悪くもすでにAppleらしさの欠如はもとより経営陣と技術者たちとのビジョンには大きなズレが生じていた。

※1892年1月1日、アメリカ合衆国アッパー・ニューヨーク湾内にあるエリス島に移民局が建設されヨーロッパ移民たちが踏み入れる最初のアメリカとなった。そして名高い自由の女神像は1892年から1954年まで機能していた当該移民局のあったエリス島の近くの島にある。

(続く)

【主な参考資料】
・「パソコン革命の英雄たち~ハッカーズ25年の功績」マグロウヒル社
・「スティーブ・ジョブズの王国」プレジデント社
・「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新報社
・「アップル・コンフィデンシャル 2.5J」アスペクト社


フォーカルポイント、「おくだけで充電」を実現する画期的なバッテリーケース 等発売

フォーカルポイント株式会社は1月17日、米mophie社の「おくだけで充電」を実現する画期的なバッテリーケース「mophie juice pack air for iPhone 7」と「mophie juice pack air for iPhone 7 Plus」、「mophie charge force ワイヤレス充電ベース」を全国の家電量販店、雑貨店舗などを通じて発売する。同社の運営するオンラインストアでも予約受付を開始した。


   mjp_foriPhone7.jpg

【mophie juice pack air for iPhone 7 ワイヤレス充電付きバッテリーケース】
mophie juice pack air for iPhone 7 ワイヤレス充電付きバッテリーケースは、ワイヤレス充電機能を搭載した画期的なiPhone 7用バッテリーケース。mophie社から発売されている「CHARGE FORCE」規格対応してワイヤレス充電器、またはQiワイヤレス充電器を使ったワイヤレス充電が可能。

製品の特徴
・ワイヤレス充電「CHARGE FORCE」対応
・ワイヤレス充電「Qi」規格準拠
・Qiとバッテリーを内蔵しつつ薄型・軽量を実現
・iPhoneの利用可能時間をパワフルに延長
・iPhoneの為にデザインされた「MFi」認定製品
・同期と優先充電機能
・安心の衝撃分散システム
・安心かつ先進的なmophie社のバッテリー技術

[製品仕様]
 バッテリー容量:2,525mAh
   充電ポート:Micro USB端子(メス)
   入出力電流:1.8 A 入力 / 1.0 A 出力
 ワイヤレス充電:CHARGE FORCE または Qiに対応
   製品サイズ:約71(W)×149(H)×16(D)mm
      重量:約99.5g
パッケージサイズ:約105(W)×200(H)×30(D)mm
 パッケージ重量:約252g

[同梱品]
・mophie juice pack air for iPhone 7本体
・Micro USBケーブル

[対応モデル]
・iPhone 7

   通常定価:各12,800円(税抜)
発売時期/型番:MOP-PH-000145 ブラック    2月初旬発売
        MOP-PH-000146 ゴールド    2月中旬発売
        MOP-PH-000147 ローズゴールド 2月中旬発売
        MOP-PH-000148 PRODUCT RED  2月中旬発売
        MOP-PH-000149 ネイビー    2月初旬発売

製品ページ



除菌もできるコンパクトなスチームクリーナーを使ってみた

すでに年が改まってしまったが、年末ぎりぎりにスチームクリーナーを買った。無論あれこれの掃除のためだが、アイリスオーヤマ製のコンパクトな製品(STM-304)だ。スチームクリーナーを使うのは初めてなのでその効果は勿論だが気になったのは安全性だった。


購入したスチームクリーナー(STM-304)は本体寸法が約31 × 13 × 24cmほどで重量が2.0kg(水を含まず)という非常にコンパクトな製品だ。主に室内で使うつもりだったから大型のものでは場所も含めて使い勝手が悪いとこの製品にした次第。
本体に水を最大0.3リットル入れ、電源を入れると5分ほどで最大噴射圧力が約3気圧のスチーム(温度約100℃)をノズル先端から噴射することができる。

STM304W_01.jpg

※アイリスオーヤマ製コンパクトスチームクリーナー(STM-304)パッケージ


キッチン周りや換気扇、窓のサッシや風呂場などなど油汚れを浮かせヌメリを落とし、掃除をしやすくすると共に殺菌もできるという代物だ。噴射はお湯だから拭き掃除も楽だし、本体が丁度小型の電気ポット程度のサイズだしホースは120cmあるので置いたまま作業ができる。
連続使用時間は約12分ほどだというが、通常そんなに長く連続使用することはないので十分だろう。

ただしこの手の製品を初めて使う身として安全面が心配だった。やはり100℃のスチームが噴射するわけで火傷でも負っては元も子もない。しかしこのSTM-304はダブルアクションのチャイルドロック方式であり、スチームガンのサイドボタンを押しながらメインロックをスライドさせないと噴射ができない仕組みになっている。
子供ならずともついうっかり噴射ボタンを押してしまうこともあり得るが、そうした単純なミスを防いでくれるので多少の面倒さは我慢だ(笑)。

STM304W_02.jpg

STM304W_03.jpg

※スチーム本体とスチームガン(上)。スチームガンにはダブルアクションのチャイルドロックが採用されている(下)


また本体はキャップを回して外し水を規定量入れてからキャップで締め付けるが、圧力がかかりすぎると蒸気を放出して圧力を解法する他、内圧が高いとキャップは空回りして外せないような安全設計がなされている。為にうっかりとキャップを外した途端に本体側から熱湯が吹き出るといった危険性を排除しているわけだ。

基本的な仕様上の注意としては本体に規定以上の水を入れないこと、水以外のものを入れたり混ぜたりしないことだ。そして汚れや場所によりノズルから直接噴射ではなく小型のブラシ(コンパクトブラシ)が3つと床や絨毯といった掃除に向くコンパクトノズルおよび布カバーが2枚付属しているので適材適所でこうした付属品を活用することになる。

STM304W_04.jpg

※付属品一覧


取り急ぎ製品の初期不良がないかどうか、使い勝手はどうかといったことを確かめるためキッチン周りのタイル壁面の一端を掃除してみることにした。スチームの落下や拭き取りのための雑巾と台所洗剤を用意し飛び散りを想定して目には保護めがねをかけて事に挑んだ。

相手はタイルなので遠慮なく噴射を続けた。結果油汚れの軽い場所はそのまま乾拭きすればそれだけで結構綺麗になったが汚れが酷い場所は噴射後、薄めた洗剤をスポンジなどで拭き掃除し、その後に再度スチームクリーナーを使うと綺麗になった。ただし実用上の注意は電源コードの取り回しはもとよりだが、120cmのホースを使いやすいように向けておかないと本体が動いたり最悪引っ張ったりして台所から落としてしまうという可能性もありうるのであらかじめ安全な位置を確認しておくべきだ。

STM304W_05.jpg

※テストということで網戸にスチームをかけてみた


後は取扱説明書にも書かれているが、高温のスチーム故に使ってはいけないものがあることに注視することだ。熱に弱いプラスチックは変型するし意外と盲点かも知れないが冬場のガラス窓などは割れる恐れもあるという。
ということでアイリスオーヤマ製コンパクトなスチームクリーナー(STM-304)は安価でもあり、1台あると何かと便利だという気がする。もう少し早めに入手しておくべきだった…。


ラテ飼育格闘日記(528)

一月元旦、我が家はいつになくスローな時間が流れていた。介護職なので休日が不定期なオカーサンだが、今年は幸い元旦と二日が休みだったのでとにかくよく寝て少しでも日頃の疲れを解き放とうと思っていた。だから本来なら元旦は昔住んでいた近所の大きな公園で日の出を拝むというのが恒例だったが、今年は(も)サボってしまうことに…。


日の出前にその公園に出向けば、もしかしたらハリーちゃん、マキちゃん、クロちゃんたちおよびその飼い主さんたちに会えるかも知れないという期待があった。それぞれ1年以上もお会いしてない方々もいるから本音は是非行きたかったが体が動かなかった(笑)。
そんなわけでゆっくり寝坊し、オカーサンが支度してくれたお雑煮とおせち料理を食してラテと朝の散歩に出たのはすでに9時を過ぎていた。

Latte528_01.jpg

※元旦はラテと共に寝正月だ!


その日は気温も極端に低くなかったし風がなかったからか、日向にいると暖かく感じる朝だった。とはいえラテも正月だからというわけでもないのだろうが、遠出する気配はなかった。ただしすぐ家に帰るのは嫌だったようで一度自宅マンション前を通過してお馴染みの小さな公園に向かった。
たぶんそこに行けば好きな子供たちでもいるのではないかとラテは考えたのかも知れないが、道路にも人がいない。無論公園にも人の気配はなく少々がっかりした感じのラテは40分程度で我が家に戻った。

元旦の夕方もまたまた近所の公園に向かった。しかしさすがに正月だというべきか、普段なら排気ガスが気になるほどの国道にも自動車が少なく歩いている人もほとんどいない状態。やはりというか…公園にも人っ子ひとりいなかった。
ただしラテはなにを思ったのか路面に座り込んで誰かを待つポーズに落ち着いた。しばらくすると先に買い物に出たオカーサンが公園内に入ってきた。ラテは大げさと思うほど喜んで雄叫びを上げ始めた。なに…10分程離れただけなのに実にオーバーな奴だ(笑)。

Latte528_02.jpg

※10分程しか離れてないのにオカーサンが公園に顔を出すと大はしゃぎ



しばらくオカーサンと遊んでいると「ラテちゃ~ん!」の声が…。13日ぶりにファミリーの女の子がラテの吠え声を聞いたのか駆けつけてくれた。そして「はい、年賀状!」とオトーサンに年賀ハガキを差し出した。
宛名面には「ラテちゃんへ」とあり、通信面にはご家族用として作られた賀状に「いつもあそんでくれてありがとう。大すきだよ♡」と手書きしてあった。オトーサンはうれし泣きだ(笑)。

Latte528_03.jpg

※お馴染みの女の子からラテ宛に年賀状をいただいた


その後ファミリーの母親と3歳の弟も来てくださって新年のご挨拶。ラテは早速母親の顔を嬉々として舐めている。
帰り際、まだ感激しているオトーサンはオカーサンから「年賀状の大好きというのはラテにであってオトーサンではないからね」と釘をさされた(爆)。
ラテに取ってもオトーサンたちにとってもお陰様で幸先の良い新年の散歩であった。

Latte528_04.jpg

※ラテにとって本命はファミリーの母親だ(笑)


二日は近隣の諏訪神社に初詣に行くことにした。ここの数年初詣はしなかったが、昨日お会いしたファミリーから諏訪神社に行かれたと聞いたこともでありオカーサンと久しぶりにラテを連れて行ってみることにした…。
歩いて、それもワンコ連れで気楽に行ける神社というのも良いものだが一昔前には正月と言えばオトーサンの両親を連れオカーサンと4人で京都で新年を迎えることが多かった。
諏訪神社に向かい歩きながらオトーサンはフトそんなときの一コマを思い出していたが、15分ほど歩くと参道にあたる道に提灯が見えた。

Latte528_05.jpg

※ラテとオカーサンとで目前の諏訪神社境内に入る


「謹賀新年」と書かれた扁額を仰ぎながら石造りの鳥居をくぐると正面に社殿、右側には御神酒を飲ませたりお守りや破魔矢などを売る建物がある。まあ、街中の一角にある神社だから風情はないし当然のことながら京都の名刹や歴史ある神社と比べるとローカル色満載だ(笑)。

Latte528_06.jpg

※オトーサンとオカーサンは交代で社殿にお参りをした


また京都の八坂神社などに足を向ければこの時期、思うように歩けないほどの人出だろうが、ここは実に空いていて寂しいくらいで気持ちが良い(爆)。

Latte528_07.jpg

※ラテは待ちくたびれて飽きたのか大あくびだ


社殿までラテを連れてはいけないと思い、オトーサンとオカーサンは交代でお参りした後、破魔矢とお守りを購って諏訪神社を後にした。
オトーサンは思わずオカーサンに「破魔矢、いくらだった?」と聞いた。その価格は京都の有名神社の半額以下だった。思わず「ローカルはいいなあ」と呟いたオトーサンだったが果たして…御利益はあるのだろうか(笑)。


iPhone登場10周年に寄せて

先日の2017年1月9日はiPhoneが発表されてからちょうど10年となる日。つきなみだが長いようでもあり一瞬のことだったようにも思えるが、iPhone成功の秘密をあらためて当時に立ち帰って眺めてみるとなかなかに面白い。私自身は日本では発売されなかった初代 iPhoneの情報に接したとき本当に心がときめいたものだ。


ということで今回は当時そのiPhoneに関して書いた記事を読み返しながらどんな反応があったのかを振り返ってみたい。なおここでご紹介するアーティクルは現在でも当時のまま、お読みいただくことができる。

私がニュース記事を別にして、iPhoneに関する記事を当Macテクノロジー研究所ブログに掲載した最初は発表から2日経った2007年1月11日だった。それは「Apple iPhoneの素直な印象~写真だけではその凄さは分からない!」と題した記事だったが、自身まだ実機を手にしてはいなかったし「iPhoneの凄さは一般的なウェブサイトのニュースなどで、その紹介されたスペックを追っても実態は分からないのではないか」としながらも「iPhoneと現在我々が手にしている携帯電話を比べて見ると、スペック以上にその違いがよく分かると同時に、iPhoneの素晴らしさが理解できると思う。そして『なぜ、iPhoneの機能の一部でもいいから、使いやすく魅力的な製品がこれまで出来なかったのか…』を思い、Appleという企業の特殊性と技術力の高さをあらためて痛感した」と書いている。

そして「現在のiPodがそうであるように、街中で…電車の中で…人々が集まるとき、iPhoneを使う多くの人たちとすれ違うようになることを夢見つつ、じっくりと情報を集めながら待つことにしようではないか」と結んでいるのが我ながら興味深い。

1stiPhone_01_2017011113284747e.jpg

1stiPhone_02_20170111132848ed6.jpg

※初代iPhone (当研究所所有)

続いて1月24日に「『iPhone』にも酷評があるようだが...いつものことだ!」と題した記事を掲載した。
これはiPhone発表を受けて世界中のメディアがその反応を挙げ始めたからである。そうした中には意味のないべた褒めの記事もあったが、見るからに情報を精査していない否定的な意見も多かったことを思い出す。
当時の原稿をお読みいただければお分かりの通り、私自身は iPhoneに関して大いに賞賛を惜しまない一人だったが、アナリストの一部や業界関係者、専門家と称する人たちの中には様々な酷評を唱える人もいた。
例えば「iPhoneの技術は目新しいものではない」という批評は大いに笑えた。そして確かマイクロソフトのお偉いさんの「500ドルもするバカ高い携帯など誰が買うか?」といった批判もいまだに記憶に残っている。

特に「iPhoneの技術は目新しいものではない」だから「一週間で飽きる」といった批判を繰り返す人たちはそもそもテクノロジーの進化・進歩とはどういうことかを理解していない。いみじくもスティーブ・ジョブズは発表時にiPhoneを「携帯電話の再発明」といったが、いま思えばかなり控えめないい方だったとも思える。
ともあれ個人的にはこのiPhoneのニュースに接した際、前記アーティクルの本文にもあるとおり、スティーブ・ジョブズがあのゼロックス・パロアルト研究所(PARC)を訪れ、Lisa開発のヒントを得たという歴史的現実が甦ってくる。

それは例えiPhoneに採用されているテクノロジーの一部が、過去に存在していたとしても、誰もそうしたものを活かすすべを知らなかったことを証明しているともいえる。
「iPhoneの技術は目新しいものではない」というのなら、なぜA社もB社も、そしてC社からも1970年代からの30年間、iPhoneに匹敵するエキサイティングな製品をただの一度も出せなかったのか。メーカー各社はこれまで何をやっていたのか…少しは反省して欲しいと思う…」と書いているが、残念ながらその思いはいまだほとんど変わっていない。

その後、iPhone 3Gが登場した後でも国内メーカーやキャリアの代表者たちがさまざまな発言を繰り返していたが、iPhone 3Gと比較して自社製品のデキの悪さを認識していないのが笑えた。なぜ iPhone 3Gの登場に多くの人たちがこれだけ騒ぐのか、それは一昔前とは違い ”彼ら彼女らがアップルフリークだから” ではなく、iPhone 3Gにそれだけの魅力を感じる様々な要因があるからだ。

ましてや…とある企業の代表者が自社新機種リリースの際に「これでiPhone独壇場の時代は終わった」などと発言するに至っては身内へのリップサービスだとしても状況判断がきちんとなされていないことを暴露しているとしか思えなかった。そして「iPhone 3Gに対抗してタッチパネルを採用すればそれで勝てると思っているのであれば返す言葉もない」と書いたが…結果10年経った現状は申し上げるまでもない…。

iPhoneの優れた利便性は決してiPhone本体だけから生まれたものではないことも再認識すべきだろう。iTunesやMobile Me(当時)の存在、App Storeなどなどデバイスの使い勝手を最大限に生かす努力をAppleは独自で切り開いてきたのだ。
残念ながら他のキャリアやメーカーが一夜にして同等な魅力ある環境を作り出すことは無理なのである。
さて、そのiPhoneも勢いが鈍化したという情報もあるもののAppleが余程のヘマをしない限りスマートフォン市場において世界市場での優位を続けることは間違いないだろう。

【参考】
初代 iPhoneは2007年1月9日に開催されたMacworld ExpoにてAppleのCEO スティーブ・ジョブズにより「携帯電話の再発明」と発表された。同社デジタルオーディオプレーヤーのiPod、携帯電話、インターネットや電子メールの送受信等が行えるという3つの機能を併せ持ち、マルチタッチスクリーンによる操作性を謳った携帯情報端末。
カラーはシルバーのみで、発売当初は容量4GBと8GBの2通りだったが後に16GBモデルがリリースされる。
発売は同年6月29日よりアメリカ合衆国にて発売されたが通信方式にGSMを採用していない日本などでは発売されていないため、iPhone 1st Generationは染みが薄い。しかし本機はまぎれもなくAppleのその後の命運を左右するにふさわしい記念すべき製品である。



オールマイティなUSB C ドック「TUNEWEAR ALMIGHTY DOCK CM1」販売

フォーカルポイントは1月11日、TUNEWEARブランドのすべてがつながるオールマイティなUSB C ドック「ALMIGHTY DOCK シリーズ」の新製品として、「TUNEWEAR ALMIGHTY DOCK CM1」を販売開始し、オンライン直販において数量・期間限定の発売記念価格で販売することを発表。


   DOCK_CM1.jpg

【TUNEWEAR ALMIGHTY DOCK CM1について】
TUNEWEAR ALMIGHTY DOCK CM1(チューンウェア オールマイティ ドック シーエム ワン)は、MacBook 12インチや最新のMacBook Pro (Late 2016)などで、採用されたUSB Cコネクタを拡張することができるオールマイティなUSB ドック。

1)すべてがつながるオールマイティな拡張性
  ALMIGHTY DOCK CM1は、MacBookを拡張するために必要なポートやスロットを搭載。iPhoneやUSB機器を接続するためのUSB Aコネクタを2ポート、デジタルカメラの撮影データなどを読み込むためのSDカードスロット、micro SDカードスロットをそれぞれ1つ、そして電源供給するためのUSB Cポートを1つ搭載しており、MacBookに必要な各種のアクセサリを接続することが出来る。

2)アルミニウムを削り出して作られたユニボディ筐体
  ALMIGHTY DOCK CM1の筐体は、1つの塊から削り出して作られた高精度のアルミニウムユニボディ筐体が採用されている。アルミニウムは、その見た目だけでなく、鉄の約2.8倍、一般的なABS樹脂の約400倍の熱伝導率をほこり、優れた冷却性と美しい筐体の2つを兼ね備えた理想の素材。

3)最先端の高性能チップを採用
  ALMIGHTY DOCK CM1には、VIA Technologies社製の高性能なチップを本体に採用。たくさんの周辺機器を同時に接続しても、安定して高速な通信を実現。

4)軽量コンパクトなオールマイティデザイン
  ALMIGHTY DOCK CM1は、超小型でコンパクトなボディにオールマイティな機能が凝縮されている。44グラムと本体重量も非常に軽量なため、カバンやポーチに入れても邪魔にならずに持ち運ぶことができる。

5)ドングルの手軽さとブレークアウトボックスの利便性
  ALMIGHTY DOCK CM1なら、MacBookに必要なアクセサリをつなぐことができるので、ケーブルをあらかじめ接続した状態でブレークアウトボックスのようにして持ち運び、必要な時に接続すれば、変換アダプタのよう感覚で使用することも可能。

6)MacBookに合わせて選べるオールマイティカラー
  ALMIGHTY DOCK CM1は、すべてのMacBookユーザーのために作られた製品。MacBookの筐体カラーに合わせた2色の展開で、シームレスなカラーマッチングを楽しむことができるので、純正アクセサリのような感覚で使用できるのも魅力のひとつ。

7)Macのためのアクセサリを提供し続ける理由
  当社のMac用のアクセサリの歴史は古く、1988年に発売したMicronet社のSCSI(スカジー)接続のハードディスクから始まり、PCI接続のTruvision社のキャプチャカード、1998年のADBをUSBに変換する大ヒット商品「iMate」など、時代とMacの変化とともにユーザーが求めるアクセサリを販売してきた。新しく登場したUSB Cコネクタは、拡張性の高い規格だが、既存のMacユーザーが求める多彩な外部デバイスとの接続性能を満たすため、TUNEWEAR ALMIGHTY DOCK C1が販売開始された。

[製品仕様]
インターフェイス:USB C(オス USB 3.0準拠)
ポート・スロット:USB A ✕ 2(メス)
        :USB C ✕ 1(メス)
        :SDカードスロット ✕ 1
        :micro SDカードスロット ✕ 1
   製品サイズ:約27(W)×108(H)×10(D)mm
      重量:約44g

[対応モデル]
・MacBook 12インチ
・MacBook Pro 13インチ (Late 2016)
・MacBook Pro 15インチ (Late 2016)

[対応OS]
・OS X El Capitan
・macOS Sierra

[対応アクセサリ]
・各種USB 機器※
・SD カード
・micro SD カード
※ Apple USB SuperDriveなど、1A以上をバスパワーで必要とするデバイスには対応していない。

数量限定特別価格:各3,980円(税込み)※Amazonのみ
発売記念特別価格:各4,280円(税込み)

通常定価:各4,980円(税込み)
発売時期/型番:TUN-OT-000031 シルバー 2月 6日出荷開始
        TUN-OT-000032 スペースグレイ 2月 6日出荷開始

製品ページ




[小説]未来を垣間見たカリスマ 〜 スティーブ・ジョブズ 第23話 ラスキンのMacintosh

加賀谷友彦は2016年12月6日、久しぶりに出向いたApple銀座の店頭でiPhoneのホームボタンを押した瞬間目眩にに襲われた…。思わず座り込み気がついたとき彼はタイムワープし40年前のカルフォルニア、ロス・アルトスのスティーブ・ジョブズ家のガレージ前にいた。そして彼はスティーブ・ジョブズらと一緒に働くことになった。
※本編はフィクションです※

■第23話 ラスキンのMacintosh
これまた1981年の年明け早々だったと思うが、クパチーノのとあるコーヒーショップで少々遅いランチ代わりの軽食を取っていたとき、あのジェフ・ラスキンがテーブルの前に立っていた。
「トモヒコさん、ご一緒していいですか」
その髭面の顔からのぞくふたつの眼は少々疲れているように思えた。

「勿論ですよ。私はひとりですから、ご遠慮なくお座りになってください」
私は対面の椅子に座ることを勧めた。
「あなたも一休みですか」
私は話しのきっかけをつくろうと差し障りのない問いを発した。
「ええ、ちょっと資料を探しに出た帰りだったんですが、あなたが店内にいらっしゃるのを見て声をかけさせてもらいました」
ジェフ・ラスキンは教師をしていたとかで心地良い声と明解な話しっぷりの男だった。私は (ああ、ラスキンは音楽家でもあったなあ) と考えながら相づちのつもりで笑顔を返した。

そのときの彼は黒っぽい服を着ていたし、無造作に生えたままにしているような髭もまだ真っ黒だったからどこかの宗教家のようにも見えた。それだけ見かけは温和で紳士だったが内に秘めた熱いものを閉じ込めているのがわかった。
「楽しい話しでなくて恐縮ですが相談にのってもらいたくて」
それまで社内では挨拶程度しかコンタクトしたことがなかったので私はどう対応したら良いかを考えながら、
「まだしばらく時間がとれますから、私で良かったらなんなりとどうぞ」
と返答した。このときラスキンは38歳だったが、年齢よりずっと老けて見えた。

「Macintoshプロジェクトのことなんです」
ラスキンは私と視線を合わせて静かに話を切り出した。
歴史を知っている私はどんな内容なのかはすでに承知していたが、まずは彼がどのような話しをするのかを聞いてみたくてうなずき先を促した。
「あなたはもっともスティーブに近い存在と知っているしジェントルマンだと見聞きしていますので是非アドバイスをと思いまして」
やはりラスキンとてストレートに話しを切り出すのは憚れるようだった。

「スティーブがあなたのプロジェクトの邪魔をしているようですね」
私の方から核心をついた物言いをしてみた。
大きな体のラスキンは小ぶりな椅子に座りにくそうにしながらテーブルに一瞬目を伏せて話し出した。
「ええ、私がするはずだったプレゼンテーションをスティーブは (中止になった) とふれ回って妨害しようとしたこともありました。もともとスティーブはLisaに関わっているときは (お前のプロダクトはAppleのビジネスの邪魔をすることになる) と猛反対でした。しかしご承知のようにLisaチームからスコッティに追放された後、やることがなくなったからでしょう、私のプロジェクトに顔を出すようになりました」

いまではMacintoshはMacと呼ばれ、Apple製品の根幹となっているがそもそもはジェフ・ラスキンがほそぼそと始めたプロジェクトの名前だった。
Macintoshという名はAppleという社名にならい、ラスキンが好きなリンゴの種類であるMcIntosh (和名:旭)から取った名前だったがどうやらラスキン自身なのかあるいは別のスタッフなのかはいまとなっては不明だが、スペルを間違ったのがそのままコンピュータの名前として認知されるようになってしまったといわれている。

「最初プロダクトに反対していたスティーブもしばらく後に顔を出したときには私と同じ考えを持っていたこともあって話しが合ったんです」
私は少々意外だという気がして首を傾げた。
「Macintoshはなにもかも必要なすべてを缶詰のように詰め込んだアドオンなしで使える1000ドル程度の製品を目指しています。マシンの電源を入れたら小難しいコマンドなど入力しなくてもすぐに使えるしポータブル性も高い製品なんです」
オーダーを取りに来た店員にコーヒーを注文したラスキンはグラスの水で口を湿らせて続けた。
「私のMacintoshはApple II のような拡張スロットもありませんしグラフィックスも不要、マウスも採用するつもりはありません。とてもシンプルなマシンなのです」

私は後にラスキンがAppleを去った後、そのラスキンの思いをキャノンで製品化したという「Canon Cat」を思い出していた。1,2度しか触ったことがなかったので詳しい事は知らないが1984年にリリースされたMacintoshに夢中になっていた時期でもあり地味なOAマシンといった印象しかなかった。

ラスキンの声が私の回想を現実に戻した。
「そうしたシンプルさはスティーブの考えている理想のマシンに近いと賞賛してくれました。彼がApple II の拡張スロットに反対だった話しはよく知られてますしね。私のトースターなみに使いやすいコンピュータというコンセプトも気に入ったようでした」

この1981年という年はスティーブ・ジョブズにとって内に抱えた膨大なエネルギーのはけ口を失っていた時機だった。Lisaプロジェクトから外されたものの会長という役職に就任していたし株式公開で莫大な金も手にした。世の中で自分の思い通りにできないことはないといった意気込みだったに違いない。
そうしたスティーブにとってラスキンがこつこつと進めていた小さなプロジェクトは格好の標的だったのだ。

ラスキンは姿勢を正して続けた。
「そもそも私がAppleで働くことになったのはあなたもご承知だと思いますが1977年に私の小さな会社ごとスティーブが買収し私はドキュメンテーション制作を任されたわけです。ですから私はスティーブ・ジョブズという男を毛嫌いするつもりはありませんでした」
すでにテーブルにあるコーヒーは冷めていたが、ラスキンはそれを一口二口飲んで、躊躇いがちにまた話し出した。
「スティーブは最初自分はハードウェアを担当する、だから私にソフトウェアを担当しろといいました。申し上げるまでもなく彼はAppleの会長ですし私は一介のドキュメント部門のマネージャーに過ぎませんから面と向かって拒否するわけにもいかなかったんです」

ラスキンは意識してセーブした話し方をしていたのか、次第に両手をテーブルの前に突きだしながらオーバーアクションも見せ始めた。ただし私は形だけだとしてもCIOの肩書きを持っている人間だからだろう、ラスキンは終始紳士的で丁寧な話し方を崩さなかった。
「確かにスティーブがプロジェクトに加わることは良い面もあったのです」
「あ、聞きました。予算面で援助が増えたとか」
私はスティーブ・ジョブズ本人から聞いた話しを思い出しながら口を挟んだ。
「そうなんです。しかしバレル・スミスが苦労して作ったマザーボードを見ていきなり (CPUを68000にしろ) とスティーブが言い出しまして」

ジェフ・ラスキンは現状の危惧を私に訴えながらスティーブ・ジョブズの介入を阻止あるいは緩和する策はないものかと核心に入った。しかし繰り返すが会長と一介の社員とでは現実問題喧嘩にもならなかったし、社長のスコッティもスティーブがMacintoshプロジェクトに頭を突っ込むのはAppleとして悪いことではないと考えていた。
なぜならLisaの開発にちょっかいを出さないでくれるのであればMacintoshプロジェクトにどのような影響があったにしても大した問題にはならないと考えていたようだ。

私はジェフ・ラスキンを前にして良策を即答できる問題ではないこと、スティーブ側の思惑も確認してなにかできることがあれば知らせようと返事をした。
その後私もCIOという立場からMacintoshプロジェクトの進捗状況に注視していたが、スティーブの参加はチームの士気を鼓舞していることは確かだった。なにしろスティーブは資金を集める力も、数少ない開発用機器やそのスペースをぶんどる力も、そして優秀なスタッフを他部署から引き抜いてくる力も持っていた。

このMacintoshプロジェクトはその年のクリスマス間近になったときその動きが急に激しくなった。何故ならバレス・スミスが68000を使った設計の目処をつけたからだ。これがスティーブの感性を激しく揺さぶった。
68000ならLisaと一緒にGUIもマウスも採用できるはずだしMacintoshはクロックもLisaより速いという。それにLisaは数十人のエンジニアたちが手を染めていたし数枚の回路基板とカスタム・コンポーネントが使われていたものの依然開発に苦慮していた。対してスティーブの目の前のMacintoshは回路基板が1枚で価格はLisaの数分の1で可能なのだ。

それを知ったスティーブはこのマシンは (第2のApple II になる) という確信を得たようだ。さらにLisaチームに、そしスコッティに一泡吹かすことができると踏んだのだ。
Macintoshチームのマーケティング担当だったジョアンナ・ホフマンに近況を聞いたとき彼女は近頃スティーブの目が輝いているといいつつ、
「トモ、確実にジェフに暗雲が立ちこめているわ。私の勘では近々スティーブが実力行使し自分の思うものを手にすると感じるの。だってあんなに地味なMacintoshプロジェクトだったけど今では後光が射しているもの」
少し変わったイントネーション、そして情熱的な高い声のジョアンナは心配そうにしかしどこか愉快だと感じているような複雑な表情をしながら私に語ってくれた。

後年ラスキンを「Macintoshの父」と称する人たちもいるが、ラスキンの思いはその名前だけしか残っていない。コンセプトもデザインもそしてユーザーインターフェースもラスキンの描いたものとはまったく違った製品でしかなかった。そしてことの是非はともあれ1984年1月24日、正式に発表されたMacintoshはまさしくスティーブ・ジョブズのマシンだった。

(続く)

【主な参考資料】
・「パソコン革命の英雄たち~ハッカーズ25年の功績」マグロウヒル社
・「スティーブ・ジョブズの王国」プレジデント社
・「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新報社
・「アップル・コンフィデンシャル 2.5J」アスペクト刊
・「マッキントッシュ伝説」アスキー出版刊




ラテ飼育格闘日記(527)

新年明けましておめでとうごさいます。今年最初の「ラテ飼育格闘日記」ですが本年もどうぞご贔屓に! さて、ラテも新年を迎えるにあたり、綺麗にしてやろうと12月30日に美容室を予約した。以前は今日の今日…といったことも出来たのだが昨今はやはりペットブームなのか思うような日程および時間帯の予約を取るのがなかなか難しい。


体毛も伸びたし特に足先がボウボウ状態になってきた。また同時に爪も伸びたし年末中に是非美容室に連れて行き、綺麗になって新年を迎えさせようという親心ではあるが、ラテはこの美容室行き、動物病院より嫌いのようなのが困りものだ。
現在は数分で連れて行くことができる距離だが、以前の住居のときには片道20分以上かかった。それはともかくそこへ向かう途中でどこに連れて行かれるかを早くも察したラテはリードを引いて抵抗するに留まらず、一番酷い時には3回も脱糞してオトーサンを困らせたりした。

Latte527_01.jpg

※穏やかな表情のラテ


近くなったいまはそういう暇も与えずサッと美容室に連れ込むことを画策するが、時間帯といいオトーサンの態度といい身支度の程度といったもので通常の散歩ではないと判断するのか途中で早くも尻尾が下がってくる。
そしてなによりも困るのが美容室に入ってからだ。オトーサンに抱っこを要求するのはまだしも見るからにブルブルと震えているのを見るとどうにも罪悪感を感じるしそれ以上に困るのは美容室の床にオシッコを漏らしてしまうことがこれまでに2度あったことだ。

美容室ではよくあることのようでオネーサンが「大丈夫ですよ」と手際よく片付けてくださるが、普段そんなことは微塵もしたことのないラテなのだからオトーサンとしては恐縮するしかない。
ということで12月30日の2時に予約を取ったオトーサンは作戦を変更した。それは直接ラテを美容室へ連れて行くのではなく10分程度早めに出て近所の公園あたりを回って偽装工作をすると共にオシッコをさせてから向かおうと考えた。これなら美容室でオシッコすることもないのではないか…と。

Latte527_06.jpg

※寒い朝、久しぶりにお気に入りのワンコと鼻面をツンツン


オトーサンはいつものような散歩の身支度をしてラテと家を出たが、向かった方角は美容室とは違う公園の方だった。これならラテも怖がらないだろうと思ったし、思惑通り公園近くになって早速オシッコをしてくれた。これまた思った通りなので、後は戻りの過程で美容室前を通る振りをしてサッと連れ込んでしまおうと頭でシミュレーションを繰り返す(笑)。

しかし家を出て数分でオトーサンはいつものラテではないことに気がついた。
ラテだけではないがワンコの散歩はとにもかくにもあちらこちらと臭いを嗅ぎ回るのに時間がかかるものだ。例えば数メートルおきに電信柱とか街路樹があったとすればその一本一本毎に立ち止まり、放っておけば数分ずつ臭いを嗅ぎ回ることになる。そんなことをされては散歩にならないし寒さもよりこたえてくるから「ラテ、せめて一本おきにしろ!」などと馬鹿なことをいいながらラテのリードをひくオトーサンなのだ。

それがである…。公園に向かい早くも途中でオシッコをしたからと脇道に入ったが、そこは通い慣れた道であり、いつもなら早速電柱に近寄りツイートを読むラテなのだが今日はスルーなのだ。

Latte527_02.jpg

※オトーサンの偽装工作も見破られたようで早くも尻尾が下がっている


最初はたまたまだろうと思いつつ先に進むが、次の電柱もまたその次の電柱もスルーした。ラテはと見るとアイコンタクトを返したものの真顔である(笑)。早くも尻尾が下がっているし、これは明らかに不審を抱いていることは確かのようだった。
あれだけ普段臭いを嗅ぐのを使命だというようなラテが続いて行きすぎる数本の電柱に一度も見向きもしないのはやはり平常心でない証拠だといえる。
まあ、ばれてしまえば仕方がない(笑)。オトーサンは予定より5分ほど早かったがそのままゆっくりと美容室に向かいラテを連れて入った。

Latte527_03.jpg

※ペット美容室へ...いざ!


ドアを開けると素直に入ったものの後ろ足というか腰が見るからに震えている。そのうちいつものように抱っこの要求だ。受付が済む僅かな時間だけラテを抱きしめてあげた。幸い今回はお店内でオシッコしなかったので助かった…。
店の奥へと連れて行かれるラテとなるべく視線を合わせないようにオトーサンは「よろしくお願いします」と受付のオネーサンに言ってから店を出たが、この瞬間いつものことだが後ろ髪を引かれる思いをする。

2時間ほど経ってお店から「終わりました」との連絡をもらったので早速引取に向かう。カウンターで精算していると満面の笑顔でラテが出てきた。

Latte527_04.jpg

※3か月前より体重が1.5kg減量になっていた


お店の方から渡されたレシート兼報告のメモに寄れば体重は19Kgだったという。3か月前に来たときには20.5kgだったから1.5kgの減量に成功したことになる。確かにオトーサンの努力目標は達成したわけだが、最近ラテの機嫌が悪いときがあるのはお腹が空いているのかと思いこれまた心が痛むが10歳になって20kgを越えては足腰にも支障がくるからという医者のアドバイスもあったので頑張ってみた結果だが、ラテにはえらい迷惑なのかも知れない(笑)。

Latte527_05.jpg

※美容室からの帰り道、初対面の母子から「触ってもいいですか?」と声をかけられた。ラテは子供にはフレンドリーだ


ともかくこれでラテは綺麗になって新しい年を迎えることが出来た。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。



Appleの株券物語

当ブログ連載「[小説]未来を垣間見たカリスマ 〜 スティーブ・ジョブズ」でAppleが株式公開する話しを書いていたとき、構想の概要を友人に話したところ「ところでお前はAppleの株、何株持ってるんだ」という話しになった。株の所有は即いまの価値がどうのとか金額がどうのこうのという話しになるので嫌だが、まあ正月ということであらためて調べてみた。


まず私がAppleの株を購入したのは2000年8月と2003年8月であり、それぞれ一株ずつだ。いや間違いではなくそれぞれ一株だから合わせてもたったの二株ということになる。
そもそも私には株で儲けようとする才覚がないことは自覚しているので本格的に株を買って云々するつもりはまったくなかった。ただし一般的には株を購入しても株券の不発行が当たり前だからAppleの株主だったにせよ株券そのものを所持している人は少ないに違いない。

Share_certificates_02.jpg

※2000年8月に初めてAppleの株を購入(株券は本物)


それは有価証券だから盗まれたり紛失すればそれまでだし管理も面倒だからだ。私はといえばそのApple社の株券そのものが欲しかったのでその本物が手に入るなら一株で良かったのだ。
当時はネットでそうした有名企業の株券を代理購入してくれる企業があったことでもあり気楽に購入しそれを額に入れて飾ってきた。だからそもそも株価が高騰しても売る気はないし(売れるかどうかも知らない)、暴落して紙くず同然になってもこれまたどうということはなかった。

Share_certificates_01.jpeg

※2003年8月には株券のデザインが変わったのでさらに一株購入(株券は本物)


さてそのAppleはこれまで4回株式分割を実施している。株式分割とは、資本金は変えないで一株を細かく分割することで、株式会社が発行する株式の流通量を増加させたいときなどに利用される新株発行の一種である。
現実問題としては、単元単価が高値をつけておりその為に市場流動性が低下しているなどの状況がある場合、株式分割によって単元あたりの単価を縮小させることで市場流動性を向上させる効果を狙ったものだという。

例えば 1 : 3 で実施された場合、1株に対して2株が無償で株主名簿に記載された株主に対し配られることになる。したがって持株数は3倍になるが、理論的に株価は1/3になるので、資産の総額自体は変わらないしすべての株主の持株数が均等に増加するので持分比率の変動もないという理屈になる。無論分割後の株価の変動はそのまま株主の損得に直結する (ウィキベディアを参考)。

繰り返すがAppleの株式分割は以下のように4回実施されている。

・1987年6月 株式1株を2株に
・2000年6月 株式1株を2株に
・2005年2月 株式1株を2株に
・2014年6月 株式1株を7株に

前記したとおり、私が購入した時期、タイミングからして1987年と2000年6月の株式分割は関係ない。2000年8月と2003年8月に一株ずつ買った計2株がまず2005年2月に実施された1: 2の株式分割に関係する。
この株式分割により私の持ち株数は4株となったことになる。さらに2014年6月9日に実施の1: 7の株式分割時には28株の持ち株になった理屈だ。これが現在のところ、私の総持ち株数である。

ついでに野暮な話しを続けるがAppleの株価を調べると2016年12月30日現在、115.82 USD だというから持ち株の総額は3,242.96 USD となり、2017年1月2日現在の1米ドル = 117.302053円 というレートで計算すれば 380,399円という結果だ。
まあまあそれぞれ一株を買った時期に例えば100株ずつでも手に入れていたら今頃はバラ色の人生だったかも知れないが(笑)、そもそも株で儲けようという才覚と意欲がないのだから私にはあり得ない話しで "たられば" そのものが成立しない。
その他、株券と言えば同じ要領で PIXAR社の株券も一株持っている。これもご承知のようにディズニーに併合したが、私には貴重な資料なのだ。

Share_certificates_03.jpg

※2005年11月に購入したPIXARの株券。これも一株だ(株券は本物)。これにはスティーブ・ジョブズのサインがある


※なお以前Twitterでツイートした際には上記より多い額を記したが計算間違いだったのであしからず。


[小説]未来を垣間見たカリスマ 〜 スティーブ・ジョブズ 第22話 株式上場


スティーブ・ジョブズは未来のテクノロジーを時代の最前列で考え見つめてきたといわれている。しかしその陰には2016年12月6日、アップル銀座のエントランスから40年前のカリフォルニア、ロス・アルトスにあるスティーブ・ジョブズ家のガレージ前にタイムワープしたひとりの男の存在があった。
ー 優れたビジョナリーといわれたスティーブ・ジョブズ。その若かりし時代の秘密に迫る!ー
※本編はフィクションです※

■第22話 株式上場
Appleはビジネスが拡大していく中で正式な株式上場前にも二度資金調達をした。ゼロックスを含めた1979年8月とは別に1980年11月にもかなり大規模な資金調達が行われた。すべてApple II の成功が多額の資金調達を可能にしたのだ。その二度目の資金調達の際にもゼロックス社は80万株を取得している。

そしてAppleは1980年12月12日に念願の株式上場を果たした。これらによりスティーブは若干25歳で2億5600万ドルの個人資産を手にした。
ただし (金のためにビジネスをはじめるわけではない) と言っていたスティーブだが、大富豪となると冷酷非情さがより目立つようになったのも事実だ。

Appleでは株式上場で300人ほどが大金持ちになったがスティーブは起業時から苦楽を共にしてきたダン・コトケ、ビル・フェルナンデス、ランディ・ウイギントン、クリス・エスピノサなどには株式を与えようとはしなかった。
私はどうしても納得できずに、株式公開のスケジュールが決まった一週間後だったかスティーブの自宅で二人きりになった際になるべくリラックスした雰囲気を壊さずに聞いた。
「スティーブ、なぜ君は友達のダンなどに株式を譲らないのかい」
スティーブは一瞬私に対して珍しく不機嫌な表情を見せたが、
「ああ、悪い悪い。トモ、君に不快な思いをさせるつもりはないんだ。ただいきなりの質問だったからな」
いいわけと繕いが見え見えの態度でスティーブはソファーに座り込んだ。

「まず、いっておくけど」
両手の指先を合わせながらスティーブは私を見据えて話し始めた。
「トモ、君には相応の株式を渡すよ。マイク・マークラに指示しておいたから数日後に連絡がいくだろう」
なんだか口止め料のカウンターパンチを喰らったようにも思えたが、
「いや、かっこうをつけるつもりはないが、私は毎月のサラリーで十分感謝しているよ。しかし創業時から苦楽を共にしてきた仲間ちたが落ち込んでいるのを見るのが辛いんだ」
これまた私の正直な気持ちだった。2016年からタイムワープした私はいつ戻れるかはともかく、一生この地で骨を埋めるつもりはなかった。だから金を貯めて…といった意識はなかったから正直欲もなかったのである。

Share-certificates1215.jpg

※Apple Computer社時代の株券(本物)。筆者所有


私の視線をはずしたスティーブは大きなため息をつきながら天井を仰いだ。
「トモ、理由はあるんだよ」
少し間を置き口を開いた。
「君があげた奴らは確かに創業時からの従業員だが、かなり長い間...というより彼らは近年まで時給で働いていたんだよ。いわば正規雇用者の扱いではなかったわけだ」
再び息を吐き、
「それに、株の譲渡に関しての最終決定権は俺ではなくマイクやスコッティなんだよ。俺は社長ではないからな。それに、ダンやランディらは大金を持つには若すぎるよ」

私は言いたいことは山ほどあったが、スティーブの言い訳は言い訳にもならないその場逃れに思えたから反論しても意味がないことを察知した。企業としての決定権うんぬんは確かにスティーブのいうとおりだが、筆頭株主はスティーブだったし彼が株譲渡相手を選んだ事は知られていた事実だった。
第一先ほど私に言った台詞 「マイク・マークラに指示しておいたから数日後に連絡がいくだろう...」という事実はスティーブ自身の権限でことが運ぶことを証明していた。
さらにダンやランディが大金を持つのには若すぎるというなら自分はどうなんだ...と言いたかったが、彼は理論然とした考えを持っているとは思えなかったから言い争っても益はないことは明らかだった。
私には株式を渡さないのは ( 渡したくないから )という感情論というか自分の力を見せつけたいからのようにも思えた。

このストックオプションに関してはロッド・ホルトもスティーブの不公平さに怒っていた。だからある日、ロッドは見るに見かねてスティーブに提案した。
「俺ら二人で少しずつ持ち株を出し合い、コトケにも分け与えたらどうか」と。
しかしこの提案にもスティーブ・ジョブズの反応は冷淡だった。
「そりゃあいい提案だねロッド。では僕はゼロ株を奴に渡すよ」
それがスティーブの返事だったと後にロッドはため息交じりに話してくれた。
結局ロッド・ホルトはダニエル・コトケに気持ちだといって自分の株を100株無償で譲り渡したらしい。

数日後、昼食の場で一緒になったウォズに私は珍しく愚痴を言ってしまった。
「トモ、あなたがジョブズのことで愚痴るなんて珍しいな。というより初めてだろう」
ウォズはいつも以上に優しかった。それに今日はどうしたのか、髭をきれに刈り込んだ姿のウォズは気の毒そうに私を見つめた。
「辛くてさ...ウォズ。クリスやランディらの顔をまともに見られないんだ」
ウォズの大きく毛深い腕が私の肩にまわされた。30歳の若者にいいジイサンが慰められているシーンは自分でも情けなかったが、こればかりは私がいくらあがいたところでどうしようもなかった。
「大丈夫だ、トモ。僕に考えがあるんだ。できればあなたにも手伝って欲しいな」

ウォズから聞かされた計画は考えもしなかったことだった。
ウォズは株式の公開直前に自分所有のオプションから2000株ほどずつ、今回の恩恵に与れなかった功労者たちに株を譲るのだという。それらのリストにはダン・コトケ、ビル・フェルナンデス、ランディ・ウイギントン、クリス・エスピノサなどが含まれていると聞き私は気持ちがかなり楽になった。

「ウォズ、私が手伝えることは大したことはないだろうが是非なんでも言ってほしいな。ただしジョブズと衝突したくないから堂々と手伝うわけにはいかないんだ」
私が後ろめたそうにいうと、
「勿論わかってるさ。受付のシェリーにまとめ役を頼んであるから後で彼女と相談してよ」
ウォズは私の肩に回した太い腕を再度揺すりながら、
「元気出してよ、トモ」
といいながら自分のオフィスに戻っていった。
「ウォズのギフトがなかったら,僕はいまだに家も持てなかったよ」
 後年、ダン・コトケは機会がある度にそんな話しをしていたという。

数日後、スティーブの留守をいいことに私はシェリーのところに話しにいった。
「ああ…トモ、ウォズから聞いているわよ。2人で秘密裏にリストアップと株式数などの検証をしましょうね」
シェリーは嬉しそうにいった。
「なんか、気持ちが晴れるよ。君と2人でウォズのプランを実現するのはね」
シェリーは突然目を輝かせ、
「トモ、それいいわよ。この計画のタイトルは “ウォズ・プラン” に決まりね」
思わず私は自分の唇に指を当てて「シェリー、声が大きいよ」といわなければならなかった。

ただしスティーブ・ウオズニアクという人物はお人好し過ぎた。もともと金銭に興味はないのに一躍大金持ちになったのでその処遇に困惑していた。結局「金というものは持ったまま死ぬより金持ちとして生きるべき」というサミュエル・ジョンソンの金言どおりに暮らそうと考えたようだ。しかし自分の財産にも開けっぴろげだったから騙されるべくして騙されることが多かった。

見知らぬ人から援助を申し込まれればすぐに小切手を切るといったこともした。
私は余計な事かと思ったが見かねてウォズのオフィスに行き、
「ウォズ、是非財務の専門家を雇うべきだよ」
といった苦言をいう羽目にもなったが、スタートアップした会社に投資をしたりポルシェを買いそのナンバープレートを “APPLE II”にして悦に入っていた。
しまいにはどこかの弁護士に勧められたとかでサンノゼのイーストサイドにあった映画館まで買わされ結局お荷物となった。

ある日、マイク・マークラと顔を会わせたとき、
「まったくウォズはお人好しだけでは済まないぜ、トモ」
と苦笑しながら教えてくれたことがある。
どうやらウォズの父親から電話があったらしい。息子に注意をしてくれと、何だか小学生に対する物言いのようだったとマイクは笑った。
「まあ、いくつになっても父親は父親だし子供は子供ってことだな」
マイクは優しい表情をしながら続けた。
「トモ、奴の車の中に現金化していない25万ドル分の小切手が散らかっているのを父親が見つけたと言うんだ。まったく常識というか我々の感覚とズレているよ」
「で、ウォズにはなんていったの、マイク」
私は興味を持って聞いてみた。
「ウォズ、金がいらないなら俺が貰うからもってこいといったよ」
マイクは冗談をいいながらも、ウォズが犯罪に巻き込まれるような事態になる事を懸念していたのだ。

ところで非情なスティーブ・ジョブズも身内には優しかった。
両親のポール・ジョブズとクララ・ジョブズに75万ドル相当の株式を送ったが、2人はその一部を売り、ロスアルトスの家のローンを完済した。
スティーブ自身もすでにヒッピーの面影など微塵もなくなっていた。
髪を整え、高級紳士服店で求めたスーツやシャツを着こなした姿は男の私が見ても素敵だった。また高級住宅街のロスガトスに家を買いバーバラ・ヤシンスキーという絶世の美女と暮らすことになるらしいという噂も聞いた。どうやら私には言いにくいのか、直接の話しはまだなかった。

私はこれは居候から脱却するチャンスだと思い、スティーブが贈ってくれた株式の一部を売却して小さな洒落た住居を確保することにした。株式全部を売れば小さな家なら買えたものの根無し草の身としては無駄に思えたから一軒家を借りることにした。
スティーブは私の独立に目立った反対はしなかった…というよりどこか自分が追い出したといった負い目を感じていたらしい。
だからだろうか (トモ、トモ) と前以上に私を当てにしてくれたし引っ越しした翌月には住宅費用補助のつもりなのか給料が増えていた。

年が明けた1981年2月7日、一本の電話がApple全体を揺るがした。Appleに近いスコッツ・バレー空港でウォズの乗った四人乗り自家用飛行機が墜落したというのだ。ウォズは飛行機の操縦を習い始め、結局単発のビーチクラフト・ボナンザを買ったのだ。どうやらそれが墜落したらしい…。
私はそのことを知ったとき、私の肩に腕を回して慰めてくれたウォズを思い出して嗚咽しそうになったが辛うじて我慢した。

一報を受けたスティーブ・ジョブズとマイク・スコットそして私の3人が急遽病院へ向かうことになった。
マイク・マークラやロッド・ホルト、それにランディ・ウィギントンらも行きたがったが病院に大勢で駆けつけるわけにはいかなかったし会社自体も急務のあれこれが重なっていた。
「わかった。では僕は留守番役を買って出るよ。後で詳しく教えてくれ」
マイク・マークラはわざと落ち着いた態度で自分を納得させていたが無意識にか両手で髪を掻きむしっていた。

病室に飛び込んだ我々はウォズが意外に元気そうなのにまずはホッとした。
スティーブは、
「トモ、悪いがマークラらにウォズは大丈夫だと電話してくれないか」
と気遣いを見せた。Appleの社員全体が固唾をのんでウォズの状況を待っているからだ。
「わかった…」
私は病院の待合室まで駆け下りて早速マイクにウォズが無事なことを伝え、病室へとって返した。

ウォズは顔に切り傷を負い無残な姿だったがそれ意外大きな外傷はないように思えた。しかしさすがにショックのためか自分がどのような状況にあるのかわからずボーッとしていた。
「ウォズ、どうだ俺が分かるか」
スティーブはベッドに寝ているウォズに向かって声をかけた。
「ああ、分かるとも」
笑顔を作ろうとしたのだろうが、傷で痛々しいその表情は無残だった。しかしウォズ自身もわからなかったが重度の健忘症となっており事故の前日までの記憶しかなく自分が飛行機事故に遭ったことさえ認識できていなかった。

ウォズの怪我が完治するには1ヶ月ほどかかったが、彼はAppleにすぐには戻りたくなかったらしい。
退院の挨拶のため久しぶりに会社へ顔を出したウォズに受付係兼秘書のシェリーは半べその表情で抱きついた。
「おいおいシェリー、恥ずかしいよ」
ウォズは照れながらエントランスに集まった数十人の社員や役員たちに笑顔を見せた。帰りがけにちょうどスティーブが留守だったからか私のオフィスに立ち寄ってくれた。
「トモ、正式なことが決まったら皆に報告するけど僕はしばらく会社を離れて大学へ復学するつもりなんだ」
なんて反応して良いかわからない私は、
「仕事は問題ないのかい」
どうにも場違いな反応しかできなかったが、すでにウォズは自分が仕事の中心に座ることを意識的に避けていたことを知っていた。
「また来るよ、スティーブによろしくな」
ウォズは大きな背中を見せてオフィスを去って行った。

(続く)

【主な参考資料】
・「パソコン革命の英雄たち~ハッカーズ25年の功績」マグロウヒル社
・「スティーブ・ジョブズの王国」プレジデント社
・「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新報社


広告
ブログ内検索
Related websites
Macの達人 無料公開
[小説]未来を垣間見た男 - スティーブ・ジョブズ公開
オリジナル時代小説「首巻き春貞」一巻から九巻まで全公開
ジョブズ学入門
ラテ飼育格闘日記
最新記事
お勧めの新旧記事
カテゴリ
リンク
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

appletechlab

Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。続けて2017年7月1日「小説・未来を垣間見た男 スティーブ・ジョブズ」を電子書籍で公開。ゆうMUG会員