CD「美空ひばり・トリビュート」を久々に聴く

先日、久しぶりにCDの整理をした。本来なら昨年末に大掃除の一環としてやろうと考えていたものの諸々の事情から延び延びになっていた。忘れかけているアルバムも多々あったが一枚のCDジャケットを手にして購入した当時を思い出した。そのCDのタイトルは「美空ひばり・トリビュート」。2000年にリリースしたアルバムである。早速聴き始めたが、何故か涙が止まらなくなってしまった。


■美空ひばりと私
「美空ひばり」という人物は私などがあらためて解説する必要はまったくない昭和を代表する国民的歌手である。総理大臣の名を知らなくても彼女の名を知らない人はまずいないに違いない。
さて彼女のファンにはお叱りを受けることになるが、私は美空ひばりという歌手を好きではなかった。なぜそういう感情を持ったかについては自分でもよくわからない。しかしCD付属のライナーノートの中で宇崎竜童がいみじくも書いていることに一脈通じるのかも知れない。

彼は自分の小さい頃を振り返り「...ラジオから聞こえてくる『波止場だよ、お父つぁん』や『港町十三番地』などを鼻で笑うアメリカかぶれのロックンロール・マセガキなのであった」と書いているが私もその気持ちはよく分かる。プレスリーやビートルズの時代をリアルタイムで過ごしてきた一人として.....。

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※CD「美空ひばり・トリビュート」。2000年7月リリース、日本コロムビア(株)


とはいえ私自身の少年時代は決してクラシックやロックの中で育ったのではなく大正琴とか三味線の音色で感性を磨いたという事実が宇崎竜童とは違うところだ。
小学校低学年から母の趣味で三味線を習わされ、性が合ったのか高校一年生くらいまで習い続けたものだ。近所の崖下に住んでいた"お師匠さん"は子供の私には単なるオバサンであったが芸者あがりで若い時分にはたいそうな美人であったという。そして「若旦那、お稽古だよ!」などと声をかけてくれてそれは可愛がってくれた。

そういうわけで艶っぽい唄の意味も分からないころより小唄・長唄・端唄・清元・新内などなどを習っていたのだから、例えばコブシの美意識は理解していたというより好きな方であった。ただし高校生ともなると興味の対象は俄然異性であり「三味線よりギターの方が女の子に持てるだろう」という意識が強かったのか、クラシックギターをやりながらもフォークソング同好会を作ったりエレキギターを振り回すようになった。

さて話を美空ひばりに戻せば、なぜ美空ひばりが嫌いだったのか。あえてその原因を突き詰めれば宇崎竜童と同じある種の西洋かぶれがその原因のひとつだったろう。しかしそれよりも彼女が子供の頃、シルクハットに燕尾服を着て歌う小生意気な姿に違和感を感じたし、後年の彼女の歌は "コブシ" ではなく"ドス" が利いている気がして正直不快を感じていた。
したがって私は美空ひばりという一人の歌手については特別な思いはないつもりだったが、何故か「美空ひばり・トリビュート」が目につき、気がついたときにはお店のレジに並んでいたのだから不思議である。
あらためてCDを一曲目から聞き出したが、お恥ずかしい話...涙があふれ出てきて止まらないのだ。CDに合わせて詩を口ずさみながらも涙が後からあとから出てくる。自分でもこれは何なんだろう?といぶかしく思ったほどだ。

■「美空ひばり・トリビュート」とは
あらためて説明することもないだろうがこのCDタイトルの "Tribute" とは「捧げる」とか「賛辞」といった意味。もう少し柔らかくいえば「贈り物」といった意味だろうか。
「美空ひばり・トリビュート」(発売元:日本コロムビア)のCDは美空ひばり自身が歌うタイトルではないのだ。このCDは彼女を偲び、彼女の残した功績を振り返りながら、現在多方面で活躍しているアーティストたちに美空ひばりのヒット曲を新しいアレンジで歌わせようという企画である。

参加しているアーティストたちを列記すれば、谷村新司、ANRI、Kahimi Karie with Arthur H、南こうせつ、泉谷しげる、PIZZICATO FIVE、篠原ともえ、さだまさし、森山良子、Dribble Water Feat.HIBARI、中西圭三、五島良子、宇崎竜童そして杏子であり、まさしく大変個性的でバラエティに富んだ人たちだ。
またそれぞれのアーティストたちにはなかなかピッタリな選曲がなされているが様々な立場からのアプローチであるにせよ、皆喜んでこの企画に参画しているのがよく分かる。

私の一番のお気に入りといえば宇崎竜童の「悲しき口笛」である。ベースの利いた小気味の良いリズムとヴァイオリンに乗ってあの渋い声がからんでくる。編曲は宇崎自身である。
「丘のホテルの 赤い灯も...」と歌い始めるところから宇崎節そのものだが、泥臭い歌い方の太い声がなぜかとても優しく聞こえてくる。
また谷村新司の「悲しい酒」もなかなか聴かせるし、さだまさしの「港町十三番地」も少々軽いが素敵である。それからワルの印象で知られている(笑)あの泉谷しげるが歌う「私は街の子」も街中で歌っているような録音と共にその歌もシブくて大変良い。

こう列記してみると私が気に入った歌は皆男性歌手のものばかりなのに気がついた。女性歌手のレパートリーもANRIの「愛燦燦」、篠原ともえの「お祭りマンボ」、森山良子の「リンゴ追分」など聴くに値する曲もあるのだがどうも一人の男として宇崎とか泉谷の歌声に自分の人生をオーバーラップしてしまうようだ。それに女性歌手だと無意識にも美空ひばり本人と比べてしまうのではじめから些か興ざめなのだ…。
なお「美空ひばり・トリビュート」のフィナーレの企画が面白い。曲は「川の流れのように」であるが、ひらばりを含め参加者11人で歌うという、ちょうどあの”We are the world” 風な企画になっている。勿論同時録音ではあるまい。これだけのアーテイストたちのスケジュールを一同に会することはできない相談だろう。しかしその結果はなかなかよくできていてフィナーレに相応しい楽しみ方ができる。

■演歌の血は歳と共に濃くなる?
この「美空ひばり・トリビュート」だが、実は同時に「美空ひばり・トリビュート/オリジナル・セレクション」というタイトルのCDがリリースされている。タイトルが紛らわしいがこちらは "オリジナル" と付いているだけに「美空ひばり・トリビュート」と同じ選曲、同じ曲順で美空ひばり本人が歌っている。ここは是非とも「美空ひばり・トリビュート」で歌っている原曲のイメージを知りたいと考えて一緒に購入してある。しかしこの企画はなかなかに旨い...。どうしても二枚両方を聴いてみたくなる...。

早速聴いてみると半分くらいは古い音源を使用しているためにパリパリと針の音が聞こえる曲目もあるがそれが妙に懐かしい。繰り返すが彼女のレコードやCDなどはこれまでただの一枚も買ったことがないのだがさすがは国民的歌手、私の脳細胞のどこかにも美空ひばりの歌声が記録されているようでホントに懐かしく、何というか呆然と聞き入ってしまっている自分に苦笑する。ただし当然といえば当然だが、「美空ひばり・トリビュート」のそれと比較すれば宇崎竜童の「悲しき口笛」他数曲以外の大半はさすが本家の美空ひばりの方が良い...というか上手い。

「美空ひばり・トリビュート」に魅せられ涙する自分を分析すれば、普段バッハだのモーツァルトなどといっても歳を重ねるほどいわゆる地唄というか演歌の血が表に出てきているのかも知れないとあらためて気がついた。そして彼女が嫌いだった私の心理をもう少し深く分析すれば、結局同質な気質を持つ自分自身に向けられた嫌悪の裏返しだったのかも知れない。

【美空ひばりメモ】
1937年5月29日横浜で生まれる。本名は加藤和枝。幼い頃から芸能好きの父の影響で大人のものまねを始め1946年に生地の横浜でデビューしたという。その後コロムビアに入社し第一作は「河童ブギ」。その後「悲しき口笛」(1949)、「リンゴ追分」(1952)が大ヒットし天才少女歌手として大きな話題となった。以来多くのヒットを生み、歌謡界の女王といわれるに至る。また映画にも数多く出演し映画「悲しき口笛」、「東京キッド」などは主題歌ともども大ヒットした。
1965年「柔」で日本レコード大賞受賞。総レコードの売上枚数は4,000万枚以上ともいわれいまだにナンバーワン。晩年に吹き込んだ「川の流れのように」はまだ記憶に新しい。
1989年6月24日没。死後に国民栄誉賞が追贈された。

※本稿は以前Mac Fan誌に連載した「松田純一の好物学」の原稿を再編集したものです。




ラテ飼育格闘日記(534)

少しずつ春が近づいているように感じる今日この頃。気温の高下は激しいがいわゆる三寒四温と思われるし日の出は僅かに早くなったし日没も遅くなった。しかしオトーサンとラテの散歩はそんな変化など関係ないように日々きちんと行われている。


オトーサンのギックリ腰はまだ完治していない。やはり加齢が原因なのだろうがこれまで以上に治るのに時間がかかっている。それに痛い腰をかばいながら歩いていたからか、左足の膝が痛くなってしまった。仕方がないので腰と膝にシップ薬を貼り散歩を続けている。

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※ラテは寒さもなんのその、お陰様で元気だ


ともかく日中のラテはほとんど寝ているわけで朝夕2回の散歩は何ものにも代え難い楽しみに違いない。単に外の空気に触れるとか草や土の感触を楽しむというだけでなく、周囲の臭いを嗅ぎ分けることは勿論、行き交う人たちやワンコたちとの好き嫌いを別にした触れ合いを楽しみにしているのだろう。
そう認識しているオトーサンは腰を曲げ、足を少々引きずりながら今日も寒空にラテと出かけていく…。

そういえば「春眠暁を覚えず」でもないだろうが、朝のラテは惰眠をむさぼっている。オトーサンたちが起きて着替え、朝食の支度をしているときも寝ていることが多い。特にオトーサンが脱いだパジャマの上着を腰や背中にかけてやるとその臭いと残っている体温に安心するのか「ラテ、ご飯だよ」と起こすまで寝ていることも多い。
呼ばれて背中にパジャマを引きずったまま伸びをしてのったりと起きてくる。

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※オトーサンのパジャマの上着を羽織って惰眠をむさぼるラテ


オカーサンの仕事の関係で朝の散歩はパターンが違ってくるが、今日の朝はまたまた学童たちの通学時間にシンクロしたようであちらこちらから「触ってもいいですか」といった声がかかる。
また今日はラテが大好きな女子が学校の校門まで一緒に歩いてくれたので嬉しさを身体全体で表しているのが面白い。
土地盛りしてある場所にオトーサンの手にあるリードが引きちぎれるほど引っ張って駆け上がり、乾いた土を両前足で掘ったりしてはしゃぐのもその視線の先に女子の姿があるからだ。見せびらかすというよりこれも遊びとしてのラテの自己アピールなのだろう。

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※登校中の大好き女子に出会ったラテは早速チューだ


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※大好きな女子と公園で会った際のラテの表情を見ればそのメロメロさがわかる(笑)


時にその女子とチューをしたりしながらラテは至福のひとときを過ごしたが、行き交う学童たちの反応が面白い。
「オオカミだぁ」とか「でっかすぎじゃね」などなど好き勝手な声が飛び交うがラテはご機嫌だ。そんな中、学校の校門でお馴染みの女子たちと別れてオトーサンとラテは直進したが、すぐ小学一年生とみられる女の子2人に「触ってもいいですか」と聞かれた。
オトーサンは「ありがとう。仲良くしてください」と返事をしたが早速女子たちはラテの頭や背中を撫でて喜んでいる。無論こうしたことは多々あるわけだが、その後の女子たちの対応が珍しかった。

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※2人の女子は「ワンちゃん触らせてくれてありがとうございました」と丁寧な挨拶をして校門へ入った


「ありがとう」とか「バイバイ」といって去って行く子供はいるがその女子たちは「ワンちゃん触らせてくれてありがとうございました」と丁寧な挨拶をしてくれたのだ。オトーサンは「こちらこそありがとう。またよろしくね」といいながらラテのリードを引いたが、きっと親御さんたちが素敵な方たちなのだろうとホンノリ暖かく嬉しい気持ちになった。

嬉しいといえば2月14日、オトーサンにとってこれまたとっても嬉しいことが起こった。その日は申し上げるまでもなくバレンタインデーである。とはいえ現役時代ならともかくいまでは女房からチョコレートを渡されるだけだ。
そんなオトーサンだが、その日の夕方にいつもの公園にラテと散歩に出たらお馴染みファミリーの母親から「これ○○からです」とチョコレートのボックスが入っている袋をいただいたのである。

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※オトーサンはチョコレートをいただきました!


いつもラテと遊んでくれる女の子がラテのオトーサンにチョコレートを渡して欲しいと母親に哀願したらしい。予想もしなかったことだし嬉しいというより涙ものだが、女の子の思いとはいえ予算はきっと母親から出てるに違いないし(笑)恐縮しつついただいた…。

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※ラテは早速ファミリーの母親に飛びついた


いやはや妙齢の女性からチョコレートを貰ったことはあったが(義理チョコ)、今回はオトーサンの人生で最年少の女子からのチョコレートである。
では当の女の子はどうしたのかとお聞きしたら、目的の男子のところにチョコレートを渡しにいったという(笑)。
翌日同じ場所で遊んでいる女の子に「昨日はチョコレートありがとう」とお礼を言ったら「あの、お返しはいらないからね。いつも写真をもらってるし…」と早くもこちらの負担を軽くしようとの心づもりか釘をさされた(笑)。

まあ、大人の男性の端くれとしては「はいそうですか、ありがとうね」ともいかないが今年小学三年になる女の子にホワイトデーのお礼といってもオトーサンは頭の中が真っ白で考えもつかない。しかしこうしたことで頭を悩ませるのは嬉しいことだとつくづく感謝しつつ機嫌の良いラテと共に家路を急いだ。



ナカバヤシ「簡易パーティション クロス張り」を撮影のバックドロップとして使う試み

室内でのブツ撮りのため仕事部屋に常設の小さな撮影場所を用意していることは以前「当研究所の簡易ミニ・スタジオ公開」でご紹介した。それは現在でも日々役に立っているが申し上げるまでもなくこの設備で撮影できるものはガジェット類のような小ぶりのアイテムでしかない。


この簡易ミニ・スタジオでは役に立たないアイテムの撮影もままあるが、その最たるものは自分が造形したマネキンの撮影といった場合だ。そうしたサイズの大きなものの撮影時には別の部屋にバックドロップのための背景スタンドを設置し、撮影用背景布と照明を複数配して目的を達成している。
この設備は高さと幅共に2メートル程度にすることもできるため人物撮影も可能だが、唯一の欠点は設置と片付けが面倒なことである。

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※ナカバヤシ製「簡易パーティション クロス張り」グレー PTS-1680N


左右のスタンドを組立、背景幕をぶら下げつつそのポールを組み上げることは難しいことではないがそれだけでは済まない。照明器具も通常最低二組、場合によっては三組を仕事部屋の収納位置から組み立てたバックドロップの場所に置き換える必要もあるし、当然のことながらカメラを三脚にセットするとなればそれなりのスペースや距離も必要だ。したがってそうしたあれこれを頻繁にやろうという気もおきないがそれでは作業に支障をきたす。

無論理想はこうした撮影設備を常設利用できるスペースがあればよい理屈だが現実問題としては難しい。しかし何とか仕事部屋のレイアウトを工夫してみようと考えたものの組立式のスタンドはスペースを必要とするし煩雑だ。そんなことを考えていたとき、ふと思いついたことがあった。
そもそも今回仕事部屋のレイアウトを変える際にシンプルな間仕切り...パーティションをひとつ買おうかと考えていた。そのためにネットであれこれと調べていたところパーティションの素材が布製/クロス張りの製品があることをあらためて知り、表面の出来とカラーが適切なら撮影時のバックドロップにも使えるのではないかと思って試してみた...。

購入したパーティションはナカバヤシ製「簡易パーティション クロス張り」グレー PTS-1680Nという製品で幅80cm×高さ160cmといったサイズのものだ。他に幅80cm×高さ120cmと幅120cm×高さ160cmがあるが幅120センチが理想にしてもその幅のスペースが取れないので幅80cm×高さ160cmにした。
製品は組立式で外枠のパイプはスチールに粉体塗装を施したものだが、クロスはポリエステル製だから汚れたら洗濯可能で中温度でのアイロンも使える。なお本体重量は4.2kgと見た目より軽い。

その組立も説明書に沿って行えば簡単だ。ベースパイプ2本にそれぞれ2つずつのアジャスターを取り付けた後、縦パイプをベースパイプにネジ留めする。そうして組み立てた左右2本の縦パイプの上下を間口パイプ(橫棒)で補強し最後にクロスを上から被せればOKだ。

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※ベースパイプにアジャスターをつける


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※ベースパイプと縦パイプを接続(2組)


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※縦パイプの間を上下に間口パイプでつなげる


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※組み立てたパイプにクロスを被せる


ただしポイントは2つある。
ひとつはベースパイプと縦パイプとのネジ留めだが、もともとベースパイプは複数のパーティションを繋いで使用することも含め、角度を付けた設置も想定している。したがってきつくネジ留めしても動きやすいというか緩みやすいが反面設置場所でベースパイプがフレキシブルな位置で使えるため(パーティションが安全に立つことが重要だが)狭い場所や床にあれこれと物が置いてある場合には便利かも知れない。

2つめのポイントはクロスのことだ。ぴったりと設置しても布製なので皺が目立つ場合があるかも知れない。その場合にはあらかじめ中温度でのアイロンをかけることでより見栄えがよくなる。
ちなみに私は被せた後に、ハンディースチーマーで目立つ皺を伸ばしたがパーティションとしては勿論、バックドロップとしても皺はないほうがよい。

さて、パーティションをバックドロップに使うなどプロフェッショナルから見れば実にいい加減なアプローチだと批難されるかも知れないが、ある意味これは私のようにマネキンの上半身などを撮るには大変使いやすいのである。サイズが幅80cm×高さ160cmだから生身の人間を撮るには小さいがアングルが限られる被写体の場合はほとんど問題は生じない。

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※こうした背景を抜く撮影にも最適のようだ


また撮影後、フォトレタッチソフトで背景を合成処理するのが一般的なのでグレーのクロスはまずまず都合が良いし、簡易的な背景布を設置した場合のようにいたずらに皺が気にならないのもよい。なお今回私が求めたのはグレーのクロスなわけだが他にブルー、ベージュ、ライトグリーン、ライトブルーのバリエーションがある。
勿論来客があったりした場合には一部のコーナーを隠す役割も果たしてくれる ^^;
これは役に立ちそうだ。







インスタグラム、1つの投稿に複数の写真や動画をシェアできる機能を導入

インスタグラムは2月22日(米国時間)、1つの投稿に複数の写真や動画をシェアできる機能を発表した。今回のアップデートによって、最大10件の写真や動画を組み合わせ、スライドショーのような形式でフィードに投稿することができるようになる。


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料理のレシピをステップ順に紹介したり、旅先の思い出を1つの投稿としてまとめて投稿するなど、従来のように思い出に残したい写真や動画を絞り込む必要はない。これらの投稿は、左右にスワイプすればページをめくるように閲覧できる。

△ 本機能の利用方法は以下の通り。
  ・通常、フィードに写真や動画を投稿するときのように、画面中央の投稿ボタンをタップし、右下に新しく設置されたアイコンを選択すると、複数の写真や動画をシェアできるようになる。
  ・選択した写真や動画すべてに一括でフィルタをかけたり、個別に編集するなど、クリエイティビティを発揮して自由に編集することができる。
  ・1件目に投稿される写真または動画がカバーとして表示される。また、それぞれのコンテンツを長押しすると、順序を変更または消去することができる。
  ・投稿に追加できるキャプションや場所を示すロケーションタグは1つ。同じく「いいね!」やコメントも投稿全体に対してすることができる。友だちや知り合いをタグ付けする場合は、それぞれの写真や動画にすることができる。
  ・この機能を使用した投稿は、フィード画面では画像の下に青いドットが表示されるため、左右にスワイプできることが分かるようになっている。

機能の詳細については@instagramjapanからも確認できる。また投稿方法についてはこちらの動画をご参照ください。



Apple Parkを社員向けに4月オープン

Apple Japanは2月22日、米国本社を広さ175エーカーの新キャンパス、Apple Parkへの社員の移転を4月から開始することを発表した。総勢約12,000名の従業員の移転には6カ月以上かかる見込みで、社屋および敷地内の建設は引き続き今夏いっぱい行なわれる予定。


スティーブ・ジョブズが創造とコラボレーションの拠点たれと思い描いたApple Parkは、サンタクララバレー中心部の何マイルにもおよぶアスファルトの町を、やすらぎをもたらす緑地へと変貌させたもの。円環状をした280万平方フィートのメインの建物の外装は、世界最大規模の曲面ガラスですっぽりと覆われている。

もし存命していればスティーブは、今週金曜日の2月24日で62歳になっていた。スティーブの記憶と彼がAppleと世界に与え続けている影響に敬意を表して、Apple Park内のシアターはSteve Jobs Theater(スティーブ・ジョブズ・シアター)と命名される予定。今年後半オープン予定の同シアターは席数1,000の大ホールで、入口の高さが20フィート・直径165フィートのガラス製の円柱がメタリックカーボンファイバー製の屋根を支えている。Steve Jobs TheaterはApple Park内で最も高い丘の上に位置し、キャンパス内の緑地とメインの建物を見下ろしている。

Apple Park内には、Apple Storeや一般にも開放されるカフェを併設したビジターセンターや、10万平方フィート規模のApple社員向けフィットネスセンター、セキュリティで管理された研究開発施設、そしてSteve Jobs Theaterがある。新キャンパスのリング内側の緑地部分には、社員用として各2マイルの長さにおよぶウォーキングおよびランニングコース、果樹園、草地、人工池も設けられている。

Foster+Partnersの協力の下でデザインされたApple Parkは、広さ500万平方フィートのアスファルトとコンクリートの土地を草地と、乾燥に強い約9,000本ものカリフォルニア原産の樹木に置き換えたほか、電力には100パーセント再生可能エネルギーを使用。屋上部分に17メガワット分のソーラーパネルを設えたApple Parkは、敷地内で太陽エネルギーを運用する世界最大規模の施設になる。また、Apple Parkは自然換気型の建物としては世界最大で、1年のうち9カ月間は暖房も冷房も不要になると見込まれている。

Apple Press Info




人物の全身写真をレタッチする「PortraitPro Body」ファーストインプレッション

人の全身を写した写真を編集するためのソフトウェア「PortraitPro Body」をあれこれと試している。このアプリを操作していると雑誌などに載っているスタイルがよく肌も綺麗で均整の取れた美しい女優やモデルたちの実体が信用できなくなってくる(笑)。無論そのほとんどはなにがしかの編集処理がなされていると見るべきなのだろうが...。


ここのところ、すでにご紹介した PortraitPro や Smart Photo Editor など Anthropics Technology社のアプリケーションにはまっている。
すでにご紹介した PortraitPro がデジタル・コスメチック・ツールだとすれば今般新たに購入した PortraitPro Body はその命名の通りフルボディへのレタッチを目的としたアプリケーションである。

ひとことで PortraitPro Body の目的はといえば、撮影した人物の全身骨格および肉付けを調整できるアプリケーションなのだ。例えば太めの被写体を細目にしたり、お腹を凹ましたりバストや腰の位置を変え、ウエストとヒップのサイズや腕と足の太さや長さまでをも編集できるアプリである。
無論例えばPhotoshopに精通したユーザーならその多くは可能だろうがPortraitPro Bodyを使えば誰でもが容易に、そして自然な形にレタッチできるのが特長なのだ。

ということで PortraitPro Body は日常のスナップ写真をあれこれレタッチするためのツールではなく、商用写真として撮影したモデルの姿や結婚式など "ここ一番" よりよく美しい写真を残しておきたいという場合に威力を発揮するツールだと言える。勿論ここでいうところのレタッチは申し上げるまでもなく元写真と分からなくなるようなことを求めるのではなく自然な形でより美しく健康な姿にするためのものだ。

では早速 PortraitPro Body の豊富な機能とその高度な能力の概要をご紹介したい。なお以下ほとんどの図版はクリックで拡大するので必要ならその詳細をご覧いただきたい。
まずは編集したい写真データを PortraitPro Body のメインウィンドウ内にドラッグ&ドロップして読み込ませる。ここで画面の構成を確認しておきたいが、中央に写真、左側には "Instruction" すなわち写真にどのような操作をすれば良いかの指示がステップ毎に表示される。また右側には主にスライダー操作で写真を変更できる "navigator" 機能が揃っている。

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最初に行うことは写真の顔の鼻先をクリックすることだ。これで写真の中で顔位置が認識される。続いて性別を選択する。分かりやすい絵で選ぶので難しい事はない。

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さてここからが PortraitPro Body 操作の真骨頂だが、それぞれ数度練習すれば理屈と上手いやり方はおのずと理解できると思うが常に "Instruction" にしたがってなるべく正確に操作することがポイントだ。

指示に従い人物の骨格をマーキングする。右腕、肩幅、左腕そして白色の逆三角形で胸のエリアを指定する。
続いて右足および左足の骨格を操作するが、もし使用する写真が腰までしかないような場合でも足部分があるものと仮定して両足のマーキングをしなければならない。

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次は腕のカーブを外側と内側でマウスをクリックしながらマーキングする。このとき、それぞれ各クリック毎に白色の四角形の範囲内でポイントを指定する。

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腕の次は胴体のカーブをマーキングする。無論両足も腕と同様に処理する。

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こうして写真のスタイルへのマーキングが終わると "finish markup and edit body" および "(modify markup)" 選択のウィンドウが表示されるのでそれまでの作業が完了していれば "finish markup and edit body" をクリックして先に進む。これで "mark up" 作業は終了だ。

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ここからは実際に写真を見ながら画面右サイドにある "navigator" エリアを操作し、写真の姿を編集することになる。編集は大別して "shape sliders", "shape tools", "skin", "face",そして "picture" の5つに分かれている。どの順番で操作してもよいが一般的には上から順に編集を行うことをお勧めする。

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"shape sliders" は全体のスタイルを変更するスライドバーの他、 "torso", "arms", "legs","skeleton"とより個別に詳細部位を変型できるツールバーを備えている。これらの機能を使ってウエストのくびれやヒップあるいはバストのサイズおよび位置、腕や足の太さなどを微調整できる。
さらに"skeleton" では首の長さや頭の位置を整えることも可能だ。

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次の "shape tools" はスライドバーではなく7つの用途別アイコンを選択しながら直接写真のポイントを操作することができる。これらを上手に使えば微細な箇所の形状、例えば顔の形状までをも変更できる。

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スタイルの全体について変更が終わったら "skin" で肌の調節を行う。肌の荒れは勿論、傷やほくろといった部分を消すことができるわけだ。
最初は各機能が分からないと思うが、アイコンとスライドバーを実際に操作してみれば効果は一目瞭然に違いない。

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※ "skin" による肌調節の例。胸のほくろを消去


続いて "face" だが、文字通り顔の編集に特化した機能だ。
最初に行うことは両目の位置の補正、鼻の一番高い部分にポイントが置かれているか、口の位置の補正および顔の下半分の形状確認を行う。

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その後この "face" に備わっているスライダーを見ればお分かりの通り、全体の形状の編集はもとより、目をより見開かせたり唇を僅かに変形させてスマイル度を強くしたり、あるいは肌の調整や照明などに関しても編集が可能だ。

最後の機能 "picture" に関して説明は不要だと思うが、編集が終わった写真自体の色味などを調節する機能である。
なお画面の左端にある "side by side" タブをクリックすれば画面の写真部位は左右二分割となり、左側にオリジナル、右に現時点での編集効果をならべて比較しながらの作業が出来る。

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※効果をお見せしようと少々無理なレタッチをしてみたが、ウエストを細く腰の位置を高く、手足を細く、首を長く、そして目を大きく見開くようにして最後に肌調節を加えた例


そして写真上部の "flip to original" タブをクリックすれば写真が一画面の際にもマウスボタンのプレスでオリジナル写真に切り替わるのでこれまた効果の比較が容易に可能だ。
さらにメニューバーの "View" にある "Animate" を選択すれば、編集した変化をアニメーションで示してくれるので動的な確認ができる。



以上 PortraitPro Body の大まかな使い方を見ていただいたが、冒頭にも記したとおり本アプリケーションは目的の写真を当人と別人に仕立て上げるツールではなく、あくまでより美しくより綺麗で健康的な写真に編集するためのものだ。したがって例えば太めの人物をいたずらに細身にするのは最良の使い方ではないし度を越した変型は元写真のスタイルやバランスあるいは形状を壊すことにもつながるので心しておかなければならない。

なお蛇足になるが顔をより精緻に編集したい場合は PortraitPro というデジタル・コスメチックソフトウェアがあるので別途活用をお勧めしたい。

※ 本記事中に使用した女性モデルの写真は PortraitPro Body 開発元、Anthropics Technology社の正式な許諾を受けたものです。

PortraitPro Body








NuAnsのAndroid搭載スマートフォン「NuAns NEO [Reloaded]」発表

トリニティ株式会社は2月20日、Android搭載スマートフォン「NuAns NEO [Reloaded](ニュアンス・ネオ・リローデッド)」を発表し、本日ウェブサイトにて先行予約を開始の上、2017年5月より出荷をすると発表。


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すべてが新しい、すべてをこれひとつで。

△ 最新、最良をNuAns NEOに再装填

・最新Android 7を搭載
・安心のセキュリティパッチやアップデート配信
・Snapdragon 625採用
・Quick Charge 3.0対応
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・5.2インチフルHD液晶ディスプレイ
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・指紋認証センサー搭載
・おサイフケータイ対応
・大手キャリアすべてで使える最新のマルチバンド設計
・ソニー製センサー高性能カメラ採用
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△ 価格
 ・CORE(本体)
  46,111円(税別)
 ・TWOTONE(カバー)
  1,400〜1,833円(税別・素材によって異なる)
 ・FLIP(カバー)
  2,750〜3,680円(税別・素材によって異なる)

△ NuAns NEO [Reloaded] 予約特典キャンペーン

Trinity NuAns StoreでNuAns NEO [Reloaded]のCORE(端末本体)を予約いただき、さらにアンケートにお答えいただいた方にもれなくTWOTONEカバー(上下セット)もしくはFLIPケースをプレゼント。端末本体の価格のみでケースがついてくる、お得なキャンペーン。

△ 応募期間
  2017年2月20日(月)〜3月31日(金)まで

△ キャンペーン詳細

※TWOTONEカバーおよびFLIPケースの色/種類は選べない。
※プレゼント対象のTWOTONEカバーは、コルク、ストーン、デニム、パンチングスエード、GRAMASシリーズを除く。
※プレゼント対象のFLIPケースは、GRAMASシリーズを除く。

製品紹介




[小説]未来を垣間見たカリスマ 〜 スティーブ・ジョブズ 第29話 現実歪曲フィールド

還暦も遠の昔に過ぎた男、加賀谷友彦は久しぶりに出向いた Apple銀座 のエントランスで1976年にタイムスリップし、スティーブ・ジョブズの若かりし頃に出会う。厄介なのは加賀谷が持っていたiPhone 6s Plusをスティーブが見てしまったことだ。この事実が過去と未来に悪影響を及ぼすのだろうか。そんな危惧をよそに初対面の加賀谷をスティーブは自宅のガレージに引き入れた…。そして一緒に働くことになった。
ー 優れたビジョナリーといわれたスティーブ・ジョブズ。その若かりし時代の秘密に迫る!ー
※本編はフィクションです※

■第29話 現実歪曲フィールド
Macintoshプロジェクトは相変わらずスティーブ・ジョブズとジェフ・ラスキンとで主導権争いが続いていた。しかしどう考えてもラスキンに勝ち目はなかった。私もラスキンから相談を受けた手前、何とか穏便にことを納められないかと画策してみたが妙案は浮かばなかった。

まだ社長のマイク・スコットが在職していたときのことだが、ラスキンもスティーブによる数々の圧力と妨害工作を受けつつ抵抗はした。目立ったこととしてラスキンはMacintoshプロジェクトを率いる能力がスティーブ・ジョブズにはないとした10項目ほどにわたった論証を文書でマイク・スコットに提出した。1981年2月19日のことだった。
私自身はその原文を見たことがなかったが後で聞いたところによれば以下のような内容だったという。

 1)常習的に打ち合わせのスケジュールを破る
 2)考えずに行動することで誤った判断が多い
 3)他人の成果を認めようとしない
 4)感情的に反応する
 5)一見温情的であるかのようだが不合理で無駄の多い判断をする
 6)人の話を聞こうとしない
 7)約束を守らない
 8)権威主義的な決断を行う
 9)すべての見込みに裏付けがなく楽観的
 10)無責任で思慮不足
 11)したがってソフトウェアプロジェクトのマネージャーとして最悪

この内容から想像すればラスキンは以前スティーブ・ジョブズが提案したように、すなわちハードウェアはスティーブが、ソフトウェアをラスキンが担当するということでやむを得ずとはいえ納得していたように思える。

ともかく論証メモの内容をスコッティから知らされたスティーブは怒り狂った。当のスコッティはこの厄介な問題をマイク・マークラに振り自分は関わらないようにした。それは厄介な話しから距離を置きたかったというだけでなくLisaプロジェクトからスティーブを外したことでもあり、自分の裁定ではスティーブが納得しないであろうことを考えたからだ。

「トモ、ラスキンって奴は思っていた通りのクソ野郎だ。大クソ野郎だぜ。こうも真っ向から俺の悪口を書かれては黙っていられない。これからマイク(マイク・マークラ)に奴をプロジェクトから外せと言ってくるよ」
スティーブは私のオフィスのドアを勢いよく閉め、大きな靴音をさせながらマイクのオフィスに入っていった。

スティーブはこれほど正面から自分の弱点を指摘されたことはなかったこともあって事の原因はともあれ怒るのも当然だと思えた。しかし反面ラスキンにしてみれば彼がスティーブに反論できることはこうしたことくらいしかなかったのだ。
その少し前、私が受付のシェリー・リビングストンと雑談していたとき、ラスキンが近寄ってきていった。
「トモヒコさん、少しお話しがしたいんですが」
正直私はラスキンとの話しよりシェリーとバカ話をしていた方が楽しかったが、仕事だからしかたがない。

受付が見えるホールの片隅にあるコーナーに我々は座った。後ろは壁だし左右に見通しは効いたものの、通る人たちに注視をすれば我々の話を聞かれる心配はほとんどなかったからだ。それに密室で彼と話しをするという事実はスティーブへの手前避けたかったからこうしたオープンな場所は好都合だったのだ。

「ジェフ、私がアドバイスできることがなくて心苦しいけどスティーブは着々とプロジェクトを自分が率いる準備をしているようだね」
私の話をラスキンは肩を落として聞いていたが、
「あなただからいうけど、私もこれほどスティーブが狡猾だとは思わなかったです」
といい大きなため息をつきながら、
「トモヒコさん、現実歪曲フィールドという言葉を聞いたことがありますか」
無論2016年からタイムワープしてきた私はその語句や意味を知っていたが、これまでアップルの社内で聞いたことはなかった。
咄嗟に私は、
「いえ、聞いたことありませんね」
と答えていた。

「トモヒコさんでも知らないことあるんですね」
嫌みないい方ではなく、私を買いかぶっている様子が見て取れたが私は苦笑するしかなかった。
「まったくスティーブのやり方には怒りしか感じません。一言でいうなら他人のアイデアを平然と盗むんですよ」
私の無言の促しにラスキンは小声ながら雄弁に話し出した。
それによれば、スティーブ・ジョブズは他人からの提案や意見を一蹴し鼻であしらっておいて、その数日後には (素晴らしいアイデアを考えついたよ)といいながらその主張を自己のアイデアとして通すというのだ。

私自身にスティーブはそうした思いをさせたことはなかったから気がつかなかったもののMacintosh用のBASICを開発していたプログラマーのドン・デンマンやアンディ・ハーツフェルドからも同様の話しを聞いたことがあるので本当のことらしい。だからドン・デンマンいわくスティーブに認めさせたいアイデアがあったら彼に話し、ダメだと一蹴させればよい。そうすれば一週間後にスティーブ自身が (よいアイデアを思いついた) とその案を披露し採用するからという皮肉を言っていた…。

「スティーブのこの卑怯な戦法が意識的なのか、あるいは無意識な行動なのかは分からないんですが私たちはこれを “現実歪曲フィールド” と呼んでるんです 」
ラスキンは (この後でマイク・マークラに呼ばれている)といいながら、(愚痴を聞いてくれてありがとう)と席を立った。このとき “現実歪曲フィールド” という名付け親はジェフ・ラスキンなのかと思ったが、後にアンディ・ハーツフェルドからバド・トリブルの命名だと聞かされた。

しかしスティーブを擁護するわけではないが、物事を見極めビジョンを具現化する道のりは単純ではない。スティーブにしても思いついたあれこれを翌日には否定することで知られているが、要はひとつの考えに執着する危険性を廃し、可能な限り様々な可能性を求める姿勢のために他人の意見をも躊躇なく取り入れる結果なのかも知れない。
無論最初その意見をいった本人からすれば自分のアイデアを奪われたと思うだろうし結局そうなのだが...。

私が (やれやれ) とため息交じりの重い気持ちで立ち上がったとき、受付にいるシェリーが手招きしているのに気がついた。
「ため息はいけないな…(ため息は命を削る鉋かな)という川柳かなにかがあったな」
私は自虐的ないいかたをしながらシェリーの前にいくと彼女はどうやら私の振る舞いを見ていたようで、
「話しは聞こえなかったけどジェフの話しはあの件しかないわよね。だけどトモ、あなたが気落ちする問題ではないわよ。それに、スティーブはもとよりだけどジェフも自尊心の強い人よね。いずれは衝突するということは誰が見ても明らかよ。両雄並び立たずってことだからトモが気を遣う問題ではないのよ」
となぐさめてくれた。

ちょうど外出先から戻ってきたロッド・ホルトが受付カウンターに両肘をついてシェリーと話しをしている私を見ながら、
「お二人さん、仲がいいねぇ」
ウィンクしつつ茶化しながら奥に入っていったが周りにほんのりとキャメルの香りが漂った。

そういえば “現実歪曲フィールド“ の意味だが、ジェフ・ラスキンやバド・トリブルらがいうところのニュアンスと私がワープする前、2016年あたりに意味していたものとはかなり違うことに気がついた。
理屈から考えれば「フィールド(field)」とは電場・磁場・重力場などの「場」を意味すると考えられる。そしてその前に「現実歪曲」と付くのだから文字通りその意味は「現実や事実を歪めてしまう場」といった意味になる...。
したがって近年私たちが認識している「現実歪曲フィールド」とは、スティーブ・ジョブズの持つカリスマ性が現実世界に及ぼす影響力を意味する言葉であり、不可能を可能にする交渉力といったニュアンスで使われていたはずだ。
例えば (ジョブズの現実歪曲フィールドが発動するや否や、一瞬で無理が有理に変化した…) などと使われるように。しかしラスキンらの話しではよい意味というより、人のアイデアを自分のアイデアとして転化し、ごり押しをすることだというニュアンスだったのだ。

そんなことを考えながら自分のオフィスのドアを開けようとしたとき、ひとつ離れたオフィスのドアが開きマイク・マークラが渋い表情をして手招きしていた。
今日はよく手招きされる日だと苦笑しながら私はマイクのオフィスに入るとそこはタダならぬ雰囲気だった。マイクの他、スティーブ・ジョブズと先ほど話したジェフ・ラスキンが睨み合っているではないか。

「トモ、頼むから君もこの場にいてくれないか。俺ひとりじゃ収集がつかないからな」
私が同席すれば少なくともスティーブはそうそう無茶なことはいわないだろうというマイクの思惑だったようだが、哀願するような顔でいわれたからには仕方なく空いている椅子に座った。マイクは自分の席に座りながら、
「二人の話を聞き、解決策をと考えているんだが話しが拗れすぎてしまったよ」
と私に向かって呟いたが、どこか諦めの気分が漂っていた。
ジェフ・ラスキンも私に視線を向けつつ、
「会長のスティーブとこうしてやりあって分が悪いことは私でもわかります。しかしスティーブのやり方はフェアではないし企業のトップがやるべきことではないでしょう。もっと正々堂々とプロジェクトのリーダーになりたいのなら正攻法で責めるべきです」
と口火を切った。
スティーブはと見ればすでに涙目になっている。どうにも彼は子供っぽいところがあり、自分の思うようにならないとすぐ泣くというのがスティーブの特技だと皮肉る人もいた。

ラスキンは、
「まずスティーブは人間として約束を守らなければなりません。自らハードウェアは自分が、ソフトウェアは私にと宣言したのにもかかわらず次第にソフトウェアにまで口を出すそのやり方は許せません」
一息入れて続けた。
「それに皆さんご存じのようにMacintoshプロジェクトは私が立案し私がスコッティやマイクの許可を受けて始めたものです。理由もなく誰にしても横取りされる覚えはありません。ましてや私の仕事自体までをも邪魔するというのではApple会長の名が泣くでしょう。こんな状態では私は一日たりともスティーブと一緒に仕事はできません」
「俺だってそうだ…」
スティーブも言い張ったがその言い方はどこか弱々しかった。

マークラの決断は予想されたものだったが、彼の立場からすれば他の選択肢はなかったに違いない。1時間ほどのミーティングが終わったときMacintoshプロジェクトのリーダーはスティーブ・ジョブズの手中にあった。マイクもこれが公正な決断であるとは思っていなかっただたろうが、社内のもめ事をこれ以上大きくさせ長引かせるわけにはいかなかった。
ラスキンには一週間の休暇しか与えられなかったしこれまでの苦労に対する賞賛の一言もなかった。肩を落としたラスキンは私の方にチラッと視線を送りながら会釈し静かにマークラのオフィスを出ていった。
休暇から戻ったラスキンには新しい研究部門のリーダーというポジションが提示されたが、ラスキンにとっては魅力のあるものではなかった。どうせ注目を浴びるプロダクトを考え出せばまたスティーブがずかずかと乗り込んでくるとも考えた。

結局翌年の1982年3月、ラスキンはAppleを去った。そして生涯アイコン操作のGUIよりも優れたインターフェースがありうるとし、かつMacintoshのコンセプトは自分が考えたものだという主張を繰り返したがすでに見てきたように製品化されたMacintoshはラスキンのコンセプトとはまるで違ったものだったしことの是非はともあれ、それは誰が見てもスティーブ・ジョブズのマシンだった。

(続く)

【主な参考資料】
・「パソコン革命の英雄たち~ハッカーズ25年の功績」マグロウヒル社
・「スティーブ・ジョブズの王国」プレジデント社
・「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新報社
・「アップル・コンフィデンシャル 2.5J」アスペクト刊



ラテ飼育格闘日記(533)

オトーサンのギックリ腰が長引いているのでラテも不満のようだ。散歩の時間が短くなりがちだからだが、こればかりは仕方がないし、それでも朝夕共に40分とか1時間近くは外で過ごしている。しかしギックリ腰も寒いところに長時間いるのは決して良いはずはない。


ギックリ腰なのでそもそも遠くへ散歩するつもりはないが、ラテはまったくオトーサンのことを考えていないのが辛い。なにしろ玄関を出るときに腰は明らかに曲がっている。それを自覚しつつ、少しでも目立たないように、痛みを感じないようにと姿勢を正しながら歩くわけだが、しばらく辛い思いをしてでも歩いていると少し楽になっている自分を感じる。
少なくとも椅子に座りっぱなしというよりは歩いた方が腰に良いように思うが、無論油断して無理すれば激痛が走り数十秒は固まってしまうことに…。

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※お子さんが作ったというカラフルな王冠をラテに。ちょっと迷惑そうかな(笑)


それでも朝夕の散歩を欠かすわけにはいかないとオトーサンは腰に湿布を貼りコルセットを絞めて出かけるが、ラテは夕方の散歩だと必ずといってよいほど近所の公園に向かうからか、朝はその反対方向にリードを引くことが多い。
そちらの方角に向かうとUターンでもしない限り小一時間の散歩となってしまうが、天気がよい場合にはゆっくりと注意をしながら歩くことにしている。

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※梅の花が見頃


時間的に急ぐわけではないので危ない事や汚い場所に立ち入るといったこと以外、出来るだけラテの行動を制約しないようにと心がけているオトーサンだが、ラテは実に優柔不断だ。
植え込みのピンポイントに気になる臭いがあるのかリードを強く引くのでオトーサンはリードを少し緩める。しばらくクンクンし、場所を10数センチ移動しながらまたクンクン。そしてまた踵を返して元の位置に戻ってまたクンクンと続くことも多い。1,2度、このままリードを引かずにいたらどれほど一箇所でクンクンし続けるのかを確認しようとしたことがあるが10分が過ぎたところでオトーサンがぶち切れた(笑)。

「我が娘はきっとレストランに入ってメニューを渡されても『あれもよいけど、こちらも美味しそう』となかなか決めることが出来ない女に違いない」とオトーサンは文句をいうが、オカーサンは「ワンコはメニューを見ないわよ」と冷静だ(爆)。
しかし氷点下の朝、こんなことをしていては腰が治るどころか風邪をひいてしまいそうでついついリードを引いてしまう。

特に朝の散歩はオカーサンの仕事の都合により家を出る時間が違うからバリエーションがあるといえばある…。一緒に近隣の駅へと向かえば大型団地の中をゆっくりと通っていくこともあり、その過程でこの時期は日の出を見ることができる。また時間帯によっては学童たちの登校時間帯にぶつかることもあるが、この場合は知り合いの子供たちと出会ったり、向こう側の歩道を歩いている女子たちから手を振られたりもする。
ただし道順にもよるものの時間帯が合わなければ小一時間の間、知り合いに合う機会はないのが普通だ。そりゃあそうだろう。この寒空の朝の時間帯だから通勤や通学といった用事がなければ誰が好き好んで歩き回るものか(笑)。

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※子供たちは腰の痛いオトーサンが羨ましく思うほど元気に軽々と飛び跳ねている


それでも保育園に子供を預けに向かう母親やときに父親がペダルを踏む自転車と多々すれ違うこともあるし、幼稚園の送迎バスや市バスの姿も見られる時間帯なので気は抜けない。
そうした道のりをラテは臭い重視でゆっくりと歩いて行く。幼犬の時にはオトーサンの前に出てリードを引くほど早く歩いていたラテだが、最近は気になるワンコにでも会わない限り確実ではあるがゆっくりと歩く。

途中休みの時間はほとんど入れないが、所々のベンチや大型施設の石畳で一休みしたり、水飲み場にオトーサンを引いて「水飲みたい」と意思表示をすることもある。
そうした少々時間を有する散歩の先にも小学校があり、時間帯によっては見知らぬ学童たちと多々すれ違うが、ラテはこちらに駆けてくる子供は自分のところに来るものだと思っているフシがあり、当然のことながらそのまま通り過ぎると見るからにがっかりした表情になる。
たまにワンコ好きの女子が「可愛い!」と近寄ってくると大変な喜びようだ。

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※見知らぬ学童たちに囲まれてラテは至福のときを過ごす


こうして朝の散歩は些か時間のかかるものになるし不確定要素の多い散歩となるのが常だ。対して夕方の散歩時にはワンコが好きな子供たちがいる可能性もあるし、お馴染みとなったファミリーの女の子や母親に会えるかもしれないとまずは近所の公園に向かうのが習慣になっている。
とはいえお会いする約束をしているわけではないしそれぞれの都合もあるわけで、公園に入ってみると人っ子一人いないときもあるし、サッカーや野球もどきの練習をしていて散歩ができない場合もある。

だからこそラテは好きな女の子やその母親に会えると飼い主のオトーサンが嫉妬したくなるほどの喜びようを示し、相手が許してくださる場合はそれこそ抱きつき顔を舐め回す。

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※可愛がってくださる母親の姿を見つけたラテの表情はきらめいている。そして飛びついて顔を舐める...


そんな風景を不思議そうに眺めている子供たちや母子の姿も目立つときがあるが、こればかりはワンコ嫌いな場合もあるからしてオトーサンはこちらから近づくようなことはしないように心している。
それでも「あっ、この犬まえに会ったことがある」「オオカミみたいだけど可愛い」「触ってもいいですか」などなどと近づき声をかけてくれる子供たちも多い。
そうした子供たちを仰ぎ見るラテの嬉しそうな顔を少しでも見たくてオトーサンは今日もラテのリードを引きながら散歩を続けるのであった。



マイクロフォーサーズ用250°魚眼レンズ「Entaniya Fisheye 250 MFT」発売

株式会社フラッシュバックジャパンは2月17日、ハイクオリティの360VR/ワンショットVRを実現するマイクロフォーサーズ用250°魚眼レンズ「Entaniya Fisheye 250 MFT」の販売を開始したと発表。


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 ■ Entaniya Fisheye 250 MFT とは
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 Entaniya Fisheye 250 MFT は、マイクロフォーサーズマウント規格に準拠するデジタルカメラに装着して利用できる魚眼レンズ。
 Entaniya Fisheye 250 MFT は、従来のアクションカメラを利用した機材と異なり、マイクロフォーサーズ規格のカメラに装着することができる。アクションカムと比較してイメージセンサーが格段に大きいマイクロフォーサーズ規格のカメラで利用することで、同じ4K撮影であってもシャープな映像を実現。併せて、アクションカムの弱点であった低光量により発生するノイズやディティールの潰れも、マイクロフォーサーズを利用することで解決することができる。

 視線を限定する乗り物系や、スポーツ観戦など正面がメインのVRなど、360度不要なシチュエーション、”ワンショットVR”の撮影においても、250度カバーしてシャープな映像を実現する Entaniya Fisheye 250 MFT は力を発揮。

 また、Entaniya Fisheye 250 MFTの販売開始にあわせ、魚眼レンズのリヤレンズを交換し、焦点距離(イメージサークルサイズ)の変換及び、絞りの変更を行う用交換パーツキット、「Entaniya Fisheye 250 MFT 後群キット」の販売も開始した。

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 ■ Entaniya Fisheye 250 MFT 製品仕様
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 ・製品名  :Entaniya Fisheye 250 MFT 2.3
 ・製品名ヨミ:インタニヤフィッシュアイ 250 MFT 2.3
 ・種類   :マイクロフォーサーズマウント魚眼レンズ
 ・通常価格 :419,040円(税込)
 ・特別価格 :399,800円(税込)※フラッシュバックジャパン特別価格

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 ・製品名  :Entaniya Fisheye 250 MFT 3.0
 ・製品名ヨミ:インタニヤフィッシュアイ 250 MFT 3.0
 ・種類   :マイクロフォーサーズマウント魚眼レンズ
 ・通常価格 :419,040円(税込)
 ・特別価格 :399,800円(税込)※フラッシュバックジャパン特別価格

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 ・製品名  :Entaniya Fisheye 250 MFT 3.6
 ・製品名ヨミ:インタニヤフィッシュアイ 250 MFT 3.6
 ・種類   :マイクロフォーサーズマウント魚眼レンズ
 ・通常価格 :419,040円(税込)
 ・特別価格 :399,800円(税込)※フラッシュバックジャパン特別価格

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 ・製品名  :Entaniya Fisheye 250 MFT 後群キット2.3
 ・製品名ヨミ:インタニヤフィッシュアイ 250 後群キット2.3
 ・種類   :Entaniya Fisheye 250 MFT 用交換パーツ
 ・通常価格 :70,200円(税込)
 ・特別価格 :69,800円(税込)※フラッシュバックジャパン特別価格


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 ・製品名  :Entaniya Fisheye 250 MFT 後群キット3.0
 ・製品名ヨミ:インタニヤフィッシュアイ 250 後群キット3.0
 ・種類   :Entaniya Fisheye 250 MFT 用交換パーツ
 ・通常価格 :70,200円(税込)
 ・特別価格 :69,800円(税込)※フラッシュバックジャパン特別価格

………………………………………………………………………………………………

 ・製品名  :Entaniya Fisheye 250 MFT 後群キット3.6
 ・製品名ヨミ:インタニヤフィッシュアイ 250 後群キット3.6
 ・種類   :Entaniya Fisheye 250 MFT 用交換パーツ
 ・通常価格 :70,200円(税込)
 ・特別価格 :69,800円(税込)※フラッシュバックジャパン特別価格

Entaniya Fisheye 250 MFT



1970年代から劇的に仕事を変えた7つのテクノロジー

先日古い知人と話しをする機会があった。共に自身の体験として振り返れば劇的な...本当に激変の時代を体現してきたことを痛切に感じるといった話題になった。社会に出てしばらくは一流企業であってもゼロックスコピーもFAXもなく電卓さえ一般的でなかった。というわけで今回は私的な感覚ではあるが1970年代初頭に一部上場企業に就職した自身を振り「1970年代からの劇的に仕事を変えた7つの新テクノロジー」と題してハードウェアとソフトウェアの与太話をさせていただく...。


■1■ パーソナルコンピュータ
まずは何といってもパソコンを抜きにしてテクノロジーの進歩は語れない。とはいえ自分の仕事を変えたテクノロジーといっても、人によりそれぞれの時代を担い、それぞれの体験があるはずだが、20世紀のテクノロジーの中で社会とビジネスを激変させた最たる物はやはりパーソナルコンピュータに違いない。

後述する「電子メール」も「DTP」あるいは「表計算ソフト」にしてもすべてパソコンがあってこそのものだ。
しかし我々はいまでは何の不思議とも思わずパソコンを仕事に活用しているが、そのパソコンが個人個人の立場で仕事に使えるようになったのは意外と後になってからだ。

確かにApple II は1977年に登場したしコモドール社のオールインワンパソコンPET2001を手にしたのは1978年だった。その後、これはと思う多くのパソコンを手に入れてみたが日本語対応されておらず、手軽に自分たちの仕事に取り入れることはできなかった。無論英語圏のユーザーならApple II とプリンタがあれば実用となったに違いないが...。

個人的にパソコンが仕事で使えるという思いをしたのは1982年に登場したNEC-9801、1983年に登場したIBM5550あたりからだった。Macintoshは1984年にリリースされたがオフィシャルに日本語化されたのは1986年のMacintosh Plusに「漢字Talk 1.0」が搭載されたのが最初だった。ではそれで即仕事に使えたかといえばメモリの少なさ、アプリケーションの少なさなどの理由から極限定された範囲でしか実用にはならなかった。

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※1984年、自宅でIBM 5550を前にした筆者


私がパソコンを本当の意味で仕事に密着する形で使い始めたのは1989年に起業してからだった。そしていわゆる経理事務はもとより顧客管理や対外的な印刷物の作成などすべてをMacintoshで可能になったのはさらに数年が必要だった。
ただし振り返って見ると仕事にパソコンが導入されたことで我々1人1人は仕事が楽になったのだろうか?

現実は、手際がよくなり仕事の仕上がりが速くなった分だけ別の新しい仕事を任されるし、パソコンのハード・ソフトに関わるあれこれで従来には考えられない程、新しい事を覚えなければならなくなった。
1人のサラリーマンとしてパソコンが登場したからといって楽になったという感じはまったくといってなかった...。

現在からの視点から眺めるとパソコン無くしてどのように仕事ができるのか...と不思議な感覚に陥るが、1970年代から1990年ほどの間、パソコンも携帯電話もないのに任された任務はきちんとこなしていたはずだ。パソコンは仕事の効率を高めると同時に高度な意志決定にも重要だと思われているが、それを使うのは我々サラリーマンでありOLだ。果たしてパソコンは我々の見方なのだろうか...。

マイコンやパソコンといったものと約40年ほど格闘してきた1人として振り返れば、確かにパソコンを通じて...例えばインターネットといった新しいテクノロジーを知り、活用する術を学べたことは間違いないが、振り返れば文字を手書きで書けなくなったし友人知人たちの住所はもとより、電話番号でさえほとんど携帯電話のメモリ内に頼りきりで覚えていない自分に気づく。
外出時に財布を忘れても慌てないがiPhoneを忘れると不安でしようがない...。これはある種の依存症であり能力の視点から見て退化ではないのか...。

■2■ ボールペン
経理業務で総勘定元帳や仕入帳といったバインダー形式の元帳記入はつけペンとインクだった。家庭ではさすがにつけペンなどには縁がなかったから最初は戸惑ったが、例え自前の万年筆を持っていても使うことは禁止されていたから選択肢はなかった。
勿論間違った時は二本線で消し、訂正印を押した上で空いている場所に書き直すか、場合によっては砂消しゴムなどで完全に消し去って書き直したが、上書きはインクが滲むので閉口した。

いつの頃からボールペンの使用が許されたかは記憶にないが、当初は公文書への使用が認められなかったもののちょうど1970年代頃から少しずつ使われていったと思う。しかし鉛筆もそうだったが、職場でのボールペン利用はかなりシビアで、インクがなくなったボールペンを総務部へ持って行かない限り新しいものは支給されなかった。
ボールペンはたまにボールの先にインクの塊がこびりつき、それが用紙を汚すこともあったが、つけペンとは比較にならない便利さがあった。

ではなぜブルーブラックのインクと付けペンだったのか...。それには大きな理由があった。すでに40年も前の事だからお話しするが、帳簿がバインダー式だったことと関係する。経理上のことなのか財務的な関係なのかは平社員には判断が付かなかったが要は後で都合の良いように元帳を書き直すことができたからだと聞かされた。

用紙はコクヨ製だがそれらは年代を重ねると変色するが、日常ページを増やすためのものとは別に交換用の古い記入用紙が保存されていた。古い元帳の数ページが新しい用紙では誰が見ても書き換えたと分かるからだ。用紙はそうした配慮でなんとかなったが問題はインクであった。

新しく記入した文字と数年経過したページの文字を比較するとそのインクが経時変化で変色していた。現在のインクは分からないがその時代はまだそうしたインクがあったということだ。では...とあるページを後になって入れ替える場合にはどうするか...。くどいようだが用紙は古い用紙を使うにしろそこに記入したインクが見るも新しいものではこれまた変だ。

実は記入したインクの上に火を付けたタバコの先を近づけて熱を加えると書いたばかりのインクが変色してまるで数年あるいは十数年経過したように見えるのだった。ただし近づけ過ぎればせっかくの用紙が熱で焦げ、一ページ、あるいは裏表を全部書き直すハメとなった(笑)。

ボールペンはそうした不正を許してくれない新しい文具だった。思えば会社に大型コンピュータが導入された時期になってボールペンは社内で急速に普及した。そしてボールペンの利用は鉛筆やペンとは違い、強めの筆圧が必要なこと、線の太さが均一なことなどから大げさに言えば筆記の方法まで変化させたペンとなった。

■3■ 電子メール
電子メールの台頭は迅速に相手へメッセージを届けることが可能になっただけでなく、ビジネススタイルや価値観も変えるものとなった。
FAXが登場してもしばらくの間、いわゆるオフィシャルな内容のものは封書で送ることが礼儀であると教えられた。したがってその文面も「拝啓、貴社益々御清祥の段、お慶び申し上げます...」といった定型の堅苦しい出だしで書き始めたし、後述のワープロが普及するまでは当然のことながら手紙は手書きだった。

文書の内容はともかく手書きとなれば文字の綺麗さや品格は誰にでも出せるものではなかったが、逆にどの部署にも毛筆はもとより文字を書かせたら一番という人材がいて手紙だけでなく熨斗や冠婚葬祭の時には俄然目立つ存在となった。

対外的な手紙はどの会社も大差がなかったと思うが、社内間の情報伝達にはそれぞれ独自の工夫があったように思う。私の勤務先では他の部署に電話するにも交換手を通さなければならなかったこともあり、社内恋愛の相手に意思伝達する場合も「社内便」といった手紙の制度を活用した(笑)。

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本来この「社内便」とは本社内だけでなく各地の支店間や工場との文書による意思疎通のために活用されていたもので、定期的に専用車により運び出し、あるいは運び入れるといった仕組みであり、封書にしても新品の使用は厳禁で古い封書に紙を貼り、そこに宛先を書いて数度再利用していた。

本社に配送された社内便は総務部が一括して各部署別により分けて部署別の棚に入れておく仕組みだった。我々平社員はコピーのついでや文具などの消耗品を受け取りに行く際にその棚を確認するよう義務づけられていた。そして棚に入っている封書などを部署に持ち帰ってそれぞれ宛名の人の机上に置くことになっていた。

これを悪用...いや活用する強者が登場する。例えば広報のB子さんにデートの誘いをしたい場合にこの社内便を使うのだ。古い封筒を使って封をし、宛先を書き、差し出し人はそれらしく支店や工場の部課名を書くが、その書き方は予めB子さんと打ち合わせしておくことが普通だった。そして総務部の社内便棚の広報部棚に放り込んでおけばよい。

大きなトラブルがなければ一日数回の機会があり、封書は相手の机上に乗るし、宛名が明記されている封書を上司と言えども他人が開封することはまずなかったし万一他人に開けられてもある種の暗号化しておけば誰からの手紙と特定はできない。受け取った方も「なんでしょうね、嫌がらせかな」でとぼけられた(笑)。
とまあ、のどかな時代だった。

■4■ DTP
デスクトップ・パブリッシングは机上のMacとPageMakerというソフトウェア、そしてレーザープリンタで一般の印刷物に匹敵するクオリティの印刷が可能になった。Appleが実用化したシステムである。
確かにそれは凄いことだったが、一方...普通のサラリーマン、普通のOLにこれまで経験したことのない過度な期待と能力を求められることにもなった。そして仕事は格段に増えることになる。

それまでテキストだけの印刷物はもとよりだが図版や写真が入る印刷物は出入りの印刷屋に頼むのが約束事だった。電話一本で飛んできてくれたし、手書きの原稿や必要な写真ならびに図版を渡して重要なポイントを打ち合わせすればすぐに試し刷りを持ってきてくれた。そのクオリティとスピードは「さすがにプロ」と唸らせるものだった。

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※最初期のAldus社PageMakerの広告(1985年)。"page layout" という言葉と共に"desktop publishing" という表記がなされている【クリックで拡大】


あるいは社内用の簡易印刷なら和文タイプライターを数台備えてありプロのお姉さんたちがいるタイプ室に行き「この文章を100枚、何日の何時までにお願いします」と依頼するのが普通だった。後はいわゆる輪転機(ガリ版)で指定枚数を印刷してくれたから一般社員の仕事は下書きだけで済んだ。

それがDTPなるものが登場し、プロの印刷屋並の能力とセンスが平凡なサラリーマンやOLに期待されるのだから怖い...。
確かにパソコンとレイアウトソフトを使えばテキストと図版を混在した数ページの会報などは比較的簡単にできる。しかしセンスは勿論だが印刷物に関するノウハウがあるわけもなし、出来たものはあちらこちらでフォントが違っていたり、必要以上の装飾やボーダーがあったりと無残な結果も多かった。

結局DTPは普通の人材にパソコンとソフトウェアの操作法を覚えさせ、ページレイアウトの基本はもとより使用する写真を自分で撮るまでに至るという大きな負荷となった。何しろそれ以前の仕事は減らないのだから。

■5■ 表計算ソフト
ビジカルクに始まる表計算誕生物語はそれ自体が面白いが、一般のサラリーマンに与えた影響は計り知れない。思い起こせば私の場合も残業の多くは計算上の縦横が合わないために読み合わせをやり、数値に間違いがないかどうか、縦と横の計算に間違いがないかを確認するためのものだったといえる。そして読み合わせには当然のことながら2人の担当が必要だったし、計算は1人では間違いを見つけづらいという経験則からこれまた2人で交互に行ったものだ。それも計算は算盤が主だった...。

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※最初の表計算ソフトVisicalc。罫線はなく必要ならハイフンなどで区切りを入れる必要があった


いまでは表計算...スプレッドシートといえば "EXCEL" ということになっているが、ここに至るまでには幾多の生まれては消えて行ったソフトウェアがあった。
結果、求人募集には「WORDとEXCELが使える人」というのがポピュラーになった。しかし私たちはEXCELの使い方には精通したが計算能力が向上したわけではないのだ(笑)。

■6■ ワードプロセッサ
パソコンが登場した後、課せられた1つの使命がワードプロセッサ...すなわち電子タイプライタともいうべき文章を綴るためのソフトウェア開発だった。文字を扱うという意味ではパーソナルコンピュータはキーボードを有しタイプライタを模したことで機能面はもとより取っつきやすくなったともいえる。
ただし私らの興味はいつになったら日本語で文字入力できるのか...ということだった。そうした期待が大きかったから、やっと日本語入力と共にドットインパクトプリンターで打ち出されるようになった漢字はいま思えばギザギザだったが、随分と美しく思えたものだ。

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※PC-9801で一太郎を使う筆者(1985年9月撮影)


最初はパソコンよりワープロ専用機の方が機能が特化していただけに実用になったしコストパフォーマンスも高かった。私が好んで使ったApple II はついに日本語対応にならなかったしMacintoshだって正式に日本語システムが搭載されたのは漢字Talk 1.0 (1986年)になってからだが実用となったのは漢字Talk 2.0 (1988年)になってからだった。
そしていつしかワープロを扱う事は一昔前の読み書きソロバンのように考えられたし、特にビジネスに携わる者は必須科目となっていく。

ワープロはそれまでの手書きのように字が綺麗とか癖字であるといったことで評価されるのではなく文章そのものの巧みさも問われるようになった。サラリーマンやOLたちは所属部署を問わずそれまでとは違ったスキルが求められるようになった。

■7■ 携帯電話
携帯電話の月額料金が現実的な値段になり、本体も小型になった1994年前後に最初の製品を手にした記憶がある。小さな会社の代表者であった私はいま考えてもかなり忙しかったし講演やセミナーあるいは展示会などなどで全国を飛び回っていたから連絡を取り合う手段としては最適なものだった。とはいえまだまだ通話料金は高かったから携帯電話はもっぱら受信用と考え、よほどの急用でなければ発信は公衆電話を使うようにしていた...。

よく言われることだが、いつでもどこでも連絡ができる...ということは確かに便利だし何らかの決断を急ぐ場合にはありがたいものには違いない。ただし反面こちらの意志にかかわらず呼び出し音が鳴るというのは鬱陶しいものとなる。
第一、携帯電話を使って呼び出しするほど急ぐ用事などそうそうあるのだろうか(笑)。
1970年代に会社の机上に電話機はあったがそのほとんどは取引先からの通話だったし、例えば外出している部課長にコンタクトをしたくても戻ってくるか、あるいは向こうから電話連絡があるまではどうしようもなかった。
とはいえそれが当然のことだったからほとんどの場合はイライラすることもなく時を待つしかなかった。そしてそのことで仕事に大きな支障が出たという例はほとんどなかった。

携帯電話はまた人との待ち合わせの風景を激変させた。それ以前はもしすれ違ったとしても対処方法がないため、どこで何時何分で待ち合わせだということをくどいように確認したし、特に仕事などで初対面の場合には自分の風貌や着ているもの、あるいは持ち物等まで知らせたものだ。
また大きな駅には伝言板が必ずと言ってよいほど設置されており「○○さん、先に行きます」とか「30分待ったけど、さよなら」などの伝言がびっしりと書かれていたものだ。そしてすれ違いというか約束していたとしても会えないケースも多々生じたものだったし、いま来るか...と待ち続けて1時間...といったことなども珍しくはなかった。

ただし、誰もが携帯電話やスマートフォンを所持している昨今では待ち合わせの時間はともかく場所も「○○駅の改札で」程度で済むようになった。なぜなら現地で電話を掛け合えば間違いなく会うことができるからだ。
携帯電話は人と人の出会いや仕事だけでなく我々の生き方そのものを変えた...。



Appleの世界開発者会議 (WWDC)、今年はかつての開催地サンノゼで開催

アップルは2月16日、米国Appleが発表したニュースリリースの抄訳としてAppleは本日、28回目となるワールドワイドデベロッパカンファレンス(世界開発者会議、以下WWDC)を、サンノゼのマッケナリー・コンベンションセンターで開催すると発表した。


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世界の最も才能に溢れた開発者コミュニティが一同に集うこの会議は6月5日に開幕し、あらゆる分野の開発者が彼らの情熱を次の偉大な革新へと注ぎ込み、お客様がiPhone、iPad、Apple Watch、Apple TVそしてMacで毎日使うアプリケーションを生み出すインスピレーションを与える場となる。

毎年WWDCの期間中には、世界中で数多くの開発者たちが、Swiftのようなプログラミング言語から、SiriKit、HomeKit、HealthKitそしてCarPlayといった画期的な開発者APIにいたるAppleの画期的なプラットフォームテクノロジーについて学べる。これらのAppleテクノロジーは、実際に10億台以上が使われているAppleデバイスのお客様のあらゆる生活環境で役立つすばらしいエクスペリエンスを開発者たちが作り出し続け、またスマートホームや自動車、健康などを管理するための、よりよい方法を生み出すためのアイデアを与えるもの。

WWDC 2017は、クパティーノの新しいApple本社からほんの数分しか離れていない場所で行われ、開発者たちが1,000人以上のAppleエンジニアと直接会って交流する機会を会議の期間中を通じて提供する。
マッケナリー・コンベンションセンターは何千人もの参加者のハブとなり、周辺には素晴らしいホテルやレストランそして娯楽施設がすべて、徒歩で行ける範囲内にある。基調講演や、交流会、セッションそして開発者を対象としたラボに加え、Appleは、WWDCがサンノゼへ戻ったことを祝う特別な催しをサンノゼ周辺で開催期間中を通じて行うべく、サンノゼ市および地元企業と協力している。

開発者向けチケットの申し込みはこの春から始まる。会議はAppleの開発者向けウェブサイトで、そしてiPhone、iPad、Apple TV用のWWDCアプリケーション上でライブストリーミングされる。

Apple Press Info



安価な左右独立型 Hellodigi Bluetooth4.2 ワイヤレスイヤホン「HD10」続報

左右独立型コードレスのイヤホンの使い勝手を体験したくて安価な製品、Hellodigi bluetoothワイヤレス イヤホンン「HD10」を買ってみたが一週間ほど使い込んで見た印象・感想の続編をお届けしたい。


Apple純正のAirPodsは使い勝手は抜群のようだが私の場合、EarPodsが左耳にまったく合わないのでその形状が同じというAirPodsの入手は見送った次第。
その代替といってはAirPodsに失礼かと思うが1/5ほどの価格で買えるHellodigi bluetoothワイヤレス イヤホンン「HD10」を買って日々使っているが、今回は前回のレポートの続編である。

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※最近はどこにでかけるにもHellodigi bluetoothワイヤレス イヤホンン「HD10」はバッグの中に...


まず結論めくが音質については不満はない。こればかりは上を見ればきりのない世界であることを理解しているつもりだが「HD10」の音質は極上であるはずもないが高音から低音もよく出ているし特に問題視する点はない。
また装着感だが、試した結果、製品付属のイヤーピースのうち一番サイズの大きなものが具合がよいので交換して使っているが、今のところ一度も落としたことはないし落ちそうになったこともない。

さらに耳が痛くなるとか大きな違和感を感じることもなく快適だといえよう。そしてペアリングが完了し前回述べた通り左右のユニットが確認出来れば使い勝手も悪くない。
では両耳で利用することを前提に簡単にご説明すると、左右の耳に装着した後に両耳ユニットの両サイドを同時に長押しすると「ペアリング」という音声が聞こえ私の場合 iPhoneとの接続が完了する。それはご承知のとおりiPhoneの上部にヘッドフォンアイコンとバッテリーのアイコンが表示することでも確認出来る。

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※Bluetooth接続が問題なくできているかを確認!


この種のボタン、「HD10」の場合は各ユニットにひとつしかないが側面中央全体がボタンになっているので押すべきボタンを探る必要はなく押しやすいのは長所である。
もし利用中に通話の呼び出し音が聞こえ通話をする場合は一方のボタンを短く一度押せばそのまま通話ができ、通話をキャンセルする場合は短く二度押せばよく通話終了は再度短く押せば切れる。その際には直前まで流れていた音楽が再び再生となるなどは一般的な他の製品と同様だ。

音楽再生中に一時中断(ポーズ)させる場合はいずれかのボタンを短く一度押せば良く、再生は再度短く押す。また電源OFFはどちらかのボタンを長押しすればパワーオフとなる。とても操作はシンプルだが音量調節だけは「HD10」本体でできないのでiPhoneなどペアリングしているデバイス側で行うが、私の場合は常に左腕にApple Watchがあるのでそれで簡単にできている。

というわけで私の環境では思っていた以上に活用する羽目になったが問題がなかったわけではない。
まず購入時にペアリングを済ませて使っていたものの翌日に使おうとした際にiPhoneと接続ができずBluetooth接続リストにHellodigi-HD10が未接続のままどうしても上手く行かなくなったときがある。
無論こんなこともあるわけで(笑)一度Bluetooth接続リストからHellodigi-HD10を消去し、再度初めからペアリングをしてみたらその後は問題ないようだ。

もうひとつは左ユニットの接続が切れるときがあることだ。右ユニットが機能していることからiPhoneとのBluetooth接続に問題があるのではなく左右ユニット間の通信がなんらかの原因で阻害されるといった感じ...。
この場合も慌てずにそのままにしていると正常に接続される場合がほとんどだが、一度二度そのままになってしまったときがあり、試しにとボタンを短く一度押しポーズ状態にして再生を止め、再度ボタンを押して再生開始をしたところその後は問題なく利用できるというケースがあった。

この片耳が聞こえなくなったとき、当該ユニットのボタンだけを長押しすることはトラブルの原因かも知れない。それは左側すなわち聞こえないユニットだけがパワーオフとなり一方のユニットは電源が入っている状態になる。この場合正常な状態とするには使えているユニット側もパワーオフした後、再び両ユニット同時にボタンを長押しし電源を入れ直することになる。片方だけが聞こえなくなったからと一方だけあれこれとボタン操作するとBluetooth接続自体が切れてしまうことがあるようだ。

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※少しの時間でも耳から外す場合はモバイルバッテリーで充電


ただしこうした問題は「HD10」の不良と単純にいえないのが難しいところだ。なぜなら、この種の問題が起きやすいのは私のケースではどうやら屋外の特定場合なのだ。
自宅で使っている場合や電車内などではまず何の問題もないが、外出するとあるエリアで片方が切れることがたまたま生じる...。無論バッテリー切れではない。この種のハードウェアに精通していないので原因は分からないが、ノイズに弱いのかも知れない。
まあまあ、いたずらに「HD10」を擁護するつもりはないが、これがAirPodsなら文句のひとつもつけたくなるだろうが(笑)「HD10」のこうしたトラブルは常ではないし回避あるいはすぐに復旧することでもあり、いまのところ目くじらを立てるつもりはない。無論本来は完全完璧な製品であるべきなのだろうがなにしろこの価格であるし装着感も良く落ちにくいのが気に入っている。
本製品が気になっている方のご参考になれば幸い…。





[小説]未来を垣間見たカリスマ 〜 スティーブ・ジョブズ 第28話 巨人の足音

スティーブ・ジョブズは稀代のビジョナリーであり、未来のテクノロジーを時代の最前列で考え見つめてきたといわれている。しかしその陰には2016年12月6日、アップル銀座のエントランスから40年前のカリフォルニア、ロス・アルトスにあるスティーブ・ジョブズ家のガレージ前にタイムワープしたひとりの男の存在があった。
ー 優れたビジョナリーといわれたスティーブ・ジョブズ。その若かりし時代の秘密に迫る!ー
※本編はフィクションです

■第28話 巨人の足音
Appleは忙し過ぎた。1980年から1981年初頭は株式公開、Apple IIIの失敗、魔の水曜日、ウォズの飛行機事故そしてApple最初のCEO マイク・スコットの辞職と大揺れのAppleだった。しかしApple II の売上げが依然としてAppleを支えていた。ウォズがただただ好きでやった仕事の結果のApple II が...。

ちなみに少し先の話だがそのウォズは1981年の秋には大学の4年の課程を終えるため、カリフォルニア大学バークレー校に復学するという。ただしスティーブ・ウォズニアックとしてではなく、学生たちや教授陣の特別な目を避けるため仮名で復学を計画していた。そしてAppleはといえば41名もの解雇者を出したその後、あらたに多くの社員を新規に採用し心機一転の心意気を見せようとしていた。

そんなある日、私が自分のオフィスに戻ろうとして受付前を通ったときシェリー・リビングストンがカウンターに入ろうとしているところに出会った。
「あら、トモ…まさかあたしを見て素通りする気ではないわよね」
快活なシェリーは私の反応を待たずに、
「トモ、今日は素敵なスーツ姿ね。どうしたの、そのまま結婚式にも出られるわよ」
「ジジイをからかってはいけないよシェリー」
私も少し無駄口をたたきたかったので受付カウンターに片肘を置いてシェリーに向き直った。
幸い周りにはだれもいなかった。

「だってスーツ姿で会社にくる人などここには数えるほどしかいないから目立つのよ」
「確かにね。爺さんになると姿形くらいピシッとしていないとシェリーにも嫌われるからさ」
私は自分の子供といってもおかしくない年齢のシェリーに笑いながら冗談をいった。
実際仕事とはいえ、スティーブはもとよりマイク・マークラらとの会話は気が抜けない内容ばかりだったから、たまにはこうして軽口をたたきたい気分になる。それにスコッティの退職やウォズの飛行機事故などのあれこれでシェリーと接する機会も多くなりこうしてお互い冗談をいえる間柄になっていた。

「あら、ご謙遜なこと。しかしこの本社にいる経営陣の中では確かにトモは一番年上よね。だからこれまた目立つのよ。ここは若造のたまり場だもの」
自分の言い方がおかしいのかシェリーは小さな声を出して笑った。
「私は経営陣ではないよシェリー、単なるCIOに過ぎないよ」
とことわりつつ、
「でもそうだねぇ。ロッドより私は一回り以上の年上だからApple唯一のジジイかもね」

「でもさあ...トモ」
シェリーはどうしたのか急に声を潜め、周りを確認してからいった。
「トモ、あなた自身は気づいていないようだけど私の知っている大方の人は例のセミナー以降、皆あなたに一目置いてるのよ。奴を侮ってはならないと…」
私に向けられた真剣な視線をまともに受け止められずにその視線を外しながら、
「確かに私はCIOというよりいまだにスティーブ直属のただ1人の人間だからね。それを別にしたらやはりただのジジイだよシェリー」

「そうよねぇ。あなたって私と一緒にマニュアルをタイプしてくれたし、他の人と争ったところを見た事もないわ。まあそれがここでは特別なのかな」
自分の言葉に納得したのかシェリーは笑顔に戻った。
「でもね、トモ。あなたはこのAppleの他の連中とは違った時代を生きているような、すべてを見通している目をもっていると皆はいってるわよ」
訝しい顔を向けた私にシェリーは、
「例えばランディやダンも...そうロッドもいってたけど、あなたの言うことって正確で的確だから怖いって。それにPARCから来たラリー・テスラーもあなたを気に入っているようね」
私は少々ドキッとしたが、
「違った時代か。シェリー、それは私がここで浮いている証拠だよ。それに単に年上だから皆ジイサンに優しいのかも知れないね」
「それに、男ばかりに興味を持たれても面白くないな」
私はそう笑うとシェリーは真顔になり、
「いえ、トモもすでに話したことがあるようだけどMacintoshプロジェクトにいるジョアンナ・ホフマンもあなたに興味津々だったわよ」
「年寄りをからかうものではないよシェリー」
わざと大声を出しながら受付カウンター前を後にした。

直後、ランディ・ウィギントンに呼び止められた。
「トモ、丁度良いところで会ったよ」
「ランディ、元気そうだね」
私の挨拶も面倒だという感じてランディは顔を近づけていった。
「トモ、覚えてるかい。2年ほど前になるのかなdisk II の検証時にさ、フロッピーディスクの片側に切り込みをつけて裏返しにすれば143KBが倍使えるとあなたが教えてくれた件だけど」
「もちろん覚えているよ。便利にしているかい」
「いや、ビル・フェルナンデスらとも話したんだがトモって凄いなあと...」

私は何のことかが分からないので困った顔をした。
「あのさ、フロッピーディスクの裏側も利用するのは良いけどナイフやハサミだと失敗するときもあるといったらあのときトモは (そのうち安全に同じことが出来るツールが出てくる) と言ってましたよね」
「ああ、それがどうしたの」
私にはまだ話しの流れが分からず問い返した。
「いや、先日コンピュータ関連の周辺機器を作っている人と知り合ってさ、たまたま聞いたんだけどトモが予言したツールが “Nibble Notch” という名で売り出す計画を立ててるというんだ。雑誌への広告も年末までには出したいっていってたんだ」
「なるほど、そんなことか」
私は話しが見えたので安心して答えた。
しかしクリスは私の予言が当たったと嬉しそうな顔をしている。
「クリス、あれは予言ではないよ。世の中同じことを考えそれをビジネスに繋げようとする人たちが必ず出てくるという意味さ。だから予言ではなく予測、悪く言えば当てずっぽうだよ」
まだなにか言いたそうなランディを残して私は笑いながらオフィスに向かった。

自分のオフィスに戻る短い時間でふと考えた...。もし私がこのまま元の時代に戻れなかったら、いや戻れたとしてもAppleの歴史というか軌跡に私という人間がいたことが記録に残されるのだろうかと。いや、もし (私には幸いだが) 元の時代に戻れたとしたら、いまここにいるスティーブやシェリー、ランディたちの記憶の中にトモヒコ・カガヤというジジイの記憶は消されてしまうのだろうか。そう考えるとちょっと虚しくなってきた。

自分のオフィスに入る前にちょっとした報告をしようとスティーブのオフィスを覗くとスティーブ・ジョブズとマイク・マークラがいた。2人とも機嫌が良いみたいで「お帰り」と声をかけてくれた。
「どうしたんですか、お二人とも今日はいい顔してますよ」
私がいうと、マイク・マークラは少し恥ずかしそうな表情になったが、
「スコッティが抜けた後の新しい人事がきまったんだよ、トモ」
というと隣のスティーブ・ジョブズも満足そうに笑顔を向けた。なかなかこうした和やかな場は近年のAppleにはなかったので私は少々訝しい顔をしたのかも知れない。

それを察したのかマイクが戯けたように、
「シリコンバレーの名士殿が26歳の若さでAppleの会長になられたんだよ」
その物言いを受けてスティーブは
「マイクがCEO就任を受けてくれたんだ、トモ」
「それはおめでとうございます。マイク...そしてスティーブ」
私は2人の手を順番に握った。要は新しいAppleの社長がマイク・マークラ、そしてスティーブ・ジョブズは会長に就任したのだ。

マイクは、スティーブの机上にある電源が入っていないApple II のキーボードを指で押しながら、
「僕はこうした役割には就かないと決めていたんだが、残念ながらいまは適当な人がいないようだ。スティーブと話し合ってきたんだがあくまで暫定的な措置なんだよ」
言い訳をいいながらもマイクはどこか嬉しそうだった。そして、
「スティーブとも意見が一致したんだがApple III の苦い教訓から研究開発費も大幅に増やすことになる。なによりも世界がびっくりするようなコンピュータを作らなければな」
スティーブもマイクの発言を受け、
「そうだよマイク、俺たちが素晴らしい製品を開発できる実力があることを立証しないといけないんだ。Macintoshがまさしくそのプロダクトになるんだ」

「万々歳じゃあないか」
私も明るいAppleが好きだ。Appleの2人の雄が一緒に和気藹々未来に向け建設的な話しをしているのを聞くのは久しぶりだし心底嬉しかった。だから自然に拍手をしていた。
スティーブは私の拍手を笑顔で制止しながら、呟いた。
「トモ、しかし手放しで喜んでいる場合でもないんだよ」
私にはいま彼らが心配していることが分かっていた。この時期Appleが自社の計画を遂行していくなかでひとつの壁が見えてくることは歴史が証明していることだった。

私の表情を見て取ったのかマイクは、
「なんか、トモはすでに分かっているようだなスティーブ」
と声を出した。
スティーブ・ジョブズは苦笑いしながら
「トモは未来が分かる男だからな」
とふざけてみせた。

スティーブとマイクの顔をみながら私はいった。
「IBMの参入だね」
「承知のように我々はIBMがパーソナルコンピュータ市場に参入してくることは早くから予想していたことだ。いまさら驚くことではないがLisaを早く完成させないとならんな」
マイク・マークラが真顔でいった。
「いや、出荷はMacintoshの方が先になるよ」
スティーブは口を尖らせていったが続けて、
「確かにIBMはコンピュータの雄だよマークラ。だけどあの巨大企業にパーソナルコンピュータの粋が分かってたまるものか。どうせクソな製品しか出てこないよ」
相変わらずのスティーブの弁だった。
しかし歴史の結果を知っている私はその巨人IBMの足音が遠くから聞こえるような気がした。
「でも絶対に侮ってはいけませんよ」
と思わず強い口調で答えたが、2人にあまり緊張感は感じられなかった。

IBM PCは1981年8月に発表されたが、その際Appleは余裕を見せるつもりだったか "Welcom IBM" と題した広告を掲載した。

Welcome,IBM. Seriously.
Welcome to the most exciting and important marketplace since the computer revolution began 35 years ago. And congraturations on your first personal computer. Putting real computer power in the hands of the individual communicate and spend their leisure hours. Computer literacy is first becoming as fundamental a skill as reading or writing. When we invented the first personal computer system, we estimated that over 140,000,000 people worldwide could justify the purchase of one,if only they understood its benefits. Next year alone,we project that well over 1,000,000 will come to that understanding. Over the next decade ,the growth of the personal computer will continue in logarithmic leaps. We look forward to responsible competition in the massive effort to distribute this American technology to the world. And we appriciate the magnitude of your commitment. Because what we are doing is increasing sosial capital by enhancing individual productivity. Welcome to the task.
Apple Computer.

「ようこそIBM様。コンピュータの革命が35年前に始まって以来、最もエキサイティングで重要な市場へようこそ。 貴社初のコンピユータ発売にお祝い申しあげます...」


に始まるAppleの広告は話題性こそ大きかったがその余裕、状況軽視が仇になり急速にシェアをIBMに奪われていった。

(続く)

【主な参考資料】
・「パソコン革命の英雄たち~ハッカーズ25年の功績」マグロウヒル社
・「スティーブ・ジョブズの王国」プレジデント社
・「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新報社


ラテ飼育格闘日記(532)

この週、オトーサンは久しぶりに本格的なギックリ腰が再発し辛い日々を送っている。安静にして出歩かない方がよいという忠告をしてくださる方もいるが、長い間の経験によれば辛くても少しずつ動いた方が回復が早いと思っているので湿布薬を貼りコルセットを巻き朝夕の散歩も何とかこなしている。


しかし歩き始めは明らかに体が曲がっていることを自覚せざるを得ない。だからオトーサンは自分の格好を考えてこんな時にはあまり知っている人たちと行き会わないほうが良いと思ってもみるがラテはいつものように精力的に歩き回り手加減してくれないので実に辛い。

リードを引くのも辛いし、ラテの落とし物を処理するため腰を屈めるのに決死の覚悟だ(笑)。それでも何とか歩けるうちは散歩を休むわけにはいかないとオトーサンは今日もコルセットを締め付ける…。

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※ラテ!少しは手加減してくれってば...


そういえば、ここのところいつもの公園にいくとファミリーの女の子が一輪車の練習をしている光景に出会うことが多い。どうやら学校で練習の成果を発表するらしくオトーサンが感心するほど熱心に練習している。
幸いというかオトーサンは女の子が一輪車にほとんど乗れないときから側で見ていたが、その上達ぶりには目を見張るものがある。自分では乗ったことがないので想像するしかないがバランスの取り方は勿論のこと、簡単ではないはずだ。

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※ラテファミリーの影


最初の頃は公園にある鉄棒につかまりながら一輪車に跨がることを執拗に練習していたが当然のこと、乗ったと思ったら一輪車は倒れ…という連続だった。飽きっぽい子供ならすぐ別の遊びに移ってしまうところだが、女の子は執拗に繰り返している。
ファミリーの母親からお聞きしたところによれば負けず嫌いだとおっしゃるが、その真剣さはオトーサンも見習わなければと思うほどだった。

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※オカーサンが散歩に加わるとラテの表情も明るい


事実見ている間もなく状況は変わっていく。まったく…一秒も一輪車に乗っていられなかったのが数秒保持できるようになり、ペダルを一踏み出来るようになっていく。
その翌日には距離は短いけれどペダルをこげるようになっていた。ただし練習はまだまだ序の口のようだ。
本人曰く、ひとつには何かに掴まらなくてもスタートできるようにすること。そして自在に方向転換できるようになりたいのだという。

確かにこの種のことを達成するには練習を重ねるしかない。本を読んだり人から教えてもらったとしても自分の体で感覚を覚えなければ身につかない。とにもかくにも練習あるのみということを知っているように女の子は繰り返し繰り返し一輪車を倒し続けていた。
そのうち小さな公園を一回りできるようになり、コントロールもそこそこ可能になっていく様は見ている方が手に汗握る感じで思わず「いいぞ、いいぞ!」などと声を出してしまう。

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※あっという間に上手になった!



またその次ぎに会ったときには鉄棒や公園のフェンスなどに掴まらなくても一輪車に跨がってスタートできるようになっていたし、見るからに乗っているバランスが安定してきたことがわかる。したがって当初両手はなんとかバランスをとろうと大きく広げて振り回し気味だったのがオーバーアクションは消えている。
ぼんやりと眺めていたオトーサンの前を通り過ぎた女の子は勝手知ったるオトーサンの顔橫にあるウェアブルカメラを指さして「ねぇ、撮れてる?」と聞く余裕さえみせてくれるようになっていた。

またまたその次ぎに出会ったとき、さらに安定した走行ができるようになっていた。すでに鉄棒やフェンスに掴まらなくてもスタートできるようになっていたが、オトーサンの前に来た女の子は「ねえねえ、手を貸してくれる?」と一輪車をこぎながら右手を出す。無論オトーサンは「気を付けてね」といいながら自分の右手を出すと「ありがとう」とオトーサンの手を握って止まった。
いやはや他人様のお子さんではあるがだからこそこの世知辛いご時世、子供から手を差し出される幸せを感じながらペダルを踏み続ける女の子を眺めていたオトーサンだった。

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※一輪車に乗りながらオトーサンに手を差し出す


ラテはラテで、女の子が一輪車から降りたタイミングを見計らって挨拶に行く。そして時に座り込んでくれたその顔を舐めて声を上げている。
そんなホノボノとした夕方の散歩はラテの表情を明るくし、帰りの歩き方をも軽快にするのだから面白い。
まあまあいつも記しているが、ラテは実に幸せなワンコだ。本人(本犬)はそう思っているかは分からないが好きな人たちに可愛がっていただけるからだ。

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※向こう側の歩道からオトーサンたちに手を振ってくれる子供たち


無論いつもいつもそうした人たちと出会えるわけでもないし対面できるはずもない。しかしファミリーが住んでいるマンションに沿った歩道をラテと通ったとき、ベランダから母親が「ラテちゃ〜ん」と声をかけてくださるし、反対側の歩道からこちらに向けて手を振ってくれる子供もいる。
オトーサンの腰の痛さなどなにほどのものかと勇んでみるが、痛いものは痛い!




私の唯一のベストセラー「図形処理名人〜花子」物語

過日、知り合いの方々と著作の話題となったがその中で「一番売れた本は?」という質問を受けた。そういえばこれまで共著を含めると18冊ほど書籍を出している。それらの中で1人で書いた本は9冊あるが、一番売れた本はビギナーズ・ラックとでもいうべきか…処女作「図形処理名人〜花子」(技術評論社刊)だった。


今思えば1990年前後の時代はパソコン関連においても出版花盛りだった...。普通に考えたら1人では負えないほどの執筆依頼が多々舞い込んだのだから...。というわけで今回は私の処女作で1987年に出版した「図形処理名人〜花子」の話しをしたい。なぜなら本書は私の唯一のベストセラーとなった大変印象深い著作だからだ。

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※1987年6月1日出版「図形処理名人〜花子」技術評論社刊は13刷を記録するベストセラーとなった


1987年といえば私は小さな貿易商社のサラリーマンだった。ただしその10年前からマイコンやらパソコンという世界に足を突っ込み、懐具合が良かったこともあってPET2001、 Apple II、PC-9801、PC-100、IBM5550そしてMacintoshなどなどという数多くのパソコンを手元に置き、特にペイントソフトやコンピュータ・グラフィックスにかかわるあれこれを楽しんでいた。そしてCGにのめり込み、同年夏にはロサンゼルスのアナハイムで開催されたSIGGRAPH '87に参加するため初めて渡米するという暴挙にも出た(笑)。

話しはその1987年の年明けだったのではないかと記憶しているが、仕事中に技術評論社という出版社から電話をもらった。それまで同社とは無縁だったが「新しい本の執筆依頼をお願いしたいのでご足労いただけないか」という話しに私は反射的に腰を上げた。

たまたま当時の技術評論社へは徒歩で行ける距離だった。私の勤務する神田神保町から靖国通りを直進し九段下から左手に千鳥ヶ淵、右手に靖国神社をめざせばすぐ側だった。
その頃、本職の貿易業は低迷を極めていた反面、少しずつではあったが趣味として手を染めてきたパソコン関連のいくつかが望んだわけではないものの仕事として依頼が舞い込み始めていた。私はどうせ仕事をするなら面白くなければ意味はないし、サラリーマンとして時間が拘束されていることもあって個人でそうした依頼に向き合うことはできないからと社長を説得し "情報企画室室長" といったいい加減な名刺を作ってもらっていた...。したがって技術評論社からの依頼も仕事の可能性として日中に堂々と出かけることが出来た。

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※1986年前後だと思うが勤務先のデスクでくつろぐ筆者。後ろに私物を持ち込んだNEC PC-100とプリンターが見える


それまで私はMACLIFE誌の前身となった「MACワールド日本語版」への執筆などで関連の出版社に出入りはしていたが技術評論社は初めてだった。
編集担当の責任者として向かいあったのは大塚葉さんという女性だった。
意外だったのは執筆依頼というのはMacintosh関連の話しではなく数ヶ月後にジャストシステムからリリースされる「花子」というグラフィックソフトのいわゆるマニュアル本執筆依頼だったのである。

正直「PC-9801用のアプリなのか...」と少々がっかりしたが、要はパソコン雑誌でグラフィック関連記事を書いている私に目を付けてくれたらしい。そしてもしそのとき私がAppleやMacに拘っていたらこの1冊は生まれなかったしその後の数冊の機会もなかったに違いない。
ただし私はすでにその時期 NEC PC-9801を所有していたし一太郎も使っていた。またMS-DOSの基礎知識も持っていた。そしてなによりも「はじめて自分の名による書籍が世に出る」という事実に舞い上がっていたように思う。

条件などの概要をお聞きすると執筆期間は3ヶ月ほどあるという。さらに「花子」のベータバージョンの貸出は勿論、PC-9801を1台貸していただけるとのことだった。そうであれば1台に「花子」を走らせ、もう1台に一太郎をインストールすれば原稿書きのスピード向上はもとより正確さも増す...。
ということで私は喜んで「花子」執筆依頼をお受けすることにしたが、最大の問題はその執筆時間をどう捻出するかにあった。

本職はもとより、すでにMacintosh関連の原稿書き、それにパソコン通信「ニフティサーブ」のシスオペにも就任することになっていた。すでに睡眠時間は4時間ほどが続いていたからこれ以上削減は無理だった。考えあぐねた私は社長の了解を得てこの執筆を個人ではなく会社が請け負うことで話しを進めた。
それなら日中も時間が空いた際には堂々と原稿書きができることになる。それにだ...1冊千円ほどの本の印税は大した額ではないし初版本をどれほど刷るかはその時点で不明だったが知れたものだろう...。さらにこの本が売れるかといえば我ながらこれまた重版がかかるとはどうしても思えなかった。

私の興味は自書を生み出すただ一点にあった。それまで幾多の雑誌原稿を書いてきたが1冊丸ごと書籍になったものはなかったし自分の名が表紙に...というそのこと自体が原動力だったし信じて貰えないかも知れないが金はどうでもよかった。
その後、技術評論社と多々打ち合わせをしながら原稿書きに精を出したが、あるとき「花子のリリースが決まったのでそれに合わせて書籍を発刊したい」ということになった。しかしそれに合わせて...となると残された時間は1ヶ月ほどしかなくなっていた。

ともあれ内容については編集者のアドバイスもありわかりやすさを第一にと考えたし手抜きをしたつもりはないが、締切の関係上、突貫工事…やっつけ仕事になった「図形処理名人〜花子」はこうして1987年6月1日(私の誕生日の2日前)に出版された。

やはり見本誌をいただいたときは本当に嬉しかった。ただし私はこの処女出版で大きな誤算をしたことがわかった...。それは出版された「花子」は私の思惑を見事に外し、日経誌にも紹介されたが3ヶ月連続でテクノロジー分野のベストセラーとなり、なんと発行部数は10万部を軽く超え13刷りも重版するはめになったからである。そしてその印税額はトータルで一千万円を超えたのである。しかし私個人に「花子」の印税は1円也とも入ってこないわけだ。

正直「これがもし個人で引き受けていたら」印税全てを手にすることが出来たわけだが、反面個人契約だったら原稿を締切までに間に合わせることはできなかっただろうという現実も認識しなければならない。ただし負け惜しみでなく繰り返すが、当時は自身の名前が印刷された単行本が出版できたそのことが嬉しかったし、結果として会社にMacintosh SEとLaserWriterを導入して貰い、かつ翌年サンフランシスコで開催したMACWORLD Expoに出向く費用を捻出してもらうことになっただけで十分満足だった。

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※「花子」の印税は一円たりとも懐に入らなかったが応接にMacintosh SEとLaserWriterを購入してもらった


「花子」はベストセラーになったからその後の影響も大きかった。別の出版社からも「花子」の単行本執筆依頼もあったし、秋葉原の九十九電機で「花子セミナー」もやるはめになった。

ともあれ「花子」執筆で一番の収穫はこれを機に技術評論社とのお付き合いがより深くなったことだ。続いてフロッピーディスク付き「図形処理名人『花子』の事例集」を出させていただいたし「マッキントッシュ実践操作入門」や紀田順一郎さんとの共著「FAX交友録〜MACの達人」、「QuickTimeの手品」や「マスコットの玉手箱」といった出版は勿論、編集部の川添歩さんとのご縁でMacの月刊誌「MacJapan」創刊にも立ち会わせていただいた。
あらためて振り返って見るとパソコンは私にとって “人と人を結びつけるハブ(HUB)” だったように思う。



フォーカルポイント、「TUNEWEAR ALMIGHTY DOCK CM2」を販売開始

フォーカルポイント株式会社は2月9日、TUNEWEARブランドのすべてがつながるオールマイティなUSB C ドック「ALMIGHTY DOCK シリーズ」の新製品として、「TUNEWEAR ALMIGHTY DOCK CM2」を販売開始し、オンライン直販において数量限定の発売記念価格で販売を行うと発表。


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【TUNEWEAR ALMIGHTY DOCK CM2について】
TUNEWEAR ALMIGHTY DOCK CM2(チューンウェア オールマイティ ドック シーエム ツー)は、MacBook 12インチや最新のMacBook Pro (Late 2016)などで、採用されたUSB Cコネクタを拡張することができるオールマイティなUSB ドック。

1)すべてがつながるオールマイティな拡張性
  ALMIGHTY DOCK CM2は、MacBookを拡張するために必要なポートやスロットを搭載している。iPhoneやUSB機器を接続するためのUSB Aコネクタを2ポート、外部モニターを接続するためのHDMIコネクタを1ポート、そして電源供給するためのUSB Cポートを1つ搭載しており、MacBookに必要な各種のアクセサリを接続することが出来る。

2)アルミニウムを削り出して作られたユニボディ筐体
  ALMIGHTY DOCK CM2の筐体は、1つの塊から削り出して作られた高精度のアルミニウムユニボディ筐体が採用。アルミニウムは、その見た目だけでなく、鉄の約2.8倍、一般的なABS樹脂の約400倍の熱伝導率をほこり、優れた冷却性と美しい筐体の2つを兼ね備えた理想の素材。

3)最先端の高性能チップを採用
  ALMIGHTY DOCK CM2には、VIA Technologies社製の高性能なチップを本体に採用。複数の周辺機器を同時に接続しても、安定して高速な通信を実現。

4)軽量コンパクトなオールマイティデザイン
  ALMIGHTY DOCK CM2は、超小型でコンパクトなボディにオールマイティな機能が凝縮されている。45グラムと本体重量も非常に軽量なため、カバンやポーチに入れても邪魔にならずに持ち運ぶことができる。

5)ドングルの手軽さとブレークアウトボックスの利便性
  ALMIGHTY DOCK CM2なら、MacBookに必要なアクセサリをつなぐことができるので、ケーブルをあらかじめ接続した状態でブレークアウトボックスのようにして持ち運び、必要な時に接続すれば、変換アダプタのよう感覚で使用することも可能。

6)MacBookに合わせて選べるオールマイティカラー
  ALMIGHTY DOCK CM2は、すべてのMacBookユーザーのために作られた製品です。MacBookの筐体カラーに合わせた2色の展開で、シームレスなカラーマッチングを楽しむことができ、純正アクセサリのような感覚で使用できるのも魅力のひとつ。

[製品仕様]
インターフェイス:USB C(オス USB 3.0準拠)
ポート・スロット:USB A ✕ 2(メス)
        :USB C ✕ 1(メス)
        :HDMIポート ✕ 1(ver 1.4)
   製品サイズ:約27(W)×108(H)×10(D)mm
      重量:約45g

[同梱品]
・TUNEWEAR ALMIGHTY DOCK CM2 本体

[対応モデル]
・MacBook 12インチ
・MacBook Pro 13インチ (Late 2016)
・MacBook Pro 15インチ (Late 2016)

[対応OS]
・OS X El Capitan
・macOS Sierra

[対応アクセサリ]
・各種USB 機器※
・HDMIディスプレイ
※ Apple USB SuperDriveなど、1A以上をバスパワーで必要とするデバイスには対応していない。

   発売記念特別価格:各5,280円(税込み)
       通常定価:各5,980円(税込み)
    発売時期/型番:TUN-OT-000035 シルバー 3月 8日出荷開始
            TUN-OT-000036 スペースグレイ 3月 8日出荷開始

TUNEWEAR ALMIGHTY DOCK CM2 製品ページ




USB給電のあったかアイマスクを使ってみた

白内障の手術を受けたこともあって目の大切さをあらためて認識せざるを得なくなった。ともあれ白内障といった眼疾患はともかく、パソコン作業が多い人たちの多くは眼精疲労とかドライアイに悩まされているのではないだろうか。そんなときには目を休ませることは勿論、アイマスクでリフレッシュしてみてはいかが...。


私もご多分に漏れず目を酷使する方だ。振り返れば約40年という長い間、コンピュータのモニターを眺め続けてきたのだから。それも毎日長時間…。
以前は目が疲れたら市販の目薬を使ったりしていたが目薬も良し悪しだと聞くし、白内障手術後のケアと緑内障の進行を止めるために毎日5種類の目薬を注さなければならないわけで、これでは他の目薬など使っている暇はない(笑)。それではと蒸しタオルなどを目に当てることもあるが大変気持ちが良いものの正直面倒だ。

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※アイマスクの装着はこんな感じ


ということで今般USB給電の「あったかアイマスク」という製品を買ってみた。これまたアイデア商品といった安物買いのナントカになるかも知れないと思いつつ数日使ってみたがなかなか心地よいのは勿論、USB給電なので面倒がないのがよい。
さてこの「アイマスク」の特長だが、繰り返すもののUSB給電であること、温度調節が3段階できること、連続使用はもとより15分と30分のタイマー設定が可能なこと、そしてカバー式なので汚れたら洗うことができる点だ。

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※利用はUSB接続し付属のコントローラーで温度およびタイマーが設定可能


給電ケーブルにはコントローラーが付いているが、まずは一番下のボタンを長押しすると電源が入り赤いLEDが点灯しそのままだと温度は最高の45℃設定となる。発熱量が大きいカーボンヒーターを採用しているというだけあってすぐに暖まる。
再度押すとLEDはピンク色となり温度は40℃、さらに押せばLEDはブルーになり35℃設定になる。ただし約45℃設定で睡眠することや長時間の使用は火傷の恐れなどがあるため避けるべきだ。そして必ずタイマーをセットして使う習慣をつけたいものだ。
実際に装着して見たが、目への装着は「アイマスク」に付いている平ゴムのバンドを長さ調節して使う。そしてアイマスクのカバーは伸縮性のあるやわらかな素材なので違和感なくフィットしている。

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※カバーが取り外せるため洗濯が可能だ


目と周辺を温めること血液の循環を良くさせリラックスできることは経験で知っているが、パソコンに向かう時間が多い人はまず間違いなく眼精疲労あるいはドライアイと思われるからアイマスクはそうした要因による頭痛や肩コリあるいはドライアイに効果的に違いない。事実実際に使ってみれば分かるがとても心地よい。
ただしアイマスクは万能ではない。
眼精疲労だとしても目を温めることで疲労を軽減する治療になる場合と逆に冷やした方が良い場合もあるというので特に炎症や充血が認められたり痛みを覚える場合には温めない方が良く逆に表情を悪化させることもあるらしい。
やはり日常リラックスするためには最適だが、病的な症状がある場合には医師に相談するのがよいに決まっている。

ともあれほのかにハーブの香りがあるのも感じがよいし品物は思ったよりしっかりと作られていた。
Macに向かっていて目が疲れたら15分のタイマーをつけ、このあったかアイマスクで休憩する習慣をつけたいと思っている。





バード電子、MacBook Pro 15インチ(Late2016)用のジャケット発売

バード電子はMacBook Pro 15インチ(Late2016)用でブックカバーのように差込み取付けるタイプのジャケット(JK-1516B)を2月10日から発売すると発表。


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MacBook Pro 15インチ(Late 2016)ジャケットは装着したまま使えるジャケットタイプのケース。付けたまま開いたり閉じたりできるので取引先でのプレゼンやイベント等で外出する時に便利なケース。
ブックカバーのようにスナップボタンやベルクロ等の固定具を使わずに挟み込みだけで取りつけられる。 MacBook Proの形状に合わせシルエットをそのまま見せるデザイン。

あたらしいジャケットはカーフスキンのような柔らかい肌触りの高品質合成皮革を採用。本革に近いしわの仕上げが特長の合成皮革で内側の起毛材はマシンを優しく包む。1枚仕上げなので超軽量の 85g。
ジャケットはブックカバーのようにホルダーに差し込むだけで簡単に取り付けできるため外出時にインナーケースに入れるのと同じ感覚で使え、取外しも抜き取るだけ。

・発売日 2017年2月10日
・価格  7,862円(税込)
・日本製

製品ページ



Blackmagic Design、ライブプロダクションおよび放送に関するアップデート発表

Blackmagic Designは本日、ライブプロダクションおよび放送に関するアップデートを行い、ATEM Television Studio HD、HyperDeck Studio Mini、およびBlackmagic Web Presenterを発表。


本日発表する3つの新製品は、ATEM Television Studio HD、HyperDeck Studio Mini、そして全く新しいBlackmagic Web Presenter。
YouTube Live、Facebook Live、TwitterのPeriscopeなどのサービスとこれらの新製品を組み合わせることで、新世代のウェブキャスターたちによる革命的なライブプログラムの作成を手助けできるという。もちろんこれらの新製品は、従来の放送局やオーディオビジュアル業界、そして新市場で活躍するプロたちにとっても理想的な製品となる。

プレスカンファレンスのライブ配信
製品情報



[小説]未来を垣間見たカリスマ 〜 スティーブ・ジョブズ 第27話 コーブンに会う

スティーブ・ジョブズは稀代のビジョナリーであり、未来のテクノロジーを時代の最前列で考え見つめてきたといわれている。しかしその陰には2016年12月6日、アップル銀座のエントランスから40年前のカリフォルニア、ロス・アルトスにあるスティーブ・ジョブズ家のガレージ前にタイムワープしたひとりの男の存在があった。
ー 優れたビジョナリーといわれたスティーブ・ジョブズ。その若かりし時代の秘密に迫る!ー
※本編はフィクションです※

■第27話 コーブンに会う
「トモ、ちょっと頼みがあるんだが…」
久しぶりに休暇が取れた日曜日の午後、私の自宅をスティーブが訪れた。
そう言えば彼が我が家を訪れたのは引越直後にお祝いを持って現れてからは初めてだった。

スティーブの豪邸とは比べものにはならない小さな借家だったが、私はそのお気に入りのリビングルームに彼を誘い入れた。
「おい、俺ははじめてみるが、これは君の奥さんかい」
小さなフレームに入れてテーブルの端に置いてあった女房の写真に気づいてスティーブは聞いた。
「ああ、たまたま名刺入れに若い時の写真が一枚入っていたのに気づいてね…」
「ふうん。子供みたいに見えるな...可愛くてさ」

スティーブ精一杯の世辞なのだろうが、私が反応する間もなくソファーに座り込んで話し始めた。
「トモ、休みなのに悪いがまずは君が仏教とか禅についてどう考えているのか教えてくれないか」
スティーブは真面目な顔をしていった。

確かに私は日本人だが、あらためて日本文化とか仏教や禅といったことを急に話題にされてもきちんと勉強したわけではないので実に心許ない。
「スティーブ、君が仏教とか日本文化について興味を持っていることはよく知っているけど私は単に日本人というだけで詳しくないから雑談しかできないよ」
私は最初に言い訳めくが釘を刺しておいた。
「ああ、それでいいんだ」
スティーブはリラックスした姿勢をしながら窓の外を眺めた。
「相変わらずひとり暮らしで何もないけど、ワインでもあけようか」
私は先週買いだめした赤ワインのボトルとワイングラス2つを持ってきてスティーブの前にあるテーブルに置いた。
グラスが汚れてないかを確かめながら私は、
「何が知りたいの、スティーブ」
と聞いた。

「トモ、君は俺がコーブン(知野弘文=乙川弘文)を禅の師と仰いでいることは知ってるよな」
「知ってるよ。前にも聞いたことがあるしスティーブ、君が知野さんを知ったのは確か私が君のガレージ前に現れた年の数ヶ月前だったみたいだね」
「うん、禅センターに行った時に知り合ったんだ」
スティーブは私がワインをグラスに注ぐのを待ちきれないかのように手を出した。

「久しぶりに近々そのコーブンと会う約束をしたんだけど、トモ...君も一緒に来てくれないか」
スティーブはあの人を射貫くような視線を一瞬私に向けたが、すぐに穏やかな表情に戻った。私は何だか禅や仏教を勧誘されているみたいでこそばゆい感じをしつつ、
「それはかまわないが、私を誘うなにか意図があるのかい」
思ったことをストレートに言ってみた。
スティーブと四六時中付き合ってきたが、彼に対して日本人特有の遠慮はすべきでないことを勉強したし、スティーブ自身も曖昧な物言いを好まなかったから極力ストレートに発言するよう心がけていた。

「いや、まさか君に禅を勧めようというんではないんだ」
私の考えたことが分かったのかスティーブはワイングラスを目の高さまで上げて、
「いつかコーブンと電話で話したとき、トモのことが話題になったんだ。彼が君と会ってみたいというんだ」
そういいながら一杯目を飲み干したスティーブは自分のグラスに自身でワインを注いだ。
私は自分が苦笑したのをスティーブに知られないようにと顔の向きを変えたが、
「嫌かい」
スティーブは私の心を読んだかのようにいう。

私はスティーブの真正面に椅子を向けて彼の視線を跳ね返すように話し始めた。
若い頃に私は宗教といったものの魅力と怖さを知った。スティーブがそうだったように自分という人間は何者であるのか、どのような人生がこれから待っているのかを知りたくて、というより自分の未来に大いなる不安を抱いて聖書を読んでみたり弘法大師空海の生涯を追ったりした時代があることを話し始めた。
要はどのような宗教もそれを信じた人と信じられない人の間には大きな壁ができること、特定の宗教の信者になったために人格が変わった人も見てきたこと。本人が幸せならそれでよいのかも知れないが、仏や神に依存しすぎ、ましてや新興宗教にのめり込みすぎて家庭まで壊した人を見聞きしてきただけに宗教とて人生万能の薬ではないと肝に命じていることを話した。

「なにかを信じることは悪い事ではないけど、そのために他の世界が見えなくなったり人の意見に耳を傾けないのでは何の為の宗教なのかと思うんだ、スティーブ」
両手の指先を合わせながらスティーブ・ジョブズは私の話を黙って聞き続けた。
「スティーブ、私は君に説教をする気はさらさらないけど、人生の師は決して僧侶だけではないと思うんだ。無論両親や学校の先生、ビジネスの先輩たち、近所の老人たちもそうかも知れないし時には友人たちこそが自分にとって人生の師でありうるときもあるんじゃあないかな」
私はまだ口をつけていなかったワインをひとなめして続けた。

「特に僧侶という立場は我々凡夫にとって、ああ “凡夫” って意味分かるよね」
スティーブは頷いた。
「しかし僧侶という立場は我々凡夫にとって学校の教師や近所の老人、友人たちとは比較にならない影響力を持っているんだ。なにしろ僧というのは本来仏教の戒律を守る、男性の出家者である比丘、女性の出家者である比丘尼(びくに)の集団のことを意味するから職業でもない…。そして一般人には絶えられないきつい修行を続け人の欲望をコントロールでき人生の意味といったことを悟っているというのがあるべき姿だよ。だからこそ人々に尊敬されるわけだし、我々は僧侶を大学の先生に対するのとは違った立場で相対するわけだね」

スティーブは穏やかな微笑をたたえながらいった。
「トモ、君は僧侶が嫌いなのかい」
私は明確な言葉でそのことを言わなかったが、私の意図をスティーブは理解したようだ。
「トモ、君の僧侶や宗教に対する危惧は俺も分かってるつもりさ。僧侶とて人間だし食事もすれば宗派によるようだが女も抱くだろう。だけど俺の知らない世界を知っていることも事実さ」

ワイングラスを見つめながらスティーブは、
「それに俺は一時期、日本に行って僧侶になろうとしたこともあったしダンと一緒にインドまで行ったけど正直宗教やスピリチュアルなあれこれには幻滅して帰ってきたんだ。だから俺は仏教をそのまま信じているわけでもないんだ。そうそう、俺の考え方が間違っているのかも知れないが俺にとって禅は宗教というより心身共に自分を磨き上げるメソッドだと捉えているんだ。禅に魅せられたのは知的理解よりも体験に価値を置いていたからなんだよ」
一気に話したスティーブはソファに座り直して続けた。

「前にも話題にしたが俺も仏教に関する本を大学の図書館で読みあさったよ。『あるヨギの自叙伝』『宇宙意識』『タントラへの道』『仏教と瞑想』そして『禅マインド ビギナーズ・マインド』などかな」
さすがに複数の著名をすらすらと話すスティーブだったからそれらを本当に熟読したんだろうとあらためて感心した。
「しかし、だ。トモ、俺は知的理解...そうだな、頭でいくら理解しても実践なくしてなにも変わらない変われないことを思い知ったよ。いくら本を読んでもそれだけでは現実は変わらない。その点禅は実践を重視するだろ、そこに科学的なニュアンスを感じたんだ。その頃の俺に一番足りなかったのは知ることではなく体で体験することだったんだ。どうだ、おかしいかな」

「そうだなあ、私には明言する資格はないけど禅ももともと禅宗といって坐禅を基本的な修行形態とする宗教だよね」
私は若いときに興味本位で知った裏覚えの知識を絞り出しながら話しを続けた。
“禅” とはもともとサンスクリットの dhyāna(ジャーナ、パーリ語では jhāna)の音写であり、音写「禅那(ぜんな)」の略である。さらに禅那を今風に和訳すれば “瞑想” ということになる。
「ただし受け売りだけど、禅はまさしく体験によって伝えるものこそ真髄だとする “不立文字(ふりゅうもんじ)” を強調するから、瞑想と禅は別物だというのが専門家の通例のようだね」

スティーブは私に言われなくとも禅の歴史やその成り立ちに関しても知っていたから話しそのものは難しいものだったがお互いに理解はできた。
私は小腹が空いてきたのでワインに合いそうなスナックを取りだしてテーブルに置いたが、スティーブは見向きもしなかった。

「スティーブ。これは私がワープしてきた2016年当時の情報だが、禅というより...瞑想には科学的な “効果・効用” があることが証明されたらしいよ。無論昔から精神統一に良いとか呼吸法が健康に役に立つといった話しは多々あったけど、アメリカの研究者がいくつか重要なことを発見したというテレビ番組を見たよ。確か “マインドフルネス” というんだが...」
私が口にしたスナックを横目で見ながらスティーブは (体によくないよ) とでもいうように両肩を上げた。

「最新の脳科学の研究で宗教性を廃したマインドフルネスは脳を改善し鬱病の再発防止やビジネスにおいても効率をアップさせる効果があることが証明されたらしいね。とはいえスティーブ、禅も仏教ならその究極は悟りを開くことが目的だろう。しかし君は禅から何を学ぼうとしているの」
スティーブは少し考えた後で笑いながらいった。
「そうだな、最初はともかく自分の気持ち、心を落ち着かせたいと思っただけなんだ。当時の俺は常に心穏やかでないガキだったからな。しかし正直にいえば、俺は当時何かにすがりたかったんだ。だから『禅マインド ビギナーズ・マインド』の影響を受けてロスアルトス禅センターに行った時にコーブンに出会ったんだよ。俺にとっては実に神秘的でさ、今まで出会ったことのない類の人だと思ったよ」

私はその頃の彼の心の葛藤を分かるような気がした。自分の来し方と未来が果たしてどうなのか。自分が何者で何を成すべきかも分かっていない若者がなにか拠り所となるものが欲しかったに違いない。
スティーブと2人だけで長い話しをするのは久しぶりだったが、数日後に彼と禅センターに同行することを約束して別れた。
帰り際にスティーブは真面目な顔で、
「だけどトモ、よい機会だから白状するけど、俺にとっての一番の師は...トモ、君なのかも知れないな」
そんな呟きを残してスティーブ・ジョブズは帰っていった。車の爆音を響かせながら。

一週間後、スティーブも久しぶりのようだったが彼の車に乗り一緒に禅センターに向かった。カリフォルニアの空は絵はがきの写真みたいに青かった。
知野弘文は小ぎれいな袈裟を纏い、両掌を組みながら笑顔で我々の前に現れた。
写真を見て想像していたとおり小柄な人だったが全身から活力がみなぎっているように感じられた。私はどう挨拶してよいか迷ったが右手を差し出しながら「加賀谷友彦です。お目にかかれて光栄です」といった。
知野は「ようこそ、おいでくださいました」と独特なイントネーションの日本語でいいながら軽く合掌した後に私の手を力強く握った。
「ここで日本の方に会うのは久しぶりです。スティーブから貴方のことを聞き一度お会いしたいと思っていました」
と今度はスティーブにもわかるようにとの配慮かブロークンな英語でいいながら、
「こちらへ」
私たちを日本間でもなければ洋風でもない質素な一室へ誘った。

どうやらコーブンは私の年齢が気になったようだ。Appleの社員としては確かに異例の高齢者であることは間違いないし、そうした人材を何故スティーブ・ジョブズが気に入り全幅の信頼をしているかに不審を持ったらしい。もしかしたら怪しい人物に丸め込まれているのではないかと危惧したのかも知れない。
とはいえまさか (私は2016年の未来からタイムワープしてきた人間です) と白状するわけにはいかない。第一スティーブとの約束ごとでスティーブの承諾なく本当の事を話してはならないと決めていた。そもそも本当の事をいったところで頭がおかしいジジイとしか見られないだろうが。

私といえば反対にスティーブが信奉するコーブンという僧侶とは実際どのような人物なのか、スティーブがなぜそんなにも高く評価しているのかを見極めたいとその場に挑んだ。知野弘文=乙川弘文が曹洞宗の僧だということ、スティーブとの関係については日本で出版された「ゼン・オブ・スティーブ・ジョブズ」などから知ってはいたが私の知っている情報はそんな僅かなことだけだった。

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※ケイレブ・メルビー原作/ジェス3作画/柳田由紀子訳「ゼン・オブ・スティーブ・ジョブズ」集英社インターナショナル刊表紙


コーブンとの話しは小一時間も続いたが、この初面談はスティーブの期待外れだったかも知れない。何故なら話題は禅とか仏教のことより音楽だったり映画の話題だったり、あるいは初めて渡米したときの戸惑いといった取り留めのないものとなったからだ。
特に初めてアメリカの土地を踏んだときのカルチャーショックについては話しが合った。

「私が初めてアメリカに来たのは1967年でしたが、カガヤさんの初渡米はいつだったのですか」
私はいきなりコーブンに問われて一瞬ドギマギした。それは私の初渡米は1987年のことだったからで、この年より6年も先の話だからだ。うっかり思ったことを口から出してしまえば大きな矛盾が露わになってしまうが、そうした点には最新の注意をする癖というか習慣がついていたので、
「オーディオ関連の仕事でスティーブに会う前に初めてアメリカを体験しました」
と誤魔化した。

幸いコーブンはそれ以上話しを突っ込まず話題は初渡米での言葉の不自由さは勿論、レストランで注文し出てきた料理の量が多すぎて困惑したこと、チップ社会に慣れるまでギクシャクしたことなどなどの思い出話となった。
特にコープンは私がボストンの日本食レストランで揚げ出し豆腐を食べていたとき、隣の客から (それはなんだ) と聞かれ、上手く説明ができないため (豆腐の天ぷらだ) と説明した話しや、ニューヨークでラーメン屋を見つけ嬉々として入ったまではよかったが、店内が日本的だったからか同行の一人が思わず (味噌3つに醤油1つね ! ) と日本語で注文したものの (Excuse me.....) と言われた話しに声を上げ手を叩いて豪快に笑った。しかし常にその目は冷静さを欠いていないように思えた。

後で思い返すとコーブンは私の持っている僅かなわだかまりを察し、意識的に仏教とか禅の話しを避けたのかも知れないと気がついた…。
このとき、スティーブ・ジョブズはまだ26歳であり、知野弘文も43歳だったが私は彼らとは年代がまったく違う年寄りだった。だからか、その私の目から見て、1人の日本人から見て知野弘文はどう見ても普通の僧侶であり特別な存在には思えなかった。
私の印象はといえば、コーブンは袈裟こそ着ているものの、話しのとおりの人物であるなら合理的な考え方をする人のように思えたし、かつ世俗というものをすべて肯定するようなその物言いに僧侶というより話術が巧みな優秀なビジネスマンのように思えた。

帰り際にコーブンは、
「スティーブ、カガヤさんを連れてきてくれてありがとう。この人は私の知らないことを沢山体験しているように感じる大変興味深い方だね」
といいながら、私に向かって合掌しつつ、
「また機会を作ってスティーブと一緒に来てください。楽しみにしています」
といいながら、コーブンは如才なく駐車場まで送ってくれた。

とはいえ暫くぶりにコーブンと会ったスティーブ・ジョブズの表情には喜びが溢れていた...。
なにしろ出会った当初、スティーブは日本に行き永平寺の門を叩いて僧侶になろうと真剣に考えていたというが、コーブンが「結局は禅の修行も事業も同じだ」と説き日本行きを断念させたことがあったという。
確かに、それが本当なら知野弘文の物言いが少し違っただけでスティーブ・ジョブズは禅寺に入りAppleという企業は残らなかったに違いない。

(続く)

【主な参考資料】
・「パソコン革命の英雄たち~ハッカーズ25年の功績」マグロウヒル社
・「スティーブ・ジョブズの王国」プレジデント社
・「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新報社
・「ゼン・オブ・スティーブ・ジョブズ」集英社インターナショナル社
・「ジョブズ伝説」三五館社


ラテ飼育格闘日記(531)

ラテがオトーサンの掛け布団で寝たがるのを見てラテにも同様の布団を買ってやろうかと考えた。しかしまさか本当に羽布団というのも予算的になんだし(笑)。サイズも小型の方がいいだろうと近所のファッションセンター「しまむら」で安いものを探してみた。


冬場でも寝室は極力エアコンを使わないようにしている。だからだろうか、日中は寒さに強いラテも夜は丸まって寝てることが多いし感触が良く暖かいのだろう、オトーサンの掛け布団の上に埋まって寝ることが多くなった。無論そのままではオトーサンが寝られないからあくまでオトーサンが寝るまでの間、ラテに貸しているわけだ…。それに前回にも記したがそうするとオトーサンが寝るとき、布団の中にラテの体温が広がりほんのりと暖かいのだ。

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※愁いに満ちた表情も可愛い(笑)



ともあれスペースと予算があればラテにも羽布団を...と考えないわけでもないが、現実問題としてはそうもいかない。それでも感触が似ているもので安いものはないかと近所のファッションセンター「しまむら」にオカーサンと出向いた。
無論ワンコ用といったものはあるはずもなく人間様向けのものだがある種の敷き布団で具合がよさそうなものを見つけたので買ってみた。

しかしオトーサンたちが良かれと購入したとしても肝心のラテが気に入らずにお蔵入りといったケースもあるので少々心配したが、包装を解いてラテ用のマットの上に折って乗せてみたら早速その上に寝そべった。どうやら気に入ったようである。
さらにその日の夕食を食べたらそそくさとその布団の上に丸くなって休んでいるではないか。まずまずよい買い物だったようで一安心...。

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※ラテ用の布団を新調した。幸い気に入ってくれたようだ


目的を果たしたオトーサンたちは満足だったが、オトーサンの布団は暖まらない(笑)。そんな冗談を言っていたが、翌日の夜はまたまたオトーサンの掛け布団の上に埋まっていた。
そりゃあ化繊の安物と一応本物の羽布団の違いはあるわけだけど、ラテはそれを分かっているのだろうか。それともオトーサンの臭いが着いている方が安心するからか...等などと思ってみたが、まさか臭いをつけるためにラテ用の布団にオトーサンが寝るわけにもいかない。
ただし何だかんだと心配したが基本は気に入ったらしく1日の多くをこの布団の上で寝ているのだから結果オーライだろう。

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※ファミリーの母親がラテの吠え声を聞いてわざわざ公園に来てくださった。ラテは歓喜の吠え声を上げて飛びついた


さて室内はともかく朝夕の散歩はとにかく寒いからオトーサンにとって過酷なミッションだが、散歩途中にワンコや子供たちに出会える機会がある日は楽しみである。
先日のこと、ラテと我が家を飛び出た時間帯がちょうど小学生たちの登校時間に重なったようであっちからもこっちからもランドセルを背負った子供たちが学校の方向へ歩いて行く。

その流れに逆らうようにオトーサンとラテはまず近所の公園に向かおうと信号を渡ったとき、前方から「ラテちゃ〜ん」と可愛い声が...。いつも夕方になるとその公園でラテと遊んでくれるファミリーの小学生女子だった。
確か朝の時間に会ったことはこれまでなかっただけにラテは尻尾をお尻ごと振って喜んでいる。これはこのまま流れと逆方向にラテを連れて行くのは無理と判断したオトーサンは予定を変更して女の子たちと一緒に小学校まで歩こうと決めた。

無論大人の足で歩けば10分もかからない距離だが、大好きな女の子と絡みながら、そして時には行き交う子供たちの手でもまれながら校門の前まで一緒に歩く。

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※小学校まで子供たちと一緒に歩く。途中チューも欠かさない(笑)


ワンコ好きの子はラテの尻尾や背中を触って通り過ぎたりもするが、嫌いな子供たちは歩みを止めてオトーサンたちが通り過ぎるのを待つ子もいる。オトーサンとしてはワンコ嫌いな子供たちを怖がらせないようにと注意を払いながらリードを引くが、ラテはおかまいなしに近くの子供たちに愛想を振りまくから困る。

ともあれ子供好きのラテにとってそれは嬉しい時間だったようで表情がキラキラしている。
途中盛り土になっている土手をラテは一気に駆け上るが「そこは登ってはいけないと先生に言われてるんだよ」と女子が教えてくれる。確かに端は下にある公園までそれこそ崖状態だから足を滑らせたら大変だ。
オトーサンは「ラテは学校に行ってないから、まっいいか!」と冗談をいうと女子たちが笑う。

あっと言う間に小学校の校門に到着。校門前には校長先生が笑顔で子供たちに「おはようございます」と朝の挨拶を交わしている。ラテと一緒に歩いてくれた女子は「ラテちゃんまたね」と手を振りながら校門をくぐるとラテも一緒についていこうとする。
校長先生が苦笑しているとラテは「ワンワン!」と吠えて抗議をしている(笑)。
そのラテを校門から引きはがして散歩を続けようと歩き始めるが前方からは当然のことながら学校を目指して多くの子供たちが向かってくる。そういえばこれだけ大勢の子供たちの中に入ったことはなかったかも知れないからか歩き方がいつもと違うし、大体いつも地面や植え込みの中にマズルを突っ込みながら歩くわけだがこの時は行き交う子供たちの姿を追おうとずっと頭を持ち上げて歩いている。

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※ワンコ好きの女子とラテが互いに振り向き合っている


ワンコが怖いと避ける子供もなかにはいるが、笑顔を返してくれる子供たちも多い。そうした子供たちの流れがなくなったときラテは少し座り込んでいま来た道を振り返った。


logicool K380 マルチデバイス Bluetoothキーボード使う

Apple純正キーボードにはバッテリーが持たないという点以外不満はないが、面白そうなのでlogicool K380 マルチデバイス Bluetoothキーボードという製品を買った。最大の特徴だが "マルチデバイス" の名の通り、最大3台のデバイスをボタンひとつで切替て使うことができる点だ。


本製品はWindows/ Mac/ Chrome OS/ Android/ iOS に対応しているというが、私が使う環境はMacおよびせいぜいiOSだ。しかし外付けキーボード(HIDプロファイル)をサポートしているこの種のキーボードは、iOS利用時にカナ漢字変換ユーザーだと一部のカナがキートップの通りに入力できないこともあってその際にはローマ字入力にせざるを得ない...。なおMacはMac OS X 10.10以降が求められている。

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※logicool K380 マルチデバイス Bluetoothキーボードのパッケージ


特長は冒頭で記したように最大3台のデバイスをボタンひとつで切替て使うことができる点、バッテリーが単4乾電池2本で最大2年の寿命を誇るという点、そして安価なことだろうか...。

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※単4乾電池2本で最大2年の寿命を誇るとあるが...


筐体はキートップと同様プラスチック製で高級感はないが雑な作りではなく実利用には十分だ。それに電源スイッチがあるので電池寿命の保持は勿論、持ち運びの際の利便性も高い。

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※向かって左サイドに電源スイッチがある


Bluetooth接続は一度デバイスとペアリングが済めば後はキーボード左上にあるブルーの3つのボタンであらかじめ設定したデバイスにスムーズに接続可能だ。接続がスムーズである点とキーの上部に接続が完了したことを示すLEDが点灯するのも明解で良い。

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※最大3台のデバイスをボタンひとつで切り換えて使うことができる


したがって外出先へ持ち出すのはもとより、自宅内でiPhoneとiPadそしてMacの3つのデバイスをこのひとつのキーボードでタイピングができる点は簡便だ。

さて肝心のキーストロークを含むキー操作の感触だが、悪くないと思う。キートップの形が四角でなく円形なのも特長だが、キートップのサイズもApple純正キーボードのそれと大差ないし、若干Apple純正キーボードよりキーが軽い感じがする程度でストロークの感触も悪くない。
ただし当然というべきかApple純正キーボードのキー配列とはいささか違う部分もあるしコントロールキー類の配置や操作性が違うものもあり、その辺は慣れるしかない。

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※コストパフォーマンスにも優れ、なかなか実用的な製品だ


また、caps lock がについてもロックされているかの確認が打鍵するまで分からない。できればキートップにLEDをつけて欲しい。
ともあれmacOSで使う分にはカナ漢字変換利用でも問題はないし、背面には滑り止めもあり好みはあるだろうがなかなかよい製品だと思う。
しばらくは純正品と一緒に使い続けてみよう…。





Apple、記録的な第1四半期業績を発表

Appleは1月31日、2016年12月31日を末日とする2017年度第1四半期の業績を発表した。当四半期の売上高は過去最高の784億ドル、希薄化後の1株当り利益も過去最高の3.36ドルとなった。前年同期は、売上高が759億ドル、希薄化後の1株当たり利益が3.28ドルだった。当四半期の米国市場以外の売上比率は64%。


Appleは2016年度第3四半期の業績について、以下の予想を提供している。

・売上高として515億ドルから535億ドル
・売上総利益率として38%から39%
・営業費用として65億ドルから66億ドル
・その他の収入/(費用)として4億ドル
・税率26%

Appleの取締役会は、同社普通株式1株当り0.57ドルの現金による配当金を発表した。配当金は2017年2月13日の営業時間終了時点で株主名簿に記録されている株主を対象に、2017年2月16日に支払われる。
なおAppleは、2017年度第1四半期業績発表のカンファレンスコールのライブストリーミングを、2017年1月31日14時00分(米国西部時間)より、AppleのWebサイトで配信する。このウェブキャストは、配信開始後約2週間にわたり再生が可能。

Apple Press Info



安価な左右独立型 Hellodigi Bluetooth4.2 ワイヤレスイヤホン「HD10」レポート

AirPods 出荷は当原稿書いてるときには相変わらず6週間後だし価格もそれなりだ。使い勝手は抜群だがやはり落としやすいしそのデザインにも賛否が分かれる。事実友人から外出先で片方のAirPodsが無くなっているのが発覚し慌てて探しに戻ったという話しを聞いた。


AirPodsが発表されたとき、そのデザイン及び形状は基本的にEarPodsと同じと聞いているのであらためて自身の耳に合い、コードがなくても落とす心配がないものかを検証してみた。その結果右耳はともかく左耳は確実に落とすであろうという確信に至ったので先進的なイヤホンといわれているAirPodsだが買わないことに決めた。それにすでに購入された方には申し訳ないが、どうしても耳から垂れるあのデザインが気に入らない(笑)。

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※Hellodigi Bluetooth4.2 ワイヤレスイヤホン「HD10」とiPhoneおよびApple Watch


耳の外側に出る部分は機能性はもとよりだが、目立つ必要もないしそれこそシンプルであるべきだが、個人的な印象としてはEarPodsから単純にケーブルだけ取り去った感じのデザインはデザインおよび機能性を重視するAppleとしては手抜きのように思えて仕方がない。
ケーブルがつくからこそEarPodsのデザインだと思うがAirPodsはまったく別の新しい試みを見せて欲しかったと思うのは私だけではないだろう。
まあまあ、複数回充電できる充電ケースをはじめ、その使い勝手の良さは魅力的だが落としてしまっては元も子もない。

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※パッケージを開けるとそこにはスマイルの顔が :-)


とはいえその左右独立型でコードレスのイヤホン自体に興味はあったしAmazonで安価な製品をいくつか見つけたのでそのひとつを買ってみた。それがHellodigi bluetoothワイヤレス イヤホンン「HD10」だ。
使い勝手についてはAirPodsと比較にならないのは承知しているが、Bluetoothワイヤレスイヤホンの左右を繋ぐコードがないという体験もしてみたいと思ったわけだ。まあ、これなら万一落とし紛失しても損失感は軽いとも思った(笑)。

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※同梱付属品。左右ユニット、日本語マニュアル、イヤー交換チップ、充電ケーブルそしてポーチ


また「HD10」は確かにスペック的にもAirPodsには及ばない。
例えばフル充電の場合、片耳では5時間の利用が可能だが両耳だと2〜3時間となる。なお待機時間は片耳使用120時間、両耳だと60時間とのことだが充電に必要な時間は約1.5時間で同時に左右を充電可能だ。実際の連続使用時間はこれらの8割方と見ておくべきか...。

さて実際に耳への装着感を確認してみた。AirPods同様に単独でも使用可能な製品だがAirPodsが耳に引っかけるタイプなのに対して本製品はいわゆるカナル型である。
ユニットは一見大きいように思えるが耳に装着した感じは悪くない。ユニットの重さは5.5gというが、装着後に重さは感じないし私の場合は標準のままでもまずは落ちそうもないほどフィットする。ただしマニュアルによれば、ボタン面にプリントされているヘッドフォンのアイコンを上になるように装着すべきと説明されている。また申し上げるまでもないが、同梱のイヤーチップから自分の耳のサイズにあうものを使うことが大切だ。

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※充電はこんな感じで左右同時に可能


なお操作方法だが、そもそも左右のユニットにはそれぞれボタンが一箇所にあるだけのシンプル設計だ。したがってオペレーションは当初多少戸惑うかも知れないが一度iPhoneなどとのペアリングが完了していれば次からは両方のボタンを長押しすれば電源が入りデバイスと接続出来るし任意の片方のボタンを長押しすれば電源が切れる。
さらに音楽の一時停止や再生はボタンの一回押しで、曲の切替は2回押しだ。ただし音量の調節は「HD10」ではできないのでiPhoneなど接続したデバイス側で行うことになるがApple Watchを使っていれば無論Apple Watchから音量調節やストップや再生ができるので不自由はしない。

無論通話にも対応しCVC ( Clear Voice Capture) 6.0ノイズリダクションをサポートしている。通話受信はボタン一回、再度押せば通話終了、ボタンを二回押せば通話拒否となるし通話終了や拒否後は音楽再生モードに自動で戻る。
問題の音質だが、私の耳ではEarPodsよりパンチがあるような気がするしカナル型の長所が出ているように思える。また音漏れも少ない。

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※2つのユニット共にボタン側にLEDとマイクロフォンが装備されている


ただひとつ戸惑ったのは「HD10」ふたつのユニットがそれぞれ左右どちらに設定されるのか…という疑問だった。例えばAirPodsの場合なら2つのユニットはそれぞれ右耳用、左耳用が決まっている。しかし「HD10」は2つのユニットはまったく同じ形状だしR/Lの記載も無いからペアリンク後に左右に装着したユニットが正しいのかに疑問を持った。そもそも最初のペアリング時には2つのユニットのどちらからボタンを…といった指定はない。したがって両耳で使う場合、ペアリング手順によりペアリング後の左右が決まるのかどうかを試してみたが現時点ではわからなかった。日本語のマニュアルにもそうした記述はない...。

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※HD10を実際に装着した例


サウンドは確かに立体感があったものの正確を期すためYouTubeに載っているオーディオチャンネルテスト動画で確認してみた。幸い偶然かも知れないが私が装着した左右は合っていたし定位も自然に思える。そして次回の使用からは電源を入れればペアリングは自動的になされるし左右の設定はそのままだ。ということで左右が分かるように目立たない部位に印を付けて置くことにする。

なおユニット円形の直径は18.25mmほどだ。大きいように思ったが実際に耳に装着してみると目立つほどでもなくAirPodsのそれより自然な感じがするが、いかがだろうか。
そういえばAmazonの評価を見ると相変わらず様々な評価になっているが、私の場合は初期不良もなくこのまま故障せずに使えるならHellodigi Bluetooth4.2 ワイヤレス イヤホン「HD10」は十分音楽を楽しめる製品だと考える。
さらに連続使用時間がいささか短いとも思うが、耳から外した際にモバイルバッテリーなどで充電を心がければ私のようにメガネを常用するユーザーは勿論、この時期防寒対策アイテム...例えばマフラーやらを使用する場合にも邪魔にならないのでお勧めである。
カラーは私が選んだホワイトの他、ブラック、ピンクそしてブルーが用意されている。





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主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。続けて2017年7月1日「小説・未来を垣間見た男 スティーブ・ジョブズ」を電子書籍で公開。ゆうMUG会員