Apple Adjustable Keyboardを再考する

アップルはデザインとインターフェースに優れたコンピュータメーカーとして知られてきた。これまでにも期待に恥じない素晴らしい製品を多々開発してきたが、反面意気込みは強かったものの市場に受け入れられないために短命に終わった製品も目立つ。今回はそうしたプロダクトの一つ「Apple Adjustable Keyboard」をご紹介してみよう。


Apple Adjustable Keyboardが発売されたのはアップルがQuickTimeを前年度にリリースしたことから盛んにマルチメディア指向を探っていた1993年だった。
国内では最初ASCII キーボードが、そしてしばらく経ってからJISキーボードが発売されたと記憶している。米国価格はUS$219だったが国内では5万円ほどしたはずだ。まだADB (Apple Desktop Bus)時代のことだ。

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※Apple Adjustable Keyboardパッケージ


まずはそのパッケージだが、当時もそのサイズと重さに驚いたものだ。パッケージの形は台形で広い方の横幅が約48cm、狭い方で約41cmほど。そして奥行きが28cmで高さが12.5cm、重さは3Kgほどあった。
パッケージの材質はダンボール製で地味だが作りはなかなか凝っていた。

まず上蓋を上げると3重になっており、一番上はマニュアルやドライバーソフト、フロッピーディスケット、そして2本のADBケーブルが収納されているがその打箱のカバー上部にはアップルロゴの形に切り抜かれている。

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※蓋を開けると一番上の箱にアップルロゴが抜いてある


次ぎに出てくるのがキーボード本体と専用パームレストが、そして一番下はテンキーユニットだ。私の手元に残っているのはUSAバージョンというASCII 版だが、QWERTYキー配列に特別な点はないが人間工学とかエルゴノミクスと騒がれた時期の製品だけに現在のキーボードとは大きく異なった点が多い。

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※外装の中は3段に。上からマニュアル類およびケーブル、キーボード本体、テンキーユニッ


まず本体側のキーボードだがスペースキーのサイズに目を奪われる。そして付属のパームレストが手前側に左右ふたつ取り付けられるようになっているが、このキーボードはなんと手前側が左右に拡がるように開くことだ。そして背面には滑り止め処理はもとよりキーボードの角度が変えられる折り畳みのスタンドがある。

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※キーボードにパームレストを取り付ける(上)。キーボード本体を左右に開いたところ(下)


また何よりも目立つのは別ユニットのテンキーユニットの存在だ。そこにはカーソルキーとファンクションキーが集中しているものの、そのデザインは本体と統一が取れたものとしても形状はキーボード本体と橫に列べて置くにはしっくりしない。

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※パームレストを付けたテンキーユニット


さらに粗探しみたいだが、例えばキーボード本体左上には例の6色アップルロゴが埋め込まれているが、テンキーユニットの同じ位置には単に型押しのアップルロゴがあるだけだ。コストの問題だろうが、変なところでみみっちい…。

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※キーボード本体には6色アップルロゴがあるものののテンキーユニットには刻印だけだ


Apple Adjustable Keyboardは、ユーザーそれぞれの利用環境とある程度の特性に配慮し、自分にとって楽なアプローチで打鍵ができるよう配慮されたキーボードだった。そして確かにキーストロークもよく、当時のパソコンキーボードとしては良質な製品であることは間違いなかったと考える。

ではユーザーに歩み寄ったといわれたApple Adjustable Keyboardは成功したかといえばアップルの目論見は成功しなかった。
それはその後、Apple Adjustable Keyboardを踏襲したトータルデザインが継承されなかったことを考えれば明らかだろう。
エルゴノミクスといえば聞こえは良いものの、当時のアップルはそれを広め、多くのユーザーに使いたいと思わせる力がなかったというしかない。

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※ケーブルは接続していないが、こうして本体とテンキーを横に並べると少なくとも幅60cm以上のスペースが必要となる


そもそも一番の問題は、利用面積を広く占有しなければApple Adjustable Keyboardの利点を満喫できないことだ。パームレストはもとより、キーボード本体を開き左右のキートップに角度を付け、さらにテンキーを隣に置くにはかなり恵まれたデスク環境でなければ使えない。実際に計測してみると横幅は最低でも60cmの空間が必要となる。

アップルは人間工学を考慮したのだろうが、大げさに言うなら環境工学、いや…生活工学とでもいうべき多くの人たちの現実を考慮に入れなかったとしか言いようがない。
そうした意味においてApple Adjustable Keyboardは、アップルというメーカー側の理想だけを指針に製品化した、アップルらしいといえばアップルらしい特異なプロダクトだっといえる。



[小説]未来を垣間見たカリスマ 〜 スティーブ・ジョブズ 第39話 アラン・ケイ

スティーブ・ジョブズは未来のテクノロジーを時代の最前列で考え見つめてきたといわれている。しかしその陰には2016年12月6日、アップル銀座のエントランスから40年前のカリフォルニア、ロス・アルトスにあるスティーブ・ジョブズ家のガレージ前にタイムスリップしたひとりの男の存在があった。
ー 優れたビジョナリーといわれたスティーブ・ジョブズ。その若かりし時代の秘密に迫る!ー
※本編はフィクションです※

■第39話 アラン・ケイ
1984年1月24日にMacintoshが発表されたことでAppleは連日連夜お祭り騒ぎだったしメディアからの取材攻勢も今まで以上に凄かった。無論その対応の多くはスティーブ・ジョブズがやっていたこともあり、かつ彼の隣には常にといって良いほどジョン・スカリーの姿があったから残念ながら私にとってもスティーブは遠い存在になってしまった感がある。

またロッド・ホルトも含め、あのガレージ時代からのAppleを知っている者もほとんどいなくなっていたから気の緩む時間も無かった。ともあれこの頃私に課せられたミッションのひとつに製品化されたMacintoshの徹底した評価だった。これはスティーブからもいわれたがマイク・マークラからも強い要請があった。
Macintoshの誕生は当事者から見ても大げさでなく無理の連続を押し通して完成したプロダクトだった。したがって果たしてこれはスティーブ・ジョブズがいうように宇宙を凹ますコンピュータになり得るのか、というだけでなく市場に受け入れられるのかを徹底的に分析しておく必要があった。

そういえば手前味噌になるが、この私に課せられたミッションの適任者が私以外にいたとは思えない。なぜならMacintosh開発チームの人間それぞれにとって自分たちがクリアしなければならない目の前のあれこれを実現するため日夜躍起になっていたから、Macintoshという1台のパーソナルコンピュータ全体を俯瞰して直視できる者はまずいなかった。

無論スティーブ・ジョブズもその1人だったしそうあるべきだつたが、彼は物事を公明正大に評価するには熱すぎた人間だ。
その点、私はといえば2016年からタイムスリップした人間であり、1984年にMacintoshの実機を手に入れそれこそユーザーの立場であらゆることを試し、歓喜と落胆を繰り返していたから、技術的な面は別にして、私にはすでにここにいるAppleの誰よりもMacintoshを使い込んでいる人間だった。

反面私はAppleを去って行った友人のロッド・ホルトが羨ましかった。無論彼は望んでAppleを辞めたわけではないが、彼はAppleを辞めても行くところ、生きる術があった。しかし2016年からタイムスリップした私にはもしAppleを首になったとして別のどこかで…ということは事実上出来得なかったし、生きる意欲も術もなかった。
そんな私の立場を知っていたのはスティーブ・ジョブズただ1人だったが、彼は前記したように目の前の新しい環境に没頭し、廻りに気遣いするような人間ではなかった。

そんな平々凡々の日々を送っていたある日、久しぶりにエキサイティングなことが起こった。
私が自分のオフィスでMacWriteを使って資料をまとめていたとき、オフィスのドアが叩かれた。
「どうぞ、おはいりください」
の声と同時に入ってきたのはあのアラン・ケイだった。

「やあ、トモヒコさん、あなたとお話しがしたくてやってきました」
と底抜けな明るさを漂わせてアラン・ケイが右手を差し出した。
私はその手を両手で強く握りながら、
「Appleで会えて嬉しいです」
と椅子を勧めた。
アラン・ケイは本来なら私より8歳も年上なはずだったが、彼はこの1984年当時44歳という働き盛りだった。対して私はすでにジジイだったが、可笑しな物で2016年に40年前にタイムスリップしたときから自分でいうのも辺だが歳を取らなくなったように思えた。

「久しぶりです、トモヒコさん」
再びそういうアラン・ケイに私は、
「トモと呼んで下さい」
といった。

「あなたは今般Appleにアップル・フェローとして入社されたんでしたね」
私がいうと、
「やはり、トモ。あなたはどこか不思議な男だな。私がアップルフェローとして入社したことなど社内でもほとんど知らないはずなんだが」
といいながら、その瞳がきらりと光った。
アラン・ケイは続けて、
「パロアルト研究所で会ったとき、別れ際にいった僕の言葉を覚えてるかな」
いたずらっ子のような表情でいった。
「覚えてますよ。あなたは、『僕にはスティーブ・ジョブズやAppleのことより君の秘密に興味があるよ』
と言われましたね。それに、オーラーが違うとも」
と私は答えで微笑んだ。

「よく覚えてますね」
といいつつ、続けて、
「ああ、トモ、申し訳ないがコーヒーを飲んでいいかな」
ケイはオフィスの端にあるコーヒーサーバーを見ていった。
「勿論です。私も飲みたいから一緒に飲みましょう。少し待って下さい」
数分後、カップ2杯分のコーヒーを入れて私はケイの正面に座り直した。

アラン・ケイはコーヒーを待っている間、オフィスの奥に置いてあった安物のクラシックギターに目を留め、
「ああ、トモ…君もギターをやるんだね。嬉しいなあ」
と目を光らせた。
「まあ、私のはあくまで趣味でしかありません。子供の頃からクラシックギターを楽しんできたけど、そう1年半ほどはパコ・デ・ルシアに憧れてフラメンコギターも習いました。しかし貴方はジャズギタリストとしてプロフェッショナルなのですから一緒にされては困りますよ」
私は笑いながら言い訳した。
「パコ・デ・ルシアといえば、僕も興味があるよ。Fuente Y Caudal(邦題 :二筋の川)は大好きだし、ジョン・マクラフリン、アル・ディ・メオラとのスーパー・ギター・トリオも多くのインスピレーションを与えてくれたよ」

「それは嬉しい。しかし音楽の話しはともかく、ケイ、 あなたはAppleで何をしようと思っているのですか」
私は直球の話しを切り出した。
ケイはニヤリとしながら、
「僕はここAppleで直接生産性に寄与することはないと思うよ。アップル・フェローだからという訳ではないが僕の仕事は研究というか計画というべきか、温めている期間が長いのが普通なので、目に見える形にするまでに時間がかかるのが難点なんだ。
ただし君だからいうが、僕がAppleに入った理由のひとつは第3パラダイムの製品、すなわちフラットスクリーンディスプレイを持ち無線によるネットワーキングが可能な小さなコンピュータを手がけたかったからなんだ。それと、しいていうならスティーブの教育係ってとこかな。それも未来に向けての指針を示す仕事だよ。ただし、気になることがひとつあるんだトモ」
「なんでしょうかそれは」
アラン・ケイはしばらく私を直視していたが、
「それは君だよトモ」
と真顔で言った。

私が困惑して黙っていると、
「僕はスティーブが未来に向けてどのような製品開発に取り組むべきなのかをアドバイスする立場にあるんだが、すでにスティーブにはトモ、君という存在がいる。したがって僕の出番はないかも知れんな」
口ひげを左指で撫でながらケイはいった。
「私は貴方のように輝かしい経歴もないし、ただのジジイですよ」
私が弁解じみていうと、ケイは、
「ここではそう聞いておこう。しかし常に未来におけるコンピュータのあり方や子供たちの教育といったあれこれを考えている僕にとって、トモ…君はなんとも気になる存在なんだよ」
私は苦笑いしながら自分の頭を指さし、
「ケイ、あなたは『未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ』と主張されてますが、しいていうなら私はそれをここでやっているに過ぎないんですよ。私はエンジニアではないので」
「いや、君には…どういえば良いか、そう…未来の臭いがするんだ。その理由は僕にも分からんけどね」
ふと、コーヒーのカップを手に持ったまま立ち上がって窓際にある椅子に座り直しながらアラン・ケイは続けた。

「ところで先日、Macintosh開発チームのビュレル・スミス君から君が持っているという未来のデバイスのモックアップの話しを聞いたのだが、僕にも見せてもらえるだろうか」
遠慮がちにケイはいったが、その目付きは真剣だった。
「勿論ですとも」
私は机の引出を開け、すでにバッテリーが完全に切れたiPhone 6s Plusを取りだしてケイに渡した。
ケイは手にしたiPhone 6s Plusをしばし見つめ、無言のまま私の表情を覗き込み、またiPhone 6s Plusに目を落とすということを数回繰り返した。
「これは、凄い!表面は強化ガラスだろうしボディはアルミニウムのようだ。僕にはこれがモックアップだとは信じられん。いや、モックアップだろうと製品だろうと現在の技術を駆使してもこれだけの完成度を求めるのは無理だな。やはり君にはなにか大きな秘密があるらしいな」
ケイはニヤリとしながら、
「それはともかくこれが動作しSmalltalkが走り画面がもう少し大きければダイナブックそのものだな」
私は思わず、
「実は iPadという製品が…」
と言いそうになったが、辛うじて自制した。

私は自分が隠していることが暴露するのではないかと思い話題を変えた。
アラン・ケイの顔を見ていると自分が40年前の日本からタイムスリップしてきた人間であることを正直に話したくなってくる。彼にはそうした不思議な魅力が溢れているように思った。
「そういえば、ケイ。貴方はMacintoshのことをどのように評価してるんですか」
アラン・ケイは窓際でまだiPhone 6s Plusを握ってその感触を確かめていたが、視線をiPhone 6s Plusから外さずにいった。
「Macは、批判するに足りる最初のコンピュターだよ。ただしパワーが小さすぎるね」
ケイは顔を私の方に向け、
「そう、スティーブに同じ事を言ったら激怒されたよ」
と声を立てて笑った。

続けてケイは、
「僕たちがどうアドバイスしようとAppleは、いやスティーブ・ジョブズらは自らの考える方向に会社を持って行くに違いないが大きな苦難が待ち構えているように思うよ。だから僕たちの役割は現実的にはそんなに意味のあることではないのかも知れない。しかしAppleでトモ、君と未来のプロダクトについて一緒に仕事ができるならそれが一番嬉しいよ」
iPhone 6s Plusを名残惜しそうに私の手に戻しながらアラン・ケイはため息をついた。
そのとき、私はふと閃いた。
もしかしたらアラン・ケイはすでにスティーブ・ジョブズの運命を危惧していたのではないかと…。
私は実際40年ほど先の未来を知っている男だったが、アラン・ケイはこの時代にいて未来を覗くことができる男なのかも知れないと彼の後ろ姿を眺めながらオフィスのドアを閉めた。

【主な参考資料】
・「スティーブ・ジョブズの王国」プレジデント社
・「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新報社
・「アップル・コンフィデンシャル 2.5J」アスペクト刊
・「マッキントッシュ伝説」アスキー刊




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ラテ飼育格闘日記(548)

まだ5月だというのに、ときに三十度を超える外気温の日になる季節になってきた。オトーサンも苦手な季節だがラテはすでに日陰の風通しの良い場所に腹ばいになって動かない…ということが多くなってきた。これからは些か散歩の時間も気温を考えて調整しなければならなくなる。


それでも朝夕の散歩は欠かせない。オトーサンは限られた時間をいかにラテが楽しく過ごせるかを考え、散歩の時間やコースを決めているつもりだが当のラテはそうしたオトーサンの思惑とはまったく別の次元にいる。
一緒の空間で日々を過ごし、同じ時間サイクルの中で生活していると擬人化以前にそこにいるワンコが我々ホモサピエンスとは種が違ういきものであることを忘れてしまう。

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なかなか凜々しい、いや...ベッピンさんです(笑)


美味しい物を食べ、ボール遊びなどをすればお互い顔を見合わせて笑い合う。女房が足が痙ったと呻いていれば何ごとかと顔を舐めにいく。
そうした日常を過ごしていると姿形は違うが、ラテはまさしく苦楽を共にする家族の一員であることを実感する。それはそれで間違いなのだが、冷静になって考えればラテとオトーサンたちは同じ日常を一緒に過ごしてはいるものの住んでいる世界はまるで違うということも認識しておく必要がある。

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※ファミリーのオカーサンを息子さんとラテが奪い合い?


よく言われることだが、ワンコが見ている世界は私たちの認知している色合いと比較して知覚できる色が少ないためにかなり地味な世界のようだ。反面聴覚は我々が聞き取れない高い周波数の音を認識し、嗅覚に至っては我々の能力の500倍とも1000倍とも言われる信じられない能力を持っているといわれている。
事実ラテと散歩を一緒に…などといってるものの、知り合いの方に出会ったり子供たちと触れ合ったりしている姿はどう見ても我々の感じ方に重なるものがあり、喜んでいるのか嫌がっているのかといった感情面まで分かったつもりでいる。

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※ファミリーの女子に出会うとラテの態度は他の子供たちと違うのが面白い


しかし道を歩いている時、ラテの視線はもっぱら地面とその周辺に限られている。地面と路面にある樹木や草木あるいは電柱やらの臭いを嗅ぐのに多くの時間をとっているのが現実だ。
オトーサンに言わせれば「そんなに地面ばかり見ていないで、若葉が映える青空を見てみろ。美しいぞ」と言いたくなる。
とはいえラテは周囲を嗅覚で嗅ぎ回り、細密な情報を得ているわけで、いわば嗅覚で世界を “見て” いることになる。我々と世界の見方、認識の仕方がまるで違うのだ。

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※今日もワンコ好きの子供たちにモミクチャ(笑)


ラテは臭いで空間と時間を把握し、我々人間にはわかり得ない世界を認識して生きている。無論視覚も前記したように色味を別にすれば大切な感覚だし事実観察していればわかるが、視覚に頼った判断も多い。
こうして考えてみるとラテはワンコの世界観を人間界に持ち込んで融合させているように思える。それも大方は大変上手に融合し、時には上手く使い分けているというべきか。

そしてエピソード記憶も優れているようだ。ラテは語ってくれないが我々と同様、自身にとっての大切な記憶長い間覚えているように思える。
季節が暖かくなるとそれまで見向きをしなかった自動販売機の前で立ち止まり水を飲みたいと要求する。これは凄いことだとオトーサンは思っている。自動販売機といっても使用頻度が高い場所のものなら分かる気もするが、まったく初めての場所にある自動販売機も同じく喉の渇きを満たしてくれることを知っているのだから…。

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※久しぶりに入った公園にある滑り台にラテはスタスタと近づいた...




※滑り台でオトーサンとラテが一緒に遊ぶ。なかなかに楽しい!


だから思わず擬人化というより人間扱いしてしまう(笑)。またラテの行動や態度も我々人間の理解を超えている場合があるものの、歩きながらオトーサンの足を突いたり、抱っこをせがんだり、アイコンタクトして吠えたりするその意味や意図も大方は理解できると考えている。そして悲しい、嬉しい、不安、怖いといった表情も慣れればストレートに分かるし、オトーサンの顔色をうかがいながら上目遣いで悪戯をするなど、ラテとの日々はまさしく個性的な感情・意識・意志を持った頭脳と対峙している喜びがある。
要はものの道理が分かっていると思ってしまいがちだが、しかし前記したようにラテは我々がどうあがいてもわかり得ない世界観の中で生きていることもまた事実なのだ。

それにも関わらず、世界観が違うにもかかわらず、程度問題としても種が違う者同士が理解し合える素晴らしさはワンコの醍醐味だ。
なんと言ったらよいか...オトーサンを必要とし、信頼を寄せてくれる相手と共に過ごす毎日ほど生き甲斐のあることはないのではあるまいか...。




43年前、京都ひとり旅の思い出

京都には何度行ったか、正直数え切れない。女房と一緒にそして後半は私の両親を含めて4人で毎年、それも多いときには桜の季節と紅葉の季節、あるいは正月といった具合に至福のひとときを過ごした。実際 “桜” といえば京都の桜を思い出すほどだ。そうした京都旅行の中でも忘れなられない特異な旅がある。それは昭和49年(1974年)8月にひとり旅した思い出だ。


独身時代であり、懐具合もよかったものの、なぜ京都にひとり旅してみようと思ったのか、いまとなっては釈然としない。それ以前に京都といえば修学旅行で立ち寄ったことがあっただけだから、仏像好きの私としては自由に旅を満喫したいと思ったのかも知れない。
さて、なぜいまさらこのようなテーマで記事を書こうと思ったのかといえば、当時よほど印象深い旅だっのか、旅行の過程を写真と共に1冊のアルバムにしたものが出てきたからだ。決して几帳面とは言えない自分がよくもまあ、整理して残したと感心する。何しろすでに43年も前のお話しなのだから…。
京都の観光名所など、今となっては珍しくもないだろうがひとり旅の気楽さと不便さといった両極端を味わった旅でもあった。

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※43年前、京都ひとり旅したアルバムを発見(笑)


1974年8月29日、日の高いうちに私は京都大原に向かった。新幹線で京都まで来て駅のコインロッカーに荷物を預けタクシーを拾った。
ときはちょうど昼時だったようで大原三千院入り口近くにあった一福茶屋という店で “とろろ蕎麦” を食す。350円也。
勿論カメラを持って行ったが、三千院門前は三脚禁止だったので自分撮りができないことにもどかしさを感じた。

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※三千院門前で。三脚が使えず自撮りができなかったので旅行者の方にお願いした


三千院の往生極楽院で本尊の阿弥陀如来三尊を仰ぎ見る。会うのは初めてだった。
中央の阿弥陀さまより両脇士に魅せられる。お尻が少し上がり、いまこのとき衆生の救済に向かおうとする瞬間の姿なのだそうな。

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※三千院の往生極楽院


三千院から200mほど離れた来迎院へと立ち寄るが、ここは本堂しか見るべきものがないと5分で退散。一路、東海道自然歩道とかを歩き出す。
現在のように道々に土産物屋がある時代ではなかったが、一件の喫茶店を見つけてアイスコーヒーを注文。私はここではじめて京都ではコールコーヒーと呼ぶことを知った。
どのくらい歩いたのか、寂光院にたどり着いた。あの建礼門院陵があることで知られているが、さすがというべきか、女性の観光客ばかりで見回した限り、男性は私だけのようだった。
院内に置かれていた建礼門院の像は彩色され京人形のようだった。

 思いきや 深山の奥に すまゐして
 雲居の月を よそに見むとは

の歌が哀れ。だからであろうか、パラパラと天気雨が降ってきた。私には建礼門院の涙に思えた。
寂光院門前で運良くタクシーが拾えたので京都駅に戻り、コインロッカーから荷物を出して旅館へと思ったが時刻はまだ15時。
時間つぶしと話しのネタにと駅前の京都タワーに登ってみた。無論初めてである。
しかし正直あまりにも俗っぽい土産物屋ばかりで見る気が失せ、早々に降りて旅館に向かった。

実はこの旅行のひとつの目的はこの旅館にあった。
三条河原町西に懐石・京の宿「大文字家」があった。ここは亀井勝一郎や水上勉らが愛した京の宿として紹介されていた雑誌の一文を読み、是非そのうち1度で良いから利用してみたいと考えていたのだ。

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※懐石・京の宿「大文字家」のパンフレットと記載されていた亀井勝一郎と水上勉による推薦文


ただし京都の宿は一見は利用できないところもあるので私はおそるおそる電話をしてみた結果、利用可能とのことだったので予約をした。
何度も写真で見た水打ちされた狭い道を入ると夢にまで見た(笑)大文字家の玄関だった。

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※水打ちされた石畳を入ると雑踏が嘘のように消える


通された部屋は八畳だったと思うが、近代的な旅館とも、無論ホテルとも異質な独特の空間だった。
覚えているのは一品ずつ出でくる懐石料理の数が多くて驚いたこと、そして一人で飲むビールが効いたことだった。

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※二泊した宿、大文字家の一室。背景のテレビが時代を感じさせる


翌日は嵯峨野へ行き、三条大橋を渡ったり、化野念仏寺を経て祇王寺へと向かった。

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※祇王寺、控の間の吉野窓


途中、檀林寺があったのでちょいと覗いたら、門前で週刊新潮を読んでた老人に「おいでやす」と言われ入ってみたが見るものはなかった。

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※化野念仏寺奥の竹林


さらに南に下って少々右に折れると二尊院。またまた歩いて落柿舎に寄り常寂光寺。そして回り回って嵐山に出た。

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※落柿舎、中は撮影禁止だった


京の夏は本当に暑い。よく歩いたものだが、ここからタクシーで八坂神社へ行く。せっかくここまで来たのだからと祇園一、いや日本一の茶屋である一力の暖簾を眺めて踵を返した。

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※現在この付近はお土産やなどが立ち並んでいるはずだが、三脚を立てて自撮りした一枚


四条小橋あたりだったと思うが実に京らしい若い女性に出会った。
出会ったといっても向こうは風呂敷包みを抱え、浴衣を着て歩いていただけだが、若造の私から見ても一般女性ではないように思えた。勇気を出して声をかけ、写真を撮らせてもらったが、どうやら舞妓になりたての女性のようだった。
ようだったというのは、一応失礼にならないようにと気を付けながら二三聞いたのだが、帰ってきた京言葉がよくわからず、結果不明のままだった(笑)。

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※四条小橋あたりで舞妓さんと思われる若い女性とすれ違い、写真を撮らせていただいた


現在の京都は、旅行者が舞妓の姿になり、数時間歩き回ることができるサービスもあり、偽舞妓・偽芸子を本物と思って写真を願っている観光客も目につくが、無論当時そんなサービスはなかった。
スッピンの顔から判断してせいぜい高校生といった年齢に思えたが、どこであれすれ違い様に女性に声をかけたことは初めてだった。いや本当だってばあ(笑)。
そして旅館に戻った。

三日目の朝がきた。ニュースによれば台風が接近しているというものの空はまだ晴れていたので鴨川のほとりを散策した後に三十三間堂に向かった。建物の中に入ると修学旅行当時の思い出が湧き上がってきた。この千体の仏像の中に亡くなった知り合いの顔があるとかないとか…といったガイドの説明があったことも思い出した。
そして慌ただしく清水寺へと急ぐ。途中、七味屋で唐辛子を買い、清水人形の店を覗いたら地蔵の焼き物と目が合ったので購入した。

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※清水寺の舞台


小さな買い物袋を下げながら清水寺の舞台へ。そして三年坂を下り八坂の塔を眺めながら円山公園に出て長楽館で一息しようとコーヒーを頼む。BGMはベートーベンだった。

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※八坂の塔


この日はメチャ暑かったが、神宮通りを歩きに歩いて平安神宮へ到着。少々プラモデル的だが美しい。そして左近の桜の前で三脚を立てて自撮りする。
次ぎに目指したのは南禅寺。途中あまりの暑さに自動販売機でコーラーを立ち飲み。80円也。
山門を通って歩くと目的のレンガ造りの水道橋が見えてきた。琵琶湖疏水が流れる水道橋を堪能して昼飯をと店に入った。するとテレビで台風情報をやっていて今にも京都付近に上陸するという。

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※南禅寺境内にある琵琶湖疏水の水道橋を背景に


本当なら銀閣寺に向かうことを考えていたが、仕事上新幹線に止まられると困るので一泊切り上げ帰る決心をした。せっかくの旅行だったが、サラリーマンだからして仕事に穴をあけるわけにもいかず、後ろ髪を引かれる思いで一日早く帰ることにした次第。

大文字家に戻り、事情を説明すると快く一泊のキャンセルを承諾してくれ、三つ指ついて送ってくれた。
「また来ます」と言いつつ背を向けた。実際にその数年後、女房と一緒に再び大文字家に泊まったが、代替わりしたのか趣がかなり変わっていて残念感が強かった…。

ともあれ京都駅に戻り、新幹線のチケットを買うが、小一時間余裕があるので近所の東寺に寄ってみた。
空を見上げると明らかに暗くなってきている。「おのれ台風16号」
こうして私の京都ひとり旅は終わった。なお京都へは冒頭に記したように数え切れないほど行ったが、ひとり旅はこのとき以来機会が無い。

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※15時44発東京行きの新幹線にて急遽戻ることに


それにしても僅かな点数とはいえ、さらに退色しているとはいえこうした記憶をフィードバックできるのも写真が残っているからだ。
余談ながら、現在デジタルカメラで撮った写真は果たして43年後に問題なく楽しむことができるのだろうか?
以上43年前の京都旅行のレポートでした(笑)。



Instagram、ロケーションとハッシュタグに関連するストーリーズ投稿を表示する機能追加

Instagramは2017年5月23日(米国時間)、Exploreページにロケーションやハッシュタグに関連するストーリーズ投稿(「インスタグラム ストーリーズ (Instagram Stories)」でシェアした写真や動画)を表示する機能の追加を発表。


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Exploreページ(検索機能がある虫眼鏡アイコンのページ)は毎日1億以上の利用者が訪れ、様々なコミュニティや出来事を“発見”している世界最大級のプラットフォーム。今回追加される2つの機能によって、特定の場所で起こっている出来事や、興味関心に基づいたストーリーズ投稿をリアルタイムで楽しむことができるようになる。

機能の詳細は以下の通り。

・ロケーションのストーリーズ:
 Exploreページの上部に、今いる場所に関連するストーリーズ投稿が表示されるようになる。また、検索機能を使って都市やランドマークを検索すると、検索結果の一番上にストーリーズの丸いアイコンが表示され、その場所のロケーションスタンプを使ってシェアされた投稿を見ることが出来る。

・ハッシュタグのストーリーズ:
 特定のハッシュタグを検索した場合も、画面上部にそのタグを使ってシェアされたストーリーズ投稿が表示され、利用者の関心に合った投稿をより発見しやすくなります。

ロケーションスタンプやハッシュタグスタンプを使ったストーリーズ投稿をシェアすると、あなたの投稿が特定のロケーションやハッシュタグのストーリーズに追加されるかもしれない。投稿が追加されないようにするには、自分のストーリーズ投稿を見た人の一覧で「X」をタップし、非表示にできる。

今回のアップデートによって、自分の住んでいる地域の新たな風景を発見したり、例えば #今週もいただきますのハッシュタグを検索して食卓の献立のインスピレーションを得たり、Instagramを通して様々な体験を世界中の利用者とリアルタイムで共有し、より簡単に新しい世界を発見できるようになる。

これらの機能は本日より順次展開する。詳細に関しては、Instagramの日本語公式アカウント@instagramjapanより確認のこと。

Instagram 日本語版公式アカウント:



[小説]未来を垣間見たカリスマ 〜 スティーブ・ジョブズ 第38話 Macintosh誕生

スティーブ・ジョブズは未来のテクノロジーを時代の最前列で考え見つめてきたといわれている。しかしその陰には2016年12月6日、アップル銀座のエントランスから40年前のカリフォルニア、ロス・アルトスにあるスティーブ・ジョブズ家のガレージ前にタイムスリップしたひとりの男の存在があった。
ー 優れたビジョナリーといわれたスティーブ・ジョブズ。その若かりし時代の秘密に迫る!ー
※本編はフィクションです※

■第38話 Macintosh誕生
1984年1月24日、幾多の困難を克服し大きな犠牲を払いながらもスティーブ・ジョブズの夢であったMacintoshが発表された。それはApple本社近くにあるフリントセンター講堂で開かれた年次株主総会の場だった。
株主総会だからして近年のスペシャルイベントなどとは些か違い、最初は形通りに法律顧問による株主総会として事務的な発表と手続きが話され、続いてその9ヶ月前に新しいCEOに就任したばかりのジョン・スカリーがAppleの業績を発表した。

その後にスティーブが登壇したが、その様子は些か芝居じみたものだった。
その場に集まった株主たちにはこの場でなにか新しい製品が発表されるであろうことは分かっていた。しかしスティーブ・ジョブズは演台にはいきなり登場せず、真っ暗に落とされた照明の中、左の袖から聴衆に語りはじめた。
そして伝説となるスピーチが始まった。

「1958年のこと。IBMはゼログラフィと呼ばれる新技術を発明した若い会社を買収する機会を逃し、2年後にゼロックス社が誕生し、IBMはそれ以来自分を責めています」と語りだした。
私はMacintosh開発チームの連中と共に舞台裏と袖とを行き来しながら固唾をのんでスティーブのスピーチを聞いていたが、その後のデモンストレーションが上手く行くかに気を取られてほとんどスティーブの話しの内容を覚えている人はいなかったように思う。
ジョアンナ・ホフマンと目があったとき、彼女は両掌を組み、神に祈っているような表情だった。
なにしろMacintoshのすべてが安定していたわけでもなく、またスティーブが急に、
「Macintoshに喋らせよう」
と言い出したから大変な事になったのだった。
安定して音声合成ソフトを使うにはMacintoshの内蔵メモリである128KBでは不足だったのだからたまらない。
結局内蔵メモリを512KBと急遽4倍に増設したMacintoshを使うことになった。無論社外には内緒だ。

「IBMは本当に世界を征服してしまうのでしょうか。ジョージ・オーウェルの書いた『1984』のように?」
スティーブは機関銃のような早口で聴衆に語りかけると続いてあのコマーシャル「1984」のビデオが流れた。
観客は熱狂していたが、ここでやっとスティーブ・ジョブズに照明が当たった。
彼はきちんとしたスーツに蝶ネクタイ姿だった。
スティーブは、
「これまでのパーソナルコンピュータにマイルストーンとなるような製品は2つしかありません。それは ‘77年のApple II と ‘81年のIBM PCです。そしてLIsaの登場から1年経った今、我々は3番目のマイルストーンとしてMacintoshを発表します…」
Macintoshはかれこれ2年以上も開発にかかったこと、そしてついに狂気じみているほど素晴らしい製品ができあがったとスティーブは続けた。



※1984年1月24日、Macintoshを発表するスティーブ・ジョブズ(一部)


Macintoshの価格は2,495ドルで全米1500以上のAppleディーラーで今日から入手できることを伝えた後に
「Macintoshの革新的な部分を紹介しよう」
とMacintoshがLisaの技術を売れ筋価格帯の製品に落とし込んだと自賛し、マウス、ウィンドウ、アイコン、プルダウンメニューなどなどの紹介を続けた。

「MacintoshはLisaと同じ32ビットの68000プロセッサを使っているんだ。メモリは全部で192KB、そのうち64KBのROMを備えておりOSやグラフィックス機能、ユーザーインターフェースはすべてROMに入っている。RAMは128KB、そして80年代のディスクとして1枚に400KBものデータを記録できる3.5インチのフロッピーディスクを装備している」
スティーブはその後に同時発売される周辺機器を誇らしげに紹介した。

一息入れたスティーブは、
「Macintoshを紹介しよう。すべてはあのバッグに収まっているんだ」
と言いながらステージ中央に歩み寄り、自らMacintoshをバッグの中から取りだした。

舞台裏でアンディ・ハーツフェルドとスーザン・ケアが同時に、
「いよいよだぞ」
「いよいよね」
と叫んだ。
また万一のアクシデントがあった場合を想定してバレル・スミス、スティーブ・キャップス、ブルース・ホーンらが固唾をのんで待機しつつ見守っていた。
なにしろこれまで7,800万ドルの開発費を注ぎ込み、信じられないほどのプレッシャーにさらされながら週90時間以上の労働を強いられた成果がこのスティーブの発表で運命が決まるのだ。

スティーブ・ジョブズが初代Macintoshを発表するその姿は2016年からタイムスリップした私にとって何度もYouTubeなどの動画であるいはスティープの生き様をテーマにした映画などで見たお馴染みの光景だった。
しかし現実に自分がその舞台裏で多くの開発者らとスティーブの一挙一動に固唾をのんでいるとそれはまったく別の出来事のように思えた。

隣に立っていたバレル・スミスが、
「トモ、スティーブがMacintoshにフロッピーを入れたよ」
と叫びながら私の腕を掴んだ。
そのフロッピーは開発陣が徹夜で仕上げたデモ用プログラムだった。スティーブは芝居っけたっぷりにそれをシャツの胸ポケットから取りだしてMacintoshにセットしたのだ。
そしてスティーブはその場を一端静かに離れ、デモは会場の大型スクリーンに映し出された。

最初は “Macintosh” という大きな文字が画面一杯に横スクロールしながら流れていった。それはスティーブ・キャップスが工夫したフォントだった。
続いて星空のような背景にMacintoshという表示が現れ、その下に “Insanely Great!” という筆記体の文字がアニメーションで描かれた。それはブルース・ホーンが苦心して作ったデモだ。
そしてMacPaintやMacWriteといったアプリのスクリーンショットがスライドショー的に表示された。
私の前に陣取っていたブルース・ホーンが大きな安堵のため息をついた。

スティーブがMacintoshに歩み寄った。
スーザン・ケアとジョアンナ・ホフマンが私のシャツの袖を引きながら緊張している。
「ではここでMacintosh自身に喋ってもらいましょう」
スティーブはMacintoshを操作した…。
するとMacintoshはいかにもな音声合成の音質だったもののスピーチシンセサイザーによるメッセージを喋りだした。

「ハロー、僕はMacintoshです。あのバッグから出られて実にいい気分です。人前で話すのは慣れていないので、僕がIBMのメインフレームに最初に出会ったときに思いついた格言を皆さんに紹介しましょう。『自分で持ち上げられないコンピュータを信用するな!』ということです。お聞きのように僕は話せますが、今は少し控えて聞き役に徹しようと思います。それでは大いなる誇りを持って紹介しましょう。僕にとっては父親のような人…スティーブ・ジョブズです」

照明がスティーブに戻り、聴衆の歓喜はきわまったかのように拍手が鳴り響いた。
聴衆には分からなかったが舞台裏も聴衆に負けずに大騒ぎだった。誰もが飛び上がっていた。
このスピーチ原稿は最初アンディ・ハーツフェルドが書いたもののスーザン・ケアの提案によりシャイアット・デイ社のスティーブ・ヘイドンに書いてもらったものだった。
拍手はなかなか鳴り止まなかった。

ジョアンナ・ホフマンは私の腕を取りながら、
「ねぇ、見てよトモ。スティーブ涙ぐんでない」
と呟いたが、自身も涙声だった。
思えば、この日この時がスティーブ・ジョブズが生涯における一番の頂きに触れた一瞬だったように思う。
登り詰めた山は…降りるしかないことにスティーブは気づかなかった。

(続く)

【主な参考資料】
・「スティーブ・ジョブズ III」東京電機大学出版局
・「レボリューション・イン・ザ・バレー」オライリージャパン
・「スティーブ・ジョブズの王国」プレジデント社
・「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新報社
・「アップル・コンフィデンシャル 2.5J」アスペクト
・「Steve Jobs Keynote History 1984ー2011」(マックパワー付録)アスキー・メディアワークス





Escape Motionsのペイント・アプリRebelle 2 のステンシル機能に関して

過日、Escape Motionsの新しいペイント・アプリRebelle 2 に関して覚書という形で記事を書いた。その中でステンシルという機能について簡単に触れたが、今回はその補足である。


ステンシルの表示は「ウィンドウ」メニューの「Stencils」を選ぶことで表示がON・OFFできるが、アプリに当初用意されているステンシルのライブラリはたったの12個でしかない。またなによりもこの機能をより生かそうとすればユーザーなりに必要なステンシルを登録したいと思うのが自然であろう。
私も当初ろくにヘルプで表示するユーザーガイドも見ないで操作していたから、このステンシルの扱いについて難しいものかと思っていたが、実際にやってみると実に簡単だったのでメモのつもりでご紹介させていただく。

さてRebelle 2 で油絵を描こうという場合には普通ステンシルの必要はないと思う。しかしデザイン系あるいはイラストレーションといった作品をという場合には例えRebelle 2 をメインに使おうとする場合でもときに綺麗な線や緻密なオブジェクトを描きたいという欲求はあり得ることだと思う。しかしRebelle 2 はペイント系100%のアプリであり、直線すらいわゆるフリーハンドで描くのが当然のツールだ。
したがってステンシルはキャンバスに描きたいのが直線であれ円や多角形であり、より複雑なパターンをフリーハンドではなくカチッとした線で欲しいという場合に有効なツールとなる。

念のため、使い方をおさらいしておくが、ステンシルパネルから任意のステンシルをクリックする。オレンジカラーの矩形本体とその右上に小さな四角形(ステンシル・メニュー)が表示されるはずだ。

Stencil_01.jpg

※ステンシルをキャンバス上に置いた例


そのステンシル・メニューは四分割されており、左上が「移動」、右上が「回転」、左下が「拡大・縮小」そして右下がポップアップメニューになっていて「反転・水平方向に反転・垂直方向に反転・取り外し」から選択できる。

Stencil_02.jpg

※ステンシル本体右上の矩形はコントロールパネル


そのステンシル・メニューを操作し、ステンシルをキャンバス上の任意の位置およびサイズにしてからその白で抜かれた部位を任意の色で塗りつぶすが、このときステンシル上には色は付かない。

Stencil_03.jpg

※ステンシルの上から任意のカラーで塗る。その場合にステンシル本体のオレンジ色部分には色は塗れない


塗り終わったらステンシル・メニューの「取り外し」を使ってステンシルを消すとステンシルのパターンが綺麗に残っているはずだ。無論塗りは水彩でもアクリルでもツールは自由だ。

>Stencil_04.jpg

※塗り終わったらステンシルを取り外すと塗った部位が残るという理屈


ではステンシルはどのように自作してステンシルパネルに登録するのかを見ていこう。
話しは簡単だ。グラフィックソフトでステンシルにしたいパターンを描き、あるいはクリップアートなどを使いそれを .jpg で保存する。その際ステンシル化を考え、余白はオブジェクトぎりぎりのサイズで保存しておくことがポイントか。

Stencil_05.jpg

※例えば左の写真を白黒二値化したデータも .jpg で保存すればステンシルとして使える


後はRebelle 2 のステンシルパネル右下の「Create Stencil from Image File」アイコンをクリックし、当該 .jpg ファイルを指定して読み込めば良い。

Stencil_06.jpg

※ .jpgファイルを「Create Stencil from Image File」でステンシルパネルに読み込めば即ステンシルとして使える


これで自作のステンシルがステンシルパネルへ登録される。
ちなみにステンシルパネルから任意のステンシルを消去する場合は、当該ステンシルを選択の上で「Remove Stencil from the Library」ボタンをクリックすれば消去できる。

さてくどいようだが、ステンシルは本来フリーハンドで描きにくいオブジェクトをキャンバス上に表現するためのものだ。したがって一般的には均整の取れたカーブを持つ線やフォント、あるいはアイコンみたいなものに適しているから、その原型作りはドロー系というかベクトル系のツールで作るのがお勧めだ。
無論フリーハンドで描いたパターンや写真を二値化したものなどをステンシルとしてキャンバス上のレイヤーに持ち込んでみるのも面白かも知れない。コラージュなどに応用が利くだろう。

Stencil_08.jpg

※これも写真を二値化してステンシルとして利用した一例【クリックで拡大】


Rebelle 2 にとってステンシルは多用するものではないかも知れないが、その長所や利点を知っておくと役に立つ場合があるに違いない。

以下の動画はこれまでの説明を一通りリアルタイムで解説したものだ。参考にしていただければ幸いです。



※Rebelle 2 のステンシル機能の概要を動画で解説しました


Rebelle 2 ウェブサイト






ラテ飼育格闘日記(547)

オトーサンの体調がいまいち本調子にならないので、散歩もなかなか遠出ができずにラテも不満そうだが、そろそろ外気温が高くなっているので長い間歩き回るというより、外の涼しい場所で過ごしたいというのがラテの望みに違いない。暑いのはいやだがそうそう簡単に家には戻りたくないといった感じか。


確かに家にいる時間のほとんどは横になって寝ているわけだから、せっかく外に出たからには満喫したいという気持ちはわからないでもない。しかし目的は散歩であり、それはオトーサンとラテとで作り出す共有の時間なのだと考えている。なにしろラテとオトーサンは強い絆で結ばれているという以前に丈夫なリードで結ばれているわけで(笑)、基本的には気持ちが合わないと散歩自体が面白くないはずだ。

Latte547_01.jpg

※オトーサンとラテが気の合う散歩は楽しいのだが...


ラテの向かいたい場所とオトーサンが「今回はあっちに行こう」という場所とが違っていたりは当然としても、そこは人間とワンコの違いがあからさまに出てしまうとお互いに不満が残る。

それにしても常々思うが、ラテに限らずワンコは散歩中によくもまあ飼い主に噛みつかないものだと感心している…。
いきなり物騒な話しに聞こえるかも知れないが、ラテは自分がリードでオトーサンの腕に結ばれており、そこから離れられないことを知っている。またごく希ではあるが、四方がきちんと囲まれて他に人やワンコがいない場所があればリードを付けたままで離してやることもある。
要はリードがオトーサンの手から外れれば自由になれるということは理解しているものと思われる。

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※寝ている姿は実に可愛い


だとすれば「あっちへ行きたい」「ダメ!」という具合でリードの引き合いは多々あるわけだが、そんなときにオトーサンの手に噛みついてリードを離させようとは思わないのだろうか…とふと考えてしまうのだ。無論それをやらないからこそのワンコ…飼い犬なのだが、そうした意味においてもワンコは素晴らしいなあとつくづく思う。

また度々書いているがラテはアトピー体質で現在も抑制する薬を毎日飲んでいる。しかし季節季節になると肉球を噛んだりする頻度が高くなるし、足を洗ったり拭いたりする際に痛がってオトーサンやオカーサンに歯をむくこともある。

Latte547_03.jpg

※これからの季節は、路面に腹ばいして休憩が多くなる


要はそうならないようにとオトーサンは日々、文字通りラテが肉球を噛み始めたりすると止めるのが役目になっている。実に嫌な役目であり、ラテにとっては五月蠅い以上に邪魔だと思う瞬間もあると思う。
無いものねだりをするようだが、例えばもしラテにアトピーがなく、オトーサンが現在のように日々「ダメ!」「ラテ、ストップ!」と声に出したり、時には首輪を引いたりして止めに入ることが無かったとすれば、もっと関係は暖かいものになっていたかも知れないなどと思う時もある。

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※朝の時間帯が合うときは、お馴染みファミリーの子供たちが幼稚園に向かうバスを一緒に見送ることも...


しかし怖いオトーサンという存在も時には重要であり、オカーサンでは言うことを聞かなかったり止められない場合にオトーサンが顔を出すとピタリと止めるとすれば、それはそれでオトーサンも役割を果たしていることになり、それはある種の憎まれ役でも仕方がないなと思っている。
現実問題としてワンコに限らないが「可愛い、可愛い」というだけで日常が何の問題もなく旨く行けばよいが、そうもいかないのだ。
ただしラテが寝ながら「ウッ、ウウウウウ」などと明らかに泣き声を上げてうなされているのを見ると可哀想だからと「どうした、ラテ、大丈夫だよ」と起こしてあげることがある。

Latte547_04.jpg

※ここの所、抱っこ要求が少し多くなったように思える :-)


でもオトーサンはふと思う。ラテがうなされ泣くほどに怖いことや悲しいことがあるとすれば、それはどんなことなのだろうかと…。
生後推定三ヶ月ほどのときに拾われ保護されたというラテは長い間野良時代を過ごしたわけではないし、人間や犬猫から虐められたということも多々あったとは思えない。
だとすると、ラテにとって一番怖い相手はもしかするとオトーサンなのかも知れないとも思ったりする(笑)。
そうだとすれば、オトーサンに叱られている夢を見てうなされているのに当のオトーサンに「大丈夫か」と起こされるのも、ラテもなかなかに大変だなあと思わざるを得ない。

とはいえ、散歩中にアイコンタクトはきちんとするし、虫に絡まれたり、サッカーボールが飛んできたりすればオトーサンに抱っこをねだる。
ベタベタの関係ではないが、基本は信頼関係が結ばれているのであれば憎まれ役でもいいかなと考えているオトーサンなのだ。ちょっぴり悲しいけれど、今日もラテとの格闘は続く。



VisiCalc をApple II で起動!

少々時間が取れたのでずっと懸案事項のひとつだったことをやってみた。それはすでに8年も前になるが、資料としてeBayに出品されていたApple II 用の表計算ソフト「VisiCalc」のパッケージを手に入れたものの、これまで一度も起動させていなかったことだ。


「VisiCalc」に関しては旧記事「Apple II 用として開発された表計算ソフト『VisiCalc』再考」に詳しいので繰り返さないが、現Excel (エクセル)の発端となった画期的なアプリケーションであり、為にApple II のキラーアプリケーションとしてApple II の売上げにも大きく貢献したことが知られている。
なにしろしばらくの間「VisiCalc」はApple II 専用だったのである。

私の手元にある「VisiCalc」のパッケージはフェイクレザーの3穴バインダ形式になっているものでリリースは1981年、パーソナルソフトウェア(Personal Software)社から発売となっている。なお同社はVisiCalcの成功を確信した後、社名をビジコープ社と変えているから、手元のパッケージはまだ販売初期のものということになる。
対象は “Apple II & II Plus 48K 16Sector“ と明記された文字通り、Apple II 版だが、すでにオリジナルディスクは無くバックアップディスクしか残っていない。しかしマニュアルやリファレンスカード、保証書などは当時のまま残っている。

今回「VisiCalc」を起動してみようと用意した機材は以下のものだ。

・Apple II plus
・DISK II
・モニター (Apple IIc 用のグリーンモニター)

Visicalc_system.jpg

※今回VisiCalcを起動するために用意した機材


この5インチのフロッピーディスクにバックアップコピーがいつ作られたかは不明だが、当該パッケージを入手した最初のユーザーが作ったとすれば、購入からそんなに時間は経っていないうちにバックアップを取って置いたと考えて不自然ではないだろう。なにしろフロッピーディスクは磁気にも埃あるいし湿気などにも弱いから、私なども手に入れたソフトウェアのバックアップはなるべく早めに作っておくという習慣をつけていたくらいなのだから...。
といえばすでに30年以上は有に経っているわけで、この一枚限りの「VisiCalc」が起動しないとすれば諦めるほかはない。

今回の検証は、当該フロッピーが正常に起動するかどうかにかかっているが、旨く動作したなら当時の使い勝手はどのようなものだったかを思い出してみたいと考えた。
動いたからと言って、まさか「VisiCalc」を実用として使ってみようなどと考えたわけではなく、感覚的にも最新のExcelなどとどれほど違うのか、あるいは世界初の表計算ソフトの実力を再評価してみたいと考えたに過ぎない。

無論私自身「VisiCalc」が発売された時代にリアルタイムに使ったユーザーの一人だった。ただし白状すると正直いま思うに表計算ソフト、スプレッドシートというコンセプトがどのようなものなのかを深く考えなかったようだ。
ために当初は価格が安いからと「MagiCalc」という二番煎じの製品を買ったこともあった...。

さて、前記した機材を押し入れの棚から取りだしてセットアップすることからはじめる。それぞれが皆古い製品ばかりだから、いつ故障してもおかしくないわけで机上に置くのも、その取り扱いにも自然に丁寧になっている自分がいる。
ただしセットアップといっても難しい事はまったくない。

まずはApple II の蓋を開け、スロットに刺さったままにしているDISK II インターフェースカードにDISK II のケーブルコネクタを差し込み蓋を閉める。
モニターをApple II の蓋の上に置き、Apple II 本体とモニター共に電源コードをセットしてコンセントに繋ぐというこれだけだ。

いよいよフロッピーディスクをDISK II にセットして起動してみる。例え起動しなくても何の問題もないはずなのにやはりこうしたことは些か緊張するものだし反面期待も大きい。
DISK II の扉を閉めたらモニターの電源を入れ、続いてApple II 背面にある電源スイッチをONにする。
「カタカタカタカタ...」
懐かしいDISK II が音を立てたと思ったら、あっと言う間に初期画面がモニターに表示した。
問題なく起動したようだ。



※ユーザーズガイドからフロッピーディスクを取りだして起動させる


早速Apple II のキーボードからいくつかのセルに文字列や数値を入力しようとするが、そこはExcelではないわけで(笑)、全くといってよいほどコマンド類は忘れている。
それにさすがのApple II plusも問題なく動作しているものの、キーボードは些かチャタリング気味であるしキーストロークが現在のキーボードとはまったく違うので打ったつもりが入力されていないということもある。



※起動後に以下の基本中の基本をオペレーションしてみた


ともあれ、ユーザーガイドにある入力例の基本中の基本をそのままトレースしてみた。
こんな感じである。なお表記はユーザーガイドに準じている。

>A1®
SALES → 100®
>A2®
COST → .6*B1®
>A3®
"-GROSS- → +B1-B2®
>B1®

現在ExcelやNumbersといったアプリを使っている方なら、なにをしているのかはご想像がつくものと思う。
一応簡単な説明をさせていただくと

>A1     特定のセルへの移動を意味する。この場合は当然1行目のA列を意味する
®      リターン
→       セルをひとつ右へ移動
SALES    テキスト入力。COSTとか-GROSS-も同様。
       ただし-GROSS-の前に " が付いているのは - は演算記号ではなく文字列であることを宣言するため
.6*B1    計算式。B1の値に 0.6 を乗じた値を算出する
+B1-B2   計算式。B1の値 から B2の値をマイナスすることを意味する

勿論、この例の場合は「SALE = 100」から「COST」を引いた計算結果は「40」だが、B1の値である100を200にしたとすれば、答えはそのコストである6割を差し引いた80に変わる。また変数を扱う事もできる。
ただし現在の表計算ソフトとは違い、罫線機能はない。したがって一行を使い例えば = や - などを入力して罫線としなければならない。

個人的には今もってExcelなど出来ることなら使いたくないと思っている一人だが、本当に久しぶりに「VisiCalc」に対面してみると数行テキストや数値を入力するだけで肩が凝って疲れてしまった。
というわけで、「VisiCalc」は進化や変化が激しいコンピュータの世界におけるひとつのエポックメイキングであり、起動する現物は時代を正確に伝える証拠でもある。
今後も大切に保存したいと考えている。



インスタグラム ストーリーズにフェイスフィルターなど4つの新たなツールを追加

Instagramは2017年5月17日(米国時間)、「インスタグラム ストーリーズ (Instagram Stories)」専用カメラにフェイスフィルターや「巻き戻し」撮影モード、またお絵かきツールにハッシュタグスタンプ、消しゴムを追加した。これらの新たなツールにより、利用者は日々のあらゆる瞬間をより楽しく、クリエイティブに演出することができるようになる。


image001.jpg

新たに追加された4つのツールは以下の通り。

△ フェイスフィルター:

  セルフィー(自撮り)写真や動画をより楽しく加工できる、遊び心のあるフェイスフィルターを追加。ストーリーズ専用カメラから、新しく追加された右下の顔マークのアイコンをタップするだけで、頭のまわりをグルグル回る数字のイラストや、ぴょこぴょこ動くコアラの耳を含む、全8種類のデザインが表示される。フェイスフィルターは「ブーメラン」などの撮影モードでも利用可能ー。

△ 「巻き戻し」:
  「ブーメラン」、「ハンズフリー撮影」に続く新しい撮影モードとして「巻き戻し」が登場し、撮影した動画の逆再生が可能になった。

△ ハッシュタグスタンプ:
  ハッシュタグスタンプを使用することで、ストーリーズ投稿にもハッシュタグを追加できる。写真や動画を撮影した後、画面右上のスタンプアイコン(ニコニコマークのアイコン)からハッシュタグスタンプを利用できる。また、メンション機能と同様、通常のテキストツールを使ってハッシュタグを追加することも可能。

△ 消しゴム:
お絵かきツールに新しく消しゴムが登場した。お絵かきしたものを消したり、上に重ねた色を消して写真を一部だけ見せるなど、よりクリエイティブにストーリーズ投稿を加工することができる。

今回のアップデートは本日より順次展開を開始し、数週間以内に世界中で利用が可能となる。ツールの詳細に関しては、Instagramの日本語公式アカウント@instagramjapanより確認できる。またチュートリアル動画についてはこちらから参照できる。



インテリブル データバックアップソフト「INDELIBLE 3」レポート

久しぶりにダウンロード購入ではなくパッケージ版のソフトウェアを買った。Mac専用のバックアップソフト、アイギーク社の「INDELIBLE 3」である。これまでにもこの種のツールを使ってTime Machineとは別にシステムのクローンを作ってきたが、先日システム側ではなかったものの外付けHDDが一瞬で飛んだ、その憂さ晴らしである(笑)。


ハードディスクは消耗品だと理屈では理解しているが、実際に一瞬で大切なデータを失ってみるとあらためてバックアップの大切さを思い知る。そうそう滅多にあることではないが、やはり普段からの心構えが重要になってくる。
MacユーザーにとってバックアップといえばまずTime Machineが基本である。Macの買い換えやシステムの入れ替えにもこのTime Machineがあれば安心して利用環境の復旧が可能になる。

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※アイギーク社の「INDELIBLE 3」パッケージ


しかし過去の幾多の事例を鑑みれば、そのTime Machineも文字通りの完全は保証してくれない。Time Machine自体のハードディスク不調により復帰ができずに冷や汗をかいたこともある。したがってTime Machineは基本中の基本だとしてもその他にシステム環境を素早く復旧するため、起動できるクローンのシステム環境を用意している。

その為のソフトウェアもいくつかあるが、まずは信頼できるツールであることは勿論としても使いやすくかつ簡便なものが理想であろう。あくまでバックアップはメインの作業ではなく、これに多大な時間を取られたり注視を余儀なくされたのでは困る。
この種のツールの理想は、分かりやすく間違いようのないインターフェースと結果の確実さだ。その上にできればユーザーの好奇心をくすぐる作り込みがあれば言うこと無しという感じか...。

さて「INDELIBLE 3」だが、アプリを起動後に基本的な設定(バックアップ設定)は簡単である。
画面は大別して3つのエリアに分かれている。
まず左サイドのプリセットはソース側のバックアップ形態を選択する部分だ。例えば「内蔵ドライブ全体」なのか「全てのシステムファイル以外ファイル」なのか「全てのユーザーファイルなのか」などなどといった基本の形態が選択するだけで使える。無論システムを含むボリューム全体をバックアップするなら「内蔵ドライブ全体」を選択する。

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※設定の基本はソース側と宛先側を指定するだけだ


続いて右側は上部でバックアップするソースのボリュームやフォルダなどの指定とそのバックアップタイプが起動可能な「クローン」なのか「シンプルコピー」あるいは「バージョン付き」か「同期」かの選択といった具合。
下部ではバックアップの宛先を指定する。宛先のタイプは「ボリューム」と「CD/DVD」を選ぶことになる。

そしてウィンドウ右上には「すぐに開始」ボタンがあり、上部には「バックアップ」「ダッシュボード」「履歴」そして「宛先」というツールが並び、中央は作業中の進行状態を表示するエリアがある。 

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※バックアップ中の「ダッシュボード」モード画面例


要はソース側とバックアップ先(宛先)を指定後、「すぐに開始」ボタンをクリックすればバックアップは開始される。その過程は「ダッシュボード」でリアルタイムに確認出来、バックアップの履歴は「履歴」アイコンをクリックすることでそのブランやステータス、開始時間と終了時間などが確認出来る。

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※バックアップの履歴を確認した例


勿論、スケジュールを設定しておけばその設定通りに自動的にバックアップが開始される。
またバックアップは最初期にはそれなりの時間を要するが、同じ環境設定時の繰り返しのバックアップは差分で行われるので通常は短い時間で終了する。

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※スケジュールを設定した自動バックアップも可能だ


なお「INDELIBLE 3」の左サイドのプリセットメニューの表記もウィンドウ左下にある「詳細レベル」を低・中・高に切り換えることで当該バックアップの説明が簡素化されたり詳しく表示したりする。
その他の特長としては、ディスク接続時に自動操作を可能にするPlug & Go機能、暗号化や圧縮設定のバックアップそして複数のCD/DVDへ大容量データを分散してコピーするスパニング機能などを備えている。

ということで「INDELIBLE 3」はまず日本語仕様なのがよいし1ライセンスで3台までのインストールが可能だ。全体的に分かりやすいレイアウトになっているが、注意点としてはバックアップ動作中はいろいろオペレーションしないことだ。場合によってはアプリケーションの挙動をおかしくしたりバックアップができなくなるケースもありうる。

ともあれ私自身はこの「INDELIBLE 3」で久しぶりにバックアップスケジュールを組んでみた。万一のことは無いにこしたことはないが、いつでもトラブルの可能性はあり得ると認識して対処しておきたいものである。

INDELIBLE 3

Escape Motionsのペイント・アプリRebelle 2 覚書

Escape Motionsのペイント・アプリケーションの新バージョン「Rebelle 2」をペンタプレットと同時に使い始めたのでその概要をご紹介したいと思う。ペンタプレットを新調したので久しぶりに時間を割いてあれこれと楽しんでみたが、いやはやこれは素晴らしい!


もともとコンピュータで絵を描きたいというのがこの世界に足を踏み入れたひとつのきっかけだったから、いわゆるペイント系アプリケーションはMacintosh用でもPC-9801用でもその黎明期から製品化されたもののほとんどを手に入れたものだ。
その後、MacintoshのプラットホームではPhotoshopがデジタル写真のレタッチアプリ、Painterが描画機能やナチュラル表現に優れているペイントアプリといった感覚で知られていったが、私はと言えばそのPainter 1.0をサンフランシスコのExpo会場で手に入れたものの、当時の最速マシンでも重くて絵を描くことなど到底できなかった。

さてEscape Motionsのペイント・アプリケーション「Rebelle 2」だが、この4月25日からダウンロード販売が開始された最新版である。

Rebelle2_01.jpg

※「Rebelle 2」起動の初期画面


筆やペンといったツールによるリアルな描き心地、カラーの混じり具合、ウェットな絵の具が拡散(垂れる)していく様は大げさでなく実際に筆と絵の具でキャンパスに塗りたくっているかのようなリアル感がある。
このツールがあれば、本物の水彩画、アクリル、インク、パステルなどといった画材においても思うような表現が可能に違いない。
とはいっても「Rebelle 2」をマウスで扱うには適当でない。やはり何らかのペンタプレットで使いたいものだ。
ということで、以降は先日手に入れたばかりの「HUION ペンタブレット H610 PRO」で「Rebelle 2」を試用してみた自身の覚書でもある。

Rebelle2_05.jpg

※「HUION ペンタブレット H610 PRO


アプリケーションを起動すると中央に作画エリア(キャンバス)が表示するが、「Rebelle 2」の基本は左サイドに「ツール」および「プロパティ」パネルが、そして右サイドには「ナビゲーターと傾き」「カラーとカラーセット」「レイヤーとステンシル」パネルが並ぶ。
このワンウィンドウが基本だが、それぞれのパネルはタイトルバーをドラッグすることでその位置を変えることが出来、外して任意の位置で使うことも出来る。

Rebelle2_02.jpg

※各パレットは任意の場所に置いても使用可能


なおメニューバーの「Rebelle 2」より「Preference」を選択しそのウィンドウ下にある「言語」を日本語にすることで一部の機能は別にして表示が日本語表記となる。

キャンバスに何か描く場合にはまず左サイドの「ツール」パネルから道具を選ぶ必要が、それらの上にペン(マウス)オーバーすればその名称が表示する。
左から「水彩」「アクリル」「パステル」「鉛筆」「インクペン」「マーカー」の各筆と「エアブラシ」および「消しゴム」が並んでいる。
それぞれのツールを選択すればその下のパネルに当該ツールで使えるパラメーター、例えば「サイズ」や「筆圧」といった機能の調節が可能だ。

Rebelle2_03.jpg

※ペンタブレットとの相性などを試すためキャンバスにあれこれと描く【クリックで拡大】


次ぎに右サイドにある「カラー」パネルから色を選ぶ。これは多くのグラフィックソフトで使われているインターフェースでもあり、色と濃度を選ぶのに難しいことはないはずだが、「カラーセット」タブをクリックすることでカラーパレットが表示する。
またキャンバス位置や拡大縮小などは右サイドの「ナビゲーター」パネルを使うが、「傾き」を選ぶと「チルト」パネルに切り替わる。この機能こそ「Rebelle 2」を代表するユニークな機能のひとつともいえる。
要はキャンバスに絵の具を置いた場合、この「チルト」パネルをONにし、その角度と強さを指定することでキャンバス上の絵の具がリアルタイムにその方向に垂れていく。



※水彩絵の具がキャンバス上で垂れて混ざり合うテスト(動画速度を速めにしています)


そして「レイヤー」パネルでは文字通りレイヤーのコントールが可能だが、当該レイヤーを「Wet the Layer」「Dry the Layer」「Fast Dry」といった設定として使うことが出来る。
まあまあ、こうしたグラフィックアプリケーションをいくつか使った事があるユーザーなら、数回それぞれの機能を確認すればその意味合いと能力はすぐに分かるに違いない。

最後は「ステンシル」に関してだが、これは文字や図形を薄いプラスチックの板に抜いたテンプレートのデジタル版である。
「Rebelle 2」はペイント系のアプリであるからして例えば真円とか矩形あるいは線がクリアなパターンを描くのには適していない。
実物の「ステンシル」を紙の上に置き、鉛筆などでそのエッジをなぞることで綺麗な曲線や直線が描けるのと同様、「Rebelle 2」の「ステンシル」をキャンバス上に置き、サイズと位置を調整した上で上から任意のカラーで塗りつぶし、後にその「ステンシル」を消去すれば綺麗な線やパターンが描けるという機能である。

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※左のオレンジ色のパターンがステンシル。その上をブラシなどで塗り、ステンシルを消去した例が右の図【クリックで拡大】


ただし申し上げるまでもないことだが、優秀なデジタル画材を持つことと絵心とは別次元の問題であることをあらためて知らされた思いだが、デジタルペンを持ち「Rebelle 2」のキャンバスを前にすると大いなる刺激を受けることは確かだ。
まだまだ「Rebelle 2」の各機能やツールが自分のものになっていないので戸惑いもあるが、焦らず楽しんでみよう。

Rebelle 2 ウェブサイト

ラテ飼育格闘日記(546)

ゴールデンウィークがやっと終わった。そもそもオトーサンのところでは暦通りの休みは意味が無い。その上にこのゴールデンウィーク中にオカーサンとオトーサンが続けて熱を出してしまったから辛い日々が続いた。それにラテにとっても学校が休みのときには子供たちと出会えないし、欲求不満の日々が続いた。


ゴールデンウィーク直前まではラテにとって至福の日々が続いていた。散歩の時間帯や天候にもよるものの子供たちと出会えばそれこそ毎日モミクチャにされた。また登校時間に出会えばお馴染みの子供たちと小学校の校門まで一緒に歩くといった楽しみもある。
そんなときのラテはまるで「アタシについておいで」とでもいうように子供たちの先頭に立ってズンズンと歩く。

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※ご機嫌のラテ


またいつもの公園に入るとお馴染みのファミリーのオカーサンがラテ用のオヤツをわざわざ作って持参してくださった。甘みを抑え、オイルはバージンオイルのオリーブ油を使ったいわゆるクッキー調のもので人間も安心して食べられるが、ラテの引きが強いこと強いこと。
大変気に入ったようでファミリーのオカーサンの前に立ち上がって「チョウダイ」と要求する。
まったくもって幸せなワンコである。

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※ファミリーのオカーサン手作りクッキーに飛びつくラテ


それがゴールデンウィークに入り、いつもの公園に行っても子供たちやファミリーの方々がなぜ来ないのかが分からないラテはひたすら座り込んだり腹ばいになって待ち続けるのだ。
これがオトーサンにとっては辛いことになる。ラテは待てばそのうち、知り合いの子供たちが「ラテちゃ~ん」と呼んで駆けつけてくれると思っているフシがあるからひたすら待つ。オトーサンがリードを引いても四つ脚を踏ん張って強く抵抗するのだ。
ラテと共通な認識を持っているとオトーサンは錯覚しているフシがあるが、一番違うのは時間感覚なのかも知れない。

普段はラテとは意外に意思の疎通が図れていると思っているオトーサンだが、こればかりはどうしようもない。ラテに理屈を説明しても分かるはずもないし聞き分けるはずもない。
それでもオトーサンは「今日は待ってても来ないから帰るよ」といいながらラテを力尽くで地面から引きはがす(笑)。

それでなくても最近は日中の気温も上昇し、ワンコにとっては早くも暑さを感じる季節になっているようで、日陰で風が通る場所に来るとコンクリートの路面に腹ばいになって動かなくなる。確かに涼しくて気持ちがよいのは分かるが、これでは散歩にならないしオトーサンとてそのまま10分も20分も立ち続けているのは実に辛い。

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※そろそろ今年もラテ文鎮化の季節が到来


しかしラテを力で動かそうとするのはなかなかに難しいのだ。
こうしたときには食べ物の威力も効かないことが多い。大好きなオヤツを見せれば立ち上がって言うことを聞くと思われがちだが、ラテにもどちらが大切かという判断基準があるようで、オヤツを見せてもそっぽを向き腹ばいを続ける。
また立ち上がったからとオヤツを食べさせた途端にずる賢い我が娘は速攻でまた伏せてしまい重い文鎮と化す。

こうした攻防戦は普段でもきついというのに微熱が続き、体のあちらこちらがギシギシいっているようなオトーサンはいっそのことラテの隣に腹ばいになってしまおうかと思うほどだ(笑)。
しかしそのようなときでも向こう側の歩道にワンコが通ればすっくと立ち上がって元気に吠え始めるのだからオトーサンは頭にくるわけだ。

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※熱を押しての散歩は辛い...


5月8日の月曜日、今日から学校も通常通りだとオトーサンはラテを通学時間帯より少し早めに散歩に連れ出した。なるべく排泄を済ませてからゆっくりと子供たちと遊ばせたいからからだ。
ここ数日と違い、あちらこちらにランドセルを背負った子供たちの姿が見えるからか、それまでよりラテの意欲が違うようで積極的にリードを引く。

オトーサンの読み通り、早々に排泄が終わったのでゆっくりと通学路の方へと軌道修正だ。と早くもかなりの遠くから「ラテちゃ〜ん。ラテラテ!」と声がして低学年女子3人が笑顔でこちらに走ってくる。
あっというまにラテの廻りには6人もの女子たちが集まって賑やかだ。子供たちにとっても久しぶりの学校だからだろう、「あのね、うちの犬がね」「オカーサンにラテのこと言ったらね」「9日間台湾に行ってたんだよ」「ラテはGW中なにしてたのオジサン」と質問が同時に押し寄せる。

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※久しぶりのモミクチャ(笑)


オトーサンは聖徳太子になったように「ワンコが元気になって良かったね」「オカーサン、なんて言ってたての」「オジサンも台湾行ったことあるよ」「ラテは寂しかったみたいだよ」と次々に短い返事をする。と同時にまたまた質問攻めだ(笑)。
その間、ラテは頭や背中、ときには尻尾を撫でられ、抱きしめられ、チューをしたりと大忙しだが尻尾も下がらずラテも楽しんでいるようだ。
そう言えばオトーサンはまだまだ微熱があったはずだが、その時だけは忘れて一緒に校門までの道のりを楽しんだ。



[小説]未来を垣間見たカリスマ 〜 スティーブ・ジョブズ 第37話 スーザン・ケア

スティーブ・ジョブズは未来のテクノロジーを時代の最前列で考え見つめてきたといわれている。しかしその陰には2016年12月6日、アップル銀座のエントランスから40年前のカリフォルニア、ロス・アルトスにあるスティーブ・ジョブズ家のガレージ前にタイムスリップしたひとりの男の存在があった。
ー 優れたビジョナリーといわれたスティーブ・ジョブズ。その若かりし時代の秘密に迫る!ー
※本編はフィクションです※

■第37話 スーザン・ケア
1993年は私にとって実に心揺れる年となった。1976年の年末、どうしたことかアップル銀座の店頭から40年前にタイムワープし、スティーブ・ジョブズと知り合い一緒に働くことになったが、その時からのメンバーだったビル・フェルナンデス、ロッド・ホルトが退職したことは私の心にぽっかりと大きな穴をあけた。

そういえばランディ・ウィギントンも1981年9月にAppleを離れて自分で会社を興したがすぐにAppleとセミフォーマルな契約をして時折姿を見せていた。したがってフルタイムで創業時からAppleに在籍しているのはダン・コトケしかいなくなった。それは私にとって寂しいことだったし特にロッド・ホルトは友人として多くの時間を共にしてきた男だったからショックだった。彼は退職に際しては多くを語らなかったが上層部との意見が合わず退職を余儀なくされたらしい。
ロッドは別れ際に、
「俺はAppleが嫌いになったわけではないんだ。ただ現役員たちが俺を嫌っただけなんだ。前にも言ったがスティーブにしてもガレージから一緒に働いてきた俺たちはすでに用済みなんだな。変なこといってスマンがトモ、君も十分気をつけてくれよ。また遊びに来るから」
といいながら去って行った。

去る者がいる反面新たに新風を巻き起こす人たちもいた。その筆頭は4月に社長に就任したジョン・スカリーだがこの時期ほとんどスティーブと一緒で私などは話す機会もなかった。
私が興味深く接したのは1月にMacintoshチームの一員となったスーザン・ケアだった。彼女は同じくMacintosh開発チームにいたアンディ・ハーツフェルドの高校時代の友人だったというがそのアンディの勧めでAppleに入社したらしい。
ジジイの私から見ると金髪でふっくらし輝いているその表情は時に幼女のように見えたが、彼女は優秀なデザイナーとしてMacintoshの開発に多大な貢献をすることになる。

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※スーザン・ケアがデザインしたスティーブ・ジョブズのアイコン作品(筆者所有)。現在彼女のサイトからサイン入りのプリントが購入できる。


そういえばその1月、あのビル・アトキンソンがAppleを辞めると言い出して大騒動になった。
1月19日にLisaが発表されたことで多くのメディアが注目し取材合戦となった。原因はAppleは自分(ビル・アトキンソン)の事を評価していないからということだったし事実ビルは怒り心頭だった。
なぜならバイト誌にLisa開発陣のインタビューが載ったがビルは呼ばれてなかった。ラリー・テスラーらマネージャー級の人間たちのインタビューで占められていたが一番貢献したはずの自分は不当に評価されてたという不満だったし怒りだった。
いうまでもなくビル・アトキンソンはLisaとMacintoshのGUIの基盤となるソフトウェア群を書いたのだから一番の功労者であったといえる。慌てたスティーブはビル・アトキンソンをアップル・フェローに遇することでなんとか退職を思い留まらせた。

ある日の午後、ジョアンナ・ホフマンに連れられてスーザン・ケアが私のオフィスに来た。挨拶にきたというよりMacintoshチームのビル・アトキンソンやアンディ・ハーツフェルドそしてピュレル・スミスらに私の噂をあれこれと聞いて興味を持ったらしい。
型どおりの挨拶を交わした後に私は聞いてみた。
「スーザン、と呼ばせてもらうけど、スティーブの第一印象はどう」
スーザン・ケアは隣に座っているジョアンナ・ホフマンの顔色を伺いつつ笑いながら答えた。
「いろいろとアンディから聞いてましたが、噂以上に気むずかしい男ね。だけど私に辛く当たるといった態度はみせないし上手く付き合って行けると思うわ」
「でもまだスーザンはチームに入ったばかりよ。問題はこれからだと思うけど」
ジョアンナはいたずらっぽい視線をスーザンに送った。

「そうね。ただ分かったことはチームの誰もに言われたことだけど、与えられた仕事をやれば済むというものではないのがよく分かったわ。私はデザイナーという立場でチームに誘われたけど、ざっと聞いただけでもあれもこれもと大変みたい」
「そうね。ただしスティーブとの関係で大切な事がひとつあるのよ。それを教えておくわ」
ジョアンナは真顔になりながら私とスーザン両方の顔を見ながら話し始めた。
「トモは私たちと立場が違うから単純に当てはまらないけど、私たちに大切なのはスティーブに言い返すことよ」
「言い返すって」
スーザンは意外だと膝を乗り出した。

ジョアンナは言い含めるようにゆっくりと話した。
「いい、例えばスティーブに強く言われたとするわね。仕事ができないとかセンスが悪い、何だこれはとか、文句はいろいろよね」
私は笑い出したが、ジョアンナはめげずに続けた。
「そんなとき、Appleの会長に叱られたとか貶されたと考え、腐ってしまうのが一番ダメなの」
スーザンは真剣な表情でジョアンナの次の言葉を待った。
「誰しもそんなことを人前で、それをも大声で言われたら気落ちして自信を無くすかもしれないけどスティーブの場合は違うのよ。最悪な対応は泣くことかな。そうなればスティーブの言ったことが正しかったように思われてしまうわ」
私はジョアンナ・ホフマンという女性がAppleの中でスティーブと対等の言い合いができ、ときに言い負かす事が出来るただ一人の女性であることを2016年からタイムスリップしてきた男として知っていたが、本人から具体的に聞くと説得力が違った。

ジョアンナは次第に乗ってきたのか両手のボディランゲージが激しくなり、独特のイントネーションも顕著になった。
「スーザン、覚えておいてね。スティーブから声高に文句を言われたらシュンとして引き下がってはダメなのよ。スティーブの目を強い視線で見返して自分の意見や思いをきちんと言い返すのよ。それも大きな声で廻りにも聞こえるようにいうのが効果的ね。時には『貴方は間違ってる』と言い返すのよ」
一息入れて、
「なぜそうした対応が効果があるのか。いろいろ理由はあるけど分かりやすく言えばスティーブはそうした人間を信頼するからよ」
「分かったわ。そんなことがあったときに咄嗟に対応できるか分からないけど心がけとく」
スーザン・ケアは真剣な表情でジョアンナに頷いていた。

ジョアンナは、
「ごめんなさん、トモ。あなたの話しを聞きたくてスーザンを連れてきたのにあたし喋りすぎたわ」
と誤りつつ、あなたもスーザンになにかアドバイスしてあげてと言った。
私は思いついたことがあったので早速スーザン・ケアに話しかけた。
「いま、どんな仕事をしてるの」
「アンディやビルたちがMacintosh用にOSとかシステムウェアとか、そう私は詳しくないからよく分からないけど開発してるでしょ。私はそれらを象徴する、一目見て『これだ』とわかるアイコンを作るようにいわれてるの。ファインダーに表示する小さなグラフィックたちね」
「そうだったね。32×32ドットの制限があるからなかなか厄介な仕事だよね」
私がそういうとスーザンは、
「トモ、私はけっこう楽しんでいるわ。その制約こそ面白いのよ。だけど私が作ったアイコンを果たしてスティーブが気に入るかどうかがまずは試されるらしいわ。アンディがいうにはね」

私はどう言ったらよいかを考えながらスーザンの可愛らしい顔を間近にしながらいたずらっぽくいった。
「スーザン、君の能力を一度でスティーブに見せつけ、そして気に入るようにする方法があるよ」
スーザンとジョアンナは顔を見合わせながら、
「教えてよ、是非教えて」
と叫んだ。やはり不安だったようだ。

「いいかい、スーザン。君は僕のオフィスを出たらすぐに自分のデスクの前に座るんだ」
スーザンは体を乗り出しながら大きく頷いた。
「それで、まずはMacintoshの電源をいれる」
「分かった。それからどうするの」
「アンディがアイコンエディターを君のために作ってくれたらしいよね。それを立ち上げる…」
二人はなんだか私がふざけているのかと訝しい顔をした。

「やることは一つだよスーザン。スティーブ・ジョブズのアイコンを作るんだ」
私の意図することがわかったのだろうジョアンナの顔がまずばあっと明るくなった。
「なるほど、スティーブは自己顕示欲の強い人よ。自分の顔がアイコンになればきっと喜ぶにちがいないわ。さすがトモだわ」
喜びながらスーザンの手を取った。
スーザン・ケアはそんなことでスティーブの気を引き、自分の能力をアピールできるか不安のようだったが、
「わかった。早速やってみるわ。ありがとう」
と言いながら二人で席を立った。

スーザンは早速スティーブ・ジョブズの肖像をデザインした。当時のアイコンは前記したように32×32ドットの白黒だったから全部で1024ドットという大きな制約があり、物の形を伝えることはなかなか難しかった。しかし誰が見てもジョブズだと分かるそのアイコンを見てジョブズ本人も気に入ったという。
その後、ビル・アトキンソンをはじめスーザンに自分の肖像をアイコン化してもらうことがMacintoshチームのステータスとなったほどだが、ビル・アトキンソンのアイコンは実際にMacPaintのアバウトに使われた。

結果スーザン・ケアはスティーブに気に入られ多くの仕事を残した。
例を挙げれば、Macintosh起動時に表示するハッピーマック、調子が悪い時のサッドマック、システムエラー発生時の爆弾マーク、ゴミ箱、時計アイコンなどはもとよりMacintosh 128KのコントロールパネルやMacPaintのサンプル画の多くも彼女の作品である。さらにCairo Fontをはじめ当時のGenevaやCicagoといったビットマップフォントのデザインを手がけたのもスーザン・ケアだった。

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※かつてApple本社の庭にはスーザン・ケアの作品が立体化され、オブジェとして飾られていた(筆者撮影)


したがって彼女はユーザーが最初に「これがMacだ」と感じるシステム全体のイメージや個性を生み出したデザイナーだといえよう。
スーザンの影響はmacOSの時代になった現在でも決して無縁ではない。その代表的なものは「コマンドアイコン」だ。
Apple純正キーボードの”command”キーにも刻印されている花びらのようなアイコンがそれだが、これもまたスーザン・ケアがジョブズらMacチームの要請に従い国際シンボル辞典にあったスウェーデンの地図に採用されている記号をビットマップ化した結果なのである。

(続く)

【主な参考資料】
・「スティーブ・ジョブズ III」東京電機大学出版局
・「レボリューション・イン・ザ・バレー」オライリージャパン
・「スティーブ・ジョブズの王国」プレジデント社
・「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新報社
・「アップル・コンフィデンシャル 2.5J」アスペクト
・「エデンの西(上)」サイマル出版会



ファイルメーカー、新バージョン FileMaker 16 プラットフォームを発表

ファイルメーカー株式会社は5月10日、FileMaker 16 プラットフォームのリリースを発表した。これは、実績あるカスタム App 作成の統合プラットフォームの最新バージョン。


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FileMaker プラットフォームには、ビジネスチームがカスタム App を作成、共有、および実行するために必要なあらゆる機能が含まれているため、モバイル、クラウド、およびオンプレミスで展開するカスタム App の設計と配信をシンプルかつ速く実行できる。
新しいFileMaker 16 プラットフォームに組み込まれているパワフルで洗練された新機能は、チームがビジネス上の課題を迅速かつ簡単に解決するために役立つ。

FileMaker 16 プラットフォームの新機能:

・モビリティ:
 スクリプトを使用したアニメーションとトランジションが追加された。iOSアプリケーションのFileMaker Goでカスタム App を操作する際、視覚的なトランジションを提供することで、よりわかりやすくユーザを誘導する。また、領域監視のスクリプトステップを使って、iPadやiPhoneがiBeaconに近づいたとき自動的にアクションを実行したり、ジオフェンスに入ったとき自動的に位置情報を取得したりができる。

・統合:
 強化された cURL オプションや、あらかじめ定義された JSON 関数を FileMaker Pro で使用でき、他の Web サービスやアプリケーションとのデータ交換が簡単になる。

・開発:
 新しいレイアウトオブジェクトウインドウでは、レイアウト上のすべてのオブジェクトを階層的に表示された一覧で確認できる。 これにより、オブジェクトのセットをグループ解除しなくても、1 つのオブジェクトに対して簡単に変更を加えることができる。

・スケーラビリティ:
 FileMaker WebDirect を使用してアクセスする場合、最大 500 ユーザが同時にカスタム App を使用できるようになり、チーム全体でデータを共有しやすくなった。

・セキュリティ:
 サードパーティの認証プロバイダを使用した OAuth 2.0 によるシンプルな認証情報管理により、カスタム App のセキュリティと安全性が向上す。Amazon、Google、または Microsoft Azure のアカウント認証情報があれば、それを使用して FileMaker ベースのカスタム App にログインできる。

FileMaker 16 プラットフォームの詳細



「大江戸鳥瞰図」で江戸を遊ぶ

本書「大江戸鳥瞰図」は江戸(文久二年・1862年)の町並みを高度6万6000メートル上空から眺めた地図だ。勿論実際にそんなものが残っているはずもなく、誰も見たことがないものだ。これはすべてが手書きで描き起こした前人未踏の鳥瞰図である。


本書は鳥瞰図絵師、立川博章氏が三点透視図法により神奈川中心部を29区に分けて描き起こしたもので、江戸東京博物館館長の竹内誠氏および横浜開港資料館副館長西川武臣氏がそれぞれ専門の立場で監修を行っている。

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※立川博章画「大江戸鳥瞰図」朝日新聞出版刊の表紙


まず、なぜ江戸の地図などを手にしたのかということから説明しなければならない。
それは…年代は100年ほど違うものの、江戸を舞台にした時代小説を書こうと思い立ったからに他ならない。
私が作り出した主人公が活躍する本拠地は江戸小石川村の幕府薬園内に建てられた小石川養生所であるが、現在小石川植物園として知られている一体だから、分かりやすく言えば文京区白山三丁目あたりだ。

また尾張藩江戸藩邸の家老の娘をヒロインとして作り出したが、この藩邸のあった場所は現在防衛省のある場所であり市ヶ谷である。
さらに町火消し「い組」も登場するが、そこは日本橋室町に、そして主人公の音曲の師匠の住居は日本橋富沢町、さらに南町奉行所も登場するがここは現在有楽町朝日マリオンのある場所だった。
という具合に江戸の町と現在の位置を確認し、大まかな歩くルートなどを決めるためには是非とも江戸時代の古地図がいる。
幸い現在の地図と切絵図を比較できる地図も販売されているが、当然のことながら二次元平面でしかなく町並みや名所の感じは浮世絵などを参考にするしかない。

その点、本書「大江戸鳥瞰図」はちょうど江戸の町を航空写真で見ているような感じで捉えることが出来、切絵図では伝わってこないリアルな町並みを感じる事が出来る。そして次ページには鳥瞰図にオーバーラップさせた現在のランドマークと解説が載っている地図もあり、位置関係を比較することも出来る。ただし人物は書き込まれていない。

とはいえ書籍の限界か、特定の場所をと思えばいかにも図のスケールが小さいのが残念だ。せめて拡大縮小ができる画像データをデジタルで提供してもらいたいと思うのは私だけではないと思うのだが…。
また色調を意図的に統一されているようだし、当時の江戸は現在のように建物や構築物にしても高いものがほとんどない。したがって「大江戸鳥瞰図」の縮尺で見ると建物、畑、森林そして川といった単調なイメージに見えるが、これが江戸の町だったということなのだろう。
なお、巻末に「御府内中心部」と「大江戸鳥瞰全図」が裏表に印刷されたものが折りたたんで付属している。

ちなみにあらためて「大江戸鳥瞰図」をはじめいくつかの江戸地図を眺めると武家の町だったのだと認識をあらためざるを得ない。例えば享保年間あたりだと武家屋敷が占める面積は全体の70%弱、寺社地が15%強、町人たちが済む面積はたったの12%強程度だったという。
ともあれ「大江戸鳥瞰図」は立川博章氏の偉業のおかげで私にとって江戸を "感じられる" よい資料のひとつとなっている。





HUION ペンタブレット H610 PROファーストインプレッション

ペンタプレットといえば多くのパソコンユーザーはワコム製の製品を思い浮かべるかも知れない。そのワコム製タプレットの評価を依頼され、まだ試作品の段階でMacとの使い勝手をレポートしたことを思い出す。起業してすぐだったと記憶しているので1990年か。ただしMac用のインターフェースとドライバーの提供を受けたが、まだまだ使い物にならなかった。


そうした縁もありこれまで何機種ワコムのタブレットを使ってきたことか。ただし言いにくいことだが長い間ドライバーとMacOSがコンフリクトを起こす問題に悩まされたこともあって疎遠になるも、またまたワコム製品を買うといったことを繰り返してきたが、現在まで使っていた製品が壊れたのをきっかけに、今般はじめて他社製品のペンタブを買ってみた。
それが「HUION プロフェッショナルペンタブ H610 PRO」である。

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※HUION ペンタブレット H610 PROと専用充電式ペン


これまで知らないメーカーの製品を買うのはやはりリスキーだが、ペンタブとしては安価だったし気軽に手を出してみた次第。それに未知の製品を手にするのは良し悪しを含めて大いに刺激となる。まあ使えなくては元も子もないが(笑)。

さてこのH610 PROだが、サイズは約35.3 × 4.5cmで厚みは曲線部位を含めて1cmほど、そしてアクティブエリアは10 × 6.25インチだ。
解像度(LPI=line per inch):5080、 反応率(RPS=Report Rate Speed):233、そして2048 レベルの筆圧を持っているから、スペック的には十分な製品だ。なお対応システムだがWindows 7, Windows 8, Windows 8.1, Windows 10;Mac OS 10.8.0以降とされているものの、私の利用環境はOS X Yosemite 10.10.5である。
また私は試していないが、左利きの人のための設定や、複数ディスプレイの環境にも対応しているという。

製品の片側には、8個のショートカットキーと ワーキングエリア上部に16個のファンクションキーを使って、ショートカットの定義ができる。また背面には4箇所滑り止めがあり机上に置いても滑らない。

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※ショットカットおよびファンクションキーの設定画面


オペレーションは付属のペンを使うが、このペンは充電式で2時間の充電で400時間利用できるという。なお具合が良いのはケーブルは邪魔だとしても充電中にもペンが使えることだ。そしてペンには2つのボタンがあり通常はマウスの左右ボタン機能を割り振ることになる。また交換用ペン先4本が同梱されている。

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※ペンホルダーと充電式ペン


まず最初にやることだが、タブレットをUSBケーブルでMacに接続する前にドライバーソフトをMacにインストールする。それからタブレットを接続するが、幸いトラブルもなくセットアップができた。
ペン先をタブレット面に乗せるとインジケーターがグリーン色に点灯する。またペンはちょうど紙の上を滑らかにこすれるのような自然な感じで滑る。この辺は好き好きがあると思うが、感触は決して悪くないと思う。なお本体に電源のON・OFFスイッチはない。

勿論、Photoshopをはじめ、多くのグラフィックソフトで使えるわけだが、やはりこうしたペンタブを持てばそれなりのツールがあった方が効果的だ。
ちなみに私はRebelleのアップデート版、Rebello2でH610 PROを使い始めているが、その具他的な相性とか使い勝手は別途まとめてからご紹介したいと思っている。

最後に、パッケージを開けると「ありがとうございます」と日本語で書かれたメッセージカードが置かれ、その中に日本テクニカルサポートセンターのメルアドやスカイプのアドレスが記されているのには好感が持てる。ただし印刷物あるいはCDに含まれているマニュアルは一部日本語解説もあるものの、H610 PRO専用の解説ではない点が煩わしい。しかし実際にH610 PROを使ってみればほとんどマニュアルレスで使えると思う。

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※パッケージを開けると日本語仕様のメッセージカードが乗っていた


まだ一週間程度しか使ってはいないが、トラブルには合っていないし、思っていたよりずっと使いよい製品だった。そして例えばUSBの規格が 1.1 と些か古い部分もあるが実利用には問題ないし、なによりもコストパフォーマンスは最高ではないだろうか。




ラテ飼育格闘日記(545)

オトーサンが季節を肌で感じるより早く、ラテにはその変化が身にしみて分かっているように思える。外気温23度といえばオトーサンたちにとっては過ごしやすい散歩日よりだが、ラテは早くもコンクリートに腹ばいになるし、公園でも日陰に身を寄せるようになってきた。


相変わらずラテは子供たちとと会えるのを楽しみにしているが、我が儘なものでしつこいと尻尾が下がってくる。それをオトーサンが見定めながら学童たちと一緒に小学校の校門まで一緒に歩く日が続いた。

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※落葉と戯れる


この朝の散歩でのオトーサンたちの成果といってはなんだが、ワンコの好きな子供たちにラテの名を知ってもらうきっかけが増えたことだろうか。
時間帯にもよるが、ラテとひとたび散歩に出ると様々なシーンで「ラテちゃ〜ん」と声をかけてくれる。

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※散歩途中で小学3年生の校外学習の列に出会った。向こうの歩道から「ラテちゃ〜ん」という声と共に数人が手を振ってくれる


そうした沢山の子供たちと接していると中には驚くような能力…といってよいのだろうか…を持っている子供に接することがあって興味深い。
子供たちは大人が考えるほど遠慮は無いし同級生や友達らとの間にも競争心が目立つときもある。
「あっ、ラテちゃん昨日も公園であったね」と一人の子供が言えば、もうひとりが「私なんか今日で12回目だよ、ラテちゃんと会うの」と対抗心丸出しで口を尖らせる。

オトーサンも差し障りがないように「たくさん会ってくれてありがとうね」などと言いながら足を進めるが、「今日で12回会った」という低学年女子の言葉を聞き流していた。

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※ラテは珍しくオトーサンへ抱っこの要求


その次の機会にその子供と公園で会ったとき「嬉しい。わたしラテちゃんとこれで13回目だ」というのでオトーサンは気になった。これまでにも「今日で何回目だよラテのオジサン」といわれ続けてきたが正直子供の遊びだと気にも留めなかったが、そのときもしかしたらこの子は本当にラテと会った回数を数え覚えているのかも知れないと思った。

我々大人はとかくこうしたなにげない子供の物言いをその場限りの話しとして相手にもしないが、子供にとって興味あることにはそれなりに真剣に取り組んでいるのかも知れない。
その日からオトーサンはその子と出会う度にカウントを覚えておくように心がけた。まさかとは思いながら…。

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※登校途中の女子がラテの正面に座り込んで挨拶してくれる。ラテの表情はどこか慈愛に満ちた良い表情だ


その子に限らず、朝の散歩の時間はいつも正確であるはずもなくアバウトだ。だから学童たちの通学時間に出会ったとしてもいつもいつも同じ子供と出会うはずもないし、ラテの気まぐれで別のルートに入ってしまうことも多い。
そして数日ぶりにまたまたその子供と出会ったが、いやはや驚いたことにその子がいうカウント数は正確だったのである。

普通「ラテちゃんと会うのは○回目だよ」といった話しに大人は真剣に向き合わないものだが、オトーサンはそれからその女子が「何回目だよ」というとき、きちんと顔を覗き込んで「凄いな。ちゃあんと回数覚えていてくれてるんだね」というようにしている。
子供にとって大人に認められることはきっと嬉しいことに違いない。ぱあっと表情が明るくなるのだ。
子供は偉大である!

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※ラテを可愛がってくださるファミリーのオカーサンとポッキーチュー(笑)



別の女子はオトーサンの着る上着やキャップの変化をよく覚えている。
「ねえねえオジサン、どうして今日はグレーのお洋服なの」と見上げる。オトーサンは「今日は少し暖かいからこれにしたんだよ」とこれまた当たり障りの内受け答えをすると「オレンジの方が似合うのにな」と注文をつける(笑)。

「あのオレンジのジャケットは冬服なんだよ。暖かいときには着られないんだ」というと「暖かいときに着られるオレンジがいいよ」という。
そんな他愛もない話しをしながらも校門で十数人の子供たちと手を振りながら別れ、ラテと散歩を続けるが前方からは校門を目指して多くの子供たちとすれ違う。

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※お馴染みのファミリーの子供さんたちと遊ぶラテとオトーサン


「わっオオカミだ」と言いながら避ける子、「また会ったね」としゃがみこんでラテの頭を撫でる子と様々だが、先日そうして出会った女子のひとりが大人びた声でいった。
「朝にラテちゃんと会うと元気をもらえるから嬉しいな」と。
オトーサンはただただ「ありがとう」と答えるしかなかった。嬉しいのはオトーサンとラテの方なのだから。


Apple、第2四半期業績を発表

アップルジャパンは本日、米国報道発表資料抄訳として2017年4月1日を末日とする2017年度第2四半期の業績を発表した。当四半期の売上高は529億ドル、希薄化後の1株当り利益は2.10ドルとなった。前年同期は、売上高が506億ドル、希薄化後の1株当たり利益が1.90ドル。当四半期の米国市場以外の売上比率は65%。


Appleはまた、株主への資本還元プログラムに500億ドルを追加することを取締役会が承認し、同プログラムの実施期間を4四半期延長することを発表した。この拡大されたプログラムのもと、Appleは2019年3月末までに累積総額3,000億ドルを支出する予定。

還元プログラムの更新に伴い、取締役会は、自社株買いの承認額を1年前に発表した1,750億ドルから2,100億ドルに増額した。同社は引き続き、譲渡制限付き自社株取得権を正味株式決済する予定。

取締役会は、当社の四半期配当金を10.5%引き上げることを承認し、一株当たり0.63ドルの配当を実施することを宣言した。配当金は2017年5月15日の市場取引終了時点で株主名簿に記載されている株主を対象に、2017年5月18日に支払われる。
資本還元プログラムが始まった2012年8月から2017年3月までの間にAppleは2,110億ドル以上を株主に還元した。これには1,510億ドルの自社株買いが含まれている。

​Appleは2017年度第3四半期の業績について、以下の予想を提供している。

・売上高として435億ドルから455億ドル
・売上総利益率として37.5%から38.5%
・営業費用として66億ドルから67億ドル
・その他の収入/(費用)として4.5億ドル
・税率25.5%

Appleは、2017年度第2四半期業績発表のカンファレンスコールのライブストリーミングを、2017年5月2日14時00分(米国西部時間)より、Appleのウェブサイト(https://www.apple.com/investor/earnings-call/)で配信。このウェブキャストは、配信開始後約2週間にわたり再生が可能。

Apple Press Info




「イラストAC」のプレミアム会員(有料)に申し込んだ

ACワークス株式会社が運営するサイト、「イラストAC」のプレミアム会員(有料)に申し込んだ。このサイトは有料会員でなくとも無料のイラスト、写真をダウンロードし利用できるが、その特典云々より...恰好ををつけるつもりはないものの、無料で使うのに気がひけたのも理由だった。


もともとMacintoshの黎明期から私は集められるだけのクリップアートを手にしてきた。DTPによる文書の挿絵からプレゼンのカットにいたるまでその種のものをデザインの一環として使いたかったからだ。
ただしそのほとんどは欧米のセンスで作られたものだったから、私らが使いたいと思うクリップアートは例えパッケージに100種あってもひとつか2つなのが歯痒かった。

MactheKnife0320.jpg

※Macintosh用として最初に手に入れたクリップアートはこの「Mac the Knife」だった


勿論現在ではAdobeをはじめビジネス向けにストックフォトを提供しているところは多々あるが、金額も含めて手軽に使えるサービスはあまりない。かといってフリー、無料を謳っているサービスもあるがこれまた様々な面で活用しにくいのが本音だった。
私の様にブログ用とか、企画段階のビジュアルに多用するイメージや必要だとしても大枚な予算が取れるはずもなくかといって著作権を蔑ろにはできないと考える人たちは多いはずだ。

そんなあれこれで苦悩しているとき、Freeble ACサイトを知った。ここには「イラストAC」「写真AC」「シルエットAC」というサイトがあり、それぞれ基本的には無料で使えるデータが満載だ。
写真に関していえば個人的な感想だが、PIXTAとかAdobe Stockと比べると写真のクオリティは落ちるものの使い勝手がよいのが気に入った。

取り急ぎ無料で素材が毎日届くメールマガジンの登録をしてみたが、文字通り毎日フリー素材のダウンロード通知が届く。
それらは、「畜産イラスト素材」「遊ぶ子供シルエット素材」「外国人女性50ポーズの写真素材」「ヴィンテージパターン素材」あるいは「市役所のイラスト素材」といったカテゴリー別のデータが日々ダウンロードでき、無料でつかえることがわかった。

Thumbnail0420.jpg

※毎日届くメールマガジンのフリー素材例。「畜産イラスト素材」「遊ぶ子供シルエット素材」「外国人女性50ポーズの写真素材」「ヴィンテージパターン素材」そして「市役所のイラスト素材」のサムネイル


ただし、「イラストAC」「写真AC」「シルエットAC」のうちいずれかのサイトでプレミアム会員サービスに申し込めば、ひとつの契約で3サイトともプレミアム会員に認定されることも知った。

なおプレミアム会員になると以下の特典がある。

・ダウンロード数無制限
・ダウンロードの待ち時間ゼロ
・有料素材のダウンロード
・まとめて一括ダウンロード機能
・メルマガで配布済み素材のダウンロード権
・著作権侵害などのトラブルを50万円サポート

そしてこれらは商用利用もOKで、チラシやポスター、WEBサイトなどの広告、ポストカードや年賀状などにも利用でき、クレジット表記やその都度の許可も必要ない。
年会費用が高いか安いかの感じ方は人それぞれだろうが、冒頭に記した黎明期のクリップアートは一般的に高かったこともあり、個人的な感覚では非常にお得感があるし、使いたい時に膨大なデータからあれこれ試すことが出来る点が精神衛生上とてもよいと感じている。

大げさな物言いをするなら、毎日届く「日本最大の無料素材メールマガジン『Freebie AC』プレミアム版」の内容を確認してダウンロードするのが楽しみになっているだけでなく、自分とは無縁と考えていた類のジャンル素材にしてもちょいとしたよい刺激になっている。

ACワークス株式会社



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Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。続けて2017年7月1日「小説・未来を垣間見た男 スティーブ・ジョブズ」を電子書籍で公開。ゆうMUG会員