ジョブズ学入門講座「成功の秘密」【4】〜企業トップが自社製品のユーザーたれ

スティーブ・ジョブズはなぜ成功者となったのか。無論その要因はひとつではないが、少しずつその秘密を解き明かしていこうと思う…。さてAppleはもともと他のパソコンメーカーやIT機器メーカーとはそのスタンスがかなり違う企業だということをまずは認識しておく必要がある。


Appleの強みはハードウェアとソフトウェアの両方を独自に開発できることだ。近年マイクロソフトもハードウェアを発表しているが、OSとそれを使うハードウェアの両方を粛々と自社開発してきた企業の先鋒はこれまでAppleだった。したがってAppleはハード、ソフトの双方をシームレスにそして自在に活用できる製品を生み出せる利点を持ってきた。

ところでAppleも今後は変化していくに違いないが、スティーブ・ジョブズがAppleに復帰し最初にやったことはあまりにも多義に渡る多様な製品群を整理し、いくつかの製品だけを残して後は捨て去ったことだ。勿論1995年から始まった互換機ビジネスもジョブズが復帰した後に消滅する。
その後のMacにしても多少バリエーションが増えたとは言え Mac Pro、iMac、Mac mini、MacBook AirそしてMacBook Proシリーズに集約している。無論その他にiPod、iPhoneそしてiPadとそれこそ世界を変えるデバイスを開発し続けることになるが、その際にAppleがユニークなのは会社のトップ、すなわちCEOだったスティーブ・ジョブズが常に文字通りの陣頭指揮を率いていたことだ。

iPhone_Jobs.jpg

※iPhone発表時に自身で操作しプレゼンするスティーブ・ジョブズ


これは開発製品を限りなく絞った利点でもあるが、スティーブ・ジョブズは自社製品の企画立案時からのキーパーソンでありデザインや仕様に関して自身の意志や考えを明確に組み込んでいる。
要はジョブズはiPodにしろiPhoneにしろ、その材質やデザインそして仕様はもとより、ウィークポイントも含めてすべての情報を熟知しているのだ。したがって社内のどこかの部署で製品開発が進み、CEOや社長はその開発にOKを出すだけ…といった一般的な大企業の姿とは異質な拘りを持っている。
よく知られていることだが、ジョブズが近年プレゼンテーション時に使ってきたソフトウェア「Keynote」はそもそもスティーブ・ジョブズ自身が必要に迫られ開発を促したソフトウェアだった。

そんなジョブズだからして当然、試作品の段階からテスターとしても口を出し、細部にまで自分の意志が反映されていることに拘ってきた。その自負と自信が彼一流のプレゼンテーション時にも活かされるわけだ。
念密なリハーサルは重ねているとは言え、ジョブズは日本のどこかの大手企業社長のように自社の新製品発表時のコメントさえ担当が用意した文面を読むようなことはあり得ないし、製品の上下を間違えて会場の失笑を買うこともない…。いわばAppleで作り出された製品は皆スティーブ・ジョブズの意志から生み出されたものだった。彼自身がそれらの製品にとって最初で1番のユーザーなのである。

Appleはすでに世界的な大企業だが、スティーブ・ジョブズという男は物作りという点においては町工場の社長…親方のように隅から隅まで神経を行き届かせていたのが特異だった。そして常に自社製品を隅から隅まで使い倒して次期アップデートに繋げるという努力も怠らなかった。無論その根底には自分たちが作った製品への愛着と共にそれが真に良いものであり人々の生活を変える最高のツールになるという自負・信念があるからだ。

そういえば、輝いていた時代のソニーにもスティーブ・ジョブズが憧れ目標とするようなエピソードが多々あった。
スティーブン・レヴィ著「iPodは何を変えたのか?」によれば、あのウォークマン開発のきっかけは創業者の盛田昭夫や井深大が直接かかわったとされるエピソードについていくつかのバージョンが紹介されている。
まずひとつは、盛田がニューヨークを訪れたとき、大型ラジカセが響く轟音に辟易させられた経験から、それに代わる個人用プレーヤーを思いついたという説だ。しかしソニーの公式な社史ではウォークマンの原型を思いついたのはもう1人の共同創立者、井深大ということらしい。

井深は日米間を移動中に自社開発のポータブル・カセットテープレコーダーを持参し、ステレオヘッドフォンと共に熱愛するクラシック音楽を聴いていた…。しかし当時のレコーダーはポータブルとは言え靴箱程度のサイズがあり、これを持ち運ぶには些か骨が折れた。彼は自社で別途プレスマンというインタビュー録音用ポータブルレコーダーを販売していることを知っており、「プレスマンを再生専用にしてステレオ回路を組み込んでくれないか」と副社長だった大賀典雄に打診したのがきっかけだという。

iPod_Walkman_A_05.jpg

※1979年発売の初代ウォークマン (TPS-L2)。なお写真のヘッドフォンはソニー製ではない。当研究所所有動作品


また別の話として、打診した相手は大賀典雄ではなくオーディオ事業部長であった大曾根幸三に依頼したところ、彼が周りにあった部品類で即プロトタイプを作った。それを井深が気に入り、その可能性に気がついた盛田が反対を押し切って製品化を命じたという話もよく知られている…。
いずれにしろ、ここで重要なことはある意味、iPodの先祖みたいなウォークマンが生まれたきっかけが、世界的な大企業の創業者自身たちの必要性と関わりから発したという事実である。細かな枝葉の真実はどうであれ、社長や会長といった立場の人間による個人的欲求が発端となって画期的な製品が生まれたそのことだ...。

Appleやソニーに留まらず、企業のトップが熟知し自身先頭に立って開発した製品、そのカリスマ的なトップが自信を持ってプレゼンする製品ならユーザーも安心できるし、きっと素晴らしい製品に違いないと思う心理も働く…。それが購買意欲に繋がることは間違いなくあるに違いない。そうした意味においてスティーブ・ジョブズはまた有能なセールスマンでもあった。
しかし昨今周りの大企業を見てみると、自社製品に愛着を持たず、日常自分たちが積極的に使ってもいないエグゼクティブたちが多すぎる。ましてやイベントなどで企業の最高責任者に新製品への感想などについて問うても「広報に聞いてくれ」の一言で済ます社長や役員たちがいかに多いことか。まったく熱意とか情熱が感じられない…。

無論それは聞かれたことに答えられるほどの知識を持っていないからと勘ぐりたくなるし、あるいは自社製品に興味も情熱も持っていないのかも知れない。ともあれそんな製品を言葉巧みに市場に流すことほど悲しい企業活動があるだろうか。当然そんな製品が市場やユーザーの支持を得られるはずも無い。
ただし次から次へと多くの製品を製造している大企業の社長にとって現在自社がどのような製品を企画・研究し開発しているかの全容を熟知するのは難しいかも知れないが、そうした事業の構成を選ぶのもトップなのだから言い訳にもならない。そうした結果としてこれまでにも「この製品、開発した責任者たち当人は本当に使っているのか?」と疑りたくなるような “もの” に出会うことは珍しいことではなかった(笑)。

ソニーの盛田や井深にしてもウォークマンを発案したとき若者ではなかった。井深は当時70歳を過ぎていたしリスクや社内の反対を押し切って商品化に熱中した盛田は60歳に近かった。しかし彼らに共通することは音楽を愛していたこと、そして常識とか既存の慣習や周りの雑音に捉われることなく絶えず好奇心に満ちあふれ、新しいアイデアを模索する感性と熱意を持ち続けていたことだ。

というわけで、スティーブ・ジョブズの努力を一口に性癖からくる「拘り」といった言葉でくくってしまえば簡単のように思えるが、だからこそ現行の大手企業のトップならずともジョブズを真似ることなどほとんど無理な相談だということも判明するはずだ。そのことをまずは正面から受け止めることこそ少しでもスティーブ・ジョブズに近づく早道ではないだろうか。

スティーブン・レヴィは自著「iPodは何を変えたのか?」でスティーブ・ジョブズの言葉を紹介している。それによればAppleはパーソナルコンピュータの世界で唯一魔法を起こせる企業なのだとし、その理由を次のように説明しているという。
「70年代のデトロイトでは、自動車産業がひどいことになっていただろ? その理由は、経営者たちが車を愛してなかったからだ。今のPC業界の問題点のひとつも企業を率いている連中がPCを愛していないってことだよ。」と…。続いてジョブズはいう。「でも、ここにいるみんな(Apple)は違うんだよ」と…。



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主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員