古楽情報誌「アントレ」に掲載されたクリス・エガートン へのインタビューを読んで

クリス・エガートン(Chris Egerton)と聞いても古楽器やリュートに興味を持たれている方以外ほとんどの方はご存じないはずだ。先日、古楽情報誌「アントレ(Entrée)」のバックナンバー2013年12月を購入したが、本号巻頭にそのクリス・エガートン氏へのインタビュー記事が載っていることを知ったからだ…。インタビューアーは撥弦楽器奏者の竹内太郎氏である。


すでに一年近くも前の発刊だったが、古楽情報誌「アントレ(Entrée)」のバックナンバーを興味深く読んだ。巻頭インタビューに載っているクリス・エガートンは大英博物館所蔵最古の弦楽器シトールや18世紀のチェロであるバークスウェル・チェロなど貴重で重要な楽器の修復と保全に関わる数少ない専門家であり、かつ現在私が愛用している6コース・ルネサンスリュートの製作家でもあるからだ。

自分の愛用する楽器の製作家に関する情報を得たいと考えるのは当然だと思うし楽器にとって製作家はブランドであり、基本的な良し悪しを判断する1番の材料でもある。
なおシトールの修復に関しては “THE BRITISH MUSEUM” サイトに詳しく(英文)レポートされている。

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※古楽情報誌「アントレ」2013年12月号表紙


では、名器といわれる楽器とはどのようなものなのだろう…。高価な楽器がよい楽器か?
無論楽器の使命は演奏家にとって扱い易く弾きやすく、かつ自身のイメージに沿った自在なそしてすばらしい音楽を奏でることができるものだろう…。その上でそれを所有する喜びが湧いてくる楽器が名器だと思う。
とはいえバイオリンに代表される名器を思い浮かべれば当然のこととは言え大変高価で私たちが逆立ちしても所有できるはずもない。

価格はともかく、もし相応の予算があるとしてギターやリュートを手に入れようとするとき1つだけ重要な選択肢は何かと問われれば僭越ながら私は躊躇なく「製作家」であると答えたい。
誰が作った楽器なのか、誰が作ったリュートなのか、ギターの製作家は誰なのか…は楽器を選ぶ際に1番の重要事項である。

クリス・エガートンはもともとリュート製作家であり、1980年代に製作したリュートで名声を得た。しかし彼の人生は些かユニークで変わっている。なぜなら20歳代のとき、インド文化に興味をもちインドに3年滞在しヒンズー教の修行僧となる。
ロンドンに戻りリュートやギターの製作家になろうと楽器製作の専攻で知られたロンドン・カレッジ・オブ・ファーニチャーに学ぶ。
その後前記したように古楽器が盛んになり始めた1980年代、リュートをはじめ素晴らしい楽器を製作するも修復の仕事やアートのマネージメントといった仕事が増えていったようだ。

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※愛用のクリス・エガートン製作6コース、ルネサンスリュート(上)とそのラベル。ローズ内を覗くと制作者名と制作年を記した簡単なラベルが貼ってある


頭が下がるのは50歳代になったとき、より厳格な修理や保全の勉強のためと王立美術院の大学院に入学する。その後積極的に新しい楽器は作っていないようだし、もともと製作本数は少ないこともあり製作家としてマスコミに取り上げられる機会より古楽器修復家としての知名度が高くなっていく。

ともあれ、リュートという古楽器に話しを絞っても製作家としてクリス・エガートンが貴重なのは製作技術はもとよりとしても数多く “本物の楽器” を知っている点だ。なんでもかんでも歴史的事実に忠実に…とは思わないが、リュートを形だけ真似ればリュートになるというはずもない。音を出し、当時の音楽を紡ぐというだけならモダンギターでも程度問題可能だが、私たちはリュートが全盛期を迎えていた時代の音楽を聴きたくて…知りたいが故にリュートを勉強する。

エガートンのように、僅かに残っているオリジナル楽器を修復・修繕することはその詳細を十分に検分することでもあり、当然のことながら製作にも大いに参考になるはずだ。こればかりは写真や図面だけでコピーしてもその神髄はなかなかに分からないと思う。

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※クリス・エガートン製作6コース、ルネサンスリュートのペグ


なにしろリュートという楽器は18世紀の中頃以降歴史から完全に忘れられた楽器であり、今世紀に入って数人の名手たちや学者たちの努力によって再構築された楽器なのだ。古楽器と言われる所以でもある。それだけに現在我々が見知っているリュートという楽器の姿は中世に存在した楽器のうちの限られた存在…一部でしかないという説もあるという…。
ましてや形だけ真似たとしても古楽器として評価できるはずもなく、音が出るから良いというわけにはいかないのが楽器だ。だからこそ本物を熟知している腕の良い製作家の手によるリュートは貴重なのだ。

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※リブの一部に修理の跡が見える


私自身、実はクリス・エガートン作の6コース・リュートに巡り会う前にいわゆる安価な量産品を短期間ながら手にしたことがある。入手以前にいろいろと調べ、そうした製品はリュートの形をしていてもリュートにあらず…といった評価も知った上でイギリスのEMS(Early Music Shop)社から直接8コースのルネサンスリュートを取り寄せた。無論その理由の第一は安かったからだ。

リュートを始めようと決意したものの、クラシックギター歴は長かったが、果たして五線譜ではなくタブラチュア譜を読めるのか…などなど知らない事ばかりで最初から高価な楽器を手に入れたところで宝の持ち腐れになるかも知れなかった。だから前記した理屈と矛盾するのは承知ながら形だけでもリュートが欲しかった…。

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※ローズの模様はレオナルド・ダ・ヴィンチの結び目をモチーフにしたもの


イギリスからケースに入って届いた楽器は初めてリュートという楽器を眼前にした私には美しく映った。様々なクラシックギターを弾き、一時期にはギターを自作した私にとってこの種の弦楽器を見るポイントは理解しているつもりだった。その8コースのルネサンスリュートは外見上の工作精度も悪くなかったしネックも反ってはいなかった。
早速調弦して弦を鳴らしてみた。無論まだ曲を演奏するすべは知らなかったがギターのように左手で弦を押さえ、右手の指で弦を弾くことは一緒だろうとまずはやってみた。不思議に数日するとタブラチュア譜は読むことができたし「グリーンスリーブス」をたどたどしくはあったが音出しができるまでになったが、どうにも弾きづらいのと音に魅力がないことに気づく…。

弾きづらいと感じたことのひとつには弦の間が複弦(1コースは単弦)であることも相俟ってギターより狭いことはまだしも、弦高が微妙に高いように思えた。これはナットを調整すればある程度までは低くすることが可能だが、さらに1コース弦(単弦)が微妙にネック端と余裕がなく、慣れないこともあってか押さえると巻弦のフレットを外してしまいそうになる。
それ以上に気になったのは弾き方もギター式ではあったからか、その音はギターとそんなに変わりがないように思えて少々がっかりした。木材で作られている点はギターと同じだし弦長も極端に違うわけでもない。したがってボディの形が違うからといって音色に大きな変化があるはずもないのか…とも思ったが、CD等で聞くリュートの音とはほど遠い気がしたのである…。

次第に運指が分かり、たどたどしくはあるものの音を紡ぐことができるようになるとそのリュートがいかにもオモチャっぽく思えてきた。確かに形はリュートだし木材でできている。見栄えはなかなか美しいがネットなどで名のあるリュート演奏家が持つ楽器とは微妙に違うようでもあり、どうにも納得できなくなってきた。
このままこの楽器でリュートを学ぼうとすれば意欲が続くだろうかと考えるようになったころ、中古のリュートが売りに出されている情報を得た。それがクリス・エガートン 1984年作の6コース・ルネサンスリュートだった。数日悩み続けたが、懐具合はともかく、このチャンスを逃しては後悔するのではないかと考え購入することにした…。

その際クリス・エガートンという名は初めて知った。どのような製作家なのかを知りたいとネットで調べたが明確な情報がないことに驚いたが、やっと撥弦楽器奏者の竹内太郎氏のウェブサイトが検索に引っかかり僅かではあったがその人物のアウトラインを知っただけでなく当該リュートの来歴をも知ることになったのである。

現在でも…古楽情報誌の巻頭インタビューに登場する人物…オリジナル弦楽器の修復家として活躍してるクリス・エガートンの名をネットで検索しても日本で知られていないこともあってか日本語で検索に引っかかるのは私のブログか竹内太郎氏のウェブサイト、そして今回ご紹介した古楽情報誌「アントレ(Entrée)」の情報くらいでしかない…。
インターネットの時代と言われて久しいが、マスメディアで騒がれることもなく自己宣伝のためウィキペディア(Wikipedia)にプロフィールを書き込むといった気持ちのない人はいまだにその情報を得ることが困難な場合が多々あるわけだ。

ともかくクリス・エガートン作のリュートを手にして大げさでなく「これは本物だ!」と思った。6コースだからしてネック幅は狭いというだけでなくとにかく弾きやすい。こればかりは実際に楽器を比較しないとわかり得ないことかも知れないが…。そして短音を弾いたその音は軽く弦を弾いただけなのに大きくそして和音の何とも輝きのある音...。
これまでギターの良し悪しは勉強し体験してきたがリュートは当然のことながら初めてだったから、私にとしては安い授業料ではなかったものの良いリュートと良くないリュートを実体験できたことは貴重だったと思っている。

それにリュートもルネサンス・リュート、バロック・リュートといっただけでなくコースも様々な楽器があるがやはり6コースのルネサンス・リュートが基本かなあとも思う。プロフェッショナルのリュート奏者、永田斉子氏は以前Twitterで「数種類あるリュートの中から1本を選べと言われたら、6コース・ルネサンスリュートを選ぶ。作品の数が多く、名作揃いで難しいから一生飽きない。」と言われていた。さもありなんと思う…。

ちなみにインタビューアである竹内氏のホームページ「日記」の2013年7月16日にクリス・エガートンの姿やインタビューのトピックが載っているので興味のある方は参考にしていただきたい。



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主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員