ジョセフ・ワイゼンバウム著「コンピューターパワー 人工知能と人間の理性」に注目

今回は先に映画「her/世界でひとつの彼女」のときに参考としたELIZAの生みの親、ジョセフ・ワイゼンバウム著「コンピューターパワー 人工知能と人間の理性」そのものを取り上げてみたい。一時はフレーム問題などを理由に真の人工知能の実現は不可能という話しもあったが、それはそれとして限られた環境における本格的な人工知能の実現は夢ではないという学者も多いようだ。


昨年「完全な人工知能は人類を滅亡させる危険がある」と車椅子の天才として知られるイギリスの理論物理学者スティーブン・ホーキング博士の発言がニュースとなって世界中を駆け回った。それは「いつの日か、自律するAIが登場し、とんでもない速さで自己改造を始めるかも知れません。生物学的進化の遅さに制限される人間がこれに対抗できるはずもなく、いずれ追い越されるでしょう」といった警告だった。

コンピュータが人類を凌駕し、反逆を企てるというSFのストーリーはこれまでにも数多く登場したが、その一端が現実のものとなるかも知れないという指摘だ。だがその正否について素人がとやかく言えることではないからスルーするとして、ここでは Siri のようなあるいは Knowledge Navigator のような知識ベースのAI、それもコンピュータと対話(会話)ができるテクノロジーの出発点ともなったELIZAに思いを馳せてみたい。

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※ジョセフ・ワイゼンバウム著「コンピュータ パワー 人工知能と人間の理性」サイマル出版会刊


本書「コンピュータ パワー 人工知能と人間の理性」はELIZAの開発者であるジョセフ・ワイゼンバウム(1923年1月8日~2008年3月5日) が1976年に出版したものの邦訳である。なお今回手元にある書籍を確認して気がついたことがある。それはカバーが再版時に変更されたようで中身の扉は「コンピュータ パワー 人工知能と人間の理性」となっているもののカバーの副題は「その驚異と脅威」に変更されている。しかしここでは「コンピュータ パワー 人工知能と人間の理性」に統一して話しを進めたい…。

ELIZAは AI ではないが、こうしたシステムに我々人間がどれほど思い入れ深く接し、その向こうに姿が見えない人格を思い浮かべてしまうという性向を持っている点が興味深い…。
さてELIZAはどのようなものだったのか…。まずは基本的なことからおさらいしてみよう。

ELIZAを端的にいえば、人と英語で会話のできるプログラムだ。MIT(マサチューセッツ工科大学)のコンピュータ科学科教授だったジョセフ・ワイゼンバウムが1964年から1966年にかけて研究し、コンピュータ科学関係の専門誌に1966年1月と1967年8月に報告したものだった。

さて、ELIZAの仕組みはこうだ…。会話者の一方である人間は、自身の言葉をコンピュータに接続されたタイプライター(英語)に打つ。するとELIZAと名付けられたプログラムはその内容を分析し英語でその答えをタイプライター上に打ち返す…。こうして人間とコンピュータの間で会話が続けられることになる。

ELIZA(イライザ)とは、映画「マイ・フェア・レディ」の原作であるジョージ・バーナード・ショーの戯曲「ピグマリオン」で有名なイライザに因んで名付けられた。そのイライザと同様に、教育することにより次第にうまく話せるようになるからだった。
ワイゼンバウムによれば、プログラムは二段構えの構造を持っていた。最初は言語分析プログラムだ。そして2つ目はどのようなテーマについて会話するか…という “台本” である。

最初の実験でワイゼンバウムがELIZAに与えた台本は精神治療医の役割を果たすべくDOCTORと名付けたものだった。なぜならロジャー学派の精神治療医を真似ることは比較的容易と考えられた。そのキモは患者の言ったことを反復することにより患者の内面を引き出すことを主なテクニックとしているからだった…。
例えばこんな感じか…。最初は人間から会話をはじめる。

僕はコンピュータが嫌いなんです
キライナンデスカ
だいたいが面倒で使いづらく難しいでしょ
何カトクベツノ例ガアリマスカ
え~と、キーボードって一番嫌いなんだ!
キーボードガ キライトハ ザンネンデス
早くやれと上司にいわれると余計嫌になるし…
アナタノジョウシニツイテ モットハナシテクダサイ

といった感じで人間側の発言をオウム返しにしたり、単純なパターンマッチングにより会話を続けるよう仕向ける仕組みだ。したがってELIZA側にテーマとなる…上記の場合でいえばコンピュータの知識は必要としない。こうしたソフトウェアはその後も多々生み出されたがMac版として記憶に残るのはやはり1984年にリリースされた「RACTER」というソフトウェアだろう。

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※RACTERの起動画面(上)と会話をはじめた一例およびフロッピーディスクとアイコン(下)


ユーザー側はキーボードから英文入力をするが、Mac…RACTERは英文表示と共にスピーチシンセサイザー機能で声(男性)に出すことができた。RACTERはスラングも多く英語圏のネイティブユーザーでないとなかなかついていけない内容を伴うが、いきなり「シェイクスピア知ってるか?」と話題を変えたり「ちょっと待ってくれ」と十数秒席を外した後に「待たせたな…」と登場するといった策を弄するなどそこに思わず人格を垣間見てしまうこともあった。

ちなみにiPhoneの iOS8に搭載されている Siri にもこうした上手にはぐらかす手法が使われている。
「話しをして…」とSiriに願うと最初は「前にもお話ししました」とか「それより○○さんのお話しを聞きたいです。将来の希望とか、夢とか。好きな映画のこととか…」と上手に相手へボールを投げ返す(笑)。

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※iPhoneのSiriにELIZAについて聞いたときの答えと人間側の依頼を上手にはぐらかす一例


ただし特筆すべきはELIZAが登場した1966年といえば、現在とは違いコンピュータとの対話は目新しかっただけでなく、あのApple II が登場する11年も前のことでもあり、パーソナルコンピュータなど無かったし、当然インターネットなどが利用できる時代ではなかった。そうした時代に ELIZA は人間と機械との対話をあたかも人間と人間の対話に見せかけようとした最初の試みだったのである。

そのプログラムを書いたジョセフ・ワイゼンバウム本人がコンピュータと人間との関係に脅威を感じたのが本書執筆のきっかけとなったという。
このDOCTORの知名度が高くなるにつれワイゼンバウムは大きなショックを受ける…。
まず多くの精神科医がこのDOCTORが成長し、将来は完全に自動化された精神医療が可能になることを真面目に信じたこと。そしてDOCTORと会話をする人びとが、極短時間のうちにコンピュータと深い感情的交流を持つようになり、コンピュータの相手を人間と同等のものとして扱おうとすることだった。さらにELIZAプログラムがコンピュータによる自然言語理解という問題に関しての一般的な解決になっていると広く信じられたことだ。
ワイゼンバウム自身はこれは “猿まね” であり “お遊び” レベルと考えていたELIZAだったが、ELIZAは作者の思惑を外れて独り歩きをはじめた…。

ワイゼンバウムが本書を書く動機となった主張のあらすじは “まえがき” に述べられている。それは第1に「人間と機械の間には差があること」、第2に「コンピュータにあることができるかどうかは別として、コンピュータにさせるべきでない仕事がある」ということを念頭におきコンピュータ、心理学、人工知能、人間、そして教育とコンピュータなどについて持論を展開している…。

勿論本書は1976年に発刊 (日本語訳は1979年) されたものであるから、すでに39年も昔の著作である。その間当然なことに科学も大きく進歩しコンピュータも人工知能といったテクノロジーも桁違いに進化した。したがって正直ワイゼンバウムの主張に古さを感じる部分もあるが、肝心の我々人間の心やコンピュータに託す心情みたいなものはほとんど変化がないといってもよいだろう。だからこそいまあらためてコンピュータとは何か、コンピュータは我々にとって何ものなのかを問うことも重要なことなのかも知れない。それが冒頭に記したホーキング博士の危惧を真正面から理解する縁になるに違いない。
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「コンピュータ パワー 人工知能と人間の理性」

1979年発行

著 者:ジョセフ・ワイゼンバウム
訳 者:秋葉忠利
発行所:株式会社サイマル出版会
コード:ISBN4-377-10456-X C1336
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Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員