物欲を刺激しなくなったか!? アップル製品

私がApple製品を使うようになったのは1982年にApple IIを購入してからだ。したがってAppleとの付き合いは実に30年以上にもなるし実にエキサイティングな数十年だったが、その異常ともいえる熱い拘りがこのところ形を変えつつあるように思う。


「物欲を刺激しなくなったか!? アップル製品」というタイトルで原稿を準備していた12月8日、何というタイミングなのか、Appleは iPhone 6s用のバッテリーケースを販売開始した。純正品である…。
問題はそのデザインを見たとき、いかりや長介の声で「こりゃダメだ!」というのが聞こえた(笑)。これがデザインを重視するAppleの製品なのだろうかと…。

このデザインひとつで現在のAppleが以前とは違う状況にあることを知ることができる気もするが、ジョナサン・アイヴ氏はきちんと仕事しているのだろうか。そしてCEOのティム・クック氏の感性は大丈夫なのだろうか。まさしくそのものズバリ、物欲を刺激しないApple純正品の登場だった(笑)。

Worldly desires for Apple_01

※Apple大丈夫か?Appleはいまだ世界一のIT企業だが、些か開発コンセプトに陰りが生じてきたようにも思える。大企業病の兆候なのか?


さて複数の友人や知人らにほぼ共通していえることは彼(彼女)らは皆程度こそは違えども古くからのAppleユーザーだ。Appleが調子のよい時も、明日潰れるかも知れないと言われていた時期も好んでApple製品を買い続けた強者たちである。その彼(彼女)らの半数以上がどうも最近のアップル製品は物欲を刺激しないというのだ。私も含めてこれらの人たちは熱狂的なユーザーであったし今もMacやiPhoneを手にしているものの以前のように熱くなれないという...。

私自身Mac用のアプリ開発を生業にした関係もあるが、それ以前にもApple II, Apple IIeに夢中になっていたしMacにしても初代Mac 128K, 512Kへのアップグレード, Mac PlusをはじめデスクトップおよびPowerBookシリーズにしても多くのモデルを発売と同時に購入する時代が続いた。

Worldly desires for Apple_03

※Apple II はまさしくこれまで体験したことのない世界を見せてくれた(当研究所所有)


近年も初代iMacは勿論、PowerMac G3, PowerBook G3, PowerMac G4, iBook, PowerMac G3 Performa, QuickSilver, PowerMac G5, Mac mini, Mac Pro, MacBook Air,そしてiMac 27インチなどなど...。また新型への買い換えもあるし、その他iPod, iPhone, iPadやApple Watchなど数え切れない製品数を手にしてきた。

購入動機はと問われる時もあったが、第一はパソコンが必要だったこと、そして自分がやりたいことはMacが一番だと信じてきたことが挙げられる。そしてその操作性、GUIの完成度、OSの先進性といったことに一喜一憂してきた。
第二に新しいマシンは常にそれまで使っていた旧機種と比較して目に見えてパワーアップされているという事実だった。さらにMac OSやMac OS Xのバージョンが上がる度に新しいテクノロジーの扉が開かれる思いがして身震いしたものだ。

ゲームはほとんどやらない私だが、こうした常に新しい環境で3D、デザイン、アニメーション、写真、パソコン通信やインターネット、デジタルミュージック、音声認識/音声合成、プログラミングをはじめ、原稿書きやDTPといったパソコンで可能な限りのあれこれに手を染めてきた。

自分の能力を棚に上げての話しになるが、これまで大がかりな設備と資金がなければ出来得なかったことがパソコンのモニター上で出来てしまうということに狂喜しながら新しい事に挑戦する意欲が湧いてきたものだ。新しいハードウェアもソフトウェアも思いもしなかった世界を垣間見せてくれた。だからこそ3Dソフトに150万も払い、Macやレーザープリンタあるいはカラープリンタにそれぞれ150万円もの投資が苦にならなかった時代を通ってきた。毎朝目が覚め、Macの前に座るのが楽しくて仕方がなかった。

そうした投資や努力の中からなにを生んだのか...と問われると些か後ろめたいが、十数冊の著書を出版できたのもMacという新しい分野へ飛び込んだおかげだし、ワープロというものがなければ物書きの素人が原稿用紙を埋めることなどできようもなかったはずだ。
またMac...Appleの世界に飛び込んだからこそ仕事がらみとはいえ毎年サンフランシスコやボストンに足を向ける機会を得た。そうした場所で得た知識と先見性への取り組み方は何にも増して刺激的であり私の血肉となった。

では今の現実はどうだろうか...。Mac 128KはもとよりMacintosh II あるいはPowerMac G3といった時代と比べて我々は比較もバカバカしくなるほどの高性能なMacを常用しているし、モニターもその美しいカラーはもとよりディスプレイサイズも27インチと広大だ。その上にiPhoneやApple Watchといった情報関連デバイスを身につけそれこそ最新の情報にアクセスすることも容易くなった。さらに黎明期の製品価格と比較するとこれまた笑ってしまうほど安価になったのも事実だ。

それなのに新しいMacを、新しいiPhoneを購入してもかつてのあのワクワク感がないと友人たちは口を揃えていうし、私自身も問われれば確かにそうだ…。それらは100%実用品となったといえば聞こえは良いが、熟したのを通り越して空気みたいな存在になったのだろうか…。どこかAppleがマイナーな時代を懐かしく思ったりもする(笑)。

新製品のベンチマークを計れば確かにスピードアップ、パワーアップしていることは間違いないものの体感スピードといった点では驚くほどの差は感じられなくなった。それだけ3Dのレンダリングや4K映像編集といったパワーを必要とする作業を別にすればすでに我々の使っているマシンはオーバースペックになっている。また新機能だといってもその操作性にしてもこれまでの体験ならびに経験からして予測できないほどの新しいものには近年お目にかかっていない。

確かに最近のパソコン機器はパワーアップし、便利になったり美しくなったりしたが、すでに我々の日常や思想を根底から変えてしまうような革新的なものではないから喜んで受け入れたとしてもどこか至極当然のことだと思ってしまう感がある。
こうした感覚は時代というものを抜きにしては考えられないとも思う。若い方たちがどうのこうのということではなくある意味私らの生きてきた時代は産業革命以上の革新に次ぐ革新が続いた時代に生を受けた。したがってちょっとした革新程度ではそもそも驚かないのだ(笑)。

生まれたときは自宅に電化製品といえばラジオくらいしかなかった。蛍光灯、電気冷蔵庫、洗濯機、電話機、テレビ受信機、エアコン、ファクシミリ、コピー機、マイコンやパソコン、パソコン通信やインターネット、そして携帯電話といったあれこれを眼前にする度に、なんて言ったらよいのか、衝撃と共に新しい世界を夢見ることができた。これらは今では想像ができないほど生活を一変した。

例えば電気洗濯機ひとつをとってもそうだ…。それまでタライと洗濯板を使って洗い物していた母は電気洗濯機を見て「こんな…回るだけでは汚れなど落ちない」と父が買ってきた電気洗濯機をしばらくは使わなかった。洗濯は腰を屈め、固形石鹸を洗い物に擦りつけて手で洗濯板のデコボコに強く揉みつける力仕事であり腰を痛める作業だった。それに湯沸かし器などない時代、真冬でもヤカン一杯のお湯の他は手を切るような冷たい水道水を使うしかなかった。

ましてやパソコンはこれまで想像もできない代物だった。何に使うべき機械なのかも最初は分からなかった。マイコンショップの店員さんは「これ、何でもできますよ」と胸を張ったが1977年に10万円もしたワンボードマイコンは素人にとって現実的な意味合いを見いだせなかったほどの革新的過ぎるものだったといえる。
しかしこうした感覚はすべてのユーザーが持っているものではないことも確かだ。私の周りでも特に若い方たちにとって近年のアップルは最初から世界で一番優れたIT企業であり、iPhoneといいiPadといい評価が高い。

いろいろと考えてみたが、アップルが変わってきたという事実以前の問題として我々の年代のユーザーは慣れすぎてしまったとも考えられる。どこか映画やドラマのストーリーが公開前に分かってしまうだけでなく次回作のシナリオまで想像できてしまうのではあらためて劇場に足を運ぶ気にはならないに違いない。そんな感覚なのである。

そうした我々側の変化はアップルならずとも企業側でサポートできるはずもなくある種の溝は次第に深くなっていくのかも知れない。事実友人知人の中ではわずかだが現実的な変化も起こりつつある。
前記したバッテリーケースが象徴するAppleの変化はこれまで古い時代を支えてきたユーザーをアップル離れに追い立てているようにも思えてしまう。

しかし私はApple純正バッテリーケースの存在やスペックを批判しているのではない。そのデザインに不快感を覚えているのだ。何故ならこれまでAppleはiPhoneにしてもiPadにしても美しさと機能を両立させるという意味からいかに薄く作れるかに力を注いできた。iPhoneが現在のように薄いことが理想なのかはともかく、強度を保ちつつ可能な限り薄いことが扱いやすさを生みまたデザインの妙を際立たせると考えてきたはずだ。

それが例えアクセサリーだとしても、Apple純正品のバッテリーケースが餅を重ねたような安易なデザインではAppleの拘りや主張は何だったのか…ということになる。「魂は細部に宿る」ではなかったか!
ご存じの通りAppleがバッテリーケースを出すのは初めてのことだ。なぜいまバッテリーケースなのか、それもiPhone 6/6s 用なのか...という点はAppleとして意味があることに違いない。

ひとつひとつ詳しい検証は避けるが、純正バッテリーケースとしてアドバンテージが高い機能が多々乗っているしサードパーティー各社がやらなかったあれこれを純正品として実現している優れものであることは確かなのだ。また特許がらみの結果だという話もある。

ともあれAppleの変化をいち早く感じたのも(感じられたのも)また古参のユーザーたちに違いない。身近を見回すと例えばiPhoneを手放しNuAns初のスマートフォン「NEO」に乗り換えると宣言した人、デジタルミュージックばかりではなく再びレコードを集め出した人、Apple Musicを解約した人、DTMではなくアコースティック楽器の演奏を再開した人、自宅に閉じこもるのではなくデジカメを持って積極的に外に出ていくようになった人などなどの変化が起きている。

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※Apple社の最初の製品 Apple 1と最新プロダクトのApple Watch。なおApple 1は Replica(当研究所所有)


それに、以前ほどAppleの動向や新製品情報を人より先に追い求めようとする努力もしなくなった。新製品は出たら評価し、面白ければ…良ければ買えばいいというわけだ。これまでのように噂同然の情報に振り回され、不確定情報に一喜一憂した気負いは自然消滅した感もある。

Appleも時代と共に変わっていくに違いないが古いユーザーである我々も一時代前とはその立ち位置も違う。私たちはこれまでどちらかといえばライフスタイルをAppleに合わせてきた感もあるが、そろそろそのデジタルライフもオリジナリティを色濃く持つべき時代になってきたのではないだろうか。

Appleは間違いなく飽和の時代に突入している。もしAppleに弱点があるとするならその飽和の時代…あって当たり前の時代に、かつて我々を熱中させたように人々を夢中にさせる新しい物を提供できるかにかかっていると言えよう。いやAppleもその点は気づいているからこそ医療機器を作るかも知れないなどと言ったり、自動車の開発に手を染めるといった新しいチャレンジを進めているのだろう…。

それにiPhoneもApple Watchも…たった1年でアップデートした次の新製品が登場するといったこれまでのビジネスサイクルがそろそろ時代に合わなくなってきたようにも思える。ともあれいまでもAppleは好きだ。だからこそいつまでも顧客の満足度を刺激するAppleらしい、Appleでしかなし得ない素晴らしい製品を作り続けて欲しいと願っている。
実はiPad ProとApple Pencilが届いたばかりなのだ!(笑)。




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Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員