[小説]未来を垣間見たカリスマ 〜 スティーブ・ジョブズ 第1部 ー 第5話 株式会社になる

加賀谷友彦は1976年12月6日、出向いたApple銀座の店頭でiPhoneのホームボタンを押した瞬間目眩に襲われた…。思わず座り込み気がついたとき彼はカルフォルニア、ロス・アルトスのスティーブ・ジョブズ家のガレージ前にいた。そしてスティーブ・ジョブズと一緒に働くことになる。
ー 優れたビジョナリーといわれたスティーブ・ジョブズ。その若かりし時代の秘密に迫る!ー
※本編はフィクションです※


■第1部 ー 第5話 株式会社になる

行くところも寝るところもなく持参していた円貨やクレジットカードは40年後の未来のものだからして使えない。妻が狂いそうなほど心配しているだろうと思うと気が気でなく息苦しくなるが、加賀谷にはどうすることもできなかった。
手にしたままのiPhoneを眼前のガレージから出てきたスティーブ・ジョブズと名乗る若者に見られて質問攻めにあうが、それが縁で加賀谷はしばらくの間ガレージに居候することになった。

私はその後、スティーブ・ジョブズと2人だけの機会を見つけては過日見せたiPhoneや私が何者であるかについて、信じるか信じないかはともかく真実を話した。
「俺も大概のことには驚かないよ。2年前にコトケとインドへ行ったときも想像もできない度肝を抜かれるようなことが多々あったよ」
ジョブズは私の目を凝視しながら話しを続けた。
「瞑想や不思議な体験も経験したがトモの話しはぶっ飛んでる。そのまま信じろという方がおかしいがお前の手にはこのiPhoneがある。それはどう考えてもいまのテクノロジーでは実現できないことも事実だ」

私はジョブズが喋っている間は口を挟まなかった。
「トモ、1度に全部信じろというのは無理だが、俺は君がクソやろうだとは思えない。少しずつ俺を納得させてくれ。それでいい…」
姿勢を変えて彼は続けた。
「トモは未来が分かるという。でも聞きたいことと聞きたくないことがあるさ。しかし君なら俺たちのこれからにとって有益なアドバイスを期待できるよな…」

これまで私のことを「お前」と呼んでいたのが「君」に変わっていたことに気づいた。基本的には信用してくれたに違いない。
「君に勤まるかは分からんが、今後俺の秘書役としてつるんでくれ。いいな!」
ジョブズはさっぱりした表情であらためて右手を差し出した。
私は「ありがとうスティーブ」といいながら彼の手を強く握り返した。

Apple Computer Companyは法人化を急ぎ、来年(1977年)4月に開催される第1回ウエストコースト・コンピュータ・フェア(WCCF)でApple IIをお披露目することを目標に全員が寝る間も惜しんで働くことになった。そういえばスティーブは早々にWCCF会場入り口正面の目立つ位置に小間を予約した…。

WCCF1976.jpg

※出展社リストや講演スケジュールなどが載っている「THE FIRST WEST COAST COMPUTER FAIRE」の会報表紙


私もボーと突っ立っているわけにはいかない。ウォズをはじめマイク・マークラ、ロッド・ホルトや頻繁にジョブズのガレージに出入りしていたダン・コトケらと友好を深めながら雑用や簡単なハンダ付けなどを手伝うようになっていた。

スティーブ・ジョブズにはやらねばならないことが山積みだった。まずはApple Computer Companyの法人化だが、これにはひとつの案件が障害となっていた。
それはマークラがスティーブ・ウォズニアク、通称ウォズがAppleの常勤であることを前提に法人化を考え事業計画を立てていたことだ。しかし当のウォズはヒューレット・パッカード社を辞める気はなかった。

そもそもその年の4月1日、もう1人の創業者であるロン・ウエインを交えAppleを会社組織にすることに同意した際、ヒューレット・パッカードを辞めなければならないという話しはなかった。ウォズは安定した技術職を離れたくなかったしヒューレット・パッカード社が好きだった。

「僕は会社を作って儲けることにどうにも違和感があるんだ」
ウォズは私とふたりきりのときにいみじくも話してくれた。
「Apple II の設計を終えたら僕の仕事は、会社にとっての僕の役割は終わってしまうんではないかと思うんだ。それでもヒューレット・パッカードを辞めてAppleに居続けなければならないのかな…」
ウォズはビジネスも金儲けにも興味がなかった。
「僕は一生ヒューレット・パッカードの技術職で人生をまっとうし、余暇に好きな発明でもして友人たちを驚かすことができれば満足なんだ」
ウォズはちょっと悲しそうな表情を見せた。

しかしマークラたちからしてみれば創業者であり天才技術者のウォズが片手間仕事では将来に不安があった。したがってジョブズはもとよりここのところマークラが事あるごとに説得を試みていたがウォズの決心は変わらなかった。
しかしマークラもその点だけは譲れなかった。
結局年が明けた1977年1月3日、私のご神託の通り(笑)マークラは堅い決心で自宅のプールサイドに株式会社設立の発起人全員を集めた。

その場にはマークラは勿論、ジョブズ、ウォズそしてホルトがApple Computer Companyを株式会社にする契約にサインすることに同意し集まっていた。またどうしたことかジョブズは「トモ、君もオブザーバーというか記録係として同席しろ」といったことから私も見た事もない素敵なプールサイドの椅子の1つに座った。

問題はただひとつ、ウォズを常勤で働くことに同意させることだった。
マークラは「ウォズ、私は君が常勤であることを前提で法人化を進めてきた。この場におよんでも君が嫌だというなら白紙に戻すしかないがどうだ」と珍しく強く詰め寄った。

ジョブズも「そもそも一生で1度くらい会社をつくってみようや…ということでお前と一緒に起業した。その会社がいま大きく飛躍しようとしているんだ。それもお前がいなければできないことだよ。腹をくくれよ。すでに1年前の俺たちではないんだ」
ジョブズの隣に座っていたホルトが口を開いた。
「もし会社が早々に駄目になったら…俺は君がヒューレット・パッカードに再就職できるように最善の力を尽くすよ。まあ君の天才ぶりならヒューレット・パッカードだって歓迎するだろうし」と悠然と言い放った。
達観したようなホルトの物言いだったが、ヘビースモーカーの彼がキャメルの灰が落ちるのを忘れていたことを見れば彼もいささか緊張していたようだ。
それだけ今後のAppleにとってこの場の決断は重要だった。

そもそもウォズの父親をはじめ、周りの親しい人たちは「ウォズはジョブズに利用されている」と考えていた。優れたコンピュータを作ったのはウォズだ。だとすればそこから生じるすべてのプラス要素、無論お金も含め、特許やらもウォズに期すべきだと考えていた。
ウォズ自身の心境は残念ながら他のスタッフたちとは違い、Appleという会社で働いているという意識はほとんどなく、相変わらず仲間との遊びの延長だった。
しばらくの間、マークラとジョブズ、ウォズが喧喧諤諤とやりあったがホルトと私は口をはさまなかった。

ため息のあと、マークラはいつもの落ち着いた紳士然とした態度に戻り、あらためた口調でウォズにいった。
「君は会社を作るよりコンピュータの設計そのものが好きなことはよくわかっている。Appleは投資や儲けの場所ではないと思っていることも知っている」
ウォズもあらためてマークラを見つめた。
「我々も会社を作って暴利をむさぼろうと考えているわけではない。君の設計したこれまでにない素晴らしいコンピュータで世界を変えようとここまで皆が頑張ってきたんだ。これからも一緒に、そしてずっと力になってくれ」

ウォズは大きな体を一端椅子から離して座り直し「…わかったよ」とつぶやいた。
「それにしてもジョブズが僕の友人たちに電話をかけて僕を説得させたのにはまいったよ。いつの間にか僕は悪者みたいになっていたんだからね」
ウォズはいたずらっぽい顔で皆を見回した。

じっと聞いていたジョブズが口を開いた。
「ウォズ、お前も知ってのとおり俺も大企業は大嫌いだ」
吐き捨てるようにジョブズは続けた。
「昨年大規模な汚職が明るみになったロッキードを見ろ。議員を買収し多大なリベートや裏金を受け取る。こんな醜いことはないよ。もし僕らの会社が成功し大企業になってもそんな怪物のような会社にはしないさ。それは俺も望むところだ。約束するよ」

ウォズが結局ヒューレット・パッカードを辞め、Appleで常勤することに決めたのにはマークラやジョブズらの説得よりもっと明確な理由があった。
あるときウォズが私にぽつりと話してくれた。
「トモ、君は以前マークラらに『ウォズは最後の最後には説得を受け入れる』といったらしいね」
テディベアーのような顔をしたウォズは私の顔を覗き込んだ。
「ああ、そんなことをいったかな」
誤魔化すしかなかった私は曖昧に答えた。
しばらくの沈黙の後でウォズは少し寂しそうにいった。
「僕が作ったコンピュータは仕事とは無縁だったけどヒューレット・パッカード在職中に作ったことは間違いないんだ。これまでの経験も確かに役に立っている。だからできればヒューレット・パッカードでApple II を生産し売り出すことはできないかと上司に話しを持ち込んだんだよ」

ウォズらしい律儀といえば律儀な話しだがウォズは続けた。
「それができれば僕は大好きなヒューレット・パッカードを辞めなくて済むからね。でもそこは大会社なんだよヒューレット・パッカードはね」
「断られたのかい」
私の質問にウォズは髭を擦りながら...
「興味ないといわれたよ。僕が大好きな個人向け...ジョブズ流にいえばパーソナルなコンピュータを作り続けることができるのはヒューレット・パッカードではなくAppleだと気がついたわけさ」

「ヒューレット・パッカードに試作品を持ち込んだ事はスティーブ・ジョブズも知ってるの?」
「勿論さ。彼は僕の話が断られたと知ったとき顔がパアッと明るくなったよ」
ウォズはもしヒューレット・パッカードでApple IIが受け入れられたならAppleを飛び出していたかも知れない。しかし幸いというべきだろう、Apple IIの未来を1番高く評価していたのはスティーブ・ジョブズだったのだ。

結局会社名は「Apple Computer Inc.」とし、2人のスティーブがそれぞれ株式の30%を、そしてマークラも同じく30%の株式を取得し残りの10%をホルトが持つことになった。

契約書に皆がサインしマークラの自宅から出て行くとき、マークラは皆にいった。
「例の社長が決まったよ。引越が済んだら顔合わせの機会を作るがナショナルセミコンダクター社で上級管理職だったマイケル・スコットという男だ。覚えておいてくれ...」

一番の懸案事項が片付いたとはいえ問題はまだまだ山積みだった。
新しいオフィスへの引越日程が決まったある日も朝から皆がピリピリしていた。
「トモ、今日は冷えるな…不足していた部品を買ってきたよ」
ビル・フェルナンデスが片手をジーンズのポケットに入れながらガレージに入ってきた。彼がもう一方の手にぶら下げていた重そうな袋を受け取ろうと私は立ち上がった。

「まったく、いまだに僕は雑用係だよ」とフェルナンデスは愚痴をいいながら袋を私に委ねた。
「いや、私も雑用係としては君の相棒だよ。それに君ほどテクノロジーのことを知らないから仕方ないけど」と慰めにもならない言葉をかけた。
フェルナンデスは私の目をまっすぐ覗き込みながら「理由は知らんが、ジョブズは君のことを高く評価しているよ。あの口五月蠅い...いや失礼、彼としては珍しいぜ」と小声でいう。
私は素直に「それは嬉しいな」とこれまた小声で呟いた。

今日もジョブズの機嫌は悪かった。
「おい、ビル!Apple II の配線図は間違いないか?お前のおかげで組み立ての目処はついたがいまだに不安定だそうだ」
ジョブズは橫にウォズがいるのにわざわざフェルナンデスに不満を向けた。
「配線図はばっちりですよ。それはウォズやロッドも認めてくれたし。後は問題をつぶしていくしかないですね」
フェルナンデスは言いながら自分の椅子に座った。

フェルナンデスは反撃のつもりかピリピリしているジョブズに体を向け「ケースの色は決まった?」と嘲笑気味に問う...。
ジョブズがムッとした顔つきをしたときマークラがガレージに入ってきた。
マークラはフェルナンデスの言葉が聞こえたのか大きな声を出した。
「ジョブズ、そのカラーだがいい加減に決めてくれないと…」
「君は人には急げ急げと厳しいが、自分の決断も急いでくれよ。アイボリーだか何だか知らんが1000種ものカラーサンプルを取り寄せたのはまあいいとしてもだ、いつになったら決まるんだ…決めてくれるんだ」とジョブズに詰め寄った。

スティーブ・ジョブズも負けてはいない。顔色1つ変えずに反論しようとしたときガレージの奥からポール・ジョブズが顔を出した。スティーブ・ジョブズの養父である。
大柄なポールは若い時にはあのジェームス・ディーン似ともいわれた男だった。そのパパが和やかにマークラとジョブズの間に入り込み「なあマイク、君たちが苛つくのもよくわかるが、”色の道” は息子に任してくれや」
ポールはマイクの肩に手を置きウィンクしてから「アッハハハ」と笑いながら奥に戻っていった。

まだ少年だったクリス・エスピノサは「なるほど僕には色の道は早いよな」といったのをきっかけにウォズやフェルナンデスそしてホルトも笑い出した。
肝心のマイク・マークラも「色の道か…確かに難しいよな」と苦笑しながら憮然として立っているジョブズの前を離れた。

【主な参考資料】
・「パソコン革命の英雄たち~ハッカーズ25年の功績」マグロウヒル社
・「ハッカーズ」工学社
・「パソコン創世記」TBSブリタニカ
・「スティーブ・ジョブズの王国」プレジデント社
・「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新報社
・「スティーブ・ジョブズ〜無謀な男が新のリーダーになるまで」日本経済新聞出版社



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主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員