[小説]未来を垣間見たカリスマ ~ スティーブ・ジョブズ第 1部 ー 第7話 WCCF前夜

突如40年前のスティーブの実家の前にタイムワーブしてしまった...。還暦も遠の昔に過ぎた男、加賀谷友彦は久しぶりに出向いた Apple銀座 のエントランスで1976年にタイムスリップし、スティーブ・ジョブズの若かりし頃に出会い一緒に働くことになった。
ー 優れたビジョナリーといわれたスティーブ・ジョブズ。その若かりし時代の秘密に迫る!ー
※本編はフィクションです※


■第1部 ー 第7話 WCCF前夜

我々は怒濤のようにスケジュールをこなさなければならなかった。ジム・ウォーレンが主催する第1回ウエストコースト・コンピュータ・フェアの開催日、4月16日が迫っていたからだ。
法人となったAppleは全社一丸になってしゃにむに働いた。マイク・マークラはこの催事に5,000ドルの予算を注ぎ込むことにし、会場入り口からすぐ見渡せる場所にブースを確保した。
しかし物事はなかなか予定通りに運ばなかった。

私は社長のスコッティにいわれてそれぞれの担当者がミッションを予定通りに遂行できているかをチェックし報告する係になっていた。ジョブズのミッションも注視しなければならないから実に嫌な仕事だがこれまた誰かがやらねばならないことだった。
スコッティに呼ばれ、その担当を命じられた後にスティーブへ報告しにいった。一応私の直接の上司はスティーブだったからだ。
正直スティーブが「勝手に決めやがって」と怒鳴り散らすのではないかとドキドキだったが、彼は意外と冷静だった。

「トモ、確かに君の言うように誰かがやらなければならない仕事だ。知ってのとおりスコッティは融通の利かないクソ野郎だがCEOなんだから仕方がないな...。大変だろうけど巧く立ち回ってくれ!」
スティーブは気の毒そうにいった。

夜半過ぎに疲れ切った皆がそれぞれ帰って行った後、少しでも時間があるとジョブズは私を呼んでiPhoneと私自身に関することを聞きたがった。
iPhoneは残念ながら1977年のこの時代では電話もネットワークも使えない。その上バッテリーがなくなればどうしようもなかった。その意味はジョブズも即理解し納得してくれたので数十分の説明を終えた後はバッテリーの消耗を防ぐために電源を切るようにしていた。したがって起動させる度にアップルロゴが表示されるとジョブズは大層喜んだ。

iPhoneApplelogo.jpg

※スティーブ・ジョブズは未知のガジェットを起動する度に表示されるアップルロゴを喜んだ


「となればだ…。このiPhoneとやらは完成品であり後からハードウェアを追加することは許してないわけだな」
ジョブズはウォズとApple IIに実装するスロットの数について気まずい思いをしただけに、ユーザーに本体を開けさせることを拒絶したiPhoneのエレガントな仕様に仕事の疲れも忘れて魅惑されていた。

「イヤフォンジャックの他はLightningコネクタと呼ばれるインターフェースがあり、サードパーティー各社はその規格に合わせて周辺機器を開発することはできるよ。ただしLightningコネクタはAppleの審査が必要なんだよ」
私の説明にスティーブ・ジョブズはどこか嬉しそうな顔をした。
「それに再度念を押すけど、これからの説明の核心は…スティーブ、君がだ…私が40年後の未来から来たということを信用してくれるという前提が大事なんだ」

私の念押しにジョブズはiPhoneから視線を外さずに答えた。
「だけど…トモ、完全にタイムワープを信じろというのは無理だ。しかし…理屈では信じられないが “これが” ここにあることを考えればトモのいうことを信じるしかないよな」
やはり眠いのか両眼を左手でこすりながら答えた。

「iPhoneには冷却ファンもなければ拡張スロットもないしユーザーが筐体を開けてアクセスすることを禁じているんだ」
私はあらためてiPhoneの筐体には一切ネジが使われていないことをジョブズに見せた。
「美しいよな!俺が常々考えてることが実現されているわけだ。未来にも凄い奴がいるな」
ジョブズも少々混乱しているようだ。

私も瞼が閉じそうなのをこらえてジョブズに顔を近づけていった。
ジョブズも社長のマイク・スコットに体臭のことを指摘され、少しは身だしなみに気を配るようになっていたから一時よりは悪臭も軽減されていた。

「スティーブ、間違っては困るよ。いいかい…。これは “未来の君” が作ったんだよ」
私が諭すようにいう。
「ふふふ、そうだったな。間違いなく俺の思想そのものを表現しているプロダクトだよ」
上機嫌なジョブズは「バッテリーはまだ持つのか」と心配そうに聞いた。

「本体のバッリーもいちいち電源を切って持たせるようにしているがさすがになくなった。ただし私のバッグにはiPhoneを3回ほどフル充電できるモバイルバッテリーという小型充電機を入れてきたのでこの程度の時間ならあと数回機会を作れると思うよ」
ということでその夜は解散となり、私はもともとジョブズの妹の部屋で一時は作業場として使われていた一室で寝ることになった…。

Appleは猛烈なスピードで前進していた。ウォズがコンピュータを設計し、マークラが商才を鼓舞し、スコッティが組織としての会社の舵を取った。そして広報はパートナー契約した広告代理店のレジス・マッケンナ・エージェンシーが縦横無尽の活躍をしてくれたがApple全体の推進力はヒッピーとしか思えない押しの強い若者、スティーブ・ジョブズだった。

「ウォズ、会場で使えるApple IIは何台なんだ?」
ジョブズは苛立つ気持ちをなるべく気づかれないようにとウォズニアクに声をかけた。
「本当は最低5台は持って行きたいんだ。しかし4台になるかも知れない」
少々自信なさそうな返事が返ってきた。

apple2original.jpg

※Apple II の外観 (当研究所所有)


ホルトが振り向いていった。
「電源は入るが動作が安定しないんだ。すぐにキーボードが反応しなくなる。どうやら静電気にチップが影響を受けているようなんだが調査中だよ」
「マシンは要だからな。なんとか頼むぞ」
ジョブズの鼓舞する大声を背に受けホルトとウォズが顔を見合わせ同時に「勿論だ!」と答えた。

振り向いたホルトは周りの雰囲気を和らげようとしたのか明るい声で叫んだ。
「俺って、自慢ではないがこれまで3万ドル以上の金は持ったことのない男だぜ。しかしこのApple II がWCCFで成功すればだ、数年で十倍の年収も夢ではない時代がくるかも知れないな!」

「僕には金勘定はわからんけど、2進法の計算なら得意だよ」
ウォズはApple IIのマザーボードから目をそらさずにとぼけていった。
同じ部屋にいたランディ・ウィギントンやクリス・エスピノサは声をあげて笑った。

「クリス、デモソフトウェアはできたのか?」
ジョブスは会場で大型モニターにデモ映像を映し出すためのプログラミングをしていたクリス・エスピノサらに声をかけた。
クリス・エスピノサ、ランディ・ウィギントンはウォズのアドバイスを受けながらApple IIの優れたサウンド特性とカラー表示を強調するデモプログラムに没頭していた。

「プログラミングはまずまずだが、クリス!コピーするカセットテープがなくなったぞ。悪いが例のディスカウントショップで買ってきてくれないか」
ホルトがジョブズへの返事にまかせてクリス・エスピノサにいった。
「あいよっ!」
若いクリスは飛び跳ねるように席を立った。
その背を追うようにビルが叫んだ。
「カセットテープは30分のにしてくれよ。いや、もしあったらもっと短いのを頼む。60分や90分はダメだぞ!使いづらいからな」
クリスは振り向きもせず、右手を上げて駆けだした。

ColorDemosoft.jpg

※ホビーストの場合、当時のマイコンやパソコンの記憶装置は音楽用カセットテープを使うのが主流だった


Apple II の樹脂製ケースはヒューレット・パッカード社で数年製品デザインを担当しウォズとも顔見知りだったジェリー・マノックに依頼した。WCCF開催の12週間前ぎりぎりに依頼したこともあって開催日に間に合うかどうかが心配だった。

ホルトはジョブズに向かっていった。
「ジョブズ、電源は目処がついたぜ。いっていたとおり信頼度が高く軽量、そして高熱を発しないスイッチング電源を開発したよ」
ホルトの仕様ではサイズも牛乳パックよりいくぶん小さくなるはずだった。
スイッチング電源装置はそれまでほとんどのメーカーが採用していたリニア電源装置しか知らない人たちにとっては高嶺の花でウォズ自身もどんなものなのか漠然としかしらなかった。ホルトの株がまた上がった…。

相変わらず小さな小競り合いは日常茶飯事だった。
「キャンティの奴が設計したプリント基板は突き返したよ」
ジョブズはこともなげにいったが皆は「ああ、またか」と誰も言葉を発しなかった。
基盤設計はApple 1のときにも頼んだアタリ社の同僚ハワード・キャンティに依頼したが、できあがったプリント基板のチップとチップをつなぐ線をきっちりとした直線にしろと要求し突き返したという。

そんな大小のトラブルが続いたがWCCFの開催日程は待ってくれなかった。
なにしろフェアで配る予定の新しい名刺は2日前になっても納品されずジョブズ達をヤキモキさせたし肝心のケースが届いたのは前日だったが、それを見たジョブズは怒り心頭だった。
「なんだこのくそったれな出来は!」
確かに酷い仕上がりで凹凸やバリが目立った。ジョブズは怒鳴り散らしたが作り直す時間はなかった。

「ジョブズ、時間がないよ。確か紙やすりがあったな。皆で何とか見られるような姿に磨こうよ」
私は見るに見かねて立ち上がった。
私の発言を合図としたようにジョブズを含む9人全員が無言で届いたばかりのケースに紙やすりをかけて磨き始めた。
「よし、次はペイントのし直しだ」
しばらくしてホルトが威勢のいい声を上げた。

明日から開催という前日からセント・フランシスホテルに陣取った全員が一丸となり賢明に働いた結果、ケースにマザーボードが取り付けられ、テストが済んだのは夜中の1時を回っていた。結局ブースで使えそうな Apple IIは3台だったが努力の甲斐あってAppleにとって記念すべきデビューの朝が明けようとしていた。

私ひとりがこの後に起こる彼らの運命を知っていた。しかしそれはジョブズにさえ言うべきことではなかったし懸命なジョブズは一言も私にWCCFの歴史的な結果を問いただそうとはしなかった。

(続く)

【主な参考資料】
・「パソコン革命の英雄たち~ハッカーズ25年の功績」マグロウヒル社
・「ハッカーズ」工学社
・「パソコン創世記」TBSブリタニカ
・「スティーブ・ジョブズの王国」プレジデント社
・「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新報社



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主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員