[小説]未来を垣間見たカリスマ 〜 スティーブ・ジョブズ 第1部 ー 第10話 雑誌広告躓き

加賀谷友彦は1976年12月6日に出向いたApple銀座の店頭で iPhoneのホームボタンを押した瞬間目眩が...。思わず座り込み気がついたとき彼はタイムワープしカルフォルニア、ロス・アルトスのスティーブ・ジョブズ家ガレージ前にいた。そしてスティーブ・ジョブズらと一緒に働くことになった。
※本編はフィクションです※


■第1部 ー 第10話 雑誌広告の躓き

Apple II の評判と売上げは好調だが、誰もが日々これまで経験したことのない出来事やトラブルをひとつひとつクリアしていくという忍耐が必要な毎日が続いた。しかし市場の反応が良いことはスティーブをはじめ全員の志気を高めていた。年の暮れにははじめて手応えのある利益を計上することが出来た。ただしそこに至るまでには文字通りの紆余曲折、試行錯誤、失敗への反省が繰り返されていた。

スティーブ・ジョブズは鼻息が荒かった。
「トモ、この調子だとApple II が一般家庭に浸透するのにそんなに時間はかからないな」
スティーブの夢はパーソナピュータを一握りのホビーストのものではなく一般家庭で楽しめる製品にしたいということだった。
「いいかい、コンピュータは決してホビーストが使うだけのものでもないし高価なビデオゲームではないんだ。無論教育分野にも大きく貢献するだろうよ。そして人々の毎日の暮らしを楽しくし、自分たちの能力を大幅に広げることに役立つと思うんだ」

スティーブ・ジョブズは後年、Macintoshのリリース前後にMacintoshを知的自転車と称し、コンピュータによって我々の能力の限界を大幅に越えることができると熱弁を振るったが、すでにこの時代から彼は機械いじりが好きなコンピュータ好きのホビーストではなく、予備知識がない一般家庭の主婦にでもApple IIは役立つばかりか、生活の向上が図れる事をアピールしたいと考えていた。

「だけどスティーブ、いまだにコンピュータなど個人が持ったところでなにをするんだ、何が出来るんだという人たちも多いよな...」
私は率直に意見を述べた。
「新しいツールの評価は最初そんなものかも知れんな」
スティーブは椅子に踏ん反りながら両手を頭の後ろに組みつついった。

「コンピュータは確かにこれまで発明されてきた家庭電化製品などとはまったく違ったものだからね」
私は相づちのつもりでいった。
「そういえば、トモ...君は未来から来た男だ。俺たちに直接かかわる話しは聞きたくないけど未来はコンピュータに対しての理解は大幅に向上するんだろう?」
やはり持論への不安もあるのかスティーブは真顔で私を直視した。

「そうだな...2000年前後になればコンピュータは特に珍しいものではなくなるけど、今後13, 4年に至るまでは残念だがコンピュータはやはり特別なモノといった感じかな」
「・・・・・・」
スティーブは怪訝な顔をしながら聞いた。
「何故なんだ、トモ!」
「君はよく承知だけど、コンピュータは未知の人にとっては利用目的が分からない製品なんだよ」
一呼吸して続けた。
「コンピュータはプログラミングもできればゲームも楽しめる。例えばマークラが作った小切手帳管理やこれからは料理のレシピ作りを支援してくれるソフトウェアも出るだろう。しかし普通の人にとっては自分が使いたい、やってみたいと思わせるソフトウェアや周辺機器がなければアプローチできないわけだね」
さきほど淹れたコーヒーのマグカップを口にしながら、
「だから、目的意識のない人は必要性を感じないんだよ」
「そして、相変わらず、コンピュータはブラックボックスであり、キーボードの習得にしろゼロから使い方を覚えなければならない難しい代物というわけさ」
私の熱弁にスティーブ・ジョブズは無言で耳を傾けている。

「冷蔵庫には食品を冷やして保存するという使命が、洗濯機には文字通り衣類を洗濯するという当然な機能・目的をもっているからユーザーは予算さえあれば躊躇せず買う気になる。車だってそうだよスティーブ。車はなんのためにあるかは誰でも知ってる。その上で乗り心地、安全性、デザインが良いといった新車がでれば購買意欲を刺激するんだ」
私は口を挟まないスティーブをいいことに話を続けた。

「Apple II で一体どんなことができ、どのような新しい体験ができるのかをあらかじめ思い描ける人などほとんどいないのが現実だと思うよ」
スティーブは姿勢を変えながら口を開いた。
「それはユーザーからだけでなく販売店からも言われはじめているよ。どのような売り方をしたら効果的かとよく聞かれるよ」
「まあいまはApple II を売ってる店の人たちはそれなりに詳しい人たちだよな」
私のあらためての問いにスティーブは黙って頷いた。
「でもさ、その詳しいというのはコンピュータのスペックについてであり、ユーザーがどのような体験をしたいのかを聞き出しそれに合ったソフトウェアや周辺機器を販売できる人たちは極一部だと思うよ。販売店の担当だってApple II の可能性など知ろうとしたこともないだろうに...」
「そして一番のポイント、それは一般の人たちは自分でプログラミングできないことだよ。だから様々なことに興味を向けるソフトウェアの存在が重要になるんだ」

私の物言いに興味を持ったらしいスティーブは表情で先を続けろと催促した。
「そうだな...君たち自身の未来については聞きたくないだろうが、私自身のことなら話してもいいかな」
断りつつ、私は話しを続けた。

「1977年12月の事だった...。いや今年がその1977年だからして変な感じだが、私は秋葉原という電気店が建ち並ぶ街で最初のワンボードマイコンを買ったんだ。富士通製だったな」
「アキハバラなら俺も聞いたことがあるよ。一度行ってみたいと思ってる」
「そのコンピュータを販売している店員は客に何ができるかと聞かれ『何でもできますよ』と説明していたんだ」
その時のことを思い出しながら私は笑った。

「ねぇスティーブ。その店員の物言いは間違いではないかも知れない。しかし何でも思うように使いこなすには相応の知識が必要だしメモリの増設や適切な周辺機器も揃えなければならないわけさ」
「で結局、何でも出来ると勇んで買った客はどうなるか...。なんでもできるはずが...なんにもできないで埃を被るわけさ」
私は喉を潤すために冷えてしまったコーヒーを口に入れた。

「何でもできるというような曖昧な製品を一般家庭ではなかなか買うわけはないと思うよ。やはりキラーアプリケーションといった (これを使いたい、実現したい、体験したい) という目的に合ったソフトウェアが重要になってくるんだ」
「人々は自分がコンピュータを持ってどうなるのかが想像できないんだよ。またすでに詳しいはずの技術者たちの間でも個人用コンピュータのあり方というのかな、目的意識や価値観にはまちまちな意見があるよね」
私は手に持ったマグカップをテーブルに置きながら続けた。
「後になって考えたんだが、そもそもコンピュータという代物を一般家電を扱うショップで販売したのが間違いだったのではないかとさえ思ったよ」
これは正直な私自身の体験から来る感想だった。

スティーブは椅子から体を、起こしながら私の顔を見ずにいった。
「わかるよ、その意識のずれはなにも君の言う未来の話しでなくてもさ...俺とウォズの間にも大きな溝として横たわってるんだ。さらにだ、スコッティやマークラだって俺が考えているコンピュータのあり方とは相容れないものを持っているに違いないぜ」。
Apple II で世界を変えようと話し合った2人のスティーブだったし、マイク・マークラやスコッティもイメージとしてはそうした夢というか目標を受け入れたものの現実問題として具体的な話しになるとそれぞれ大きな温度差があった。

ところで現在の私たちはApple II というとアイボリーの洒落たプラチックケースに収まって販売されたパーソナルコンピュータという認識しかないが、Apple II の売り出しに際して社内で喧喧諤諤の論議が戦わされたのだった。
そのひとつはウォズからの強い希望だったが、Apple II の基盤のみの販売もすべきだという意見だ。ホビーストなら自分で電源やキーボードなど苦も無く手に入れられるし安価でApple II が提供できるというのがウォズの主張だった。

ジョブズは勿論反対だった。時代に逆行するビジネスだしせっかく美しいケースに入れ、持ち帰ったらテレビに繋ぐだけで使えるという企業戦略、イメージにも逆行するからだ。
しかしApple II のスロット数を決めるあたりからウォズとジョブズの中は険悪となったこともあってジョブズは条件付けでウォズの提案をのんだ。

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※1977年 BYTE詩に載った最初のApple II 広告。右ページ下の写真が問題となった【クリックで拡大】


「知ってるよ。ボードのみの販売を君がOKしたことだろう?」
「まあ、正直そうまでいうなら勝手にしろといった気分だったよ。トモ、君も知ってのとおり4KB RAMのApple II は1,298ドルだけどボードオンリーは598ドルで販売することにしたよ。ただし半年ほど様子を見て市場の支持がなければボードだけの販売は止めることをウォズに納得させたけどね」
スティーブは苦々しくつぶやいた。

こうした私との話しが直接の引き金となったのか、WCCFが終わった2か月後のBYTE誌6月号にはじめてApple II の見開き広告が載った。事実BYTE誌に載せた最初期の広告には "Board-only" の価格も明記されていた。

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※前記広告の次ページにはオーダーフォームが用意されボードだけの販売もなされている


広告はスティーブ・ジョブズの思い、すなわち一般家庭にコンピュータを…というコンセプトを具現化したもので、左ページは全面写真で構成され、上部には "Introducing Apple II." と記されたテキスト、そして写真の内容は奥のキッチンにいる女性が笑顔でこちら振り向き、手前には若い男性がApple II 操作している…といったシーンだ。それは多分にホームコンピュータというコンセプトを意識したものだった。

この広告は一般的には好評だった。これまでコンピュータ会社はこうしたアットホームなイメージの広告など思いもよらなかったからだ。スティーブ・ジョブズの真骨頂といったことろだったが問題が起こった!
ひとつは広告右側ページ左下に採用した写真に対して1人の女性からクレームの手紙が舞い込んだのだった。

「困ったよ。この写真は『セックスを連想させ不快である』というクレームなんだ...」
ジョブズの話しにウォズもマークラもスコッティも不用意に言葉を発しなかった。
やっとホルトが口を開いた。
「どういうことなんだスティーブ?」
「いや、俺にもわからんが、女性がゲームコントローラーを握り、対面している男性が女性に指を突き出しているというシーンがセックスを連想させるんだというんだ...。Apple II を挟んで男女が楽しく会話しているだけの写真だし、まったくの言いがかりだよ」

スコッティが堅い口を開いた。
「まあ、無難なのは無視することだな」
その話しにマークラが続けた。
「無視するのは簡単だが、我々にとっては最初の広告であるだけでなくスタートアップの重要な時期だ。どんな小さな火種も過小評価せず対処すべきだと思うよ」

スティーブ・ジョブズはジーンズのポケットから封筒を取り出しながら珍しく気落ちしたようにいった。
「問題はそれだけではないんだ。一昨日だったか、俺宛に手紙が届いたが差し出し人は皆も知ってる業界筋の奴なんだ」
「それも広告に対するクレームなのかい」
私が質問するとジョブズは頷きながらテーブルに封書を投げた。

「こちらはもっと辛辣だよ」
内容は、当該広告を見たがApple II は実際のところ貴社の広告イメージとは違い、まだまだ家電のように誰でもが簡単に使えるものではないとした上でAppleの広告は証券市場分析や家計簿プログラムが存在するかのように訴えているが、それはどこで買えるのか…といった質問も含まれていた。

「なるほど、この写真は証券市場分析プログラムを使っているイメージだが、確かに外部記憶機器も映ってないしソフトも販売されてないからウソ...誇大広告というわけだな」
ロッド・ホルトはキャメルのタバコをくわえたままで呟いた。
「どうする...スティーブ」
マイク・マークラが不安そうに口を開いたがスティーブ・ジョブズはこれら一連のことをレジス・マッケンナ・エージェンシィに伝えて意見を聞いたと説明した。

「レジスがいうには (セックスを連想させる) といったクレーム云々はともかく、ホームコンピュータ市場向けという広告戦略は時期が早かったと言われたよ。
要はまだまだマニアやホビイスト、あるいはコンピュータの知識を持ちビジネス志向を探るユーザー達へのアピールが大切な時代だったのだ。
とはいえApple II のボードオンリーの販売には反応はほとんどなく、ほどなくジョブズとウォズ約束通りその販売は取り下げられたが、問題の広告ページ下の写真は静かに無難なものに差し替えられた。

Appleはやり方によっては反論もできようが、スコッティとマークラの判断でここは安全策をとることにした。
無論大手がこうした戦略の間違いや、クレームがあった場合には新聞や雑誌も飛びつき大騒ぎになる可能性もあった。しかしAppleはまだまだ無名に近い存在であり、拡大途上にある市場特有の寛大さにも助けられ、致命的なトラブルは避けられたのだ。

(続く)

【主な参考資料】
・「パソコン革命の英雄たち~ハッカーズ25年の功績」マグロウヒル社
・「ハッカーズ」工学社
・「パソコン創世記」TBSブリタニカ
・「スティーブ・ジョブズの王国」プレジデント社
・「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新報社
・「林檎百科~マッキントッシュクロニクル」翔泳社刊



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Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員