[小説]未来を垣間見たカリスマ 〜 スティーブ・ジョブズ 第12話 ジョブズという男

加賀谷友彦は1976年12月6日に出向いたApple銀座の店頭でiPhoneのホームボタンを押した瞬間目眩が...。思わず座り込み気がついたとき彼はタイムスリップしカルフォルニア、ロス・アルトスのスティーブ・ジョブズ家のガレージ前にいた。そしてスティーブ・ジョブズらと一緒に働くことになった。
※本編はフィクションです※


■第12話 ジョブズという男

スティーブ・ジョブズは1955年2月24日の生まれだから、私が1976年12月にタイムスリップし彼のガレージに転がり込んだとき、彼は21歳の若者だった。
私は1978年には(ややこしい)すでにApple II というパソコンの存在を知っていた。しかし日本での販売価格は当時の価格で80万円ほどもした。給料が10万円そこそこの時代だったからおいそれと買えるはずもなく、間に合わせのつもりでコモドール社のオールインワン・パソコン PET2001を買った。それでも30万円ほどは必要だった。

ただしApple Computerという企業が作ったパソコンがApple II だと知ってはいても "Apple" とか "アップル" という社名は当時の日本ではかなり怪しくいかがわしいイメージがあった。
なぜならラブホテルや怪しげな商売をしている会社の中に "アップル" という冠がついている企業が目立ったからだ。だからというわけでもないが今のように「素敵」だとか「クール」といったイメージとは無縁だった。

さらに違い遠い米国の、それも一企業の情報を安易に見聞きできる時代ではなかったから1982年にApple II を手に入れたときにもスティーブ・ジョブズがどうのこうのといった情報は皆無だったし気にもとめなかった。
Macintoshが登場した1984年、私も縁があってそのMacintoshを手に入れた。Apple II 同様日本語はサポートしていなかったが、そのGUI に夢中になったものの、Appleという会社は2人のスティーブがガレージから起業した会社…といった伝説も耳に入ってこなかったと思う。

繰り返すが、Apple II の情報自体が極東の島国にリアルタイムに入ってくる時代ではなかったし、せいぜい私らが入手できるのは日本総代理店のイーエスディ ラボラトリという会社が発行していた「アップルマガジン」程度のことでマシンや関連するソフト&ハードの情報を集めるだけで四苦八苦していた。
また日本のメディアも今でこそAppleの動向や新製品情報などを進んで取り扱うが、新聞やテレビでAppleの名が出ることはほとんどなかったし米国で発刊されるようになったMACWORLD誌にしても2ヶ月ほど遅れてやっと手に入れることができたのだ。

MacworldBookFirst.jpg

※1984年1月に発表されたMacintoshだが、早くもその翌月の2月号として世界初のMacintosh専門月刊誌「MACWORLD」誌が発刊された。表紙は若き日のスティーブ・ジョブズ氏である。当研究所所有


だから、スティーブ・ジョブズという破天荒な男の存在やその魅力ある話に耳を傾けたのは1989年7月10日、幕張の東京ベイNKホールで行われたNeXT発表会あたりからではなかったか...。
したがって私がスティーブ・ジョブズという男を意識したとき、すでに彼はAppleの人間ではなかったのである。ただしその後、彼の名は良きにつけ悪しきにつけ見聞きする機会が多くなり、無視出来なくなっていった。特に1996年末にAppleがNeXTを買収し、スティーブ・ジョブズも顧問という形で復帰してからは...。

そのスティーブ・ジョブズのイメージはといえば元ヒッピーでプレゼンの神様、大金持ち、傍若無人の経営者で人を人とも思わず怒鳴り散らす嫌な男といったものだった。
1989年に起業した私はApple Japanのソフトウェア・デベロッパーとなり、14年間日本でもっともアップルに近いといわれた会社を経営したこともあって一般ユーザーの知り得ない情報をも知る立場にあったが、それでもスティーブ・ジョブズという人間を好きにはなれなかった。

さてそんな私 (加賀谷友彦) が40年前にタイムスリップしスティーブ・ジョブズと出会ったわけだが、正直これまでの印象はいささか修正しなければならないと思った…。
Appleの中で “私の秘密” を知っているのはスティーブ・ジョブズただひとりだったし、私も社内で一緒に働く人たちに対し未来を語ることはなかった。しかしそこはこちらも生身の人間だから要所要所で自分が出てしまう。なにしろ明日や1ヶ月後がどうのこうのについて詳細な歴史を記憶に刻んでいたわけではないものの、Appleの歴史の節目節目に関しては多くの情報を集めていたから、それらの知識を隠して皆と話すのは実に難しいし苦しかった。

またスティーブ・ジョブズと2人だけのときにもAppleの未来について、あるいは当該企画が成功するか失敗するかといった具体的な話しはあえてしなかったしジョブズも聞かなかった。
とはいえビル・フェルナンデス、クリス・エスピノサ、ランディ・ウィギントンそしてダン・コトケらは折に触れて的確な指摘をする私に尋常でないものを感じていたようだ。無論それはジョブズが「みんな!トモは超能力者で未来がわかるらしいぞ」と冗談めかしいて言う話しの範囲であって、まさか40年後の世界からタイムワープしてきた人間とは夢にも思わなかったに違いない。

「スティーブ、言いにくいけど...君は周りの人たちからどんな風に見られているか知ってるかい」
ずいぶんと私を信頼してくれ、どこへ行くにも連れ回してくれるジョブズだったから、Apple II のファーストロットが出荷を終えたある日の夜、遠慮のない質問をしてみた。それに私の秘密を知っているからか、スティーブは私に対して決して怒鳴ったり口汚い物言いや素振りは見せなかったからクリスやランディたちは不思議がっていた。

スティーブはソファーに寝そべり両足をサイドテープルの上に乗せながらいった。
「俺も馬鹿じゃあないから知ってるよ」
足を組み直して続けた。
「君も感じているだろうけど、俺たちの周りに集まったというか集めた人間は一部を除いて優れた人間たちなんだ。俺は役立たずのクソやろうと一緒に仕事するなどゴメンだからね」
「それはわかってるよ」
「でもさ...トモ。これがホームブリュー・コンピュータ・クラブでならことは簡単だ。嫌な奴なら付き合わなければいいんだ、お互いにな」
私もスティーブに対面しているソファーに深く座りながらこの機会だから長年の疑問を聞いてみようという気になった。

「それとこれとどういう関係があるんだい」
「俺はウォズと一緒にAppleを作った。確かにラッキーだったけど1番難しいと思ったのは人を動かすことだよ。トモ!」
「それはよく分かるさ。私も小さな会社を経営していたからね…」
「うん。会社や製品のビジョンを明確にして頭の良い奴らを目標に向かって鼓舞し、目的を達成させるのが俺の役割だが、概して人は自分にあまいから “明日出来ることは今日はしない” という気持ちになるのさ。できるだけ楽な方向へと行って仕舞いがちなんだ」
「なるほど、それに発破をかけるのが君の役目というわけか」
私は腰が沈みすぎるソファーに埋もれながら頷いた。

「まあそれは分かるとしてもだ。君の物言いは誰よりもきついし気分を害する奴だっているに違いないよ。もっと諭すように対峙できないのかい」
声こそあげなかったがスティーブは口を開けて笑った。
「俺は宗教団体のグルでもなければ人生の指導者でもないんだ。君が見ての通りの若造だよ。そいつが頭のいい奴らを動かすのに優しく諭せば済むとでも思っているのかい? 誰も俺など信用しないよ」
スティーブは悪戯っぽい顔をしながらまたまた笑った。

「誰かがいってたよ。人を動かす重要な要素があるとすればそのひとつは相手に恐怖心を与えることだそうだ…」
「……」
「恐怖といっても無論命にかかわる云々ではないぜ。下手をすれば首になるかも知れないとか降格になるかも知れないという恐怖だよ。まあ人によっては全人格を脅かされるという気持ちになる奴もいるだろうがね」
スティーブは唇をひと舐めした。
「幸運なことに俺はAppleの創業者のひとりだ。全権というわけにはいかないが仕事上の権限も持っている。だからもしその気なら社員を首にすることもできるはずだ。そうだろう...」

「面白いもので、人って自分で率先して仕事に向かうより他人から指示される方が楽だと思うことが多いらしいんだ。頭の良さと行動力とはまた別の問題だし、怒られ叱られて鼓舞される方が理論然と指示されるより動きやすいんだよ」
「では君はそれらを承知で嫌われ者になってるのかい」
私は話しの核心をついた。

スティーブは冷静だった。私の煽るような質問にもニコニコしながら答えていた。
「確かに俺だって若いし気が短いことも確かだ。『若造が生き急ぐな』と禅の師に言われたこともあるけど、何をすべきかわからないでグズグズしている奴を見ると張り倒したくなる。決して俺は聖人だとは思わないしなりたいとも思わないよ。瞑想もやってきたけど自分の気持ちを落ち着かせるためには役立つが、悟りだなんてクソ食らえだ! 俺は『自分は何者なのか』を知りたくて禅に傾倒したんだ。前に話したコーブン・チノ(知野弘文)の門を叩いたんだが、彼曰く禅僧になるのも会社を運営するのも極めれば同じだといってくれたなぁ…」
「ああ、以前聞いたね。でもさ、スタッフたちだけでなく外部の人たちの中にも君に恥をかかされたと…君の態度が悪いと怒っている人もいると聞いたよ。それはAppleにとってマイナスではないのかい?」
私も食い下がった。

「知ってるさ。一作日だったか、君も同席したインタビューがあったろう…。しかしなんだいあの記者は。なんのために取材にきたのか自分でも分かってないんだよ。あんなクソやろうに大切な時間を取られると思うとインタビューなど受けない方がマシさ。ああして怒鳴っておけば2度と来ないよ」
スティーブは真面目な顔で言い張った。

確かに一昨日、大手メディアのジャーナリストと称する男から広報を通じて取材申込みがありジョブズはそれを受けた。しかし開口一番質問攻めにあったのはジャーナリストの方だった。
そのジャーナリストはパーソナルコンピュータとは何なのかを一度も真剣に考えたことがないのは明らかだったしApple 1のこともほとんど知らなかった。そんな奴がいま爆発的に売れ出しているApple II のことを取材したところで何がわかるのか…とスティーブはいいたかったに違いない。どうせピント外れのクソ記事しか書けないといいたいのだろう。
この種のことは未来の私も多々経験したから言わんとすることはよく分かった。無論私はスティーブのようには振る舞えなかったが…。
「俺はものごとを真剣に考えようとしない、人生を真剣に生きようとしない奴らを見ると無性に腹が立つんだ」

「君に話したこと...あったかなあ」
スティーブは一呼吸置いて神妙につぶやいた。
「俺は若いときから、自分は長生きできないと思っているんだ。いまでもその考えはあまり変わっていないんだけどね」
私はまさか (君は56歳のとき膵臓ガンで死ぬんだ) とはいえなかった。
「またなんでそんな考えに至ったんだい?」
当然の質問に少しいいにくそうなスティーブは続けた。

「いや、ある占い師に観てもらったときそういわれたんだよ。19歳のときだったかな。そんなにショックではなかったけどそのとき俺はいまだ自分で何を成すべきかわからなかったことが不安でさ...。だからやりたいことには何でも手を出したよ。LSDとかもね...」
「ギターも練習したしハーモニカもやったな。これはボブ・ディランの影響だ。マッサージも習ったし日本の易経...知ってるだろう、筮竹を使う占いにも夢中になったよ」
「それにすでに知っているだろうけど瞑想や神秘思想にもはまってさ “パラマハンサ・ヨガナンダ” の “Autobiography of a Yogi” だなんて本をいつも抱えていたよ。ダン・コトケとインドまで行ったしね...」
苦笑いしながらスティーブは私を見つめた。

Autobiography_of_a_Yogi.jpg

※ パラマハンサ・ヨガナンダ “Autobiography of a Yogi” (あるヨギの自叙伝)日本語版


「だからさ、自分はあとせいぜい数年か数十年の命なのになにをすべきかもわからないその自分にイライラした毎日を送ってたんだ。幸いいまは目標が見つかったと思っているけど、そのときから死という物を意識しだしたのさ。自分が死することを意識すれば毎日はおろそかにできないだろう? だから先ほどもいったけど自分の可能性にも気づかず、考えようともしない刹那的な奴らを見ていると以前の自分を思い出すのかな、腹が立つのさ」

スティーブは魅力的だが射すくめる視線を私に向けてから天井を仰いだ。
「いま思い出したけど、君が相手を射すくめるようなその視線だけど僕には一種の催眠術みたいに思えるんだ。もしかしたら催眠術も勉強したのかい...」
長年の疑問を思い出したので遠慮なく聞いてみた。

「ああ、よく分かるなあトモ!」
「いや、私も少年時代に数冊催眠術の本を買って独学し、ハイスクールで女の子たちに催眠術をかけていたことがあったんだ」
スティーブはどこか自分の深層心理と私の告白が相容れることを感じたのか具体的な話しをしてくれた。

「トモ、君はある意味同類だな。いや、なにか真理みたいなものを掴みたくて若い時にはそうしたことに夢中になるんだろうな。確かにある本に相手を意のままに動かす基本は “凝視” することと書いてあったよ。事実俺も催眠術を意識してそうした練習もしたけど俺には催眠術は向かないことがわかったよ。ただし今では意識していないけど習慣になってしまったらしいな」
「向かないと君は言うが、一番大切なエッセンスを君は会得しているように思うよ」
スティーブ・ジョブズは嬉しそうな顔をして座り直した。

「話しを会社に戻すけど...」
一呼吸してスティーブはまたも姿勢を変えながら続けた。
「恐怖心で人を動かせるとしてもだ、トモ…それだけではダメなんだ。成果を上げないとね」
「口うるさくいわれ、一生懸命に働いても成果を感じられず、結果がでなければ働く意欲も失うしリーダーに対する信頼や尊敬なんてありえない…。だから俺はますます追い立てられる気持ちになる」
スティーブは再び天井をながめた。

「俺は確かに暴君に見えるかも知れないが、でも…いつも自分が正しいと確信しているわけではないんだ。しかし君にもこぼしたことがあるけど、例えばウォズを会社の方針に沿って働かせるのは至難の技だぜ!事実スコッティは苦労しているよ。ウォズや奴らが (これが規則だから) と理論然とした指示で喜んで働くと思う方が甘いよ。皆本来は一匹狼なんだ!」
「だけど、俺も反省しないわけではないんだぜ」
スティーブは照れたような顔をした。

「レジス・マッケンナと知り合って少し経った頃だったけど、彼の事務所に電話をかけたとき担当者の物言いにカチンときて怒鳴るはめになったんだ。行き掛かり上、随分と口汚いものいいをしてしまったよ」
私は目で話しの続きを催促した。
「そのときレジスにこっぴどく叱られてさ『二度とスタッフにそういう物言いはするな!』と言われたよ。俺もその次にレジスに会いに行ったときばつが悪くてさ、そのスタッフのデスクにいって謝ったよ。俺だって誤るときもあるんだぜ」
スティーブは両肩をひょいと上げて笑った。

「トモ、君のように先が…未来がわかればともかく、俺だって自分の決断が100%間違いないとはいえないよ。だから口五月蠅く、時に乱暴な言葉遣いで指示したり鼓舞するけど意味のある反論は歓迎なんだよ。聞くに値する反論なら俺は自分の意見に固執するつもりはないんだ。まあ反論してくれる奴など滅多にいないけどさ…」
「なるほど、君はスティーブ・ジョブズを演じてるんだな」
私の発言を聞き流しながらもスティーブはちょっと寂しそうだった。
「でも、こんな俺でも廊下で待ち伏せされて殴られたり刺されたりしたことはないぜ」
スティーブは苦笑いした。

こうした会話から察するにスティーブは意外と自制心が強く、わざと人にきつい言い方をしていると思われるかも知れない。しかしスティーブという人間の持つマグマは本人が思う以上に強く熱いものだった。だからときにはコントロールを失う言動も目立ったのだ。

それにスティーブ・ジョブズの魅力の1つはその傲慢さとは裏腹にガラスのような壊れやすさを感じさせることだった。
いみじくもロッド・ホルトがいっていた...。
「単に年の差ということではないんだが、スティーブといるとどうにも危なっかしくて守ってやろうという気になっちまうんだ。あのクソ野郎をだぜ」
と笑っていた。
事実ホルトは時に兄のように、時に父のようにスティーブに接していた。

(続く)

【主な参考資料】
・「パソコン革命の英雄たち~ハッカーズ25年の功績」マグロウヒル社
・「パソコン創世記」TBSブリタニカ
・「スティーブ・ジョブズの王国」プレジデント社
・「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新報社
・「スティーブ・ジョブズ 青春の光と影」東京電機大学出版局刊
・「スティーブ・ジョブズ~無謀な男が新のリーダーになるまで」日本経済新聞出版社


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主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。ゆうMUG会員