[小説]未来を垣間見たカリスマ 〜 スティーブ・ジョブズ 第1部 ー 第14話 赤本誕生

加賀谷友彦は1976年12月6日に出向いたApple銀座の店頭でiPhoneのホームボタンを押した瞬間目眩が...。思わず座り込み気がついたとき彼はタイムワープしカルフォルニア、ロス・アルトスのスティーブ・ジョブズ家のガレージ前にいた。そしてスティーブ・ジョブズらと一緒に働くことになった。
※本編はフィクションです※


■第1部 ー 第14話 赤本誕生 
いろいろな雑音やトラブルもあったが、Apple II は思った以上に出荷されていく。しかし改善すべき点、改良すべき点は無数にあった。そのひとつがマニュアルだった。
「よく推敲されたマニュアルをApple II に同梱すべきだと思っている。コンピュータを知らない人は勿論だがホビーストの注目を浴びるくらいよく出来たマニュアルが欲しいよ」
この頃のスティーブ・ジョブズの口癖だったが、そんなものを簡単に作れる人材はいなかったし社長のマイク・スコットは簡単なデータシートで十分と考えていたから最初期のApple II にはコンピュータを動かすための命令コード一覧だけしか付属していなかった。これを近所のショッピング・モールにあるコピーサービスで複写し、これまた近くの文具店で購入したフォルダーに納めただけのものだった。

「我々の顧客の多くはホビーストだ。彼らは自分でコンピュータの特長や仕組みを知るのが好きなんだから一から十まで知らせる必要はないよ」
スコッティの言いぐさだったが、その後スコッティ自身が少しマシなマニュアルを書き、これを受付係兼秘書係兼雑用係のシェリー・リビングストンにタイプさせた。

ある日、外出から戻った私は受付にいたシェリーに呼び止められた。
「トモ、お願いだから...時間があるときでいいけど、貴方も手伝ってくれないかな、タイピングを...」
シェリーは気の毒そうに私にも手書きされたマニュアルや資料類をタイピングするのを手伝ってくれと哀願したのだ。きっと頼みやすかったか、暇そうにみえたのだろうか。
「勿論だよ。なにしろ私は若い頃貿易商社で朝から晩までタイプを打っていたから任してくれ」
私もこうした具体的な、それも会社の経営や指針を左右する仕事ではなく、黙々とこなしていく仕事の方が気が楽だったから時間のある限りシェリーのタイプライターを借りたり他部署から借りてきてシェリーと並んでタイピングを手伝った。

「タイプ係は君と私だけかい?」
タイプを打ちながらも私は気張らしのつもりで隣にいるシェリーに聞いてみた。
「主にはそうだけど、スコッティもたまにはタイピング手伝ってくれるのよ」 
「へえ、それは知らなかったな。CEO自らタイプか!」
私が意外な顔をしたのかシェリーは続けた。
「いまのAppleは担当部署など名目だけよ。幸いオフィスは全体が見渡せるでしょ。だから誰がなにをしているか、あるいは誰が困っているかが一目瞭然だから、すぐにサポートしてくれるわ。社長とか副社長だなんてまるでいないみたいよ。仕事の上ではスコッティも同僚よね」
シェリーは一息入れてから、
「スティーブは別だけど...」
と悪戯っぽく微笑んだ。

タイピングはいつもシェリーの隣でやっていたが、シェリーとお喋りしていると人間関係の相関図を知り得たり、来客する人たちの人物像などが知れて面白いだけでなく為にもなった。さすがに受付係兼秘書係兼雑用係である。だから時間が空いたりスティーブが外出しているときには進んでシェリーの手伝いをした。
ある日の事、ちょうど休憩時間にサンドイッチが出されたときスコッティが私の隣に座ったのを良い機会だと思い常々思っていたことをいった。
「スコッティ、貴方はタフですね。官僚的でなく自ら駆けずり回っているのをいつも素晴らしいと思っています」
私は正直な気持ちをいった。
「俺は社長だからと書類いじりやサインばかりしているのは性に合わないんだ。君も知ってのとおり我々の会社はまだまだ一般的な尺度からいったら個人企業のレベルだからね。できることは何でもやらないとな」
「個人企業といえばだ...」
スコッティはコーヒーを一口飲んでから続けた。
「先日...あのプリント回路基板の故障解決を手伝ってくれているドン・ブルーナーが笑って話してくれたよ。Appleという会社で働いていると知人にいったら(なんだ、変な名前の会社だな)と笑われたらしいよ。俺たちの会社はまあそんな会社なんだ...」
スコッティは豪快に残りのサンドイッチを頬張りながらニヤッと笑った。

そういえばランディ・ウィギントンは最近のAppleは面白くて仕方がないと話していた。
「トモ、Appleはよい方向に向かっているようだよ。数ヶ月前よりは...」
「なんといったらよいかな。皆が自分の仕事だけに拘っていないという感じで僕が困惑して考え込んでいると必ずだれかが『どうしたランディ』と近寄り声をかけてくれるんだ」
「素敵だなあ」
私の反応に我が意を得たのかランディは
「いまのAppleってさ、なにかデカイことが起こると、それが良いことでも悪いことでも全員が一眼となって働くよね。まあ全社員が20数名くらいだからできることだけど、僕はあまり大きな会社になって欲しくないなあ」
ランディは片手を上げて挨拶し私の前から離れて行った。
後で振り返ればこの頃が一番Appleらしさというか、起業時のワクワク感も全員に行き渡って会社全体に一体感がある時代だった。

ところでApple II の本格的なリファレンス・マニュアルは主にクリス・エスピノサが非公式に書いたものだった。当時彼はカリフォルニア大学バークレー校の一年生だったが、彼にリファレンス・マニュアル書きを勧めたのはどうやらジェフ・ラスキンのようだ。
ジェフ・ラスキンといえば後年、あのMacintoshプロジェクトを立ち上げた人物であり、スティーブ・ジョブズにプロジェクトを乗っ取られたことでも知られているが、そもそも第1回ウエストコースト・コンピュータ・フェア(WCCF)でスティーブ・ジョブズと知り合い、1978年早々に自身の会社ごとAppleに買収されてドキュメンテーション作成の仕事を始めていた。

ラスキンはコンピュータのマニュアルは一般の人たちには難し過ぎるからなるべく技術用語を廃し平坦な言葉、統一した言葉を使って書くべきだと主張していた。そして事実一部のホビーストならともかく今後一層増えるであろう幅広いユーザー層を考えれば分かりやすいドキュメンテーションの存在は急務だった。しかし当時のAppleにはそれを生む余裕がなかった。

ラスキンはたまたま大学の学業に専念するつもりだったクリス・エスピノサにApple II の解説書を書くように薦めたらしい。俄然やる気を出したクリスだったがゲラの段階までAppleを頼ることはなかった。
そのゲラを持って久しぶりにAppleを訪れたクリスは、たまたまエントランスにいた私にそれを見せてくれたのだった。
「どこでこれをタイピングしたの?」
私の驚きを嬉しそうな笑顔でクリスは説明してくれた。

RedBook_01.jpg

RedBook_02.jpg

※RedBookと呼ばれたApple II Reference Manual の作成にはクリス・エスピノサの労が大きい


「いや、大学の寮で書こうと始めたんだけど、いろいろとあってさ、途中で寮を出なければならなくなって大変だったよ。一時は公園のベンチで寝てたもの」
呆れ顔の私にクリスは愉快そうに続けた。
「一応大学の機械で活字に組んだ部分もあるけど、回路図や一部のダンプリストなどはウォズに確認してもらってさ、彼に加筆を頼もうと思ってるんだ」

一部のソースでこのマニュアルは(ウォズが書いた物をスコッティがタイピングした)という話しも広まっている。確かに図版やアセンブラのコードなどはウォズが書き提供したことは間違いないが当時のウォズにこれだけのボリュームのものを書く余裕も気力もなかった。
それに、タイピングのごく一部はこれまたスコッティも手伝ったようだが、実は私もシェリーに請われて手伝っていた。

こうして1978年2月に発刊された “Apple II Reference Manual” はその表紙のカラーから「赤本(Red Book)」と愛されユーザーに珍重された。
ただしこの赤本は、技術解説書でありApple II を入手した際のセッティングなどを説明するガイドブックではないし現在の視点から見れば決して分かりやすいものではない。また一部には間違いもあるが、ともかくAppleはApple II の出荷から9ヶ月にしてやっとマニュアルらしいマニュアルが提供できたのである。

(続く)

【主な参考資料】
・「パソコン革命の英雄たち~ハッカーズ25年の功績」マグロウヒル社
・「スティーブ・ジョブズの王国」プレジデント社
・「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新報社
・「林檎百科~マッキントッシュクロニクル」翔泳社刊
・「スティーブ・ジョブズ 青春の光と影」東京電機大学出版局刊



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Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員