[小説]未来を垣間見たカリスマ 〜 スティーブ・ジョブズ 第1部 ー 第15話 DOS3.0誕生

加賀谷友彦は1976年12月6日に出向いたApple銀座の店頭でiPhoneのホームボタンを押した瞬間目眩が...。思わず座り込み気がついたとき彼はタイムワープしカルフォルニア、ロス・アルトスのスティーブ・ジョブズ家のガレージ前にいた。そしてスティーブ・ジョブズらと一緒に働くことになった。
※本編はフィクションです※

■第1部 ー 第15話 DOS3.0誕生 
スティーブ・ウォズニアクは確かにフロッピーディスク・コントローラを極限まで簡素化し、同時にフロッピーディスクからファイルの読み書きが出来るプログラムを書いた。しかしそれはハードウェアに最も近い物理層以下の知識を駆使してなんとか実現しただけで一般ユーザーが使えるものではなかった。
そしてディック・ヒューストンという人物がコントロール・カードのためにROMコードを書いた。しかし彼らにもできることはそこまでだった...。

もともとウォズはフロッピー・ディスク装置に詳しいわけでもなかったし経験もなかった。だから経営陣に今度はDOSを書いてくれといわれてもいたがこればかりは自信がなかった。
ただし成功の女神はAppleを放ってはおかなかった。

dos3_01.jpg

※当研究所所有 DOS3.3 System Master 5インチ・フロッピーディスク


Appleは1978年1月28日にそれまでより15倍ほども広い 10260 Bandley Drives, Coupertino に移転した。勿論事務所内の設計はスティーブ・ジョブズが取り仕切った。

「おい、クリス。おまえは器用だし絵や図面を書くのが巧いのを見込んで頼みがある」
スティーブ・ジョブズはすれ違ったクリス・エスピノサの肩に手を置いて大きな声をだした。
何ごとかとクリスはスティーブに向き合ったが、スティーブ曰く新しい事務所のオフィス...レイアウトプランを分かりやすく描いてくれという依頼だった。
「おやすい御用ですよ。なにか下書きみたいなものがあるんですか」
クリスの問いに、
「そんなものはない。俺の頭の中にあるイメージを話すからそれを図面にしろ!」

そのクリスが描いたオフィスプランは明解だった。
少々横長の広いスペース中央はトイレとし、左上はテニスコートで右上が製造部門、左下はエンジニアリングを含むソフトウェア技術部門、そして右下はオフィスと4分割されていた。そして誰がどの場所にいるのかも書かれている。
勿論このプランは引越当初の予定で描かれたものだが、テニスコートはすぐに商品の在庫置き場に浸食されていった。
ともかくこのレイアウト案による基本的な割り振りはスティープのお気に入りだったようでAppleのオフィスプランの伝統となったばかりか、後のPIXAR社のレイアウトにも取り入れられた。

余談ながらこのバンドレー・ドライブのオフィスのレイアウトを思い出すと当時のスタッフたちの顔がひとりひとり浮かんでくるし、それぞれの仕事の重要性というか期待度というものがわかるような気がする。
例えばソフトウェア技術部門の小間割りだが、スティーブ・ウォズニアクのオフィスの隣には常に相棒とも言える活躍をしていたランディ・ウィギントのオフィスがあった。また技術部門には副社長ロッド・ホルトのオフィスがあった。ただし彼はウェルデル・サンダーと同室だったが、ひとりで一番広いスペースを使っていたのはビル・フェルビルナンデスだった。無論彼の仕事は各種計測機械類を必要としていたから単に机と椅子があるスペースではなかったが…。

またソフトウェア技術部門の大部屋には1977年11月、ロッド・ホルトが採用し、データセンターの6502 BASICソースが消滅した際に力になったクリフ・ヒューストンとディック・ヒューストンの兄弟がいた。

また一般オフィス側に目を転じれば、スティーブ・ジョブズとマイク・マークラはそれぞれ広めの個室だったが、ジョブズのオフィスの片隅には私の机が用意されていた。
マイク・スコットはゲーリー・マーチンと相部屋だったものの、一日の多くはスティーブ・ジョブズの部屋の隣にある会議室で様々なスタッフたちと打ち合わせをしていたし社内を歩き回るのを好んでいたからオフィスにはほとんどいなかった。
そしてオフィススペースの中央には受付と秘書を兼ねたあのシェリー・リビングストンら3人が詰めていた。
その他、ランチ・ルームやゼロックスコピー機が設置された部屋などもオフィス側にあった。

ともあれ何が幸いするか分からないのが世の中だ。バンドレー・ドライブの新しい事務所の通り反対側にボブ・シェパードソンの会社 (シェパードソン・マイクロシステムズ社)があった。したがって引越直後から双方向の行き来ができていた。
ある日、ウォズが鼻の穴を膨らませ、興奮気味にジョブズのオフィスのドアを叩いた。丁度私はジョブズに呼ばれて話しをしていたが、ウォズの勢いに押され、
「私は外した方がいいかな」
と聞いた。
ウォズは両手を体ごと揺らし、
「いや、トモ...君も一緒に聞い俺てくれ」
といいながら空いている椅子にどかりと座り込んだ。

「スティーブ、いま僕はボブ…ほら向こうにあるボブ・シェパードソンの会社にフロッピーディスク装置を見せにいったんだよ。先週彼の会社の前でばったり会い、フロッピーディスク装置を見たいといわれたんだ」
ウォズは興奮すると余計に早口になる。大分慣れたとはいえ、彼の話しを瞬時に理解する英語力が私には不足していることをあらためて思い知らされた。

「そこで、フロッピーディスクのファイル管理の話しになったんだけどボブの会社にいるポール・ロートンがDOSを書きたい...是非やらせてくれといってるんだよスティーブ。交渉は君の役目だ。すぐにでも相談してくれないか」
ジョブズもDOSの重要性を理解していたから早速腰を上げ、早くも2週間後には契約を締結した。またApple側の技術者としてはフロッピードライブ開発で苦労してきたランディ・ウィギントンが手伝うことになった。

「やはり餅屋は餅屋だよ、トモ。経験というパワーが大きいとはいえボブのところにはナショナル・セミコンダクターのIMP-16があったよ。ポールはそれを使っての開発なんだ。ウォズはいまだにアセンブラーさえ通さない手作業だからな」
スティーブは遠くを見るように両手の指先を合わしてソファーに横になった。

「スティーブ、それでもウォズは遊んでいるわけではないよ。ポールが打ち出した紙テープをApple II に読み込ませるため、紙テープリーダーのインターフェース作りに没頭してるよ」
私が報告するとスティーブは片手を上げてつぶやいた。
「わかってるよ。ウォズはやはり天才だし我が社の誇りだな」
こうしてApple II 用の最初のDOSはバージョン 2.8で完成形となったが、2.8では収まりが悪いとDOS3.0として発表された。

【断章】
コンピュータのデータ記憶媒体にカセットテープを使っていたユーザーにとって143KBという現在の感覚ではとても小さな空間とはいえその使い勝手の良さは衝撃だった。無論ウォズがいかにがんばってDisk II を開発したところでDOSがなければ一般ユーザーの手に渡ったところで使い物にならなかった。
データの読み書きが速いことは勿論、データのランダムアクセスが可能になったしファイルの管理が容易になった。そしてゲームも含め大容量のソフトがフロッピーディスクベースで供給されるようになった。

dos3_02.jpg

※当研究所所有、日本語版 The DOS Manual 表紙


Disk IIはApple II の拡張スロットに挿すインターフェースカードと共に購入したがその価格は当時199,000円だった。1983年のことだったと記憶している。
そして当時のDOSはすでに3.3になっていたが、需要が急速に伸びてきたこともあって日本語のマニュアルが用意されていた。
翻訳は井之上パブリック・リレーションズが行ったものだが、原典の翻訳とはいえいま見ても決して分かりやすい解説書ではない。しかし当時は日本語の資料がまだまだ少なかったことでもあり嬉々として熟読した。

(続く)

【主な参考資料】
・「パソコン革命の英雄たち~ハッカーズ25年の功績」マグロウヒル社
・「スティーブ・ジョブズの王国」プレジデント社
・「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新報社
・「林檎百科~マッキントッシュクロニクル」翔泳社刊
・「スティーブ・ジョブズ 青春の光と影」東京電機大学出版局刊



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Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員