[小説]未来を垣間見たカリスマ 〜 スティーブ・ジョブズ 第1部 ー 第16話 明と暗

還暦も遠の昔に過ぎた男、加賀谷友彦は久しぶりに出向いた Apple銀座 のエントランスで1976年にタイムスリップし、スティーブ・ジョブズの若かりし頃に出会う。厄介なのは加賀谷が持っていたiPhone 6s Plusをスティーブが見てしまったことだ。この事実が過去と未来に悪影響を及ぼすのだろうか。そんな危惧をよそに初対面の加賀谷をスティーブは自宅のガレージに引き入れた...。そして一緒に働くことになる。
ー 優れたビジョナリーといわれたスティーブ・ジョブズ。その若かりし時代の秘密に迫る!ー
※本編はフィクションです※

■第1部 ー 第16話 明と暗
スティーブ・ウォズニアク渾身の作品 Disk II は大評判となりApple II 本体の売上げに大きく貢献する。これまで類を見ない少ない部品点数で構成されたフロッピーディスクドライブはウォズらしい作品だった。自身も優秀な技術者でホームブリュー・コンピュータ・クラブの名司会者でもあったリー・フェルゼンシュタインも (こいつらとやり合うのは避けた方がよさそうだ) と驚嘆したという。

1978年は社員数が60人程までに増え、Apple II の受注は順調だったからあれほど苦労したキャッシュフローの問題も過去のことになった。
ただし企業として現状に甘んじているだけでは未来がないことも明らかだった。
マイク・マークラはこれまでApple II に寄せられた意見や改良すべき点をスコッティと一緒にまとめていた。

「Apple II の改良すべき点といっても急務はどれほどあるの?」
私はマイクに聞いてみた。
「ユーザーが希望している最も多い要望はテキストに関する制約だろうな」
「大文字だけしか表示できないことや一列あたり40文字という制約だね」
私の言葉にマークラは頷いた。
「大文字だけでは表現力が弱いとあのテッド・ネルソンにも皮肉られたしな」
マイクは少々疲れ気味なのか、右手の指で両目を軽く押しながら続けた。
「これまでのようにホビースト相手だったらともかく、ビジネス向けのソフトウェア類を充実させるとなれば小文字表記と80カラム仕様は不可欠な機能になるだろうね」

「スティーブはどんな考えなのかな」
私の質問にマークラは眉間に皺を寄せて声を潜めた。
「スティーブはApple II の改良版といった間に合わせでは満足できないというんだ」
「まったく新しい機種を開発したいというのかい?」
マークラは厄介なことだと顔に表しながら無言で頷いた。

後日スティーブと2人だけになったとき、その問題を素直にぶつけてみた。
スティーブの話しは良し悪しはともあれ明確だった。
「ひとつの理由はいつまでもApple II に寄りかかっていては駄目になるということだよ」
「先日の会議でとりあえずApple II のビジネスバージョンとApple II Plusという改良版を開発するということになったらしいけど...」
私の話に被せるようにスティーブは、
「あくまで時間稼ぎ、間に合わせだよ」
と突っぱねるように言い切った。

「それともうひとつ大きな理由があるんだ」
スティーブは両掌の指先を合わせながら私を睨んだ。
「ウォズにいつまでも頼よっていてはこれまたダメだと思うんだ」
私自身は未来から来た男だし2016年までのAppleの運命を知っているから驚かないが、社内でこんな意見を吐けば大混乱になるに違いなかった。事実社内においてもAppleがこれだけ成功したのはすべてApple II を開発したウォズがいればこそだという評価が多かったし、特に技術陣とってウォズは神だったからだ。それがまたジョブズには不満だった。

「なるべく個人的な確執を表に出してはならないと思うけど、トモ...君には正直に話すよ。ウォズは確かに天才だがすでに1人の天才がイノベーションを生み出す時代ではなくなっているし正直ウォズの閃きでまったく新しい製品を作り出すことは無理なんだ」
私は思わず頷いた。
「俺たちが会社を作ろうとしたのはすでにApple 1やApple II のプロトタイプがあったからんだ。その可能性にかけただけなんだが今は状況がまったく違う。いつまでもApple II が売れると寄りかかっていては会社が危ないんだよ」
それに、と繰り返したスティーブは饒舌になっていた。
「Appleにはウォズ以外にも優秀な技術者がいることを証明しなければならないんだよ」
力説するスティーブの目を直視しながら私はいった。
「スティーブ、怒らないで聞いてくれるかな」
怪訝な顔をこちらに向けなががらもスティーブは頷いたので私は話しを続けた。
「君は異論があるかも知れないがApple II は設計から開発まですべてウォズの仕事だといわれているからウォズのマシンだ。だから次のマシンは君自身の考えるコンセプトで設計した新しいマシンを作りたいのかな」
スティーブは意外にも怒るどころか体を起こしながら、表情を柔らげた。
「実はそうなんだよ、トモ!」
「ただし俺でもストレートにそうそう話しを切り出せる相手ばかりではないからな...。さすがにトモだ」
変なところで誉められたが、スティーブはウォズに依存せず、自分が考えうる最良のコンピュータ作りを考えていたのだった。
ただしまったく新しい製品開発を短期間で望むのはさすがに当時の状況では無理な話でもあったからApple II のビジネスバージョンであり、かつApple II のソフトウェアとも互換性を持つといった折衷案でApple III 製品開発計画がスタートすることになった。

それでもビジネスの苦労はスティーブ・ジョブズにとって発憤材料になるものだったが、自業自得だとはいえスティーブを打ちのめす出来事が生じた。
1978年5月17日、オレゴン州の林檎農園に引っ込んでいたクリスアン・ブレナンが女の子を産んだのだ。スティーブが自分の子供ではないと必死に抵抗した子だ。
いかに混乱していたとはいえスティーブの言動は常軌を逸していた。自分の子供ではないと拒みつつ、わざわざ子供の顔を見に行き女の子に “Lisa” という名前をつけたりする。自発的に養育費を払ったかと思えばすぐに止めてしまう。

クリスアンが示談の話しを持ち込んできたとき、マイク・マークラが口を出したのが気に障ったのかスティーブは示談自体を蹴った。
マークラは、
「トモ、忠告しておくよ。この件には君とて立ち入らないことだ」
深いため息とともにマークラは自分の席に戻っていった。

私もこちらからあえて子供の話やクリスアンの話題は出さないように注意していたが、あるときスティーブは暗い顔をして一人ごとのように呟いたことがある。
「俺の人生の中でこれほど思うようにならず無力な出来事はないよ」

しかし私とてこの件に関してはスティーブの言動にひとつでも同情や共感を覚えたことはなかった。当時はDNA鑑定がなかった時代だが、父子鑑定テストを承諾し、その結果スティーブがリサの父親である可能性は94.97%と出た。それでもスティーブは違うといいはり、定期的な養育費の支払いを拒んだだけでなく (父親である可能性なら、アメリカ人男性の28%にある) と根拠もない虚言を繰り返していた。
 
ある意味、彼の人生はすべて自分主導で歩んできたともいえる。大学も自ら選んだし自身の意志で中退もした。ウォズを誘って起業し、マークラやレジスといったその道のプロも懐に引きいれた。いろいろあったがそれらは皆スティーブ自身の意志のなせる業だった。しかし生まれた子供の存在は動かざる事実だったが、彼にとって子供を認知することは自分の存在を否定することに等しかったのかも知れない。

この頃、スティーブを多少でもコントロールできたのはロッド・ホルトと私だけだったように思う。特にホルトは仕事の面でもプライベートな面も時に父親、時に兄のようにスティーブの相談相手にのなっていたし、私はといえば愚痴のはけ口だった。ただし口には出さないもののスティーブにとって私はどこか怖い存在でもあったのかも知れない。何しろ自分の将来、未来がすべて分かっているただ1人の人間だったからだ...。

スティーブはクリスアンが出産したと聞いたとき、私に対して普段は決していわないことをボソッと口にした。
「トモ、俺の未来はどうなる? 俺は駄目になってしまうのか?」
私などには思いもよらない感情が彼の中に渦巻いていたのだろうが、彼は無性に...自分でも正体が分からないものに恐怖を感じていたようだ。
あまりに打ちのめされている彼の肩に手を置き私はいった。
「スティーブ、余計な事はいわないよ。ただただ正しいことを心がければ君はいつまでも素敵なスティーブだよ」

スティーブ・ジョブズはプライベートの混乱を覆い隠すようにApple III の開発に口を出すようになるが、ケースを自分でデザインすると主張したのはともかく、組み込むべきものが入らないサイズを要求しただけでなくここでも冷却ファンは罪悪だとしてその利用を認めなかった。
その他、日々主張が変わることでApple III のプロダクトは混乱を極めになる。しかしそれはしばらく後になっての話だ。

(続く)

【主な参考資料】
・「パソコン革命の英雄たち~ハッカーズ25年の功績」マグロウヒル社
・「スティーブ・ジョブズの王国」プレジデント社
・「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新報社
・「林檎百科~マッキントッシュクロニクル」翔泳社刊
・「スティーブ・ジョブズ 青春の光と影」東京電機大学出版局刊



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Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員