[小説]未来を垣間見たカリスマ 〜 スティーブ・ジョブズ 第1部 ー 第17話 VisiCalc

還暦も遠の昔に過ぎた男、加賀谷友彦は久しぶりに出向いた Apple銀座 のエントランスで1976年にタイムスリップし、スティーブ・ジョブズの若かりし頃に出会う。厄介なのは加賀谷が持っていたiPhone 6s Plusをスティーブが見てしまったことだ。この事実が過去と未来に悪影響を及ぼすのだろうか。そんな危惧をよそに初対面の加賀谷をスティーブは自宅のガレージに引き入れた…。そして一緒に働くことになる。
ー 優れたビジョナリーといわれたスティーブ・ジョブズ。その若かりし時代の秘密に迫る!ー
※本編はフィクションです※

■第1部 ー 第17話 VisiCalc
1979年に入るとAppleが一段と成長・成功するための環境が整ってきた。その第一はパソコン初の表計算ソフト「VisiCalc」の登場だ。Apple II にとって当初から組み込まれていたBASIC言語によるプログラミング機能および拡張スロットの使いやすさ、そしてDISK II というフロッピーディスクの普及とこのVisiCalcはあたかもパソコンの三種の神器とでも呼ぶべき組合せとなった。

ところでスティーブ・ジョブズという男と丸2年の間、それこそ衣食を共にする生活を送ってきた私だが、それまで書籍や映画といったメディアから受けていた印象とはかなり違うことがわかってきた。
確かに Good Jobs として付き合っているかと思えばいきなり Bad Jobs に変貌するという例も数多く見てきたが、スタッフらの多くもスティーブの言動には慣れているのかクソ野郎呼ばわりされてもあまり気にかけない様子だった。またスティーブ・ジョブズはAppleの創業者であるという点で尊敬もされ会社の顔となっていったが、社員たちはスティーブが会社のトップとは認識していなかった。あくまでスコッティとマークラが経営を取り仕切っているという認識だったのだ。
ただし口うるさいスティーブだったが私に対しては周りが不思議に思うほど真摯な対応をとっていた。

そんなスティーブだが、機嫌が悪いと自分からスタッフを誘ったイタリアレストランで支払もせずに帰ってしまうこともあったし、逆に機嫌がよいときにはやけに気前がよかった。
例えばAppleに貢献してくれるサポーターや販売代理店の代表、あるいは著名人たちにはApple II を無償提供することも度々あったし、そこまではともかく卸値で直販するといった場合もあった。

Apple II が順調に出荷されるようになったある日、ダン・フィルストラという男がボストンでソフトウェ会社を設立したことを知ったスティーブはApple II を原価で提供したことがあった。スティーブに特別思うところがあったはずもなく、たまたま機嫌がよかっただけなのかも知れないが...。ただし後で聞いたとろによれば、Apple II がより成功するためにはソフトウェアの充実が重要であり、キラーアプリケーションの登場が急務だといった私の持論が記憶に残っていたからだという。

「別に深い意味はなかったよ。ただし以前トモが言っただろう...ソフトウェアが重要だってさ」
「確かそんな話しをしたなあ...」
スティーブは遅い昼飯のつもりなのか、冷えたピザを頬張りながら話した。
「その、ダンといったかな、奴がソフトウェア会社を設立しApple II 向けのソフトも作りたいと言っていることを聞いて多少なりとも便宜を図っただけさ」

しかし偶然の歯車はAppleのより成功へとギアを入れ始めた。とはいえスティーブをはじめ誰もがその足音を聞き逃していたともいえる...。
1979年の年明け早々、そのダン・フィルストラが自社(パーソナルソフトウェア社)開発のソフトウェアを持参しデモをさせてくれとやってきた。

VisiCalc201611_01.jpg

※パーソナルソフトウェア社時代のVisiCalcパッケージ(当研究所所有)


対応したのはマイク・マークラ、スティーブ・ジョブズ、ロッド・ホルトそして私の4人だった。フィルストラは挨拶もそこそこにApple II を格安で売ってくれた礼を言い始めたがスティーブはそれを両手で制しながら聞いた。
「そのソフトウェアの名はなんていうんだい」
大きめな眼鏡のフレームを指で押し上げながらフィルストラは、
「Calculedgerと名付けましたが、発売までに変えるかも知りません」と答えた。
スティーブは躊躇せず、
「ありふれた名だな。もう少し印象深い名の方がいいぞ」
といったが、隣に座っていたマイクがスティーブの膝に手を置きこれまた制止しつつ (Apple II で開発したのか) と聞いた。

「AppleSoft BASICで開発したのでApple II 専用ということになります」
フィルストラは答えながら、机上に用意されたDisk II に持参のフロッピーディスケットをセットし隣にあるApple II の電源を入れた。
Disk II は (カタカタ…キュルキュル…)と小気味の良い音を立てて「Calculedger」を起動した。
無論同席した私は眼前にあるソフトウェアが後に「VisiCalc」と名を変え、Apple II の販売台数を大きく後押しするキラーアプリケーションとなることを熟知していたが、変な横やりは歴史の必然性を変えることになると考え口出しはしないことに決めていた。私がどうのこうのと言わなくても「VisiCalc」は成功するわけだしAppleが大きな躓きをするわけでもないのだから…。

ところで「Calculedger」は当時ハーバード・ビジネス・スクールの学生ダニエル・ブルックリンと友人のマサチューセッツ工科大学に在籍していたロバート・フランクストンが自身らの会社であるソフトウェア・アーツ社で開発したものだった。
話は前後するが、プルックリンは自身のアイデアをハーバード大学の財務学教授に相談したが、教授は大型コンピュータの時分割システムが存在するのにマイコン用のソフトウェアなど売れないだろうと笑いながらも以前自分の担当学生だったパーソナルソフトウェア社のフィルストラを紹介したのだった。

ブルックリンに会い、彼のアイデアが気に入ったフィルストラは自分の手元にあったApple II をブルックリンとフランクストンに貸し出した。
後から聞いたところによれば、開発機材購入の余裕がなかったブルックリンたちがフィルストラにコンピュータの貸出を依頼したとき、他機種はすでに貸出済みでフィルストラの手元にはApple II しか残っていなかったという。
こうして偶然の女神はAppleに微笑んだが、マイクにしてもスティーブにしても「Calculedger」が示す可能性と未来を感じ取ることはできなかった。

VisiCalc201611_02.jpg

※VisiCalcの画面例。罫線はなく必要ならハイフンなどで区切りを入れる必要があった(前記パッケージ同梱のマニュアルより)


「Calculedger」の一番重要な機能は縦横の表組みになっている数値の一箇所を変更するとその値に関連する合計覧なども瞬時に計算し直してくれる点にあった。しかしスティーブらはその名称に捕らわれたのか単なる計算プログラムだと思い込んだようだ。特にマークラは自身が開発した小切手帳管理プログラムをフィルストラに見せるなど場違いの言動も目立った。
しかし別れ際にマイクは愛想良く「プログラミングが完成したらまた見せてくれないか」とフィルストラに声をかけた。

私がため息交じりに自分の席に戻ろうとしたときロッド・ホルトが追いかけてきて呼び止められた。
ホルトは愛用のキャメルに火を点けながら私に聞いた。
「トモ、君はずっと黙っていたがどう思う、あのソフトウェアは?」
私は正直に、
「みんな頭がいいのになぜソフトウェアの価値が分からないのかなあ」
と答え、ひと呼吸入れて皆の反応の弱さに不満を呈した。
「あれはまさしく表計算アプリケーションなんだけどねえ」
「なるほど。俺もブログラミングはできるけど根っからのハード屋なんだな。人の書いたプログラムの価値を推し量るのは難しいや」
とホルトは自嘲気味にいいながら背を向けた。

「Calculedger」は「VisiCalc」と名をあらため同年の10月に売り出されると大きな反響を得てApple II の売上げが明らかに伸び始めた。
Appleで一番喜んだのはスコッティだった。昼どきに一緒になったときもこぼれるような笑顔だった。
「なにしろVisiCalcを使いたいのでApple II の出荷を急いでくれと催促が凄いんだよ、トモ」
とはいえさすがにスコッティは喜んでいるだけではなく、したたかな面も見せた。フィルストラがソフトウェアのデモをするため販売店回りをする際、Appleの営業を同行させて手伝いと共にその場でApple II の注文を受けさせた。

パーソナルソフトウェア社はその後VisiCalcの好調さに乗ろうと社名をビジコープ社とあらため販売に攻勢をかけた。しかし後から登場したマルチプランやロータス1-2-3といった二番煎じのソフトウェアに次第に押されていく。当時ソフトウェアは著作権主張ができなかったこともあり後発のそれらに異議を申し立て、権利主張するすべがなかったことは時代の不運というしかなかった。

(続く)

【主な参考資料】
・「パソコン革命の英雄たち~ハッカーズ25年の功績」マグロウヒル社
・「ハッカーズ」工学社
・「パソコン創世記」TBSブリタニカ
・「スティーブ・ジョブズの王国」プレジデント社
・「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新報社 
・「スティーブ・ジョブズ 青春の光と影」東京電機大学出版局刊





関連記事
メイン広告
ネットショップ先行販売
ブログ内検索
New web site
[小説]未来を垣間見たカリスマ  スティーブ・ジョブズ
ジョブズ学入門
WATCH 講座
大塚国際美術館ひとり旅
ラテ飼育格闘日記
最新記事
お勧めの新旧記事
カテゴリ
リンク
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

appletechlab

Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員