[小説]未来を垣間見たカリスマ 〜 スティーブ・ジョブズ 第1部 ー 第19話 PARC訪問

還暦も遠の昔に過ぎた男、加賀谷友彦は久しぶりに出向いた Apple銀座 のエントランスで1976年にタイムスリップし、スティーブ・ジョブズの若かりし頃に出会う。厄介なのは加賀谷が持っていたiPhone 6s Plusをスティーブが見てしまったことだ。この事実が過去と未来に悪影響を及ぼすのだろうか。そんな危惧をよそに初対面の加賀谷をスティーブは自宅のガレージに引き入れた…。そして一緒に働くことになった。
ー 優れたビジョナリーといわれたスティーブ・ジョブズ。その若かりし時代の秘密に迫る!ー
※本編はフィクションです※

■第1部 ー 第19話 PARC訪問
Appleは正式な株式上場前に何度か資金調達を実施した。1979年8月には L・F・ロスチャイルドやゼロックスそしてエジプト系投資家などに対してだ。うちゼロックス社には10万株を売却した。このときの資金調達はかなりApple側が強気で (売ってあげた) という感じが強かった。

ともあれゼロックスに恩を売った成果が3か月後のゼロックス社のパロアルト研究所(PARC)訪問に繋がったとみるべきだろう。このPARC訪問には多くの伝説が生まれたが、この訪問をきっかけにスティーブ・ジョブズは GUI を持つパソコン開発に意欲を持ち、それが後年 LisaやMacintoshとして開花することになる。

1979年12月、スティーブ・ジョブズはゼロックス社のパロアルト研究所を訪れた。
しかしスティーブは当初、その訪問にあまり乗り気ではなかった。
「トモ、君も一緒に来てくれないか。ジェフ・ラスキンはともかくビル・アトキンソンが五月蠅く勧めるんだが気が乗らないんだよ」
スティーブ・ジョブズはAppleの業績のよさや先の資金調達成功もあって強気だった。
「俺の信条だが、どうせ大企業なぞに革新的なものなど作れるはずはないし行くだけ無駄だと思うんだ」

「でも、君は行こうとしているんだろう」
私は悪戯っぽくスティーブにいった。
「いや、社内の奴らの勧めだけならその気はなかったが、マークラとスコッティいわくゼロックスの幹部が是非俺に見学に来てほしいという依頼が続いているというんだ」
「トモ、君も噂を聞いたかも知れんがゼロックスへの今回の株式売却で埒もない噂が立ったらしいんだ」
スティーブはうんざりした表情で吐き捨てるようにいった。

「知ってるよ。ゼロックスに対する株式売却はゼロックスがアップルの買収を考えてのことだ...という噂らしいね」
私は先ほどダン・コトケが持ってきてくれたコーラーの瓶をあけながら答えた。
「トモ、そんな砂糖水など飲まない方がいいぜ。飲み物は水以外なら生ジュースに限るよ」
スティーブはオレンジジュースのグラスを手にしながらも私の話に頷いた。
「そうなんだ。ここでだんまりを決めているのではなく俺たちがPARCを乗っ取るくらいの気持ちで1度訪問してくれとマークラも五月蠅いんだよ。そうした世間的な付き合いをこなすのも俺の仕事だといいやがる」

「なあ、トモ…。俺は半分冗談のつもりで言ったんだが君は真顔だな」
私は今回の訪問がAppleの未来にとっていかに重要な意味をもっているのかを知っているから自然に真剣な表情になったのか、普段の私とは微妙な違いにスティーブは気がついたのかも知れない。
「いや、君との約束だから未来のことへの明言は避けるけど...行った方がいいよ」
真面目な顔でいった私を真正面からスティーブはあの鋭い視線でしばらく見つめていたが、
「わかった。君がそういうのなら何かあるのかも知れないな。一緒に行ってみようぜ」
「後で日時は知らせるよ」
いいながらスティーブは席を立った。

結局スティーブに同行したのはビル・アトキンソン、ジェフ・ラスキン、ジョン・カウチそして私の4人だった。スティーブが人選した結果だが、ラスキンはそもそもの言い出しっぺでPARCに詳しいから、そしてアトキンソンはソフトウェアの、カウチはハードウェアの責任者として選ばれたらしい。
こうして我々4人はPARCに乗り込んだが、後で聞いたところによればビル・アトキンソンは今回の訪問に際してアラン・ケイの論文を始めとして多くの資料に目を通し勉強していたらしい。

我々5人がPARCの地味なエントランスを入るとPARCのアデル・ゴールドバーグ女史がAltoが置かれているロビーに案内してくれた。
スティーブは意識的なのか、あるいは緊張していたのか見るからに態度が横柄でスーツこそ着ていたものの両手をズボンのポケットに突っ込んだまま握手もしなかった。

PARC201611.jpg

※ゼロックス・パロアルト研究所


我々が通されたデモルームにはラリー・テスラーが穏やかな表情で待っていた。
型どおりの挨拶が済んだ後、早速アデル・ゴールドバーグが一抱えもある円形のハードディスクを持って現れた。眼前には縦型のディスプレイにキーボードとマウスおよびピアノの鍵盤の様な装置が置かれ、設置台の下にはハードディスク装置とAltoコンピュータの心臓部、すなわちハードウェアが隠されていた。

私は2016年の時代からタイムワープした人間だし、1992年に富士ゼロックスの展示会においてAltoの実機を見ていたから、それぞれのハードウェアの構成が何を意味するかの理解はあったがジェフ・ラスキン以外はAltoの実物を見た者はいなかったようだ…。
電源が投入されてゴールドバーグがデモを始めるとテスラーがそのオペレーションとモニター上の動きをひとつひとつ説明してくれた。

xerox_Alto.jpg

※Altoの実機。1992年に筆者撮影


モニターが明るくなった途端にスティーブの顔色が変わった。
カウチが、
「モニターの背景が白いぞ!それに表示文字が黒い…」
アトキンソンが、
「紙とペンを模しているんだ」
独り言のようにつぶやいたが、スティーブは無言だった。
ジェフ・ラスキンは満足そうに微笑んでいる。

テスラーがAlto開発のコンセプトを簡単に説明した後、ワードプロセッサや図形がマウスというポインティングデバイス操作で直感的な移動や拡大縮小などを行うデモがあった。
一通りの説明の後に質疑応答の時間がとられたが、質問のほとんどはビル・アトキンソンだった。無理もない、なにが起こっているかは皆わかったが、これほどのコンピュータを見た事がなかったからカウチもスティーブも無言を通すしかなかった。
スティーブはもっぱらボタンが三つ並んいるマウスを手にして仔細に眺めているだけだった。

予め説明されていた時間が過ぎた。ラリー・テスラーとジェフ・ラスキンが握手を交わし、ビル・アトキンソンとジョン・カウチも如才ない挨拶をしてPARCを後にしたがスティーブは終始無言だった。アトキンソンが感想を聞いても生返事をするだけだった。

スティーブは自分のオフィスに戻ってすぐに電話の受話器をとった。
「どこにかけるの」
いま戻ったばかりでもあり私の意外だという声にかぶせるように、
「ゼロックスの重役だよ」
そういったスティーブは電話に出た相手に矢継ぎ早に、それも少々無礼にも思う喋り方で話し出した。
「ああ、スティーブだ。Appleのスティーブ・ジョブズだがいまPARC研究所から戻ったところだ。ただし納得できないことがあるんで電話したんだ」

「そうだ。君がいう...そうだ、そうしたデモを見せられたが、技術的に見るべき点もあったがもっとましなデモがあるはずだ。俺に隠し事があるというなら君のところとはこれっきりになるぞ」
脅すようにスティーブは続けた。
スティーブはゼロックスの重役に電話して今日見たことを話しつつ、おざなりではなくもっと本格的な機能説明を迫ったのだ。スティーブは先ほど見せられたAlto およびSmalltalkのデモにはもっともっと奥が深いものが隠されていると直感したようだ。
「うわべだけでなく、すべてを見せてくれ。そもそも訪問しろといったのはそちらだろう。OK。分かった、間違いないように手配を頼むぞ」

天下のゼロックス社の役員にAppleのスタッフへ命令するかのような話し方にスティーブをよく知っている私も唖然としたが、受話器をおいたスティーブはニッコリと微笑んで、
「これでよし」
と呟いた。

PARCのAltoおよびSmalltalkのデモには2つのバージョンがあったという。特に審査に通ったVIP向けのものと一般に見せるものとである。
明らかに1度目は、誰にも見せる式の、いわゆる無害なデモを我々は見たに違いない。スティーブは、そのとき自分たちに与えられなかった情報がどれほど多いかを悟ったらしい。そしてたった2日後に再び大人数を連れてPARCくことになった。

今度はマイク・スコットやスティーブ・ウオズニアックも一緒だったしLisaプロジェクトとしてスタートしたばかりの技術者数人も同行した。
2度目の訪問時、エントランスで待ち受けていたのはPARCのハロルド・ホールら2人だったが応接室で前回より長い時間我々は待たされた。スティーブたちは準備に必要な時間だろと気にも留めなかったが、私はデモ担当のアデル・ゴールドバーグが「今日のデモなど聞いていない」と主張し、デモするのを一時は拒否したことを知っていたからその情景を想像して楽しんでいた。無論その結末も知っていたから安心して待っていられた。

アデル・ゴールドバーグはApple社の能力と意図を知るよしもなかったが、技術者の本能と自身らが開発し育てたAltoおよびSmalltalkの重要さと大切さを知っており、特に優秀なプログラマーにそれらを見せるリスクを恐れていたのだ。彼女は何とかしてゼロックス社自身にAltoとSmalltalkを正当に評価させ、これを世に出したいと考えていたらしい。
しかし今回の訪問に際してゼロックス本社からは ( すべてを見せろ )という指示がなされていた。これにはアデルも従うしかなく顔を真っ赤にして我々の前に現れた。

1度目は終始無言で通したスティーブ・ジョブズだったが、この2度目の訪問では多々感嘆の声を出し、最後には「この会社はなんでこいつを発売しないんだ」と声を荒げた。
我々に強い印象を残したデモのひとつはAltoの画面上のテキストが1行ごとにスクロールするのを見たスティーブが、
「これがドットごとに紙みたいに動いたらいいのに」
といったときのことだ。
デモをしていたダン・インガルスは (おちゃのこさいさいです) といいながら、Altoを止めずに実現したときにはAppleの全員が呆然となった。

私は部屋の隅に我々が驚いている様子を楽しんでいるかのように立っている人物に気がついた。
皆に気づかれないよう静かに立ち上がって私はその人物の前までいき、
「はじめまして、トモヒコ・カガヤといいます。アラン・ケイさんですね」
「お会いできて光栄です」
と右手を出した。
私の手を両手でしっかりと握り返しながらアラン・ケイは私の顔を正面から見つめ、
「失礼だが、君もAppleの社員なのかい」
と聞いた。

「そうですが、なぜですか」
私の質問に彼は (僕には君だけ体から発する音色が違うように思えたんでね) と笑った。
私はそのとき、彼がミュージシャンでもあることを思い出した。
アラン・ケイは続けて、
「僕にはスティーブ・ジョブズやAppleのことより君の秘密に興味があるよ」
「楽しんでくれ。また会おう…」
ウィンクしながら彼は奥に引っ込んだ。
気がついたら私はうっすらと汗をかいていたがそれは暖房のせいばかりではなかった。
もしかしたらアラン・ケイは持ち前の鋭い観察力と直感力で私が現代(1979年)にはそぐわない人間だと気づいたのかも知れない。

PARCのエントランスにはラリー・テスラーがいて我々を送ってくれた。私はちょっとした悪戯心が騒いだので皆に聞こえないように小声でささやいた。
「今日はありがとうございました。テスラーさん、次ぎお会いするときは一緒にお仕事したいですね」
テスラーは通り一遍の挨拶だと受け取ったのだろう愛想良く、
「楽しみにしてます」
と私の手を握った。

スティーブはといえば帰り際にAltoを一台正式に購入したいと要望したが、ゼロックス社は市販製品ではないことを理由にそれを拒否した。
帰りの車の中でスティーブは私に向き直り、PARCでデモを見た印象を興奮気味にいった。
「トモ、理性ある奴ならすべてのコンピュータはあのようになるべきだよ」
そして私だけに聞こえる小さな声で、
「まあ、例のiPhoneを見た俺にとってはその原点を見つけたといったところかな」
スティーブは悪戯っぽくささやいた。

ただしこの日、スティーブはiPhoneの影響もあってか GUI にあまりにも強く心を奪われた結果、AltoおよびSmalltalkの優れた他の面、例えばオブジェクト指向プログラミングとEthernetでつながったメールシステムの重要性を見落としていた。

(続く)

【主な参考資料】
・「パソコン革命の英雄たち~ハッカーズ25年の功績」マグロウヒル社
・「スティーブ・ジョブズの王国」プレジデント社
・「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新報社
・「スティーブ・ジョブズ 青春の光と影」東京電機大学出版局刊



関連記事
ブログ内検索
New web site
[小説]未来を垣間見たカリスマ  スティーブ・ジョブズ
ジョブズ学入門
WATCH 講座
大塚国際美術館ひとり旅
ラテ飼育格闘日記
最新記事
お勧めの新旧記事
カテゴリ
リンク
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

appletechlab

Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員