[小説]未来を垣間見たカリスマ 〜 スティーブ・ジョブズ 第1部 ー 第20話 Apple III失敗

還暦も遠の昔に過ぎた男、加賀谷友彦は久しぶりに出向いた Apple銀座 のエントランスで1976年にタイムスリップし、スティーブ・ジョブズの若かりし頃に出会う。厄介なのは加賀谷が持っていたiPhone 6s Plusをスティーブが見てしまったことだ。この事実が過去と未来に悪影響を及ぼすのだろうか。そんな危惧をよそに初対面の加賀谷をスティーブは自宅のガレージに引き入れた...。
ー 優れたビジョナリーといわれたスティーブ・ジョブズ。その若かりし時代の秘密に迫る!ー
※本編はフィクションです※

■第1部 ー 第20話 Apple III の失敗
Apple II は売れていた。そして会社の規模も急速に拡大していく。その過程で社内にはギスギスした雰囲気も漂い始めていた。
まずAppleは新型のマシンの開発に迫られていた。これはスティーブがウォズに頼らず自分のマシンが欲しいといった個人的なことだけではなかった。会社の経営陣たちにとってApple II がいつまでもベストセラーを維持できるとは思われなかったからだ。

エレクトロニクスの世界は日々進化進歩し新しいテクノロジーが登場している。いつApple II の販売がピタリと止まるのか、気にならないはずはなかった。
1978年末以降Appleはそれらの対応を急ぐべきくいくつか策の作を取っていった。

Apple31111.jpg

※Apple III のシステム例


自宅に帰りシャワーを浴びて出てきたスティーブは
「トモ、ちょっといいか」
と私が宛がわれていた部屋に入ってきた。
この頃になると私の給料でアパートの一室ぐらいは借りられるようになってはいたものの、独り立ちはスティーブが許してくれなかった。

「部屋が狭いというなら好きな部屋を使えよ。アパート借りるにしても金がいるしそれは君にとって無駄な金だよ」
タオルで髪を乾かしながらスティーブは椅子に座った。
「それにだ、トモ...君は俺の私設コンサルタント兼秘書だ。なくてはならない人材なんだよ」
こう言われては私もスティーブの居候をやめて出て行きたいなんて言い出せなかった。

「ところでトモ、聞いたか...。ヒューレット・パッカードからウェンデル・サンダーって奴が入社したことを」
「ああ、ロッド・ホルトに聞いたよ。ウォズのボスだった人だといってたな」
ウォズが紹介の労をとったとも思えなかったが、ウェンデルは新機種Apple III 設計の技術部門を監督する責任者として雇われた。
スティーブは私と2人だけという気がおけない場所だったから辛辣なものいいを始めた。

「あの官僚野郎たちにApple III を開発させようというスコッティやマークラもおかしいぜ。俺はBクラスの人間などいらないと口を酸っぱくしてスコッティにいったんだがクソ野郎はクソ野郎を呼び込むというやつさ」
私は小型の冷蔵庫から冷えたホワイトワインを取り出してあけ、小型の丸いテーブルの上に乗せた2つのグラスに注いだ。

「人が急速に増えるとかならずノイズも大きくなるもんだよスティーブ」
と慰めるつもりで私はグラスをスティーブに差し出した。
「ありがとう。でも奴らと一緒に仕事をすると思うと憂鬱だよ。クソ野郎のくせに皆プライドだけは高いんだ」
事実ヒューレット・パッカードから入社した人たちとナショナル・セミコンダクターから来た人たちの小競り合いが増えていた。これまでのAppleにはなかったことだった。
「まったく間抜けな奴らばかり増殖しやがって!」

ワインを一息に飲み干しグラスを置いたスティーブは眉をひそめていった。
「相変わらずだが、ウォズも苦労の種だよな」
私も話しには聞いていた。Apple III 開発と平行してApple II の改良版 (コード名:Annie) と呼ばれていたマシンの開発をウォズ主導でやるはずだった。しかし彼はディスク装置のときのような情熱を持ってことにあたらなかったしその働きぶりはだれが見ても大きなムラがありやる気のなさが目立った。

「結局Annieはあきらめたのかい」
私は再度スティーブのグラスに2杯目のワインを注ぎながら聞いた。
「まあ仕方がないよな。ウォズにしてみれば自分の思うとおりのマシン作りができないわけだからな」
スティーブは同情的なところを示した。
「そうだね。ウォズは人の命令で働くタイプではないからね」
「だけど大人しくしていればいいものを嫌われる悪戯ばかり続けているのが困りものなんだよ」
事実ウォズは相変わらずいたずら好きで通っていたが、Appleの社内は創業時のような寛大さは薄れていた。ために開発中のマシンの筐体にネズミを仕込んだりといった悪戯は悪戯では済まなくなっていった。

40年後の未来からやってきた私はApple III が失敗するという結論を知っている。その理由も大方分かっているつもりだったがすでに私などが口出しできる組織ではなくなっていたし歴史を変えてしまっては自分が無事に元の世界へ戻れなくなるのではないかと思い、アドバイスする機会を失っていた。

Apple III の失敗の主な原因はスティーブ・ジョブズにあるというのが定説だ。彼は自分の好むマシンというか自分がユーザーだったら欲しいマシンを夢見ていた。したがってApple III の筐体デザインやそのサイズをスティーブ主導で始まったことを聞いて定説どおりの混乱を引き起こすであろうことは肌で感じていた。
内部構造など考えずにサイズを決めたから基板の配置やサイズに大きな制約が出た。それ以上に問題なのは相変わらず冷却ファンは使うなという主張だ。

さらに経営陣が命じた開発期間はそもそも短かすぎた。その割りにテキスト表示は80桁でアルファベットは大文字と小文字が使えるようにしろとの指示があったばかりかApple II との互換性を保てという...。このエミュレーションの必要性はApple III のグラフィック機能向上の可能性を潰すことになった。
なによりもウェンデル・サンダーがイエスマンだったことが大いに災いした。

ウェンデルは経営陣からの指示とスティーブの移ろいやすい思いつきに振り回されたのだ。
数日後、ロッド・ホルトと会ったとき彼もAppleの現状を憂いていた。
「いや、なにも昔は良かったというつもりはないんだ。だけど確かにいまは昔よりキャッシュフローは問題ないしApple II も売れてる。しかし経営陣には余裕が見られないし社員たちはまったくまとまりがなくなっているんだ。Appleらしさなんて探しても見つからないよ」
「そういえば...」
私は声を潜めていった。
「ある人から聞いたけど、ロッド...君なんかも古参で頭が固いと新参者たちに煙たがられているらしいね」

遠慮のない私の口ぶりにホルトは声を上げて笑った。
「まったく可笑しな話しさトモ...。俺は昔から (いかれた野郎) のはずだったのにいつのまにか、(貴方は官僚的だ) と言われるんだから」
「しかし、トモ。Apple III は成功すると思うか?」
真顔になってホルトに聞かれるとどう答えて良いかわからなかった。

「経営陣は発表を急いでるんだよ。数ヶ月後に株式公募が決まっているだろう。それ以前に発表してよい材料にしたいのさ」
ホルトはあくまで私の意見を聞きたがった。
私は自分がタイムワープしてきた人間だということはスティーブ・ジョブズしか教えないことに決めていたが嘘をいうことは嫌だったし自身の言動の積み重ねが実績となりそれなりの評価を受けるようになっていたからそれも保持したかった。

「私は上手くいかないと思うよ」
正直にいうとホルトは頷きながら、
「あまりに時間がなさ過ぎたよ。Apple II は会社ができるときにはすでに基本は存在していただろう、しかしApple III はAppleがウォズの手を借りずに開発する最初のマシンなんだ。もっと時間が必要なんだよ。もっと入念な設計、入念なテストをしなければならないんだ」
ホルトは愛用のキャメルを咥えながら私の肩に手を置いて自分の席に戻っていった。

Apple3catalog.jpg

※Apple III カタログのひとつ(当研究所所有)


ある日の夜、スティーブから意外な話しを聞かされた。
「トモ、俺はApple III プロジェクトから手を引くことにしたよ」
スティーブは真顔でつぶやいた。
「君がプロジェクトから手を引いてApple III は出荷できるのかい?」
「なにがあったんだい?」
矢継ぎ早の私の質問にソファーに仰向けになったスティーブは大きなため息をついた。

「理由はふたつある...」
少し間を置いた後で、
「ひとつは前にも言ったと思うけど、俺はB級の奴らと仕事をするのが嫌になったってことさ」
ここでスティーブはもう1度ため息をついてから続けた。
「いろいろとアドバイスして奴らにやらせてみたが、どいつもこいつもはっきりせず、俺の考えたとおりに進まないんだよ」

まあ、ウェンデル・サンダーたちからすれば混乱する一番の要因はスティーブ・ジョブズその人にあったというだろう。様々な主張を受け入れながら進めた設計は様々な無理を強いられた。スティーブ自身の意見や指示も日毎に変わり開発者たちを苦しめたらしい。
とはいえスティーブに (君が混乱の原因だ)とはさすがにいえなかった。

「もうひとつの理由はApple II との互換など考えずにまったく新しいマシンを作りたいと思ったからなんだ。まだなにも形になっていないが、Lisaプロジェクトとして開発計画を立てている製品だけど、例のゼロックス・パロアルト研究所で見たAltoのようなGUI を実現したいんだ。悪いがApple III にかまっている時間などないのさ」
スティーブはすでにApple III への興味を失っていたのだ。

1980年5月、カリフォルニア州アナハイムで開催されたナショナル・コンピュータ会議でApple III が発表されたとき業界筋や報道関係者からは賞賛の声が上がりウェンデル・サンダーは鼻高々だった。
結局その2,3ヶ月後に新しいOS、ワード・プロセッサ、VisiCalc、高機能BASICと共に発表され、Apple III 待望の機運は高まった。そしてついに秋になって出荷されるとすぐに欠陥品として返品と苦情が相次いだ。

ロッド・ホルトの危惧が当たってしまった。欠陥の直接の原因はともかく、それらの担当者や責任者らは様々なプレッシャーの中で自分たちの役割を全うしていなかった。トラブルの原因は十分なテストをしていたら防げるはずのことだった。
Appleの評判は大いに傷付いた。

すべてはスティーブ・ジョブズはもとよりマイク・マークラおよびマイケル・スコットらの油断というより過信がホルトの言うとおり過酷な開発期間と適切なテストもしないまま出荷した結果だった。
Apple Computer社が設立されたとき、Apple II はプロトタイプながらすでに存在した。したがってApple III はAppleが最初に独力で開発した製品だったが、それが失敗という結果に経営陣は愕然とする。
スコッティはスコッティで、失敗の原因はスティーブ・ジョブズだと頑なに信じて疑わなかった。スティーブが開発現場をかき回したからだと怒っていたのだった。

(続く)

【主な参考資料】
・「パソコン革命の英雄たち~ハッカーズ25年の功績」マグロウヒル社
・「スティーブ・ジョブズの王国」プレジデント社
・「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新報社
・「スティーブ・ジョブズ 青春の光と影」東京電機大学出版局刊


関連記事
広告
ブログ内検索
New web site
[小説]未来を垣間見たカリスマ  スティーブ・ジョブズ
ジョブズ学入門
大塚国際美術館ひとり旅
ラテ飼育格闘日記
最新記事
お勧めの新旧記事
カテゴリ
リンク
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

appletechlab

Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員