[小説]未来を垣間見たカリスマ 〜 スティーブ・ジョブズ 第18話 時空の狭間

還暦も遠の昔に過ぎた男、加賀谷友彦は久しぶりに出向いた Apple銀座 のエントランスで1976年にタイムスリップし、スティーブ・ジョブズの若かりし頃に出会う。厄介なのは加賀谷が持っていたiPhone 6s Plusをスティーブが見てしまったことだ。この事実が過去と未来に悪影響を及ぼすのだろうか。そんな危惧をよそに初対面の加賀谷をスティーブは自宅のガレージに引き入れた…。そして一緒に働くことになった。
ー 優れたビジョナリーといわれたスティーブ・ジョブズ。その若かりし時代の秘密に迫る!ー
※本編はフィクションです※

■第18話 時空の狭間
あれは1979年の秋頃だったと記憶している。私がそろそろ寝ようとしたくを始めたときドアがノックされた。スティーブに違いない。
「どうぞ、まだ起きてるよ」
私の声が響いているうちにドアが勢いよく開かれた。
「どうしたのスティーブ」
どこか思い詰めたようなスティーブ・ジョブズの表情を見て私は聞いた。

「トモ、遅くに済まないがワインがあったら一杯くれないか」
そういいながらソファーにどっかと座り込んで足を伸ばした。
私は冷蔵庫から冷やしたカルフォルニアワインのボトルを取り出して、
「スティーブ、君は赤の方がよかったな」
と聞きながら返事を待たずに栓を抜いていた。

ワイングラスを持ったままスティーブは少しの間凍り付いたように動かなかった。
「どうしたのスティーブ」
私の再度の問いかけにハッと我に返ったスティーブは一気にグラスを飲み干した。

「トモ,遅くに済まない」
こちらも同じことを繰り返してスティーブは、らしくもない話し方でボソッと口を開いた。
「変なんだよ、トモ。これは君にも関係することかと思って飛んできたんだ」
「実に腑に落ちないことが起こってるんだ」
どうやらスティーブの口ぶりからは仕事の話しではないらしい。もしかしたらクリスアン・ブレナンとその子供の話かと私は正直身構えたが、どうもそうではないようだ。

「昨日、オフィスの引き出しの奥からこの数枚の写真が出てきたんだ」
彼は脱いだジャケットの内ポケットから封筒に入っていた写真を広げた。その中には見覚えのある風景が写っていた。
「これって、もしかしたら日本の秋葉原の写真かい。いや、君が写っているから違うんだろうな」
私の訝しい顔を凝視しながらスティーブも考え込んでいるようだ。
しばらくして、
「いや、どうやら...俺が (どうやら) というのも変だがその秋葉原なんだよ」
「俺って気がふれてしまったのかな、トモ」
スティーブは哀願するように再度私に視線を向けた。

「どうにも君が何で困惑しているのか、いまひとつよく分からないからゆっくりと説明してよ」
私の物言いに頷きながらスティーブは話し出した。
「トモ、俺はどうやらこの半年の間に日本に行ったらしいんだ」
そのスティーブの珍しくも動揺した態度と変な話しっぷりに私は思わず吹き出した。
「ゴメンゴメン。これまでこんな君を見た事がないからね」
私は言い訳をしながら、スティーブがまだ手にしているグラスにワインを注いだ。

「いや、こんな話しはトモ、君にしか話せないよ」
私の無言の促しにスティーブは続けた。
「写真を見るまで覚えがまったくなかったことなんだ。俺ってまだ数ヶ月前のことを忘れるようなボケではないつもりだが、何かが変なんだ。写真を見た瞬間俺は “初めて” 日本に行ったことを思い出した…いや、忘れていたんではないんだ。初めて知ったというべきなのかな」

スティーブの話を要約すると。彼は日本に行ってきたことを “知らなかった” のだという。忘れていたことを思い出したのではなく写真を見てそれが事実だったことを初めて “分かった” のだという。
そもそも、もし自分が日本へ出張が決まったとするなら私に言わないはずはないし、必ず一緒に行こうと誘ったはずだと彼は言う。しかし日本に行くことも、戻ったこともまったく記憶になくしたがって私にその日本行きのことを話したこともないはずだという。

「いいかいトモ、おかしいんだ。日本に行ったのなら社内の数人とも話題になるだろうし君が知らないはずはない。それにだ…」
スティーブは困惑というより恐怖の表情を示しながら、
「俺自身の認識自体、日本に行った記憶もなければ、大体がそのために数日の休みを取ったはずもないんだよ」
「私も君が数日会社を休めば分からないはずはないよ」
私の確信に満ちた言い方に強く頷きながら、
「だろう? しかし俺にもその実感はまったくなかったし会社に出張の申請をした形跡もないんだ。だけどこの写真は本物だと俺の心が訴えるんだよ」
「スティーブ、怒るなよ。この写真は合成ということはないのかい。誰かが悪戯で作ったフェイクだとか…」

スティーブは2杯目のワインを飲み干してやっと落ち着いてきた。
「俺もそう思ってさ、先ほど日本の知人…ここに一緒に写っている奴に電話をしてみたんだ。覚えはなかったけど確実に日本で世話になったことを思い出した…いや、実感として分かったからさ」
思わず私はクスッと笑ってしまった。
「しかしだトモ、俺だって (私はお前と会ったことってあったか) などとは聞けないよ。だから忘れたふりをしてさ、秋葉原に行ったとき、TEACのオーディオを見にいった店名を教えてくれといってみたんだ」
「しかしスティーブ、相手の人が (貴方なんか知らない)といったらどうするつもりだったの」
私のいささかリラックスした物言いにスティーブも乗ってきたのか、
「いや、正直ドキドキものだったけど受話器からは間違いなく聞き覚えのある声で (スティーブ・ジョブズさん、その節はありがとうございました。秋葉原をご案内できて光栄でした)と言われたから、これは間違いないなと思ってさ」

真顔になったスティーブは、
「いいかい、トモ。確かに俺は日本に行き秋葉原の散策を楽しんだんだ。実感はいまだにないが、記憶というものは再構築されるという説もあるらしいよな。写真を見て、俺を秋葉原へ案内してくれた日本のパソコン雑誌の編集長の声を聞いたとき、記憶が宿った感じなんだ。不完全だけどね」
「………」
「しかし、トモ。俺は、この俺はAppleを休んではいないんだ。記録もそうなっている。だとすれば…」
「もし夢でないのなら君が2人いたということになるね」
私がスティーブの言葉を引き継いでいうと彼は大きなため息と共に天井を仰いだ。

私は思いついたことをいった。スティーブの動揺を糺したかったからだしその事実はまぎれもなく私の存在が引き起こした矛盾であり、時空の狭間で起こった “ねじれ” のように思えたからだ。
「スティーブ、この件は2016年の日本からこの時代にタイムワープした私の存在が引き起こしたことに間違いないと思うよ」
「どうやら歴史というか時空という奴は私にまだ日本へ接触されたくないのかも知れないね。しかし君は仕事で日本に行かなければならない。ならば必ず私も一緒にということになる。それでは神は…いや比喩だけどね…困るので君と私の日常はそのままに君自身を…この場合はパラレルワードなのかな、わずかに違う世界にいる君を日本へ行かせたのかも知れないね」
私もワインをひと舐めし、窓のカーテンを引きあけた。満点の星空はどのような不思議が起こってもおかしくないと示唆しているように思えた。
「そうした意味でいえば、君もこのカリフォルニアの世界でほんの数日間タイムスリップしたことになるのかな。というより君が写真を見た瞬間に歴史の修正・修復が起こり、君の記憶にもう1人別世界の君の記憶が触れ合ったのかな」

「なるほど、まだ半信半疑だがそんな風に考えないと俺が狂ってしまったことになるよ。トモ、君の秘密を知っているのは俺だけだ。だからこそ時空の矛盾は君と俺しか認識できないのかな」
スティーブにやっと笑顔が戻ってきた。
「それで、スティーブ…君は写真を見て日本で過ごしたことを思い出したのかい」
私はいつ戻れるかもしれない懐かしい日本のことを僅かでも知りたくてスティーブに聞いた。なにしろ1979年といえば、私は結婚して2年目だった。そして小さな貿易商社に勤務し趣味で富士通のワンボードマイコンやコモドール社のPET2001というオールインワンのパソコンを楽しんでいた時期だ。

正直、女房がどうしているかが心配でそれを思うと胸が張り裂けそうだった。しかしもしパラレルワールドだとしてスティーブがカリフォルニアと日本の秋葉原に同時に存在したとするなら、私自身だって2019年(3年経過したから)と1979年の今に同時に存在しているのかも知れない。そうであれば女房と未来の私は何の支障もなく平凡な毎日を送っているに違いない。
そうであって欲しいと私は思わずワイングラスをテーブルに置き、両手を合わせた。

「どうしたトモ」
スティーブが沈思した私を訝しがって声を出した。
「君流に考えるなら、どうやらここにいる俺は日本には行ってなく、単に記憶を授かっただけかも知れないが、いまの俺も実体験としていくつかのことは思い出せるんだ。おかしなことに仕事の話しはあまり知らないんだが」
笑いながらスティーブは秋葉原での出来事を話し出した。
「先ほどもいったが、案内してくれたのはパソコンの月刊誌の編集長だったよ。ASCII っていう雑誌だったな」
「その人だったら私も知ってるよ」
懐かしい顔が浮かんだ。

スティーブは編集長に案内され、秋葉原を堪能したという。時代は70年代後半の時代だったからスティーブが歩き回っても気づく人はまずいなかった。そしてスティーブは熱心なオーディオマニアでありTEACのオープンデッキを愛用していたのでラジオセンター2階にあったTEACのオープンデッキ用のパーツ類を販売しているジャンク屋のような店まで立ち寄ったらしい。

「トモ、正直驚いたよ。電子部品やオーディオパーツといった類はアメリカが本場だと思っていたけどあの雰囲気と品揃えは特別だな。少年の頃、よく親父にエレクトロニクス部品の店に連れていかれたしああいうのは好きなんだ」
一息いれて、
「だんだん記憶がはっきりしてきたけどラジオセンターには驚いたよ。確かに店舗は綺麗ではないし天井が低くてさ、俺は頭をかばいながら屈んで見て回ったなあ...。そうそう電話をかけたとき編集長に聞いて思い出したんだが俺たちが入ったのは “菊池無線電機" とか "内田ラジオ" といった店だったっけ」
「TEACのパーツはほとんど手に入らないので内田ラジオという店、小さな店舗だが俺には光って見えたな」
スティーブは遠くを見つめるように虚ろな表情をしたがすぐにいつもの活発さを取り戻した。

「俺は最初その "ラジオセンター” というのがいわゆる量販店の名だと思ったんだ。しかし店内を回って気がついたが小さなショップが集まった集合ビルなんだなあれは。同じような商品、競合する商品を販売している店がずらりと並んでいることを知って本当に驚いたよ」
私はたたみ込んだ。
「で、スティーブ、君はなにか買ったのかい」
スティーブは少しずつ記憶が膨らんでいくことを楽しんでいるかのようだった。
「そうそう、俺が土産代わりに買ったのは超小型平面スピーカーだったよ。知らないメーカー製だったがデモを聴かせてもらったけど小型の割には迫力あるサウンドが出てたよ」

スティーブは喉が渇いたのか、目でワインがもっと欲しいと催促したので私は2本目のボトルを持ち出して栓を開けた。スティーブは上手そうにグラスに並々と注いだワインを喉に流し込んで話しを続けた。
「そうだ。確か “カイテンズシ” という店で寿司を食べたな。寿司と蕎麦はベジタリアンの俺も魅惑されたよ。それに…ここだけの話だが日本滞在中に女の友達もできたよ。」
スティープはウィンクしながら話しは尽きることがなかった。

ともあれスティーブは同じ時期にこのカリフォルニアと日本に同時に存在したことになる。そんなことがあり得るのかどうか、私などがいくら考えても分かるはずもなかった。ただし確実なことはスティーブ・ジョブズが嘘や虚言をいうはずもなかったし夢でもなかった。だから彼が大きな興味を持って日本を訪れたこと、秋葉原を嬉々として歩き回ったことは “現実” だったのだ。

そもそも彼が日本を意識しだしたのは禅だったという。リード大学在学中に鈴木俊隆著「禅マインド・ビギナーズ・マインド」という本に影響されたからだ。
そして鈴木が開いたロスアルトスの禅センターを訪ねたときに乙川(知野)弘文と出会い師と仰ぐようになる。それは私がタイムワープした1976年の前年だったらしい。
ともあれこの出来事が私とスティーブの運命をより複雑に交差させていくことになったし、私が未来からタイムワープした人間であることをあらためてスティーブ・ジョブズに知らしめる出来事となった。

(続く)

【主な参考資料】
・「パソコン革命の英雄たち~ハッカーズ25年の功績」マグロウヒル社刊
・「スティーブ・ジョブズの王国」プレジデント社刊
・「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新報社刊
・「ジョブズ伝説」三五館社刊



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Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。続けて2017年7月1日「小説・未来を垣間見た男 スティーブ・ジョブズ」を電子書籍で公開。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員