白内障手術の顛末〜手術編

左目の白内障手術をした。昨年末あたりから病状が進行し視野の中央の混濁が著しくなったからだ。例えて言えば、眼鏡の中央を脂ぎった指で触ったように見えないのだ。


我々は人それぞれ認識の違いが存在するともいわれている。私たちには視覚/聴覚/嗅覚/味覚/触覚の五感が備わっているが人により五感の優位度が違うという。難しい事はともかく私自身は間違いなく視覚優位の人間だと思っているので目が見えないことは非常に辛い。
無論誰だってよりよい視力を望んでいるのだろうが、若い時から目の質が悪いというか強度の近眼に乱視と飛蚊症が入り、加齢と共に老眼が加わった。その上に白内障と緑内障の症状が出たというので2か月程度毎に近所のクリニックに通っていたが、クリニックの先生より白内障は手術を勧められた。

愛犬との散歩も危なっかしくなってきたし何よりもパソコンのモニターの文字が判別できないし写真のピントが合っているかどうかを判断するのに苦労するようになってしまった。これは手術をしなければ今後の生活に大きな支障が出ると考えて決断した...。

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※個人差があるものの一般的に我々は視覚で世界のほとんどを認識しているらしい


紀田順一郎先生からもその顛末や注意点などをお知らせいただいていたから多少の予備知識はあったつもりだった。しかしいざ自分の事となれば心配事は当然としても真剣にならざるを得ない。
まずはクリニックから紹介状を書いて貰い、指定の大学病院に出向いた。
検査の後で手術担当医に会い概要を聞く。第一希望は日帰り手術を希望し最後に看護師からより詳しい手順やらの話があり、次の検査および面談日を決めて帰った。

その日はまだ手術日は決められなかったので別途早めに決めて医者側の都合とすり合わせ、手術日を決めるべく調整することにした。手術のため当日病院に入るのは早い時刻だそうだが、順番もあるし救急病院でもありもし緊急性のある患者が運び込まれたりすれば私の手術は夜になる可能性もあるそうだ。
ともかく日帰りができたとしても片目で帰らなければならない。また予期せぬこともありうるし女房に同伴してもらいたいと女房の仕事の調整もした結果手術日を決めて病院に電話する。幸いその日で問題がないようなのでより詳細なことは2度目に通院する際に聞くことにする。

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※私の左目の視力イメージ。実際にはもっと見えないかも。特にモニターや本の文字が判別できないのは辛い


10月末に女房と一緒に病院を訪れた。手術の前後の注意などについて家族の理解も必要だといわれたからだが、いやはや覚悟はしていたがなかなかに大変なことだということが実感として分かってきた。
細かなことはともかく、術後が厄介だ。手術前は手術の3日前から処方された目薬を1日4回注すことになる。それ以外にもともと緑内障の進行を止める目薬を2種類使っており、これと一緒に使うことになるわけで注意をしないと何が何だか分からなくなってくる(笑)。それに目薬をさした後、別の目薬は5分以上経ってからやらなければならないというし忘れないようにするだけで気が重い。

問題は術後だ。手術が万事上手くいき予定通り当日退院できたとしても左目は眼帯をしているし目を押したり擦ったりは厳禁なことは勿論、一週間ほどは顔を洗ってもいけないという。また埃やゴミが入ったり感染を防ぐために目薬は欠かせないし保護めがねをするようにといわれた。

さて、手術の当日はなんということか、11月の初雪は54年ぶりだというアクシデントに見舞われた。アクシデントというのは言い過ぎかも知れないが1日入院(日帰り)のために病院に行くのも難儀だし、術後は片目だ。降り積もれば健常者だって危ないというのに慣れない片目で安全に歩けるのかと不安がよぎる。
ともあれ手術当日は午前8時半に大学病院へ行き、手続きを行い。術前術後を過ごす病棟のベッドに案内される。

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※手術当日は54年ぶりの初雪とかで足元に不安だ...


事前の検査や確認の後、ベッドで順番待ちとなる。渡された専用の上下に着替えてひたすら待つが、私は担当の執刀医の4番目だという。その過程で指示された「散瞳剤」という目薬を30分おきに注すことを指示され、体温と血圧を測ってひたすら待機だ。

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※日帰り入院ではあるが待機と術後の処置のためにベッドが用意される


担当の看護師からは「午前11時過ぎに呼ばれると思います」と言われていたが、声がかかったのは11時45分を回った頃だった。なんとベッドから車椅子で手術室まで向かうという...。
そのときの気持ちは意外と冷静だった。これまで体験したことがなかった車椅子に座らされて手術室に向かう。エレベータも使い長い通路を人気のない方向にと進むが、眼前に "手術室" と書かれた大きなドアを目にしたときは「いよいよか」と些か緊張した。

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※患者を間違えないようにと手首にリストバンドをつけられる


まあまあ手術といったことは楽しいとか嬉しいはずもない。これまで局部麻酔の手術を二度、全身麻酔の手術も一度体験しているが目の手術は独特の恐怖感がある。局部麻酔で手術は行われるが当然のことながら目は見開いたままで執刀を受ける。自分の目にメスが近づいて来るのはどんな気分なのだろうと想像するだけで寒気がするではないか(笑)。

車椅子からいわゆる手術用の椅子に座り変える。もうこうなればまな板の鯉であり執刀医を信頼してお任せするしかない。
ブルーのキャップを被せられ目の縁にテープを貼られて該当部位だけが開いた布みたいなものを顔全体に被せられる。こうなると天井は見えるが自分の左目がどのような状態にあるかは想像するしかない。
どうやら話しに聞いていた瞼を開いたままにする道具で上下の瞼が固定されたことを感じる。

液体が注入され、続いて麻酔だという薬が二度落とされた。素人にもいよいよだということがわかる。
そういえば左手人指し指に脈をモニターするためか、指サックみたいなものをはめられ、右二の腕には手術中数度圧迫を感じたが血圧をモニターするのだろう。そして胸には心電図の吸盤が取り付けられている。

「始めますよ」の声と同時に目の前には強い光が点灯し、麻酔や事前に注した薬のためか全体がボケた光の中にいるような感じだ。古いイメージだと執刀医の顔や手に持ったメスが迫ってくるというビジュアルが浮かぶが、現在はマニュアルの手術はほとんどなくいわゆるレーザー治療であり医師は顕微鏡を覗きミリ単位の非常に細かな手腕が求められるという。したがって目に見えるのは前記した強い光だけだ。

一瞬角膜にメスが入ったことは感触で分かったものの無論痛みはない。ただし執刀医の処置により光りの位置が変わったり流れたりして大げさに言えば光の変化を美しいと思った。どこか映画「2001年宇宙の旅」の最後でボーマン船長が異次元世界を通り過ぎる際のシーンを思い出していた。
水晶体を超音波で細かく砕きながら吸引しているのだろうか、機械が独特な音階を奏でているのが余計にSFっぽい。

白内障の手術は乱暴にいうなら、濁った水晶体を取りだし、人工レンズを注入するのだという。メスが入り、しばらくすると見えないながらも全体がボケた感じがして視界の様子が変わったので「水晶体が吸い出されたのかな」と感じる。そして「少し圧迫感がありますよ」という説明の後に「あっレンズが入ったのかな」と感じる一瞬があった。
途中で何度も液体が流れたが、時々眩い光の周りにほんの少し室内が見えたような気がした。後は終始物が見える状態ではないので当初感じていた恐怖感は吹っ飛んでいた。

執刀医が同室の看護師に「次の患者さんをお連れしてください」という。ということは私の手術はまずまず無事に終わり最終処置の段階なのだろうと勝手に判断しちょっぴり安堵した。
手術室に入ってから20分くらいだったか、私の左目は分厚いガーゼのプロテクターが貼られた後にまた車椅子で自分のベッドに戻された。

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※術後の左目部分は分厚いガーゼのプロテクターで覆われた


病室で待っていてくれた女房の顔を見てほっとする(笑)。後は1時間安静にし、その後に再度体温と血圧を計り問題がなければ帰宅することが出来ると説明を受ける。
その間、遅れた昼食が出る。朝食が早かったからかなりお腹が空いていたし好き嫌いは言っていられないのでとにかくいただくが、女房はパン類と珈琲を用意していた。病院の1階にはコンビニがあるのでそこで買ったのかと聞くと、コンビニが昼の時間に各病棟を回ってワゴン販売をしてくれるのだという。素晴らしい!

窓の外を確認すると小降りになったとはいえ雪がまだ降っていて一面の銀世界だった。
問題は手術した左目部位には分厚いガーゼがテープで貼られており常用の遠近両用眼鏡がかけられない。したがってド近眼の片目だけで女房に手助けされながらなんとか無事に帰宅したが、とにかく目が見えないのは実に辛い。そして麻酔が切れたからか、手術直後にはほとんど感じなかった異物感が辛くなってきた。例えて言うならはじめてコンタクトレンズを入れた直後のあの感じだ。痛いという感覚ではないが、不快である。

退院時の説明では明日の通院時にガーゼを外して検査してから3種類の目薬をそれぞれ一日4回注すことになるという。目薬でもさせばゴロゴロ感も薄れるのではないかと素人考えが頭をよぎるが、まさか外してはならないといわれたプロテクターを取るわけにもいかず我慢するしかない。無論手術が終わった直後から厚いガーゼのプロテクターで左目は覆われているので、視力が回復したかどうかは明日にならないとわからない。

ともかく初めての体験だからして、こんな状態・症状でよいのかと不安になるが明日の午前中に外来で診察を受けるのでとにかく寝ようとプロテクターの上から保護めがねをかけた状態で床についた。しばらくの間、左目のゴロゴロ感が気になっていたがやはり気疲れしたのだろう意外と早く寝ることが出来た。その後数時間して目が覚めたときにはそのゴロゴロ感はかなり薄れていたので一安心した…。

(続く)



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Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員