[小説]未来を垣間見たカリスマ 〜 スティーブ・ジョブズ 第21話 トモという男

加賀谷友彦は2016年12月6日、久しぶりに出向いたApple銀座の店頭でiPhoneのホームボタンを押した瞬間目眩が...。思わず座り込み気がついたとき彼はタイムワープし40年前のカルフォルニア、ロス・アルトスのスティーブ・ジョブズ家のガレージ前にいた。そして彼はスティーブ・ジョブズらと一緒に働くことになる。
※本編はフィクションです※

■第21話 トモという男
1980年代のAppleは株式公開を目前にしていたこともあってそれまでにも増して混乱と同時に活気があった。GUIを持つコンシューマー向けコンピュータとしては初めてのLisaの開発が具体的にスタートしたし、先走るがMacintosh開発の芽も地中から青葉を覗かせていた。しかし一番の問題はスティーブ・ジョブズら経営陣と技術者たちとのビジョンの共有ができていなかったことだった。その最たるものがApple III の失敗に見られた…。

ということで企業運営に関する諸問題は山積みだったが私自身が抱えている問題も決してどうでもよい問題ではなくなっていた。それは私自身の存在がAppleの中で目立ち始めたからだ。
別に私自身が目立つ言動をしているわけではなかった。創業時のようにガレージに入ってくるスタッフらが数十人の時には会社と言うよりサークルみたいな感じだったしボスのスティーブ・ジョブズが (トモは俺の秘書だ) といえば誰もが疑うことなく従っていたし私も彼ら彼女らの中に溶け込んでいた。しかし規模が大きくなりすべてのスタッフが創業時の暗黙の了解ごとを知っているはずもなくトモヒコ・カガヤという存在が不思議がられるようになってきた。

理由は明白だった。表向きはスティーブ・ジョブズの秘書的存在だったが他のスタッフのように明確な仕事のテリトリーがなかった。取締役といった職責はなかったがスティーブやマークラらが認めてくれていたおかげで取締役会をはじめほとんど会社の決定権を持つ場に出席を許されたし入室を厳しく制限されていた部屋にもフリーパスで入ることが出来た。したがって私の注文や依頼を断る人は現実的にいなかった。なぜなら私が横柄だとか横暴というのではなく私の指示や依頼事はスティーブ・ジョブズのそれだと思えと当のスティーブから社内に通達があったからだ。
それに私はApple創業時から、すなわちガレージの時代からのスタッフだったという事実は揺るがしがたくそれなりの畏敬の目で見てくれる人たちも多かったのも事実だった。

しかし常識的に見て年齢ひとつを取ってみても70歳前後の人材は本社に類をみなかったから (あれ、誰) という感じで目立ったようだ。
要はトモヒコ・カガヤという人物はAppleで何をしてるのか、単なるスティーブの秘書でもないようだし...という点が話のネタに使われていた。

私はスティーブのたっての願いもあってこれまで曖昧だった私の職責をCIO すなわち Chief Information Officerとすることに同意した。簡単に言えば情報担当役員ということか。こうした役職であればいままで以上にApple全体の情報に関しての報告を受けることが出来るしアドバイスをすることもできるわけだ。そして私自身の報告は直接スティーブに行えばよいという。これならAppleの内外でのフットワークがとてもやりやすくなることは間違いない。

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※スティーブ・ジョブズから渡された新しい名刺 (小説上のお話し)


一方、私の日々の言動は決して派手なものではなかったがタイムワープした1976年12月以降、さまざまな出来事の中で私の示した予測やポイントとなるテクノロジーといったあれこれが驚くほど的確であるという評価を受けつつあった。
それはそうだろう。
タイムワープしてAppleの創業時代に迷い込むことが分かっていたらもっと勉強しておけばよかったと思うが、Appleの歴史の大方の行方は知っていたし真実かどうかは別にしても多くのエピソードや人々の葛藤も知っていた。何よりも私は2016年からタイムワープしてきた人間でありAppleの、あるいはテクノロジーの行く末について熟知しているのだから間違うはずもなかった。
ただし注意すべきはそれをストレートに主張するのではなく、かといって単なる絵空事ではなくひとつの学問的な未来予測としてスタッフらに伝えることが求められた。そうした点において私はスティーブの全面的な支援と理解を受けていた。

さて、そんなおり私はスティーブに呼ばれてオフィスに戻った。
用件は大別して2つだった。ひとつはこれまで私の居座っていた場所はスティーブ・ジョブズのオフィスの一郭だったが専用のオフィスを用意するという話しがあった。これは私という存在をApple社内により同化させようとするスティーブ・ジョブズの策のひとつだったが、2つ目の件は意外な依頼だった。

「ドアを閉めてくれないか」
スティーブの言葉に頷いた私はオフィスのドアを閉めて鍵をかけた。
「トモ、君の存在はいまでは俺にとって、いやAppleにとって重要なんだ。いやこれは世辞でなく本当の事だ。そして俺と君との秘密を秘密として会社全体に君の存在を知らしめる時期だと思うんだ」
私は黙って次の言葉を待った。
「それでトモにひとつ頼みがあるんだ。というより業務命令と思ってくれ」
スティーブが私にこうしたことを告げるのは始めてだったかも知れないが、その表情は硬いものではなく微笑んでいた。

「私もAppleの社員の端くれだからスティーブ、君の業務命令なら最善を尽くすよ。私のできる限りのことという制約はあるけどね」
私も減らず口風に対応した。
「実はマイク・マークラにも頼まれたことがあるし、君の親しいロッド・ホルトにも同じようなことを言われたことがあるんだ」
スティーブの言っている意味が分からず私は首を傾げた。
「もっと早くから俺が気を回さなくてはいけなかったのだが、トモの言動のひとつひとつが驚くほど的確で、特に先々に対する注視の姿勢やアドバイスは不思議なほど実情に合ったものだったと彼らは高く評価しているんだ。無論それがどこからくる能力なのかを知っているのは俺だけのはずだが、そうだろう」
悪戯っぽく笑うスティーブに私は (勿論さ) と答えた。

「ただしその本当のことを公言するわけにはいかないさ。一番その恩恵を受けているのはこの俺でもあるしな。しかしこのままトモを不思議なオヤジとしてだけにしておいては君自身も身の置き所がないだろうし会社にとっても益にならない。そこでだ」
スティーブは両手を頭の後ろに組みながら両足をデスクの端に乗せた。
「トモの "CIO" 就任をよい機会にして一度社内で勉強会、いやセミナーをやってもらいたいんだ」
意外な依頼に私は本当に驚いた。スティーブの真意がいまひとつわからなかったからだ。

「Apple III 失敗の反省もあるんだが開発の奴らは勿論、スタッフたちと我々経営陣がいまいちどビジョンを共有するのが大切だと常々マイクたちと話していたが、そのひとつのきっかけとなると思うんだ。そこで君に、そうだな…例えば "近未来へ向けてのテクノロジーの予測" といったテーマで少し具体的で明確な話しをしてもらえないかと思ったんだ」
「無論タイムワープの話しはなしだ」
スティーブは足を組み直しながら笑った。

「それはかまわないけど、どこの馬の骨かもわからないし学位も持っていない私の話など誰も聞きたいとは思わないだろう」
私は当然の疑問をストレートにスティーブにぶつけた。
「いや、それは君自身が自分の事を過小評価しているよ」
と言いながらスティーブは体を起こして私にあの鋭い視線を向けた。
「知ってのとおり、10月にジェフ・ラスキンの研究プロジェクトに面白い奴らが参加したんだ」
「うん、すでに私は短い時間だが皆と話したよ。えっとバレル・スミス、バッド・トリブル、ブライアン・ハワード、そしてジョアンナ・ホフマンたちだね」
「そうだ。俺はジェフの考えるコンセプトにはまったく興味はないんだ。奴の考えるコンピュータはクソだ。それにこれからのコンピュータはGUI抜きにしては考えられないとPARCに行った後思ったし、トモ、君に個人的なアドバイスというか未来のビジョンを聞かせてもらってよりその思いを強くしたんだ。ただし仕方がないことだがほとんどの奴らはそうした未来に興味はない」
深く深呼吸してスティーブは言葉を探しているようだったが、
「どこから聞いたのか、MITにいたというジョアンナ・ホフマンやPARCから来たラリー・テスラーあるいはあの気むずかしいジェフ・ラスキンでさえ一度じっくり (カガヤサンと話がしたいので許可してくれ) というんだ。思うに皆手持ちの仮題に振り回されてはいるがそれだけではダメで新しい製品作りには新しいビジョンが欲しいと思ってるんだよ」

やれやれ、難しい話しになってきたがスティーブは私がひとりひとりに対応している時間はないだろうから、CIOという立場はもとよりAppleのビジョナリーという立場から "未来のパーソナルコンピュータ" への夢を語って欲しいんだという。事実新たな市場や商品、サービス、技術といったものを具現化することがこれからのビジネスには重要と私が常々スティーブに説いていたからだが、最後にスティーブがいま主導権を握りたいと思っているMacintoshプロジェクトへの参加をもしやすくする力になるに違いないという本心も暴露した。
そして、
「おっと、たまたま口に出たけど "ビジョナリー" というのは良い言い方だよなトモ。君のタイトルに "ビジョナリー" というのを付け加えようか」
と笑った。

GUIの重要性を説く私の言動がジェフ・ラスキンが提唱しはじめたばかりのMacintoshプロジェクトをスティーブ・ジョブズ主導とする手伝いをすることに心を痛めたが、歴史の向かう先を歪めるわけにもいかずスティーブの申し出を受けることにした。
しかしそれは実に肩の荷が重い仕事となった。

(続く)

【主な参考資料】
・「パソコン革命の英雄たち~ハッカーズ25年の功績」マグロウヒル社
・「スティーブ・ジョブズの王国」プレジデント社
・「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新報社
・「アップル・コンフィデンシャル 2.5J」アスペクト社


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Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。続けて2017年7月1日「小説・未来を垣間見た男 スティーブ・ジョブズ」を電子書籍で公開。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員