[小説]未来を垣間見たカリスマ 〜 スティーブ・ジョブズ 第26話 魔の水曜日

スティーブ・ジョブズは稀代のビジョナリーであり、未来のテクノロジーを時代の最前列で考え見つめてきたといわれている。しかしその陰には2016年12月6日、アップル銀座のエントランスから40年前のカリフォルニア、ロス・アルトスにあるスティーブ・ジョブズ家のガレージ前にタイムワープしたひとりの男の存在があった。
ー 優れたビジョナリーといわれたスティーブ・ジョブズ。その若かりし時代の秘密に迫る!ー
※本編はフィクションです。

■第26話 魔の水曜日
ウォズが飛行機事故を起こし、まだ完治していない3週間後Appleにまたまた激震が走った。
Appleは業績は良かったものの、CEOのマイク・スコット(スコッティ)から見れば “Apple船” は少しばかり沈みかけていた。それは財務的というよりAppleという希有な企業の社風が壊れつつあったし、その原因はさまざまな人間が増えた結果、無能な社員が重荷になったからと感じたようだ。荷が重ければそれらを捨てないと船は沈んでしまう。スコッティはApple III の失敗に鑑み、一大決心をした。

事実Appleの自由を重んじる企業文化や会社が社員らに示していた善意と寛容さをもってしても社員各自の能力差を無視することは出来なくなったというのが大きな理由だった。
確かにそうした緩んだ空気がApple III の失敗につながったというのも説得力のある意見だった。
すでに気心が知れ友人となっていたロッド・ホルトがいみじくも私に言ったことがある。
「仕事ができないうえに、まともに働かないエンジニアが大きなヘマをしたら普通の会社なら首だよ。しかしAppleはそいつらを管理職のポストにして摩擦を避けている。この会社じゃ人を首にしないんだよ、トモ。それでは無能な管理職だらけになってしまう」

その頃、スティーブのオフィスに度々スコッティとマイク・マークラが集まり静かではあったが激論が繰り返されていた。そもそも私はCIOになって専用のオフィスを宛がわれていたがスティーブが社内にいるとき、ほとんど彼と一緒だったし重要な会議のその場にいた。

「いいかいスティーブ、俺は物わかりが悪い単なるシブチン社長ではないぜ」
スコッティは感情をおさえつつ口火を切った。
「俺は常に社内を歩き回り、良しにつけ悪しきにつけて仕事の進捗状況をこの目で確認し彼ら彼女らと話し合ってきた。彼ら彼女らがなにを考え、いまどんな状況にあるかを社内で一番知っているのはこの俺だ。なあ、マイク…そうだろう」
同意を求められたマイク・マークラは無言で頷いた。

「皆の志気を高めるため、承知のように会社の負担で全員をハワイ旅行させたこともある。スコッティは派手好きだという批難もあったが、それもこれも仕事によい結果を求めてのことだ」
スコッティはスティーブ、マイクそして私へと順番に視線を送りながら続けた。
「それがどうだ。いがみ合いが増え、責任のなすり合いばかりだ。Appleらしさとかよき時代の社風などどこにもないよ」

スティーブが口を挟んだ。
「だから何度も取締役会や改善委員会で皆で話し合ったよ。それだけの理由で君の言う41名もの解雇が本当に必要なのか説明してくれよ」
その言葉を吟味するようにスコッテは (君らしくもない物言いだな) といいながら話しを続けた。
「スティーブ。創業者の君に意見することではないが、社風というものは取締役会や委員会で定めるものではないし、求めてはいけないんだ」
「そしてこの決定は常々君の言う、B級の人間を増やさないための策なんだよスティーブ」

小一時間もの話し合いの末、スティーブの目にはうっすらと涙が浮かんでいたし、マイクも沈んだ気持ちを隠そうともしなかった。
スコッティがたたみ込んだ。
「誰かが悪者にならなくてはならないなら、俺が悪者になるよ。収まりが付かなくなったらこの俺を首にすればいい」
「ともかく、偽善とイエスマンと無謀で無責任な計画にはもううんざりだよ」
スコッティは吐き捨てスティーブのオフィスを出て行った。
後に残ったマイク・マークラは苦虫を噛みしめたような顔で、
「まあ、仕方がないなスティーブ」
といいながらドアを開けた。

こうして41名の社員の解雇が決まり、ひとりずつ対象者がスコッティのオフィスに呼ばれた。Appleという会社に “首” などあり得ないと思っていた社員らは次は自分が呼ばれるのではないかと恐れた。彼らにとってこれまで無邪気に信じ合ってきた時代の終わりであり、会社に対する忠誠心の終わりでもあるように思えた。
この最初の大量解雇はブラック・ウェンズディー(魔の水曜日)などと呼ばれたが、波紋は会社側が考えていた以上に大きくなっていった。それにスコッティは暗に (これは最初の一歩だ) と臭わすなど社内の反感を買っていった。

マイクとスティーブにも当然のことのように社員らの陳情やクレームが多々舞い込んだが、2人はまるで知らなかったかのような態度で社員らに接していた。ためにスコッティは次第に孤立し窮地に立たされていく...。
その数日後、受付カウンターを通ったとき、シェリー・リビングストンに呼び止められた。
「トモ、ちょっと話し相手になってよ。もう皆がギスギスしていて私も気が滅入るのよ」
「それは私も同じさ、どうにもスコッティだけに責任を押しつけて問題を終息させようという感じだからね」
我が意を得たりといった表情でシェリーは、
「あなたは創業時からAppleにいるんでしょう。そして今は CIO と偉くなったわよね。ならガレージで好き勝手に営業していたAppleという会社を株式公開し事業部制を置き、年商3億ドルに達する多国籍企業に育てたのは誰のおかげかおわかりでしょ、トモ」

「無論承知しているよ。それに君はスコッティが好きだからなあ」
少し伏し目がちになったシェリーは怒りをどう収めようか自分と格闘していた。
「皆はスコッティのことを気分屋だというけど、ここだけの話…気分屋というならマイクだってスティーブだってその上を行ってるわよ」
珍しくシェリーの口から経営陣への不満が出た。

結局事態の収拾を計らなければならなくなったマイクとスティーブは3月、ハワイから戻ったばかりのスコッティの社長解任を決めた。当のスコッティは社長解任が発表されたとき、飼い殺しのような待遇には絶えられないとAppleを去ることを決断する。
ロッド・ホルトは大きなため息をつきながら私に呟いた。
「スコッティは自分の全人生をAppleに捧げてきたからな。彼はいつも働きづめだったし飲酒したり二日酔いになる余裕もなかったはずさ。それに彼は他に就職しようなどという気はないだろうから今後が気がかりだよな」
事実スコッティは自宅のブラインドを閉めたまま一歩も外に出ず、電話にも出なかった。

この事態は予想以上にスティーブのメンタルな部分に大きな影響を与えたようだ。
あるときスティーブは小声で私に打ち明けた。
「トモ、皆がどう言ってるかはともかく俺はスコッティのことが気になって最近よく眠れないんだ」
「社長解任を後悔してるのかい」
私の問いには答えず、
「どうにも気持ちがざわついてさ、スコッティが自殺したという電話がかかってくる夢を見るんだ」
スティーブはスティーブで魔の水曜日の責任をすべてスコッティに押しつけたことへの罪の意識に苛まれていたようだ。

そういえばAppleを去るとき、スコッティはエントランスまで送っていった私の肩に左手を置きながら右手でシェリーと握手しつつ、
「長い間、世話になった」
「君とはもっと一緒に仕事をしたかったよ」
と笑顔をみせながら呟いた。
「Appleは私が育てた子供なんだよ、トモ」
そう呟いてマイク・スコットは背中を見せた。
Apple III の失敗、ウォズの記憶喪失、魔の水曜日そしてスコッティの辞職にもかかわらず、スコッティの育てたAppleは繁栄を続けた。それを支えたのは相変わらずApple II の売上げだった。

(続く)

【主な参考資料】
・「パソコン革命の英雄たち~ハッカーズ25年の功績」マグロウヒル社
・「スティーブ・ジョブズの王国」プレジデント社
・「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新報社
・「アップル・コンフィデンシャル 2.5J」アスペクト社


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Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。ゆうMUG会員