[小説]未来を垣間見たカリスマ 〜 スティーブ・ジョブズ 第1部 ー 第27話 コーブンに会う

スティーブ・ジョブズは稀代のビジョナリーであり、未来のテクノロジーを時代の最前列で考え見つめてきたといわれている。しかしその陰には2016年12月6日、アップル銀座のエントランスから40年前のカリフォルニア、ロス・アルトスにあるスティーブ・ジョブズ家のガレージ前にタイムワープしたひとりの男の存在があった。
ー 優れたビジョナリーといわれたスティーブ・ジョブズ。その若かりし時代の秘密に迫る!ー
※本編はフィクションです※

■第1部 ー 第27話 コーブンに会う
「トモ、ちょっと頼みがあるんだが…」
久しぶりに休暇が取れた日曜日の午後、私の自宅をスティーブが訪れた。
そう言えば彼が我が家を訪れたのは引越直後にお祝いを持って現れてからは初めてだった。

スティーブの豪邸とは比べものにはならない小さな借家だったが、私はそのお気に入りのリビングルームに彼を誘い入れた。
「おい、俺ははじめてみるが、これは君の奥さんかい」
小さなフレームに入れてテーブルの端に置いてあった女房の写真に気づいてスティーブは聞いた。
「ああ、たまたま名刺入れに若い時の写真が一枚入っていたのに気づいてね…」
「ふうん。子供みたいに見えるな...可愛くてさ」

スティーブ精一杯の世辞なのだろうが、私が反応する間もなくソファーに座り込んで話し始めた。
「トモ、休みなのに悪いがまずは君が仏教とか禅についてどう考えているのか教えてくれないか」
スティーブは真面目な顔をしていった。

確かに私は日本人だが、あらためて日本文化とか仏教や禅といったことを急に話題にされてもきちんと勉強したわけではないので実に心許ない。
「スティーブ、君が仏教とか日本文化について興味を持っていることはよく知っているけど私は単に日本人というだけで詳しくないから雑談しかできないよ」
私は最初に言い訳めくが釘を刺しておいた。
「ああ、それでいいんだ」
スティーブはリラックスした姿勢をしながら窓の外を眺めた。
「相変わらずひとり暮らしで何もないけど、ワインでもあけようか」
私は先週買いだめした赤ワインのボトルとワイングラス2つを持ってきてスティーブの前にあるテーブルに置いた。
グラスが汚れてないかを確かめながら私は、
「何が知りたいの、スティーブ」
と聞いた。

「トモ、君は俺がコーブン(知野弘文=乙川弘文)を禅の師と仰いでいることは知ってるよな」
「知ってるよ。前にも聞いたことがあるしスティーブ、君が知野さんを知ったのは確か私が君のガレージ前に現れた年の数ヶ月前だったみたいだね」
「うん、禅センターに行った時に知り合ったんだ」
スティーブは私がワインをグラスに注ぐのを待ちきれないかのように手を出した。

「久しぶりに近々そのコーブンと会う約束をしたんだけど、トモ...君も一緒に来てくれないか」
スティーブはあの人を射貫くような視線を一瞬私に向けたが、すぐに穏やかな表情に戻った。私は何だか禅や仏教を勧誘されているみたいでこそばゆい感じをしつつ、
「それはかまわないが、私を誘うなにか意図があるのかい」
思ったことをストレートに言ってみた。
スティーブと四六時中付き合ってきたが、彼に対して日本人特有の遠慮はすべきでないことを勉強したし、スティーブ自身も曖昧な物言いを好まなかったから極力ストレートに発言するよう心がけていた。

「いや、まさか君に禅を勧めようというんではないんだ」
私の考えたことが分かったのかスティーブはワイングラスを目の高さまで上げて、
「いつかコーブンと電話で話したとき、トモのことが話題になったんだ。彼が君と会ってみたいというんだ」
そういいながら一杯目を飲み干したスティーブは自分のグラスに自身でワインを注いだ。
私は自分が苦笑したのをスティーブに知られないようにと顔の向きを変えたが、
「嫌かい」
スティーブは私の心を読んだかのようにいう。

私はスティーブの真正面に椅子を向けて彼の視線を跳ね返すように話し始めた。
若い頃に私は宗教といったものの魅力と怖さを知った。スティーブがそうだったように自分という人間は何者であるのか、どのような人生がこれから待っているのかを知りたくて、というより自分の未来に大いなる不安を抱いて聖書を読んでみたり弘法大師空海の生涯を追ったりした時代があることを話し始めた。
要はどのような宗教もそれを信じた人と信じられない人の間には大きな壁ができること、特定の宗教の信者になったために人格が変わった人も見てきたこと。本人が幸せならそれでよいのかも知れないが、仏や神に依存しすぎ、ましてや新興宗教にのめり込みすぎて家庭まで壊した人を見聞きしてきただけに宗教とて人生万能の薬ではないと肝に命じていることを話した。

「なにかを信じることは悪い事ではないけど、そのために他の世界が見えなくなったり人の意見に耳を傾けないのでは何の為の宗教なのかと思うんだ、スティーブ」
両手の指先を合わせながらスティーブ・ジョブズは私の話を黙って聞き続けた。
「スティーブ、私は君に説教をする気はさらさらないけど、人生の師は決して僧侶だけではないと思うんだ。無論両親や学校の先生、ビジネスの先輩たち、近所の老人たちもそうかも知れないし時には友人たちこそが自分にとって人生の師でありうるときもあるんじゃあないかな」
私はまだ口をつけていなかったワインをひとなめして続けた。

「特に僧侶という立場は我々凡夫にとって、ああ “凡夫” って意味分かるよね」
スティーブは頷いた。
「しかし僧侶という立場は我々凡夫にとって学校の教師や近所の老人、友人たちとは比較にならない影響力を持っているんだ。なにしろ僧というのは本来仏教の戒律を守る、男性の出家者である比丘、女性の出家者である比丘尼(びくに)の集団のことを意味するから職業でもない…。そして一般人には絶えられないきつい修行を続け人の欲望をコントロールでき人生の意味といったことを悟っているというのがあるべき姿だよ。だからこそ人々に尊敬されるわけだし、我々は僧侶を大学の先生に対するのとは違った立場で相対するわけだね」

スティーブは穏やかな微笑をたたえながらいった。
「トモ、君は僧侶が嫌いなのかい」
私は明確な言葉でそのことを言わなかったが、私の意図をスティーブは理解したようだ。
「トモ、君の僧侶や宗教に対する危惧は俺も分かってるつもりさ。僧侶とて人間だし食事もすれば宗派によるようだが女も抱くだろう。だけど俺の知らない世界を知っていることも事実さ」

ワイングラスを見つめながらスティーブは、
「それに俺は一時期、日本に行って僧侶になろうとしたこともあったしダンと一緒にインドまで行ったけど正直宗教やスピリチュアルなあれこれには幻滅して帰ってきたんだ。だから俺は仏教をそのまま信じているわけでもないんだ。そうそう、俺の考え方が間違っているのかも知れないが俺にとって禅は宗教というより心身共に自分を磨き上げるメソッドだと捉えているんだ。禅に魅せられたのは知的理解よりも体験に価値を置いていたからなんだよ」
一気に話したスティーブはソファに座り直して続けた。

「前にも話題にしたが俺も仏教に関する本を大学の図書館で読みあさったよ。『あるヨギの自叙伝』『宇宙意識』『タントラへの道』『仏教と瞑想』そして『禅マインド ビギナーズ・マインド』などかな」
さすがに複数の著名をすらすらと話すスティーブだったからそれらを本当に熟読したんだろうとあらためて感心した。
「しかし、だ。トモ、俺は知的理解...そうだな、頭でいくら理解しても実践なくしてなにも変わらない変われないことを思い知ったよ。いくら本を読んでもそれだけでは現実は変わらない。その点禅は実践を重視するだろ、そこに科学的なニュアンスを感じたんだ。その頃の俺に一番足りなかったのは知ることではなく体で体験することだったんだ。どうだ、おかしいかな」

「そうだなあ、私には明言する資格はないけど禅ももともと禅宗といって坐禅を基本的な修行形態とする宗教だよね」
私は若いときに興味本位で知った裏覚えの知識を絞り出しながら話しを続けた。
“禅” とはもともとサンスクリットの dhyāna(ジャーナ、パーリ語では jhāna)の音写であり、音写「禅那(ぜんな)」の略である。さらに禅那を今風に和訳すれば “瞑想” ということになる。
「ただし受け売りだけど、禅はまさしく体験によって伝えるものこそ真髄だとする “不立文字(ふりゅうもんじ)” を強調するから、瞑想と禅は別物だというのが専門家の通例のようだね」

スティーブは私に言われなくとも禅の歴史やその成り立ちに関しても知っていたから話しそのものは難しいものだったがお互いに理解はできた。
私は小腹が空いてきたのでワインに合いそうなスナックを取りだしてテーブルに置いたが、スティーブは見向きもしなかった。

「スティーブ。これは私がワープしてきた2016年当時の情報だが、禅というより...瞑想には科学的な “効果・効用” があることが証明されたらしいよ。無論昔から精神統一に良いとか呼吸法が健康に役に立つといった話しは多々あったけど、アメリカの研究者がいくつか重要なことを発見したというテレビ番組を見たよ。確か “マインドフルネス” というんだが...」
私が口にしたスナックを横目で見ながらスティーブは (体によくないよ) とでもいうように両肩を上げた。

「最新の脳科学の研究で宗教性を廃したマインドフルネスは脳を改善し鬱病の再発防止やビジネスにおいても効率をアップさせる効果があることが証明されたらしいね。とはいえスティーブ、禅も仏教ならその究極は悟りを開くことが目的だろう。しかし君は禅から何を学ぼうとしているの」
スティーブは少し考えた後で笑いながらいった。
「そうだな、最初はともかく自分の気持ち、心を落ち着かせたいと思っただけなんだ。当時の俺は常に心穏やかでないガキだったからな。しかし正直にいえば、俺は当時何かにすがりたかったんだ。だから『禅マインド ビギナーズ・マインド』の影響を受けてロスアルトス禅センターに行った時にコーブンに出会ったんだよ。俺にとっては実に神秘的でさ、今まで出会ったことのない類の人だと思ったよ」

私はその頃の彼の心の葛藤を分かるような気がした。自分の来し方と未来が果たしてどうなのか。自分が何者で何を成すべきかも分かっていない若者がなにか拠り所となるものが欲しかったに違いない。
スティーブと2人だけで長い話しをするのは久しぶりだったが、数日後に彼と禅センターに同行することを約束して別れた。
帰り際にスティーブは真面目な顔で、
「だけどトモ、よい機会だから白状するけど、俺にとっての一番の師は...トモ、君なのかも知れないな」
そんな呟きを残してスティーブ・ジョブズは帰っていった。車の爆音を響かせながら。

一週間後、スティーブも久しぶりのようだったが彼の車に乗り一緒に禅センターに向かった。カリフォルニアの空は絵はがきの写真みたいに青かった。
知野弘文は小ぎれいな袈裟を纏い、両掌を組みながら笑顔で我々の前に現れた。
写真を見て想像していたとおり小柄な人だったが全身から活力がみなぎっているように感じられた。私はどう挨拶してよいか迷ったが右手を差し出しながら「加賀谷友彦です。お目にかかれて光栄です」といった。
知野は「ようこそ、おいでくださいました」と独特なイントネーションの日本語でいいながら軽く合掌した後に私の手を力強く握った。
「ここで日本の方に会うのは久しぶりです。スティーブから貴方のことを聞き一度お会いしたいと思っていました」
と今度はスティーブにもわかるようにとの配慮かブロークンな英語でいいながら、
「こちらへ」
私たちを日本間でもなければ洋風でもない質素な一室へ誘った。

どうやらコーブンは私の年齢が気になったようだ。Appleの社員としては確かに異例の高齢者であることは間違いないし、そうした人材を何故スティーブ・ジョブズが気に入り全幅の信頼をしているかに不審を持ったらしい。もしかしたら怪しい人物に丸め込まれているのではないかと危惧したのかも知れない。
とはいえまさか (私は2016年の未来からタイムワープしてきた人間です) と白状するわけにはいかない。第一スティーブとの約束ごとでスティーブの承諾なく本当の事を話してはならないと決めていた。そもそも本当の事をいったところで頭がおかしいジジイとしか見られないだろうが。

私といえば反対にスティーブが信奉するコーブンという僧侶とは実際どのような人物なのか、スティーブがなぜそんなにも高く評価しているのかを見極めたいとその場に挑んだ。知野弘文=乙川弘文が曹洞宗の僧だということ、スティーブとの関係については日本で出版された「ゼン・オブ・スティーブ・ジョブズ」などから知ってはいたが私の知っている情報はそんな僅かなことだけだった。

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※ケイレブ・メルビー原作/ジェス3作画/柳田由紀子訳「ゼン・オブ・スティーブ・ジョブズ」集英社インターナショナル刊表紙


コーブンとの話しは小一時間も続いたが、この初面談はスティーブの期待外れだったかも知れない。何故なら話題は禅とか仏教のことより音楽だったり映画の話題だったり、あるいは初めて渡米したときの戸惑いといった取り留めのないものとなったからだ。
特に初めてアメリカの土地を踏んだときのカルチャーショックについては話しが合った。

「私が初めてアメリカに来たのは1967年でしたが、カガヤさんの初渡米はいつだったのですか」
私はいきなりコーブンに問われて一瞬ドギマギした。それは私の初渡米は1987年のことだったからで、この年より6年も先の話だからだ。うっかり思ったことを口から出してしまえば大きな矛盾が露わになってしまうが、そうした点には最新の注意をする癖というか習慣がついていたので、
「オーディオ関連の仕事でスティーブに会う前に初めてアメリカを体験しました」
と誤魔化した。

幸いコーブンはそれ以上話しを突っ込まず話題は初渡米での言葉の不自由さは勿論、レストランで注文し出てきた料理の量が多すぎて困惑したこと、チップ社会に慣れるまでギクシャクしたことなどなどの思い出話となった。
特にコープンは私がボストンの日本食レストランで揚げ出し豆腐を食べていたとき、隣の客から (それはなんだ) と聞かれ、上手く説明ができないため (豆腐の天ぷらだ) と説明した話しや、ニューヨークでラーメン屋を見つけ嬉々として入ったまではよかったが、店内が日本的だったからか同行の一人が思わず (味噌3つに醤油1つね ! ) と日本語で注文したものの (Excuse me.....) と言われた話しに声を上げ手を叩いて豪快に笑った。しかし常にその目は冷静さを欠いていないように思えた。

後で思い返すとコーブンは私の持っている僅かなわだかまりを察し、意識的に仏教とか禅の話しを避けたのかも知れないと気がついた…。
このとき、スティーブ・ジョブズはまだ26歳であり、知野弘文も43歳だったが私は彼らとは年代がまったく違う年寄りだった。だからか、その私の目から見て、1人の日本人から見て知野弘文はどう見ても普通の僧侶であり特別な存在には思えなかった。
私の印象はといえば、コーブンは袈裟こそ着ているものの、話しのとおりの人物であるなら合理的な考え方をする人のように思えたし、かつ世俗というものをすべて肯定するようなその物言いに僧侶というより話術が巧みな優秀なビジネスマンのように思えた。

帰り際にコーブンは、
「スティーブ、カガヤさんを連れてきてくれてありがとう。この人は私の知らないことを沢山体験しているように感じる大変興味深い方だね」
といいながら、私に向かって合掌しつつ、
「また機会を作ってスティーブと一緒に来てください。楽しみにしています」
といいながら、コーブンは如才なく駐車場まで送ってくれた。

とはいえ暫くぶりにコーブンと会ったスティーブ・ジョブズの表情には喜びが溢れていた...。
なにしろ出会った当初、スティーブは日本に行き永平寺の門を叩いて僧侶になろうと真剣に考えていたというが、コーブンが「結局は禅の修行も事業も同じだ」と説き日本行きを断念させたことがあったという。
確かに、それが本当なら知野弘文の物言いが少し違っただけでスティーブ・ジョブズは禅寺に入りAppleという企業は残らなかったに違いない。

(続く)

【主な参考資料】
・「パソコン革命の英雄たち~ハッカーズ25年の功績」マグロウヒル社
・「スティーブ・ジョブズの王国」プレジデント社
・「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新報社
・「ゼン・オブ・スティーブ・ジョブズ」集英社インターナショナル社
・「ジョブズ伝説」三五館社


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Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員