[小説]未来を垣間見たカリスマ 〜 スティーブ・ジョブズ 第28話 巨人の足音

スティーブ・ジョブズは稀代のビジョナリーであり、未来のテクノロジーを時代の最前列で考え見つめてきたといわれている。しかしその陰には2016年12月6日、アップル銀座のエントランスから40年前のカリフォルニア、ロス・アルトスにあるスティーブ・ジョブズ家のガレージ前にタイムワープしたひとりの男の存在があった。
ー 優れたビジョナリーといわれたスティーブ・ジョブズ。その若かりし時代の秘密に迫る!ー
※本編はフィクションです

■第28話 巨人の足音
Appleは忙し過ぎた。1980年から1981年初頭は株式公開、Apple IIIの失敗、魔の水曜日、ウォズの飛行機事故そしてApple最初のCEO マイク・スコットの辞職と大揺れのAppleだった。しかしApple II の売上げが依然としてAppleを支えていた。ウォズがただただ好きでやった仕事の結果のApple II が...。

ちなみに少し先の話だがそのウォズは1981年の秋には大学の4年の課程を終えるため、カリフォルニア大学バークレー校に復学するという。ただしスティーブ・ウォズニアックとしてではなく、学生たちや教授陣の特別な目を避けるため仮名で復学を計画していた。そしてAppleはといえば41名もの解雇者を出したその後、あらたに多くの社員を新規に採用し心機一転の心意気を見せようとしていた。

そんなある日、私が自分のオフィスに戻ろうとして受付前を通ったときシェリー・リビングストンがカウンターに入ろうとしているところに出会った。
「あら、トモ…まさかあたしを見て素通りする気ではないわよね」
快活なシェリーは私の反応を待たずに、
「トモ、今日は素敵なスーツ姿ね。どうしたの、そのまま結婚式にも出られるわよ」
「ジジイをからかってはいけないよシェリー」
私も少し無駄口をたたきたかったので受付カウンターに片肘を置いてシェリーに向き直った。
幸い周りにはだれもいなかった。

「だってスーツ姿で会社にくる人などここには数えるほどしかいないから目立つのよ」
「確かにね。爺さんになると姿形くらいピシッとしていないとシェリーにも嫌われるからさ」
私は自分の子供といってもおかしくない年齢のシェリーに笑いながら冗談をいった。
実際仕事とはいえ、スティーブはもとよりマイク・マークラらとの会話は気が抜けない内容ばかりだったから、たまにはこうして軽口をたたきたい気分になる。それにスコッティの退職やウォズの飛行機事故などのあれこれでシェリーと接する機会も多くなりこうしてお互い冗談をいえる間柄になっていた。

「あら、ご謙遜なこと。しかしこの本社にいる経営陣の中では確かにトモは一番年上よね。だからこれまた目立つのよ。ここは若造のたまり場だもの」
自分の言い方がおかしいのかシェリーは小さな声を出して笑った。
「私は経営陣ではないよシェリー、単なるCIOに過ぎないよ」
とことわりつつ、
「でもそうだねぇ。ロッドより私は一回り以上の年上だからApple唯一のジジイかもね」

「でもさあ...トモ」
シェリーはどうしたのか急に声を潜め、周りを確認してからいった。
「トモ、あなた自身は気づいていないようだけど私の知っている大方の人は例のセミナー以降、皆あなたに一目置いてるのよ。奴を侮ってはならないと…」
私に向けられた真剣な視線をまともに受け止められずにその視線を外しながら、
「確かに私はCIOというよりいまだにスティーブ直属のただ1人の人間だからね。それを別にしたらやはりただのジジイだよシェリー」

「そうよねぇ。あなたって私と一緒にマニュアルをタイプしてくれたし、他の人と争ったところを見た事もないわ。まあそれがここでは特別なのかな」
自分の言葉に納得したのかシェリーは笑顔に戻った。
「でもね、トモ。あなたはこのAppleの他の連中とは違った時代を生きているような、すべてを見通している目をもっていると皆はいってるわよ」
訝しい顔を向けた私にシェリーは、
「例えばランディやダンも...そうロッドもいってたけど、あなたの言うことって正確で的確だから怖いって。それにPARCから来たラリー・テスラーもあなたを気に入っているようね」
私は少々ドキッとしたが、
「違った時代か。シェリー、それは私がここで浮いている証拠だよ。それに単に年上だから皆ジイサンに優しいのかも知れないね」
「それに、男ばかりに興味を持たれても面白くないな」
私はそう笑うとシェリーは真顔になり、
「いえ、トモもすでに話したことがあるようだけどMacintoshプロジェクトにいるジョアンナ・ホフマンもあなたに興味津々だったわよ」
「年寄りをからかうものではないよシェリー」
わざと大声を出しながら受付カウンター前を後にした。

直後、ランディ・ウィギントンに呼び止められた。
「トモ、丁度良いところで会ったよ」
「ランディ、元気そうだね」
私の挨拶も面倒だという感じてランディは顔を近づけていった。
「トモ、覚えてるかい。2年ほど前になるのかなdisk II の検証時にさ、フロッピーディスクの片側に切り込みをつけて裏返しにすれば143KBが倍使えるとあなたが教えてくれた件だけど」
「もちろん覚えているよ。便利にしているかい」
「いや、ビル・フェルナンデスらとも話したんだがトモって凄いなあと...」

私は何のことかが分からないので困った顔をした。
「あのさ、フロッピーディスクの裏側も利用するのは良いけどナイフやハサミだと失敗するときもあるといったらあのときトモは (そのうち安全に同じことが出来るツールが出てくる) と言ってましたよね」
「ああ、それがどうしたの」
私にはまだ話しの流れが分からず問い返した。
「いや、先日コンピュータ関連の周辺機器を作っている人と知り合ってさ、たまたま聞いたんだけどトモが予言したツールが “Nibble Notch” という名で売り出す計画を立ててるというんだ。雑誌への広告も年末までには出したいっていってたんだ」
「なるほど、そんなことか」
私は話しが見えたので安心して答えた。
しかしクリスは私の予言が当たったと嬉しそうな顔をしている。
「クリス、あれは予言ではないよ。世の中同じことを考えそれをビジネスに繋げようとする人たちが必ず出てくるという意味さ。だから予言ではなく予測、悪く言えば当てずっぽうだよ」
まだなにか言いたそうなランディを残して私は笑いながらオフィスに向かった。

自分のオフィスに戻る短い時間でふと考えた...。もし私がこのまま元の時代に戻れなかったら、いや戻れたとしてもAppleの歴史というか軌跡に私という人間がいたことが記録に残されるのだろうかと。いや、もし (私には幸いだが) 元の時代に戻れたとしたら、いまここにいるスティーブやシェリー、ランディたちの記憶の中にトモヒコ・カガヤというジジイの記憶は消されてしまうのだろうか。そう考えるとちょっと虚しくなってきた。

自分のオフィスに入る前にちょっとした報告をしようとスティーブのオフィスを覗くとスティーブ・ジョブズとマイク・マークラがいた。2人とも機嫌が良いみたいで「お帰り」と声をかけてくれた。
「どうしたんですか、お二人とも今日はいい顔してますよ」
私がいうと、マイク・マークラは少し恥ずかしそうな表情になったが、
「スコッティが抜けた後の新しい人事がきまったんだよ、トモ」
というと隣のスティーブ・ジョブズも満足そうに笑顔を向けた。なかなかこうした和やかな場は近年のAppleにはなかったので私は少々訝しい顔をしたのかも知れない。

それを察したのかマイクが戯けたように、
「シリコンバレーの名士殿が26歳の若さでAppleの会長になられたんだよ」
その物言いを受けてスティーブは
「マイクがCEO就任を受けてくれたんだ、トモ」
「それはおめでとうございます。マイク...そしてスティーブ」
私は2人の手を順番に握った。要は新しいAppleの社長がマイク・マークラ、そしてスティーブ・ジョブズは会長に就任したのだ。

マイクは、スティーブの机上にある電源が入っていないApple II のキーボードを指で押しながら、
「僕はこうした役割には就かないと決めていたんだが、残念ながらいまは適当な人がいないようだ。スティーブと話し合ってきたんだがあくまで暫定的な措置なんだよ」
言い訳をいいながらもマイクはどこか嬉しそうだった。そして、
「スティーブとも意見が一致したんだがApple III の苦い教訓から研究開発費も大幅に増やすことになる。なによりも世界がびっくりするようなコンピュータを作らなければな」
スティーブもマイクの発言を受け、
「そうだよマイク、俺たちが素晴らしい製品を開発できる実力があることを立証しないといけないんだ。Macintoshがまさしくそのプロダクトになるんだ」

「万々歳じゃあないか」
私も明るいAppleが好きだ。Appleの2人の雄が一緒に和気藹々未来に向け建設的な話しをしているのを聞くのは久しぶりだし心底嬉しかった。だから自然に拍手をしていた。
スティーブは私の拍手を笑顔で制止しながら、呟いた。
「トモ、しかし手放しで喜んでいる場合でもないんだよ」
私にはいま彼らが心配していることが分かっていた。この時期Appleが自社の計画を遂行していくなかでひとつの壁が見えてくることは歴史が証明していることだった。

私の表情を見て取ったのかマイクは、
「なんか、トモはすでに分かっているようだなスティーブ」
と声を出した。
スティーブ・ジョブズは苦笑いしながら
「トモは未来が分かる男だからな」
とふざけてみせた。

スティーブとマイクの顔をみながら私はいった。
「IBMの参入だね」
「承知のように我々はIBMがパーソナルコンピュータ市場に参入してくることは早くから予想していたことだ。いまさら驚くことではないがLisaを早く完成させないとならんな」
マイク・マークラが真顔でいった。
「いや、出荷はMacintoshの方が先になるよ」
スティーブは口を尖らせていったが続けて、
「確かにIBMはコンピュータの雄だよマークラ。だけどあの巨大企業にパーソナルコンピュータの粋が分かってたまるものか。どうせクソな製品しか出てこないよ」
相変わらずのスティーブの弁だった。
しかし歴史の結果を知っている私はその巨人IBMの足音が遠くから聞こえるような気がした。
「でも絶対に侮ってはいけませんよ」
と思わず強い口調で答えたが、2人にあまり緊張感は感じられなかった。

IBM PCは1981年8月に発表されたが、その際Appleは余裕を見せるつもりだったか "Welcom IBM" と題した広告を掲載した。

Welcome,IBM. Seriously.
Welcome to the most exciting and important marketplace since the computer revolution began 35 years ago. And congraturations on your first personal computer. Putting real computer power in the hands of the individual communicate and spend their leisure hours. Computer literacy is first becoming as fundamental a skill as reading or writing. When we invented the first personal computer system, we estimated that over 140,000,000 people worldwide could justify the purchase of one,if only they understood its benefits. Next year alone,we project that well over 1,000,000 will come to that understanding. Over the next decade ,the growth of the personal computer will continue in logarithmic leaps. We look forward to responsible competition in the massive effort to distribute this American technology to the world. And we appriciate the magnitude of your commitment. Because what we are doing is increasing sosial capital by enhancing individual productivity. Welcome to the task.
Apple Computer.

「ようこそIBM様。コンピュータの革命が35年前に始まって以来、最もエキサイティングで重要な市場へようこそ。 貴社初のコンピユータ発売にお祝い申しあげます...」


に始まるAppleの広告は話題性こそ大きかったがその余裕、状況軽視が仇になり急速にシェアをIBMに奪われていった。

(続く)

【主な参考資料】
・「パソコン革命の英雄たち~ハッカーズ25年の功績」マグロウヒル社
・「スティーブ・ジョブズの王国」プレジデント社
・「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新報社


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主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員