[小説]未来を垣間見たカリスマ 〜 スティーブ・ジョブズ 第29話 現実歪曲フィールド

還暦も遠の昔に過ぎた男、加賀谷友彦は久しぶりに出向いた Apple銀座 のエントランスで1976年にタイムスリップし、スティーブ・ジョブズの若かりし頃に出会う。厄介なのは加賀谷が持っていたiPhone 6s Plusをスティーブが見てしまったことだ。この事実が過去と未来に悪影響を及ぼすのだろうか。そんな危惧をよそに初対面の加賀谷をスティーブは自宅のガレージに引き入れた…。そして一緒に働くことになった。
ー 優れたビジョナリーといわれたスティーブ・ジョブズ。その若かりし時代の秘密に迫る!ー
※本編はフィクションです※

■第29話 現実歪曲フィールド
Macintoshプロジェクトは相変わらずスティーブ・ジョブズとジェフ・ラスキンとで主導権争いが続いていた。しかしどう考えてもラスキンに勝ち目はなかった。私もラスキンから相談を受けた手前、何とか穏便にことを納められないかと画策してみたが妙案は浮かばなかった。

まだ社長のマイク・スコットが在職していたときのことだが、ラスキンもスティーブによる数々の圧力と妨害工作を受けつつ抵抗はした。目立ったこととしてラスキンはMacintoshプロジェクトを率いる能力がスティーブ・ジョブズにはないとした10項目ほどにわたった論証を文書でマイク・スコットに提出した。1981年2月19日のことだった。
私自身はその原文を見たことがなかったが後で聞いたところによれば以下のような内容だったという。

 1)常習的に打ち合わせのスケジュールを破る
 2)考えずに行動することで誤った判断が多い
 3)他人の成果を認めようとしない
 4)感情的に反応する
 5)一見温情的であるかのようだが不合理で無駄の多い判断をする
 6)人の話を聞こうとしない
 7)約束を守らない
 8)権威主義的な決断を行う
 9)すべての見込みに裏付けがなく楽観的
 10)無責任で思慮不足
 11)したがってソフトウェアプロジェクトのマネージャーとして最悪

この内容から想像すればラスキンは以前スティーブ・ジョブズが提案したように、すなわちハードウェアはスティーブが、ソフトウェアをラスキンが担当するということでやむを得ずとはいえ納得していたように思える。

ともかく論証メモの内容をスコッティから知らされたスティーブは怒り狂った。当のスコッティはこの厄介な問題をマイク・マークラに振り自分は関わらないようにした。それは厄介な話しから距離を置きたかったというだけでなくLisaプロジェクトからスティーブを外したことでもあり、自分の裁定ではスティーブが納得しないであろうことを考えたからだ。

「トモ、ラスキンって奴は思っていた通りのクソ野郎だ。大クソ野郎だぜ。こうも真っ向から俺の悪口を書かれては黙っていられない。これからマイク(マイク・マークラ)に奴をプロジェクトから外せと言ってくるよ」
スティーブは私のオフィスのドアを勢いよく閉め、大きな靴音をさせながらマイクのオフィスに入っていった。

スティーブはこれほど正面から自分の弱点を指摘されたことはなかったこともあって事の原因はともあれ怒るのも当然だと思えた。しかし反面ラスキンにしてみれば彼がスティーブに反論できることはこうしたことくらいしかなかったのだ。
その少し前、私が受付のシェリー・リビングストンと雑談していたとき、ラスキンが近寄ってきていった。
「トモヒコさん、少しお話しがしたいんですが」
正直私はラスキンとの話しよりシェリーとバカ話をしていた方が楽しかったが、仕事だからしかたがない。

受付が見えるホールの片隅にあるコーナーに我々は座った。後ろは壁だし左右に見通しは効いたものの、通る人たちに注視をすれば我々の話を聞かれる心配はほとんどなかったからだ。それに密室で彼と話しをするという事実はスティーブへの手前避けたかったからこうしたオープンな場所は好都合だったのだ。

「ジェフ、私がアドバイスできることがなくて心苦しいけどスティーブは着々とプロジェクトを自分が率いる準備をしているようだね」
私の話をラスキンは肩を落として聞いていたが、
「あなただからいうけど、私もこれほどスティーブが狡猾だとは思わなかったです」
といい大きなため息をつきながら、
「トモヒコさん、現実歪曲フィールドという言葉を聞いたことがありますか」
無論2016年からタイムワープしてきた私はその語句や意味を知っていたが、これまでアップルの社内で聞いたことはなかった。
咄嗟に私は、
「いえ、聞いたことありませんね」
と答えていた。

「トモヒコさんでも知らないことあるんですね」
嫌みないい方ではなく、私を買いかぶっている様子が見て取れたが私は苦笑するしかなかった。
「まったくスティーブのやり方には怒りしか感じません。一言でいうなら他人のアイデアを平然と盗むんですよ」
私の無言の促しにラスキンは小声ながら雄弁に話し出した。
それによれば、スティーブ・ジョブズは他人からの提案や意見を一蹴し鼻であしらっておいて、その数日後には (素晴らしいアイデアを考えついたよ)といいながらその主張を自己のアイデアとして通すというのだ。

私自身にスティーブはそうした思いをさせたことはなかったから気がつかなかったもののMacintosh用のBASICを開発していたプログラマーのドン・デンマンやアンディ・ハーツフェルドからも同様の話しを聞いたことがあるので本当のことらしい。だからドン・デンマンいわくスティーブに認めさせたいアイデアがあったら彼に話し、ダメだと一蹴させればよい。そうすれば一週間後にスティーブ自身が (よいアイデアを思いついた) とその案を披露し採用するからという皮肉を言っていた…。

「スティーブのこの卑怯な戦法が意識的なのか、あるいは無意識な行動なのかは分からないんですが私たちはこれを “現実歪曲フィールド” と呼んでるんです 」
ラスキンは (この後でマイク・マークラに呼ばれている)といいながら、(愚痴を聞いてくれてありがとう)と席を立った。このとき “現実歪曲フィールド” という名付け親はジェフ・ラスキンなのかと思ったが、後にアンディ・ハーツフェルドからバド・トリブルの命名だと聞かされた。

しかしスティーブを擁護するわけではないが、物事を見極めビジョンを具現化する道のりは単純ではない。スティーブにしても思いついたあれこれを翌日には否定することで知られているが、要はひとつの考えに執着する危険性を廃し、可能な限り様々な可能性を求める姿勢のために他人の意見をも躊躇なく取り入れる結果なのかも知れない。
無論最初その意見をいった本人からすれば自分のアイデアを奪われたと思うだろうし結局そうなのだが...。

私が (やれやれ) とため息交じりの重い気持ちで立ち上がったとき、受付にいるシェリーが手招きしているのに気がついた。
「ため息はいけないな…(ため息は命を削る鉋かな)という川柳かなにかがあったな」
私は自虐的ないいかたをしながらシェリーの前にいくと彼女はどうやら私の振る舞いを見ていたようで、
「話しは聞こえなかったけどジェフの話しはあの件しかないわよね。だけどトモ、あなたが気落ちする問題ではないわよ。それに、スティーブはもとよりだけどジェフも自尊心の強い人よね。いずれは衝突するということは誰が見ても明らかよ。両雄並び立たずってことだからトモが気を遣う問題ではないのよ」
となぐさめてくれた。

ちょうど外出先から戻ってきたロッド・ホルトが受付カウンターに両肘をついてシェリーと話しをしている私を見ながら、
「お二人さん、仲がいいねぇ」
ウィンクしつつ茶化しながら奥に入っていったが周りにほんのりとキャメルの香りが漂った。

そういえば “現実歪曲フィールド“ の意味だが、ジェフ・ラスキンやバド・トリブルらがいうところのニュアンスと私がワープする前、2016年あたりに意味していたものとはかなり違うことに気がついた。
理屈から考えれば「フィールド(field)」とは電場・磁場・重力場などの「場」を意味すると考えられる。そしてその前に「現実歪曲」と付くのだから文字通りその意味は「現実や事実を歪めてしまう場」といった意味になる...。
したがって近年私たちが認識している「現実歪曲フィールド」とは、スティーブ・ジョブズの持つカリスマ性が現実世界に及ぼす影響力を意味する言葉であり、不可能を可能にする交渉力といったニュアンスで使われていたはずだ。
例えば (ジョブズの現実歪曲フィールドが発動するや否や、一瞬で無理が有理に変化した…) などと使われるように。しかしラスキンらの話しではよい意味というより、人のアイデアを自分のアイデアとして転化し、ごり押しをすることだというニュアンスだったのだ。

そんなことを考えながら自分のオフィスのドアを開けようとしたとき、ひとつ離れたオフィスのドアが開きマイク・マークラが渋い表情をして手招きしていた。
今日はよく手招きされる日だと苦笑しながら私はマイクのオフィスに入るとそこはタダならぬ雰囲気だった。マイクの他、スティーブ・ジョブズと先ほど話したジェフ・ラスキンが睨み合っているではないか。

「トモ、頼むから君もこの場にいてくれないか。俺ひとりじゃ収集がつかないからな」
私が同席すれば少なくともスティーブはそうそう無茶なことはいわないだろうというマイクの思惑だったようだが、哀願するような顔でいわれたからには仕方なく空いている椅子に座った。マイクは自分の席に座りながら、
「二人の話を聞き、解決策をと考えているんだが話しが拗れすぎてしまったよ」
と私に向かって呟いたが、どこか諦めの気分が漂っていた。
ジェフ・ラスキンも私に視線を向けつつ、
「会長のスティーブとこうしてやりあって分が悪いことは私でもわかります。しかしスティーブのやり方はフェアではないし企業のトップがやるべきことではないでしょう。もっと正々堂々とプロジェクトのリーダーになりたいのなら正攻法で責めるべきです」
と口火を切った。
スティーブはと見ればすでに涙目になっている。どうにも彼は子供っぽいところがあり、自分の思うようにならないとすぐ泣くというのがスティーブの特技だと皮肉る人もいた。

ラスキンは、
「まずスティーブは人間として約束を守らなければなりません。自らハードウェアは自分が、ソフトウェアは私にと宣言したのにもかかわらず次第にソフトウェアにまで口を出すそのやり方は許せません」
一息入れて続けた。
「それに皆さんご存じのようにMacintoshプロジェクトは私が立案し私がスコッティやマイクの許可を受けて始めたものです。理由もなく誰にしても横取りされる覚えはありません。ましてや私の仕事自体までをも邪魔するというのではApple会長の名が泣くでしょう。こんな状態では私は一日たりともスティーブと一緒に仕事はできません」
「俺だってそうだ…」
スティーブも言い張ったがその言い方はどこか弱々しかった。

マークラの決断は予想されたものだったが、彼の立場からすれば他の選択肢はなかったに違いない。1時間ほどのミーティングが終わったときMacintoshプロジェクトのリーダーはスティーブ・ジョブズの手中にあった。マイクもこれが公正な決断であるとは思っていなかっただたろうが、社内のもめ事をこれ以上大きくさせ長引かせるわけにはいかなかった。
ラスキンには一週間の休暇しか与えられなかったしこれまでの苦労に対する賞賛の一言もなかった。肩を落としたラスキンは私の方にチラッと視線を送りながら会釈し静かにマークラのオフィスを出ていった。
休暇から戻ったラスキンには新しい研究部門のリーダーというポジションが提示されたが、ラスキンにとっては魅力のあるものではなかった。どうせ注目を浴びるプロダクトを考え出せばまたスティーブがずかずかと乗り込んでくるとも考えた。

結局翌年の1982年3月、ラスキンはAppleを去った。そして生涯アイコン操作のGUIよりも優れたインターフェースがありうるとし、かつMacintoshのコンセプトは自分が考えたものだという主張を繰り返したがすでに見てきたように製品化されたMacintoshはラスキンのコンセプトとはまるで違ったものだったしことの是非はともあれ、それは誰が見てもスティーブ・ジョブズのマシンだった。

(続く)

【主な参考資料】
・「パソコン革命の英雄たち~ハッカーズ25年の功績」マグロウヒル社
・「スティーブ・ジョブズの王国」プレジデント社
・「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新報社
・「アップル・コンフィデンシャル 2.5J」アスペクト刊



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主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。ゆうMUG会員