[小説]未来を垣間見たカリスマ 〜 スティーブ・ジョブズ 第1部 ー 第31話 知的自転車

スティーブ・ジョブズは未来のテクノロジーを時代の最前列で考え見つめてきたといわれている。しかしその陰には2016年12月6日、アップル銀座のエントランスから40年前のカリフォルニア、ロス・アルトスにあるスティーブ・ジョブズ家のガレージ前にタイムワープしたひとりの男の存在があった。
ー 優れたビジョナリーといわれたスティーブ・ジョブズ。その若かりし時代の秘密に迫る!ー
※本編はフィクションです※

■第1部 ー 第31話 知的自転車
スコッティが退職したことに関してスティーブはメンタルな部分で痛みを覚えたようだが仕事の面からすれば間違いなくそれは彼にとって朗報だった。
確かにスコッティはLisaの開発にスティーブが口を出さないであろうことを期待してジェフ・ラスキンのプロジェクトだったMacintoshプロジェクトにスティーブが参加する事を黙認したし喜んだといってよいだろう。

ただしスコッティはそれでスティーブが大人しくしているとは思っていなかったしスティーブの動向に目を光らせていた。
スティーブからしてみれば Lisaプロジェクトから外されたことは大きくプライドを傷つけられたし、もしMacintoshプロジェクトが見るべき成果を上げるようになれば、またまたそこから自分が外されるのではないかと危惧していたふしがある。
スティーブにしてみればせっかく勝ち取ったMacintoshプロジェクトだから意地でも当初の発売日までに完成させたかった。その目標は無謀にも1年後の1982年はじめとスティーブは考えていたが、開発チームの誰もが無理だと感じていたもののスティーブはがむしゃらに突き進んだ。

私が自分のオフィスを出たときスティーブが丁度こちらに歩いてくるところだった。
「おっと、トモ、良いところで会ったよ。ちょっと俺のオフィスに寄ってくれないか」
スティーブはどうやら機嫌がよいらしく、快活に両手を広げて私をオフィスに迎え入れてくれた。

「私もいくつかスティーブ、君に確認したいことがあったので丁度いいよ」
私は勝手知ったるスティーブのオフィスの奥にある椅子に座った。そこはかつて私の居場所だったからだ。
スティーブは話したいことがやまほどあると言いながら、自分の椅子に座り数秒目を瞑った。そして、
「トモ、知ってのとおり俺はMacintoshプロジェクトを率いることになったが問題は山積みなんだ」
とはいえその話しっぷりはまんざらでもないようだったが、
「トモ、君に意見を聞きたいのだけど笑わないでくれるかい」
と悪戯っぽい表情で聞いた。

なにごとかと思ったが、
「勿論だよスティーブ、君の言うことにはいつも敬意を払っているよ。聞かせてくれ」
私は意識的に体を前に突き出しながら答えた。しかし確かにスティーブの話しは時節を考えても突飛でもないことに思えた。
「俺はMacintoshを最高のパーソナルコンピュータにしたいんだ。そのために最適な人材も集めたし問題は山積みとはいえどうあるべきかは明確になってきたつもりだよ。ただ…俺には “Macintosh” という名が気に入らないんだ」

私は2016年の日本からタイムワープしてこの時代に放り出された人間だったから、スティーブのいうところの意味や内容はすでに周知のエピソードとして知っていたが、これをリアルタイムに聞かされた関係者たちの動揺が目に見えるようだった。
スティーブは、
「Macintoshという名はラスキンのクソ野郎がつけた名だ。俺はそのプロダクト名も自分で最良と思うものにしたいんだよ。トモ、おかしいかい」
あの射るような眼差しで見つめられるとどうにも困ってしまうが、私は知ってはいたがわざと
「どんなプロダクト名にしたいと君は思ってるの」
と聞いてみた。

「いいか、笑うなよ」
と再度念を押しながらスティーブは、
「Bicycle (自転車) という名にしたいんだ」
ちょっとうつむきながらいった。
「なるほど。私にはスティーブ、君の考えていることは日々の会話の中からわかるような気がするよ」
というとスティーブは子供のように嬉しそうな顔をしながら、
「俺ってこの件で君になにかいったっけ」
と答えたが、私はそれに直接答えることはしないで話を続けた。
「なぜ Bicycle なのかは容易にわかるよ。君は以前コンピュータは (Bicycle for the Mind) 知的自転車だという説をぶっていただろう。我々人間はすべての生き物の中でも移動する能力ひとつをとっても優れた動物ではないとね。歩く、走るのも遅いしエネルギー効率も悪いから速く遠くへ移動するのは苦手だと。しかし例えばその人間に自転車を与えたとすれば話しはまったく違ってくると…」
スティーブは我が意を得たりと私の話を受けて喋りだした。

「そうなんだよ。コンピュータは我々の知性にとってはまさしく知的自転車であり我々の知性を拡張するツールになると信じているのさ。さすがにトモ、俺の考えていることをよく分かってくれているよ」
スティーブは上機嫌だったが、私は水を差すような物言いをしなければならなかった。
「スティーブ、事実君の考えは説得力のあることだし私も頷く一人だよ。しかし、そのこととMacintoshというプロダクト名を Bicycle にするというのは別問題だと思うよ」
スティーブは一瞬ムッとした表情を見せたがすぐに天井を仰いだ。
「君はこのプロジェクトからラスキンの臭いをすべて消し去りたいのだろうけどMacintoshという名称はすでに皆馴染んでしまったしAppleという会社の製品名としてはリンゴの名前だし決して悪くはないと私は思っているんだ。さらに君が苦労しているようにMacintoshプロジェクトはまだまだ多くの問題を抱えているから、ここでまた開発陣や経営陣を悩ませる要素を増やすことは得策ではないと思うんだ」
スティーブが黙り込んでいるので続けた。
「それに、スティーブ。誰が見ても現在のMacintoshプロジェクトのリーダーは君だし、Macintoshは君が宇宙を凹ますために作るマシンであることに代わりはないよ」

私の話しが終わってもしばらくスティーブは腕組みしながら沈黙を守っていた。
なにか反撃の言葉があるのだろうと私は心の中で身構えていたが、フッと息をはき出したスティーブは、
「やはりそうか…。数日前にプロジェクトの奴らに俺のアイデアを披露したんだが猛烈な反発にあったんだ。だからトモの意見を聞いてみようと思ったんだが、君も反対か」
「いや、反対ということではないんだよ。あのレジス・マッケンナさんもいってたよ。名前そのものが問題なのではなく、その名前に象徴されるもの、その背景にある考えというのが最も大事だとね」
「うん、覚えているよ。もしその会社がよい会社になれば、その名はどのようなものであれよいシンボルになるという話しだろ」
スティーブは少し気持ちが落ち着いてきたようだった。

「そうだよスティーブ。一番大切な時期に関係者を混乱させるのは得策ではないし、つまりシンボルというか名前そのものには大して意味はないんだ。Macintoshという名に素晴らしいストーリーとイメージを与えるのが君の大切な役割だし、それこそ君にしかできないことだと私は信じているよ」
私がいうとスティーブの顔が少しほころんだ。
「そうか、やはりいま Bicycle という名を押し通すには無理があるかも知れないな。どうにもここの所気が急いてどうしようもないんだ」
スティーブは両肩を上げ、自嘲気味に言葉を続けた。
「一昨日のことだったかな、Lisaプロジェクトマネージャーのカウチ、あのジョン・カウチとちょっとやりあってさ…」
「ああ、聞いたよ。君とカウチがMacintoshとLisaのどちらが早く出荷できるかの言い合いになって結局5,000ドルの賭をしたってことだね」
スティーブは頷きながら、
「俺たちの意気込みを示すためもあったし、Macintosh開発チームを鼓舞したくてさ。カウチの挑発に乗ってしまったんだ」
やっとスティーブに笑顔が戻ってきた。

「現実問題として開発期間を考えると、大きな問題はソフトウェアなんだが、俺は君が常々いっているようにMacintoshのキラーアプリケーションが多々欲しいんだ。無論そうしたソフトをMacintoshに同梱してリリースしたかったが現状ではどうにも無理のようだから、ここは一大決心してアウトソースするしかないと考えたところなんだ」
スティーブの話しが途切れたのを確認して私はゆっくりと椅子から立ち上がり退出の意志を示しながらいった。
「ビル・ゲイツだね」
スティーブの驚いた顔を眺めながら私はスティーブのオフィスを出た。

【断章】
1984年にMacintoshがリリースされた後、その年にいち早く出版された1冊の書籍があった。それはCary Lu著「Macintosh そのインテグレーテッドソフトの世界 (原題:The Apple Macintosh Book)」という本だった。その謝辞のページ冒頭には次ぎのような印象的な一文が掲載されていた。

TheAppleMacBook1984.jpg

※Cary Lu著「Macintosh そのインテグレーテッドソフトの世界 (原題:The Apple Macintosh Book) アスキー出版局海外部刊


「本書は、マイクロソフト社のビル・ゲイツとアップル社のスティーブ・ジョブズの会話から生まれました。当時ジョブズの開発チームは秘密のうちにマッキントッシュに取りかかっていましたが、発売は何ヶ月も先でした。マイクロソフト社はアプリケーション・プログラムを作成中で、マッキントッシュ用のインターフェースなど、さまざまな設計上の問題について協力していました。ビルはマイクロソフト社の新しい出版部門が解説書も出してはどうかと提案しました。」

Macintoshは秘密裏に開発されていたと噂で知っていた私はなぜにこんなにも早くマイクロソフト社が(日本語版はアスキー出版局刊)Macintoshの解説書を出せたのかと訝しく思っていたが、スティーブからビル・ゲイツに接触したことがきっかけとなったのだった。
しかしこの事はMacintoshにとって短期的にメリットが大きかったものの、後にマイクロソフト社がWindowsを開発するきっかけを与えることになってしまうのは皮肉なことだった。

(続く)

【主な参考資料】
・「スティーブ・ジョブズの王国」プレジデント社
・「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新報社
・「アップル・コンフィデンシャル 2.5J」アスペクト刊
・「マッキントッシュ伝説」アスキー出版局刊
・「レボリューション・イン・ザ・バレー」オライリー・ジャパン社



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主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員