[小説]未来を垣間見たカリスマ 〜 スティーブ・ジョブズ 第32話 夢かうつつか

スティーブ・ジョブズは未来のテクノロジーを時代の最前列で考え見つめてきたといわれている。しかしその陰には2016年12月6日、アップル銀座のエントランスから40年前のカリフォルニア、ロス・アルトスにあるスティーブ・ジョブズ家のガレージ前にタイムワープしたひとりの男の存在があった。
ー 優れたビジョナリーといわれたスティーブ・ジョブズ。その若かりし時代の秘密に迫る!ー
※本編はフィクションです※

■第32話 夢かうつつか
スティーブは1982年の出荷予定日になんとしてもMacintoshを出荷したいと無理なスケジュールを開発陣にごり押ししていたが、無理なものは無理だった。結局当初の予定には間に合わずスティーブは新たに出荷目標を1983年5月に設定してチームを鼓舞したが問題は相変わらず山積みだった。

その1982年初頭、Macintoshチームは優秀なエンジニアたちで溢れかえっていた。彼らが共有していたことは皆が驚くほどのコンピュータを創り、世界をあっといわせることであり、お金やキャリア、伝統といった世俗のあれこれは気にしないというものだった。
しかしそうはいっても現実は違って、エンジニアたちの年収は3万ドルほどと決して高い報酬ではなかったもののスティーブは25万ドルの年収をとっていた。

そういえばクリス・エスピノザは私に、
「トモ、チームに入る条件は優秀というだけではだめなんですよ。我々の仲間に入るのはパイナップル・ビザが好きでないとね」
と笑いながら教えてくれた。
「本当に面接の時に聞かれることなんですが、何故って同じピザが好きでないと毎晩一緒に食べに行けないじゃないですか」
そんなたわいもないことなら私も笑って済ますことが出来たが、スティーブの言動は私が同席しないと常軌を逸した悪ガキ同然になるという話しをアンディ・ハーツフェルドらに聞かされていた。

私自身は2016年からワープしてきた人間であり、スティーブ・ジョブズの逸話は多々知っていたから特別驚くことではなかったが、その時代に居合わせた友人としては無視することはできなかった。
なにしろピザに限らずスティーブ・ジョブズとの外食は恥ずかしさと屈辱に耐える訓練かと思うほどのものだった。
アンディは私にツバを飛ばしながら訴えたことがあった。

「トモ、あなたが一緒の時には単に気むずかしいスティーブで済みますが僕らだけのときのスティーブは別人なんです」
なにしろレストランで運ばれてきた料理をそのまま受け取ることはまずなかったという。話が違うとか、皿が汚れてるとか、ウェイトレスの態度が悪いなどなどと難癖をつけて突き返すのだ。
「気がふれたのかと思いましたよ最初は。しかし徐々にこうした態度はスティーブの心が、心の奥底が病んでいるからこその権力の誇示だと気がつきました。どう見てもその時の彼は正常ではありませんでした」
アンディはこの時とばかり私に訴えた。
「それだけではないんですよ、トモ」

私は思わず、
「ええ、支払時に現金の持ち合わせがないといって貴方に払わせるんでしょ」
言ってから (しまった) と思った。ここは知らないフリをしておくべきなのだ。
しかし幸いなことにアンディは
「誰から聞いたのか知りませんが、そうなんですよ」
と深く追求しなかった。

ともかく誘うのはスティーブだったし彼はすでに二億ドルの現金を持つ大金持ちだった。
ただしアンディは、スティーブが奢るべきだというわけではないんだと力説した。
「自分の分も僕に払わせるのが問題なんです」
と嘆いた。
「バックグラウンドというか心構えをする暇も無く成功したからでもあるだろうし、自分に出来ないことなどないのだと思っているのかも知れないね。力を見せたくて仕方がないんだろうな」
私がため息交じりにいうと、
「そうなんでしょうが、スティーブもあなたがいる時にはそうした無茶はいいませんしやりません。だから意識的な行為なんですよ」
「それにウォズが大学へ復帰して会社に来なくなったでしょ。だからマスコミの取材やらはみなスティーブへと殺到するようになったし事実Appleの成功はジョブズひとりの功績みたいに書き立てるものだから舞い上がっているのでしょうね」
あきらめ顔でアンディは呟いた。

私の数少ない友人の一人となっていたロッド・ホルトもこの頃のスティーブに対しては辛辣な物言いをしていた。
「まあ、いま彼はこれまで経験したことのない持ち上げられかたをしているから舞い上がっているんだな。金持ちでかつ時代の寵児だからマスコミはもとより時事ネタのターゲットになっているんだよ。メディアもAppleのことを書けば売れるらしいぜ」
事実偉大なイノベータとして評価されはじめたスティーブは大企業の社長たちは勿論、多くの経済界の輩も彼の話しを聞きたがった。そして1982年にはカリフォルニア州知事から産業革新委員会の委員に任命されたことをきっかけに、バンクオブアメリカの会長やヒューレットパッカード社のCEOたちとの付き合いも始まった。

「スティーブは良し悪しはともかく一般的な社会通念が大事にされている場での経験や体験をしないうちに成功しちまったし、もともとあの性格だから偉くなったと思っているんだろうよ」
ロッドは苦々しい顔をして続けた。
「トモ、君はどうか知らないけど最近のスティーブは俺を含めて昔の自分を知っている奴らを避けている感じもするよ。きっとガレージ時代はもとより、作業場の床に這いつくばりながら電話を取っていた時代を知られたくない、いや思い出したくないのかも知れんな。奴を見ていると (俺は昔からこんなに立派だった) といってるみたいだな」
それは私も感じていたことだった。スティーブは忙し過ぎるからだと自分を納得させてはいたが、以前より声をかけてくる機会が少なくなっていたし会って話をしてもどこか上の空といった感じだった。

そのスティーブは是が非でも来年(1983年)5月にMacintoshを発売することに拘っていた。
たまたま私と廊下ですれ違ったりすると彼は、
「トモ、今度も間に合わないといったことのないよう君も目配りしてくれ」
繰り返し繰り返しいっていたが、Macintoshチームの誰もがスティーブのいう発売日は絶望視していた。
それを鼓舞し開発の進捗状況を共有する目的だったようだが9月に高級リゾート地、パハロ・デューンズで開催されたMacintoshチームの合宿でスティーブは “海賊になろう!” というスローガンとともに “週90時間、喜んで働こう!” と宣言し “海賊になろう!” とプリントされたトレーナーを参加者100人に配ると同時に自分も着てみせた。

この年の秋、ジョン・カウチが率いるLisaチームが俄然活気を帯びていた。それは来年春の発売に向けて具体的な準備が続けられていたし著名なジャーナリストを招いて試作品を公開し始めていた。
Lisaはメディアの反応もよく、それがまたスティーブ・ジョブズにはイライラの原因ともなっていた。

マイク・マークラもMacintoshの進捗状況がスティーブの思惑と次第にずれてきていることを危惧していた。
エントランスで立ち話となったときマイクは、
「頑張ってくれるのはありがたいが、私の責任としてはチームの奴らの健康状態も気になる所なんだよ、トモ」
そしてマイクは珍しく愚痴めいた話しを続けた。
それらはスティーブの新しい交際相手の話、ペプシ社長のスカリーという人物を社長として迎えようと説得している話し、オーディオ・メーカーとMacintoshの商標の件での交渉中といった話しだったがどれも私の仕事には直接関係なかったしそもそも口の出しようもない話しばかりで閉口した。

無論2016年からワープしてきた私はそれらの結果を知ってるだけに正直興味も湧かなかった。
「生みの苦しみでしょうかねマイク…。でもクリスマス商戦はいい具合だとききましたが」
私は強引に話題を変えた。
「トモ、確かにクリスマス商戦だけは凄いよ。これまでの記録を一気に塗り替える勢いで売上げが伸びてるよ」
ちょっと間を置いたマイクは片手を少しあげて立ち去りの挨拶をしながら、
「Apple II には感謝してもし過ぎることはないよな」
自嘲気味なニュアンスを残して自分のオフィスに入っていった。
相変わらずAppleを支えているのはApple II の売上げだったのである。その改良版であるApple IIeも来年Lisaと同時に発表される運びとなっていた。

私自身はMacintoshの開発チームの一員ではなかったものの、どうにも気持ちが晴れない日々が続いた。スティーブが鼓舞すればするほどシラケてくるといったらよいのか...。
「まあ、1984年1月24日には間違いなく発表にこぎつけるのだから私が悩んでも仕方がないよな」
と心の中で自分に言い聞かせ気分を変えようと外の空気を吸うためにエントランスに向かった。
それになんだか最近はスティーブとも気持ちがすれ違うことが多くなった気もするし、自分の居場所が次第に狭くなっているように思えて仕方がなかった。
「私はここでなにをしているのだろうか。なぜここにいなければならないのか。果たしてタイムワープしたことに意味があるのか」
いきなり妻の顔や弟妹、そして数人の友人たちの姿が交互に浮かんでは消えた。皆心配そうな表情だった。
私は無性に寂しくなった。

受付でちょうど電話を置いたシェリー・リビングストンが外に出ようとしていた私に気づき、
「トモ、なにか深刻な顔をしてるわよ。ここで嫌なこと吐きだしていきなさいよ」
と声をかけてくれた。
私は張り詰めていた気持ちがふっと緩んだのか、シェリーを振り返ったとき情けないことに彼女の姿が滲んで見えた。
「あらあらトモ、どうしたの。私、なにかあなたを泣かせるようなこといったかしら」
シェリーは慌てて受付カウンターから飛び出てきてハグしてくれた。

そのときちょうど通りかかったMacintoshチームの一人、ジョアンナ・ホフマンがシェリーに両手を握られうなだれている私に驚き駆け寄ってきた。
「どうしたのよトモ、シェリー」
シェリーは無言で頷くばかりだったが勘のよいジョアンナは、私の顔を覗き込むようにしてつぶやいた。
「スティーブにいじめられたのね」
その物言いが可笑しくて思わず苦笑いした私を2人の女性が心配そうに見つめていた。

そういえば1977年という時代にタイムワープして以来、幸いなことにスティーブ・ジョブズに気に入られこうしてAppleの一員として働くようになって5年ほど経った。その間私なりに環境に溶け込めるよう努力したつもりだし仕事面ではロッド・ホルトやラリー・テスラー他数人と友達になっていた。
眼前にいる自分の子供といってもよい年齢のシェリーやジョアンナたちはジジイの私にあれこれと気を配ってくれるし自分は恵まれていると常に感謝していた。

しかし思えば私はひとときでも真に安楽な気持ちになったことはなかった。40年も先の時代からタイムワープした私の心の奥底には妻への申し訳なさ、果たして戻れるものなのかという深い不安が常に渦巻き、仕事関係以外の友人もできなかった。
シェリーやジョアンナの励ましてくれる華やかで明るい声をどこか遠くに聞きながら私は過去が夢なのか、今がうつつなのか…どちらが本当の自分の人生なのかと気持ちがざわつき、その場に立ちすくんでいた。

(続く)

【主な参考資料】
・「スティーブ・ジョブズの王国」プレジデント社
・「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新報社
・「アップル・コンフィデンシャル 2.5J」アスペクト刊
・「マッキントッシュ伝説」アスキー出版局刊
・「レボリューション・イン・ザ・バレー」オライリー・ジャパン社


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主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員