[小説]未来を垣間見たカリスマ 〜 スティーブ・ジョブズ 第1部 ー 第34話 背信行為

スティーブ・ジョブズは未来のテクノロジーを時代の最前列で考え見つめてきたといわれている。しかしその陰には2016年12月6日、アップル銀座のエントランスから40年前のカリフォルニア、ロス・アルトスにあるスティーブ・ジョブズ家のガレージ前にタイムワープしたひとりの男の存在があった。
ー 優れたビジョナリーといわれたスティーブ・ジョブズ。その若かりし時代の秘密に迫る!ー
※本編はフィクションです※

■第1部 ー 第34話 背信行為
1982年も押し迫った頃だったか、私の目から見てもこの頃のAppleは随分と尊大で高慢なところが多々見られた。
まあ、2016年からタイムワープした私の経歴の中に約14年間アップルジャパンのデベロッパーとしてビジネスをやってきた経験からしてAppleという企業は決して一筋縄ではいかない会社だということは承知していた。
具体的にいえば何度裏切られたことか…。そして時に尊大で非常識きわまる面も見せたが、私がタイムワープした1982年という時期はAppleの社内にいてもそうした感じを受けることが多くなってきた。
事実私がスティーブ直轄の部下だと知るとディーラやディストリビュータの人たち、あるいは時にメディアの人たちからスティーブ・ジョブズとの間を取り持ってくれという直接間接の依頼が目立ってきたが、そうした中には苦情やクレームもあった。

ある水曜日だったか暫くぶりにスティーブから呼ばれたので、私はそうした危惧を隠すことなくぶつけようと勇んで彼のオフィスのドアを開けた。
スティーブのオフィスにはジーン・カーターという副社長がいた。私はスティーブと一対一の話しをしたかったので、
「これは失礼。スティーブ、出直すよ」
と言いながらドアを閉めようとする私を制してスティーブは、
「トモ、いいんだ、入ってくれ。それにジーンを紹介しておきたいんだ」
そういわれれば断るわけにはいかない。まだ社内でまともに話しをしたことのない男と握手をした。なにしろその頃のAppleは大人数だったし新しい人材でごった返していた。そして私は販売に関わる部署の人たちとはほとんど触れ合う機会がなかったのだ。
「ジーン・カーターです。よろしく」
「トモヒコ・カガヤです。こちらこそよろしく」

椅子に座った我々を見つめながらスティーブは、
「トモ、ジーンは日本市場にパイプをつなげてくれた功労者だよ。だから1度君にも紹介しておきたかったんだ。まだまだ極小で未知の市場だけどね。今後大きな市場とすべく君にも大いに活躍して欲しいからね」
スティーブの話しが一区切りついたとき私はジーン・カーターに向かい、
「そうでしたね。一昨年でしたか、日本の合繊メーカー東レとの提携発表がありましたがカーターさん、貴方は責任者として契約を仕切った功労者でしたね。そういえば何故東レなのかという質問が記者たちから出たことを思い出しました。さらにその場で貴方は日本法人設立の可能性も示唆しましたね」
途端にジーン・カーターは澄んだ目を見開いて叫ぶように、
「嗚呼、噂通りの人ですねカガヤさんは。驚きましたよ。貴方はここにいて何故日本での出来事を詳細に知っているんですか」
「だからいったろう。トモは過去も未来もお見通しだと…。さて、それはともかくトモ、君の話を聞いておこうか。ジーンにも君の話は大いに参考になるだろうから遠慮なく話してくれ」
スティーブは作り笑いをしながら茶化すように促した。

「わかったよスティーブ。話しはこうだ…。Appleは君の会社であるばかりか君の命に違いない。だから言いにくいこともあえて言わせてもらうよ」
私は流通各社の反発と不満が広がっていること、マスメディア各社からもAppleはおごり高ぶっているという批判が出ていることを話しスティーブがそれに対して善処すべきだと忠告した。
「スティーブ、君は最良最強の広告塔だよ。君の一言ですべてがよい方向へ変わっていくんだ。だからもう少し流通市場やメディアを味方につけるよう配慮すべきではないかな」
私はオフィスの窓から暮れなずむカリフォルニアの空を見ながらいった。

スティーブが口を開く前にジーン・カーターが片手を軽く上げて発言の許可をスティーブに求めた。スティーブは無言でそれを許したがジーン・カーターの物言いはその物静かな風貌とは些か違ったものだった。
「カガヤさん、お言葉ですが私もそうした不満があることは承知してます。しかしことはビジネスの世界なんです。我々にはノルマも課されていますし市場にしても食うか食われるかで日々争っています。我々の見るべき方向は販売店やマスコミではなくユーザーだと思うんです。それにAppleはいま市場にとって金の卵だと自負しています。どんな販売店もAppleを売りたがってますしそれは我々の商品が際立っているからでしょう。Appleを扱えないディーラーは焦っていると聞いてます」
一呼吸してジーン・カーターは続けた。
「カガヤさん、これは商機ですよ。普段ならなかなかこちらの主張を通して貰えない流通市場やマスコミに対して我々があるべき主張を促す最良の商機ですからこの機会を逃しては後悔することになると思います。我々は強い姿勢で彼らに臨むべきです」

スティーブの表情はあきらかにジーン・カーターの主張を支持していた。私はこれ以上の話しは溝を作るだけと判断し、
「あなたの話しは分かりました。今回は素直に引き下がりましょう」
私は意識的に穏やかに微笑をくずさず2人に挨拶しながらスティーブのオフィスから退出した。
まあ、カーターがいなくてもスティーブが素直に私の忠告に耳を傾けるとは思っていなかったが、どうにも気持ちが収まらなかった。

確かにAppleは慈善事業の組織ではない。ビジネスだからしてマスコミも流通市場も良い意味で利用すべきことは確かだ。しかし当時のAppleは明らかにおごり高ぶっていた。無礼な対応も目立っていた。それはマスコミや流通各社だけでなく競争相手、すなわち他のコンピュータメーカーも軽蔑と嘲笑の対象でしかなかった。
特にマスコミにを敵に回すことは決して得策ではないと私は考えていた。いつか大きなしっぺ返しにあうかも知れないとも。

年が明けた1983年1月、Lisaが発売された。Lisaは実に画期的なコンピュータだった。搭載されたLisa Office System、通称Lisa OSはパーソナルコンピュータ初のGUI環境のオペレーティングシステム (OS) だったしマルチタスク機能とメモリ保護機能を備えている点でも先を行っていた。またメモリも当時としては標準で1MBという大きな容量を持っていた。
後発のMacintoshはLisaの小型版と見られることが多いが、メモリ搭載はたったの128KBだったしシングルタスクの上にメモリ保護機能もなかった。

その1月、タイム誌のカバーをスティーブの顔が飾ることになっていた。実は昨年末から同誌の記者マイケル・モーリッツが取材許可を得て社内を自由に取材することが許されていた。スティーブとしては精一杯のメディアへのサービスのつもりだったからその成果が集約されるはずだった。しかし年末にその見本誌が送られてきたものの読んだスティーブは激高し怒り狂った。
それは “The Updated Book of Jobs (ジョブズ白書)” というタイトル記事だったが、内容はスティーブに向けられた嘲笑と批難で埋まっているような記事だった。
私にはタイム誌がメディアを代表してApple、いやスティーブ・ジョブズにカウンターパンチを見舞ったように思えた。

まばらな家具しかない一室で一人あぐらをかくスティーブ・ジョブズの写真のキャプションには匿名の従業員の弁として「フランス国王にしたらさぞかし立派だったに違いない」と書かれていた。さらにスティーブが怒り狂ったのはウォズニアックの話しとして「スティーブは回路作りも設計もコーディングも一切やっていない」という内容の記事が載っていたからだ。
要はスティーブ・ジョブズという男は創造性も設計技術もなく部下や周りの人たちを鼓舞して巧みに財をなした男だというニュアンスで記事は溢れていた。
スティーブにとって特に古い友人で誰あろうAppleの共同創立者であるウォズからこんな批難を受けるとは思いもよらないことだったから背信行為と考え取り乱したのだ。

スティーブは自分が正しいことを証明してくれることを願い、愚痴をいい、慰めて貰えることを期待して手当たり次第に電話で自分の正当性を訴えた。無論私の所にもオフィスが近接しているからすぐに血相変えて飛んできた。
まあまあそれはスティーブとて人間だから由としよう。しかしやはりスティーブはスティーブだった。なにしろ反省といった気持ちはさらさらなく、ただただタイム誌の記事は事実を伝えていないと自分の主張に同意を求めることに終始した。さらに彼の尋常でない人間性を示すことだが、自分がMacintoshプロジェクトから追い出したあのジェフ・ラスキンにまで電話をかけて愚痴をいったらしい。それも年明けの元旦、朝8時に電話をしたという。

スティーブには過去は一切意味のないものだった。重要なのはただただ現在、この瞬間のみなのだ。
私は正直寂しい気持ちと残念な気持ちで一杯だった。スティーブという人間をなんとか理解しそして役に立ちたいと願い努力をしてきたが自分の無力をひしひしと感じると同時に無性に戻りたかった。
帰りたかった。
元の世界へ…。

(続く)

【主な参考資料】
・「スティーブ・ジョブズの王国」プレジデント社
・「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新報社
・「アップル・コンフィデンシャル 2.5J」アスペクト刊
・「エデンの西(上)」サイマル出版会
・「レボリューション・イン・ザ・バレー」オライリー・ジャパン社





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主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員