[小説]未来を垣間見たカリスマ 〜 スティーブ・ジョブズ 第35話 混乱のLisa

スティーブ・ジョブズは未来のテクノロジーを時代の最前列で考え見つめてきたといわれている。しかしその陰には2016年12月6日、アップル銀座のエントランスから40年前のカリフォルニア、ロス・アルトスにあるスティーブ・ジョブズ家のガレージ前にタイムワープしたひとりの男の存在があった。
ー 優れたビジョナリーといわれたスティーブ・ジョブズ。その若かりし時代の秘密に迫る!ー
※本編はフィクションです※

■第35話 混乱のLisa
1983年1月19日にLisaが正式発表された。スティーブの意思がLisaを生み出すきっかけとなったのは間違いないが、ことは大変複雑だった。
ゼロックス社パロアルト研究所(PARC)の見学以来、Lisaの開発はスティーブの思い描くようなコンセプトを持つようになっていったしタイミングはともかくPARCからラリー・テスラーをはじめ、後にアラン・ケイやスティーブ・キャプスら15名ほどの人たちがAppleに移ることになり、開発自体は徐々に注目を浴びるようになっていった。
しかし当時Appleの社長であったマイク・スコットはApple IIIの失敗はジョブズが主張した設計要求のためと考えていた。したがって同じ失敗を繰り返さないようにと組織の変更を考え、ジョブズをLisaプロジェクトチームのリーダーから外すことを決断する。

行き場を失ったジョブズが結果として次に首を突っ込んだのがジェフ・ラスキンが少人数で開発を進めていたMacintoshプロジェクトだったのである。したがってLisaの基本コンセプトが固まっていく過程ではスティーブ・ジョブズの夢や意志が強く働いていたことは間違いない。だからこそGUIおよびマウスを持つコンピュータの開発が具体的になっていったのだ。

結局Lisaはヒューレットパッカード社から来たジョン・カウチがプロジェクトリーダーとなり、200人/年の人員と5000万ドルもの開発費をつぎ込み冒頭に記したように1983年1月19日に正式発表される。
それはモトローラのCPU 68000 / 5MHz、1MBのメモリ、容量860KBの5.25インチフロッピーディスクドライブ2台、12インチ/ 720×364ピクセル・モノクロビットマップディスプレイ、ワンボタンマウスとキーボードを備え、Apple III 用の外付け5MBハードディスクといった仕様となり、他のマシンとの互換性がないこともあって専用7種類のアプリケーションを同梱の上で出荷された。

Lisa1_201704.jpg

※1983年1月19日に正式発表された Lisa


しかし出荷はされたもののLisaは販売当初から躓いた。Appleが独自で開発した5.25インチフロッピードライブ(Twiggy Drive)は故障が目立ったし話題性ほど販売台数が振るわなかった。

先の話になるが、AppleはLisaの問題点を検証し、ソフトウェアを別売にして本体価格を下げ、故障が多い5.25インチフロッピードライブ(Twiggy Drive)をMacintoshと同じソニー製の3.5インチに変え、ハードディスク内蔵タイプの仕様に変更し、Lisa2とした。
さらに1985年には10MBの内蔵ハードディスクタイプであるLisa2/10をMacintosh XLと改名しMacintoshのラインナップに組み入れ延命を図るがすぐに販売中止を発表。
その後アップルの在庫を引取りアップグレードを図ったサン・リマーケティング社の努力にもかかわらず1989年9月、Appleは税務対策の意図もあってLisaを完全に葬ることを決断し、ユタ州ローガンの埋立地に在庫の全てが埋められることになった。

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※当研究所所有のLisa 2


ともあれMacintoshを含めその前後のパーソナルコンピュータを知っている私からみてもLisaはずば抜けたマシンだった。メモリ保護やマルチタスクといった機能だけでもMacintoshはその足元にもおよばない時代の最先端マシンだった。しかしLisaはビジネス的に失敗した。なぜだろうか...。
後付けの話しとして価格が10,000ドルと高すぎたとかスピードが遅いといった話もあるが、Lisaの販売が当初から芳しくなかったのはAppleがこの種のビジネスマシンを販売するノウハウに欠けていたこと、そして最大の問題はスティーブ・ジョブズがLisaの販売を快く思わず一言で言うなら邪魔をしたからだと私は考えている。
"Lisa" という製品はその名の由来であった実の娘同様にスティーブから認知されないままに生まれたのだ。

なにしろLisa販売の初期からスティーブは、
「近々ベビー・リサ(Macintoshのこと)というLisaの能力を超え、低価格なマシンが登場する」
と自身でリークしていた。これではLisaが売れるはずもない。
しかし一方対外的にスティーブは、
「我々はLisaテクノロジーに本当にすべてをかけている」
と二枚舌を繰り返していた。

私は機会があったときその点をスティーブに問いただした。
「スティーブ、君の言動は影響が大きいからLisaの販売にブレーキをかけるようなことはまずいと思うけど…」
私のストレートな物言いにスティーブは顔色も変えずに答えた。
「トモは知ってるだろ、いまの俺にとって一番注視すべきプロダクトはMacintoshを一日も早く完成させることだ。Macintoshで宇宙を凹ますことだ。そして俺はLisaプロジェクトから不当に外された男だよ。その俺がなぜLisaのあれこれについて気を回さなければならないんだ」
私は口の先まで (君はAppleの会長だろ) と出かかったが、そういう物言いはスティーブに意味がないことを知っているので黙るしかなかった。
スティーブは続けた。
「カウチとLisaとMacintoshのどちらが早く出荷できるかという賭に俺は負けたけどプロダクトの出来ということに関してはMacintoshの方が断然素晴らしいよ。俺は以前トモに言われたとおり、Macintoshという類の無いプロダクトに俺たちなりのストーリーを注ぎ込んでいるんだ」
「それに」
とスティーブはにやりとしながら、
「Macintoshをアピールする際に “Lisaテクノロジー” という言葉は積極的に使うつもりだよ。これは事実だもんな。Lisaの良いところを凝縮しコンパクトにして価格も買い易い製品にするんだ。だから売れるよ」
私は退散するしかなかった。

私はLisaそのものは高く評価していたし2016年からタイムワープした人間としてLisaのその後の不幸も重々承知していたから事あるごとに関係する人たちにLisaについての印象を聞いて回った。しかしそれらを総括してみるとどうにも皆責任回避の弁のようで私には正直気に入らなかった...。

例えば暫くぶりに会社に顔を出したスティーブ・ウォズニアックに聞いたとき彼は、
「(Lisaは)Macintoshよりアーキテクチャー面からもよいコンピュータだよ。問題は価格だね」
とどこか通り一遍の感想に思えたしウォズは当時経営面から遠いポジションにいた関係上、Lisaの進捗状況には詳しくなかったから仕方がない。

私はLisa開発の総指揮を執ったジョン・カウチにも話しを聞いた。
「トモヒコさん、Lisaの不幸は販売戦略のまずさが第一ですよ。なにしろ全米で50のディーラーだけに絞って販売させたのが販売が振るわなかった原因のひとつでしょう。それにLisaWriteというワープロのデキも悪かったし」
ジョン・カウチの立場からすればLisaそのものに問題があるのではなく販売体制に問題の原因があると主張したかったのだろうが私は思わず、
「Lisa自身に弱点はなかったんですか」
と聞かずにはいられなかった。
彼はスティーブが低価格のMacintoshのことをあちこちでしゃべっていたこと。またApple III 用に開発されていたProFileは外付けで大きく、しかも遅かったことやフロッピードライブもあまりできがよくなかったことをぼそぼそと話してくれたが、欠点を認識していたとするならプロジェクトリーダーの言としては実に無責任に思えた。

ビル・アトキンソンはLisa開発に関してソフトウェア面で深く関わった1人だったが、
「Lisaはちょっと遅かったが非常によいマシンだと僕は思ってますよ」
といいつつ、
「トモ、僕はLisaとMacintoshの両方を知っている数少ない人間だけど、やはりこの両者を同じ時期に開発するというのが一番の問題だと常々考えてました。事実二股を強いられた僕などはメチャ大変だったし、価格や仕様が違うとはいってもユーザーから見てその違いなど大きな問題とは感じないでしょうね。だからどちらかが影が薄くなるのは自明の理です」
彼らしい明解な意見だったが、立場上どちらの悪口もビルは言えなかったに違いない。

そういえばLisa開発メンバーの1人だったリッチ・ペイジはもっと辛辣な発言を繰り返していた。
「トモヒコさん、どこでどうなったのか私らには分かりませんが Lisaの仕様に後発のMacintoshが次第に似ていくのを見ているのは辛いものがあります。そんなの絶対におかしいですよ。スティーブ・ジョブズはLisaプロジェクトをコントロールさせてもらえないから、Lisaをぶち壊したいんですよ。Lisaが成功しないとすればその原因はMacintoshだしスティーブが原因ですよ。なぜこんな単純なことが経営陣たちに分からないのか私には信じられませんね」
ペイジのいらいらは当時のLisaチームの思いを代弁したものに違いないし私は心情的にリッチ・ペイジに同情を禁じ得なかった。

私はLisaが次第に形になっていく過程を見ていたが、機能面や処理速度に関して皆が後でいうほど遅いとは思わなかった。なぜって当時のパーソナルコンピュータはそんなものだと知っていたからだ。
それよりもLisaは社内のゴタゴタをまともに喰らいながら開発を余儀なくされた不幸な製品だというのが私の印象だった。
Macintoshに目立つ機能を持って行かれたのもそうだが、外付けハードディスクは由としてもなぜApple III 用として開発されたProFileを標準として使うようにしたのだろうか。中身はともかく外装のデザインくらいLisaに合わせて再設計すべきだった。
横幅のサイズもLisa本体のそれと違うしボディカラーはともかくデザインもLisaとしっくりこない。

私が調べた範囲ではこれまた失敗作となったApple III 用のProFileが大量に余ってしまったことが一番の要因だと認識している。
この点をマイク・マークラに尋ねたが彼は、
「カラーも一緒だし悪くないよ。第一Lisaの頭上に置かずに並べて机上に置くユーザーもいるしな。その場合はとてもマッチングしていると思うよ」
とお気楽な様子だった。
しかし現実問題として設置スペースの問題もあり、多くのユーザーがLisa本体の上に乗せて使ったしAppleのカタログもそうした使い方を推奨しているように思えた。なによりもAppleの動向に詳しい多くのユーザーはProFileがApple III のために設計されたことを知っていた。

ともあれ混乱というか欺瞞と腹の探り合いの総本山はやはりスティーブにあった。
そんな気持ちはさらさらないはずなのにスティーブは1983年1月31日のタイム誌に、
「これから10年間はLisaでやっていけるだろう」
といった心にもないコメントを載せたのだから広報をはじめ社内の混乱は目に余るものとなっていた。

(続く)

【主な参考資料】
・「スティーブ・ジョブズの王国」プレジデント社
・「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新報社
・「アップル・コンフィデンシャル 2.5J」アスペクト刊
・「エデンの西(上)」サイマル出版会
・「レボリューション・イン・ザ・バレー」オライリー・ジャパン社


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Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。続けて2017年7月1日「小説・未来を垣間見た男 スティーブ・ジョブズ」を電子書籍で公開。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員