[小説]未来を垣間見たカリスマ 〜 スティーブ・ジョブズ 第36話 スカリーという男

スティーブ・ジョブズは未来のテクノロジーを時代の最前列で考え見つめてきたといわれている。しかしその陰には2016年12月6日、アップル銀座のエントランスから40年前のカリフォルニア、ロス・アルトスにあるスティーブ・ジョブズ家のガレージ前にタイムスリップしたひとりの男の存在があった。
ー 優れたビジョナリーといわれたスティーブ・ジョブズ。その若かりし時代の秘密に迫る!ー
※本編はフィクションです※

■第36話 スカリーという男
新しいAppleの社長を探しているという話しはApple社内でも知られていた。特に秘密にする話しでもなかったしマイク・マークラが早く社長の重責を外してくれと後押ししてもいた。
またペプシの社長でマーケティングのプロでもあるというジョン・スカリーという男に白羽の矢が立ちスティーブ自らが交渉中だという話しも漏れ聞こえてきた。社内の一部では何故スティーブはジョン・スカリーに拘っているんだと首を傾げる者もいた。

ただしスティーブという男をよく知っている我々の間では何故スカリーなのかということは自明の理であった。
Macintosh開発チームのジョアンナ・ホフマンは聡明でストレートな物言いをする女性でもあり、この頃私は彼女と話す機会が増えていた。ただしそのほとんどはシェリー・リビングトンと3人の時だったが。

「皆は何故スカリーなのかと訝しがっているけどそんなこと説明がいることかしら」
シェリーは今更バカバカしいというように首を傾げた。
ジョアンナは愉快だという顔をしながら、
「ほんとね。Appleはコンピュータメーカーよ。本来なら同業の会社から適任者を見つけるのが理屈だと思うけど皆そのことに気がつかないのかしら。ねぇ、トモ」
話を振られた私は、
「まあ、社長が誰になったところで我々の報酬が変わるわけもないしと大方の社員は興味がないのかも知れないね」
「だけど会社にとって社長の選任は重要な事よ。当然よね」
シェリーは真面目な顔で私を直視した。

「やはりスティーブの思惑に皆振り回されているということかな」
私が呟くと、
「スティーブはとにかく自分が主導権を握りたいのよ。本来なら自分が社長になりたいと思っているに違いないわ」
「そうね、だけどさすがにこれまでの経緯を知る役員会ではそれが通らないことをスティーブは知って、何とか自分がコントロールできる人材を探しているんだと思うわ」
ひとつ離れた席にいたラリー・テスラーらが (声がでかいぞ) というサインを笑いながら我々に送ってきたが、それを知るとジョアンナはラリーへ陽気に投げキッスした。

ランチの後、職場に戻るまでの数十分、私ら3人は新しい社長の専任とスティーブの思惑について言いたいことを話しあっていた。
シェリーがいう。
「ジョン・スカリーって人、コンピュータのこと知ってるのかしら」
「いや、知らないからこそスティーブの思うつぼなのよ」
ジョアンナがすかさず答えるとシェリーも (分かったわ) というような意味深の表情をした。そして私の意見はという意味なのだろう右手を私に向けた。

Sculley and Jobs

※Apple Computer,Inc. Annual Report 1983 より、スティーブ・ジョブズとジョン・スカリー


「私もその通りだと考えているよ。ジョン・スカリーって人はマーケティングに精通しているらしいね。企業にとって社長がマーケティングに強いことは大切な事だしある意味これまでそうした点がAppleに欠けていたことは事実だよ。だから繰り返すけどマーケティングのプロフェッショナルだという肩書きには反対しないけどね」
すかさずジョアンナは、
「あら、随分とスカリーに身贔屓するのね」
といたずらっぽい顔をした。

「いや、すでに貴方たちには分かっているだろうけどスティーブにしてみればマーケティングに関してはスカリーに任せノウハウを勉強するとしても、今後の新製品の動向やプロダクトの主導権といったものをすべて自分が掌握したいわけで...」
「そう、スカリーがコンピュータのことを知らなければまずはスティーブに聞くのが筋だし、そうすればスティーブの考えや主張がスカリーを通して具体策となっていくわよね」
ジョアンナはため息をついた。

私は気心の知れたシェリーとジョアンナに近未来の予測だとして話しを続けた。無論それは2016年からタイムワープしてきた私だからこそ知り得た歴史的事実なのだが。
「私の危惧、そしてその結末を2人には話しておこうか...」
無意識にも真面目な表情になったのか、2人の女性も真剣な顔で身を乗り出してきた。
「あくまで私個人の意見だが、事実ジョン・スカリーという人物はスティーブの求めに応じてAppleの新しい社長に就任するよ。もう少しでね。問題はその後、社内の組織変更をすることになるが承知のようにいまはLisaプロジェクトとMacintoshプロジェクトのリーダーは別だよね」
「そうね。MacintoshはスティーブだけどLisaはジョン・カウチよね」
シェリーがわかりきったことだというように言い切った。
私は2人の顔を眺めながら、
「きっとこの2つのプロジェクトのリーダーはスティーブが総括することになるよ」
といった。

「それって私らMacintoshチームにとっては悪い事ではないかも知れないけど、Lisaチームには最悪なことじゃない」
ジョアンナは吐き捨てるように呟いた。
私は頷きながら、
「だから次ぎに何が起こるかはわかるよね。スティーブは極力Lisaの販売や社内での存在感といったものを潰しにかかるだろうからLisaは短命に終わるはずだよ」

社内の風潮はもともとこうしたLisaかMacintoshかといった極端な二派に別れていたわけではない。概して両方のチームは互いに精神的および技術面においてもサポートしあっていたしMacintoshのプログラミングを担当する技術者の半分はLisaチームから来た人たちだった。事実ビル・アトキンソンを筆頭にそのほとんどは掛け持ちだったといってよいだろう。
ただしスティーブ・ジョブズひとりがMacintoshを成功させたい一心でLisaをサンドバッグのように扱っていたのだ。

「それからどうなるの」
ジョアンナはシェリーと顔を合わせながら問う。
「くどいようだけどLisaは色々と延命を図るけど失敗作として葬られるだろうね...」
私がまだ言い終わらないうちに、
「Lisaの話しはいいのよ。スティーブとスカリーは上手く行くのかしら」
シェリーが突っ込んでくる。

深く息を吸い込んでから私はなるべく軽口を叩くような雰囲気で続けた。
「最初の一年はとても上手く行くと思うよ。だけど、そうだな、再来年の今頃は険悪な仲になるだろうね」
面白い事にシェリーにしてもジョアンナにしても私のこうした一見荒唐無稽な話しに (なぜそう思うの) といった質問はしなかった。それまでの付き合いの中で私の未来予測がすべて現実となっていくことを知っていたからだがまた (なぜトモは未来がわかるの) という質問もしなかった。まさか私が未来からタイムスリップしてきた人間だとは思わなかっただろうが、何らかのそう断じる根拠があっての話であり私が虚言を労する人間でないことは理解してくれていたからだ。

私はこれ以上現時点で話しても意味は無いと思い話題を変えた。
「ところでも二人はスカリーと会ったことあるのかな」
「ええ、会ったというより近くで見たという方が適切だけど、少し前もAppleを見学しに来たわよね」
「そうそう。そのとき私も受付で挨拶したわ」
2人がうなずき合って言い交わした。

「それなら聞くけど、スカリーという男はAppleに相応しい、いや似合う人物だと思うかい」
私は些か意地悪な質問をぶつけてみた。
「そうねぇ。仕事ができるかできないかといったことは私には分からないけど第一印象を正直言うとね、彼はこのシリコンバレーには似合わないと思うな」
ジョアンナの物言いに頷きながらシェリーも、
「同意見だわ。一言でいうなら良くも悪くもだけどAppleらしさAppleが築いた文化を理解できるとは思えないわ」
と辛辣な感想だった。

私は2人の話しを聞きながらサンフランシスコやボストンのMacworld Expoでジョン・スカリーのキーノートスピーチを見聞きしたこと、そしてMacworld Expo/Tokyo第1回目のときに来日した際、テープカットしたことやその後展示会場を見回ることなくアップルジャパンのスタッフらに促され足早に去っていったことなどを思い出していた。
後でアップルジャパンの関係者に聞いたところに寄ればそのままゴルフ場に行ったと聞き、日本最初のMacworld Expoだからこそ会場内の各展示、すなわちデベロッパーたちに挨拶して回ってもバチは当たらないだろうにとがっかりしたことを思い出した。

Sculley19910213.jpg

※第1回Macworld Expo/Tokyoでテープカットに現れたジョン・スカリー氏とアップルジャパン社長の武内重親氏(筆者撮影)


「ねえねえ、トモなにを考えてるの」
シェリーの呼びかけに我に返った私は、キーノートスピーチの際にTシャツ姿で現れたジョン・スカリーの姿に痛々しさを感じたことも記憶の底から宿ってきた。彼は彼なりに東海岸のビジネスのセオリーを脱ぎ捨てAppleに同化しようと努力をしていたのだろうが、その姿はコンピュータメーカーの社長にはどうしても思えなかったのだ。
「確かにそうだな。いまスカリーをこの場に立たせたとしても違和感100%だろうな」
私の物言いに2人はクスクスと笑った。

「今日の結論になるけど」
私は2人に断って話しを続けた。
「スカリーにはスカリーの利点があると思うよ。しかしどう考えてもスカリーは苦労するよ。だって清涼飲料水とか菓子類を売る東海岸のエスタブリッシュメント企業の枠の中で育ったスカリーなんだ。一方我々のビジネスは四半期を基準とし慣例に捕らわれないイノベーションを続けていかなければならないビジネスだ。その違いを理解し咀嚼するには多大な時間と努力がいるだろうね」
それに、
「スティーブはスカリーを見くびり過ぎていると思うな。だってスカリーも畑違いとはいえ百戦錬磨のビジネスマンだよ。スカリーがAppleをより会社らしい会社にできるとすればそれは同時にApple社内に権力闘争を生みだすことにもなるだろうね。それは回り回ってスティーブ一人の思い通りには動かない組織になるということだな」
我々は軽いため息をつきながらそれぞれの職場に戻った。

ジョン・スカリーはスティーブの誘いに固辞を続けていたが結局1983年4月、マイク・マークラに変わってAppleの新社長になることを受諾した。
「本当に有意義なことができるチャンスを捨て、一生砂糖水を売り続けるのかい」
というスティーブの殺し文句がスカリーの気持ちを揺り動かしたとも、あるいはAppleが最終的に提示した条件、すなわち年俸100万ドル、移籍ボーナスとして100万ドル、最大100万ドルのストックオプション、業績連動の報奨金そして200万ドルの自宅が購入できる低利融資に動かされたという口さがない噂も飛び交った。

確かにAppleが提示したこうした条件は破格なものであったがスカリーの肩を持つわけではないものの、彼はペプシで好条件で働いていたし何よりも安定業種、安定企業で実力を発揮し安定した地位にいたそのことをすべて捨てAppleで挑戦を選んだのだ。
スカリーは社長就任演説で、
「私がAppleに来た一番の理由はスティーブと一緒に仕事をしてみたいと思ったからです。彼は今世紀のアメリカにとって重要人物の一人だと考えています。そして私はその彼の成長を手助けできるチャンスに恵まれたのです...」と切り出した。
ジョン・スカリーの社長就任はウォール街も歓迎し株価は63ドルまで上昇した。
しかし一番喜んでいたのは他ならぬスティーブ・ジョブズだったに違いない。

(続く)

【主な参考資料】
・「スティーブ・ジョブズ III」東京電機大学出版局
・「スティーブ・ジョブズの王国」プレジデント社
・「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新報社
・「アップル・コンフィデンシャル 2.5J」アスペクト刊
・「マッキントッシュ物語」翔泳社刊
・「エデンの西(上)」サイマル出版会



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主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。続けて2017年7月1日「小説・未来を垣間見た男 スティーブ・ジョブズ」を電子書籍で公開。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。ゆうMUG会員