[小説]未来を垣間見たカリスマ 〜 スティーブ・ジョブズ 第37話 スーザン・ケア

スティーブ・ジョブズは未来のテクノロジーを時代の最前列で考え見つめてきたといわれている。しかしその陰には2016年12月6日、アップル銀座のエントランスから40年前のカリフォルニア、ロス・アルトスにあるスティーブ・ジョブズ家のガレージ前にタイムスリップしたひとりの男の存在があった。
ー 優れたビジョナリーといわれたスティーブ・ジョブズ。その若かりし時代の秘密に迫る!ー
※本編はフィクションです※

■第37話 スーザン・ケア
1993年は私にとって実に心揺れる年となった。1976年の年末、どうしたことかアップル銀座の店頭から40年前にタイムワープし、スティーブ・ジョブズと知り合い一緒に働くことになったが、その時からのメンバーだったビル・フェルナンデス、ロッド・ホルトが退職したことは私の心にぽっかりと大きな穴をあけた。

そういえばランディ・ウィギントンも1981年9月にAppleを離れて自分で会社を興したがすぐにAppleとセミフォーマルな契約をして時折姿を見せていた。したがってフルタイムで創業時からAppleに在籍しているのはダン・コトケしかいなくなった。それは私にとって寂しいことだったし特にロッド・ホルトは友人として多くの時間を共にしてきた男だったからショックだった。彼は退職に際しては多くを語らなかったが上層部との意見が合わず退職を余儀なくされたらしい。
ロッドは別れ際に、
「俺はAppleが嫌いになったわけではないんだ。ただ現役員たちが俺を嫌っただけなんだ。前にも言ったがスティーブにしてもガレージから一緒に働いてきた俺たちはすでに用済みなんだな。変なこといってスマンがトモ、君も十分気をつけてくれよ。また遊びに来るから」
といいながら去って行った。

去る者がいる反面新たに新風を巻き起こす人たちもいた。その筆頭は4月に社長に就任したジョン・スカリーだがこの時期ほとんどスティーブと一緒で私などは話す機会もなかった。
私が興味深く接したのは1月にMacintoshチームの一員となったスーザン・ケアだった。彼女は同じくMacintosh開発チームにいたアンディ・ハーツフェルドの高校時代の友人だったというがそのアンディの勧めでAppleに入社したらしい。
ジジイの私から見ると金髪でふっくらし輝いているその表情は時に幼女のように見えたが、彼女は優秀なデザイナーとしてMacintoshの開発に多大な貢献をすることになる。

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※スーザン・ケアがデザインしたスティーブ・ジョブズのアイコン作品(筆者所有)。現在彼女のサイトからサイン入りのプリントが購入できる。


そういえばその1月、あのビル・アトキンソンがAppleを辞めると言い出して大騒動になった。
1月19日にLisaが発表されたことで多くのメディアが注目し取材合戦となった。原因はAppleは自分(ビル・アトキンソン)の事を評価していないからということだったし事実ビルは怒り心頭だった。
なぜならバイト誌にLisa開発陣のインタビューが載ったがビルは呼ばれてなかった。ラリー・テスラーらマネージャー級の人間たちのインタビューで占められていたが一番貢献したはずの自分は不当に評価されてたという不満だったし怒りだった。
いうまでもなくビル・アトキンソンはLisaとMacintoshのGUIの基盤となるソフトウェア群を書いたのだから一番の功労者であったといえる。慌てたスティーブはビル・アトキンソンをアップル・フェローに遇することでなんとか退職を思い留まらせた。

ある日の午後、ジョアンナ・ホフマンに連れられてスーザン・ケアが私のオフィスに来た。挨拶にきたというよりMacintoshチームのビル・アトキンソンやアンディ・ハーツフェルドそしてピュレル・スミスらに私の噂をあれこれと聞いて興味を持ったらしい。
型どおりの挨拶を交わした後に私は聞いてみた。
「スーザン、と呼ばせてもらうけど、スティーブの第一印象はどう」
スーザン・ケアは隣に座っているジョアンナ・ホフマンの顔色を伺いつつ笑いながら答えた。
「いろいろとアンディから聞いてましたが、噂以上に気むずかしい男ね。だけど私に辛く当たるといった態度はみせないし上手く付き合って行けると思うわ」
「でもまだスーザンはチームに入ったばかりよ。問題はこれからだと思うけど」
ジョアンナはいたずらっぽい視線をスーザンに送った。

「そうね。ただ分かったことはチームの誰もに言われたことだけど、与えられた仕事をやれば済むというものではないのがよく分かったわ。私はデザイナーという立場でチームに誘われたけど、ざっと聞いただけでもあれもこれもと大変みたい」
「そうね。ただしスティーブとの関係で大切な事がひとつあるのよ。それを教えておくわ」
ジョアンナは真顔になりながら私とスーザン両方の顔を見ながら話し始めた。
「トモは私たちと立場が違うから単純に当てはまらないけど、私たちに大切なのはスティーブに言い返すことよ」
「言い返すって」
スーザンは意外だと膝を乗り出した。

ジョアンナは言い含めるようにゆっくりと話した。
「いい、例えばスティーブに強く言われたとするわね。仕事ができないとかセンスが悪い、何だこれはとか、文句はいろいろよね」
私は笑い出したが、ジョアンナはめげずに続けた。
「そんなとき、Appleの会長に叱られたとか貶されたと考え、腐ってしまうのが一番ダメなの」
スーザンは真剣な表情でジョアンナの次の言葉を待った。
「誰しもそんなことを人前で、それをも大声で言われたら気落ちして自信を無くすかもしれないけどスティーブの場合は違うのよ。最悪な対応は泣くことかな。そうなればスティーブの言ったことが正しかったように思われてしまうわ」
私はジョアンナ・ホフマンという女性がAppleの中でスティーブと対等の言い合いができ、ときに言い負かす事が出来るただ一人の女性であることを2016年からタイムスリップしてきた男として知っていたが、本人から具体的に聞くと説得力が違った。

ジョアンナは次第に乗ってきたのか両手のボディランゲージが激しくなり、独特のイントネーションも顕著になった。
「スーザン、覚えておいてね。スティーブから声高に文句を言われたらシュンとして引き下がってはダメなのよ。スティーブの目を強い視線で見返して自分の意見や思いをきちんと言い返すのよ。それも大きな声で廻りにも聞こえるようにいうのが効果的ね。時には『貴方は間違ってる』と言い返すのよ」
一息入れて、
「なぜそうした対応が効果があるのか。いろいろ理由はあるけど分かりやすく言えばスティーブはそうした人間を信頼するからよ」
「分かったわ。そんなことがあったときに咄嗟に対応できるか分からないけど心がけとく」
スーザン・ケアは真剣な表情でジョアンナに頷いていた。

ジョアンナは、
「ごめんなさん、トモ。あなたの話しを聞きたくてスーザンを連れてきたのにあたし喋りすぎたわ」
と誤りつつ、あなたもスーザンになにかアドバイスしてあげてと言った。
私は思いついたことがあったので早速スーザン・ケアに話しかけた。
「いま、どんな仕事をしてるの」
「アンディやビルたちがMacintosh用にOSとかシステムウェアとか、そう私は詳しくないからよく分からないけど開発してるでしょ。私はそれらを象徴する、一目見て『これだ』とわかるアイコンを作るようにいわれてるの。ファインダーに表示する小さなグラフィックたちね」
「そうだったね。32×32ドットの制限があるからなかなか厄介な仕事だよね」
私がそういうとスーザンは、
「トモ、私はけっこう楽しんでいるわ。その制約こそ面白いのよ。だけど私が作ったアイコンを果たしてスティーブが気に入るかどうかがまずは試されるらしいわ。アンディがいうにはね」

私はどう言ったらよいかを考えながらスーザンの可愛らしい顔を間近にしながらいたずらっぽくいった。
「スーザン、君の能力を一度でスティーブに見せつけ、そして気に入るようにする方法があるよ」
スーザンとジョアンナは顔を見合わせながら、
「教えてよ、是非教えて」
と叫んだ。やはり不安だったようだ。

「いいかい、スーザン。君は僕のオフィスを出たらすぐに自分のデスクの前に座るんだ」
スーザンは体を乗り出しながら大きく頷いた。
「それで、まずはMacintoshの電源をいれる」
「分かった。それからどうするの」
「アンディがアイコンエディターを君のために作ってくれたらしいよね。それを立ち上げる…」
二人はなんだか私がふざけているのかと訝しい顔をした。

「やることは一つだよスーザン。スティーブ・ジョブズのアイコンを作るんだ」
私の意図することがわかったのだろうジョアンナの顔がまずばあっと明るくなった。
「なるほど、スティーブは自己顕示欲の強い人よ。自分の顔がアイコンになればきっと喜ぶにちがいないわ。さすがトモだわ」
喜びながらスーザンの手を取った。
スーザン・ケアはそんなことでスティーブの気を引き、自分の能力をアピールできるか不安のようだったが、
「わかった。早速やってみるわ。ありがとう」
と言いながら二人で席を立った。

スーザンは早速スティーブ・ジョブズの肖像をデザインした。当時のアイコンは前記したように32×32ドットの白黒だったから全部で1024ドットという大きな制約があり、物の形を伝えることはなかなか難しかった。しかし誰が見てもジョブズだと分かるそのアイコンを見てジョブズ本人も気に入ったという。
その後、ビル・アトキンソンをはじめスーザンに自分の肖像をアイコン化してもらうことがMacintoshチームのステータスとなったほどだが、ビル・アトキンソンのアイコンは実際にMacPaintのアバウトに使われた。

結果スーザン・ケアはスティーブに気に入られ多くの仕事を残した。
例を挙げれば、Macintosh起動時に表示するハッピーマック、調子が悪い時のサッドマック、システムエラー発生時の爆弾マーク、ゴミ箱、時計アイコンなどはもとよりMacintosh 128KのコントロールパネルやMacPaintのサンプル画の多くも彼女の作品である。さらにCairo Fontをはじめ当時のGenevaやCicagoといったビットマップフォントのデザインを手がけたのもスーザン・ケアだった。

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※かつてApple本社の庭にはスーザン・ケアの作品が立体化され、オブジェとして飾られていた(筆者撮影)


したがって彼女はユーザーが最初に「これがMacだ」と感じるシステム全体のイメージや個性を生み出したデザイナーだといえよう。
スーザンの影響はmacOSの時代になった現在でも決して無縁ではない。その代表的なものは「コマンドアイコン」だ。
Apple純正キーボードの”command”キーにも刻印されている花びらのようなアイコンがそれだが、これもまたスーザン・ケアがジョブズらMacチームの要請に従い国際シンボル辞典にあったスウェーデンの地図に採用されている記号をビットマップ化した結果なのである。

(続く)

【主な参考資料】
・「スティーブ・ジョブズ III」東京電機大学出版局
・「レボリューション・イン・ザ・バレー」オライリージャパン
・「スティーブ・ジョブズの王国」プレジデント社
・「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新報社
・「アップル・コンフィデンシャル 2.5J」アスペクト
・「エデンの西(上)」サイマル出版会



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Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。ゆうMUG会員