[小説]未来を垣間見たカリスマ 〜 スティーブ・ジョブズ 第38話 Macintosh誕生

スティーブ・ジョブズは未来のテクノロジーを時代の最前列で考え見つめてきたといわれている。しかしその陰には2016年12月6日、アップル銀座のエントランスから40年前のカリフォルニア、ロス・アルトスにあるスティーブ・ジョブズ家のガレージ前にタイムスリップしたひとりの男の存在があった。
ー 優れたビジョナリーといわれたスティーブ・ジョブズ。その若かりし時代の秘密に迫る!ー
※本編はフィクションです※

■第38話 Macintosh誕生
1984年1月24日、幾多の困難を克服し大きな犠牲を払いながらもスティーブ・ジョブズの夢であったMacintoshが発表された。それはApple本社近くにあるフリントセンター講堂で開かれた年次株主総会の場だった。
株主総会だからして近年のスペシャルイベントなどとは些か違い、最初は形通りに法律顧問による株主総会として事務的な発表と手続きが話され、続いてその9ヶ月前に新しいCEOに就任したばかりのジョン・スカリーがAppleの業績を発表した。

その後にスティーブが登壇したが、その様子は些か芝居じみたものだった。
その場に集まった株主たちにはこの場でなにか新しい製品が発表されるであろうことは分かっていた。しかしスティーブ・ジョブズは演台にはいきなり登場せず、真っ暗に落とされた照明の中、左の袖から聴衆に語りはじめた。
そして伝説となるスピーチが始まった。

「1958年のこと。IBMはゼログラフィと呼ばれる新技術を発明した若い会社を買収する機会を逃し、2年後にゼロックス社が誕生し、IBMはそれ以来自分を責めています」と語りだした。
私はMacintosh開発チームの連中と共に舞台裏と袖とを行き来しながら固唾をのんでスティーブのスピーチを聞いていたが、その後のデモンストレーションが上手く行くかに気を取られてほとんどスティーブの話しの内容を覚えている人はいなかったように思う。
ジョアンナ・ホフマンと目があったとき、彼女は両掌を組み、神に祈っているような表情だった。
なにしろMacintoshのすべてが安定していたわけでもなく、またスティーブが急に、
「Macintoshに喋らせよう」
と言い出したから大変な事になったのだった。
安定して音声合成ソフトを使うにはMacintoshの内蔵メモリである128KBでは不足だったのだからたまらない。
結局内蔵メモリを512KBと急遽4倍に増設したMacintoshを使うことになった。無論社外には内緒だ。

「IBMは本当に世界を征服してしまうのでしょうか。ジョージ・オーウェルの書いた『1984』のように?」
スティーブは機関銃のような早口で聴衆に語りかけると続いてあのコマーシャル「1984」のビデオが流れた。
観客は熱狂していたが、ここでやっとスティーブ・ジョブズに照明が当たった。
彼はきちんとしたスーツに蝶ネクタイ姿だった。
スティーブは、
「これまでのパーソナルコンピュータにマイルストーンとなるような製品は2つしかありません。それは ‘77年のApple II と ‘81年のIBM PCです。そしてLIsaの登場から1年経った今、我々は3番目のマイルストーンとしてMacintoshを発表します…」
Macintoshはかれこれ2年以上も開発にかかったこと、そしてついに狂気じみているほど素晴らしい製品ができあがったとスティーブは続けた。



※1984年1月24日、Macintoshを発表するスティーブ・ジョブズ(一部)


Macintoshの価格は2,495ドルで全米1500以上のAppleディーラーで今日から入手できることを伝えた後に
「Macintoshの革新的な部分を紹介しよう」
とMacintoshがLisaの技術を売れ筋価格帯の製品に落とし込んだと自賛し、マウス、ウィンドウ、アイコン、プルダウンメニューなどなどの紹介を続けた。

「MacintoshはLisaと同じ32ビットの68000プロセッサを使っているんだ。メモリは全部で192KB、そのうち64KBのROMを備えておりOSやグラフィックス機能、ユーザーインターフェースはすべてROMに入っている。RAMは128KB、そして80年代のディスクとして1枚に400KBものデータを記録できる3.5インチのフロッピーディスクを装備している」
スティーブはその後に同時発売される周辺機器を誇らしげに紹介した。

一息入れたスティーブは、
「Macintoshを紹介しよう。すべてはあのバッグに収まっているんだ」
と言いながらステージ中央に歩み寄り、自らMacintoshをバッグの中から取りだした。

舞台裏でアンディ・ハーツフェルドとスーザン・ケアが同時に、
「いよいよだぞ」
「いよいよね」
と叫んだ。
また万一のアクシデントがあった場合を想定してバレル・スミス、スティーブ・キャップス、ブルース・ホーンらが固唾をのんで待機しつつ見守っていた。
なにしろこれまで7,800万ドルの開発費を注ぎ込み、信じられないほどのプレッシャーにさらされながら週90時間以上の労働を強いられた成果がこのスティーブの発表で運命が決まるのだ。

スティーブ・ジョブズが初代Macintoshを発表するその姿は2016年からタイムスリップした私にとって何度もYouTubeなどの動画であるいはスティープの生き様をテーマにした映画などで見たお馴染みの光景だった。
しかし現実に自分がその舞台裏で多くの開発者らとスティーブの一挙一動に固唾をのんでいるとそれはまったく別の出来事のように思えた。

隣に立っていたバレル・スミスが、
「トモ、スティーブがMacintoshにフロッピーを入れたよ」
と叫びながら私の腕を掴んだ。
そのフロッピーは開発陣が徹夜で仕上げたデモ用プログラムだった。スティーブは芝居っけたっぷりにそれをシャツの胸ポケットから取りだしてMacintoshにセットしたのだ。
そしてスティーブはその場を一端静かに離れ、デモは会場の大型スクリーンに映し出された。

最初は “Macintosh” という大きな文字が画面一杯に横スクロールしながら流れていった。それはスティーブ・キャップスが工夫したフォントだった。
続いて星空のような背景にMacintoshという表示が現れ、その下に “Insanely Great!” という筆記体の文字がアニメーションで描かれた。それはブルース・ホーンが苦心して作ったデモだ。
そしてMacPaintやMacWriteといったアプリのスクリーンショットがスライドショー的に表示された。
私の前に陣取っていたブルース・ホーンが大きな安堵のため息をついた。

スティーブがMacintoshに歩み寄った。
スーザン・ケアとジョアンナ・ホフマンが私のシャツの袖を引きながら緊張している。
「ではここでMacintosh自身に喋ってもらいましょう」
スティーブはMacintoshを操作した…。
するとMacintoshはいかにもな音声合成の音質だったもののスピーチシンセサイザーによるメッセージを喋りだした。

「ハロー、僕はMacintoshです。あのバッグから出られて実にいい気分です。人前で話すのは慣れていないので、僕がIBMのメインフレームに最初に出会ったときに思いついた格言を皆さんに紹介しましょう。『自分で持ち上げられないコンピュータを信用するな!』ということです。お聞きのように僕は話せますが、今は少し控えて聞き役に徹しようと思います。それでは大いなる誇りを持って紹介しましょう。僕にとっては父親のような人…スティーブ・ジョブズです」

照明がスティーブに戻り、聴衆の歓喜はきわまったかのように拍手が鳴り響いた。
聴衆には分からなかったが舞台裏も聴衆に負けずに大騒ぎだった。誰もが飛び上がっていた。
このスピーチ原稿は最初アンディ・ハーツフェルドが書いたもののスーザン・ケアの提案によりシャイアット・デイ社のスティーブ・ヘイドンに書いてもらったものだった。
拍手はなかなか鳴り止まなかった。

ジョアンナ・ホフマンは私の腕を取りながら、
「ねぇ、見てよトモ。スティーブ涙ぐんでない」
と呟いたが、自身も涙声だった。
思えば、この日この時がスティーブ・ジョブズが生涯における一番の頂きに触れた一瞬だったように思う。
登り詰めた山は…降りるしかないことにスティーブは気づかなかった。

(続く)

【主な参考資料】
・「スティーブ・ジョブズ III」東京電機大学出版局
・「レボリューション・イン・ザ・バレー」オライリージャパン
・「スティーブ・ジョブズの王国」プレジデント社
・「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新報社
・「アップル・コンフィデンシャル 2.5J」アスペクト
・「Steve Jobs Keynote History 1984ー2011」(マックパワー付録)アスキー・メディアワークス





関連記事
広告
ブログ内検索
Related websites
[小説]未来を垣間見た男 - スティーブ・ジョブズ公開
時代小説「首巻き春貞」公開
ジョブズ学入門
ラテ飼育格闘日記
最新記事
お勧めの新旧記事
カテゴリ
リンク
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

appletechlab

Author:appletechlab

主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。続けて2017年7月1日「小説・未来を垣間見た男 スティーブ・ジョブズ」を電子書籍で公開。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。日本リュート協会会員。ゆうMUG会員