[小説]未来を垣間見たカリスマ 〜 スティーブ・ジョブズ 第39話 アラン・ケイ

スティーブ・ジョブズは未来のテクノロジーを時代の最前列で考え見つめてきたといわれている。しかしその陰には2016年12月6日、アップル銀座のエントランスから40年前のカリフォルニア、ロス・アルトスにあるスティーブ・ジョブズ家のガレージ前にタイムスリップしたひとりの男の存在があった。
ー 優れたビジョナリーといわれたスティーブ・ジョブズ。その若かりし時代の秘密に迫る!ー
※本編はフィクションです※

■第39話 アラン・ケイ
1984年1月24日にMacintoshが発表されたことでAppleは連日連夜お祭り騒ぎだったしメディアからの取材攻勢も今まで以上に凄かった。無論その対応の多くはスティーブ・ジョブズがやっていたこともあり、かつ彼の隣には常にといって良いほどジョン・スカリーの姿があったから残念ながら私にとってもスティーブは遠い存在になってしまった感がある。

またロッド・ホルトも含め、あのガレージ時代からのAppleを知っている者もほとんどいなくなっていたから気の緩む時間も無かった。ともあれこの頃私に課せられたミッションのひとつに製品化されたMacintoshの徹底した評価だった。これはスティーブからもいわれたがマイク・マークラからも強い要請があった。
Macintoshの誕生は当事者から見ても大げさでなく無理の連続を押し通して完成したプロダクトだった。したがって果たしてこれはスティーブ・ジョブズがいうように宇宙を凹ますコンピュータになり得るのか、というだけでなく市場に受け入れられるのかを徹底的に分析しておく必要があった。

そういえば手前味噌になるが、この私に課せられたミッションの適任者が私以外にいたとは思えない。なぜならMacintosh開発チームの人間それぞれにとって自分たちがクリアしなければならない目の前のあれこれを実現するため日夜躍起になっていたから、Macintoshという1台のパーソナルコンピュータ全体を俯瞰して直視できる者はまずいなかった。

無論スティーブ・ジョブズもその1人だったしそうあるべきだつたが、彼は物事を公明正大に評価するには熱すぎた人間だ。
その点、私はといえば2016年からタイムスリップした人間であり、1984年にMacintoshの実機を手に入れそれこそユーザーの立場であらゆることを試し、歓喜と落胆を繰り返していたから、技術的な面は別にして、私にはすでにここにいるAppleの誰よりもMacintoshを使い込んでいる人間だった。

反面私はAppleを去って行った友人のロッド・ホルトが羨ましかった。無論彼は望んでAppleを辞めたわけではないが、彼はAppleを辞めても行くところ、生きる術があった。しかし2016年からタイムスリップした私にはもしAppleを首になったとして別のどこかで…ということは事実上出来得なかったし、生きる意欲も術もなかった。
そんな私の立場を知っていたのはスティーブ・ジョブズただ1人だったが、彼は前記したように目の前の新しい環境に没頭し、廻りに気遣いするような人間ではなかった。

そんな平々凡々の日々を送っていたある日、久しぶりにエキサイティングなことが起こった。
私が自分のオフィスでMacWriteを使って資料をまとめていたとき、オフィスのドアが叩かれた。
「どうぞ、おはいりください」
の声と同時に入ってきたのはあのアラン・ケイだった。

「やあ、トモヒコさん、あなたとお話しがしたくてやってきました」
と底抜けな明るさを漂わせてアラン・ケイが右手を差し出した。
私はその手を両手で強く握りながら、
「Appleで会えて嬉しいです」
と椅子を勧めた。
アラン・ケイは本来なら私より8歳も年上なはずだったが、彼はこの1984年当時44歳という働き盛りだった。対して私はすでにジジイだったが、可笑しな物で2016年に40年前にタイムスリップしたときから自分でいうのも辺だが歳を取らなくなったように思えた。

「久しぶりです、トモヒコさん」
再びそういうアラン・ケイに私は、
「トモと呼んで下さい」
といった。

「あなたは今般Appleにアップル・フェローとして入社されたんでしたね」
私がいうと、
「やはり、トモ。あなたはどこか不思議な男だな。私がアップルフェローとして入社したことなど社内でもほとんど知らないはずなんだが」
といいながら、その瞳がきらりと光った。
アラン・ケイは続けて、
「パロアルト研究所で会ったとき、別れ際にいった僕の言葉を覚えてるかな」
いたずらっ子のような表情でいった。
「覚えてますよ。あなたは、『僕にはスティーブ・ジョブズやAppleのことより君の秘密に興味があるよ』
と言われましたね。それに、オーラーが違うとも」
と私は答えで微笑んだ。

「よく覚えてますね」
といいつつ、続けて、
「ああ、トモ、申し訳ないがコーヒーを飲んでいいかな」
ケイはオフィスの端にあるコーヒーサーバーを見ていった。
「勿論です。私も飲みたいから一緒に飲みましょう。少し待って下さい」
数分後、カップ2杯分のコーヒーを入れて私はケイの正面に座り直した。

アラン・ケイはコーヒーを待っている間、オフィスの奥に置いてあった安物のクラシックギターに目を留め、
「ああ、トモ…君もギターをやるんだね。嬉しいなあ」
と目を光らせた。
「まあ、私のはあくまで趣味でしかありません。子供の頃からクラシックギターを楽しんできたけど、そう1年半ほどはパコ・デ・ルシアに憧れてフラメンコギターも習いました。しかし貴方はジャズギタリストとしてプロフェッショナルなのですから一緒にされては困りますよ」
私は笑いながら言い訳した。
「パコ・デ・ルシアといえば、僕も興味があるよ。Fuente Y Caudal(邦題 :二筋の川)は大好きだし、ジョン・マクラフリン、アル・ディ・メオラとのスーパー・ギター・トリオも多くのインスピレーションを与えてくれたよ」

「それは嬉しい。しかし音楽の話しはともかく、ケイ、 あなたはAppleで何をしようと思っているのですか」
私は直球の話しを切り出した。
ケイはニヤリとしながら、
「僕はここAppleで直接生産性に寄与することはないと思うよ。アップル・フェローだからという訳ではないが僕の仕事は研究というか計画というべきか、温めている期間が長いのが普通なので、目に見える形にするまでに時間がかかるのが難点なんだ。
ただし君だからいうが、僕がAppleに入った理由のひとつは第3パラダイムの製品、すなわちフラットスクリーンディスプレイを持ち無線によるネットワーキングが可能な小さなコンピュータを手がけたかったからなんだ。それと、しいていうならスティーブの教育係ってとこかな。それも未来に向けての指針を示す仕事だよ。ただし、気になることがひとつあるんだトモ」
「なんでしょうかそれは」
アラン・ケイはしばらく私を直視していたが、
「それは君だよトモ」
と真顔で言った。

私が困惑して黙っていると、
「僕はスティーブが未来に向けてどのような製品開発に取り組むべきなのかをアドバイスする立場にあるんだが、すでにスティーブにはトモ、君という存在がいる。したがって僕の出番はないかも知れんな」
口ひげを左指で撫でながらケイはいった。
「私は貴方のように輝かしい経歴もないし、ただのジジイですよ」
私が弁解じみていうと、ケイは、
「ここではそう聞いておこう。しかし常に未来におけるコンピュータのあり方や子供たちの教育といったあれこれを考えている僕にとって、トモ…君はなんとも気になる存在なんだよ」
私は苦笑いしながら自分の頭を指さし、
「ケイ、あなたは『未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ』と主張されてますが、しいていうなら私はそれをここでやっているに過ぎないんですよ。私はエンジニアではないので」
「いや、君には…どういえば良いか、そう…未来の臭いがするんだ。その理由は僕にも分からんけどね」
ふと、コーヒーのカップを手に持ったまま立ち上がって窓際にある椅子に座り直しながらアラン・ケイは続けた。

「ところで先日、Macintosh開発チームのビュレル・スミス君から君が持っているという未来のデバイスのモックアップの話しを聞いたのだが、僕にも見せてもらえるだろうか」
遠慮がちにケイはいったが、その目付きは真剣だった。
「勿論ですとも」
私は机の引出を開け、すでにバッテリーが完全に切れたiPhone 6s Plusを取りだしてケイに渡した。
ケイは手にしたiPhone 6s Plusをしばし見つめ、無言のまま私の表情を覗き込み、またiPhone 6s Plusに目を落とすということを数回繰り返した。
「これは、凄い!表面は強化ガラスだろうしボディはアルミニウムのようだ。僕にはこれがモックアップだとは信じられん。いや、モックアップだろうと製品だろうと現在の技術を駆使してもこれだけの完成度を求めるのは無理だな。やはり君にはなにか大きな秘密があるらしいな」
ケイはニヤリとしながら、
「それはともかくこれが動作しSmalltalkが走り画面がもう少し大きければダイナブックそのものだな」
私は思わず、
「実は iPadという製品が…」
と言いそうになったが、辛うじて自制した。

私は自分が隠していることが暴露するのではないかと思い話題を変えた。
アラン・ケイの顔を見ていると自分が40年前の日本からタイムスリップしてきた人間であることを正直に話したくなってくる。彼にはそうした不思議な魅力が溢れているように思った。
「そういえば、ケイ。貴方はMacintoshのことをどのように評価してるんですか」
アラン・ケイは窓際でまだiPhone 6s Plusを握ってその感触を確かめていたが、視線をiPhone 6s Plusから外さずにいった。
「Macは、批判するに足りる最初のコンピュターだよ。ただしパワーが小さすぎるね」
ケイは顔を私の方に向け、
「そう、スティーブに同じ事を言ったら激怒されたよ」
と声を立てて笑った。

続けてケイは、
「僕たちがどうアドバイスしようとAppleは、いやスティーブ・ジョブズらは自らの考える方向に会社を持って行くに違いないが大きな苦難が待ち構えているように思うよ。だから僕たちの役割は現実的にはそんなに意味のあることではないのかも知れない。しかしAppleでトモ、君と未来のプロダクトについて一緒に仕事ができるならそれが一番嬉しいよ」
iPhone 6s Plusを名残惜しそうに私の手に戻しながらアラン・ケイはため息をついた。
そのとき、私はふと閃いた。
もしかしたらアラン・ケイはすでにスティーブ・ジョブズの運命を危惧していたのではないかと…。
私は実際40年ほど先の未来を知っている男だったが、アラン・ケイはこの時代にいて未来を覗くことができる男なのかも知れないと彼の後ろ姿を眺めながらオフィスのドアを閉めた。

【主な参考資料】
・「スティーブ・ジョブズの王国」プレジデント社
・「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新報社
・「アップル・コンフィデンシャル 2.5J」アスペクト刊
・「マッキントッシュ伝説」アスキー刊




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主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。ゆうMUG会員