[小説]未来を垣間見たカリスマ 〜 スティーブ・ジョブズ 第40話 亀裂

スティーブ・ジョブズは未来のテクノロジーを時代の最前列で考え見つめてきたといわれている。しかしその陰には2016年12月6日、アップル銀座のエントランスから40年前のカリフォルニア、ロス・アルトスにあるスティーブ・ジョブズ家のガレージ前にタイムスリップしたひとりの男の存在があった。
ー 優れたビジョナリーといわれたスティーブ・ジョブズ。その若かりし時代の秘密に迫る!ー
※本編はフィクションです※

■第40話 亀裂
Macintoshの発表は間違いなく大成功だった。それはスティーブ・ジョブズにとっても新しいCEO ジョン・スカリーにとっても同じだった。大方の予想通り、スカリーは自身をスティーブにとってマーケティングと経営に関してよき指導者であると自負していたし、スティーブはスカリーにとってテクノロジーについて教えてくれる教師であった。

特にスカリーはまさに絶妙なタイミングでMacintoshのデビューの場にその存在感を示すことが出来た幸福感に酔っていたようだ。こうした注目のされ方は成功していたとはいえペプシではあり得なかった。
CEO就任からMacintoshの発表を境に1984年は2人にとって絶頂期だったといえよう。マスコミは2人のことを「ダイナミック・デュオ」と称して賞賛した。
スカリーも調子に乗って、
「Appleのリーダーはただ1人、スティーブと私です」
などと公言してはばからなかったし、確かに2人は公式の場はもとより社内においても常に一緒だった。

しかし一見順風満帆のAppleも現実に社内を見回せば無視出来ない問題に捕らわれていた。
そのひとつが1983年の4月、ジョン・スカリーがAppleの社長兼CEOとなったのに合わせ、スティーブ・ジョブズは新任のスカリーがそれまでの経緯を知らない事を利用し、自身の指揮権強化をアピールし始めたのである。なぜなら以前社長だったマイク・スコットからジョブズはLisaのプロジェクトの指揮権を剥奪されていたこともあり、ジョブズはMacintoshの開発および販売をより有利にするため、すべての指揮権を取りたかったからだ。

ジョブズの強力な訴えに動かされ、スカリーはジョブズにMacintosh部門を自由に統括する権限を与えただけでなくその11月にはMacintoshとLisa部門は「Apple 32 SuperMicros 」部門として統合されたのである。
この頃のパッケージにはそれを示す「Apple 32 SuperMicros 」というロゴタイプが印刷されている。

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※LisaでMacintoshのアプリを走らせる「MACWORKS」パッケージにも「Apple 32 SuperMicros 」の記述がある。当研究所所有


ともかく重要なのはこの「Apple 32 SuperMicros 」部門の指揮をスティーブ・ジョブズが取ることになったことだ...。いわば彼は念願のMacおよびLisaに関わるすべての指揮をとる権限を与えられたわけだ。
この事実はMacintoshの開発および販売を一大優先と考えるジョブズによってLisaの製造と販売は意図的にブレーキをかけられることになった。
Lisaがビジネスとして失敗に終わった要因は単純ではないが、経緯を知っている我々から見てその直接の原因は明らかだった。

シェリー・リビングストンは常に私のよき話し相手、理解者となってくれたが「Apple 32 SuperMicros 」の発表を聞いたとき、
「これは明らかにLisa潰しにかかるわね、スティーブは」
と眉をひそめた。
「ジョンにはスティーブの考えている先がまったく分からないのかなあ」
私がため息交じりにいうと、
「そうね。しかしジョンもいくらCEOだからといっても経験がないAppleでの舵取りは他の人の意見も多く聞いてから判断すべきよ」
と納得いかない様子だった。
「いや、これはやっかみではないけどスティーブは意図的にスカリーに他の人間を近づけないようにしているよ」
私がいうとシェリーは首を縦に振りながら、
「そういえば最近、トモ…貴方でさえスティーブと話す機会がないらしいわよね」
怪訝な表情で呟いた。

「愚痴に聞こえたら誤るけど、ここの3か月ほど挨拶程度しか話す機会がないんだ。常にスティーブの隣にはジョンがいるしね」
事実これまであれほど「トモ、トモ」と頼りにしてくれたスティーブだったが、私に限らず例えばマイク・マークラもスティーブとほとんど話す機会がないとこぼしていた。
しかし1984年も夏が過ぎ、秋が来てクリスマス商戦が目の前にきたときスティーブとジョンの蜜月は終わることになる。

ジョンとスティーブはクリスマス商戦を念頭に入れて膨大な数のMacintosh製造に全力を注いでいたが、予定を大幅に下回る需要しか生まれず在庫の山がAppleの財政を危うくしはじめたからだ。事実目前の四半期決算で初めての赤字を計上し、社員の1/5にあたる人員削減を実行せざるを得なくなった。

もっとも悪い事にこの状況に至った責任をスティーブとジョンはそれぞれ相手の責任だと押しつけ合ったことだ。
スティーブ・ジョブズにいわせればマーケティングの手腕を買われてAppleのCEOに就任したジョン・スカリーが思うように働いていないと感じるようになったし、ジョン・スカリーにしてみればやりたいことを皆ジョブズが邪魔しているか反対されていると考えていた。

そんな緊迫した状況下でAppleは1985年を迎えた。
そもそもAppleという会社のコンセプト、すなわちジョブズのビジョンにも捻れが生じてきた。
Macintoshにしても単体で売れる時代ではなくネットワークが必要になってきたしLaserWriterの開発とPageMakerの登場でデスクトップ・パブリッシング(DTP)という概念が次のキラーシステムとなろうとしていた。Appleもそれらを敏感に感じMacintosh Officeと称するAppleTalkを使うローカルネットワークとファイルサーバーシステムを実現し売り込もうとしていた。
しかしApple社内でそれらは一部の人たちを別にして耳慣れないコンセプトだった。なにしろAppleという会社は依然として「1人に一台ずつのコンピュータ」を普及させることを目指した企業だったからだ。

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※PageMaker最初期の雑誌広告(1985年)


もともと閃きで行動を決める類のスティーブ・ジョブズは歯車が噛み合わなくなるとどうしたらよいのか分からないはめとなる。その上でスカリーからはきちんと仕事をして欲しいと要求されるとジョブズはMacintoshの失敗をスカリーのせいにしはじめた。

新しい年になって間もなく、珍しく…本当に珍しくスティーブ・ジョブズが私のオフィスに入ってきた。気むずかしい顔をして。
「トモ、ここのところ新しいCEOに振り回されて君ともまともに話しができなかったが今日は少し時間が取れたので君の話を聞きに来たよ」
と勝手知ったる椅子にどかりと座った。

私はそれまで手にしていた電池の切れたiPhone 6s Plusをジャケットのポケットに入れながらいった。
「難しい問題を抱えているようだね」
私が本題に入るとスティーブは眉間に皺を寄せ、両手の指先を合わせながら呟いた。
「奴を追い出すしか解決策はないんだ、トモ。問題はその方法が俺にはわからないんだ」
「おいおい、スティーブ。いくらなんでもそれは穏やかではないよ。ジョンは君が連れて来た人間だぜ」
私がいうと、
「そんなことは分かってる!」
と怒鳴った。

スティーブが私に対してことの是非はともかく怒鳴るということはこれまで一度もなかった。あの気むずかしく横柄なスティーブが私には穏やかなのがApple社内の七不思議のひとつだとジョアンナ・ホフマンが冗談気にいったほどだった。
ハッとしたスティーブは、
「すまない、トモ。君に怒鳴るつもりはなかったんだ。どうやら俺の神経も極限まで痛めつけられているようだ」
彼は本当に悄気ていた。どうしてよいかわからない子供のようだった。
「スティーブ、そんなことはどうでもいいよ。穏やかな解決策はないのかい」
スティーブの混乱を沈めたいと私は静かにつぶやいた。しかし2016年からタイムスリップした私は、この混乱の結果が分かっているだけにできるなら問題の核心に触れることは避けたかった。

スティーブは私の近くに椅子を動かし、哀願するようにいった。
「トモ、俺はどうなってしまうんだ。このままでは…Appleは、俺たちのAppleではなくなってしまうよ。どうすればいい、トモ」
あの人を射貫くような視線を私に送りながら涙を浮かべていた。
私も適切な言葉が思い浮かばず、しばらく沈黙が続いたが、スティーブは私に哀願した。
「トモ、これまで俺は自分の未来について君に聞くことは避けてきた。しかし俺はどうなるんだ。どうしたらいいんだ。頼む教えてくれ…」
うなだれながらスティーブは私の膝を両手で掴みながら続けた。
「トモ、君は未来から来た人間だ。歴史の顛末は知っているはずだ。俺はどうなるんだ、どうしたらいいんだ。結果がわかれば対処の方法だって見つかるかも知れないんだ。歴史だって変えられるに違いないんだ。お願いだ、教えてくれ」
私はスティーブ・ジョブズの泣き声をどこか遠くに聞きながら、彼の今後の人生をどのように話したらよいかを考えていた。

【主な参考資料】
・「スティーブ・ジョブズの王国」プレジデント社
・「スティーブ・ジョブズ偶像復活」東洋経済新報社
・「アップル・コンフィデンシャル 2.5J」アスペクト刊


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主宰は松田純一。1989年Macのソフトウェア開発専門のコーシングラフィックシステムズ社設立、代表取締役就任 (2003年解散)。1999年Apple WWDC(世界開発者会議)で日本のデベロッパー初のApple Design Award/Best Apple Technology Adoption (最優秀技術賞) 受賞。

2000年2月第10回MACWORLD EXPO/TOKYOにおいて長年業界に対する貢献度を高く評価され、主催者からMac Fan MVP’99特別賞を授与される。著書多数。音楽、美術、写真、読書を好み、Macと愛犬三昧の毎日。マネキン造形研究中。2017年6月3日、時代小説「首巻き春貞 - 小石川養生所始末」を上梓(電子出版)。日本シャーロック・ホームズクラブ会員。ゆうMUG会員